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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  A23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23C
管理番号 1341946
異議申立番号 異議2017-700803  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-08-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-08-22 
確定日 2018-05-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6084162号発明「ナチュラルチーズおよびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6084162号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕について、訂正することを認める。 特許第6084162号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6084162号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、2012年(平成24年)10月25日(優先権主張2011年10月28日、日本国(JP) 2012年4月2日、日本国(JP))を国際出願日とするものであって、平成29年2月3日にその特許権の設定登録がされ、平成29年2月22日にその特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1ないし3に係る発明の特許について、平成29年8月22日に特許異議申立人 中辻 史郎 により特許異議の申立てがされ、平成29年11月1日付けで取消理由が通知され、その指定期間内の平成29年12月27日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求がされ、平成30年2月15日に特許異議申立人より意見書の提出があったものである。

第2 訂正の適否
1 平成29年12月27日の訂正の請求の訂正の内容
平成29年12月27日の訂正の請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いる」と記載されているのを
「上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記(b)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用い、
上記(b)の微生物として、上記(a)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いる」
と訂正する。

(2) したがって、特許権者は、特許請求の範囲を、以下の訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを請求する(下線は訂正箇所を示す。)。
「【請求項1】
エタノール含有量が0.01 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズの製造方法であって、
(A)原料乳にスターターを添加した後に、該原料乳を凝固させ、次いで、得られた凝固物を圧搾して、上記スターターの作用によってエタノール含有量が増大した、熟成前のナチュラルチーズを得る工程と、
(B)上記熟成前のナチュラルチーズを熟成させて、エタノールからパイン臭エステルを生成させ、パイン臭エステル含有量が増大したナチュラルチーズを得る工程、
を含み、かつ、
上記スターターとして、(a)エタノールを産生する少なくとも1種以上の微生物、および、(b)L. casei、L. delbrueckii subsp. bulgaricus、L. helveticus、L. plantarum、L. rhamnosus、L. zeae、Lc. lactis subsp. cremoris、Lc. lactis subsp. lactis、および、S. thermophilusから選ばれる1種以上の乳酸菌を用い、
上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記(b)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用い、
上記(b)の微生物として、上記(a)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いることを特徴とするナチュラルチーズの製造方法。
【請求項2】
上記ナチュラルチーズは、エタノール含有量が0.05 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.5 ppm以上のものである請求項1に記載のナチュラルチーズの製造方法。
【請求項3】
上記(a)の微生物であるL. fermentumが、L. fermentum OLL203697(受託番号 FERM BP-11433)および/またはL. fermentum OLL203731(受託番号 FERM BP-11434)である請求項1又は2に記載のナチュラルチーズの製造方法。」

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否並びに一群の請求項
訂正事項1は、請求項1の「(a)の微生物」及び「(b)の微生物」に係り、
「上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記(b)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用い、
上記(b)の微生物として、上記(a)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いる」
と特定することで、特許請求の範囲を限定するものであるから、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法120条の5第9項で準用する同法126条6項に適合するものであり、また、本件特許の明細書の【0022】等の記載からみて、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるから、特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項に適合するものである。また、一群の請求項(請求項1ないし3)ごとに請求された訂正である。

3 むすび
よって、本件訂正に係る訂正事項1は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条4項、並びに、同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-3〕について、訂正することを認める。

第3 取消理由についての判断
1 本件特許に係る発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明3」という。)は、本件訂正により訂正された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定されるとおりのものである(「第2 1 (2)」参照。)。

2 平成29年11月1日付けの取消理由通知に記載した取消理由の概要は、以下のとおりである。なお、上記取消理由通知は本件特許異議の申立てにおいて申立てられたすべての申立理由を含んでいる。
(取消理由1) 本件発明1及び2は、本件特許の出願(優先日)前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証又は甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(取消理由2) 本件発明1ないし3は、本件特許の出願(優先日)前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証又は甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明に基いて、その出願(優先日)前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(取消理由3) 本件特許は、特許請求の範囲の記載(「エタノール含有量が0.01 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズの製造方法」、「菌株を選択して用いる」)が不備のため、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものである。
(取消理由4) 本件特許は、発明の詳細な説明の記載(「エタノール含有量が0.01 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズの製造方法」、「菌株を選択して用いる」)が不備のため、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものである。
(取消理由5) 本件特許は、特許請求の範囲の記載(「菌株を選択して用いる」)が不備のため、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消すべきものである。

<甲号証一覧>
甲第1号証:特表2005-517417号公報
甲第2号証:V. Crow et.al.,”Raw milk flora and NSLAB as adjuncts”,The Australian Journal of Dairy Technology.,Vol.57,No.2-July,2002,p.99-105
甲第3号証:Michael Qian et.al.,”Quantification of Aroma Compounds in Parmigiano Reggiano Cheese by a Dynamic Headspace Gas Chromatography-Mass Spectrometry Technique and Calculation of Odor Activity Value”,Journal of Dairy Science,Vol.86,No.3,2003,p.770-776
甲第4号証:日本乳酸菌学会編,「乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス」,京都大学学術出版会,2010年11月25日,p.376-377

3 上記取消理由1及び2(29条1項3号及び29条2項)については、以下のとおり理由がない。
(1) 本件発明1について
ア 甲第1号証に記載された発明について
甲第1号証には、特に、【請求項2】、【請求項17】?【請求項19】、【0002】、【0003】、【表1】、【0059】?【0062】、【表2】、【0065】、【0066】、【表3】の記載からすると、本件発明1に倣って表現すれば、
「相対的なピーク高として、エタノール81.9、および、ブタン酸エチル13.5とヘキサン酸エチル9.0であるチーズの製造方法であって、
(A)ミルクにスターター菌株等を添加し、カードをプレスしてブロックとし、上記スターター等の作用によってエタノールを産生し、
(B)前記ブロックを2ヶ月保存しエタノールがブタン酸エチルとヘキサン酸エチルの産生をもたらし、かつ、
上記スターターとして、(a)エタノールを産生するラクトバチルス・ファーメンタム、および、(b)ストレプトコッカス・サーモフィラス菌株を添加し、
上記(a)のラクトバチルス・ファーメンタムとして、上記(b)のストレプトコッカス・サーモフィラス菌株と組み合わせることによって、上記チーズ中にエタノールを相対的なピーク高として81.9産生することができる菌株を用い、
上記(b)のストレプトコッカス・サーモフィラス菌株として、上記(a)のラクトバチルス・ファーメンタムと組み合わせることによって、上記チーズ中にエタノールを相対的なピーク高として81.9産生することができる菌株を用いるチーズの製造方法。」の発明が記載されている。
本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、組み合わせるラクトバチルス・ファーメンタム及びストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株として、本件発明1では、熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いるに対して、甲第1号証に記載された発明では、チーズの相対的なピーク高として、エタノール81.9にすることができる菌株を用いる点で少なくとも相違する。そして、甲第1号証には、段落【0066】に相対的なピーク高として、ブタン酸エチル13.5とヘキサン酸エチル9.0であるチーズが「フルーティーな風味の様子を増大させ、且つ苦味の風味をマスキングするのに有効であった」と記載され、表3に「製造から12ヶ月後に試験」して「フルーティー」、「パイナップル」との「風味の特徴」がある旨記載されているとしても、これらのことから、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であると直ちにいえるものではなく、さらに、チーズの相対的なピーク高として、エタノール81.9にすることができる菌株を用いることから、直ちに、熟成前のチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いることがいえるものでもない。そうすると、上記相違点は、実質的な相違点であるから、本件発明1は甲第1号証に記載された発明であるということはできない。
また、甲第2ないし4号証にもこの相違点に係る本件発明1の構成が記載されておらず、甲第1ないし4号証に記載された事項を考慮しても、甲第1号証に記載された発明をして、上記相違点に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではなく、甲第1号証に記載された発明及び甲第1ないし4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、上記取消理由1及び2について理由がない。

イ 甲第2号証に記載された発明について
甲第2号証には、特に、Figure4に係る記載事項(図4、図4の説明文及び102頁左欄下から24?6行)からすると、本件発明1に倣って表現すれば、
「相対濃度で、エタノールが80強、および、ブタン酸エチル20強とヘキサン酸エチル20弱であるチーズの製造方法であって、
(A)スターターを添加しコントロールに比してエタノールの濃度が高くなって、エタノールからブタン酸エチルとヘキサン酸エチルを産生し、ブタン酸エチルとヘキサン酸エチルがコントロールに比して高い濃度となるったチーズとし、かつ、
上記スターターとして、(a)ラクトバチルス・ファーメンタム、および、(b)ストレプトコッカス・サーモフィラスを用い、
上記(a)のラクトバチルス・ファーメンタムとして、上記(b)のストレプトコッカス・サーモフィラスと組み合わせることによって、ブタン酸エチルとヘキサン酸エチルのエステル生産のために十分な濃度のエタノールを産生する選択された菌株を用い、
上記(b)のストレプトコッカス・サーモフィラスとして、上記(a)のラクトバチルス・ファーメンタムと組み合わせるチーズの製造方法。」の発明が記載されている。
本件発明1と甲第2号証に記載された発明とを対比すると、両者は、組み合わせるラクトバチルス・ファーメンタム及びストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株として、本件発明1では、熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いるのに対して、甲第2号証に記載された発明では、チーズの相対濃度で、エタノールが80強とすることができる菌株を用いる点で少なくとも相違する。そして、チーズの相対濃度で、エタノールが80強とすることができる菌株を用いることから、直ちに、熟成前のチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いることがいえるものでもない。そうすると、上記相違点は、実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明であるということはできない。
また、甲第1、3及び4号証にもこの相違点に係る本件発明1の構成が記載されておらず、甲第1、3及び4号号証に記載された事項を考慮しても、甲第2号証に記載された発明をして、上記相違点に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。
したがって、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明ではなく、第2号証に記載された発明並びに甲第1、3及び4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、上記取消理由1及び2について理由がない。

ウ 甲第3号証に記載された発明について
甲第3号証には、特に、表2に係る記載からすると、
「ブタン酸エチル1.14mg/kgとヘキサン酸エチル2.58mg/kgである、24ヶ月は熟成された、パルミジャーノ・レッジーノ・チーズの製造方法。」の発明が記載されている。
本件発明1と甲第3号証に記載された発明とを対比すると、両者は、ナチュラルチーズの製造方法について、本件発明1では、組み合わせるラクトバチルス・ファーメンタム及びストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株として、熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いることが特定されているのに対して、甲3発明では、どのような菌株を用いたか不明である点で少なくとも相違する。そうすると、上記相違点は、実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明であるということはできない。
また、甲第1、2及び4号証にもこの相違点に係る本件発明1の構成が記載されておらず、甲第1、2及び4号証に記載された事項を考慮しても、甲第3号証に記載された発明をして、上記相違点に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。
したがって、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明ではなく、甲第3号証に記載された発明並びに甲第1、2及び4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、上記取消理由1及び2について理由がない。

(2) 本件発明2及び3について
請求項2及び3の記載はそれぞれ請求項1の記載を引用する形式のものであり、本件発明2及び3は本件発明1の発明特定事項をすべて含むところ、上述のとおり本件発明1は上記取消理由1及び2について理由がないから、同様の理由により、本件発明2は、上記取消理由1及び2について理由がなく、本件発明3は、上記取消理由2について理由がない。

4 上記取消理由3及び4(36条6項1号及び36条4項1号)については、以下のとおり理由がない。
(1) 「菌株を選択して用いる」に関し、本件訂正前に、特許請求の範囲の請求項1に記載されていた「上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いる」については、本件訂正により、その「スターター」が「上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記(b)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用い、上記(b)の微生物として、上記(a)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いる」ものであると訂正されたから、「熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができ」ない「(a)の微生物」と「(b)の微生物」との組み合わせの態様を含まないことが特定されている。そうすると、本件発明1は「パイン臭エステルを生じさせるために必要となる量のエタノールを産出しないものも含まれる」(特許異議申立書34頁「(エ)」参照。)とはいえないから、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえず、上記取消理由3について理由がない。

(2) 「エタノール含有量が0.01 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズの製造方法」に関し、本件発明1は、「ナチュラルチーズの製造方法」であって、例えば「熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる」「(a)の微生物」と「(b)の微生物」との組み合わせを選択する方法といった、菌株の選択の仕方に係る発明ではないから、どのようにして特許発明1に係る条件を満たす微生物の組合せを選択するのかについて、明細書の記載において要求されるものでもない。また、他の菌と共生することにより「熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる」「(a)の微生物」と「(b)の微生物」との組み合わせについては、本件特許に係る願書に添付した明細書及び図面(以下、「明細書等」という。)において「開示されているL. fermentumの菌株は、L. fermentum OLL203697ただ1株」(特許異議申立書33頁(ア)参照。)であるとしても、具体例が開示されていないとはいえず、その上、例えば実施例1の図2?5に係る記載において、「(a)の微生物」と「(b)の微生物」との組み合わせには多様なものがあると当業者は認識することからしても、明細書等に開示がないとはいえない。そして、「L. fermentum OLL203697とL. caseiを含む市販スターターとの組み合わせ」により「エタノール含有量が0.01 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズ」を製造できることは、明細書等に記載されている(実施例3及び4参照。)し、さらに、「エタノール含有量が0.01 w/w%以上であるナチュラルチーズ」を製造できることについても、明細書等の例えば実施例1の図2?5に係る記載における多様な組み合せにおいて当業者に認識されるといえるし、「パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズ」を製造できることについても、明細書等の例えば実施例2の図6に係る記載における組み合せ(L. fermentum OLL203697とL. casei MEP1106303)において当業者に認識されるといえる。なお、エタノールに係るものとして一般的な乳酸菌用合成培地で共生させた結果(実施例1の図2?5)が実際にチーズを製造する際に共生させた結果とは全く異なることが技術常識である旨の証拠はないし、通常は全く異なるとする他の理由もみあたらないから、どちらの結果も同様な結果を示すと解することに合理性がないともいえない。そして、パイン臭エステルに係るものとして、一般的な乳酸菌用合成培地で共生させた結果(実施例2の図6)とチーズを製造する際に共生させた結果(実施例3及び4)とを対比すると、どちらの結果も同様な結果を示すと解することを首肯させるものといえ、これを否定する理由もない。そうすると、本件特許に係る特許請求の範囲や発明の詳細な説明の記載において、どのようにして特許発明の条件を満たす微生物の組合せを選択するのかが明らかでない(特許異議申立書34頁(イ)及び(ウ)参照。)としても、本件特許は特許法36条6項1号及び4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえず、上記取消理由3及び4について理由がない。

(3) また、「エタノール含有量が0.01 w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3 ppm以上であるナチュラルチーズの製造方法」に関し、「L. caseiを含む市販スターター」についていかなる菌株であるのかは、明細書中に明記されているとはいえない(特許異議申立書38頁(4-5-5)参照)としても、本件特許に係る実施例1の図2?5のエタノール濃度に係る記載を参照すると、L. caseiの具体的菌株として「L. casei MEP1106303」及び「L. casei JCM1181」が記載されており、同じく実施例2の図6の酪酸エチル濃度に係る記載を参照すると、「L. casei MEP1106303」が記載されていることからすれば、当業者は「L. caseiを含む市販スターター」に係るL. caseiの菌株が少なくともこれら2つに係るものであると認識できるといえる。したがって、本件特許は特許法36条6項1号及び4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえず、上記取消理由3及び4について理由がない。

(4) 以上のことから、本件発明1?3は発明の詳細な説明に記載されたものではないとすることはできず、又、本件発明1?3を当業者が必ずしも実施できるとはいえず、過度な試行錯誤が必要となるので、発明の詳細な説明は、明確かつ十分に記載したものであるとはいえないとすることはできない。

5 理由5(36条6項2号)について
本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1には、「上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL. fermentumの複数の菌株の中から、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用い、上記(b)の微生物として、上記(a)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いる」「ナチュラルチーズの製造方法」と記載されているところ、各文言自体の意味するところに不明確な点はないし、「製造方法」の発明において「菌株を選択して用いる」との記載を素直に解釈すれば、いわゆる「スクリーニング工程」が製造方法の一工程として含まれることを意味しているといえる。
そして、明細書等には菌株の組合せによっては、「熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる」ものがある一方、そうでないものもあることが記載されており、当該記載内容は本件発明1の工程として、スクリーニングする工程を備えることを裏付けるものといえる。そうすると、請求項1の上記記載に不備があるとはいえないから、本件特許は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえず、上記取消理由5について理由がない。
なお、明細書等には、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01 w/w%以上にすることができる菌株をどのようにして選択するのか記載されていない(特許異議申立書41、42頁の(1)参照。)としても、本件特許は特許法36条6項1号及び4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものとはいえないことは、既に「4(2)」にて述べたとおりである。

第4 むすび
以上のとおりであるから、上記取消理由通知に記載した上記取消理由1ないし5(特許異議申立書に記載された申立て理由)によっては、本件発明1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エタノール含有量が0.01w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.3ppm以上であるナチュラルチーズの製造方法であって、
(A)原料乳にスターターを添加した後に、該原料乳を凝固させ、次いで、得られた凝固物を圧搾して、上記スターターの作用によってエタノール含有量が増大した、熟成前のナチュラルチーズを得る工程と、
(B)上記熟成前のナチュラルチーズを熟成させて、エタノールからパイン臭エステルを生成させ、パイン臭エステル含有量が増大したナチュラルチーズを得る工程、
を含み、かつ、
上記スターターとして、(a)エタノールを産生する少なくとも1種以上の微生物、および、(b)L.casei、L.delbrueckii subsp.bulgaricus、L.helveticus、L.plantarum、L.rhamnosus、L.zeae、Lc.lactis subsp.cremoris、Lc.lactissubsp.lactis、および、S.thermophilusから選ばれる1種以上の乳酸菌を用い、
上記(a)の微生物として、乳酸菌であるL.fermentumの複数の菌株の中から、上記(b)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用い、
上記(b)の微生物として上記(a)の微生物と組み合わせることによって、上記熟成前のナチュラルチーズ中のエタノール含有量を0.01w/w%以上にすることができる菌株を選択して用いることを特徴とするナチュラルチーズの製造方法。
【請求項2】
上記ナチュラルチーズは、エタノール含有量が0.05w/w%以上、および/または、パイン臭エステル含有量が0.5ppm以上のものである請求項1に記載のナチュラルチーズの製造方法。
【請求項3】
上記(a)の微生物であるL.fermentumが、L.fermentum OLL203697(受託番号FERM BP-11433)および/またはL.fermentum OLL203731(受託番号FERMBP-11434)である請求項1又は2に記載のナチュラルチーズの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-05-07 
出願番号 特願2013-540823(P2013-540823)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (A23C)
P 1 651・ 113- YAA (A23C)
P 1 651・ 121- YAA (A23C)
P 1 651・ 536- YAA (A23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 西 賢二  
特許庁審判長 山崎 勝司
特許庁審判官 窪田 治彦
田村 嘉章
登録日 2017-02-03 
登録番号 特許第6084162号(P6084162)
権利者 株式会社明治
発明の名称 ナチュラルチーズおよびその製造方法  
代理人 衡田 直行  
代理人 衡田 直行  

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