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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
管理番号 1334378
異議申立番号 異議2017-700780  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-08-10 
確定日 2017-10-27 
異議申立件数
事件の表示 特許第6082591号発明「ゴム組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6082591号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6082591号の請求項1ないし10に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成24年12月27日に出願され、平成29年1月27日に特許権の設定登録がされ、同年8月10日付け(受理日:同年同月14日)でその特許に対し、特許異議申立人安西清一(以下、単に「異議申立人」という。)から特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明

特許第6082591号の請求項1ないし10に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
微細変性セルロース繊維をゴムに配合してなるゴム組成物であって、該微細変性セルロース繊維が、平均繊維径0.1?200nmのカルボキシ基を有する微細セルロース繊維を、炭化水素基を有するアミン又は炭化水素基を有するシラン化合物である疎水変性処理剤で処理して得られたものである、ゴム組成物。
【請求項2】
炭化水素基を有するアミンが、炭素数1?18のアルキル基を有する第1級アミン又は第2級アミンである、請求項1に記載のゴム組成物。
【請求項3】
炭素数1?18のアルキル基を有する第1級アミン又は第2級アミンの量が、微細セルロース繊維100gに対して10?300gである、請求項2に記載のゴム組成物。
【請求項4】
炭化水素基を有するシラン化合物が、炭素数1?18のアルキル基を有するシラン化合物である、請求項1に記載のゴム組成物。
【請求項5】
炭素数1?18のアルキル基を有するシラン化合物の量が、微細セルロース繊維100gに対して1?50gである、請求項4に記載のゴム組成物。
【請求項6】
微細変性セルロース繊維の配合量が、ゴム100質量部に対して0.1?100質量部である、請求項1?5のいずれかに記載のゴム組成物。
【請求項7】
下記工程(4)及び(5)を有する、請求項1?6のいずれかに記載のゴム組成物の製造方法。
工程(4):炭化水素基を有するアミン又は炭化水素基を有するシラン化合物である疎水変性処理剤で処理して得られた、微細変性セルロース繊維の水又は極性溶媒分散液と、ゴムラテックスとを混合した後、少なくとも水又は溶媒の一部を除去して微細変性セルロース繊維/ゴム複合体を得る工程
工程(5):前記工程(4)で得られた微細変性セルロース繊維/ゴム複合体とゴムとを混合する工程
【請求項8】
下記工程(1)?(3)を有する方法により得られる微細変性セルロース繊維をゴムに配合する、請求項1?6のいずれかに記載のゴム組成物の製造方法。
工程(1):天然セルロース繊維をN-オキシル化合物存在下で酸化して、カルボキシ基を有するセルロース繊維を得る工程
工程(2):カルボキシ基を有するセルロース繊維と、炭化水素基を有するアミン又は炭化水素基を有するシラン化合物である疎水変性処理剤とを反応させる工程
工程(3):工程(1)又は工程(2)の後にセルロース繊維を微細化する工程
【請求項9】
更に、下記工程(4)及び(5)を有する、請求項8に記載のゴム組成物の製造方法。
工程(4):炭化水素基を有するアミン又は炭化水素基を有するシラン化合物である疎水変性処理剤で処理して得られた、微細変性セルロース繊維の水又は極性溶媒分散液と、ゴムラテックスとを混合した後、少なくとも水又は溶媒の一部を除去して微細変性セルロース繊維/ゴム複合体を得る工程
工程(5):前記工程(4)で得られた微細変性セルロース繊維/ゴム複合体とゴムとを混合する工程
【請求項10】
前記疎水変性処理剤が、炭素数1?18のアルキル基を有する第1級アミン若しくは第2級アミン、又は炭素数1?18のアルキル基を有するシラン化合物である、請求項8又は9に記載のゴム組成物の製造方法。」

以下、特許第6082591号の請求項1ないし10に係る発明を、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」といい、総称して「本件特許発明」という。

第3 特許異議の申立ての概要

異議申立人は、証拠として、東レ・ダウコーニング社のパンフレット「シランカップリング剤」(2008年10月発行)(以下、「甲1」という。)、Cellulose(2011)18:1599-1609頁及びその部分訳(以下、「甲2」という。)、特開2006-206864号公報(以下、「甲3」という。)、特開2011-231205号公報(以下、「甲4」という。)、特開2008-1728号公報(以下、「甲5」という。)及び特開2012-25949号公報(以下、「甲6」という。)を提出し、特許異議の申立てとして概略以下のとおりの主張をしている。

1.特許法第36条第6項第1号
本件特許発明1ないし10は、その特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており、それらの特許は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

2.特許法第36条第4項第1号
本件特許発明1ないし10は、その発明の詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されてなく、それらの特許は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

3.特許法第29条第2項
(1)本件特許発明1ないし10は、甲2及び甲3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

(2)本件特許発明1ないし10は、甲2及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

(3)本件特許発明1ないし7は、甲4及び甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

(4)本件特許発明1ないし7は、甲6及び甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

(5)本件特許発明8ないし10は、甲2及び甲3に記載された発明、並びに(i)甲4及び甲5に記載された発明又は(ii)甲6及び甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項8ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

第4 甲1ないし甲6の記載及び甲2、甲4及び甲6に記載された発明

1.甲1の記載
甲1には、以下のとおりの記載がある。
(1)「エラストマーに、シランカップリング剤を使用することにより、次のような効果が期待できます。
引張強度の改良
・・・」(16頁左欄1?3行目)

(2)「エラストマーに非カーボン系の白色フィラー(水和、或いは焼成クレイ、沈降或いはフュームドシリカ、タルク)を充填すると機械的強度が低下しますが、シランカップリング剤で処理することによって改善します。・・・」(16頁左欄10?13行目)

(3)「これらのシリカ配合タイヤには図19に示すポリスルフィドシランカップリング剤が広く使用されています。分子の中央にポリスルフィド部があり、分子の両末端にトリエトキシシリル基が位置しています。・・・シランカップリング剤のポリスルフィド部分がゴム分子を結合を形成します。
・・・

」(16頁右欄9行目?最終行)

2.甲2の記載
甲2には、以下のとおりの記載がある。(和訳は異議申立人による。)
(1)「アミド化とイオン性複合化を、処理剤としてオクタデシルアミン(ODA)を用いてTEMPO(合議体注:2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-N-オキシルの略語)酸化されたナノセルロース繊維(TONc)の表面処理として評価した。」(Abstract1?4行目)

(2)「両方の処理により、このナノセルロース繊維(TONc)の表面のカルボキシル基は、オクタデシルアミン(ODA)で完全に置換され、このナノセルロース繊維(TONc)の表面は親水性から疎水性に変換された。」(Abstract11?14行目)

(3)「このナノセルロース繊維(TONc)のこの他の潜在的用途は、未だ探索されていないが、水不溶性媒体に、水不溶性樹脂の補強用添加剤のような、用途がある。」(1599頁右欄下から2行目?1600頁左欄2行目)

(4)「このナノセルロース繊維(TONc)の多くの報告された材質(--- 非常に小さな繊維幅(3?5nm),---)は、ポリマーナノコンポジットの補強用添加剤としての性能にとって好ましい。」(1600頁左欄2?9行目)

(5)「本研究において、このナノセルロース繊維(TONc)の表面にオクタデシルアミン(ODA、FIG.1c)を付加するための処理技術としてアミド化とイオン性複合化の両方を採用した。オクタデシルアミン(ODA)は水不溶性と強力な疎水性のため選択された。」(1600頁右欄16?21行目)

(6)「TEMPO酸化されたナノセルロース繊維(TONc)を用意するために、過去の文献(Saito et al.2007等)に従って、乾燥されていないパルプをTEMPO酸化した。このナノセルロース繊維(TONc)を得るために、酸化されたパルプ懸濁液を、150mLのバッチで、超音波プロセッサーを用いて超音波処理した。」(1600頁右欄下から3行目?1601頁左欄4行目)

(7)「

」(図2)

3.甲2に記載された発明
甲2には、上記2.の摘示(1)?(7)の記載からみて、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

「表面にカルボキシ基を有するナノセルロース繊維(TONc)であり、繊維幅が3?5nmのナノセルロース繊維の表面のカルボキシル基が、オクタデシルアミン(ODA)で完全に置換され、表面が親水性から疎水性に変換されたナノセルロース繊維(TONc)。」


4.甲3の記載
甲3には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
平均径0.5μm未満の短繊維の水分散液とゴムラテックスとを攪拌混合し、その混合液から水を除去して得られるゴム/短繊維のマスターバッチ。
・・・
【請求項7】
請求項1?3のいずれか1項に記載の前記ゴム/短繊維マスターバッチを配合したゴム組成物。
・・・
【請求項9】
前記短繊維の配合量が2?20phrである請求項7又は8に記載のゴム組成物をガムフィニッシング又はリムクッションに用いた空気入りタイヤ。」(請求項1?9)

5.甲4の記載
甲4には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
(A)ゴム成分、及び
(B)硫黄原子を有するシランカップリング剤で処理したパルプを機械的に解繊処理することにより得られるミクロフィブリル化植物繊維を含む
ゴム組成物。」(請求項1)

(2)「【0005】
本発明は、ゴム成分とミクロフィブリル化植物繊維との相互作用を高めることにより、剛性が向上したゴム組成物を提供することを目的とする。・・・」(段落【0005】)

(3)「【0026】
パルプを処理する際に用いられる硫黄原子を有するシランカップリング剤としては、トリアルコキシシランを有しているものが好ましく、具体的には、スルフィド結合を有するシランカップリング剤(スルフィド系シランカップリング剤)、メルカプト基を有するシランカップリング剤(メルカプト系シランカップリング剤、ポリスルフィド結合を有するシランカップリング剤(ポリスルフィド系シランカップリング剤)等のシランカップ剤が挙げられる。
【0027】
スルフィド系シランカップリング剤としては、具体的には、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド、ビス(2-トリエトキシシリルエチル)テトラスルフィド、ビス(3-トリメトキシシリルプロピル)テトラスルフィド、ビス(2-トリメトキシシリルエチル)テトラスルフィド、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)トリスルフィド、ビス(3-トリメトキシシリルプロピル)トリスルフィド、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)ジスルフィド、ビス(3-トリメトキシシリルプロピル)ジスルフィド、3-トリメトキシシリルプロピル-N,N-ジメチルチオカルバモイルテトラスルフィド、3-トリエトキシシリルプロピル-N,N-ジメチルチオカルバモイルテトラスルフィド、2-トリエトキシシリルエチル-N,N-ジメチルチオカルバモイルテトラスルフィド、2-トリメトキシシリルエチル-N,N-ジメチルチオカルバモイルテトラスルフィド、3-トリメトキシシリルプロピルベンゾチアゾリルテトラスルフィド、3-トリエトキシシリルプロピルベンゾチアゾリルテトラスルフィド、3-トリエトキシシリルプロピルメタクリレートモノスルフィド、3-トリメトキシシリルプロピルメタクリレートモノスルフィド等が挙げられる。」(段落【0026】、【0027】)

(4)「【0032】
ゴム組成物中におけるミクロフィブリル化植物繊維(B)の含有量はゴム中でのミクロフィブリル化植物繊維の分散性を悪化させずにゴム補強効果を発現できるという観点から、ゴム成分(A)100質量部に対して、1?50質量部の範囲内が好ましく、2?35質量部がの範囲内より好ましく、3?20質量部の範囲内がさらに好ましい。
【0033】
ミクロフィブリル化植物繊維(B)の繊維径の平均値(以下、平均繊維径ともいう)は、10μm以下が好ましく、4nm?1μmであることがより好ましく、4nm?200nmであることがさらに好ましく、4nm?100nmであることがより一層好ましい。」(段落【0032】、【0033】)

6.甲4に記載された発明
甲4には、上記5.の摘示(1)?(4)の記載、特に摘示(1)、(4)の記載からみて、次の発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されているといえる。

「(A)ゴム成分、及び
(B)硫黄原子を有するシランカップリング剤で処理したパルプを機械的に解繊処理することにより得られる、平均繊維径が4nm?200nmであるミクロフィブリル化植物繊維を含む
ゴム組成物。」

7.甲5の記載
甲5には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2?150nmのセルロース繊維であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基およびアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有することを特徴とする微細セルロース繊維。」

(2)「【0008】
本発明は、数平均繊維径が150nm以下の微細セルロース繊維を提供することを目的とする。また、該セルロース繊維及びその分散体をミクロフィブリルのナノファイバー性を利用して効率的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者の一部は、植物資源からリグニン等の不純物を除去、精製して得る天然セルロースをいったん溶媒に溶解させて得られる再生セルロースを原料とし、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-N-オキシル(以下、TEMPOと表記する)の存在下、次亜塩素酸のような酸化剤を作用させて酸化反応を進行させることにより、再生セルロースを形成するセルロース鎖が分子鎖レベルで、しかもセルロース鎖の構成モノマー単位であるグルコピラノーズ環中のC6位の一級水酸基のみが選択的に酸化され、アルデヒドを経由してカルボキシル基にまで酸化されるという報告(「Cellulose」Vol.5、1998年、第153?164ページにおけるA. Isogai及びY. Katoによる「TEMPO触媒酸化によるセルロースからのポリウロン酸の調製」と題する記事)を以前に検討した。該反応により、β-1,4結合したポリグルクロン酸と呼ばれる新規な水溶性の多糖を得ることができる。一方、上述の報告において、再生セルロースの原料である天然セルロースに対して同様の反応を施してもポリグルクロン酸を得ることはできず、反応生成物は非水溶性のままであることが記載されている。
【0010】
ところが、本発明者らは天然セルロース原料から得られる非水溶性の上記反応性生物を精製後、水分散体とし、該分散体中へ比較的弱い分散力を加えたところ、該反応性生物は極めて容易に水中に分散することを見出した。得られた分散体を解析したところ、該分散体は数nmから数10nmの繊維径のナノファイバーの分散体であることが判明した。
さらに本発明者らは、その機構や反応条件と得られるナノファイバーの化学構造との因果関係を考察し、上記反応において、高度に膨潤したミクロフィブリルの表面にまでTEMPO触媒による酸化が到達するものの、再生セルロースに比べ結晶性の高い天然セルロースを構成するミクロフィブリルの内部にまでは反応が到らず、ほぼミクロフィブリルの表面酸化にとどまること、通常のセルロースのミクロフィブリルと異なり、該反応により得られるミクロフィブリル表面には負の電荷を有するカルボキシル基が定量的に導入されているため、ミクロフィブリル間の反発力を誘引し分散体中での安定な分散の原因となっていることを突き止め、本発明を完成させた。
【0011】
本発明の一は、最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2?150nmのセルロース繊維であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基およびアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有することを特徴とする微細セルロース繊維である。
カルボキシル基とアルデヒド基の量の総和が、セルロース繊維の重量に対し0.1?2.2mmol/gであることが好ましい。また、最大繊維径が500nm以下かつ数平均繊維径が2?100nmであることがより好ましい。また、最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が2?10nmであることが更に好ましい。また、カルボキシル基の量が、セルロース繊維の重量に対し0.1?2.2mmol/gであることが好ましい。」(段落【0008】?【0011】)

(3)「【0022】
以上の条件を満たす本発明の微細セルロース繊維は、他材料との混合性に優れ、水などの親水性媒体中で極めて高い分散安定効果を示すばかりでなく、例えば、水や親水性の有機溶媒中に分散させることにより高いチキソトロピー性を発現し、条件によってはゲル状となるため、ゲル化剤としても有効である。また、本発明が例えば最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が3?10nmのような極めて微小な繊維として提供される場合には、水や親水性の有機溶媒中への分散体は透明となる場合もある。また、本発明の微細なセルロース繊維は、抄紙法やキャスト法により製膜することにより、高強度で耐熱性にも優れ、かつ極めて低い熱膨張性を有する材料となる。製膜の際の原液として使用する本発明の微細なセルロース繊維の分散体が透明である場合には、得られる膜も透明なものとなる。該膜は親水性付与を目的としたコーティング層としても有効に機能する。
【0023】
さらに、本発明の微細なセルロース繊維を例えば樹脂材料などの他材料と複合化する際には、他材料中での分散性に優れるため、好適な場合には透明性に優れた複合体を提供することができる。該複合体においては、本発明の微細なセルロース繊維は補強フィラーとしても機能し、複合体中で繊維が高度にネットワークを形成するような場合には、使用した樹脂単体に比べ、著しく高強度を示すようになると同時に著しい熱膨張率の低下を誘引することもできる。この他にも本発明の微細なセルロース繊維は、セルロースのもつ両親媒的性質も併せ持つため、例えば乳化剤や分散安定剤としても機能する。特に繊維中にカルボキシル基を有することで、表面電位の絶対値が大きくなるため、等電点(イオン濃度が増大した際に凝集が起こり始める濃度)が低pH側にシフトすることが期待される。これによって、より広範なイオン濃度条件で分散安定化効果が期待できる。さらに、カルボキシル基は金属イオンと対イオンを形成するため、金属イオンの捕集剤等としても有効である。」(段落【0022】、【0023】)

(4)「【0041】
本発明の微細セルロース繊維は、新規なナノファイバー膜の原料や複合化材料用のナノフィラーとして適用し得るだけでなく、コーティング基材、各種機能性添加剤(ゲル化剤、乳化剤等)としても好適に利用できる。」(段落【0041】)

8.甲6の記載
甲6には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
微細セルロース繊維とゴム成分とを含有する微細セルロース繊維分散液の製造方法であって、セルロース繊維とゴム成分とを含有する原料分散液中で、セルロース繊維を解繊して、微細セルロース繊維を得る解繊工程を備えることを特徴とする、微細セルロース繊維分散液の製造方法。
・・・
【請求項6】
前記複合化工程前に、前記微細セルロース繊維分散液にさらにゴム成分を添加する添加工程を備える、請求項5に記載のセルロース繊維複合体の製造方法。
【請求項7】
請求項4に記載のセルロース繊維複合体を用いてなるタイヤ。」(請求項1?7)

(2)「 本発明により得られる解繊された微細セルロース繊維の数平均繊維径は、得られる複合体がより優れた低線膨張性を示す点より、400nm以下が好ましく、100nm以下がより好ましい。更に好ましくは50nm以下である。尚、この数平均繊維径の下限は通常4nm以上である。」(段落【0073】)

(3)「【0090】
以下、製造例、実施例および比較例によって、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例により限定されるものではない。
(製造例1 セルロース繊維1の調製)
セルロース繊維原料として広葉樹クラフトパルプ(以下LBKPと略する)を用いた。LBKP 200g(固形分20%、水分80%、絶乾セルロース換算で40g)を0.1M硫酸500mlに懸濁し撹拌した。この懸濁液をろ紙を用いて減圧ろ過して希硫酸で湿潤したLBKPを得た。このLBKPをセパラブルフラスコ内に収め、オゾンガス発生機(エコデザイン社製ED-OG-A10型)から発生するオゾン含有酸素ガス(ガス流速2L/min、オゾン濃度32g/m^(3))への通気暴露を5時間行い、セルロースの水酸基の一部をカルボキシ基に置換した。その後、セパラブルフラスコよりLBKPを取り出し、イオン交換水で懸濁洗浄を繰り返し行い、洗浄水のpHが4.5以上をもって洗浄の終点とした。
【0091】
得られたセルロース繊維50g(絶乾セルロース換算で10g)に、pH4に調整された2%亜塩素酸ナトリウム水溶液150gを注ぎ、撹拌した後、室温で48時間静置してさらに酸化処理を行った。その後、イオン交換水で懸濁洗浄を繰り返し行い、洗浄水のpHが8以下をもって洗浄の終点とした。ろ紙を用いて減圧ろ過し、蒸留水を加えて、セルロース繊維を含有するセルロース繊維分散液1(固形分5%)を得た。
・・・
【0095】
(実施例1)
天然ゴムラテックス(NR-LATEX、ハイラテック社製、固形分濃度61%)100重量部に対し、セルロース繊維として、製造例1で得られたセルロース繊維分散液1(固形分5%)を乾燥重量が10重量部となるように加え、セルロース繊維濃度が0.5重量%となるように蒸留水を加えてセルロース繊維‐天然ゴム分散液(原料分散液)を調製した(第1工程)。
【0096】
得られた原料分散液を回転式高速ホモジナイザー(エム・テクニック社製クレアミックス2.2S)にて20000rpm(周速31.4m/sに相当)で10分処理してセルロース繊維の解繊を行い、微細セルロース繊維が分散した微細セルロース繊維‐天然ゴム分散液(微細セルロース繊維分散液)を得た(解繊工程/第2工程)。
この微細セルロース繊維分散液をバットに入れ、110℃のオーブン中にて乾燥固化(溶媒除去)し、セルロース繊維配合天然ゴムを得た(第3工程)。
【0097】
セルロース繊維配合天然ゴムのゴム成分100重量部に対して、下記の表1に示す配合に従い、セルロース繊維複合体を作製した。詳細には、セルロース繊維配合天然ゴムに対し、加硫促進剤と硫黄を除く成分を添加し、140℃で5分間混練した(第4工程)。混練装置は東洋精機社製ラボプラストミルμを使用した。
この第4工程で得られた分散物に加硫促進剤と硫黄を添加し、80℃で3分間混練した(第5工程)。この第5工程で得られた分散物を160℃で20分間加圧プレス加硫し、厚さ2mmのセルロース繊維複合体を得た。」(段落【0090】?【0097】)

9.甲6に記載された発明
甲6には、上記8.の摘示(1)?(3)の記載、特に摘示(1)、(3)からみて、次の発明(以下、「甲6発明」という。)が記載されているといえる。

「セルロース繊維原料である広葉樹クラフトパルプをセルロースの水酸基の一部をカルボキシ基に置換し、蒸留水を加えて、セルロース繊維を含有するセルロース繊維分散液1(固形分5%)を得て、天然ゴムラテックス100重量部に対し、上記セルロース繊維分散液1を乾燥重量が10重量部となるように加え、得られた原料分散液を回転式高速ホモジナイザーでセルロース繊維の解繊を行い得られた、微細セルロース繊維が分散した微細セルロース繊維‐天然ゴム分散液。」


第5 特許異議の申立てについての当審の判断
1.特許法第36条第6項第1号について
異議申立人は、本件特許の特許請求の範囲における「疎水性変性処理剤が、炭化水素基を有するシラン化合物である部分」について、請求項1等の炭化水素基を有するシラン化合物として、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド(調製例5、実施例3)のみしかその効果が確かめられておらず、当該効果が得られる作用や機序について何の説明もされていないとし、より具体的には、甲1の記載を考慮すると、本件明細書の実施例で使用されたビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィドが、セルロース繊維とゴムとの間で機能を発揮するのは、ポリスルフィド部分であって、炭化水素基ではないといえるとし、また、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィドは、炭化水素基としてn-プロピレン基を有するが、この基が疎水性変性処理剤としての機能に寄与しているかどうかについて明細書に一切開示されておらず、上記実施例において開示された内容を、炭化水素基を有するシラン化合物にまで拡張乃至一般化できないと主張している。

しかしながら、本件特許明細書の記載、特に、段落【0015】の「原料である微細セルロース繊維を、炭化水素基を有する疎水変性処理剤で表面修飾処理することにより、即ち、微細セルロース繊維表面に既に存在するカルボキシ基又は水酸基を、疎水基である炭化水素基に置換することにより、ゴムと配合した時に該ゴム中での分散性に優れるものとなり、得られるゴム組成物の加工性を維持しながら、硬度及び引張強度を向上させることができる。
炭化水素基を有する疎水変性処理剤としては、得られるゴム組成物の加工性、硬度及び引張強度の観点から、炭化水素基を有するアミン、又は炭化水素基を有するシラン化合物が好ましい。
アミンは、カルボキシ基を有する微細セルロース繊維に含有されているカルボキシ基と反応することができ、シラン化合物は水酸基又はカルボキシ基と反応することができる。」との記載や、本願実施例1?3及び比較例1、2との対比結果によれば、本件特許発明の構成を備えることにより、微細セルロース繊維表面に既に存在するカルボキシ基又は水酸基を、疎水基である炭化水素基に置換することにより、ゴムと配合した時に該ゴム中での分散性に優れるものとなり、得られるゴム組成物の加工性を維持しながら、硬度及び引張強度を向上させることができるという本件特許発明の課題を解決することができることが理解される。
また、確かに、本件特許明細書の実施例において、炭化水素基を有するシラン化合物として、具体的に用いられているのは「ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド」を使用したもののみではあるものの、(1)実施例1、2の「炭化水素基を有するアミン」の実験結果が課題を解決していることを考慮すれば、単にカルボキシ基と反応するアミン基をアミン基以外の基に置換したにすぎない場合でも、カルボキシ基が疎水基で置換されるということには何ら変わりはないから、アミン基の場合と同様に、分散性が向上し、課題が解決できるということが、上記段落【0015】の記載からみれば合理的に推測されること、(2)異議申立人の主張するとおり、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィドを用いると、テトラスルフィド部分がゴムと結合することで、テトラスルフィド部分がない化合物よりも、より一層分散性が向上する可能性は否定できないものの、その点は、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィドのシラン基及び炭化水素基の部分が、分散性の向上に全く寄与していないということを肯定する(シラン基及び炭化水素基部分が、分散性の向上にある程度寄与していることを否定する)根拠にはならないこと、(3)異議申立人は炭化水素基としてn-プロピレン基を有する場合に疎水性変性処理剤として機能しているか疑わしいとするが、本件特許明細書の実施例1には、炭化水素基としてプロピレン基を有する(プロピルアミン)場合に疎水性変性処理剤として機能していることが実証されており、上記異議申立人の主張は妥当ではない等の点を考慮すると、本件特許明細書に記載の実施例において開示された内容を、炭化水素基を有するシラン化合物にまで拡張乃至一般化できるといえる。
そうすると、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているから、この主張は採用することができない。

2.特許法第36条第4項第1号について
異議申立人は、上記1.と同様の理由で、ポリスルフィド部分を有さない「炭化水素シラン化合物」について、発明の詳細な説明が当業者に実施可能な程度に記載されていないと主張している。
しかしながら、少なくとも本件特許明細書の実施例については、本件特許発明を実施することができることは明らかであって、この点は異議申立人も争っていない。
そして、本件特許発明において、本件特許明細書の実施例において具体的に用いられているゴム組成物以外のものにおいても、本件特許明細書の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、原料の種類や配合割合などを適宜変更することにより、過度の試行錯誤を要することなく、当業者であれば本件特許発明に係るゴム組成物を製造することができると認められる。
そうすると、本件特許明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているから、この主張は採用することができない。

3.特許法第29条第2項について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲2発明との対比

(ア)本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「表面にカルボキシ基を有するナノセルロース繊維」、「ナノセルロース繊維の表面のカルボキシル基が、オクタデシルアミン(ODA)で完全に置換され、表面が親水性から疎水性に変換された」は、本件特許発明1の「カルボキシ基を有する微細セルロース繊維」、「カルボキシ基を有する微細セルロース繊維を、炭化水素基を有するアミンである疎水変性処理剤で処理して得られた微細変性セルロース繊維」に相当する。
そして、甲2発明のナノセルロース繊維の繊維幅は、3?5nmである点で、本件特許発明1の微細セルロース繊維の平均繊維径の0.1?200nmと重複一致する。

(イ)そうすると、本件特許発明1と甲2発明とは、
「微細変性セルロース繊維であって、該微細変性セルロース繊維が、平均繊維径3?5nmのカルボキシ基を有する微細セルロース繊維を、炭化水素基を有するアミンである疎水変性処理剤で処理して得られた微細変性セルロース繊維。」
の点で一致し、以下の相違点1で相違する。

[相違点1]
本件特許発明1では、「微細セルロース繊維をゴムに配合してなるゴム組成物。」であると特定されているのに対し、甲2発明では、ナノセルロース繊維をゴムに配合してなるゴム組成物とすることは特定されていない点。

(ウ)相違点1について
a 本件特許発明1が解決しようとする課題は、本件特許明細書の段落【0006】の記載によると、「特定の微細変性セルロース繊維をゴムと配合することにより、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できる」ゴム組成物及びその製造方法を提供することにあると認められる。
b 一方、甲2には、ナノセルロース繊維を、水不溶性樹脂の補強用添加剤のような用途に潜在的に適用可能であるとの記載がある(上記第4 2.の摘示(3))ものの、補強用添加剤として用いられる樹脂が、ゴムであることは記載されておらず、また、ゴムに配合することにより、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるという課題について、一切記載も示唆もされていない。
c そして、甲3には、「セルロース等の短繊維の水分散液とゴムラテックスとを攪拌混合し、その混合液から水を除去して得られるゴム/短繊維のマスターバッチ。」(上記第4 4.の摘示(1))が記載され、また甲4には、「(A)ゴム成分、及び(B)硫黄原子を有するシランカップリング剤で処理したパルプを機械的に解繊処理することにより得られる、平均繊維径が4nm?200nmであるミクロフィブリル化植物繊維を含むゴム組成物。」(上記第4 5.の摘示(1)、(4))が記載されているものの、いずれの刊行物にも、特定のナノセルロース繊維をゴムに配合することで、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるという点については何ら記載がなく、示唆もないものである。
d そうすると、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるゴム組成物及びその製造方法を提供するという本件特許発明1が解決しようとする課題のない甲2発明に係るナノセルロース繊維を、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できる点について一切記載のない甲3ないし甲4に記載のゴム組成物に適用する動機があるとはいえず、当業者にとって容易になし得たものではない。
e そして、本件特許発明1の効果である、特定の微細変性セルロール繊維をゴムに配合することにより、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるという効果は、甲2、甲3及び甲4を参酌したとしても、たとえ当業者であっても予測し得るものではない。
f そうすると、相違点1は、甲2、甲3及び甲4を参酌したとしても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(エ) 小括
以上のとおり、相違点1は、甲2、甲3及び甲4を参酌したとしても、想到容易とはいえないのであるから、本件特許発明1は、甲2発明及び甲3に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものではないし、甲2発明及び甲4に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものでもない。


イ 本件特許発明1と甲4発明との対比
(ア)本件特許発明1と甲4発明とを対比すると、甲4発明の「(A)ゴム成分」、「(B)硫黄原子を有するシランカップリング剤で処理したパルプを機械的に解繊処理することにより得られる、平均繊維径が4nm?200nmであるミクロフィブリル化植物繊維」は、本件特許発明1の「ゴム」、「平均繊維径0.1?200nmの微細セルロース繊維を、炭化水素基を有するシランである疎水変性処理剤で処理し得られた微細変性セルロース繊維」に相当する。

(イ)そうすると、本件特許発明1と甲4発明とは、
「微細変性セルロース繊維をゴムに配合してなるゴム組成物であって、該微細変性セルロース繊維が、平均繊維径0.1?200nmの微細セルロース繊維を、炭化水素基を有するアミン又は炭化水素基を有するシラン化合物である疎水変性処理剤で処理して得られたものである、ゴム組成物。」
の点で一致し、以下の相違点2で相違する。

[相違点2]
本件特許発明1では、疎水変性処理剤により処理される微細セルロース繊維が、カルボキシ基を有するものであるのに対し、甲4発明では、その点が特定されていない点。

(ウ)相違点2について
a 本件特許発明1が解決しようとする課題は、本件特許明細書の段落【0006】の記載によると、「特定の微細変性セルロース繊維をゴムと配合することにより、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できる」ゴム組成物及びその製造方法を提供することにあると認められる。
b 一方、甲4には、ゴム成分とミクロフィブリル化植物繊維との相互作用を高めることにより、剛性が向上したゴム組成物を提供すること(上記第4 5.の摘示(2))を目的として、硫黄原子を有するシランカップリング剤で処理したミクロフィブリル化植物繊維が記載されているものの、当該シランカップリング剤で処理を行う前のミクロフィブリル化植物繊維が、カルボキシ基を有する点の記載はなく、また、加工性を低下させないという課題については、一切記載も示唆もされていない。
c そして、甲5には、数平均繊維径が2?150nmのセルロース繊維であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基で酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有することを特徴とする微細セルロール繊維が記載されている(上記第4 7.の摘示(1))ものの、上記第4 7.の摘示(2)の段落【0010】の「本発明者らは天然セルロース原料から得られる非水溶性の上記反応性生物を精製後、水分散体とし、該分散体中へ比較的弱い分散力を加えたところ、該反応性生物は極めて容易に水中に分散することを見出した。・・・通常のセルロースのミクロフィブリルと異なり、該反応により得られるミクロフィブリル表面には負の電荷を有するカルボキシル基が定量的に導入されているため、ミクロフィブリル間の反発力を誘引し分散体中での安定な分散の原因となっていることを突き止め、本発明を完成させた。」の記載からみて、甲5においてミクロフィブリルにカルボキシ基を導入する目的は、主にミクロフィブリルを水中に容易に分散させるためであって、また、その用途も、ゴム組成物へ適用することは記載されておらず甲4に記載されている用途とは相違する(上記第4 7.の摘示(3)、(4))。さらに、甲5には、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるという点については何ら記載がなく、示唆もないものである。
d そうすると、加工性を低下させないというゴム組成物及びその製造方法を提供するという本件特許発明1が解決しようとする課題のない甲4発明に係るゴム組成物におけるミクロフィブリル化植物繊維について、甲4発明とは目的や用途が相違し、また、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるという点について一切記載のない甲5に記載のミクロフィブリルにカルボキシ基を導入する技術を適用する動機があるとはいえず、当業者にとって容易になし得たものではない。
e そして、本件特許発明1の効果である、特定の微細変性セルロール繊維をゴムに配合することにより、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるという効果は、甲4及び甲5を参酌したとしても、たとえ当業者であっても予測し得るものではない。
f そうすると、相違点2は、甲4及び甲5を参酌したとしても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(エ) 小括
以上のとおり、相違点2は、甲4及び甲5を参酌したとしても、想到容易とはいえないのであるから、本件特許発明1は、甲4発明及び甲5に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものではない。


ウ 本件特許発明1と甲6発明との対比
(ア)本件特許発明1と甲6発明とを対比すると、甲6発明の「微細セルロース繊維」、「天然ゴム」は、本件特許発明1の「微細セルロース繊維」、「ゴム」に相当する。
そして、甲6発明の微細セルロース繊維も、セルロースの水酸基の一部をカルボキシ基に置換している点で、本件特許発明1と相違するものではない。
(イ)そうすると、本件特許発明1と甲6発明とは、
「微細変性セルロース繊維をゴムに配合してなるゴム組成物であって、該微細変性セルロース繊維が、カルボキシ基を有する微細セルロース繊維である、ゴム組成物。」
の点で一致し、以下の相違点3及び4で相違する。

[相違点3]
本件特許発明1では、微細変性セルロース繊維の平均繊維径が、0.1?200nmであると特定されているのに対し、甲6発明は、回転式高速ホモジナイザーでセルロース繊維の解繊を行い得られたものであるものの、微細変性セルロース繊維の平均繊維径が特定されていない点。

[相違点4]
本件特許発明1では、微細変性セルロース繊維が、微細セルロース繊維を、炭化水素基を有するアミン又は炭化水素基を有するシラン化合物である疎水変性処理剤で処理して得られたものであると特定されているのに対し、甲6発明では、その点が特定されていない点。


(ウ)相違点3について
甲6の上記第4 8.の摘示(2)には、解繊された微細セルロース繊維の数平均繊維径が、100nm以下が好ましく、4nm以上が下限であることが記載されていることから、相違点3は、解繊された微細セルロース繊維を用いている甲6発明の実質的な相違点とはいえないか、仮に相違するとしたとしても、上記摘示(2)の記載に基づいて、微細セルロース繊維の平均繊維径を、4nm?100nmの範囲にすることは、当業者が容易になし得たものである。
そして、その数値範囲を採用することによる効果も、格別なものとはいえない。


(エ)相違点4について
a 甲1は、エラストマーのシランカップリング剤の適用に関する技術文献であり(上記第4 1.の摘示(1))、「エラストマーに非カーボン系の白色フィラー(水和、或いは焼成クレイ、沈降或いはフュームドシリカ、タルク)を充填すると機械的強度が低下しますが、シランカップリング剤によって改善します。」(上記第4 1.の摘示(2))との記載があり、また、上記第4 1.の摘示(3)の図20には、シリカとシランカップリング剤のシラン部分と結合し、シランカップリング剤のポリスルフィド部分がゴム分子と結合を形成することが記載されているものの、エラストマー中に用いるフィラーとして、セルロース繊維は記載されていない。
b 一方、甲6発明は、ゴムの添加剤としてセルロース繊維を用いるものであり、シリカ等の白色フィラーを用いるものではない。
c そうすると、ゴムの添加剤として微細セルロース繊維を用いるものである甲6発明に、シリカ等の白色フィラーの物性を改善するシランカップリング剤を適用することが記載されているにすぎない甲1に記載の上記技術を適用することの動機付けがあるとはいえない。
d そして、本件特許発明1の効果は、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるゴム組成物及びその製造方法を提供するというものであり、そのような効果は、甲6及び甲1を参酌したとしても、たとえ当業者であっても予測し得るものではない。
e 相違点4についてのまとめ
以上のとおりであるから、相違点4は、甲6及び甲1を参酌したとしても、想到容易とはいえない。

(オ) 小括
以上のとおり、相違点4は、甲6及び甲1を参酌したとしても、想到容易とはいえないのであるから、本件特許発明1は、甲6発明及び甲1に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

エ まとめ
以上のとおり、本件特許発明1は、甲2及び甲3に記載された発明、又は甲2及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件特許発明1は、甲4及び甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
さらに、本件特許発明1は、甲6及び甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2ないし10について
本件特許発明2ないし10は、請求項1の記載を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲2及び甲3に記載された発明、又は甲2及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないし、甲4及び甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないし、甲6及び甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
異議申立人は、異議申立書において、請求項7?10は、甲3発明を主引例とし、甲2に記載の事項を適用することは想到容易である旨(異議申立書22頁6行目?23頁13行目)、請求項7?10は、甲4発明を主引例とし、甲4に記載の事項を適用することは想到容易である旨(異議申立書24頁下から7行目?25頁下から5行目)、及び、請求項8?10は、(i)甲2発明及び甲3発明、並びに(ii)甲4発明及び甲5発明、又は(iii)甲6発明及び甲1発明から想到容易である旨(異議申立書29頁下から10行目?30頁8行目)を主張している。
しかしながら、上記第5 3(1)において指摘したように、異議申立書において主張するこれらの文献を組み合わせたとしても、本件特許発明1の効果は、加工性を低下させずに、硬度及び引張強度を向上できるゴム組成物及びその製造方法を提供するというものであり、そのような効果は、甲1ないし甲6を参酌したとしても、たとえ当業者であっても予測し得るものではないから、異議申立人の主張は失当であって、採用できない。


第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-10-16 
出願番号 特願2012-285410(P2012-285410)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 藤本 保  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大島 祥吾
堀 洋樹
登録日 2017-01-27 
登録番号 特許第6082591号(P6082591)
権利者 花王株式会社
発明の名称 ゴム組成物  
代理人 大谷 保  
代理人 片岡 誠  

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