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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01L
管理番号 1341060
異議申立番号 異議2017-700723  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-07-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-07-25 
確定日 2018-04-16 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6068733号発明「熱伝導性樹脂成形品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6068733号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。 特許第6068733号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 特許第6068733号の請求項7及び8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6068733号の請求項1ないし8に係る特許についての出願は、2015年8月21日(優先権主張 2014年8月26日 日本国(JP))を国際出願日として特許出願され、平成29年1月6日にその特許権の設定登録がなされ、その後、請求項1ないし8に係る特許について、同年7月25日付けで特許異議申立人 秋葉 恵一郎により特許異議の申立てがなされ、同年10月12日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年12月15日付けで意見書の提出及び訂正の請求があり、その訂正の請求に対して特許異議申立人 秋葉 恵一郎から平成30年2月13日付けで意見書が提出されたものである。

第2 訂正請求による訂正の適否

1.訂正請求の趣旨及び訂正の内容
平成29年12月15日付けの訂正請求の趣旨は、
「特許第6068733号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?8について訂正することを求める。」
というものである。
そして、上記訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである(なお、下線は訂正箇所を示す。)。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記オイル成分の含有量は、8.0?25.8体積%であり、」との記載を追加する訂正を行う。
(請求項1を引用する請求項2?5も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を、前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることにより得られること」とあるのを、「前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られること」と訂正する。
(請求項1を引用する請求項2?5も同様に訂正する。)

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5に「前記オイル成分がシリコーンオイルを含むこと、」とあるのを、「前記樹脂は、架橋したシリコーン樹脂であり、前記オイル成分がシリコーンオイルを含み、前記折り畳まれた積層物は、架橋させた後にスライス加工する、こと、」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6に「外部応力の印加によって前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品の内部から前記熱伝導性樹脂成形品の表面に排出され、前記外部応力の除去によって前記表面に排出された前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品に再含浸されること、を特徴とする請求項1?5のうちのいずれかに記載の熱伝導性樹脂成形品。」とあるのを、「樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%であり、前記樹脂のウェルドラインが前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成されており、前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られるものであり、外部応力の印加によって前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品の内部から前記熱伝導性樹脂成形品の表面に排出され、前記外部応力の除去によって前記表面に排出された前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品に再含浸されること、を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項7を削除する訂正を行う。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項8を削除する訂正を行う。

2.訂正の適否の判断
(1)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし8について、請求項2ないし8は請求項1を直接的又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1、2によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1ないし8に対応する訂正後の請求項1ないし8は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

(2)訂正事項1
ア.訂正の目的について
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に係る特許発明の発明特定事項である、熱伝導性樹脂成形品に含まれている「オイル成分」について、その含有量が「8.0?25.8体積%」であることの限定を付加するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ.新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件特許明細書の段落【0048】の【表1】には、実施例1?4、6及び7として、オイル成分の含浸量が8.0?25.8体積%としたものが記載されている(特に、実施例1には下限値にあたる8.0体積%としたものが記載され、実施例3には上限値にあたる25.8体積%としたものが記載されている)ことから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるといえ、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ.特許出願の際に独立して特許を受けることができること
本件においては、本件訂正前の請求項1ないし8について特許異議の申立てがなされているので、訂正前の請求項1に係る訂正事項1に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(3)訂正事項2
ア.訂正の目的について
訂正事項2は、本件訂正前の請求項1に係る特許発明の発明特定事項である、熱伝導性フィラーが面方向に配向した樹脂のシート状前駆体を、前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることにより得られる「熱伝導性樹脂成形品」について、「金型を使用して」シート状前駆体を成形した後、「当該金型内で」シート状前駆体を面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させる旨の限定、つまり、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とが一つの金型内で行われる旨の限定を付加するとともに、折り畳まれた積層物を「スライス加工する」ことにより得られる旨の限定を付加するものであるといえるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ.新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件特許明細書の段落【0038】?【0043】、【0049】、及び図3には、第一ギャップ及び第二ギャップを有する一つの金型内において、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とが行われることが実質的に記載されており、さらに例えば段落【0049】には、「スライス加工」することによって、所定の厚さの最終的な熱伝導性樹脂成形品を作製することも記載されていることから、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるといえ、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ.特許出願の際に独立して特許を受けることができること
本件においては、本件訂正前の請求項1ないし8について特許異議の申立てがなされているので、訂正前の請求項1に係る訂正事項2に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(4)訂正事項3
ア.訂正の目的について
訂正事項3は、本件訂正前の請求項5に係る特許発明の発明特定事項である、熱伝導性樹脂成形品が有する「樹脂」について、「架橋したシリコーン樹脂」であることの限定を付加するとともに、上記訂正事項2による、「熱伝導性樹脂成形品」が折り畳まれた積層物を「スライス加工する」ことにより得られる旨の限定に対して、さらに、スライス加工が「架橋された後」に行われる旨の限定を付加するものであるといえるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ.新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張・変更について
本件特許明細書の例えば段落【0047】?【0049】には、熱伝導性樹脂成形品が有する樹脂成分として、シリコーン樹脂を用いることが記載され、特に段落【0049】には「・・厚さ10mmのシートを作製し、180℃で30分間の架橋処理を施した。当該シートをスライス加工し、厚さ200μmの熱伝導性樹脂成形品を作製した。」と記載されており、最終的に得られる熱伝導性樹脂成形品が有する樹脂は、「架橋したシリコーン樹脂」であり、スライス加工は架橋処理を施した後に行われるものであることが記載されていることから、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるといえ、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ.特許出願の際に独立して特許を受けることができること
本件においては、本件訂正前の請求項1ないし8について特許異議の申立てがなされているので、訂正前の請求項5に係る訂正事項3に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(5)訂正事項4
ア.訂正の目的について
訂正事項4は、本件訂正前の請求項6が請求項1?5のうちのいずれかを引用するものであったのを、請求項間の引用関係を解消して請求項1?5のいずれの記載も引用しないものとして独立形式の請求項へ改め、さらに、上記訂正事項2に係る訂正と同様の訂正を行い、本件訂正前の請求項1に係る特許発明の発明特定事項である、熱伝導性フィラーが面方向に配向した樹脂のシート状前駆体を、前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることにより得られる「熱伝導性樹脂成形品」について、「金型を使用して」シート状前駆体を成形した後、「当該金型内で」シート状前駆体を面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させる旨の限定、つまり、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とが一つの金型内で行われる旨の限定を付加するとともに、折り畳まれた積層物を「スライス加工する」ことにより得られる旨の限定を付加するものであるといえるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」、及び第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。

イ.新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張・変更について
上記訂正事項2と同様に、訂正事項4は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるといえ、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ.特許出願の際に独立して特許を受けることができること
本件においては、本件訂正前の請求項1ないし8について特許異議の申立てがなされているので、訂正前の請求項6に係る訂正事項4に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(6)訂正事項5
ア.訂正の目的について
訂正事項5は、請求項7を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ.新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項5は、請求項を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

(7)訂正事項6
ア.訂正の目的について
訂正事項6は、請求項8を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ.新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張・変更について
訂正事項6は、請求項を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

3.訂正の適否についてのむすび
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するから、本件訂正を認める。

第3 本件特許発明

本件訂正は、上記「第2」のとおり認められたので、本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明8」という。)は、訂正された特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(なお、下線は訂正された箇所を示す。)。
「【請求項1】
樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、
前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、
前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%であり、
前記樹脂のウェルドラインが前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成されており、
前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、
前記オイル成分の含有量は、8.0?25.8体積%であり、
前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られること、
を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。
【請求項2】
前記熱伝導性樹脂成形品の厚さと略同一の長さを有する前記熱伝導性フィラーを含むこと、
を特徴とする請求項1に記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項3】
前記熱伝導性フィラーが熱伝導率に異方性を有すること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項4】
前記樹脂が有機過酸化物架橋又は付加架橋により硬化すること、
を特徴とする請求項1?3のうちのいずれかに記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項5】
前記樹脂は、架橋したシリコーン樹脂であり、
前記オイル成分がシリコーンオイルを含み、
前記折り畳まれた積層物は、架橋させた後にスライス加工する、こと、
を特徴とする請求項1?4のうちのいずれかに記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項6】
樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、
前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、
前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%であり、
前記樹脂のウェルドラインが前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成されており、
前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、
前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られるものであり、
外部応力の印加によって前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品の内部から前記熱伝導性樹脂成形品の表面に排出され、前記外部応力の除去によって前記表面に排出された前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品に再含浸されること、
を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除) 」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について

1.取消理由の概要
当審において、訂正前の請求項1ないし8に係る特許発明に対して通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
(1)理由1(特許法第29条第2項)
(1-1)理由1A(引用例1を主引例とした場合)
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、下記の引用例1に記載された発明及び引用例2?5に記載の技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、
本件特許の請求項7,8に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用例1に記載された発明、引用例2?5に記載の技術事項及び周知の技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(1-2)理由1B(引用例2を主引例とした場合)
本件特許の請求項1ないし4,6に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用例2に記載された発明及び引用例4,5に記載の技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、
本件特許の請求項7,8に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用例2に記載された発明、引用例4,5に記載の技術事項及び周知の技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用例1:特開2008-303324号公報(甲第8号証)
引用例2:特開2012-38763号公報(甲第2号証)
引用例3:国際公開第2008/053843号(甲第1号証)
引用例4:特開2002-26202号公報(甲第3号証)
引用例5:特開2014-27144号公報(甲第9号証)
引用例6:特開2012-23335号公報
引用例7:国際公開第2011/007510号(甲第10号証)
引用例8:特開平2-153995号公報(甲第11号証)
引用例9:特開2007-177001号公報(甲第12号証)

(2)理由2(特許法第36条第6項第1号)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

ア.請求項1において、「前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており」とあるが、「オイル成分」が、熱伝導性樹脂成形品に何のために、あるいはどの程度含まれるのかの特定がなく、そのため、オイル成分はごく僅かでも熱伝導性樹脂成形品に含まれていればよく、例えば当該樹脂成形品に外部応力が印加された場合であってもその表面にオイル成分が排出されたりすることはなく、当該樹脂成形品自体の柔軟性の向上にもさほど影響しないような含有量であっても良いとも解される。
しかしながら、発明の詳細な説明(特に、段落【0010】?【0011】、【0019】、【0035】)には、樹脂成形品に外部応力が印加され、ヒートシンク等との間に空隙が生じるような場合であっても、放熱効果の低下を抑制するという課題を解決するために、樹脂成形品の表面にオイル成分を排出させ、当該オイル成分によって空隙を充填したり、当該樹脂成形品自体の柔軟性により空隙を埋めるだけの十分な量のオイル成分を含ませることが記載されている。
したがって、請求項1に係る発明は、課題を解決するための手段が適切に反映されておらず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものであるといえる。
請求項1に従属する請求項2?5、7?8(請求項6に従属する場合を除く)に係る発明についても同様である。

イ.請求項7において、「前記オイル成分に前記熱伝導性フィラーが分散している・・」とあり、かかる記載(特に下線を付した記載部分に注意)によれば、オイル成分に分散される「熱伝導性フィラー」は、熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向して含まれる熱伝導性フィラーを意味するものとなっている。
しかしながら、発明の詳細な説明(特に段落【0021】、【0037】の記載や【表1】)によると、オイル成分に分散される「熱伝導性フィラー」は、熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向して含まれる熱伝導性フィラーとは異なるフィラーであると解される(特に【表1】には、熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向して含まれる「熱伝導性フィラー」と、オイル成分に分散される「オイル中フィラー」とが分けて示されている)。
したがってこの点において、請求項7に係る発明及び請求項7に従属する請求項8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。

(3)理由3(特許法第36条第6項第2号)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

ア.請求項1において、当該請求項1に係る発明は、「熱伝導性樹脂成形品」という物の発明であるが、「前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を、前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることにより得られる・・」との記載は、明細書等の記載及び出願時の技術常識を考慮しても、当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのかが明らかでないため(特にかかる記載が、例えば、請求項1の5行目に記載されているように「樹脂のウェルドラインが熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成され」ていることを単に繰り返し表しているにすぎないのか、あるいはそれ以上の構造若しくは特性についての特定(限定)を表しているといえるものであるのかが明らかでない)、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当し、当該請求項1にはその物の製造方法が記載されているといえる。
ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。
しかしながら、本願明細書等には不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるとも言えない。
したがって、請求項1に係る発明及び請求項1に従属する請求項2?8に係る発明は、明確なものでない。

イ.請求項1において、「前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を、前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることにより得られる・・」とあるが、かかる記載によれば、当該熱伝導性樹脂成形品は、シート状前駆体を面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることにより得られるそのままのもの(より具体的には、スライス加工がされないもの)であるとも解されるが、そうすると、シート状前駆体が折り畳まれる上下端(厚さ方向の両端)の部分では、熱伝導性フィラーもこれに沿って折り畳まれることになり、同請求項1に記載のように「前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向」するとはいえないはずである(熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向したものとするためには、スライス加工がなされる必要があるはず。)。
したがってこの点において、請求項1に係る発明及び請求項1に従属する請求項2?8に係る発明は、明確なものでない。

2.当審の判断
(1)理由1(特許法第29条第2項)について
(1-1)理由1A(引用例1を主引例とした場合)
(1-1-1)引用例1の記載
引用例1(特開2008-303324号公報、甲第8号証)には、「放熱シート」について、図面とともに以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
ア.「【請求項1】
ゴム成分、気相成長炭素繊維及びオイル成分を含有するゴム組成物であって、
前記気相成長炭素繊維の含有量は、前記ゴム組成物中、20容量%以上であり、
前記オイル成分の含有量は、容量基準で、前記気相成長炭素繊維の含有量の1.5倍以上である
ことを特徴とするゴム組成物。
・・・・・(中 略)・・・・・
【請求項5】
請求項1又は2記載のゴム組成物から得られる放熱シートであって、
気相成長炭素繊維が、前記放熱シートのシート面に対して略垂直方向に配向している
ことを特徴とする放熱シート。
【請求項6】
請求項5記載の放熱シートの製造方法であって、
ゴム成分、気相成長炭素繊維及びオイル成分を含有するゴム組成物を得る工程(I)と、
前記工程(I)で得られたゴム組成物を用いて、前記気相成長炭素繊維がシート面方向に配向しているゴムシートを得る工程(II)と、
前記工程(II)で得られたゴムシートを積層してゴム積層体を得る工程(III)と、
前記工程(III)で得られたゴム積層体を、積層体におけるゴムシートのシート面に対して略垂直方向に切断する工程(IV)とを含み、
前記ゴム組成物において、前記気相成長炭素繊維の含有量は、前記ゴム組成物中、20容量%以上であり、前記オイル成分の含有量は、容量基準で、前記気相成長炭素繊維の含有量の1.5倍以上である
ことを特徴とする放熱シートの製造方法。」

イ.「【0012】
これに対し、ゴム組成物において、気相成長炭素繊維を一定量配合すると、配合した気相成長炭素繊維は、その性状から多量のオイル成分を保持できるため、結果として、ゴム組成物において、ブリード現象を防止しながら、多量のオイル成分を配合する(含浸する)ことが可能となる。
【0013】
従って、このようなゴム組成物からゴム成形体を製造した場合、一定量の気相成長炭素繊維をゴム成形体内で一定方向に配向させることによって高い熱伝導性を発現させることができると同時に、多量のオイル成分によってゴム成形体に低硬度(柔軟性)をも付与することが可能となる。よって、このゴム組成物を用いることにより、良好な放熱性を有する放熱シートを得ることができる。
また、得られたゴム成形体は、気相成長炭素繊維が配合されているため、良好な導電性、電磁波シールド性を発現させることも期待できる。」

ウ.「【0025】
本発明のゴム組成物において、上記気相成長炭素繊維の含有量は、ゴム組成物(100容量%)中、20容量%以上である。20容量%以上配合したゴム組成物からゴム成形体を製造し、その成形体内で気相成長炭素繊維を一定方向に配向させると、その配向方向に高い熱伝導性を発現させることができる。このため、このゴム成形体を用いて製造した放熱シートにおいて、高い熱伝導性を得ることができる。よって、放熱シートに良好な放熱性を付与することができる。上記気相成長炭素繊維の含有量は、20?50容量%が好ましく、25?35容量%がより好ましい。」

エ.「【0036】
図2は、本発明の放熱シート11の概略図の一例である。
図2の放熱シート11は、シート内において、気相成長炭素繊維12がシート面14に対して略垂直方向(配向方向13)に略均一に配向している。即ち、本発明の放熱シート11は、シートの厚さ方向に気相成長炭素繊維12が略均一に配向している。また、本発明の放熱シート11は、シート面14において気相成長炭素繊維12が露出しているものである。なお、図2の放熱シート11において、気相成長炭素繊維12以外の部分は、主としてゴム成分、オイル成分からなる。
【0037】
放熱シートのシート面14とは、放熱シート11の表面及び裏面を意味する。放熱シート11では、使用時において、一方のシート面が発熱体に接して発熱体から熱を受け取る受熱面として機能し、他方のシート面が放熱体に接して放熱体へ熱を渡す放熱面として機能する。本発明の放熱シート11では、シート面14に露出し、シート厚さ方向に配向している気相成長炭素繊維12により高い熱伝導性が発揮される。
【0038】
更に、放熱シート11は、ゴム成分と多量のオイル成分を使用して得られるシートであるため、シート全体が柔軟性に優れている。従って、放熱シート11の使用時において、シート面14の表面及びシート面14に露出した気相成長炭素繊維12を、発熱体と放熱体に良好に接触させることができる。よって、本発明では、放熱シート11に高い熱伝導性を付与し、良好な放熱性を発現させることができる。」

オ.「【0034】
本発明のゴム成形体の製造方法としては、得られるゴム成形体内において気相成長炭素繊維を略均一方向に配向させることが可能な方法であれば特に限定されず、例えば、以下の方法により製造することができる。
ゴム成分、オイル成分に、必要に応じて適宜添加剤を配合し、これをゴム配合用ロールにて混練する。次いで、得られた混練ゴムに気相成長炭素繊維を添加し、混練して、配合ゴムとしてゴム組成物を得、更に、得られた配合ゴムのシート成形を行うことにより本発明のゴム成形体(ゴムシート)を製造できる。本発明において、シート成形の方法としては、例えば、カレンダー成形、押出成形等を用いることができる。」

カ.「【0042】
以下、上記本発明の放熱シートの製造方法について説明する。
放熱シートの製造方法としては、図2に示したシートが得られる方法であれば特に限定されないが、例えば、以下の方法を挙げることができる。
即ち、上記ゴム成分、上記気相成長炭素繊維及び上記オイル成分を含有するゴム組成物を得る工程(I)と、上記工程(I)で得られたゴム組成物を用いて、上記気相成長炭素繊維がシート面方向に配向しているゴムシートを得る工程(II)と、上記工程(II)で得られたゴムシートを積層してゴム積層体を得る工程(III)と、上記工程(III)で得られたゴム積層体を、積層体におけるゴムシートのシート面に対して略垂直方向に切断する工程(IV)とを含み、上記ゴム組成物において、上記気相成長炭素繊維の含有量は、上記ゴム組成物中、20容量%以上であり、上記オイル成分の含有量は、容量基準で、上記気相成長炭素繊維の含有量の1.5倍以上である製造方法によって本発明の放熱シートを製造することができる。
【0043】
以下、上記放熱シートの製造方法を図1?3を用いて具体的に説明する。
上記製造方法においては、先ず、上記工程(I)が行われ、次いで、上記工程(II)が行われる。工程(I)は、上述したゴム組成物の製造方法と同様の方法で行うことができる。また、工程(II)は、上述したゴム成形体(ゴムシート)の製造方法と同様の方法により気相成長炭素繊維がシート面方向に配向しているゴムシートを得ることができる。上記製造方法の工程(I)及び(II)を行うことで、図1で示したようなゴム成形体1(ゴムシート)を製造することができる。
【0044】
上記製造方法では、上記工程(II)の後、上記工程(II)で得られたゴムシートを積層してゴム積層体を得る工程(III)が行われる。
図3は、工程(III)で得られたゴム積層体21の概略図の一例であり、ゴムシート22が積層されたものが示されている。ゴムシート22は、図1で示したゴム成形体1(ゴムシート)と同様のものである。
【0045】
ゴムシート22を積層してゴム積層体21を製造する方法としては、従来公知の積層方法を用いて行うことができる。
例えば、ゴム組成物を用い、上記工程(I)及び(II)によって未加硫のゴムシート22を多数製造し、そのシートを積層し、公知の手段にて加硫することにより、ゴム積層体21(加硫済み)を得ることができる。
【0046】
上記製造方法では、上記工程(III)の後、上記工程(III)で得られたゴム積層体を、積層体におけるゴムシートのシート面に対して略垂直方向に切断する工程(IV)が行われる。即ち、図3において、ゴム積層体21において、積層体を構成するゴムシートのシート面23に対して、略垂直方向24(切断方向)に切断される。以上のように、工程(I)?(IV)を行うことにより、図2に示した本発明の放熱シート11を製造することができる。」

上記「ア.」ないし「カ.」の記載事項(特に下線を付した記載部分を参照)、及び図1ないし図3を総合勘案すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。
「ゴム成分及び気相成長炭素繊維を含有するゴム組成物から得られる放熱シートであって、
前記気相成長炭素繊維が、前記放熱シートのシート面に対して略垂直方向に配向しており、
前記気相成長炭素繊維の含有量は、前記ゴム組成物中、20容量%以上(好ましくは20?50容量%)であり、
前記ゴム組成物には、シート全体が柔軟性に優れ、発熱体と放熱体に良好に接触させることができるように、容量基準で、前記気相成長炭素繊維の含有量の1.5倍以上の多量のオイル成分が含まれてなり、
押出成形によって前記気相成長炭素繊維がシート面方向に配向しているゴム成形体(ゴムシート)を得た後、当該ゴム成形体(ゴムシート)を複数枚積層したゴム積層体を得て、当該ゴム積層体におけるゴム成形体(ゴムシート)のシート面に対して略垂直方向に切断することにより得られる、放熱シート。」

(1-1-2)対比・判断
ア.本件特許発明1について
本件特許発明1と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1における「ゴム成分及び気相成長炭素繊維を含有するゴム組成物から得られる放熱シートであって」によれば、
引用発明1における「ゴム成分」、「気相成長炭素繊維」は、それぞれ本件特許発明1でいう「樹脂」、「熱伝導性フィラー」に相当し、
引用発明1における「放熱シート」は、後述のように、ゴム成形体(ゴムシート)から得られるものであるから、本件特許発明1でいう「熱伝導性樹脂成形品」に相当する。
したがって、本件特許発明1と引用発明1とは、「樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品」である点で一致する。

(イ)引用発明1における「前記気相成長炭素繊維が、前記放熱シートのシート面に対して略垂直方向に配向しており」によれば、
本件特許発明1と引用発明1とは、「前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向」している点で一致するといえる。

(ウ)引用発明1における「前記気相成長炭素繊維の含有量は、前記ゴム組成物中、20容量%以上(好ましくは20?50容量%)であり」によれば、
引用発明1における、気相成長炭素繊維の含有量は、ゴム組成物中、20容量%以上(好ましくは20?50容量%)であるから、本件特許発明1において特定する、熱伝導性フィラーの体積充填率が「20?80体積%」の範囲(条件)を満たしている。
したがって、本件特許発明1と引用発明1とは、「前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%」である点で一致する。

(エ)引用発明1における「前記ゴム組成物には、シート全体が柔軟性に優れ、発熱体と放熱体に良好に接触させることができるように、容量基準で、前記気相成長炭素繊維の含有量の1.5倍以上の多量のオイル成分が含まれてなり」によれば、
引用発明1における「オイル成分」は、本件特許発明1でいう「オイル成分」に相当し、
引用発明1における「オイル成分」の含有量は、気相成長炭素繊維の含有量の1.5倍以上であるところ、当該気相成長炭素繊維の含有量はゴム組成物中、20容量%以上であることから、ゴム組成物中、30容量%以上ということになる。
したがって、本件特許発明1と引用発明1とは、「前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれて」いる点では一致する。
ただし、その含有量について、本件特許発明1では、「8.0?25.8体積%」である旨特定するのに対し、引用発明1では、30容量%以上である点で相違するといえる。

(オ)引用発明1における「押出成形によって前記気相成長炭素繊維がシート面方向に配向しているゴム成形体(ゴムシート)を得た後、当該ゴム成形体(ゴムシート)を複数枚積層したゴム積層体を得て、当該ゴム積層体におけるゴム成形体(ゴムシート)のシート面に対して略垂直方向に切断することにより得られる、放熱シート。」によれば、
引用発明1における「ゴム成形体(ゴムシート)」、「ゴム積層体」は、それぞれ本件特許発明1でいう「シート状前駆体」、「積層物」に相当し、
引用発明1においても、「ゴム成形体(ゴムシート)」は、押出成形によることから、金型を使用して成形されてなるものであるといえ、
また、引用発明1においても、「放熱シート」は、ゴム積層体を切断、すなわちスライス加工することにより得られるものであるといえる。
したがって、本件特許発明1と引用発明1とは、「前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に積層した積層物をスライス加工することにより得られる」ものである点で共通するということができる。
ただし、積層物について、本件特許発明1では、金型を使用してシート状前駆体を成形した後、「当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ」ることにより得られるものである旨特定するのに対し、引用発明1では、複数枚のゴム成形体(ゴムシート)を積層して得られるものであるものの、ゴム成形体(ゴムシート)を成形した金型内で当該ゴム成形体(ゴムシート)を面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させるといった特定までは有していない点で相違している。

よって、本件特許発明1と引用発明1とは、
「樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、
前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、
前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%であり、
前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、
前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に積層した積層物をスライス加工することにより得られること、
を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。」
である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点1]
本件特許発明1では、「樹脂のウェルドラインが熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成され」ている旨特定するのに対し、引用発明1では、そのような明確な特定がない点。

[相違点2]
オイル成分の含有量について、本件特許発明1では、「8.0?25.8体積%」である旨特定するのに対し、引用発明1では、30容量%以上である点。

[相違点3]
積層物について、本件特許発明1では、金型を使用してシート状前駆体を成形した後、「当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ」ることにより得られるものである旨特定するのに対し、引用発明1では、複数枚のゴム成形体(ゴムシート)を積層して得られるものであるものの、ゴム成形体(ゴムシート)を成形した金型内で当該ゴム成形体(ゴムシート)を面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させるといった特定までは有していない点。

そこで、まず上記[相違点3]について検討すると、
引用例2(甲第2号証)の段落【0063】や引用例3(甲第1号証)の段落【0076】には、シート状前駆体を積層した積層体を得る方法として、複数枚のシート状前駆体(一次シート)を積層する方法以外に、シート状前駆体(一次シート)を折り畳む方法も挙げられており、また、上記引用例2の段落【0065】、上記引用例3の段落【0078】には、積層は適宜加熱下で行っても良いことが記載され、さらに、引用例4(甲第3号証)の段落【0024】29?32行目及び段落【0027】、引用例5(甲第9号証)の【請求項5】及び段落【0036】には、積層したシート状前駆体(一次シート)を融着させて一体化した積層体を得ることも記載されており、引用発明1においても、ゴム成形体(ゴムシート)を折り畳んで積層した面同士を融着させるようにすることは当業者であれば容易になし得ることであるといえるものの、本件特許発明1のように、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにすることまでは導き出すことはできない。

なお、当審の取消理由に引用された他の引用例(引用例6?9)のいずれにも、本件特許発明1における、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにするという発明特定事項については記載も示唆もない。

よって、他の相違点(相違点1,2)について検討するまでもなく、本件特許発明1は、引用発明1及び引用例2?5に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ.本件特許発明2ないし5について
請求項2ないし5は、請求項1に従属する請求項であり、本件特許発明2ないし5は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件特許発明1の判断と同様の理由により、本件特許発明2ないし5は、引用発明1及び引用例2?5に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ.本件特許発明6について
独立形式で記載された請求項6に係る本件特許発明6は、本件特許発明1における、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにするという発明特定事項を共通して有するものであるから、上記本件特許発明1の判断と同様の理由により、本件特許発明6は、引用発明1及び引用例2?5に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(1-2)理由1B(引用例2を主引例とした場合)
(1-2-1)引用例2の記載
引用例2(特開2012-38763号公報、甲第2号証)には、「熱伝導シート」について、以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
ア.「【請求項1】
20℃以上30℃以下の温度範囲において液状であるポリブテン(A)と、組成物全体に対して1体積%以上含有される離型剤(B)と、ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物の架橋硬化物(C)と、熱伝導性フィラー(D)とを含有する組成物を含む熱伝導シートであって、熱伝導シートのガラス転移温度(Tg)が50℃以下であり、前記熱伝導性フィラー(D)の長軸方向が熱伝導シートの厚み方向に配向していることを特徴とする熱伝導シート。
・・・・・(中 略)・・・・・
【請求項3】
前記ポリブテン(A)を、5体積%以上50体積%以下の範囲で含有する、請求項1又は請求項2記載の熱伝導シート。
・・・・・(中 略)・・・・・
【請求項5】
前記熱伝導性フィラー(D)を、25体積%以上75体積%以下の範囲で含有する、請求項1?4のいずれか一項に記載の熱伝導シート。
・・・・・(中 略)・・・・・
【請求項7】
請求項1?6のいずれか一項に記載の熱伝導シートを製造する方法であって、
ポリブテン(A)と、離型剤(B)と、ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物(C’)及びその硬化剤(c)と、熱伝導性フィラー(D)とを含有する組成物を、前記熱伝導性フィラー(D)の質量平均径の10倍以下の厚みに圧延成形、プレス成形、押出成形、又は塗工し、主たる面に対して平行方向に前記熱伝導性フィラー(D)の長軸方向が配向した一次シートを作製する工程、
前記一次シートを積層して成形体を得る工程、
前記成形体を加熱して、前記ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物(C’)と硬化剤(c)とを反応させる工程、
前記一次シート面から出る法線に対し、前記成形体を0度以上30度以下の角度範囲でスライスして熱伝導シートを得る工程、
を有する熱伝導シートの製造方法。」

イ.「【0017】
組成物中にポリブテン(A)を含むことで、ポリブテン(A)が表面に滲み出し、高いタック性を発現することが可能である。また、表面に滲み出したポリブテン(A)は、長期間使用しても被着体に固着することがなく、また、ポリブテン(A)及び離型剤(B)を含むことでバインダ樹脂による長期間使用後の被着体への固着を防ぎ、高い離型性を発現することが可能である。」

ウ.「【0023】
本発明で用いられるポリブテン(A)の含有量は、組成物全体積の5?50体積%であること好ましく、10?30体積%であることがより好ましい。5体積%未満の場合、十分なタック性、及び離型性が得られにくくなる傾向があり、50体積%を超える場合、液状成分が過剰になってしまうため、シートの成形が困難になりやすい傾向がある。」

エ.「【0047】
熱伝導性フィラー(D)の含有量は、組成物全体積の25?75体積%であることが好ましく、30?60体積%であることがより好ましい。25体積%未満である場合、熱伝導性が徐々に低下していく傾向があり、75体積%を超える場合、タック性が低下していく傾向がある。」

オ.「【0062】
また、一次シートを作製する際、ポリブテン(A)と、離型剤(B)と、ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物(C’)と、これを架橋硬化させる硬化剤(c)と、熱伝導性フィラー(D)とを含有する組成物の、成形前の形状が塊状物である場合は、塊状物の厚み(d0)に対し、成形後の一次シートの厚み(dp)が、dp/d0<0.15になるよう圧延成形、プレス成形、又は押出成形することが好ましい。dp/d0<0.15となるよう成形することにより、熱伝導性フィラー(D)の長軸方向が、シートの主たる面に対して平行方向に配向させ易くなる。
【0063】
(2)成形体を得る工程
次いで、前記一次シートを積層し、成形体を得る。一次シートを積層する方法は、特に制限されず、例えば、複数枚の一次シートを積層する方法、又は一次シートを折り畳む方法等が挙げられる。積層する際は、シート面内での熱伝導性フィラー(D)の向きを揃えて積層する。積層する際の一次シートの形状は、特に制限されず、例えば、矩形状の一次シートを積層した場合は角柱状の成形体が得られ、また、円形状の一次シートを積層した場合は円柱状の成形体が得られる。積層枚数に制限はなく、所望とする熱伝導シートのサイズに応じて積層することができる。例えば、10?100枚とすることができる。」

上記「ア.」ないし「オ.」の記載事項(特に下線を付した記載部分を参照)を総合勘案すると、引用例2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されている。
「ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物の架橋硬化物と、熱伝導性フィラーとを含有する組成物を含む熱伝導シートであって、
前記熱伝導性フィラーの長手方向が前記熱伝導シートの厚み方向に配向しており、
前記熱伝導性フィラーの含有量は、前記組成物全体積の20?75体積%であり、
前記組成物には、表面に滲み出し、高いタック性を発現することが可能なように、前記組成物全体積の5?50体積%(より好ましくは10?30体積%)のポリブテンが含まれており、
押出成形によって前記熱伝導性フィラーが主たる面に対して平行方向に配向した一次シートを作製し、次いで、当該一次シートを折り畳むことにより積層して成形体を得て、当該成形体における一次シート面から出る法線に対して0?30度の角度でスライスすることにより得られる、熱伝導シート。」

(1-2-2)対比・判断
ア.本件特許発明1について
本件特許発明1と引用発明2とを対比する。
(ア)引用発明2における「ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物の架橋硬化物と、熱伝導性フィラーとを含有する組成物を含む熱伝導シートであって」によれば、
引用発明2における「ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物の架橋硬化物」、「熱伝導性フィラー」は、それぞれ本件特許発明1でいう「樹脂」、「熱伝導性フィラー」に相当し、
引用発明2における「熱伝導シート」は、後述のように、樹脂(ポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物)を含む成形体から得られるものであるから、本件特許発明1でいう「熱伝導性樹脂成形品」に相当する。
したがって、本件特許発明1と引用発明2とは、「樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品」である点で一致する。

(イ)引用発明2における「前記熱伝導性フィラーの長手方向が前記熱伝導シートの厚み方向に配向しており」によれば、
本件特許発明1と引用発明2とは、「前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向」している点で一致するといえる。

(ウ)引用発明2における「前記熱伝導性フィラーの含有量は、前記組成物全体積の20?75体積%であり」によれば、
引用発明2における、熱伝導性フィラーの含有量は、組成物全体積の20?75体積%であるから、本件特許発明1において特定する、熱伝導性フィラーの体積充填率が「20?80体積%」の範囲(条件)を満たしている。
したがって、本件特許発明1と引用発明2とは、「前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?75体積%」である点で一致する。

(エ)引用発明2における「前記組成物には、表面に滲み出し、高いタック性を発現することが可能なように、前記組成物全体積の5?50体積%(より好ましくは10?30体積%)のポリブテンが含まれており」によれば、
引用発明2における「ポリブテン」は、本件特許発明1でいう「オイル成分」に相当し、
引用発明2における「ポリブテン」の含有量は、組成物全体積の5?50体積%、より好ましくは10?30体積%であるから、本件特許発明1において特定する、オイル成分の含有量が「8.0?25.8体積%」の範囲(条件)と大部分において重複する。
したがって、本件特許発明1と引用発明1とは、「前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、前記オイル成分の含有量は、10.0?25.8体積%」である点で一致するといえる。

(オ)引用発明2における「押出成形によって前記熱伝導性フィラーが主たる面に対して平行方向に配向した一次シートを作製し、次いで、当該一次シートを折り畳むことにより積層して成形体を得て、当該成形体における一次シート面から出る法線に対して0?30度の角度でスライスすることにより得られる、熱伝導シート。」によれば、
引用発明2における「一次シート」、一次シートを折り畳むことにより積層してなる「成形体」は、それぞれ本件特許発明1でいう「シート状前駆体」、「積層物」に相当し、
引用発明2においても、「一次シート」は、押出成形によることから、金型を使用して成形されてなるものであるといえ、
また、引用発明2においても、「熱伝導シート」は、成形体をスライス加工することにより得られるものである。
したがって、本件特許発明1と引用発明2とは、「前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳んで積層した積層物をスライス加工することにより得られる」ものである点で共通するということができる。
ただし、積層物について、本件特許発明1では、金型を使用してシート状前駆体を成形した後、「当該金型内で」前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら「融着させ」ることにより得られるものである旨特定するのに対し、引用発明2では、そのような特定を有していない点で相違している。

よって、本件特許発明1と引用発明2とは、
「樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、
前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、
前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?75体積%であり、
前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、
前記オイル成分の含有量は、10.0?25.8体積%であり、
前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳んで積層した積層物をスライス加工することにより得られること、
を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。」
である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点1]
本件特許発明1では、「樹脂のウェルドラインが熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成され」ている旨特定するのに対し、引用発明2では、そのような明確な特定がない点。

[相違点2]
積層物について、本件特許発明1では、金型を使用してシート状前駆体を成形した後、「当該金型内で」前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら「融着させ」ることにより得られるものである旨特定するのに対し、引用発明2では、そのような特定を有していない点。

そこで、まず上記[相違点2]について検討すると、
引用例2の段落【0065】には「積層は適宜加熱下で行っても良い」ことが記載され、さらに、引用例4(甲第3号証)の段落【0024】29?32行目及び段落【0027】、引用例5(甲第9号証)の【請求項5】及び段落【0036】には、積層したシート状前駆体(一次シート)を融着させて一体化した積層体を得ることも記載されており、引用発明2においても、一次シートを折り畳んで積層した成形体の面同士を融着させるようにすることは当業者であれば容易になし得ることであるといえるものの、本件特許発明1のように、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにすることまでは導き出すことはできない。

なお、当審の取消理由に引用された他の引用例(引用例1、3、6?9)のいずれにも、本件特許発明1における、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにするという発明特定事項については記載も示唆もない。

よって、他の相違点(相違点1)について検討するまでもなく、本件特許発明1は、引用発明2及び引用例4,5に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ.本件特許発明2ないし4について
請求項2ないし4は、請求項1に従属する請求項であり、本件特許発明2ないし5は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件特許発明1の判断と同様の理由により、本件特許発明2ないし4は、引用発明2及び引用例4,5に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ.本件特許発明6について
独立形式で記載された請求項6に係る本件特許発明6は、本件特許発明1における、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにするという発明特定事項を共通して有するものであるから、上記本件特許発明1の判断と同様の理由により、本件特許発明6は、引用発明2及び引用例4,5に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(1-3)まとめ
以上のとおりであるから、本件の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるということはできない。

(2)理由2(特許法第36条第6項第1号)について
ア.理由2の上記「ア.」の指摘に対して、上記平成29年12月15日付け訂正請求による訂正(訂正事項1)により、請求項1において、オイル成分の含有量が「8.0?25.8体積%」であるとされ、熱伝導性樹脂成形品に「オイル成分」をどの程度含まれるものであるのかが具体的に特定された。
イ.理由2の上記「イ.」の指摘に対して、上記平成29年12月15日付け訂正請求による訂正(訂正事項5)により、請求項7は削除された。

したがって、当審による取消理由で理由2として指摘した不備な点は解消され、本件の請求項1及び請求項1に従属する請求項2?5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえない。

(3)理由3(特許法第36条第6項第2号)について
ア.理由3の上記「ア.」の指摘に対して、上記平成29年12月15日付け訂正請求による訂正(訂正事項2、4)により、請求項1及び請求項6において、物の製造方法の記載について、熱伝導性樹脂成形品は「金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られる・・」とより具体的に特定するとともに、同日付けの意見書において、特許権者は、「・・金型を使用してシート状前駆体を成形した後、上記シート状前駆体をこの金型内でそのまま折り畳みながら融着しているため、上記シート状前駆体は成形後、あまり温度が下がらず、柔らかさを維持したまま融着されることになる。このため、・・シート状前駆体同士の界面の接触状態が、熱伝導性を確保するのに適した状態となっており、・・一方、このようなシート状前駆体同士の界面の状態を、その構造や特性により直接特定することは不可能であり、およそ実際的ではない。」と述べ、いわゆる不可能・非実際的事情が存在し、訂正後の請求項1及び請求項6は、物の製造方法を記載しているにもかかわらず、特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」の要件に適合する旨主張しているところ、
特許権者の主張するとおり、シート状前駆体の成形と当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行った場合における「シート状前駆体同士の界面の状態」と、例えば、積層したシート状前駆体の融着を、当該シート状前駆体を成形するための金型から一旦取り出した後に行った場合における「シート状前駆体同士の界面の状態」とは異なるものと考えられるが、このような「シート状前駆体同士の界面の状態」をその構造又は特性により直接特定することは不可能又はおよそ実際的でないといえ、「熱伝導性樹脂成形品」という物の発明である請求項1及び請求項6に係る発明において、その物の製造方法を記載して特定する必要があったものと認めることができる。
イ.理由3の上記「イ.」の指摘に対して、上記平成29年12月15日付け訂正請求による訂正(訂正事項2、4)により、請求項1及び請求項6において、熱伝導性樹脂成形品は、折り畳まれた積層物を「スライス加工する」ことにより得られるものであることが明確となった。

したがって、当審による取消理由で理由3として指摘した不備な点は解消され、本件の請求項1及び請求項1に従属する請求項2?5、請求項6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件(明確性要件)を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由等について

1.特許法第29条第1項第3号
特許異議申立人は、訂正前の請求項1,5に係る特許発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明と同一である旨主張している。
しかしながら、甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明は、少なくとも本件特許発明1,5(訂正後の請求項1,5に係る特許発明)における、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うようにするという発明特定事項を備えていない(上記「第4 2.(1-1-2)」や「第4 2.(1-2-2)」を参照)から、甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明と同一であるとすることはできない。
よって、特許異議申立人による、特許法第29条第1項第3号に関する上記主張はもはや理由がない。

2.特許法第29条第2項
特許異議申立人は、本件特許明細書には、本件の優先権主張基礎出願(甲第7号証)に記載されていた、熱伝導性フィラーの体積充填率が60体積%である実施例1-5が削除され、訂正前の請求項1ないし6に包含される、熱伝導性フィラーの体積充填率が39.4?55.2体積%である新たな実施例1-7が追加されており、優先権主張基礎出願に対して新規事項を含むことになるから、優先権主張の効果は認められず、
訂正前の請求項1?6に係る特許発明は、甲第6号証(特開2015-73067号公報、公開日:平成27年4月16日)に記載された発明、及び甲第8号証に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張している。
しかしながら、そもそも本件の優先権主張基礎出願の明細書等の例えば【請求項1】や段落【0044】には、熱伝導性樹脂成形品における熱伝導性フィラーの体積充填率を「20?80体積%」とすることが明記されており、上記新たな実施例1-7はその範囲内で追加されたものにすぎず、したがって、優先権主張基礎出願に対して新規事項を含むとまではいえない。
よって、優先権主張の効果は認められるべきであって、公開日が平成27年4月16日である甲第6号証は引用適格を有していないから、特許異議申立人による、特許法第29条第2項に関する上記主張は理由がない。

3.特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
特許異議申立人は、訂正後の請求項1,6に係る特許発明に関して、次のような記載不備を主張している。
(1)訂正後の請求項1,6において、効果が得られる最適な「オイル成分の含有量」は、オイル成分の種類によって異なるものであるにもかかわらず、「オイル成分」が特定されていない。よって、訂正後の請求項1,6に係る特許発明は、如何なる課題を解決するのかが不明であり、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。
(2)訂正後の請求項1,6において、本件特許明細書に記載された金型の具体例以外のどのような「金型」を用いれば、金型内でシート状前駆体を面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させることができるのかが不明であり、出願時の技術常識に照らしても、当該具体例から訂正後の請求項1,6に記載された特許発明まで拡張ないし一般化することはできない。
(3)訂正後の請求項1には「前記オイル成分の含有量は、8.0?25.8体積%」と記載され、これに対応する実施例1-4,6,7の熱伝導性フィラーの体積充填率は、44.5?55.2体積%である。しかしながら、訂正後の請求項1においては、熱伝導性フィラーの体積充填率が「20?80体積%」であると記載されており、当該体積充填率の上限値及び下限値の技術的意義ないし臨界的意義が不明であって、出願時の技術常識に照らしても、訂正後の請求項1に記載された特許発明まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。

しかしながら、
上記(1)については、本件特許明細書の段落【0026】には「オイル成分6は、本発明の効果を損なわない範囲で従来公知の種々のオイル成分を用いることができ、例えば、ナフテン系オイル、・・・、シリコーンオイルを用いることが好ましい。」と記載されており、実施例で用いられているシリコーンオイル以外にも種々のオイル成分を用いることができ、シリコーンオイル以外のオイル成分を用いた場合にあっても、その含有量が訂正後の請求項1に記載のように「8.0?25.8体積%」であれば、シリコーンオイルを用いた場合と同様の効果を奏し得るものと解される(なお、訂正後の請求項6には、そもそも「オイル成分の含有量」の特定はなされていない。)。
したがって、訂正後の請求項1,6において、オイル成分の種類が特定されていないからといって、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとまではいえない。
また、上記(2)については、そもそも訂正後の請求項1,6に係る特許発明は、金型の形状や構造自体に技術的特徴を有するわけではなく、シート状前駆体の成形と、当該シート状前駆体の折り畳みながらの融着とを一つの金型内で行うことに技術的特徴を有し、本件特許明細書には、かかる技術的特徴を実現するための一例として第一ギャップ及び第二ギャップを有する垂直配向金型が記載されているにすぎず、訂正後の請求項1,6において、金型の具体的な形状や構造の特定がないからといって、サポート要件を満たしていないとはいえない。
さらに、上記(3)については、本件特許明細書をみても、「熱伝導性フィラーの体積充填率」と「オイル成分の含有量」とが直接的な依存関係にあるとの記載はなく、それぞれの含有量は樹脂成分の含有量も考慮して独立して定め得るものと解され、また、本件特許明細書の段落【0044】には「樹脂2に対する熱伝導性フィラー4の割合は20?80体積%とすることができ、必要とされる熱伝導率等に応じて、適宜決定することができる。熱伝導性フィラーの割合が20体積%未満の場合は、熱伝導効果が小さくなる。また、熱伝導性フィラーの割合が80体積%を超えると、樹脂シート前駆体が第一ギャップを通過する際に、第一ギャップにおける流れの方向に対して略垂直方向に折り畳まれるものの、樹脂間が融着しづらくなるという不具合が生じる。」と記載(なお、かかる記載中、「第一ギャップ」は「第二ギャップ」の誤記と認められる)されており、熱伝導性フィラーの体積充填率の上限値及び下限値の技術的意義について一応記載されていることも踏まえると、訂正後の請求項1において、熱伝導性フィラーの体積充填率が実施例1-4,6,7に対応する44.5?55.2体積%に限定されていないからといって、サポート要件を満たしていないとはいえない。

よって、特許異議申立人による、特許法第36条第6項第1号に関する上記(1)?(3)の主張はいずれも理由がない。

4.特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)
特許異議申立人は、訂正後の請求項1に係る特許発明について、本件特許明細書等には、オイル成分の「体積%」の定義ないし測定法が記載されておらず、本件特許明細書は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない旨主張している。
しかしながら、例えば本件特許明細書の段落【0047】、【0048】の【表1】によれば、オイル成分の「体積%」は、熱伝導性樹脂成形品を構成する組成物全体積に対する配合割合(体積分率)であることは明らかであり、当業者であればその実施をすることができるものと認められ、実施可能要件を満たしていないとはいえない。
よって、特許異議申立人による、特許法第36条第4項第1号に関する上記主張は理由がない。

第6 むすび

以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、本件請求項7及び8に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項7及び8に対して、特許異議申立人 秋葉 恵一郎がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、
前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、
前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%であり、
前記樹脂のウェルドラインが前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成されており、
前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、
前記オイル成分の含有量は、8.0?25.8体積%であり、
前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られること、
を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。
【請求項2】
前記熱伝導性樹脂成形品の厚さと略同一の長さを有する前記熱伝導性フィラーを含むこと、
を特徴とする請求項1に記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項3】
前記熱伝導性フィラーが熱伝導率に異方性を有すること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項4】
前記樹脂が有機過酸化物架橋又は付加架橋により硬化すること、
を特徴とする請求項1?3のうちのいずれかに記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項5】
前記樹脂は、架橋したシリコーン樹脂であり、
前記オイル成分がシリコーンオイルを含み、
前記折り畳まれた積層物は、架橋させた後にスライス加工する、こと、
を特徴とする請求項1?4のうちのいずれかに記載の熱伝導性樹脂成形品。
【請求項6】
樹脂と熱伝導性フィラーとを有する熱伝導性樹脂成形品であって、
前記熱伝導性フィラーは前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向のみに配向し、
前記熱伝導性樹脂成形品における前記熱伝導性フィラーの体積充填率が20?80体積%であり、
前記樹脂のウェルドラインが前記熱伝導性樹脂成形品の略厚さ方向に形成されており、
前記熱伝導性樹脂成形品にオイル成分が含まれており、
前記熱伝導性樹脂成形品は、金型を使用して前記熱伝導性フィラーが面方向に配向した前記樹脂のシート状前駆体を成形した後、当該金型内で前記シート状前駆体を前記面方向に略垂直な方向に折り畳みながら融着させ、折り畳まれた積層物をスライス加工することにより得られるものであり、
外部応力の印加によって前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品の内部から前記熱伝導性樹脂成形品の表面に排出され、前記外部応力の除去によって前記表面に排出された前記オイル成分が前記熱伝導性樹脂成形品に再含浸されること、
を特徴とする熱伝導性樹脂成形品。
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-04-04 
出願番号 特願2016-536264(P2016-536264)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (H01L)
P 1 651・ 113- YAA (H01L)
P 1 651・ 121- YAA (H01L)
P 1 651・ 537- YAA (H01L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小山 和俊  
特許庁審判長 國分 直樹
特許庁審判官 井上 信一
関谷 隆一
登録日 2017-01-06 
登録番号 特許第6068733号(P6068733)
権利者 バンドー化学株式会社
発明の名称 熱伝導性樹脂成形品  
代理人 仲 晃一  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  
代理人 仲 晃一  
代理人 森貞 好昭  
代理人 森貞 好昭  

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