• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1338106
異議申立番号 異議2016-700810  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-04-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-02 
確定日 2018-01-29 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5876739号発明「リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、及び、リチウムイオン電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5876739号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第5876739号の請求項1、3?5に係る特許を維持する。 特許第5876739号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 1 手続の経緯
特許第5876739号の請求項1?5に係る特許についての出願は、平成24年2月7日に特許出願され、平成28年1月29日にその特許権の設定登録がなされ、同年3月2日に特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、平成28年9月2日に特許異議申立人金澤毅(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものであって、同年12月9日に取消理由(以下、「取消理由」という。)が通知され、その指定期間内である平成29年2月10日に意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、同年3月2日に特許権者に対して審尋が通知され、その指定期間内である同年4月25日に回答書(以下、「回答書1」という。)が提出され、同年6月21日に特許権者から上申書(以下、「上申書」という。)が提出され、同年8月2日に申立人から意見書(以下、「申立人意見書」という。)が提出され、同年8月30日に特許権者に対して審尋が通知され、その指定期間内である同年10月5日に回答書(以下、「回答書2」という。)が提出され、さらに、同年11月14日に取消理由(決定の予告)が通知され、その指定期間内である同年12月25日に意見書(以下、「特許権者意見書」という。)が提出されたものである。

2 訂正の適否についての判断
(1)訂正の内容
本件訂正請求による訂正の趣旨は、「特許第5876739号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5について訂正することを求める。」というものであって、本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。
なお、下線は、変更された箇所を表すために当審が付与したものである。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?5.0μmである」とあるのを「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmである」に訂正する。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

ウ 訂正事項3
訂正事項2により、請求項2が削除されるのに伴い、特許請求の範囲の請求項3の「前記Mが、Mn及びCoから選択される1種以上である請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池用正極活物質。」を「前記Mが、Mn及びCoから選択される1種以上である請求項1に記載のリチウムイオン電池用正極活物質。」に訂正する。

エ 訂正事項4
訂正事項2により、請求項2が削除されるのに伴い、特許請求の範囲の請求項4の「前請求項1?3のいずれかに記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いたリチウムイオン電池用正極。」を「請求項1または3のいずれかに記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いたリチウムイオン電池用正極。」に訂正する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
ア 訂正事項1
訂正事項1は、「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径」について、「1.2?5.0μm」との範囲を、本件訂正前の請求項2に特定されている「1.2?3.0μm」との範囲に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

イ 訂正事項2
訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 訂正事項3
訂正事項3は、訂正事項2に伴い、引用請求項から請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

エ 訂正事項4
訂正事項4は、訂正事項2に伴い、引用請求項から請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)一群の請求項について
本件訂正前の請求項2?4は、本件訂正前の請求項1を引用するものであり、本件訂正前の請求項5は、本件訂正前の請求項4を引用するものであって、本件訂正前の請求項1?5は一群の請求項であるといえるから、訂正事項1?4は、一群の請求項に対して請求されたものである。

(4)独立特許要件について
訂正事項1?4は、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるが、本件訂正請求に係る請求項はいずれも特許異議の申立てがなされているので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないとの、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

(5)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正を認める。

3 特許異議の申立てについて
(1)本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正特許請求の範囲の請求項1、3?5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明3」?「本件発明5」という。また、これらをまとめて「本件発明」という。なお、請求項2に係る発明は、本件訂正請求により削除された。)は、その特許請求の範囲の請求項1、3?5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
組成式:Li_(x)Ni_(1-y)M_(y)O_(2+α)
(前記式において、MはSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上であり、0.9≦x≦1.2であり、0<y≦0.7であり、α≧0である。)
で表され、
粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmであるリチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記Mが、Mn及びCoから選択される1種以上である請求項1に記載のリチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項1または3のいずれかに記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いたリチウムイオン電池用正極。
【請求項5】
請求項4に記載のリチウムイオン電池用正極を用いたリチウムイオン電池。」

(2)申立理由の概要
(2)-1 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?5に係る特許に対して特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
ア 特許法第36条第6項第2号について
請求項1に記載された「平均結晶粒径」は明確でなく、請求項1?5に係る発明は、明確とはいえないから、請求項1?5に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

イ 特許法第29条第1項第3号について
請求項1、3?5に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
<刊行物>特開2005-53764号公報(申立人が提出した甲第2号証。以下、「刊行物2」という。)

ウ 特許法第36条第4項第1号について
請求項1に係る発明の「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?5.0μmである」との発明特定事項について、「平均結晶粒径」を制御する手段が本件明細書に記載されていないから、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が請求項1?5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、請求項1?5に係る特許は、本件明細書の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)-2 取消理由に採用しなかった申立理由の概要
本件訂正前の請求項1?5に係る特許に対して、取消理由で通知しなかった申立て理由の概要は、次のとおりである。
ア 特許法第29条第1項第3号及び同条第2項について
ア-1 請求項1?5に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記1の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当することにより、または、該発明に基いてその出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
ア-2 請求項2に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記2の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
ア-3 請求項1?5に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記2の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
ア-4 請求項1?5に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記3の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当することにより、または、該発明に基いてその出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。
<刊行物>1 特開2005-44722号公報(申立人が提出した甲第1号証。以下、「刊行物1」という。)
2 特開2005-53764号公報(刊行物2)
3 特開2008-34369号公報(申立人が提出した甲第3号証。以下、「刊行物3」という。)

(3)当審の判断
(3)-1 取消理由について
ア 特許法第36条第6項第2号について
本件発明1は、「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmである」との発明特定事項を有するものである。
ここで、上記発明特定事項の「平均結晶粒径」の算出方法について、本件明細書には、次の記載がある。
「【0027】
-平均結晶粒径の評価-
粒子断面をFIBにより切り出し、そのままエスエスアイ・ナノテクノロジー社製のFIB装置(SMI3050SE)を用いてSIM像を取得した。当該SIM像上の任意の直線上に存在する結晶のみの定方向径を測定することにより、平均結晶粒径を算出した。」
そこで、上記記載の「SIM像上の任意の直線上に存在する結晶のみの定方向径を測定する」とは、どのような方法であるのか以下検討する。
当該方法について、特許権者は、回答書1(第2頁第1行?第3頁第6行)において、本件明細書に示されているSIM像である図1に、4本の直線(Line-1,Line-2,Line-3,Line-4)を加筆し(当審注:回答書2に「図1’」として記載された下記の参考図参照。)、これらの4本の直線(Line-1,Line-2,Line-3,Line-4)について、各直線上に存在する結晶の粒径を測定し、そして、同じ試料の別の視野でも同様の測定を行い、これらの各直線上に存在する結晶の粒径の平均値を計算して、平均結晶粒径を得る方法であることを述べ、また、回答書2(第1頁最後から2行?第2頁第3行)において、各直線に存在する結晶の平均粒径は、各結晶の定方向径(いわゆる、Feret径)、すなわち同一方向の2本の平行線で結晶粒を挟んだ時の当該平行線間の距離の平均である旨述べている。
そうすると、本件明細書【0027】に記載された「SIM像上の任意の直線」とは、SIM像上の別々の方向に引かれた任意の4本の直線であり、同じく「定方向径」とは、上記4本の直線が引かれた方向とは関係なく任意の方向であって、当該方向と同一方向の2本の平行線で結晶粒を挟んだ時の当該平行線間の距離(いわゆる、Feret径)であると考えられる。
ここで、平均結晶粒径を、同一方向の2本の平行線で結晶粒を挟んだ時の当該平行線間の距離(いわゆる、Feret径)とすることは、技術常識(特許権者が特許権者意見書に添付した参考文献1(第125頁左欄最後から6行?最終行)及び参考文献2(【0020】)参照。)である。
また、SIM像には多数の結晶が存在するところ、本件発明1の「リチウムイオン電池用正極活物質」の「平均結晶粒径」は、「リチウムイオン電池用正極活物質」全体の「結晶粒径」の平均値であるから、「SIM像上の任意の直線上に存在する結晶のみの定方向径を測定する」(本件明細書【0027】)にあたり、全粒子の平均値に近い値とすべく、測定対象の全領域から均一に結晶を選択し得るように、「任意の直線」が別々の方向に引かれた複数本の直線であることは、当業者であれば想定し得る範囲内のことであるし、このとき、「任意の直線」の本数が多ければ多いほど真の平均値からの誤差が小さくなり、少なければ少ないほど真の平均値からの誤差が大きくなることも自明である。
そうすると、真の「平均結晶粒径」からの誤差を小さくするとともに、平均結晶粒径の測定に過度な負担のない程度に、「任意の直線」の本数を選択して測定対象の結晶粒子を選択することは、当業者が普通に行うことであって、その本数を4本とすることは、当業者が通常想定し得る範囲内である。
したがって、本件明細書【0027】に記載された「SIM像上の任意の直線」が、SIM像上の別々の方向に引かれた任意の4本の直線であり、同じく「定方向径」が、上記4本の直線が引かれた方向とは関係なく任意の方向であって、当該方向と同一方向の2本の平行線で結晶粒を挟んだ時の当該平行線間の距離(いわゆる、Feret径)であることは、本件明細書の記載及び技術常識を考慮することにより、当業者が理解し得ることといえるから、本件発明1の「平均結晶粒径」は明確でないとはいえず、本件発明1は、明確でないとはいえない。
また、請求項1を引用する本件発明3?5も、同様の理由により、明確でないとはいえない。

【参考図】



イ 特許法第29条第1項第3号について
本件発明1と刊行物2に記載された発明とを対比すると、刊行物2には、「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmである」との発明特定事項が記載されていない。
よって、本件発明1及びその引用発明である本件発明3?5は、刊行物2に記載された発明とはいえない。
なお、申立人は、申立人意見書(第10頁第26行?第13頁第3行)において、本件明細書の表1に示された実施例、比較例のうち、実施例2と実施例3との比較、実施例2と比較例2との比較により、焼成温度または焼成時間が長いほど平均結晶粒径が大きくなる傾向となり、また、実施例5と実施例6との比較、実施例7と実施例8との比較により、組成の一部の変更では平均結晶粒径に与える影響は軽微であるとした上で、刊行物2に記載された比較例2は、本件明細書に記載された実施例3(平均結晶粒径が2.1μm)と焼成温度及び焼成時間が900℃、3時間である点で一致しているから、これらの活物質は同程度の平均結晶粒径、すなわち平均結晶粒径が2.1μm程度であるといえ、本件発明1は、刊行物2に記載された発明であると主張している。
しかしながら、本件明細書に記載された実施例2と比較例8を比較すると、比較例8は実施例2よりも焼成温度が高く、焼成の保持時間が長いにも関わらず、平均結晶粒径が、比較例8は0.5μm、実施例2は1.7μmと、焼成温度が高く、焼成の保持時間が長い比較例8の平均結晶粒径の方が非常に小さくなっているが、これは、実施例5と実施例6、実施例7と実施例8の組み合わせは、組成の変更が軽微であるといえるのに対し、実施例2と比較例8の組み合わせは、組成の変更が軽微であるとはいい難いものであるからと考えられる。
そして、刊行物2に記載された比較例2の組成は、Li_(1.11)Ni_(0.333)Co_(0.333)Mn_(0.333)O_(2)であるのに対し、本件明細書に記載された実施例3の組成は、LiNi_(0.8)Co_(0.1)Mn_(0.1)O_(2)であって、これらの組成の変更は軽微であるとはいい難いものであるから、本件明細書に記載された実施例3の平均結晶粒径が2.1μmであるからといって、当該実施例3と焼成温度及び焼成時間が同じである、刊行物2に記載された比較例2の平均結晶粒径が2.1μm程度であると、直ちにいうことはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

ウ 特許法第36条第4項第1号について
本件発明1は、「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmである」との発明特定事項を有するものである。
一方、本件発明1の「リチウムイオン電池用正極活物質」において、「平均結晶粒径」を「1.2?3.0μm」とする方法として、本件明細書には、次の記載がある。なお、下線は当審が付与した。
「【0017】
(リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法)
次に、本発明の実施形態に係るリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法について詳細に説明する。
まず、金属塩溶液を作製する。当該金属は、Ni、及び、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上である。また、金属塩は硫酸塩、塩化物、硝酸塩、酢酸塩等であり、特に硝酸塩が好ましい。これは、焼成原料中に不純物として混入してもそのまま焼成できるため洗浄工程が省けることと、硝酸塩が酸化剤として機能し、焼成原料中の金属の酸化を促進する働きがあるためである。金属塩に含まれる各金属は、所望のモル比率となるように調整しておく。これにより、正極活物質中の各金属のモル比率が決定する。
【0018】
次に、炭酸リチウムを純水に懸濁させ、その後、上記金属の金属塩溶液を投入して金属炭酸塩スラリーを作製する。このとき、スラリー中に微小粒のリチウム含有炭酸塩が析出する。なお、金属塩として硫酸塩や塩化物等熱処理時にそのリチウム化合物が反応しない場合は飽和炭酸リチウム溶液で洗浄した後、濾別する。硝酸塩や酢酸塩のように、そのリチウム化合物が熱処理中にリチウム原料として反応する場合は洗浄せず、そのまま濾別し、乾燥することにより焼成前駆体として用いることができる。
次に、濾別したリチウム含有炭酸塩を乾燥することにより、リチウム塩の複合体(リチウムイオン電池正極材用前駆体)の粉末を得る。
【0019】
次に、所定の大きさの容量を有する焼成容器を準備し、この焼成容器にリチウムイオン電池正極材用前駆体の粉末を充填する。次に、リチウムイオン電池正極材用前駆体の粉末が充填された焼成容器を、焼成炉へ移設し、焼成を行う。焼成は、酸素雰囲気下及び大気雰囲気下で所定時間加熱保持することにより行う。また、101?202KPaでの加圧下で焼成を行うと、さらに組成中の酸素量が増加するため、好ましい。
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法において、焼成温度を高くすることで結晶化を促進し、平均結晶粒径を1.2?5.0μmに制御する。」
この記載では、「本発明のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法において、焼成温度を高くすることで結晶化を促進し、平均結晶粒径を・・(略)・・制御する」としている。
また、本件明細書の実施例及び比較例の記載(【0020】?【0030】)では、【表1】に焼成条件、すなわち焼成温度、保持時間、焼成雰囲気と、該焼成条件で作製した正極活物質の平均結晶粒径が記載されている。
ここで、金属酸化物前駆体から、金属酸化物を作製するにあたり、焼成時の熱量を多く与えることにより結晶粒径が大きくなり、熱量を減らすことによって結晶粒径が小さくなることは、技術常識(千田哲也他1名,「ZnOとZnO-Bi_(2)O_(3)セラミックスの結晶粒成長」,船舶技術研究所報告,第26巻,第5号,研究報告,平成元年9月,第(371)?(388)頁参照:特許権者が上申書において提出した参考文献1)である。
そうすると、特許権者が上申書(第2頁第10行?第30行)で述べているように、リチウム金属酸化物前駆体から、リチウム金属酸化物を作製する際に、焼成条件の変更と平均結晶粒径の算出を繰り返すことにより、過度の試行錯誤を必要とせず、本件発明1の「リチウムイオン電池用正極活物質」を得ることができるといえる。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、技術常識を参酌すれば、当業者が、本件発明1,3?5を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載したものでないとはいえない。
なお、申立人は申立人意見書(第6頁第20行?第10頁第23行)において、(1)本件明細書には、焼成温度及び保持時間が記載されているものの、焼成パターンが記載されておらず、本件発明1の「リチウムイオン電池用正極活物質」を得るためには、焼成パターンの検討も行わなければならないから、過度の試行錯誤を必要とする旨、(2)本件明細書の「焼成」に関する記載、回答書1の「アニール処理」に関する記載、上申書の「焼成」に関する記載が整合しておらず、また、回答書1の「アニール処理」については、本件明細書に何ら記載されていない旨述べている。
しかしながら、(1)上述したように、金属酸化物前駆体から、金属酸化物を作製するにあたり、焼成時の熱量を多く与えることにより結晶粒径が大きくなり、熱量を減らすことによって結晶粒径が小さくなることは、技術常識であって、熱量の合計を考慮しながら焼成パターンを決定すればよいことは明らかであるから、本件明細書に焼成パターンが記載されていないからといって、直ちに実施可能要件違反であるとはいえない。
また、(2)回答書1に記載された「アニール処理」は、本件明細書に何ら記載されていない処理であり、回答書1の「アニール処理」に関する記載は採用できないから、該記載が、本件明細書の「焼成」に関する記載及び上申書の「焼成」に関する記載と整合していなくとも、実施可能要件違反であるとはいえない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)-2 取消理由に採用しなかった申立理由について
ア 特許法第29条第1項第3号及び同条第2項について
本件発明1と刊行物1?3に記載された発明とを対比すると、刊行物1?3には、いずれにも、「粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmである」との発明特定事項が記載も示唆もされていない。
よって、本件発明1及びその引用発明である本件発明3?5は、刊行物1?3に記載されたいずれの発明ともいえないし、刊行物1?3に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
なお、申立人は、申立人意見書(第13頁第5行?第15頁第20行)において、刊行物3の【0061】の【表1】の1iの活物質は、「一次粒子の長軸方向における平均長さ」(【0061】)が2.0μmであり、この「一次粒子の長軸方向における平均長さ」は本件発明1の「平均結晶粒径」に相当するから、本件発明1は刊行物3に記載された発明である旨述べている。
しかしながら、上記(3)-1アで述べたように、本件発明1の「平均結晶粒径」は、同一方向の2本の平行線で結晶粒を挟んだ時の当該平行線間の距離(いわゆる、Feret径)であって、「長軸方向における平均長さ」ではないから、刊行物3の「一次粒子の長軸方向における平均長さ」は本件発明1の「平均結晶粒径」に相当するものとはいえず、本件発明1は刊行物3に記載された発明であるとはいえない。
よって、申立人の主張は採用できない。

4 むすび
以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1、3?5に係る特許を取り消すことはできない
また、他に本件請求項1、3?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件請求項2に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項2に対して、申立人がした特許異議申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式:Li_(x)Ni_(1-y)M_(y)O_(2+α)
(前記式において、MはSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上であり、0.9≦x≦1.2であり、0<y≦0.7であり、α≧0である。)
で表され、
粒子断面をSIM(走査イオン顕微鏡)像で観察したときの平均結晶粒径が1.2?3.0μmであるリチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記Mが、Mn及びCoから選択される1種以上である請求項1に記載のリチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項1または3に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を用いたリチウムイオン電池用正極。
【請求項5】
請求項4に記載のリチウムイオン電池用正極を用いたリチウムイオン電池。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-01-16 
出願番号 特願2012-24077(P2012-24077)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 536- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 瀧 恭子  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 土屋 知久
河本 充雄
登録日 2016-01-29 
登録番号 特許第5876739号(P5876739)
権利者 JX金属株式会社
発明の名称 リチウムイオン電池用正極活物質、リチウムイオン電池用正極、及び、リチウムイオン電池  
代理人 アクシス国際特許業務法人  
代理人 アクシス国際特許業務法人  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ