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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16J
審判 全部申し立て 2項進歩性  F16J
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  F16J
審判 全部申し立て 特許請求の範囲の実質的変更  F16J
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  F16J
審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  F16J
審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  F16J
審判 全部申し立て 特174条1項  F16J
管理番号 1339151
異議申立番号 異議2017-700108  
総通号数 221 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-05-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-02-06 
確定日 2018-02-20 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5977322号発明「ピストンリング」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5977322号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第5977322号の請求項1?3、5に係る特許を維持する。 特許第5977322号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5977322号の請求項1?5に係る特許(以下、本件特許という)についての出願は、平成23年3月28日に出願された特願2011-69676号(以下、「原出願」という。)の一部を平成26年11月25日に新たな特許出願としたものであり、平成28年4月7日に手続補正され、平成28年7月29日にその特許権の設定登録がされ、その後、平成29年2月6日に、本件特許について、特許異議申立人浜俊彦(以下、「異議申立人」という。)により、特許異議の申立てがされ、同年5月17日付けで取消理由が通知され、その指定期間である同年7月4日に意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)があり、その訂正の請求に対して異議申立人から同年10月26日付けで意見書が提出されたものである。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)?(8)のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「皮膜全体の厚さが5.0μm以上であることを特徴とする」と記載されているのを、「皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることを特徴とする」に訂正する。(下線は、特許権者が付与した。以下同様。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に、「前記硬度の高い層の厚さは5nm以上であり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、エンジン潤滑油を介してシリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とし低摩擦摺動することを特徴とする」と記載されているのを、「前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介してシリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とし低摩擦摺動することを特徴とする」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に、「低摩擦摺動することを特徴とする請求項1?4の何れかに記載のピストンリング」と記載されているのを、「低摩擦摺動することを特徴とする請求項1?3の何れかに記載のピストンリング」に訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の段落【0006】の第一段落に、「皮膜全体の厚さが5.0μm以上であることを特徴とする。」と記載されているのを、「皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることを特徴とする。」に訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落【0006】の第二段落に、「硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm以上であり、皮膜全体の厚さが5.0μmであり、エンジン潤滑油を介して」と記載されているのを、「硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介して」に訂正する。

(7)訂正事項7
明細書の段落【0007】の全文を削除する。

(8)訂正事項8
明細書の段落【0008】の全文を削除する。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
本件特許の願書に添付した明細書の段落【0005】に「本発明の目的は、低フリクションと耐摩耗性を有する炭素系皮膜を備えたピストンリングを提供することである。」と記載されている。
しかし、前記明細書の【表1】には、訂正前の請求項1に係る発明の技術的範囲に含まれる比較例3?6が記載されており、A層膜厚が(5nmよりも小さい)3nmである比較例3はフリクションに関して、A層膜厚が(90nmよりも大きい)110nmである比較例4はフリクション及び耐摩耗性に関して、A層膜厚が(5nmよりも小さい)3nmである比較例5はフリクションに関して、母材粗さが(1.0μmRzよりも大きい)1.2μmRzである比較例6はフリクション及び耐摩耗性に関して、実施例1?7よりも劣悪な結果を示している。
また、前記明細書の段落【0015】に「高硬度層Aの膜厚が5nmより小さいと、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅(図1(c)参照)を充分確保できず、保油性が低下し、低フリクション効果が不充分になる。膜厚が90nmより大きくなると、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅が大きくなり過ぎ、皮膜割れが発生し、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。外周面の母材粗さが1.0μmRzよりも大きいと、摺動により低硬度層Bが摩耗して高硬度層Aの表面凸部(図1(b)参照)に応力が集中して皮膜欠けを起こし、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。」と記載されている。
そうすると、訂正前の請求項1の記載内容は、前記明細書の【表1】及び段落【0015】の記載との関係において不合理を生じている。
しかしながら、訂正事項1によれば、訂正前の請求項1と明細書の【表1】及び段落【0015】の記載内容との間に生じている記載上の不備を訂正し、本来の意を明らかにすることができる。
それゆえ、訂正事項1は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

そして、前記段落【0015】の記載によれば、「前記硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmR_(Z)以下である」との事項を追加する訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面(以下、「特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であり、新規事項の追加に該当しない。

また、訂正事項1は、特許明細書等に記載された事項の範囲内において、硬度の高い層の厚さ及びDLC皮膜が被覆された面の母材粗さを限定したものといえるから、カテゴリーや対象、目的を変更するものでないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
願書に添付した明細書の段落【0005】に「本発明の目的は、低フリクションと耐摩耗性を有する炭素系皮膜を備えたピストンリングを提供することである。」と記載されている。
しかし、前記明細書の【表1】には、訂正前の請求項3に係る発明の技術的範囲に含まれる比較例4及び6が記載されており、A層膜厚が(90nmよりも大きい)110nmである比較例4はフリクション及び耐摩耗性に関して、母材粗さが(1.0μmRzよりも大きい)1.2μmRzである比較例6はフリクション及び耐摩耗性に関して、実施例1?7よりも劣悪な結果を示している。
また、前記明細書の段落【0015】に「膜厚が90nmより大きくなると、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅が大きくなり過ぎ、皮膜割れが発生し、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。外周面の母材粗さが1.0μmRzよりも大きいと、摺動により低硬度層Bが摩耗して高硬度層Aの表面凸部(図1(b)参照)に応力が集中して皮膜欠けを起こし、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。」と記載されている。
そうすると、訂正前の請求項3の記載内容は、前記明細書の【表1】及び段落【0015】の記載との関係において不合理を生じている。
しかしながら、訂正事項2によれば、訂正前の請求項3と明細書の【表1】及び段落【0015】の記載内容との間に生じている記載上の不備を訂正し、本来の意を明らかにすることができる。
それゆえ、訂正事項2は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、前記段落【0015】の記載によれば、「前記硬度の高い層の厚さ」について「?90nm」との事項を追加して上限を設けるとともに、「前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、」との事項を追加する訂正は、特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、新規事項の追加に該当しない。

また、訂正事項2は、特許明細書等に記載された事項の範囲内において、硬度の高い層の厚さの上限及びDLC皮膜が被覆された面の母材粗さを限定したものといえるから、カテゴリーや対象、目的を変更するものでないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、請求項4を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は、訂正事項3に示す請求項4の削除に伴って、請求項5が引用する請求項の数を減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は、訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るために、明細書の段落【0006】の第一段落に「皮膜全体の厚さが5.0μm以上であることを特徴とする。」と記載されているのを、「皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることを特徴とする。」に訂正するものである。
したがって、訂正事項5は、明瞭でない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(6)訂正事項6について
訂正事項6は、訂正事項2に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るために、明細書の段落【0006】の第二段落に「硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm以上であり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、エンジン潤滑油を介して」と記載されているのを、「硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介して」に訂正するものである。
したがって、訂正事項6は、明瞭でない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(7)訂正事項7について
訂正事項7は、訂正事項1及び2に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るために、明細書の段落【0007】の「前記硬度の高い層の厚さが5?90nmであることが好ましい。」との記載の全文を削除するもので、明瞭でない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(8)訂正事項8について
訂正事項8は、訂正事項1?3に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るために、明細書の段落【0008】の「前記皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることが好ましい。」との記載の全文を削除するもので、明瞭でない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

そして、これらの訂正事項1?8は、一群の請求項に対して請求されたものである。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正請求項1?3、5に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明3」、「本件発明5」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?3、5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
DLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆されたピストンリングにおいて、前記皮膜は硬度の異なる2種類の層が複数層積層(但し、2層のみ積層される場合を除く)された積層皮膜であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
エンジン潤滑油を介して片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とすることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
内燃機関において、
ピストンリング外周摺動面には硬度の異なる2種類の層が交互に複数に積層されたDLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆され、
前記皮膜の最表層が硬度の高い層であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介してシリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とし低摩擦摺動することを特徴とするピストンリング。
【請求項4】(削除)
【請求項5】
前記皮膜の硬度の低い層が炭素のみ、あるいは炭素の他にCr又はTiが含まれており、
低摩擦摺動することを特徴とする請求項1?3の何れかに記載のピストンリング。」

2 取消理由の概要
訂正前の請求項1?5に係る特許に対して平成29年5月17日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)平成28年4月7日付けでした手続補正は、本件特許に係る願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、同法第113条第1号に該当するから、本件特許の請求項1?5に係る発明は取り消すべきものである。

(2)本件特許の請求項1?5に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、その特許は同法第113条第4号の規定に該当し、取り消すべきものである。

(3)本件特許の請求項1?5に係る発明は、原出願の出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?9に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その発明に係る特許は同法第113条第2号の規定に該当し、取り消すべきものである。

刊行物1:国際公開第2011/018252号 (異議申立人提出の甲第1号証)
刊行物2:特開2008-286354号公報 (同甲第2号証)
刊行物3:特開平3-291379号公報 (同甲第3号証)
刊行物4:特開2008-1951号公報 (同甲第4号証)
刊行物5:特表2009-504448号公報(同甲第5号証)
刊行物6:特開2002-322555号公報(同甲第6号証)
刊行物7:特開2000-170594号公報(同甲第7号証)
刊行物8:特開2007-278314号公報(同甲第8号証)
刊行物9:滝川浩史、“フィルタードアーク蒸着によるスーパーダイヤモンドライクカーボン膜合成”、Journal of the Vacuum Society of Japan、Vol.51、No.1、p.20-25、[online]、2008年3月18日、一般社団法人日本真空学会、[平成28年12月13日検索]、インターネット(同甲第9号証)

3 各刊行物の記載
(1) 刊行物1(国際公開第2011/018252号、異議申立人提出の甲第1号証)には、図面とともに次の事項が記載されている。なお、特表2013-501897号公報を、刊行物1の日本語訳として利用した。また、下線は当審で付した。以下同様。

ア「【請求項1】
少なくとも1つの作動面にコーティングを有している、例えばピストンリングのような摺動要素であって、前記コーティングは接着層(10)と、金属、好ましくはタングステンを含有するDLC層(12)と、金属を含まないDLC層(14)と、を内側から外側へ備え、
前記金属を含まないDLC層の厚さは、前記金属を含有するDLC層の厚さに対して0.7?1.5の比を有し、及び/又は合計コーティング厚に対して0.4?0.6の比を有していることを特徴とする摺動要素。
【請求項2】
前記摺動要素が、母材として鋳鉄又は鋼を有していることを特徴とする請求項1に記載の摺動要素。
【請求項3】
前記金属を含まないDLC層は1700HV0.02?2900HV0.02の硬度を有し、及び/又は前記金属を含有するDLC層は800?1600HV0.02の硬度を有していることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動要素。
【請求項4】
前記金属を含有するDLC層及び/又は前記金属を含まないDLC層が水素を含有していることを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載の摺動要素。
(省略)
【請求項7】
合計コーティング厚が5μm?40μmであることを特徴とする請求項1?6のいずれか一項に記載の摺動要素。」

イ「【0001】
本発明は、少なくとも1つの作動面にコーティングを有する摺動要素、とりわけピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば内燃機関内部のピストンリング、(省略)」

ウ「【0009】
こうした背景に対して、本発明は、摩擦係数と摩耗特性との組み合わせに関してさらに改良された摺動要素を提供するという目的に基づく。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本目的は、請求項1に記載の摺動要素によって達成される。
【0011】
従って、この摺動要素は、少なくとも1つの作動面にコーティングを有し、このコーティングは接着層と、金属、とりわけタングステンを含有するDLC層と、金属を含まないDLC層と、を内側から外側へ備え、金属を含まないDLC層と金属を含有するDLC層との間の厚さの比が0.7?1.5であり、及び/又は、金属を含まないDLC層とコーティング全体との間の厚さの比が0.4?0.6である。接着層は、好ましくはクロム接着層である。金属を含有するDLC層はアモルファスカーボンを備え、a-C:H:Meと記すことができ、且つ、タングステンを含有する好ましいDLC層として、a-C:H:Wと記すことができる。最外層又は最上層は、同様にアモルファスカーボンを備え、a-C:Hと記すことができる。摩擦及び摩耗に関してとりわけ良好な特性が、記載された値の場合に確認された。より長い耐用年数を目的として、これらトライボロジー特性に、より厚い最上層によって影響を与えることができる。しかしながら、この最上層が中間層と比較して過度に厚くなった場合、摩耗量は悪化する。中間層と最上層とが略同一の厚さである場合に、とりわけ良好な摩耗量を確認することができ、約1.0、とりわけ0.9?1.1の厚さの比、又は約0.5、とりわけ0.45?0.55の、全ての層に対する最上層の厚さの比が、ここでは好ましい。摩擦に関しては、内燃機関内において生じる要求を十分に満たし、且つ、とりわけ概して一定である摩擦係数を、前記範囲内にあるコーティングに対して確認することができた。逆に、これら範囲の外では、高い摩擦係数ピークと一定していない摩擦特性とが、短期間の後にすら確認された。」

エ「【0012】
しかしながら本発明が限定されるわけではないこの挙動に対する説明として、金属を含まないDLC層が最初にシステム全体へ、即ちコーティング全体へ、非常に高い内部応力を導入し、この内部応力は、金属を含有するDLC層が最外層の厚さと同様の層厚さである場合に、コーティングが強度と靱性との組み合わせに関して最適な態様に実現されるように、相殺することができる、ということが現在のところ考えられている。
このコーティングによってコートされた摺動要素、とりわけピストンリングは、従って摩耗に対する良好な耐性を有している。金属を含まないDLC層と金属を含有するDLC層との間の層厚さの比が0.7未満である場合、及び/又は層全体の層厚さに対する最上層の層厚さの比が0.4未満である場合には、最外層の金属を含まないDLC層が、摩耗に対する高い耐性を有しているにもかかわらず、層厚さが不十分なので、摺動要素の耐用年数はあまりにも短くなる。これとは対照的に、金属を含まないDLC層と金属を含有するDLC層との間の層厚さの比が1.5を上回る場合、及び/又は層全体の厚さに対する最上層の厚さの比が0.6を上回る場合には、金属を含有するDLC層の厚さは、内部応力を相殺するためには十分ではない。このことは結果として、最外層のかなりの厚さにもかかわらず、DLC層全体の早すぎる摩耗をもたらし、又は作動中の過度に高い荷重の結果として、DLC層の剥れ落ちをもたらす。」

オ「【0015】
現在のところ、鋳鉄又は鋼が、摺動要素、とりわけピストンリングの母材として好ましい。これら材料について、とりわけ良好な特性を確認することができた。
【0016】
層の硬度に関しては、1700HV0.02?2900HV0.02の値が金属を含まない(a-C:H-、最上部の)DLC層に対して好ましく、及び/又は800?1600HV0.02の値が金属を含有する(a-C:H:Me-)DLC層に対して好ましい。何故ならこれら値によって要求が十分に満たされたからである。
【0017】
金属を含有するDLC層及び金属を含まないDLC層の両方が、水素を含むことが可能であり、このことは、試験において優位性が証明された。」

カ「【0020】
5μm?40μmの、合計コーティング厚が好ましく、これにより、摩擦係数と摩耗特性との間の記載されたバランスを、とりわけ満足のいく方法によって達成することができる。」

キ「【0022】
本発明によるコーティングの好適な製造は、金属を含有するDLC層及び/又は金属を含まないDLC層に関しては、これら層がPA-CVDプロセスによって実現された場合に、さらに保証される。」

ク「【0024】
【図1】本発明によるコーティングの構造を概略的に示す図である。
(省略)
【0025】
図1において概略的に示されているように、本発明によるコーティングは、接着層10と、中間層12と、最上層14とを内側から外側に向かって備え、これら層の厚さ及び厚さ比は、上述された範囲内にある。
【実施例】
【0026】
本発明によるコーティングの特性は、2つの実施例及び1つの比較実施例に基づいて調査された。試験は、以下のコーティングを用いて実施された。」

ケ「【0027】
この場合、例1及び例3は、本発明による実施例であり、例2は比較例である。この研究は、「注油を受けた、ピストンリング/被研磨ねずみ鋳鉄シリンダスリーブ」システムに対して実施された。」

コ 段落【0026】に記載された【表1】の「例1」の欄には、「中間層/最上層の比」及び「層全体に対する最上層の割合」が、それぞれ0.71及び0.42となることが記載されている。

サ 上記記載事項オ及びクに照らせば、図面Fig.1からは、接着層10、金属を含有するDLC層である中間層12及び金属を含まない最上部のDLC層である最上層14を、下から上に向けて、母材の上に1層づつ積層したコーティングの構造が見て取れる。

上記記載事項、認定事項及び図示内容を総合し、本件発明1及び本件発明3の記載振りに則って整理すると、刊行物1には、それぞれ、次の甲1発明1及び甲1発明2が記載されている。

<甲1発明1>
「DLC層が作動面にコートされたピストンリングにおいて、前記DLC層はコーティングの一部であり、硬度が800?1600HV0.02の中間層(12)及び硬度が1700HV0.02?2900HV0.02の最上層(14)が2層積層されたものであり、接着層(10)、中間層(12)及び最上層(14)からなるコーテイングは、5μm?40μmの合計コーティング厚を有し、最上層(14)の厚さは、中間層(12)の厚さに対して0.7?1.5の比を有し、合計コーティング厚に対して0.4?0.6の比を有しているいるピストンリング。」

<甲1発明2>
「内燃機関において
ピストンリングの外側の作動面には 硬度が800?1600HV0.02の中間層(12)及び硬度が1700HV0.02?2900HV0.02の最上層(14)が2層積層されたDLC層が作動面にコートされ、
前記DLC層の最上層が硬度が1700HV0.02?2900HV0.02の最上層(14)であり、最上層(14)の厚さは硬度が800?1600HV0.02の中間層(12)の厚さに対して0.7?1.5の比を有し、接着層(10)、中間層(12)及び最上層(14)からなるコーテイングは、5μm?40μmの合計コーティング厚を有し、最上層(14)の厚さは合計コーティング厚に対して0.4?0.6の比を有するピストンリング。」

(3)刊行物2(特開2008-286354号公報、異議申立人提出の甲第2号証)には、図面とともに次の事項が記載されている。
ア「【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、相手材との初期なじみ性に優れるとともに、高負荷での摺動が継続した場合であっても耐スカッフ性と耐摩耗性を継続的に維持できる摺動部材を提供することにある。」

イ「【0009】
この発明によれば、最表面に硬質炭素皮膜を有するので、相手材に対する初期なじみ性を良好なものとすることができる。さらに、耐摩耗性皮膜と硬質炭素皮膜とからなる層を2以上有する積層膜が少なくとも摺動面に形成されているので、高負荷での摺動が継続して最表面の硬質炭素皮膜が部分的に摩耗してその下の耐摩耗性皮膜がその部分に現れた場合であっても、その耐摩耗性皮膜により耐摩耗性を保持することができる。そして、この耐摩耗性皮膜が摩耗した場合には、さらにその下の摩擦特性の良い硬質炭素皮膜がその部分に現れるので、耐スカッフ性と耐摩耗性を継続的に維持できる。」

ウ「【0052】
次いで、その下地膜5上に、耐摩耗性皮膜2として厚さ0.1μmのCr-N皮膜(Cr:7.4原子%、Cr_(2)N:4.5原子%、CrN:88.1原子%)を形成した後、耐摩耗性皮膜2上に厚さ0.03μmの傾斜膜4(C:42.7原子%、Cr:38.8原子%、Hその他:18.5原子%)を形成した。さらにその上に硬質炭素皮膜3として厚さ0.04μmの炭素を主成分とするDLC皮膜(C:97.2原子%、Hその他:2.7原子%)を形成して層7とした。次いで、硬質炭素皮膜3上にも厚さ0.03μmの傾斜膜4(C:42.7原子%、Cr:38.8原子%、Hその他:18.5原子%)を形成した。こうした、耐摩耗性皮膜2と硬質炭素皮膜3の間に傾斜膜4を形成し、それらを繰り返して積層膜6を形成した。これらの層7を25回繰り返して形成し、合計厚さ5μmの積層膜6を形成した。こうして実施例1のピストンリングを形成した。」

(3)刊行物3(特開平3-291379号公報、異議申立人提出の甲第3号証)には、図面(特に【図1】参照)とともに次の事項が記載されている。
ア「2.特許請求の範囲
(1)炭化水素を含有するガス雰囲気中におけるプラズマ重合処理により被覆した部材のカーボン硬質膜の構造において、中間層とカーボン硬質膜とを交互に多層に形成させたことを特徴とするカーボン硬質膜の積層構造。
(2)中間層が、シリコン、ゲルマニウム、チタン、窒化チタン、炭化チタン、ジルコニウム、窒化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、ハフニウム、窒化ハフニウム、炭化ハフニウム、クロム、窒化クロム、炭化クロム、モリブテン、窒化モリブテン、炭化モリブテン、タングステン、窒化タングステン、炭化タングステン、金、銅の中の少なくとも1つからなることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のカーボン硬質膜の積層構造。」(第1ページ左欄第4?18行)

イ「〔発明が解決しようとする課題〕
前記従来のカーボン硬質膜の膜構造においては、カーボン膜を厚くするとストレスなどにより剥離してしまい、薄膜ではカーボン硬質膜の性能が十分に発揮できない。そのため、より過酷な条件下で使用される耐摩耗性部品あるいは耐腐食性を必要とする薬品ポンプ等のコーティングについては不向きであり、望ましくない。
本発明は、上記した従来の欠点を無くし、ストレスによる剥離防止ができ、耐摩耗性の向上や衝撃に強く、耐腐食性に優れたカーボン硬質膜の積層構造を提供することを目的としている。」(第1ページ右欄第15行?第2ページ左上欄第6行)

(4)刊行物4(特開2008-1951号公報、異議申立人提出の甲第4号証)には、図面(特に【図1】参照)とともに次の事項が記載されている。
ア「【請求項1】
基板上に結合層を介して形成されたダイヤモンド状炭素膜において、結合層の上層に硬度が 500?2000Hvの実質的に水素を含まない軟質炭素膜と、硬度が2000?4000Hvの実質的に水素を含まない硬質炭素膜を交互に4層以上積層した高靭性ダイヤモンド状炭素膜層を形成し、最上層である該高靭性ダイヤモンド状炭素膜層の上層に 500?2000Hvの水素を含む潤滑性ダイヤモンド状炭素膜層を形成したことを特徴とするダイヤモンド状炭素膜。」

イ「【0007】
本発明の課題は、摺動部品や金型あるいは切削工具などの強い負荷がかかる環境においても膜が剥離しにくく、高い密着性と高い耐摩耗性、ならびに低摩擦特性を持つダイヤモンド状炭素膜とその製造方法を提供することにある。」

(5)刊行物5(特表2009-504448号公報、異議申立人提出の甲第5号証)には、図面(特に【図3】参照)とともに次の事項が記載されている。
ア「【請求項1】
層状構造によって少なくとも部分的に被覆された金属基板であって、前記層状構造が、前記基板に堆積された中間層と、前記中間層に堆積された非晶質炭素層とを備え、前記非晶質炭素層が200GPaよりも低いヤング率を有し、前記中間層が200GPaよりも高いヤング率を有する四面体炭素層から構成されることを特徴とする金属基板。
【請求項2】
前記層状構造が、多数の繰返し単位を備え、各繰返し単位が、200GPaよりも高いヤング率を有する少なくとも1つの四面体炭素層から構成される中間層と、200GPaよりも低いヤング率を有する非晶質炭素層とを備え、前記繰返し単位の数が、2から100の範囲内にあることを特徴とする請求項1に記載の基板。」

イ「【0010】
本発明のさらに他の目的は、四面体炭素皮膜によって被覆された金属基板による被接触体の磨耗を回避する方法を提供することにある。」

ウ「【0034】
非晶質炭素層(a-C:H層またはDLN層)は、さらに、金属、例えば、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Re、Fe、Co、Ir、Ni、Pd、およびPtのような遷移金属がドープされてもよい。」

エ「【0074】
図3は、本発明による被覆金属基板30の第3実施形態の断面を示している。
【0075】
金属基板31は、多数の繰返し単位33を備える層状構造32によって、被覆されている。各繰返し単位は、中間層34と非晶質炭素層36とを備えている。繰返し単位の数は、例えば、10である。」

(6)刊行物6(特開2002-322555号公報、異議申立人提出の甲第6号証)には、図面(特に【図1】参照)とともに次の事項が記載されている。
ア「【請求項1】 膜密度の低いダイヤモンドライクカーボンで形成された低密度炭素層と、膜密度の高いダイヤモンドライクカーボンで形成された高密度炭素層とが交互に積層されたダイヤモンドライクカーボン多層膜であって、
前記低密度炭素層は平均の膜密度が2.2g/cm^(3)以下であり、一方前記高密度炭素層は平均の膜密度が2.3?3.2g/cm^(3)であり、前記高密度炭素層は膜中に含まれる水素成分が5at%以下であり、前記低密度炭素層の層厚が0.4?30nmであり、前記高密度炭素層の層厚が0.4?10nmであり、前記低密度炭素層の層厚T1と高密度炭素層の層厚T2の比T1/T2が5?0.2である、ダイヤモンドライクカーボン多層膜。」

イ「【0008】本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、耐摩耗性に優れ、かつ摩擦係数が低く、しかも相手材に対する攻撃性が低い、優れた摺動特性を有するダイヤモンドライクカーボン膜を提供することを目的とする。」

(7)刊行物7(特開2000-170594号公報、異議申立人提出の甲第7号証)には、図面とともに次の事項が記載されている。
「【0002】
【従来の技術】近年、エンジンの高出力化が進み、シリンダライナの強度向上が強く求められており、従来の高出力エンジンには、以下のシリンダライナとピストンリングとの組合せが知られている。
A:鋼製で内周面にCrめっき又は窒化処理したシリンダライナ、あるいは球状黒鉛鋳鉄製で内周面にCrめっきしたシリンダライナと、外周面にCrめっき又は窒化処理したピストンリング(トップリング)の組合せ。
B:球状黒鉛鋳鉄製のシリンダライナと、外周面をPVD又はCVD処理又は複合Crめっきしたピストンリングの組合せ(特開平10-184914号)。
C:内周面に硬質粒子を埋め込んだ片状黒鉛鋳鉄製のシリンダライナと、Crめっき又は窒化処理したピストンリングの組合せ。内周面に埋め込まれた硬質粒子は、SiCで、粒子の大きさは5?20μm、粒子の摺動面に対する面積比率は5?20%の範囲である。
D:内周面にSiC粒子を埋め込んだシリンダライナと、金属Crの下地層とCrとNを主成分とする皮膜を有するピストンリングの組合せ(実公平7-54591号)。」

(8)刊行物8(特開2007-278314号公報、異議申立人提出の甲第8号証)には、図面とともに次の事項が記載されている。
「【0033】
まず、破壊靭性値が3以上となる炭素濃度を求めるため下記の実験を行った。
矩形形状をした断面寸法2.5×4.3mm の17Crステンレス鋼ピストンリング線材をφ135mm のリング状に曲げ成形後、歪取り焼鈍処理し合口隙取り、側面研磨、外周面研磨を行った。その後、ピストンリング外周面に窒化処理を施しこれを超音波洗浄により脱脂した。又、ピストンリング母材と皮膜との密着性を向上させるため、母材表面をサンドブラスト処理し表面粗さを1.0?4.5μm Rzjisに仕上げ、エアーブローで表面のゴミを除去した。又、ピンオンディスク摩耗試験用のテストピースは断面寸法が5×5mm、高さ20mmの17Crステンレス鋼ピストンリング線材を先端20Rに研磨し、イオンプレーティング皮膜を成膜後、表面粗さをRzjis=0.4μm以下に仕上げ加工したものを超音波洗浄により脱脂したものを用い、ディスク材はφ120×12mmのSUJ2鋼を表面粗さRzjis=0.8?1.6μmに仕上げたものを用いた。」

(9)刊行物9(滝川浩史、“フィルタードアーク蒸着によるスーパーダイヤモンドライクカーボン膜合成”、Journal of the Vacuum Society of Japan、Vol.51、No.1、p.20-25、[online]、2008年3月18日、一般社団法人日本真空学会、異議申立人提出の甲第9号証)の21ページのFig.1に、DLC薄膜の形成法の一覧表が記載されており、この一覧表には、スパッタPVDによって、「a-C」と、「a-C:H」が製造され、真空アーク蒸着によるイオンプレーティングPVDによって、「ta-C」及び「a-C」と、「ta-C:H」及び「a-C:H」が製造されることが記載されている。

4 判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
ア 特許法第17条の2第3項(新規事項の追加)について
平成28年4月7日付け手続補正書による補正において、請求項1及び3に「(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)」という事項を追加したことについて検討する。

原出願の出願前に頒布された刊行物9の21ページのFig.1に、DLC薄膜の形成法の一覧表が記載されており、この一覧表には、スパッタPVDによって、水素を含まないDLC皮膜である「a-C」と、水素を含むDLC皮膜である「a-C:H」の双方が製造され得ること、真空アーク蒸着によるイオンプレーティングPVDによって、水素を含まないDLC皮膜である「ta-C」及び「a-C」と、水素を含むDLC皮膜である「ta-C:H」及び「a-C:H」の双方が製造され得ることが記載されている。
そうすると、遅くとも原出願の出願時点で、スパッタPVDあるいはイオンプレーティングPVDで製造したDLC皮膜には、水素を含まないDLC皮膜と、水素を含むDLC皮膜の双方が製造可能であったことは、当業者にとって技術常識であったといえる。

そして、本件特許の願書に最初に添付した明細書の段落【0014】に「ピストンリング1は炭素系皮膜2が外周面に被覆されている。炭素系皮膜2はDLC(ダイヤモンドライクカーボン)皮膜で、硬度の異なる2種類の層A,Bが2層以上積層された積層皮膜である。」と記載されており、
段落【0016】に「上記の炭素系皮膜2はPVD方式を用いて、スパッタリング(低硬度層Bを被覆)とイオンプレーティング(高硬度層Aを被覆)を交互に行うことにより成膜された。」と記載されており、
段落【0021】の【表1】の実施例1?4、6及び7の「B層C以外の元素」の欄には、「-」と記載されていて、実施例1?4、6及び7のB層にC以外の元素が含まれていないことが記載されており、これらの記載と上記技術常識とを勘案すると、本件特許の願書に最初に添付した明細書の「DLC皮膜」に、水素を含むDLC皮膜と、水素を含まないDLC皮膜の双方が含まれることは、当業者であれば理解できることと認められる。

そうすると、請求項1及び3のDLC皮膜を「(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)」と限定することは、願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲内のことである。

したがって、平成28年4月7日付け手続補正書による補正は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしている。

イ 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
本件特許の明細書の段落【0005】に「本発明の目的は、低フリクションと耐摩耗性を有する炭素系皮膜を備えたピストンリングを提供することである。」と記載されており、段落【0015】に「高硬度層Aの膜厚が5nmより小さいと、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅(図1(c)参照)を充分確保できず、保油性が低下し、低フリクション効果が不充分になる。膜厚が90nmより大きくなると、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅が大きくなり過ぎ、皮膜割れが発生し、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。」と記載されている。
そうすると、請求項1及び3における「硬度の高い層」(明細書の段落【0015】の「高硬度層A」に相当。)の膜厚の下限が5nmであり、かつ上限が90nmであれば、明細書の段落【0005】に記載された本発明の目的と整合することとなる。
そして、本件訂正請求により訂正された請求項1及び3並びにこれらの請求項を引用する請求項2及び5に係る発明は、硬度の高い層の厚さは5?90nmであるとの特定事項を含む発明となったから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。

ウ 特許法第29条第2項について
(ア)本件発明1について
a 対比
本件発明1と甲1発明1とを対比すると、甲1発明1の「作動面」は本件発明1の「摺動面」に相当し、以下同様に、「コートされ」ることは「被覆され」ることに、「硬度が800?1600HV0.02の中間層(12)及び硬度が1700HV0.02?2900HV0.02の最上層(14)」は「硬度の異なる2種類の層」に、「コーティングの一部」は「積層皮膜」に、それぞれ相当する。

また、甲1発明1の「DLC層」と本件発明1の「DLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)」とは、「DLC皮膜」という限りにおいて共通する。
甲1発明1の「2層積層され」ることと、本件発明1の「複数層積層(但し、2層のみ積層される場合を除く)され」ることとは、「複数層積層され」るという限りで共通する。

したがって、本件発明1と甲1発明1とは次の点で一致する。

「DLC皮膜が摺動面に被覆されたピストンリングにおいて、前記皮膜は硬度の異なる2種類の層が複数層積層された積層皮膜であるピストンリング。」

一方で、両者は次の相違点1及び2で相違する。

相違点1
本件発明1は「DLC皮膜」が「(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)」ものであるのに対し、甲1発明1は、このような構成となっていない点。

相違点2
本件発明1は「前記皮膜は硬度の異なる2種類の層が複数層積層(但し、2層のみ積層される場合を除く)された積層皮膜であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下である」のに対し、甲1発明1は、このような構成となっていない点。

b 当審の判断
上記相違点1及び2について検討する。
(a)相違点1について
刊行物1の明細書の段落【0017】に「金属を含有するDLC層及び金属を含まないDLC層の両方が、水素を含むことが可能であり、このことは、試験において優位性が証明された。」と記載されており、この記載に基づけば、水素を含むDLC層に優位性があるため、水素を含まないDLC層を選択すべき技術的な理由はないといえる。
また、刊行物2?9に、水素を含まないDLC層を選択すべき技術的事項は記載されていない。
そうすると、当業者といえども、甲1発明1及び刊行物2?9に記載された事項に基いて、上記相違点1に係る本件発明1の構成が容易に想到し得たとはいえない。

(b)相違点2について
甲1発明1について、刊行物1の明細書の段落【0011】に「しかしながら、この最上層が中間層と比較して過度に厚くなった場合、摩耗量は悪化する。中間層と最上層とが略同一の厚さである場合に、とりわけ良好な摩耗量を確認することができ、約1.0、とりわけ0.9?1.1の厚さの比、又は約0.5、とりわけ0.45?0.55の、全ての層に対する最上層の厚さの比が、ここでは好ましい。」と記載され、段落【0012】に「しかしながら本発明が限定されるわけではないこの挙動に対する説明として、金属を含まないDLC層が最初にシステム全体へ、即ちコーティング全体へ、非常に高い内部応力を導入し、この内部応力は、金属を含有するDLC層が最外層の厚さと同様の層厚さである場合に、コーティングが強度と靱性との組み合わせに関して最適な態様に実現されるように、相殺することができる、ということが現在のところ考えられている。」と記載され、図面Fig.1に、金属を含有するDLC層である中間層(12)及び金属を含まない最上部のDLC層である最上層(14)をそれぞれ1層づつ、合計2層積層した構造が記載されている。
これらの記載からみて、甲1発明1におけるコーティングの最上層(14)及び中間層(12)は、2層積層した構成のみが前提とされているといえる。
それゆえ、2種類の層を2層より多く積層する技術が刊行物2?6(甲第2?6号証)に見られるように従来周知の技術手段であったとしても、この技術手段を甲1発明1に適用することはできない。
また、刊行物2?9(甲第2?9号証)には、2つのDLC層のうち硬度の高いDLC層が硬度の低いDLC層の厚さと同一又はそれ以上の厚さであって、硬度の高いDLC層の厚さが5?90nmとなるよう、摺動面に2層より多く交互に積層する技術は開示されていない。
そうすると、当業者といえども、甲1発明1及び刊行物2?9に記載された事項に基いて、上記相違点2に係る本件発明1の構成が容易に想到し得たとはいえない。

(c)まとめ
したがって、本件発明1は、甲1発明1及び刊行物2?9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないので、本件発明1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(イ)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1を更に減縮したものであるから、本件発明1についての判断と同様の理由により、本件発明2は、甲1発明1及び刊行物2?9に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないので、本件発明2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(ウ)本件発明3について
a 対比
本件発明3と甲1発明2とを対比すると、甲1発明2の「ピストンリングの外側の作動面」は、本件発明3の「ピストンリング外周摺動面」に相当し、以下同様に、「硬度が800?1600HV0.02の中間層(12)及び硬度が1700HV0.02?2900HV0.02の最上層(14)」は「硬度の異なる2種類の層」に、「コートされ」ることは「被覆され」ることに、「外側の層」は「最表層」に、「硬度が1700HV0.02?2900HV0.02の最上層(14)」は「硬度の高い層」に、「硬度が800?1600HV0.02の中間層(12)」は「硬度の低い層」に、それぞれ相当する。

また、甲1発明2の「DLC層」と本件発明3の「DLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)」とは、「DLC皮膜」という限りにおいて共通する。
甲1発明2の「2層積層され」ることと、本件発明1の「交互に複数に積層され」ることとは、「複数に積層され」るという限りで共通する。

したがって、本件発明3と甲1発明2とは次の点で一致する。

「内燃機関において、
ピストンリング外周摺動面には硬度の異なる2種類の層が複数に積層されたDLC皮膜が摺動面に被覆され、
前記皮膜の最表層が硬度の高い層であるピストンリング。」

一方で、両者は次の相違点3及び4で相違する。

相違点3
本件発明3は「DLC皮膜」が「(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)」ものであるのに対し、甲1発明2は、このような構成となっていない点。

相違点4
本件発明3は、DLC皮膜の2種類の層が「交互に」複数に積層されたものであって、「前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介してシリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とし低摩擦摺動する」のに対し、甲1発明2は、このような構成ではない点。

b 当審の判断
上記相違点3及び4について検討する。

(a)相違点3について
相違点3は上記(ア)aの相違点1と同様のものであるから、上記(ア)b(a)の相違点1についての判断と同様の理由により、当業者といえども、甲1発明2及び刊行物2?9に記載された事項に基いて、上記相違点3に係る本件発明3の構成が容易に想到し得たとはいえない。

(b)相違点4について
相違点4の、前記皮膜はDLC皮膜の2種類の層が「交互に」複数に積層されたものは上記(ア)aの相違点2の「硬度の異なる2種類の層が複数層積層(但し、2層のみ積層される場合を除く)された積層皮膜」と同様のものであるから、上記(ア)b(b)の相違点2についての判断と同様の理由により、当業者といえども、甲1発明2及び刊行物2?9に記載された事項に基いて、上記相違点4に係る本件発明3の構成が容易に想到し得たとはいえない。

(c)まとめ
したがって、本件発明3は、甲1発明2及び刊行物2?9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないので、本件発明3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(エ)本件発明5について
本件発明5は、本件発明1?3を更に減縮したものであるから、本件発明1?3についての判断と同様の理由により、本件発明5は、甲1発明1又は甲1発明2並びに刊行物2?9に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないので、本件発明5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立て理由について
ア 本件特許の請求項3の「ピストンリング外周摺動面には硬度の異なる2種類の層が交互に複数に積層されたDLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆され、」との記載について、「ピストンリング外周摺動面」及び「摺動面」の意味が不明である旨、異議申立人は主張している。
しかしながら、この「ピストンリング外周摺動面」及び「摺動面」は、どちらも内燃機関におけるピストンリングの外周面のうち摺動する部分を意味することは当業者にとって明らかであるから、異議申立人の上記主張は採用できない。

イ 本件の請求項3及び5に記載された「低摩擦摺動する」の意味が不明である旨、異議申立人は主張している。
しかしながら、本件特許の明細書の「本発明は、内燃機関用ピストンリングに関する。」(段落【0001】)、「炭素系皮膜は低摩擦係数を有する皮膜として知られている」(段落【0002】)等の記載からみて、「低摩擦摺動する」とは、炭素系皮膜を持つ内燃機関用ピストンリングに通常求められる程度の、低摩擦係数で摺動することを指していると認められ、その意味は明確であるから、異議申立人の上記主張は採用できない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1ないし3及び5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし3及び5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項4に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項4に対して、異議申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ピストンリング
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
炭素系皮膜は低摩擦係数を有する皮膜として知られているが、皮膜応力が高く自己破壊するため厚膜化が困難である。特許文献1は、最表層が軟質層で、軟質層と硬質層とを交互に積層した多層構造とし、平滑表面を容易に得られる低摩擦係数の硬質炭素皮膜を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-008853号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1は硬質層と軟質層との硬度差について規定していない。しかしながら、特許文献1は、軟質層はなじみ層としての目的を有し、硬質層は耐摩耗層としての目的を有しているため、硬度は実施例1では軟質層18GPa、硬質層42GPa、実施例2では軟質層20GPa、硬質層41GPaとされ、軟質層と硬質層の硬度差は大きいものとなっている。
【0005】
本発明の目的は、低フリクションと耐摩耗性を有する炭素系皮膜を備えたピストンリングを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第一の本発明のピストンリングは、DLC皮膜(DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆されたピストンリングにおいて、前記皮膜は硬度の異なる2種類の層が複数層積層(但し、2層のみ積層される場合を除く)された積層皮膜であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることを特徴とする。
また、第二の本発明のピストンリングは、内燃機関において、ピストンリング外周摺動面には硬度の異なる2種類の層が交互に複数に積層されたDLC皮膜(DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆され、前記皮膜の最表層が硬度の高い層であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介してシリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とし低摩擦摺動することを特徴とする。
【0007】 (削除)
【0008】 (削除)
【0009】
前記皮膜の最表層が硬度の高い層であることが好ましい。
【0010】
前記皮膜の硬度の低い層は炭素のみ、あるいは炭素の他にCr又はTiが含まれていることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明のピストンリングによれば、炭素系皮膜を硬度差が500?1700HVである2種類の層の積層皮膜とすることで、厚膜化が可能になり、低フリクションで耐摩耗性に優れたものになる。硬度差が500HV未満であると、皮膜割れにより摺動表面が荒れ、摩擦係数が大きくなり、相手材の摩耗も多くなる。硬度差が1700HVよりも大きくなると、摺動により低硬度層が摩耗して高硬度層の表面凸部(図1(b)参照)に応力が集中して皮膜欠けを起こし、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。皮膜の全体の厚さが5.0μm未満であると耐摩耗性が不足する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態を示し、(a)はピストンリングの一部分を示す縦断面図、(b)は皮膜部分の拡大断面図、(c)は摺動後の皮膜表面の一部分を示す図である。
【図2】往復動摩擦試験機の概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0014】
ピストンリング1は炭素系皮膜2が外周面に被覆されている。炭素系皮膜2はDLC(ダイヤモンドライクカーボン)皮膜で、硬度の異なる2種類の層A,Bが2層以上積層された積層皮膜である。図1は2種類の層A,Bが6層積層されており、最表層は硬度の高い層Aである。2種類の層A,Bの硬度差は500?1700HVである。硬度の高い層A(以下、高硬度層Aという。)の膜厚は5?90nmであり、硬度の低い層B(以下、低硬度層Bという。)の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有している。炭素系皮膜2の全体の膜厚は5.0μm以上である。外周面の母材粗さは1.0μmRz以下である。低硬度層BにCr又はTiを含有させてもよく、Cr又はTiが含まれると高硬度層Aとの密着性がより向上する。
【0015】
高硬度層Aの膜厚が5nmより小さいと、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅(図1(c)参照)を充分確保できず、保油性が低下し、低フリクション効果が不充分になる。膜厚が90nmより大きくなると、摺動後の外周面に露出する高硬度層Aと低硬度層Bの幅が大きくなり過ぎ、皮膜割れが発生し、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。外周面の母材粗さが1.0μmRzよりも大きいと、摺動により低硬度層Bが摩耗して高硬度層Aの表面凸部(図1(b)参照)に応力が集中して皮膜欠けを起こし、摩擦係数が大きくなるとともに相手材の摩耗も多くなる。最表層が高硬度層Aであると、相手材の表面を早期に平滑化できる。
【0016】
上記の炭素系皮膜2はPVD方式を用いて、スパッタリング(低硬度層Bを被覆)とイオンプレーティング(高硬度層Aを被覆)を交互に行うことにより成膜された。各層の厚さは成膜時間を変更することにより調整し、硬度はバイアス電圧を変えることにより調整した。
【0017】
以下、往復動摩擦試験機を使用して、自身の摩耗量、相手材の摩耗量、摩擦係数を測定した試験結果を説明する。
【0018】
図2に、試験に使用した往復動摩擦試験機の概要を示す。ピン状の上試験片10は固定ブロック11により保持され、上方から油圧シリンダ12により下向きの荷重が加えられて、下試験片13に押接される。一方、平盤形状の下試験片13は可動ブロック14により保持され、クランク機構15により往復動させられる。16はロードセルである。
【0019】
試験条件は以下の通りである。
荷重 :100N
速度 :600cpm/min
潤滑油 :5W-20
時間 :1時間
【0020】
上試験片:DLC皮膜を施したピストンリング用鋼製ピン状試験片
下試験片:シリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材
【0021】
【表1】

【符号の説明】
【0022】
1 ピストンリング
2 炭素系皮膜
A 高硬度層
B 低硬度層
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆されたピストンリングにおいて、前記皮膜は硬度の異なる2種類の層が複数層積層(但し、2層のみ積層される場合を除く)された積層皮膜であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記硬度の高い層の厚さは5?90nmであり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
エンジン潤滑油を介して片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とすることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
内燃機関において、
ピストンリング外周摺動面には硬度の異なる2種類の層が交互に複数に積層されたDLC皮膜(前記DLC皮膜が水素を含む場合を除く)が摺動面に被覆され、
前記皮膜の最表層が硬度の高い層であり、前記2種類の層の硬度差は500?1700HVで、硬度の高い層が硬度の低い層の厚さと同一又はそれ以上の厚さを有し、前記硬度の高い層の厚さは5nm?90nmであり、皮膜全体の厚さが5.0μm以上であり、前記DLC皮膜が被覆された面の母材粗さが1.0μmRz以下であり、エンジン潤滑油を介してシリンダライナ用片状黒鉛鋳鉄材を相手摺動部材とし低摩擦摺動することを特徴とするピストンリング。
【請求項4】(削除)
【請求項5】
前記皮膜の硬度の低い層が炭素のみ、あるいは炭素の他にCr又はTiが含まれており、低摩擦摺動することを特徴とする請求項1?3の何れかに記載のピストンリング。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-02-09 
出願番号 特願2014-237676(P2014-237676)
審決分類 P 1 651・ 841- YAA (F16J)
P 1 651・ 851- YAA (F16J)
P 1 651・ 537- YAA (F16J)
P 1 651・ 55- YAA (F16J)
P 1 651・ 855- YAA (F16J)
P 1 651・ 853- YAA (F16J)
P 1 651・ 854- YAA (F16J)
P 1 651・ 121- YAA (F16J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中尾 麗  
特許庁審判長 冨岡 和人
特許庁審判官 小関 峰夫
内田 博之
登録日 2016-07-29 
登録番号 特許第5977322号(P5977322)
権利者 TPR株式会社
発明の名称 ピストンリング  
代理人 アイアット国際特許業務法人  
代理人 アイアット国際特許業務法人  

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