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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
管理番号 1339199
異議申立番号 異議2017-701112  
総通号数 221 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-05-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-11-24 
確定日 2018-04-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6170677号発明「免疫グロブリン製剤及び免疫グロブリン製剤のための貯蔵システム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6170677号の請求項1?17に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6170677号の請求項1?17に係る特許についての出願は、平成23年2月24日(パリ条約による優先権主張 2010年2月26日(US)米国、2010年2月26日(EP)欧州特許庁)を国際出願日とする特許出願であって、平成29年7月7日にその特許権の設定登録がされ、同年同月26日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許について、同年11月24日に特許異議申立人 岩崎勇(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件特許発明
特許第6170677号の請求項1?17の特許に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明17」という。)。

「【請求項1】
少なくとも4%の質量対体積百分率で免疫グロブリンを含んでなる免疫グロブリン製剤であって、室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度が100μmol/l未満であり、貯蔵システムのヘッドスペース中のガスは、酸素含量が7体積%未満の不活性ガスであり、免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)が、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである、上記免疫グロブリン製剤。

【請求項2】
免疫グロブリン製剤が、少なくとも5%の質量対体積百分率で免疫グロブリンを含んでなる、請求項1に記載の免疫グロブリン製剤。

【請求項3】
免疫グロブリン製剤が、少なくとも10%の質量対体積百分率で免疫グロブリンを含んでなる、請求項1又は2に記載の免疫グロブリン製剤。

【請求項4】
免疫グロブリン製剤が、少なくとも20%の質量対体積百分率で免疫グロブリンを含んでなる、請求項1?3のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤。

【請求項5】
免疫グロブリン製剤中に含まれる免疫グロブリンがIgGから成る、請求項1?4のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤。

【請求項6】
光学密度A_(350-500nm)の平均増加が、暗所中、37℃で6ヶ月の貯蔵にわたって、0.2未満である、請求項1?5のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤。

【請求項7】
ヒトに皮下投与するための、請求項1?6のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤。

【請求項8】
請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムであって、内部を有する容器を含み、該内部の第一部分は、免疫グロブリン製剤によって占められており、そして該内部の残りの第二部分は、ヘッドスペースを形成し、そしてガスによって占められており、ヘッドスペースのガス中の酸素含量は7体積%未満であり、免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)は、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである、上記貯蔵システム。

【請求項9】
ヘッドスペースのガスは、少なくとも大気圧である、請求項8に記載の貯蔵システム。

【請求項10】
不活性ガスが窒素である、請求項8または9に記載の貯蔵システム。

【請求項11】
容器がバイアルである、請求項8?10のいずれか1項に記載の貯蔵システム。

【請求項12】
免疫グロブリン製剤に対するヘッドスペースの体積比が、0.1:1?0.9:1の範囲である、請求項8?11のいずれか1項に記載の貯蔵システム。

【請求項13】
ヘッドスペース中、吸光度A_(350-500nm)の月平均増加が空気での貯蔵と比較して少なくとも10%減少する、請求項8?12のいずれか1項に記載の貯蔵システム。

【請求項14】
請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムを提供する方法であって、免疫グロブリン製剤を容器に充填し、容器を密封する工程を含んでなり、ここで密封する前に容器のヘッドスペースに、ヘッドスペースのガス中、酸素含量が7体積%未満になるようにガスを充填する、上記貯蔵システムを提供する方法。

【請求項15】
容器に充填したガスが大気圧である、請求項14に記載の方法。

【請求項16】
請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムを提供する方法であって、Ig製剤又はその溶媒を脱ガスする工程及び/又は不活性ガスを用いてガス処理する工程に付する工程を含んでなる、上記貯蔵システムを提供する方法。

【請求項17】
Ig製剤の溶媒を、Ig製剤の製剤化の前に脱ガスする工程及び/又はガス処理する工程に付する、請求項16に記載の方法。」


第3 申立理由の概要及び提出した証拠
1.申立理由の概要
申立人は、甲第1号証及び甲第2号証を提出し、本件特許は、以下の理由1?4により、取り消されるべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(特許法第36条第6項第2号)
本件特許発明1?17は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

(2)申立理由2(特許法第36条第4項第1号又は同法同条第6項第1号)
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?3、5?17を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、本件特許発明1?3、5?17は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、同法同条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第113条第4号に該当する。

(3)申立理由3(特許法第29条第1項第3号)
本件特許発明1、5、7、8、10、11及び14は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、同法第113条第2号に該当する。

(4)申立理由4(特許法第29条第2項)
本件特許発明1?17は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、又は甲第2号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反するものであり、同法第113条第2号に該当する。

2.証拠方法
(1)甲第1号証:特表2009-526080号公報

(2)甲第2号証:特表平11-502833号公報


第4 甲号証の記載事項
甲第1号証及び甲第2号証には、それぞれ以下の記載がある(下線は、合議体による。)。

1.甲第1号証
ア 「遊離チオールを有するタンパク質および炭水化物を含む組成物であって、該炭水化物が、該タンパク質の安定性の維持に十分な量で存在し、該組成物のpHが7.0未満である、組成物。」(請求項1)

イ 「タンパク質成分およびヘッドスペースを含む気密性容器であって、該タンパク質成分が遊離チオールを有するタンパク質であり、該ヘッドスペースは少なくとも90%(vol/vol)の不活性ガスである、気密性容器」(請求項36)

ウ 「活性タンパク質は、物理的不安定性(変性および凝集が含まれる)および化学的不安定性(例えば、加水分解、脱アミド化、および酸化が含まれる)の結果として失活し得る。特定の形態(例えば、液体または凍結乾燥形態)のタンパク質薬の安定性は、製品形態の選択における重要な検討材料であり得る。」(【0004】)

エ 「本明細書中に記載の組成物および方法により、組成物中に含まれるタンパク質の安定性の増大によって安定性および保存期間が増大する。」(【0006】)

オ 「本発明の実施形態は、同一タンパク質の凍結乾燥組成物に匹敵する安定性を有する。本明細書中に記載の液体組成物は、3、6、12、18、または24ヶ月間の保存後に、凍結乾燥組成物の少なくとも50、55、60、65、70、75、80、85、90、95、99、または100%のタンパク質安定性レベル(例えば、保持活性)を有し得る(例えば、凍結乾燥組成物が18ヶ月間でその活性を90%保持する場合、本発明の組成物は、そのレベルを少なくとも50、55、60、65、70、75、80、85、90、95、99、または100%保持する)。」 (【0010】)

カ 「一定の実施形態では、遊離チオールを含むタンパク質は、グルコセレブロシダーゼ(GCB)、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、酸性線維芽細胞成長因子(aFGF)、ヘモグロビン、チオレドキシン、カルシウムおよびインテグリン結合タンパク質1(CIB1)、β-ラクトグロブリンB、β-ラクトグロブリンAB、血清アルブミン、抗体(例えば、ヒト抗体、例えば、IgA(例えば、二量体IgA)、IgG(例えば、IgG2)、およびIgM;組換えヒト抗体)、抗体フラグメント(例えば、Fab’フラグメント、F(ab’)_(2)フラグメント、単鎖Fvフラグメント(scFv))、(例えば、第3の重鎖定常ドメイン(例えば、EU/OUナンバリングにおける442位);モノクローナル抗体MN-14(高親和性抗癌胎児性抗原(CEA)mab)中に)システイン残基が導入されるように(例えば、抗体または抗体フラグメントを、例えば、99mTcで臨床画像に標識することができるように)操作された抗体および抗体フラグメント(例えば、Fab’(例えば、モノクローナル抗体フラグメントC46.3)およびscFv)、コア2β-1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ-M(C2GnT-M)、コア2β1,6-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼ-I(C2GnT-I)、血小板由来成長因子受容体-β(PDGF-β)、アデニンヌクレオチドトランスロカーゼ(ANT)、p53腫瘍抑制タンパク質、グルテンタンパク質、酸性スフィンゴミエリナーゼ(組換え酸性スフィンゴミエリナーゼ)、デスフロイルセフチオフル(DFC)、アポリポタンパク質B100(apoB)および他の低密度リポタンパク質ドメイン、アポリポタンパク質A-I変異型(variant)(例えば、アポリポタンパク質A-I(ミラノ)およびアポリポタンパク質A-I(パリ))、低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)、フォン・ビルブラント因子(VWF)、CAAXモチーフを含むタンパク質およびペプチド模倣物(例えば、Ras)、粘液溶解物質、カルボキシペプチダーゼY、カテプシンB、カテプシンC、骨格筋Ca^(2+)放出チャネル/リアノジン受容体(RyR1)、核性因子κB(NF-KB)、AP-1、タンパク質-ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)、糖タンパク質1bα(GP1bα)、カルシニューリン(CaN)、フィブリン-1、CD4、S100A3(S100Eとしても公知)、イオンチャネル型グルタミン酸受容体、ヒトインターαインヒビター重鎖1、α2-抗プラスミン(α2AP)、トロンボスポンジン(糖タンパク質Gとしても公知)、ゲルソリン、ムチン、クレアチンキナーゼ(例えば、S-チオメチル修飾クレアチンキナーゼ)、第VIII因子、ホスホリパーゼD(PLD)、インスリン受容体βサブユニット、アセチルコリンエステラーゼ、プロキモシン、修飾α2-マクログロブリン(α2M)(例えば、プロテイナーゼまたはメチルアミン反応性α2M)、グルタチオンレダクターゼ(GR)、補体成分C2(例えば、2a)、補体成分C3(例えば、C3b)、補体成分4(例えば、4d)、補体因子B(例えば、Bb)、α-ラクトアルブミン、β-D-ガラクトシダーゼ、小胞体Ca^(2+)-ATPアーゼ、RNアーゼインヒビター、リポコルチン1(アネキシン1としても公知)、増殖細胞核抗原(PCNA)、アクチン(例えば、球状アクチン)、コエンザイムA(CoA)、アシル-CoAシンテターゼ(例えば、ブチル-CoAシンテターゼ)、3-2トランス-エノイル-CoA-イソメラーゼ前駆体、心房性ナトリウム利尿因子(ANF)感受性グアニル酸シクラーゼ、Pz-ペプチダーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ(例えば、アシル化アルデヒドデヒドロゲナーゼ)、P-450およびNADPH-P-450レダクターゼ、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、6-ピルボイルテトラヒドロプテリンシンテターゼ、ルトロピン受容体、低分子量酸性ホスファターゼ、血清コリンエステラーゼ(BChE)、アドレノドキシン、ヒアルロニダーゼ、カルニチンアシルトランスフェラーゼ、インターロイキン-2(IL-2)、ホスホグリセリン酸キナーゼ、インスリン分解酵素(IDE)、シトクロムc1ヘムサブユニット、S-タンパク質、バリル-tRNAシンテターゼ(VRS)、α-アミラーゼI、筋肉AMPデアミナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、およびソマトスタチン結合タンパク質からなる群から選択される。」(【0024】)

キ 「一定の実施形態では、組成物は、約10%未満のO_(2)(例えば、約5%未満のO_(2)、例えば、約2%未満のO_(2))を含む。一定の実施形態では、溶存O_(2)量は、組成物中の溶存不活性ガス量未満である。」(【0036】)

ク 「1つの態様では、開示は、タンパク質成分およびヘッドスペースを含む気密性容器であって、タンパク質成分が遊離チオールを有するタンパク質であり、ヘッドスペースは少なくとも90%、95%、または99%(vol/vol)の不活性ガスが存在する、気密性容器を特徴とする。」(【0049】)

ケ 「タンパク質濃度
好ましいタンパク質(例えば、GCB)濃度は、約0.1?約40mg/ml、より好ましくは約0.5?約10mg/ml(例えば、約2?約8mg/mlまたは約5mg/ml)であり得る」(【0095】)

コ 「実施例3:O_(2)レベルの影響
16%スクロース、0.03%システインHCl、0.05%ポロクサマー188,50mMクエン酸ナトリウム(pH6.0)中に2.5mg/mLでGCBを配合した。2mLガラスバイアルに、それぞれ1mLの処方溶液を充填した。バイアルのヘッドスペースを、O_(2)レベルが3%、6%、または14%になるように凍結乾燥機で処理した。サンプルを、2?8℃の安定室に入れた。6ヶ月の時点で、サンプルを取り出し、SE-HPLCによる凝集の変化およびRP-HPLCによる分解の変化について試験した。結果を、表2にまとめる。この組成物由来のGCBは、バイアルのヘッドスペース中の酸素レベルに感受性を示す。3%未満のO_(2)の場合、2?8℃で6ヶ月後に本質的に変化は認められなかった。」(【0125】)

サ 「表2:2?8℃で6ヶ月の保存後の実施例3の安定性のまとめ

」(【0126】?【0127】)

2.甲第2号証
シ 「凝固因子VIIIおよび因子IXよりなる群から選択される血漿蛋白質の水性溶液の最終薬剤製品において、少なくとも6か月間にわたり貯蔵した後に該蛋白質活性を実質的に保持するため該溶液における酸素の濃度を減少させ、および/または該溶液が酸化防止剤を含有し、さらに該溶液は少なくとも350mg/mLの濃度の炭水化物を含有することを特徴とする最終薬剤製品。」(請求項1)

ス 「本発明は、凝固因子(coagulation factor)VIIIおよび因子IXよりなる群から選択される血漿蛋白質の水性溶液における最終薬剤製品に関するものであり、溶液における酸素の濃度を減少させかつ/または溶液が酸化防止剤を含有し、溶液はさらに少なくとも350mg/mLの濃度の炭水化物を含有する。このようにして、蛋白質活性は少なくとも6か月間にわたる貯蔵の後にも実質的に保持することができる。さらに本発明は最終薬剤製品の製造方法、並びに水溶液における凝固因子VIIIおよび因子IXの長期安定性の向上方法にも関するものであり、溶液は少なくとも350mg/mLの濃度の炭水化物を含有し、溶液は酸素減少雰囲気下で最終容器内に貯蔵される。」(第5頁第5?13行)

セ 「好適には、本発明の最終薬剤製品は少なくとも12か月間、好ましくは少なくとも18か月間にわたり貯蔵されると共に、因子VIII活性を実質的に維持する。より好ましくは、本発明の最終薬剤製品は少なくとも24か月間にわたり貯蔵される。」(第9頁第23?26行)

ソ 「1具体例において、酸素の濃度は、水溶液を不活性ガス雰囲気にかけ、または圧力を低下させ、或いは先ず最初に圧力を低下させ、次いで不活性ガスを導入することにより減少される。好ましくは、この過程は数サイクルで反復される。この方法により、溶液における得られる酸素の濃度は、周囲雰囲気が空気で構成される場合よりも相当に低い。すなわち、この方法により、溶液における酸素濃度は血漿蛋白質活性の実質的損失なしに低レベルまで減少させることができる。溶液における酸素濃度は200 ppm未満、好適には50 ppm未満、好ましくは10 ppm未満、より好ましくは2ppm未満とすることができる。使用する容器内の酸素含有量は、好ましくは容器を不活性ガス雰囲気にかけることにより、同様に低レベルまで減少させて維持することができる。
血漿蛋白質と炭水化物とを含有する水性溶液は好適にはたとえば窒素、アルゴンもしくはヘリウムのような不活性ガスの下で貯蔵されて酸素の低濃度を実質的に維持する。好ましくは不活性ガスは非貴不活性ガス、より好ましくは窒素である。」(第11頁第12?25行)

タ 「本発明は主として凝固因子VIIIおよび因子IXよりなる群から選択される血漿蛋白質に適用しうるが、これはたとえばアンチスロンビンIIIのような他の血漿蛋白質についても有利に使用することができる。」(第12頁第24?26行)

チ 「最終薬剤製品における因子VIII活性は10?50.000 IU/mL、好ましくは50?25,000 IU/mL、より好ましくは100?10,000 IU/mLの範囲とすることができる。」(第15頁第19?21行)

ツ 「実施例2
組換因子VIII(r-VIII SQ)を実験の項で説明した方法により作成した。これら実施例で使用した因子VIIIは高度に精製され、すなわち5,000 IU/全蛋白質mgより大の比活性を有し、アルブミンの添加なしに安定化させた。
この実施例における組成物は全て次のものを含有した:
r-VIII SQ、IU/mL 500
L-ヒスチジン、mg/mL 3
塩化ナトリウム、mg/mL 18
塩化カルシウム、mM 3.4
ポリソルベート80、mg/mL 0.2
小壜における分配容積は1mLとした。
実施例2の貯蔵試験に使用した安定化剤はPh.Eur.品質とした。」(第26頁第1行?第27頁第5行)

テ 「

」(第27頁 第X表)

ト 「

」 (第30頁 第XIII表)

ナ 「

」(第31頁 第XIV表)

ニ 「

」 (第32頁 第XV表)


第5 判断
1.申立理由1(特許法第36条第6項第2号)
(1)本件特許発明1の「貯蔵システムのヘッドスペース」の記載について
申立人は、「本件特許の請求項1は、全体として「免疫グロブリン製剤」に関するものであるが、一方では、「貯蔵システム」の「ヘッドスペース」中のガスについて規定されている。この「免疫グロブリン製剤」と「貯蔵システム」と「ヘッドスペース」の間の関係が全く規定されておらず、発明の内容が把握できず、不明確である。即ち、本件特許の請求項1の「免疫グロブリン製剤」は、「貯蔵システム」の中にどのように配置された状態にあるのかどうかが不明確である。具体的には、「貯蔵システム」は具体的にどのような構造を有し、どの部分にどのようにして「免疫グロブリン製剤」が配置されており、どの部分にどのような形状及び大きさで「ヘッドスペース」が形成されているのかが不明確である。」、「本件特許の請求項1は、免疫グロブリン製剤を主題とするものであるが、物としての製剤において、製剤とは別個の「貯蔵システム」のヘッドスペースを規定したり、そのヘッドスペース中のガスを酸素含有量7体積%未満の不活性ガスにするという方法的な規定を設けたりして特徴づけることは、到底許されるべきではない。」と主張する(申立人の指摘事項(i))。
しかしながら、本件特許発明1は、免疫グロブリン製剤の貯蔵において一般的に採用される貯蔵システムを用いていることが当業者に十分に把握でき、そのような貯蔵システムに免疫グロブリン製剤を貯蔵したときの残部の空間がヘッドスペースであることは明らかであるから、「免疫グロブリン製剤」と「貯蔵システム」と「ヘッドスペース」の間の関係は明確といえる。また、本件特許明細書において、「Ig製剤、好ましくは、ポリクローナルIg製剤のための貯蔵システムであって、前記貯蔵システムは、内部(interior)を有する容器から成り、前記内部の第一部分は、Ig製剤によって占められており、そして前記内部の残りの第二部分は、ヘッドスペース(headspace)を形成し、そしてガスによって占められており、該ヘッドスペースのガス中、酸素含量は、20体積%未満である。」と記載されていることによっても(【0027】)、「免疫グロブリン製剤」と「貯蔵システム」と「ヘッドスペース」の間の具体的な関係は明確であるといえる。したがって、「製剤」を、その「貯蔵システム」や、「酸素含有量7体積%未満の不活性ガス」によって占められた「ヘッドスペース」との関係について規定することにより、本件特許発明1が明確でないという申立人の主張には理由はなく、本件特許発明1は明確である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(2)本件特許発明1の「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)は、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」との記載について
申立人は、「本件特許請求項1では「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)は、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」ことが規定されている。・・・この規定の条件が「24ヶ月」という極めて長い期間を経てからでないと確認できないことである。つまり、ある免疫グロブリン製剤が本件特許の請求項1の発明の権利範囲に含まれるかどうかは、現時点では決定することは不可能であり、「24ヶ月」後でなければ決定できない。このような規定は、例えば第三者の製造した同様の免疫グロブリン製剤が本件特許の請求項1の発明の権利範囲に含まれるかどうかを第三者が直ちに確認したい場合でも、「24ヶ月」を経ないと明確に確定することができないということである。このような規定は、第三者の権利が不当に抑制される」、「また、特定の期間貯蔵した際の免疫グロブリン製剤の吸光度が低いレベルであるという要件は、免疫グロブリン製剤が長期間濁った色を伴わないという当業者が通常持つ希望の表明に過ぎない。これは、発明の構成要件になりえないし、何ら技術的要件を付加したものではない。」と主張する(申立人の指摘事項(ii))。
しかしながら、上記本件特許発明1の記載は、免疫グロブリン製剤について、「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)は、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」という長期間の貯蔵安定性についての物性を規定するものであり、「当業者が通常持つ希望の表明」ではない。そして、「24ヶ月」後において、製造した免疫グロブリン製剤が上記記載により規定された条件を満たすかどうかは、A_(350-500nm)の吸光度を測定することにより当業者が理解できるのであるから、本件特許発明1は明確である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)本件特許発明1の「免疫グロブリン製剤」の剤形について
申立人は、「本件特許の請求項1では、「免疫グロブリン製剤」の剤形は特に規定されていない。公知の「免疫グロブリン製剤」には、大きく分けて、液体形態のものと凍結乾燥形態のものとの二種類の剤形が存在するが、本件特許の請求項1の発明で実際に使用することができるのは、液体形態のもののみである。・・・従って、特許権者は・・・「免疫グロブリン製剤」が少なくとも液体形態のものであることを規定する必要がある。」と主張する(申立人の指摘事項(iii))。
しかしながら、本件特許発明1の免疫グロブリン製剤は、吸光度で規定されているから、液体形態であることは自明であり、液体形態のものであることを規定するまでもなく、本件特許発明1は明確である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(4)本件特許発明6の「6ヶ月」の記載について
申立人は、「本件特許の請求項1についての(ii)で指摘したのと同様に、「6ヶ月」という極めて長い期間の経過後の特性値を規定している。このような規定は、発明の範囲を現時点で明確に確定することを不可能にするものであり、第三者の権利を不当に抑制するものである。」、「また、特定の期間貯蔵した際の免疫グロブリン製剤の光学密度の平均増加が低いという要件は、本件特許の請求項1についての(ii)で指摘したように当業者が通常持つ希望の表明に過ぎない。これも発明の構成要件になりえないし、何ら技術的要件を付加したものではない。」と主張する。
しかしながら、上記(2)で述べた理由と同様の理由で、本件特許発明6は明確であり、申立人の主張は採用できない。

(5)本件特許発明8について
申立人は、本件特許の請求項1についての(i)?(iii)で指摘したものと同じことが本件特許の請求項8に当てはまる旨主張するが、上記(1)?(3)で述べたとおり、申立人の主張は採用できない。
また、申立人は、「本件特許の請求項8においても、本件特許の請求項1と同様に、「免疫グロブリン製剤」中の免疫グロブリンの濃度、「室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度」および「ヘッドスペース中のガス」の種類を規定することが必要である。」と主張する。
しかしながら、請求項8は、「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システム」であり、請求項1を引用しており、請求項1では「少なくとも4%の質量対体積百分率で免疫グロブリンを含んでなる免疫グロブリン製剤であって、室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度が100μmol/l未満であり、貯蔵システムのヘッドスペース中のガスは、酸素含量が7体積%未満の不活性ガスであ(る)」と規定されているから、免疫グロブリンの濃度、「室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度」及び「ヘッドスペース中のガス」の種類を請求項8で規定せずとも、請求項8の記載は明確であるといえる。それゆえ、申立人の主張は採用できない。

(6)本件特許発明13の「月平均増加」の記載について
申立人は、「「月平均増加」と記載されている以上、何ヶ月間かにわたる月ごとの平均増加が計算されなければならないが、本件特許の請求項13には、具体的に何ヶ月間にわたって「月平均増加」を計算するのかが何ら規定されていない。従って、本件特許の請求項13の記載は、この点でまず不明確である。」と主張する。
しかしながら、本件特許の明細書には、「吸光度A_(350-500nm)の月平均増加が空気での貯蔵と比較して少なくとも10%減少する」ことについて、以下の記載がある(下線は、合議体による。)。
「表2は、異なった貯蔵条件での吸光度A_(350-500nm)の月平均増加を示す。試験されたすべての条件の場合、100μmol/l未満の酸素濃度、又はヘッドスペース中、7%未満の酸素を維持すると、吸光度の増加が顕著により低くなり、IgG製剤は顕著なより高い安定性を示した。試料はすべて、暗所中に貯蔵した。データを24又は36ヶ月で回収し、この期間中、経時的な吸光度の増加はほとんど直線であった。」(【0057】)
この記載によれば、24又は36ヶ月の期間中、経時的な吸光度の増加はほとんど直線であったのであるから、本件特許発明13の貯蔵システム中の免疫グロブリン製剤も、何ヶ月間にわたって「月平均増加」を計算するのかによらず、増加の比率は一定になるといえる。それゆえ、本件特許発明13は明確であり、申立人の主張は採用できない。
また、申立人は、「本件特許の請求項1についての(ii)で指摘したのと同様に、現時点で到底確認できないような極めて長い期間の経過後の特性値を規定することになる。このような規定は、発明の範囲を現時点で明確に確定することを不可能にするものであり、第三者の権利を不当に抑制するものである。」、「また、特定の期間貯蔵した際の免疫グロブリン製剤の吸光度の月平均増加が低いという要件は、本件特許の請求項1についての(ii)で指摘したように当業者が通常持つ希望の表明に過ぎない。これも発明の構成要件になりえないし、何ら技術的要件を付加したものではない。」と主張する。
しかしながら、上記(2)で述べた理由と同様の理由で、本件特許発明13は明確であり、申立人の主張は採用できない。

(7)本件特許発明14について
申立人は、「「貯蔵システム」、「容器」、及び「ヘッドスペース」が記載されているが、これらがどのような関係で存在するのかが全く規定されておらず、発明の内容が把握できず、不明確である。」と主張するが、上記(1)及び(5)で述べた理由と同様の理由で、本件特許発明14は明確であり、申立人の主張は採用できない。

(8)本件特許発明16及び17の「脱ガスする工程及び/不活性ガスを用いてガス処理する工程」の記載について
申立人は、本件特許の請求項1についての(i)?(iii)及び本件特許の請求項14で指摘したのと同じことが本件特許の請求項16に当てはまる旨主張するが、上記(1)?(3)及び(7)で述べたとおり、申立人の主張は採用できない。
また、申立人は、「Ig製剤(免疫グロブリン製剤)又はその溶媒をどの時点で、さらにIg製剤又はその溶媒が貯蔵システムの中でどのような状態で脱ガス及び/又はガス処理するのかが規定されておらず、不明確である。また、脱ガス及び/又はガス処理を行なう場合、どのような貯蔵システムにおいて具体的にどのようにしてIg製剤又はその溶媒を脱ガス及び/又はガス処理を行なうのかが全く規定されておらず、不明確である。」、「「不活性ガスを用いてガス処理」とは、不活性ガスの使用だけの規定であり、具体的にどのような処理を意味するのかが規定されておらず、不明確である。本件特許の明細書の実施例でも、このような処理は、全く行なわれていないので、処理の詳細が不明である。」と主張する。
しかしながら、本件特許発明16及び17における「脱ガスする工程及び/不活性ガスを用いてガス処理する工程」は、貯蔵システムに貯蔵した免疫グロブリン製剤を提供する際に当業者が一般に行う工程であると認められるから、本件特許発明16及び17は明確である。それゆえ、申立人の主張は採用できない。

(9)小括
以上検討したとおり、本件特許発明1?17は、特許を受けようとする発明が明確であるから、申立理由1には理由がない。

2.申立理由2(特許法第36条第4項第1号又は同法同条第6項第1号)
申立人は、「この免疫グロブリンの濃度の下限(「少なくとも4%」)は、本件特許明細書の実施例で効果を十分に実証されておらず、サポート性の観点からは、少なくとも20%のような高い濃度に高めて規定することが必要である。即ち、本件特許の明細書【0042】に記載のように、本件特許の明細書の実施例では、免疫グロブリンの濃度としては、「20%」の一点しか採用しておらず、本件特許の請求項1で規定される免疫グロブリンの濃度の範囲(「少なくとも4%」)のうち、「4%以上20%未満」の範囲については、何ら効果を実証していない。」と主張する。
しかしながら、本件特許明細書には、「何ヶ月にもわたって貯蔵する場合には、公知のIg製剤は帯黄色になる傾向にある。こうした作用は、比較的高いIg濃度を有し、そして光曝露のようなストレス条件及び/又は温度の上昇に曝されているIg製剤に特に顕著である;前記製剤は通例、2ヶ月の貯蔵の後既に、比較的強い、帯黄褐色の着色を示す。」と記載されているように(【0005】)(下線は、合議体による。)、高いIg濃度を有する免疫グロブリン製剤である方が着色する傾向にあることを踏まえれば、本件特許明細書の実施例において、20%のような高い濃度における免疫グロブリン製剤の貯蔵安定性が示されているのであるから、20%よりも低い濃度のおいては、同様又はそれ以上の貯蔵安定性を有することが認められる。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?3、5?17を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されており、また、本件特許発明1?3、5?17は、特許を受けようとする発明が本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されているから、申立人の主張は採用できない。
よって、申立理由2には理由がない。

3.申立理由3(特許法第29条第1項第3号)
(1)甲第1号証に記載された発明
上記第4の摘記事項ア、イ、カ?ケより、甲第1号証には、以下の発明が記載されているといえる。

気密性容器に含まれる、IgA、IgG、IgM等の抗体等の有機チオールを有するタンパク質を含む組成物であり、タンパク質濃度が約0.1?約40mg/mlであり、当該組成物は約2%未満のO_(2)を含み、ヘッドスペースは少なくとも95%(vol/vol)の不活性ガスが存在する組成物。

(2)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、本件特許発明1の免疫グロブリン濃度が「少なくとも4%の質量対体積百分率」であることについて、本件特許明細書には、「少なくとも4%の質量対体積百分率(すなわち、4g/100ml)」と記載されている(【0010】)。一方、甲第1号証に記載される発明において、タンパク質濃度「約40mg/ml」は「約4g/100ml」に換算できるから、両発明の質量対体積百分率のタンパク質濃度は、「4%」の値で一致する。
また、甲第1号証に記載された発明におけるヘッドスペースには少なくとも95%(vol/vol)の不活性ガスが存在するから、ヘッドスペースの酸素含量は5体積%未満であり、両発明の不活性ガス中の酸素含量は同一範囲を含んでいる。
しかしながら、本件特許発明1の「室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度」が100μmol/l未満、すなわち、0.0032g/l未満であるのに対し、甲第1号証に記載された発明における組成物に含まれるO_(2)の濃度(約2%未満)は、換算すると約0.026g/l未満であり、本件特許発明1は製剤中に含まれる酸素濃度をより少ないものに限定されている点で、両発明は相違する(相違点1)。
なお、甲第1号証に記載された発明における組成物に含まれるO_(2)の濃度の換算は以下のように行った。
気体の状態方程式PV=nRTを用いる(式中、Pは圧力であり、Vは気体の体積であり、nは気体の物質量であり、Rはモル気体定数(0.082)であり、Tは熱力学温度である。)。この式を変形すると、n=PV/RTとなる。ここで、Pを1気圧、Tを25℃(298K)とすると、気体1l中の酸素の体積が1%(0.01l)の場合、
n=1×0.01/(0.082×298)=約0.00041mol
ここで、酸素の分子量は32であるので、1%の酸素濃度は約0.013g/lに相当し、約2%未満は、約0.026g/l未満に相当する。
また、本件特許発明1の「室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度」については、酸素の分子量は32を除して換算した。

さらに、甲第1号証には、気密性容器のヘッドスペース中のガスの酸素含量を減少させること、及び組成物中に含まれる酸素の濃度を減少させることによって、有機チオールを有するタンパク質の酸化が防止されること、並びに、24ヶ月間の保存後にタンパク質が活性を保持することは示されているが(摘記事項ウ?オ、コ、サ)、「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)が、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」ことについて記載されておらず、甲第1号証に記載された有機チオールを有するタンパク質を含む組成物がそのような性質を備えているとは認められない(相違点2)。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明ではない。

(3)本件特許発明5、7、8、10、11及び14について
本件特許発明5は、本件特許発明1について、免疫グロブリンを「IgGから成る」ものに限定したものであり、本件特許発明7は、本件特許発明1を「光学密度A_(350-500nm)の平均増加が、暗所中、37℃で6ヶ月の貯蔵にわたって、0.2未満である」とさらに限定したものであるから、甲第1号証に記載された発明ではない。
本件特許発明8及び14は、それぞれ、「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムであって、内部を有する容器を含み、該内部の第一部分は、免疫グロブリン製剤によって占められて」いる貯蔵システム及び「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムを提供する方法であって、免疫グロブリン製剤を容器に充填」する方法であり、請求項1を引用するものであるから、甲第1号証に記載された発明ではない。請求項8を引用する本件特許発明10及び11についても、同様の理由で新規性を有する。

(4)小括
以上検討したとおり、本件特許発明1、5、7、8、10、11及び14は、甲第1号証に記載された発明ではないから、申立理由3には理由がない。

4.申立理由4(特許法第29条第2項)
4-1.甲第1号証に記載された発明に基づく進歩性について
(1)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明は、上記3(2)で述べたとおり、相違点1及び相違点2で相違する。
これについて、申立人は、「たとえ両者に微差があったとしても、本件特許の請求項1の発明は、当業者が甲第1号証に基づいて容易に発明をすることができたものであることは明らかである。」と主張する。
しかしながら、甲第1号証には、特定のタンパク質である免疫グロブリンの製剤の長期間貯蔵後の着色を減少するという課題は記載されていないから、「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)が、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」免疫グロブリン製剤を得ようとすることを当業者は動機付けられず、ましてやそのために、甲第1号証に記載された発明における組成物に含まれるO_(2)の濃度をさらに1桁程度減少させて、「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)が、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」免疫グロブリン製剤とすることは、当業者が容易になし得たとはいえない。また、本件特許発明1の免疫グロブリンの製剤の長期間貯蔵後の着色を減少するという効果は、甲第1号証の記載から当業者が予測できない。
したがって、本件特許発明1は、当業者が甲第1号証に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2?17について
本件特許発明2?7は、本件特許発明1についてさらに限定したものであるから、同様の理由で進歩性を有する。
また、本件特許発明8及び14は、それぞれ、「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムであって、内部を有する容器を含み、該内部の第一部分は、免疫グロブリン製剤によって占められて」いる貯蔵システム及び「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムを提供する方法であって、免疫グロブリン製剤を容器に充填」する方法であり、請求項1を引用するものであるから、同様の理由で進歩性を有する。
さらに、本件特許発明9?13は、本件特許発明8についてさらに限定したものであり、本件特許発明15?17は、本件特許発明14についてさらに限定したものであるから、同様の理由により進歩性を有する。

4-2.甲第2号証(主引用例)及び甲第1号証に記載された発明に基づく進歩性について
(1)本件特許発明1について
上記第4の摘記事項シ、ソ、ツ、テより、甲第2号証には、以下の発明が記載されているといえる。

凝固因子VIII及び因子IXよりなる群から選択される血漿蛋白質の水性溶液の最終薬剤製品において、24か月間にわたり貯蔵した後に該蛋白質活性を実質的に保持するため、該溶液における酸素の濃度を2ppm未満に減少させ、ヘッドスペースにおける気体が窒素である製品。

本件特許発明1と甲第2号証に記載された発明とを対比すると、甲第2号証に記載された発明の「溶液における酸素の濃度」(2ppm未満)を換算すると、0.002g/l未満であり(1ppmは0.001g/lに相当する。)、本件特許発明1の「室温で製剤中に溶解させた酸素の濃度」の100μmol/l未満、すなわち、0.0032g/l未満(上記3(2)と同様に換算した。)と同一範囲を含む。
また、甲第2号証に記載の発明は、ヘッドスペースにおける気体が窒素であるから、甲第2号証に記載の発明のヘッドスペース中の酸素含量は0%であり、本件特許発明1のヘッドスペース中の酸素含量と一致する。
しかしながら、本件特許発明1は、免疫グロブリンを安定化対象とするものであるのに対し、甲第2号証に記載の発明は、凝固因子VIII及び因子IXよりなる群から選択される血漿タンパク質を安定化対象とするものである(相違点1)。また、免疫グロブリンの濃度について、甲第2号証には、因子VIII活性について「10?50.000 IU/mL」との記載はあるが(摘記事項チ)、「少なくとも4%の質量対体積百分率で免疫グロブリンを含んでなる」ことは記載されていない(相違点2)。さらに、甲第2号証には、最終薬剤製品のヘッドスペース中のガスの酸素含量を減少させること、及び液体中に含まれる酸素の濃度を減少させることによって、凝固因子VIII及び因子IXよりなる群から選択される血漿タンパク質が24ヶ月間の貯蔵後に活性を保持することは示されているが(ス、セ、ツ?ニ)、「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)が、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」ことについて記載されていない(相違点3)。

上記相違点について検討すると、甲第2号証には、凝固因子VIII及び因子IXよりなる群から選択される血漿タンパク質以外に、アンチスロンビンIIIのような他の血漿タンパク質についても使用することができることが記載されており(摘記事項タ)、甲第1号証には、安定化対象である遊離チオールを含むタンパク質として、IgA、IgG、IgM等の抗体とともに、凝固因子VIIIが例示されている(摘記事項カ)。
しかしながら、甲第2号証には、血漿タンパク質として、抗体等を用いる動機付けとなるような記載はない。また、甲第2号証に記載された発明は、特定のタンパク質である凝固因子VIII及び因子IXよりなる群から選択される血漿タンパク質について、24ヶ月間の貯蔵後にも活性を保持できるものであるところ、そのほかのタンパク質、特に、免疫グロブリンについてまで、必ず活性が保持されるとはいえないから、甲第2号証に記載の発明において、凝固因子VIII及び因子IXよりなる群から選択される血漿タンパク質に代えて、甲第1号証に記載のIgA、IgG、IgM等の抗体を用いることは、当業者は想到し得ない。さらに、本件特許発明1は、比較的高いIg濃度(少なくとも4%の質量対体積百分率)の免疫グロブリン製剤の着色を減少させたものであるところ、甲第1号証及び甲第2号証には、特定のタンパク質である免疫グロブリンの比較的Ig濃度の高い製剤の長期間貯蔵後の着色を減少するという課題は記載されておらず、甲第2号証に記載された発明における製品において、免疫グロブリンの濃度を特定し、「免疫グロブリン製剤の吸光度A_(350-500nm)が、暗所中、25℃で24ヶ月間貯蔵した際、0.28未満のままである」免疫グロブリン製剤を得ようとすることは容易に想到し得たとはいえない。また、本件特許発明1の免疫グロブリンの製剤の長期間貯蔵後の着色を減少するという効果は、甲第1号証及び甲第2号証の記載から当業者は予測できない。

(2)本件特許発明2?17について
本件特許発明2?7は、本件特許発明1についてさらに限定したものであるから、同様の理由で進歩性を有する。
また、本件特許発明8及び14は、それぞれ、「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムであって、内部を有する容器を含み、該内部の第一部分は、免疫グロブリン製剤によって占められて」いる貯蔵システム及び「請求項1?7のいずれか1項に記載の免疫グロブリン製剤のための貯蔵システムを提供する方法であって、免疫グロブリン製剤を容器に充填」する方法であり、請求項1を引用するものであるから、同様の理由で進歩性を有する。
さらに、本件特許発明9?13は、本件特許発明8についてさらに限定したものであり、本件特許発明15?17は、本件特許発明14についてさらに限定したものであるから、同様の理由により進歩性を有する。

4-3.小括
以上検討したとおり、本件特許発明1?17は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、又は甲第2号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、申立理由4は理由がない。


第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?17に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?17に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-03-26 
出願番号 特願2012-554344(P2012-554344)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (A61K)
P 1 651・ 121- Y (A61K)
P 1 651・ 537- Y (A61K)
P 1 651・ 536- Y (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉田 佳代子▲高▼岡 裕美岩下 直人  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 冨永 みどり
阪野 誠司
登録日 2017-07-07 
登録番号 特許第6170677号(P6170677)
権利者 ツェー・エス・エル・ベーリング・アクチエンゲゼルシャフト
発明の名称 免疫グロブリン製剤及び免疫グロブリン製剤のための貯蔵システム  
代理人 結田 純次  
代理人 竹林 則幸  

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