• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  B29C
審判 一部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  B29C
管理番号 1333967
審判番号 無効2015-800220  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-12-02 
確定日 2017-11-09 
事件の表示 上記当事者間の特許第4878660号発明「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 請求

特許第4878660号(設定登録時の請求項の数は4。)の請求項1に係る発明についての特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする旨の審決を求める。

第2 主な手続の経緯等

1 被請求人は,発明の名称を「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」とする特許第4878660号の請求項1にかかる特許(以下,「本件特許」という。)の特許権者である。

本件特許は,平成23年9月12日に出願された特許出願(特願2011-198441号)に係るものであり,平成23年12月9日に設定登録されたものである。

2(1) 請求人らは,平成26年3月31日,本件特許について特許無効審判(無効2014?800054号,以下「第一次特許無効審判」という。)を請求し,これに対して被請求人は,平成26年6月16日に答弁書を提出した。

(2) 審判長は,平成26年7月8日付けで両当事者に対し口頭審理における審理事項を通知し(審理事項通知書),これに対して,被請求人は同年8月20日に,請求人らは同月21日に,口頭審理陳述要領書を提出した。さらに,請求人らは,同年9月4日に,上申書を提出した。

(3) 平成26年9月4日,請求人代理人ら,被請求人会社代表者らの出頭のもと,第1回口頭審理が行われ,以後,審理は書面審理とするものとされ,被請求人は,同月18日に上申書を提出した。

3 平成26年10月7日付けで特許法第164条の2第1項所定の審決の予告がされた。その際,同条2項の相当の期間として60日が指定された。

4(1) 被請求人は,平成26年11月28日,訂正請求書を提出して,特許第4878660号に係る明細書及び特許請求の範囲の訂正を請求した。

(2) 審判長は,請求人らに対し,平成26年12月9日付けで,上記(1)の訂正請求に対する意見の有無を確認したところ,請求人らは,平成27年1月9日,審判事件弁駁書を提出した。

(3) 審判長は,上記(2)の請求人らによる弁駁書の内容を確認し,平成27年1月16日付けで,請求の理由の補正を許可するとの補正拒否の決定をすると共に,被請求人に対し,上記弁駁書に対する答弁書を提出する機会を与えた。

(4) 被請求人は,平成27年2月13日,訂正請求書(以下,「本件訂正請求書」という。)を提出して,特許第4878660号に係る明細書及び特許請求の範囲の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。

(5) 審判長は,請求人らに対し,平成27年2月23日付けで,本件訂正に対する意見の有無を確認したところ,請求人らは,平成27年3月26日,審判事件弁駁書を提出した。

5(1) 合議体は,平成27年6月26日付けで「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。

(2) 請求人らは,平成27年8月3日,上記審決を不服として,知的財産高等裁判所に出訴した(平成27年(行ケ)10151号)。

6 請求人らは,平成27年12月2日,本件特許について,特許無効審判(無効2015-800220号,以後「本件無効審判」という。)を請求した。

7 請求人らは,平成27年12月10日,第一次特許無効審判に係る知的財産高等裁判所への請求について,請求の放棄を行った。これにより,第一次特許無効審判についての審決は確定したので,当該第一次特許無効審判において請求された本件訂正についても確定した。

8 合議体は,被請求人に対して,本件無効審判の請求書を送付したところ,被請求人は,平成28年2月12日,答弁書を提出した。

9 審判長は,平成28年4月6日付けで両当事者に対し口頭審理における審理事項を通知し(審理事項通知書),これに対して,被求人らは同年5月19日,被請求人は同月20日,口頭審理陳述要領書を提出した。

10 平成28年6月2日,請求人代理人ら,被請求人会社代表者らの出頭のもと,第1回口頭審理が行われた。

第3 本件発明の要旨

上記第2のとおり第一次無効審判事件は確定したから,審決が判断の対象とすべき特許に係る発明は,本件訂正において訂正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,「本件発明」という。)。

「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることにより,前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面を押圧し,上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成させる長尺材の製造方法であって,
前記エンボスロールとその受けロール間を,テンションを付加させながら直線状に長尺材を通過させ,長尺材表面の光沢度を確認することによって,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにすることを特徴とするエンボス模様を有する長尺材の製造方法。」

第4 当事者の主張

1 無効理由に係る請求人らの主張

本件発明は,下記(1)?(4)のとおりの無効理由があるから,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである(審判請求書,口頭審理陳述要領書,第一回口頭審理調書,及び主張の全趣旨。)。なお,請求人らは,第一回口頭審理において,本件訂正前の特許についての無効にすべきである理由に関する主張を撤回している。

また,証拠方法として書証を申出,下記(5)のとおりの文書(甲1?甲10)を提出する。

(1) 無効理由1(進歩性欠如について)

本件発明は,甲第1号証を主引用例とし,甲第4号証に記載の技術事項を組み合わせることで,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。

(2) 無効理由2(進歩性欠如について)

本件発明は,甲第2号証を主引用例とし,甲第4号証に記載の技術事項を組み合わせることで,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。

(3) 無効理由3(進歩性欠如について)

本件発明は,甲第3号証を主引用例とし,甲第4号証に記載の技術事項を組み合わせることで,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。

(4) 無効理由4(新規事項の追加について)

本件発明は,本件訂正により,新規事項の追加がなされているので,特許法第123条第1項第8号(準用される特許法第126条第5項)の規定により特許を受けることができない発明である。

(5) 証拠方法(なお,甲1?10は,本件特許に係る出願の前に頒布された刊行物であると認められる。)

・甲1 国際公開第98/18990号
・甲2 特開2008-169505号公報
・甲3 特開2008-214822号公報
・甲4 国際公開第2006/16006号
・甲5 特開2009-233956号公報
・甲6 特開2005-105459号公報
・甲7 特開2009-155791号公報
・甲8 特開2010-18012号公報
・甲9 特許第4338578号公報
・甲10 特開2009-196095号公報

2 被請求人の主張

本件審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人らの負担とする旨の審決を求める。請求人ら主張の無効理由は,いずれも理由がない。

第6 当合議体の判断

当合議体は,本件特許について,以下述べるように,無効理由1?4はいずれも理由がなく,よって本件特許を無効とすることはできないと解する。

1 本件発明の要旨

上記第4で認定のとおりである。

2 証拠について

(1) 甲1の記載

甲1には,次の記載がある。(なお,原文は英語であり,訳文は請求人らが作成したとおりのものと合議体が認めた。また,下線については,当審において付与した。以下同じ。)

ア 「布張りされ,エンボス加工された布地の製造において,業界を悩ませる1つの共通な問題点は,パイル表面がエンボスされたときに生じるテカリのある,光沢のある,平坦な領域に関するものである。これらのテカリのある,光沢のある,平坦な表面は,布地を安っぽく見せ,材料の全体的な価値を低下させる。通常は,エンボス加工された物品を湿式又は乾式の処理によりさらに処理するか,あるいは,エンボスの美しい領域のみを見せる設計とすることにより,これらのテカリのある,光沢のある,平坦な領域を避けようとする試みがなされている。」(第3頁第24行?第29行)

イ 「これらのテカリのある平坦領域を有する布の問題点は,エンボス加工中に用いられる高温及び圧力が合成繊維を可塑化してテカリのある領域を生じさせるため,合成繊維を用いるフロック加工された布において特に大きな問題となっている。また,織布,編布,又はタフト加工されたパイル布をエンボス加工する際に,布地は,当初,不規則なパイル表面領域又はテクスチャを有した状態で形成され得るが,これをエンボス加工すると,望ましくないテカリを減少させる。」(第4頁第3行?第8行)

ウ 「本発明の目的はまた,エンボスされたパターンにおいて望ましくないテカリ領域をなくすテクスチャを背景中に有する,非常に柔らかな手触りを得ることにある。」(第4頁第13行?第15行)

エ 「本発明の好ましい形態においては,好ましくは1平方ヤードあたり6.5?9.0オンスオーダーの総重量,好ましくは0.6?3.5DPF(フィラメントあたりのデニール)オーダーのデニールを有する布について1平方ヤードあたり1.0?3.5オンスオーダーのパイル重量を有し得る,エンボス加工されたフロック布であって,シリンダ又はロール上の切削工具又は酸エッチングによる彫刻パターンにより形成される背景と同シリンダ又はロール上のルータ加工による彫刻パターンにより形成される前景とを有するパターンをなすようにエンボス加工されたフロック布が提供される。」(第5頁第27行?第6頁第2行)

オ 「図1は,本発明に従い,本発明の特徴を実現する,典型的なフロック布を示す。フロック布1は,フロック布を形成するための従来の手段を用いて形成され得る。このようなフロック布は,通常,ナイロンパイル面2と,接着層4及び基材又はバッカー層6とからなり得る。パイル面2は,例えば,パイル重量が通常は1平方ヤードあたり1.0?3.5オンス,繊維デニールが約0.6?3.5DPFの範囲の100%ナイロンファイバーからなっていてもよい。従来のアクリルポリマー接着剤であり得る接着層4は,通常,1平方ヤードあたり2.0?3.0オンスの均一の厚さで適用されてもよく,基材は,1平方ヤードあたり3.0?3.5オンスオーダーの重量を有するポリエステル65%・綿35%の混紡生地からなっていてもよい。布構成要素の様々なパラメータは,フロック部分の重量,接着剤重量,又は基材重量を変更することにより,及び,フロック繊維のカット長やそのデニールを変更することにより,変更されてもよい。これらの組み合わせを変更することにより,様々な顧客又は市場要求を満足させる多種多様な製品が生産され得る。所望される製品の性質に応じて,通常は0.025?0.080インチの範囲である製品の厚さ,後述するエンボスプロセスにおけるエンボス圧,熱,ラインスピードが決定される。
図1に示されるように,本発明により製造される布は,凹凸のある背景12上にパターン10を有してなる。パターン10は,当然ながら,無限にある可能なパターンを有するように変更され得る。例示される実施形態においては,パターンは,花のパターンである。凹凸のある背景12は,好ましくは,非反復性のパターンであり,例においては,基本的には,布の長さ方向に延びる一連の平行な隆起部14からなる条線をなしている。背景全体の処理は,例えば布の横断方向に延びる条線又は隆起部やジグザグ状のものを含め,他の種類のものであってもよい。」(第6頁第15行?第7頁第6行)

カ 「図2に示されるように,本発明において使用される好ましい装置は,3ロール式エンボス加工システムである。このようなシステムは,例えば,ドイツ国,Kriefeldに所在するRamisch Kleinwefer社により製造されている。他のシステムを使用することも可能である。
エンボス加工は,滞留時間,熱,及び圧力の関数であり,エンボス加工される材料が,所望の結果を達成するために用いられるべき滞留時間,熱,及び圧力を決定する。通常使用されるおおよそのロール圧は,300?450PLIであり,表面ロール温度は好ましくは375°F?500°Fであり,ライン速度は5?20ヤード/分である。使用される圧力,熱及び速度の正確な組み合わせは,材料の厚さや使用される材料の特定の種類を含め,エンボスされる材料に依存する。
本発明とともに用いるために,様々なタイプのエンボス加工装置が利用できる。特定の装置の選択は,エンボス加工される材料,使用される彫刻シリンダ又はロールの深さ,布が処理されるスピードに依存する。市販される装置は,2ロール又は3ロール構成であるエンボス部を備え得る。2ロール構成においては,装置は,彫刻シリンダ又はロールとベースロールとを含むことになる。ベースロールは通常,鋼又は紙/木タイプのロールからなる。より高度なより新しい装置においては,プラスチック製のベースロールが使用される。2ロール構成においては,過度の圧力がかかると彫刻シリンダ又はロールが歪みや曲がりを生じて不均一なエンボスが形成されるため,生成され得る圧力は制限される。
図2に示される3ロール式エンボス機においては,切削や染料を用いる彫刻プロセス及びルータ加工プロセスによって形成されたデザインを有する彫刻シリンダ又はロール50は,2つの紙/木が充填されたベースロール52,54の間に配置される。この3ロール式システムにおいては,上側ロール52及び下側ロール53が彫刻シリンダ50を安定させて歪みに関する問題を最小限にするため,生成され得る圧力は,2ロール式システムで可能な圧力に比べてかなり大きい。より最近に開発された装置の中には,歪みを実質的になくす空間補正ベースロールが利用可能である。このシステムは,本発明を実施するのに好ましい。」(第8頁第5行?第31行)

キ 「エンボス加工中におけるロール,シリンダ,フロック加工された布地の関係を図3に示す。この関係において,エンボスシリンダ50は,凹凸のある背景12を形成するための彫り込み部分12Aと,パイル部分16を形成するための彫り込み部分16Aとを有する。エンボス加工中に,部分12Aは,熱及び圧力の存在下で,パイルの表面領域と係合して圧迫し,前景パターン(原文ママ)12を形成する。同時に,背景パターン(原文ママ)又はパイル部分16は,彫り込み部分16Aから離間されており,該彫り込み部分と係合しない。これにより,前景パターンの表面が接触されない状態のままとなる。好ましくは,パイル部分16の上面の間のスペースは,表面を可塑化させたり表面に悪影響を及ぼさないように,彫り込み部分16Aの表面から十分に離間される。好ましくは,これは,前景16の彫り込み部分16Aの深さをパイルの高さよりも少なくとも20%深くすることにより達成されてもよい。
本発明は,ナイロン製のフロック加工された布のエンボス加工について説明しているが,織布,編布,シェニール織物,タフト加工された布を含め,他のタイプの布も,本発明の特徴を用いてエンボス加工してもよい。さらに,例えば,プロピレン,アクリル,ポリエステル,及びレーヨンの布も同様に処理されてもよい。しかしながら,これらの他の材料の各々を用いる場合には,必然的に,エンボス加工が行われる速度,ならびに熱及び圧力を,材料の特定の物理的特性と釣り合いをとるように調節しなければならないであろう。」(第9頁第9行?第26行)

ク 「

」(図1)

ケ 「

」(図2)

コ 「

」(図3)

(2) 甲1に記載された発明

上記(1)キにおいて,「エンボス加工中に,部分12Aは,熱及び圧力の存在下で,パイルの表面領域と係合して圧迫し,前景パターン(原文ママ)12を形成する。同時に,背景パターン(原文ママ)又はパイル部分16は,彫り込み部分16Aから離間されており,該彫り込み部分と係合しない」と記載されているが、上記(1)オの記載とク,コの図面の記載を併せ見れば,前記記載の「前景パターン(原文ママ)12」は、「背景パターン12」の誤記であり,同じく「背景パターン(原文ママ)」は,「前景パターン」の誤記と認められる。そうすると,上記(1)特にオ?コに記載の装置を利用したエンボス加工された布地の製造方法として,甲1には,次のとおりの発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認めることができる。

「エンボスシリンダ50とベースロール54間にフロック加工された布地を通過させることにより,
エンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aを除く部分が,フロック加工された布地におけるパイル部分16の上面を圧迫し,パイルの表面に背景12を部分的に形成させる,エンボス加工された布地の製造方法であって,
エンボスシリンダ50は,凹凸のある背景12を形成するための彫り込み部分12Aと,パイル部分16を形成するための彫り込み部分16Aとを有し,エンボス加工中に,部分12Aは,熱及び圧力の存在下で,パイルの表面領域と係合して圧迫し,背景パターン12を形成し,同時に,前景パターン又はパイル部分16は,彫り込み部分16Aから離間されており,該彫り込み部分と係合しない,エンボス加工された布地の製造方法。」

(3) 甲2の記載

甲2には,次の記載がある。

ア 「【技術分野】
本発明は,衣料用途などに好適の押圧加工布に関する。さらに詳しくはフィルム状の平滑性と光沢をもった全面押圧(カレンダー)加工布および押圧された領域もしくは凹部がフィルム状の平滑性かつ光沢を持ち,凸部が極細繊維の外観かつダル光沢を有する部分押圧(エンボス)加工布に関する。」(段落【0001】)

イ 「繊維径が700nm未満の極細繊維から構成された布帛から得られた押圧加工布であって,少なくとも片面にエンボス加工による凹凸形状を有しており,該エンボス加工面の,押圧されていない凸面領域は極細繊維からなり,一方,押圧された凹面領域の表層部は極細繊維同士が合一してなるフィルム状であることを特徴とするものである。」(段落【0011】)

ウ 「本発明において極細繊維を合一化しフィルム上(フィルム状の誤記と思われる。)にする手段としては,押圧加工を用いることが好ましい。本発明における押圧加工について述べると,全面押圧加工とは,表面が平滑なカレンダーロールの間に布帛を通して加熱しながら加圧し布を押し固めるカレンダー加工,部分的押圧加工とは凹凸模様を彫刻した金属製ローラーと弾力性のある圧縮コットン,圧縮ペーパーもしくはゴム製等のローラー間に布帛を通して一定の温度に保ちながら布に凹凸模様をつけるエンボス加工を例示することができる。」(段落【0030】)

エ 「実施例1
島成分をN6(40重量%),溶出する海成分をポリ乳酸(60重量%)としてブレンド紡糸により複合繊維133dtex-48filのマルチフィラメントを2/1ツイルで製織し生機を得た。該生機の織密度は経糸密度138本/2.54cm,緯糸密度93本/2.54cmであった。
該生機にアルカリ減量加工(NaOH濃度3% 98℃×45分)を行ない,乾燥してポリアミドの極細繊維の集合体である束状物で構成される織物を得た。該織物に含まれる極細繊維の繊維径を測定したところすべての繊維が200nm以下の繊維径を有していた。該織物のカバーファクター(CF)は1933であった。
次いで,ピンテンターで幅方向に1%の伸長下にて160℃×45秒の熱セットを施した。その後,酸性染料(1:2型の含金染料)で染色し湯洗いを行った後にフィックス処理ならびに帯電防止処理を施した。続いて梨地彫刻したエンボスローラー(表面に1平方cmあたり120個の凸部を有するもの)を180℃に加熱して,エンボス加工(上部:エンボスローラ,下部:ゴム硬度92度のゴムローラー,線圧125kg/cm,エンボスローラーの表面温度は180℃,加工速度は1m/分にてエンボスローラー2回通しとした)を施した。なお,ゴム硬度はアスカーゴム硬度計A型で測った値である。なお,エンボスローラーの凹部密度は,エンボス加工を施した布に1cm角のマーキングを行いその領域内の凸部が完全な形で存在している数を言う。したがって不完全な凸部の数は除外した。
本実施例で得られた製品の物性は次のとおりであった。
厚さ(mm) :0.118
目付(g/m^(2)) :66.7
見掛密度(g/cm^(3)):0.565
なお,凹凸部をSEMにて,それぞれ観測したところ,凹部は極細繊維が合一する形でフィルム様の平滑性と高光沢外観を呈し,凸部は極細繊維の集合体からなる束状物外観を呈するものであった。また染色布を目視で観察すると,凹部は凸部より濃色化しているため深みがあって,エンボス柄が消えることなく立体感に富んだ凹凸形状を有する梨地調のエンボス布帛となった。」(段落【0058】?【0061】)

(4) 甲2に記載された発明

上記(3),特にエに記載の実施例1のエンボス布帛の製造方法として,甲2には,次のとおりの発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認めることができる。

「表面に1平方cmあたり120個の凸部を有し梨地彫刻した,表面温度が180°となるように加熱され,上部にあるエンボスローラと,下部にあるアスカーゴム硬度計A型で測ったゴム硬度92であるゴムローラ間に,ポリアミドの極細繊維の集合体である束状物で構成される織物を通過させ,
線圧125kg/cm,加工速度は1m/分,エンボスローラー2回通しの条件でエンボス加工を行うことで,極細繊維が合一する形でフィルム様の平滑性と高光沢外観を呈する凹部と,極細繊維の集合体からなる束状物外観を呈する凸部とから成る凹凸形状を有する梨地調のエンボス布帛の製造方法。」

(5) 甲3の記載

甲3には,次の記載がある。

ア 「【請求項6】
(カ) パイル表面(12)を単繊維繊度が5dtex以下の熱可塑性合成繊維によるカットパイルによって構成し,
(ヨ) そのカットパイルのパイル密度(M)を900本/(25.4mm)^(2) 以上にし,
(タ) パイル密度(M)とパイル糸の総繊度(D)(dtex)との積(M×D)で示されるパイル/デシテックス換算密度(ρ)を200000dtex/(25.4mm)^(2) 以上にし,
(レ) パイルを係止する基布(11)からパイル表面(12)に到るパイル層(13)のパイル層厚み(t)を0.7?3.5mmにしてカットパイル布帛を構成し,
(ソ) 加熱エンボスロール(23)の凸部(25)の先端(26)とバックアップロール(27)の間の隙間の寸法(c;クリアランス)を,パイル層厚み(t)と基布(11)の厚みを加えたカットパイル布帛の総厚み(e)よりも0.3?1.2mm狭く設定し,
(ツ) 加熱エンボスロール(23)の凹部底面(24)からパイル表面(12)を離し,パイル層厚み(t)の45%以下となる範囲内において加熱エンボスロールの凸部の先端(26)をパイル層13に0.3?1.2mm食い込ませて,
(ネ) その加熱エンボスロール(23)とバックアップロール(27)の間にカットパイル布帛を通すことを特徴とするカットパイル布帛の柄出し加工法。」(特許請求の範囲の請求項6)

イ 「【技術分野】
本発明は,パイル面に模様が立体的に刻設されており,主として椅子張地や車両内装材に使用されるカットパイル布帛に関するものである。」(段落【0001】)

ウ 「【発明が解決しようとする課題】
エンボス(例えば,特許文献1?7参照)によって刻設された凹部では,パイルが融着または圧縮されていて固く,肌触りのよいカットパイル布帛は得られない。抜触(例えば,特許文献8?13参照)によると,肌触りのよいカットパイル布帛は得られるものの,その扱う抜触剤(繊維溶解剤)によって抜触加工設備が損傷を受け,その排液処理も問題になる。パイルが一定方向に傾斜したヘタラシ・モケット(例えば,特許文献14?16参照)では,パイルが根元から傾倒しているので,その傾斜している方向には滑り易く肌触りはよいものの,その逆方向には逆毛が立って滑り難く,チョークマークとかフインガーマークと言われる逆毛の跡がパイル表面に付き易く,パイルが根元から傾倒していることからしてクッション性を欠き,肌触りのよいカットパイル布帛は得られない。
そこで,本発明は,ループパイル布帛のようにパイル表面が滑らかで肌触りがよく,又,加工設備の損傷や排液処理による公害問題を伴うことなくパイル表面に模様が立体的に刻設されたカットパイル布帛を得ることを目的とする。」(段落【0005】?【0007】)

エ 「【発明の効果】
カットパイルは,パイル繊維長(q)が長ければ長いほど,又,パイル密度(M)が粗ければ粗いほど倒れ易く,又,倒れたままセットされ易い。
その点,本発明では,パイル層厚み(t)が3.5mm以下であり,パイル/デシテックス換算密度(ρ)が200000dtex/(25.4mm)^(2 )以上となっているので,パイル繊維が,その根元20から押し倒されると言うことは起き難く,仮に,パイル表面12が押圧されて根元20に到るパイル全体が押し倒されたとしても,その根元20が押し倒された状態でそのまま固定されると言うことは起き難い。
ループパイル布帛(図4参照)のパイル表面には,カットパイル布帛のパイル表面に見られる所謂フィンガーマークやチョークマークは発生しない。
本発明のカットパイル布帛のパイル先端部21は,加熱エンボスロール23によって押圧されて傾斜し,そのまま熱セットされるので,恰も,熱セットしてカットしたループパイル29(図4-a 参照)の先端のパイル繊維30(図4-b参照)のように,パイル繊維16の側面がパイル表面12に露になる。」(段落【0013】?【0015】)

オ 「パイル繊維には,捲縮率が10%以下で略無捲縮の熱可塑性合成繊維,好ましくは艶消剤の含有量が0.7重量%以下のブライト繊維を用い,加熱エンボスロール23の凸部25に触れて柄部のパイル繊維16の先端部21が曲折変形したままセットされるようにする。
パイル繊維には,略無捲縮であっても加熱されて捲縮を顕現する潜在捲縮性繊維を使用することが出来る。
そのような潜在捲縮性繊維では,加熱エンボスロール23の凸部25に触れて曲折変形すると同時に捲縮が顕現し,彎曲変形したままセットされることになる。
柄部14のパイル繊維16の先端部21を,地部15のパイル繊維18の先端部(19)に比して曲折した形状にするためには,パイル糸を単繊維繊度が5dtex以下の熱可塑性合成繊維によって構成し,カットパイル布帛を加熱エンボスロール23とバックアップロール27の間に通すとよい。
そのエンボスロールの凸部先端26とバックアップロール27の間の隙間(c)の寸法(クリアランス)は,パイル層13の厚み(t)と基布11の厚みを加えたカットパイル布帛の総厚み(e)よりも0.3?1.2mm,好ましくは,0.4?0.7mm(概して0.5mm前後)に狭くし,エンボスロールの凸部先端26のパイル層13への食込深さ(d)が0.3?1.2mm(概して0.5mm前後)になるようにする。
そのエンボスロールの凸部25の高さは,エンボスロールの凹部底面24とカットパイル布帛のパイル表面12が触れ合わず,それらの間に0.5mm以上の隙間(g)を設けることが出来るように設定される。
そうすると,パイル表面12のエンボスロールの凸部25に触れて押圧される部分では,パイル繊維16の先端部21が押し倒されて曲折・彎曲したまま熱セットされる。
その場合,先端17から根元20に到るパイル繊維(16)全体が押圧されて傾倒せず,根元部22が隣り合うパイル繊維に確り支えられて基布11から直立した状態で保持され,エンボスロールの凸部25に触れる先端部21だけが押し倒されるようにするためにも,パイル層厚み(t)を2mm以下とし,パイル/デシテックス換算密度(ρ)を300000dtex/(25.4mm)^(2 )以上にしてパイル層13の繊維密度を緻密にし,パイルが押し倒れたとしても,その根元部22までもが押し倒された状態でそのままセットされることがないようにする。
エンボスロール23の加熱温度は,パイル繊維の熱溶融温度以下にする。」(段落【0023】?【0025】)

カ 「エンボスロール23に凸部25を緻密に突設するときは,パイル先端部21が曲折した柄部14が隣り合い,パイル表面全体がパイル先端部21が曲折したパイル繊維16で覆われることになる。
凸部25の突設されていない円柱状の加熱ロールによってパイル表面12を撫でて全てのパイル繊維のパイル先端部21を曲折させることも出来る。
しかし,パイル層13の全てのパイル繊維のパイル先端部21を曲折させるためには,凸部25が緻密に突設されたエンボスロール23を使用することが望ましい。
それは,全てのパイル繊維のパイル先端部21が曲折するとしても,凸部25が緻密に突設されたエンボスロール23を使用する場合には,隣り合う柄部14と柄部14の間の僅かな隙間から,曲折しないパイル繊維18の先端19が突出し,パイル表面12に僅かな起伏が生じ,又,パイル先端部21の側面が現われて光沢のパイル表面に光沢のないパイル繊維の断面が霜降模様状に細かく現われてパイル表面の色彩が深みを帯び,感触の柔らかいカットパイル布帛が得られるからである。」(段落【0030】)

キ 「【実施例】
35/2番手のレーヨン紡績糸を地縦糸と地緯糸に用い、単繊維繊度1.2dtexのポリエステル繊維Aと単繊維繊度2.4dtexのポリエステル繊維Bを、前者75%・後者25%の比率で混繊した総繊度336dtex・繊維総本数252本のポリエステルマルチフィラメント糸をパイル糸に用いた経糸密度127.1本/25.4mm、緯糸密度46.2本/25.4mm、パイル密度1469本/(25.4mm)^(2) 、パイル繊維密度370188本/(25.4mm)^(2 )、パイル/デシテックス換算密度490499dtex/(25.4mm)^(2 )のパイル繊維長(q) をシヤーリングに通して変えた6種類のモケット(実施例1?6)を、バックアップロール27と凸部25の先端26の間のクリアランス(c)を1.3?1.5mmに設定したエンボスロール23とバックアップロール27の間に、エンボスロール23の表面温度を変えて通し、パイル表面に直径2mmの内接円に輪郭が触れる大きさの柄部14をパイル表面12に描出し、その裏面にバッキング剤を塗布して裏打ち加工して仕上げた。
6種類の各モケットの柄部14は地部15よりも概して0.3?0.4mm程度窪んでいたが、柄部14のパイル繊維16の先端17は溶融しておらず、又、隣り合うパイル繊維とパイル繊維(16・16)の間も融着し合っておらず、柄部14に触れて地部15よりも粗硬に感じることはなかった。
6種類の各モケットに対するエンボスロール23の加熱温度、および、6種類の各モケットの総厚み(e) 、柄部14パイル層厚み(s) 、パイル先端部21の長さ(k)、パイル根元部22の長さ(h) 、パイル根元部22の傾斜角度(θ) 、パイル先端部21の傾斜角度(α)、パイル根元部22とパイル先端部21の傾斜角度の差(β)は、それぞれ[表1]に示す通りである。
【表1】

」(【0031】【0032】表1)

ク 「【図面の簡単な説明】
・・・
【図2】本発明に係るカットパイル布帛のエンボスロール通過時の断面側面図である。
【図3】本発明に係るカットパイル布帛の斜視図であり,一部を円で囲んで拡大して図示している。」(段落【0036】?【0037】)

ケ 「【図2】

【図3】

」(11頁図2,図3)

(6) 甲3に記載された発明

上記(5),特にアの摘記から,甲3には,次のとおりの発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認めることができる。

「加熱エンボスロールとバックアップロールの間に,パイル表面を単繊維繊度が5dtex以下の熱可塑性合成繊維によるカットパイル,当該カットパイルのパイル密度(M)を900本/(25.4mm)^(2 )以上にし,パイル密度(M)とパイル糸の総繊度(D)(dtex)との積(M×D)で示されるパイル/デシテックス換算密度(ρ)を200000dtex/(25.4mm)^(2 )以上にし,パイルを係止する基布(11)からパイル表面(12)に到るパイル層(13)のパイル層厚み(t)を0.7?3.5mmにしてカットパイルを係止する基布から構成されるカットパイル布帛を通すカットパイル布帛の柄出し加工法であって,
加熱エンボスロールの凸部の先端とバックアップロールの間の隙間の寸法(c;クリアランス)を,パイル層厚みと基布の厚みを加えたカットパイル布帛の総厚みよりも0.3?1.2mm狭く設定し,
加熱エンボスロールの凹部底面からパイル表面を離し,パイル層厚みの45%以下となる範囲内において加熱エンボスロールの凸部の先端をパイル層13に0.3?1.2mm食い込ませる,
カットパイル布帛の柄出し加工法。」

(7) 甲4の記載

甲4には,次の記載がある。 (なお,原文は英語であり,訳文は,下記アについて合議体が作成し,その余は請求人らが作成したとおりのものと合議体が認めた。)

ア 「この発明は,裏当て部材を含む基板の表面層に微細光学グリッド構造を製造する装置に関し,・・・
本発明の主要な目的は,エンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最小にすることである。本発明の別の目的は,可能な限り経済的に,微細光学グリッド構造の製造を可能とすることである。本発明の別の目的は,局所的に,基板の異なる点で,微細光学グリッド構造によって生成される光学効果の強度を制御することでもある。」(第1頁第4行?第2頁第15行)

イ 「これらの目的を達成するために,本発明のエンボス装置及び該エンボス装置の調整方法は,第1に,エンボス圧を調節する少なくとも1つの調節手段及び/又はエンボス温度を調節する少なくとも1つの調節手段が,少なくとも1つの回折信号に基づいて制御されるように構成されることを特徴とする。
回折信号は,製造されたグリッド構造のパターンの深さに依存し,一方,パターンの深さは,例えば,エンボス圧,エンボス温度,及びエンボス圧がかけられる時間に依存する。」(第2頁第22行?第34行)

ウ 「図3を参照すると,基材30及びその表面層40は,エンボス装置1000のエンボス部材10とバッキング部材20との間で押圧される。図3に示す実施形態では,エンボス部材及びバッキング部材は,回転するロールである。エンボス部材10及びバッキング部材20は,回転速度を調節可能な回転機構によって回転される。したがって,基材30は,hの方向に移動し,エンボス部材10とバッキング部材20との間で押圧される。部材10,20又は回転機構は,例えば,角度位置及び回転速度を判定するための光学センサを有する。エンボス温度は,基材30の表面層40を加熱する赤外線ヒータの出力を調節することにより,かつ/又は,エンボス部材10を加熱する誘導加熱器の出力を調節することにより,制御してもよい。エンボス部材10の加熱は,全体として,又は部分的に,熱伝導媒体,例えば熱いオイル,の使用に基づくものであってもよい。温度は,例えば,高温測定器101,121によって監視される。
エンボス部材10とバッキング部材20とにより基材の表面層40に与えられるエンボス圧は,調節されてもよい。調節は,例えば,バッキング部材20のベアリング142に連結された調節手段140により行われ,該ベアリング142により,バッキング部材20がu方向に動かされてもよい。圧力制御手段140は,例えば,1つ以上の油圧式又は空圧式シリンダ140であってもよい。シリンダ140は,エンボス力,又は間接的にエンボス圧も監視するために,センサ141を備えていてもよい。
少なくとも1つの光学測定手段200は,基材の表面40から回折された光の強さに応じて,少なくとも1つの回折信号211が生成されるように構成される。基材は,測定装置200により一度では監視できない大きさであってもよい。したがって,測定装置は,移動機構160により,ガイド162に沿って,基材の全幅又は全領域をスキャンするために横方向に移動されてもよい。
制御装置400は,温度制御手段100,120及び又は圧力制御手段140を,光学測定装置200からの回折信号221に基づいて,いわゆるオンライン調整により制御する。その結果,第1実施形態では,エンボス圧及び/又はエンボス温度を制御するための,光学測定装置200を備える構成は,フィードバック結合される。換言すれば,該構成は,閉ループ制御回路を形成する。」(第5頁第31行?第7頁第2行)

エ 「図5を参照すると,制御装置400は,光学測定装置200の信号221に基づいて,温度,圧力,及び回転速度の値を調節する。しかしながら,制御装置400は,必ずしもエンボス加工プロセスを直接制御する必要はなく,温度,圧力,及び回転速度用の別個の制御装置と通信して目標値を設定する。制御装置は,実際値が目標値に一致するように実際値を調節する。制御装置400はまた,同時にアクティブ状態にある別のプロセス,例えば印刷プロセスやコーティングプロセスと通信し,問題のない協働作業を行う。制御装置400はまた,様々なセンサ及び測定装置からの信号を監視する。制御装置400は,システムの保護対策を行い,故障が生じた場合には警報を出す。
光学測定手段200を移動させるための機構160及びエンボスロールの位置センサ102は,基材に関する測定装置200の監視スポット又は領域の位置についての情報を提供する。該位置に基づいて,相対参照値が参照値ファイル420からの信号221について選択される。制御装置400では,光学測定装置200の信号221が,参照値と比較される。参照値は,例えば信号レベルの90%であってもよく,これは,微細構造のパターン深さrがエンボス部材10のパターン深さsとちょうど等しい場合に達成される。例えば,測定装置200からの信号221が,目標レベルよりも高い場合,エンボス部材10の表面温度が下げられる。これは,エンボス部材の加熱要素100の加熱出力を低下させることにより達成されてもよい。温度を調節するために,高温センサ101も用いられてもよい。あるいは,エンボス部材の回転機構110の回転速度を増大させることも可能であり,又は,圧力調節手段140によって,生成されるエンボス圧を低下させることも可能である。また,異なる制御手段の組み合わせ,例えば,温度変化と圧力変化,を組み合わせて使用することも可能である。調節において,エンボス部材の位置センサ102から得られた位置及び回転速度に関する情報と,エンボス圧141のセンサ(これらのセンサは,油圧シリンダ140に関するものである)からの情報が用いられる。基材の表面温度も,加熱要素120及び高温センサ121を用いて調節されてもよい。」(第9頁第21行?第10頁第25行)

オ 「エンボス圧は,例えば,バッキング部材20に作用する圧力制御手段の空圧又は油圧を変更することにより制御されてもよい。あるいは,エンボス圧は,電気機械的サーボ機構により制御されてもよい。エンボス圧は,エンボス部材10とバッキング部材20との間の距離が一次的に調節されている場合にも調節されるべきである。これは,この場合,グリッド構造が形成されるときに,エンボス部材が圧力を生じさせるためである。
圧力調節手段は,バッキング部材20ではなく,エンボス部材10に作用してもよい。さらに,圧力調節手段は,エンボス部材10とバッキング部材20の両方に作用してもよい。」(第13頁第33行?第14頁第9行)

カ「調節は,調節作業が測定信号221の絶対値,測定信号221の相対的変動,又は測定信号221と参照値との差に基づいてなされるように,自動的に行われてもよい。調節は,いわゆるPID制御を用いて行われてもよく,これにより,実際値と目標値との間の差に基づいて,該差の時間積分に基づいて,かつ/又は,該差の時間微分に基づいて行われる。」(第16頁第33行?第17頁第5行)

キ 「圧力用,温度用,回転速度用の調節手段100,120,140,110は,測定信号221に基づいて圧力及び温度の目標値を変更できるように,制御回路を備えていてもよい。したがって,別個の制御回路が,実際値が目標値に一致するように実際値を調節する。」(第17頁第14?第19行)

ク 「

」(図3)

3 甲1及び甲4に基づく無効理由1について

(1) 本件発明と甲1発明の対比

上記2(1)カにおける「エンボス加工は,滞留時間,熱,及び圧力の関数であり,エンボス加工される材料が,所望の結果を達成するために用いられるべき滞留時間,熱,及び圧力を決定する。通常使用されるおおよそのロール圧は,300?450PLIであり,表面ロール温度は好ましくは375°F?500°Fであり」との記載,及び上記2(1)キにおける「エンボス加工中に,部分12Aは,熱及び圧力の存在下で,パイルの表面領域と係合して圧迫し,前景パターン(原文ママ)12を形成する。」との記載から明らかなように,甲1発明の「エンボスシリンダ50」は加熱されるものであるから,本件発明の「加熱されたエンボスロール」に相当する。
甲1発明の「ベースロール54」は,本件発明の「受けロール」に相当する。
甲1発明の「フロック加工された布地」は,上記2(1)エに記載されたとおりのものであり,明らかに,本件発明の「長尺材」に相当する。
甲1発明における「パイル部分16の上面」は,本件発明の「長尺材表面」に相当する。
甲1発明におけるエンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aは,本件発明の「前記エンボスロールのベース面」に相当する。
甲1発明におけるエンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aを除く部分は,本件発明の「前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部」に相当する。
甲1発明において,エンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aを除く部分がパイル部分16の上面を圧迫することは,本件発明の「凸部を長尺材表面を押圧すること」に相当する。
甲1発明において,エンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aを除く部分がパイル部分16の上面を圧迫するから,必然的にフロック加工された布地は,ベースロール54に押し付けられ,ベースロール54は,フロック加工された布地に反力を付与する。よって,甲1発明のエンボスシリンダ50とベースロール54とは,フロック加工された布地を「上下方向から挟圧する」ものである。
甲1発明における「背景12」は,本件発明の「凹部」に相当する。
上記1(1)ケに記載されているように,甲1発明において,エンボスシリンダ50とベースロール54との間を通過するフロック加工された布地は直線状である。また,上記1(1)エ,オに記載された重量を有し,自由に屈曲できるフロック布を直線状に通過させるために,フロック布にテンションを付加させる必要があることは自明である。よって,甲1発明は,エンボスシリンダ50とベースロール54との間を,テンションを付加させながら直線状にフロック布を通過させるものである。
甲1発明において,エンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aは,パイル部分16の上面から離れて配置されているから,甲1発明のエンボスシリンダ50の表面のうち,彫り込み部分16Aとパイル部分16の上面との関係は,「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない」と特定する点で,本件発明のエンボスロールのベース面と長尺材表面との関係と一致する。
本件発明の「エンボス模様」は,本件明細書における「本発明は,・・・その表面に凹凸模様(エンボス模様)を有する長尺材の製造方法に関する。」(【0001】)との記載から,表面の凹凸模様といえる。また,甲1発明におけるフロック布上の「背景12」と「パターン10」も,表面の凹凸模様である。よって,甲1発明の「エンボス加工された布地の製造方法」は,本件発明の「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」に相当する。

(2) 一致点及び相違点

そうすると,本件発明と甲1発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。

・ 一致点
「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることにより,
前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面を押圧し,上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成させる長尺材の製造方法であって,
前記エンボスロールとその受けロール間を,テンションを付加させながら直線状に長尺材を通過させ,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない,エンボス模様を有する長尺材の製造方法。」

・ 相違点1-1

長尺材がエンボスロールを通過する際に,本件発明は「長尺材表面の光沢度を確認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにする」と特定するのに対して,甲1発明においては,このような特定はされていない点。

(3) 相違点1-1の検討

ア 甲4に記載の技術事項

甲4には,「エンボス部材10」と「バッキング部材20」との間に「基材30」を通過させることにより,エンボス加工を行うエンボス装置と,そのエンボス装置の調整方法が記載されている。
甲4の上記2(7)イには,回折信号に基づきエンボス圧を制御することが記載されている。また,甲4の上記2(7)ウには,「バッキング部材20」をu方向に動かすことでエンボス圧を調節することが記載されている。「バッキング部材20」をu方向に動かすとは,上記2(7)クの記載から明らかなように,「バッキング部材20」と「エンボス部材10」との間隔を変更することである。また,上記2(7)ウには,「回折信号221」を,エンボス加工を施す対象である「基材30」の「表面40」から回折された光の強さに応じて生成することが記載されている。
以上をまとめると,甲4には,「基材30」の「表面40」からの光の強さに応じて「回折信号221」を生成し,その「回折信号221」に基づき「バッキング部材20」と「エンボス部材10」との間隔を変更して,エンボス圧を調整することが記載されている。
ここで,甲4における,「基材30」の「表面40」からの光の強さは,本件発明における「長尺材表面の光沢度」に相当する。また,甲4において,光の強さに応じて,エンボス圧を調整するための「回折信号221」を生成することは,本件発明における「光沢度を確認すること」に相当する。

以上のことを総合すると,甲4には以下の技術事項が記載されているといえる。

「長尺材(基材(30))の表面層(40)に微細光学グリッド構造を生成するエンボス加工装置において,長尺材表面の光沢度を確認することによって,エンボス圧の調整を行い,エンボスの深さを変化させる」という技術事項。

イ 判断

甲1発明は「パイル部分16は,彫り込み部分16Aから離間され」るものである。すなわち,甲1には,目的とするエンボスを得るために,エンボスの速度,温度,圧力を調整すること(上記2(1)オ),また,エンボスの高温及び高圧による合成繊維の可塑化によるテカリが問題であること(上記2(1)ア,イ),さらに,表面を可塑化させたり表面に悪影響を及ぼさないように,彫り込み部分16の上面のスペースは彫り込み部分16Aの表面から十分に離間されること(上記2(1)キ)についての記載はあるが,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触することは記載も示唆もされていない。
一方,甲4は,微細光学グリッド(請求人らによれば「ホログラム」)を生成するエンボス加工に係るものであるから,甲1発明のパイル布帛に対するエンボス加工とは,エンボスという用語においては共通しているものの,エンボスのスケールが大きく異なるものであることを踏まえると,その技術分野が相違している。
また,甲4は,基板の表面層に微細光学グリッド構造を製造する装置に関し,エンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最小にすること,微細光学グリッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,長尺材の位置毎での異なる微細光学グリッド構造を形成することを目的とするものであるから,甲1発明に適用する動機がない。
仮に,動機があって適用できたとしても,甲1発明のエンボスロールは長尺材表面に接触しないものであり,接触するのは凹凸のある背景12を形成するための彫り込み部分12Aに留まるから,光沢度を確認するのは,甲1発明の凹凸のある背景パターン部分のエンボスの深さを変化させるものではあっても,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにするものとはならない。
したがって,相違点1-1は甲4に記載の技術事項に基いて想到容易とはいえない。

(4) まとめ

そうすると,上記相違点1-1は,甲4に記載の技術事項に基いて想到容易でないから,本件発明は,甲1発明及び甲4に記載の技術事項に基いて当業者が容易に想到できたものではない。

甲1及び甲4に基づく無効理由1には,理由がない。

4 甲2及び甲4に基づく無効理由2について

(1) 本件発明と甲2発明の対比

甲2発明における「表面に1平方cmあたり120個の凸部を有し,表面温度が180°となるように加熱され,上部にあるエンボスローラ」は,本件発明の「加熱されたエンボスロール」に相当する。
甲2発明における「下部にあるゴムローラ」は,本件発明の「受けロール」に相当する。
甲2発明における「ポリアミドの極細繊維の集合体である束状物で構成される織物」は,ポリアミドの極細繊維の集合体である束状物で構成され,エンボスローラとゴムローラとの間を通すことで連続的に加工されるものであるから,本件発明の「長尺材」に相当することは明らかである。
甲2発明における「織物」の表面は,本件発明の「長尺材表面」に相当する。
甲2発明において,エンボスローラの表面に設けられた「1平方cmあたり120個の凸部」は,本件発明の「前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部」に相当する。
甲2発明がエンボス加工を行うとき,エンボスローラの凸部が織物の表面を押圧することは自明である。
甲2発明において,エンボスローラは上部にあり,ゴムローラは下部にある。また,織物は,エンボスローラとゴムローラとの間を通過する。また,甲2発明において,エンボス加工時の線圧は125kg/cmである。線圧とは,エンボスローラが織物に加える圧力であるから,エンボスローラは織物に対し,125kg/cmの圧力を加えており,エンボスローラが織物に圧力を加えると,織物はゴムローラに押し付けられ,ゴムローラは,織物に反力を付与することは明らかである。よって,引用発明においても,エンボスローラとゴムローラとは,織物を「上下方向から挟圧する」ものである。
甲2発明において,エンボスローラーを2回通過したエンボス布帛は,凹部と凸部とを有する。よって,甲2発明は,織物の表面に凹部を部分的に形成させるものである。
上記2(4)ア?エに記載されているように,エンボス加工において押圧された部分では,極細繊維同士が合一してなるフィルム状の形態を有するところ,甲2発明により製造されたエンボス布帛において,凸部は,極細繊維の集合体からなる束状物外観を呈すのであるから,凸部はエンボスローラによって押圧されていない領域であることは明らかである。
ここで,エンボス布帛における凸部は,エンボスローラを通過する際に,エンボスローラにおける凸部を除く部分(すなわちベース面)に対向する部分であることは明らかである。
よって,甲2発明において,エンボス布帛における凸部は,エンボスローラのベース面に対向する部分であり,エンボスローラに押圧されていないのであるから,甲2発明において,織物がエンボスローラを通過する際に,エンボスローラのベース面は,エンボス布帛に接触しない。
本件発明の「エンボス模様」は,本件明細書における「本発明は,・・・その表面に凹凸模様(エンボス模様)を有する長尺材の製造方法に関する。」(【0001】)との記載から,表面の凹凸模様といえる。また,甲2発明における「凹凸形状を有する梨地調のエンボス布帛」は,織物の表面に部分的に凹凸模様が設けられた柄である。
よって,甲2発明における「凹凸形状を有する梨地調のエンボス布帛の製造方法」は,本件発明の「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」に相当する。

(2) 一致点及び相違点

そうすると,本件発明と甲2発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。

・ 一致点
「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることにより,
前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面を押圧し,上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成させる長尺材の製造方法であって,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない,エンボス模様を有する長尺材の製造方法。」

・ 相違点2-1

長尺材がエンボスロールを通過する際に,本件発明は「長尺材表面の光沢度を確認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにする」と特定するのに対して,甲2発明においては,このような特定はされていない点。

・ 相違点2-2

本件発明は「テンションを付加させながら直線状に長尺材を通過させ」と特定するのに対して,甲2発明は,この点を特定しない点。

(3) 相違点2-1の検討

甲4には,上記3(3)アに記載の技術事項が記載されている。
甲2発明は,エンボスローラを2回通しの条件で凹凸模様を付与するものであり,上記2(3)ア?エに記載のように,エンボスローラの凸部が布帛に接触することで極細繊維が合一する形でフィルム様の平滑性と高光沢外観を呈するものであって,2回同じエンボスロールを通過させることを前提としている。ここで,甲2発明の長尺材は「ポリアミドの極細繊維の集合体である束状物で構成される織物」であって,少しでもエンボスロールの凸部に触れれば極細繊維が合一してしまうから,甲2発明は,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないような彫り込み深さのエンボスロールが用いられていることを前提としているといえ,言い換えれば,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触することは全く想定していないものであるといえる。
一方,甲4は,微細光学グリッド(請求人らによれば「ホログラム」)に係るエンボス加工に係るものであるから,甲2発明の極細繊維の集合体である束状物で構成される織物に対するエンボス加工とは,上記3(3)イのとおり,その技術分野が相違する。
甲4は,基板の表面層に微細光学グリッド構造を製造する装置に関し,エンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最小にすること,微細光学グリッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,長尺材の位置毎での異なる微細光学グリッド構造を形成することを目的とするものであるから,甲2発明に適用する動機がない。
仮に,動機があって適用できたとしても,上記での検討のとおり,甲2発明のエンボスローラーは,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないことを前提としているから,甲2発明の凹凸部分の調整のための適用となり,凹凸パターンの深さの調整を光沢度を確認することでおこなうことになるに留まり,光沢度を検出することにより,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにするものとはならない。
したがって,相違点2-1は甲4に記載の技術事項に基いて想到容易とはいえない。

(4) まとめ

そうすると,上記相違点2-1は,甲4に記載の技術事項に基いて想到容易でないから,相違点2-2を検討するまでもなく,本件発明は,甲2発明及び甲4に記載の技術事項に基いて当業者が容易に想到できたものではない。

甲2及び甲4に基づく無効理由2には,理由がない。

5 甲3及び甲4に基づく無効理由3について

(1) 本件発明と甲3発明の対比

甲3発明の「バックアップロール」,「凹部底面」は,それぞれ本件発明の「受けロール」,「ベース面」に相当する。
甲3発明の「カットパイル布帛」は,単繊維繊度が5dtex以下の熱可塑性合成繊維によるカットパイルとカットパイルを係止する基布から構成されるものであるが,当該カットパイル布帛自体は例えば椅子張地や車両内装材に使用される(上記2(5)イ)ものであり,加熱エンボスロールとバックアップロールの間を通すことで連続的に加工されるものであるから,本件発明の「長尺材」に相当する。さすれば,甲3発明のカットパイル布帛を構成するカットパイルの「パイル表面」が,本件発明の「長尺材表面」に対応することになるのは明らかである。
甲3発明において,エンボスロールの凹部底面はパイル表面から離れて配置されているから,甲3発明のエンボスロールの凹部底面とパイル表面との関係は,「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない」と特定する点で,本件発明のエンボスロールのベース面と長尺材表面との関係と一応相違しない。
甲3発明の「加熱エンボスロールの凸部の先端を」パイル層に「食い込ませる」の意味は,上記2(5)オの記載からみて,カットパイルが加熱エンボスロールの凸部により曲折変形すると同時に捲縮が顕現し,カットパイル布帛のパイル表面に凹部を部分的に形成させて,加熱エンボスロールの凸部をパイル表面に押圧することをいうと解される。そうすると,甲3発明の加熱エンボスロールの凸部とカットパイル布帛のカットパイル表面との関係は,「凸部を長尺材表面を押圧し」と特定する本件発明と相違しない。
本件発明の「エンボス模様」は,本件明細書における「本発明は・・・その表面に凹凸模様(エンボス模様)を有する長尺材の製造方法に関する」(段落【0001】)との記載から,表面の凹凸模様といえる。また,甲3発明の「カットパイル布帛の柄」は,加熱エンボスロールの凸部の先端をカットパイル布帛に食い込ませて,パイル表面に模様が立体的に刻設されたカットパイル布帛が製造されたものである(上記2(5)ウ,ク,ケ)ので,パイル表面に部分的に凹凸模様が設けられた柄といえる。してみれば,甲3発明の「カットパイル布帛の柄出し加工法」は,本件発明の「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」に相当する。

(2) 一致点及び相違点

そうすると,本件発明と甲3発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。

・ 一致点

「加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることにより,
前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面に押圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成させる長尺材の製造方法であって,
前記エンボスロールとその受けロール間を,長尺材を通過させ,
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない,エンボス模様を有する長尺材の製造方法。」である点。

・ 相違点3-1

長尺材がエンボスロールを通過する際に,本件発明は「長尺材表面の光沢度を確認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにする」と特定するのに対して,甲3発明においては,このような特定はされていない点。

・ 相違点3-2

加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させるにことにより,エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面に押圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成させるに際し,本件発明は,「上下方向から挟圧する」と特定するのに対して,甲3発明においては,このような特定はされていない点。

・ 相違点3-3

加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させるに際して,本件発明は,「テンションを付加させながら直線状に長尺材を通過させ」と特定するに対して,甲3発明においては,このような特定はされていない点。

(3) 相違点3-1の検討

甲3発明は,「加熱エンボスロールの凹部底面からパイル表面を離」すものであって,甲3発明の具体的な実施例の記載となる上記2(5)オには「そのエンボスロールの凸部25の高さは,エンボスロールの凹部底面24とカットパイル布帛のパイル表面12が触れ合わず,それらの間に0.5mm以上の隙間(g)を設けることが出来るように設定される。」,及び「凹部底面-パイル表面の間隔(g)」の値が,有効数字が小数点以下2位である中での1.11?1.32(mm)という数値となっている。
そうすると,甲3発明は,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないような彫り込み深さのエンボスロールが用いられていることを前提として利用されているといえ,言い換えれば,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触することは想定していないものといえる。

ここで,甲4には,上記3(3)アに記載の技術事項が記載されている。
一方,甲4は,微細光学グリッド(請求人らによれば「ホログラム」)に係るエンボス加工に係るものであるから,甲3発明のカットパイル布帛に対するエンボス加工とは,上記3(3)イのとおり,その技術分野が相違する。
また,甲4は,基板の表面層に微細光学グリッド構造を製造する装置に関し,エンボス加工プロセスにおける動作上の問題を最小にすること,微細光学グリッド構造に関しての効率的な製造方法を得ること,長尺材の位置毎での異なる微細光学グリッド構造を形成することを目的とするものであるから,甲3発明に適用する動機がない。
仮に,動機があって適用できたとしても,甲3発明のエンボスローラーは,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないことを前提としているから,甲3発明の凹凸部分の調整のためのみの適用となり,凹凸パターンの深さの調整を光沢度を確認することでおこなうことになるに留まり,光沢度を検出することにより,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにするものとはならない。
したがって,相違点3-1は甲4に記載の技術事項に基いて想到容易とはいえない。

(4) 相違点3-2の検討

甲3発明のエンボス加工は,パイル密度(M)が900本/(25.4mm)^(2 )以上であり,パイル密度(M)とパイル糸の総繊度(D)(dtex)との積(M×D)で示されるパイル/デシテックス換算密度(ρ)が200000dtex/(25.4mm)^(2) 以上であるカットパイル布帛を,加熱エンボスロールの凹部底面からパイル表面を離して,エンボスロールとバックアップロールの間を通過させるものであって,押圧時には「パイル表面12のエンボスロールの凸部25に触れて押圧される部分では,パイル繊維16の先端部21が押し倒されて曲折・彎曲したまま熱セットされる」(段落【0025】)ものといえる。
ここで,甲3発明のカットパイル布帛のパイル表面は単繊維繊度が5dtex以下の熱可塑性繊維によって構成されているから,エンボスロールの凸部がカットパイル布帛に「触れて押圧」することにより,カットパイル布帛が「押し倒されて屈曲・湾曲したまま熱セットされる」ときにおいても,エンボスロールの凸部からの押圧力は,当該繊維の基端部である長尺材の他面までは達しているとはいえない。すなわち,甲3発明のカットパイル布帛のエンボス加工においては,エンボスロール凸部と受けロールとの間で長尺材を上下方向から挟むと共に長尺材に対しての一面からの押圧力が長尺材の他面まで達するようにしてエンボス加工している,すなわち,「上下方向から挟圧する」ものであるということはできない。
そして,エンボス加工において上下方向から挟圧するものが周知であっても,上記単繊維繊度からなるカットパイル布帛を前提とする甲3発明において,上下方向から挟圧するものとすることはできない。
したがって,相違点3-2は,当業者においても想到容易とはいえない。

(5) まとめ

そうすると,上記相違点3-1は,甲4に記載の技術事項に基いて想到容易でなく,相違点3-2も想到容易でないから,相違点3-3を検討するまでもなく,本件発明は,甲3発明及び甲4に記載の技術事項に基いて当業者が容易に想到できたものではない。

甲3及び甲4に基づく無効理由3には,理由がない。

6 新規事項の追加に関する無効理由4について

(1) 請求人の主張

ア 新規事項の理由(その1)

本件発明の第一次無効審判事件における「通過後の長尺材の光沢度を確認することによって」を追加する訂正は,その訂正の根拠である願書に添付した明細書の【0023】,【0024】に記載されていない方法(例えば,加熱されたエンボスロールとその受けロール間を通過した長尺材表面の光沢度の値のみを測定し,通過前の長尺材表面の光沢度は測定しない方法等)を含む非常に広範な範囲を含む構成であって,「通過後の長尺材の光沢度を確認することによって」なる構成は,願書に添付した明細書に記載されていない。また上記の構成を追加する訂正は,新たな技術的事項(例えば,加熱されたエンボスロールとその受けロール間を通過した長尺材表面の光沢度の値のみを測定し,通過前の長尺材表面の光沢度は測定しない方法等)を本件発明に導入する訂正である。

イ 新規事項の理由(その2)

本件発明の第一次無効審判事件における訂正後の本件発明は,「長尺材表面の光沢度を確認することによって,長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにすること」なる構成を含む。
一方,願書に添付した明細書の【0023】,【0024】には,「前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しているか否かを検出する」と記載されているだけであって,光沢度を確認することによって,「前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない」という状態が実現するように調整を行うことは一切記載されていない。
また,願書に添付した明細書の【0023】,【0024】に記載された,長尺材に負荷される温度,圧力,加工速度の調整方法は,「前記エンボスロール及び前記受けロールから排出される長尺材表面の光沢度と,エンボス加工前の長尺材表面の光沢度とが等しくなる」という状態が実現するように調整するというものであって,「長尺材が前記エンボスロールを通過する際に,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない」という状態が実現されるように調整するものではない。
よって,「長尺材表面の光沢度を確認することによって」を含む訂正は,新たな技術的事項(「前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しない」という状態が実現するように調整を行うこと)を本件発明に導入する訂正である。

ウ 請求人の主張のまとめ

上記ア及びイから,第一次無効審判事件における「通過後の長尺材の光沢度を確認することによって」を追加する訂正を含む本件発明は,特許法第123条第1項第8号(準用される特許法第126条第5項)の規定により特許を受けることができない発明である。

(2) 願書に添付した明細書の記載

本件特許の願書に添付した明細書の段落【0022】?【0024】には,下記のとおり記載されている。なお、下線については,当審において付与した。

「【0022】
また,本実施形態の長尺材の製造方法においては,前記長尺材が前記エンボスロールを通過する際の一方側(供給側)から前記長尺材表面とエンボスロールのベース面との隙間に光を照射して,この隙間を通過した光を他方側で確認することによって前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しているか否かを検出することができる。なお,上記のエンボスロールの出側での光の確認は,作業者が目視で確認することもできるが,受光器で前記照射光を受光することによってより確実化することができる。
これによって,エンボス装置稼働中において,ベース面を介して長尺材に付与される熱の影響を効果的に除去することができる。
【0023】
さらに,本実施形態の長尺材の製造方法においては,前記加熱されたエンボスロールとその受けロール間を通過した長尺材表面の光沢度の値を測定して,前記通過前の長尺材表面の測定した光沢度の値と比較して,前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しているか否かを検出することもできる。
これによって,例えば,前記エンボスロール及び前記受けロールから排出される長尺材表面の光沢度と,エンボス加工前の長尺材表面の光沢度とが等しくなるように,前記エンボスロール及び受けロールを介して前記長尺材に負荷される温度,圧力,加工速度を調整することもできる。
こうして,加熱されたエンボスロールと長尺材とが接触して生じる溶融や焼けなどの欠陥を効率的に防止して,品質の優れた長尺材の製造方法を提供することができる。
【0024】
さらに,本実施形態の長尺材の製造方法においては,前記加熱されたエンボスロールとその受けロール間を通過した長尺材の上下に投光器及び受光器を設け,エンボス加工部にピンホールが発生していないことを検知するもできる。これによって,エンボス加工後における長尺材のピンホールチェックを迅速かつ効率的に行うことができる。
なお,上記長尺材表面の光沢度やピンホールチェックは,作業者が直接目視で確認することもできる。この場合は,異常を感知した作業者が操作盤を操作して製造条件の変更を行う。」

(3) 判断

本件発明の「長尺材表面の光沢度を確認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにする」とは,その字義からすれば,エンボス加工後の光沢度を確認することによって,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触していることが認識されたときには,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにするものであって,また,この場合の「確認」とは,上述の光沢度に関する記載(【0018】?【0024】)から,その光沢度の数値を測定することを含む意味であるといえる。すなわち,本件発明においては,長尺材表面の光沢度を確認し,当該確認された長尺材表面の光沢度に基づいて,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触していることが認識されたときには,エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにするものと解される。
当該判断を踏まえて上記(2)の記載をみれば,上記ア(その1)の観点については,段落【0024】に作業者が直接目視で確認することが記載されているから,新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
次に,段落【0023】においては,たしかに,「前記エンボスロール及び前記受けロールから排出される長尺材表面の光沢度と,エンボス加工前の長尺材表面の光沢度とが等しくなる」という状態が実現するように調整するとの記載ではある。しかし,段落【0023】の前の段落【0022】においては,光を利用して直接エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しているかどうかを検出することが記載され,それに続く段落【0023】において,上記記載があり,その後に「こうして,加熱されたエンボスロールと長尺材とが接触して生じる溶融や焼けなどの欠陥を効率的に防止して」との記載があることから,当業者であれば,上記の記載であっても,前後の光沢度の変化から接触しているかどうかを検出するものが記載されていると理解できる。そうすると,上記イ(その2)の観点においても,新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
よって,無効理由4は,理由がない。

第6 むすび

以上の次第であるから,請求人らの主張する無効理由1?4はいずれも理由がないので,本件特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人らが負担すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-07-25 
結審通知日 2016-07-27 
審決日 2016-08-09 
出願番号 特願2011-198441(P2011-198441)
審決分類 P 1 123・ 121- Y (B29C)
P 1 123・ 841- Y (B29C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鏡 宣宏  
特許庁審判長 小野寺 務
特許庁審判官 大島 祥吾
守安 智
登録日 2011-12-09 
登録番号 特許第4878660号(P4878660)
発明の名称 エンボス模様を有する長尺材の製造方法  
代理人 名古屋国際特許業務法人  
代理人 名古屋国際特許業務法人  
代理人 名古屋国際特許業務法人  
代理人 名古屋国際特許業務法人  
代理人 特許業務法人太田特許事務所  
代理人 名古屋国際特許業務法人  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ