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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C08L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C08L
管理番号 1340001
審判番号 不服2017-984  
総通号数 222 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-06-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-01-24 
確定日 2018-05-09 
事件の表示 特願2015- 78457「熱可塑性樹脂組成物及び成形品」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 7月 9日出願公開、特開2015-127428〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成22年4月7日(優先権主張 平成21年4月8日、平成22年1月29日)に出願された特願2010-88620号の一部を平成27年4月7日に新たな特許出願としたものであって、平成28年4月25日付けで拒絶理由が通知され、同年7月4日に意見書とともに手続補正書が提出され、同年7月22日に最後の拒絶理由が通知され、同年9月21日に意見書とともに手続補正書が提出されたが、同年10月19日付けで同年9月21日にされた手続補正についての補正の却下の決定がなされるとともに拒絶査定がされ、これに対して、平成29年1月24日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出されたが、同年3月10日付けで前置報告がなされたものである。

第2 平成29年1月24日にされた手続補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成29年1月24日にされた手続補正を却下する。
[理由]
1.手続補正の内容
平成29年1月24日付けの手続補正(以下、「本件手続補正」という。)の内容は、特許請求の範囲の記載及び明細書の記載を補正するものであって、特許請求の範囲の記載の補正は、本件手続補正前の平成28年4月25日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1である、
「【請求項1】
ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に、25℃における動粘度が10?100,000cStであるシリコーンオイル〔B〕0.1?8質量部を配合してなり、
該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕は、ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及びエチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕を含有し、
前記ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及び前記エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の合計量が、前記ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕全体を100質量%として5?30質量%であり、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕と該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の質量比〔a1〕:〔a2〕が10?66:90?34
である軋み音を低減した熱可塑性樹脂組成物。」を、
「【請求項1】
ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に、25℃における動粘度が200?15,000cStであるシリコーンオイル〔B〕0.1?8質量部を配合してなり、
該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕は、ジエン系ゴム質重合体〔a1〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A1〕と、エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b2〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A2〕との混合物を含有し、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及び該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の合計量が、該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕全体を100質量%として5?30質量%であり、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕と該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の質量比〔a1〕:〔a2〕が10?66:90?34
である軋み音を低減した熱可塑性樹脂組成物。」とする補正を含むものである。(下線は補正部分を示す。)

2.補正の適否
(1)補正の目的・新規事項の有無について
本件手続補正は、特許請求の範囲の請求項1については、本件手続補正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項であるシリコーンオイル〔B〕の25℃における動粘度を、補正前の「10?100,000cSt」から、補正後の「200?15,000cSt」に限定し、なおかつ、ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕を構成する成分を、補正前の「ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及びエチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕を含有」するとの特定から、補正後の「ジエン系ゴム質重合体〔a1〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A1〕と、エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b2〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A2〕との混合物を含有」すると限定して、特許請求の範囲を限定的に減縮するものであり、しかも、本件手続補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明と本件手続補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である。

また、本件手続補正前の特許請求の範囲の請求項1の「前記ジエン系ゴム質重合体〔a1〕」、「前記エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕」、「該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕」を、本件手続補正後の「該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕」、「該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕」、「該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕」にする補正は、「前記」を「該」に用語を統一する補正であり、上記手続補正は、特許法第17条の2第5項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当する。

そして、上記本件手続補正は、願書に最初に添付した明細書(以下、「当初明細書」という。)の段落【0018】、【0033】、【0057】等の記載に基づくものであるから、当初明細書に記載した事項の範囲内でしたものであることが明らかである。

よって、本件手続補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮及び同第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、同法同条第3項に規定する要件を満たすものである。

(2)独立特許要件について
ア.はじめに
上記のとおり、本件手続補正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものを含むものであるので、次に、以下のとおりに特定される、本件手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「補正発明」という。)が、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件(いわゆる、独立特許要件)を満足するか否かについて、以下に検討する。

「【請求項1】
ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に、25℃における動粘度が200?15,000cStであるシリコーンオイル〔B〕0.1?8質量部を配合してなり、
該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕は、ジエン系ゴム質重合体〔a1〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A1〕と、エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b2〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A2〕との混合物を含有し、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及び該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の合計量が、該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕全体を100質量%として5?30質量%であり、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕と該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の質量比〔a1〕:〔a2〕が10?66:90?34
である軋み音を低減した熱可塑性樹脂組成物。」

イ.引用文献1及びその記載事項
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の優先日前に頒布された下記の刊行物(以下、「引用文献1」という(原審での引用文献1)。)には、以下の記載がされている(下線は当審によるものを含む。)。
引用文献1:特開平9-310001号公報

(ア)「【発明の属する技術分野】本発明は、耐薬品性、摺動性に優れた難燃性熱可塑性樹脂組成物に関する。」(段落【0001】)

(イ)「【0016】
【実施例】以下、実施例を上げて本発明をさらに具体的に説明する。なお、実施例中、部および%は特に断らない限り重量基準である。
・・・
エチレン-プロピレン系ゴム質重合体及びジエン系ゴム質重合体の調製
本発明の(A)成分に用いられるエチレン-プロピレン系ゴム質重合体及びジエン系ゴム質重合体を表1に示した。
【0017】
【表1】

【0018】熱可塑性樹脂(A)の調製
ゴム質重合体(a)’-1?2の存在下に、スチレンとアクリロニトリル単量体成分を重合した樹脂、及びスチレンとアクリロニトリル単量体成分だけで重合した樹脂を得た。これらの樹脂組成を表2に示した。
【0019】
【表2】

(a-1)、(a-3)は溶液重合で、また(a-2)は乳化重合で得た。
【0020】高密度ポリエチレン(B)の調製
(B)-1として高密度ポリエチレンである三菱化学社製HJ390を用いた。(メルトフローレートは28g/10minである)
(B)-2として高密度ポリエチレンである三菱化学社製HJ560を用いた。(メルトフローレートは7g/10minである)
比較の為に(B)-3として高密度ポリエチレンである三菱化学社製HJ340を用いた。(メルトフローレートは1.5g/10minである)
(B)-4として低密度ポリエチレンである三菱化学社製LF660Hを用いた。(メルトフローレートは7g/10minである)
【0021】変性ポリエチレンワックス(C)の調製
(C)-1として数平均分子量2000、酸化度20を用いた。(C)-2として数平均分子量3000、酸化度20を用いた。
難燃剤(D)の調製
(D)-1として臭素化エポキシ樹脂である大日本インキ社製プラサームEC-20を用いた。(D)-2として難燃助剤である三酸化アンチモンを用いた。
ポリテトラフルオロエチレン(E)の調製
(E)-1として旭アイシーアイフロロポリマーズ社製L169Jを用いた。
ジメチルシリコンオイル(F)の調製
(F)-1として粘度10000センチストークスのジメチルシリコンオイルを用いた。
【0022】実施例1?12及び比較例1?12
表3に示す配合により、ミキサーで3分間混合し、50mm押し出し機でシリンダー温度180?210℃で溶融押し出ししペレットを得た。このペレットをシリンダー温度200℃、金型温度50℃で射出成形し、各種評価用試験片を得た。これらの試験片での評価結果も表3に示す。
【0023】
【表3】

【0024】
【表4】

」(段落【0016】ないし【0024】)

(ウ)「【0026】
【発明の効果】本発明の難燃性熱可塑性樹脂組成物は、耐薬品性、摺動性に優れ、広範囲の用途に有用である。」(段落【0026】)

ウ.引用文献1に記載された発明
引用文献1の摘示イ(イ)の実施例11の記載より、引用文献1には、
「(A)成分として、
(a-1)ゴム質重合体(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体30重量部の存在下に、(b)スチレン49重量部と(c)アクリロニトリル21重量部単量体成分を重合した樹脂を20重量部、
(a-2)ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエン40重量部の存在下に、(b)スチレン42重量部、(c)アクリロニトリル18重量部単量体を重合した樹脂を15重量部、
(a-3)(b)スチレン70重量部、(c)アクリロニトリル30重量部だけで重合した樹脂を65重量部配合され、
(B)成分として、(B)-1:高密度ポリエチレンを2重量部、
(C)成分として、(C)-1:数平均分子量2000、酸化度20の変性ポリエチレンワックスを1重量部、
(D)成分として、
(D)-1:臭素化エポキシ樹脂を20重量部、
(D)-2:三酸化アンチモンを5重量部、
(F)成分として、(F)-1:粘度10000センチストークスのジメチルシリコーンオイルを2重量部
を配合した難燃性熱可塑性樹脂組成物。」についての発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

なお、表4の実施例11には、「(D)-3」と記載されているが、段落【0021】には、実施例で用いられた難燃剤の具体的な名称として、(D)-1及び(D)-2しか挙げられておらず、(D)-3に関する記載がないこと、その一方で、表3及び表4には、(D)-1及び(D)-3を配合した実施例、比較例しかなく、(D)-2を配合した例がないこと、を考慮すると、上記表4における「(D)-3」は、「(D)-2」の誤記であると解して、上記認定を行った。

エ.対比・判断
(ア)補正発明と引用発明との対比
引用発明の「(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体」、「ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエン」、「(b)スチレンと(c)アクリロニトリル単量体」は、それぞれ、補正発明の「エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕」、「ジエン系ゴム質重合体〔a1〕」、「芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕」に相当する。

したがって、引用発明の「(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体の存在下に、(b)スチレンと(c)アクリロニトリル単量体成分を重合した樹脂(a-1)」、「ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエンの存在下に、(b)スチレン、(c)アクリロニトリル単量体を重合した樹脂(a-2)」は、それぞれ、補正発明の「エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b2〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A2〕」、「ジエン系ゴム質重合体〔a1〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A1〕」に相当する。

そして、引用発明の「(A)成分」は、補正発明における「ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕」に相当し、また、引用発明の「(A)成分」は、「樹脂(a-1)」及び「樹脂(a-2)」との混合物を含有するものである。

さらに、引用発明の「ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエン」は、樹脂(a-2)中に40重量%配合され、樹脂(a-2)は(A)成分中に15重量%配合されているから、「(A)成分」全体を100質量%とした場合の配合割合は、0.15×0.4×100=6重量%であり、「(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体」は、樹脂(a-1)中に30重量%配合され、樹脂(a-1)は(A)成分中に20重量%配合されているから、「(A)成分」全体を100質量%とした場合の配合割合は、0.2×0.3×100=6重量%である。

したがって、「ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエン」及び「(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体」の合計量は、「(A)成分」全体を100質量%として6+6=12質量%であり、また、「ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエン」と「(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体」の質量比は、6:6=50:50である。

また、引用発明の「(F)-1:ジメチルシリコーンオイル」は、補正発明の「シリコーンオイル〔B〕」に相当する。

なお、引用発明の熱可塑性樹脂組成物は、(A)成分として、(a-1)、(a-2)成分の他に、(a-3)成分((b)スチレン70重量部、(c)アクリロニトリル30重量部だけで重合した樹脂)が65重量部配合され、また、(B)、(C)、(D)の各成分を含むものであるが、本願請求項2及び本願発明の詳細な説明の実施例、段落【0063】の記載からみて、補正発明も、ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕が、更に、芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b3〕の共重合体〔C〕を含有してなるものを包含すること、また、熱可塑性樹脂組成物に各種添加剤を含有してなるものを包含することから、これらの点は実質的な相違点とはいえない。

そうすると、補正発明と引用発明とは、
「ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に、シリコーンオイル〔B〕2質量部を配合してなり、
該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕は、ジエン系ゴム質重合体〔a1〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A1〕と、エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b2〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A2〕との混合物を含有し、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及び該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の合計量が、該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕全体を100質量%として12質量%であり、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕と該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の質量比〔a1〕:〔a2〕が50:50
である熱可塑性樹脂組成物。」
の点で一致し、次の相違点1及び2で一応相違する。

○相違点1:補正発明のシリコーンオイル〔B〕は、25℃における動粘度が200?15,000cStであると特定されているのに対し、引用発明の(F)-1:ジメチルシリコーンオイルは、その粘度が10000センチストークスであると特定されている点。

○相違点2:補正発明では、熱可塑性樹脂組成物が、軋み音を低減したと特定されているのに対し、引用発明では、そのような特定はなされていない点。

(イ)相違点1についての検討
相違点1について、補正発明ではシリコーンオイルの物性値が「動粘度」とされ、また、25℃における測定値とされている一方、引用発明では、シリコーンオイルの物性値は「粘度」であり、また、測定時の温度条件が特定されていないので、これらの点について検討する。

まず、「粘度」の単位は、例えば「ポイズ」で表される一方、粘度と密度との比(粘度/密度)である「動粘度」は、「ストークス」という単位で表されるものである(技術常識を示すための文献1:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典6」縮刷版第36刷,共立出版株式会社発行,1997年9月20日,第901頁の「粘度」の項(特に表I、表II、左欄23?28行及び第358頁の「動粘度」の項)。

そして、シリコーンオイルの技術分野では、「センチストークス」という単位を持つ「動粘度」の物性値を、「粘度」と称して表示することもあること、及び、原則として、25℃の温度で測定した際の値を基準にして表示することが、出願時の技術常識であると認められる(技術常識を示すための文献2:伊藤邦雄編「シリコーンハンドブック」初版第1刷,日刊工業新聞社発行,1990年8月31日,第115頁の表5.2,第116頁、(同上文献3:田村喜八「プラスチック材料講座6 けい素樹脂」昭和36年8月15日,増田顕邦発行,第39頁の2行及び下から6行?最終行,第40頁の表4.1、同上文献4:「便覧」編集室編「便覧 ゴム・プラスチック配合薬品」2003年12月2日,株式会社ポリマーダイジェスト発行,第295頁?第296頁の「(10)シリコーンオイル」の項、同上文献5:特開2005-504819号公報の段落【0111】、同上文献6:特開2004-524353号公報の段落【0052】、同上文献7:特表2002-516834号公報の段落【0026】、同上文献8:特開2005-281613号公報の請求項1、段落【0019】、同上文献9:田村博明等「新化粧品ハンドブック」2006年10月30日,第90頁の表8・2。)。

したがって、これらの点、すなわち、引用文献1には、「センチストークス」という単位が明示されていること、及び、シリコーンオイルの技術分野では、「センチストークス」という単位を持つ「動粘度」の物性値を、「粘度」と称して表示することもあり、原則として、25℃の温度で測定した際の値を基準にして表示することが、出願時の技術常識であることを参酌すれば、引用発明における「粘度が10000センチストークスである(F)-1:ジメチルシリコーンオイル」は、25℃における動粘度が10000センチストークスである(F)-1:ジメチルシリコーンオイルを意味するものと解するのが相当であって、それ以外の意味に解する特段の事情もみあたらない。

なお、仮に引用発明における「粘度」を「動粘度」ではなく、文字通りに「粘度」であると解したとしても、上記のように動粘度は粘度と密度との比(粘度/密度)であり、一般的なジメチルシリコーンの密度が、0.759?0.978の範囲内にある(前掲文献2の第115頁の表5.2)ことを考慮すれば、その動粘度は、13175(=10000/0.759)?10225(=10000/0.978)の範囲内にあるから、動粘度を200?15,000cStと特定する補正発明との実質的な相違点ではない。

以上の点から、出願時の技術常識を参酌すれば、引用発明の「(F)-1:ジメチルシリコーンオイル」は、25℃における動粘度が10000センチストークスである。また、仮に「粘度」を文字通り解したとしても、その動粘度は、少なくとも200?15,000cStの範囲内にあるから、いずれにせよ、相違点1は実質的な相違点とはいえない。

(ウ)相違点2についての検討
・「軋み音を低減した」の技術的意義・解釈について
まず、補正発明における「軋み音を低減した」という文言の解釈・技術的意義について、本願明細書等に基づいて検討する。

本願発明の詳細な説明の段落【0012】には、「本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、特定のゴム変性ビニル系樹脂に特定のシリコーンオイルを特定量配合することにより、軋み音の発生が著しく低減され、・・・た熱可塑性樹脂組成物及び成形品が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。」との記載があり、段落【0060】には、「上記ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に対する上記シリコーンオイル〔B〕の配合量は、0.1?8質量部、好ましくは0.2?6質量部、より好ましくは0.5?5質量部、特に好ましくは2.5?3.5質量部である。上記成分〔B〕の配合量が0.1質量部未満では、軋み音の低減効果が得られない。」との記載がある。

そして、実施例には、補正発明で特定される特定のゴム強化ビニル系樹脂及び特定のシリコーンオイル、すなわち、ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に、25℃における動粘度が200?15,000cStであるシリコーンオイル〔B〕0.1?8質量部を配合してなり、該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕は、ジエン系ゴム質重合体〔a1〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b1〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A1〕と、エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の存在下に芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含むビニル系単量体〔b2〕を重合して得られたゴム強化ビニル系樹脂〔A2〕との混合物を含有し、該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及び該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の合計量が、該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕全体を100質量%として5?30質量%であり、該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕と該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の質量比〔a1〕:〔a2〕が10?66:90?34である熱可塑性樹脂組成物を用いることで、比較例のような実施態様、すなわち、AESを配合しない実施態様(比較例1)や、シリコーンオイルの動粘度の値が低い実施態様(比較例4)に比して、軋み音を低減した熱可塑性樹脂組成物が得られている。

したがって、上記本願明細書の記載からは、補正発明で特定される特定のゴム強化ビニル系樹脂及び特定のシリコーンオイルを特定量で配合した樹脂組成物を用いれば、補正発明の「軋み音を低減した」という発明特定事項を達成することができると理解できる。

・相違点2の検討
以上を踏まえ、相違点2について検討する。
引用発明の熱可塑性樹脂組成物も、(A)成分として、
(a-1)ゴム質重合体(a)’-1:エチレン-プロピレン-エチリデンノルボルネン共重合体30重量部の存在下に、(b)スチレン49重量部と(c)アクリロニトリル21重量部単量体成分を重合した樹脂を20重量部、
(a-2)ゴム質重合体(a)’-2:ポリブタジエン40重量部の存在下に、(b)スチレン42重量部、(c)アクリロニトリル18重量部単量体を重合した樹脂を15重量部、
(a-3)(b)スチレン70重量部、(c)アクリロニトリル30重量部だけで重合した樹脂を65重量部配合され、
(F)成分として、(F)-1:粘度10000センチストークスのジメチルシリコーンオイルを2重量部
を配合した熱可塑性樹脂組成物であるという点で、補正発明の熱可塑性樹脂組成物との間に、その樹脂やシリコーンオイルの種類及び配合割合等の構成において何ら相違するものではないから、引用発明の熱可塑性樹脂組成物も、当然、AESを配合しない実施態様や、シリコーンオイルの動粘度の値が低い実施態様に比して、軋み音を低減した性質を有する熱可塑性樹脂組成物であることを、合理的に導き出せる。
したがって、相違点2は、実質的な相違点とはいえない。

(エ)まとめ
よって、補正発明は、上記引用発明、すなわち、引用文献1に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

オ.独立特許要件のまとめ
上記ア.?エ.に示したとおり、補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、本件手続補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件を満たしていない。

(3)まとめ
以上のとおり、本件手続補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、〔補正の却下の決定の結論〕のとおり決定する。

第3 本願発明

上記第2のとおり、平成29年1月24日にされた手続補正は却下された。
また、上記第1のとおり、平成28年10月19日付けで同年9月21日にされた手続補正も却下されたことから、本願の請求項1ないし7に係る発明は、平成28年7月4日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕100質量部に、25℃における動粘度が10?100,000cStであるシリコーンオイル〔B〕0.1?8質量部を配合してなり、
該ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕は、ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及びエチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕を含有し、
前記ジエン系ゴム質重合体〔a1〕及び前記エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の合計量が、前記ゴム強化ビニル系樹脂〔A〕全体を100質量%として5?30質量%であり、
該ジエン系ゴム質重合体〔a1〕と該エチレン・α-オレフィン系ゴム質重合体〔a2〕の質量比〔a1〕:〔a2〕が10?66:90?34
である軋み音を低減した熱可塑性樹脂組成物。」

第4 原査定の拒絶の理由の概要

これに対して、原審において拒絶査定の理由とされた平成28年7月22日付けで通知された拒絶理由の概要は、本願発明は、その出願前に頒布された引用文献1(特開平9-310001号公報)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないというものを含むものである。

第5 当審の判断

引用文献1には、前記第2 2(2)イ.(ア)?(ウ)で示した事項が記載されており、第2 2(2)ウで示した引用発明が記載されている。
そして、前記第2 2(2)アに記載した補正発明は、本願発明を限定的に減縮をしたものであるから、本願発明は前記補正発明を含むことは明らかである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに限定的に減縮を行った補正発明が、前記第2 2(2)に記載したとおり、引用発明、すなわち、引用文献1に記載された発明と同一であるから、本願発明も、同様の理由により、引用文献1に記載された発明と同一である。
したがって、本願発明は、引用文献1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができるものではない。

第6 審判請求人の主張について

審判請求人は、審判請求書の「3.本願発明が特許されるべき理由」において、本願発明と引用文献1とは解決すべき課題が異なる点(以下、「主張1」という。)、シリコーンオイルについて、引用文献1の記載は、「粘度」であって、「動粘度」ではなく、また、粘度は温度により大きく変化するものであり、温度は一切記載されていないから、本願発明における「25℃における動粘度」とは比較できない点(以下、「主張2」という。)、刊行物1の記載からは、粘度10000センチストークスのジメチルシリコンオイルを配合しても、摺動性は改善されないことを示唆しており、引用文献1において、軋み音低減のためにシリコーンオイルの使用を動機づけられることはない点(以下、「主張3」という。)を概ね主張している。

しかしながら、上記したように、本願発明は、引用文献1に記載された発明と同一であり、新規性が否定されるものであるから、主張1及び主張3については採用することができないことは明らかである。

また、主張2については、第2 2(2)エ(イ)の相違点1について検討したとおりであって、出願時の技術常識を参酌すれば、引用発明の(F)-1:ジメチルシリコーンオイルは、25℃における動粘度が10000センチストークスであるか、または、少なくとも200?15,000cStの範囲内にあり、実質的な相違点ではないから、この点に関する審判請求人の主張2も、採用することができない。

第7 むすび

以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-02-26 
結審通知日 2018-03-06 
審決日 2018-03-19 
出願番号 特願2015-78457(P2015-78457)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (C08L)
P 1 8・ 575- Z (C08L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 柴田 昌弘  
特許庁審判長 岡崎 美穂
特許庁審判官 小柳 健悟
堀 洋樹
発明の名称 熱可塑性樹脂組成物及び成形品  
代理人 伊丹 健次  

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