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審決分類 審判 一部無効 1項3号刊行物記載  B66F
審判 一部無効 2項進歩性  B66F
審判 一部無効 5項独立特許用件  B66F
管理番号 1342472
審判番号 無効2017-800132  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-09-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2017-10-10 
確定日 2018-07-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第4890790号発明「作業車の走行装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
平成17年5月31日 本件出願
平成23年12月22日 特許権の設定登録(特許第4890790号 請求項数6)
平成29年1月25日 訂正審判の請求(訂正2017-390007号)
平成29年6月14日付け 訂正審判の審決(訂正を認める旨の審決)
平成29年10月10日 本件無効審判の請求(訂正後の請求項1に係る発明に対して)
平成29年12月25日 審判事件答弁書の提出
平成30年1月29日付け 審理事項通知書
平成30年2月13日 口頭審理陳述要領書(請求人)の提出
平成30年3月1日 口頭審理陳述要領書(被請求人)の提出
平成30年3月20日 第2口頭審理陳述要領書(請求人)の提出
平成30年3月20日 口頭審理
平成30年4月2日 上申書(被請求人)の提出
平成30年4月13日 上申書(請求人)の提出
平成30年4月13日 証拠申出書(請求人)の提出

第2 本件特許発明
特許第4890790号(以下「本件特許」という。)の本件無効審判の請求に係る請求項1に係る発明は、特許権の設定登録後に請求された訂正審判において訂正を認める旨の審決がされたから、その訂正特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下、「本件特許発明1」という。なお、下線は訂正箇所を示す。)

「【請求項1】
作業装置を備えた車輪駆動式の走行体と、前記走行体の被操舵輪の操舵操作を行う操舵操作手段と、前記操舵操作手段の操作状態を検出する操舵操作検出手段と、前記操舵操作検出手段により検出された前記操舵操作手段の操作状態に応じて前記被操舵輪の目標舵角を設定する目標舵角設定手段と、前記被操舵輪の舵角を検出する舵角検出手段と、前記被操舵輪に繋がるリンク機構を駆動して前記被操舵輪の舵角を変化させる操舵アクチュエータと、前記舵角検出手段により検出された前記被操舵輪の舵角が前記目標舵角設定手段において設定された前記被操舵輪の目標舵角に追従するように前記操舵アクチュエータを作動させる制御を行う通常走行制御手段とを備えて構成された作業車の走行装置において、
前記舵角検出手段の故障を検出する第1の故障検出手段と、 前記第1の故障検出手段により、前記舵角検出手段からの出力信号が所定範囲内のものでなくて前記舵角検出手段が故障であると検出されているとき、前記通常走行制御手段による前記制御を規制し、前記操舵操作手段の操作状態に応じた方向に、前記操舵操作手段が操作されている間だけ、所定の速度で前記操舵アクチュエータを作動させる制御を行う第1の非常時走行制御手段とを備えたことを特徴とする作業車の走行装置。」

第3 請求人の主張
1.主張の概要
(無効理由1)
本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であり、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当するから特許を受けることができないものである。よって、本件の請求項1に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。

(無効理由2)
本件特許発明1は、甲第1号証及び/又は甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって、本件の請求項1に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。

(無効理由7)
平成29年1月25日に請求された訂正審判により請求項1に対してされた訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としてされたものであるところ、訂正後の請求項1に係る発明である本件特許発明1は、上記無効理由1又は2により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、請求項1に対する訂正は特許法第126条第7項の規定に違反してされたものである。よって、本件の請求項1に係る特許は、特許法第123条第1項第8号の規定により無効とすべきものである。

なお、請求人により、無効理由3ないし6の主張は口頭審理において取り下げられた。

2.証拠方法
請求人は、証拠方法として以下のものを提出した。
(1)甲第1号証:特開2003-165460号公報
(2)甲第2号証:特開2001-240398号公報
(3)甲第3号証:小学館「デジタル大辞泉」の「所定」の欄を印刷したもの(原本)
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/111753/meaning/m0u/

第4 被請求人の主張
1.主張の概要
(無効理由1及び2)
本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明とは同一でなく、又は甲第1号証に記載された発明と甲第2号証に記載された発明とを組合せても当業者が容易に発明することができたとはいえないから、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当せず、又は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとはいえない。よって、本件の請求項1に係る特許は、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものであるとはいえない。

(無効理由7)
平成29年1月25日に請求された訂正審判により請求項1に対してされた訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としてされたものであるところ、訂正後の請求項1に係る発明である本件特許発明1は、上記無効理由1及び2により特許出願の際独立して特許を受けることができないとはいえない。したがって、請求項1に対する訂正は特許法第126条第7項の規定に違反してされたものではない。よって、本件の請求項1に係る特許は、特許法第123条第1項第8号の規定により無効とすべきものであるとはいえない。

第5 当審の判断(無効理由1、2及び7について)
1.甲第1号証
甲第1号証には、「車両のステアバイワイヤ装置」に関して、図面(特に、図1、2、6、7、9及び10参照)とともに、以下の事項が記載されている。(なお、下線は理解の一助のために当審が付与した。以下同様。)

(1)甲第1号証の記載事項
1a)「【0013】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施形態の車両のステアバイワイヤ装置(適宜ステアバイワイヤ装置と省略する)を、図面を参照して詳細に説明する。本実施形態のステアバイワイヤ装置は、ドライバに操作される操作装置たるジョイスティックを有し、その操作量に基づいて、ブレーキアクチュエータ、スロットルアクチュエータ及び転舵アクチュエータ(ステアリングモータ)を駆動して車両の運転操作、つまりステアバイワイヤによる車両の加減速及び転舵を行なう車両の操舵装置である。また、本実施形態のステアバイワイヤ装置は、転舵輪の転舵角(制御量)を検出するセンサとしてのラック位置センサを有しており、通常時はジョイスティックの操作量と転舵輪の転舵角を比例制御(位置制御)している。そして、ラック位置センサの異常時は、ジョイスティックの操作量にステアリングモータの出力が対応するように制御(バックアップ制御)する。
【0014】まず、図1を参照してステアバイワイヤ装置Aの全体構成について説明する。図1は、ステアバイワイヤ装置の全体構成図である。
【0015】図1に示すように、ステアバイワイヤ装置Aは、ジョイスティック1、転舵操作量センサ2、加減速操作量センサ3、制御装置4、ステアリングモータ5、スロットルアクチュエータ6、ブレーキアクチュエータ7、転舵操作反力モータ8、加減速操作反力モータ9、ラック位置センサ10、スロットル開度センサ11、ブレーキ液圧センサ12、傾動支持機構13、復帰機構15,16、ラック軸力センサ20などから構成される。この図から判るように、ジョイスティック1と転舵輪Wは機械的に接続されておらず、切り離されている。なお、ジョイスティック1は請求項の「操作装置」に相当し、転舵操作量センサ2は請求項の「操作量検出器」に相当し、制御装置4は請求項の「制御手段」に相当し、ステアリングモータ5は請求項の「転舵アクチュエータ」に相当し、ラック位置センサ10は請求項の「転舵量検出器」に相当し、ラック軸力センサ20は請求項の「出力検出器」に相当する。
【0016】〔ジョイスティック〕まず、ジョイスティック1の構成について説明する。図1に示すように、ステアバイワイヤ装置Aは、車両の加減速操作及び転舵操作を行なうためのジョイスティック1を備える。そのため、ジョイスティック1は、車両の進行方向に対して前後方向に傾動する操作ができると共に左右方向にも傾動する操作ができるように傾動支持機構13に支持される(図2,図3参照)。従って、ジョイスティック1は、円運動を描くように操作することができる。」

1b)「【0019】また、ジョイスティック1を左右方向に傾動する操作も、ジョイスティック1の左右方向の操作を可能とする回転軸に備えられたポテンショメータなどからなる転舵操作量センサ2により、その操作量が電圧として検出(出力)されるようになっている。この場合の操作量も、ジョイスティック1の中立位置を基準にして、右側に傾動する場合が右側転舵操作量であり、左側に傾動する場合が左側転舵操作量である。そして、転舵操作量センサ2は、検出値を制御装置4に出力する。ちなみに、このジョイスティック1を左右方向に傾動する操作が、車両の転舵操作となる。
【0020】図7(b)を参照して、ジョイスティック1の左右方向の操作量に対する転舵操作量センサ2の出力の設定について説明する。なお、図7(b)は、ジョイスティック1の左右方向の位置と転舵操作量センサ2の出力との関係図である。この図から判るように、転舵操作量センサ2は、ジョイスティック1を右側に傾動する操作を行なうと出力を増加させ、左側に傾動する操作を行なうと出力を低下させるように設定される。そして、転舵操作量センサ2の出力が基準値を上回る部分が右側転舵操作量であり、基準値を下回る部分が左側転舵操作量である。従って、転舵操作は、ジョイスティック1を傾動する操作の度合いが大きくなればなるほど、加減速操作量センサ3で検出(出力)される操作量も大きくなる。なお、右側転舵操作量か左側転舵操作量かの判断は、通常制御時は、後記する目標ラック位置設定部431で判断され、バックアップ制御時(ラック位置センサ10の故障時)は、後記する目標ラック軸力設定部433で判断される(図6参照)。
【0021】そして、転舵操作量センサ2及び加減速操作量センサ3により検出された操作量(出力信号)は、制御装置4にハーネス(信号伝達ケーブル)を通じて出力され、ステアバイワイヤによる制御を実現するようになっている。」

1c)「【0033】〔転舵系〕次に、ステアバイワイヤ装置Aにおける転舵系の構成を説明する(図1参照)。この車両の転舵系は、通常の車両と異なりステアリングホイールを有しない。その代わりに、ジョイスティック1がステアリングホイールの役割を有し、前記したように、中立位置のジョイスティック1を左側に傾動する操作を行なうと、転舵輪W,Wが左側に転舵するようになっている。また、左側に傾動したジョイスティック1を中立位置に戻す操作を行なうと、転舵輪W,Wが中立位置に戻るようになっている。一方、中立位置のジョイスティック1を右側に傾動する操作を行なうと転舵輪W,Wが右側に転舵するようになっている。また、右側に傾動したジョイスティック1を中立位置に戻す操作を行なうと、転舵輪W,Wが中立位置に戻るようになっている。
【0034】また、この車両は、ドライバの転舵力をラック軸18に伝達するステアリング軸やラックアンドピニオン機構などを有しない。その代わりに、ラック軸18を軸方向に動かすステアリングモータ(ステアリングアクチュエータ)5、ボールねじ機構17及びラック位置センサ10を有する。なお、ステアリングモータ5は車体フレームに対して固定され、ステアリングモータ5の回転運動を、ボールねじ機構17を介してラック軸18の直線運動に変換している。これにより、ステアリングモータ5が発生する回転トルクがラック軸18の軸力に変換され、ラック軸18に生じた軸力は、ラック軸18の端部のタイロッド19,19を介して転舵輪W,Wの転舵トルクへと変換される。また、ラック位置センサ10は、ラック軸18の直線運動におけるラック位置を検出して制御装置4に出力するようになっている。なお、ステアリングモータ5は、制御装置4が生成する駆動信号に基づいて駆動される。
【0035】〔センサ類〕さらに、ステアバイワイヤ装置Aを制御装置4で制御するために、車両には各種情報を制御装置4に取り込むための各種センサを有する(図1参照)。ラック位置センサ10は、ラック軸18の左右方向の位置を電気的な信号として制御装置4に出力する。スロットル開度センサ11は、スロットル弁の開度を検出し、スロットル開度を電気的な信号として制御装置4に出力する。ブレーキ液圧センサ12は、ホイールシリンダのブレーキ液圧を電気的な信号として制御装置4に出力する。ラック軸力センサ20は、ラック軸18に加わる軸力(応力・歪)を電気的な信号として制御装置4に出力する。なお、ラック軸力センサ20は、ラック位置センサ10の故障時に、該センサ10をバックアップする役割を有する。」

1d)「【0049】〔転舵制御部〕制御装置4における転舵制御部4Eの構成を説明する(図6参照)。転舵制御部4Eは、ドライバによるジョイスティック1の転舵操作の操作量に応じて転舵輪W,Wを、転舵する制御を行なう。なお、この転舵制御部4Eは、通常制御時はジョイスティック1の操作量に転舵輪W,Wの転舵量(ラック位置)が対応するようにステアリングモータを位置制御(比例制御)し、バックアップ制御時はジョイスティック1の操作量にステアリングモータ5の出力が対応するように制御する。
【0050】転舵制御部4Eは、目標ラック位置設定部431、偏差演算部432、目標ラック軸力設定部433、偏差演算部434、故障診断部435、制御切替部436、PID制御部437、ステアリングモータ制御信号出力部438及びステアリングモータ駆動回路439を含んで構成される。このうち、バックアップ制御を実現するための構成は、目標ラック軸力設定部433、偏差演算部434、故障診断部435及び制御切替部436である。なお、転舵制御部4Eのうち、ステアリングモータ駆動回路439を除いた部分は、制御装置4を構成するコンピュータにソフトウェア的に構成される。
【0051】目標ラック位置設定部431は、右側転舵操作量及び左側転舵操作量たる転舵操作量センサ2の出力を入力して図9(a)に示す通常制御時用の転舵マップを検索し、目標ラック位置を設定する。なお、通常制御時用の転舵マップは、図9(a)に示すように、右側転舵操作量が大きくなればこれに応じて目標ラック位置が左側に移動するように(転舵輪W,Wが右に切れるように)設定されており、逆に左側転舵操作量が大きくなればこれに応じて目標ラック位置が右側に移動するように(転舵輪W,Wが左に切れるように)設定されている。偏差演算部432は、目標ラック位置とラック位置センサ10が検出した実ラック位置の偏差を演算し、後段の制御切替部436に出力する。
【0052】バックアップ制御時に使用される目標ラック軸力設定部433は、右側転舵操作量及び左側転舵操作量たる転舵操作量センサ2の出力を入力して図9(b)に示すバックアップ制御時用の転舵マップを検索し、目標ラック軸力を設定する。なお、バックアップ制御時用の転舵マップは、図9(b)に示すように、右側転舵操作量が大きくなればこれに応じて、ラック軸18を左側に移動させる向きのラック軸力(左側)が大きくなるように(つまり転舵輪W,Wがより早く右に切れるように)、目標ラック軸力が設定されている。一方、ラック軸力マップは、左側転舵操作量が大きくなればこれに応じて、ラック軸18を右側に移動させる向きのラック軸力(右側)が大きくなるように(つまり転舵輪W,Wがより早く左に切れるように)、目標ラック軸力が設定されている。同じくバックアップ制御時に使用される偏差演算部434は、目標ラック軸力とラック軸力センサ20が検出した実ラック軸力の偏差を演算し、後段の制御切替部436に出力する。
【0053】故障診断部435は、転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力を入力して、両センサ2,10の出力の対応関係を監視する。故障診断部435は、両センサ2,10の出力に対応関係がなくなった場合に、ラック位置センサ10が故障したと判断する。故障診断部435は、ラック位置センサ10が故障したと診断したときは、故障信号(故障フラグ)を生成して制御切替部436に出力する。なお、故障診断部435のリファレンスとなる転舵操作量センサ2は二重化され、かつ二重化した転舵操作量センサ2同士の出力の対応関係を図示しない監視手段により監視され、該センサ2の故障診断が常時なされているものとする。ちなみに、転舵操作量センサ2は相対的に安価である。
【0054】制御切替部436は、2つの偏差演算部432,434からそれぞれ偏差を入力する。加えて、制御切替部436は、ラック位置センサ10の故障時に故障診断部435から故障信号を入力する。この制御切替部436は、通常制御時はラック位置に係る偏差演算部432が出力した偏差を後段のPID制御部437に出力する。一方、この制御切替部436は、故障信号を入力すると(バックアップ制御時)、ラック軸力に係る偏差演算部434が出力した偏差を後段のPID制御部437に出力する。
【0055】PID制御部437は、いずれかの偏差を入力してこの偏差にP(比例)、I(積分)及びD(微分)などの処理を施してPID信号を生成し、後段のステアリングモータ制御信号出力部438に出力する。ステアリングモータ制御信号出力部438は、PID信号に基づいて、ラック軸18を駆動するステアリングモータ5を制御する制御信号を生成して、ステアリングモータ駆動回路439に出力する。
【0056】ステアリングモータ5は、ステアリングモータ駆動回路439が生成した駆動信号により駆動される。つまり、ジョイスティック1を左右方向に傾動すると、ステアバイワイヤにより転舵操作がなされる。」

1e)「【0076】〔転舵制御部の動作〕次に、以上の構成を有するステアバイワイヤ装置Aのうち、本発明の要部である転舵制御部4Eに係る動作を、ラック位置センサ10が正常に動作している通常制御時とラック位置センサ10が故障したバックアップ制御時に分けて説明する(図1から図8を適宜参照)。
【0077】(通常制御時)例えば、ドライバが車両を右側に向けるために、ジョイスティック1を右側に傾動する。ジョイスティック1を中立位置から右側に傾動すると、図7(b)に示すように、転舵操作量センサ2の出力が基準値よりも大きくなる(右側転舵操作量が増加する)。すると、図6に示す目標ラック位置設定部431が図9(a)に示す通常制御時の転舵マップに基づいて、転舵操作量センサ2の出力に対応した目標ラック位置を設定する。ちなみに、ラック位置を制御する目標ラック位置設定部431(通常制御時用)は、ジョイスティック1が右側に傾動されると、目標ラック位置を必ずラック中立位置よりも左側に設定する。偏差演算部432は、目標ラック位置設定部431が設定した目標ラック位置とラック位置センサ10が検出したラック位置(実ラック位置)を入力して、両者の偏差を演算する。ラック位置に係る偏差は、制御切替部436に出力される。
【0078】同時に、目標ラック軸力設定部433にも右側転舵操作に係る転舵操作量センサ2の出力が入力される。このため、目標ラック軸力設定部433は、図9(b)に示すバックアップ制御時の転舵マップに基づいて、転舵操作量センサ2の出力に対応した目標ラック軸力を設定する。ちなみに、ラック軸力を制御する目標ラック軸力設定部433(バックアップ制御時用)は、ジョイスティック1が右側に傾動されると、必ずラック軸18を左側に移動させる目標ラック軸力を設定する。偏差演算部434は、目標ラック軸力設定部433が設定した目標ラック軸力とラック軸力センサ20が検出したラック軸力(実ラック軸力)を入力して、両者の偏差を演算する。ラック軸力に係る偏差は、制御切替部436に出力される。
【0079】また、故障診断部435には、ラック位置センサ10の出力及び転舵操作量センサ2の出力が入力される。故障診断部435は、ラック位置センサ10の出力と転舵操作量センサ2の出力に対応が取れている場合は、ラック位置センサ10が正常と判断する。このため(ここでは通常制御時を説明しているので)、故障診断部435は、制御切替部436に故障信号を出力しない。
【0080】制御切替部436は、ラック位置に係る偏差とラック軸力に係る偏差を入力する。ここで、通常制御時は制御切替部436には故障信号が入力されていないので、制御切替部436は、ラック位置に係る偏差を後段のPID制御部437に出力する。PID制御部437は、ラック位置に係る偏差がゼロになるようにPID信号を生成して、後段のステアリングモータ制御信号出力部438に出力する。ステアリングモータ制御信号出力部438は、入力したPID信号に基づいてステアリングモータ5を駆動する制御信号を生成し、後段のステアリングモータ駆動回路439に出力する。そして、ステアリングモータ駆動回路439は、ステアリングモータ5を駆動する駆動信号を生成し、ステアリングモータ5を駆動する。すると、ラック軸18が左側に移動し、転舵輪W,Wが右側に転舵される。ちなみに、通常制御時は位置制御を行なっているので、実ラック位置が目標ラック位置と一致するとステアリングモータ5は停止する。
【0081】よって、ドライバがジョイスティック1を右側に傾動した量(角度)に応じてラック位置が左側に移動する。これにより、ドライバがジョイスティック1を右側に傾動した量に応じて転舵輪W,Wが右側に転舵される。つまり、操舵操作量(転舵操作量)とラック位置の比例制御(位置制御)が行なわれる。
【0082】(バックアップ制御時)ところで、例えばジョイスティック1を右側に傾動しているときにラック位置センサ10が故障したとする。すると、転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力とが対応しなくなる。このため、故障診断部435は、ラック位置センサ10が故障したと判断する。なお、ラック位置センサ10の故障診断に際してリファレンスとなる転舵操作量センサ2は、前記したとおり故障対策が施されている。
【0083】故障診断部435は、ラック位置センサ10が故障したと判断したときは、故障信号(故障フラグ)を生成して制御切替部436に出力する。制御切替部436は、故障信号を入力すると、ラック軸力に係る偏差を後段のPID制御部437に出力する。そして、ステアリングモータ制御信号出力部438における制御信号の生成などがなされ、ステアリングモータ5が駆動される。この説明においては、ジョイスティック1は右側に傾動しているので、ステアリングモータ5はラック軸を左側に移動するようなトルクを発生する(左側に向けてのラック軸力が発生)。すると、ラック軸18が左側に移動し、転舵輪W,Wが右側に転舵される。ちなみに、バックアップ制御時はラック軸力の制御を行なっているので、実ラック軸力が目標ラック軸力と一致するようにステアリングモータ5が駆動される。換言すると、実ラック軸力が目標ラック軸力に一致してもステアリングモータ5は停止しない。この点、このバックアップ制御は、ラック位置を制御する通常制御とは異なる。なお、通常制御時のラック位置に係る偏差は、制御切替部436は後段に出力されることはない(制御には利用されない)。
【0084】このバックアップ制御時は、ジョイスティック1を右側に傾動すると、傾動した量(角度)に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5が駆動される。つまり、ラック位置センサ10の故障により、操舵操作量(転舵操作量)とラック位置の比例制御が打ち切られ、操舵操作量(転舵操作量)とラック軸力との制御に切り替えられる。
【0085】なお、バックアップ制御時、転舵輪W,Wが転舵する速さは、ジョイスティック1を傾動させる角度によって異なる。例えば、ジョイスティック1を傾動させる角度が小さい場合は、転舵輪W,Wはゆっくり転舵する。逆に、ジョイスティック1を傾動させる角度が大きい場合は、転舵輪W,Wは迅速に転舵する。また、転舵輪W,Wの転舵量は、ジョイスティック1を傾動した角度と傾動している時間に比例するようになる。なお、転舵輪W,Wが転舵する速度(転舵量)は路面反力なども影響する。
【0086】また、バックアップ制御時(特に車両停止の際又は低車速域でのバックアップ制御時)は、ジョイスティック1を右側に傾動することで転舵輪W,Wを右側に転舵した後、転舵輪W,Wを中立位置に戻すには、ドライバはジョイスティック1を中立位置から逆方向に傾動して、逆方向のラック軸力を発生させる。同様に、ジョイスティック1を左側に傾動して転舵輪W,Wを左側に転舵した場合も同じで、転舵輪W,Wを中立位置に戻すには、ドライバはジョイスティック1を逆側に傾動する操作を行なう。ちなみに、車両停止の際又は低車速域を除いた走行中は、転舵輪W,Wを中立位置に戻そうとするセルフアライニングトルクがラック軸18に作用する。一方で、ジョイスティック1を中立位置に戻すとステアリングモータ5によるラック軸力(セルフアライニングトルクとは逆のトルク)が消滅する。このため、ジョイスティック1を中立位置に戻すと、セルフアライニングトルクにより自ずと転舵輪W,Wは中立位置に戻る。
【0087】〔制御フローチャート〕なお、図6に示す転舵制御部4Eの制御フローチャート(ソフトウェア構成に係る部分)は、図10に示すようなものになる。この制御フローチャートでは、S11とS12で通常制御時に利用されるラック位置に係る偏差が演算される。一方、S13とS14でバックアップ制御時に利用されるラック軸力に係る偏差が演算される。そして、S15で故障診断がなされ、S16で故障診断の結果に基づく分岐処理がなされる。故障なしの場合(YES、通常制御時)、つまりラック位置センサ10が正常の場合は、S17でラック位置に係る偏差を正式な偏差として後の処理(S19,S20)を行なう。一方、故障なしではない場合(NO、バックアップ制御時)、つまりラック位置センサ10が故障の場合は、S18でラック軸力に係る偏差を正式な偏差として後の処理(S19,S20)を行なう。ちなみに、この制御フローチャートは、例えば数十ミリ秒のインターバルをおいて、繰り返して実行される。」

1f)上記1c)の段落【0034】の「これにより、ステアリングモータ5が発生する回転トルクがラック軸18の軸力に変換され、ラック軸18に生じた軸力は、ラック軸18の端部のタイロッド19,19を介して転舵輪W,Wの転舵トルクへと変換される。」との記載及び図1の図示内容によれば、ラック軸18及びタイロッド19は、転舵輪Wに繋がることが分かる。

1g)上記1e)の段落【0078】、【0084】及び【0085】の記載並びに図7(b)及び図9(b)の図示内容によれば、バックアップ制御時は、ジョイスティック1の操作に応じた方向に、ジョイスティック1が傾動されている間だけ、ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5を駆動させる制御を行うことが分かる。

(2)引用発明
上記(1)並びに図1、2、6、7、9及び10の図示内容を総合し、本件特許発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。
「車両と、車両の転舵輪Wの転舵を行うジョイスティック1と、ジョイスティック1の操作量を検出する転舵操作量センサ2と、転舵操作量センサ2により検出されたジョイスティック1の操作量に応じて目標ラック位置を設定する目標ラック位置設定部431と、ラック位置を検出するラック位置センサ10と、転舵輪Wに繋がるラック軸18及びタイロッド19を介して転舵輪Wを転舵させるステアリングモータ5と、ラック位置センサ10により検出されたラック位置が目標ラック位置設定部431において設定された目標ラック位置に一致するようにステアリングモータ5を駆動させる比例制御を行う通常制御を行う手段とを備えて構成されたステアバイワイヤ装置Aにおいて、ラック位置センサ10の故障を判断する故障診断部435と、故障診断部435により、転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力とが対応しなくなりラック位置センサ10が故障であると判断したとき、通常制御を行う手段による比例制御を打ち切り、ジョイスティック1の左右方向の位置に応じた方向に、ジョイスティック1が傾動されている間だけ、ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5を駆動させる制御を行うバックアップ制御を行う手段とを備えたステアバイワイヤ装置A。」

2.甲第2号証
甲第2号証には、「断線検出装置およびこれを備えたフォークリフト」に関して、図面(特に、図1ないし3参照)とともに以下の事項が記載されている。

(1)甲第2号証の記載事項
2a)「【0008】このように、ピッキングリフトトラック1のパワーステアリング装置には、ハンドル10と、操舵輪14とが機械的に直接接続されていない構成が採用され、制御手段13により、ハンドル側ポテンショメータ12による検出信号を基準として、操舵側ポテンショメータ15による検出信号がハンドル側ポテンショメータ12による検出信号に一致するように操舵軸駆動モータにより操舵軸を回転駆動し、これにより操舵輪14の操舵角をハンドル10の回転角に応じて変更している。」

2b)「【0037】ここで、両ポテンショメータ12、15の両摺動端12c、15cの電位は、両ポテンショメータ12、15の直線性を考慮して、断線のない正常時において、制御手段13の正電源電圧を100%として、その20?80%の範囲内の値となるように設定しておくのが好ましい。
【0038】次に、このような状況下で、例えばハンドル側ポテンショメータ12の一端12a側が断線したとすると、摺動端12cの電位が他端12bの電位、つまり接地電位と同じになり、その結果、接地電位の信号がハンドル角検出信号入力端子13aに入力される。この接地電位の信号が、第1のA/D変換器22によりA/D変換されてCPU24に入力され、CPU24の判断部によりハンドル側ポテンショメータ12に断線が発生したと判断される。また、操舵側ポテンショメータ15の一端15a側が断線した場合も、これと同様にしてCPU24の判断部により操舵側ポテンショメータ15に断線が発生したと判断される。
【0039】続いて、ハンドル側ポテンショメータ12の他端12b側が断線したとすると、摺動端12cの電位が一端12aの電位、つまり電源電位と同じになり、その結果、電源電位の信号がハンドル角検出信号入力端子13aに入力される。この電源電位の信号が、第1のA/D変換器22によりA/D変換されてCPU24に入力され、CPU24の判断部によりハンドル側ポテンショメータ12の他端12b側に断線が発生したと判断される。また、操舵側ポテンショメータ15の他端15b側が断線した場合も、これと同様にしてCPU24の判断部により操舵側ポテンショメータ15の他端側15bに断線が発生したと判断される。
【0040】さらに、ハンドル側ポテンショメータ12の摺動端12c側が断線した場合には、摺動端12c側の電位が他端12bの電位、つまり接地電位と同じになり、その結果、接地電位の信号がハンドル角検出信号入力端子13aに入力される。この接地電位の信号が、第1のA/D変換器22によりA/D変換されてCPU24に入力され、CPU24の判断部によりハンドル側ポテンショメータ12に断線が発生したと判断される。一方、操舵側ポテンショメータ15の摺動端15c側が断線した場合も、これと同様にしてCPU24の判断部により操舵側ポテンショメータ15に断線が発生したと判断される。」

2c)「【0048】このように、両ポテンショメータ12、15の少なくとも一方に断線が発生すると、CPU24の判断部により断線と判断されて走行モータ34が停止されると同時に、強制的にブレーキ手段35が駆動され、車体2が自動的に停止状態に制御される。
【0049】ところが、上記のように車体2が自動的に停止されると、操舵輪14が操舵不能の状態のままとなり、例えば通路の真ん中でピッキングリフトトラック1が停止してしまうと通行の邪魔になる。そこで、通行の邪魔にならないように、ピッキングリフトトラック1を待避できるように構成されている。ただし、この待避制御は、操舵側ポテンショメータ15に断線がない場合のみ有効となるものである。
【0050】すなわち、図2に示すように、車体2の停止後に待避のために、オペレータが操作する待避操作部37が設けられている。この待避操作部37は、待避スイッチ38と、待避側ポテンショメータ(図示省略)の摺動端に連結された操作つまみ39と、上記した制御手段13とにより構成される。いま、待避スイッチ38を操作すると、待避信号がCPU24に入力され、この待避信号の入力によりCPU24は待避モードとなり、操舵駆動出力回路25を介して操舵駆動部26に操舵軸駆動モータ停止解除信号を、走行駆動出力回路27を介して走行駆動部28に走行モータ低速駆動信号を、ブレーキ出力回路29を介してブレーキ駆動回路30にブレーキ駆動解除信号をそれぞれ出力する。
【0051】そして、操舵駆動部26は、操舵駆動出力回路25からの操舵軸駆動モータ停止解除信号に基づいて、操舵軸駆動モータ33の停止状態を解除し、後述する操作つまみ39の操作によって操舵軸駆動モータ33を駆動可能な状態に制御する。
【0052】また、走行駆動部28を構成するスイッチング素子は、走行駆動出力回路27からの走行モータ低速駆動信号によりオン状態に反転し、これによって例えばオペレータによるアクセルペダルの操作量にかかわらず、待避走行するのに安全な速度で走行モータ34を駆動すべく電流が供給され、走行モータ34が数km/h程度の低速で駆動される。」

2d)「【0077】また、請求項10に記載の発明によれば、ハンドル側ポテンショメータが断線してフォークリフトが自動的に停止した後、オペレータが操作つまみを操作することにより、操作つまみの操作量に応じて操舵輪の向きを変えることができるため、フォークリフトを通行の邪魔にならないように容易にかつ確実に待避させることが可能となる。
【0078】また、請求項11に記載の発明によれば、両ポテンショメータの一方が断線してフォークリフトが自動的に停止した後、オペレータが操作釦を1回操作するごとに操舵輪の向きを一定量ずつ変えることができるため、フォークリフトを通行の邪魔にならないように容易にかつ確実に待避させることが可能となる。」

(2)甲2技術1及び甲2技術2
上記(1)及び図1ないし3の図示内容を総合すると、甲第2号証には以下の技術がそれぞれ記載されている。

「ハンドル10と操舵輪14とが機械的に直接接続されておらず、ハンドル側ポテンショメータ12の検出信号を基準として、操舵側ポテンショメータ15による検出信号がハンドル側ポテンショメータ12による検出信号に一致するように操舵軸駆動モータ33により操舵軸を回転駆動するピッキングリフトトラック1のパワーステアリング装置において、ハンドル側ポテンショメータ12と操舵側ポテンショメータ15とのいずれかに断線が発生したと判断された場合に自動的に停止状態に制御され、その後、操作つまみの操作による待避走行を可能とする技術。」(以下、「甲2技術1」という。)

「ハンドル10と操舵輪14とが機械的に直接接続されておらず、ハンドル側ポテンショメータ12の検出信号を基準として、操舵側ポテンショメータ15による検出信号がハンドル側ポテンショメータ12による検出信号に一致するように操舵軸駆動モータ33により操舵軸を回転駆動するピッキングリフトトラック1のパワーステアリング装置において、ハンドル側ポテンショメータ12または操舵側ポテンショメータ15の断線の発生を、正常時に正電源電圧の20?80%であるポテンショメータの摺動端の電圧が電源電圧または接地電圧となることにより判断する技術。」(以下、「甲2技術2」という。)

3.対比・判断
本件特許発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「車両」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本件特許発明1の「車輪駆動式の走行体」及び「走行体」に相当し、以下同様に、「転舵輪W」は「被操舵輪」に、「転舵輪Wの転舵」は「被操舵輪の操舵操作」に、「ジョイスティック1」は「操舵操作手段」に、「操作量に応じ」ることは「操作状態に応じ」ることに、「転舵操作量センサ2」は「操舵操作検出手段」に、「ラック軸18及びタイロッド19」は「リンク機構」に、「転舵輪Wに繋がるラック軸18及びタイロッド19を介して転舵輪Wを転舵させる」ことは「被操舵輪に繋がるリンク機構を駆動して被操舵輪の舵角を変化させる」ことに、「ステアリングモータ5」は「操舵アクチュエータ」に、「一致する」は「追従する」に、「駆動させる比例制御」は「作動させる制御」に、「通常制御を行う手段」は「通常走行制御手段」に、「ステアバイワイヤ装置A」は「走行装置」に、「故障を判断する」ことは「故障を検出する」ことに、「故障診断部435」は「第1の故障検出手段」に、「故障であると判断したとき」は「故障であると検出されているとき」に、「通常制御を行う手段による比例制御を打ち切り」は「通常走行制御手段による制御を規制」に、「ジョイスティック1の左右方向の位置に応じた方向」は「操舵操作手段の操作状態に応じた方向」に、「ジョイスティック1が傾動されている間だけ」は「操舵操作手段が操作されている間だけ」に、「バックアップ制御を行う手段」は「第1の非常時走行制御手段」にそれぞれ相当する。

甲第1号証の段落【0013】の「また、本実施形態のステアバイワイヤ装置は、転舵輪の転舵角(制御量)を検出するセンサとしてのラック位置センサを有しており、通常時はジョイスティックの操作量と転舵輪の転舵角を比例制御(位置制御)している。」との記載及び段落【0034】の「なお、ステアリングモータ5は車体フレームに対して固定され、ステアリングモータ5の回転運動を、ボールねじ機構17を介してラック軸18の直線運動に変換している。これにより、ステアリングモータ5が発生する回転トルクがラック軸18の軸力に変換され、ラック軸18に生じた軸力は、ラック軸18の端部のタイロッド19,19を介して転舵輪W,Wの転舵トルクへと変換される。また、ラック位置センサ10は、ラック軸18の直線運動におけるラック位置を検出して制御装置4に出力するようになっている。」との記載によれば、引用発明における「ラック位置」は「転舵輪の転舵角」に一対一で対応するものである。このことを踏まえると、引用発明の「目標ラック位置」は本件特許発明1の「目標舵角」に相当し、以下同様に、「目標ラック位置設定部431」は「目標舵角設定手段」に、「ラック位置」は「被操舵輪の舵角」に、「ラック位置センサ10」は「舵角検出手段」に相当する。

したがって、両者は、
「車輪駆動式の走行体と、走行体の被操舵輪の操舵操作を行う操舵操作手段と、操舵操作手段の操作状態を検出する操舵操作検出手段と、操舵操作検出手段により検出された操舵操作手段の操作状態に応じて被操舵輪の目標舵角を設定する目標舵角設定手段と、被操舵輪の舵角を検出する舵角検出手段と、被操舵輪に繋がるリンク機構を駆動して被操舵輪の舵角を変化させる操舵アクチュエータと、舵角検出手段により検出された被操舵輪の舵角が目標舵角設定手段において設定された被操舵輪の目標舵角に追従するように操舵アクチュエータを作動させる制御を行う通常走行制御手段とを備えて構成された走行装置において、舵角検出手段の故障を検出する第1の故障検出手段と、第1の故障検出手段により、舵角検出手段が故障であると検出されているとき、通常走行制御手段による制御を規制し、操舵操作手段の操作状態に応じた方向に、操舵操作手段が操作されている間だけ、操舵アクチュエータを作動させる制御を行う第1の非常時走行制御手段とを備えた走行装置。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点1]
本件特許発明1は、「作業装置を備えた」車輪駆動式の走行体を備えて構成された「作業車の」走行装置であるのに対し、
引用発明は、「作業装置を備えた」車両を備えて構成された「作業車の」ステアバイワイヤ装置Aであるか否か不明である点(以下、「相違点1」という。)。

[相違点2]
本件特許発明1は、第1の故障検出手段により、「舵角検出手段からの出力信号が所定範囲内のものでなくて」舵角検出手段が故障であると検出されているとき、通常走行制御手段による制御を規制するのに対し、
引用発明は、故障診断部435により、転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力とが対応しなくなりラック位置センサ10が故障であると判断したとき、通常制御を行う手段による比例制御を打ち切る点(以下、「相違点2」という。)。

[相違点3]
本件特許発明1は、第1の非常時走行制御手段が、操舵操作手段の操作状態に応じた方向に、操舵操作手段が操作されている間だけ、「所定の速度」で操舵アクチュエータを作動させる制御を行うのに対し、
引用発明は、バックアップ制御を行う手段が、ジョイスティック1の左右方向の位置に応じた方向に、ジョイスティック1が傾動されている間だけ、ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5を駆動させる制御を行う点(以下、「相違点3」という。)。

以下、相違点1ないし3について検討する。

[相違点1について]
引用発明の「車両」が「作業装置を備えた」こと、又は「作業車」であることについては甲第1号証において記載や示唆がされていない。また、甲第1号証の記載全体や技術常識を考慮しても「ステアバイワイヤ装置A」を備えた「車両」が「作業装置を備えた」ものであること、又は「作業車」であるといえる根拠も特段見出せない。そうすると、相違点1は、実質的な相違点である。
甲2技術1は、「ハンドル10と操舵輪14とが機械的に直接接続されておらず、ハンドル側ポテンショメータ12の検出信号を基準として、操舵側ポテンショメータ15による検出信号がハンドル側ポテンショメータ12による検出信号に一致するように操舵軸駆動モータ33により操舵軸を回転駆動するピッキングリフトトラック1のパワーステアリング装置において、ハンドル側ポテンショメータ12と操舵側ポテンショメータ15とのいずれかに断線が発生したと判断された場合に自動的に停止状態に制御され、その後、操作つまみの操作による待避走行を可能とする技術」であるから、ハンドル側ポテンショメータ12(本件特許発明1の「操舵操作検出手段」に相当)の検出信号を基準として、操舵側ポテンショメータ15(本件特許発明1の「舵角検出手段」に相当)による検出信号がハンドル側ポテンショメータ12による検出信号に一致するように操舵軸駆動モータにより操舵軸を回転駆動し、少なくとも操舵側ポテンショメータ15に断線(本件特許発明1の「故障」に相当)が発生した場合に、操作つまみの操作による待避走行を可能とするピッキングリフトトラック1(本件特許発明1の「作業装置を備えた車輪駆動式の走行体」、あるいは「作業車」に相当)におけるパワーステアリング装置に関するものであるといえる。
そうすると、引用発明の「車両」に、故障の際のバックアップ機能を有する作業装置を備えた車輪駆動式の走行体、あるいは作業車のパワーステアリング装置に関する甲2技術1を適用して「作業装置を備えた」車両とし、さらに、引用発明の「ステアバイワイヤ装置A」を「作業車の」「ステアバイワイヤ装置A」とすることにより、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

[相違点2について]
故障の判断に際して、引用発明における「転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力とが対応しなく」なることは、ラック位置センサ10の出力の他に、転舵操作量センサ2の出力との比較が必要となるものであるところ、本件特許発明1における「舵角検出手段からの出力信号が、所定範囲内のものでなく」なること、すなわち、舵角検出手段からの出力信号が、ある決められた範囲内のものでなくなることとは概念が異なるから、引用発明における「転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力とが対応しなく」なることは、本件特許発明1の「舵角検出手段からの出力信号が所定範囲内のものでなく」なることに含まれるとはいえず、また、両者が下位概念と上位概念の関係にあるともいえない。そうすると、相違点2は、実質的な相違点である。
甲2技術2は、「ハンドル10と操舵輪14とが機械的に直接接続されておらず、ハンドル側ポテンショメータ12の検出信号を基準として、操舵側ポテンショメータ15による検出信号がハンドル側ポテンショメータ12による検出信号に一致するように操舵軸駆動モータ33により操舵軸を回転駆動するピッキングリフトトラック1のパワーステアリング装置において、ハンドル側ポテンショメータ12または操舵側ポテンショメータ15の断線の発生を、正常時に正電源電圧の20?80%であるポテンショメータの摺動端の電圧が電源電圧または接地電圧となることにより判断する技術」であり、操舵側ポテンショメータ15の断線(本件特許発明1の「故障」に相当)を、ポテンショメータの摺動端の電圧が、正常時における正電源電圧の20?80%の所定範囲内でない異常値である電源電圧あるいは接地電圧となることをもって検知することについて示唆しているから、引用発明に、ラック位置センサ(操舵側ポテンショメータ15)の故障検出機能を有する点で共通する上記甲2技術2を適用することにより、引用発明の「転舵操作量センサ2の出力とラック位置センサ10の出力とが対応しなくなりラック位置センサ10が故障であると判断」することに代えて、又は加えて「ラック位置センサ10の出力が所定範囲内のものでなくてラック位置センサ10が故障であると判断」することにより、上記相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

[相違点3について]
引用発明は、「ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5を駆動させる」ものであるのに対し、本件特許発明1は「操舵操作手段の操作状態に応じた方向に、操舵操作手段が操作されている間だけ、所定の速度で操舵アクチュエータを作動させる」ものであるから、引用発明は、ジョイスティック1がラック軸力を制御するのに対し、本件特許発明1は、操舵操作手段が操舵アクチュエータの速度を制御する点において一応相違する。
そこで、以下でさらに検討する。
上記相違点3に係る本件特許発明1における「所定の速度で操舵アクチュエータを作動させる」の「所定の速度」とは、本件特許明細書及び図面(特に図4参照)に記載された油圧ポンプP、操舵制御バルブ52及び操舵シリンダ17からなる油圧回路の作動態様からみて、「ある決められた速度」と解される。
そして、そのように解釈したとしても、本件特許明細書の段落【0027】における、「操舵ダイヤル42の操作量が閾値に達していないと判定したときには」、「操舵制御バルブ52のスプールを中立位置52a(図4参照)に維持して操舵シリンダ17の作動の停止状態を維持し(或いは操舵制御バルブ52のスプールを中立位置52aに位置させて操舵シリンダ17の伸縮作動を停止させ)」、「操舵ダイヤル42の操作量が閾値以上」であって、「操舵ダイヤル42の操作方向が右方向の操舵に対応すると判定した場合には」、「操舵制御バルブ52のスプールを操舵シリンダ17の伸長方向位置52b(図4参照)に位置させて操舵シリンダ17を所定の速度で伸長作動させ(これにより前輪11aは右方向に向けられる)・・」という記載と齟齬するものではない。
他方、引用発明は、ステアリングモータ5を駆動するに際してジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにしたものであって、ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生することによって、結果として、ジョイスティック1を傾動させる角度によって転舵輪W、Wが転舵する速さが異なっているにすぎないから(甲第1号証の段落【0085】参照)、ジョイスティック1の角度に応じたステアリングモータ5の駆動速度が予め決められたものであるとはいえず、ステアリングモータ5は、ジョイスティック1を操作したときに、「ある決められた速度」で駆動するものではない。
また、引用発明は、甲第1号証の明細書「転舵輪W,Wが転舵する速度(転舵量)は路面反力なども影響する」(甲第1号証の段落【0085】参照)との記載からみて、ステアリングモータ5の駆動速度は路面反力によっても変化するものであることから、ジョイスティック1の角度に応じたステアリングモータ5の駆動速度が予め決められたものであるとはいえない。
そうすると、引用発明の「ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5を駆動させる」制御は、本件特許発明1の「所定の速度で前記操舵アクチュエータを作動させる」制御に含まれるものではない。
また、仮に本件特許発明1における「所定の速度」が「ある決められた速度」ではないとしても、上記本件特許明細書の段落【0027】の記載からみて、「所定の速度」とは、「操舵ダイヤル42の操作量が閾値以上」となった場合の、操作ダイヤル42の操作量に応じて変化するものではない。
そうすると、引用発明は、ジョイスティック1を傾動させる角度によってステアリングモータ5の駆動速度が結果として異なるものであるから、引用発明の「ジョイスティック1を傾動させる角度に応じたラック軸力が発生するようにステアリングモータ5を駆動させる」制御は、本件特許発明1の「所定の速度で前記操舵アクチュエータを作動させる」制御に含まれるものではない。
したがって、相違点3は、実質的な相違点である。
そして、上記相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲第1号証及び甲第2号証に記載されておらず、また、示唆する記載も見当たらない。
そうすると、上記相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲第1号証及び甲第2号証から当業者が容易に想到し得たとはいえない。

以上で検討したとおり、上記相違点1ないし3は実質的な相違点であるから、本件特許発明1は引用発明と同一であるとはいえない。
また、上記相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項は、当業者が引用発明、甲2技術1及び甲2技術2に基いて容易に想到し得たということができないから、本件特許発明1は、引用発明、甲2技術1及び甲2技術2に基いて当業者が容易に発明することができたとはいえない。

4.小括
以上のとおり、本件特許発明1は引用発明と同一であるとはいえないから特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当しないものである。
また、本件特許発明1は、引用発明、甲2技術1及び甲2技術2に基いて当業者が容易に発明することができたとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。
そうすると、訂正後の本件特許の請求項1に係る発明である本件特許発明1は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1に対する訂正は特許法第126条第7項の規定に違反してされたものであるともいえない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1を無効とすることはできない。
審判に関する費用は、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-05-24 
結審通知日 2018-05-28 
審決日 2018-06-08 
出願番号 特願2005-158739(P2005-158739)
審決分類 P 1 123・ 575- Y (B66F)
P 1 123・ 121- Y (B66F)
P 1 123・ 113- Y (B66F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 本庄 亮太郎  
特許庁審判長 冨岡 和人
特許庁審判官 松下 聡
金澤 俊郎
登録日 2011-12-22 
登録番号 特許第4890790号(P4890790)
発明の名称 作業車の走行装置  
代理人 大西 正悟  
代理人 特許業務法人小倉特許事務所  
代理人 並木 敏章  

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