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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M
管理番号 1337640
審判番号 不服2017-5567  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-04-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-19 
確定日 2018-02-22 
事件の表示 特願2017- 8699「非水電解質二次電池用の正極活物質及びその製造方法、並びにそれを用いた非水電解質二次電池」拒絶査定不服審判事件〔平成29年10月12日出願公開、特開2017-188428〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成29年 1月20日(優先権主張 平成28年3月30日)の出願であって、平成29年 3月31日付けで拒絶査定がされ、同年4月19日付けで拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同時に手続補正がされたものである。
その後、当審において、平成29年 6月 8日付けで拒絶理由が通知され、同年 7月19日付けで意見書及び手続補正書が提出され、同年 8月28日付けで審尋が通知され、同年10月25日に前記審尋で示された疑義に対する説明を趣旨とした面接が行われ、同年10月27日付けで回答書が提出され、同年11月28日付けで前記回答書の内容を補充する上申書が提出され、同年12月 7日に、前記上申書の内容を補充するファクシミリが送信された。
なお、原審において、平成29年 3月 2日付けの手続補正書において明細書の全文が補正されているところ、以下において、本願明細書の記載に言及するときは、出願当初の明細書に基づくものとする。
また、以下において、平成29年 7月19日付けの意見書、同年10月27日付けの回答書、同年11月28日付けの上申書を、それぞれ、単に、意見書、回答書、上申書ということがある。

第2 本願発明
本願の請求項1?5に係る発明は、平成29年 7月19日付けの手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定されるものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。

「一般式が、
Li_(a)(Ni_(b)Co_(c)Al_(d)Me_(e))O_(2)
(但し、Me=Mn、Mg、Ti、Ru、Zr、Nb、Mo、Wであり、1.00≦a≦1.15、0.25<b<1、0<c≦0.30、0<d≦0.05、0≦e≦0.40である)で表されるリチウム遷移金属層状酸化物からなる正極活物質であって、
前記正極活物質は、一次粒子が凝集した二次粒子により構成され、
前記二次粒子の粒界に、F、Mg、Al、P、Ca、Ti、Y、Sn、Bi、Te、Ce、Zr、La、Mo、Sc、Nb及びW(以下、A元素とする)のうちの複数、若しくはいずれかが存在し、前記A元素とLiとの酸化化合物であるLi-A-O化合物を含み、
前記二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数が28.0%以下であることを特徴とする非水電解質二次電池用の正極活物質。」
(下線は、平成29年 7月19日付けの手続補正書によって補正された箇所を示す。)

第3 当審において通知した拒絶理由の概要
当審における平成29年 6月 8日付けの拒絶理由通知は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件(以下、「明確性要件」という)を満たしていないとの拒絶理由を含んでおり、具体的には、以下の内容を含む(当審注:「・・・」は記載の省略を表す。また、特に断りがない限り、下線は当審にて付したものである。以下同様である。)。

「 2 本願は、特許請求の範囲が以下の(2)の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
・・・
(2) 本願の請求項1?7の明確性要件違反
ア 請求項1には「二次粒子内におけるLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」について特定されており、「Li/M」はLiの組成とMの組成の比を意味するものと認められる。そして、「変動係数」は、標準偏差を平均値で割って算出される。
また、発明の詳細な説明の段落【0061】には「凝集粒子の一端から反対側の一端までの少なくとも3μmの直線部分について連続的に組成比を測定し、標準偏差値、平均値を算出し、変動係数(標準偏差/平均値)とした。」と記載されている。
したがって、請求項1において、「二次粒子内におけるLi/M」の「変動係数」とは、二次粒子内の特定の領域の複数箇所において測定された、LiとMの組成比から求めた標準偏差と、平均値とによって算出されるものであることが理解できる。

イ 次に、請求項1の「変動係数」の計算に用いるLiの組成の数値に関し検討する。
発明の詳細な説明の段落【0015】には、「変動係数に係るLi/M比の「Li」は上記のA元素と化合していないLiを意味する。」と記載されているから、請求項1の「変動係数」は、二次粒子内の測定箇所において検出されたLiのうち、「A元素」と化合していないLiに基づき計算されるものと解釈され得る。
一方、請求項1には、「変動係数」の計算に用いるLiの組成の数値について、「A元素」と化合していないLiのみを考慮することは発明特定事項として記載されておらず、そもそも、請求項1においては、「A元素」に関する事項は発明特定事項として記載されていない。そのため、請求項1の記載によれば、「変動係数」は、二次粒子の測定箇所において検出された全てのLiを考慮した組成の数値で計算されるものと理解することが自然であるが、これは、上記で述べた、発明の詳細な説明の段落【0015】から解釈され得る内容と整合しない。

ウ したがって、請求項1の「変動係数」の計算に用いるLiの組成に関し、発明の詳細な説明の段落【0015】の記載と、請求項1の記載とが整合していないため、結局のところ、請求項1の「変動係数」の計算に用いるLiの組成は、
(ア) 二次粒子内の測定箇所において検出された全てのLiを考慮した組成の数値
(イ) 二次粒子内の測定箇所において検出されたLiのうち、何らかの選別を行って特定のLiのみを考慮して導かれた組成の数値
(ウ) 上記(ア)や(イ)とは異なる解釈により導かれた組成の数値
のいずれを意味するのかが不明である。

・・・
オ 一方、請求項2には「前記二次粒子の粒界に、F、Mg、Al、P、Ca、Ti、Y、Sn、Bi、Te、Ce、Zr、La、Mo、Sc、Nb及びWのうちの複数、若しくはいずれかが存在する」と記載されており、「A元素」に関して特定されているので、請求項2に関しては、発明の詳細な説明の段落【0015】の「変動係数に係るLi/M比の「Li」は上記のA元素と化合していないLiを意味する。」との記載を考慮した解釈を仮定して、明確性の検討を行っておく。
すなわち、以下においては、請求項2において、「変動係数」の計算に用いるLiの組成が、「A元素と化合していないLi」の組成の数値を意味すると仮定し、明確性について検討を行う。
この仮定の下では、請求項2には、上記ア?ウにおいて指摘した記載不備は該当しないが、以下のとおり、別の観点から、明確性要件違反となる。
発明の詳細な説明の段落【0060】?【0061】によれば、組成比の測定を、二次イオン質量分析法により行ったことが記載されている。
具体的には
「具体的には、二次イオン質量分析装置Nano-SIMS50L(AETEK CAMECA製)を用い、Cs+イオンを8keVで加速し、直径100nm以下に絞り、削りだした観察断面に60nm刻みで照射し、サンプルから発せられる二次イオンを同定した。これによって60ないし100ナノオーダーの微細な空間分解能を持つLiを含めた主要元素であるNi等の分布状態を測定した。」(段落【0060】)
と記載されている。
ここで、一般的な二次イオン質量分析法では、目的の元素の試料内における分布を知ることはできると認められるが、各元素が試料内においてどのような化合物として存在していたかを知ることができるとは認められない。また、段落【0060】に記載された特定の装置及び特定の条件であれば、一般的な二次イオン質量分析法とは異なり、各元素がどのような化合物として粒子内に存在したかを知ることができるという特別な事情が存在するとも認められない。
また、本願優先日時点(当審注:「本願出願日時点」の誤記)の分析技術に関する技術水準を考慮しても、リチウム遷移金属層状酸化物からなる正極活物質が二次粒子を構成している場合に、当該二次粒子内の「Li」がどの元素と化合していたかを区別して検出することができるとは認められない。つまり、「A元素と化合していたLi」と「A元素と化合していなかったLi」とを区別して検出することができるとは認められない。
ゆえに、二次粒子内の「A元素と化合していないLi」のみの組成の値を明らかにすることはできないから、「変動係数」を特定することができない。
よって、上記の仮定の下では、実際には「変動係数」を特定することができないため、請求項2に係る発明は明確でない。請求項2を引用する請求項3、4に係る発明についても同様に明確でない。」

第4 当審の判断
1 本願発明は、上記第2に示したとおりのものであるが、当審は、意見書、回答書及び上申書の説明にもかかわらず、以下の理由によって、明確性要件の拒絶理由が、依然として解消していないと判断する。

2 明確性要件について
(1) 特許法第36条第6項第2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨(明確性要件)を規定するところ、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)ア 前記第2に示したとおり、本願発明は
「前記二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数が28.0%以下である」
との発明特定事項を備えている。
この発明特定事項に含まれる記載のうち、「Li/M」とは、本願明細書の「正極活物質の二次粒子中におけるLi組成比(Li/M(M=Ni+Co+Al+Me))」(段落【0032】)等の記載からみて、Li元素の、M元素に対する組成比の数値を意味しているものと認められ、また、「変動係数」とは、一般的に、標準偏差を平均値で除した値のことを意味する用語であって、本願明細書の「変動係数(標準偏差/平均値)」(段落【0061】)との記載からも、そのような一般的な意味で用いられていることが理解できる。
イ ところで、本願発明に規定される「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の具体的な数値を算出する方法は、特許請求の範囲には記載されていない。
そして、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法が、当業者にとって理解できるものでない場合は、ある具体的な物に対しその数値を算出できず、本願発明の範囲内か否かが判断できないから、本願発明が明確性要件を満たすというためには、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法が当業者にとって理解できるものでなければならない。
ウ そこで、以下においては、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法が、明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、当業者にとって理解できるものであるか否かについて検討するとともに、その数値を「28.0%以下」と特定する本願発明が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かについて検討する。

(3) 本願明細書の記載に基づく検討
ア 本願発明の「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値を算出する方法に関連し、本願明細書の段落【0058】?【0063】には、以下のとおりの記載がある。
「【0058】
本発明の代表的な実施例を以下に示す。まず、本実施例における正極活物質に対する各種測定方法について述べる。
【0059】
正極活物質における結晶粒界箇所の確認および粒界近傍の結晶粒子内部の結晶構造は、Arイオンミリングで得た断面を、加速電圧300keVにてTEM Image多干渉像、および制限視野電子回折パターンで同定した。
【0060】
正極活物質における結晶粒界箇所および粒界を含んだ二次粒子断面内のイオン分布の確認は、二次イオン質量分析法によって行った。具体的には、二次イオン質量分析装置Nano-SIMS50L(AETEK CAMECA製)を用い、Cs+イオンを8keVで加速し、直径100nm以下に絞り、削りだした観察断面に60nm刻みで照射し、サンプルから発せられる二次イオンを同定した。これによって60ないし100ナノオーダーの微細な空間分解能を持つLiを含めた主要元素であるNi等の分布状態を測定した。
【0061】
なお、凝集粒子の断面(観察面)は、樹脂に封入した正極活物質をイオンミリングにて削り出して得た。このときの断面は少なくとも直径が3μmとなるようにし、凝集粒子の一端から反対側の一端までの少なくとも3μmの直線部分について連続的に組成比を測定し、標準偏差値、平均値を算出し、変動係数(標準偏差/平均値)とした。
【0062】
当該測定の概念図を図1に示す。本発明に係る正極活物質は、多数の一次粒子(結晶粒子)1が凝集した二次粒子2である。樹脂に封入した二次粒子2の観察断面について、所定の長さとなる直線部分3を選択し、組成比を測定した。
【0063】
更に、補助的な分析として、事前にFIB-SIM像と上記NanoSIMSのNi分布を比較し、NanoSIMSで得られるNi分布と、実際の粒界位置が一致することを確認した。」

イ 上記アに示した本願明細書の記載によれば、本願発明の「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出は、測定により数値データを得る段階と、測定で得た数値データを処理して上記「変動係数」の数値を算出する段階の二段階で行われることが理解できる。具体的には、以下の二つの段階である。
・樹脂に封入した正極活物質をイオンミリングにて削り出すことで、少なくとも直径が3μmとなるようにした、凝集粒子の断面(観察面)を得た上で、二次イオン質量分析装置を用い、粒子の一端から反対側の一端までの少なくとも3μmの直線部分について、60nm刻みで、連続的に組成比を測定し、Li元素のM元素に対する組成比の数値データを得る段階(以下、この段階を「測定段階」という。)。
・得られた数値データを用い、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」の標準偏差値と平均値を算出し、標準偏差を平均値で除することによって、変動係数の数値を得る数値処理段階(以下、この段階を「数値処理段階」という。)。

ウ 測定段階について検討すると、当該測定段階は当業者にとって理解できるものと認められる。すなわち、所定の観察面を有する試料の作製を行うことや、二次イオン質量分析装置を用いることにより二次粒子内におけるLi元素のM元素に対する組成比の数値データが得られることは、当業者が容易に理解でき、また、実験者が変わったとしても同様の結果が得られるものと認められる

エ 数値処理段階について検討する。
(ア) 二次イオン質量分析装置を用いた分析では、技術常識に照らすと、測定箇所における元素の分布を把握することができるが、分布している各元素がどのような化合物として存在していたかを把握することはできない。そのため、測定段階では、測定箇所における全てのLi元素の分布を反映した組成比の数値データを得ることができるが、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」の組成比の数値データを直接的に得ることはできない。
したがって、数値処理段階において、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」の標準偏差と平均値を算出するためには、測定段階で得られた、全てのLi元素の分布を反映した組成比の数値データから、特定の数値データの除外処理を行って、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」に相当する数値データのみを得る必要がある。
(イ) しかしながら、本願明細書には、測定段階で得られた、全てのLi元素の分布を反映した組成比の数値データから、具体的にどのような数値データを除外すれば、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」に相当する数値データとなるのかは、何ら説明されていない。また、本願明細書の実施例の欄では、変動係数の具体的な数値(例えば実施例8の正極活物質では27.3%、比較例2の正極活物質では28.8%)が記載されており、実施例1?8のものは比較例1?3のものに比較して繰り返し充放電特性に優れることも記載されているが、実施例1?8及び比較例1?3の各正極活物質の変動係数の具体的な数値が算出される過程は本願明細書には記載されていない。
(ウ) さらに、平成29年 8月28日付けの審尋において、「出願当初の明細書に記載の実施例1?8及び比較例1?3のいくつかについて、『Li/M変動係数』を算出した際において、NanoSIMSによって、実際に、どのような元素に関しどのようなデータを得たのかを説明するとともに、そのデータをどのように処理して『共存しているA元素分』に相当する数値データを導出したのか、を説明されたい(これは、本願発明を発明する際に実際に実行されたNanoSIMSによる測定、及びその後のデータ処理の作業を明らかにすることを求めるものであって、新たな実験を求めるものではない。)」と通知したことに対し、回答書においては、実施例1?8又は比較例1?3の何れかの正極活物質に関する具体的な数値データは提示されなかったので、本願明細書に記載された、実施例1?8及び比較例1?3の各正極活物質の具体的な変動係数の数値をもとに、除外される数値データの内容を推測することもできない(なお、回答書の内容については、後記(4)にて検討を行う。)。
(エ) よって、本願明細書の記載を参照しても、上記測定段階で得られた数値データからどのような数値データを除外すれば、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」に相当する数値データが得られるのかが不明であるから、上記数値処理段階の具体的な数値処理方法については、当業者が理解できるものであるとはいえない。
(オ) さらに、本願出願時の技術常識を考慮しても、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M」に相当する数値データを得るための手法は不明である。

オ 以上検討したとおり、本願明細書の記載及び技術常識を考慮したとしても、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法は、当業者が理解できるものであるとはいえない。

(4) 回答書及び上申書の内容を踏まえた検討
審判請求人は、意見書、回答書及び上申書において、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法の説明を行っている。
回答書では、意見書にて説明された算出方法をより詳細に説明するとともに、本願明細書に記載の実施例1?8又は比較例1?3とは別の、具体的な数値データを用い、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」を算出する際に、どのような数値データを除外するのかについて説明を行っている。また、上申書は、当該回答書の内容を補充するものである。
以下、これらの書面の内容を踏まえ、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法が、当業者にとって理解できるものであるか否かについて、更に検討する。なお、意見書で説明されている内容は回答書に包含されているので、以下においては、回答書及び上申書について検討を行う。

ア 回答書の記載内容
回答書には、以下のとおりの記載がある。
「2.回答の内容
前記の審尋に対しまして、本件審判請求人は以下のように回答いたします。
(1)変動係数の算出方法について
まず、ア?ウについて回答する前に、平成29年7月19日付け意見書にて説明した変動係数の算出方法について、より詳細に説明いたします。
(a)変動係数の算出方法の概要
まず、試験対象粒子である正極活物質粒子の粒子断面において、NanoSIMSを用いて少なくとも3μmの直線部分について連続的に組成比を測定します。なお、NanoSIMSは、一次イオンビームを試料表面に照射し、その結果、試料から放出される二次イオンを検出するものであり、当該二次イオン量を画像上の各ピクセル値(輝度値)としての数値データで記録することができ、これにより、試料中に存在する元素の分布をイメージとして取得できます。すなわち、周知のSEM-EDXと同様に、試料中の各元素の分布をイメージとして取得できます。
測定としては、具体的に、まず、本回答書に添付した補足資料の図1に示すように、粒子断面の適当な領域を選択し(図1における中央の四角)、図2に示す当該中央の四角領域の所定の位置(x軸とy軸の交差部)からx方向、y方向及びz方向に3μm分について連続的にLi、Ni、Mn、Co等の元素の組成比を測定します(補足資料の表1、図3ではx方向についてLi及びNiを測定した結果を示します)。測定の結果、表1及び図3に示すように、測定開始位置(x軸とy軸の交差部)から連続的にLiとNiとの組成比(Li/Ni)の数値データが得られます。y方向、z方向についても同様に行い、得られた数値データについて標準偏差及び平均値を算出することにより、標準偏差/平均値である変動係数が得られます。当然にA元素についても同様に測定することができ、その結果から、A元素とLiとが共存する位置がわかります。なお、補足資料の図4に示す粒子における直線部分について、NanoSIMSを用いて、粒子中のNi及びA元素としてのZrを測定した結果を図5に示します。
(b)データ除外範囲について
得られたデータについて、出願時明細書の段落0015に記載の通り、A元素と化合していないLiのみを変動係数の算出に用いるため、A元素と化合しているLiが存在する位置のデータは除外します。・・・従って、Zr(A元素)とLiとの共存が認められる位置(distance)における数値データを除外して、上記標準偏差及び平均値を算出します。そして、得られた標準偏差及び平均値から標準偏差/平均値である変動係数を算出します。
但し、除外する数値データについて、A元素が存在すると認められる全ての位置(distance)の数値データを除外するのではなく、粒界で且つA元素が存在すると認められる位置(distance)の数値データのみを除外します。なお、粒界ではM元素(Ni等)の濃度が低くなるため、M元素量を指標にして粒界位置を判断できます。
・・・
従って、A元素が上に凸のピークを示し且つM元素が下に凸のピークを示す位置(distance)の数値データのみを除外することは、粒界で且つA元素がLiと化合している位置の数値データを除外することになります。
本願発明は、例えば本願明細書の段落0015に記載の通り、A元素が粒界に存在するLiと化合することで変動係数の低減を図るものであることから、上記条件で数値データを除外することは当業者に自明であると思料いたします。
(c)ベースラインの決定について
補足資料の図5におけるデータを除外する範囲について、図7を参照してより具体的に説明します。図7において、データを除外する範囲は両矢印で示す3つの範囲(1?3)です。グラフ線がベースラインからピークに向かって上方に上がり、ピークからベースライン位置まで下がるdistance位置を、データを除外する範囲として決定しています。
ベースラインの決定方法は、ピークとして認められない位置における平均値を算出してその平均値をベースラインとしています。図7を例にすると、両矢印1の範囲を除外することを決定するためのベースラインを導出するために、0μmのdistance位置からピークに向かって上昇する直前の位置までの間のZrの数値データの平均値を算出し、これをベースラインとします。そして上述の通り、このベースラインからピークに向かって上方に上がり、ピークからベースライン位置まで下がるdistance領域(両矢印1で示す領域)を、データを除外する範囲として決定します。
なお、両矢印2及び3の範囲を除外することを決定するためのベースラインは、別途決定します。具体的に、両矢印1と2との間の領域及び両矢印2と3との間の領域のZrの数値データの平均値を算出し、これをベースラインとしています。このように、範囲によってベースラインを変更する手法が、当業者は通常行う手法であることは下記「3.むすび」の項に記載の通り、追って書面をもって証明したく存じます。
・・・
3.むすび
以上を参酌いただき再度ご審理を頂きたく存じます。
なお、上記ベースラインの決定方法について公知または当業者が通常行う方法であることを証明する書面は、追って上申書にて提出したいと考えておりますので、本回答書案の提出期限から1ヶ月のお時間を賜りたく存じます。何卒宜しくお願い申し上げます。」

「(補足資料)
・・・
【図7】



イ 上申書の記載内容
上申書には、以下のとおりの記載がある。
「本件に対し、平成29年8月29日(発送日)付けにて審尋を頂き、これに対して平成29年10月27日付けで回答書を提出いたしましたが、本上申書にて当該回答書の内容を補充させて頂きたく存じます。
平成29年10月27日付け回答書にて、データを除外する範囲を決定するための「ベースライン」の決定方法を説明した上で、その方法が当業者は通常行う方法であることを、追って書面をもって証明する旨を述べました。しかしながら、今回、これを証明するのに適する文献を見つけることができず、提出することができないため、代わりに、上記ベースラインを決定する際に、実験者によってベースラインが多少上下したとしても、変動係数は大きく変わらないことについて、本上申書に添付した補足資料を参照しながら、以下に説明いたします。
本上申書に添付した補足資料の図1はLi及びNiを主成分とし、AlをA元素として含む正極活物質二次粒子に対してNanoSIMSによって、該粒子の所定の範囲におけるLiとNiの含有量について分析をした結果を示すグラフあり、図2はLiとAlの含有量について分析をした結果を示すグラフです。また、表1は当該NanoSIMSによって計測された上記正極活物質二次粒子の各distance位置におけるNiの測定データ及びLi/Niの算出結果を示します。また、これらのデータに基づいて、算出されたLi/Niの変動係数を図1のグラフの下に示しています。
図1において、データを除外する領域として図2のAlのグラフを参照し、上に凸の箇所のうち代表的な2ヵ所を選択し、さらに、それらの領域の適当な範囲を選択し、破線で囲いました(領域1及び領域2)。具体的には、領域1としてdistance位置が7.0?7.3μmの範囲、領域2としてdistance位置が8.0?8.3μmの範囲を選択しました。それらの領域のデータを除外して変動係数を算出した結果、33.8%の結果が得られました。
次に、領域1及び領域2を上記範囲よりも少し拡大して変動係数を算出しました。具体的には、領域1としてdistance位置6.8?7.5μmの範囲、領域2としてdistance位置7.8?8.3μmの範囲を選択し、それらの領域のデータを除外して変動係数を算出した結果、34.2%の結果が得られました。
反対に、領域1及び領域2の範囲を縮小し、すなわち領域1としてdistance位置7.0?7.2μmの範囲、領域2としてdistance位置8.0?8.2μmの範囲を選択し、それらの領域のデータを除外して変動係数を算出した結果、33.5%の結果が得られました。
これらの結果から、データを除外する範囲を多少変化させたとしても、変動係数が大きく変動することはないことがわかります。
以上から、たとえ実験者によってベースラインが多少上下することで、データを除外するdistance位置が多少変動したとしても、変動係数の変動は大きくないといえます。従って、平成29年10月27日付けで回答書で述べた方法でデータ除外範囲を決定すれば、実験者によってベースラインの設定位置が多少異なって、多少のデータ除外範囲の差が生じたとしても、得られる変動係数が大きく変わることはありません。その結果、本願請求項1の発明の範囲は明確に定まるものと思料いたします。」

「(補足資料)
[図1]

[図2]



なお、上申書の表1の「Li/Ni」の列では空欄が散見されていたところ、平成29年12月 7日に、審判請求人から、空欄を埋めた資料がファクシミリで送付された。

ウ 回答書に関する検討
(ア) 上記アの「3.むすび」の欄にあるとおり、回答書で説明されている「ベースラインの決定方法」が公知または当業者が通常行う方法であることを証明する書面は、追って上申書にて提出する旨が表明されていたが、上記イの上申書の冒頭部分にあるとおり、上申書においては、結局、そのような書面は添付されていないので、回答書の説明は出願時の技術常識に基づくものとは認められず、明確性要件の判断において考慮することができない。
(イ) 回答書に関する判断は以上のとおりであるが、以下、予備的に、回答書の内容が出願時の技術常識に属するものであると仮定し、その内容を考慮して、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法が、当業者にとって理解できるものであるかどうかを検討する。
(ウ) 上記アの「(b)データ除外範囲について」の欄によれば、A元素と化合していないLiのみを変動係数の算出に用いるために、A元素と化合しているLiが存在する位置のデータを除外するとし、具体的には、NanoSIMSを用いて少なくとも3μmの直線部分について連続的に組成比を測定して得られたデータに対し、A元素が上に凸のピークを示し且つM元素が下に凸のピークを示す位置(distance)の数値データのみを除外すると説明している。
(エ) そして、上記アの「(c)ベースラインの決定について」の欄によれば、データを除外する範囲を「ベースライン」という概念を用いて決定するとし、具体的には、「ベースライン」は、A元素のグラフ線の「ピークとして認められない位置における平均値を算出してその平均値」として決定するとともに、データを除外する範囲については、A元素の「グラフ線がベースラインからピークに向かって上方に上がり、ピークからベースライン位置まで下がるdistance位置を、データを除外する範囲として決定」すると説明している。
(オ) しかしながら、上記(エ)の「ピークとして認められない位置」を決定するための客観的な基準は定められていないから、「ピークとして認められない位置における平均値」は、作業者によってばらつく。ゆえに、上記(エ)の作業を行うときには、作業者の主観によってベースライン位置が上又は下の方向にシフトすることになり、結果として、「データを除外する範囲」である「ベースラインからピークに向かって上方に上がり、ピークからベースライン位置まで下がるdistance位置」も変化する。
これを回答書の図7を例にして具体的に説明すると、両矢印1で示す領域を除外するに際し、「0μmのdistance位置からピークに向かって上昇する直前の位置」を決定するための客観的な基準は定められていないから、当該「位置」がdistance2μmの位置となるのか、それより右の位置又は左の位置となるのかは作業者の主観によってばらつくこととなり、例えば、2μmよりも右の位置とした場合にはベースライン位置は上側にシフトして除外される範囲は狭まる。
(カ) したがって、回答書において説明されている方法では、ベースライン位置が作業者によってばらつくことになり、結果として、データを除外する範囲は一義的に決定できないから、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値を一義的に算出することはできない。
よって、回答書において説明された方法が出願時の技術常識に属していたとしても、当業者は、その方法を、本願発明において、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値を一義的に算出できるような方法であると理解することができるとはいえない。

エ 上申書に関する検討
(ア) 上申書では、回答書において説明された方法において「ベースライン」を決定する際に、ベースラインが多少上下したとしても、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値は大きく変動することはないことを説明しようとしている。
具体的には、上申書の図1及び図2によれば、変動係数に関し、領域1及び2のデータを除外した場合、領域1及び2よりも広い範囲を除外した場合、領域1及び2よりも狭い範囲を除外した場合それぞれについて、33.8%、34.2%、33.5%の結果が得られたことから、「データを除外する範囲を多少変化させたとしても、変動係数が大きく変動することはないことがわかります」としている。
(イ) ところで、上申書に記載された変動係数の具体的な数値に着目すると、領域1及び2よりも広い範囲を除外した場合である変動係数34.2%と、領域1及び2よりも狭い範囲を除外した場合である変動係数33.5%との差は0.7%であるから、「データを除外する範囲を多少変化させた」ことによって生じる変動係数の数値の変動幅は、0.7%程度であることが把握できる。
(ウ) 本願発明は「変動係数が28.0%以下」であることを特定するものであり、前記(3)エでも言及したとおり、本願明細書の実施例の欄では、正極活物質の二次粒子内における変動係数の具体的な数値(例えば実施例8では27.3%、比較例2では28.8%)が示されている。ここで、実施例8の変動係数27.3%に対し、仮に、「データを除外する範囲を多少変化させた」ことによって、上記(イ)に示した変動幅である0.7%程度の変動が、増加する方向に生じたとすると、変動係数28.0%となり、本願発明の範囲における変動係数の境界上に位置することになる。そして、上記(イ)に示した変動幅である0.7%が、変動幅の上限であるといえる根拠はなく、データを除外する範囲を更に多少変化させた場合には、変動係数が0.7%を超えて変動し得ると認められるから、データを除外する範囲を多少変化させることによって、本願発明の範囲内であるはずの実施例8が本願発明の範囲外となる事態が想定される。同様にして、比較例2の変動係数28.8%に対し、仮に、データを除外する範囲を多少変化させたことによって、変動係数の変動が減少する方向に生じたとすると、本願発明の範囲外であるはずの比較例2が本願発明の範囲内となる事態が想定される。
(エ) そうすると、回答書で説明された方法でデータ除外範囲を決定した場合に起こり得る変動係数の数値の変動の度合いは、本願明細書に記載された実施例8や比較例2等の具体的な正極活物質が本願発明の範囲内に入るか否かを左右することがある程度に大きいものである。
よって、回答書で説明された方法により「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値を算出できるとしても、当該数値は一義的に決定できず、しかもその数値の変動幅は、前記「変動係数」が「28.0%以下」であることを特定する本願発明にとって無視することができないほどに大きいものであることによって、本願発明は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものである。

3 むすび
以上の通り、本願発明における「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値の算出方法が、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎としたとしても、当業者にとって理解できるものではない。そして、仮に、回答書及び上申書の内容が採用できて、「二次粒子内におけるA元素と化合していないLi/M(M=Ni+Co+Al+Me)の変動係数」の数値が算出できるとしても、その数値は一義的に決定できず、その数値の変動幅は無視することができないほどに大きいものであるので、結局、本願発明は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものである。
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさないものであるから、本願は、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-12-21 
結審通知日 2017-12-26 
審決日 2018-01-09 
出願番号 特願2017-8699(P2017-8699)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松村 駿一小川 知宏  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 ▲辻▼ 弘輔
土屋 知久
発明の名称 非水電解質二次電池用の正極活物質及びその製造方法、並びにそれを用いた非水電解質二次電池  
代理人 井関 勝守  
代理人 金子 修平  

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