• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C23C
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部無効 2項進歩性  C23C
管理番号 1337252
審判番号 無効2016-800030  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-04-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-03-01 
確定日 2018-01-04 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4996602号発明「硬質膜被覆された物体およびその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4996602号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6?10〕について訂正することを認める。 特許第4996602号の請求項1?3、6?10に係る発明についての特許を無効とする。 特許第4996602号の請求項4及び5についての本件審判請求を却下する。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第4996602号(以下「本件特許」という。)についての手続の概要は、以下のとおりである。

平成18年 7月 4日 国際出願(優先権主張外国庁受理2005年7月4日、ドイツ)
平成24年 5月18日 特許権の設定登録
平成28年 3月 1日 本件審判請求
平成28年 4月 7日 請求人:手続補正書
平成28年 7月13日 被請求人:審判事件答弁書、訂正請求書
平成28年 8月12日 被請求人:手続補正書
平成28年10月18日 審理事項通知
平成29年 1月10日 請求人:口頭審理陳述要領書
平成29年 1月10日 被請求人:口頭審理陳述要領書
平成29年 1月24日 口頭審理
平成29年 2月14日 審決の予告
平成29年 5月23日 被請求人:訂正請求書、上申書
平成29年 6月 5日 手続補正指令書(方式)
平成29年 7月10日 被請求人:手続補正書(方式)

第2 訂正の適否

1 訂正の内容
手続補正書(方式)によって補正された平成29年5月23日付け訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わずにCVDにより作成されたTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有し」を、
「単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有し」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1の
「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、x>0.75?x=0.93の化学量論係数および0.412nm?0.405nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し」を、
「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、x>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1の
「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、その主要な相がx>0.75?x=0.93の化学量論係数および0.412nm?0.405nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなり、かつ別の相としてTi_(1-x)Al_(x)Nがウルツ鉱構造として、および/またはNaCl構造のTiN_(x)として含有されている多相の層であり」を、
「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、その主要な相がx>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4075nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなり、かつ別の相としてTi_(1-x)Al_(x)Nがウルツ鉱構造として、および/またはNaCl構造のTiN_(x)として含有されている多相の層であり」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1の
「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲である、
硬質膜被覆された物体」を、
「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲であり、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値が、2500HV?3150HVの範囲である硬質膜被覆された物体」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項5を削除する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項6の
「x>0.75?x=0.93の化学量論係数を有する少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する」を、
「x>0.75?x=0.90の化学量論係数を有する少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する」に訂正する。

なお、本件訂正の請求がされたため、平成28年7月13日付けの訂正の請求は、特許法第134条の2第6項の規定により、取り下げられたものとみなす。

2 判断
(1)請求項1?5からなる一群の請求項に係る訂正
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「プラズマ励起を行わずにCVDにより作成されたTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」との、物の発明が製造方法によって特定され、発明が明確であることという要件を欠く特定事項を、製造方法によらずに特定して、発明が明確であることという要件を満たすように訂正しようとするものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項1に関する記載として、願書に添付された明細書(以下、「本件特許明細書」という。)には、「本発明による硬質膜被覆された物体は、前記層構造がプラズマ励起を行わずにCVDにより作成された少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜により被覆されて」いること(段落【0010】)が記載されており、「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」は、本件特許明細書に実質的に記載されているといえるから、訂正事項1は、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に規定する要件を満足する。
そして、訂正事項1は、そのカテゴリーや対象、目的を変更するものでないから、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に規定する要件を満足する。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項1の「立方晶NaCl構造の単相の層として存在」する「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の化学量論係数xが「x>0.75?x=0.93」であることを「x>0.75?x=0.90」に減縮し、さらに、格子定数a_(fcc)が「0.412nm?0.405nm」であることを「0.412nm?0.4085nm」に減縮するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正前の請求項1には、「立方晶NaCl構造の単相の層として存在」する「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の化学量論係数xが「x>0.75?x=0.93」であること、及び、格子定数a_(fcc)が「0.412nm?0.405nm」であることが記載されており、これらの数値範囲を減縮することで新たな技術事項が追加されるものでもないから、訂正事項2は、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に規定する要件を満足する。
また、訂正事項2は、訂正前の請求項1を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に規定する要件を満足する。

ウ 訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項1の「多相の層」の主要な相である「立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)N」の化学量論係数xが「x>0.75?x=0.93」であることを「x>0.75?x=0.90」に減縮し、さらに、格子定数a_(fcc)が「0.412nm?0.405nm」であることを「0.412nm?0.4075nm」に減縮するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正前の請求項1には、「多相の層」の主要な相である「立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)N」の化学量論係数xが「x>0.75?x=0.93」であること、及び、格子定数a_(fcc)が「0.412nm?0.405nm」であることが記載されており、これらの数値範囲を減縮することで新たな技術事項が追加されるものでもないから、訂正事項3は、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に規定する要件を満足する。
また、訂正事項3は、訂正前の請求項1を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に規定する要件を満足する。

エ 訂正事項4について
訂正事項4は、訂正前の請求項1の「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の硬度について、その値が「2500HV?3150HVの範囲」であることを特定するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正前の請求項4には、「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値は、2500HV?3800HVの範囲である」ことが記載されており、この数値範囲を減縮することで新たな技術事項が追加されるものでもないから、訂正事項4は、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に規定する要件を満足する。
また、訂正事項4は、訂正前の請求項1を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に規定する要件を満足する。

オ 訂正事項5について
訂正事項5は、訂正前の請求項4を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項5は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、また、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項及び第6項に規定する要件を満足する。

カ 訂正事項6について
訂正事項6は、訂正前の請求項5を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項6は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、また、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項及び第6項に規定する要件を満足する。

キ 一群の請求項について
訂正前の請求項2?5は、訂正前の請求項1を引用しているから、訂正事項1?6に係る本件訂正は、一群の請求項1?5に対して請求されたものであり、特許法第134条の2第3項の規定を満足する。

(2)請求項6?10からなる一群の請求項に係る訂正
ア 訂正事項7について
訂正事項7は、訂正前の請求項6の「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の化学量論係数xが「x>0.75?x=0.93」であることを「x>0.75?x=0.90」に減縮するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正前の請求項6には、「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の化学量論係数xが「x>0.75?x=0.93」であることが記載されており、この数値範囲を減縮することで新たな技術事項が追加されるものでもないから、訂正事項7は、願書に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてなされたものであり、新規事項の追加に該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に規定する要件を満足する。
また、訂正事項7は、訂正前の請求項6を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に規定する要件を満足する。

イ 一群の請求項について
訂正前の請求項7?10は、訂正前の請求項6を引用しているから、訂正事項7に係る本件訂正は、一群の請求項6?10に対して請求されたものであり、特許法第134条の2第3項の規定を満足する。

3 訂正の結論
以上のとおり、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第3項、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6?10〕について訂正を認める。

第3 当事者の請求及び主張
1 請求人の請求及び主張
(1)請求人は、「特許第4996602号の請求項1?10に係る発明についての特許を無効にする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めた。

(2)証拠
請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。

甲第1号証:特開2001-341008号公報
甲第2号証:Yi Jun Liu et al., Using Simultaneous Deposition and Rapid Growth to Produce Nanostructured Composite Films of AlN/TiN by Chemical Vapor Deposition, Journal of the American Ceramic Society, 1996, Vol.79, No.5, p.1335-1342
甲第3号証:米国特許第6040012号明細書
甲第4号証:R.Prange et al., Plasma-enhanced CVD of (Ti,Al)N films from chloridic precursors in a DC glow discharge, Surface and Coatings Technology, 2000, Vol.133-134, p.208-214
甲第5号証:「Jahresbericht 2005」, Fraunhofer-Institut fur Keramische Technologien und Systeme, p.56
甲第6号証:JIS Z 2244(2009)ビッカース硬さ試験-試験方法
甲第7号証:独立行政法人物質・材料研究機構他,透過型電子顕微鏡のEDS分析のエネルギー分解能を一桁向上-新開発の分光装置により、ナノ組織の超高精度分析を実現-,平成21年9月25日記者会配布資料
甲第8号証:1997年から2000年4月に販売された「エネルギー分散形X線分析装置EMAX-7000シリーズ」のカタログ,堀場製作所
甲第9号証:特開2001-11632号公報
甲第10号証:ヨーロッパ特許出願第06777574号の2014年4月16日付け異議手続資料
甲第11号証:Rainer Cremer et al., Determination of the cubic to hexagonal structure transition in the metastable system TiN-AlN, Journal of Analytical Chemistry, 1998, Vol.361, p.642-645
甲第12号証:鈴木壽編著,「超硬合金と焼結硬質材料 基礎と応用」,丸善株式会社,昭和61年2月20日,第205-206頁
甲第13号証:I.Endler et al., Novel Aluminum-Rich Ti_(1-x)Al_(x)N Coatings by LPCVD, 2008年4月28日から5月2日に米国サンディエゴで開催されたICMCTFの講演資料

なお、甲第1号証?甲第6号証は、審判請求書とともに、甲第7号証?甲第13号証は、平成29年1月10日付け口頭審理陳述要領書とともに提出された。

(3)請求人の主張の概要は、以下のとおりである。
審判請求書及び口頭審理陳述要領書の記載によれば、請求人は、訂正前の請求項1?10に係る特許について、以下の無効理由1?3を主張するものと認められる。

[無効理由1]
ア 本件特許の請求項1の記載は、以下の(ア)?(ウ)の点において、特許法第36条第6項第2項に違反しているから、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。
(ア)請求項1の「プラズマ励起を行わずにCVDにより作成されたTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の記載はプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当し、特許発明の物を具体的に把握することができない。
(イ)請求項1の「0.412nm?0.405nmの格子定数a_(fcc)を有する」との記載において、格子定数の数値範囲を規定したことの意味が不明であり、特許発明の意義を把握することができない。
(ウ)請求項1の「主要な相」に関して、「別な相」の存在割合がどの程度を超えなければ、立方晶が「主要な相」であると言えるのかが不明である。

イ 本件特許の請求項8の記載は、「前で直接に」との記載の意味が不明である点において、特許法第36条第6項第2項に違反しているから、本件特許の請求項8に係る特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。

[無効理由2]
ア 本件特許の請求項1について、以下の(ア)?(ウ)の点において、その記載が特許法第36条第6項第1号に違反しているか、本件特許明細書の記載が特許法第36条第4項第1号に違反しているから、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。
(ア)請求項1に係る発明は、化学量論係数をx>0.75?x=0.93に特定しているところ、本件特許明細書には、化学量論係数をx>0.75?x=0.93の範囲に限定した理由が記載されておらず、化学量論係数の数値を限定することによって、何が、いかにして解決されたかを把握することができない。
(イ)請求項1に係る発明は、格子定数a_(fcc)を0.412nm?0.405nmに特定しているところ、格子定数の数値を限定することによって、何が、いかにして解決されたかが本件特許明細書に記載されていない。
(ウ)請求項1に係る発明において、選択的に記載された硬質皮膜の第2の構成では、「その主要な相がx>0.75?x=0.93の化学量論係数」と記載されているが、本件特許明細書の「例2」には、xの測定値は記載されておらず、また、「例2」以外には、第2の構成をサポートする記載がない。

イ 本件特許の請求項4について、請求項4に係る発明は、硬度を2500HV?3800HVの範囲に特定しているところ、本件特許明細書には、2500HV?3800HVの範囲に限定した理由が記載されておらず、また、「例1」の硬さ測定が適切に行われていない点において、その記載が特許法第36条第6項第1号に違反しているか、本件特許明細書の記載が特許法第36条第4項第1号に違反しているから、本件特許の請求項4に係る特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。

ウ 本件特許の請求項5について、請求項5に係る発明は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜が、アモルファスの層成分を0?30質量%含有するを特定しているところ、本件特許明細書には、アモルファスの層成分を0?30質量%含有する硬質皮膜は記載されておらず、特許法第36条第6項第1号に違反しているか、本件特許明細書の記載が特許法第36条第4項第1号に違反しているから、本件特許の請求項5に係る特許は、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきものである。

[無効理由3]
ア 本件特許の請求項1、2、6、7及び10に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。

イ 本件特許の請求項3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであるか、あるいは、甲第4号証の記載を参酌すれば、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できた発明であるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。

ウ 本件特許の請求項4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであるか、あるいは、甲第4号証及び甲第5号証の記載を参酌すれば、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できた発明であるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。

エ 本件特許の請求項8及び9に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであるか、あるいは、甲第2号証及び甲第3号証の記載を参酌すれば、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できた発明であるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものである。

2 被請求人の反論
(1)被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めた。

(2)証拠
被請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。

乙第1号証:I.Endler et al., Novel TiAlN and TiAlCN Coatings by LPCVD, 2010年8月24日?26日にドイツ国ダルムシュタットで開催されたMES 2010の講演資料
乙第2号証:S.PalDey et al., Single layer and multilayer wear resistant coatings of (Ti,Al)N: a review, Materials Science and Engineering, 2003, Vol.A342, p.58-79
乙第3号証:I.Endler et al., Novel aluminum-rich Ti_(1-x)Al_(x)N coatings by LPCVD, Surface & Coatings Technology, 2008, Vol.203, p.530-533
乙第4号証:I.Endler et al., Aluminium-rich Ti_(1-x)Al_(x)N coatings by CVD, Proc. Euro PM 2006, 2006.10, Vol.1, p.219-224
乙第5号証:David Holec et al., Phase stability and alloy-related trends in Ti-Al-N, Zr-Al-N and Hf-Al-N systems from first principles, Surface & Coatings Technology, 2011, Vol.206, p.1698-1704

なお、乙第1号証?乙第4号証は、審判事件答弁書とともに、乙第5号証は、平成29年1月10日付け口頭審理陳述要領書とともに提出された。

第4 本件発明
本件訂正により訂正された請求項1?3、6?10に係る発明(以下、「本件発明1?3、6?10」ということもある。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有し、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、x>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲であるか、または、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、その主要な相がx>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4075nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなり、かつ別の相としてTi_(1-x)Al_(x)Nがウルツ鉱構造として、および/またはNaCl構造のTiN_(x)として含有されている多相の層であり、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲であり、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値が、2500HV?3150HVの範囲である硬質膜被覆された物体。
【請求項2】
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.1?0.5原子%の範囲であることを特徴とする、請求項1記載の硬質膜被覆された物体。
【請求項3】
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の酸素含有率が、0.1?5原子%の範囲であることを特徴とする、請求項1記載の硬質膜被覆された物体。
【請求項4】(削除)
【請求項5】(削除)
【請求項6】
x>0.75?x=0.90の化学量論係数を有する少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法であって、反応器中、前駆体としてチタンハロゲン化物、アルミニウムハロゲン化物および反応性の窒素化合物を使用し、これらを高温で混合して、プラズマ励起を行わずにCVDにより700℃?900℃の範囲の温度で物体を被覆することを特徴とする、少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法。
【請求項7】
前記反応性窒素化合物として、NH_(3)および/またはN_(2)H_(4)を使用することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記前駆体を反応器中、堆積帯域の前で直接に混合することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項9】
前記前駆体混合物を、150℃?900℃の範囲の温度で実施することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項10】
前記被覆を、10^(2)Pa?10^(5)Paの範囲の圧力で実施することを特徴とする、請求項6記載の方法。

第5 無効理由1についての当審の判断

1 本件発明1について
(1)特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であることが必要なところ、本件発明1の「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」との特定事項、「0.412nm?0.4085nm」または「0.412nm?0.4075nm」の「格子定数a_(fcc)」を有するとの特定事項、及び、「主要な相」との特定事項によって、本件発明1が明確であるかを検討する。

(2)「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」との特定事項の検討
ア 「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」の「CVD型」は、皮膜を特定する用語として、一般的に使用されているものでないから、「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」が、どのような特徴を有している「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」を示しているのかが明確でない。

イ 「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」が、「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」が、プラズマ励起を行わないCVD膜であることを示していると仮定して検討すると、プラズマ励起を行わないCVD膜は、「プラズマ励起を行わない」とのCVDによる製造方法に関する技術的な特徴が付された記載であるため、「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」は、プラズマ励起を行わないCVDとの製造方法によって「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」を特定するものといえる。
そうしてみると、上記特定事項は、本件発明1の「硬質膜被覆された物体」という物の発明に関して、その「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」を、プラズマ励起を行わないCVDによる製造方法によって特定するものといえる。
ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物を製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。
上記不可能・非実際的事情に関して、被請求人は、蒸着手段の違いによって特性が異なるし、蒸着手段が異なっても成膜条件を調整することで類似した特性が得られる場合もあるので、従来知られたパラメータや特性で特定することは不可能であり、およそ実際的でない旨を主張している(審判事件答弁書の7.III.(2)B.ア.)。さらに、被請求人は、請求項1に記載された化学量論係数、結晶構造、格子定数及び塩素含有率の数値範囲は、プラズマ励起を行わないCVD法を必須とすることのみで得られる値であるので、プラズマ励起を行わないCVD法と特定している旨、及び、プラズマ励起を行わないCVD法により、「層組成の均一性」、「低内部圧縮応力」及び「高い弾性モジュール」の物性を特定する旨を主張している(口頭審理陳述要領書の5.(2))。
しかしながら、被請求人の「請求項1に記載された化学量論係数、結晶構造、格子定数及び塩素含有率の数値範囲は、プラズマ励起を行わないCVD法を必須とすることのみで得られる値であるので、プラズマ励起を行わないCVD法と特定している」旨の主張は、請求項1に係る発明が、化学量論係数、結晶構造、格子定数及び塩素含有率といった、構造又は特性により直接特定できることを意味し、プラズマ励起を行わないCVDとの製造方法で特定することに、本件特許に係る出願時に不可能・非実際的事情があるとはいえない。
また、審判事件答弁書における不可能・非実際的事情に関する主張は、蒸着手段や成膜条件によって、得られる特性が異なることを単に主張しているにすぎないから、プラズマ励起を行わないCVDとの製造方法が、「層組成の均一性」、「低内部圧縮応力」及び「高い弾性モジュール」の物性を特定する旨の主張がなされても、これら物性により直接特定することが、本件特許に係る出願時に不可能・非実際的事情があったと理解できない。
さらに、不可能・非実際的事情に関する上記主張は、製造方法による特定が一定の特性を意味しないことを主張するものでもあるから、当該主張によれば、プラズマ励起を行わないCVDとの製造方法による特定はそもそも不明確なことになる。
したがって、「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」を、プラズマ励起を行わないCVDとの製造方法によって特定することに、不可能・非実際的事情が存在すると認められないから、「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」との特定事項は明確であるとはいえない。

ウ 被請求人は、「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」との特定事項は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の状態を示すことで構造を特定しているので、製造方法によって特定するものであるとはいえない旨を主張している(上申書の4.II.(2)ア.)。
しかしながら、プラズマ励起を行わないCVD膜は、物の構造又は特性を特定する用語として、その概念が定着しているものであるといえないから、被請求人の上記主張は妥当でない。

(3)「格子定数a_(fcc)」に関する特定事項の検討
「0.412nm?0.4085nm」または「0.412nm?0.4075nm」の「格子定数a_(fcc)」を有するとの特定事項は、結晶構造に関わる特定であり、本件発明1の「立方晶NaCl構造の単相の層として存在」する「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」あるいは「立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからな」る「主要な相」の結晶構造を特定するものであるから、「0.412nm?0.4085nm」または「0.412nm?0.4075nm」の「格子定数a_(fcc)」を有するとの特定事項は明確である。

(4)「主要な相」との特定事項の検討
「主要」とは、「おもだっていて重要なこと」(広辞苑第六版、株式会社岩波書店)を意味する用語であるから、本件発明1の硬質皮膜における「主要な相」とは、「おもだっていて重要な相」、すなわち、課題を解決するために重要な相を意味することは明らかである。
したがって、本件発明1の「主要な相」との特定事項は明確である。

(5)まとめ
上記(3)及び(4)で検討したとおり、本件発明1の「0.412nm?0.4085nm」または「0.412nm?0.4075nm」の「格子定数a_(fcc)」を有するとの特定事項、及び、「主要な相」との特定事項は明確であるが、上記(2)で検討したとおり、本件発明1の「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」との特定事項は不明確であるから、本件発明1は明確であるといえない。また、本件発明1を引用する本件発明2?3も同様に明確であるといえない。

2 本件発明8について
本件発明8の「前で直接に」との特定事項が、本件発明8を不明確にしているかを検討する。
請求項8には、「前記前駆体を反応器中、堆積帯域の前で直接に混合すること」と記載されており、前記特定事項の「前」が、「堆積帯域」の前の帯域を示していることは明らかであるし、前記特定事項の「直接」が、前駆体の混合を直接行うことを示していることも明らかであるから、前記特定事項が本件発明8を不明確にしているとはいえない。
したがって、本件発明8は明確である。

3 無効理由1のまとめ
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?3の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合していない。
本件特許の特許請求の範囲の請求項8の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合している。

第6 無効理由2についての当審の判断

1 本件発明1について
(1)サポート要件の検討
ア 本件特許の発明の解決しようとする課題は、本件特許明細書の「本発明は、少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する単層または多層の層構造により硬質膜被覆された物体において、実質的に改善された耐摩耗性および耐酸化性を達成するという課題に基づいている。」(段落【0008】)との記載からみて、耐摩耗性及び耐酸化性を改善した硬質膜被覆された物体を提供することといえる。
そうしてみると、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載された発明であるというためには、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであること、すなわち、本件発明1が、発明の詳細な説明に記載され、かつ、耐摩耗性及び耐酸化性を改善した硬質膜被覆された物体であることを、発明の詳細な説明の記載により当業者が認識できる範囲のものであることを要する。
そこで、本件発明1の「単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有し」、「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、x>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し」、「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値が、2500HV?3150HVの範囲である硬質膜被覆された物体」に関する発明(以下、「本件発明1A(単相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)」という。)、及び、「単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有し」、「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、その主要な相がx>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4075nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなり、かつ別の相としてTi_(1-x)Al_(x)Nがウルツ鉱構造として、および/またはNaCl構造のTiN_(x)として含有されている多相の層であり」、「前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値が、2500HV?3150HVの範囲である硬質膜被覆された物体」に関する発明(以下、「本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)」という。)のそれぞれが、発明の詳細な説明に記載され、かつ、耐摩耗性及び耐酸化性を改善した硬質膜被覆された物体であることを、発明の詳細な説明の記載により当業者が認識できる範囲のものであるかについて検討する。

イ 本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)について検討すると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の例2(段落【0026】?【0028】)には、NaCl構造(立方晶)のTi_(1-x)Al_(x)N相とウルツ鉱構造(六方晶)のAlN相との不均一混合物が存在し、立方晶のTi_(1-x)Al_(x)N相の格子定数がa_(fcc)=0.4075nmであるTi_(1-x)Al_(x)N層で被覆したSi_(3)N_(4)切削用セラミックが記載され、その硬度が3150HV[0.01]であって、空気中で1050℃まで耐酸化性であること、及び、該Ti_(1-x)Al_(x)N層は公知の標準的なCVD法により析出されることが記載されている。
しかしながら、例2には、NaCl構造のTi_(1-x)Al_(x)N相の化学量論係数xについて記載されていない。
そして、発明の詳細な説明に「67%までのAlN含有率でNaCl構造を有する単相のTiAlN層を製造することが可能である。・・・このような立方晶のTiAlN層は、比較的高い硬度および耐摩耗性を有している。しかし67%を超えるAlN含有率では、立方晶および六方晶のTiAlNからなる混合物が生じ、かつ75%を超えるAlN割合では、それより軟質で、かつ耐摩耗性ではない六方晶のウルツ鉱構造が生じるのみである。」(段落【0002】)と記載されているように、Ti_(1-x)Al_(x)Nは、化学量論係数xが大きくなると立方晶となり難いとの技術常識が存在するといえるが、このような技術常識を考慮しても、例2のNaCl構造のTi_(1-x)Al_(x)N相の化学量論係数xの具体的な値は不明である。
したがって、NaCl構造のTi_(1-x)Al_(x)N相の化学量論係数xの具体的な値が不明な例2の記載に基づいて、「立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからな」る「主要な相」が、「x>0.75?x=0.90の化学量論係数」である本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)が、そもそも発明の詳細な説明に記載されているといえない。

ウ 被請求人は、例2の格子定数0.4075nmからヴェガード則を適用して算出する立方晶のTi_(1-x)Al_(x)Nの化学量論xは0.90未満となるから、本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)は、発明の詳細な説明に記載され、かつ、上記課題を解決できると、当業者が認識できる旨を主張している(上申書の4.II.(2)イ.)。
しかしながら、ヴェガード則は化学量論係数から物性値を簡易且つ近似的に見積るものにすぎず、また、Ti_(1-x)Al_(x)N膜の格子定数は、化学量論係数xだけでなく、膜中の応力等によっても変化することから、例2で測定したNaCl構造のTi_(1-x)Al_(x)N相の格子定数に基づいて、例2における化学量論係数を直ちに決定できない。
よって、被請求人の主張は採用できない。
また、被請求人が主張するように、例2の立方晶のTi_(1-x)Al_(x)Nの化学量論xが0.90未満の特定な値であると仮定しても、Ti_(1-x)Al_(x)Nの化学量論係数xが大きくなると立方晶となり難いとの技術常識からみて、本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)の立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなる主要な相が、上記特定な値を超えて0.90までの範囲については、発明の詳細な説明に記載されているといえない。

エ 本件発明1A(単相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)について検討すると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の例1(段落【0021】?【0025】)には、立方晶のTi_(1-x)Al_(x)N相のみからなり、格子定数がa_(fcc)=0.4085nmであり、化学量論係数がx=0.90であるTi_(1-x)Al_(x)N層で被覆したWC/Co超硬合金スローアウェイチップが記載され、その硬度が3070HV[0.05]であって、空気中で1000℃まで耐酸化性であること、Ti_(1-x)Al_(x)N層は熱CVD法により析出されることが記載されているから、プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有し、前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、0.90の化学量論係数および0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在する硬質膜被覆された物体が耐酸化性を有していると認識できる。
また、例1の硬度3070HV[0.05]は、下記(2)イで検討するとおり、Ti_(1-x)Al_(x)N層自体の硬度を示しておらず、WC/Co超硬合金スローアウェイチップを含めた硬度であると認められるところ、WC/Co超硬合金スローアウェイチップの硬度が1400?1800kgf/mm^(2)(甲第12号証の表1.33参照)であることを考慮すると、Ti_(1-x)Al_(x)N層自体の硬度は、3070HVより大きくなると認められる。そして、75%を超えるAlN割合の六方晶TiAlN層の硬度(2500HV未満、乙第2号証の図4参照)より大きければ、耐摩耗性を有しているといえるから、例1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、耐摩耗性も改善しているといえる。
さらに、上記イで検討した、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、化学量論係数xが大きくなると立方晶となり難いとの技術常識に従えば、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の化学量論係数xが小さい方が立方晶となり易いといえ、また、Ti_(1-x)Al_(x)Nの格子定数a_(fcc)は、Ti_(1-x)Al_(x)Nの化学量論係数xが小さいほど、TiNの格子定数に近づき、大きくなる傾向があるから、上記例1で化学量論係数がx=0.90、格子定数がa_(fcc)=0.4085nmのTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜が立方晶NaCl構造の単相の層として存在することが確認されていれば、化学量論係数がx>0.75?x=0.90の範囲、あるいは、格子定数がa_(fcc)=0.412nm?0.4085nmの範囲のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜が立方晶NaCl構造の単相の層として存在できると、当業者であれば当然に認識できるものである。
そうしてみると、本件発明1A(単相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)については、発明の詳細な説明に記載され、かつ、耐摩耗性及び耐酸化性を改善した硬質膜被覆された物体であることを、発明の詳細な説明の記載により当業者が認識できる範囲のものであるといえる。

オ 上記イ及びウで検討したとおり、本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)は、発明の詳細な説明に記載された発明といえないから、上記エの検討にかかわらず、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2?3は、発明の詳細な説明に記載された発明といえない。

(2)実施可能要件の検討
ア 本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)の実施可能要件について検討すると、上記(1)イで検討したとおり、本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)は、発明の詳細な説明に記載されているといえないから、発明の詳細な説明には、本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)を当業者が実施できる程度に記載されているとはいえない。

イ 本件発明1A(単相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)の実施可能要件について検討すると、発明の詳細な説明の例1(段落【0021】?【0025】)には、立方晶のTi_(1-x)Al_(x)N相のみからなり、格子定数がa_(fcc)=0.4085nmであり、化学量論係数がx=0.90であるTi_(1-x)Al_(x)N層で被覆したWC/Co超硬合金スローアウェイチップであって、その硬度が3070HV[0.05]であるものを製造することが記載されている。
そして、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の化学量論係数xが小さい方が立方晶となり易いといえ、また、Ti_(1-x)Al_(x)Nの格子定数a_(fcc)は、Ti_(1-x)Al_(x)Nの化学量論係数xが小さいほど、TiNの格子定数に近づき、大きくなる傾向があることを考慮すれば、本件発明1A(単相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)は、上記例1の記載から当業者が格別の試行錯誤を要することなく実施できるものといえる。
この点に関して、請求人は、本件特許明細書の例1の「厚さ6μmの灰黒色の層」に対して測定された「3070HV[0.05]」は、試験力0.05kgfとビッカース硬度から算出されるくぼみの対角線長さの平均値(0.0055mm)と、膜厚6μm(0.006mm)との関係が、JIS Z 2244(甲第6号証)の「試料(試験片)又は試験対象層の厚さは、くぼみの対角線長さの1.5倍以上」の規定を満足していないため、例1の硬さ測定は適切に行われていないから実施可能要件を満たしていない旨を主張している(審判請求書の第11頁第4?12行)。
しかしながら、JIS Z 2244(甲第6号証)に記載された事項を踏まえると、例1の層のみの硬さを測定することに、当業者の過度の試行錯誤を要するとまではいえないから、例1の硬度測定は層のみの硬さを適切に測定していないとしても、実施可能要件違反であるとはいえない。
よって、請求人の上記主張は採用できない。

ウ 上記アで検討したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明1B(多相のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する硬質膜被覆された物体)を当業者が実施できる程度に記載されているとはいえないから、上記イの検討にかかわらず、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2?3を当業者が実施できる程度に記載されているとはいえない。

2 無効理由2のまとめ
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?3の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合していない。
また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合していない。

第7 無効理由3についての当審の判断

1 甲号証に記載された事項
(1)甲第1号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証には以下の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した(以下、同様である。)。
ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、切削工具、耐摩工具等として用いる被覆工具に関し、より詳しくは、窒化チタンアルミニウム膜を被覆してなる工具に関する。」
イ 「【0006】本発明に係る窒化チタンアルミニウム膜被覆工具は、窒化チタンアルミニウム膜が引張り残留応力を有することにより膜の密着性を高め、結晶構造を立方晶とし、六方晶が混在していない膜とすることで、結晶性が高く緻密で耐摩耗性の優れた窒化チタンアルミニウム膜が実現でき、塩素量が0.01?2質量%であることにより、膜硬度が高くなり、工具の耐摩耗性が高く、更に優れた性能が実現される。塩素量が2質量%を越えると膜の硬度が低下し工具としての耐摩耗性が低下する欠点が現れる。
【0007】また、本発明は、前記窒化チタンアルミニウム膜中にアルミニウム含有量が0.3?60質量%であることが好ましく、10?50質量%が更に好ましく、20?45質量%であることが最も好ましい。窒化チタンアルミニウム膜中のアルミニウム含有量が0.3?60質量%であることにより、膜の耐酸化性が向上し、更に良好な性能が実現されており、膜中のアルミニウム保有量が10?50質量%であることにより、膜の耐酸化性が更に向上し、更に良好な性能が実現され、膜中のアルミニウム含有量が20?45質量%であることにより最も優れた耐酸化性が得られ最も優れた性能が実現されていると判断される。」
ウ 「【0009】本発明は、前記窒化チタンアルミニウム膜が、原料ガスとして少なくともチタンのハロゲン化ガス、アルミニウムのハロゲン化ガスおよびNH_(3)ガスを用い、700?900℃で熱CVD法により成膜することにより製造される。NH_(3)ガスを用いることにより熱CVD法により成膜出来、ハロゲン化ガスを用いることにより、より安価に工業的に安定して成膜することが出きる。少なくとも、窒化チタンアルミニウム膜が、成膜温度が高い熱CVD法により成膜されていることにより、緻密で膜の密着性が優れた窒化チタンアルミニウム膜が得られ、耐摩耗性が優れた、更に良好な性能が実現されていると判断される。」
エ 「【0012】
【実施例】次に本発明の被覆工具を実施例によって具体的に説明するが、これら実施例により本発明が限定されるものではない。WC72質量%、TiC8質量%、(Ta、Nb)C11質量%、Co9質量%の組成よりなるスローアウェイチップの切削工具用超硬合金基板を熱CVD炉内にセットし、H_(2)キャリヤーガスとTiCl_(4)ガスとN_(2)ガスとを原料ガスに用い、基板表面に0.3μm厚さのTiNを900℃でまず形成した。続いて、温度:700?900℃、原料ガスをTiCl_(4)ガス:0.05?4.0vol%、AlCl_(3)ガス:0.03?2.5vol%、NH_(3)ガス:0.05?3.0vol%、の範囲で変化させ、残部はH_(2)とN_(2)のキャリヤーガスとして毎分6000mlだけCVD炉内に流し、成膜圧力:2.7?15.9KPaの範囲で変化させた条件で反応させることにより厚さ8μmの、様々な窒化チタンアルミニウム膜を成膜し、表1に示す試料番号1?32の本発明例を得た。
【0013】
【表1】

【0014】図1は試料番号11の工具側面平坦部の皮膜部分を測定面として、理学電気株株式会社製のX線回折装置、RU-200BHを用いて2θ-θ走査法により2θ=10?145゜の範囲で測定した、本発明品の代表的X線回折パターンである。X線源にはCuKα_(1)線(λ=0.15405nm)を用い、バックグラウンドは装置に内蔵されたソフトにより除去した。図1のX線回折パターンから求めた本発明品の窒化チタンアルミニウム膜の各ピークの2θ値とX線回折強度および各2θ値から求めた格子定数とを表2にまとめて示す。図1と表2より、本発明品の窒化チタンアルミニウム膜はX線回折パターンが立方晶構造のX線回折パターンと良く一致していることがわかる。また、表2より、窒化チタンアルミの格子定数は0.39?0.42nmであり、X線回折強度は(111)面が最も強く、次に(311)面の強度が強いことがわかる。
・・・
【0016】膜の残留応力は理学電気(株)製のX線回折装置(RU-200BH)と応力測定用ソフト(Manual No.MJ13026A01)を用いてΨ一定法(θ-2θ連動スキャン)により測定した。作製した膜の組成は堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用い測定した。測定は膜表面の組成を分析しており、EDXの測定深さが約2μmであるのに対して窒化チタンアルミニウム膜の膜厚が8μmと厚いため、窒化チタンアルミニウム膜のみの組成が分析されていると考えられる。分析した本発明品の窒化チタンアルミニウム膜のAl含有量およびCl含有量並びに残留応力の符号の測定結果を表1に併記する。残留応力の符号は、引張りを(+)、圧縮を(-)で表す。表1から、本発明例の窒化チタンアルミニウム膜は、引張り残留応力を有することがわかる。」

(2)甲第2号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第2号証には以下の事項が記載されている。
ア 「

Fig.2 Detailed diagram of the reactor.」
イ 「Streams of the metal chlorides containing He as the carrier gas were mixed with NH_(3) containing He in a premixing zone of the reactor, which was kept at 733 K to avoid solidification of adduct compounds, AlCl_(3)(NH_(3))_(x) and TiCl_(4)(NH_(3))_(y). ・・・ Details of the reactor system are schematically shown in Fig.2. The reactor consisted of three zones: a premixing zone, a deposition zone, and a particle collection zone.」(第1336頁右欄第33行?第1337頁左欄第7行、当審仮訳:AlCl_(3)(NH_(3))_(x)及びTiCl_(4)(NH_(3))_(y)の付加物化合物の固化を避けるために733Kに保持した反応容器の予混合ゾーンにおいて、キャリヤーガスであるHeを含む金属塩化物の流れを、Heを含むNH_(3)と混合した。・・・反応容器の詳細は図2に模式的に示す。反応容器は予混合ゾーン、堆積ゾーン及び粒子捕獲ゾーンの3領域から構成される。)

(3)甲第3号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第3号証には以下の事項が記載されている。
ア 「


イ 「The reducing gas is preferably chosen from among nitrogen and ammonia, ammonia being preferred. The mixing operation is generally performed at a temperature of 523 to 773 K.」(第6欄第34?37行、当審仮訳:還元ガスは、好ましくは窒素およびアンモニアから選択され、アンモニアが好ましい。混合操作は、一般に523?773Kの温度で行われる。)
ウ 「According to FIG. 1, the reactor 1 comprises a chemical vapour deposition enclosure 2 having a deposition chamber 3 making it possible to treat the substrate or substrates at the desired temperature, and a chlorination chamber 4 or intermediate chamber in which is placed an aluminium and titanium alloy 5 in solid form, the chlorination chamber e.g. being in the form of a tube sealed by a perforated base, which is supplied with chlorine by the pipe 6.
A not shown mixing zone is also provided for receiving the products resulting from the chlorination process and hydrogen, reducing gas, such as ammonia, and optionally a carrier gas such as argon, which are preferably laterally injected via the pipe 7.」(第8欄第41?53行、当審仮訳:図1によると、反応容器1は、希望温度での基板又は複数の基板を処理できる蒸着室3がある化学気相成長包囲体2、及び、塩素接触チャンバ4又は固体状態のアルミニウムチタン合金を保持する中間チャンバ、例えば、穿孔された基盤に密閉された管としてのパイプ6から塩素が供給される塩素接触チャンバから構成される。明示されていない混合領域は、塩素接触工程での生成物と、パイプ7を介して遅れて供給される水素、アンモニアのような還元ガス、任意にアルゴンのようなキャリアガスを受け入れるために設けられている。)

(4)甲第4号証
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第4号証には以下の事項が記載されている。
ア 「(Ti,Al)N films have been deposited on nitrided hot work tool steel AISI H11 (0.38%C, 5.0%Cr, 1.2%Mo, 0.4%V) and ISO K 15 cemented carbide insert tips by means of PECVD in a pulsed DC glow discharge from TiCl_(4)-AlCl_(3)-H_(2)-N_(2)-Ar gaseous mixtures.」(第209頁左欄第33?37行、当審仮訳:(Ti,Al)N膜は、TiCl_(4)-AlCl_(3)-H_(2)-N_(2)-Ar混合ガスから、パルス直流ブロー放電のPECVDによって、窒化熱間工具鋼AISI H11(0.38%C、5.0%Cr、1.2%Mo、0.4%V)及びISO K15超硬合金インサートチップ上に堆積された。)
イ 「The layers contained between 0.5 and 2.0 at.% oxygen.」(第209頁右欄下から第11?10行、当審仮訳:層は0.5?2.0at%の酸素を含む。)
ウ 「

Fig.6. Microhardness of the Ti_(1-x)Al_(x)N films as a function of their Al content.」(第212頁)

(5)甲第5号証
甲第5号証には以下の事項が記載されている。
ア 「Bei PVD-Schichten bleibt die fur die hohe Harte verantwortliche kubische Struktur nur bis zu einem x=0,65 erhalten.」(第56頁中欄第36?40行、当審仮訳:PVDコーティングでは、x=0.65までの範囲で高硬度をもたらす立方晶昌構造が維持される。)

(6)甲第7号証
甲第7号証には以下の事項が記載されている。
ア 「2.分析機能を付与した透過型電子顕微鏡は、高い空間分解能で極微細組織解析を行えることから、幅広い研究分野で基盤的なツールとなっている。X線分析はその組成分析に広く用いられているが、従来の半導体検出器はエネルギー分解能が130-140eVと低いため、近接するX線ピークを分解できなかった。」(第1頁概要の第8?11行)
イ 「[2]半導体検出器(SSD)では分離できないピークの組
例えば次のピークの組は、エネルギー分解能130eV程度のSSDでは分離できないが、エネルギー分解能が10eVだと全て分離して観察できる。

」(第9頁【補足試料】)

(7)甲第8号証
甲第8号証は1997年から2000年4月に販売された「エネルギー分散形X線分析装置EMAX-7000シリーズ」のカタログであって、検出器に関して、以下の事項が記載されている。
ア 「

」(第9頁)

2 当審の判断
(1)甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証には、上記1(1)アによれば、窒化チタンアルミニウム膜を被覆してなる被覆工具が記載されており、上記1(1)イによれば、前記窒化チタンアルミニウム膜は、結晶構造を立方晶とし、六方晶が混在していない膜であるといえ、さらに、上記1(1)ウによれば、前記窒化チタンアルミニウム膜が、原料ガスとして少なくともチタンのハロゲン化ガス、アルミニウムのハロゲン化ガスおよびNH_(3)ガスを用い、700?900℃で熱CVD法により成膜することが記載されている。さらに、甲第1号証には、上記1(1)エによれば、熱CVD炉内に基板をセットし、TiCl_(4)ガス、AlCl_(3)ガス及びNH_(3)ガスの原料ガスをCVD炉内に流して、温度700?900℃、成膜圧力2.7?15.9KPaの範囲で反応させることで、窒化チタンアルミニウム膜を成膜することが記載され、表1の試験番号31に注目すると、前記窒化チタンアルミニウム膜の結晶構造はX線回折パターンから立方晶であり、堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用い測定した窒化チタンアルミニウム膜の組成が、Al含有量が80.8質量%、Cl含有量が0.7質量%であることが記載されている。

イ 上記記載事項を、本件請求項1の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には、「熱CVD法により成膜した窒化チタンアルミニウム膜が被覆してなる被覆工具であって、前記窒化チタンアルミニウム膜は、堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用いて測定した窒化チタンアルミニウム膜の組成が、Al含有量80.8質量%、Cl含有量0.7質量%であり、結晶構造が立方晶であり、六方晶が混在していない膜である、被覆工具」の発明(以下、「甲1発明1」という。)が記載されているといえる。

ウ 上記記載事項を、本件請求項6の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には、「窒化チタンアルミニウム膜で被覆してなる被覆工具の製造方法であって、前記窒化チタンアルミニウム膜は、堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用いて測定した組成が、Al含有量80.8質量%、Cl含有量0.7質量%であり、熱CVD炉内にTiCl_(4)ガス、AlCl_(3)ガス及びNH_(3)ガスの原料ガスを流し、熱CVDにより700?900℃の温度範囲、2.7?15.9KPaの圧力範囲で、前記窒化チタンアルミニウム膜を被覆する被覆工具の製造方法」の発明(以下、「甲1発明2」という。)が記載されているといえる。

(2)本件発明1の検討
ア 本件発明1と甲1発明1を対比すると、甲1発明1の「熱CVD法により成膜した窒化チタンアルミニウム膜」、「窒化チタンアルミニウム膜が被覆してなる被覆工具」は、それぞれ、本件発明1の「プラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」、「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有」する「単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体」に相当する。
したがって、本件発明1と甲1発明1とは、
「単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有する硬質膜被覆された物体」
の点で一致し、以下の点で一応相違している。
(相違点1)
本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、「x>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲である」、あるいは、「その主要な相がx>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4075nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなり、かつ別の相としてTi_(1-x)Al_(x)Nがウルツ鉱構造として、および/またはNaCl構造のTiN_(x)として含有されている多相の層であり、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲である」のに対して、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、「堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用いて測定した窒化チタンアルミニウム膜の組成が、Al含有量80.8質量%、Cl含有量0.7質量%であり、結晶構造が立方晶であるであり、六方晶が混在していない膜である」点。
(相違点2)
本件発明1は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値が2500HV?3150HVの範囲であることを特定しているのに対して、甲1発明1は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度は明示されていない点。

イ 相違点1について検討する。
(ア)甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の組成について検討する。
上記1(6)ア及びイによれば、X線分析装置の半導体検出器のエネルギー分解能は130?140eVであり、窒素のKα1ピークとチタンのLα1ピークのX線のエネルギー差60eVより大きいため、チタン存在下で窒素のエネルギー分散形X線分析ができないことは技術常識といえるし、上記1(7)アによれば、甲1発明1で用いられている堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置EMAX-7000の検出器のエネルギー分解能が138eV?149eVであるといえる。
これらのことを考慮すると、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の組成分析では、窒素は測定されておらず、甲1発明1のAl含有量及びCl含有量は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜のアルミニウム、チタン及び塩素の合計量を100質量%とした値を示しているといえる。
そうしてみると、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜のアルミニウム、チタン及び塩素の合計量に対するAl、Ti、Clのそれぞれの含有量は、80.8質量%、18.5質量%、0.7質量%となり、Alの原子量を27.0、Tiの原子量を47.9、Clの原子量を35.5として原子%に換算すると、Al含有量88.06原子%、Ti含有量11.36原子%、Cl含有量0.58原子%となる。
そして、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の化学量論係数xは、AlとTiの原子数の和を1としたときのAlの原子数の割合であるから、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜のAlとTiの含有量から化学量論係数xを算出すると、その化学量論係数xは0.89(=88.06/(88.06+11.36))であり、本件発明1の「x>0.75?x=0.90の化学量論係数」を満足している。
また、本件発明1の「塩素含有率」は具体的な定義がなされていないところ、「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率」と記載されていることから、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を構成する原子数に対するCl原子の割合を示していると理解される。そこで、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有量(0.58原子%)を、窒素含有量がアルミニウム含有量(88.06原子%)とチタン含有量(11.36原子%)の合計と等しくなることを考慮して、本件発明1の「塩素含有率」に換算すると、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率は0.29原子%(=0.58/(88.06×2+11.36×2)×100)となるから、本件発明1の「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲である」ことを満足している。

(イ)甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜が立方晶の単相の膜であるかを検討する。
Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、化学量論係数xが大きくなると立方晶となり難いとの技術常識(本件特許明細書の段落【0002】)を踏まえると、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、化学量論係数xが0.89であり、AlN成分が多いため、立方晶のTi_(1-x)Al_(x)N相以外に、安定に形成し得る相は、六方晶のTi_(1-x)Al_(x)N相や六方晶のAlN相といえる。
しかしながら、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、六方晶が混在していない膜であるから、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、立方晶のTi_(1-x)Al_(x)Nの単相の膜であるといえる。

(ウ)甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の格子定数について検討する。
Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の格子定数は、その皮膜の組成やその皮膜を成膜する際の条件によって定まるものであるところ、上記(ア)及び(イ)で検討したように、本件発明1と甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、「x>0.75?x=0.90の化学量論係数を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲である」点で実質的に相違するものではない。
しかも、本件特許明細書の段落【0010】、【0014】、【0015】及び【0018】の記載によれば、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、前駆体としてチタンハロゲン化物、アルミニウムハロゲン化物およびNH_(3)を使用し、これらを高温で混合して、700℃?900℃の範囲の温度、10^(2)Pa?10^(5)Paの範囲の圧力でプラズマ励起を用いずにCVDにより物体に被覆することで形成されるものであるところ、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、上記1(1)エによれば、温度が700?900℃の範囲、成膜圧力:2.7?15.9KPaの範囲で、原料ガスとして、TiCl_(4)ガス、AlCl_(3)ガス、NH_(3)ガスを用いて、熱CVDにより、切削工具用超硬合金基板に被覆して形成されたものであるから、両者のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は実質的に同じ条件の成膜方法によって形成されたものである。
これらの事項を踏まえると、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜における、化学量論係数xが0.89である立方晶のTi_(1-x)Al_(x)Nの格子定数a_(fcc)は、本件発明1の「0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)」を満たしていると認められる。

(エ)したがって、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、「x>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲である」といえるから、相違点1は実質的な相違点といえない。

ウ 上記相違点2について検討すると、上記イ(ア)及び(イ)で検討したとおり、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜と、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、化学量論係数、塩素含有率、結晶構造で何ら相違するものでないし、また、上記イ(ウ)で検討したように、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜と、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、実質的に同じ条件の成膜方法によって形成されたものであるから、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜も、硬度の値が、2500HV?3150HVの範囲であるものと認められる。
したがって、相違点2は実質的な相違点といえない。

エ 以上で検討したとおり、上記相違点1及び上記相違点2は実質的な相違点といえず、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(3)本件発明2の検討
本件発明2は、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率を「0.1?0.5原子%の範囲である」ことに特定するものである。
本件発明2と甲1発明1を対比すると、上記(2)イ(ア)で検討したとおり、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率は0.29原子%であるから、新たに、実質的な相違点が存在するものとはならない。
したがって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(4)本件発明3の検討
本件発明3は、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の「酸素含有率が、0.1?5原子%の範囲である」ことに特定するものである。
本件発明3と甲1発明1を対比すると、本件発明3は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の酸素含有率が0.1?5原子%の範囲であることを特定しているのに対して、甲1発明1は、Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の酸素含有率は明示されていない点で一応相違する(以下、「相違点3」という。)。
上記相違点3について検討すると、上記(2)イ(ウ)で検討したように、本件発明3のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜と、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、実質的に同じ条件の成膜方法によって形成されたものであるから、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜も、酸素含有率が0.1?5原子%の範囲であるものと認められる。
したがって、相違点3は実質的な相違点といえず、本件発明3は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(5)本件発明6の検討
ア 本件発明6と甲1発明2を対比すると、甲1発明2の「熱CVD」、「窒化チタンアルミニウム膜」、「窒化チタンアルミニウム膜が被覆してなる被覆工具の製造方法」、「TiCl_(4)ガス」、「AlCl_(3)ガス」、「NH_(3)ガス」は、それぞれ、本件発明6の「プラズマ励起を行わずにCVD」、「Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜」、「少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法」、「チタンハロゲン化物」、「アルミニウムハロゲン化物」、「反応性の窒素化合物」に相当する。
また、甲1発明2において、「熱CVD炉内にTiCl_(4)ガス、AlCl_(3)ガス及びNH_(3)ガスの原料ガスを流」すことにより、前記原料ガスが「高温で混合」していることは明らかである。
したがって、本件発明6と甲1発明2とは、
「少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法であって、反応器中、前駆体としてチタンハロゲン化物、アルミニウムハロゲン化物および反応性の窒素化合物を使用し、これらを高温で混合して、プラズマ励起を行わずにCVDにより700℃?900℃の範囲の温度で物体を被覆することを特徴とする、少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法」
の点で一致し、以下の点で一応相違している。
(相違点4)
本件発明6のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、「x>0.75?x=0.90の化学量論係数」を有しているのに対して、甲1発明2のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、「堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用いて測定した窒化チタンアルミニウム膜の組成が、Al含有量80.8質量%、Cl含有量0.7質量%」である点。

イ 上記相違点4について検討すると、上記(2)イ(ア)で検討したと同様に、甲1発明2の「堀場製作所製のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)EMAX-7000を用いて測定した窒化チタンアルミニウム膜の組成が、Al含有量80.8質量%、Cl含有量0.7質量%」であるTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の化学量論係数xは0.89であり、本件発明6の「x>0.75?x=0.90の化学量論係数」を満足している。

ウ 以上で検討したとおり、相違点4は実質的な相違点といえず、本件発明6は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(6)本件発明7の検討
本件発明7は、本件発明6の反応性窒素化合物を「NH_(3)および/またはN_(2)H_(4)」に特定するものである。
本件発明7と甲1発明2を対比すると、上記(5)で検討したとおり、甲1発明2は、NH_(3)ガスを使用するものであるから、新たに、実質的な相違点が存在するものとはならない。
したがって、本件発明7は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(7)本件発明8の検討
本件発明8は、本件発明6の前駆体の混合に関して、「反応器中、堆積帯域の前で直接に混合する」ことに特定するものである。
本件発明8と甲1発明2を対比すると、本件発明8は、前駆体を「反応器中、堆積帯域の前で直接に混合」しているのに対して、甲1発明2は、前駆体を混合する場所は明示されていない点で相違する(以下、「相違点5」という。)。
上記相違点5を検討すると、上記1(2)ア及びイに記載されているように、CVDにおいて、前駆体を反応器中の堆積帯域の前で直接に混合することは、通常行われている手段であるから、甲1発明2においても、熱CVD炉内に導入されたTiCl_(4)ガス、AlCl_(3)ガス及びNH_(3)ガスの原料ガスは、堆積帯域の前で直接に混合されていると認められる。仮にそうでないとしても、当該原料ガスを堆積帯域の前で直接に混合することは、甲第2号証の上記1(2)ア及びイの記載を参酌すれば当業者が容易に想到し得たものである。
したがって、本件発明8は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。または、本件発明8は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(8)本件発明9の検討
本件発明9は、本件発明6の前駆体の混合に関して、「150℃?900℃の範囲の温度で実施する」ことに特定するものである。
本件発明9と甲1発明2を対比すると、本件発明9は、前駆体の混合を「150℃?900℃の範囲の温度で実施」しているのに対して、甲1発明2は、前駆体を混合する温度は明示されていない点で相違する(以下、「相違点6」という。)。
上記相違点6を検討すると、前駆体の混合は通常堆積温度以下で行われるものであるし、上記1(2)ア及びイに記載されているように、AlCl_(3)(NH_(3))_(x)及びTiCl_(4)(NH_(3))_(x)の付加物化合物の固化が生じない温度(733K(460℃))とすることが技術常識であるから、甲1発明2においても、前駆体の混合は150℃?900℃の範囲の温度で行われていると認められる。仮にそうでないとしても、前駆体の混合を150℃?900℃の範囲の温度で実施することは、甲第2号証の上記1(2)ア及びイの記載を参酌すれば当業者が容易に想到し得たものである。
したがって、本件発明9は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。または、本件発明9は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(9)本件発明10の検討
本件発明10は、本件発明6の被覆を「10^(2)Pa?10^(5)Paの範囲の圧力で実施すること」に特定するものである。
本件発明10と甲1発明2を対比すると、甲1発明2の被覆は、2.7?15.9KPaの圧力範囲で行われていることから、新たに、実質的な相違点が存在するものとはならない。
したがって、本件発明10は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(10)被請求人の主張の検討
ア 被請求人は、EDXは窒素も分析することができるものであるから、甲第1号証に記載された「Al含有量」は、窒化チタンアルミニウム膜のTiとAlとClとNの合計量を100質量%とした場合のAl含有量であり、甲第1号証に記載された窒化チタンアルミニウム膜のTiとAlのモル比は不明である旨を主張している(答弁書の7.III.(2)D.)。
しかしながら、上記(2)イ(ア)で検討したとおり、EDXはTi存在下で窒素は分析できず、甲第1号証に記載された「Al含有量」は、窒化チタンアルミニウム膜のTiとAlとClの合計量を100質量%とした場合のAl含有量であると認められるから、被請求人の上記主張は採用できない。

イ 被請求人は、甲第1号証の図1のX線回折パターン図に、立方晶のTiAlN相のピーク以外の他のピークが示されていること、及び、甲第2号証の記載に基づき、非晶質AlNが800℃未満の堆積温度で生じることが技術常識であることを根拠として、甲第1号証に記載された窒化チタンアルミニウム膜は、立方晶のNaCl構造を有する単相の膜でない旨を主張している(答弁書の7.III.(2)D.、及び、上申書4.II.(2)ウ.(i))。
しかしながら、甲第1号証の図1は、Al含有量が少ない窒化チタンアルミニウム膜である試験番号11のX線回折パターン図であり、Al含有量が多い窒化チタンアルミニウム膜である試験番号31に基づく甲1発明1においても、同様なX線回折パターン図となっているとは認められない。
また、甲第2号証には、大気圧CVDにより高速析出することでAlN/TiN複合膜を形成する方法において、非晶質AlNが800℃未満の堆積温度で生じることが記載されているが、甲第2号証に記載された製造条件は、甲第1号証に記載された窒化チタンアルミニウム膜の製造条件と異なっていることから、甲第1号証に記載された窒化チタンアルミニウム膜が非晶質AlNを含有しているとは認められない。
したがって、被請求人の上記主張は採用できない。

ウ 被請求人は、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N皮膜を製造するためには、TiCl_(4)及びAlCl_(3)の供給とNH_(3)の供給とは別々に行い、CVD反応器内の堆積帯域の直前にて両気体を混合した上で、CVD反応器内の所定圧力とし、該圧力から生じるCVD反応器内の気体の線速度が重要であり、本件特許の成膜方法は、甲第1号証に記載された成膜方法と異なっているため、本件発明1のTi_(1-x)Al_(x)N皮膜と、甲1発明1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜とは相違する旨を主張している(上申書4.II.(2)ウ.(ii))。
しかしながら、上記(7)で検討したとおり、前駆体ガスを別々にCVD反応器に導入し、堆積帯域の直前にて混合することは、通常行われているガスの供給方法であり、甲第1号証に記載された成膜方法においても、TiCl_(4)ガス、AlCl_(3)ガス、NH_(3)ガスは別々に供給され、堆積帯域の直前で混合されているといえるし、上記(9)で検討したとおり、甲第1号証に記載された成膜方法の反応容器内の圧力は、本件特許の成膜方法と実質的に相違するものでない。
さらに、CVD反応器内の気体の線速度は、本件特許明細書で具体的に説明されていないところ、CVD反応器内の圧力で気体の線速度が決まるとすると、本件特許の成膜方法の反応容器内圧力と実質的に相違しない甲第1号証に記載された成膜方法においても、同様な気体の線速度となっているといえる。
そうしてみると、本件特許の成膜方法と甲第1号証に記載された成膜方法は異なっているとはいえないから、被請求人の上記主張は妥当でない。

3 無効理由3のまとめ
本件発明1?3、6?10は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。
また、本件発明8及び9は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

第8 むすび
以上のとおりであるから、本件特許の請求項1?3に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定する要件を満たしておらず、また、発明の詳細な説明の記載が同条第4項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるし、本件特許の請求項1?3、6?10に係る特許は、同法第29条第1項第3号に該当し、同項の規定に違反し、また、同条第2項の規定に違反してなされたものである。
本件特許の請求項4及び5に係る特許は、訂正により削除されたため、これらに対して請求人がした本件審判請求について、対象となる請求項が存在しないものとなった。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体であり、前記層構造はプラズマ励起を行わないCVD型のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を少なくとも1つ有し、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、x>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4085nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造の単相の層として存在し、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲であるか、または、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜は、その主要な相がx>0.75?x=0.90の化学量論係数および0.412nm?0.4075nmの格子定数a_(fcc)を有する立方晶NaCl構造を有するTi_(1-x)Al_(x)Nからなり、かつ別の相としてTi_(1-x)Al_(x)Nがウルツ鉱構造として、および/またはNaCl構造のTiN_(x)として含有されている多相の層であり、かつTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.05?0.9原子%の範囲であり、
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の硬度の値が、2500HV?3150HVの範囲である硬質膜被覆された物体。
【請求項2】
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の塩素含有率が、0.1?0.5原子%の範囲であることを特徴とする、請求項1記載の硬質膜被覆された物体。
【請求項3】
前記Ti_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜の酸素含有率が、0.1?5原子%の範囲であることを特徴とする、請求項1記載の硬質膜被覆された物体。
【請求項4】 (削除)
【請求項5】 (削除)
【請求項6】
x>0.75?x=0.90の化学量論係数を有する少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法であって、反応器中、前駆体としてチタンハロゲン化物、アルミニウムハロゲン化物および反応性の窒素化合物を使用し、これらを高温で混合して、プラズマ励起を行わずにCVDにより700℃?900℃の範囲の温度で物体を被覆することを特徴とする、少なくとも1のTi_(1-x)Al_(x)N硬質皮膜を有する、単層または多層の層構造を有する硬質膜被覆された物体の製造方法。
【請求項7】
前記反応性窒素化合物として、NH_(3)および/またはN_(2)H_(4)を使用することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記前駆体を反応器中、堆積帯域の前で直接に混合することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項9】
前記前駆体混合物を、150℃?900℃の範囲の温度で実施することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項10】
前記被覆を、10^(2)Pa?10^(5)Paの範囲の圧力で実施することを特徴とする、請求項6記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2017-07-27 
結審通知日 2017-08-01 
審決日 2017-08-23 
出願番号 特願2008-519933(P2008-519933)
審決分類 P 1 113・ 536- ZAA (C23C)
P 1 113・ 537- ZAA (C23C)
P 1 113・ 113- ZAA (C23C)
P 1 113・ 121- ZAA (C23C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 菊地 則義  
特許庁審判長 新居田 知生
特許庁審判官 大橋 賢一
宮澤 尚之
登録日 2012-05-18 
登録番号 特許第4996602号(P4996602)
発明の名称 硬質膜被覆された物体およびその製造方法  
代理人 住吉 秀一  
代理人 近藤 惠嗣  
代理人 住吉 秀一  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
  • この表をプリントする

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ