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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C02F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C02F
管理番号 1338153
異議申立番号 異議2017-700816  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-04-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-08-31 
確定日 2018-03-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第6085990号発明「含油洗浄廃水の凝集処理方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6085990号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6085990号の請求項1ないし2に係る特許についての出願は、平成25年2月19日に出願されたものであって、平成29年2月10日に特許の設定登録がされ、その後、その特許に対して特許異議申立人 矢部 和夫により特許異議の申立てがされたので、これを検討して同年10月24日付けで当審から取消理由を通知したところ、同年12月26日付けで意見書が提出されたものである。

第2 本件発明
特許第6085990号の請求項1ないし2に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
以下、請求項1ないし2に記載された発明を「本件発明1」ないし「本件発明2」といい、総称して「本件発明」ということがある。

【請求項1】
pHが8.0以下である含油洗浄廃水に、固有粘度が8.0?20dL/gであり、かつジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位を有し、ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位の含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤を、含油洗浄廃水中において10?500ppmとなる量添加する、含油洗浄廃水の凝集処理方法。
【請求項2】
前記ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位の含有割合が、前記ポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち、60?100モル%である、請求項1に記載の含油洗浄廃水の凝集処理方法。

第3 異議申立理由及び取消理由の概要
特許異議申立人は、以下の甲各号証を提出し、異議申立ての理由として、次の「A-1.」「A-2.」「B.」「C.」を申し立てたので、当審は、取消理由として、それらに加えて以下の「A-3.」も通知した。

(異議申立理由/取消理由)
A-1.本件発明1ないし2に係る特許は、同発明が、甲第6号証(実施例8に基づく)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、取り消されるべきものである。
A-2.本件発明1ないし2に係る特許は、同発明が、甲第6号証(実施例8に基づく)に記載された発明及び他の証拠(甲第1?5、7?14号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、取り消されるべきものである。
A-3.本件発明1ないし2に係る特許は、同発明が、甲第6号証(実施例11に基づく)に記載された発明及び他の証拠(甲第1、7、8号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、取り消されるべきものである。
B.本件発明1ないし2に係る特許は、同発明が、甲第1号証に記載された発明及び他の証拠(甲第2?14号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、取り消されるべきものである。
C.本件発明1ないし2に係る特許は、同発明が、甲第12号証に記載された発明及び他の証拠(甲第1?11、13、14号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、取り消されるべきものである。

(証拠)
○甲第1号証:特開2009-113011号公報
○甲第2号証:MTアクアポリマー株式会社の製品情報が記載されたウエブページ等のプリントアウト、平成29年8月28日印刷
○甲第3号証
甲3の1:ポリマー凝集剤・使用の手引き、東京都下水道サービス株式会社、目次、91-96頁、110-117頁、368頁
甲3の2:東京都下水道サービス株式会社の取扱い書籍が記載されたウエブページ等のプリントアウト、平成29年8月23日印刷(甲3の1の書籍の発行が平成14年3月であることが記載されている。)
○甲第4号証:特開2008-173586号公報
○甲第5号証:特開2015-86079号公報
○甲第6号証:特開2008-296154号公報
○甲第7号証:特開2005-125215号公報
○甲第8号証:横浜市内の事業所排水中の界面活性剤の調査結果、飯塚貞男、横浜市公害研究所報・第13号、横浜市公害研究所、1989年(平成1年)3月、149-155頁
○甲第9号証
甲9の1:Organic contaminants in sewage sludge(biosolids)and their significance for agricultural recycling、S.R.SMITH、Phil. Trans. R. Soc. A(2009)367、4005-4041
甲9の2:甲9の1の第1部分(4007頁Table.1の一部)、第2部分(4008頁Table.2の一部)、第3部分(4024頁3-10行)のそれぞれの翻訳文
○甲第10号証:活性汚泥法における各種洗剤の処理性と安定有機物濃度に関する検討、寺町和宏、第36回下水道研究発表会講演集、社団法人日本下水道協会、平成11年6月15日、703-705頁
○甲第11号証:特開2000-5507号公報
○甲第12号証
甲12の1:米国特許第5730905号明細書
甲12の2:甲12の1の第1部分(2欄22-30行)、第2部分(3欄10-16行)、第3部分(TABLE Iの一部)、第4部分(5欄53行-67行、TABLE IIIの一部)のそれぞれの翻訳文
○甲第13号証:特公昭52-22957号公報
○甲第14号証:含油廃水処理と廃油処理について、横田欣也、有機合成化学協会誌、社団法人有機合成化学協会、VOL.33、NO.5、MAY.、29-33頁、1975年(昭和50年)

第4 当審の判断
以下においては、次の定義にしたがって化学物質を略記することがある。
○「DME」:「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩」
(本件特許明細書【0016】参照)
○「DAA」:「N,N-ジメチルアミノエチルアクリレートのメチルクロライド塩」
(甲第6号証【0065】、【表1】参照)
○「AAM」:「アクリルアミド」
(甲第6号証【0065】、【表1】参照)
○「DAM」:「N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートのメチルクロライド塩」 (甲第6号証【0067】、【表1】参照)
○「AAC」:「アクリル酸」
(甲第6号証【0068】、【表1】参照)

I.理由A-1ないしA-3について
1.理由A-1.A-2.について
(1)甲第6号証に記載された発明
i)甲第6号証には、「下水汚泥の脱水用、産業廃水の凝集沈澱用、製紙工程での濾水歩留向上または紙力増強用、石油の3次回収用等に有用な高分子凝集剤」(【0001】)に関して記載されている。
同「高分子凝集剤」を具体的に適用してその詳細が理解できる記載は、「実施例8」ないし「実施例14」(実施例1ないし7は高分子凝集剤の構成それ自体について)についてみることができ、さらにDAAを50モル%以上使用するのは「実施例8」(【0076】)のみであるので、これに着目する。
ii)「実施例8」(【0076】)には、高分子凝集剤「A1」を「イオン交換水に溶解して固形分含量0.2%の水溶液」とし、「T処理場から採取した余剰汚泥[pH5.3、TS3.3%、有機分78.3%]200部を300mLのビーカーに採り」、「A1」の「水溶液32部、35および38部をそれぞれの汚泥に添加し、(この時の固形分添加量はそれぞれ1.0、1.1、1.2%/TS)ハンドミキサーで充分に撹拌、混合処理し、前記の方法によりフロック粒径、ろ液量、ろ布剥離性およびケーキ含水率を測定した」ところ、【表2】(【0077】)に示されるように「フロック強度」が大きく、「ろ布剥離性および脱水性(ケーキ含水率)」に優れ、「凝集性能の添加量への依存性の小さい」ことが示されたことが記載されている。
iii)高分子凝集剤「A1」については、【0065】及び【表1】(【0075】)に、「DAA 80(モル%)」を含有し、「固有粘度9.7(dl/g)」であることが記載されている。
iv)高分子凝集剤「A1」の「T処理場から採取した余剰汚泥」への添加量については以下のように計算される。
高分子凝集剤「A1」は、「水溶液32部、35および38部」中にそれぞれ「固形分含量0.2%」として含まれ、固形分としては、それぞれ32×(0.2/100)部、35×(0.2/100)部、38×(0.2/100)部 含まれることとなる。
すると、「余剰汚泥」に添加された高分子凝集剤「A1」の濃度は、
[{32×(0.2/100)}部/(200部+32部)]×100=0.02758%=276ppm
[{35×(0.2/100)}部/(200部+35部)]×100=0.02978%=298ppm
[{38×(0.2/100)}部/(200部+38部)]×100=0.03193%=319ppm
となる。
v)また、【0009】の「(a2)」「(a21)」には、「DAA」は「カチオン性モノマー」であると記載されているので、高分子凝集剤「A1」は「カチオン系高分子凝集剤」といえる。
vi)以上から、本件請求項1の記載に則して整理すれば、甲第6号証には、
「pH5.3である余剰汚泥に、固有粘度が9.7dl/gであり、DAAが80モル%含まれるカチオン系高分子凝集剤を、余剰汚泥中に276?319ppmとなる量添加する余剰汚泥の凝集処理方法。」についての発明(以下、「引用発明68」という。)が記載されていると認められる。

(2)本件発明1と引用発明68との対比
i)本件発明1の「pHが8.0以下である含油洗浄廃水」と、引用発明68の「pH5.3である余剰汚泥」とは、「pHが8.0以下である含水物」である点で一致する。
ii)引用発明68の「固有粘度が9.7dl/gであり、DAAが80モル%含まれるカチオン系高分子凝集剤」は、「DAA」と「DME」とが同一物質であるので、本件発明1の「固有粘度が8.0?20dL/gであり、かつジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位を有し、ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩(DME)単位の含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤」に相当する。
iii)本件発明1の「カチオン系高分子凝集剤を、含油洗浄廃水中において10?500ppmとなる量添加する」と、引用発明68の「カチオン系高分子凝集剤を、余剰汚泥中に276?319ppmとなる量添加する」とは、「カチオン系高分子凝集剤を、含水物中において10?500ppmとなる量添加する」点で一致する。
iv)本件発明1の「含油洗浄廃水の凝集処理方法」と、引用発明68の「余剰汚泥の凝集処理方法」とは、「含水物の凝集処理方法」の点で一致する。
v)以上から、本件発明1と引用発明68とは、
「pHが8.0以下である含水物に、固有粘度が8.0?20dL/gであり、かつジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位を有し、ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位の含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤を、含水物中において10?500ppmとなる量添加する、含水物の凝集処理方法。」の点で一致し、次の点で相違する。

(相違点)「含水物」について、本件発明1では「含油洗浄廃水」であるのに対して、引用発明68では「余剰汚泥」である点。

(3)相違点の検討
i)本件特許明細書には『「含油洗浄廃水」とは、油分およびイオン性成分を含む水を意味し、油分以外のSS等を含んでいてもよい。「イオン性成分」とは、洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質を意味する。』(【0012】)と記載され、
「(含油洗浄廃水)含油洗浄廃水としては、例えば、各種工場(機械工場、印刷工場、食品工場、自動車工場、整備工場等)において用いた油(鉱物油、植物油等)が付着した機械や設備、油とともに汚れ成分(塵、埃等)等がさらに付着した機械や設備等を洗浄剤を用いて洗浄したり、クリーニング工場、家庭等において洗濯物を洗浄剤を用いて洗濯したりした際に発生し、排出されるものが挙げられる。
洗浄剤は、通常、アニオン荷電を有するイオン性成分を含む。イオン性成分としては、界面活性剤、アルカリ剤、キレート剤等が挙げられる。アニオン荷電を有する界面活性剤としては、アニオン系界面活性剤等が挙げられる。洗浄剤は、非イオン系界面活性剤を含んでいてもよい。」(【0014】)と記載されている。
すると、本件発明1の「含油洗浄廃水」は、「油分」を含み、「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」といえる。
ii)そこで、まず、引用発明68の「余剰汚泥」が「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」例えば「アニオン系界面活性剤」(陰イオン界面活性剤)を含む「廃水」といえるかについて検討する。
甲第6号証の「実施例8」(【0076】)には、「T処理場から採取した余剰汚泥[pH5.3、TS3.3%、有機分78.3%]」とあるのみで、それ以上の記載は無いから、同「余剰汚泥」は特殊なものではない一般的なものといえるところ、「余剰汚泥」一般について、「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」例えば「アニオン系界面活性剤」(陰イオン界面活性剤)が含まれているという開示は、以下のii-1)?ii-5)にみるように、甲各号証中に見いだせないし、技術常識であるともいえない。
以下、「アニオン系界面活性剤」について直接的に記載のある甲第8ないし10号証の記載を確認する。
ii-1)甲第8号証は、「横浜市内の事業所排水中の界面活性剤の調査結果」に関して開示するものであるところ、同号証には、「横浜市内の500の事業所より採水」し、「泡立ちが見られた144の排水」について「界面活性剤」の使用について測定したところ、「すべての検体」から「陰イオン界面活性剤または非イオン界面活性剤」が検出されたことが記載されている。
しかし、「検体」は「余剰汚泥」ではない。
ii-2)甲第9号証は、「Organic contaminants in sewage sludge(biosolids)and their significance for agricultural recycling」(和訳:下水汚泥(バイオソリッド)中の有機汚染物と農業上のリサイクルにおける重要性)に関して開示するものであるところ、同号証には、「LAS」(直鎖アルキルベンゼンスルホネート)が、「欧州」及び「デンマーク」で、有機汚染物質の最大濃度基準値が規定されており、「スウェーデン、下オーストリア、ドイツ、フランス、アメリカ」 では規定されていないこと(4007頁「第1部分」)が記載され、また、「LAS」が生産量の多い「アニオン系界面活性剤」であり、汚泥中で高濃度になり得る(4024頁「第3部分」)ものであることが記載され、さらに、ある汚泥(どのような汚泥であるのか不明)中にLASが含まれていること(4008頁「第2部分」)が記載されている。
しかし、上記の記載からは、一般に「余剰汚泥」であれば「アニオン系界面活性剤」が含まれるものとまでは確認できない。
ii-3)甲第10号証は、「活性汚泥法における各種洗剤の処理性と安定有機物濃度に関する検討」に関して開示するものであるところ、同号証には、実験系として「LASならびに市販の各種洗剤を添加した人工下水と都市下水」を用い、その残留性をCODを指標として実験したこと、処理水中に残存した安定有機物濃度に関し、洗剤添加系から対象系を差し引いたCOD濃度を洗剤に由来するものとして、当該COD濃度におけるLASの割合を計算すると20?40%、その他の洗剤で10?20%となることが記載されている。
しかし、上記実験は、下水にLASが添加されているとどの程度残留するかを明らかにするものであって、一般に「余剰汚泥」であれば「アニオン系界面活性剤」が含まれるものとまでは確認できない。
ii-4)また、「アニオン系界面活性剤」について直接的に記載はないが、上記相違点の「含水物」の性状について記載された甲第7号証についてみると、甲第7号証には、「汚泥」が油分を含み得る場合のあることについて記載されているのみで、「含水物」(被処理物)が「アニオン系界面活性剤」を含むことについては記載も示唆も無い。
ii-5)さらに他の甲各号証について、その記載を概観しても、「余剰汚泥」の「アニオン系界面活性剤」含有について記載も示唆も無い。
iii)次に、甲各号証の記載から、引用発明68の「余剰汚泥」を、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」に代えることが容易に成し得るかについて検討する。
iii-1)ここで、異議申立人は次のことを主張している。
すなわち、甲第6号証の「高分子凝集剤」は「従来にない特異的な凝集性能を示」すことから種々の「高分子凝集剤として幅広く好適に用いられ」る(【0089】)ところ、甲第11号証には、甲第6号証の「高分子凝集剤」と実質同一の「カチオン系高分子凝集剤」について、「本凝集剤組成物は、汚泥処理以外に、ラテックス廃水の凝結あるいは各種廃水の電荷の中和等に用いると卓効を示し、アオコ等藻類の除去や泥水の清澄化あるいは活性汚泥の沈降促進等に用いると良い」ものであり「特にポリアニオン系分散剤を使用した排含水土を処理する場合にポリカチオンとしての電荷の中和と架橋吸着の相乗効果による処理効果は著しい。シールド、杭打ち、連壁等の土木工事から発生する泥水の処理にも、同様の作用効果を発揮し、水を分離する場合の泥水・泥土の処理にも有効である。」(【0030】)と記載されているから、甲第6号証の「高分子凝集剤」を「油分」と「イオン性成分」とを含む処理水に用いることに困難性はない。
iii-2)しかし、甲第11号証に凝集剤であるとして記載された「エマルジョン」は、
イ)「無機凝集剤および有機高分子凝集剤を油中に分散含有」することを必須とするものであって、「有機高分子凝集剤」のみでなる引用発明68のものとは異なり、
ロ)「ラテックス廃水の凝結・・・に用いると卓効を示」すものであるが、「ラテックス」とは「ゴム」であって、油分に溶解する場合があるものの油分そのものではないから、油分含有水に対する凝集効果とまではいえず、
ニ)「ポリアニオン系分散剤」が「イオン性成分」としても、上記「エマルジョン」は「土木工事から発生する泥水」の処理に凝集作用を示すもので、「土木工事から発生する泥水」であれば必ず油分が混在しているものとは考え難く、同「エマルジョン」が「油分」と「イオン性成分」とを含む処理水の凝集処理に用いられることまでは記載されているとはいえない。
iii-3)すると、以上から、甲第11号証の記載は、引用発明68の「高分子凝集剤」を、「油分」と「イオン性成分」とを含む処理水の凝集処理に用いることまでを示唆するものではない。
したがって、異議申立人の上記主張は採用し得ない。

(4)理由A-1.A-2.についての小括
以上から、引用発明68の「余剰汚泥」は、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」ではないから、引用発明68は本件発明1にあたらない。
また、引用発明68の「余剰汚泥」を、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」に代えることは容易に成し得ることとはいえず、引用発明68及び他の甲各号証に記載の技術手段に基いて、当業者が、本件発明1を容易に発明をすることができたものともいえない。

2.理由A-3.について
(1)甲第6号証に記載された発明
i)甲第6号証の【0082】【0083】には、「実施例11」として、「H食品工場から採取した廃水[pH6.8、TS0.8%、有機分72%]200部」に、「ポリテツ0.8部」及び「高分子凝集剤(A5)」を「イオン交換水に溶解して固形分含量0.2%の水溶液とした」ものを「10、11、12部」を添加したところ、油分の良好な凝集性を示したことが示されている。
ii)ここで、「高分子凝集剤(A5)」は、同【0065】【0069】【表1】(【0075】)の記載から、「N,N-ジメチルアミノエチルアクリレートのメチルクロライド塩」(DAA カチオン系)と「アクリルアミド」(AAM ノニオン系)と「N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートのメチルクロライド塩」(DAM カチオン系)と「アクリル酸」(AAC アニオン系)を含むものであり、DAAの「共重合比(モル%)」は全体の「25%」で、「固有粘度(dl/g)」が「8.8」であるものである。
iii)ここで、「高分子凝集剤(A5)」の「H食品工場から採取した廃水」への添加濃度は、上記「第4 1.(1)iv)」でみたのと同様に、添加濃度は、
[{10部×(0.2/100)/(200部+0.8部+10部)}]×100=0.00949%=94.9ppm
[{11部×(0.2/100)}/(200部+0.8部+11部)]×100=0.0104%
=104ppm、
[{12部×(0.2/100)}/(200部+0.8部+12部)]×100=0.0113%
=113ppmと計算できる。
したがって、「高分子凝集剤(A5)」の「H食品工場から採取した廃水」への添加濃度は、94.9ないし113ppmである。
iv)以上から、本件請求項1の記載に則して整理すると、甲第6号証【0082】【0083】には、次の発明が記載されているといえる。
「pHが6.8である食品工場から採取した廃水に、固有粘度が8.8dL/gであり、かつN,N-ジメチルアミノエチルアクリレートのメチルクロライド塩を有し、N,N-ジメチルアミノエチルアクリレートのメチルクロライド塩単位の含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち25モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤を、上記廃水中において94.9ないし113ppmとなる量添加する、上記廃水の凝集処理方法。」(以下、「引用発明611」という。)
(2)本件発明1と引用発明611の対比
i)引用発明611の「N,N-ジメチルアミノエチルアクリレートのメチルクロライド塩」は、本件発明1の「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩」に相当する。
ii)本件発明611の「含油洗浄廃水」と、引用発明の「食品工場から採取した廃水」とは、「廃水」である点で一致する。
iii)以上から、本件発明1と引用発明611とは、
「pHが8.0以下である廃水に、固有粘度が8.0?20dL/gであり、かつジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位を含むカチオン系高分子凝集剤を、廃水中において10?500ppmとなる量添加する、廃水の凝集処理方法。」の点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)「廃水」について、本件発明1では「含油洗浄廃水」であるのに対して、引用発明611では「食品工場から採取した廃水」である点。
(相違点2)「カチオン系高分子凝集剤」における「ポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)」のうちの「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位の含有割合」について、本件発明1では「50?100モル%」であるのに対して、引用発明611では「25モル%」である点。

(3)相違点の検討
相違点1について検討する。
i)本件発明1の「含油洗浄廃水」は、上記「第4 I.1.(3)i)」でみたように、「油分」を含み、「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」といえる。
そこで、まず、引用発明611の「食品工場から採取した廃水」が、「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」の一例である「アニオン系界面活性剤」(陰イオン界面活性剤)を含む「廃水」といえるかについて検討する。
ii)甲第8号証をみると、上記「第4 I.1.(3)ii-1)」でみたように、同号証には、「横浜市内の事業所排水中の界面活性剤の調査結果」に関して開示するものであるところ、同号証には、「横浜市内の500の事業所より採水」し、「泡立ちが見られた144の排水」について「界面活性剤」の使用について測定し、「すべての検体」から「アニオン系界面活性剤または非イオン界面活性剤」が検出されたことが記載され、さらに、「食品製造排水」について、「市内には、食品事業所が数多くあるが、排水が泡だったのは、5事業所であった。」(154頁左欄「3-2-11 食品製造排水」)と記載され、「アニオン系濃度0?2ppm」が3事業所で検知され、「アニオン系濃度2?4ppm」が1事業所で検知され、「アニオン系濃度4?6ppm」が1事業所で検知されたこと(154頁左欄 表-22)が記載されており、いずれの事業所の排水も「泡だった」ことから、仮に「アニオン系濃度0ppm」とされたとしても、それは単に検知限界以下の濃度であったとすれば、「食品製造排水」を排出する5事業所全ての排水に「アニオン系界面活性剤」が含まれていたとみることもできる。
iii)しかしながら、「市内には、食品事業所が数多くある」のであり、また、「界面活性剤を使用していると思われる事業所の排水でも泡立たないものは、測定から除外」されている(149頁左欄「2-1 採水と測定」)ことを考え合わせれば、上記5事業所以外の多数の事業所の「食品製造排水」について、「アニオン系界面活性剤」が含まれていたか否かは明らかではない。
iv)すると、甲第8号証の記載からは、「食品工場から採取した廃水」一般について、普遍的に「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」例えば「アニオン系界面活性剤」(陰イオン界面活性剤)が含まれているとはいえず、また、上記でみたように、そのことは甲各号証中にも記載を見いだせず、技術常識であるともいえない。
v)次に、甲各号証の記載から、引用発明611の「食品工場から採取した廃水」を、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」に置換することが容易に成し得るかについて検討する。
上記「I.1.(3)iii-1)」で検討したように、甲第11号証は上記置換について示唆するものでも動機付けを示すものでもなく、他の甲各号証をみても同様である。
したがって、甲第6号証「実施例11」の「食品工場から採取した廃水」を「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」とするための示唆も動機付けも認められない。

(4)理由A-3.についての小括
以上から、引用発明611の「食品工場から採取した廃水」は、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」ではないから、引用発明611は本件発明1にあたらない。
また、引用発明611の「食品工場から採取した廃水」を、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」を含む「廃水」に代えることは容易に成し得ることとはいえず、引用発明611及び他の甲各号証に記載の技術手段に基いて、当業者が、本件発明1を容易に発明をすることができたものともいえない。

3.理由A-1ないしA-3についての結言
以上から、本件発明1に係る特許は、同発明が、甲第6号証に記載された発明ではないので、特許法第29条第1項第3号に該当せず、特許を受けることができないものでないから、取り消されるべきものでなく、また、甲第6号証に記載された発明及び他の証拠(甲第1?5、7?14号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものでないから、取り消されるべきものでない。
本件発明1を引用する本件発明2に係る特許についても同様である。

II.理由B.について
理由Bは、甲第1号証に記載された発明及び他の証拠(甲第2?14号証)に基いて本件発明1及び2は容易に発明をすることができたとするものである。
(1)甲第1号証に記載の発明
i)甲第1号証には、「切削油、圧延油、水性塗料、コンプレッサーのドレン水、食品加工、油輸送タンカーのバラスト水、船舶のビルジ水、さらには、石油や天然ガスの採掘などから、大量に発生し、環境汚染の一因となっている、水中に油分が微粒子分散した油水系エマルジョン液の、簡易かつ安価な処理技術を提供する」(【0007】)ことを課題として、「【請求項1】油水系エマルジョン液中の油分を分離除去する方法において、油水系エマルジョン液に脂質を付着させた乾燥菌体と、硫酸アルミニウム、高分子凝集剤の何れか一つ以上を加え、酸性条件下で攪拌混合した後、該混合液中に含まれる不溶物を固液分離することによって油分の除去を行うことを特徴とする、油水系エマルジョン液からの油分除去方法。」を解決手段とすることが記載されている。
ここで、「脂質を付着させた乾燥菌体」が油分除去手段として加わると、油分除去手段としての「高分子凝集剤」との関係が不明になり、甲第1号証に記載された発明に基づく本件発明1の新規性進歩性の判断ができない。
そこで、甲第1号証における上記課題の解決手段としての「油分除去方法」として、「油水系エマルジョン液中の油分を分離除去する方法において、油水系エマルジョン液に硫酸アルミニウムと高分子凝集剤を加え、酸性条件下で攪拌混合した後、該混合液中に含まれる不溶物を固液分離することによって油分の除去を行う、油水系エマルジョン液からの油分除去方法。」であるものに着目する。
ii)同「油分除去方法」について唯一具体的に開示する実施例9(【0038】)には、「油分としてC重油、大豆油、ゴマ油、ラードおよびヘットを用いた以外は実施例1と同様にして油水系エマルジョン液を調製」し、「実施例7と同様にして調製した、硫酸アルミニウムの粉末が145重量部、高分子凝集剤アロンフロックC-508が5重量部からなり平均粒径100μmに粉砕された混合物を使用した油分除去剤」を用いて、「油分分離性と油水エマルジョン液の油種との関係」について実験を行い、何れの場合も良好に油分を凝集除去できること(【表9】)が記載されている。
ここで、「実施例1」(【0022】)の「A重油エマルジョン液(pH6.0)」は、「純水500g」と「界面活性剤(ヤシノミ洗剤レギュラー、サラヤ製)0.5g」(界面活性剤(アニオン系界面活性剤のアルキルエーテル硫酸エステルナトリウムとノニオン系界面活性剤の脂肪酸アルカノールアミドの混合物)16%を含む)と「A重油1.0g」を含み、「実施例7」(【0034】)では「高分子凝集剤アロンフロックC-508」を粉砕して平均粒径100μm程度の粉体としている。
iii)すると、実施例9には、「種々の油1.0g」と「純水500g」と「界面活性剤0.5g」でなる「油水系エマルジョン液」に、「油分除去剤」として「硫酸アルミニウムの粉末が145重量部」、「高分子凝集剤アロンフロックC-508が5重量部」添加されると良好に油分を凝集除去できるものといえる。
iv)以上から、本件請求項1の記載に則して整理すれば、甲第1号証には、
「pHが6.0である油水系エマルジョン液に、高分子凝集剤アロンフロックC-508と硫酸アルミニウムを添加する油水系エマルジョン液の凝集処理方法。」の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認める。

(2)本件発明1と引用発明1との対比
i)本件発明1の「pHが8.0以下である含油洗浄廃水」は、上記「第4 I.1.(3)i)」でみたように、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」例えば「アニオン系界面活性剤」を含む「廃水」であり、引用発明1の「油水系エマルジョン液」は人工的に製造したものであるが、実際の油水系エマルジョンの排水を模したものであり、上記「第4 II.(1)ii)」でみたように油分と「アニオン系界面活性剤のアルキルエーテル硫酸エステルナトリウム」を含む。
したがって、引用発明1の「pHが6.0である油水系エマルジョン液」は、本件発明1の「pHが8.0以下である含油洗浄廃水」に相当する。
ii)使用される薬剤について、引用発明1の「高分子凝集剤アロンフロックC-508」は、次のii-1)ないしii-3)の甲第2、4及び5号証の記載から、「強カチオン系高分子凝集剤」といえる。
ii-1)甲第2号証は、「MTアクアポリマー株式会社」の高分子凝集剤の製品に関して開示するものであるところ、同号証には、「MTアクアポリマー株式会社」製の製品名「アロンフロック」がその化学式と共に記載され、その銘柄「C-508?C-500N」が「主成分」を「ポリアクリル酸エステル系」とする「強?中カチオン」系の「高分子凝集剤」であり、「下水・し尿・生活排水及び産業排水中の各種有機汚泥の脱水等に適」することが記載されている。(甲第2号証は本件からみて非公知文献であるが本件出願時の技術水準を示すものとして扱う。)
ii-2)甲第4号証は、「穀類蒸溜粕の処理方法」に関して開示するものであるところ、同号証には、「アクリル系カチオン高分子凝集剤」として「MTアクアポリマー(株)製「アロンフロックC-508」の分子量が「800万」であることが記載されている。
ii-3)甲第5号証は、「ガラス基板の製造方法およびガラス基板の製造装置」に関して開示するものであるところ、同号証には、「ポリアクリル酸エステル系重合体(MTアクアポリマー株式会社製のアロンフロック C-508:強カチオン性重合体・・・分子量:800万」と記載されている。
iii)また、引用発明1では「高分子凝集剤」は「アロンフロックC-508」以外を使用していないから、「高分子凝集剤」の特定のモノマーは主成分である「ポリアクリル酸エステル系」モノマーの成分が「50?100モル%」使用されているといえる。
さらに、本件発明1は「硫酸アルミニウム(硫酸バンド)」を併用できる(本件特許明細書【0026】)ものである。
すると、本件発明1の「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位を有し、ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位の含有割合がポリマーを構成する全モノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤」と、引用発明1の「高分子凝集剤アロンフロックC-508と硫酸アルミニウム」とは、「特定のモノマーの含有割合がポリマーを構成する全モノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤」である点で一致する。
iv)以上から、本件発明1と引用発明1とは
「pHが8.0以下である含油洗浄廃水に、特定のモノマーの含有割合がポリマーを構成する全モノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤を、含油洗浄廃水中に添加する、含油洗浄廃水の凝集処理方法。」の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)「固有粘度」について、本件発明1では「8.0?20dL/g」であるのに対して、引用発明1では不明である点。
(相違点2)「カチオン系高分子凝集剤」について、その特定のモノマーが、本件発明1では「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩」(DME)であるのに対して、引用発明1では「ポリアクリル酸エステル系」モノマーである点。
(相違点3)「含油洗浄廃水中」での「カチオン系高分子凝集剤」の添加量について、本件発明1は「10?500ppm」であるのに対して、引用発明1では不明である点。

(3)相違点の検討
事案に鑑み相違点2について検討する。
i)甲第2号証には、「MTアクアポリマー株式会社」製の製品名「アロンフロック」の「C508」が「主成分」を「ポリアクリル酸エステル系」(アクリレート系)とする「強?中カチオン」系の「高分子凝集剤」であり、「下水・し尿・生活排水及び産業排水中の各種有機汚泥の脱水等に適」すること(上記「第4 II.(2)ii-1)ないしii-3)」参照)が記載されている。
ii)また、甲第3号証には、次のii-1)に示すように、「ポリマー凝集剤」として「アクリル酸にカチオン基を導入したアクリレート系(DAA系)の特定のモノマー」が知られていることが記載されており、本件発明1のDMEはその一種であるといえる。
ii-1)甲第3号証は、「ポリマー凝集剤」の「使用の手引き」に関して開示するものであるところ、同号証には、「ポリマー凝集剤」である「アクリル酸にカチオン基を導入したアクリレート系(DAA系)特定のモノマー」について、その化学式(93頁第2部分「DAA(アクリレート系)ポリマー」)と共に、「分子量」が「ポリアクリルアミドより小さく150万?600万程度であったが、次第に高分子量化が図られて」おり、「カチオン性基の部分は窒素原子に3個のアルキル基が結合した四級アンモニウム塩基」のものがあること、さらに、「DAA系ポリマー凝集剤はカチオン系とノニオン系の共重合体が多」く、「高カチオン」のものはカチオンが「100?60モル%以上」とされることが記載され、
また、「ポリマー凝集剤」は「懸濁粒子を架橋吸着作用により巨大なフロックに成長させる」ものであり、「分子量の大きいポリマー凝集剤」は「架橋反応が優」れ、「凝集フロックの構造的強度を高める」が、「溶解液の粘性が高く」なり「反応性に不利がある」ことが記載され、
さらに、「アクリル系ポリマー凝集剤全般」に適用される「ポリアクリルアミド」の「分子量」と「固有粘度」について計算式が記載されている。
iii)しかしながら、「ポリマー凝集剤」として「アクリル酸にカチオン基を導入したアクリレート系(DAA系)特定のモノマー」が知られており、本件発明1のDMEがその一種であり、「アロンフロックC-508」もアクリレート系ポリマー凝集剤であるから、「アロンフロックC-508」の主成分がDMEであるということにはならない。
そして、引用発明1は「アロンフロックC-508」を使用することで良好に油分を凝集除去でき(上記「第4 II.(1)iii)」参照)ているものであり、引用発明1において「アロンフロックC-508」に代えてDMEを使用する動機付けは認められず、また、上記にその記載内容についてみた他の甲各号証をみても同様である。
iv)すると、引用発明1の「高分子凝集剤アロンフロックC-508」を「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩・・・であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤」に代えることは、その動機付けを欠くので容易に成し得ることとはいえず、引用発明1及び他の甲各号証に記載の技術手段に基いて、当業者が、本件発明1を容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)理由B.についての結言
よって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1に係る特許は、同発明が、甲第1号証に記載された発明及び他の証拠(甲第2?14号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものでないから、取り消されるべきものでない。
本件発明1を引用する本件発明2に係る特許についても同様である。

III.理由C.について
理由Cは、甲第12号証に記載された発明及び他の証拠(甲第1?11号証、甲第13,14号証)に基いて本件発明1及び2は容易に発明をすることができたとするものである。
(1)甲第12号証に記載された発明
i)甲第12号証には次の記載がある。
i-1)「SUMMARY OF THE INVENTION
The present inventors have found that a specific cationic copolymer exhibits surprising efficacy in breaking reverse (oil-in-water) and obverse (water-in-oil) emulsions under a wide variety of conditions. The cationic copolymer of the present invention is a copolymer of acryl-oxyethyltrimethylammonium chloride (AETAC) and acrylamide (AM). The preferred copolymer is a 40 to 80 mole percent AETAC polymerized to a high molecular weight of up to about 20 million in the form of a water-in-oil, or invert, emulsion incorporating appropriate surfactants (i.e., an emulsion polymer) and then inverted and diluted to from about 0.05 to 0.5% actives in water prior to being added to the water phase of the emulsion to be broken.」(2欄20-34行)
(和訳)「発明の概略
本発明の発明者等は、特定のカチオン性コポリマーが、多様な条件下での逆転(水中油)及び非逆転(油中水)エマルジョンの破壊に驚くべき効果を示すことを発見した。本発明のカチオン性コポリマーは、アクリロキシエチルトリメチルアンモニウムクロライド(AETAC)及びアクリルアミドの共重合体である。好ましいコポリマーは、適当な界面活性剤(例 エマルジョンポリマー)を用いた油中水又はその逆のエマルジョンの形で、40?80モル%のAETACを最大2000万の高分子量に重合させたもので、0.05?0.5%の活性に希釈してから、破壊するエマルジョンの水相に添加される。」
i-2)「The copolymers of the present invention are cationic emulsion copolymers of acryloxyethyltrimethylammonium chloride (AETAC) and acrylamide (AM). The mole ratio of AETAC to AM can range from about 21:79 to about 99:1. Preferably, the ratio is between about 40:60 and 80:20. The copolymers are of high molecular weight (MW) which can range from about 2 to about 20 million grams per mole.」(3欄10-16行)
(和訳)「本発明コポリマーは、アクリロキシエチルトリメチルアンモニウムクロライド(AETAC)とアクリルアミド(AM)のカチオン性エマルジョンコポリマーである。AETACのAMに対するモル比は、約21:79と99:1の間の範囲とすることができる。好ましくは、その比は約40:60と80:20の間である。そのコポリマーは、1モル当たり約200万から約2000万グラムの間の高い分子量(MW)のものである。」
i-3)「Example 1
Materials to be tested were tested at 200.degree. F. on a sample from the water leg of a desalter. The oily effluent brine was a light chocolate-brown oil-in-water (reverse) emulsion with about 4% free water-in-oil (obverse) emulsion (containing about 60% water) also present. Table I describes the treatments tested and Table III summarizes the results. As can be seen in Table III, only 3 of the 16 products tested resolved any significant amount of the reverse emulsion in the presence of the obverse emulsion at the high test condition temperature (two AETAC:AM copolymers (A and B) and treatment P). However, treatment P required four times the treatment dose of Treatments A or B to achieve comparable results. 」(5欄54-67行)
(和訳)「脱塩装置の脚部からのサンプルについて、試験対象材料は200°F(93.3℃)で試験した。含油廃塩水は、約4%のフリー(約60%の水を含む)油中水の存在を含む明るいチョコレート-茶色の水中油(逆転)エマルジョンであった。表1に試験に用いた処理を示し、表3に結果をまとめた。表3から明らかなように、試験に用いた16製品中3製品のみが、高試験条件温度で、非逆転エマルジョンが存在する著しい量の逆転エマルジョンを分解した(2つのAETAC:AMコポリマー(A及びB)と処理P)。しかし、処理Pは、同じ比較結果を得るためには、処理A又はBの投入量の4倍もの量を必要とした。」
i-4)TABLE Iの「Treatment」の「B」には、
「AETAC:AM Copolymer(52:48 mole ratio) 10^(7)MW」と記載され、
TABLE IIIの「Treatment」の「B」には、「Dose(ppm Product) 80」「Water Clarity Clear」と記載されており、これはAETAC:AMをモル%で52:48としたコポリマーを80ppm添加すると、水が澄むようになったことを示している。
ii)すると、甲第12号証には、「アクリロキシエチルトリメチルアンモニウムクロライド(AETAC)とアクリルアミド(AM)のカチオン性エマルジョンコポリマー」で「分子量MWが10^(7)」のものを「モル%で52:48」で「80ppm」の濃度となるように「含油廃塩水」に添加すると、「エマルジョンの破壊」により「水が澄むようになった」ことが記載されているといえる。
iii)以上から、本件請求項1の記載に則して整理すると、甲第12号証には、次の発明が記載されているといえる。
「93.3℃の含油廃塩水に、AETAC:AM=52:48のカチオン性エマルジョンコポリマーであるエマルジョン破壊剤を、含油廃塩水中で80ppmとなる量添加する含油廃塩水のエマルジョンの破壊方法。」の発明(以下、「引用発明12」という。)
(2)本件発明1と引用発明12との対比
i)本件発明1の「pHが8.0以下である含油洗浄廃水」と、引用発明12の「93.3℃の含油廃塩水」とは、上記「第4 I.1.(3)i)」でみたように、本件発明1の「含油洗浄廃水」は、「油分」を含み「洗浄剤に含まれるアニオン荷電を有する物質」例えば「アニオン系界面活性剤」を含むものであるから、「油分を含む廃水」である点で一致する。
ii)本件発明1の「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位を有し、ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩単位の含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるポリマーを含むカチオン系高分子凝集剤」と、引用発明12の「AETAC:AM=52:48のカチオン性エマルジョンコポリマーであるエマルジョン破壊剤」とは、「特定のモノマーの含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるカチオン性剤」である点で一致する。
iii)本件発明1の「含油洗浄廃水中において10?500ppmとなる量添加する」と、引用発明12の「含油廃塩水中で80ppmとなる量添加する」とは、「油分を含む廃水」に「10?500ppmとなる量添加する」点で一致する。
iv)本件発明1の「含油洗浄廃水の凝集処理方法」と、引用発明12の「含油廃塩水のエマルジョンの破壊方法」とは、「油分を含む廃水の処理方法」である点で一致する。
v)以上から、本件発明1と引用発明12とは、
「油分を含む廃水に、特定のモノマーの含有割合がポリマーを構成する全モノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるカチオン性剤を、油分を含む廃水水中において10?500ppmとなる量添加する、油分を含む廃水の処理方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)「油分を含む廃水」について、本件発明1では「pHが8.0以下」で「アニオン系界面活性剤」を含むものであるのに対して、引用発明12では「93.3℃」という高温であり、「pH」は不明であり、「アニオン系界面活性剤」を含むかも不明である点。
(相違点2)「特定のモノマーの含有割合がポリマーを構成する全特定のモノマー単位(100モル%)のうち50?100モル%であるカチオン性剤」について、本件発明1では「固有粘度が8.0?20dL/g」で、「特定のモノマー」が「ジメチルアミノエチルアクリレート塩化メチル4級塩」であるのに対して、引用発明12では「固有粘度」が不明で「特定のモノマー」が「AETAC」である点。
(相違点3)「油分を含む廃水の処理方法」について、本件発明1では「含油洗浄廃水の凝集処理方法」であるのに対して、引用発明12では「含油廃塩水のエマルジョンの破壊方法」である点。

(3)相違点の検討
事案に鑑み相違点3について検討する。
i)次のi-1)、i-2)に示す甲第13及び14号証の記載から、「乳濁液」すなわち「エマルジョン」の破壊とは、「油分」と「水分」に分離されて後に重力分離することであり、本件発明1の「粘性の強い粗大な綿状の不溶解物が生成し、生成後直ちに不溶解物は油分を取り込みながら集合し、凝集フロックに成長す」る(本件特許明細書【0035】)ものとは異なるといえる。
i-1)甲第13号証は、「乳濁液破壊剤」に関して開示するものであるところ、同号証には、「鉱物油、植物油、動物油、ワックス、ロー、樹脂などを水に乳化または分散」させた「具体的には使用後の金属加工乳化液(たとえば金属製作工程における圧延油廃水や切削油廃液)」(3欄28-32行)である「エマルジョン」を破壊する「乳濁液破壊剤」として、「ポリ(アクリロイロキシエチル-トリメチルアンモニウム・クロライド)」(3欄9-10行)を用いること、「乳濁液」の「pHを酸性側(pH5?7未満)に調整した後処理すると、一層好結果が得」られ、「破壊剤の使用量は乳濁液中の油分または固状分に対して0.1?10重量%(1,000?100,000ppm)(有効成分)」(3欄37-40行)用いること、「界面活性剤」を含む「金属加工乳化液」に適用した場合に「攪拌により油分は浮上するが24時間放置すれば浮上油分層は密になり、下層の処理水の性状も良好となる」こと(4欄9-11行)が記載されている。
i-2)甲第14号証は、「含油廃水処理と廃油処理について」に関して開示するものであるところ、同号証には、「乳化油廃水中の油分は、μ以下の微細粒子として存在しているものが多く、直接重力分離法での処理は不可能であるが、乳化破壊により粗粒化すれば、重力分離の対象となる・・・乳化安定化要素がアニオン系界面活性剤であるときは、アニオン系界面活性剤を不溶化することにより乳化破壊ができる。ここで用いられるエマルジョンブレーカーは・・・ポリカチオンなどが有効」である(30頁右欄7-24行)と記載されている。
ii)また、引用発明12では上記「第4 III.(1)i-4)」でみたように「エマルジョンの破壊」により「水が澄むようになった」のであり、「綿状の不溶解物が生成」し「凝集フロックに成長」した旨の記載は見いだせないから、引用発明12の「エマルジョンの破壊」は本件発明1の「凝集処理」とは異なるものといえるし、また、他の甲各号証をみても、「エマルジョンの破壊」が「凝集処理」にあたるものであることは、上記でみたように甲各号証中に見いだせないし、技術常識であるともいえない。
iii)そして、甲各号証をみても「エマルジョンの破壊」に代えて「凝集処理」とすることの示唆あるいは動機付けについて見出すことはできず、また、引用発明12はそもそも「含油廃塩水のエマルジョンの破壊方法」であって「凝集処理」を予定するものではないから、同発明において「エマルジョンの破壊」を「凝集処理」に代えることは容易に成し得たことではない。
したがって、本件発明1は、引用発明12及び他の甲各号証に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)理由C.についての結言
よって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1に係る特許は、同発明が、甲第12号証に記載された発明及び他の証拠(甲第1?11、13及び14号証)に記載の技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものでないから、取り消されるべきものでない。
本件発明1を引用する本件発明2に係る特許についても同様である。

第5 むすび
以上のとおりであるから、取消理由(異議申立理由を全て含む)によっては、本件請求項1ないし2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に、本件請求項1ないし2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-02-19 
出願番号 特願2013-29982(P2013-29982)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C02F)
P 1 651・ 113- Y (C02F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 金 公彦  
特許庁審判長 大橋 賢一
特許庁審判官 中澤 登
山崎 直也
登録日 2017-02-10 
登録番号 特許第6085990号(P6085990)
権利者 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 含油洗浄廃水の凝集処理方法  
代理人 志賀 正武  
代理人 渡邊 隆  
代理人 村山 靖彦  
代理人 高橋 詔男  
代理人 鈴木 三義  

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