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審決分類 審判 訂正 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 訂正する F16C
審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正する F16C
管理番号 1337262
審判番号 訂正2017-390128  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-04-27 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2017-11-22 
確定日 2018-02-05 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5429394号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5429394号の明細書、特許請求の範囲及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲及び図面のとおり訂正することを認める。 
理由 第1 手続の経緯
本件訂正審判に係る特許第5429394号(以下、「本件特許」という。)は、2011年9月22日(優先権主張2011年8月31日 日本国、2011年8月31日 日本国、2011年8月31日 日本国、2010年9月27日 日本国)を国際出願日とするものであって、その請求項1ないし9に係る発明について、平成25年12月13日に特許権の設定登録がなされ、平成29年11月22日に本件訂正審判の請求がなされたものである。

第2 審判請求の趣旨及び訂正の内容
本件訂正審判の請求の趣旨は、「特許第5429394号の明細書、特許請求の範囲及び図面を、訂正請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲及び図面のとおり訂正することを認める、との審決を求める。」ものであり、その訂正の内容は次のとおりである。

1 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2の記載「1.05?2の範囲にある」を「1.25である」に訂正する。

2 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3の記載「1.2?3mm」を「1.25mm」に訂正する。

3 訂正事項3
明細書の段落【0017】の記載「1.2?3mm」を「1.25mm」に訂正する。

4 訂正事項4
明細書の段落【0037】の記載「tを1?1.2mm、場合によっては1.5?2mmとし、底板部9aの厚さ寸法Tを1.2?3mm」を「tを1mmとし、底板部9aの厚さ寸法Tを1.25mm」に訂正する。

5 訂正事項5
明細書の段落【0054】から「底板部の厚さTを0.84mm、1mm、1.2mmの3種類に異ならせたものを、それぞれ3個ずつ合計9個、」、「底板部の厚さを異ならせた9個の供試片に関しては、表層部の残留圧縮応力の値を1000?1200MPaとした。また、」、「図4および」との記載を削除し、明細書の段落【0055】の記載を削除し、明細書の段落【0056】から「一方、」との記載を削除する。

6 訂正事項6
図面の【図4】を削除する。

7 訂正事項7
明細書の【図面の簡単な説明】段落【0024】の【図4】の記載を削除する。

第3 当審の判断
1 訂正事項1
(1)訂正の目的の適否について
訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項2の記載「1.05?2の範囲にある」を「1.25である」に減縮するものであるから、訂正事項1に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第1号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。

(2)新規事項の有無について
訂正事項1における、底板部の厚さ寸法の、円筒部の厚さ寸法に対する比が「1.25である」とする訂正は、本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の段落【0054】の「残留圧縮応力を異ならせた16個の供試片に関しては、底板部の厚さTを1.25mmとした。・・・・円筒部の厚さtは、いずれも1mmとし」から導き出せる底板部の厚さTの円筒部の厚さtに対する比1.25(=1.25mm/1mm)に基くと解されるから、訂正事項1に係る訂正は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内のものといえる。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、特許法第126条第5項の規定を満たすものである。

(3)特許請求の範囲の拡張又は変更の有無について
訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項2の記載「1.05?2の範囲にある」を「1.25である」に減縮するものであるから、訂正の前後で特許請求の範囲に記載された発明の拡張又は変更はなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、特許法第126条第6項の規定を満たすものである。

(4)独立特許要件について
訂正事項1により訂正された訂正後の特許請求の範囲の請求項2及び3に係る発明は、拒絶すべき理由を有しないとして特許された訂正前の特許発明を減縮したものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができない発明ではないことは明らかであり、特許法126条第7項の規定を満たすものである。

2 訂正事項2
(1)訂正の目的の適否について
訂正事項2に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項3の記載「1.2?3mm」を「1.25mm」に減縮するものであるから、訂正事項2に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第1号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。

(2)新規事項の有無について
訂正事項2における、底板部の厚さ寸法を「1.25mm」とする訂正は、本件特許明細書の段落【0054】の「残留圧縮応力を異ならせた16個の供試片に関しては、底板部の厚さTを1.25mmとした。」に基くと解されるから、訂正事項2に係る訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものといえる。
したがって、訂正事項2に係る訂正は、特許法第126条第5項の規定を満たすものである。

(3)特許請求の範囲の拡張又は変更の有無について
訂正事項2に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項3の記載「1.2?3mm」を「1.25mm」に減縮するものであるから、訂正の前後で特許請求の範囲に記載された発明の拡張又は変更はなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項2に係る訂正は、特許法第126条第6項の規定を満たすものである。

(4)独立特許要件について
訂正事項2により訂正された訂正後の特許請求の範囲の請求項3に係る発明は、拒絶すべき理由を有しないとして特許された訂正前の特許発明を減縮したものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができない発明ではないことは明らかであり、特許法126条第7項の規定を満たすものである。

3 訂正事項3
(1)訂正の目的の適否について
訂正事項3は、訂正事項2に係る訂正(請求項3の減縮)に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、本件特許明細書の段落【0017】の記載「1.2?3mm」を「1.25mm」に訂正するものである。
したがって、訂正事項3に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第3号に掲げる、明瞭でない記載の釈明を目的としたものに該当する。

(2)新規事項の有無について
訂正事項3における、底板部の厚さ寸法Tを「1.25mm」とする訂正は、本件特許明細書の段落【0054】の「残留圧縮応力を異ならせた16個の供試片に関しては、底板部の厚さTを1.25mmとした。」に基くと解されるから、訂正事項3に係る訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものといえる。
したがって、訂正事項3に係る訂正は、特許法第126条第5項の規定を満たすものである。

(3)特許請求の範囲の拡張又は変更の有無について
訂正事項3に係る訂正は、上記(1)のとおり訂正事項2により訂正された特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るものであり、訂正事項2と同様に、訂正の前後で特許請求の範囲に記載された発明の拡張又は変更はなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
したがって、訂正事項3に係る訂正は、特許法第126条第6項の規定を満たすものである。

4 訂正事項4
(1)訂正の目的の適否について
訂正事項4は、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正(請求項2及び3の減縮)に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、本件特許明細書の段落【0037】の記載「tを1?1.2mm、場合によっては1.5?2mmとし、底板部9aの厚さ寸法Tを1.2?3mm」を「tを1mmとし、底板部9aの厚さ寸法Tを1.25mm」に訂正するものである。
したがって、訂正事項4に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第3号に掲げる、明瞭でない記載の釈明を目的としたものに該当する。

(2)新規事項の有無について
訂正事項4における円筒部8aの厚さ寸法「tを1mmとし、底板部9aの厚さ寸法Tを1.25mm」とする訂正は、本件特許明細書の段落【0054】の「残留圧縮応力を異ならせた16個の供試片に関しては、底板部の厚さTを1.25mmとした。・・・・円筒部の厚さtは、いずれも1mmとし」に基くと解されるから、訂正事項4に係る訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものといえる。
したがって、訂正事項4に係る訂正は、特許法第126条第5項の規定を満たすものである。

(3)特許請求の範囲の拡張又は変更の有無について
訂正事項4に係る訂正は、上記(1)のとおり訂正事項1及び訂正事項2により訂正された特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るものであり、訂正事項1及び訂正事項2と同様に、訂正の前後で特許請求の範囲に記載された発明の拡張又は変更はなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
したがって、訂正事項4に係る訂正は、特許法第126条第6項の規定を満たすものである。

5 訂正事項5ないし7
(1)訂正の目的の適否について
訂正事項5に係る訂正は、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正(請求項2及び請求項3の減縮)に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、本件特許明細書の段落【0054】から「底板部の厚さTを0.84mm、1mm、1.2mmの3種類に異ならせたものを、それぞれ3個ずつ合計9個、」、「底板部の厚さを異ならせた9個の供試片に関しては、表層部の残留圧縮応力の値を1000?1200MPaとした。また、」、「図4および」との記載を削除し、本件特許明細書の段落【0055】の記載を削除し、本件特許明細書の段落【0056】から「一方、」との記載を削除するものであり、それによって、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正により権利範囲外となる訂正前請求項2及び請求項3に係る発明の実施例に関する記載を削除するものである。
訂正事項6に係る訂正は、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と図面との整合を図るため、本件特許の願書に添付した図面から、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正に伴って権利範囲外となる訂正前請求項2及び請求項3に係る発明の実施例に関する【図4】を削除するものである。
訂正事項7に係る訂正は、訂正事項5に係る訂正と同様に、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正に伴って、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、訂正事項1及び訂正事項2に係る訂正に伴って権利範囲外となる本件特許明細書の【図面の簡単な説明】段落【0024】の【図4】の記載を削除するものである。

したがって、訂正事項5ないし7に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第3号に掲げる、明瞭でない記載の釈明を目的としたものに該当する。

(2)新規事項の有無について
訂正事項5ないし7に係る訂正は、上記(1)のとおり訂正事項1及び訂正事項2により訂正された特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載又は図面との整合を図るため、権利範囲外となる記載を削除するものであるから、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものといえる。
したがって、訂正事項5ないし7に係る訂正は、特許法第126条第5項の規定を満たすものである。

(3)特許請求の範囲の拡張又は変更の有無について
訂正事項5ないし7に係る訂正は、上記(1)のとおり訂正事項1及び訂正事項2により訂正された特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載又は図面との整合を図るものであり、訂正事項1及び訂正事項2と同様に、訂正の前後で特許請求の範囲に記載された発明の拡張又は変更はなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
したがって、訂正事項5ないし7に係る訂正は、特許法第126条第6項の規定を満たすものである。

第4 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正審判の請求に係る訂正は、特許法第126条第1項ただし書き第1項及び第3項に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第5項ないし第7項の規定を満たすものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
シェル型ラジアルニードル軸受用外輪およびその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルダン継手と呼ばれる十字軸式の自在継手の回転支持部などに組み込まれる、シェル型ラジアルニードル軸受を構成する外輪およびその製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のステアリング装置やプロペラシャフトを構成する、互いに同一直線上に存在しない1対の回転軸の端部同士を、回転力(トルク)の伝達を可能に結合するために、従来から、カルダン継手と呼ばれる十字軸式の自在継手が使用されている。この十字軸式の自在継手は、図6に示すように、前記回転軸の両方の端部に固定される、それぞれの先端部を二股にした1対のヨーク1a、1bと、十字軸2を備える。ヨーク1a、1bに設けられた、それぞれ1対ずつの先端部には、それぞれ互いに同心である1対の円孔3を設けている。そして、これらの円孔3内に、十字軸2を構成する軸部4のそれぞれの先端部を、シェル型ラジアルニードル軸受5を介して、いずれも回動可能に支持している。
【0003】
これらのシェル型ラジアルニードル軸受5は、図7に示すように、外輪6および複数のニードル7を備える。外輪6は、たとえば、素材となる金属板にプレスなどによる絞り加工を施すことにより、全体を有底円筒状に形成されており、円孔3に内嵌固定された円筒部8と、この円筒部8の一端(図7における左端)開口を塞ぐ状態で設けられた底板部9と、円筒部8の他端縁(図7における右端縁)から径方向内方に折れ曲がる状態で設けられた、円輪状の内向鍔部10とを備える。そして、円筒部8の内周面を、円筒凹面状の外輪軌道11としている。また、底板部9の内側面の中央部に、球状凸面状の凸曲面部12を設けている。また、ニードル7は、十字軸2の軸部4の先端部外周面に設けた円筒凸面状の内輪軌道13と、外輪軌道11との間に、転動自在に設けられている。
【0004】
また、この状態で、凸曲面部12の先端面に軸部4の先端面の中央部を接触させている。すなわち、図示の例では、軸部4の先端面の全体を底板部9の内側面に接触させるのではなく、軸部4の先端面の中央部のみを凸曲面部12の先端面に接触させることにより、この接触部に作用する摩擦力を十分に低減している。これにより、運転時に、この接触部で異常摩耗や焼き付きなどの不具合が発生することを防止するとともに、ヨーク1a、1bを十字軸2に対して揺動させるのに必要なトルクである、折り曲げトルクを低減することで、前記自在継手の回転抵抗を低減している。また、軸部4の先端面と凸曲面部12の先端部との接触部に適度な予圧を付与することにより、軸部4がシェル型ラジアルニードル軸受5の内側で軸方向にがたつくことを防止して、ヨーク1a、1bと十字軸2との結合部でがたつきが生じることを防止している。
【0005】
さらに、図示の例では、軸部4の基端縁に存在する段部14と、外輪6を構成する内向鍔部10との間で、円環状のシール部材15を圧縮挟持することにより、シェル型ラジアルニードル軸受5の内部空間を密封している。
【0006】
ところで、前記自在継手を介して結合した前記回転軸の両方が回転する際に、外輪6を構成する底板部9には、軸部4の先端面からアキシャル荷重が、繰り返し加わる。また、このアキシャル荷重は、前記自在継手を介して伝達される回転力の大きさに比例して大きくなる。一方、前記自在継手を使用する装置の1例である、自動車のステアリング装置の分野では、近年、電動式パワーステアリング装置の普及が進んでいる。この電動式パワーステアリング装置のうち、補助動力源である電動モータなどを、操舵時の回転力の伝達方向に関して、前記自在継手の設置位置よりも上流側部分(ステアリングホイール側)に設置する、コラム型のものでは、前記自在継手を介して伝達される回転力が大きくなる。この結果、底板部9に繰り返し加わるアキシャル荷重も大きくなるため、外輪6の疲労強度を十分に確保しないと、図8に示すように、底板部9の中央部や、この底板部9と円筒部8との連続部に、亀裂などの損傷が発生する可能性がある。
【0007】
外輪6の疲労強度は、外輪6の肉厚を全体的に大きくすることによって向上させることができる。ただし、この方法を採用する場合には、外輪6が全体的に大型化して重量が増大し、これに伴って、前記自在継手も大型化し、重量が増大する。また、上述のような自在継手には、多くの場合、小型化および軽量化の要求がある。したがって、上述のようなコラム型の電動式パワーステアリング装置と組み合わされる自在継手の分野では、外輪6の肉厚を増大せずに、その耐久性を確保できるようにすることが、他の分野では、外輪6の肉厚を薄くしても十分な耐久性を確保できるようにすることが、それぞれ望まれている。
【0008】
このような要望に応えられる構造として従来から、図9に示すように、外輪6aを構成する底板部9aの断面形状を多段形状にする構造が知られている(特許文献1?3参照)。図9に示すような構造を採用すれば、外輪6aの肉厚を増大させることなく、底板部9a、および、この底板部9aと円筒部8との連続部の疲労強度を向上させることができる。ただし、図9に示したような構造を採用すると、底板部9aの形状が複雑になる分、製造に用いる金型の設計が難しくなるとともに、この金型の調整が面倒になって、生産性が低下し、製造コストが増大するといった問題が生じる。
【0009】
また、上述のように、自在継手に入力される回転力の増大に伴い、最悪の場合、前記円孔3内に圧入したシェル型ラジアルニードル軸受5がヨークから抜け出して、前記回転軸の回転などの位置ずれが発生する場合もある。これに対して、シェル型ラジアルニードル軸受5の外輪6の外周面にシボ加工などの表面加工を施すことが行われている。しかしながら、プレス加工によっては、このような表面加工を施すことは困難であることから、別工程で表面加工を行う必要があり、多大な労力と大幅なコストアップにつながるという問題がある。
【0010】
一方、外輪6が金属製であることから、このシェル型ラジアルニードル軸受5には防錆性能が求められる。特に、自在継手が自動車などの用途に用いられる場合、このシェル型ラジアルニードル軸受5が風雨に晒される環境に置かれることから、外輪6には、特に厳しい防錆性能が要求され、この外輪6に防錆塗装を施す場合がある。しかしながら、このような場合でも、シェル型ラジアルニードル軸受5に通常用いられている外輪6では、防錆塗装との十分な密着性が得られないという問題がある。
【0011】
さらに、金属製の外輪6には、組み付け前において、非常に微小な酸化物や非常に薄い染み状の酸化物がすでに存在している場合がある。これらの存在は、その発見が非常に困難であるとともに、そのままでは、軸受圧入時の抵抗の増加や使用時に酸化物成分が軸受内部に混入するなどの問題が生ずるため、ごく微小なものも含めて酸化物をあらかじめ除去することが行われている。しかしながら、このような発見の困難な微小な酸化物を個々に選別作業することには、大きな労力と時間を必要とし、コストもかかってしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平3-62232号公報
【特許文献2】実開平4-14819号公報
【特許文献3】特開2006-125513号公報
【特許文献4】特開2008-188610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述のような事情に鑑み、有底円筒状のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪に関して、少なくとも外径寸法や肉厚の増大に伴う大型化や、底板部の形状の複雑化を伴うことなく、この底板部およびこの底板部と円筒部との連続部の疲労強度を向上させることができる構造を提供することを目的としている。
【0014】
加えて、本発明は、このシェル型ラジアルニードル軸受用の外輪に関して、コストをいたずらにアップさせることなく、軸受の抜け出しおよびこれに伴う回転軸の回転などの位置ずれを防止できる構造を提供すること、また、防錆性能が付与された構造を提供すること、さらには組み付け性の改善された構造を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪は、金属材料により全体を一体の有底円筒状に形成されており、内周面に外輪軌道を設けた円筒部と、この円筒部の一端開口を塞ぐ底板部とを備える。そして、この円筒部を外側部材に設けた円孔に、たとえば締り嵌めで内嵌固定するとともに、前記外輪軌道と円柱状の内側部材の端部外周面に設けた内輪軌道との間に複数本のニードルを転動自在に設け、かつ、前記内側部材の端面を前記底板部の内面中央部に当接させた状態で使用する。なお、本発明は、これら内側部材の端面を前記底板部の内面中央部にのみ当接させる構造のものに好適に適用される。
【0016】
特に、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪においては、前記円筒部および底板部の外面側に、残留圧縮応力を発生させるための手段を施すことにより発生させた残留圧縮応力を存在させている。また、前記円筒部および底部の内面側の残留圧縮応力の値を、前記残留圧縮応力を発生させるための手段を施す以前のこれら円筒部および底板部の外面側の残留圧縮応力の値と同程度としている。そして、これら円筒部および底板部の外面側の表層部の残留圧縮応力の値を、これら円筒部および底板部の内面側の表層部の残留圧縮応力の値よりも大きくしている。さらに、これら円筒部および底板部の外面側の表層部のうち、表面から0.03mmまでの深さの表層部分における残留圧縮応力の大きさを1100MPaより大きく1600MPa以下としている。なお、本発明において、表層部は、表面と前記表層部分との両方から構成される。
【0017】
好ましくは、前記底板部の厚さ寸法Tを、前記円筒部の厚さ寸法tよりも大きくする。具体的には、前記底板部の厚さ寸法Tを、好ましくは前記円筒部の厚さ寸法tの105?200%{T=(1.05?2)t}、より好ましくは120?150%{T=(1.2?1.5)t}とする。さらに具体的には、前記底板部の厚さ寸法Tを、1.25mmとする。なお、本発明は、ラジアルニードル軸受用外輪の径方向寸法が、5?50mmの範囲、好ましくは、5?30mmの範囲にある場合に、適用することが可能である。
【0018】
また、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法の発明は、前記金属材料からなる円板状の素板を円筒状に絞り加工を施すことにより、もしくは、前記金属材料からなる円柱状の素材を円筒状に塑性加工を施すことにより、前記円筒部および底板部を有する中間素材とした後、この中間素材の円筒部および底板部の外面側にショットピーニングを施して、これら円筒部および底板部の外面側の表層部に残留圧縮応力を発生させると共に、これら円筒部および底板部の内面側の残留圧縮応力の値を、ショットピーニングを施す以前のこれら円筒部および底板部の外面側の残留圧縮応力の値と同程度とすることを特徴とする。なお、本発明では、このショットピーニングには、ショットブラストが含まれる。
【0019】
前記ショットピーニングの条件を適切に規制することにより、前記円筒部および底板部の外面側の表面の表面粗さを管理して、この表面の防錆塗装との密着性を改善することが好ましい。また、同様に、前記円筒部の外面側の表面の表面粗さを管理することにより、この外輪の前記外側部材に設けた前記円孔からの抜け止めを図ることが好ましい。さらに、同様に、組み付け前の外輪において、前記円筒部および底板部の外面側の表面に存在する酸化物を除去して、この外輪の組み付け性を改善することが好ましい。
【0020】
本発明は、円板状の素板から絞り加工を施して中間素材を得る場合に好適に適用される。この場合、上述したようなシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を製造するために、まず、造るべきシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の底板部の厚さ寸法と同等以上の厚さ寸法を有する、素材である金属板を打ち抜いて、円板状の素板とする。次いで、この素板の径方向外寄り部分を、円筒状凹面であるダイスの内周面と、円筒状凸面であるパンチの外周面との間で、厚さ寸法を減少させつつ、円筒状に塑性変形させる絞り加工を施すことにより、前記円筒部および底板部を有する中間素材とする。その後、この中間素材にショットピーニングを施して、これら円筒部および底板部の表層部に残留圧縮応力を発生させる。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、内側部材の端面と底板部の内面との当接部での摩擦損失を少なく抑えられる構造のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪において、外径寸法や肉厚の増大に伴う大型化や、この底板部の形状の複雑化を伴うことなく、その底板部および円筒部の外面側の表層部に残留圧縮応力を付与することで、その底板部およびこの底板部と前記円筒部との連続部の疲労強度を向上させることができる。
【0022】
また、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を、中間素材の形成後に、ショットピーニングを施すことにより得ることで、特別な工程を追加することなく、外輪の底板部の外側面および/または円筒部の外周面を、防錆塗装との密着性を良好としたり、組み付け前の外輪のこれらの面から酸化物を除去して、この外輪の組み付け性を改善したり、さらには、円筒部の外周面の表面性状を改善して、この軸受の抜け出しおよびこれに伴う回転軸の回転などの位置ずれの防止を図ることができる。
【0023】
さらに、円板状の素板を円筒状に絞り加工を施して中間素材を得る方法では、円筒部の厚さ寸法よりも底板部の厚さ寸法を大きくして、前記アキシャル荷重に対するこの底板部の剛性を十分に大きくできる、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を、低コストで得られる金属材料の素板を使用して、精度よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本発明の実施の形態の1例を、使用箇所に組み付けた状態で示す、図6のX部に相当する拡大図である。
【図2】図2は、外輪の形状を得るための絞り加工を工程順に示す断面図である。
【図3】図3は、本発明の効果を確認するために行った実験に使用した実験装置の断面図である。
【図4】(削除)
【図5】図5は、外輪の外面側の表層部に存在する残留圧縮応力がこの外輪の耐久性に及ぼす影響を知るために行った実験の結果を示すグラフである。
【図6】図6が、従来から知られているシェル型ラジアルニードル軸受を組み込んだ自在継手の部分断面図である。
【図7】図7は、図6のX部拡大図である。
【図8】図8は、外輪の底板部に十字軸の軸部から軸方向の繰返し応力が加わることによって、この底板部が破損した状態を示す、図7と同様の図である。
【図9】図9は、底板部の断面形状を多段形状とした外輪の1例を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図1および図2を参照しつつ、本発明の実施の形態の1例をもとにして、本発明についての説明を行う。なお、本例の特徴は、円筒部8aと底板部9aとからなる有底円筒状の外輪6aに所定の分布で残留圧縮応力を存在させるとともに、この外輪6aのうちの底板部9aの厚さ寸法Tを前記円筒部8aの厚さ寸法tよりも大きく(T>t)した点と、外輪6aの製造方法を工夫した点にある。その他の部分の構造および作用は、図6および図7に示した従来構造の場合と同様であるから、重複する図示並びに説明は省略もしくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。なお、下記の説明は、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪が、自動車用の十字軸式の自在継ぎ手に組み込まれる場合を前提としているが、本発明はその用途に限定されることはない。
【0026】
本発明が適用されるシェル型ラジアルニードル軸受用外輪6aは、金属材料により全体を一体の有底円筒状に形成されている。金属材料としては、SCM415などのクロムモリブデン鋼、SPCCなどの冷間圧延鋼、肌焼鋼などの熱処理用鋼、SAE1010などの磨き特殊帯鋼のように、少なくとも表面を熱処理により硬化可能な、鉄系合金製の金属板が使用されている。この外輪6aでは、内側部材である軸部4の端面と外輪6aの底板部9aの内面とは、中央部のみで当接して、これらの面の径方向外寄り部分では当接しないようになっている。この構成により、内側部材である軸部4と外側部材であるヨーク1a、1bとの軸方向に関する相対変位に伴うアキシャル荷重と、軸部4とヨーク1a、1bとの相対回転とに基づいて、これら両面の当接部に作用する摩擦力(摩擦モーメント)を小さく抑えている。そして、これら両面の当接部での摩擦損失を低減して、十字軸式の自在継手など、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を組み込んだ各種機械装置の伝達効率の向上を図ることを可能としている。なお、本例では、この底板部の内面中央部に、相手面である軸部4の端面に向けて突出する突曲面部が形成されているが、軸部4の端面中央部に、相手面である底板部の内面に向けて突出する凸曲面部を形成してもよい。
【0027】
このように、摩擦損失の低減を図るために、内側部材である軸部4の端面と外輪6aの底板部9aの内面とを中央部でのみ当接させた結果、軸部4がシェル型ラジアルニードル軸受用外輪6aに対し、押し込まれる方向に軸方向変位し、軸部4が底板部9aの内面中央部を押圧すると、この底板部9aが、外面側が凸面となる方向に弾性変形する傾向になる。そして、この底板部9aの外面に引っ張り応力が、この底板部9aと円筒部8aとの連続部である折れ曲がり部16に曲げモーメントが、それぞれ加わる。
【0028】
本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪では、円筒部8aおよび底板部9aの外面側の表層部(表面および表面から所定深さの表層部分)の残留圧縮応力を、同じく内面側の表層部よりも大きくしているため、この残留圧縮応力が、前記引っ張り応力により底板部9aに、また、前記曲げモーメントにより折れ曲がり部16に、それぞれ亀裂などの損傷が発生することを抑止する力として作用する。すなわち、底板部9aの外面に残留圧縮応力が存在すると、この残留圧縮応力が、軸部4の端面中央部が底板部9aの内面中央部を押圧した場合でも、この底板部9aがその外面側が凸面となる方向に弾性変形(外面側が伸張)することに対抗する力として作用する。言い換えれば、底板部9aの剛性のうち、この底板部9aの外面側を凸面とする方向の力に対する剛性が高くなる。
【0029】
また、この底板部の剛性は、前記残留圧縮応力を発生させるための手段としてショットピーニングを採用した場合、これに伴う加工硬化によっても高くなる。このため、軸部4の端面が底板部9aの内面を押圧した場合にも、この底板部9aが弾性変形しないか、弾性変形した場合でもその程度を小さく抑えられる。この結果、底板部9aおよび折れ曲がり部16に、亀裂などの損傷が発生し難くなる。また、この底板部9aの外面側の表層部に存在する残留圧縮応力は、この底板部に亀裂が発生する傾向になった場合に、この亀裂を塞ぐ方向に作用するため、この面からも損傷防止効果を得られる。
【0030】
このように、本発明では、折れ曲がり部16の曲がり方向外側を介して互いに連続する、外輪6aの外面のうちの円筒部8aの外周面および底板部9aの外側面の表層部に、残留圧縮応力を存在させている。本例では、これら円筒部8aの外周面および底板部9aの外側面に、粒状の投射材を叩き付ける、ショットピーニングを施している。そして、円筒部8aおよび底板部9aの外面側の表層部に残留圧縮応力を発生させている。
【0031】
本発明では、この残留圧縮応力の大きさを、この外面側の表層部のうち、表面から0.03mmまでの深さの表層部分で700?1600MPaとしている。本発明が適用されるシェル型ラジアルニードル軸受用外輪6aの径方向寸法に関しては、一般的なステアリング装置用の自在継手に組み込まれるものを含めて、5?50mmの範囲、より具体的には、5?30mmの範囲となっている。この範囲の大きさの場合には、円筒部8aおよび底板部9aの外面側の表層部のうち、上記表層部分における残留圧縮応力の値を上記範囲に規制することにより、底板部9aの剛性を十分に高くして、亀裂などの損傷防止効果を十分に得ることができる。この表層部分の残留圧縮応力はこの範囲で高い方がよく、好ましくは1000MPa以上、さらに好ましくは1200MPa以上である。ただし、この表層部分の残留圧縮応力を、1600MPaを超えて大きくしても、この残留圧縮応力の値を大きくするためのコストがいたずらに嵩むのみで、それ以上の耐久性向上効果を期待できないため、その上限は1600MPa程度とすべきである。
【0032】
また、本例では、円筒部8aおよび底板部9aの外面側の表層部のうち、表面における残留圧縮応力の大きさを、1100?1500MPaとしている。これにより、底板部9aの剛性をより大きくして、亀裂などの損傷防止効果をさらに十分に得られる。同様の理由により、好ましくは1200MPa以上、さらに好ましくは、1300MPa以上とするが、その上限は1500MPa程度に制限される。
【0033】
なお、円筒部8aおよび底板部9aには絞り加工に起因する残留応力が存在する。この内面側に残留圧縮応力が存在する場合、この内面側の残留圧縮応力の値は小さく抑えて、その値が、前記外面側の残留圧縮応力の値よりも十分に小さな値に留まるようにする。すなわち、本発明では、円筒部8aおよび底板部9aの内面側の残留応力が、亀裂発生に結び付く可能性のある引っ張り応力ではなく、亀裂発生を抑える方向に作用する圧縮応力である限り、その残留圧縮応力の値は問題とならない。したがって、これらの内面側の残留圧縮応力の値は僅少で足りる。むしろ、これらの内面側に大きな残留圧縮応力が存在すると、この残留圧縮応力が、底板部9aがその外面側が凸面となる方向に弾性変形することを助長することになるため、好ましくない。このため、円筒部8aおよび底板部9aの内面側に関しては、残留圧縮応力を発生させるための処理は施さないか、仮に施す場合でも、軽い処理にとどめる。したがって、前記外面側の表層部に残留圧縮応力を発生させるためのショットピーニングを行う際には、前記投射材が、外輪6aの内側に勢いよく入り込まないようにする。
【0034】
また、円筒部8aの外周面およびその表層部分に関しても、耐久性向上の面からは、大きな残留圧縮応力を存在させる必要性は乏しい。ただし、ショットピーニングの条件によっては、円筒部8aの外周面およびその表層部分についても、底板部9aの外側面およびその表層部分に残留圧縮応力を付与する際に、同時に残留圧縮応力が発生する場合があり、かつ、この部分の大きな残留圧縮応力が存在することは、特に不都合にならない。
【0035】
さらに、本例の場合には、底板部9aの厚さ寸法Tを、円筒部8aの厚さ寸法tよりも大きく(T>t)している。これにより、底板部9aの剛性をより高くして、亀裂などの損傷防止効果をより高くできる。大きくする程度は、この底板部9aの厚さ寸法Tをこの円筒部8aの厚さ寸法tの105%以上(T≧1.05t)、好ましくは120%以上(T≧1.2t)とする。なお、底板部9aの厚さ寸法Tと円筒部8aの厚さ寸法tが同じ(T=t)場合でも、上記の円筒部8aおよび底板部9aの外面側の表層部に残留圧縮応力を付与することによる効果は十分に得られるが、この寸法の規制と合わせることで、この底板部9aと、底板部9aと円筒部8aとの連続部の剛性をさらに向上させることができる。
【0036】
この底板部9aの厚さ寸法を大きくする程度の上限は、底板部9aの強度確保の面と、加工の容易性を担保する面とから規制する。すなわち、円筒部8aは、ラジアルニードル軸受の外輪として機能する。したがって、外側部材であるヨーク1a、1bの円孔3に締り嵌めで内嵌固定することにより、この円孔3の内周面でバックアップされるにしても、外輪軌道である内周面の転がり疲れ寿命を確保する面からは、必要最低限の厚さt(たとえば1?1.2mm程度)は必要であり、用途によっては1.5?2mm程度確保する場合もある。一方、底板部9aの厚さ寸法Tを必要以上に大きくしても、この底板部9aおよび折れ曲がり部16の疲労強度を向上させる効果が飽和するだけでなく、加工が面倒になり、さらには、ラジアルニードル軸受用外輪6aの重量がいたずらに嵩んでしまう。このため、底板部9aの厚さ寸法Tを、円筒部8aの厚さ寸法tの200%を超えて大きくすることは好ましくない。好ましくは、150%以内に収めるべきである。
【0037】
これらのことを考慮すれば、底板部9aの厚さ寸法Tを、円筒部8aの厚さ寸法tの105?200%{T=(1.05?2)t}とし、好ましくは120?150%{T=(1.2?1.5)t}とする。具体的には、この円筒部8aの厚さ寸法tを1mmとし、底板部9aの厚さ寸法Tを1.25mmとしている。
【0038】
なお、円筒部8aの開口端部は薄肉とし、この薄肉部分を径方向内方に折り曲げて形成した内向鍔部10により、円筒部8aの内周面(外輪軌道)と、内側部材である軸部4の外周面(内輪軌道)との間に配置した、複数本のニードル7の抜け止めを図っている。内向鍔部10の外面側の表層部に関しては、特に残留圧縮応力を存在させる必要はない。ただし、同様に、円筒部8aおよび底板部9aの外面側に対するショットピーニングの際に、投射材が内向鍔部10に衝突し、この内向鍔部10の表層部分に残留圧縮応力が発生することは差し支えない。なお、投射材の投射方向を工夫さえすれば、この投射材が外輪6aの内部に勢いよく入り込むことは、内向鍔部10により防止される。したがって、このショットピーニングの際に、外輪6aの開口部を塞ぐ手間は、特に必要とされない。
【0039】
なお、本発明において、前記外面側の表層部に残留圧縮応力を発生させるためにショットピーニングを施す場合、公知のショットピーニング装置を用いることができる。求める残留圧縮応力の値や外輪6aの形状や大きさなどに応じて、投射材の材質、粒径、投射時間などについて、適正値を設定する。これらの条件は、個々のケースによって異なるため、必要に応じて実験などを行うことにより、上記適正値を求める。
【0040】
本発明においては、外輪6aの外面側の表面に対して防錆塗装を施す場合、上述の所望の残留圧縮応力の値などに応じてショットピーニングの条件を設定するに際して、同時に防錆塗装との密着性を考慮して、前記投射材の材質などの条件を最適化することにより、防錆塗装の種類に応じた、密着性の良好な外面側の表面を得ることができる。これにより、外輪6の防錆性能を同時に向上させうる。なお、密着性については、円筒部8aおよび底板部9aの外面側の表面の表面粗さを管理することにより、調整することが可能である。
【0041】
同様に、組み付け前の外輪6について、その表面の酸化物の存在状況などに応じて、ショットピーニングの条件を最適化して、ショットピーニングにより、残留圧縮応力の値を調整するのと同時に、酸化物を除去することも可能である。これにより、外輪6の組み付け性を同時に改善することが可能となる。
【0042】
さらに、軸受6aの外側部材であるヨーク1a、1bの円孔3からの抜け止めを図る観点からも、このショットピーニングの条件を最適化して、残留圧縮応力の値を調整するのと同時に、外輪6aの円筒部8aに抜け止めを図ることができる外周面を付与することが可能となる。この場合も、その性能については、外輪6aの円筒部8aの外周面における表面粗さを管理することにより、調整することが可能である。
【0043】
上述のような観点からは、剛性を向上させることが必要とされる、底板部9aの外側面と、底板部9aと円筒部8aとの連続部である折れ曲がり部16以外の部分である、円筒部8aの外周面についても、このショットピーニングによる処理を積極的に行うことが、好ましいといえる。
【0044】
また、外輪の底板部の外側面および円筒部の外周面について、その表面性状を改質するための下地処理などの表面加工については、シボ加工などのエッチングにより行うこともできるが、これらを単独で行うことは、表面加工工程の追加となり、多大な労力と大幅なコストアップを招くものであり、かつ、これらの表面加工によっては、本発明で要求される残留圧縮応力をこれらの外面側の表層部に付与することはできない。一方、前述のような表面改質を行う際に、その効果を十分に上げるためには、従来のショットブラスト条件では十分でない場合があり、複数回の処理を繰り返さざるを得ないのが実情である。しかしながら、本発明における条件を用いることにより、原則として1回の処理で、要求される残留圧縮応力の付与と表面改質の両方の効果を同時に得ることが可能となる。
【0045】
次に、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法のうち、円筒部8aの厚さ寸法tと底板部9aの厚さ寸法Tとを異ならせた外輪6aの製造方法の1例について、図2を参照しながら説明する。まず、造るべき外輪6aの底板部9aの厚さ寸法と同等以上の厚さ寸法を有する、素材となる金属材料の板を、(A)に示したコイル18から引き出し、この金属板を打ち抜いて、(B)に示すような円板状の素板19とする。次いで、この素板19を、(C)に示した第1パンチ20の外周面と第1ダイス21の内周面との間で有底円筒状に塑性変形させる絞り加工を施して、有底円筒状の第1中間素材22に加工する。第1パンチ20の外径と第1ダイス21の内径との差の1/2(半径差)は、素板19の厚さ寸法よりも小さく、円筒部8aの厚さ寸法tと、スプリングバック分を除いて、ほぼ一致している。したがって、前記絞り加工により、素板19の厚さ寸法を低減しつつ、円筒部8aとなるべき部分が形成される。これに対して、底板部9となるべき部分の厚さ寸法は、ほぼ素板19の厚さ寸法のままである。なお、このような絞り加工は、複数段にわたって行う。したがって、第1パンチ20と第1ダイス21とは、形状が少しずつ異なるものが、複数組存在する。
【0046】
次に、(D)に示すように、第1中間素材22のうちで、円筒部8aとなるべき部分の先端部を、第2パンチ23と第2ダイス24との間で押し潰して、内向鍔部10となるべき薄肉部を有する第2中間素材25とする。
【0047】
次いで、(E)に示すように、この第2中間素材25を第3ダイス26により抑え付けた状態で、この第2中間素材25のうちで底板部9aとなるべき部分を、第3パンチ27の先端面と、図示しないカウンタパンチの先端面との間で押し潰し、底板部9aとなるべき部分の内面中央部に、部分球面状の凸曲面部12を形成して、第3中間素材28とする。
【0048】
次いで、(F)に示すように、前記第3中間素材28を、第4パンチ29と第4ダイス30との間で抑え付けて、内向鍔部17となるべき薄肉部の先端部に存在する余剰部分を除去(トリミング)して、第4中間素材31とする。
【0049】
次いで、(G)から(H)に示すように、この第4中間素材31を第5ダイス32により抑え付けた状態で、第4中間素材31のうちの薄肉部分を、予備曲げ加工パンチ33と仕上加工パンチ34とにより順次折り曲げて、この薄肉部を内向鍔部10とし、(H)に示した最終中間素材35とする。この最終中間素材35が、本発明における円筒部および底板部を有する中間素材に相当する。
【0050】
次いで、外輪軌道として機能する円筒部8aの内周面を必要な高度に高めるための熱処理を施す。最後に、この最終中間素材35にショットピーニングを施して、円筒部8aおよび底板部9aの表面および表層部分に残留圧縮応力を発生させる。
【0051】
上述のようにして造られる、本発明による構成を備える外輪6aは、自在継手を構成する十字軸2の軸部4の端面と、底板部9aの内面との当接部での摩擦損失を少なく抑えられる構造で、外径寸法の大型化や厚肉化、さらには、底板部9aの形状の複雑化を伴うことなく、この底板部9a、および、この底板部9aと円筒部8aとの連続部の疲労強度を向上させることができる。さらには、防錆塗装との密着性の向上や酸化物の影響を排除することにより、外輪6aの防錆性についても向上させることができる。さらには、外輪6aの円筒部8aの外周面の表面性状を調整することにより、この外輪6aの抜け止めを図り、自在継手の回転などの位置ずれを生じることのない外輪6aが提供される。
【0052】
上述の例では、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を、熱処理により少なくとも表面を硬化可能な、金属材料(鉄系合金製)の素板に絞り加工を施すことにより製造する場合について説明した。これに対して、本発明のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を、特許文献4に記載されているように、円柱状の素材に、塑性加工の一種である冷間鍛造加工を施すことにより製造することもできる。この場合にも、円筒部の厚さ寸法に比べて底板部の厚さ寸法が大きい、有底円筒状の中間素材を造り、この中間素材に、表面硬化のための熱処理、および、外面に残留圧縮応力を発生させるためのショットピーニングを施す。このような冷間鍛造加工によりシェル型ラジアルニードル軸受用外輪を製造する場合、素板に絞り加工を施す場合に比べて、金型の強度を大きくするとともにプレス装置の容量を大きくする必要があるなど、設備コストが嵩む代わりに、材料の歩留まりを向上させることができる。このため、大量生産の場合、前記絞り加工の場合に比べて、製造コストを低く抑えられる可能性がある。
【実施例】
【0053】
本発明の効果を確認するために行った実験について説明する。実験では、図3に示すように、供試片である外輪6aの円筒部8aをホルダ36の保持孔37に締り嵌めで内嵌固定した。この保持孔37は貫通孔とし、外輪6aの底板部9aはバックアップしなかった。この状態で外輪6a内に、複数本のニードル7とともに十字軸2の軸部4を挿入し、この軸部4の先端面を底板部9aの内面に当接させた。そして、押圧杆38によりこの軸部4の先端面を底板部9aの内面に、500?1500Nの範囲で変動する、変動荷重により押し付け、供試片である外輪6aに、亀裂などの損傷が発生するまでの回数を測定した。
【0054】
供試片としては、外輪6aを構成する円筒部および底板部の外面側の表層部の残留圧縮応力の値をそれぞれ異ならせたものを16種類、16個用意した。残留圧縮応力を異ならせた16個の供試片に関しては、底板部の厚さTを1.25mmとした。また、外輪の外径は、いずれも16mmとし、円筒部の厚さtは、いずれも1mmとし、材質については、いずれもSCM415とした。また、外輪の内面に関しては、残留圧縮応力を発生させるためのショットピーニングは施さず、絞り加工に伴って発生する残留圧縮応力のみとした。このため、上記外輪の内面の残留圧縮応力の値に関しては、ショットピーニングを施す以前の状態の、外面側と同程度である。このような条件で行った実験の結果を、図5に示す。
【0055】(削除)
【0056】
図5は、表層部の残留圧縮応力の値が耐久性(破損までに要するアキシャル荷重の繰り返し回数)に及ぼす影響について示している。図5から理解されるように、残留圧縮応力が460?560MPa程度の場合には18万?94万回の繰り返し荷重で破損したのが、残留圧縮応力が830?1290MPa程度にすると、破損に至るまでの荷重の繰り返し回数が315万?1000万回となり、飛躍的に増大した。
【0057】
このように、通常100万回程度をOKレベルとするシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の耐久性の実験において、残留圧縮応力が700MPaを超えると、300万回以上の繰り返しが可能となり、1100MPaを超えると、1000万回を超える回数まで繰り返しが可能となることが確認された。なお、1000万回の繰り返し荷重でも破損しなかった場合には、OKストップとして、実験を終了した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、自動車用途の十字軸式の自在継手の回転支持部に組み込まれるシェル型ラジアルニードル軸受用外輪に好適に適用されるが、これに限られず、特に底板強度性能や防錆性能が要求されるような各種機械装置に組み込まれる有底円筒状のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪にも広くかつ好適に適用される。
【符号の説明】
【0059】
1a、1b ヨーク
2 十字軸
3 円孔
4 軸部
5 シェル型ラジアルニードル
6、6a 外輪
7 ニードル
8、8a 円筒部
9、9a 底板部
10 内向鍔部
11 外輪軌道
12 凸曲面部
13 内輪軌道
14 段部
15 シール部材
16 折れ曲がり部
18 コイル
19 素板
20 第1パンチ
21 第1ダイス
22 第1中間素材
23 第2パンチ
24 第2ダイス
25 第2中間素材
26 第3ダイス
27 第3パンチ
28 第3中間素材
29 第4パンチ
30 第4ダイス
31 第4中間素材
32 第5ダイス
33 予備曲げ加工パンチ
34 仕上曲げ加工パンチ
35 最終中間素材
36 ホルダ
37 保持孔
38 押圧杆
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料により全体を一体の有底円筒状に形成されており、内周面に外輪軌道を設けた円筒部と、この円筒部の一端開口を塞ぐ底板部とを備え、この円筒部を外側部材に設けた円孔に内嵌固定するとともに、前記外輪軌道と円柱状の内側部材の端部外周面に設けた内輪軌道との間に複数本のニードルを転動自在に設け、かつ、前記内側部材の端面を前記底板部の内面中央部に当接させた状態で使用するシェル型ラジアルニードル軸受用外輪において、
前記円筒部および底板部の外面側に、残留圧縮応力を発生させるための手段により発生させた残留圧縮応力が存在しており、前記円筒部および底部の内面側の残留圧縮応力の値は、前記残留圧縮応力を発生させるための手段を施す以前のこれら円筒部および底板部の外面側の残留圧縮応力の値と同程度であり、これら円筒部および底板部の外面側の表層部の残留圧縮応力の値が、これら円筒部および底板部の内面側の表層部の残留圧縮応力の値よりも大きくなっており、かつ、これら円筒部および底板部の外面側の表層部のうち、表面から0.03mmまでの深さの表層部分における残留圧縮応力の大きさが1100MPaより大きく1600MPa以下であることを特徴とする、
シェル型ラジアルニードル軸受用外輪。
【請求項2】
前記底板部の厚さ寸法の、前記円筒部の厚さ寸法に対する比が、1.25である、請求項1に記載したシェル型ラジアルニードル軸受用外輪。
【請求項3】
前記底板部の厚さ寸法が1.25mmである、請求項2に記載したシェル型ラジアルニードル軸受用外輪。
【請求項4】
前記円筒部および底板部の外面側の表面に酸化物が存在しない、請求項1に記載のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪。
【請求項5】
請求項1に記載したシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法であって、前記金属材料からなる円板状の素板を円筒状に絞り加工を施すことにより、もしくは、前記金属材料からなる円柱状の素材を円筒状に塑性加工を施すことにより、前記円筒部および底板部を有する中間素材とした後、この中間素材の円筒部および底板部の外面側にショットピーニングを施して、これら円筒部および底板部の外面側の表面および表層部分に残留圧縮応力を発生させると共に、これら円筒部および底板部の内面側の残留圧縮応力の値を、ショットピーニングを施す以前のこれら円筒部および底板部の外面側の残留圧縮応力の値と同程度とするシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法。
【請求項6】
造るべきシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の底板部の厚さ寸法と同等以上の厚さ寸法を有する、前記金属材料の金属板を打ち抜いて、前記円板状の素板とし、次に、この素板の径方向外寄り部分を、円筒状凹面であるダイスの内周面と、円筒状凸面であるパンチの外周面との間で、厚さ寸法を減少させつつ円筒状に塑性変形させる絞り加工を施すことにより、前記円筒部および底板部を有する中間素材とする、請求項5に記載のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法。
【請求項7】
前記ショットピーニングを施すことにより、前記円筒部および底板部の外面側の表面の防錆塗装との密着性を改善する、請求項5に記載のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法。
【請求項8】
前記円筒部の外面側の表面に前記ショットピーニングを施すことにより、この外輪の前記外側部材に設けた前記円孔からの抜け止めを図る、請求項5に記載のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法。
【請求項9】
前記ショットピーニングを施すことにより、前記円筒部および底板部の外面側の表面に存在する酸化物を除去する、請求項5に記載のシェル型ラジアルニードル軸受用外輪の製造方法。
【図面】









 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2018-01-11 
結審通知日 2018-01-15 
審決日 2018-01-26 
出願番号 特願2012-536400(P2012-536400)
審決分類 P 1 41・ 853- Y (F16C)
P 1 41・ 851- Y (F16C)
最終処分 成立  
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 小関 峰夫
滝谷 亮一
登録日 2013-12-13 
登録番号 特許第5429394号(P5429394)
発明の名称 シェル型ラジアルニードル軸受用外輪およびその製造方法  
代理人 松山 美奈子  
代理人 松山 美奈子  

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