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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G02B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
管理番号 1334324
異議申立番号 異議2016-700734  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-12 
確定日 2017-09-14 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5860188号発明「偏光板」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第5860188号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第5860188号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5860188号の請求項1-請求項5に係る特許(以下,それぞれ「本件特許1」-「本件特許5」といい,総称して「本件特許」という。)についての特許出願は,特願2015-153814号として平成27年8月4日(優先権主張 平成26年8月4日,以下「優先日」という。)に出願され,平成27年12月25日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について平成28年2月16日に特許掲載公報が発行されたところ,発行の日から6月以内である平成28年8月12日に,特許異議申立人 谷口真魚から特許異議の申立がされた(異議2016-700734号)。
その後の手続の概要は,以下のとおりである。
平成28年10月24日付け:取消理由通知書
平成28年12月22日付け:意見書(特許権者)
平成29年 1月12日付け:(特許異議申立人に対し)審尋
平成29年 2月 1日付け:回答書
平成29年 3月17日付け:取消理由通知書(決定の予告)
平成29年 5月22日付け:訂正請求書
(以下,この訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」という。)
平成29年 5月22日付け:意見書(特許権者)
平成29年 6月28日付け:意見書(特許異議申立人)
(以下,「本件意見書」という。)

第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨及び訂正事項
(1) 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は,特許第5860188号の特許請求の範囲を,本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1-請求項5について訂正することを求める,というものである。

(2) 訂正事項
本件訂正請求において特許権者が求める訂正事項は,次のとおりである。なお,下線は訂正箇所を示す。

訂正事項:
特許請求の範囲の請求項1に「接着層を介して設けられた保護層」と記載されているのを,「接着層を介して設けられ,樹脂フィルムで構成された保護層」に訂正する(請求項1の記載を引用して記載された請求項2?請求項5についても,連動して訂正する。)。

2 訂正の適否
以下,本件訂正請求による訂正前の請求項1を「訂正前請求項1」といい,訂正前請求項1に係る発明を「訂正前発明1」という。
(1) 特許法120条の5第4項について
本件訂正請求は,特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である〔請求項1-請求項5〕ごとにされたものである。
したがって,本件訂正請求は特許法120条の5第4項の規定に適合する。

(2) 訂正について
訂正は,願書に添付した明細書の【0058】の記載に基づいて,訂正前発明1の「保護層」を,「樹脂フィルムで構成された保護層」に限定する訂正である。また,請求項1の記載の訂正にともない,連動して訂正されたことになる請求項2-請求項5との関係においても,同様である。
したがって,訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(3) 特許法120条の5第9項で準用する同法126条4項について
本件訂正請求において特許権者が求める訂正事項には,願書に添付した明細書又は図面の訂正が含まれない。
したがって,本件訂正請求による訂正が,特許法120条の5第9項で準用する同法126条4項の規定に違反することにはならない。

(4) 小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法120条の5第2項1号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同法同条9項において準用する同法126条4項-6項の規定にも適合する。また,本件訂正請求は,同法120条の5第4項の規定にも適合する。

第3 本件特許発明及び取消理由の概要
1 本件特許発明について
前記「第2」のとおり,本件訂正請求による訂正を認めることとなった。
したがって,本件特許の特許請求の範囲の請求項1-請求項5に係る発明(以下,それぞれ「本件特許発明1」-「本件特許発明5」といい,総称して「本件特許発明」という。)は,本件訂正請求による訂正後の特許請求の請求項1-請求項5に記載された,以下の事項により特定されるものである。
「【請求項1】
厚み10μm以下の偏光膜と,該偏光膜の少なくとも片側に接着層を介して設けられ,樹脂フィルムで構成された保護層とを有し,
前記接着層の厚みが0.7μm以上であり,
前記接着層のバルク吸水率が10重量%以下であり,
前記偏光膜のAa×(Is/Ia)の値が0.53以上である,
偏光板:
ここで,前記Aaは,波長480nmにおける前記偏光膜の吸収軸方向の吸光度,
前記Iaは,前記偏光膜のラマンスペクトルを波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値,
前記Isは,前記偏光膜の厚さ方向に偏光膜表面から1μmの部分に存在する,前記偏光膜の吸収軸方向に配向したI_(3)^(-)のラマン散乱を波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値である。

【請求項2】
前記接着層の厚みが2μm以下である,請求項1に記載の偏光板。

【請求項3】
前記偏光膜の片側にのみ前記接着層を介して設けられた前記保護層を有する,請求項1または2に記載の偏光板。

【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の偏光板の製造方法であって,
樹脂基材上に得られた前記偏光膜に対し,前記接着層を介して前記保護層を貼り合わせた後,前記偏光膜から前記樹脂基材を剥離する,偏光板の製造方法。

【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の偏光板を有する,画像表示装置。」

2 取消理由の概要
平成29年3月17日付けで特許権者に通知した,本件訂正請求による訂正前の本件特許1-本件特許5に対する取消理由は,概略,以下のとおりである。
(1) 取消理由1及び取消理由2
取消理由1:
本件特許1,本件特許3-本件特許5に係る発明は,本件特許の優先日前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,また,本件特許1-本件特許5に係る発明は,本件特許の優先日前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明,甲6及び甲7に記載された技術事項,甲8に記載された技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法同条2項の規定に違反してされたものである。

取消理由2:
甲1を甲4に替えても,取消理由1と同様である。

取消理由1及び取消理由2における証拠は,以下のものである。
甲1:国際公開第2013-175767号
甲4:国際公開第2013-094435号
甲6:特開2007-17845号公報
甲7:特開2007-47382号公報
甲8:水谷友徳他,「LCDパネルにおける水分拡散と膨潤応力による反り解析」,エレクトロニクス実装学会誌,2009年,Vol.12,No.2,144-153頁

(2) 取消理由3
本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が,「偏光膜のAa×(Is/Ia)の値が0.53以上である」という構成を具備する本件特許1-本件特許5に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないから,本件特許1-本件特許5は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

なお,取消理由1-取消理由3は,特許異議申立人が申し立てた全ての取消理由を含むものである。

第4 当合議体の判断
1 取消理由1について
(1) 甲1の記載
甲1には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定に活用した箇所を示す。
ア 「技術分野
[0001] 本発明は,偏光板,偏光板の製造方法および画像表示装置に関する。」

イ 「背景技術
…(省略)…
[0004] 表示装置を薄型化するために,偏光子の厚みを薄くすることが検討されている。例えば,偏光子を,基材フィルム上にポリビニルアルコール系樹脂を塗布した後,一軸延伸および染色するステップを経て製造する方法が提案されている(例えば特許文献1および2)。これにより,従来の方法で得られる偏光子の厚みが20μm超であるのに対し,10μm以下の厚みの偏光子を得ることができる。
[0005] しかしながら,保護フィルムの厚みは60?100μmであることから,偏光板の厚みを薄くするためには,偏光子だけでなく,保護フィルムの厚みも薄くする,もしくは省略することが望まれる。
[0006] ところで,表示装置の最も視認側には,通常,透明なガラス基板が設けられる。即ち,第一の偏光板を構成する第一の偏光子と透明なガラス基板とは,通常,保護フィルムF1を介して積層されている。
[0007] そこで,表示装置を薄型化するために,保護フィルムF1を省略すること;具体的には,第一の偏光子と,透明なガラス基板とを,保護フィルムF1を介さずに貼り合わせる方法も検討されている。また,表示装置のガラス基板を超薄膜ガラスとすることも提案されている(例えば特許文献3および4)。超薄膜ガラスは,厚みが200μm以下であることから,ロール状に巻き取ることができ,生産性も良好である。」

ウ 「発明が解決しようとする課題
[0009] 本発明者らは,表示装置をさらに薄型化するために,厚みが薄い偏光子と,(表示装置の最も視認側に配置される)ガラス基板とを,保護フィルムF1を介さずに積層することを検討した。
[0010] しかしながら,厚みが薄い偏光子とガラス基板とを熱硬化性樹脂を介して接着させると,偏光子とガラス基板の熱膨脹係数の差が大きいため,偏光子に熱による歪み(応力)が残留しやすい。それにより,接着後に得られる偏光板が反りやすいだけでなく,偏光板のロール体を高温多湿下で保存すると偏光板が変形しやすく,それにより偏光度のムラが生じやすいという問題があった。さらに,熱による歪みが残留した偏光子を含む表示装置を高温多湿下で保存すると,偏光子が歪んだり,偏光板の反りが生じたりしやすいという問題があった。これらの問題は,偏光子やガラス基板の厚みが薄い場合に顕著であった。
[0011] 本発明は,上記事情に鑑みてなされたものであり,表示装置を十分に薄型化でき,かつ偏光板やそれを含む表示装置を高温多湿下で保存したときの,偏光板の変形や反りを抑制しうる偏光板とその製造方法およびそれを含む画像表示装置を提供することを目的とする。」

エ 「課題を解決するための手段
[0012] [1] 二色性色素を含む,厚み0.5?10μmの偏光子と,ガラスフィルムと,前記偏光子と前記ガラスフィルムとの間に配置され,活性線硬化性組成物の硬化物からなる接着層とを含む,偏光板。」

オ 「発明の効果
[0014] 本発明によれば,表示装置を十分に薄型化しつつ,偏光板やそれを含む表示装置を高温・多湿下で保存した際の,偏光板の変形や反りを抑制することができる。」

カ 「[0158] 1.偏光子の作製
(製造例1)
塗布工程
…(省略)…基材フィルムとポリビニルアルコール樹脂層との積層物を得た。積層物におけるポリビニルアルコール系樹脂層の厚みは12.0μmであった。
[0159] 延伸工程
得られた積層体を,搬送方向(MD方向)に160℃,延伸倍率5.3倍で自由端一軸延伸した。延伸後の積層物におけるポリビニルアルコール樹脂層の厚みは5.6μmであった。
[0160] 染色工程
延伸後の積層物を,60℃の温水浴に60秒間浸漬した後,水100質量部あたり0.05質量部のヨウ素と5質量部のヨウ化カリウムとを含有する水溶液に,温度28℃で60秒間浸漬した。…(省略)…偏光子1の厚みは5.6μmであった。
[0161] 得られた積層物の偏光子1の,ヨウ素で染色された層の厚みを,以下の方法で測定した。即ち,偏光子1の切断面の電子顕微鏡写真を,倍率15000倍で走査電子顕微鏡(SEM)にて撮影した。その結果,偏光子1の基材フィルムと接触していない表層に,厚み2.2μmのヨウ素で染色された層が確認された。」

(2) 甲1発明
甲1の[0012]には,[0014]に記載された発明の効果を奏する,次の発明が記載されている(以下「甲1発明」という。)。
「 二色性色素を含む,厚み0.5?10μmの偏光子と,
ガラスフィルムと,
前記偏光子と前記ガラスフィルムとの間に配置され,活性線硬化性組成物の硬化物からなる接着層とを含み,
表示装置を十分に薄型化しつつ,偏光板やそれを含む表示装置を高温・多湿下で保存した際の,偏光板の変形や反りを抑制することができる,
偏光板。」

(3) 対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明は,「二色性色素を含む,厚み0.5?10μmの偏光子と,ガラスフィルムと,前記偏光子と前記ガラスフィルムとの間に配置され,活性線硬化性組成物の硬化物からなる接着層とを含」む,「偏光板」である。
そうしてみると,甲1発明の「偏光板」は,偏光子と,偏光子の片側に接着層を介して設けられたガラスフィルムを有するものといえる。ここで,甲1発明の「偏光子」は,「厚み0.5?10μm」のものであるから,「偏光膜」ということができる。また,甲1発明の「ガラスフィルム」が「保護層」として機能することも,技術的にみて明らかである。
したがって,甲1発明の「偏光子」,「接着層」,「ガラスフィルム」及び「偏光板」は,それぞれ,本件特許発明1の「偏光膜」,「接着層」,「保護層」及び「偏光板」に相当する。また,甲1発明の「偏光板」は,本願発明の「偏光板」の,「厚み10μm以下の偏光膜と,該偏光膜の少なくとも片側に接着層を介して設けられ」「た保護層とを有し」という構成を具備する。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明は,次の構成で一致する。
「厚み10μm以下の偏光膜と,該偏光膜の少なくとも片側に接着層を介して設けられた保護層とを有する偏光板。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
本件特許発明1の「保護層」は,「樹脂フィルムで構成された」保護層であるのに対して,甲1発明の「保護層」は,「ガラスフィルム」である点。

(相違点2)
本件特許発明1の「接着層」は,「前記接着層の厚みが0.7μm以上であり」,「前記接着層のバルク吸水率が10重量%以下であ」るのに対して,甲1発明の「接着層」は,このような構成を具備するか明らかではない点。

(相違点3)
本件特許発明1の「偏光膜」は,「Aa×(Is/Ia)の値が0.53以上である」のに対して,甲1発明の「偏光子」は,このような構成を具備するか明らかではない点。
なお,「前記Aaは,波長480nmにおける前記偏光膜の吸収軸方向の吸光度」,「前記Iaは,前記偏光膜のラマンスペクトルを波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値」,「前記Isは,前記偏光膜の厚さ方向に偏光膜表面から1μmの部分に存在する,前記偏光膜の吸収軸方向に配向したI_(3)^(-)のラマン散乱を波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値」である。

(5) 当合議体の判断
事案に鑑みて,相違点1について検討する。
ア 特許法29条1項3号について
本件特許発明1と甲1発明は,相違点1において相違するから,同一ということはできない。

イ 特許法29条2項について
甲1発明の「ガラスフィルム」の技術的意義に関して,甲1の[0007]及び[0009]-[0011]には,前記(1)イ及びウのとおり記載されている。
そうしてみると,甲1発明の「偏光板」は,保護フィルムを省略し,偏光子とガラスフィルムとを積層することにより,発明が解決しようとする課題を克服し,その結果,「表示装置を十分に薄型化しつつ,偏光板やそれを含む表示装置を高温・多湿下で保存した際の,偏光板の変形や反りを抑制することができる」という発明の効果を得たものと解するのが相当である。
したがって,甲1発明において,相違点1に係る本件特許発明1の構成を採用することは,甲1発明の技術的意義を没却するものと解するのが相当である。
相違点1を克服することには阻害要因があるから,当業者が,甲1発明に基づいて本件特許発明1を容易に発明できたものとすることはできない。

(6) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は,概略,最近の液晶表示装置では前面板が樹脂フィルムに置き換わっているとし,当業者が甲1発明の「ガラスフィルム」を「樹脂フィルムで構成された保護層」に置き換えることは容易であると主張する(本件意見書の5頁8行-6頁3行)。
しかしながら,当業者が甲1発明の「ガラスフィルム」を「樹脂フィルムで構成された保護層」に置き換えると仮定した場合においては,甲1発明の「接着層」を再設計すると考えるのが相当である。そして,再設計した場合の「接着層」が,上記相違点2に係る構成を具備するか否かは不明である。例えば,「樹脂フィルムで構成された保護層」として,周知のTACフィルムを採用した場合には,通常,PVA樹脂からなる接着層が採用されるから,接着層のバルク吸水率は10重量%以下にはならないし,接着層の厚みを0.7μm以上にする必要もないと考えられる。
特許異議申立人の主張は採用できない。

(7) 本件特許発明2-本件特許発明5について
本件特許発明2及び本件特許発明3は,前記相違点1に係る本件特許発明1の構成を具備してなる偏光板である。したがって,前記(5)と同じ理由により,当業者が甲1発明に基づいて容易に発明できたものとすることはできない。
本件特許発明4は,本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板の製造方法の発明である。甲1発明に基づいて本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を発明することが容易でないからには,その偏光板の製造方法を発明することも,容易でない。
本件特許発明5は,本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を有する画像表示装置の発明である。甲1発明に基づいて本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を発明することが容易でないからには,その偏光板を有する画像表示装置を発明することも,容易でない。

(8) 小括
以上のとおりであるから,取消理由1によっては本件特許を取り消すことはできない。

2 取消理由2について
(1) 甲4の記載
甲4には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定に活用した箇所を示す。
ア 「技術分野
[0001] 本発明は,偏光板およびこれを用いた液晶表示装置に関する。」

イ 「背景技術
…(省略)…
[0004] 液晶表示装置の重要な構成部材の1つに,偏光板がある。偏光板は,偏光子と当該偏光子を保護するための偏光板保護フィルムとが積層されてなる構成を有する。そこで,従来,偏光子および偏光板保護フィルムの双方を薄型化する技術として,いわゆる塗布型偏光子を延伸処理によって薄型化する技術が提案されている(特許文献1を参照)。
先行技術文献
特許文献
[0005]特許文献1:米国特許出願公開第2010/202051号明細書」

ウ 「発明が解決しようとする課題
[0006] 本発明者は,上述した特許文献1に記載の技術について検討を行なった。その結果,特許文献1に記載の偏光板を用いて作製された液晶表示装置ではパネル表示時に輝度ムラが発生することを見出した。
[0007] また,液晶表示装置は通常,液晶表示パネルと偏光板とを粘着剤などを介して貼り合わせることにより製造されるが,それらの貼り合わせの状態が好ましくない場合には,液晶表示パネルから偏光板を剥がした後に,再度偏光板を貼り直すことがある。そのため,偏光板には,剥離時に液晶表示パネルへの剥離残りがなく,層間での剥離も生じないこと(すなわち,リワーク性が高いこと)が求められる。しかしながら,特許文献1に記載の偏光板を用いて液晶表示装置を製造すると,製造時における偏光板のリワーク性に問題があることも判明した。
[0008] そこで本発明は,液晶表示装置のパネル表示時の輝度ムラの発生を抑制でき,製造時におけるリワーク性にも優れ,しかも液晶表示装置の薄型化を達成可能な偏光板を提供することを目的とする。」

エ 「課題を解決するための手段
[0009] 本発明者は,上記課題に鑑み鋭意検討を行なった。その結果,親水性高分子層と基材層との積層体が延伸処理されてなる延伸積層体を有する偏光板において,基材層として透湿度が所定値以上のものを採用することで上記課題が解決されうることを見出し,本発明を完成させるに至った。」

オ 「[0015] ≪偏光板≫
本発明の一形態は,親水性高分子層と基材層との積層体が延伸処理されてなる延伸積層体を有する偏光板に関する。そして,本形態に係る偏光板は,
(1)延伸積層体を構成する親水性高分子層に二色性物質が吸着されている,
(2)親水性高分子層の厚みが2?10μmである,
(3)基材層の厚みが5?30μmである,
(4)基材層の透湿度が130g/m^(2)/24h以上である,
という特徴を有している。かような構成の偏光板とすることにより,液晶表示装置のパネル表示時の輝度ムラの発生を抑制でき,製造時におけるリワーク性にも優れ,しかも液晶表示装置の薄型化を達成することが可能となる。このような効果が奏される理由については必ずしも明らかではないが,基材フィルム上に親水性高分子層を塗布し,延伸して得られる延伸積層体の形態とすることで,親水性高分子層の厚みを薄くすることができ,薄膜の偏光板を作成することができる。その一方で,基材フィルムとともに親水性高分子層を延伸することで層間に空隙ができやすくなることから,基材フィルムと親水性高分子層との密着性が悪いと,リワーク時に層間での剥離が起こりやすくなる。密着性には,基材フィルムと親水性高分子層の特に水分特性(透湿度や含水率)が近いこと,また,基材フィルムと親水性高分子層の膜厚差が大きくないことが重要である。なぜなら,親水性高分子層の乾燥時に密着性が確保されるため,水分特性が離れていると十分な密着性が得られず,また,基材フィルムと親水性高分子層の膜厚差が大きすぎると,リワーク時に力が均一にかからず,基材フィルム側にかかってしまうので,層間で剥がれてしまうためである。また,さらに密着性を高めるためには,UV硬化性接着剤を用いて接着を行うことで,接着層を増やすこともできる。さらに,基材フィルムと親水性高分子層の水分特性(透湿度,含水率)が近いほうが,外部からの水分やバックライトから発生する熱による影響度が同程度になることから,輝度ムラも起きにくいと考えられる。
…(省略)…
[0017] [親水性高分子層]
延伸積層体は,まず,親水性高分子層を備える。親水性高分子層は,親水性高分子を主成分として含有する層である。そして,本形態に係る偏光板において,親水性高分子層は二色性物質を吸着したものである。これにより,親水性高分子層は,本形態に係る偏光板において偏光子として機能することになる。
[0018] 延伸積層体を構成する親水性高分子層は,その厚みが2?10μmである点に特徴を有する。本発明の効果の発現の観点からは,当該厚みは,好ましくは2?5μmであり,さらに好ましくは2?3μmである。なお,親水性高分子層の厚みの値は,膜厚計を用いて測定することができる。
…(省略)…
[0021] [基材層]
延伸積層体はまた,基材層を備える。基材層は,延伸積層体(偏光板)の作製時において,親水性高分子層を作製するための基材として機能しうる。また,基材層は,本形態に係る偏光板において,偏光子を保護するための保護層(保護フィルム)として機能する。
…(省略)…
[0024] 基材層を構成する材料について特に制限はなく,上述した比較的高い透湿度を達成できる材料であればいずれのものも用いられうる。好ましくは,基材層は延伸可能な樹脂材料から構成される。なかでも,好ましい実施形態において,基材層は,アクリル樹脂(A)とセルロースエステル樹脂(B)とを95:5?30:70の質量比で,かつ相溶状態で含有するフィルムから構成される。」

カ 「[0090] <偏光板の製造方法>
…(省略)…
[0092] (前処理工程)
前処理工程では,親水性高分子層と接着する基材層の表面が易接着処理される。次の接着剤塗布工程では,易接着処理された表面が親水性高分子層(偏光子)との接着面として扱われる。
[0093] 易接着処理は,基材層の親水性高分子層との接着面における親水性を向上させて,基材層の親水性高分子層に対する接着性を向上させるために行われる。易接着処理は,基材層の親水性高分子層との接着面に対し行われるが,基材層の両面に行ってもよい。
…(省略)…
[0108] (接着剤塗布工程)
接着剤塗布工程では,基材層の親水性高分子層との接着面に,接着剤を塗布する。基材層の表面に直接接着剤を塗布する場合,その塗布方法に特別な限定はない。
…(省略)…
[0110] 接着剤の具体例としては,ウレタン系粘着剤,エポキシ系粘着剤,水性高分子-イソシアネート系粘着剤,熱硬化型アクリル粘着剤等の硬化型粘着剤,湿気硬化ウレタン粘着剤,ポリエーテルメタクリレート型,エステル系メタクリレート型,酸化型ポリエーテルメタクリレート等の嫌気性粘着剤,シアノアクリレート系の瞬間粘着剤,アクリレートとペルオキシド系の2液型瞬間粘着剤が挙げられ,なかでも光硬化性接着剤が好ましい。
…(省略)…
[0113] (積層体形成工程)
本実施形態の積層体形成工程では,接着剤層の表面に親水性高分子層の形成材料を塗工して積層体を得る。なお,上述した接着剤層の表面に親水性高分子層の形成材料を塗工することが好ましいが,場合によっては,接着剤層の形成を省略して,易接着処理された基材層の表面に直接,親水性高分子層の形成材料を塗工して積層体を得てもよい。
[0114] 親水性高分子層の形成材料としては,例えば,ポリビニルアルコール(PVA)等の親水性高分子の水溶液が挙げられる。…(省略)…基材層がプライマー層を有する場合には当該プライマー層に,プライマー層を有しない場合には基材層に,直接,前記水溶液を塗工する。なお,乾燥温度は,通常,50?200℃,好ましくは80?150℃であり,乾燥時間は,通常,5?30分間程度である。
…(省略)…
[0115] (延伸工程・染色工程)
続いて,上記で得られた積層体に,延伸処理および二色性物質による染色処理を施すことで,延伸積層体の形態として,本発明に係る偏光板が得られる。
…(省略)…
[0137] (硬化工程)
硬化工程では,接着剤として光硬化性接着剤を用いた場合には,未硬化の光硬化性接着剤に活性エネルギー線を照射して接着剤層を硬化させ,光硬化性接着剤を介して重ね合わせた親水性高分子層と基材層とを接着させる。」

キ 「実施例
[0156] 以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが,本発明はこれらに限定されるものではない。
[0157] ≪偏光板1の作製≫
(ポリビニルアルコール水溶液の調製)
親水性高分子からなるフィルムである(株)クラレ製のポリビニルアルコールフィルム(平均重合度2400,ケン化度99モル%,商品名:VF-PS2400)を,1辺が5mm以下の小片に裁断し,95℃の熱水中に溶解して,濃度10質量%のポリビニルアルコール水溶液を調製した。
[0158] (積層体の作製:親水性高分子層の形成)
基材層として,下記の表1に記載のフィルム2を準備した。なお,このフィルム2の作製は以下のようにして行った。まず,下記素材を真空ナウターミキサーで80℃,1Torrで3時間混合しながらさらに乾燥し,得られた混合物を,二軸式押出機を用いて235℃で溶融混合しペレット化した。
[0159] アクリル樹脂(メタクリル酸メチル/アクリロイルモルホリン=80/20(モル比);Mw=100000;90℃で3時間乾燥し水分率1000質量ppm) 70質量部
セルロースエステル樹脂(セルロースアセテートプロピオネート:アシル基総置換度2.7,アセチル基置換度0.1,プロピオニル基置換度2.6,Mw=200000,100℃で3時間乾燥し水分率500質量ppm) 30質量部
チヌビン928(BASFジャパン株式会社製) 1.1質量部
アデカスタブ PEP-36(株式会社ADEKA製) 0.25質量部
イルガノックス1010(BASFジャパン株式会社製) 0.5質量部
スミライザーGS(住友化学株式会社製) 0.24質量部
アエロジルR972V(日本アエロジル株式会社製) 0.27質量部
得られたペレットを,70℃の除湿空気を5時間以上循環させて乾燥を行い,100℃の温度を保ったまま,次工程の一軸式押出機に導入した。
[0160] 上記ペレットを,一軸押出機を用いてTダイから表面温度が90℃の第1冷却ロール上に溶融温度240℃でフィルム状に溶融押し出しし,120μmのキャストフィルムを得た。この際第1冷却ロール上でフィルムを2mm厚の金属表面を有する弾性タッチロールで押圧した。
(光硬化性接着剤液の調製)
下記の各成分を混合した後,脱泡して,光硬化性接着剤液を調製した。なお,トリアリールスルホニウムヘキサフルオロホスフェートは,50%プロピレンカーボネート溶液として配合し,下記にはトリアリールスルホニウムヘキサフルオロホスフェートの固形分量を表示した。
(光硬化性接着剤液の組成)
3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシシクロヘキサンカルボキシレート 45質量部
エポリードGT-301(株式会社ダイセル製の脂環式エポキシ樹脂) 40質量部
1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル 15質量部
トリアリールスルホニウムヘキサフルオロホスフェート 2.3質量部
9,10-ジブトキシアントラセン 0.1質量部
1,4-ジエトキシナフタレン 2.0質量部
次いで,準備したフィルム2を,140℃にて長手方向(MD方向)に延伸倍率2倍で延伸した。その後,延伸されたフィルム2の表面にコロナ放電処理を施した。コロナ放電処理の条件は,コロナ出力強度2.0kW,ライン速度18m/分とした。次いで,延伸されたフィルムのコロナ放電処理面に,上記調製した光硬化性接着剤液を,硬化後の膜厚が約3μmとなるようにバーコーターで塗工して接着剤層を形成した。
[0161] さらに上記で調製したポリビニルアルコール水溶液を上記で形成した接着剤層の上に塗工した後,120℃にて10分間乾燥させて,厚み10μmのポリビニルアルコール塗膜からなる親水性高分子層を形成して,積層体を得た。
[0162] (延伸処理)
上記で得られた積層体を140℃にて幅方向(TD方向)に延伸倍率5倍で延伸して,延伸積層体を得た。
[0163] (染色処理)
上記で作製した延伸積層体を,張力を保持した状態で,30℃のヨウ素溶液(質量比:ヨウ素/ヨウ化カリウム/水=1/10/100)に60秒間浸漬した。その後,60℃にて4分間乾燥を行った。
[0164] (硬化工程)
ベルトコンベア付き紫外線照射装置(ランプは,フュージョンUVシステムズ社製のDバルブを使用)を用いて,積算光量が750mJ/cm^(2)となるように紫外線を照射し,接着剤層を硬化させた。
[0165] 以上の工程を経て,偏光板1を得た。なお,得られた偏光板1における基材層(フィルム2;延伸後)の厚みは20μmであった。また,偏光板1における親水性高分子層(延伸後)の厚みは2μmであった。さらに,偏光板1における基材層(フィルム2;延伸後)の透湿度は900g/m^(2)/24hであった(下記の表2を参照)。
[0166] なお,表2に記載の透湿度の値は,同延伸条件で基材フィルムのみを同条件で延伸したフィルムをサンプルとして用い,JIS Z0208の透湿度試験(カップ法)に準じて,温度40℃,湿度92%RHの雰囲気中,面積1m2の試料を24時間に通過する水蒸気のグラム数として測定した。
[0167] ≪偏光板2?37の作製≫
上述した偏光板1の作製と同様の手法により,偏光板2?37を作製した。この際,表2に示すように,基材層を構成するフィルムとして表1に示すフィルム1?15のいずれかを用い,延伸処理の条件を調節することで基材層および親水性高分子層の厚みを制御した。さらに,一部の偏光板(偏光板18および19,並びに偏光板23?26)では光硬化性接着剤を用いずに親水性高分子層を形成した(すなわち,延伸されたフィルムのコロナ放電処理面にポリビニルアルコール水溶液を塗工して親水性高分子層を作製した)。また,表2において基材層の延伸処理の欄が空欄の偏光板(偏光板2など)の作製時には,基材層のみでの延伸は行わず,積層体を作製した後に,表2に示す延伸倍率および延伸温度で延伸を行なった。さらに,表2に記載された「乾式延伸」および「湿式延伸」との表記は,それぞれ,空気中での延伸およびホウ酸溶液中での延伸を意味する。」

ク 「[0178]
[表1]


[0179]
[表2]



(2) 甲4発明
甲4の表2(前記(1)ク)には,基材層としてフィルム1(延伸後の膜厚20μm,透湿度300g/m^(2)/24h),親水性高分子層の材料がPVA(延伸後膜厚2μm),接着剤が光硬化性接着剤,延伸処理が120℃でMD方向6倍の湿式延伸である,偏光板36が記載されている。ここで,湿式延伸とは「ホウ酸溶液中での延伸」([0167])を意味するところ,ホウ酸溶液が水溶液であることは技術常識であるから,水の沸点を超える120℃には,通常,ならない。そうしてみると,当業者ならば「120℃」を誤記とし「ホウ酸溶液中の湿式延伸に適した温度」と読み替えて偏光板36の構成を理解するといえる。
そこで,[0167]の記載を考慮して偏光板1に関する[0157]-[0164]の記載を偏光板36に援用してみると,甲4には,次の発明が記載されている(以下「甲4発明」という。)。
「 [0157]濃度10質量%のポリビニルアルコール水溶液を調製し,
[0160]光硬化性接着剤液を調製し,
[0160最後]フィルム1のコロナ放電処理面に,光硬化性接着剤液を,硬化後の膜厚が約3μmとなるようにバーコーターで塗工して接着剤層を形成し,
[0161]ポリビニルアルコール水溶液を接着剤層の上に塗工した後,120℃にて10分間乾燥させて,厚み10μmのポリビニルアルコール塗膜からなる親水性高分子層を形成して,積層体を得,
[0162]積層体をホウ酸溶液中の湿式延伸に適した温度でMD方向に延伸倍率6倍で延伸して,延伸積層体を得,
[0163]延伸積層体を,張力を保持した状態で,ヨウ素溶液に浸漬し,乾燥を行い,
[0164]紫外線を照射し,接着剤層を硬化させて[0165]得られた偏光板36であって,
ここで,
[表2][0024]フィルム1は,アクリル樹脂(A)とセルロースエステル樹脂(B)とを70:30の質量比で,かつ相溶状態で含有するフィルムであり,
[0160]光硬化性接着剤溶液の組成は,3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシシクロヘキサンカルボキシレートが45質量部,エポリードGT-301(株式会社ダイセル製の脂環式エポキシ樹脂)が40質量部,1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテルが15質量部,トリアリールスルホニウムヘキサフルオロホスフェートが2.3質量部,プロピレンカーボネートが2.3質量部,9,10-ジブトキシアントラセンが0.1質量部,1,4-ジエトキシナフタレンが2.0質量部であり,
[0165]得られた偏光板36における基材層(フィルム1;延伸後)の厚みは20μm,偏光板36における親水性高分子層(延伸後)の厚みは2μm,偏光板36における基材層(フィルム1;延伸後)の透湿度は300g/m^(2)/24hである,
偏光板36。」

(3) 対比
本件特許発明1と甲4発明を対比する。
甲4発明は,「フィルム1のコロナ放電処理面に…接着剤層を形成し」,「ポリビニルアルコール水溶液を接着剤層の上に塗工し…親水性高分子層を形成し」,「延伸倍率6倍で延伸し」,「ヨウ素溶液に浸漬し,乾燥を行い」,「接着剤層を硬化させて得られた偏光板36」である。
そうしてみると,甲4発明の「偏光板36」は,親水性高分子層の片側に接着剤層を介して設けられたフィルム1を有するものといえる。ここで,甲4発明の製造工程からみて,甲4発明の「親水性高分子層」は,偏光子として機能する層であり,また,延伸後の「厚みは2μm」である。加えて,甲4発明の「フィルム1」は,「アクリル樹脂(A)とセルロースエステル樹脂(B)とを70:30の質量比で,かつ相溶状態で含有するフィルム」であるから,樹脂フィルムで構成されたものであり,保護層として機能しうるものである(甲4の[0021]及び[0024]の記載からも確認できる事項である。)。
したがって,甲4発明の「親水性高分子層」,「接着剤層」,「フィルム1」及び「偏光板36」は,それぞれ,本件特許発明1の「偏光膜」,「接着層」,「保護層」及び「偏光板」に相当する。また,甲4発明の「偏光板36」は,本件特許発明1の「厚み10μm以下の偏光膜と,該偏光膜の少なくとも片側に接着層を介して設けられ,樹脂フィルムで構成された保護層とを有し」という構成を具備する。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲4発明は,次の構成で一致する。
「厚み10μm以下の偏光膜と,該偏光膜の少なくとも片側に接着層を介して設けられ,樹脂フィルムで構成された保護層とを有する偏光板。」

イ 相違点
(相違点1)
本件特許発明1の「接着層」は,「前記接着層の厚みが0.7μm以上であり」,「前記接着層のバルク吸水率が10重量%以下であ」るのに対して,甲4発明の「接着層」は,このような構成を具備するか明らかではない点。

(相違点2)
本件特許発明1の「偏光膜」は,「Aa×(Is/Ia)の値が0.53以上である」のに対して,甲4発明の「親水性高分子層」は,このような構成を具備するか明らかではない点。
なお,「前記Aaは,波長480nmにおける前記偏光膜の吸収軸方向の吸光度」,「前記Iaは,前記偏光膜のラマンスペクトルを波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値」,「前記Isは,前記偏光膜の厚さ方向に偏光膜表面から1μmの部分に存在する,前記偏光膜の吸収軸方向に配向したI_(3)^(-)のラマン散乱を波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値」である。

(5) 当合議体の判断
事案に鑑みて,相違点1について検討する。
ア 特許法29条1項3号について
本件特許発明1と甲4発明は,相違点1において相違するから,同一ということはできない。

イ 特許法29条2項について
甲4発明の「接着剤層」は,「フィルム1のコロナ放電処理面に,光硬化性接着剤液を,硬化後の膜厚が約3μmとなるようにバーコーターで塗工し」たものである。したがって,甲4発明の「接着剤層」は,一応,紫外線硬化後(延伸倍率6倍で延伸後)の膜厚が3μmであると解される。
しかしながら,甲4発明の「偏光板36における親水性高分子層(延伸後)の厚みは2μm」であり,2μmの親水性高分子層を,それより厚い3μmの接着剤層で接着することには,疑問がある。また,甲4発明に関して,甲4の[0161]には,塗膜を形成した工程における親水性高分子層の膜厚(10μm)が記載されているから,その直前に記載された接着剤層の膜厚も,正しくは塗膜を形成した工程における膜厚と解するのが妥当である。そして,塗膜を形成した工程における膜厚が「3μm」であるとするならば,延伸倍率6倍で延伸後の接着剤層の膜厚は0.7μmを下回る蓋然性が高い。加えて,甲4の発明の詳細な説明を参照すると,甲4には,接着剤層の延伸及び硬化後の厚みの好ましい範囲についての記載がない。また,甲4の[0113]には,「接着剤層の形成を省略して,易接着処理された基材層の表面に直接,親水性高分子層の形成材料を塗工して積層体を得てもよい」とも記載されている。
そうしてみると,甲4発明においては,接着剤層の厚みが0.7μm以上であるか明らかではないし,また,甲4発明を具体化する当業者が,接着剤層の厚みを0.7μm以上に設計するともいえない。

加えて,甲4発明の接着剤層は,塗工した後,紫外線硬化前に,延伸倍率6倍で延伸されるものである。したがって,たとえ組成が類似する接着剤層のバルク吸水率が10重量%以下であるとしても,甲4発明の接着剤層のバルク吸水率が10重量%以下であるとはいえない。また,甲4の[0015]には,「基材フィルムと親水性高分子層の水分特性(透湿度,含水率)が近いほうが,外部からの水分やバックライトから発生する熱による影響度が同程度になることから,輝度ムラも起きにくいと考えられる。」と記載されているから,甲4発明の接着剤層の水分特性(透湿度,含水率)も,親水性高分子層の水分特性に近いほうが良いと考えられる。そうしてみると,甲4発明を具体化する当業者が,バルク吸水率が10重量%以下となるように接着剤層を設計するかも解らない。
したがって,甲4発明において,相違点1に係る本件特許発明1の構成を採用することを,当業者が容易に発明できたものとすることはできない。

(6) 本件特許発明2-本件特許発明5について
本件特許発明2及び本件特許発明3は,前記相違点1に係る本件特許発明1の構成を具備してなる偏光板である。したがって,前記(5)と同じ理由により,当業者が甲1発明に基づいて容易に発明できたものとすることはできない。
本件特許発明4は,本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板の製造方法の発明である。甲1発明に基づいて本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を発明することが容易でないからには,その偏光板の製造方法を発明することも,容易でない。
本件特許発明5は,本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を有する画像表示装置の発明である。甲1発明に基づいて本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を発明することが容易でないからには,その偏光板を有する画像表示装置を発明することも,容易でない。

(7) 小括
以上のとおりであるから,取消理由2によっても本件特許を取り消すことはできない。

3 取消理由3について
(1) 本件特許発明1について
本件特許発明1は,「偏光膜のAa×(Is/Ia)の値が0.53以上である」という構成(以下「式Aa×(Is/Ia)の構成」という。)を具備する。
そこで,本件特許の発明の詳細な説明の記載が,当業者が,式Aa×(Is/Ia)の構成を具備してなる本件特許発明1の偏光板の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるかについて検討する。
ア 「物の発明」について明確に説明されていること
まず,式Aa×(Is/Ia)の構成のうち,Aaに関して,特許請求の範囲の請求項1には,Aaが「波長480nmにおける前記偏光膜の吸収軸方向の吸光度」であることが明示されている。
また,吸光度が-log_(10)(透過率)により求められることは技術常識であるところ,発明の詳細な説明の【0100】には,(波長480nmの)「偏光膜の吸収軸と平行な偏光を入射した場合の透過率ka」から「Aa=-log_(10)(ka)」により算出することが明確に説明されている。
(当合議体注:なお,kaを平行透過率Tp及び直交透過率Tcを用いて計算する場合の式が,正しくは「ka=(1/2)^(1/2)((Tp+Tc)^(1/2)-(Tp-Tc)^(1/2))(1/100)^(1/2)」であることは,ka,Tp及びTcの定義から一義的に導き出すことができる事項である。)

次に,式Aa×(Is/Ia)の構成のうち,Is及びIaに関して,特許請求の範囲の請求項1には,Is及びIaが,「前記偏光膜の厚さ方向に偏光膜表面から1μmの部分に存在する,前記偏光膜の吸収軸方向に配向したI_(3)^(-)のラマン散乱を波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値」及び「前記偏光膜のラマンスペクトルを波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を,該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値」であることが明示されている。
また,ラマン分光は,物質の種類及び量を特定するための分析法として,汎用的な技術であるところ,発明の詳細な説明の【0023】-【0029】においても,ラマン分光によりIa及びIsを算出する手順が明確に説明されている。

なお,式Aa×(Is/Ia)の構成以外の本件特許発明1の構成,及び本件特許発明1全体としての構成についてみても,請求項1の記載は明確であり,発明の詳細な説明において明確に説明されているものである。

そうしてみると,当業者ならば,本件特許発明1を特許請求の範囲の請求項1の記載から明確に把握することができ,また,本件特許発明1を発明の詳細な説明の記載から読み取ることができる。
したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明1の偏光板について,明確に説明されたものである。

イ 「その物を作れる」ように記載されていること
まず,式Aa×(Is/Ia)の構成のうち,Aaに関して,図2には,偏光膜の吸収軸と平行な偏光を入射した場合の吸光度と波長の関係が示されている。また,図2は,吸光度と波長の関係を表したグラフであるから,精確なものと解するのが相当であるところ,図2からは,Aaが約3.5と看取される。
(当合議体注:図2は以下の図である。)

ここで,Aaが約3.5ということは,kaは約0.0003となる。kaが約0.0003程度の偏光膜が,例えば,発明の詳細な説明の【0040】-【0042】に記載された方法により容易に製造可能であることは,技術的にみて明らかである。

次に,式Aa×(Is/Ia)の構成のうち,Is及びIaに関してみると,【0017】には,「製法によって得られる偏光膜のヨウ素量が厚さ方向において均一とならない場合がある。例えば,後述する水中延伸方式を採用することで,厚さ方向において均一にヨウ素が存在する偏光膜を得ることができる。」と記載されている。
そこで,本件特許発明1の偏光膜が,厚さ方向において均一にヨウ素(I3-)が存在すると仮定すると,Is/Iaは,厚さ(μm)の逆数ということになる。そして,Aaが3.5とすると,厚さ6.6μm以下の偏光膜ならば,式Aa×(Is/Ia)の値が0.53以上となる。ここで,厚さ6.6μm以下の偏光膜が,例えば,延伸前のPVA系樹脂層の厚みを20μm以下とした上で【0043】-【0053】に例示された延伸倍率等による方法により容易に製造可能であることは,技術的にみて明らかである。
なお,本件特許発明1の偏光膜の厚みの上限値は10μmであるが,(染色時間が短い等の理由により)厚さ方向において均一にヨウ素が存在せず,偏光膜表面のヨウ素濃度(I_(3)^(-)濃度)が高いと考えれば,式Aa×(Is/Ia)の値は0.53以上となる(例えば,甲1の[0158]-[0161](前記1(1)カ)には,5.6μmの厚みの偏光子の表層に,厚み2.2μmのヨウ素で染色された層が確認されたことが記載されている。)。

なお,式Aa×(Is/Ia)の構成以外の本件特許発明1の構成,及び本件特許発明1全体としての構成を考慮してもなお,発明の詳細な説明において,本件特許発明1を作れるように記載されている。例えば,本件特許の発明の詳細な説明の【0083】-【0095】に記載された実施例1-実施例9は,いずれも,式Aa×(Is/Ia)の値が0.53以上でることも含めて,本件特許発明1のすべての構成要件を満たす実施例である。

したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明1の偏光板を作れるように記載されたものである。

ウ 「その物を使用できる」ように記載されていること
本件特許発明1の偏光膜が,例えば,画像表示装置の偏光膜として使用可能なことは,当業者に明らかな事項である。
したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明1の偏光板を使用できるように記載されたものである。

エ 小括
以上のとおりであるから,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明1の偏光板の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(2) 本件特許発明2,本件特許発明3及び本件特許発明5について
本件特許発明1と同様の理由により,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明2及び本件特許発明の偏光板,並びに,本件特許発明5の画像表示装置の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(3) 本件特許発明4について
ア 「物を生産する方法の発明」について明確に説明されていること
本件特許の発明の詳細な説明の記載が,本件特許発明4の前提となる偏光板(本件特許発明1-本件特許発明3)を明確に把握することができ,また,本件特許発明1-本件特許発明3を発明の詳細な説明の記載から読み取ることができることについては,前記(1)ア及び(2)で述べたとおりである。

また,本件特許発明4が具備する,「樹脂基材上に得られた前記偏光膜に対し,前記接着層を介して前記保護層を貼り合わせた後,前記偏光膜から前記樹脂基材を剥離する」工程については,その文言のとおりのものとして明確に把握することができる。そして,この工程については,発明の詳細な説明の【0087】に説明されている。さらに,【0087】に説明された方法は,例えば,特許4691205号公報の【0113】,【0114】,図9及び図10に示されるような周知技術である。加えて,(延伸後の)PETフィルム等の樹脂基材とPVAからなる偏光膜の密着性が必ずしも良くなく,剥離しやすいことは当業者における技術常識でもある(例えば,甲4の[0015](前記2(1)オ)には,「基材フィルムとともに親水性高分子層を延伸することで層間に空隙ができやすくなることから,基材フィルムと親水性高分子層との密着性が悪いと,リワーク時に層間での剥離が起こりやすくなる。」と記載されている。)。

そうしてみると,当業者ならば,本件特許発明4を明確に把握することができ,また,本件特許発明4を発明の詳細な説明の記載から読み取ることができる。
したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明4の偏光板の製造方法について,明確に説明されたものである。

イ 「その方法により物を生産できる」ように記載されていること
発明の詳細な説明の【0011】-【0015】及び【0030】-【0080】には,本件特許発明4の前提となる本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板の,(i)原材料,(ii)その処理工程及び(iii)生産物としての偏光板のすべてについて記載されている。また,【0083】-【0095】に記載された実施例1-実施例9は,いずれも,本件特許発明1-本件特許発明3のすべての構成要件を満たす実施例であるところ,そこには,(i)原材料,(ii)その処理工程及び(iii)生産物としての偏光板のすべてについて具体的に記載されている。
したがって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明4の方法により,本件特許発明1-本件特許発明3の偏光板を生産できるように記載されたものである。

ウ 小括
以上のとおりであるから,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,本件特許発明4の偏光板の製造方法の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

第5 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立人が申し立てた特許異議申立の理由によっては,本件特許1-本件特許5を取り消すことはできない。
また,他に本件特許1-本件特許5を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚み10μm以下の偏光膜と、該偏光膜の少なくとも片側に接着層を介して設けられ、樹脂フィルムで構成された保護層とを有し、
前記接着層の厚みが0.7μm以上であり、
前記接着層のバルク吸水率が10重量%以下であり、
前記偏光膜のAa×(Is/Ia)の値が0.53以上である、
偏光板:
ここで、前記Aaは、波長480nmにおける前記偏光膜の吸収軸方向の吸光度、
前記Iaは、前記偏光膜のラマンスペクトルを波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を、該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値、
前記Isは、前記偏光膜の厚さ方向に偏光膜表面から1μmの部分に存在する、前記偏光膜の吸収軸方向に配向したI_(3)^(-)のラマン散乱を波数90cm^(-1)?120cm^(-1)の区間で積分した積分強度の前記偏光膜の厚さ方向の積分強度分布を、該偏光膜の厚さ方向に全区間で積分した値である。
【請求項2】
前記接着層の厚みが2μm以下である、請求項1に記載の偏光板。
【請求項3】
前記偏光膜の片側にのみ前記接着層を介して設けられた前記保護層を有する、請求項1または2に記載の偏光板。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の偏光板の製造方法であって、
樹脂基材上に得られた前記偏光膜に対し、前記接着層を介して前記保護層を貼り合わせた後、前記偏光膜から前記樹脂基材を剥離する、偏光板の製造方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の偏光板を有する、画像表示装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-09-06 
出願番号 特願2015-153814(P2015-153814)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (G02B)
P 1 651・ 121- YAA (G02B)
P 1 651・ 536- YAA (G02B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 最首 祐樹  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 清水 康司
樋口 信宏
登録日 2015-12-25 
登録番号 特許第5860188号(P5860188)
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 偏光板  
代理人 籾井 孝文  
代理人 籾井 孝文  

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