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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A62B
審判 全部申し立て 2項進歩性  A62B
審判 全部申し立て 発明同一  A62B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A62B
管理番号 1334331
異議申立番号 異議2016-701013  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-10-25 
確定日 2017-09-22 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5920644号発明「防護衣材料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5920644号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?3〕について訂正することを認める。 特許第5920644号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5920644号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成27年8月18日(優先権主張 平成27年2月26日)に出願され、平成28年4月22日にその特許権の設定登録がされた。
その後、請求項1?3に係る特許について、特許異議申立人特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、「申立人1」という。)及び特許異議申立人本藤直子(以下、「申立人2」という。)により特許異議の申立てがなされ、平成29年3月6日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成29年4月26日付けで意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、平成29年5月9日付けで申立人1及び2に対し本件訂正請求があった旨の通知がなされ、平成29年6月9日付けで申立人1のみから意見書が提出された。

2.本件訂正請求についての判断
(1)訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は以下の訂正事項1?3からなるものである。
ア.訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「防護衣材料」とあるのを「化学防護衣材料」と訂正する。
イ.訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「珪素検出量が10atom%以下である」とあるのを「珪素検出量が6atom%以下である」と訂正する。
ウ.訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「塗布」とあるのを「浸漬」と訂正する。

(2)訂正の適否
ア.訂正前の請求項1及びそれぞれが請求項1を直接的または間接的に引用する請求項2、3は一群の請求項であり、訂正事項1?3による訂正は当該一群の請求項1?3に対し請求されたものである。

イ.訂正事項1は、本件特許明細書の段落【0001】の「本発明は、有機リン系化合物のような皮膚から吸収されて人体に悪影響を及ぼす液状およびガス状有機化学物質、さらには粒子状物質から作業者を有効に防護できるとともに、軽量で通気性を有することで、快適性にも優れる防護衣材料に関する。」なる記載、段落【0002】の「化学防護衣服は、一般に有毒な液状有機化学物質、ガス状有機化学物質、および粒子状物質から人体を保護する目的で着用される特殊衣服である。」なる記載、段落【0010】の「本発明は、かかる従来技術の問題に鑑み創案されたものであり、その目的は、特に液状有機化学物質の防護性能に優れ、PFOAフリーの加工剤を使用した場合に顕著であるはっ水はつ油性能の低下を抑制し、優れた液浸透抑制能をもつ防護衣材料を提供することにある。」なる記載等に基づいて、請求項1及びこれを引用する請求項2、3に係る発明の「防護衣材料」が「化学防護衣材料」であることを限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ.訂正事項2は、本件特許明細書の段落【0062】の【表1】の実施例1?4の撥水加工後の珪素検出量(atom%)の記載に基づいて、請求項1及びこれを引用する請求項2、3に係る発明の「珪素検出量」の数値範囲を「10atom%以下」から「6atom%以下」と狭めるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

エ.訂正事項3は、訂正前の請求項1の「前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が塗布されている」なる発明特定事項(以下、「訂正前特定事項」という。)を「前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されている」なる発明特定事項(以下、「訂正後特定事項」という。)に訂正するものといえる。
訂正前特定事項及び訂正後特定事項に関し、本件特許明細書には以下の記載事項(ア)?(エ)がある。
(ア)「【0011】
本発明者は、かかる目的を達成するために防護衣材料について鋭意検討した結果、少なくとも液遮断層を有する防護衣材料において、前記液遮断層は、炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が塗布され・・・
【0012】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
・・・前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が塗布されている・・・
【0015】
本発明の防護衣材料は・・・前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が塗布されている・・・」
(イ)「【0016】
液遮断層とは、はっ水はつ油材による加工を施すことにより、有害な液状有機化学物質に対する耐液浸透性を付与した、比較的緻密な構造の層であり、繊維を含むシート状物からなる層である。」
(ウ)「【0023】
本発明に用いる液遮断層へは、液状有機化学物質に対する防護性を発現させるために、はっ水はつ油加工を施すことが必要である。はっ水はつ油加工は従来公知のいかなる方法でもよく、特に限定されるものでない。・・・」
(エ)「【0055】
<実施例1>
液遮断層を以下の方法で作製した・・・また、液遮断層を3wt%のフッ素系撥水剤(日華化学株式会社製 NKガードS-11 PFOAフリー)の加工浴に浸漬して乾燥し、100℃で乾燥処理し、150℃まで上げてキュアを施した。得られた液遮断層のESCAによる珪素含有率、はつ油度および1ヶ月経過後のはつ油度をそれぞれ表1に示す。
【0056】
<実施例2>
液遮断層を以下の方法で作製した・・・また、液遮断層を3wt%のフッ素系撥水剤(日華化学株式会社製 NKガードS-11 PFOAフリー)の加工浴に浸漬して乾燥し、100℃で乾燥処理し、150℃まで上げてキュアを施した。得られた液遮断層のESCAによる珪素含有率、はつ油度および1ヶ月経過後のはつ油度をそれぞれ表1に示す。
【0057】
<実施例3>
液遮断層を以下の方法で作製した・・・また、液遮断層を3wt%のフッ素系撥水剤(日華化学株式会社製 NKガードS-11 PFOAフリー)の加工浴に浸漬して乾燥し、100℃で乾燥処理し、150℃まで上げてキュアを施した。得られた液遮断層のESCAによる珪素含有率、はつ油度および1ヶ月経過後のはつ油度をそれぞれ表1に示す。
【0058】
<実施例4>
液遮断層を以下の方法で作製した・・・また、液遮断層を3wt%のフッ素系撥水剤(日華化学株式会社製 NKガードS-11 PFOAフリー)の加工浴に浸漬して乾燥し、100℃で乾燥処理し、150℃まで上げてキュアを施した。得られた液遮断層のESCAによる珪素含有率、はつ油度および1ヶ月経過後のはつ油度をそれぞれ表1に示す。」

ここで、訂正前特定事項は、記載事項(イ)及び(ウ)の「はっ水はつ油材による加工を施すこと」が「塗布」によるものであることを規定するものと解されるところ、本件特許明細書には、「はっ水はつ油材による加工を施すこと」として、記載事項(エ)にある「浸漬」によるものしか実質的な説明がなされていない。
してみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明での「はっ水はつ油材による加工を施すこと」についての実質的な説明とは必ずしも整合しているとはいえない訂正前特定事項の「塗布」を、訂正後特定事項の「浸漬」と訂正する訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえる。
そして、訂正事項3は、記載事項(エ)に基く訂正であり、新規事項の追加に該当しない。
また、訂正事項3は、本件特許明細書の記載事項(ウ)を踏まえると、「はっ水はつ油材による加工を施すこと」が「従来公知のいかなる方法」をも含むと解釈される余地があった訂正前の請求項1に係る発明の特許請求の範囲について、訂正前特定事項を訂正後特定事項に訂正することで、「はっ水はつ油材による加工を施すこと」が「浸漬」であると限定し、請求項1に係る発明の特許請求の範囲を狭めるものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)むすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?3〕について訂正を認める。

3.特許異議の申立てについて
(1)本件発明
上記のとおり訂正が認められるから本件特許の請求項1?3に係る発明(以下「本件発明1?3」という。)は、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
《本件発明1》
ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である液遮断層を含み、前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されていることを特徴とする化学防護衣材料。

《本件発明2》
液遮断層のはつ油度がAATCC118法で3級以上である請求項1に記載の化学防護衣材料。

《本件発明3》
請求項1または2に記載の化学防護衣材料を用いた防護衣服。

(2)取消理由の概要
平成29年3月6日付け取消理由通知の概要は、以下のとおりである。
なお、上記取消理由通知において申立人1、2の特許異議申立理由は全て採用した。

《理由1》
本件発明1?3は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
《理由2》
本件発明1?3は、その出願の日前の特許出願であって、その出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされた下記の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない。
《理由3》
本件特許は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号及び第6項第1号に規定する要件を満たしていない。


申立人1による特許異議申立書(以下、「申立書1」という。)に添付された甲第1号証?甲第4号証を、甲1-1?甲1-4といい、申立人2による特許異議申立書(以下、「申立書2」という。)に添付された甲第1号証?甲第12号証を、甲2-1?甲2-12という。
甲1-1及び甲2-1に記載された発明を、各々、甲1-1発明、甲2-1発明といい、甲2-2に記載された事項を、甲2-2記載事項という。

《刊 行 物 等 一 覧》
甲1-1.国際公開第2013/136544号
甲1-2.特開平7-109677号公報
甲1-4.特開2003-166106号公報
甲2-1.特開2008-138336号公報
甲2-2.特開2012-31285号公報
甲2-5.特願2014-201526号(特開2016-69767号)

ア.《理由1》の1(甲1-1を主たる引用例とした理由)について
本件発明1?3は、当業者が甲1-1発明及び甲1-2記載事項、甲2-1記載事項、甲1-4記載事項からみた周知技術に基いて容易に発明をすることができたものであるから、その特許を取り消すべきである。

イ.《理由1》の2(甲2-1を主たる引用例とした理由)について
本件発明1?3は、当業者が甲2-1発明及び甲2-2記載事項に基いて容易に発明をすることができたものであるから、その特許を取り消すべきである。

ウ.《理由2》 について
本件発明1?3は、甲2-5の願書に最初に添付された願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載されているに等しい発明と同一であるから、その特許を取り消すべきである。

エ.《理由3》の1について
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が10atom%以下である」ように実施することは、当業者の通常の創作能力の発揮ではないとすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?3を当業者が実施し得る程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。

オ.《理由3》の2について
一般に、防護衣には、耐熱性や耐煙性が要求されるものも含まれるところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、耐熱性や耐煙性が要求される防護衣に関する本件発明1?3の記載がない。
したがって、耐熱性や耐煙性が要求される防護衣を含み得る本件発明1?3は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。

カ.《理由3》の3について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の「液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が塗布された」状態を実施するための具体的な説明が記載されていない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?3について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。

(3)判断
ア.《理由1》の1について
(ア)本件発明1について
a.甲1-1発明
甲1-1の[請求項1]、[請求項5]、[請求項8]、段落[0001]?[0007]、[0046]、[0057]、[0058]、[0061]([表3])の記載からみて、甲1?1には以下の甲1-1発明が記載されている。
《甲1-1発明》
繊維改質剤による前処理を行ったナイロン6の織物に、フッ素系撥水剤(C6、旭化成株式会社製、アサヒガードE-082(PFOA対策品))を含むパディング液を含浸させた、撥水性ナイロン6の織物であって、衣料全般を製造することができる撥水性ナイロン6織物。

b.対比、判断
本件発明1と甲1-1発明とを対比すると、甲1-1発明の「フッ素系撥水剤(C6、旭化成株式会社製、アサヒガードE-082(PFOA対策品))を含むパディング液を含浸させた」は、本件発明1の「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されている」に相当し、甲1-1発明の「衣料全般を製造することができる撥水性ナイロン6織物」と、本件発明1の「化学防護衣材料」とは、「衣材料」という限りにおいて、一致する。
そして、本件発明1と甲1-1発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
《相違点》
「衣材料」について、本件発明1の「化学防護衣材料」に含まれる「液遮断層」は、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である」(以下、「本件発明特定事項A」という。)のに対し、甲1-1発明の「撥水性ナイロン6織物」は、「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」か否かが不明である点。

上記相違点について検討する。

本件発明特定事項Aに関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明には以下の記載がある。
「【0005】
一方で、炭素数が8より短い短鎖のパーフルオロアルキル、特に炭素数7以下のものについては、生体蓄積性が低いと言われている。そこで、環境負荷を下げるために、短鎖のパーフルオロアルキル基を側鎖に有する含フッ素アクリレート重合体が求められている。しかしながら、短鎖のパーフルオロ基で構成された含フッ素アクリレート重合体は、パーフルオロ基のフッ素数の減少に伴って、そのパーフルオロアルキル基の結晶化度が低下し、結晶融点(Tm)を示さず、十分なはっ水はつ油性が得られないという問題があった。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、かかる従来技術の問題に鑑み創案されたものであり、その目的は、特に液状有機化学物質の防護性能に優れ、PFOAフリーの加工剤を使用した場合に顕著であるはっ水はつ油性能の低下を抑制し、優れた液浸透抑制能をもつ防護衣材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、かかる目的を達成するために防護衣材料について鋭意検討した結果、少なくとも液遮断層を有する防護衣材料において、前記液遮断層は、炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が塗布され、ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が10atom%以下であることにより、特にはっ水はつ油性に優れ、さらには、はつ油性能の低下を抑制可能で、液状有機化学物質からの有効な保護性能を有することを見出し、本発明の完成に至った。」
「【0025】
本発明の液遮断層はESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)測定で、珪素検出量が10atom%以下である。珪素検出量が10atom%を超える液遮断層では、はつ油度が3級以上のはつ油性能が発現せず、はつ油性能の経時的な安定性も欠ける結果となる。
【0026】
本発明の液遮断層のESCA測定による珪素検出量を上記範囲とする方法としては、液遮断層をシート状物やその積層体とした後にバッチ法や連続法により精練する方法やシート状やその積層体とする前のカセやチーズなどの糸状の状態でバッチ法により精練する方法がある。精練には、通常使用される精練剤を使用する方法や熱水による方法などが使用可能である。いずれの方法によっても、ESCA測定による珪素検出量が10atom%となるように精練を実施することが必要である。」
「【0055】
<実施例1>
液遮断層を以下の方法で作製した。22ゲージ6枚筬ダブルラッセル機により、地糸としてナイロンフィラメント糸(84dtex、24フィラメント)を、パイル糸としてナイロンフィラメント(176dtex、モノフィラメント)を夫々供給し、図1の組織および糸配列で経編地を編成した後精錬し、パイル先端部を熱溶融し球状物を形成させた。 その先端溶融パイル布のESCAによる珪素含有率は、0.5atom%であった。また、液遮断層を3wt%のフッ素系撥水剤(日華化学株式会社製 NKガードS-11 PFOAフリー)の加工浴に浸漬して乾燥し、100℃で乾燥処理し、150℃まで上げてキュアを施した。得られた液遮断層のESCAによる珪素含有率、はつ油度および1ヶ月経過後のはつ油度をそれぞれ表1に示す。」
「【0060】
<比較例1>
先端溶融パイル布を精練をせずに使用したため、そのESCAによる珪素含有率が、12.0atom%となった以外は実施例1と同様の方法により防護衣材料を作製した。得られた液遮断層のESCAによる珪素含有率、はつ油度および1ヶ月経過後のはつ油度をそれぞれ表1に示す。」

上記【0005】及び【0011】の記載を踏まえると、本件発明1において、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である液遮断層を含」むことと、「前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されていること」とは、技術的に一体不可分の関係にあるといえる。
また、上記【0026】の「ESCA測定による珪素検出量が10atom%となるように精練を実施することが必要である。」との記載から、「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬され」た「液遮断層」は、精錬が実施されることで、おのずと「ESCA測定による珪素検出量が10atom%となる」となるわけではないと解される。
ゆえに、本件発明1は、「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されている」「液遮断層」について、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である」ようにしたものであると理解するのが相当である。
一方、甲1-1発明の「繊維改質剤による前処理」は、甲1-1の段落[0012]、[0017]?[0020]、[0023]?[0028]の記載からみて、「精錬」(繊維及び繊維製品に付着している天然不純物、紡糸・紡績油剤、汚れなどを除いて清浄な状態にするための処理(JIS0207:2005繊維用語(染色加工部門)番号2023を参照))の一種と解されるものの、甲1-1には、『「繊維改質剤による前処理を行ったナイロン6の織物に、フッ素系撥水剤(C6、旭化成株式会社製、アサヒガードE-082(PFOA対策品))を含むパディング液を含浸させた、撥水性ナイロン6の織物」の珪素検出量が所定値となるように「繊維改質剤による前処理」、すなわち、「精錬」を行う』ことは記載や示唆はされていない。
そして、このことや、『「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬され」た布地について、「精錬」後の珪素検出量が所定値となるように「精錬」を行う』ことは、甲1-2、甲1-4、甲2-1?2-4及び甲2-6?2-12にも記載や示唆はされていない。
ゆえに、甲1-1発明の「撥水性ナイロン6織物」について「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」という技術思想に至ることは、「当業者にとって容易であり」、「当業者の通常の創作能力の発揮である」とはいえない。
したがって、本件発明1は、甲1-1発明及び甲1-2記載事項、甲2-1記載事項、甲1-4記載事項からみた周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(イ)本件発明2、3について
本件発明1の発明特定事項の全てを発明特定事項とし、さらに、技術的な限定を加える事項を発明特定事項としている、本件発明2、3は、上記と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ.《理由1》の2について
(ア)本件発明1について
a.甲2-1発明
甲2-1の【請求項1】、【請求項3】、段落【0001】?【0007】、【0020】?【0024】の記載からみて、甲2-1には以下の甲2-1発明が記載されている。
《甲2-1発明》
水又は界面活性剤を含む水又は温水で洗浄したパラ型アラミド繊維を含む布帛に、炭素数3?20個のフルオロアルキル基を有するパーフルオロアルキルアクリレートを含む撥水撥油剤が浸漬されている、耐熱性防護服用の布帛

b.対比、判断
本件発明1と甲2-1発明とを対比すると、甲2-1発明の「炭素数3?20個のフルオロアルキル基を有するパーフルオロアルキルアクリレートを含む撥水撥油剤」と、本件発明1の「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤」とは、「炭素数が3?6のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤」という限りにおいて一致し、また、甲2-1発明の「耐熱性防護服用の布帛」と、本件発明1の「化学防護衣材料」とは、「防護衣材料」という限りにおいて、一致する。
そして、本件発明1と甲2-1発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
《相違点》
「防護衣材料」について、本件発明1は、本件発明特定事項Aを発明特定事項としているのに対し、甲2-1発明の「耐熱性防護服用の布帛」は、「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」か否かが不明である点。
上記相違点について検討する。
上記3.(3)ア.(ア)b.で示したように、本件発明1は、本件発明特定事項Aにより「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されている」「液遮断層」について、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である」ようにしたものであると理解するのが相当である。
一方、甲2-1発明の「水又は界面活性剤を含む水又は温水で洗浄」は、「精錬」の一種と解されるものの、甲2-1には、『水又は界面活性剤を含む水又は温水で洗浄したパラ型アラミド繊維を含む布帛に、炭素数3?20個のフルオロアルキル基を有するパーフルオロアルキルアクリレートを含む撥水撥油剤が浸漬されている、耐熱性防護服用の布帛」の珪素検出量が所定値となるように「水又は界面活性剤を含む水又は温水で洗浄」を行う』ことは記載や示唆はされていない。
そして、このことや、『「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬され」た布地について、「精錬」後の珪素検出量が所定値となるように「精錬」を行う』ことは、甲2-2、甲1-1?1-4、甲2-3、甲2-4及び甲2-6?2-12にも記載や示唆はされていない。
ゆえに、甲2-1発明の「耐熱性防護服用の布帛」について「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」という技術思想に至ることは、「当業者にとって容易であり」、「当業者の通常の創作能力の発揮である」とはいえない。
したがって、本件発明1は、甲2-1発明及び甲2-2記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(イ)本件発明2、3について
本件発明1の発明特定事項の全てを発明特定事項とし、さらに、技術的な限定を加える事項を発明特定事項としている、本件発明2、3は、上記と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ.《理由2》について
(ア)本件発明1について
a.甲2-5発明
甲2-5の願書に最初に添付した特許請求の範囲の【請求項1】及び同願書に最初に添付した明細書の段落【0001】?【0006】、【0010】、【0012】、【0020】、【0032】、【0035】、【0036】の記載からみて、甲2-5の願書に最初に添付した特許請求の範囲、明細書(以下、「当初明細書等」という。)には以下の甲2-5発明が記載されている。
《甲2-5発明》
通常の方法で精錬された綾織物に、炭素数4パーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Aと炭素数6のパーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Bとを含む水溶液が浸漬されている、ワーキング用途等の衣料用途の撥水撥油性布帛

b.対比、判断
本件発明1と甲2-5発明とを対比すると、甲2-5発明の「炭素数4パーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Aと炭素数6のパーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Bとを含む水溶液」は、本件発明1の「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤」に相当し、また、甲2-5発明の「ワーキング用途等の衣料用途の撥水撥油性布帛」と、本件発明1の「化学防護衣材料」とは、「ワーキング用途の衣材料」という限りにおいて、一致する。
そして、本件発明1と甲2-5発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
《相違点》
「防護衣材料」について、本件発明1は、本件発明特定事項Aを発明特定事項としているのに対し、甲2-5発明の「ワーキング用途等の衣料用途の撥水撥油性布帛」は、「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」か否かが不明である点。
上記相違点について検討する。
上記3.(3)ア.(ア)b.で示したように、本件発明1は、本件発明特定事項Aにより「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されている」「液遮断層」について、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である」ようにしたものであると理解するのが相当である。
一方、甲2-5発明は、「炭素数4パーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Aと炭素数6のパーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Bとを含む水溶液が浸漬」される綾織物に、「通常の方法で精錬」をしているものの、甲2-5には、『「通常の方法で精錬された綾織物に、炭素数4パーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Aと炭素数6のパーフルオロアルキル基を含むフッ素系化合物Bとを含む水溶液が浸漬されている、ワーキング用途等の衣料用途の撥水撥油性布帛」の珪素検出量が所定値となるように「精錬」を行う』ことは記載や示唆はされていない。
そして、このことや、『「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬され」た布地について、「精錬」後の珪素検出量が所定値となるように「精錬」を行う』ことは、甲1-1?1-4、甲2-1?甲2-2及び甲2-6?2-12には記載や示唆はされておらず、これらの甲号証の記載を踏まえたとしても、甲2-5の当初明細書等に記載されているに等しいとはいえない。
したがって、本件発明1と甲2-5発明とは同一の発明であるとはいえない。

(イ)本件発明2、3について
本件発明1の発明特定事項の全てを発明特定事項とし、さらに、技術的な限定を加える事項を発明特定事項としている、本件発明2、3は、上記と同様の理由により、甲2-5発明と同一の発明であるとはいえない。

エ.《理由3》の1について
上記3.(3)ア.(ア)b.で示したように、「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」という技術思想に至ることは、「当業者にとって容易であり」、「当業者の通常の創作能力の発揮である」とはいえない。

一方、「ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が10atom%以下である」ように実施することに関し、本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【0025】
本発明の液遮断層はESCA(Electron Spectroscopy forChemical Analysis)測定で、珪素検出量が10atom%以下である。珪素検出量が10atom%を超える液遮断層では、はつ油度が3級以上のはつ油性能が発現せず、はつ油性能の経時的な安定性も欠ける結果となる。
【0026】
本発明の液遮断層のESCA測定による珪素検出量を上記範囲とする方法としては、液遮断層をシート状物やその積層体とした後にバッチ法や連続法により精練する方法やシート状やその積層体とする前のカセやチーズなどの糸状の状態でバッチ法により精練する方法がある。精練には、通常使用される精練剤を使用する方法や熱水による方法などが使用可能である。いずれの方法によっても、ESCA測定による珪素検出量が10atom%となるように精練を実施することが必要である。」
「【0054】
(3)珪素含有率
アルバック・ファイESCA5801MCを用いて、全元素スキャンを行い、その後検出された元素と存在が予想される元素についてナロースキャンを行い、存在比を評価した。」

そして、「ESCA測定での珪素検出量が6atom%以下である」という技術思想に至ることは、「当業者にとって容易であり」、「当業者の通常の創作能力の発揮である」とはいえないとしても、上記【0025】、【0026】及び【0054】の記載に接した当業者であれば、「炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されている」「液遮断層」についてのESCA測定での珪素検出量は、市販のESCA測定器を用いて測定することができ、その珪素検出量が6atom%であるよう精練を実施することにより、本件発明1?3の実施をすることができるものと理解し得る。

したがって、《理由3》の1には、理由がない。

オ.《理由3》の2について
上記2.で示したとおり本件訂正請求が認められたことにより、本件発明1?3は、耐熱性や耐煙性が要求される防護衣を含まないものとなったため、《理由3》の2については、理由のないものとなった。

カ.《理由3》の3について
上記2.で示したとおり本件訂正請求が認められたことにより、本件発明1?3は、「液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬された」ものとなり、その状態を実施するための具体的な説明が、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものとなった(上記2.(2)エ.で示した記載事項(ウ)及び(エ)を参照。)ため、《理由3》の3については、理由のないものとなった。

(4)小括
以上のとおり、本件発明1?3に係る特許は、特許法第29条第2項第29条の2第36条第4項第1号及び第6項第1号の規定に違反してされたものではないから、同法第113条第2号及び第4号の規定に該当することを理由に取り消されるべきものとすることはできない。

4.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由によっては、本件発明1?3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ESCA(Electron Spectroscope for Chemical Analysis)測定での珪素検出量が6atom%以下である液遮断層を含み、前記液遮断層は炭素数が6以下のパーフルオロアルキル基を有するフッ素系はっ水はつ油加工剤が浸漬されていることを特徴とする化学防護衣材料。
【請求項2】
液遮断層のはつ油度がAATCC118法で3級以上である請求項1に記載の化学防護衣材料。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学防護材料を用いた防護衣服。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-09-14 
出願番号 特願2015-160868(P2015-160868)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A62B)
P 1 651・ 537- YAA (A62B)
P 1 651・ 161- YAA (A62B)
P 1 651・ 536- YAA (A62B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 ▲高▼橋 杏子  
特許庁審判長 久保 克彦
特許庁審判官 井上 茂夫
渡邊 豊英
登録日 2016-04-22 
登録番号 特許第5920644号(P5920644)
権利者 東洋紡株式会社
発明の名称 防護衣材料  

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