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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B22D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22D
管理番号 1341103
異議申立番号 異議2017-701123  
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-07-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-11-29 
確定日 2018-06-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第6135081号発明「中炭素鋼の連続鋳造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6135081号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6135081号の請求項1に係る特許(以下「本件特許」という。)は,平成24年9月21日(優先権主張 平成23年9月21日)に特許出願され,平成29年5月12日にその特許権の設定登録がされ,同年11月29日に特許異議申立人日鐵住金建材株式会社(以下「申立人」という。)より請求項1に対して特許異議の申立てがされ,平成30年1月16日付けで取消理由が通知され,同年3月16日に特許権者JFEスチール株式会社(以下「特許権者」という。)より意見書の提出及び訂正請求がされ,同年3月27日付けで訂正拒絶理由が通知され,同年4月23日に特許権者より意見書が提出されたものである。


第2 訂正の適否
1.訂正請求の趣旨及び訂正の内容
平成30年3月16日にした訂正請求の趣旨は,特許第6135081号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおりに訂正することを求めるものであり,具体的には,特許請求の範囲の請求項1に
「・・・前記モールドパウダーを,SiO_(2),CaOを主成分として,質量%で,CaO/SiO_(2)が1.30?1.39で,・・・含み,・・・」
と記載されているのを
「・・・前記モールドパウダーを,SiO_(2),CaOを含有し,質量%で,CaO/SiO_(2)が1.30?1.39で,・・・含み,・・・」
と訂正するものである(下線は,訂正箇所を明示するために当審で付したものである。)。

2.訂正の目的の適否
訂正前の請求項1では,モールドパウダーにおいて,SiO_(2)とCaOは,主成分として具体的にどの程度の質量%であるのか明確に理解できなかったところ,上記訂正により,モールドパウダーにおいて,SiO_(2)とCaOは,主成分として含まれるかどうかとは無関係に,単に含有されていればよいこととして,明確にしたものであるから,上記訂正の目的は,特許法第120条の5第2項第3号の「明瞭でない記載の釈明」に該当する。

3.新規事項の有無
明細書の段落[0029]の[表2]には,モールドパウダーにおいて,SiO_(2)とCaOが含有されていることが示されているから,上記訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

4.特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正前の請求項1では,SiO_(2),CaOは,モールドパウダーの主成分,すなわち定量的な含有量は明確でないものの,モールドパウダーの主要な成分であることが特定されていたが,上記訂正により,SiO_(2)とCaOは,モールドパウダーに単に含まれていればよいこととなったため,訂正後の請求項1では,SiO_(2),CaOは,モールドパウダーの主要な成分でない場合も包含されることとなった。
したがって,上記訂正は,特許請求の範囲を拡張するものであり,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合しない。

5.訂正の適否
以上のとおりであるから,上記訂正は,特許法第120条の5第2項第3号の「明瞭でない記載の釈明」に該当し,法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものの,同法第126条第6項の規定に適合しないから,上記訂正を認容することはできない。


第3 特許発明,解決課題及び技術的意義
(1)特許発明
平成30年3月16日にした訂正請求は認容することができないから,特許第6135081号の請求項1に係る発明は,特許査定時の特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである。

「鋳型内溶鋼表面上にモールドパウダーを供給しながら連続鋳造する鋼の連続鋳造方法であって,前記溶鋼が中炭素鋼であり,前記モールドパウダーを,SiO_(2),CaOを主成分として,質量%で,CaO/SiO_(2)が1.30?1.39で,Na_(2)O:4.0?13.0%,Li_(2)O:0.5?2.0%,を含み,かつ,Na_(2)O/Li_(2)Oが6.0?8.0及び(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)が0.32?0.40を満足するように調整し,1300℃における粘度が0.01?0.10Pa・sであるパウダーとすることを特徴とする中炭素鋼の連続鋳造方法。」(以下「特許発明」という。)

(2)従来の技術及び解決課題
本件特許の明細書を参照すると,従来の技術及び解決課題について,以下のように理解できる。
中炭素鋼は,δ相からγ相に変態する特有の現象があり,各相の凝固収縮量の差異に起因して,連続鋳造において鋳片に表面割れが生じるという問題がある(段落【0002】)。
モールドパウダーは,溶融スラグ層を形成して,鋳型と凝固シェルの間に流入するが,溶融スラグが降温過程で結晶化すると,伝熱抵抗が大きくなり,凝固シェルから鋳型への抜熱を低下させて凝固シェルの冷却を均一化させ,表面割れを防止できると考えられるため,結晶化温度を高くしたモールドパウダーが使用されてきた(段落【0003】)。しかし,結晶化温度を高くすると,凝固シェルの厚さを十分に確保できず,鋳型以降の冷却過程でブレークアウト等の危険性が高まる(段落【0004】)。
これに対して,モールドパウダー中のCaO/SiO_(2)を質量比で1.5?2.5と塩基度を高くし,Na_(2)Oを2質量%未満に低減することで,溶融スラグの結晶化速度を速くして結晶層を緻密化するとともに,Li_(2)Oを1質量%以上にすることで,溶融スラグの結晶成長を抑制してメニスカス部下方部分で強冷却し,溶鋼のメニスカス部での緩冷却化と凝固シェル成長の均一化を図り,鋳片の表面割れとブレークアウトを防止する技術が存在するが,鋳片の表面割れは,まだ完全には防止できないという課題があった(段落【0005】ないし【0007】)。

(3)特許発明の課題解決手段及び技術的意義
特許発明の発明者らは,モールドパウダーを,CaO/SiO_(2)が1.0以上1.5未満の範囲として,Na_(2)OとLi_(2)Oの濃度,Na_(2)O/Li_(2)O及び(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)を上記(1)の特許発明に記載の数値範囲とすることにより,粘度を1300℃にて0.01?0.1Pa・sと低く抑えて溶融スラグ層が鋳型と凝固シェルの間に入り込みやすくし,凝固したスラグフィルムの結晶成長を促進させてスラグフィルムの表面粗度が粗くなり,鋳型とスラグフィルム間の伝熱抵抗が増加して凝固シェルや溶鋼を徐冷でき,上記(2)の課題を解決できることを見出した(段落【0008】ないし【0010】)。
また,特許発明で特定されている数値範囲には,以下の技術的な意義を理解できる。
ア.CaO/SiO_(2)
1.0未満では,溶融スラグ層の粘度が上昇し,鋳型への抜熱が増加して,鋳片に縦割れが発生しやすくなる。一方,1.5以上では,モールドパウダーの結晶化温度が上昇して,モールドパウダーの結晶化が促進され過ぎ,フレークアウトが発生しやすくなる(段落【0015】)。

イ.Na_(2)Oの濃度
粘度を低下させるとともに,拡散速度を増大して結晶成長速度を増大させる効果があるが,13.0質量%を超えると,当該効果が飽和し,冷却速度が遅くなり過ぎて鋳型への抜熱が不足し,ブレークアウトが発生しやすくなる(段落【0016】)。

ウ.Li_(2)Oの濃度
スラグフィルム中で結晶成長を促進させてスラグフィルムの表面粗度を粗くする効果を得るためには,0.5%以上含有させる必要があるが,2.0%を超えると,当該効果が飽和し,溶融パウダーの軟化点が低下し過ぎて,スラグフィルム内での結晶成長による変形が小さくなり,スラグフィルムの表面粗度を増大させる効果が低下する(段落【0017】)。

エ.Na_(2)O/Li_(2)O
5.0以上とすることで,スラグフィルムの表面粗度を十分に粗くすることができ,伝熱抵抗が増加する分,凝固シェルを徐冷でき,鋳片の表面割れの防止につながるが,8.0より大きくなると,スラグフィルムの表面粗度が大きくなり過ぎて,鋳型と鋳片間の摩擦力が過大になる場合がある(段落【0018】)。

オ.(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)
0.32以上とすることにより,適切な粘度調整が可能であるが,0.40より大きくなると,スラグフィルムの表面粗度が大きくなり過ぎて鋳型と鋳片間の摩擦力が過大になる場合がある(段落【0019】)。

第4 当審の判断
1.取消理由通知に記載した取消理由の概要
(1)取消理由1
本件特許は,特許請求の範囲の請求項1の「主成分」という用語が不明確であり,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,取り消すべきものである。

(2)取消理由2
本件特許は,特許請求の範囲の請求項1に係る発明が,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えており,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,取り消すべきものである。

(3)本件特許の請求項1に係る発明は,本件特許の優先日前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その発明に係る特許は取り消すべきものである。
甲第1号証:特開平5-277680号公報
甲第2号証:川合保治,「溶融スラグの粘性と構造」,
日本金属学会会報第18巻第4号,
社団法人日本金属学会発行,1979年

2.取消理由1についての当審の判断
特許発明は,モールドパウダーが,SiO_(2),CaOを主成分として含む旨を特定しているが,一般に「主成分」は,「ある物質の中の主な成分。」(株式会社岩波書店 広辞苑第6版)を意味するから,モールドパウダーにおいて,SiO_(2),CaOの成分が「主」として含まれていること,すなわちモールドパウダーの他の成分の量が,SiO_(2),CaOの量をいずれも超えないことを意味すると解することができる。
そうすると,「主成分」の意味は明らかであるから,SiO_(2),CaOの具体的な含有量が特定されていないとしても,「主成分」という用語が不明確とはいえない。
したがって,本件特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

3.取消理由2についての当審の判断
(1)特許発明におけるモールドパウダーの成分
特許発明は,モールドパウダーの成分の調整について,
(条件1)SiO_(2),CaOが主成分である。
(条件2)CaO/SiO_(2)が1.30?1.39である。
(条件3)Na_(2)Oが4.0?13.0%である。
(条件4)Li_(2)Oが0.5?2.0%である。
(条件5)Na_(2)O/Li_(2)Oが6.0?8.0である。
(条件6)(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)が0.32?0.40である。
という条件を特定し,1300℃における粘度を0.01?0.10Pa・sとすることを特定している。

(2)実施例
本件特許の明細書の発明の詳細な説明には,以下の表2のAないしGの7種類のモールドパウダーが記載されているところ,上記の(条件1)ないし(条件6)を全て満たす実施例は,B,E,Gの3種類のみであり,当該B,E,Gのモールドパウダーについて,鋳片の表面割れが防止されていることが記載されている(段落【0031】及び【0032】)から,当業者は,B,E,Gのモールドパウダーについて,上記第3の(2)に示す課題を解決していると認識するといえる。

表2


(3)実施例以外の数値範囲
ア.異議申立人は,本件特許の明細書において,課題が解決できることが実証されているのは,請求項1で規定された「Na_(2)O:4.0?13.0%,Li_(2)O:0.5?2.0%」の濃度範囲のごく一部だけであり,Na_(2)Oの濃度が下限値である4.0%に近い場合や上限値である13.0%に近い場合,あるいは,Li_(2)Oの濃度が下限値である0.5%に近い場合や上限値である2.0%に近い場合に,課題を解決できると当業者が認識できる技術的な裏付けがないなどと主張しているので検討する。

イ.特許発明の数値範囲の技術的な意義は,上記第3の(3)ア.ないしオ.に示すとおりであるから,当業者は,当該技術的な意義を考慮して,B,E,Gのモールドパウダーの成分を,特許発明で特定する数値の範囲内において調整することで,本件特許に係る課題を解決できると認識するといえる。
例えば,Na_(2)Oの濃度が下限値である4.0%に近い場合は,当業者は,溶融スラグ層の粘度がB,E,Gのモールドパウダーの場合(以下「B,E,Gの場合」という。)よりも高くなり,結晶成長速度がB,E,Gの場合よりも低下すると理解できる。そうすると,当業者であれば,溶融スラグ層の粘度を下げるような調整,例えば(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)をB,E,Gの場合よりも高くする調整や,結晶成長速度を高めるような調整,例えばLi_(2)Oの濃度をB,E,Gの場合よりも高くする調整を行うことで,B,E,Gの場合と同様に,本件特許に係る課題を解決できると認識するといえる。また,反対に,Na_(2)Oの濃度が上限値である13.0%に近い場合は,当業者は,例えば(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)やLi_(2)Oの濃度をB,E,Gの場合よりも下げる調整を行うことで,本件特許に係る課題を解決できると認識するといえる。
同様に,Li_(2)Oの濃度が下限値である0.5%に近い場合は,スラグフィルムの表面粗度を粗くする効果がB,E,Gの場合よりも下がるから,当業者は,スラグフィルムの表面粗度を粗くする効果が高まるような調整,例えばNa_(2)O/Li_(2)Oや(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)をB,E,Gの場合よりも高くする調整を行うことで,B,E,Gの場合と同様に,本件特許に係る課題を解決できると認識するといえる。反対に,Li_(2)Oの濃度が上限値である2.0%に近い場合は,当業者は,例えばNa_(2)O/Li_(2)Oや(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)をB,E,Gの場合よりも下げる調整を行うことで,本件特許に係る課題を解決できると認識するといえる。

ウ.したがって,当業者は,B,E,Gの実施例に係る数値以外の範囲においても,本件特許に係る課題を解決できると認識するといえるから,本件特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

4.取消理由3についての当審の判断
(1)甲第1号証の記載
甲第1号証(以下「甲1」という。)には,以下の記載がある。なお,下線は,理解を容易にするために当審で付したものである。
ア.「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,鋼の連続鋳造において,鋳型内の溶鋼上に散布され溶鋼表面を被覆して溶鋼の酸化を防止すると共に,溶融して鋳型と鋳片との間に流れ込み,潤滑作用を発揮する連続鋳造用フラックスに関し,特に炭素含有量が0.08乃至0.16重量%である亜包晶凝固領域にある鋼の連続鋳造において,鋳片表面に生じる割れを防止するために適用される連続鋳造用フラックスに関する。
【0002】
【従来の技術】鉄鋼業における生産性向上及び高品質化が推進される中で,連続鋳造においては,高速鋳造時の鋳片の表面品質の改善が大きな課題の一つとなっている。特に,炭素含有量が0.08?0.16重量%のいわゆる中炭素鋼では鋳片表面に割れが生じ易く,これまでに,このような割れの発生機構について種々の研究がなされている。」

イ.「【0013】Na_(2)O
Na_(2)Oはフラックスの溶融性を高めると共に,溶融スラグの粘度を低下させるために添加されるが,Na_(2)Oを8重量%を超えて含有すると,フラックス原料粒子間の 融着を助長し,スラグベアを生成しやすくする等,フラックスの安定した均一な溶融性を損なう。このため,Na_(2)Oは8重量%以下とする。
【0014】K_(2)O
K_(2)OはNa_(2)Oと同様に,フラックスの溶融性を高め,溶融スラグの粘度を低下させる作用を有する。しかし,K_(2)OはNa_(2)Oより高価であると共に,K_(2)Oの多量の添加は,原料粒子間の融着を増大し,フラックスの安定して均一な溶融性を損なう。このため,K_(2)Oの添加量の上限は1.5重量%とする。
【0015】Li_(2)O
Li_(2)OはNa_(2)Oと同様にフラックスの溶融性を高めると共に,溶融スラグの粘度を低減する。このLi_(2)Oの場合は,少量の添加で効果があり,極めて有効な成分である。しかしながら,Li_(2)Oの過剰の添加は原料粒子間の融着を助長する。このため,Li_(2)Oの添加量は,1.5重量%以下とする。
【0016】これらのNa_(2)O,K_(2)O及びLi_(2)Oの各成分はそのいずれを添加してもよい。また,その少なくとも1種を添加すればよく,複数種を複合添加しても良い。なお,Li_(2)O,Na_(2)O及びK_(2)Oを共に複合添加する場合には,その総量を9%以下にする。過剰なアルカリ金属成分による溶融性の阻害は,各成分による複合効果も生じるため,個別的にその添加量を制限すると共に,その総和量(Na_(2)O+K_(2)O+Li_(2)O)を9重量%以下にすることが必要である。」

ウ.「【0027】下記表1は本発明の特許請求の範囲から外れる比較例のフラックスNo.1?No.11の組成を示し,表2は本発明の実施例に係るフラックスNo.12?18の組成を示す。但し,表1中,数値は重量%である。これらのフラックスを使用してC含有量が0.08?0.16重量%の中炭素鋼を鋳造速度1.0?1.8m/分で連続鋳造した。表3及び表4は夫々比較例及び実施例のフラックスのCaO/SiO_(2)比,1300℃における粘度,凝固温度,鋳片の表面疵,フラックスの溶融状況(スラグベアの存在),スライディングノズルの溶損状況及びブレークアウトの予知警報発令の有無を示す。なお,この表3及び表4には,鋳造条件も合わせて示す。」

エ.表2

オ.表4


(2)甲1記載の発明
甲1の段落【0001】には,鋳型内の溶鋼上に連続鋳造用フラックスを散布しながら鋼の連続鋳造を行う方法が記載されており,鋼の炭素含有量が0.08乃至0.16重量%であること,段落【0002】には,炭素含有量が0.08?0.16重量%の鋼は中炭素鋼であることが記載されている。
また,段落【0027】には,表1に比較例のフラックス,表2に実施例のフラックスが記載され,表1の数値は重量%であることが記載されているから,表2の数値も重量%であるといえる。
また,表4には,実施例のフラックスの粘度が記載されている。
そして,表2のNo.12の実施例のフラックスに着目すると,甲1には,次の発明が記載されているということができる(なお,表2には,No.12のCaO/SiO_(2)は1.38と記載されているが,CaO/SiO_(2)の重量%比は39/28=1.39なので,当該数値で認定する。)。

「鋳型内溶鋼表面上にフラックスを供給しながら連続鋳造する鋼の連続鋳造方法であって,前記溶鋼が中炭素鋼であり,前記フラックスを,重量%で,SiO_(2)が28%,CaOが39%であり,CaO/SiO_(2)が1.39で,Na_(2)O:7.5%,Li_(2)O:1.0%,K_(2)O:0.5%,を含み,かつ,Na_(2)O/Li_(2)Oが7.5及び(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)が0.3であり,1300℃における粘度が0.8poiseであるフラックスとする中炭素鋼の連続鋳造方法。」(以下「甲1発明」という。)

(3)対比
甲1発明の「フラックス」は,鋼を連続鋳造する際に溶融して溶融スラグとなるから,特許発明の「モールドパウダー」に相当する。
また,「SiO_(2)が28%,CaOが39%」であることは,モールドパウダーの他の成分でこれを上回るものがなく,モールドパウダー中の主な成分といえるから,特許発明の「SiO_(2),CaOを主成分」とすることに相当する。
また,「重量%」と「質量%」との間には実質的な差異がないから,甲1発明の「重量%」を「質量%」ということができる。
そして,粘度は,1poise=0.1Pa・sと換算できるから,甲1発明の0.8poiseは,0.08Pa・sとなる。
以上から,特許発明と甲1発明は,以下の点で一致及び相違する。

<一致点>
「鋳型内溶鋼表面上にモールドパウダーを供給しながら連続鋳造する鋼の連続鋳造方法であって,前記溶鋼が中炭素鋼であり,前記モールドパウダーを,SiO_(2),CaOを主成分として,質量%で,CaO/SiO_(2)が1.39で,Na_(2)O:7.5%,Li_(2)O:1.0%,を含み,かつ,Na_(2)O/Li_(2)Oが7.5を満足するように調整し,1300℃における粘度が0.08Pa・sであるパウダーとする中炭素鋼の連続鋳造方法。」

<相違点>
(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)が,特許発明は0.32?0.40であるのに対して,甲1発明は0.30である点。

(4)相違点の判断
ア.甲1には,Na_(2)O,K_(2)O及びLi_(2)Oの各成分について,いずれもモールドパウダー(フラックス)の粘度を低下させる作用があること(段落【0013】ないし【0015】),各成分のいずれを添加してもよいし,複数種を複合添加してもよいが,複合添加する場合には,その総量を9%以下にすること(段落【0016】),K_(2)OはNa_(2)Oより高価であること(段落【0014】),Na_(2)Oは8重量%以下とすること(段落【0013】)などが記載されているから,これらの記載に接した当業者であれば,甲1発明に含まれているK_(2)O:0.5%について,甲1で許容される範囲内で,より安価なNa_(2)Oに代替する動機があるといえる。

イ.そうすると,甲1において,Na_(2)Oの上限は8重量%であり,Na_(2)O,K_(2)O及びLi_(2)Oの総量の上限は9重量%であるから,甲1発明の「Na_(2)O:7.5%,Li_(2)O:1.0%,K_(2)O:0.5%」のK_(2)OをNa_(2)Oで代替して「Na_(2)O:8%,Li_(2)O:1.0%,K_(2)O:0%」と調整することは,甲1の記載に基づいて当業者が容易に想到できた事項であり,そのように調整すれば,(Na_(2)O+Li_(2)O)/SiO_(2)は,特許発明の数値範囲内である0.32となる。

ウ.もっとも,上記のとおり,Na_(2)O,K_(2)O及びLi_(2)Oの各成分は,モールドパウダーの粘度に影響を与えるから,K_(2)OをNa_(2)Oで代替する調整(以下「代替調整」という。)を行った後のモールドパウダーの粘度が,甲1発明の粘度である0.08Pa・sを維持するという保証はなく,代替調整後の粘度が特許発明の数値範囲の0.01?0.10Pa・sを満たすかどうか,改めて検討する必要がある。

エ.甲1には,Na_(2)O,K_(2)O及びLi_(2)Oが,モールドパウダーの粘度にどの程度影響するかについて,Li_(2)Oの場合は,少量の添加で効果がある(段落【0015】)との記載があるだけで,K_(2)Oを同量のNa_(2)Oで代替した際に,モールドパウダーの粘度がどの程度変化するのかは不明といわざるを得ない。また,甲1は粘度の上限を2.0poise(0.20Pa・s)まで許容している(段落【0025】)から,当業者はその範囲で成分の調整を行うというべきところ,代替調整後の「Na_(2)O:8%,Li_(2)O:1.0%,K_(2)O:0%」に比較的近いものとして,甲1の表2のNo.17には,「Na_(2)O:8%,Li_(2)O:0.5%,K_(2)O:0%」が記載されており,その粘度は1.1poise(表4)であって,特許発明の上限値0.10Pa・sを超えているから,代替調整後のモールドパウダーの粘度が,特許発明の数値範囲の上限を超える可能性を排除することはできない。

オ.したがって,甲1発明において,代替調整を行うことは考え得るものの,代替調整により上記相違点に係る構成の組成とした上で,さらに,モールドパウダーの粘度が特許発明の数値範囲の0.01?0.10Pa・sの条件を満たすようにすることまでは,当業者が容易に想到できた事項であるとはいえないから,特許発明は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえない。

(5)申立人の主張について
申立人は,甲第2号証(以下「甲2」という。)の図2には,単位モル量あたり,Na_(2)OがK_(2)Oと同等以上の粘度低減効果を有することが記載され,Na_(2)Oのモル質量(61.979g/mol)がK_(2)Oのモル質量(94.196g/mol)より小さいことを考慮すると,単位質量あたりの粘度低減効果はNa_(2)Oの方がK_(2)Oよりも大きいことは明らかであり,当業者の技術常識であると主張している(特許異議申立書第12ページ下から第7行ないし第13ページ第3行)。
しかし,甲2は,乾式精錬におけるスラグであって,CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)あるいはCaO-Fe,oxide-SiO_(2)を主成分とするもの(甲2の第244ページ左欄第1ないし3行)に係る文献であるから,特許発明のような連続鋳造におけるスラグであって,SiO_(2),CaOを主成分とするものとは,前提を異にするところ,申立人はこの点について何らの説明もしていない。
また,甲2の図2の溶融スラグは,Na_(2)O-SiO_(2)又はK_(2)O-SiO_(2)という2元系の溶融スラグであるのに対して,甲1には,粘度に影響を与える成分として,Na_(2)O,Li_(2)O及びK_(2)O以外に,F(段落【0018】),MgO(段落【0019】),MnO(段落【0020】)が挙げられ,甲1のNo.12の実施例は,F:9%及びMgO:5%を含んでいるところ,これらの多数の成分の影響を総合した上で,なお,甲2の図2のように,単位モル量あたり,Na_(2)OがK_(2)Oと同等以上の粘度低減効果を有するかどうかまでは明らかでないというほかない。
そして,申立人は,単位質量あたりの粘度低減効果はNa_(2)Oの方がK_(2)Oよりも大きいことが,連続鋳造におけるモールドパウダーの当業者にとって技術常識であることの具体的な証拠を提示していない。
以上から,甲2の記載に基づく申立人の上記主張は採用できない。


第4 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-05-28 
出願番号 特願2012-207968(P2012-207968)
審決分類 P 1 651・ 537- YB (B22D)
P 1 651・ 121- YB (B22D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 寿美  
特許庁審判長 栗田 雅弘
特許庁審判官 中川 隆司
刈間 宏信
登録日 2017-05-12 
登録番号 特許第6135081号(P6135081)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 中炭素鋼の連続鋳造方法  
代理人 落合 憲一郎  
代理人 中塚 岳  
代理人 吉住 和之  
代理人 黒木 義樹  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 柳 康樹  
代理人 小林 英一  

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