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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B05D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B05D
管理番号 1340059
異議申立番号 異議2016-701212  
総通号数 222 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-06-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-12-28 
確定日 2018-03-15 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5943290号発明「静電塗装方法及び静電塗装用ガン」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5943290号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 特許第5943290号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5943290号の請求項1に係る特許についての出願は、平成28年6月3日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、平成28年12月28日に特許異議申立人 鍵隆(以下、「特許異議申立人」という。)より請求項1に対して特許異議の申立てがされ、平成29年3月13日付けで取消理由が通知され、同年5月15日に特許権者から訂正請求書及び意見書が提出され、同年6月27日に特許異議申立人から意見書が提出された。
これを受けて同年10月10日付けで再度の取消理由通知(決定の予告)がなされ、特許権者は同年12月12日に再び訂正請求書及び意見書を提出した。
なお、当該訂正請求に対し、特許異議申立人に意見を述べる機会を与えたものの、特許異議申立人から意見書の提出はなされなかった。
また、特許法第120条の5第7項の規定により、平成29年5月15日付けの最初の訂正の請求は、取り下げられたものとみなす。

2.訂正の適否
(1)訂正の内容
特許権者は、特許請求の範囲の請求項1を、以下の事項により特定されるとおりの請求項1として訂正することを請求する(訂正事項1)。
「【請求項1】
被塗面の静電塗装方法であって、
前記被塗面は、帯電防止処理がされた非導電性の被塗面であり、
ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料に、前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加し、導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させることによってフリーイオンの発生を抑制した状態で、前記マイナスに帯電した導電性液体塗料を前記被塗面に塗布する
ことを特徴とする静電塗装方法。」(下線は、訂正特許請求の範囲に特許権者が付加したもの)

(2)新規事項の有無、訂正の目的の適否、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記訂正事項1は、内容として以下の2つのものを含むので、各々について検討する。
ア 「前記被塗面は、帯電防止処理がされた非導電性の被塗面であり、」とした訂正
当該訂正内容に関連する記載として、明細書の発明の詳細な説明の段落【0018】には【課題を解決するための手段】として
「被塗面が非導電性被塗物の表面の場合、被塗面に帯電防止処理を施してもよく、非導電性被塗物を接地してもよい。」
ことが記載され、段落【0029】には「第1の実施形態」に関する説明として
「非導電性被塗物20の被塗面21には、帯電防止処理によって弱導電性が予め付与され、非導電性被塗物20の接地部23は、アース線に接続されて設地される。」
ことが記載され、段落【0036】には「第2の実施形態」に関する説明として
「第1の実施形態と共通する構成については、同一の符号を付してその説明を省略する。」
ことが記載されている。
したがって、上記アで訂正された
「被塗面の静電塗装方法」の「被塗面」が、「帯電防止処理がされた非導電性の被塗面であ」るとした追加事項は、明細書に記載された事項の範囲内のものと認められる。
そして、上記アの訂正は、訂正前の請求項1の「被塗面」が、そもそも非導電性とされ、かつ、非導電性とされた被塗面に対して帯電防止処理がなされたと限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
イ 「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する」及び「前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される」とした訂正
前者は訂正前の「高電圧」の「直接印加」がなされる「導電性液体塗料」に対して、該塗料が「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する」ことを新たに特定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、かかる特定事項は明細書の発明の詳細な説明の【0024】及び【0039】並びに図4-5の図示には各々、ペイントノズル3に孔10が形成されている点、孔10を導電性塗料が流通する点、孔10の吐出口側の領域が縮径している点が記載ないし図示されているから、この追加事項は明細書等に記載された事項の範囲内のものと認められる。さらに、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
後者は訂正前に形状や配置が任意とされていた「高電圧電極」を、「前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される」と新たに特定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、かかる特定事項は図4-5の図示として示された事項であるから、この追加事項は明細書等に記載された事項の範囲内のものと認められる。さらに、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
そうすると、イの訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であって、明細書等に記載された事項の範囲内のものと認められ、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

なお、上記ア及びイ以外にも、訂正前の「・・・高電圧を直接印加して導電性液体塗料を・・・」を、「・・・高電圧を直接印加し、導電性液体塗料を・・・」とする事項も、訂正事項1は有しているものの、当該変更は単に読点を挿入した修辞上の変更にすぎないことが明らかであり、内容をそもそも変更するものではないため、訂正事項1に関する内容上の変更とは扱わない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項1について訂正を認める。

3.特許異議の申立てについて
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
(特許法第29条第2項)
ア 本件特許発明
上記訂正請求により訂正された訂正後の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、上記2.(1)訂正の内容において示したとおりのものである。

イ 甲第1号証に記載された発明
平成29年3月13日付け取消理由通知において引用した甲第1号証(特開平8-155350号公報)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は塗料を静電吸引力により被塗物に塗着させるようにした静電塗装装置に関する。」
(イ)「【0006】
【課題を解決するための手段】このような課題を解決するための手段として請求項1の発明は、塗料タンクから塗装ガンへ塗料を送給する塗料経路内の塗料に一の高電圧発生器の負極を接触させ、その高電圧発生器の正極と、前記塗料経路の前記一の高電圧発生器の前記負極近くから前記塗料タンクまでの間と、前記塗装ガンに対向する被塗物とをアースした構成とし、・・・」
(ウ)「【0007】
【発明の作用及び効果】本発明は上記構成になり、請求項1の発明は塗料タンクから塗装ガンへ塗料を送給する塗料経路内の塗料に高電圧発生器の負極を接触させたから供給された電荷が効率よく塗料に帯電し、効率のよい静電塗装を行うことができるとともに、塗料タンクがアースされているから、水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料の場合でも塗料タンクを絶縁架台の上に載せる必要がなく、安全性が高いとともに、高電圧を遮断して塗装を中断することなく塗料タンクへ塗料を連続供給することができて作業性に優れる効果があり、・・・」
(エ)「【0009】図1において、1はエアレススプレイ塗装ガンであって、ポンプ2により塗料タンク3内の塗料が絶縁ホース5を通って高圧力で圧送され、ノズル6から霧状となって噴出するようになっている。」
(オ)「【0010】4は高電圧発生器であって、正極はアースされ、負極が導線7によって、図2に拡大して示すように、絶縁塗料ホース5に介設された筒状の金属製の電極8に接続されている。
【0011】本実施例は上記構成になり、絶縁ホース塗料5内を圧送される塗料は電極8内を流れるときにこれに接触して負の電荷が帯電され、負の電荷を帯びたままノズル6から霧状となって噴出しコンベヤbを介してアースされた被塗物に静電吸引力により吸引されて吐着される。」
(カ)「【0012】塗料タンク3はアースされているが塗料の電気抵抗によりノズル6から噴出する塗料の電荷は保持されている。」
(キ)「【0013】なお、塗料の電気抵抗が小さい場合には、電流が増大しても電圧の低下が小さい特性を有する高電圧発生器4を用いればよい。」
以上の記載によれば、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「塗料を静電吸引力により被塗物に塗着させる方法であって、
水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料を塗装ガン1のノズル6から霧状に噴出させることで行い、
高電圧発生器4の負極と接続されかつ前記塗装ガン1に前記塗料を送給する塗料経路をなす絶縁塗料ホース5内に介設された金属製の筒状電極8に前記塗料を接触させ、前記塗料に負の電荷を帯電させ、前記塗料を、負の電荷を帯びたまま塗装ガン1のノズル6から噴出し被塗物に塗着させる、前記方法。」

ウ 甲第5号証に記載された発明
平成29年3月13日付け取消理由通知において引用した甲第5号証(特開平9-993号公報)の請求項1、2、及び、【0001】【0009】【0011】【0013】【0016】【0018】【0024】【0028】【0029】【0038】の記載によれば、甲第5号証には、以下の発明(以下、「甲5発明」という。)が記載されていると認められる。
「被塗装物の被塗装面に対して静電塗装を行う方法であって、
塗装ガン本体を形成するハウジング12内の軸線に沿って回転自在に延在するタービン(回転軸)14の軸線に沿って延在する貫通孔18の内壁面に非接触状態で挿入される、一様の大径管である塗料供給管20に、ポート72を介して導入される導電性塗料に、高電圧源90からの高電圧を、塗料供給管20を介して印加することで、該導電性塗料を負の高電圧に印加させ、負の高電圧に印加された塗料は、前記塗料供給管20内に配置されたシャフト部50に一体的に形成された弁体24と、該弁体24が着座する着座部52とによる離間/着座を制御することにより着座部52に連なる塗料吐出孔54への塗料供給量が制御されて、被塗装物に向かって吐出する方法。」

エ 甲1発明との対比・判断(特許異議申立書の理由2)
本件特許発明と甲1発明とを対比すると、
甲1発明の「塗料を静電吸引力により被塗物に塗着させる方法」と、本件特許発明の「被塗面の静電塗装方法」とは、共に塗装対象に静電吸引力を利用した塗装手段を用いて塗装を行う点において一致する。
そして、塗装を実行する上で用いる塗料に関し、甲1発明の「水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料」は、本件特許発明の「導電性液体塗料」に相当する。
また、塗料の帯電に関して、甲1発明が「塗料を、高電圧発生器の負極と接続された金属製の筒状電極に接触させ」て、「前記塗料に負の電荷を帯電させ」るとした事項は、本件特許発明の「導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して」「マイナスに帯電させること」に相当する。
さらに、甲1発明の「前記塗料を、負の電荷を帯びたまま噴出」する事項は、被塗物への噴出の際にコロナピンなどの他の放電極となる特別な手段を用いずにそのまま帯電した液体塗料が噴出されることを指しているので、本件特許発明の「導電性液体塗料を放電極としながら」「前記マイナスに帯電した導電性塗料を前記被塗面に塗布する」に相当する。
以上のことから両者は
「被塗面の静電塗装方法であって、
導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させ、前記マイナスに帯電した導電性液体塗料を前記被塗面に塗布する
静電塗装方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

【相違点1】被塗面に関して、本件特許発明は「帯電防止処理がされた非導電性の」被塗面であるとするのに対し、甲1発明の「被塗物」の面は、特段の処理に関する特定がない上、元々の被塗面の導電性の有無も不明である点。
【相違点2】液体塗料の電気的性質に関して、本件特許発明は、「導電性」との特定に加えて、「体積固有抵抗値が100MΩcm以下」であるとしているのに対し、甲1発明は、「電気抵抗の低い」との特定に留まり、体積固有抵抗値を用いた特定を伴っていない点。
【相違点3】本件特許発明の静電塗装方法では、「導電性液体塗料」を「帯電させる」上で、前記導電性液体塗料が「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する」こととし、かつ、帯電に用いる「高電圧電極」についても「前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される」としているのに対して、甲1発明の「塗料」の流通及び帯電は、塗装ガン1のノズル6へと塗料が流通するものの、当該ノズル6に吐出口側の領域が縮径している孔を流通するかは不明であり、また塗料の帯電が電極との接触による高電圧直接印加ではあるものの、筒状電極はガン本体1のノズル6に形成された孔に収容されておらず塗装ガン1とは別の絶縁塗料ホース5に介設されるとし、その形状も拡径部及び縮径部を有さない点。
【相違点4】本件特許発明では、高電圧電極を導電性液体塗料に接触させて高電圧を直接印加することに引き続いて、「導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させることによってフリーイオンの発生を抑制した状態」での「塗布」とする事項を伴うとしているのに対して、甲1発明はかかるフリーイオンの発生に関する明示が無い点。

【相違点1】について
本件特許発明が属する技術分野の技術常識として、静電塗装の塗装対象物とされる範囲についての当業者の一般的な認識は、元々導電性を有する素材に限られず、元々導電性を有さない素材であっても、素材に対して帯電防止処理等を施すことにより弱導電性を付与せしめて静電塗装を可能とすることが、本件特許の出願前に周知であったと認めるに足る状態であったというべきである。
例えば、甲第4号証(特開平9-235496号公報、【0001】)には、自動車のボディーや部品が静電塗装の対象として挙げられ、特許異議申立人が平成29年6月27日付け意見書に添付した参考資料2(特開2002-326051号公報、【0001】)にもABS素材を静電塗装機による塗装対象とすることが記載され、同意見書に添付された参考資料3(特開平10-309513号公報、【0001】?【0007】)にも、自動車用樹脂成型品に静電塗装を施すことが記載されている。特に参考資料2には、ABS素材に対して「通電処理(B)」として、【0017】に「通常、界面活性剤を含有した導電剤の塗布又は、導電性フィラーを含有した導電プライマー塗装により行うことができ、被塗物であるABS素材の表面固有抵抗値を10^(9)Ω以下に下げる処理である。」と記載され、当該記載内容は、本件特許発明で相違点1に挙げた特定事項である「帯電防止処理」を説明した本件特許明細書の【0030】と比較してみれば両者がなんら異なるものではない関係であることが明らかである。
このように、静電塗装の技術分野において、自動車部品等の樹脂製部品、すなわち非導電性である部品に対して帯電防止処理を施して静電塗装の被塗装物とすることは、当該分野で当業者により一般的に行われている周知の技術的事項と認められる。
そして、甲第1号証に「金属に限る」との記載がない以上、上記技術常識に鑑みれば、被塗面が非導電性の被塗面とされた物品を塗装対象に選ぶ事項については、その当業者が一般的に扱っている性質の塗装対象に甲1発明を適用するだけのことであるから、当業者であれば適宜選択し得る程度の事項にすぎず、甲1発明の被塗面を上記周知技術に倣い非導電性の素材としつつ、帯電防止処理を施すとすることは、当業者であれば容易になし得るものである。

【相違点2】について
甲第1号証の段落【0011】等の記載からみて、甲1発明は塗料が霧状となって噴出するものであるとされている。このように、帯電した塗料が噴出する際にどのような形状になるかは、甲1発明で想定している液体塗料の抵抗値を推し量る上で重要な指標となると見るのが相当である。
他方、本件特許発明で体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を用いた場合に生じる塗料噴出の形状は、本件特許明細書の【0042】に、100MΩcmの塗料を用いた場合、棘状の分裂霧化が発生するとの説明が、図7と共に記載されている。
両者を比較すると、甲1発明で用いた塗料の抵抗値の程度は直接的には不明ではあるものの、噴出時の形状は本件特許発明と略一致するものといえることが判明する。してみると、甲1発明においても、霧状の噴出を果たすべき塗料を当然選定すると見られ、霧状の塗料の体積固有抵抗値は、本件特許発明で用いるとされた値になるのが、実験的な試みを講じる以上当然のことといえる。
以上に加えて、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を静電塗装に用いることはそもそも当業者にとり周知慣用の事項であるともいえる。
例えば、甲第2号証(特開2001-62355号公報)の【0008】や、甲第3号証(特開2000-79358号公報)の【0011】、あるいは甲第4号証(特開平9-235496号公報)の実施例1及び2に、各々記載されているように、静電塗装に用いる液体塗料の体積固有抵抗値が100MΩcm以下であること、特に甲第4号証の実施例1及び2の塗料の体積電気抵抗値はそれぞれ17MΩ・cm、42MΩ・cmであるとされていることから、当業者にとり従来周知の技術的事項と見られる。また、甲第3号証の【0011】には、抵抗値が100MΩcm以下の塗料であれば塗料供給管の電圧を電極に伝達することも示されている。
そうすると、甲1発明に接した当業者であれば、甲1発明に、当業者が通常使用している塗料を使用してみるだけで、上記相違点2に係る発明特定事項は容易になし得るというべきである。
してみると、相違点2に係る液体塗料の抵抗値に関する数値範囲の決定は、当業者が100MΩcm程度で試みて、塗料の噴出状態に応じて選択し得る数値にすぎず、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料は通常静電塗装に使用されている普通の塗料にすぎない以上、甲1発明において、塗料の体積固有抵抗値を100MΩcm以下とすることに困難性があったものとは認められない。

【相違点3】について
本件特許発明の上記相違点3に係る事項である、高電圧電極の形状及びガン本体への高電圧電極の取付配置に関する事項は、本件の特許異議の申立に係る他の証拠には、これを公知と扱うに足る証拠を見出すことができない。
また、甲1発明が示す事項から、当該相違点3に係る事項を自明と扱う合理的事情も見出せない。
そうすると、当該相違点3に係る事項は、当業者が容易に想到できたものとはいえない。

なお、本件特許発明の相違点3に係る事項は、本件訂正により特定された事項であるが、特許異議申立人へ期限を付して意見を述べる機会を与えたものの、上記「1.手続の経緯」に示したとおり、特許異議申立人から意見書の提出はなされなかった。

【相違点4】について
本件特許明細書には、当該相違点4にかかる「フリーイオン」について【0013】のところに、
「なお、フリーイオンとは、コロナ放電によって塗料を負に帯電させる際に、塗料の帯電に利用されないイオンであり、主にイオン化した空気として存在する。」
と述べられている。そうすると、当該相違点4の「導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して導電性液体を放電極としながらマイナスに帯電させることによってフリーイオンの発生を抑制した」とした特定事項は、塗料の帯電を直接印加方式としたことの結果として生じる現象を示すものと判断される。
してみると、甲1発明の液体塗料の帯電処理は、上記エの対比で示したとおり、本件特許発明との間に筒状電極と接触させるとした、直接印加方式である点でなんら相違するところがないことが明らかである以上、甲1発明の塗料の帯電にしても、フリーイオンの発生が抑制されたことになるというべきであり、相違点4は両者が実質的に相違するものとはいえない。

したがって、本件特許発明は、甲1発明、甲第2?4号証に記載の技術的事項、及び、参考資料2?3に記載の技術的事項によっては、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

オ 甲5発明との対比・判断(特許異議申立書の理由3)
本件特許発明と甲5発明とを対比すると、
甲5発明の「被塗装物の被塗装面に対して静電塗装を行う方法」と、本件特許発明の「被塗面の静電塗装方法」とは、共に塗装対象に静電塗装を利用した塗装手段を用いて塗装を行う点において一致する。
そして、塗装を実行する上で用いる塗料に関し、甲5発明の「導電性塗料」は、本件特許発明の「導電性液体塗料」に相当する。
また、塗料の帯電に関して、甲5発明が「導電性塗料に、高電圧源90からの高電圧を、塗料供給管20を介して印加することで、該導電性塗料を負の高電圧に印加させ」るとした事項は、電圧印加により塗料の帯電が生じることから見て、本件特許発明の「導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して」「マイナスに帯電させること」に相当する。
さらに、甲5発明の「負の高電圧に印加された塗料」が、「被塗装物に向かって吐出する」事項は、被塗装物への吐出の際にコロナピンなどの他の放電極となる特別な手段を用いずにそのまま帯電した液体塗料が噴出されることを指し、かつ、塗料の通常の性状は液体であることが常識であるので、本件特許発明の「導電性液体塗料を放電極としながら」「前記マイナスに帯電した導電性塗料を前記被塗面に塗布する」に相当する。

以上のことから両者は
「被塗面の静電塗装方法であって、
導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させ、前記マイナスに帯電した導電性液体塗料を前記被塗面に塗布する
静電塗装方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

【相違点5】被塗面に関して、本件特許発明は「帯電防止処理がされた非導電性の」被塗面であるとするのに対し、甲5発明の「被塗装物」の「被塗面」は、特段の処理に関する特定がない上、元々の被塗面の導電性の有無も不明である点。
【相違点6】塗料の導電性の程度に関して、本件特許発明は、「体積固有抵抗値が100MΩcm以下」であるとしているのに対し、甲5発明は、「導電性」との特定に留まり、体積固有抵抗値を用いた特定を伴っていない点。
【相違点7】本件特許発明の静電塗装方法では、「導電性液体塗料」の「帯電」に関する処理について、「導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して導電性液体を放電極としながらマイナスに帯電させることによってフリーイオンの発生を抑制した」としているのに対して、甲5発明の「導電性塗料」の帯電に関して、フリーイオンの発生との関係を示す事項がない点。
【相違点8】本件特許発明の静電塗装方法では、「導電性液体塗料」を「帯電させる」上で、前記導電性液体塗料が「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する」こととし、かつ、帯電に用いる「高電圧電極」についても「前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される」としているのに対して、甲5発明の「導電性塗料」の流通及び帯電は、塗装ガン本体を形成するハウジング12内にある貫通孔18の内壁面に挿入される塗料供給管20の中を流通するものの、当該塗料供給管20の吐出口側の端部は縮径されておらず、かつ、塗料供給管を収容するとした「貫通孔18」の吐出口側の先端も縮径されていない点。

【相違点5】について
上記エ「【相違点1】について」で述べたと同様の理由により、甲5発明において、被塗面を非導電性の素材としつつ、これに帯電防止処理を施すとすることは、当業者であれば容易になし得るものである。
【相違点6】について
上記エ「【相違点2】について」で述べたと同様の理由により、甲5発明において、上記周知技術に倣い、導電性液体塗料の体積固有抵抗値を100MΩcm以下とすることに困難性があったものとは認められない。
【相違点7】について
上記エ「【相違点4】について」で述べたと同様の理由により、甲5発明の導電性塗料の帯電処理は、上記オの対比で示したとおり、高電圧源90からの高電圧を、塗料供給管20を介して印加することで、該導電性塗料を負の高電圧に印加させる、すなわち塗料への直接印加方式である点で本件特許発明との間になんら相違するところがないことが明らかである以上、甲5発明の塗料の帯電にしても、フリーイオンの発生が抑制されたことになるというべきであり、相違点7は両者が実質的に相違するものとはいえない。
【相違点8】について
本件特許発明の上記相違点8に係る事項である、高電圧電極の形状及びガン本体への高電圧電極の取付配置に関する事項は、本件の特許異議の申立に係る他の証拠には、これを公知と扱うに足る証拠を見出すことができない。
また、甲5発明が示す事項から、当該相違点8に係る事項を自明と扱う合理的事情も見出せない。
そうすると、当該相違点8に係る事項は、当業者が容易に想到できたものとはいえない。

なお、本件特許発明の相違点8に係る事項は、本件訂正により特定された事項であるが、特許異議申立人へ期限を付して意見を述べる機会を与えたものの、上記「1.手続の経緯」に示したとおり、特許異議申立人から意見書の提出はなされなかった。

したがって、本件特許発明は、甲5発明、甲第2?4号証に記載の技術的事項、及び、参考資料2?3に記載の技術的事項によっては、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(特許法第36条第6項第2号)(特許異議申立書の理由1)
特許異議申立人は、訂正前の請求項1に係る特許について、「導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させる」との記載は技術的意味を理解することができず、本件特許出願時の技術常識を考慮すると放電極の機能に関する事項が不足していることが明らかであり、その結果、発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に規定された要件を満たしていない旨、主張している。
しかしながら、構成と効果の関係からして、請求項1に記載の「導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させることによってフリーイオンの発生を抑制した状態」
とは、
「導電性液体塗料に高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加して、(高電圧電極を)放電極としながら、導電性液体塗料をマイナスに帯電させる」
ことによってフリーイオンの発生を抑制した状態に他ならないものと理解することができ、本件特許明細書の<第2の実施形態>(【0036】?【0039】、図4?5)等の記載とも矛盾することなく理解し得るものであるから、訂正後の請求項1に係る特許について、発明の範囲が明確でないとまではいえない。

特許異議申立人は、訂正前の請求項1に係る特許について、「フリーイオンを抑制した状態」との記載は比較の基準若しくは程度が明確ではなく、フリーイオンを何に対してどの程度抑制することを意味しているのか不明確であり、その結果、発明の範囲が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に規定された要件を満たしていない旨、主張している。
しかしながら、請求項1には、「フリーイオンの発生を抑制した状態」と記載されており、当該記載の意味する状態は、発明の詳細な説明の【0037】【0043】等の記載から、明確に理解することができる。してみると、訂正後の請求項1に係る特許について、発明の範囲が明確でないとまではいえない。

4.むすび
したがって、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許発明に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗面の静電塗装方法であって、
前記被塗面は、帯電防止処理がされた非導電性の被塗面であり、
ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料に、前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される高電圧電極を接触させて高電圧を直接印加し、導電性液体塗料を放電極としながらマイナスに帯電させることによってフリーイオンの発生を抑制した状態で、前記マイナスに帯電した導電性液体塗料を前記被塗面に塗布する
ことを特徴とする静電塗装方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-03-07 
出願番号 特願2010-124551(P2010-124551)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B05D)
P 1 651・ 537- YAA (B05D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大熊 幸治細井 龍史宮崎 大輔  
特許庁審判長 平岩 正一
特許庁審判官 西村 泰英
中川 隆司
登録日 2016-06-03 
登録番号 特許第5943290号(P5943290)
権利者 いすゞ自動車株式会社
発明の名称 静電塗装方法及び静電塗装用ガン  
代理人 鷲田 公一  
代理人 鷲田 公一  
代理人 米山 尚志  
代理人 米山 尚志  

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