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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
管理番号 1335130
異議申立番号 異議2016-700975  
総通号数 217 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-01-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-10-06 
確定日 2017-10-27 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5900347号発明「乳化食品組成物」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第5900347号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第5900347号の請求項1ないし9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯の概略
平成23年12月19日 国際出願(優先権主張:2010年12月
(2011年12月19日) 17日,日本国)
平成28年 3月18日 特許権の設定登録(特許第5900347
号)
平成28年 4月 6日 特許公報発行
平成28年10月 6日 特許異議の申立て(特許異議申立人 藤本
博基)
平成28年11月24日 取消理由通知書
平成29年 2月27日 意見書(特許権者)及び訂正請求書
平成29年 4月21日 意見書(特許異議申立人)
平成29年 5月25日 取消理由通知書(決定の予告)
平成29年 7月26日 意見書(特許権者)及び訂正請求書
平成29年 9月 4日 意見書(特許異議申立人)
以下,平成29年7月26日付けの訂正請求書を「本件訂正請求書」といい,これに係る訂正を「本件訂正」という。なお,平成29年2月27日付けの訂正の請求は,取り下げられたものとみなす(特許法120条の5第7項)。

第2 本件訂正の適否
1 本件訂正の内容
本件訂正の請求は,特許第5900347号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?9について訂正することを求めるものであって,その訂正の内容は次のとおりである。
(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に,
「蛋白質,脂質,糖質,増粘剤,乳化剤,カルシウム塩及びマグネシウム塩を含有し,中性領域では流動性を有し酸性領域で半固形化する加熱殺菌された乳化食品組成物であって,
前記カルシウム塩及びマグネシウム塩が,中性領域において難溶性の化合物であるか,又は,カルシウムイオンとマグネシウムイオンを含む塩類が中性領域では水に不溶性で酸性領域では水に溶解する組成物にてコーティングされた形態であり,
前記脂質と前記蛋白質の混合比(脂質/蛋白質,重量基準)が7/10以上であり,中性領域での前記乳化食品組成物に含まれる粒子の粒径(平均径)が6.0μm以下であることを特徴とする乳化食品組成物。」
と記載されているのを,
「蛋白質,脂質,糖質,増粘剤,乳化剤,カルシウム塩及びマグネシウム塩を含有し,中性領域では流動性を有し酸性領域で半固形化する加熱殺菌された乳化食品組成物であって,
前記カルシウム塩及びマグネシウム塩が,中性領域において難溶性の化合物であるか,又は,カルシウムイオンとマグネシウムイオンを含む塩類が中性領域では水に不溶性で酸性領域では水に溶解する組成物にてコーティングされた形態であり,
前記増粘剤が脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,ローメトキシルペクチン,アルギン酸,アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であり,
前記脂質と前記蛋白質の混合比(脂質/蛋白質,重量基準)が7/10以上であり,中性領域での前記乳化食品組成物に含まれる粒子の粒径(平均径)が6.0μm以下であることを特徴とする乳化食品組成物。」
に訂正する(下線は訂正箇所を示す。)。

2 本件訂正の適否について
(1) 訂正事項1は,本件訂正後の請求項1に係る発明の「増粘剤」について,具体的に「脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,ローメトキシルペクチン,アルギン酸,アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であ(る)」と特定し,限定する訂正であるから,訂正事項1に係る本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
そして,本件特許明細書には,「本発明に用いることができる増粘剤の種類は,前記乳化食品組成物を酸性領域で半固形化させるものであれば,特に限定されない。このような増粘剤としては,例えば,ジェランガム,カラギーナン,ペクチン,・・・アルギン酸,アルギン酸塩,・・・ポリガンマグルタミン酸などが挙げられる。また,これらを単独で使用しても良いし,複数組合せて使用しても良い。」(【0027】),「ただしジェランガムの中でも,酸性領域で効果的に食品組成物を半固形化させる観点からは,脱アシル型ジェランガムが好ましい。」(【0028】),「ただしカラギーナンの中でも,酸性領域で効果的に食品組成物を半固形化させる観点からは,カッパカラギーナンが好ましい。」(【0029】),「ただし酸性領域で効果的に食品組成物を半固形化させる観点からは,ローメトキシルペクチンであることが好ましい。」(【0030】)と記載されている。
よって,訂正事項1は,新規事項を追加するものではなく,カテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。
さらに,本件訂正は一群の請求項ごとに請求されたものである。
(2) 以上のとおりであるから,本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものであって,同条4項及び同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので,訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明
前記第2のとおり,本件訂正は認められるから,本件特許の請求項1?9に係る発明は,訂正特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。以下,本件特許に係る発明を請求項の番号に従って「本件発明1」などといい,総称して「本件発明」という。
【請求項1】
蛋白質,脂質,糖質,増粘剤,乳化剤,カルシウム塩及びマグネシウム塩を含有し,中性領域では流動性を有し酸性領域で半固形化する加熱殺菌された乳化食品組成物であって,
前記カルシウム塩及びマグネシウム塩が,中性領域において難溶性の化合物であるか,又は,カルシウムイオンとマグネシウムイオンを含む塩類が中性領域では水に不溶性で酸性領域では水に溶解する組成物にてコーティングされた形態であり,
前記増粘剤が脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,ローメトキシルペクチン,アルギン酸,アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であり,
前記脂質と前記蛋白質の混合比(脂質/蛋白質,重量基準)が7/10以上であり,中性領域での前記乳化食品組成物に含まれる粒子の粒径(平均径)が6.0μm以下であることを特徴とする乳化食品組成物。
【請求項2】
前記増粘剤の濃度が固形分換算で0.05重量%以上10重量%以下である請求項1に記載の乳化食品組成物。
【請求項3】
前記乳化食品組成物のエネルギー密度が0.1kcal/ml以上3.0kcal/ml以下である請求項1または2に記載の乳化食品組成物。
【請求項4】
半固形化した時の粘度が1000cP以上である請求項1?3の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項5】
製造直後のpHが5.5を超える請求項1?4の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項6】
前記増粘剤が酸性領域でゲル化する増粘剤である請求項1?5の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項7】
前記増粘剤がアルギン酸及び/又はアルギン酸塩である請求項1?6の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項8】
前記蛋白質が植物性蛋白質である請求項1?7の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項9】
前記蛋白質の濃度が0.5g/100ml以上である請求項1?8の何れかに記載の乳化食品組成物。

2 取消理由の概要
本件訂正前の本件特許に対し通知した取消理由1?3は,概ね,次のとおりである。
(1) 本件特許の請求項1?9に係る発明は,本件特許の優先日前に日本国内又は外国において頒布された甲1号証及び甲2号証(後記(4))に記載された発明に基いて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
(2) 本件特許は,増粘剤及び蛋白質に関し,発明の詳細な説明の記載が不備のため,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。
(3) 本件特許は,増粘剤及び蛋白質に関し,特許請求の範囲の記載が不備のため,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。
(4) 証拠方法
特許異議申立人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
甲1号証:特開2010-17180号公報
甲2号証:特開2008-301723号公報
甲3号証:“経腸栄養剤(経口・経管両用)エンシュア・リキッド”添付文書,2012年6月改訂(第13版),アボットジャパン株式会社 外1
甲4号証:川井正弘 外2,“二価金属イオンによるアルギン酸水溶液のゲル化に及ぼす添加塩種の影響”,日本化学会誌,1993年,No.10,p.1184-1187
甲5号証:青木宏,外3,“大豆タンパク質の乳化安定性におよぼすミルク・カゼインの効果”,日本食品工業学会誌,1986年3月,第33巻,第3号,p.171-175
(以下各証拠を,その証拠番号に従い「甲1」などという。)

3 取消理由1(29条2項)について
(1) 甲1に記載された事項
甲1には,以下の事項が記載されている。
・「【特許請求の範囲】
【請求項1】
栄養組成物と増粘剤からなり,前記栄養組成物と増粘剤とを混合し,液状または流体状で投与され,胃内部で半固形化することを特徴とする流動食。
【請求項2】
前記栄養組成物と増粘剤とが,胃に入るまでに混合される請求項1に記載の流動食。
【請求項3】
前記栄養組成物と増粘剤とが,投与前に混合される請求項1に記載の流動食。
【請求項4】
前記栄養組成物と増粘剤とが,投与直前に混合される請求項3に記載の流動食。
【請求項5】
経管的に胃内部へ投与される請求項1?4のいずれかに記載の流動食。」
・「【0001】
本発明は,高齢者,術後患者,経腸栄養法利用者などに対して,経口,経管,経胃瘻カテーテルで投与され,胃食道逆流や下痢等を防止する流動食に関する。」
・「【0002】
高齢者や傷病,障害により食物の経口摂取に困難をきたすものが栄養を摂取するための方法に経管栄養投与法がある。主たる経管栄養投与法としては,鼻腔を経由して胃にチューブを挿入する経鼻胃管投与および胃瘻を経由した投与がある。胃瘻は患者の苦痛が少ないこと,嚥下リハビリテーションが容易であることから,最近では胃瘻を経由した投与が普及してきている。液体栄養剤の経管栄養投与の大きな問題点として,投与した流動食の胃から食道への逆流があり,それにより食道炎や肺炎,窒息を誘発し死に至る可能性もある。また他にも下痢の誘発,急激な血糖値の上昇,瘻孔からの栄養剤の漏れといった問題点が挙げられる。」
・「【0003】
これら問題点を解決する方法として,・・・流動食の投与前,又は後に,嘔吐予防食品として,ローメトキシルペクチンなどの増粘剤を含む溶液を別に投与し,胃内で前記嘔吐予防食品中の増粘剤と流動食成分が混合されることにより粘度を上昇させる方法も報告されている(例えば,特許文献2参照)。」
・「【0006】
本発明の目的は,調理の必要がなく,また短時間で投与が可能で,胃から食道への逆流や下痢等もない流動食,さらには,投与に際して容器の移し替えが不要で,経鼻チューブあるいは胃瘻カテーテルなどの経管投与用チューブに衛生的に接続することができる容器に入った流動食を提供することである。」
・「【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果,栄養組成物と増粘剤を混合後,胃に投与されるまでは流動性を有し,経管投与用チューブを容易に通過し,かつ胃内部では半固形化するような流動食を調製しうることを見出し,本発明を完成するに至った。」
・「【0023】
本発明の流動食においては,前記栄養組成物および増粘剤が各チャンバーに充填された後加熱殺菌あるいは加熱加圧殺菌されてもよく,又は加熱殺菌あるいは加熱加圧殺菌されてから各チャンバーに充填されてもよい。これにより衛生的な流動食を提供することができる。」
・「【0025】
以上のように,本発明によれば,投与に際して半固形化のための調理の必要なく,投与が容易で,また短時間で投与が可能で,胃から食道への逆流や下痢等もない流動食,さらには,投与に際して容器の移し替えが不要で,経鼻胃管チューブあるいは胃瘻カテーテルなどの経管投与用チューブに衛生的に接続することができる容器に入った流動食を提供することができる。」
・「【0028】
そして本発明の流動食は,一般的な流動食またはそれに含まれる栄養組成物に増粘剤が混合されるものであり,混合された後,胃内部で半固形化することを特徴する。胃内部で流動食が半固形化する原理については特に限定されない。ただし,胃内部で良好に流動食を半固形化させる観点からは,胃内部で胃液と混ざることにより増粘剤がゲル化することで流動食が半固形化することが好ましい。」
・「【0029】
本発明の増粘剤とは,前記栄養組成物と混合された後,胃内部で半固形化するものであれば特に限定はない。その中でも胃内部で良好に流動食を半固形化させる観点からは,胃酸の存在による酸性下でゲル化する増粘剤が好ましい。増粘剤としては,ジェランガム,カッパカラギーナン,イオタカラギーナン,ラムダカラギーナン,ペクチン,キサンタンガム,ローカストビーンガム,アルギン酸,アルギン酸ナトリウム,アラビアガム,コラーゲン,ゼラチンおよびポリガンマグルタミン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることができる。またこれら増粘剤の中でも,胃酸の存在による酸性下で流動食を良好に増粘させる観点からは,ジェランガムが好ましい。
【0030】
・・・更に,ジェランガムの中でも,胃に入るまでは流動性を有し,投与後に胃内部で流動食を良好に半固形化させる観点からは,脱アシル型ジェランガムが好ましい。更にその中でも三栄源エフ・エフ・アイ株式会社のゲルアップ(登録商標)K-S(F)がより好ましい。」
・「【0033】
また,本発明の流動食を胃に投与するためにかかる時間は,特に限定されず,患者の状態や介護者等の作業上の負担等を考慮して決めればよい。ただし,胃内部に入るまでは流動性を有し,胃内部では流動食を良好に半固形化させる観点からは,当該時間は,栄養組成物と増粘剤が混合された状態になった後3時間以内が好ましく,2時間以内がより好ましく,1時間以内が更に好ましく,30分以内がより更に好ましく,15分以内が特に好ましい。」
・「【0053】
(実施例1)
(1)増粘剤を含有する流動食の作製
脱アシル型ジェランガムとして,三栄源エフ・エフ・アイ株式会社のゲルアップ(登録商標)K-S(F)(ジェランガム含量42%)1gを,80℃に温めた清水を最終で100mlになるように加えて溶かし,1wt%のゲルアップK-S溶液(ジェランガム濃度0.42wt%)を作製した。
栄養組成物として,明治乳業株式会社のエンシュア・リキッド(登録商標)ストロベリー味を30℃にあたため,20mlをスクリューキャップ式のチューブ(50ml容量)に分注した。これに前記ゲルアップK-S溶液を10ml加え,チューブを転倒しながらやさしく混合し,ジェランガム含有流動食を作製した。
得られたジェランガム含有流動食は,そのままでは半固形化せず,シリンジ,ペリスタポンプ,容器を手で押すなどの方法により15Frの栄養チューブ内を簡単に通過させることができた。
(2)固形化試験
スクリューキャップ式のチューブ(50ml容量)に,日本薬局方の崩壊試験法にもとづいて作製された人工胃液(pH 1.2,塩化ナトリウム 2.0g/L,塩酸 7.0mL/L)1.8mlを分注した。これに前記ジェランガム含有流動食3.0mlを加えたところ,流動食はプリンの固さ程度に半固形化した。」
(2) 甲2に記載された事項
甲2には,以下の事項が記載されている。
・「【請求項1】
タンパク質成分を3?15g/100ml,ナトリウム及びカリウムを合計濃度で60?650mM,カルシウム及びマグネシウムを合計濃度で20?260mM含有する乳化状総合栄養食であって,ナトリウム及び/又はカリウムの縮合リン酸塩(A)の総含量が0.01質量%?0.4質量%,ナトリウム及び/又はカリウムの有機酸塩(B)の総含量が0.2質量%?2質量%,並びにカルシウム及び/又はマグネシウムの水難溶性塩(C)の総含量が0.05質量%?0.3質量%,であることを特徴とする乳化状総合栄養食。」
・「【0001】
本発明は,栄養補給の目的で使用される乳化状総合栄養食に関するもので,具体的には,その乳化安定性の向上に関する。」
・「【0002】
消化管の機能は十分であるが,食物の嚥下が困難な場合に,従来から,チューブを通して栄養成分を胃または腸に投与する経腸栄養法による栄養補給がなされている。経腸栄養法は,自然的な栄養補給方法に近いため,腸管無活動状態がもたらす腸管粘膜の廃用性萎縮や感染症等の合併症を回避できる点で,望ましい栄養補給方法であるといえる。経腸栄養法に使用される流動食は,細いチューブを通して投与される場合が多く,常温での長期間保存が必要となるため,流動性の良好な液体である必要があり,高い乳化安定性が求められるとともに,加熱滅菌処理に対する安定性が求められている。」
・「【0011】
以上のように,流動食においては,凝集物・沈殿物発生防止や乳化安定性増大のための技術が求められているが,従来技術では,特に,高タンパク質・高ミネラル含有食にした場合,凝集物・沈殿物が発生し,良好な乳化安定性が得られていない。そこで,本発明は,乳化状総合栄養食を高タンパク質・高ミネラル含有とした場合であっても,また,レトルト滅菌した場合であっても,高い流動性及び良好な乳化安定性を達成することを課題としてなされた。」
・「【0012】
前記課題を解決するために,鋭意研究を重ねた結果,本発明者らは,縮合リン酸塩,有機酸塩及び水難溶性塩の量を適切な範囲に調整することにより,高タンパク質・高ミネラル含有の乳化状総合栄養食であっても,沈殿物・凝集物の発生がない又は軽度であり,高い流動性及び良好な乳化安定性を維持できること,並びに,長時間加熱滅菌するレトルト滅菌法においても,同様に良好な品質を保持できることを見出し,本発明を完成するに至った。」
・「【0015】
本発明は,粘度が低く,凝集物・沈殿物の発生がない又は軽度であり,高い流動性及び乳化安定性の良好な,乳化状総合栄養食を提供する。また,本発明のより好ましい実施形態においては,乳化状総合栄養食を高タンパク質・高ミネラル含有とした場合であっても,また,高熱量とした場合であっても,さらにはレトルト滅菌した場合であっても,高い流動性及び良好な乳化安定性が得られる。」
・「【0016】
以下,本発明について具体的に説明する。尚,本願明細書において,『乳化状総合栄養食』とは,乳化状態の液状の総合栄養食である。これには,いわゆる流動食,濃厚流動食,経腸栄養剤,液状総合栄養食等が含まれる。」
・「【0017】
乳化状総合栄養食の栄養組成は,基本的に,水,タンパク質,脂質,糖質,食物繊維,ビタミン,ミネラルからなる。」
・「【0020】
本発明の乳化状総合栄養食に使用するタンパク質成分は,一般に食用として利用されているものを使用できる。動物由来としては,乳,ゼラチン,鶏卵,鶏肉,魚肉,豚肉,牛肉などがあり,植物由来としては,大豆,小麦,米,トウモロコシなどがある。」
・「【0024】
(カルシウム及びマグネシウム)
本発明の乳化状総合栄養食は,栄養成分としてカルシウム及びマグネシウムを合計濃度で20?260mM含むものである。カルシウムは骨の主要成分であり,不足状態が継続すると骨粗しょう症を発症する。またマグネシウムはアデノシン三リン酸および他の分子の安定化に重要な役割を果たす不可欠なミネラルである。」
・「【0027】
本発明における有機酸塩は,ナトリウム及びカリウムの提供源としての役割をも果たす。・・・有機酸塩のなかでも,クエン酸塩が最も好ましく,クエン酸三ナトリウム,クエン酸三カリウムなどが挙げられる。クエン酸塩の機能としては,キレート効果が認められているが,その効果は縮合リン酸塩と比較すると弱く,pH緩衝剤としても機能し,pHを中性付近に維持することにより,水難溶性のカルシウム及びマグネシウム塩の溶解を防止することができる。」
・「【0032】
本発明の乳化状総合栄養食に使用する炭水化物は,糖質と食物繊維があり,一般に食用として利用されているものを使用できる。」
・「【0036】
本発明の乳化状総合栄養食は,必要により,乳化剤,香料,果汁などを加えても良い。乳化剤としては,食用として使用されるものであればいずれでも構わない。例えば,モノグリセライド,ポリグリセライド,レシチン,リゾレシチン,高純度レシチン,有機酸モノグリセライド,ソルビタン脂肪酸エステル,ショ糖脂肪酸エステル,コンドロイチン硫酸ナトリウムなどが挙げられる。」
・「【0054】
(実施例1-1及び,比較例1-1?1-4)
表1にある試験原料を水に攪拌溶解させ,さらに以下に記載する共通原料を追加して攪拌溶解させ,配合終了時に全体が2000kgとなるように残部を水で調整した。その溶解液を40メッシュの網を通過させた後,50MPaで2回均質化(三和機械社製No.3253)を行い,300mlずつソフトバッグに充填し,ヒートシールにより密閉した。その後,122℃・6分間でレトルト滅菌(日阪製作所社製フレーバーエースRCS-40RTG)を行った。また調製された試験組成物の主な栄養成分を表1に記載した。
【0055】
実施例1-1及び,比較例1-1?1-4の試験組成物について,製造後に網の目詰まりを確認した。また製造1日後に,浮上物,凝集物,沈殿物を評価し,粘度を測定した。更に40℃・2ヶ月保存後にも,浮上物,凝集物,沈殿物を評価した。その結果を表1に記載した。ここでは,縮合リン酸塩,有機酸塩,及び水難溶性塩の三者を併用しない比較例の試験組成物と比較して,三者を併用した実施例の試験組成物が優れた効果を有することを示している。尚,比較例1-4の試験組成物は,水難溶性塩の含有量が多過ぎるため,良好な結果を得られなかった。
【0056】
【表1】


・「【0059】
(実施例3-1?3-2)
試験原料を表3にあるものを用いた以外は実施例1-1と同様に製造し,試験及び評価も実施例1-1と同様に行った。また調製された試験組成物の主な栄養成分と評価の結果を表3に記載した。ここでは,本発明で使用する最適な水難溶性のカルシウム及びマグネシウム塩の量を示している。水難溶性のカルシウム及びマグネシウム塩の量は,0.05質量%?0.30質量%で良好な結果となった。
【0060】
【表3】


(3) 甲3に記載された事項
甲3には,以下の事項が記載されている。



(4) 甲4に記載された事項
甲4には,以下の事項が記載されている。
・「アルギン酸は,図1に示すβ-1,4結合したD-マンヌロン酸・・・とα-1,4結合したL-グルロン酸・・・から構成される酸性高分子多糖であり,主に褐藻の細胞間に存在する。アルギン酸水溶液に適当な二価金属イオンを添加すると,溶液がゲル化することはよく知られている^(1))。このゲル化機構に関しては種々のモデルが提案されている^(2)?4))。しかしながら,アルギン酸は天然高分子であり,試料により共重合形式,組成が異なる。また,多糖類は旋光度やCDスペクトルが一義的に特定の立体配座にある鎖の定量法を与えないため^(5)),ゲル構造の詳細は断定できない。けれども,各モデルに共通する点はピラノース環のカルボキシル基が二価金属イオンと結合して,多糖類鎖の間に橋かけ構造ができることである。このような現象は,側鎖にカルボキシル基を持つ高分子に広く知られている^(6))。」(1184頁左欄)
(5) 甲1に記載された発明
甲1に記載された「エンシュア・リキッド」(【0053】実施例1)は,甲3に係る「エンシュア・リキッド」と同様の組成であった蓋然性が高い。
そして,甲3の記載によれば,「エンシュア・リキッド」は,たん白質,脂肪,炭水化物,大豆レシチン,パントテン酸カルシウム,塩化マグネシウム,第三リン酸カルシウムを含み,脂肪,たん白質の含有量は,それぞれ,8.8g,8.8g(250mLの場合)又は17.6g,17.6g(500mLの場合)であるから,脂肪とたん白質の混合比(脂肪/たん白質,重量基準)は1であることがわかる。
また,増粘剤として,ジェランガムの中でも,脱アシル型ジェランガムが好ましいこと(【0014】),ローメトキシルペクチンが増粘剤として知られていること(【0003】)が記載されている。
そうすると,甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
(甲1発明)
「たん白質,脂肪,炭水化物,大豆レシチン,パントテン酸カルシウム,塩化マグネシウム,第三リン酸カルシウムを含有する栄養組成物と,増粘剤とからなり,液状または流体状で投与され,胃内部で半固形化する加熱殺菌された流動食であって,
前記増粘剤としては,脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,イオタカラギーナン,ラムダカラギーナン,ローメトキシルペクチン,キサンタンガム,ローカストビーンガム,アルギン酸,アルギン酸ナトリウム,アラビアガム,コラーゲン,ゼラチンおよびポリガンマグルタミン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることができ,
前記脂肪と前記たん白質の混合比(脂質/たん白質,重量基準)が1である流動食。」
(6) 本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明とを,その有する機能に照らして対比する。
(ア) 甲1発明の「たん白質」,「脂肪」,「増粘剤」,「大豆レシチン」,「パントテン酸カルシウム,塩化マグネシウム,第三リン酸カルシウム」は,それぞれ,本件発明1の「蛋白質」,「脂質」,「増粘剤」,「乳化剤」,「カルシウム塩及びマグネシウム塩」に相当し,甲1発明の「炭水化物」はデキストリン,精製白糖に由来し,糖質が含まれるから,甲1発明は,本件発明1と同様に,「糖質」を含有するものである。
(イ) 甲1発明は,「液状または流体状で投与され,胃内部で半固形化する」ものであるから,本件発明1と同様に,「中性領域では流動性を有し酸性領域で半固形化する」ものである。
(ウ) 甲1発明は,「大豆レシチン」により乳化されていると認められるから,甲1発明の「流動食」は,本件発明1と同様に,「乳化食品組成物」である。
(エ) 甲1発明は,「前記増粘剤としては,脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,イオタカラギーナン,ラムダカラギーナン,ローメトキシルペクチン,キサンタンガム,ローカストビーンガム,アルギン酸,アルギン酸ナトリウム,アラビアガム,コラーゲン,ゼラチンおよびポリガンマグルタミン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることができ(る)」ものであるから,本件発明1と,増粘剤が,「脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,ローメトキシルペクチン,アルギン酸,アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であ(る)」点で共通する。
(オ) 甲1発明は,脂肪とたん白質の混合比(脂質/たん白質,重量基準)が1であるから,本件発明1と同様に,「前記脂質と前記蛋白質の混合比(脂質/蛋白質,重量基準)が7/10以上であ(る)」といえる。
(カ) そうすると,本件発明1と甲1発明とは,以下の点で一致し,相違する。
(一致点)
「蛋白質,脂質,糖質,増粘剤,乳化剤,カルシウム塩及びマグネシウム塩を含有し,中性領域では流動性を有し酸性領域で半固形化する加熱殺菌された乳化食品組成物であって,
前記増粘剤が脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,ローメトキシルペクチン,アルギン酸,アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であり,
前記脂質と前記蛋白質の混合比(脂質/蛋白質,重量基準)が7/10以上である乳化食品組成物。」
(相違点1)
本件発明1は,「カルシウム塩及びマグネシウム塩」が,「中性領域において難溶性の化合物であるか,又は,カルシウムイオンとマグネシウムイオンを含む塩類が中性領域では水に不溶性で酸性領域では水に溶解する組成物にてコーティングされた形態であ(る)」のに対し,甲1発明においては,「カルシウム塩及びマグネシウム塩」について係る限定がない点
(相違点2)
本件発明1は,「中性領域での前記乳化食品組成物に含まれる粒子の粒径(平均径)が6.0μm以下である」のに対し,甲1発明においてはその点が明らかでない点
イ 上記相違点について検討する。
(ア) まず,上記相違点1についてみる。
a 甲2には,特定量の縮合リン酸塩,有機酸塩及び水難溶性塩を含有する乳化状総合栄養食が記載され,水難溶性塩としてカルシウム塩及びマグネシウム塩を含有させることが記載されている(前記(2))。
そして,甲2の記載によれば,有機酸塩としてクエン酸塩を含有させるとpH緩衝材としても機能し,pHを中性付近に維持することにより,水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩の溶解を防止することができることから,当該水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩は,中性領域において難溶性であることがわかる(【0027】)。
しかし,甲2に係る乳化状総合栄養食は,「粘度が低く,凝集物・沈殿物の発生がない又は軽度であり,高い流動性及び乳化安定性の良好な,乳化状総合栄養食を提供すること」(【0011】)を目的としたものであって,専ら流動性及び乳化安定性に着目しており,酸性領域での半固形化に着目したものではない。当該水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩も,当該目的のため特定量含有させる成分の一つであって,甲2には,当該乳化状総合栄養食の酸性領域での様子や,当該水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩と増粘剤との関係について特段記載はない。
b 他方,甲1発明の「第三リン酸カルシウム」が水難溶性塩に該当し,甲1発明と甲2に係る乳化状総合栄養食が,いずれも経管栄養投与を想定し,少なくとも投与する時点での流動性に着目しているとしても,甲1には,カルシウム塩及びマグネシウム塩に関し,増粘剤との関係も含め特段記載はないから,甲1発明に甲2に記載された事項を適用する理由は認められない。
c なお,アルギン酸ナトリウムのように,側鎖にカルボキシル基を有する高分子が二価金属イオンと結合して,ゲル化することは技術常識であると認められるが(甲4),乳化食品組成物における増粘剤とカルシウム塩及びマグネシウム塩の関係,特に投与の前後における両者の関係については,いずれの証拠にも記載がない。
そうすると,甲2に係る乳化状総合栄養食における特定の成分の一つである当該水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩に着目し,甲1発明において,「パントテン酸カルシウム,塩化マグネシウム,第三リン酸カルシウム」に代えて,当該水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩を採用することの動機付けは特段認められない。
d そして,本件発明1は,上記相違点1の構成を備えることにより,水難溶性のカルシウム塩及びマグネシウム塩による相乗効果は措くとしても,「中性領域では流動性を有し,加熱滅菌後においても相分離や凝集物の発生を抑制可能であることから,簡便な摂取及びチューブを介した投与が可能であり,しかも,酸性領域で半固形化するため,胃食道逆流の防止や満腹感の促進が可能となる。」(本件特許明細書【0011】)との所定の効果を奏するものであるから,この点は単なる設計的事項とは認められない。
e よって,甲1発明において,上記相違点1に係る本件発明1の構成を備えるものとすることが,当業者が容易に想到できた事項であるとは認められない。
(イ) なお,上記相違点2に関し,粒子の粒径(平均径)を6.0μm以下にすることは,通常採用されうる設計事項である。
ウ 以上のとおり,甲1発明において,上記相違点1に係る本件発明1の構成を備えるものとすることが,当業者が容易に想到できた事項であるとは認められないから,本件発明1は,甲1発明及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
(7) 本件発明2?9について
既に述べたとおり,本件発明1が,甲1発明及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件発明1を特定するための事項をすべて含む本件発明2?9は,その余の事項を検討するまでもなく,同様に,甲1発明及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
(8) まとめ
本件発明1?9は,甲1発明及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない。

4 取消理由2及び3(36条4項1号及び36条6項2号)について
(1) 増粘剤について
ア 本件訂正前の請求項1?9に係る発明の増粘剤には,酸性領域で半固形化することができないものがあると認められるところ,本件訂正により,本件発明は,増粘剤が「脱アシル型ジェランガム,カッパカラギーナン,ローメトキシルペクチン,アルギン酸,アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であ(る)」ことが特定された(前記1)。
そこで,この特定の増粘剤についてみるに,アルギン酸などの側鎖にカルボキシル基を持つ高分子はカルシウムイオンなどの二価以上金属イオンによりゲル化するものと認められ(甲4・1184頁(前記(4)),下記乙2・2頁),ポリグルタミン酸も側鎖にカルボキシル基を持つ高分子であるから(下記乙4),同様にゲル化するものと認められる。
また,ローメトキシルペクチンは,ペクチンのうち,低メトキシペクチンに相当し,脱アシル型ジェランガムは,ジェランガムのうち,低アシルジェランガムに相当するが,それぞれ,胃内でゲル化するものと認められる(甲1【0003】,【0030】,【0053】)。
そして,カッパカラギーナンは,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンの存在下でゲル化するものと認められる(下記乙8,9)。
イ カッパカラギーナンに関し,特許異議申立人は,カッパカラギーナンは一価のイオンを選択してゲル化し,二価のイオンではゲル化しない,仮に幾ばくか粘度が高くなることがあるとしても,本件発明の効果を奏するまでも粘度が高くならない,と主張している(平成29年4月21日付け意見書10頁,下記参考文献2「5 Carrageenan」「Gel properties」の項,平成29年9月4日付け意見書2?3頁)。
しかしながら,カッパカラギーナンに関し,参考文献2には,カリウムイオンによりゲル化する旨記載されているが,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンによりゲル化しないとまでは記載されておらず(「5 Carrageenan」「Gel properties」の項),下記乙8,9の記載によれば,カッパカラギーナンはカルシウムイオン及びマグネシウムイオンの存在下でゲル化するものと認められる(例えば,乙8には,カッパカラギーナンがカリウムイオン,カルシウムイオンで会合ができゲル化することが記載され(乙8・109頁図5-14),乙9には,カッパカラギーナンがカリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオンなどの金属イオンとの反応性が強く,高い塩ゲル強度が得られることが記載されている(乙9【製品特徴】,「Ca^(+)・Mg^(+)」の記載は,技術常識に照らしてカルシウムイオン,マグネシウムイオンとの趣旨と認められる(参考文献2「5 Carrageenan」「Gel properties」の項Fig.5.3参照)。)。そして,それにより,「半固形化」(流動性を低下させる,もしくは流動性を失わせる(本件特許明細書【0010】,【0019】))との効果が得られるものと認められる。
参考文献2:G.O.Phillips,et al.,“Handbook of hydrocolloids”,Woodhead Publishing Limited and CRC Press LLC
乙2:東京理科大学I部化学研究部,2012年度秋輪講書“天然高分子の有効利用”,[2017年2月21日検索],p.1-22
<URL:http://www.ed.tus.ac.jp/?kaken/studies/2012/2012-o-mon.pdf>(なお,「?」は半角)
乙4:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』,“ポリグルタミン酸”のウェブページの印刷物,[2017年2月27日検索]
<URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8>
乙8:國さき直道,外1,“食品多糖類 乳化・増粘・ゲル化の知識”,株式会社幸書房,2005年8月30日,初版2刷,p.104-105,108-109(なお,「國さき」の「さき」はたつさき)
乙9:“品質規格書 製品名 食品添加物 精製カラギナン KK-9”,マリン・サイエンス株式会社,2016年4月1日
ウ よって,増粘剤に関し,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとは認められず,また,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではないとは認められない。
(2) 蛋白質について
ア 発明の詳細な説明には,大豆蛋白質のみ,又はミルク・カゼインを5%共存させた場合に,凝集物が認められなかった例(実施例3)が記載されている(本件特許明細書【0068】?【0072】)。
そして,本件発明は,少なくとも「中性領域での前記乳化食品組成物に含まれる粒子の粒径(平均径)が6.0μm以下である」と規定され,粒子の粒径(平均径)が6.0μmを超えるような凝集物は実質的に含まないものに特定されているから,凝集物について発明の詳細な説明に記載した範囲を超えているとも認められない。
イ この点に関し,特許異議申立人は,大豆蛋白質の乳化安定性がミルク・カゼインの共存により著しく影響されることは技術常識であるところ(甲5・171頁左欄),このような技術常識に照らすと,例えば,ミルク・カゼイン量がこれより多い場合に,少なからぬ凝集物が生じることが推測されるから,発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たしておらず,本件発明は発明の詳細な説明に記載されたものではないと主張している(特許異議申立書20?21頁)。
しかしながら,蛋白質と油脂とを乳化剤の不存在下で混合した場合,乳化状態が不安定になり,凝集物が生じやすいと認められるとしても,本件発明は乳化剤を含有しており,事情が異なっている。乳化剤の機能や,脂質と蛋白質の混合比が7/10以上であることを考慮すれば,凝集物が生じやすいと直ちには解されない。
そして,既に述べたように,発明の詳細な説明に,脂質と蛋白質の混合比を7/10以上とし,乳化剤の存在下で,大豆蛋白質とミルク・カゼインを共存させた場合に,凝集物が生じなかったことが開示されており(なお,平成29年2月27日付け意見書(特許権者)添付の実験成績証明書B(乙7)においても,同様の結果が示されている。),凝集物が生じることを具体的に示す証拠は特段認められない。
また,特許異議申立人は,蛋白質の凝集を抑制することが可能な乳化剤量には,蛋白質の種類等に応じた上下限が存在し,本件発明は,蛋白質の凝集を抑制することが可能ではない乳化剤量である範囲が包含されている,抑制することが可能な乳化剤量の範囲の決定には多大な試行錯誤を要する,と主張している(平成29年4月21付け意見書(特許異議申立人)11,12頁)。
しかし,食品に添加される乳化剤の量を具体的に決定することは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内でなされることであって,過度の試行錯誤を要するものとは認められない。
ウ よって,蛋白質に関し,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとは認められず,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではないとは認められない。
(3) まとめ
以上のとおりであるから,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとは認められず,また,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではないとは認められない。

第4 むすび
以上のとおり,本件特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。
本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものとは認められず,同法36条4項1号,同条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとは認められないから,前記取消理由により取り消すことはできない。
また,他に本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質、脂質、糖質、増粘剤、乳化剤、カルシウム塩及びマグネシウム塩を含有し、中性領域では流動性を有し酸性領域で半固形化する加熱殺菌された乳化食品組成物であって、
前記カルシウム塩及びマグネシウム塩が、中性領域において難溶性の化合物であるか、又は、カルシウムイオンとマグネシウムイオンを含む塩類が中性領域では水に不溶性で酸性領域では水に溶解する組成物にてコーティングされた形態であり、
前記増粘剤が脱アシル型ジェランガム、カッパカラギーナン、ローメトキシルペクチン、アルギン酸、アルギン酸塩及びポリガンマグルタミン酸からなる群から選ばれる1種以上の化合物であり、
前記脂質と前記蛋白質の混合比(脂質/蛋白質、重量基準)が7/10以上であり、中性領域での前記乳化食品組成物に含まれる粒子の粒径(平均径)が6.0μm以下であることを特徴とする乳化食品組成物。
【請求項2】
前記増粘剤の濃度が固形分換算で0.05重量%以上10重量%以下である請求項1に記載の乳化食品組成物。
【請求項3】
前記乳化食品組成物のエネルギー密度が0.1kcal/ml以上3.0kcal/ml以下である請求項1または2に記載の乳化食品組成物。
【請求項4】
半固形化した時の粘度が1000cP以上である請求項1?3の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項5】
製造直後のpHが5.5を超える請求項1?4の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項6】
前記増粘剤が酸性領域でゲル化する増粘剤である請求項1?5の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項7】
前記増粘剤がアルギン酸及び/又はアルギン酸塩である請求項1?6の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項8】
前記蛋白質が植物性蛋白質である請求項1?7の何れかに記載の乳化食品組成物。
【請求項9】
前記蛋白質の濃度が0.5g/100ml以上である請求項1?8の何れかに記載の乳化食品組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-10-19 
出願番号 特願2012-548865(P2012-548865)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A23L)
P 1 651・ 536- YAA (A23L)
P 1 651・ 537- YAA (A23L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉岡 沙織  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 山崎 勝司
窪田 治彦
登録日 2016-03-18 
登録番号 特許第5900347号(P5900347)
権利者 株式会社カネカ
発明の名称 乳化食品組成物  
代理人 中川 正人  
代理人 森岡 則夫  
代理人 柳野 隆生  
代理人 柳野 隆生  
代理人 関口 久由  
代理人 関口 久由  
代理人 中川 正人  
代理人 森岡 則夫  

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