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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C08J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
管理番号 1337049
異議申立番号 異議2017-700587  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-03-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-06-12 
確定日 2018-01-10 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6041933号発明「熱硬化性樹脂シート及び電子部品パッケージの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6041933号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第6041933号の請求項1ないし9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6041933号(以下、「本件特許」という。)に係る出願は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴って平成25年11月21日(優先日:平成24年11月29日、出願番号:特願2012-261384号)に出願した特願2013-240591号の一部を平成27年6月16日に新たな特許出願として、特許権者日東電工株式会社により出願された特許出願であり、平成28年11月18日に特許権の設定登録(請求項の数9)がなされた。その後、特許異議申立人吉田秀平(以下、「申立人」という。)により、請求項1?9に係る本件特許について、甲第1?9号証を証拠方法として、甲第1号証、甲第8号証又は甲第9号証を主たる引用文献とする特許法第29条第2項に基づく取消理由(取消理由1?3)、及び、同法第36条第6項第2号に基づく取消理由(取消理由4)を主張する特許異議の申立てがされ、当審において平成29年8月22日付けで上記取消理由4に基づいた取消理由が通知され、その指定期間内である同年10月19日(受理日は同年10月23日)に特許権者より、意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正の請求」という。)があった。
さらに、申立人に対する訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)に対し、平成29年12月5日(受理日は同年12月5日)に、申立人から意見書が提出された。
た。

<申立人が提出した証拠方法>
甲第1号証 :特開2004-161886号公報
甲第2号証 :特開2004-327623号公報
甲第3号証 :特開2000-297199号公報
甲第4号証 :特開2012-056981号公報
甲第5号証 :大日本インキ化学工業(株)の表面実装対応封止材用エポキシ樹脂カタログ
甲第6号証 :特開2012-162690号公報
甲第7号証 :日本アエロジル株式会社のAEROSILカタログ
甲第8号証 :特開平08-073621号公報
甲第9号証 :特開2006-124434号公報

第2 訂正の適否についての判断
1.本件訂正の内容
(1)請求の趣旨
本件訂正における請求の趣旨は、本件特許の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?9について訂正することを求める、というものである。

(2)訂正事項
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「無機充填剤、軟化点が50?130℃であるエポキシ樹脂及びフェノール樹脂を含み、かつ液状のエポキシ樹脂を含まず」と記載されているのを、「無機充填剤、軟化点が50?130℃であるエポキシ樹脂及びフェノール樹脂を含み、かつ液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?9も同様に訂正する)。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「熱硬化前の弾性率が90?130℃の温度範囲において2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下である」と記載されているのを、「熱硬化前の剪断貯蔵弾性率に関して、90?130℃の温度範囲において量小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、剪断貯蔵弾性率は、周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定されたものである、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?9も同様に訂正する)。

なお、下線は訂正箇所を示すために合議体が付した。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)一群の請求項について
訂正前の請求項1?9について、請求項2?9はそれぞれ、訂正請求の対象である請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する関係にあるから、訂正前において一群の請求項に該当するものである。
したがって、訂正事項1及び2についての訂正の請求は、特許法第120条の5第4項に規定する「一群の請求項」ごとにされたものである。

(2)訂正事項1についての訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正の目的について
訂正前の請求項1には、「・・・液状のエポキシ樹脂を含まず、・・・であるBステージ状態の熱硬化性樹脂シート。」と記載されており、この記載は、「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」中に「液状」である「エポキシ樹脂を含まない」ことを意図する記載とも、「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」を形成するための(原料)樹脂組成物が「液状エポキシ樹脂を含まない」ということを意図する記載とも解釈でき、多義的に解釈できる点で、訂正前の請求項1の記載は不明瞭であったところ、訂正事項1は、これを、「・・・液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され・・・」と訂正することで、本件特許の請求項1に係る発明の「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」が、該シートを形成するための(原料)樹脂組成物に液状エポキシ樹脂を含まないものであることを明らかにするものである。
よって、訂正事項1は特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
(訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2?9についての訂正も同様である。)

イ 新規事項の有無
訂正前の請求項1の記載は、アで説示したとおり、「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」が「液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され」る場合を意図するものとも解釈できたし、本件特許明細書の【0025】?【0028】には、熱硬化性樹脂シートを形成する原料樹脂組成物として、液体状のエポキシ樹脂と軟化点が50?130℃の常温で固形のエポキシ樹脂とが並列に記載されていたところ、本件特許明細書の実施例はいずれも、熱硬化性樹脂シートを得るための原料エポキシ樹脂として、軟化点80℃のエポキシ樹脂を使用した例である(【0134】及び【0136】)。
そうすると、訂正後の「・・・液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され」たものである「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載されていたといえるから、訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であって、新規事項を追加するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。
(訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2?9についての訂正も同様である。)

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項1は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるし、カテゴリーや対象、目的を変更するものでもないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。
(訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2?9についての訂正も同様である。)

(3)訂正事項2についての訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正の目的について
弾性率の種類や具体的な測定条件としては従来から種々のものが知られていたところ、訂正前の請求項1には、「熱硬化前の弾性率が90?130℃の温度範囲において2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」と記載されているのみで、弾性率の種類や具体的な測定条件の特定はなく、訂正前の請求項1の記載からは、請求項1に特定される弾性率について一義的に理解することができなかったし、「90?130℃の温度範囲において2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」なる記載についても、当該弾性率の値の条件が、請求項1に特定される温度範囲全体に渡って満足されなければならない値であるのか、例えば、当該温度範囲内での最小値で良いのか明らかとはいえないために、訂正前の請求項1の記載は明瞭ではなかった。
訂正事項2は、この記載を、「熱硬化前の剪断貯蔵弾性率に関して、90?130℃の温度範囲において最小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、剪断貯蔵弾性率は、周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定されたものである、」と訂正することで、弾性率が剪断貯蔵弾性率であること、及び当該剪断貯蔵弾性率が、周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定されたものであること、最小値と最大値との両者が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であることを明らかとするものであるし、弾性率の値の条件についても、90?130℃の温度範囲において最小値も最大値も2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下となる条件であることを明らかにするものである。
よって、訂正事項2は特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
(訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2?9についての訂正も同様である。)

イ 新規事項の有無
本件特許明細書の【0137】に、「作製した熱硬化前の熱硬化性樹脂シート(サンプル)について、TAインスツルメント社製の動的粘弾性測定装置「ARES」を用いて、サンプルを重ねて厚さ:約1.5mmで、φ8mmパラレルプレートの治具を用い、剪断モードにて、周波数:1Hz、昇温速度:10℃/分、歪み:5%(90℃?130℃)にて測定し、90℃?130℃の範囲で得られた剪断貯蔵弾性率G′の最小値及び最大値を求めた。結果を表1に示す。」と記載されているから、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。
(訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2?9についての訂正も同様である。)

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項2は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるし、カテゴリーや対象、目的を変更するものでもないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。
(訂正後の請求項1を引用する訂正後の請求項2?9についての訂正も同様である。)

なお、本件においては、訂正前の全ての請求項1?9について特許異議申立てがされているので、訂正前の請求項1に係る訂正事項1及び2に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(4)まとめ
以上のとおり、本件訂正請求は、特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項ごとにされたものであるし、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正を認める。

第3 訂正後の本件発明
本件特許の請求項1?9に係る発明(それぞれ、「本件発明1」?「本件発明9」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)は、本件訂正の請求により訂正された特許請求の範囲の請求項1?9に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
無機充填剤、軟化点が50?130℃であるエポキシ樹脂及びフェノール樹脂を含み、かつ液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され、平面視投影面積が17663mm^(2)以上であり、
熱硬化前の剪断貯蔵弾性率に関して、90?130℃の温度範囲において量小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、剪断貯蔵弾性率は、周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定されたものである、
Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート。
【請求項2】
前記無機充填剤の平均粒径が54μm以下である請求項1に記載の熱硬化性樹脂シート。
【請求項3】
前記無機充填剤の含有量が70重量%以上95重量%以下である請求項1又は2に記載の熱硬化性樹脂シート。
【請求項4】
エラストマーを含む請求項1?3のいずれか1項に記載の熱硬化性樹脂シート。
【請求項5】
請求項1?4に記載の熱硬化性樹脂シートの長尺体がロール状に巻き取られた熱硬化性樹脂シート巻回体。
【請求項6】
電子部品パッケージの製造方法であって、
一又は複数の電子部品を覆うように請求項1?4のいずれか1項に記載の熱硬化性樹脂シートを該電子部品上に積層する積層工程、及び
前記熱硬化性樹脂シートを熱硬化させて封止体を形成する封止体形成工程
を含み、
前記熱硬化性樹脂シートの平面視投影面積に占める前記電子部品の平面視投影面積の割合が50%以上である電子部品パッケージの製造方法。
【請求項7】
前記積層工程を熱プレス加工により行う請求項6に記載の電子部品パッケージの製造方法。
【請求項8】
前記封止体をダイシングして電子部品モジュールを形成するダイシングエ程をさらに含む請求項6又は7に記載の電子部品パッケージの製造方法。
【請求項9】
前記電子部品が、半導体チップスは半導体ウェハである請求項6?8のいずれか1項に記載の電子部品パッケージの製造方法。」


第4 取消理由通知書で通知した取消理由について
1.取消理由通知書で通知した取消理由(特許法第36条第6項第2号)の概略
当審合議体が、申立人が主張した取消理由4に基づいて、訂正前の請求項1?9に係る特許に対して平成29年8月22日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は次のとおりである。

本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備であり、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(1)請求項1には、「液状のエポキシ樹脂を含まず、・・・であるBステージ状態の熱硬化性樹脂シート。」と記載されているが、当該記載は、次のとおり、解釈1と解釈2の2とおりに解釈できるから、請求項1に係る発明は不明確である。
請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2?9に係る発明も同様の理由で不明確である。

<解釈1>
請求項1の記載を文字どおり解釈すると、請求項1に係る発明には、硬化する前のシートを作製するための原料として使用されるエポキシ樹脂自体が液体状のエポキシ樹脂を含む場合であって、(その配合量や樹脂の反応性によって硬化が進行して固体状に変化し、結果として、)「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」中に「常温で液状のエポキシ樹脂は含まれない」状態となっている場合も包含されるものと解釈できる。
<解釈2>
本件特許明細書のエポキシ樹脂についての説明の記載(【0025】?【0028】)や実施例の記載(特に、【0134】及び【0136】)を参酌すると、請求項1に係る発明の「液状のエポキシ樹脂を含まず、・・・であるBステージ状態の熱硬化性樹脂シート。」との特定は、「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」中に「液状」である「エポキシ樹脂を含まない」という文字どおりの意味ではなく、「Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート」を形成するための(原料)樹脂組成物が「液状エポキシ樹脂を含まない」ということを意図する記載であると解される。

(2)「弾性率」には、種々のものが知られており、その測定条件も種々のものがあるところ、請求項1には、弾性率の種類や具体的な測定条件についての特定がされていないから、請求項1に係る発明における弾性率についての特定は、その内容を一義的に理解することができない点で、請求項1に係る発明は不明確である。
請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2?9に係る発明も同様の理由で不明確である。

(3)請求項1には、弾性率の値について、「90?130℃の温度範囲において2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」と記載されているが、当該弾性率の値が、その温度範囲の全てに渡って満足する値(つまり、前記温度範囲における最小値と最大値の両者が満足すべき値)として特定されているのか、それ以外(例えば、この温度範囲内での最小値が満足するべき値)であるのか、請求項1の記載からは直ちには明らかとはいえないから、請求項1に係る発明は不明確である。
請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2?9に係る発明も同様の理由で不明確である。

2.取消理由についての判断
1.の(1)に関し、訂正後の本件発明1は、「・・・液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され、・・・であるBステージ状態の熱硬化性樹脂シート。」と特定されているから、解釈2をとることが明らかとなった。(なお、下線部は訂正箇所で、合議体が付した。)
よって、請求項1に係る発明は明確である。また、請求項1を引用する請求項2?9に係る発明も同様に明確である。

同(2)に関し、「弾性率」について、訂正後の本件発明1は、「剪断貯蔵弾性率は、周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定されたものである」と特定され、弾性率の種類及び測定条件が明らかとなった。
よって、請求項1に係る発明は明確である。また、請求項1を引用する請求項2?9に係る発明も同様に明確である。

同(3)に関し、「弾性率の値」について、訂正後の本件発明1は、「90?130℃の温度範囲において量小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」と特定され、弾性率の値の最小値と最大値の両者が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下の値であることが明らかとなった。
よって、請求項1に係る発明は明確である。また、請求項1を引用する請求項2?9に係る発明も同様に明確である。

なお、申立人は、平成29年12月5日付けの意見書(6頁)において、「液状のエポキシ樹脂」とは、どの温度範囲において液状であるのか不明である点で、本件発明1?9は不明確であると主張するが、当業者であれば、常温(JIS K 0500では、15?25℃)での性状であることを理解できるし、このことは、本件特許明細書の【0027】に、固形のエポキシ樹脂について「常温で固形」と記載されていることからも理解できるから、申立人の主張は採用できない。
さらに、申立人は同意見書で、(2)に関連する訂正に関し、「厚さ約1.5mm」は、「約」の範囲が記載されていないから不明確であるとも主張するが、これが、0.1mm単位で測定した場合に、1.4mmや1.6mmではなく、「1.5mm」の値であることを意図する記載であることは明らかであり、当業者は約1.5mmの範囲を理解できるから、この記載は明確である。よって、申立人のこの点の主張も採用できない。

3.まとめ
以上のとおりであるから、(訂正された発明である)本件発明1?9に係る本件特許について、取消理由通知書で通知した取消理由によって取り消すことはできない。


第5.取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由について
申立人が、特許異議申立書において主張した取消理由であって、取消理由通知で採用しなかった取消理由1?3(甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証のいずれかを主たる引用文献とする特許法第29条第2項に基づく取消理由)についてまとめて検討する。

本件発明1?9に関し、甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証のいずれにも、Bステージ状態の熱硬化性樹脂シートを、請求項1に特定される「熱硬化前の剪断貯蔵弾性率に関して、90?130℃の温度範囲において量小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下熱硬化前の弾性率が90?130℃の温度範囲において2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」とする点(以下、「相違点」という。)の記載はない。
そして、申立人は、相違点に関して、特許異議申立書の3(4)イ-2(ア)において、取消理由1に関して以下の主張をしており、また、取消理由2及び3についても、特許異議申立書の3(4)ウ-2(ア)及び同エ-2(ア)において同様の主張をしている。また、平成29年12月5日付けの意見書においても、特許異議申立書におけるものと同様の趣旨の主張をしている。

「甲第2号証には、『複数チップ型デバイスを基材上で一括封止するための封止用フィルム接着剤であって、動的粘弾性測定装置を用いて80℃から150℃まで、昇温速度2.4℃/分として昇温し、せん断速度6.28rad/秒で測定したときの弾性率の最小値である硬化前貯蔵弾性率が1×10^(3)?5×10^(5)Paであり、かつ、動的粘弾性測定装置を用いて150℃で、引張りモードで測定周波数6.28rad/秒で測定したときの弾性率である硬化後貯蔵弾性率が5×10^(5)?5×10^(7)Paである接着剤組成物からなる接着剤層を含む、封止用フィルム接着剤』が記載され(【請求項1】)、『接着剤層は、加熱流動時に適度な貯蔵弾性率を有するときに、封止用フィルムに好適な流動性を与える。接着剤層を構成する接着剤組成物は加熱により融解をおこすとともに硬化反応が進行する。・・・このように定義した接着剤組成物の硬化前貯蔵弾性率は、通常1×10^(3)?5×10^(5)Pa、好適には1×10^(4)?1×10^(5)Paの範囲である。この硬化前貯蔵弾性率が小さすぎると、熱圧着操作における流動を防止する効果が低下し、反対に大きすぎると、熱圧着操作での接着が不良になるおそれがある。』こと(【0011】、『熱圧着後のフィルム接着剤を硬化させることをオーブン内で実施するが、硬化の温度条件は通常130?180℃、好適には140?170℃の範囲である。』こと(【0059】)が記載されている。
すなわち、甲第2号証には、複数チップ型デバイスを基材上で一括封止するための封止用フィルム接着剤において、熱圧着操作での樹脂流動性と接着性を良好なものとするために、80℃から150℃までの硬化前貯蔵弾性率を1×10^(4)?1×10^(5)Paの範囲とし、130?180℃の範囲で硬化させることが開示されているといえる。
そして、甲第1号証には、150℃で封止樹脂層を硬化させることが記載されており(【0047】)、甲1発明と甲第2号証に記載された発明は同程度の硬化温度で硬化させる発明であるから、甲1発明において、熱圧着操作での樹脂流動性と接着性を良好なものとするために、80℃から150℃までの硬化前貯蔵弾性率を1×10^(4)?1×10^(5)Paの範囲とすることは当業者が容易になし得ることである。」

しかしながら、甲第2号証に記載の硬化前貯蔵弾性率は、動的粘弾性測定装置を用いて80℃から150℃まで、昇温速度2.4℃/分、せん断速度6.28rad/秒で測定したときの弾性率の最小値であるところ、本件発明1の熱硬化前の熱硬化性樹脂シートの剪断貯蔵弾性率は、訂正後の請求項1に記載のとおり、「周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定」した場合の、「90℃?130℃の範囲」で得られた「剪断貯蔵弾性率」の「最小値」及び「最大値」に基づいて算出されるものである。そうすると、甲第2号証の弾性率と本件発明1の弾性率とは、その測定法が異なっているし、甲第2号証において、特定の条件で測定された80℃から150℃までの硬化前貯蔵弾性率の最小値が1×10^(4)?1×10^(5)Paの範囲である場合には、必ず、本件発明1で特定されるように、「90?130℃の温度範囲において量小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」となることが、原出願の優先日当時の技術常識であったとも認められない。
そうすると、甲第2号証に、相違点に係る構成が記載されているということはできない。

(実際、弾性率の測定法を考慮せずに、甲第2号証に記載される硬化前貯蔵弾性率(表1)において、本件発明1で特定される温度範囲90?130℃近辺における弾性率の最小値及び最大値をみてみると、実施例3では、最小値すら、125℃で1×10^(5)Paの本件発明1で特定される上限(3×10^(4)Pa)を大きく超えているし、実施例4でも、125℃で2×10^(5)Paの最小値が本件発明1で特定される上限を大きく超えており、最大値に至ってはなおさらである。また、実施例1では、85℃では6×10^(4)Paで本件発明1で特定される上限を超えており、90℃での値は不明であるが、95℃で2×10^(4)Paであることからすると、本件発明1で特定される範囲を外れている蓋然性が高い。)
したがって、甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証に記載された発明に、甲第2号証に記載された事項を適用しても、本件発明1の特定事項に到らない。

なお、申立人は、平成29年12月5日付けの意見書において、「測定条件として昇温速度が異なるとしても、貯蔵弾性率の値としては、本件特許請求項1と甲第2号証それぞれの測定方法において異なるものではない。」(5頁)と主張するが、申立人の主張には根拠がないし、むしろ、甲第2号証の【0011】に、「接着剤層を構成する接着剤組成物は加熱により融解をおこすとともに硬化反応が進行する。したがって、通常、ある温度における接着剤組成物の弾性率は昇温速度などにより影響を受け、一定値を示さないことがある。」と記載されるように、加熱により硬化する樹脂組成物の場合には、昇温速度等の測定条件の違いにより弾性率の値が変化することが知られているのであるから、申立人の主張を採用することはできない。

また、甲第2号証の封止用フィルム接着剤は、「(a)エチレン-グリシジル(メタ)アクリレート共重合体、(b)エチレン-アルキル(メタ)アクリレート共重合体、および(c)分子内にカルボキシル基を有するロジンを含んでなり、上記共重合体分子のエチレン単位間に形成された架橋構造を有する、熱硬化性接着剤組成物」であって、共重合体(a)の「エポキシ基」と、ロジン(c)の「カルボキシル基」との間の熱硬化反応の前に、接着剤組成物は電子線照射によって、共重合体(b)どうし、共重合体(a)どうし、および共重合体(b)と共重合体(a)との分子間のうちの少なくとも1つの間において、エチレン単位間分子間架橋が形成され、その結果、接着剤組成物の熱圧着時の弾性率が向上し、接着剤組成物の層が、熱圧着操作の際に過度に大きく流動することを防ぎ、接着剤組成物が流れ出て、封止材の層の厚みが小さくなりすぎることを防止できるものであり(【0018】?【0022】)、(a)エチレン-グリシジル(メタ)アクリレート共重合体、(b)エチレン-アルキル(メタ)アクリレート共重合体、および(c)分子内にカルボキシル基を有するロジンという特殊な系であり、また、電子線照射による分子間架橋を施されることが必要なものである。
一方、甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証に記載のシートは、いずれも、エポキシ樹脂と、フェノール樹脂とフィラーを含有するもの(甲第1号証の請求項1、2及び実施例17、甲第8号証の請求項1及び【0037】、甲第9号証請求項1及び2)であって、甲第2号証に記載の封止用フィルム接着剤とは、そのシートを構成する樹脂組成が全く異なっている。
そうすると、仮に、甲第2号証に記載の、電子線照射により架橋された特定の樹脂組成を有するシートにおいて、弾性率を本件発明1で特定される条件で測定した場合に、本件発明1の弾性率の特定を満足する場合であっても、当該条件を、これとは樹脂組成が異なり、電子線照射架橋されることもなく、熱でのみ硬化される、反応様式も異なる樹脂からなるものである、甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証に記載のシートにおける好適な条件として採用する動機付けがない。
また、そのことにより、甲第2号証に記載のシートの樹脂組成とは異なる甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証に記載の樹脂組成のシートの場合であっても、封止のための熱圧着操作が好適に行え、高品質の電子部品パッケージを効率的に作製することができるという本件発明1の効果(本件特許明細書の【0010】)は、これらの各甲号証の記載からは当業者が予測できるものとは言えない。

さらに、申立人が提示した他の各甲号証のいずれにも、Bステージ状態の熱硬化性樹脂シートを、「熱硬化前の剪断貯蔵弾性率に関して、90?130℃の温度範囲において量小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下」とする点は記載も示唆もされていない。

よって、本件発明1は、甲第1号証、甲第8号証及び甲第9号証に記載の発明から、申立人の提示する他の各甲号証に記載の知見を加味しても、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。
したがって、申立人が主張する取消理由1?3によっては、本件発明1に係る特許を取り消すことができない。

.本件発明2?9について
本件発明2?9は、請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する発明であるから、上記本件発明1について説示したと同様の理由により、申立て人が主張する取消理由1?3によっては、本件発明2?9に係る特許を取り消すことができない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件発明1?9に係る特許を取り消すことができない。
また、他に本件発明1?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機充填剤、軟化点が50?130℃であるエポキシ樹脂及びフェノール樹脂を含み、かつ液状のエポキシ樹脂を含まない樹脂組成物を用いて作製され、平面視投影面積が17663mm^(2)以上であり、
熱硬化前の剪断貯蔵弾性率に関して、90?130℃の温度範囲において最小値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、最大値が2.5×10^(3)Pa以上3×10^(4)Pa以下であり、剪断貯蔵弾性率は、周波数1Hz、昇温速度10℃/分、歪み5%で、厚さ約1.5mmで、動的粘弾性測定装置にφ8mmパラレルプレートの治具を用いて測定されたものである、
Bステージ状態の熱硬化性樹脂シート。
【請求項2】
前記無機充填剤の平均粒径が54μm以下である請求項1に記載の熱硬化性樹脂シート。
【請求項3】
前記無機充填剤の含有量が70重量%以上95重量%以下である請求項1又は2に記載の熱硬化性樹脂シート。
【請求項4】
エラストマーを含む請求項1?3のいずれか1項に記載の熱硬化性樹脂シート。
【請求項5】
請求項1?4に記載の熱硬化性樹脂シートの長尺体がロール状に巻き取られた熱硬化性樹脂シート巻回体。
【請求項6】
電子部品パッケージの製造方法であって、
一又は複数の電子部品を覆うように請求項1?4のいずれか1項に記載の熱硬化性樹脂シートを該電子部品上に積層する積層工程、及び
前記熱硬化性樹脂シートを熱硬化させて封止体を形成する封止体形成工程
を含み、
前記熱硬化性樹脂シートの平面視投影面積に占める前記電子部品の平面視投影面積の割合が50%以上である電子部品パッケージの製造方法。
【請求項7】
前記積層工程を熱プレス加工により行う請求項6に記載の電子部品パッケージの製造方法。
【請求項8】
前記封止体をダイシングして電子部品モジュールを形成するダイシング工程をさらに含む請求項6又は7に記載の電子部品パッケージの製造方法。
【請求項9】
前記電子部品が、半導体チップ又は半導体ウェハである請求項6?8のいずれか1項に記載の電子部品パッケージの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-12-25 
出願番号 特願2015-121164(P2015-121164)
審決分類 P 1 651・ 853- YAA (C08J)
P 1 651・ 537- YAA (C08J)
P 1 651・ 121- YAA (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大村 博一  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 渕野 留香
大島 祥吾
登録日 2016-11-18 
登録番号 特許第6041933号(P6041933)
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 熱硬化性樹脂シート及び電子部品パッケージの製造方法  
代理人 特許業務法人ユニアス国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 ユニアス国際特許事務所  

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