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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  H01L
管理番号 1339909
審判番号 無効2015-800201  
総通号数 222 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-06-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-11-05 
確定日 2018-05-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第5610056号発明「発光装置と表示装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 事案の概要
本件は、請求人が、被請求人が特許権者である特許第5610056号(以下「本件特許」という。平成26年9月12日登録、請求項の数は4である。本件特許に係る出願である平成25年12月24日に出願した特願2013-265770号は、下記の第1?第5優先権出願に基づく優先権を主張して平成9年7月29日(以下「原出願日」という。)に出願した特願平10-508693号の第6世代分割出願(第1?第5世代分割出願は下記のとおりである。)である。)の請求項1乃至4に係る発明(以下、各請求項に係る発明を「本件特許発明1」などといい、これらを総称して「本件特許発明」という。)についての特許を無効とすることを求める事案である。

優先権出願一覧
第1優先権出願:特願平8-198585号(平成8年7月29日(以下「第1優先日」という。))
第2優先権出願:特願平8-244339号(平成8年9月17日(以下「第2優先日」という。))
第3優先権出願:特願平8-245381号(平成8年9月18日(以下「第3優先日」という。))
第4優先権出願:特願平8-359004号(平成8年12月27日(以下「第4優先日」という。))
第5優先権出願:特願平9-81010号(平成9年3月31日(以下「第5優先日」という。))

分割出願一覧
第1世代分割出願:特願2002-278066号(平成14年9月24日出願)
第2世代分割出願:特願2005-147093号(平成17年5月19日出願)
第3世代分割出願:特願2006-196344号(平成18年7月19日出願)
第4世代分割出願:特願2008-269号(平成20年1月7日出願)
第5世代分割出願:特願2013-4210号(平成25年1月15日出願)

第2 本件審判の経緯
本件審判の経緯は、次のとおりである。
平成27年11月 5日 無効審判請求
平成28年 1月26日 審判事件答弁書
平成28年 3月 4日 審理事項通知(同年3月8日発送)
平成28年 4月 7日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成28年 4月21日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成28年 4月21日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成28年 5月 9日 上申書(被請求人)
平成28年 5月12日 口頭審理
平成28年 5月18日 上申書(被請求人)
平成28年 6月 2日 上申書(請求人)

第3 本件特許発明
本件特許発明1乃至4は、次の各請求項に記載したとおりのものと認められる。
「【請求項1】
窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、
前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、
前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり、
前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていることを特徴とする発光ダイオード。
【請求項2】
凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、前記凹部に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、
前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、
前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり、
前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていることを特徴とする発光ダイオード。
【請求項3】
前記コーティング樹脂の上に、モールド樹脂が形成されたことを特徴とする請求項1または2に記載の発光ダイオード。
【請求項4】
前記モールド樹脂に、拡散剤が含有されたことを特徴とする請求項3に記載の発光ダイオード。」

第4 請求人の主張及び証拠方法
1 無効理由1(特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第2号)
樹脂中における蛍光物質の沈降(沈殿)を回避することが困難であることは、本件特許の出願当時の技術常識であった。本件特許発明は「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていること」との発明特定事項が技術的特徴であるが故に特許発明たり得るのであるから、本件特許の出願当時において到底実現しなかったもの乃至はその実現が当業者に容易ではなかった必要がある。そうすると、前記発明特定事項は、前記技術常識とどのように相違するのか不明である(特許法第36条第6項第2号)。仮に、相違があるとしても、どのような相違であって、どのように実現しうるのか不明である(36条4項1号)。また、「水分から保護」されている「コーティング樹脂」中のフォトルミネセンス蛍光体を更に「水分から保護」し得るコーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度分布とは如何なるものであるのか不明である(特許法第36条第4項第1号、同条第6項第2号)。

2 無効理由2(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)
ア 優先権の効果について
Lu若しくはScを含むCeで付活されたガーネット系蛍光体は、第1乃至第5基礎出願に記載されていないから、本件特許発明は、何れの優先権の利益も享受し得ない。新規性乃至進歩性の判断時は、原出願日の平成9年7月29日である。

イ 甲3発明
平成8年12月18日に国会図書館に受け入れられた甲第3号証には、
「凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、前記凹部内に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、
前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(3)O_(12):Ceの組成式で表されるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、
前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲の465nmのピーク波長を有するLEDチップである、
発光ダイオード。」(以下「甲3発明」という。)
が記載されている。

ウ 対比
甲3発明の「(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceの組成式で表されるCeで付活されたガーネット系蛍光体」は、「Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」である。
したがって、本件特許発明2は、「コーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度が、コーティング樹脂の表面側からLEDチッフ側に向かって高くなっている」のに対し、甲3発明はそのようなものか否かが不明である点で相違する。

エ 判断
(ア)本件特許発明2
本件特許の原出願日の後の時点において、母材中に蛍光体粒子が均一に散点した構造を有する蛍光体層の形成が不可能であり、出願人においてさえ、樹脂中の蛍光体粒子はほとんど発光素子周辺に厚く嵩張って沈降すると認識していたのであるから、本件特許の原出願当時、樹脂中に含有されている蛍光体の濃度は、コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている態様となっていたと解する他ない。そうすると、本件特許発明2と甲3発明は、実質的に同一であるから、本件特許発明2は新規性を欠く。
仮に、一応の相違点と解したとしても、上記1の技術常識を踏まえれば、甲3発明において、上記相違点に係る構成を想起するのは容易であるから、本件特許発明2は進歩性を欠く。
(イ)本件特許発明1
本件特許発明1は、本件特許発明2におけるLEDチップが凹部内に配置されているとの要件を必須としないだけのものであるから、本件特許発明2が新規性乃至進歩性を欠くものである以上、本件特許発明1もまた、新規性乃至進歩性を欠く。
(ウ)本件特許発明3
甲3発明は、モールド樹脂を備えているから、本件特許発明3は、新規性乃至進歩性を欠く。
(エ)本件特許発明4
甲第4号証、甲第12号証乃至甲第14号証の記載に照らし、モールド樹脂に拡散剤を含有させる程度のことは、当業者が適宜選択するであろう程度の事項でしかないから、本件特許発明4は、新規性乃至進歩性を欠く。

3 請求人適格について
請求人は、本件特許発明を実施できる設備を有するなど、本件特許発明を将来実施する可能性を有する者であるから、利害関係を有する。
また、請求人は、LEDの技術分野における研究開発を行い、多数の特許出願を行っている。そして、研究開発の受託費や特許の技術移転の対価収入が運営の経済的基盤をなし、研究開発の成果は、民営化し、事業化している。請求人が保有する特許の価値は、他社の特許保有状況に大きく左右されるから、利害関係を有する。
さらに、業界アライアンスの会員・構成員たるLED企業のために、本件特許を含むLED分野の他社特許の有効性を争う強い利害関係を有する。

4 証拠方法
甲第1号証:特開2002-50800号公報
甲第2号証:特開2006-80565号公報
甲第3号証:第264回蛍光体同学会講演予稿「白色LEDの開発と応用」
甲第4号証:特開平9-167861号公報
甲第5号証:特開平5-152609号公報
甲第6号証:特開平7-99345号公報
甲第7号証:特開2000-22222号公報
甲第8号証:特開2006-245020号公報
甲第9号証:特開2005-64233号公報
甲第10号証:特開2004-363342号公報
甲第11号証:特開2008-115307号公報
甲第12号証:特開平7-183576号公報
甲第13号証:特開平7-288341号公報
甲第14号証:特開平9-186366号公報
甲第15号証:特願平8-198585号の出願当初明細書・図面
甲第16号証:特願平8-244339号の出願当初明細書・図面
甲第17号証:特願平8-245381号の出願当初明細書・図面
甲第18号証:特願平8-359004号の出願当初明細書・図面
甲第19号証:特願平9-081010号の出願当初明細書・図面
甲第20号証:再公表特許W098/05078号
甲第21号証:「無効審判における請求人適格に関する運用(案)」に対する意見書(写し)
甲第22号証:「台湾における創業・新事業創出支援体制」財団法人国際東アジア研究センター(写し)
甲第23号証:「台湾企業の技術動向調査」公益財団法人交流協会(2015年3月)(抜粋・写し)
甲第24号証:「小国の科学技術・イノベーション力:台湾の事例」JAIST年次学術大会講演要旨集、28:843-846(写し)
甲第25号証:工業技術研究院案内(写し)
甲第26号証:「2014 ANNUAL REPORT」ITRI(抜粋・写し)
甲第27号証:請求人ウェブサイト:業界合作のページ(写し)
甲第28号証:エピスター社ウェブサイト:晶電組織(写し)
甲第29号証:請求人ウェブサイト:請求人の紹介ページ(写し)
甲第30号証:「2012 LED関連市場総調査(上巻)」株式会社冨士キメラ総研、 2012年1月12日、目次、14頁(抜粋・写し)
甲第31号証:「平成21年度特許出願技術動向調査報告書 LED照明(要約版)」平成22年4月、特許庁、28?34頁(抜粋・写し)
甲第32号証:請求人ウェブサイト:光電半導体製程実験室の紹介ページ(写し)
甲第33号証:請求人ウェブサイト:LED材料及び封止特許譲渡案公告のページ(写し)
甲第34号証:請求人ウェブサイト:業界連盟のページ(写し)
甲第35号証:台湾光電半導體産業協会(TOSIA)ウェブサイト:會員名録のページ(写し)
甲第36号証:「工研院成立」から始まるウェブニュース記事(写し)
甲第37号証:「《科技》造LED」から始まるウェブニュース記事(写し)
甲第38号証:特許第4825095号公報(写し)
甲第39号証:中華民国台湾投資通信October 2007 vol.146(写し)
甲第40号証:特開平11-251640号公報

第5 被請求人の主張の概要及び証拠方法
1 請求人適格について
請求人は、台湾経済部直轄の非営利の産業技術研究開発機関であって、工業製品を製造販売等する企業ではない。
したがって、非営利の産業技術研究開発機関に過ぎない請求人が、本件特許発明及び本件特許発明に類似する発明を実施したことはなく、さらに、本件特許発明の実施を準備しているとも考えられない。
また、請求人は、本件特許発明を実施できる設備を有しておらず、本件発光装置等と同種の製品等の製造・販売・使用等の事業を行っている可能性もない。
無効審判を請求する法律上の利益が認められる企業と、請求人が、共同で研究・開発を行っていること等を示す証拠は、現時点において提出されていない。
請求人は、本件無効審判の請求人適格を欠くと考えられる。

2 無効理由1に対して
「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていること」の意味は、「コーティング樹脂中の蛍光体の含有分布を全体としてみたときに、蛍光体の含有分布がコーテイング樹脂の表面側からLEDチップ側に有意に偏っており、表面側からLEDチップ側に向かって蛍光体濃度が高くなることはあっても、有意に低くなることはない状態」というものであって、不明確なところはない。
本件原出願日当時に公知であった蛍光体の分布状態は、LEDを覆う樹脂中で均一に分散したものであるから、本件特許発明1?4の特徴である「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」と公知技術との違いは明確である。
原出願日当時、コーティング樹脂中に特定組成の蛍光体を含有させるときに、樹脂の粘度等を適宜選択することにより、樹脂中に蛍光体を均一に分散させることは、当業者に可能なばかりか極めて容易であった。

3 無効理由2に対して
(1)部分優先
部分優先の考え方によって、優先権を主張することが認められる。少なくとも、本件特許発明において、
(i)A元素としてY、Gd、Smの少なくとも1つを含み、B元素としてAl、Gaの少なくとも1つを含んでなる部分については、第1優先権出願の出願日である平成8年7月29日、
(ii)A元素としてLaを含んでなる部分については、第2優先権出願の出願日である平成8年9月17日が優先日となる(ここで、Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmを選択肢とする元素をA元素、Al、Ga及びInを選択肢とする元素をB元素とした。)。
優先権の効果として、「遡及効」類似のものとする見解、「証拠除外効」とする見解の何れを採用しても請求人の主張はなりたたない。

(2)予備的反論
甲第3号証の樹脂中の蛍光体を示す図2には、蛍光体が樹脂中で沈降している態様は示されていない。また、LEDチップを覆う樹脂中で蛍光体が必ず沈降するなどという技術常識もなかった。
甲第3号証の記載それ自体から、あるいは、本件特許の原出願日当時の技術常識に照らして甲第3号証の記載を理解しても、甲3発明が、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」態様を備えているとはいえず、本件特許発明2と甲3発明とは実質的に同一の発明であるとはいえない。
また、蛍光体の分布は樹脂中に均一に分散させようとするのが、本件特許の原出願日当時の技術常識である。本件特許発明2は、このような技術常識に反し、蛍光体の分布をLEDチップの側に偏ったものとし、もって外部からの水分による蛍光体の劣化を有効に抑制したという点にその技術的意義がある。そのような蛍光体の分布を採用する動機付けはない。
本件特許発明1乃至4は、甲3発明と同一ではなく、また、甲3発明に基づいて当業者が容易になし得たものではない。

4 証拠方法
乙第1号証:平成23年(ワ)第35168号、同第35169号事件で提出した、蛍光体の分布による作用効果を説明する報告書
乙第2号証:1996年(平成8年)9月13日付け日経産業新聞
乙第3号証:特許第4530094号(特願2009-065948)の審査段階で提出した、平成21年12月21日付け意見書
乙第4号証:平成23年(ワ)第38799号事件で甲第38号証として提出された実験報告
乙第5号証:入門エポキシ樹脂(新高分子文庫25)、室井宗一、石村秀一著、高分子刊行会、 1988年6月20日発行
乙第6号証の1:パテント2007、Vol.60、No.11、柴田和雄、井上典之著、「米国先願主義実現の鍵となるか?/「傘理論」復活への期待(上)」
乙第6号証の2:パテント2008、Vol.60、No.12、柴田和雄、井上典之著、「米国先願主義実現の鍵となるか?/「傘理論」復活への期待(中)」
乙第6号証の3:パテント2008、Vol.61、No.1、柴田和雄、井上典之著、「米国先願主義実現の鍵となるか?/「傘理論」復活への期待(下)」
乙第7号証:特許第4922193号公報
乙第8号証:平成23年(ワ)第35168号、同第35169号事件判決
乙第9号証:平成23年(ワ)第38799号事件判決
乙第10号証:平成23年(フ)第38799号事件で甲第29号証として提出された実験報告
参考資料1:平成27年(行ケ)第10163号審決取消訴訟請求事件の平成27年11月17日付け答弁書
参考資料2:平成27年(行ケ)第10163号審決取消訴訟請求事件の平成27年12月25日付け準備書面(被告その1)
参考資料3:平成27年(行ケ)第10163号審決取消訴訟請求事件の平成28年4月18日付け準備書面(被告その2)

第6 判断(請求人適格について)
1 請求人の請求人適格について、当事者間で争いがあるので、まずこの点について判断する。
(1)甲第22号証(第11頁)及び甲第25号証によれば、請求人は、台湾の「経済部直轄の研究所を前身として、1973年7月に…設立された」「研究開発機構」であると認められる。
そして、甲第22号証(第11頁)及び甲第25号証によれば、請求人は、「台湾における工業技術の発展促進、新科学技術に基づく産業の創設、産業技術水準の向上を主要な任務」としていること、及び、「科学技術の研究開発により、産業発展と経済価値を創造し、社会福祉を促進する事」を「ミッション」としていることが認められる。
してみると、請求人は、少なくとも、科学技術の研究・開発を行っている組織であると認められる。

(2)ところで、特許法123条2項にいう「利害関係人」とは、
ア 当該特許発明と同一である発明を実施している/していた者、
イ 当該特許発明を将来実施する可能性を有する者、
ウ 当該特許権に係る製品・方法と同種の製品・方法の製造・販売・使用等の事業を行っている者、
等のように直接的に利害関係を有する者だけでなく、自ら事業等を実施しない場合であっても、
エ 他の企業等と共同で研究・開発を行う者であって、かつ当該他の企業等に本件特許について無効審判を請求する法律上の利益が認められるとき(典型的には当該企業等が上記ア?ウ等に該当するとき)、
は、利害関係を有する者として扱うのが相当である。

(3)以下、上記観点から検討する。
ア 甲第25号証によれば、次の事実が認められる。
(ア)請求人は、「次世代照明などの技術を深化させ、…半導体オプトエレクトロニクス…等を開発」している。
(イ)請求人は、「チップ式交流電流LEDライト発光技術」に関して、2008年に「米R&D 100 Awards」を受賞し、「Light&Light^(TM)A19型軽量化LED電球技術」に関して、2012年に「米R&D 100 Awards」を受賞している。
(ウ)請求人は、「米国IBM、HP、コーニング、テキサスインスツルメンツ(TI)、インテル、ブロードコム、クアルコム、MIT、CMU、プリンストン大学、欧州では、フィリップス、フラウンホーファー研究機構、TNO、VTT、日本では産業技術総合研究所(AIST)、東京大学、ソニー、小森など世界各国150以上の重要機関や企業とパートナーシップを築いてい」る。

イ 甲第22号証によれば、次の事実が認められる。
(ア)請求人の「活動としては、…産業界向けサービス」があり、「産業界向けサービスには、…研究開発受託…が含まれる」(第12頁)。
(イ)請求人の「組織図上では…下にある」「開放実験室/創業育成センター…の主要な機能は…既存企業との共同研究開発プロジェクトの実施」であり、「既存企業の研究開発チームが…共同で研究開発を行うというもので」、「欧米日に本拠地を置く多国籍企業の共同研究開発センターもある」(第14頁)。

ウ 甲第23号証によれば、次の事実が認められる。
(ア)請求人は、「全面的研究開発提携とビジネスコンサルティングサービス(新技術と新製品の受託開発…等を含む)を提供し」ている(第228頁)。
(イ)請求人は、「研究プロジェクトの受託及び技術研究開発のサービス提供を中核業務としている」(第230頁)。
(ウ)請求人は、「世界中の40ヶ所近くの国際科学技術研究機構と提携して国際イノベーションプラットフォームを構築することにより、外資企業の対台投資を引き付けて国際戦略パートナーと連携」している(第235頁)。
(エ)請求人は、「プロジェクトの受託又は技術の提携サービスを業務の重心としており」、「指定開発」として、「メーカーの求めるニーズに基づく研究開発…を行う」(第235頁)。
(オ)請求人の主要技術内容として、2005年度には「超高輝度ウェハーレベルのLEDパッケージ技術」があり、2007年には「白色LED素子及び照明応用産業をメインとし、国内外製品のニーズ及び技術力に基づき、メーカーの応用面に関する重要部品及び核心技術の研究開発への協力を提供することにより、LED照明産業の技術主導性及び製品競争力の向上を図る」ことがある(第247?248頁)。

エ 甲第36号証によれば、次の事実が認められる。
請求人は、「2009年より九州大学の人間工学照明実験室との共同を始めており」、「LEDの夜間の心地よい眠りのための照明の研究」や「異なる環境における照明のアプリケーションの研究」を行う「人間工学照明実験室」を完成させ、2011年9月9日にその設立を発表した。

オ 甲第38号証によれば、請求人は、発明の名称を「発光装置」とする特許出願(特願2006-262966号。優先日:平成17年9月18日、優先権主張国:台湾。)をし、平成23年9月16日、特許第4825095号(請求項の数18。以下「請求人特許」という。)として特許権の設定登録を受けたことが認められる。甲第38号証の特許請求の範囲、発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
発光装置であって、少なくとも、
…発光体と、
前記発光体を搭載するために用いられ、前記発光体を収容するトレンチを有し、前記トレンチが、前記発光体が前記光を供給する出光面に対応し、前記トレンチが前記発光体の出光面に向ってテーパー状に縮小され、前記発光体を搭載する箇所には前記発光体の電極に電気的に接続されるリード接続部が設けられており、前記リード接続部が、電源が投入されるために、前記発光体との電気的接続箇所から外縁に延在され設けられているキャリアと、
を備え、

前記トレンチ内には、前記キャリアに対して前記光反射部および前記発光体を固定するための封入材料が充填され、
前記光反射部が、前記発光体から出射された光を前記トレンチのトレンチ壁に反射させた後、平行ビームに近似のビームを形成することにより、前記発光体から出射される光の利用率を向上させることを特徴とする発光装置。
【請求項2】
前記発光体は、少なくとも1つの発光チップと前記発光チップが搭載されるための少なくとも1つの基板とからなり、…ことを特徴とする請求項1に記載の発光装置。

【請求項5】
前記発光チップは、発光ダイオードによる発光チップであることを特徴とする請求項2または4に記載の発光装置。
…」
(イ)「【0021】
また、図8(B)に示すように、トレンチにおいて発光体の出光面に対応する箇所に光変換部616が設けられてもよく、光変換部616は、発光体60から出射される光の光波長の範囲を変更することにより、発光体60から出射される光の利用率を向上させるためのものである。この光変換部616は、前記封入材料617により固定され且つ蛍光変換材料の塗布により設けられる。」

カ 上記ア(ウ)によれば、請求人は、日本では研究所や大学、「ソニー」などの企業とパートナーシップを築いており、そして、上記イ(ア)?イ(イ)及び上記ウ(ア)?ウ(エ)によれば、上記パートナーシップを築いている研究所や大学、企業と、共同で研究・開発を行う可能性があるといえる。

キ 上記ア(ア)?ア(イ)、上記ウ(オ)、上記エ及び上記オによれば、請求人は、本件特許発明と技術分野が共通する「LEDパッケージ技術」や「LED照明の技術」に関する研究・開発を行っていることが認められる。

ク さらに、上記オのとおり、請求人は日本において「発光装置」に関する発明について特許を取得しているところ、該発光装置は、発光ダイオード、封入材料等を有しており、本件特許発明に係る製品と同種の製品に係る発明である。

ケ 上記オ、上記カによれば、請求人は、「ソニー」などの日本企業と、本件特許発明と技術分野が共通する「LEDパッケージ技術」や「発光装置」について、共同で研究・開発を行う可能性があるといえ、「ソニー」などの日本企業は、上記の研究・開発の成果を日本で実施する可能性があるといえる。したがって、請求人がパートナーシップを築いている「ソニー」などの日本企業は、本件特許について無効審判を請求する法律上の利益があるといえる。

コ また、上記オのとおり、請求人は日本において、本件特許発明に係る製品と同種の製品に係る「発光装置」に関する発明(以下「請求人特許発明」という。)について特許を取得しており、請求人特許発明を業として実施(生産、使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出)する権利を専有している。そうすると、請求人には、請求人特許発明を実施する可能性があるところ、本件特許発明が保護を受けていることにより、不利益を受ける恐れがあるといえる。してみると、請求人には、本件特許について無効審判を請求する法律上の利益があるといえる。

サ 以上によれば、請求人は、「ソニー」などの日本企業と共同で研究・開発を行う可能性があり、かつ「ソニー」などの日本企業に本件特許について無効審判を請求する法律上の利益があると認められ、また、本件特許発明と類似する請求人特許発明を実施する際、不利益を受ける恐れがあるから、利害関係を有するとして扱うのが相当である。

2 被請求人は、審判事件答弁書において、以下の主張をしている。
「尤も、請求人が、ある企業等と共同で研究・開発を行い、かつ当該企業等が本件特許について無効審判を請求する法律上の利益が認められる場合…には、請求人にも利害関係が肯定される余地がある。
しかしながら、言うまでもなく、そのような場合であったとしても、次の<1>及び<2>の双方について、証拠力が十分と認められる客観証拠が、請求人から提出されなければならない。
しかし、少なくとも現時点において、請求人からそのような証拠の提出はない。
<1> 請求人が、研究・開発を共同で行っている特定企業等の名称及び当該研究・開発の具体的内容。
<2> 当該企業等について、上記「1(2)<1>ないし<3>」記載の事情が存在すること及びその具体的内容。」(審判事件答弁書第5頁15行?第6頁4行、当審注:<1>、<2>、<3>は丸で囲った数字である。)
しかしながら、請求人が提出した証拠によって、請求人は、本件特許について無効審判を請求する法律上の利益があるといえる「ソニー」などの日本企業と共同で研究・開発を行う可能性があるから、また、本件特許発明と類似する請求人特許発明を実施する際、不利益を受ける恐れがあるから、利害関係を有し、請求人適格を有するとして扱うのが相当であることは、上記ア?クのとおりである。
したがって、被請求人の上記主張は当たらない。

3 以上によれば、請求人は、利害関係を有し、請求人適格を有するとして扱うのが相当である。

第7 判断(無効理由について)
1 無効理由1についての判断
(1)本件特許の明細書(以下「本件特許明細書」という。)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(当審注:下線は当審が付加した。以下、同様である。)。
ア 【技術分野】の記載
「【0005】
上記公報に開示された発光ダイオードは、具体的には、発光層のエネルギーバンドギャッブが大きい発光素子をリードフレームの先端に設けられたカップ上に配置し、発光素子を被覆する樹脂モールド部材中に発光素子からの光を吸収して、吸収した光と波長の異なる光を発光する(波長変換)蛍光体を含有させて構成する。

【0007】
しかしながら、従来の発光ダイオードは、蛍光体の劣化によって色調がずれたり、あるいは蛍光体が黒ずみ光の外部取り出し効率が低下する場合があるという問題点があった。ここで、黒ずむというのは、例えば、(Cd,Zn)S蛍光体等の無機系の蛍光体を用いた場合には、この蛍光体を構成する金属元素の一部が析出したり変質したりして着色することであり、また、有機系の蛍光体材料を用いた場合には、2重結合が切れる等により着色することをいう。特に、発光素子である高エネルギーバンドギャッブを有する半導体を用い、蛍光体の変換効率を向上させた場合(すなわち、半導体によって発光される光のエネルギーが高くなり、蛍光体が吸収することができるしきい値以上の光が増加し、より多くの光が吸収されるようになる。)、又は蛍光体の使用量を減らした場合(すなわち、相対的に蛍光体に照射されるエネルギー量が多くなる。)等においては、蛍光体が吸収する光のエネルギーが必然的に高くなるので、蛍光体の劣化が著しい。また、発光素子の発光強度を更に高め長期にわたって使用すると、蛍光体の劣化がさらに激しくなる。
【0008】
また、発光素子の近傍に設けられた蛍光体は、発光素子の温度上昇や外部環境(例えば、屋外で使用された場合の太陽光によるもの等)によって高温にもさらされ、この熱によって劣化する場合がある。
【0009】
さらに、蛍光体によっては、外部から侵入する水分や、製造時に内部に含まれた水分と、上記光及び熱とによって、劣化が促進されるものもある。
またさらに、イオン性の有機染料を使用すると、チップ近傍では直流電界により電気泳動を起こし、色調が変化する場合がある。」

イ 【課題を解決するための手段】の記載
「【0011】
本発明者らは、この目的を達成するために、発光素子と蛍光体とを備えた発光装置において、
(1)発光素子としては、高輝度の発光が可能で、かつその発光特性が長期間の使用に対して安定していること、
(2)蛍光体としては、上述の高輝度の発光素子に近接して設けられて、該発光素子からの強い光にさらされて長期間使用した場合においても、特性変化の少ない耐光性及び耐熱性等に優れていること(特に発光素子周辺に近接して配置される蛍光体は、我々の検討によると太陽光に比較して約30倍?40倍に及ぶ強度を有する光にさらされるので、発光素子として高輝度のものを使用すれば使用する程、蛍光体に要求される耐光性は厳しくなる)、
(3)発光素子と蛍光体との関係としては、蛍光体が発光素子からのスペクトル幅をもった単色性ピーク波長の光を効率よく吸収すると共に効率よく異なる発光波長が発光可能であること、が必要であると考え、鋭意検討した結果、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本件第1発明に係る発光ダイオードは、窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり、前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていることを特徴とする。また、本件第2発明に係る発光ダイオードは、凹部内に配置された窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、前記凹部に充填されて前記LEDチップを覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり、前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていることを特徴とする。
【0013】
ここで、窒化物系化合物半導体(一般式In_(i)Ga_(j)Al_(k)N、ただし、0≦i,0≦j,0≦k,i+j+k=1)としては、InGaNや各種不純物がドープされたGaNを始め、種々のものが含まれる。
【0014】
また、前記フォトルミネセンス蛍光体としては、Y_(3)Al_(5)O_(12):Ce、Gd_(3)In_(5)O_(12):Ceを始め、上述のように定義される種々のものが含まれる。
この本願発明の発光装置は、高輝度の発光が可能な窒化物系化合物半導体からなる発光素子を用いているので、高輝度の発光をさせることができる。また、該発光装置において、使用している前記フォトルミネッセンス蛍光体は、長時間、強い光にさらされても蛍光特性の変化が少ない極めて耐光性に優れている。これによって、長時間の使用に対して特性劣化を少なくでき、発光素子からの強い光のみならず、野外使用時等における外来光(紫外線を含む太陽光等)による劣化も少なくでき、色ずれや輝度低下が極めて少ない発光装置を提供できる。また、この本願発明の発光装置は、使用している前記フォトルミネッセンス蛍光体が、短残光であるため、例えば、120nsecという比較的速い応答速度が要求される用途にも使用することができる。
【0015】
本発明の発光ダイオードにおいては、前記フォトルミネセンス蛍光体が、YとAlを含むイットリウム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体を含むことが好ましく、これによって、発光装置の輝度を高くできる。
【0016】
本発明の発光装置においては、前記フォトルミネセンス蛍光体として、一般式(Re_(1-r)Sm_(r))_(3)(Al_(1-s)Ga_(s))_(5)O_(12):Ceで表される蛍光体を用いることができ(ただし、0≦r<1、0≦s≦1、Reは、Y、Gdから選択される少なくとも一種である。)、イットリウム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体用いた場合と同様の優れた特性が得られる。
【0017】
また、本発明の発光装置では、発光特性(発光波長や発光強度等)の温度依存性を小さくするために、前記フォトルミネセンス蛍光体として、一般式(Y_(1-p-q-r)Gd_(p)Ce_(q)Sm_(r))_(3)(Al_(1-s)Ga_(s))_(5)O_(12)で表される蛍光体(ただし、0≦p≦0.8、0.003≦q≦0.2、0.0003≦r≦0.08、0≦s≦1)を用いることが好ましい。
…」

ウ 【発明を実施するための最良の形態】の記載
「【0047】
このフォトルミネセンス蛍光体の含有分布は、混色性や耐久性にも影響する。
例えば、フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は、外部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき、水分による劣化を防止することができる。他方、フォトルミネセンス蛍光体を、発光素子からモールド部材等の表面側に向かって分布濃度が高くなるように分布させると、外部環境からの水分の影響を受けやすいが発光素子からの発熱、照射強度などの影響をより少なくでき、フォトルミネセンス蛍光体の劣化を抑制することができる。このような、フォトルミネセンス蛍光体の分布は、フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材、形成温度、粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状、粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現することができ、発光ダイオードの使用条件などを考慮して分布状態が設定される。」

エ 【実施例】(実施例1)の記載
「【0105】
以上のようにして作製した(Y_(0.8)Gd_(0.2))_(3)Al_(5)O_(12):Ce蛍光体80重量部とエポキシ樹脂100重量部とをよく混合してスラリーとし、このスラリーを発光素子が載置されたマウント・リードのカップ内に注入した後、130℃の温度で1時間で硬化させた。こうして発光素子上に厚さ120μmのフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部を形成した。なお、本実施例1では、コーティング部においては、発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体が徐々に多く分布するように構成した。」

オ 【実施例】(実施例10)の記載
「【0128】
以上のようにして作製された第1の蛍光体及び第2の蛍光体それぞれ40重量部を、エポキシ樹脂100重量部に混合してスラリーとし、このスラリーを発光素子が配置されたマウント・リード上のカップ内に注入した。注入後、注入されたフォトルミネセンス蛍光体を含有する樹脂を130℃1時間で硬化させた。こうして発光素子上に厚さ120μのフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部材を形成した。なお、このコーティング部材は、発光素子に近いほどフォトルミネセンス蛍光体の量が徐々に多くなるように形成した。その後、さらに発光素子やフォトルミネセンス蛍光体を外部応力、水分及び塵芥などから保護する目的でモールド部材として透光性エポキシ樹脂を形成した。モールド部材は、砲弾型の型枠の中にフォトルミネセンス蛍光体のコーティング部が形成されたリードフレームを挿入し透光性エポシキ樹脂を混入後、150℃5時間にて硬化させて形成した。このようにして作製された実施例10の発光ダイオードは、発光観測正面から視認するとフォトルミネセンス蛍光体のボディーカラーにより中央部が黄色っぽく着色されていた。」

(2)上記(1)アの記載によれば、従来の発光ダイオードは、発光素子を被覆する樹脂モールド部材中に、(Cd,Zn)S蛍光体等の無機系の蛍光体、有機系の蛍光体材料、あるいはイオン性の有機染料を含有させていたところ、蛍光体の劣化によって色調がずれたり、あるいは蛍光体が黒ずみ光の外部取り出し効率が低下する問題があること、蛍光体によっては、外部から侵入する水分や、製造時に内部に含まれた水分と、光及び熱とによって、劣化が促進されるものもあること、直流電界により電気泳動を起こし、色調が変化する場合があることが理解できる。
そして、上記(1)イの記載によれば、長期間使用した場合においても、発光効率の低下や色ずれを少なくするには、特性変化の少ない耐光性及び耐熱性等に優れている蛍光体が必要であること、本発明は、そのような蛍光体として、「Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」を用いたことが理解できる。
さらに、上記(1)ウには、発明を実施するための最良の形態として、
コーティング部やモールド部材の表面側から発光素子に向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度を高くした場合は、外部環境からの水分などの影響をより受けにくくでき、水分による劣化を防止することができること、
発光素子からモールド部材等の表面側に向かって分布濃度が高くなるように分布させると、外部環境からの水分の影響を受けやすいが発光素子からの発熱、照射強度などの影響をより少なくでき、フォトルミネセンス蛍光体の劣化を抑制することができること、
フォトルミネセンス蛍光体の分布は、フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材、形成温度、粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状、粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現できること、
が開示されている。

(3)そこで検討すると、蛍光体の劣化を促進させる原因の一つである「外部から侵入する水分」は、コーティング樹脂の表面からコーティング樹脂の内部に侵入し、発光素子側に拡がっていくものと解されから、コーティング樹脂の表面近傍には侵入する水分が多く、発光素子側には外部から侵入する水分が少ないものと解される。そうすると、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」との発明特定事項は、「外部から侵入する水分」が多いコーティング樹脂の表面側は蛍光体の濃度を低くし、「外部から侵入する水分」が表面近傍に比べて少ない発光素子近傍は蛍光体の濃度を高くすることにより、外部から侵入した水分による影響を蛍光体が受けにくくし、水分による劣化を防止する技術的意義を有するものであり、コーティング樹脂の表面側の蛍光体の濃度とLEDチップ側の濃度は、外部から侵入した水分の劣化を防止していると言える程度に、コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっていることを意味するものと解される。そして、上記発明特定事項をこのように解釈することは、以下のとおり、技術的にも妥当する。
乙第1号証は、LEDパッケージ中の蛍光体において、封止樹脂中の蛍光体の分布状態の違いで蛍光体の劣化の程度に違いがあるか確認する実験の報告書である。当該実験は、封止樹脂中の蛍光体の分布状態の違ったサンプルとして、封止樹脂100wt%に対し、チクソ材(シリカ)を0wt%(無添加)としたロットA、5wt%としたロットB、10wt%としたロットCの3つのサンプルを作成し、85℃85%RHの試験層へ投入し、302時間に亘る保管試験を行い、光束と色度の測定を行ったものである。ここで、ロットAは、蛍光体の沈降が最も大きいと解され、発光素子側の蛍光体が最も多く、表面側の蛍光体が最も少なくなっているサンプルと解される。また、ロットCは、蛍光体の沈降が最も小さいと解され、発光素子側の蛍光体が最も少なく、表面側の蛍光体が最も多くなっているサンプルと解される。そして、ロットBは、ロットAとCの中間の蛍光体分布を有するものと解される。経過時間に対する光束変化は以下のとおりである。(当審注:302時間経過後の光束変化が99.5%がロットA、95.4%がロットB、90.7%がロットCである。)

上記実験結果によれば、経過時間に対する光束の低下は、ロットAでは殆ど低下していないのに対し、ロットCでは大きく低下していることが理解できる。そうすると、本件特許発明の「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」との発明特定事項は、「外部から侵入する水分」が多いコーティング樹脂の表面側は蛍光体の濃度を低くし、「外部から侵入する水分」が表面近傍に比べて少ない発光素子近傍は蛍光体の濃度を高くすることにより、外部から侵入した水分による影響を蛍光体が受けにくくし、水分による劣化を防止する蛍光体の濃度分布、例えばロットAのような蛍光体の濃度分布を意味し、ロットCのような蛍光体の濃度分布を意味するものではない。
してみると、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」との発明特定事項は明確であり、前記発明特定事項を備える本件特許発明1?4は明確である。

(4)上記(1)エ【実施例】(実施例1)の記載、上記(1)オ【実施例】(実施例10)の記載によれば、ガーネット系蛍光体を含有するコーティング樹脂は、蛍光体とエポキシ樹脂をよく混合してスラリーとし、カップに注入した後、熱硬化することにより形成している。そして、上記(1)ウ【発明を実施するための最良の形態】の記載によれば、「フォトルミネセンス蛍光体の分布は、フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材、形成温度、粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状、粒度分布などを調整することによって種々の分布を実現することができ」ると説明されている。
一般に、蛍光体は樹脂より比重が大きいから、樹脂と混合したスラリー中の蛍光体は、樹脂が硬化するまでの間に程度の差はあるものの沈降すると解され、樹脂中の蛍光体の濃度分布は、蛍光体が沈降する速度とスラリーが熱硬化するまでの時間で決まるものと解される。ここで、上記「フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材、形成温度、粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状、粒度分布など」のパラメータを調整することは、蛍光体が沈降する速度やスラリーが熱硬化するまでの時間を調整するものであるから、上記パラメータを調整することにより種々の濃度分布、例えば、外部から侵入した水分の劣化を防止していると言える程度に、コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている濃度分布や、そのようには言えない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布を実現できるであろうことは、当業者が容易に理解しうるものである。
してみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」コーティング樹脂を、実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。よって、本件特許明細書は、当業者が本件特許発明1?4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(5)請求人は、樹脂中における蛍光物質の沈降(沈殿)を回避することは困難であることは技術常識であるから、本件特許発明の発明特定事項である「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていること」は、前記技術常識とどのように相違するのか不明である旨主張するので、以下、検討する。
上記(3)で検討したとおり、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」との発明特定事項は、コーティング樹脂の表面側の蛍光体の濃度とLEDチップ側の濃度は、外部から侵入した水分の劣化を防止していると言える程度に、コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっていることを意味するものと解される。そうすると、蛍光体の濃度が、外部から侵入した水分の劣化を防止していると言える程度に、コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっている点で、技術常識のものと相違するから、請求人の上記主張は採用できない。

(6)また、請求人は、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっていること」との発明特定事項は、どのように実現しうるのか不明である旨主張する。
しかしながら、上記(4)で検討したとおり、本件特許の発明の詳細な説明の記載は当業者が発明の実施をすることができる程度に記載したものであるから、請求人の上記主張は採用できない。

(7)さらに、請求人は、モールド樹脂により「水分から保護」されている「コーティング樹脂」中のフォトルミネセンス蛍光体を更に「水分から保護」し得るコーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度分布とは如何なるものであるのか不明である旨主張する。
しかしながら、一般に、樹脂は透湿性を有するから、モールド樹脂がコーティング樹脂を水分からある程度保護するとしても、水分から完全に保護するものではない。そうすると、コーティング樹脂の上に、モールド樹脂が形成された発光ダイオードにであっても、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」との発明特定事項が「外部から侵入した水分による影響を蛍光体が受けにくくし、水分による劣化を防止する技術的意義」を有することに変わるところはない。したがって、請求人の上記主張は採用できない。

(8)無効理由1のまとめ
以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明、及び特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第4項第1号、同条第6項第2号に規定する要件を満たしている。したがって、無効理由1は理由が無い。

2 無効理由2についての判断
(1)優先権の効果について
請求人は、Lu若しくはScを含むCeで付活されたガーネット系蛍光体は、第1乃至第5優先権出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、それぞれ「第1優先権出願当初明細書等」などという。)の何れにも記載されていないから、本件特許発明は、何れの優先権の利益も享受し得ない旨主張するので、以下、優先権の効果について検討する。

ア 第1優先権出願当初明細書等には、以下の記載がある。
(ア)【特許請求の範囲】の記載
「【請求項1】
発光層が窒化ガリウム系化合物半導体であるLEDチップと、該LEDチップからの発光の少なくとも一部を吸収し波長変換して発光するフォトルミネセンス蛍光体と、を有する発光ダイオードであって、
前記LEDチップの発光スペクトルのピークが400nmから530nmの発光波長を有すると共に、前記フォトルミネセンス蛍光体がRE_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceであることを特徴とする発光ダイオード。
但し、REは、Y、Gd、Smから選択される少なくとも一種である。
【請求項2】
マウント・リードのカップ内に配置させたLEDチップと、該LEDチップと導電性ワイヤーを用いて電気的に接続させたインナー・リードと、前記カップ内に充填させたコーティング部材と、該コーティング部材、LEDチップ、導電性ワイヤー及びマウント・リードとインナー・リードの少なくとも一部を被覆するモールド部材と、を有する発光ダイオードであって、
前記LEDチップが窒化ガリウム系化合物半導体であり、且つ前記コーティング部材がRE_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceフォトルミネセンス蛍光体を有する透光性樹脂であることを特徴とする発光ダイオード。
但し、REは、Y,Gd,Smから選択される少なくとも一種である。」

(イ)【発明の実施の態様】についての記載
「【0017】
…LEDチップ202からの発光と、その発光によって励起されたフォトルミネセンス蛍光体からの発光光との混色により白色系などが発光可能な発光ダイオードとすることができる。…」

(ウ)【発明の実施の態様】の(蛍光体)についての記載
「【0018】
(蛍光体)
本願発明に用いられるフォトルミネセンス蛍光体としては、半導体発光層から発光された可視光及び紫外線で励起されて発光するフォトルミネセンス蛍光体をいう。具体的なフォトルミネセンス蛍光体としては、RE_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ce(但し、REは、Y,Gd,Smから選択される少なくとも一種)である。窒化ガリウム系化合物半導体を用いたLEDチップから発光した光と、ボディーカラーが黄色でありフォトルミネセンス蛍光体から発光する光が補色関係などにある場合、LEDチップからの発光と、フォトルミネセンス蛍光体からの発光と、を混色表示させると白色系の発光色表示を行うことができる。そのため発光ダイオード外部には、LEDチップからの発光とフォトルミネセンス蛍光体からの発光とがモールド部材を透過する必要がある。したがって、フォトルミネセンス蛍光体のバルク層内などにLEDチップを閉じこめ、フォトルミネセンス蛍光体層にLEDチップからの光が透過する開口部を1乃至2以上有する構成の発光ダイオードとしても良い。また、フォトルミネセンス蛍光体の粉体を樹脂や硝子中に含有させLEDチップからの光が透過する程度に薄く形成させても良い。フォトルミネセンス蛍光体と樹脂などとの比率や塗布、充填量を種々調整すること及び発光素子の発光波長を選択することにより白色を含め電球色など任意の色調を提供させることができる。
【0019】
さらに、フォトルミネセンス蛍光体の含有分布は、混色性や耐久性にも影響する。すなわち、フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部やモールド部材の表面側からLEDチップに向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度が高い場合は、外部環境からの水分などの影響をより受けにくく水分による劣化を抑制しやすい。…

【0021】
本願発明に用いられるフォトルミネセンス蛍光体は、ガーネット構造のため、熱、光及び水分に強く、励起スペクトルのピークが450nm付近にさせることができる。…」

(エ)【発明の実施の態様】の(LED)についての記載
「【0029】
(LEDチップ102、202、702)
本願発明に用いられるLEDチップとは、RE_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ce蛍光体を効率良く励起できる窒化物系化合物半導体が挙げられる。発光素子であるLEDチップは、MOCVD法等により基板上にInGaN等の半導体を発光層として形成させる。…

【0032】
本願発明の発光ダイオードにおいて白色系を発光させる場合は、フォトルミネセンス蛍光体との補色等を考慮して発光素子の発光波長は400nm以上530nm以下が好ましく、420nm以上490nm以下がより好ましい。LEDチップとフォトルミネセンス蛍光体との効率をそれぞれより向上させるためには、450nm以上475nm以下がさらに好ましい。本願発明の白色系発光ダイオードの発光スペクトルを図3に示す。450nm付近にピークを持つ発光がLEDチップからの発光であり、570nm付近にピークを持つ発光がLEDチップによって励起されたフォトルミネセンスの発光である。」

(オ)【発明の実施の態様】の(コーティング部)についての記載
「【0038】
(コーティング部101)
本願発明に用いられるコーティング部101とは、モールド部材104とは別にマウント。リードのカップに設けられるものでありLEDチップの発光を変換するフォトルミネセンス蛍光体が含有されるものである。コーティング部の具体的材料としては、エポキシ樹脂、ユリア樹脂、シリコーンなどの耐候性に優れた透明樹脂や硝子などが好適に用いられる。また、フォトルミネセンス蛍光体と共に拡散剤を含有させても良い。具体的な拡散剤としては、チタン酸バリウム、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化珪素等が好適に用いられる。」

(カ)【発明の実施の態様】の(モールド部材)についての記載
「【0039】
(モールド部材104)
モールド部材104は、発光ダイオードの使用用途に応じてLEDチップ102、導電性ワイヤー103、フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部101などを外部から保護するために設けることができる。モールド部材は、一般には樹脂を用いて形成させることができる。また、フォトルミネセンス蛍光体を含有させることによって視野角を増やすことができるが、樹脂モールドに拡散剤を含有させることによってLEDチップ102からの指向性を緩和させ視野角をさらに増やすことができる。」

(キ)発光ダイオードの模式的断面図である図1、他の発光ダイオードの模式的断面図である図2は、以下のものである。
【図1】 【図2】

イ 第2優先権出願当初明細書等には以下の記載がある。
(ア)【発明の実施の態様】についての記載
「【0014】
【発明の実施の態様】
本願発明者は、種々の実験の結果、可視光域における光エネルギーが比較的高いLEDチップからの発光光をフォトルミネセンス蛍光体によって緑系色及び赤系色に色変換させる発光装置において、特定の半導体及び蛍光体を選択することにより高輝度、長時間の使用時における光効率低下や色ずれを防止できることを見出し本願発明を成すに至った。
【0015】
即ち、発光ダイオードに用いられるフォトルミネセンス蛍光体としては、
1.耐光性に優れていることが要求される。特に、様々な高エネルギー光が照射される直射日光などから長時間耐える必要がある。また、発光ダイオードとして使用する場合は半導体発光素子などの微小領域から強放射されるために(Ee)=3W・cm^(-2)以上にも及ぶ強照射強度にも耐える必要がある。2.発光素子との混色を利用するため紫外線ではなく青色系発光で効率よく発光すること。3.混色を考慮して緑色系及び赤色系の光が高輝度に発光可能なこと。4.外部環境下や発光素子近傍に配置されるため温度特性が良好であること。5.色調が組成比或いは緑色系及び赤色系の蛍光体の混合比で連続的に変えられること。6.発光装置の利用環境に応じて耐候性があることなどの特徴を有することが求められる。
【0016】
これらの条件を満たすものとして本願発明は、発光素子として発光層に高エネルギーバンドギャップを有する窒化ガリウム系化合物半導体素子を、フォトルミネセンス蛍光体としてY_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ce蛍光体及びRE_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ce蛍光体(但し、REは、Y,Gd,Laから選択される少なくとも一種である。)を用いる。これにより発光素子から放出された可視光域における高エネルギー光を長時間近傍で高輝度に照射した場合や外部環境の使用下においても発光色の色ずれや発光輝度の低下が極めて少ない高輝度にRGBの発光成分を有する発光装置とすることができるものである。

【0019】このような、フォトルミネセンス蛍光体の分布は、フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材、形成温度、粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状、粒度分布などを調整させることによって種々形成させることができる。したがって、使用条件などにより蛍光体の分布濃度を、種々選択することができる。」

(イ)【発明の実施の態様】のLEDチップについての記載
「【0024】…発光素子であるLEDチップは、MOCVD法等により基板上にInGaN等の半導体を発光層として形成させる。…

【0027】本願発明の発光ダイオードにおいて白色系を発光させる場合は、フォトルミネセンス蛍光体との混色等を考慮して発光素子の主発光波長は400nm以上530nm以下内にあることが好ましく、420nm以上490nm以下内にあることがより好ましい。LEDチップとフォトルミネセンス蛍光体との効率をそれぞれより向上させるためには、450nm以上475nm以下内にあることがさらに好ましい。」

(ウ)【発明の実施の態様】のコーティング部材についての記載
「【0037】(コーティング部材301)本願発明に用いられるコーティング部材301とは、モールド部材304とは別にマウント・リード305のカップに設けられるものでありLEDチップ302の発光を変換するフォトルミネセンス蛍光体が含有されるものである。コーティング部の具体的材料としては、エポキシ樹脂、ユリア樹脂、シリコーンやアクリル樹脂などの耐候性に優れた透明樹脂や硝子などが好適に用いられる。また、フォトルミネセンス蛍光体と共に拡散剤を含有させても良い。…」

(エ)【発明の実施の形態】のモールド部材についての記載
【0038】(モールド部材101、210、304)モールド部材は、発光装置の使用用途に応じてLEDチップ、導電性ワイヤー、フォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング部材などを外部から保護するために設けることができる。モールド部材は、樹脂や硝子を用いて形成させることができる。モールド部材中にフォトルミネセンス蛍光体を含有させることによって視野角を増やすことができる。また、拡散剤を加えることによってLEDチップからの指向性を緩和させ視野角をさらに増やすこともできる。

ウ Lu、Sc、Inのうち少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体は、第1優先権出願当初明細書?第5優先権出願当初明細書等のいずれにも記載されていない。

エ 本件特許発明1の優先権の効果
(ア)上記アによれば、第1優先権出願当初明細書等には、以下のa?eを備える発光ダイオードが記載されている。
a 窒化ガリウム系化合物半導体であるLEDチップ。
b 透明樹脂などが好適に用いられ、LEDチップの発光を変換するフォトルミネセンス蛍光体が含有されるコーティング部。
c RE_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceであるフォトルミネセンス蛍光体。但し、REは、Y、Gd、Smから選択される少なくとも一種。
d InGaN等の半導体を発光層として形成し、発光素子の発光波長は420nm以上490nm以下がより好ましい発光素子であるLEDチップ。
e コーティング部の表面側からLEDチップに向かってフォトルミネセンス蛍光体の分布濃度が高いコーティング部(外部環境からの水分などの影響をより受けにくく水分による劣化を抑制しやすい。)。
そうすると、本件特許発明のうち、
「窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、
前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、Y、Gd、Smからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、
前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップであり、
前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている発光ダイオード。」
については、第1優先権出願当初明細書等に記載されているといえる。

(イ)また、上記イによれば、Y、Gd、Laからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体を用いることが、第2優先権出願当初明細書等に記載されているといえる。

(ウ)してみると、本件特許発明1のうち、
a 「Y、Gd、Smからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」を備える発明は、第1優先権出願当初明細書等に記載された発明であるから、その優先日は第1優先日の平成8年7月29日、
b ガーネット系蛍光体として、「Y、La、Gdからなる群から選ばれた少なくともLaを含む元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」を備える発明は第2優先権出願当初明細書等に記載された発明であるから、その優先日は第2優先日の平成8年9月17日(但し、上記aにも該当する発明の優先日は、第1優先日である。)、
c Lu、Sc、Inのうち少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体を備える発明は、第1?第5優先権出願当初明細書等に記載されていないから、優先権の利益を享受しない。

オ 本件特許発明2?4の優先権の効果
上記ア(キ)によれば、凹部内に配置されたLEDチップが看て取れる。また、上記ア(ア)によれば、コーティング部材を被覆するモールド部材が、上記ア(カ)によれば、樹脂モールドに含有された拡散剤が記載されている。
してみると、本件特許発明2?4で更に特定する事項は、何れも第1優先権出願の当初明細書等に記載されている。また、前記事項は第2優先権出願の当初明細書等にも記載されている。よって、本件特許発明2?4の優先権の効果は、本件特許発明1の優先権の効果と同一である。

(2)引用発明
ア 甲第3号証は、第264回蛍光体同学会講演予稿(平成8年11月29日、於:東京大学生産技術研究所)であり、国立国会図書館に平成8年12月18日に受け入れられた刊行物であると認められる。

イ 甲第3号証には、図面とともに以下の記載がある。
(ア)「3.白色LEDの製法
今回開発した白色LEDの製作プロセスを図1に示す。LEDチップとしては、InGaN系の青色SQW-LEDを用いた。また蛍光体は、Y_(2)O_(3)、Al_(2)O_(3)、Gd_(2)O_(3)、Ga_(3)O_(3)、CeO_(2)の原料粉末を所定量ずつ混合したものを、1400℃ 程度の高温で焼成し、乾燥、分級などの処理をして合成した。ランプの組立の際、リードフレームのカップ底面にマウントしたLEDチップに対し、蛍光体を表面に薄くコーティングした。さらにチップを外部環境から保護するために集光レンズを兼ねたエポキシ樹脂で周囲を封止した。」

(イ)「4. 基本特性の評価
4.1 白色LEDの構造
図2に今回作成した白色LEDの構造図を示す。 基本的な構造についてはInGaNを使った青色LEDランプ^(9))と同じであるが、蛍光体をLEDチップ表面に薄く塗布している点が大きく異なっている。
LEDから放出された光は、蛍光体層の中に入射して層内で何回かの吸収と散乱を繰り返した後、外部へ取り出される。 LEDの発光は、図3に示されるような465nmをピークとする青色光であり半値幅30nmの非常に鋭いスペクトルをもっている。 この青色光の一部は散乱を繰り返す内に蛍光体に吸収され、蛍光体から淡黄緑色の蛍光(fluorescence)が発せられる。 放出された蛍光もやはり蛍光体層の中で吸収と散乱を受けながら外部へ取り出される。 結局最終的に外部へ取り出される光は、LEDの青色光と淡黄緑色の蛍光を足し合わせた図4のようなスペクトルになる。 スペクトルを見てわかるように、蛍光体から放出される光は約550nmをピークとする非常に幅広いスペクトルを示し、青?緑?赤の各成分をバランスよく含んだものとなっている。」

(ウ)「4.2 蛍光体の評価
今回白色LEDに使用した蛍光体は(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceの組成式で表され、P46蛍光体Y_(3)Al_(5)O_(12):Ceと類縁関係にあたる。P46はフライングスポットスキャナなど特殊用途に使用されている長寿命・短残光の蛍光体である。^(10)11)) 母体材料は、一般にYAG(ヤグ)として知られるY_(3)Al_(5)O_(12)(イットリウムアルミニウムガーネット)のYサイト、Alサイトの一部をGd、Gaでそれぞれ置換したもので、ガーネット構造の非常に安定な酸化物である。 図5にこの蛍光体の粉末X線回折図を示す。
表2は今回実験に使用した蛍光体の一覧である。 輝度や効率については、置換量=0のY_(3)Al_(5)O_(12):Ceの値を100として規格化した。 表2の<1>?<6>に対応する蛍光体について、青色LEDの発光波長に相当する460nmの光で励起した時の発光スペクトルを図6に示す。 図から、Y_(3)Al_(5)O_(12)のAlをGaで置換すると短波長側へ(<2>、<3>)、YをGdで置換すると長波長側へ(<4>、<5>、<6>)へ、置換量に応じて連続的に発光波長が移動することがわかる。 図7は<1>?<6>の蛍光体の励起スペクトルである。 254nmや366nmなどのHg輝線ではほとんど励起されず、460nmの青色光による励起効率が最も高い。 すなわち青色LEDと組み合わせて白色光を作るうえで非常に都合のよい特性をもっていることがわかる。 GaやGdの置換量の変化にともなう励起ピーク波長の移動は、発光波長の場合と同様な傾向を示すことがこの図から見てとれる。」(当審注:「<2>」は、丸で囲った数字の2である。「<3>」等も同様である。以下同様。)

(エ)「4.3 白色LEDの評価
表2の<1>?<7>に対応する蛍光体とピーク波長465nmの青色LEDを組み合わせてできる白色LEDの色再現範囲を図8に示す。 白色LEDの発光色は、青色LED起源の色度点と蛍光体起源の色度点を結ぶ直線上に位置するので、<1>?<7>の蛍光体を使用することで色度図中央の広範な白色領域をすべてカバーすることができる。 図9は、LEDチップ上に塗布する蛍光体のコーティング量を変えてLEDの発光色変化を調べたものである。 予想された通りコーティング分散量を増やすと蛍光体の発光色へ、逆に減らすと青色LEDの発光色へと近づいていった。
白色LEDの電気光学特性については、光度3cd、発光出力2mW、効率5.01m/Wで、色調は(x,y)=(0.29,0.30)の純白色、色温度8000K、平均演色評価数Ra=85であった(半値角15°の配光特性のランプにおいて、順電流20mA、周囲温度25℃の場合の測定値)。また短残光の蛍光体を用いているため応答速度は120nsecと速かった。
LEDの明るさや見え方は流す電流値やカバーしているレンズの形状によって変えることができる。 図10は白色LEDの電流-相対光度特性を示すもので、電流の増加にしたがって光度も比例的に増えていくことがわかる。 図11はランプのレンズ形状を変えて配光特性を調べたもので、広い角度まで光を散らして視野角を広げたり、光を集光してビーム状にすることができることが確認できた。」

(オ)図1、図2は、以下のとおりである。



引用発明の認定
(ア)上記イ(ア)によれば、
「リードフレームのカップ底面にLEDチップをマウントし、
LEDチップに対し、蛍光体を表面に薄くコーティングし、
チップを外部環境から保護するために集光レンズを兼ねたエポキシ樹脂で周囲を封止した白色LEDであって、
前記LEDチップは、InGaN系の青色SQW-LEDである、
白色LED。」
が開示されている。
(イ)図1の白色LEDの製作プロセスによれば、YAG蛍光体を樹脂に分散し、蛍光体コーティングすることが理解できる。そうすると、上記(ア)の「LEDチップに対し、蛍光体を表面に薄くコーティング」することは、蛍光体を樹脂に分散し、LEDチップの表面に薄くコーティングすることである。
(ウ)上記イ(イ)の記載によれば、LEDの発光は、465nmをピークとする青色光であり、この青色光の一部は散乱を繰り返す内に蛍光体に吸収され、蛍光体から淡黄緑色の蛍光が発せられ、LEDの青色光と淡黄緑色の蛍光を足し合わせた光が外部へ取り出される。
(エ)以上によれば、甲第3号証には、
「リードフレームのカップ底面にLEDチップをマウントし、
蛍光体を樹脂に分散し、LEDチップの表面に薄くコーティングし、
チップを外部環境から保護するために集光レンズを兼ねたエポキシ樹脂で周囲を封止した白色LEDであって、
前記LEDチップは、InGaN系の青色SQW-LEDであり、
蛍光体は、(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceの組成式で表され、
前記LEDの発光は、465nmをピークとする青色光であり、この青色光の一部は散乱を繰り返す内に蛍光体に吸収され、蛍光体から淡黄緑色の蛍光が発せられ、LEDの青色光と淡黄緑色の蛍光を足し合わせた光が外部へ取り出される、
白色LED。」(以下「引用発明」という。)
が記載されている。

(3)特許法第29条の刊行物該当性
ア 本件特許発明2?4の優先権の効果は、上記(1)オで検討したとおり、本件特許発明1の優先権の効果と同一である。そこで、本件特許発明1?4をまとめて、本件特許発明として検討する。

イ 請求人は、「甲第3号証に開示の『(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceの組成式で表されるCeで付活されたガーネット系蛍光体』は、『Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体』である」とし、本件特許発明2は、「コーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度が、コーティング樹脂の表面側からLEDチッフ側に向かって高くなっている」のに対し、甲3発明はそのようなものか否かが不明である点で相違する(上記「第4 2ウ」参照。)旨主張する。なお、請求人は、「(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceの組成式で表されるCeで付活されたガーネット系蛍光体」以外の蛍光体(例えば、Lu、Sc、Inの少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体)を備える発明について、甲第3号証に開示されている旨の主張、あるいは、甲3発明に基づいて容易に発明をすることができた旨の主張はしていない。
請求人の上記主張は、本件特許発明のうち、「Y、Gdからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」を備える発明が甲第3号証に開示されている旨の主張と解される。

ウ そうすると、「Y、Gdからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」を備える発明の優先日は、上記(1)エ(ウ)によれば、第1優先日の平成8年7月29日である。したがって、第1優先日後の平成8年12月18日に頒布された刊行物である甲第3号証は、特許法第29条にいう刊行物には該当しない。
よって、無効理由2は、理由がない。

(4)予備的判断
上記のとおり、請求人が主張する甲第3号証に基づく無効理由2は理由がないが、念のため、甲第3号証に基づく新規性進歩性欠如の無効理由を、以下に検討しておく。

ア 対比(本件特許発明1について)
本件特許発明1と引用発明を対比する。
引用発明の「InGaN系の青色SQW-LED」が本件特許発明1の「その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で」ある「LEDチップ」に相当し、以下同様に、「LEDチップの表面に薄くコーティングし」た「樹脂」が「該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂」に、「465nmをピークとする」ことが「420?490nmの範囲にピーク波長を有する」ことに、それぞれ相当する。そして、引用発明の「(Y,Gd)_(3)(Al,Ga)_(5)O_(12):Ceの組成式で表され」る蛍光体と、本件特許発明1の「Y、Lu、Sc、La、Gd及びSmからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Ga及びInからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」は、「Y、及びGdからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、及びGaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」の点で一致する。
してみると、本件特許発明1と引用発明は、
「窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂とを有する発光ダイオードであって、
前記コーティング樹脂には、該LEDチップからの第1の光の少なくとも一部を吸収し、波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の光を発光する、Y、及びGdからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、及びGaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体が含有されており、
前記LEDチップは、その発光層がInを含む窒化ガリウム系半導体で、420?490nmの範囲にピーク波長を有するLEDチップである、
発光ダイオード。」
の点で一致し、請求人が主張するとおり、以下の点で相違する。
相違点:本件特許発明1は、「前記コーティング樹脂中の前記ガーネット系蛍光体の濃度が、前記コーティング樹脂の表面側から前記LEDチップ側に向かって高くなっている」のに対し、引用発明はそのようなものか否かが不明である点。

イ 判断(本件特許発明1について)
(ア)上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項が有する技術的意義は、上記1(3)で検討したとおり、「外部から侵入する水分」が多いコーティング樹脂の表面側は蛍光体の濃度を低くし、「外部から侵入する水分」が表面近傍に比べて少ない発光素子近傍は蛍光体の濃度を高くすることにより、外部から侵入した水分による影響を蛍光体が受けにくくし、水分による劣化を防止する技術的意義を有するものであり、コーティング樹脂の表面側の蛍光体の濃度とLEDチップ側の濃度は、外部から侵入した水分の劣化を防止していると言える程度に、コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなっていることを意味するものである。

(イ)一方、引用発明は、蛍光体を樹脂に分散し、LEDチップの表面に薄くコーティングしたものであるところ、外部から侵入した水分の劣化を防止していると言える程度に、樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高くなるよう沈降することは、甲第3号証には開示も示唆もされていない(例えば、上記1(3)で引用した乙第1号証のロットAに相当するものなのか、あるいはロットCに相当するものなのか、不明である。)。
(ウ)したがって、本件特許発明1は、引用発明と実質的に同一であるとは言えない。また、蛍光体の濃度分布を、上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項の如く為すことは、何れの証拠にも記載されておらず、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

ウ 対比・判断(本件特許発明2?4について)
本件特許発明2?4は、上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えている。したがって、本件特許発明2?4は、本件特許発明1と同様の理由により、引用発明と実質的に同一であるとは言えない。また、蛍光体の濃度分布を、上記相違点に係る本件特許発明2?4の発明特定事項の如く為すことは、本件特許発明1と同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

カ 無効理由2の小括
以上のとおり、本件特許発明1?4のうち、ガーネット系蛍光体が「Y、Gdからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素を含んでなるCeで付括されたガーネット系蛍光体」である発明は、第1優先権出願当初明細書等に記載された発明であるから、特許法第29条の規定の適用については、第1優先日に出願されたものとみなされる。よって、甲第3号証は、特許法第29条に規定する刊行物に該当しない。
仮に、本件特許発明1?4の優先権の効果が認められず、甲第3号証が特許法第29条に規定する刊行物に該当するとしても、本件特許発明1?4は、引用発明と実質的に同一であるとは言えないし、また、引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものとは言えない。
以上のとおり、本件特許発明1?4は、特許法第29条第1項第3号に該当する発明とは言えず、また、同条第2項の規定により特許を受けることができない発明であるとも言えない。したがって、無効理由2は理由が無い。

第8 むすび
以上のとおり、本件特許は、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第123条第1項第4号に該当するものではない。
また、本件特許発明についての特許は、特許法第29条第1項第3号又は第2項の規定に違反してなされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当するものでもない。
したがって、請求人が主張する無効理由1、2によって無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-12-28 
結審通知日 2017-01-06 
審決日 2017-02-03 
出願番号 特願2013-265770(P2013-265770)
審決分類 P 1 113・ 113- Y (H01L)
P 1 113・ 537- Y (H01L)
P 1 113・ 121- Y (H01L)
P 1 113・ 536- Y (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 金高 敏康  
特許庁審判長 小松 徹三
特許庁審判官 河原 英雄
近藤 幸浩
登録日 2014-09-12 
登録番号 特許第5610056号(P5610056)
発明の名称 発光装置と表示装置  
代理人 伊藤 真  
代理人 田村 啓  
代理人 言上 惠一  
代理人 平井 佑希  
代理人 山尾 憲人  
代理人 玄番 佐奈恵  
代理人 牧野 知彦  
代理人 岸本 雅之  
代理人 片山 健一  
代理人 鮫島 睦  

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