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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1341100
異議申立番号 異議2017-701207  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-07-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-12-20 
確定日 2018-06-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第6156661号発明「鉄系非晶質合金薄帯」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6156661号の請求項1?4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6156661号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?4に係る特許についての出願は、2014年(平成26年)7月28日(優先権主張 平成25年7月30日)を国際出願日とする出願であって、平成29年6月16日に特許権の設定登録がされ、同年7月5日に特許掲載公報が発行され、その後、同年12月20日付けで全請求項(請求項1?4)に対し、特許異議申立人である古川慎二(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成30年3月15日付けで当審から特許権者に対して取消理由が通知され、同年5月21日付けで特許権者から意見書が提出されたものである。

第2 特許異議の申立てについて

1 本件発明

本件特許の請求項1?4に係る発明(以下、「本件発明1?4」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
化学式:Fe_(x)B_(y)Si_(z)(ここで、x:78?83at%、y:11?15at%、z:6?13at%)で表される成分組成からなり、
冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下、かつ、ロール周方向平均長さが0.5mm以下である鉄系非晶質合金薄帯。
【請求項2】
上記成分組成に加えてさらに、Cr:0.2?1at%、Mn:0.2?2at%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする請求項1に記載の鉄系非晶質合金薄帯。
【請求項3】
上記成分組成に加えてさらに、C:0.2?2at%、P:0.2?2at%、Sn:0.2?1at%およびSb:0.2?1at%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の鉄系非晶質合金薄帯。
【請求項4】
巻鉄心変圧器用であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の鉄系非晶質合金薄帯。」

2 取消理由の内容

本件発明について、平成30年3月15日付けで当審から特許権者に対して通知した取消理由の内容は以下のとおりである。

「理由1(明確性要件違反)
本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

理由2(実施可能要件違反)
本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。



理由1,2について
請求項1の記載では『エアポケット』の定義(形態,寸法の下限値,凹凸から凹部を選択する基準,等)が明らかではなく、この点は、発明の詳細な説明の段落【0032】等の記載を参酌しても明らかにならないから、請求項1及びこれを引用する請求項2?4の記載は明確であるとはいえず、また、請求項1?4に係る発明を実施するための前提として、製造された鉄系非晶質合金薄帯が『冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下、かつ、ロール周方向平均長さが0.5mm以下である』ことが確認できることを要するところ、『エアポケット』の定義は、発明の詳細な説明の段落【0032】等の記載を参酌しても明らかにならないから、発明の詳細な説明は、当業者が、請求項1?4に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
その理由は、異議申立書第12頁第8行?第15頁第3行に記載されたとおりである。」

3 当審の判断

(1)取消理由通知に記載した取消理由について

ア 理由1(明確性要件違反),理由2(実施可能要件違反)の取消理由は、請求項1及び発明の詳細な説明の段落【0032】等の記載を参酌しても、本件発明にいう「エアポケット」の定義(形態,寸法の下限値,凹凸から凹部を選択する基準,等)が明らかではないことに基づくものである。

イ ここで、本件特許の願書に添付された明細書の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)には、以下の記載がある(なお、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。
「【0017】
・・・鉄損が大きい薄帯・・・の急冷ロールと接した側の表面を観察したところ・・・多くの凹みが存在しており、特に鋳造方向(ロール周方向)に長く延びた凹みが多く観察された。このような凹みは、薄帯を形成する際、溶湯と急冷ロール表面の間に雰囲気ガスが巻き込まれて形成されるいわゆる『エアポケット』と呼ばれるものであり、急冷ロールの表面性状や表面温度、雰囲気等によって発生個数や形状が異なることが知られている。
【0018】
そこで、急冷ロールと接する側の薄帯の表面を光学顕微鏡で20倍に拡大して写真撮影し、エアポケットの単位面積当たりの発生個数およびロール周方向の長さの平均を測定した・・・結果・・・エアポケットの単位面積当たりの個数が多い場合や、ロール周方向に長い形状をしている場合には鉄損特性が劣ることがわかった。
本発明は、上記知見に基いて開発したものである。」
「【0032】
・・・本発明におけるエアポケットの個数および平均長さは、以下のようにして測定する。まず、急冷ロールと接した側の薄帯表面を光学顕微鏡を用いて20倍程度で撮影した写真から、薄帯表面10mm四方あたりのエアポケット個数と、それぞれのエアポケットのロール周方向の長さを測定して平均値を求める。そして、この測定を、薄帯の幅方向に20mm間隔で全幅に亘って実施し、それらの平均値を、その薄帯のエアポケットの個数および平均長さとする。」
「【0045】
・・・薄帯の、急冷ロールと接した側の表面を光学顕微鏡を用いて20倍で写真撮影し、この写真から、10mm四方の範囲の鋼帯表面に発生したエアポケットの個数と、それぞれのエアポケットのロール周方向の長さを測定し、さらにこの測定を、薄帯の幅方向に20mm間隔で(計5箇所)実施し、その5箇所のエアポケットの個数とロール周方向の長さの平均値を算出した。」

ウ 他方、本件発明にいう「エアポケット」の定義に関し、平成30年5月21日付けで特許権者から提出された意見書(以下、「意見書」という。)には、以下の記載がある(なお、「/」は改行を表す。以下同様。)。

(ア)「本件特許発明のエアポケットは、明細書の段落[0017]に記載されているように、『薄帯を形成する際、溶湯と急冷ロール表面との間に雰囲気ガスが巻き込まれて形成される鋳造方向(ロール周方向)に長く延びた凹部』と定義された表面欠陥であります。」(第4頁第1?4行)

(イ)「上記『エアポケット』と称する欠陥は、光学顕微鏡で観察した場合、乙第1号証(本件特許の明細書の引用文献1に該当)の図2に模式的に記載されているように、縁部(暗部)と凹部(明部)からなる輪郭をもった形状して(当審注:原文ママ)認識することができます。/ そこで、本件特許発明においては、上記縁部(暗部)と凹部(明部)からなる箇所をエアポケットと定義しています。」(第4頁第5?10行)

(ウ)「乙第1号証の[0008]や[0016]に、『エアポケット(直径;10?20μm、深さ;1?3μm)』と記載されるように、エアポケットの大きさは、通常、10μm以上の大きさを有しています。このことは、後述する乙第3号証(甲第2号証と同じ)のFIG.12に観察されるエアポケットの最小径が10μm程度であることからも確認できます。/ したがって、分解能が0.76μmである倍率20倍の光学顕微鏡であれば、10μm程度の大きさのエアポケットは十分に識別することが可能です。」(第4頁第12?18行)

(エ)「本件特許発明の非晶質合金薄帯は、特許権者の手元には存在しておりません。そこで、類似の成分組成と製造条件で製造した非晶質合金薄帯の冷却ロールと接した面を倍率20倍で撮像し、これをさらに約100倍に拡大した写真を乙第2号証として提出致します。/ ・・・写真内に認められるエアポケットの個数が5.3個以下、ロール周方向平均長さが50mm以下であれば、本件特許発明の要件・・・を満たしていることになります。」(第5頁第4?12行)

(オ)「乙第2号証の写真1を見ますと、エアポケットの個数が3個/mm^(2)で、ロール周方向の平均長さが0.08mmですので、本件特許発明の要件を満たしています。」(第5頁第13?15行)

(カ)「乙第2号証の写真2を見ますと、丸印で示しましたように、10?20μmのエアポケットが5.3個を大きく上回る数で認められます。したがって、この写真2は・・・個数は本件特許の要件・・・を満たしていません。」(第5頁第16?20行)

(キ)「乙第3号証(甲第2号証のFIG.12)の写真には、暗部の輪郭とそれに囲まれる明部からなる形状が多数存在していることがわかります。/ ここで、これらの形状は長く延びておりませんが、甲第2号証のFig.7においても、暗部の輪郭とそれに囲まれる明部からなる形状に認識される『空気穴(air pockets)』は必ずしも全てが長く延びているわけではありません。したがって、乙第3号証の写真中に確認される暗部の輪郭とそれに囲まれる明部からなる形状はエアポケットと認識することができ、それらのエアポケットの大きさは概ね10μm程度以上となっています。」(第5頁最下行?第6頁第7行)

(ク)「乙第3号証の写真に観察されるエアポケットの数は・・・7.4個以下であれば、本件特許発明の範囲内(8個/mm^(2)以下)になるところ、それ以上であることは明確です。/ ・・・/ したがって、甲第2号証(甲第1、3号証)のFIG.12は・・・『エアポケットの個数』は、本件特許発明の要件を満たしていません。」(第6頁第8?15行)

(ケ)「証拠方法
(1)乙第1号証:特開2000-54089号公報、写し
(2)乙第2号証:本件特許発明と類似の非晶質合金薄帯の表面写真、原本
(3)乙第3号証:米国特許第4588015号明細書のFIG.12、写し」(第6頁第20?23行)

エ また、前記イの意見書に添付された各乙号証には、それぞれ、以下の記載がある。

(ア)乙第1号証

「【請求項1】 冷却ロールによって急冷凝固されたアモルファス合金であって、ロール面側表面のエアーポケットの占める面積率が20%以下であることを特徴とする、表明性状と磁気特性に優れたFe基アモルファス合金。」(【特許請求の範囲】)
「表面粗度増加の原因となっているものでリボンの磁気特性に影響するのは、図2(a)に番号1で示すような、エアーポケット(直径;10?20μm、深さ;1?3μm)であると考えられる」(【0008】)
「表面粗度が大きな冷却ロールを用いて製板し、図2(b)に示すような、ロール表面の筋、溝、凹凸などが転写されたリボン」(【0009】)
「表面粗度増加の原因となっているものでリボンの磁気特性に影響するのは、図2(a)に示したような、エアーポケット(直径;10?20μm、深さ;1?3μm)である。」(【0016】)
「【図2】アモルファス合金リボンのロール面側表面のエアーポケットの生成状況を示した図で、(a)はエアーポケット部以外が平坦な場合、(b)はエアーポケット部以外に凹凸が存在する場合である。」(【図面の簡単な説明】)
「1 エアーポケット/2 平坦部分/3 リボン表面の凸部/4 リボン表面の凹部」(【符号の説明】)
「【図2】



(イ)乙第2号証








(ウ)乙第3号証





オ 前記イの発明の詳細な説明によれば、本件発明にいう「エアポケット」は、「薄帯を形成する際、溶湯と急冷ロール表面との間に雰囲気ガスが巻き込まれて形成される」「凹み」と定義される表面欠陥であり、鉄損が大きい薄帯では「特に鋳造方向(ロール周方向)に長く延びた凹みが多く観察され」るものであること(イ【0017】)を把握することができる。
しかし、発明の詳細な説明には、上記「エアポケット」の具体的な観察方法については、「急冷ロールと接する側の薄帯の表面を光学顕微鏡で20倍に拡大して写真撮影し、エアポケットの単位面積当たりの発生個数およびロール周方向の長さの平均を測定した」(イ【0018】)等の記載があるのみで、急冷ロールと接する側の薄帯の表面を光学顕微鏡で20倍に拡大して撮影した写真から、上記「エアポケット」をどのようなものとして認識して抽出し、個数等を測定すればよいのかについては、明記されていない。
この点に関し、前記ウの意見書には、乙第1号証(ウ(ケ),エ(ア))及び乙第3号証(ウ(ケ),エ(ウ))に記載されるとおり、上記「エアポケット」は、光学顕微鏡で観察した際に、縁部(暗部)と凹部(明部)からなる輪郭をもった形状として認識できる箇所として定義することができ(ウ(イ))、その大きさは通常10μm以上であり、分解能が0.76μmである倍率20倍の光学顕微鏡で識別することが十分に可能なものであること(ウ(ウ))が記載されているところ、かかる「エアポケット」の定義は、乙第1号証及び乙第3号証の記載内容に照らせば、本件特許の出願時における当業者の技術常識であったものと認められる。
そして、上記「エアポケット」の定義を、本件発明と類似の成分組成と製造条件で製造した非晶質合金薄帯の冷却ロールに接した面について当てはめると、乙第2号証(ウ(ケ))の写真1については、エアポケットの個数、ロール周方向の長さとも本件発明の要件を満たす一方、乙第2号証の写真2については、エアポケットの個数が本件発明の要件を満たさないことを理解することができる(ウ(エ)?(カ),エ(イ))。
さらに、上記「エアポケット」の定義を、甲2のFIG.12に当てはめると、乙第3号証(ウ(ケ))の写真にあるとおり、エアポケットの個数が本件発明の要件を満たさないことを理解することができる(ウ(キ)(ク),エ(ウ))。

カ 以上のとおり、発明の詳細な説明の記載のみでは明確ではないとした本件発明の「エアポケット」の定義と、その具体的な観察方法は、意見書に記載された前記オの技術常識を踏まえれば、明確であるといえるから、取消理由通知に記載した理由1(明確性要件違反),理由2(実施可能要件違反)の取消理由は、いずれも理由がない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

ア 取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由の概要

(ア)サポート要件違反・実施可能要件違反(異議申立書第9頁第6行?第10頁第17行)

a 請求項1?4に係る発明では、エアポケットの個数及びロール周方向平均長さの測定方法が特定されていないから、請求項1?4に係る発明は、エアポケットの個数及びロール周方向平均長さの測定方法について、発明の詳細な説明の【0032】記載の測定方法以外の測定方法を用いる場合も包含すると解される。
しかし、発明の詳細な説明には、エアポケットの個数及びロール周方向平均長さの測定方法として、【0032】記載の測定方法を用いる場合が記載されているのみであるから、請求項1?4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえない。

b また、発明の詳細な説明は、請求項1?4に係る発明において、エアポケットの個数及びロール周方向平均長さの測定方法として、【0032】記載の測定方法以外の測定方法を用いる場合について、当業者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(イ)サポート要件違反・実施可能要件違反(異議申立書第10頁第18行?第12頁第7行)

a 発明の詳細な説明の表2に記載された発明例のうち、No.8?11は、Bの含有量が10at%であるから、上記表2にはBの含有量の下限値が11at%である請求項2に係る発明の発明例は記載されておらず、発明の詳細な説明のその他の箇所にも請求項2に係る発明の発明例は記載されていない。
よって、請求項2及びこれを引用する請求項3,4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえない。
また、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、請求項2?4に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

b 発明の詳細な説明の表2に記載された発明例のうち、No.12?15は、Bの含有量が10at%であるから、上記表2にはBの含有量の下限値が11at%である請求項3に係る発明の発明例は記載されておらず、発明の詳細な説明のその他の箇所にも請求項3に係る発明の発明例は記載されていない。
よって、請求項3及びこれを引用する請求項4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえない。
また、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、請求項3,4に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(ウ)新規性欠如・進歩性欠如

a 証拠方法(異議申立書第15頁第4行?第22頁第14行)

甲第1号証:特公平7-41378号公報
甲第2号証:米国特許第4588015号明細書
甲第3号証:国際公開第87/06166号
甲第4号証:特開平7-331396号公報
甲第5号証:国際公開第2012/102379号

b 請求項1?4に係る発明の新規性欠如・進歩性欠如

(a)請求項1に係る発明は、甲第1?5号証のそれぞれに記載された発明であるか、又は、甲第1?5号証のそれぞれに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、新規性又は進歩性を欠く。(異議申立書第22頁第16行?第31頁第5行)

(b)請求項2に係る発明は、甲第4号証に記載された発明であるか、又は、甲第4証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、新規性又は進歩性を欠く。(異議申立書第31頁第6行?第32頁第8行)

(c)請求項3に係る発明は、甲第5号証に記載された発明であるか、又は、甲第5証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、新規性又は進歩性を欠く。(異議申立書第第32頁第9行?第33頁第16行)

(d)請求項4に係る発明は、甲第1?5号証のそれぞれに記載された発明であるか、又は、甲第1?5号証のそれぞれに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、新規性又は進歩性を欠く。(異議申立書第33頁第17行?第36頁第25行)

イ 当審の判断

(ア)サポート要件違反・実施可能要件違反(異議申立書第9頁第6行?第10頁第17行)について

請求項1には、エアポケットの個数及びロール周方向平均長さの測定方法を特定する記載はないが、請求項に記載された発明特定事項の技術的意義を発明の詳細な説明の記載に基づいて解釈することは許容されるところ(特許法第70条第2項)、発明の詳細な説明の【0032】には、上記測定方法について「本発明におけるエアポケットの個数および平均長さは、以下のようにして測定する。まず、急冷ロールと接した側の薄帯表面を光学顕微鏡を用いて20倍程度で撮影した写真から、薄帯表面10mm四方あたりのエアポケット個数と、それぞれのエアポケットのロール周方向の長さを測定して平均値を求める。そして、この測定を、薄帯の幅方向に20mm間隔で全幅に亘って実施し、それらの平均値を、その薄帯のエアポケットの個数および平均長さとする。」と記載され、【0018】及び【0045】にも同様な記載がされており、他に上記測定方法に関する記載はないから、本件発明1及びこれを引用する本件発明2?4におけるエアポケットの個数及びロール周方向平均長さの技術的意義は、上記【0032】に記載された測定方法を前提とするものであることは、当業者にとって明らかであり、かかる測定方法が明確であることは、前記(1)で検討したとおりである。
したがって、本件発明1?4は、エアポケットの個数及びロール周方向平均長さの測定方法について、【0032】記載の測定方法以外の測定方法を用いる場合も包含するという申立人の主張は、本件発明1?4を正解するものではなく、申立人のサポート要件違反及び実施可能要件違反の主張は、その前提に誤りがあるといえるから、これを採用することはできない。

(イ)サポート要件違反・実施可能要件違反(異議申立書第10頁第18行?第12頁第7行)について

a 発明の詳細な説明の表2に記載された発明例のうち、No.8?11は、Bの含有量が10at%であるため、Bの含有量の下限値が11at%である請求項2に係る発明の発明例にはなっていない。
しかし、発明の詳細な説明の【0022】には、「Bは、本発明の合金を非晶質化するために必要な元素であり、8at%未満では、安定して非晶質化することが困難になる。一方、15at%を超えると、磁束密度が低下する他、原料コストの増大を招く。よって、Bは8?15at%の範囲とする。」と記載されており、かかる記載に接した当業者であれば、Bを15at%を上限とする範囲で含有させれば、磁束密度が低下や、原料コストの増大を招くことなく、安定した非晶質化が可能になることを理解できる。
また、表2において、No.6(Fe:79-B:15-Si:6)は、スティッキング外し後のコア鉄損が0.12(W/kg)、単板測定時の磁束密度が1.56(T)で「発明例」として記載されているのに対し、No.19(Fe:78-B:16-Si:6)は、スティッキング外し後のコア鉄損が0.24(W/kg)、単板測定時の磁束密度が1.53(T)で「比較例」として記載されていることからも、当業者であれば、Bの含有量が15at%(No.6)を超える16at%(No.19)とすると、コア鉄損が増加し、磁束密度が減少することを理解でき、これは、【0022】の上記記載とも整合する。
以上によれば、表2に記載された発明例のNo.8?11において、Bの含有量を11at%以上15at%以下の範囲で増加させても、同程度のコア鉄損及び磁束密度が得られることは、当業者であれば、合理的に推認することができる。
したがって、発明の詳細な説明の表2に記載された発明例のうち、No.8?11のB含有量が10at%であることのみを根拠に、本件発明2?4は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえず、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件発明2?4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないという申立人の主張は、その根拠を欠くから、これを採用することはできない。

b 同様の理由により、発明の詳細な説明の表2に記載された発明例のうち、No.12?15のB含有量が10at%であることのみを根拠に、本件発明3,4は、発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえず、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件発明3,4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないという申立人の主張も、その根拠を欠くから、これを採用することはできない。

(ウ)新規性欠如・進歩性欠如について

a 甲第1?3号証に基づく新規性進歩性について

(a)甲第2号証は、甲第1,3号証とは独立した特許明細書であるが、「EXAMPLE 6」(第14欄第28?58行)には、甲第1,3号証と同一の記載があり、「FIG.12」についても、甲第1号証の「第12図」、甲第3号証の「FIG.12」と同一であると認められるところ、前記(1)オで検討したとおり、甲第2号証には、本件発明1,4の「冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下」という発明特定事項に相当する事項は、記載も示唆もされていない。

(b)甲第3号証は甲第1号証に対応する国際公開であるから、両者は同内容であると認められるところ、甲第1号証の「例6」(第9頁右欄第11?34行)における「Fe_(78)B_(17)Si_(9)合金」は、各成分の合計値が104で100ではないから、その記載に誤りがあると認められる。そこで、甲第3号証を参照すると、上記「例6」に対応する「EXAMPLE 6」(第25頁第22行?第26頁第12行)には「Fe_(78)B_(13)Si_(9) alloy」と記載され、各成分の合計値が100となっているから、甲第1号証の上記「Fe_(78)B_(17)Si_(9)合金」はB含有量の表記に誤りがあり、正しくは「Fe_(78)B_(13)Si_(9)合金」であると認められる。
その上で、甲第1号証の「例6」において、実質的に自由酸素を含まないCO火炎(CO流速38c.c./sec)を用いて鋳造されたアモルファスストリップの冷却表面側を代表的に示す写真である「第12図」を参照すると、かかる「第12図」は、上記(a)の甲第2号証の「FIG.12」と同一であると認められるから、甲第2号証と同様、甲第1号証には、本件発明1,4の「冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下」という発明特定事項に相当する事項は、記載も示唆もされていない。

(c)甲第1号証の「第12図」に相当する甲第3号証の「FIG.12」についても、同様であるから、甲第3号証には、本件発明1,4の「冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下」という発明特定事項に相当する事項は、記載も示唆もされていない。

(d)したがって、本件発明1,4は、甲1?3のそれぞれに記載された発明であるか、又は、甲1?3のそれぞれに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

b 甲第4,5号証に基づく新規性進歩性について

(a)甲第4号証には、鉄基非晶質合金薄帯の表面を表面粗さRaで評価することは記載されているものの、当該薄帯の冷却ロールと接した面のエアポケットに関する記載はなく、当該面の表面写真も記載されていない。
また、当該薄帯の鉄損値及び磁束密度から、冷却ロールと接した面のエアポケットの形状や個数を特定することは、当業者であっても、困難である。
以上のとおりであるから、甲第4号証には、本件発明1,2,4に係る発明の「冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下、かつ、ロール周方向平均長さが0.5mm以下である」という発明特定事項に相当する事項は、記載も示唆もされていない。
したがって、本件発明1,2,4は、甲第4号証に記載された発明であるか、又は、甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(b)甲第5号証には、Fe基アモルファス合金薄帯の冷却ロールと接した面のエアポケットに関する記載はなく、当該面の表面写真も記載されていない。
また、当該薄帯のヒステリシス損失,鉄損及び励起電力から、冷却ロールと接した面のエアポケットの形状や個数を特定することは、当業者であっても、困難である。
以上のとおりであるから、甲第5号証には、本件発明1,3,4の「冷却ロールと接した面におけるエアポケットの個数が8個/mm^(2)以下、かつ、ロール周方向平均長さが0.5mm以下である」という発明特定事項に相当する事項は、記載も示唆もされていない。
したがって、本件発明1,3,4は、甲第5号証に記載された発明であるか、又は、甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第3 結論

以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1?4に係る本件特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?4に係る本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-05-31 
出願番号 特願2015-529557(P2015-529557)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 陽一  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 金 公彦
長谷山 健
登録日 2017-06-16 
登録番号 特許第6156661号(P6156661)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 鉄系非晶質合金薄帯  
代理人 特許業務法人銀座マロニエ特許事務所  
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