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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
管理番号 1336989
異議申立番号 異議2017-700445  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-03-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-05-01 
確定日 2017-12-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6023174号発明「ガスバリア性積層体、その製造方法、電子デバイス用部材及び電子デバイス」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6023174号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?11〕について訂正することを認める。 特許第6023174号の請求項1?11に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6023174号の請求項1?11に係る特許についての出願は、平成25年3月28日(優先権主張 平成24年3月29日 日本)を国際出願日とする出願であって、平成28年10月14日にその特許権の設定登録がされ、その後、その請求項1?11に係る特許について、特許異議申立人特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、平成29年6月22日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成29年8月25日付けで意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」といい、訂正自体を「本件訂正」という。)がなされ、平成29年10月23日付けで申立人から意見書が提出されたものである。

第2.訂正の適否について
1.訂正の内容
本件訂正は、特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付の訂正特許請求の範囲のとおり訂正するもので、その内容は以下のとおりである(下線部は訂正個所を示す。)。
(1)訂正事項1
請求項1に
「前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
かつ、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であること」とあるのを、
「前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
前記プライマー層が、前記ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であり、かつ、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であること」に訂正する。

(2)訂正事項2
請求項7に
「前記ガスバリア層の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が8nm以下、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm未満である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。」とあるのを、
「基材の少なくとも片面に、プライマー層及びガスバリア層(硬化収縮するものに限る。)を順次積層してなるガスバリア性積層体であって、
前記プライマー層が、90℃における弾性率が1.6GPa以上のものであり、
前記プライマー層の厚みが、0.5μm?3μmであり、
前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
前記プライマー層が、前記ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であり、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であり、かつ、
前記ガスバリア層の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が8nm以下、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm未満であること
を特徴とするガスバリア性積層体。」に訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項
(1)訂正事項1
訂正事項1は、訂正前の請求項1のプライマー層を、ガスバリア層の硬化収縮を抑制する機能を奏するものに限定する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項の規定に適合するものである。
また、訂正事項1に関連して、本件特許の明細書の段落【0026】には「通常、ガスバリア層は、長時間高温高湿下に置かれると、硬化収縮しやすくなり、ガスバリア性が低下する。しかしながら、ガスバリア層と接するプライマー層に、高温における弾性率が高いものを用いることで、この硬化収縮の影響が抑制され、その結果、ガスバリア性の低下を防ぎ、耐久性を向上させることができる。」と記載されており、当該記載に接した当業者であれば、プライマー層が、ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であることが、本件特許の明細書に記載されていると理解し得る。よって、訂正事項1は、明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項の規定に適合するものである。

(2)訂正事項2
訂正事項2は、請求項1の記載を引用していた請求項7の記載を、請求項1の記載を引用しないものとし、さらに、プライマー層の機能、ガスバリア層の性質について限定するものである。したがって、訂正事項2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に掲げる他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、及び、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項の規定に適合するものである。
また、上記(1)に示した本件特許の明細書の段落【0026】の記載から、訂正事項2は、明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)一群の請求項
本件訂正前の請求項2?11は請求項1を引用しており、訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1?11は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。そして、本件訂正請求は、当該一群の請求項に対して請求されたものである。

3.小括
したがって、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とし、同条第4項並びに同条第9項の規定によって準用する第126条第5項及び第6項に適合するので、訂正後の請求項〔1?11〕について訂正を認める。

第3.本件発明
上記第2.のとおり本件訂正が認められるから、本件特許の請求項1?11に係る発明(以下「本件発明1?11」という。また、これらをまとめて「本件発明」ということもある。)は、本件訂正請求書に添付の訂正特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
【請求項1】
基材の少なくとも片面に、プライマー層及びガスバリア層を順次積層してなるガスバリア性積層体であって、
前記プライマー層が、90℃における弾性率が1.6GPa以上のものであり、
前記プライマー層の厚みが、0.5μm?3μmであり、
前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
前記プライマー層が、前記ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であり、かつ、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であること
を特徴とするガスバリア性積層体。
【請求項2】
前記ガスバリア性積層体におけるプライマー層及びガスバリア層が積層された側の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が8nm以下、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm未満であり、
他方の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が15nm以上、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm以上である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項3】
前記ガスバリア層が、ケイ素系高分子化合物の層にイオンを注入して得られる層である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項4】
前記ケイ素系高分子化合物の層が、ポリシラザン化合物又はポリオルガノシロキサン化合物を含むものである、請求項3に記載のガスバリア性積層体。
【請求項5】
長尺状の積層フィルムである請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項6】
一方の最外層が前記ガスバリア層であって、他方の最外層が基材である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項7】
基材の少なくとも片面に、プライマー層及びガスバリア層(硬化収縮するものに限る。)を順次積層してなるガスバリア性積層体であって、
前記プライマー層が、90℃における弾性率が1.6GPa以上のものであり、
前記プライマー層の厚みが、0.5μm?3μmであり、
前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
前記プライマー層が、前記ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であり、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であり、かつ、
前記ガスバリア層の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が8nm以下、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm未満であること
を特徴とするガスバリア性積層体。
【請求項8】
前記基材の表面の算術平均粗さ(Ra)が15nm以上、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm以上である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項9】
以下の工程を有する請求項1?8のいずれかに記載のガスバリア性積層体の製造方法。
工程(i):少なくとも片面に、90℃における弾性率が1.6GPa以上であり、その厚みが、0.5μm?3μmであり、その材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであるプライマー層が形成された長尺状の基材を一定方向に搬送しながら、前記プライマー層上に、ガスバリア層を形成する工程
工程(ii):ガスバリア層が形成された基材をロール状に巻き取る工程
【請求項10】
請求項1?8のいずれかに記載のガスバリア性積層体からなる電子デバイス用部材。
【請求項11】
請求項10に記載の電子デバイス用部材を備える電子デバイス。

第4.当審の判断
1.平成29年6月22日付け取消理由通知の概要
理由1)本件特許の請求項1?11に係る発明は、その優先日前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
理由2)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

<刊行物>
刊行物1.特開2009-172988号公報
刊行物2.特開2009-269193号公報
刊行物3.特開平8-174741号公報
刊行物4.特開2006-273544号公報
刊行物5.特開平6-293838号公報
刊行物6.特開平5-329997号公報
刊行物7.特開2004-354828号公報
刊行物8.特開2008-20891号公報
刊行物9.特開2011-718号公報
刊行物10.特開2006-104529号公報
刊行物11.特開2008-76858号公報
刊行物13.特開2011-194765号公報
刊行物14.特開2012-24933号公報
刊行物15.特開平5-177795号公報
刊行物16.特開平8-225689号公報
(刊行物1?11、13?16は、特許異議申立書(以下「申立書」という。)添付の甲第1?11、13?16号証と同じ。なお、甲第12号証は公知日が本件特許の優先日の後なので採用しない。)

理由1-1.本件発明1は、刊行物1記載の発明及び周知技術(刊行物3?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
理由1-2.本件発明2?11は、刊行物1記載の発明、刊行物9記載事項及び周知技術(刊行物3?8、13?16)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
理由1-3.本件発明1は、刊行物2記載の発明及び周知技術(刊行物3?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
理由1-4.本件発明2?11は、刊行物2記載の発明、刊行物9記載事項及び周知技術(刊行物3?8、13?16)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

理由2-1.本件発明1?11の弾性率の1.6GPaという下限値は、耐久性の評価が良い実施例6(2.01GPa)よりも、耐久性の評価が悪い比較例1(1.53GPa)に近い。1.6GPa以上のすべての範囲で、高温高湿下でのガスバリア層の硬化収縮の影響を抑制し、優れた耐久性を得るという課題を解決し得るとまでは解せない。
理由2-2.本件発明1?2、5?11のガスバリア層は、高温高湿下で硬化収縮しないものを含む。そのような場合、高温高湿下でのガスバリア層の硬化収縮の影響を抑制し、優れた耐久性を得るという課題が存在しないから、本件発明1?2、5?11は、上記課題を解決するものとはいえない。

なお、上記取消理由通知は、本件特許異議の申立てにおいて申立てられた全ての申立理由を採用した。

2.上記取消理由についての判断
(1)理由1-1について
ア 引用発明1
刊行物1には、
「基材フィルムの片面に、有機層及び酸化アルミニウム層を順次積層してなるバリア性積層体であって
前記有機層が、ナノインデンテーション法に基づく微小硬度が200N/mm以上のものであり、
前記有機層の厚みが、1000nmであり、
前記有機層を構成する材料が、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ジペンタエリスリトールエトキシテトラアクリレート、あるいはウレタンアクリレートを含むものであり、
前記有機層が、前記ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート、ジペンタエリスリトールエトキシテトラアクリレート、あるいはウレタンアクリレートと、1分子中に2以上の重合開始能を有する部位を有する光重合開始剤を含む組成物を光照射して硬化させてなる、前記酸化アルミニウム層の成膜を均一で平滑にする層である、バリア性積層体。」
という引用発明1が記載されている(【請求項1】、【請求項8】、【0011】、【0012】、【0017】、【0018】、【0029】、【0030】、【0047】、【0050】)。

イ 本件発明1と引用発明1との対比、判断
本件発明1と引用発明1とを比較すると、少なくとも以下の点で相違する。
相違点1.本件発明1のガスバリア層は硬化収縮する層であり、プライマー層は90℃における弾性率が1.6GPa以上のものでガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であるのに対して、引用発明1の酸化アルミニウム層は硬化収縮するか不明であり、有機層はナノインデンテーション法に基づく微小硬度が200N/mm以上のもので、重合性化合物と、1分子中に2以上の重合開始能を有する部位を有する光重合開始剤を含む組成物を光照射して硬化させてなる、酸化アルミニウム層の成膜を均一で平滑にする層である点。
相違点2.本件発明1は積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であるのに対して、引用発明1のバリア性積層体の面の静摩擦係数は不明な点。

相違点1について検討する。
(ア)本件特許の明細書の記載によれば、本件発明1は、従来のガスバリア性積層体に「高温高湿下に長時間置かれると、特にガスバリア層が硬化収縮し、ガスバリア性が低下する場合があった」(【0004】)との課題を解決しようとして、「プライマー層が、90℃における弾性率が1.6GPa以上のもの」とすることで「ガスバリア層の硬化収縮が抑制され、ガスバリア性の低下を防ぐことができ」(【0027】)るようにしたものである。
(イ)一方、刊行物1の記載によれば、引用発明1は、従来のバリア性積層体は「無機層の製膜が均一に行われないといった問題点があった」(【0002】)との課題を解決しようとして、有機層を「重合性化合物と、1分子中に2以上の重合開始能を有する部位を有する光重合開始剤を含む組成物を光照射して硬化させてなる」ことにより「均一な有機層が形成され…その上に積層する無機層等も均一なものとすることができ」(【0012】)るようにしたものである。そして、刊行物1には、上記(ア)に示した本件発明の課題についての記載や示唆する記載もない。また、刊行物3?9、13?16にも、この点についての記載はないし、示唆する記載もない。よって、本件発明1は、引用発明1及び刊行物3?9、13?16記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
(ウ)申立人は、引用発明1の有機層に用いるモノマー、光重合開始剤は、本件発明1のプライマー層に用いるモノマー、光重合開始剤と共通しており、引用発明1の有機層と本件発明1のプライマー層とは組成がほぼ同一だから特性(90℃における弾性率)も同一であると主張する(申立書45頁4?8行)。
しかし、ポリマーの特性は、モノマー、光重合開始剤のみに応じて決まるのではなく、重合度、結晶化度などが異なれば変化することが明らかである。そうすると、モノマー、光重合開始剤の種類が共通しているということのみで、引用発明1の有機層の特性が、本件発明1のプライマー層の特性と同じであるということはできないから、上記申立人の主張は採用できない。
(エ)また、申立人は、刊行物7?8に基けば、ナノインデンテーション法による弾性率は、硬度の約10倍程度に調整されることが周知であり、引用発明1の有機層が微小硬度200N/mm以上である点から換算すると、当該有機層の弾性率は2GPa以上であると主張する(申立書43頁末行?45頁4行)。
しかし、弾性率と硬度との間にある程度の相関があるとしても、弾性率が必ずしも硬度の10倍とならないことは、刊行物7の【0224】の表2(反射防止フィルム1?5:弾性率が硬度の約5.7倍)からも明らかである。また、引用発明1の有機層の微小硬度200N/mm以上というのは、90℃における数値でもない。そうすると、これらの事項のみから、引用発明1の有機層の90℃における弾性率が1.6GPa以上であるということはできないから、上記申立人の主張は採用できない。
(オ)また、申立人は、本件発明1のプライマー層の90℃における弾性率を1.6GPa以上とすることで解決しようとする課題(すなわち高温高湿下に長時間置かれた場合であってもバリア性が低下しないガスバリア性積層体が得られること)は、刊行物1記載の発明においても当然に内在されているとも主張する(意見書6頁9行?末行)。
しかし、刊行物1では無機層として「SiまたはAlの金属酸化物」(【0030】)が示され、実施例では「酸化アルミニウム」(【0047】)が採用されているところ、申立人も主張するように、「金属酸化物からなる無機膜は、高温高湿下であっても硬化収縮しない」(申立書69頁6?7行)。そうすると、引用発明1に、高温高湿下に長時間置かれると、特にガスバリア層が硬化収縮し、ガスバリア性が低下するとの課題が内在していたとすることはできないから、上記申立人の主張は採用できない。
(カ)そして、引用発明1の酸化アルミニウム層を硬化収縮する層とし、有機層を90℃における弾性率が1.6GPa以上のものでガスバリア層の硬化収縮を抑制する層とすることは、刊行物3?9、13?16にも記載や示唆はされていない。

よって、本件発明1は、引用発明1及び刊行物3?9、13?16記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)理由1-2について
本件発明2?11は、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるところ、上記(1)に示した理由と同様の理由により、引用発明1及び刊行物3?9、13?16記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)理由1-3について
ア 引用発明2
刊行物2には、
「基材の片面に、有機膜及び酸化アルミニウム膜を順次積層してなるガスバリアフィルムであって、
前記有機膜が、ナノインデンテーション法に基づく微小硬度が200N/mm^(2)以上のものであり、
前記有機膜の厚みが、100nm?1000nmであり、
前記有機膜を構成する材料が、ジペンタエリスリトールペンタアクリレートとジペンタエリスリトールヘキサアクリレートとを含むものであり、
前記有機膜が、2層以上であり、部分的な被膜不良が発現せず、酸化アルミニウム膜に欠陥が生じるのを抑制する層である、ガスバリアフィルム」
という引用発明2が記載されている(【請求項1】、【請求項5】、【0012】、【0073】、【0078】、【0093】、【0096】?【0098】)。

イ 本件発明1と引用発明2との対比、判断
本件発明1と引用発明2とを比較すると、少なくとも以下の点で相違する。
相違点3.本件発明1のガスバリア層は硬化収縮する層であり、プライマー層は90℃における弾性率が1.6GPa以上のものでガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であるのに対して、引用発明2の酸化アルミニウム膜は硬化収縮するか不明であり、有機膜はナノインデンテーション法に基づく微小硬度が200N/mm^(2)以上のもので、2層以上であり、部分的な被膜不良が発現せず、酸化アルミニウム膜に欠陥が生じるのを抑制する層である点。
相違点4.本件発明1は積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であるのに対して、引用発明2のガスバリアフィルムの面の静摩擦係数は不明な点。

相違点3について検討する。
(ア)本件発明1の技術的意義は、上記(1)ア(ア)のとおりである。
(イ)一方、刊行物2の記載によれば、引用発明2は、従来のガスバリアフィルムは「基材に異物の付着があることから、下層の部分的な被覆不良が生じ、その下層の上に設ける上層(無機膜)に欠陥が生じるという問題があった」(【0008】)との課題を解決しようとして、有機膜を「2層以上」とすることにより「1層目の上に2層目を設ける際には、1層目の塗布層により平滑性が向上しているのでその部分的な皮膜不良部分を被覆しやすくなる。従って、部分的な皮膜不良が発現しない下層の上に、無機膜を真空成膜法で設けるので、上層(無機膜)に欠陥が生じるのを抑制することができる。」(【0012】)ようにしたものである。そして、刊行物2には、上記(1)ア(ア)に示した本件発明の課題についての記載や示唆する記載もない。また、刊行物3?9、13?16にも、この点についての記載はないし、示唆する記載もない。よって、本件発明1は、引用発明2及び刊行物3?9、13?16記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
(ウ)申立人は、引用発明2の有機膜と本件発明1のプライマー層とは組成がほぼ同一だから特性(90℃における弾性率)も同一であると主張する(申立書49頁7?11行)が、上記(1)ア(ウ)と同様の理由により、採用できない。
(エ)また、申立人は、刊行物7?8に基けば、ナノインデンテーション法による弾性率は、硬度の約10倍程度に調整されることが周知であり、引用発明2の有機膜が微小硬度200N/mm^(2)以上である点から換算すると、当該有機膜の弾性率は2GPa以上であると主張する(申立書48頁17行?49頁7行)が、上記(1)ア(エ)と同様の理由により、採用できない。
(オ)そして、刊行物2では無機膜として「酸化アルミニウム膜」(【0098】)が採用されているところ、申立人も主張するように、「金属酸化物からなる無機膜は、高温高湿下であっても硬化収縮しない」(申立書69頁6?7行)。そうすると、引用発明2に、高温高湿下に長時間置かれると、特にガスバリア層が硬化収縮し、ガスバリア性が低下するとの課題が内在していたとすることもできない。
(カ)そして、引用発明2の無機膜を硬化収縮する層とし、有機膜を90℃における弾性率が1.6GPa以上のものでガスバリア層の硬化収縮を抑制する層とすることは、刊行物3?9、13?16にも記載や示唆はされていない。

よって、本件発明1は、引用発明2及び刊行物3?9、13?16記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)理由1-4について
本件発明2?11は、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるところ、上記(3)に示した理由と同様の理由により、引用発明2及び刊行物3?9、13?16記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)理由2-1について
ア 本件発明は「高温高湿下に長時間置かれると、特にガスバリア層が硬化収縮し、ガスバリア性が低下する場合があった」(【0004】)との課題を解決しようとして、「ガスバリア層と接するプライマー層に、高温における弾性率が高いものを用いることで、この硬化収縮の影響が抑制され」(【0026】)るとの知見に基づき、プライマー層の「90℃における弾性率を1.6GPa以上」(【0027】)としたものである。
そうすると、プライマー層の高温における弾性率が高ければ高いほど、ガスバリア層の硬化収縮を抑制し得るから、プライマー層の高温(90℃)における弾性率が高い(1.6GPa以上)本件発明が、それ以外の弾性率の低い(1.6GPa未満)ものよりも、より一層ガスバリア層の硬化収縮を抑制し、上記課題を解決できるものであることは明らかである。
したがって、本件発明が、発明の詳細な説明の記載において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるということはできない。

イ 申立人は、本件特許の明細書では、耐久試験(温度60℃、相対湿度90%にて150時間放置した。)前後の水蒸気透過率の増加率が60%以上の場合を耐久性に劣る(×)と評価している点(【0124】)を指摘すると共に、本件発明の1.6GPaという90℃における弾性率は、実施例6(増加率52.2%)の90℃における弾性率(2.01GPa)よりも、比較例1(増加率108%)の90℃における弾性率(1.53GPa)に近いから、1.6GPaの場合に水蒸気透過率の増加率が60%未満になることは当業者が認識できないと主張する。
しかし、本件特許の明細書全体を参酌しても、上記の60%というのは、これを境としてガスバリア性が著しく異なるといった特異な値と解することはできないから、単なる目安として提示されたものというべきである。そして、発明の課題は、水蒸気透過率の増加率を単なる目安である60%未満とすることではなく、「高温高湿下に長時間置かれると、特にガスバリア層が硬化収縮し、ガスバリア性が低下する場合があった」ことである。【0128】の表1の各実施例、比較例からも、「90℃弾性率と増加率とは高い相関性を示」(平成29年10月23日付け申立人意見書9頁下から7行)すことが明らかであるから、本件発明が、プライマー層の高温(90℃)における弾性率が高い(1.6GPa以上)ものとすることで、具体的な水蒸気透過率の増加率はさておき、ガスバリア層の硬化収縮を抑制する、との発明の課題が解決できることを、当業者ならば認識できるというべきである。

(5)理由2-2について
上記第2.のとおり本件訂正が認められることにより、本件発明は上記第3.のとおりであって、ガスバリア層は硬化収縮するものに限られる。したがって、本件発明が、高温高湿下でのガスバリア層の硬化収縮の影響を抑制するという課題が存在しないものを含むとはいうことができず、理由2-2は解消した。

(6)小括
上記(1)?(3)のとおり、本件発明1?11は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできず、その特許は同法第113条第2号に該当しない。
また、上記(4)、(5)のとおり、本件発明1?11は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているから、その特許は同法第113条第4号に該当しない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、上記取消理由によっては、本件発明1?11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の少なくとも片面に、プライマー層及びガスバリア層を順次積層してなるガスバリア性積層体であって、
前記プライマー層が、90℃における弾性率が1.6GPa以上のものであり、
前記プライマー層の厚みが、0.5μm?3μmであり、
前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
前記プライマー層が、前記ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であり、かつ、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であること
を特徴とするガスバリア性積層体。
【請求項2】
前記ガスバリア性積層体におけるプライマー層及びガスバリア層が積層された側の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が8nm以下、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm未満であり、
他方の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が15nm以上、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm以上である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項3】
前記ガスバリア層が、ケイ素系高分子化合物の層にイオンを注入して得られる層である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項4】
前記ケイ素系高分子化合物の層が、ポリシラザン化合物又はポリオルガノシロキサン化合物を含むものである、請求項3に記載のガスバリア性積層体。
【請求項5】
長尺状の積層フィルムである請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項6】
一方の最外層が前記ガスバリア層であって、他方の最外層が基材である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項7】
基材の少なくとも片面に、プライマー層及びガスバリア層(硬化収縮するものに限る。)を順次積層してなるガスバリア性積層体であって、
前記プライマー層が、90℃における弾性率が1.6GPa以上のものであり、
前記プライマー層の厚みが、0.5μm?3μmであり、
前記プライマー層を構成する材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであり、
前記プライマー層が、前記ガスバリア層の硬化収縮を抑制する層であり、
積層体の一方の面と他方の面との静摩擦係数が0.35?0.8であり、かつ、
前記ガスバリア層の面の表面の算術平均粗さ(Ra)が8nm以下、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm未満であること
を特徴とするガスバリア性積層体。
【請求項8】
前記基材の表面の算術平均粗さ(Ra)が15nm以上、及び、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が150nm以上である、請求項1に記載のガスバリア性積層体。
【請求項9】
以下の工程を有する請求項1?8のいずれかに記載のガスバリア性積層体の製造方法。
工程(i):少なくとも片面に、90℃における弾性率が1.6GPa以上であり、その厚みが、0.5μm?3μmであり、その材料が、官能基数が3以上の多官能(メタ)アクリレートを含むものであるプライマー層が形成された長尺状の基材を一定方向に搬送しながら、前記プライマー層上に、ガスバリア層を形成する工程
工程(ii):ガスバリア層が形成された基材をロール状に巻き取る工程
【請求項10】
請求項1?8のいずれかに記載のガスバリア性積層体からなる電子デバイス用部材。
【請求項11】
請求項10に記載の電子デバイス用部材を備える電子デバイス。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-12-07 
出願番号 特願2014-508065(P2014-508065)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B32B)
P 1 651・ 537- YAA (B32B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 清水 晋治  
特許庁審判長 千壽 哲郎
特許庁審判官 久保 克彦
小野田 達志
登録日 2016-10-14 
登録番号 特許第6023174号(P6023174)
権利者 リンテック株式会社
発明の名称 ガスバリア性積層体、その製造方法、電子デバイス用部材及び電子デバイス  
代理人 大石 治仁  
代理人 大石 治仁  

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