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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1338167
異議申立番号 異議2017-701176  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-04-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-12-13 
確定日 2018-03-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第6148564号発明「医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物およびそれからなる医療用器具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6148564号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯及び本件発明
1.手続の経緯
特許第6148564号(以下、「本件特許」という。)に係る出願は、平成25年7月31日を出願日として、出願人 リケンテクノス株式会社により出願された特許出願であり、平成29年5月26日に特許権の設定登録(請求項の数2)がされ、平成29年6月14日に特許公報が発行された。その後、特許異議申立人 谷口真魚(以下、「申立人」という。)により、請求項1?2に係る本件特許について特許異議の申立てがされた。

2.本件発明
本件特許の請求項1?2に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下、請求項1?2に係る発明を、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明2」ともいい、これらをまとめて、「本件発明」ともいう。)

「【請求項1】
成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部;
成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤1質量部以上20質量部未満;及び、
成分(c)シラン化合物0.1?15質量部;
を含有し、ここで上記成分(b)が、炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコールを用いて合成されたものであることを特徴とする医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物。
【請求項2】
医療用輸液セット又は血液回路のジョイント部材又は医療用容器であって、請求項1に記載の医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物からなることを特徴とする医療用輸液セット又は血液回路のジョイント部材又は医療用容器。」

第2 申立理由の概要
申立人は、特許異議申立書(以下、単に「申立書」という。)において、概略以下の(1)?(5)の取消理由をあげ、証拠として以下の各甲号証を提出して、本件特許の請求項1?2に係る発明は取り消されるべきものであると主張している。

<証拠方法>
甲第1号証:再公表WO2008/032583号公報
甲第2号証:第33回日本バイオマテリアル学会予稿集(発行人:第33回日本バイオマテリアル学会大会、発行日:平成23年11月23日、第38頁および第397頁)、写し
甲第3号証:日本バイオマテリアル学会シンポジウム2012予稿集(発行人:日本バイオマテリアル学会シンポジウム2012、発行日:平成24年11月26日、第56頁および第362頁)、写し
甲第4号証:日本薬学会第133年会要旨集4(発行:日本薬学会第133年会組織委員会、発行日:平成25年3月5日、第36頁および第167頁)および発表で用いたポスター、写し
甲第5号証:特開昭59-8744号公報
甲第6号証:特開昭64-38462号公報
甲第7号証:特開2008-195898号公報

(なお、第4号証として提出されたポスターについては、「日本薬学会第133年会要旨集4」の中には記載されておらず、日本薬学会第133年会において、実際に頒布された資料であるかが不明であるから、証拠能力を欠くため、上記要旨集4に記載されている部分のみを証拠として採用する。(申立人は、特願2013-104082号において特許法第30条第2項適用申請に際し、特許権者が資料として提出したものである旨言及している(27頁1段落)が、該資料には、日本薬学会第133年会において、ポスター発表された資料は添付されていない。)
また、以下、甲第1号証?甲7号証を、それぞれ、単に「甲1」?「甲7」ともいう。)


(1)取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲1に記載された発明、甲2?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)取消理由2(甲7を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲7に記載された発明、甲1?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)取消理由3(甲4を主引例とする進歩性)
本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲4に記載された発明、甲1及び7の記載事項並びに周知技術(甲5?6)に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)取消理由4(サポート要件)
請求項1?2に係る本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(5)取消理由5(明確性)
請求項1?2に係る本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。


第3 当審の判断
以下に述べるように、申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?2に係る発明についての特許を取り消すことはできない。

1.取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)について
1)甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
(1)甲1の記載事項
本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな甲1には、以下の事項が記載されている。(下線は、当審合議体が付した。以下、この決定中において同様である。)

「【請求項1】
熱可塑性樹脂100重量部に対して、耐放射線剤としてシラン化合物を0.1?15重量部含む医療用樹脂組成物。
【請求項2】
前記熱可塑性樹脂が、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリカーボネート樹脂、及び1,2-ポリブタジエン樹脂から選ばれる少なくともひとつの樹脂である請求項1に記載の医療用樹脂組成物。
【請求項3】
前記熱可塑性樹脂は、ポリ塩化ビニル系樹脂である請求項2に記載の医療用樹脂組成物。
【請求項4】
前記シラン化合物は、モノアルコキシシラン化合物、ジアルコキシシラン化合物、トリアルコキシシラン化合物、及びテトラアルコキシシラン化合物から選ばれる少なくとも一つのアルコキシシラン化合物である請求項1に記載の医療用樹脂組成物。
【請求項5】
前記樹脂組成物は、JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが、35°以上の硬質である請求項1?4のいずれかに記載の医療用樹脂組成物。
【請求項6】
前記樹脂組成物は、JIS K6253で規定されるデュロメーターA硬さが97°以下の軟質である請求項1?4のいずれかに記載の医療用樹脂組成物。
【請求項7】
前記樹脂組成物は、さらに可塑剤を含む請求項1に記載の医療用樹脂組成物。
【請求項8】
前記可塑剤は、熱可塑性樹脂100重量部に対して15?150重量部含む請求項7に記載の医療用樹脂組成物。
【請求項9】
前記可塑剤は、フタル酸系可塑剤、脂肪酸エステル系可塑剤、リン酸エステル系可塑剤、エポキシ系可塑剤、トリメリット酸エステル可塑剤、クエン酸エステル可塑剤、及びグルコール酸エステル可塑剤から選ばれる少なくとも一つの可塑剤である請求項7又は8に記載の医療用樹脂組成物。」

「【0036】
また、本発明の医療用樹脂組成物のJIS K7202で規定されるロックウェル硬さ(Rスケール)は、硬質医療用部品を製造する場合には、35°以上であることが好ましく、60°以上であることがより好ましい。ロックウェル硬さが35°以上の組成物を硬質医療用部品に適用すると、部品が折れ曲がり、内容物の液流が妨げられるなどの不具合を発生することもなく、バルブ性能、チューブ連結作業性なども良好に維持することができる。ここで、ロックウェル硬さ(Rスケール)とは、JIS K7202に規定されている硬さであり、当該JISに準拠して23℃の温度で測定した値である。
・・・
【0038】
また、本発明の医療用樹脂組成物のJIS K6253で規定されるデュロメーターA硬さは、軟質医療用部品を製造するには、97°以下であることが好ましく、70°以下であることがより好ましい。該硬さが97°以下となる組成物を軟質医療用部品に適用すると、適度な弾力性があり、医療用チューブ、血液バッグ、輸液バッグなどに好適に使用することができる。ここで、デュロメーターA硬さとは、JIS K6253に規定されている硬さであり、該JISに準拠して23℃の温度で測定した値である。
【0039】
また、該デュロメーターA硬さは、γ線照射前の硬さもγ線照射後の硬さも97°以下に維持されることが好ましい。またγ線照射前後での硬さの変化(Δ硬さ)は、あまり大きな変化がない方が好ましく、特に限定されるものではないが、0?10°であることが好ましい。この範囲の硬さ変化であれば、軟質医療用部品として支障無く使用できる。
【0040】
本発明においては、熱可塑性樹脂の配合剤として、従来公知の配合剤を適宜必要に応じて使用することができる。配合剤としては、例えば、可塑剤、安定剤、安定化助剤、滑剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、着色剤、充填剤などをあげることができる。
【0041】
前記可塑剤としては、従来公知のものを使用できるが、例えば、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ジ-n-オクチル、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOP)、フタル酸ジイソオクチル、フタル酸ジオクチルデシル、フタル酸ジイソデシル、フタル酸ブチルベンジル、イソフタル酸ジ-2-エチルヘキシルなどのフタル酸系可塑剤;アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル、アジピン酸ジ-n-デシル、アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル、セバシン酸ジブチル、セバシン酸ジ-2-エチルヘキシルなどの脂肪酸エステル系可塑剤;リン酸トリブチル、リン酸トリ-2-エチルヘキシル、リン酸トリ-2-エチルヘキシルジフェニル、リン酸トリクレジルなどのリン酸エステル系可塑剤;エポキシ化大豆油、エポキシ化アマニ油、エポキシ化トール油脂肪酸-2-エチルヘキシルなどのエポキシ系可塑剤;トリメリット酸トリ-2-エチルヘキシルなどのトリメリット酸エステル可塑剤;クエン酸エステル可塑剤、グルコール酸エステル可塑剤などをあげることができ、これらを単独で又は必要に応じて2種以上併用することもできる。これらの中でも、従来医療用途に好適に使用されていて、耐γ線性に優れるという点から、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル、フタル酸ジイソノニル、トリメリット酸トリ-2-エチルヘキシルが好ましく、可塑剤としての機能と熱安定化助剤としての機能を併有する点から、エポキシ化合物が好ましく、エポキシ化アマニ油、エポキシ化大豆油がより好ましい。
【0042】
これらの可塑剤の添加量は、必要に応じて決定することができ、特に限定されないが、軟質組成物とする場合には、熱可塑性樹脂100重量部に対して、15?150重量部であることが好ましく、硬質組成物とする場合には、熱可塑性樹脂100重量部に対して、2?15重量部であることが好ましい。」

(2)甲1に記載された発明
甲1の請求項1?3、7?8及び【0042】の記載によれば、甲1には以下の発明が記載されていると認められる。
「熱可塑性樹脂であるポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、耐放射線剤としてシラン化合物を0.1?15重量部、可塑剤を15?150重量部含む医療用軟質樹脂組成物。」(以下、「甲1発明1」という。)

また、甲1の請求項1?3、7及び【0042】の記載によれば、甲1には以下の発明が記載されていると認められる。
「熱可塑性樹脂であるポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、耐放射線剤としてシラン化合物を0.1?15重量部、可塑剤を2?15重量部含む医療用硬質樹脂組成物。」(以下、「甲1発明2」という。)

2)甲2?4の記載事項
本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな甲2?甲4には、以下の事項が記載されている。
(1)甲2の記載事項
「赤血球寿命に及ぼす各種可塑剤の影響評価に関する研究
・・・
【緒言】ポリ塩化ビニル(PVC)製品の代表的な可塑剤であるDi(2-ethylhexyl)phthalate(DEHP)の使用についてはリスク回避の観点から各国において規制が強化される方向にあり、日本の医療機器分野においてもリスク患者群の治療にあたっては代替機器又は代替可塑剤を利用した製品への切り替えが推奨されている。血液バッグについては、DEHPが赤血球保護作用を有することから、その使用が例外的に認められているが、ヘパリン血加ウシ血液を利用した溶血試験において過去の報告と異なる成績が得られた。そこで本研究では、PVC製血液バッグの安全性と有効性を再検討するため、溶血性、・・・を指標として赤血球寿命に及ぼす各種可塑剤の影響を評価した。

【実験】可塑剤として、・・・・・・、Di(2-ethylhexyl)-l,2,3,6-tetrahydrophthalate(DOTP)、・・・を使用した。・・・

【結果と考察】・・・PVC製血液バッグについても代替可塑剤を利用できることが示唆された・・・。」

(2)甲3の記載事項
「DEHP 代替可塑剤を利用した新規血液バッグの開発
-可塑剤溶出量と溶血性の関係について-
・・・
【緒言】
PVC製品の代表的な可塑剤であるDEHPの使用についてはリスク回避の観点から各国において規制が強化される方向にあり、日本の医療機器分野においてもリスク患者群の治療にあたっては代替機器又は代替可塑剤を利用した製品への切り替えが推奨されている。血液バッグについては、DEHPが赤血球保護作用を有することから、その使用が例外的に認められているが、DINCH、DIDP及びDOTPはDEHPと同等の赤血球保護作用を示すことが確認された(第33回日本バイオマテリアル学会大会:演題番号P79)。本研究では、DEHP代替可塑剤を利用した新規血液バッグを開発する一環として、DINCH、DIDP及びDOTP含有PVCシートからの可塑剤溶出量と溶血性を指標とした赤血球保護作用の相関性について検討した。

【実験】
PVCシートはヒートプレス法により作製した。陽性対照材料として使用したDEHP含有PVCシートは100パーツのPVCに対して、DEHP及びESBOをそれぞれ55及び8パーツ添加して作製した。陰性対照材料であるTOTM含有PVCシートは85パーツのTOTMと8パーツのESBOを添加して作製した。DINCH、DIDP及びDOTPの添加量は35、60、85及び110パーツとした。各PVCシート(6.4cm^(2))をヒトMAP加RCC(5ml,Htc.59%)に4℃で浸漬し、経時的に血液を採取して、溶血性及び可塑剤溶出量を測定した。・・・

【結果と考察】
可塑剤単体で溶血抑制作用を示さないTOTMを含有したPVCシートの溶血率はPVCシート非浸漬群と同等であり、10週目で28.2%に達した。その際のTOTM溶出量は0.27±0.09μg/mlであり、顕著な溶出も観察されなかった。DEHP含有PVCシートは溶血抑制作用を示し、10週目における溶血率とDEHP溶出量は10.9%及び53,1±6.1μg/mlであった。10週目におけるDINCH、DIDP及びDOTPの溶出量は26.1-36.5、4.8-6.0及び78.4-150μg/mlであり、添加量に比例して溶出量が増加した。また、その際の溶血率は、それぞれ9.2-12.4%(DINCH)、22.3-35.7%(DIDP)及び5.2-7.8(DOTP)であり、可塑剤溶出量と溶血性の間に相関性が認められた。
DIDP自体は溶血抑制作用を有するが、PVCシート化した場合は溶出量が低いため、抑制作用を示さないことが確認された。PVCシートからの溶出量はDOTP>DEHP>DINCHの順であるが、DINCH及びDOTPともにDEHPと同等又はそれ以上の溶血抑制作用を示した。今後、DINCHとDOTPを代替可塑剤とした血液バッグを試作し、その化学的、物理化学的及び生物学的安全性を評価する。」

(3)甲4(167頁の「29pmF-470」)の記載事項
「DEHP 代替可塑剤を利用した新規血液バッグの開発-可塑剤溶出量と溶血性の関係について-
・・・
【目的】PVC製品の代表的な可塑剤であるDEHPの使用についてはリスク回避の観点から各国において規制が強化される方向にある。血液バッグについては、DEHPが赤血球保護作用を有することから、その使用が例外的に認められているが、DINCH、DIDP及びDOTPはDEHPと同等の溶血抑制作用を示すことが確認された。本研究では、新規血液バッグを開発するー環として、DINCH、DIDP及びDOTP含有PVCシートからの可塑剤溶出量と溶血挙動の相関性について検討した。
【方法】DEHP(陽性対照)、TOTM(陰性対照)、DINCH、DIDP及びDOTP含有PVCシートをヒートプレス法により作製した。各PVCシート(6.4cm^(2))をヒトMAP加RCC(5mL,Htc.59%)に4℃で浸漬し、経時的に血液を採取して、溶血性及び可塑剤溶出量を測定した。溶血性は保存血液遠心上清の413nmにおける吸光度を測定して評価した。可塑剤溶出量は常法に従って、GC-MS/MS分析により定量した。
【結果】TOTM含有PVCシートの溶血率はPVCシート非浸漬群と同等であり、10週目で28.2%に達した(溶出量:0.27±0.09μg/mL)。DEHP含有PVCシートは溶血抑制作用を示し、10週目における溶血率とDEHP溶出量は10.9%及び53.1±6.1μg/mLであった。10週目におけるDINCH、DIDP及びDOTPの溶出量は26.1-36.5、4.8-6.0及び78.4-150μg/mLであり、添加量に比例して溶出量が増加した。また、その際の溶血率は、それぞれ9.2-12.4%(DINCH)、22.3-35.7%(DIDP)及び5.2-7.8%(DOTP)であり、可塑剤溶出量と溶血性の間に相関性が認められた。
【考察】DIDP自体は溶血抑制作用を有するが、PVCシート化した場合は溶出量が低く、抑制作用を示さないことが確認された。今後、DINCH及びDOTPを利用した血液バッグを試作し、その化学的、物理的及び生物学的安全性を評価する。」

3)甲1に記載された発明に基づく進歩性の判断
(1)本件発明1について(甲1発明1に基づく判断)
ア 対比
本件発明1と甲1発明1を対比すると、甲1発明1の「熱可塑性樹脂であるポリ塩化ビニル系樹脂」は、本件発明1の成分(a)である「塩化ビニル樹脂」に相当するし、甲1発明1の「耐放射線剤として」の「シラン化合物」は、本件発明1の成分(c)である「シラン化合物」に相当する。
また、甲1発明1の組成物に含まれる可塑剤の含有量「15?150重量部」は、本件発明1の組成物における可塑剤の含有量「1質量部以上20質量部未満」と、「15質量部から20質量部未満」の範囲で一部重複一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明1とは、形式的には、以下の点で一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
「成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部;
可塑剤1質量部以上20質量部未満;及び、
成分(c)シラン化合物0.1?15質量部;
を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」

<相違点1>
医療用塩化ビニル樹脂組成物について、甲1発明1では、「軟質」と特定されているのに対して、本件発明1では、かかる特定はない点。
<相違点2>
医療用塩化ビニル樹脂組成物に含まれる可塑剤について、本件発明1では、「成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」であって、「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコールを用いて合成されたもの」と特定されているのに対して、甲1発明1では、かかる特定はない点。
<相違点3>
医療用塩化ビニル樹脂組成物について、本件発明1では、「放射線滅菌対応」と特定されているのに対し、甲1発明1ではかかる特定はされていない点。

ここで、相違点の検討に入る前に、本件発明1において特定される構成を備えた塩化ビニル樹脂組成物とする点の技術的意義について検討する。

イ 本件発明1の技術的意義
本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【背景技術】
【0002】
医療用部品は、(1)重金属等の溶出などによって人体に害を及ぼすことがないこと、(2)医療現場において使い勝手が良いこと、(3)使用時まで無菌性が保たれていること、(4)内部液の状況が確認できることなどが必要とされる。
【0003】
近年、医療用部品の滅菌には・・・γ線を用いる滅菌方法(以下、γ線滅菌と略すことがある。)や電子線を用いる滅菌方法などのいわゆる放射線滅菌が普及している。特にγ線滅菌は・・・広く普及している。ところがγ線滅菌には、照射された医療用部品に色調変化や亀裂を生じ易いという問題があった。
【0004】
γ線滅菌により亀裂が生じるようなものに、γ線滅菌を適用できないのはもちろんであるが、医療用部品の場合は色調変化であっても、部品間違いなどの医療事故を誘発する原因になる可能性があるため、そのようなものにγ線滅菌を適用することは好ましくない。
【0005】
現在、・・・血液バッグ・・・などの軟質医療用部品には、軟質塩化ビニル系樹脂組成物が、多用されており、透析回路チューブ等の医療部品と接続して用いられる各種の医療用部品、例えば、注射器、チューブ連結部材、分岐バルブ、速度調節部品などの硬質医療用部品につても、材料学的に同系の材料、即ち硬質塩化ビニル系樹脂組成物を用いたい。
【0006】
そのため硬質塩化ビニル系樹脂組成物の、放射線滅菌により色調変化や亀裂を生じるという問題の解決のため、いろいろな取組みがなされている(・・・)が、十分ではない。」

「【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、医療用塩化ビニル樹脂組成物であって、放射線滅菌、特にγ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好であり、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、そのため医療用輸液セット、医療用血液回路のジョイント部材や医療用硬質容器などの医療用器具に好適に用いることのできる医療用塩化ビニル樹脂組成物を提供することである。」

「【発明の効果】
【0014】
本発明の塩化ビニル樹脂組成物は、放射線滅菌、特にγ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好であり、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、そのため医療用輸液セット、医療用血液回路のジョイント部材や医療用硬質容器などの医療用器具に好適に用いることができる。」

「【0025】
上記成分(b)の配合量は、塩化ビニル樹脂100質量部に対して、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性、耐溶出性の観点から、1質量部以上である。好ましくは3質量部以上である。また剛性の観点から20質量部未満である。好ましくは18質量部以下である。1質量部未満では、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性が不十分である。20質量部以上では、医療用輸液セットのジョイント部材や医療用硬質容器として求められる剛性を保持できなくなり、例えば、輸液チューブがジョイント部材から抜けやすくなったり、容器の剛性が不足して開栓できなくなったりする。」

「【0027】
上記成分(c)を、上記成分(a)100重量部に対して、0.1?15重量部用いることにより、γ線滅菌に対する耐亀裂性や射出成型性を向上させることができる。」

「【0055】

【0056】

【0057】



なお、表1?3の可塑剤に関し、【0039】には、成分(b-1)が「テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOTP)」、比較成分(b’-1)が「ジ(2-エチルヘキシル)フタレート(DEHP)」、比較成分(b’-2)が「トリメリット酸2-エチルヘキシル(TOTM)」、比較成分(b’-3)が「(2-エチルヘキシル)アジペート(DEHA)」、比較成分(b’-4)が「ジイソノニルシクロヘキサン-1,2-ジカルボキシレート(DINCH)」であることが記載されている。


上記本件特許明細書の記載によれば、従来から、血液バッグなどの軟質医療用部品には、軟質塩化ビニル系樹脂組成物が多用されており、硬質医療用部品についても、硬質塩化ビニル系樹脂組成物を用いたいとの要望があったところ、医療用部品の滅菌に広く普及しているγ線滅菌等の放射線滅菌により、照射された医療用部品に色調変化や亀裂が生じ易いという問題があることから、本件発明1では、かかる問題を解決し、放射線滅菌、特にγ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好であり、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がない医療用血液回路のジョイント部材等に使用される医療用の硬質塩化ビニル樹脂組成物及び硬質医療用部品を提供することを解決課題(目的)とするものである(【背景技術】)。
また、本件特許明細書の記載によれば、本件発明1で、塩化ビニル樹脂(成分(a))100質量部に対して、可塑剤として、「1質量部以上20質量部未満」の「テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」(成分(b))を含有し、かつ、「シラン化合物」(成分(c))を「0.1?15質量部」含有するものとする点の技術的意義は、所定の可塑剤を「1質量部以上20質量部未満」とすることで、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性を十分なものとし、剛性も保持でき、医療用輸液セットのジョイント部材等の硬質医薬部品用途に適したものとし(【0025】)、また、「シラン化合物」を「0.1?15質量部」とすることで、γ線滅菌に対する耐亀裂性や射出成型性を向上させることができる(【0027】)ものである。
そして、本件特許明細書の表1?3の実施例5?11には、本件発明1の塩化ビニル樹脂組成物では、γ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好であり、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、硬質医薬部品用途に好適であることが示されているし、実施例3及び比較例3?6の比較によれば、可塑剤として、本件発明1の成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤(DOTP)を使用した場合には、その他の可塑剤(DEHP、TOTM、DEHA及びDINCH))を使用した場合とは異なり、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性の点で特に優れることが理解できる。(なお、これらの例では成分(c)が含まれていないが、成分(c)の有無による効果の違いは実施例3と実施例5?7との対比から理解することができ、成分(c)により、用量依存的に耐変色性が改善するが、耐亀裂性、溶出性には影響がないことが理解できる。)

ウ 相違点についての判断
まず、相違点1及び2について検討する。
相違点2に関し、甲1の【0041】をみても、本件発明1の成分(b)の可塑剤である「テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」については記載されていない。そして、1)(2)で記載したとおり、甲1発明1は、医療用軟質樹脂組成物に係る発明であり、より具体的には、甲1の【0038】に記載のとおり、血液バッグ等の軟質医療用部品用途に使用されるものである。
一方、甲2?4には、従来からPVC製の血液バッグに使用されていた可塑剤であるDEHP(ジ(2-エチルヘキシル)フタレート)はリスク回避の観点から各国において規制が強化される方向にあり、日本の医療機器分野においても代替可塑剤を利用した製品への切り替えが推奨されていることから、赤血球の溶血抑制性等の赤血球保護作用を指標として、種々の可塑剤について検討したところ、テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOTP)がDEHPと同等あるいはそれ以上の溶血抑制作用(赤血球保護作用)を示し、PVC製血液バッグの可塑剤に使用されているDEHPの代替可塑剤として有用であると考えられる旨が記載され、本件発明1の成分(b)に相当する可塑剤(DOTP)を、PVC製の血液バッグに赤血球保護作用を付与し得る可塑剤として使用することが開示されている。
そして、相違点2に関して、申立人は、甲2?4に、従来からPVC製の血液バッグに使用されていたDEHPの代替可塑剤としてDOTPを使用することが示唆されているから、甲1発明1に記載される可塑剤として、本件発明1の成分(b)に相当するDOTPを使用することは、当業者が容易に想到し得ることである旨主張しており(申立書の24?29頁の項目(3-1)の特に26?27頁の相違点1についての判断)、血液バッグ等に医療用軟質樹脂組成物において、DOTPを溶血抑制の効果も期待できる可塑剤として使用することがあたかも容易になし得ることであるかのようにも窺える。

しかしながら、イで指摘した本件特許明細書の記載から明らかなとおり、本件発明1は、γ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好で、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がない、硬質医療部品に使用される硬質塩化ビニル樹脂組成物の提供を目的とするものである。(この点、相違点1に関し、本件発明1は、実質的には、「硬質」であるといえる。)
そして、本件発明1は、DOTPも含まれる「テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」を用い、かつ、その配合量を、塩化ビニル樹脂100質量部に対し、「1質量部以上20質量部未満」とし、特定量のシラン化合物と併用することにより、上記のγ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性、射出成形性等の種々の特性を満たすものにして、上記の目的を達成するものであるが、甲1?4を併せみても、これらの種々の特定を満たすものとする目的のために、甲1発明1の医療用軟質塩化ビニル樹脂組成物を、相違点1及び2に係る本件発明1の構成とすることについて、記載ないし示唆はないし、テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤を開示していない甲5及び6を参酌しても同様である。

また、イで記載したとおり、本件特許明細書(特に、実施例3及び比較例3?6の比較)によれば、成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤(DOTP)を使用した場合には、その他の可塑剤(DEHP、TOTM、DEHA及びDINCH))を使用した場合とは異なり、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性の点で特に優れることが理解できるところ、DEHP、TOTM、DEHAは、甲1にフタル酸系可塑剤、トリメリット酸エステル可塑剤及び脂肪酸エステル系可塑剤の具体例として記載され、また、甲2?4にも記載されていたし、DINCHは甲2?4に記載されていた可塑剤であって、本件特許明細書の記載によれば、可塑剤を、相違点2に係る本件発明1の構成を備えたものとすることで、甲1?4に記載されている他の可塑剤を使用した場合とは異なり、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性の点で特に優れることが理解できる。
そして、これらの効果は、甲1?4の記載からは、予測し得ないし、成分(b)のテトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤を開示していない甲5及び6を参酌しても同様である。

したがって、相違点3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明、甲2?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

なお、本件発明1と甲1発明1の可塑剤の含有量は、一致点に記載しており、これは、用途を考慮しない場合には、両者は15?20質量部の範囲においては重複しているが、血液バッグに使用される軟質医療用塩化ビニル樹脂組成物には通常可塑剤が多く配合される(例えば、甲3の【実験】の項目では、PVC(ポリ塩化ビニル)100質量部に、DOTP(テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル)可塑剤等を35、60、85または110質量部添加したことが記載されている。)から、甲1発明の医療用塩化ビニル樹脂組成物を血液バッグの用途に好適化する際には、甲1発明における可塑剤の含有量の特定である「15?150重量部」を、本件発明1で特定される範囲(1質量部以上20質量部未満)を満足する「15質量部以上20質量部未満」の含有量とする動機付けもない。(つまり、血液バッグとの用途を考慮した場合には、用途に応じた好適な含有量が存在することから、この場合、実質的には相違点となる。)


(2)本件発明1について(甲1発明2に基づく判断)
本件発明1と甲1発明2を、(1)アでの対比を踏まえて対比すると、甲1発明2の組成物に含まれる可塑剤の含有量「2?15重量部」は、本件発明1の組成物における可塑剤の含有量「1質量部以上20質量部未満」に含まれているし、(1)イで指摘したとおり、本件発明1は、実質的に、硬質塩化ビニル樹脂組成物であるといえるから、本件発明1と甲1発明2とは、以下の点で一致し、(1)で記載した相違点2及び3の点で相違する。
<一致点>
「成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部;
可塑剤1質量部以上20質量部未満;及び、
成分(c)シラン化合物0.1?15質量部;
を含有する医療用硬質塩化ビニル樹脂組成物。」

そして、相違点2についての判断は、(1)のウで説示したとおりであり、相違点3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明(甲1発明2)、甲2?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(3)本件発明2について
本件発明2は、「請求項1に記載の医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物からなる」「医療用輸液セット又は血液回路のジョイント部材又は医療用容器」、つまり、「本件発明1の組成物からなる医療用輸液セット又は血液回路のジョイント部材又は医療用容器」の発明である。
そして、(1)及び(2)で説示したとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明、甲2?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて及当業者が容易に発明をすることができたものということはできない以上、本件発明1で特定される組成物をその発明特定事項として含む本件発明2についても、(1)及び(2)で記載したと同様の理由によって、甲1に記載された発明、甲2?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

4)小括
よって、申立人が主張する取消理由1によっては、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。


2.取消理由2(甲7を主引例とする進歩性)について
1)甲7の記載事項及び甲7に記載された発明
(1)甲7の記載事項
本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな甲7には、以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物であって、
JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが、35°以上の硬質であることを特徴とする硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。
【請求項2】
前記組成物は、さらにシラン化合物が0.2?7重量部配合されている請求項1に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。
【請求項3】
前記シラン化合物は、モノアルコキシシラン化合物、ジアルコキシシラン化合物、トリアルコキシシラン化合物、及びテトラアルコキシシラン化合物から選択される少なくとも一種である請求項2又は3に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。
【請求項4】
前記可塑剤がシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤であり、前記シラン化合物が3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン及びビニルトリエトキシシランから選択される少なくとも1つである請求項2に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。
【請求項5】
前記樹脂組成物は、γ線照射前後のΔYIが20以下である請求項1?4のいずれか1項に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか1項に記載の硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物を成形加工してなる硬質医療用部品。」

また、甲7には、表1?3に、可塑剤としてシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤であるジイソノニルシクロヘキサン-1,2-ジカルボキシレート(DINCH)を使用した実施例(実施例1、2、5?18)が記載されている。(表1?3の記載は省略する。)

(2)甲7に記載された発明
甲7の請求項1、2、5、及び、実施例の記載によれば、甲7には、
「塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物であって、
さらにシラン化合物が0.2?7重量部配合され、
JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが、35°以上の硬質であり、
γ線照射前後のΔYIが20以下である、
硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。」
(以下、「甲7発明」という。)が記載されていると認められる。

2)甲7に記載された発明に基づく進歩性の判断
本件発明1と甲7発明を対比すると、甲7発明の「塩化ビニル系樹脂」は、本件発明1の成分(a)である「塩化ビニル樹脂」に、「シラン化合物」は、「成分(c)シラン化合物成」に相当する。
また、甲7発明の組成物に含まれる、塩化ビニル樹脂100質量部に対する可塑剤の配合量「1重量部以上15重量部以下」は、本件発明1の組成物における可塑剤の含有量「1質量部以上20質量部未満」と、「1質量部以上15重量部以下」の範囲で重複一致するし、シラン化合物の配合量「0.2?7重量部」は、本件発明1の組成物におけるシラン化合物の含有量「0.1?15質量部」に包含される。
さらに、甲7発明の「JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが、35°以上の硬質であり、γ線照射前後のΔYIが20以下である、硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物」は、本件発明1の「医療用塩化ビニル樹脂組成物」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲7発明とは、
「成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部;
可塑剤1質量部以上20質量部未満;及び、
成分(c)シラン化合物0.1?15質量部;
を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、少なくとも、以下の点で相違する。

<相違点1>
医療用塩化ビニル樹脂組成物に含まれる可塑剤について、本件発明1では、「成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」であって、「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコールを用いて合成されたもの」と特定されているのに対して、甲7発明では、「シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤」と特定されている点。

ここで、相違点1について検討する。
甲2?4には、医療用途である血液バッグに使用される軟質医療用塩化ビニル系樹脂組成物の可塑剤として、テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシルが使用可能であることが記載されている。
一方、甲7は、硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物に関するものであるし、甲7の【0019】に、「可塑剤の中でもシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤・・・が極めて溶出性と耐γ線性のバランスが優れ」と記載されるとおり、甲7発明は、可塑剤の種類を甲7発明に特定するものとする点に特徴を有する発明であって、これを他の可塑剤に変更することは想定されていないし、他の各甲号証の記載を参酌してもこのことは動機付けられない。

また、仮に、甲7発明において、甲2?4に記載の、同じ医療用塩化ビニル系樹脂組成物に使用される公知の可塑剤を採用することが容易であるとしても、1.3)(1)イ及びウで、本件発明1の可塑剤として「テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」(成分(b))を選択する点の技術的意義及び本件発明1の効果に関して言及したとおり、本件特許明細書の表1?3には可塑剤を種々に変更した比較結果が記載されており、実施例3と、甲7のシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤に相当する比較成分(b’-4)(DINCH)を使用した比較例6との比較によれば、本件発明1で特定される可塑剤を含む医療用塩化ビニル樹脂組成物は、甲7に記載の可塑剤を使用した場合とは異なり、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性の点で格別に優れることが理解できる。
そして、これらの効果は、甲1?7の記載からは予測し得ないものである。

よって、本件発明1は、甲7に記載された発明、甲1?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

また、「本件発明1の組成物からなる医療用輸液セット又は血液回路のジョイント部材又は医療用容器」の発明である本件発明2についても同様である。

したがって、申立人が主張する取消理由2によっても、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。

3.取消理由3(甲4を主引例とする進歩性)について
1)甲4の記載事項及び甲4に記載された発明
(1)甲4の記載事項
甲4の記載事項は、1.2)(3)で記載したとおりである。

(2)甲4に記載された発明
甲4によれば、甲4には以下の発明が記載されていると認められる。
「PVC(ポリ塩化ビニル)に、DOTP(テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル)可塑剤を添加した血液バッグシート用PVC組成物。」(以下、「甲4発明」という。)

2)甲4に記載された発明に基づく進歩性の判断
本件発明1と甲4発明を対比すると、甲4発明の「PVC(ポリ塩化ビニル」は、本件発明1の成分(a)である「塩化ビニル樹脂」に、また、「DOTP(テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル)可塑剤」は、「成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」に相当する。
また、甲4発明の「血液バッグシート用PVC組成物」は、本件発明1の「医療用塩化ビニル樹脂組成物」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲4発明とは、
「成分(a)塩化ビニル樹脂;
成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤;
を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、少なくとも、以下の2点で相違する。
<相違点1>
本件発明1では、成分(a)塩化ビニル樹脂と成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤の配合量に関し、成分(a)100質量部に対し成分(b)が1質量部以上20質量部未満であることが特定されているのに対し、甲4発明ではかかる特定はされていない点。
<相違点2>
医療用塩化ビニル樹脂組成物に、本件発明1では、「成分(c)シラン化合物0.1?15質量部」が含有されているのに対して、甲4発明では、成分(c)は添加されていない点。

以下、相違点について検討する。

まず、相違点1について検討する。
相違点1に関し、申立人は、甲1(【0042】)に可塑剤の添加量は、必要に応じて決定することができ、特に限定されず、軟質組成物とする場合には多くし、硬質組成物とする場合には、少なくすることが示唆されているから、可塑剤の含有量は当業者が所望の硬度により適宜設定し得る設計事項である旨主張する(申立書の34?38頁の項目(5-1)の特に35?36頁の相違点1’’についての判断)。

そこで検討すると、本件発明1において、可塑剤の配合量を「1質量部以上20質量部未満」とする点の技術的意義に関し、本件特許明細書には、「上記成分(b)の配合量は、塩化ビニル樹脂100質量部に対して、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性、耐溶出性の観点から、1質量部以上である。・・・また剛性の観点から20質量部未満である。好ましくは18質量部以下である。1質量部未満では、γ線滅菌に対する耐亀裂性や耐変色性、射出成型性が不十分である。20質量部以上では、医療用輸液セットのジョイント部材や医療用硬質容器として求められる剛性を保持できなくなり、例えば、輸液チューブがジョイント部材から抜けやすくなったり、容器の剛性が不足して開栓できなくなったりする。」(【0025】)と記載されており、本件発明1で、可塑剤を「1質量部以上20質量部未満」とするのは、医療用輸液セット等、ある程度の剛性が必要な医療用途に適したものとするためである。
一方で、甲4の医療用塩化ビニル樹脂組成物は、軟質の血液バッグに用いられるものであるから、甲4の医療用塩化ビニル樹脂組成物に可塑剤は本件発明1で特定されるよりも多く含まれるのが通常であり(例えば、甲3の【実験】の項目では、PVC100質量部に、DOTP可塑剤等を35、60、85または110質量部添加したことが記載されている。)、甲4発明の血液バッグの用途に使用される医療用塩化ビニル樹脂組成物の可塑剤を、通常より減らして本件発明1で特定される程度の含有量とすることを、当業者は動機付けられない。申立人が提出した他の各甲号証の記載を参酌しても同様である。

次に、相違点2について検討する。
医療用具は一般的には可塑剤の溶出が問題とされる用途であり(甲1の【0002】及び甲5の2頁右下欄4?6行)、塩化ビニル樹脂製品は血液等に接触させると可塑剤が溶出することが知られており(甲5の1頁右下欄3?6行)、従来から、軟質塩化ビニル系樹脂組成物において、シランを0.02?3重量部含有せしめることで可塑剤の溶出を減少させることができることも知られていること(甲5の特許請求の範囲、1頁左下欄下から2行?2頁左上欄7行及び第1表)を踏まえると、単純に考えると、甲4発明の塩化ビニル樹脂組成物にシランを添加する動機付けが存在するように考えられかもしれない。しかしながら、甲4の【結果】(記載事項1.2)(3))に「可塑剤溶出量と溶血性の間に相関性が認められた」と記載されているから、当業者は、DOTP可塑剤を血液バッグ用途に使用する場合、溶出量が多いことにより、溶血抑制の点でもより優れた効果が奏されると理解するので、溶血抑制効果が低下するシランを添加する動機付けがない。

よって、本件発明1は、甲4に記載された発明、甲1及び7の記載事項並びに周知技術(甲5?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

また、「本件発明1の組成物からなる医療用輸液セット又は血液回路のジョイント部材又は医療用容器」の発明である本件発明2についても同様である。

したがって、申立人が主張する取消理由3によっても、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。


4.取消理由4(サポート要件)について
取消理由4として申立人が主張している取消理由は、具体的には、本件発明1?2の具体例に相当する実施例として本件特許明細書に記載されているのは、成分(a)?(c)のみならず、成分(d)、(e)も含む組成物のみであり、かかる発明の詳細な説明の開示内容からは、成分(d)、(e)が含まれず成分(a)?(c)を含む組成物およびその効果までが裏付けられているとはいえないから、本件発明1?2はサポート要件を満足しないという理由(以下、「取消理由4A」という。)及び、本件明細書の実施例として、成分(b)がテトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOTP)である例しか記載されておらず、2-エチルヘキシルアルコール以外の他の脂肪族アルコールを用いて合成されたテトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤を含む組成物及びその効果は裏付けられているとはいえないから、本件発明1?2はサポート要件を満足しないという理由(以下、「取消理由4B」という。)である(申立書の39?40頁項目(6-1)及び(6-2))。

そこで、検討すると、まず、本件発明が解決しようとする課題は、【0008】の記載によれば、「放射線滅菌、特にγ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好であり、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がない医療用塩化ビニル樹脂組成物及び該組成物からなる医療用輸液セット、医療用血液回路のジョイント部材又は医療用容器を提供すること」と認められる。

取消理由4Aについて検討する。
本件特許明細書の【0034】には、本件発明の医療用塩化ビニル樹脂組成物に、任意成分として、医療用途向け塩化ビニル樹脂組成物に通常用いられる安定剤を配合してもよいことが、また、【0035】には、医療用塩化ビニル樹脂組成物に所望に応じて任意成分を用いることができることが記載されているところ、実施例で使用されている成分(d)は、安定剤、成分(e)は、滑材であって、いずれも、医療用途向け塩化ビニル樹脂組成物に必要に応じて通常用いられる添加成分であるし、本件特許明細書にも任意成分であることが明示されている(【0047】及び【0048】)。
また、本件特許明細書の実施例5?11には、本件発明1に相当する、(a)?(c)及び成分(d)、(e)を含む組成物が、放射線(γ線)滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性に優れ、射出成形性が良好で、溶出性試験において問題がないことが示されているし、また、成分(d)、(e)を含む実施例3と成分(d)、(e)を含まない実施例4(これは、いずれも成分(c)が含まれないので、参考例であることは明らかである。)との比較から、成分(d)、(e)の有無にかかわらず、γ線滅菌に対する耐亀裂性、耐変色性及び溶出性の点の効果は同じかほぼ同じであり、これらの効果の発揮に成分(d)、(e)が必須ではないことが理解できる。
さらに、射出成形性については、成分(d)、(e)を含まない実施例4では、射出成形性が劣る結果となっているが、成分(e)の滑材が成形性改善のために必要に応じて使用される汎用の添加剤であり、射出成形性が劣る場合には適宜滑材を添加すればよいことは当業者に自明であるし、本件特許明細書の【0025】及び【0027】の記載、並びに、実施例1?3及び5?7によれば、滑材の添加とは別に、成分(b)や成分(c)の添加量を調整することによっても射出成形性を改善できることが示されている。
そうすると、本件特許出願時の技術常識を加味して、これら本件特許明細書の記載を併せ見た当業者であれば、成分(a)?(c)を含む本件発明1の組成物(及び、当該組成物からなる、本件発明2の医療用チューブ等の医療用器具)であれば、射出成形性の点も含め、本件発明が解決しようとする課題が解決できることを理解できる。

次に、取消理由4Bについて検討する。
上述のとおり、本件特許明細書の実施例5?11(表1?表2)には、本件発明1の成分(b)の可塑剤を含む本件発明1の組成物により本件発明が解決しようとする課題が解決できることが示されている。
そして、本件特許明細書には、本件発明1の成分(b)であるテトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシルと同じ「2-エチルヘキシルアルコール」を用いて合成された各種エステル系の可塑剤成分(成分(b’-1)?成分(b’-4))(比較例3?6)に比べて、本件発明1の成分(b)を使用した場合の組成物(実施例2として記載される参考例)では、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点で優れることが示されているのであるから、当該特許明細書の記載に接した当業者であれば、この優れた効果が、可塑剤を構成するエステルの酸成分の化学構造に違いによるものであり、脂肪族アルコール成分の違いにかかわらず、この効果の違いの傾向は変わらないと、認識するものと認められる。
したがって、本件発明1の成分(b)である、テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤を構成する「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコール」が「炭素数8の飽和脂肪族アルコール」である場合に相当する2-エチルヘキシルアルコールである可塑剤の結果が示されていれば、当業者は、該ジエステルを構成するアルコールが「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコール」である場合であっても、テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシルと同様の傾向を示し、本件発明1の組成物(及び、当該組成物からなる、本件発明2の医療用チューブ等の医療用器具)によって、本件発明が解決しようとする課題が解決できることを理解できるといえる。

以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明から、当業者は、本件発明1?2が解決しようとする課題が、本件発明1?2の構成により解決できることを理解できるのであるから、本件発明1?2は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものといえ、サポート要件を満足する。

よって、申立人の主張する取消理由4(4A及び4B)には理由がない。

5.取消理由5について(明確性)
取消理由5として申立人が主張している取消理由は、具体的には、本件特許明細書に成分(c)を含有しない点で本件発明1?2に該当しない例(実施例1?4及び12?13)が実施例として記載されているから、訂正前の請求項1?2に係る発明は不明確であるというものである(申立書の40頁項目(6-3))。
しかしながら、(c)成分を含有しない実施例が、本件発明1?2に含まれない参考例にあたる例であることは、請求項1?2の記載から明らかである。
よって、本件発明1?2は明確であり、申立人の主張する取消理由5によって、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。


第4 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?2に係る本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-03-05 
出願番号 特願2013-158454(P2013-158454)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中村 英司  
特許庁審判長 岡崎 美穂
特許庁審判官 加藤 友也
渕野 留香
登録日 2017-05-26 
登録番号 特許第6148564号(P6148564)
権利者 リケンテクノス株式会社
発明の名称 医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物およびそれからなる医療用器具  
代理人 瀬田 寧  

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