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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1336061
審判番号 不服2016-13989  
総通号数 218 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-02-23 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-09-16 
確定日 2018-01-04 
事件の表示 特願2013-518755「心的外傷後ストレス障害を治療する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 1月 5日国際公開、WO2012/003436、平成25年 9月12日国内公表、特表2013-535425〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成23年7月1日(パリ条約による優先権主張2010年7月1日(US)、アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、出願以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成26年 6月13日付け 手続補正書
平成27年 5月13日付け 拒絶理由通知書
平成27年11月19日付け 意見書・手続補正書
平成28年 5月11日付け 拒絶査定
平成28年 9月16日付け 審判請求書
平成28年 9月16日付け 手続補正書
平成28年10月 7日付け 手続補正書(方式)
平成28年11月10日付け 前置報告書
平成29年 1月13日付け 上申書


第2 平成28年9月16日付け手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成28年9月16日付け手続補正を却下する。

[理由]
1.平成28年9月16日付け手続補正の内容
平成28年9月16日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)は、本件補正前の
「【請求項1】
心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物であって、1種または複数の下式の化合物または薬学的に許容されるその塩またはその薬学的に許容される塩を含み、前記1種または複数の化合物が、V1a受容体に対して選択的である、前記医薬組成物
【化1】


[式中、
Aは、カルボン酸、エステルまたはアミドであり;
Bは、カルボン酸、エステルもしくはアミドであるか;またはBはエーテルもしくはスルフィドであり;
R^(1)は、水素またはC_(1)?C_(6)アルキルであり;
R^(2)は、水素、アルキル、アルケニル、アルキニル、アルコキシ、アルキルチオ、ハロ、ハロアルキル、シアノ、ホルミル、アルキルカルボニルまたは-CO_(2)R^(8)、-CONR^(8)R^(8′)および-NR^(8)(COR^(9))からなる群から選択される置換基であり;ここで、R^(8)およびR^(8′)はそれぞれ独立に、水素、アルキル、シクロアルキル、置換されていてもよいアリールまたは置換されていてもよいアリールアルキルから選択されるか;またはR^(8)およびR^(8′)は、結合している窒素原子と一緒になって、ヘテロシクリル基を形成しており;かつR^(9)は、水素、アルキル、シクロアルキル、アルコキシアルキル、置換されていてもよいアリール、置換されていてもよいアリールアルキル、置換されていてもよいヘテロアリール、置換されていてもよいヘテロアリールアルキルおよびR^(8)R^(8′)N-(C_(1)?C_(4)アルキル)から選択され;
R^(3)は、置換されていてもよいアミノ、アミド、アシルアミドまたはウレイド基であるか;またはR^(3)は、窒素原子で結合している窒素含有ヘテロシクリル基であり;かつ
R^(4)は、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルケニル、アルキルカルボニル、置換されていてもよいアリール、置換されていてもよいアリールアルキル、置換されていてもよいアリールハロアルキル、置換されていてもよいアリールアルコキシアルキル、置換されていてもよいアリールアルケニル、置換されていてもよいアリールハロアルケニルまたは置換されていてもよいアリールアルキニルである]。」

「【請求項1】
患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物であって、前記医薬組成物は、下記式(I)の1種以上の化合物または薬学的に許容されるその塩またはその薬学的に許容される塩を含み、
【化1】


式中、
A及びA´は各々独立してNR^(14)Xであって、R^(14)は、水素、ヒドロキシ基、アルキル基、アルコキシカルボニル基、及びベンジル基から選択され、且つXはアルキル基、シクロアルキル基、アルコキシアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアリールアルキル基、ヘテロシクリル基、ヘテロシクリル-(C_(1)?C_(4)アルキル)、R^(6)R^(7)N-、及びR^(6)R^(7)N-(C_(2)?C_(4)アルキル)から選択され、各ヘテロシクリル基は、独立して選択されるか、或いはR^(14)及びXが結合している窒素原子と一緒になって置換されていてもよいヘテロシクリル基を形成し、
nは0?3から選択される整数であり、
R^(10)は置換されていてもよいアリール基であり、
Ar^(2)はアリール基又はヘテロアリール基であって、それぞれ置換されていてもよい、
ことを特徴とする、医薬組成物。」
とする補正を含むものである。

2.補正の適否
上記請求項1についての補正は、補正前の「心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物」を、「患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物」とし、当該医薬組成物に含まれるV1a受容体に対して選択的である化合物の置換基を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について検討する。

(1)本願補正発明
本願補正発明は、上記1.に記載したとおりの以下のものである。
「【請求項1】
患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物であって、前記医薬組成物は、下記式(I)の1種以上の化合物または薬学的に許容されるその塩またはその薬学的に許容される塩を含み、
【化1】


式中、
A及びA´は各々独立してNR^(14)Xであって、R^(14)は、水素、ヒドロキシ基、アルキル基、アルコキシカルボニル基、及びベンジル基から選択され、且つXはアルキル基、シクロアルキル基、アルコキシアルキル基、置換されていてもよいアリール基、置換されていてもよいアリールアルキル基、ヘテロシクリル基、ヘテロシクリル-(C_(1)?C_(4)アルキル)、R^(6)R^(7)N-、及びR^(6)R^(7)N-(C_(2)?C_(4)アルキル)から選択され、各ヘテロシクリル基は、独立して選択されるか、或いはR^(14)及びXが結合している窒素原子と一緒になって置換されていてもよいヘテロシクリル基を形成し、
nは0?3から選択される整数であり、
R^(10)は置換されていてもよいアリール基であり、
Ar^(2)はアリール基又はヘテロアリール基であって、それぞれ置換されていてもよい、
ことを特徴とする、医薬組成物。」

(2)特許法第36条第6項第1号について
ア.はじめに
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号に規定する要件(いわゆる、サポート要件)に適合するか否かは、「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」とされるから、この観点に立って検討する。

イ.発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には、次の事項が記載されている。

(ア)「【0002】
本明細書に記載されている発明は、バソプレッシンアンタゴニストを使用して心的外傷後ストレス障害を治療するための化合物、組成物、医薬品および方法に関する。」(【0002】)

(イ)「【0004】
PTSDのための現行の薬物療法は、十分な効力が実証されてなく、望ましくない副作用を包含し、かつ服薬遵守の問題によってさらに限定されることが認められている、既存の抗うつ薬および抗不安薬の再利用に依存している;
(…中略…)
PTSDの複雑さであろうと、障害のベースにある神経生物学における差違であろうといずれにせよ、利用可能な薬物は、限られた緩和のみを示す。薬物療法に対する新たなアプローチが、臨床結果における有意な改善のために必要とされている。」(【0004】)

(ウ)「【0005】
本発明において、PTSDならびに関連疾患および障害は、下式の選択的バソプレッシンV1aアンタゴニストおよび薬学的に許容されるその塩を用いて治療することができることを発見した
【化1】

[式中、
Aは、カルボン酸、エステルまたはアミドであり;
Bは、カルボン酸、エステルまたはアミドであるか;またはBはアルコールもしくはチオールまたはその誘導体であり;
R^(1)は、水素またはC_(1)?C_(6)アルキルであり;
R^(2)は、水素、アルキル、アルケニル、アルキニル、アルコキシ、アルキルチオ、ハロ、ハロアルキル、シアノ、ホルミル、アルキルカルボニルまたは-CO_(2)R^(8)、-CONR^(8)R^(8′)および-NR^(8)(COR^(9))からなる群から選択される置換基であり;ここで、R^(8)およびR^(8′)はそれぞれ独立に、水素、アルキル、シクロアルキル、置換されていてもよいアリールまたは置換されていてもよいアリールアルキルから選択されるか;またはR^(8)およびR^(8′)は、結合している窒素原子と一緒になって、ヘテロシクリル基を形成しており;かつR^(9)は、水素、アルキル、シクロアルキル、アルコキシアルキル、置換されていてもよいアリール、置換されていてもよいアリールアルキル、置換されていてもよいヘテロアリール、置換されていてもよいヘテロアリールアルキルおよびR^(8)R^(8′)N-(C_(1)?C_(4)アルキル)から選択され;
R^(3)は、置換されていてもよいアミノ、アミド、アシルアミドまたはウレイド基であるか;またはR^(3)は、窒素原子で結合している窒素含有ヘテロシクリル基であり;かつ
R^(4)は、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルケニル、アルキルカルボニル、置換されていてもよいアリール、置換されていてもよいアリールアルキル、置換されていてもよいアリールハロアルキル、置換されていてもよいアリールアルコキシアルキル、置換されていてもよいアリールアルケニル、置換されていてもよいアリールハロアルケニルまたは置換されていてもよいアリールアルキニルである]。」(【0005】)

(エ)「【0084】
理論に束縛されることはないが、本明細書では、現行の治療オプションの低い性能および新たなオプションの欠如はそれぞれ、PTSDの複雑さと、障害の根底にある神経生物学における違いが原因であり得ると考えている。例えば、理論に束縛されることはないが、PTSDを本明細書では、一群の障害であると考えている。例示的な共存症には、これらに限られないが大うつ病、不安障害、衝動性および怒り障害、間欠的爆発性障害、物質乱用などが包含される。」(【0084】)

(オ)「【0086】
(…中略…)
現行の治療オプションには、抗うつ薬および抗不安薬の転用が包含されるが、それらのレジームは十分な効力を示さず、望ましくないか、不要な副作用をもたらす可能性があり、かつ報告によると、軽減は限られる。」(【0086】)

(カ)「【0092】
実施例
方法の実施例
実施例
ヒトバソプレッシンV_(1a)受容体結合アッセイ。
(…中略…)
【0093】
(…中略…)
例えば実施例225は、用量依存性の競合結合曲線を示し、IC_(50)値(1.86?2.13nM)およびK_(i)値(1.14?1.30nM)を示した。
【0094】
例示的な化合物での結合親和性(IC_(50))および阻害定数(K_(i))を、次の表に示す。


」(【0092】?【0094】)

(キ)「【0096】
実施例
ヒトまたはラットのバソプレッシンV_(1a)、V_(1b)およびV_(2)細胞をベースとする受容体結合アッセイ。
(…中略…)
先行する表に示されている例示的な化合物は、100nM超または1000nM超の結合定数を示す。例示的な阻害データ(Ki、nM)を次の表で、選択された実施例化合物について示す。
【表2】(省略)
【0097】
実施例
ホスファチジルイノシトール代謝回転の阻害(V_(1a))。
(…中略…)
例示的な化合物である実施例35、44、88、110および133の化合物をこのアッセイで試験したところ、それらがバソプレッシンV_(1a)アンタゴニストであることが見出された。
【0098】
実施例
バソプレッシンV_(1b)媒介性ホスファチジルイノシトール代謝回転の阻害、アンタゴニスト活性のための機能性アッセイ。
(…中略…)
【0105】
化合物実施例225は、IC_(50)値(2.68nM)およびK_(i)値(0.05nM)でAVPの作用の用量依存性の抑制をもたらした。これらの値は、実施例225の高親和性結合およびヒトV_(1a)受容体を介してのイノシトール脂質合成のその阻害と一致する。」(【0096】?【0105】)

(ク)「【0106】
実施例
PTSDおよびストレス関連情動性疾病を治療するための本明細書に記載されている化合物および組成物の使用を、捕食性恐怖の条件づけのモデルを使用して確立する。
(…中略…)
外傷性記憶と関連した刺激に応答しての脳活性のこの過覚醒パターンは、PTSDに特徴的である。
(…中略…)
V1a受容体アンタゴニストAVN576で予め治療することで、捕食者に曝露された数週間後に、スクロースの味によって誘発される過覚醒脳活性化パターンがブロックされた。
(…中略…)
【0112】
AVN576(実施例266)は、捕食性恐怖記憶の追想をブロックするのに有効であった。」(【0106】?【0112】)

(ケ)「【0113】
実施例
ラットにおけるストレスおよび攻撃性の定住体-侵入体モデル。
(…中略…)
【0117】
実施例34A(AVN251)または実施例33I(AVN246)の経口投与はそれぞれ、対象と比較してストレスおよび攻撃動機付けをブロックした。試験化合物は、侵入体刺激に応答して通常は生じるストレス/覚醒回路活性を緩和する。」(【0113】?【0117】)

(コ)「【0119】
実施例
神経画像診断によって、重要な脳領域におけるストレスのブロックを示す。
(…中略…)
試験セッションの90分前にAVN251(5mg/kg)で予め処理すると、ストレス/覚醒応答が遮断された。」(【0119】)

(サ)「【0127】
実施例
社会的相互作用試験における抗うつ作用。
(…中略…)
【0129】
表に示されているとおり、AVN246-HCl治療は、相互作用ゾーンでの移動距離および時間の両方を有意に高め、このことは、本明細書に記載されている化合物が、社会的服従後の社会相互作用行動における不足を反転させることを示している。
【表3】(省略)」(【0127】?【0129】)

(シ)「【0131】
実施例
明暗シャトルボックスにおける抗不安作用。
(…中略…)
明暗シャトルボックスで試験する90分前に、成体の雄のLong EvansラットにAVN251(0.1?2mg/kg)を経口胃管によって投与した。ビヒクルに対して、AVN251に応答して、不安の用量依存性の低下が観察された。1または2mg/kgのAVN251で処理した後、用量依存的に、試験動物は有意により長い時間を明るい側で過ごし(図2A)、かつより短い時間を暗所で過ごし(図2B)、より多い明暗出入り(図2C)を行った。」(【0131】)

(ス)「【0136】
化合物実施例
実施例1
(…中略…)
【0266】
実施例224
2(R)-[[4-(ピペリジニル)ピペリジニル]カルボニルメチル]-2-[3(S)-(4(S)-フェニルオキサゾリジン-2-オン-3-イル)-4(R)-(2-スチリル)アゼチジン-2-オン-1-イル]酢酸N-[(R)-α-メチルベンジル]アミド。実施例6の手順を使用して、但し、N-ベンジルオキシカルボニル-D-アスパラギン酸β-t-ブチルエステル一水和物を実施例34Dと置き換え、かつ3-(トリフルオロメチル)ベンジルアミンを4-(ピペリジニル)ピペリジンと置き換えて、実施例224を調製した;実施例223は帰属の構造と一致する^(1)H NMRスペクトルを示した。
【0267】
実施例225
2(R)-[[4-(ピペリジニル)ピペリジニル]カルボニルメチル]-2-[3(S)-(4(S)-フェニルオキサゾリジン-2-オン-3-イル)-4(R)-(2-スチリル)アゼチジン-2-オン-1-イル]酢酸N-メチル-N-(3-トリフルオロメチルベンジル)アミド。実施例6の手順を使用して、但し、N-ベンジルオキシカルボニル-D-アスパラギン酸β-t-ブチルエステル一水和物を実施例34Eと置き換え、かつ3-(トリフルオロメチル)ベンジルアミンを4-(ピペリジニル)ピペリジンと置き換えて、実施例225を調製した;実施例223は帰属の構造と一致する^(1)H NMRスペクトルを示した;C_(43)H_(48)F_(3)N_(5)O_(5)の計算値:C、66.91;H、6.27;N、9.07;実測値C、66.68;H、6.25;N、9.01。
(…中略…)
【0298】
次の化合物を記載する
【化53】




」(【0136】?【0298】)

ウ.判断
発明の詳細な説明には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のための現行の薬物療法は、十分な効力が実証されてなく、望ましくない副作用を包含し、既存の抗うつ薬および抗不安薬の再利用に依存しているという問題があったこと(摘記(イ))、そのため、本願補正発明の解決しようとする課題は、心的外傷後ストレス障害を治療するための組成物の提供であることが記載されている(摘記(ア))。
そして、化合物AVN576、すなわち、


について、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であって、上記課題を解決できることが具体的に確認されている(摘記(ク)。なお、AVN576の化学構造式は、摘記(ク)にAVN576が実施例266であることが記載され、摘記(ス)の【化53】と【表30】に実施例266の化合物の構造が示されていることによる。)。
ここで、上記AVN576は、本願補正発明の式(I)において、Aが(R)-1-Ph-エチルアミノ基であり、A´が4-(1-ピペリジル)ピペリジン-1-イル基であり、nが1であり、R^(10)がフェニル基であり、Ar^(2)が3-I-Ph基である化合物であるが、本願補正発明の式(I)の化合物は、上記A、A´、n、R^(10)、Ar^(2)として、AVN576とは異なる様々な基を包含するものであり、これらAVN576とは異なる様々な化合物については、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であることは確認されていない。

なお、発明の詳細な説明には、ストレスと攻撃性の軽減についてAVN246とAVN251の効果を確認し、抗うつ作用についてAVN246の効果を確認し、抗不安作用についてAVN251の効果を確認したことが記載されている(摘記(ケ)?(シ)。AVN246とAVN251の化学構造式は、摘記(カ)の表1中にそれぞれ実施例224と225に対応することが記載されており、摘記(ス)に記載された実施例224と225の化合物名によれば、以下のとおりである。
AVN246

AVN251

)。
しかしながら、発明の詳細な説明には、心的外傷後ストレス障害には、うつや不安等の障害が共存すること(摘記(エ))、現行の治療オプションには、抗うつ薬および抗不安薬の転用が包含されるが、十分な効力を示さないこと(摘記(オ))が記載されているから、ストレスと攻撃性の軽減や抗うつ、抗不安作用がある化合物であったとしても、それが心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であるとは限らないのが出願時の技術常識であるといえる。
そうすると、AVN246とAVN251が上記作用を示すことを確認したことに基づいて、それらが心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であり、本願補正発明の解決しようとする課題を解決できると認識することはできない。

一方、発明の詳細な説明には、心的外傷後ストレス障害のための現行の薬物療法は、十分な効力が実証されていないこと(摘記(イ))、現行の治療オプションの低い性能および新たなオプションの欠如は、心的外傷後ストレス障害の複雑さが原因であり得ること(摘記(エ))、現行の治療オプションには、抗うつ薬および抗不安薬の転用が包含されるが、それらは十分な効力を示さず、報告によると軽減は限られることが記載されているように(摘記(オ))、抗うつ薬や抗不安薬として知られていても、心的外傷後ストレス障害に十分な効力を示すとは限らず、心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物は、十分な効力を奏するかどうかの予測可能性が低く、具体的に確認しないとその治療に有用であるかどうかは不明であることが出願時の技術常識といえる。
さらに、発明の詳細な説明には、AVN576の心的外傷後ストレス障害の治療のための作用機序について確認されておらず、AVN576の化学構造のどの部分によって活性が発揮されているのかは不明であるから、AVN576の化学構造のうち、どの部分が活性を発揮するのに欠かせない構造であり、どの部分であればその他の基に代えても活性を発揮できるのか、その際、どのような基であれば同様の活性を発揮できるのかについては不明であるというべきである。

また、発明の詳細な説明には、本願補正発明で定義される式(I)の化合物を含む選択的バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストによって心的外傷後ストレス障害を治療できることを発見したこと(摘記(ウ))、式(I)の化合物を合成し(摘記(ス))、それらがバソプレッシンV1a受容体アンタゴニストであることを確認したことが記載されているが(摘記(カ)、(キ))、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストであれば心的外傷後ストレス障害の治療に有用であると認識できる裏付けについては何ら記載されていない。
そして、出願時の技術常識に照らしてみても、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストと心的外傷後ストレス障害の治療の関係については知られていないから、AVN576以外の式(I)で定義される化合物が、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストであることに基づいて、心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であり、本願補正発明の解決しようとする課題を解決できると認識することはできない。

以上によれば、AVN576が心的外傷後ストレス障害の治療に有用であり、本願補正発明の解決しようとする課題を解決できることを確認したからといって、上記A、A´、n、R^(10)、Ar^(2)を、AVN576とは異なる様々な基に変更した式(I)の化合物を含む医薬組成物全体について、具体的に確認しなくとも心的外傷後ストレス障害の治療に有用であり、本願補正発明の解決しようとする課題を解決できると認識することはできない。

仮に、AVN246とAVN251が心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であると認識できるものであったとしても、これらの化合物は、式(I)において、Aが3位にトリフルオロメチル基が置換していても良い(R)-1-Ph-エチル(またはメチル)アミノ基であり、A´が4-(1-ピペリジル)ピペリジン-1-イル基であり、nが1であり、R^(10)がフェニル基であり、Ar^(2)がフェニル基である化合物であるのに対して、本願補正発明の式(I)の化合物は、上記A、A´、n、R^(10)、Ar^(2)として、AVN246とAVN251とは異なる様々な基を包含するから、式(I)の化合物を含む医薬組成物全体について、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であり、本願補正発明の解決しようとする課題を解決できると認識することはできない。

以上のとおりであるから、本願補正発明は、本願補正発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲にないものを包含し、よって、本願補正発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

エ.まとめ
したがって、本願補正発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(3)特許法第36条第4項第1号について
ア.はじめに
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」(いわゆる実施可能要件)と定めるところ、ここでいう「実施」とは、物の発明においては、当該物の生産、使用等をいうから、実施可能要件を満たしているというためには、発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該物を生産し、使用することができる程度に明確かつ十分なものでなければならない。
そして、医薬の用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができないから、本願補正発明のような医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。
以下、この点について検討する。

イ.判断
本願補正発明は、「患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための」医薬組成物であるから、医薬としての有用性を当業者が理解できるというためには、患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬としての有用性を当業者が理解できることが必要である。
しかしながら、上記(2)ウ.で述べたように、本願補正発明のうち、心的外傷後ストレス障害を治療できることを具体的に確認したのは、AVN576を含む医薬組成物のみであって、AVN246とAVN251がストレスと攻撃性の軽減、抗うつ作用、抗不安作用を示すことに基づいて心的外傷後ストレス障害の治療に有用であるとは認識できず、一方、心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物は、十分な効力を奏するかどうかの予測可能性が低く、具体的に確認しないとその治療に有用であるかどうかは不明であることが出願時の技術常識であり、さらに、AVN576の化学構造のうち、どの部分が活性を発揮するのに欠かせない構造であり、どの部分であればその他の基に代えても活性を発揮できるのか、その際、どのような基であれば同様の活性を発揮できるのかは不明であるし、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストであることに基づいて、心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であると認識することはできないから、本願補正発明のうち、AVN576以外の化合物を含む医薬組成物については、出願時の技術常識に照らしてみても、患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬としての有用性を当業者が理解できるとはいえない。

そうすると、発明の詳細な説明の記載は、当業者が「患者の心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物」である本願補正発明を実施することができる程度に明確かつ十分なものではない。

ウ.まとめ
したがって、この出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

(4)請求人の主張について
請求人は、平成27年11月19日の意見書において、以下の点を挙げて、本願補正発明は、サポート要件及び実施可能要件を満たしていると主張している。
「本願出願人は、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療に有効であることを発見いたしました。審査官殿は、AVN576によるPTSDの治療の有効性を裏付ける開示が本願明細書に示されていることをお認めです。AVN576が、1.8ナノモルの親和性を有する、バソプレッシンV1a受容体の強力なアンタゴニストであることを本願出願人は、開示しております。したがって、本願出願人は、AVN576に関連する全ての化合物もまたPTSDの治療において有効であろうということを、当業者が当然に期待したであろうことを主張いたします。他の化合物とAVN576との関連性の根拠は、これらの各化合物が請求項1に示した実質的な基本構造を共有しており、かつ、各化合物が強力なバソプレッシンV1a結合親和性を示していることにあります。クレームされた化合物がバソプレッシンV1a受容体に対して一貫して高い親和性を示すという事実が、「請求項1に記載された実質的な基本構造が、本願発明の範囲および境界を正確に定義した」という実例証拠であるということもまた、本願出願人は指摘いたします。」
「上記の表Bには、そのすべてがナノモルオーダーのバソプレッシンV1a受容体結合親和性を有する200近くの実例化合物をリストしています。本願出願人は、PTSD治療用の動物モデルにおけるAVN576の効能が、バソプレッシンV1a受容体に対するその強力な結合親和性に加えて、本願出願人の「バソプレッシンV1a受容体に対する高い親和性を有する化合物が、PTSDの治療に有用である」という主張を裏付けている、ということ主張をいたします。したがって、本願出願人は、請求項1は本願明細書に十分に裏付けられているということを主張いたします。」

そこで、この点について検討すると、AVN576が心的外傷後ストレス障害の治療に有用であり、また、AVN576がバソプレッシンV1a受容体アンタゴニストであったとしても、上記(2)ウ.で述べたとおり、発明の詳細な説明には、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストであれば心的外傷後ストレス障害の治療に有用であると認識できる裏付けについては何ら記載されておらず、また、出願時の技術常識に照らしてみても、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストと心的外傷後ストレス障害の治療の関係については知られていないから、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストでもあるAVN576が心的外傷後ストレス障害の治療に有用であったからといって、その他のバソプレッシンV1a受容体アンタゴニストである化合物についても、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であるとはいえない。
したがって、上記請求人の主張は採用できない。

請求人は、さらに、平成28年10月7日に補正された審判請求書の請求の理由において、以下の点を挙げて、本願補正発明は、サポート要件と実施可能要件を満たしていると主張している。

「例えば、段落第0005において「本発明において、PTSDならびに関連疾患および障害は、下式の選択的バソプレッシンV1aアンタゴニストおよび薬学的に許容されるその塩を用いて治療することができることを発見した」旨を言及しています。また、PTSDの特徴の1つは、制御不能の恐怖そのもの、又は恐怖の記憶であります。この不穏当な恐れは、現在に合理的な恐怖が無い場合であっても、当時の恐怖の出来事の記憶がトリガーとなってしまいます。この点において、出願人は、段落第0112に以下のような記載があります。

【0112】
(前文省略)本明細書では、バソプレッシンは、恐怖の記憶に関係しているが、恐怖応答自体には関係していないと考えられている。本明細書に記載されている化合物は、嫌悪記憶の追想に関係している過覚醒脳活性パターンを緩和させる。恐怖回路における過覚醒のパターンが、PTSDの患者において報告されている(例えば、Shinら、Regional cerebral blood flow in the amygdala and medial prefrontal cortex during traumatic imagery in male and female vietnam veterans with PTSD. Arch Gen Psychiatry Feb;61(2):168?76(2004年);ShinおよびLiberzon、2010年を参照されたい)。

つまり、出願人は、PTSDの治療とバソプレッシンV1a受容体の拮抗作用とを明確に関連付けています。更に出願人は、PTSD治療において、AVN576がバソプレッシンV1a受容体と拮抗作用の能力があることを既に説明しています。
また、補正後の請求項に係る発明は、当業者であれば、構造的に関連性のある化合物が類似の生物学的特性を有することを予想し得るものであります。したがって、仮にAVN576がPTSD治療に有効であれば、構造的に関連性のある化合物もまた、PTSD治療に有効であることは予想し得るものであります。従って、当該拒絶理由は解消されたものと思料します。」

そこで、上記主張について検討すると、上記【0005】には、心的外傷後ストレス障害はバソプレッシンV1a受容体アンタゴニストを用いて治療することができることを発見したと記載されていても、それを裏付ける事項については何ら記載されておらず、また、上記【0112】には、バソプレッシンが恐怖の記憶に関係していることが記載されていても、バソプレッシンV1a受容体アンタゴニストによって心的外傷後ストレス障害の治療ができることについて裏付けを伴って記載されているものではない。
また、請求人は、本願補正発明の式(I)の化合物は、AVN576と近接する範囲の構造まで限定されているから、本願補正発明はその全体にわたり心的外傷後ストレス障害の治療に有用であると予想し得る旨主張しているが、上記(2)ウ.で述べたとおり、本願補正発明の式(I)の化合物は、A、A´、n、R^(10)、Ar^(2)としてAVN576とは異なる様々な基を包含するから、本願補正発明がその全体にわたって心的外傷後ストレス障害の治療に有用であると予想できるとはいえない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

また、請求人は、平成29年1月13日の上申書において補正案を提示しているから、この補正案について検討すると、補正案の請求項1に係る発明は、式(I)の化合物が、A、A´、n、R^(10)、Ar^(2)として、AVN576とは異なる様々な基を有するから、本願補正発明と同様の理由により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

3.本件補正についてのむすび
以上のとおり、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、上記請求項1についての補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものである。
したがって、本件補正は、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明

1.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたから、この出願の発明は、平成27年11月19日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?22に記載された事項により特定される発明であるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】
心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物であって、1種または複数の下式の化合物または薬学的に許容されるその塩またはその薬学的に許容される塩を含み、前記1種または複数の化合物が、V1a受容体に対して選択的である、前記医薬組成物
【化1】


[式中、
Aは、カルボン酸、エステルまたはアミドであり;
Bは、カルボン酸、エステルもしくはアミドであるか;またはBはエーテルもしくはスルフィドであり;
R^(1)は、水素またはC_(1)?C_(6)アルキルであり;
R^(2)は、水素、アルキル、アルケニル、アルキニル、アルコキシ、アルキルチオ、ハロ、ハロアルキル、シアノ、ホルミル、アルキルカルボニルまたは-CO_(2)R^(8)、-CONR^(8)R^(8′)および-NR^(8)(COR^(9))からなる群から選択される置換基であり;ここで、R^(8)およびR^(8′)はそれぞれ独立に、水素、アルキル、シクロアルキル、置換されていてもよいアリールまたは置換されていてもよいアリールアルキルから選択されるか;またはR^(8)およびR^(8′)は、結合している窒素原子と一緒になって、ヘテロシクリル基を形成しており;かつR^(9)は、水素、アルキル、シクロアルキル、アルコキシアルキル、置換されていてもよいアリール、置換されていてもよいアリールアルキル、置換されていてもよいヘテロアリール、置換されていてもよいヘテロアリールアルキルおよびR^(8)R^(8′)N-(C_(1)?C_(4)アルキル)から選択され;
R^(3)は、置換されていてもよいアミノ、アミド、アシルアミドまたはウレイド基であるか;またはR^(3)は、窒素原子で結合している窒素含有ヘテロシクリル基であり;かつ
R^(4)は、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルケニル、アルキルカルボニル、置換されていてもよいアリール、置換されていてもよいアリールアルキル、置換されていてもよいアリールハロアルキル、置換されていてもよいアリールアルコキシアルキル、置換されていてもよいアリールアルケニル、置換されていてもよいアリールハロアルケニルまたは置換されていてもよいアリールアルキニルである]。」

2.原査定の理由
原査定は、「この出願については、平成27年5月13日付け拒絶理由通知書に記載した理由2及び3によって、拒絶をすべきものです。」というものであって、その「理由2及び3」は、
「2.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
3.(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」
というものである。
そして、原査定の備考欄には、
「PTSDを治療し得ることが開示されているのは、AVN576ただ一つのみであり、発明の詳細な説明は、本願請求項1?22に係る発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。また、本願請求項1?22に係る発明は、発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超える発明を含むものであるから、発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえない。」
と記載されており、上記「請求項1?22に係る発明」のうち、「請求項1に係る発明」は、「本願発明」である。
そうすると、原査定の理由は、「PTSDを治療し得ることが開示されているのは、AVN576ただ一つのみであり、発明の詳細な説明は、本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。また、本願発明は、発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超える発明を含むものであるから、発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえない。したがって、この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」という理由を含むものである。

3.当審の判断
原査定の理由のとおり、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものでなく、また、発明の詳細な説明の記載は、本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分なものではないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものでもない。よって、この出願は、拒絶をすべきものである。
その理由は、以下のとおりである。

(1)特許法第36条第6項第1号について
発明の詳細な説明には、本願発明の解決しようとする課題は、心的外傷後ストレス障害を治療するための組成物の提供であることが記載され(摘記(ア))、化合物AVN576について、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であって、上記課題を解決できることが具体的に確認されている(摘記(ク))。
しかしながら、本願発明におけるV1a受容体に対して選択的である【化1】の化合物は、AVN576とは異なる様々な化合物を包含するものであり、これらAVN576とは異なる様々な化合物については、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であることは確認されていない。
また、AVN246とAVN251がストレスと攻撃性の軽減、抗うつ作用、抗不安作用を示すことに基づいて心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であると認識することはできず、一方、心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物は、十分な効果を奏するかどうかの予測可能性が低く、具体的に確認しないとその治療に有用であるかどうかは不明であることが出願時の技術常識であり、さらに、AVN576の化学構造のうち、どの部分が活性を発揮するのに欠かせない構造であり、どの部分であればその他の基に代えても活性が発揮できるのか、その際、どのような基であれば同様の活性を発揮できるのかについては不明であるし、本願発明の【化1】の化合物がV1a受容体に対して選択的であることに基づいて、心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であると認識することができないことは、上記第2 2.(2)ウ.で述べたとおりである。
そうすると、AVN576が心的外傷後ストレス障害の治療に有用であり、本願発明の解決しようとする課題を解決できることを確認したからといって、AVN576とは異なる様々な化合物を含む本願発明全体について、心的外傷後ストレス障害の治療に有用であり、本願発明の解決しようとする課題を解決できると認識することはできない。
したがって、本願発明は、本願発明の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できる範囲にないものを包含するから、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、この出願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合しない。

(2)特許法第36条第4項第1号について
本願発明は、「心的外傷後ストレス障害を治療するための」医薬組成物であるから、上記第2 2.(3)イ.で述べたように、本願発明が実施可能要件を満たしているというためには、心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬としての有用性を当業者が理解できることが必要である。
しかしながら、上記第2 2.(3)イ.で述べたように、発明の詳細な説明に、心的外傷後ストレス障害を治療できることが具体的に記載されているのは、AVN576を含む医薬組成物のみであって、AVN246とAVN251がストレスと攻撃性の軽減、抗うつ作用、抗不安作用を示すことに基づいて心的外傷後ストレス障害の治療に有用であるとは認識できず、一方、心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物は、十分な効力を奏するかどうかの予測可能性が低く、具体的に確認しないとその治療に有用であるかどうかは不明であることが出願時の技術常識であり、さらに、AVN576の化学構造のうち、どの部分が活性を発揮するのに欠かせない構造であり、どの部分であればその他の基に代えても活性を発揮できるのか、その際、どのような基であれば同様の活性を発揮できるのかは不明であるし、本願発明の【化1】の化合物がV1a受容体に対して選択的であることに基づいて心的外傷後ストレス障害の治療にも有用であると認識することはできない。
そうすると、AVN576以外の様々な化合物を含む医薬組成物である本願発明は、出願時の技術常識に照らしてみても、心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬としての有用性を当業者が理解できるとはいえない。
したがって、発明の詳細な説明の記載は、当業者が「心的外傷後ストレス障害を治療するための医薬組成物」である本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分なものではない。
よって、この出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合しない。

第4 むすび
以上のとおり、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものではなく、また、発明の詳細な説明の記載が同法同条第4項第1号の規定に適合するものでもないから、拒絶をすべきものである。
したがって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-07-26 
結審通知日 2017-08-01 
審決日 2017-08-21 
出願番号 特願2013-518755(P2013-518755)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (A61K)
P 1 8・ 536- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 砂原 一公  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 井上 千弥子
山本 吾一
発明の名称 心的外傷後ストレス障害を治療する方法  
代理人 高岡 亮一  

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