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審決分類 審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない C09K
管理番号 1342866
審判番号 訂正2016-390051  
総通号数 225 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-09-28 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2016-04-08 
確定日 2018-08-29 
事件の表示 特許第4571183号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯等

1 本件特許
本件訂正審判に係る特許は、発明の名称を「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」とする特許第4571183号(以下、「本件特許」という。)であって、2005年4月29日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2004年4月29日 アメリカ合衆国(US))を国際出願日とする外国語特許出願(特願2007-511024号)について、平成22年8月20日、設定登録を受けたものである(設定登録時の請求項の数は5である。)。

2 本件特許に関連する審判事件
(1) 本件特許について、平成23年2月28日(無効2011-800035号事件。請求項1ないし5について)、同年3月25日(無効2011-800048号事件。請求項1ないし5について)及び同年5月9日(無効2011-800075号事件。請求項1ないし5について)、それぞれ特許無効審判が請求された。
(2) 前記3件の特許無効審判事件のうち、無効2011-800048号事件について最初に審理され、平成23年7月20日付け訂正請求による訂正を踏まえて、平成24年4月3日、「訂正を認める。特許第4571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との無効審決(第一次審決)がなされた。
これに対して審決取消訴訟(平成24年(行ケ)第10286号事件)が提起されたところ、その提起があった日から起算して90日の期間内に、訂正2012-390122号の訂正審判が請求されたことに基づき、知的財産高等裁判所は、平成24年10月17日、平成23年法律第63号による改正前の特許法(以下、単に「特許法」という。)第181条第2項の規定により上記第一次審決を取り消す旨の決定をした。
そして、平成24年10月31日付けの新たな訂正請求による訂正(上記訂正審判の訂正内容を取り込むものであり、同訂正審判については特許法第134条の3第4項の規定により取り下げたものとみなされた。)を踏まえて再度審理され、平成25年4月2日、「訂正を認める。特許第4571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との無効審決(第二次審決)が再びなされた。
同第二次審決についても審決取消訴訟(平成25年(行ケ)第10224号事件)が提起されていたところ、平成26年11月12日、特許無効審判の請求が取り下げられるとともに、同年同月25日、審決取消訴訟についても訴えが取り下げられた。
(3) 無効2011-800035号及び無効2011-800075号の2件の特許無効審判事件についてはともに、平成27年9月29日、「訂正を認める。特許第4571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との無効審決がなされ、平成28年2月3日、審決取消訴訟(平成28年(行ケ)第10032号及び同第10033号事件)が提起され、現在、知的財産高等裁判所に係属中である。

3 本件訂正審判における手続の経緯
本件訂正審判は、特許法第126条第2項ただし書の規定に基づき、前記知的財産高等裁判所に係属中の2件の特許無効審判事件の審決に対する訴えの提起があった日(平成28年2月3日)から起算して90日の期間内である平成28年4月8日に請求されたものであって、それ以降の経緯は、以下のとおりである。
平成28年 4月22日付け 手続中止通知書
同年 5月 6日 上申書
同年 5月11日付け 手続中止解除通知書
同年 6月21日付け 訂正拒絶理由通知書
同年 8月10日 意見書

4 本件訂正審判の基礎となる本件特許の明細書等
前記2のとおり、本件特許の設定登録後に、3件の特許無効審判が請求され、それらの審理の過程において、本件特許に係る明細書及び特許請求の範囲についての訂正請求がされ、いずれの審判においても「訂正を認める」旨の審決がされたところ、無効2011-800048号事件の平成24年4月3日付け審決(第一次審決)のうち、平成23年7月20日付け訂正請求において、特許請求の範囲についてする請求項5を削除する訂正を認める、とした部分については既に確定し、平成24年4月20日、一部確定登録されている(審決確定後の請求項の数は4である。)。
したがって、本件訂正審判の審理において訂正の基礎とすべき、特許法第126条第1項にいう「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」は、設定登録時(平成22年10月27日発行の特許第4571183号公報参照)の、明細書、特許請求の範囲のうちの請求項1ないし4又は図面である(以下、同明細書及び特許請求の範囲をそれぞれ「本件特許の明細書」及び「本件特許の特許請求の範囲」といい、図面を含めて併せて「本件特許の明細書等」という。)。

第2 本件訂正審判の請求の趣旨と訂正内容

1 請求の趣旨
本件訂正審判の請求の趣旨は、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を本件審判請求書に添付した訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、すなわち、下記訂正事項1ないし4(以下、これらを併せて「本件訂正」という。)のとおり訂正することを認める、との審決を求めるものである。

2 本件訂正の内容
(1) 訂正事項1
本件特許の特許請求の範囲の請求項1に「自動車の空調装置におけるテトラフルオロプロペン(HFO-1234)を含む組成物の冷媒としての使用。」とあるのを、「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)からなる冷媒成分を含む組成物の1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替冷媒としての使用。」と訂正する(下線部は訂正箇所、以下同じ)。また、同請求項1を引用する請求項2ないし4についても同様の訂正を行うものである。
(2) 訂正事項2
本件特許の特許請求の範囲の請求項4に「前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤を含む、請求項2に記載の使用。」とあるのを、「前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤からなる、請求項2に記載の使用。」と訂正する。
(3) 訂正事項3
本件特許の明細書の段落【0030】に「容量」(3箇所)とあるのを、「能力」と訂正する。
(4) 訂正事項4
本件特許の明細書の段落【0030】に「HFP-1234ze」とあるのを、「HFO-1234ze」と訂正する。

第3 当審の判断

前記訂正事項1ないし4が、特許法第126条第1項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものであるか否か(訂正の目的の適否)、同条第3項(新規事項の追加の有無)、同条第4項(特許請求の範囲の実質的拡張又は変更の有無)及び同条第5項(独立特許要件)の各規定に適合するものであるか否かについて、以下順に検討をする。
なお、冷媒の物質名については、文献によって略称表現が異なっているが、「CFC-」、「HFC-」及び「HFO-」はそれぞれクロロフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボン及びその一種であるハイドロフルオロオレフィンの頭字語であるのに対して、「R-」は冷媒の略号であり、両者の対応関係は当業者に自明であるので、以下の各物質については、文献の記載をそのまま引用する場合を除き、括弧内左側の略称に統一して表記する。
・ジクロロジフルオロメタン
(「CFC-12」又は「R-12」)
・1,1,1,2-テトラフルオロエタン
(「HFC-134a」又は「R-134a」)
・2,3,3,3-テトラフルオロプロペン
(「HFO-1234yf」又は「R-1234yf」)

1 訂正の目的の適否
まず、前記訂正事項1ないし4が、特許法第126条第1項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものか否かにつき検討する。
(1) 訂正事項1について
ア 前記訂正事項1は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1(これを引用する請求項2ないし4についても同様)につき、 次の3点を訂正するものである。
(i)「自動車の空調装置」を「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の空調装置」とする。
(ii)「テトラフルオロプロペン(HFO-1234)を含む組成物」を「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)からなる冷媒成分を含む組成物」とする。
(iii)「冷媒としての使用」を「1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替冷媒としての使用」とする。
イ 前記(i)は、請求項1に記載されていた「自動車の空調装置」に「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である」との限定を付すものであり、前記(iii)は、同請求項1に記載されていた「冷媒としての使用」に「1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替」であるとの限定を加えるものである。また、前記(ii)は「テトラフルオロプロペン(HFO-1234)」を下位概念である「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」に限定するものである。
ウ したがって、前記訂正事項1は、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
エ なお、後記4(2)ウにおいて整理した本件優先日当時の技術常識3に照らすと、もとより「自動車の空調装置」は、「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である」ように設計されているものであるから、前記(i)は「自動車の空調装置」が当然に具備する能力(特性)を単に明示したにすぎず、訂正前後において意味内容の変更が生じているとはいえない。
前記(iii)についても同様である。すなわち、一般に、「代替冷媒」の「代替」とは、既存の装置から現行冷媒を取り出して替わりに新規冷媒を充填するという狭義の意味合いとしてのみ捉えるのではなく、現行冷媒が使用されている技術分野において、より良い・環境に優しい新規冷媒を広く使用することを意味すると捉えるのが合理的である(さらにいえば、通常、冷媒の代替にあたっては、ドロップイン置換が求められること(後記4(2)イの技術常識2)を前提にして、「代替冷媒」の意味合いを捉えることもできる。)。そうであると、本件優先日当時、「自動車の空調装置」の冷媒として「CFC-12」あるいは「HFC-134a」が一般に使用されていた状況にあっては(後記4(2)アの技術常識1)、「HFO-1234yf」を同冷媒に使用した時点で、同「HFO-1234yf」は、従来・現行冷媒たる「CFC-12」あるいは「HFC-134a」に取って代わることになり、結果として、これらの冷媒の「代替冷媒」になっていると解するのが相当である。
したがって、『「自動車の空調装置」における「HFO-1234yf」の「冷媒としての使用」』(訂正前)と、『「自動車の空調装置」における「HFO-1234yf」の「HFC-134aの代替冷媒としての使用」』(訂正後)との間にも、意味内容の変更が生じているとはいえない。
このように前記(i)及び(iii)が、訂正前の技術的事項を本質的に限定するものではないとしても、前記(ii)については本質的に訂正前の技術的事項を限定しているのであるから、前記(i)ないし(iii)を全体としてみれば、すなわち、訂正事項1全体としては、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるということができる。
(2) 訂正事項2について
ア 前記訂正事項2は、本件特許の特許請求の範囲の請求項4に記載された「前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤を含む、請求項2に記載の使用。」を、「前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤からなる、請求項2に記載の使用。」と訂正するものであり、「ポリアルキレングリコール潤滑剤を含む」としていたものを、「ポリアルキレングリコール潤滑剤からなる」ものに限定するものである。
イ したがって、前記訂正事項2は、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(3) 訂正事項3、4について
ア 前記第1の1のとおり、本件特許は、外国語特許出願に係るものであるから、誤記又は誤訳の訂正を目的とする訂正を行う場合には、国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない(同範囲内での訂正が許容される。特許法第126条第3項、同法第184条の19)。
イ 前記訂正事項3は、本件特許の明細書の段落【0030】に記載された「容量」を「能力」に訂正するものであるが、国際出願日における国際出願の明細書に記載された対応する用語は「capacity」であり、文意からみて「能力」と訳されるべきものが「容量」と誤訳されていたことは明らかである。
したがって、訂正事項3は誤訳の訂正を目的とするものである。
なお、本件特許の明細書の段落【0057】ないし【0059】に記載された「能力」という用語も、同様の理由から、設定登録前の平成22年7月23日付け誤訳訂正書により既に補正されたものであり、訂正事項3はこれらの用語との整合を図るものともいえる。
ウ 前記訂正事項4は、本件特許の明細書の段落【0030】に記載された「HFP-1234ze」を、「HFO-1234ze」と訂正するものであるが、同段落には「HFO-1234ze」との記載があり、技術的にみても「HFP-1234ze」が「HFO-1234ze」の誤記であることは明らかである。
したがって、訂正事項4は誤記の訂正を目的とするものである。
(4) 小括
以上のとおり、前記訂正事項1及び2はともに、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、前記訂正事項3及び4はそれぞれ、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる誤訳の訂正及び誤記の訂正を目的とするものといえる。

2 新規事項の追加の有無
次に、前記訂正事項1ないし4が、特許法第126条第3項の規定に適合するものであるか否か、すなわち新規事項を追加するものであるか否かについて検討する。
ここで、本件訂正が特許法第126条第3項の規定に適合するか否かの判断にあたっては、同項中の「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面)に記載した事項」とは、当業者によって、これら明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項と解するのが相当であり、訂正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、同訂正は、上記事項の範囲内においてするものということができる、との見地に立って検討することとする(知財高判平成20年5月30日特別部判決 平成18年(行ケ)第10563号参照)。
(1) 訂正事項1について
ア 前記1(1)エでも述べたとおり、前記(i)の「凝縮温度が約150゜Fという条件で運転可能である」という技術的事項は、「自動車の空調装置」が当然に具備する能力である上、前記(iii)の「1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替」という技術的事項を付すことにより、訂正前のものとの間に意味内容の変更が生じるわけでもない。
また、前記(ii)についてみても、本件特許の明細書の段落【0057】ないし【0060】には、実施例1として、凝縮器の温度を約150゜Fとし、HFO-1234yfを用いて運転した具体例が示されているから、訂正前の「テトラフルオロプロペン(HFO-1234)」が「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」を予定したものであることは明らかである。
そうすると、訂正事項1は、当業者によって、本件特許の明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるといえ、本件特許の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものということができる。
イ なお、前記のとおり、訂正事項1は、前記技術常識を熟知する当業者によって、前記アの実施例1など、本件特許の明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものと判断できるが、ここで、同判断の前提というべき本件優先日当時の技術レベルについて省察する(なお、同レベルは、後記する本件訂正発明の進歩性の判断の基準になるものである。)。
前記実施例1はあくまで「冷却/空調サイクル装置」の例として記載されたものである。そして、同実施例1において、「HFO-1234yf」とともにその物性が検証されている「HFO-1234ze」は、圧縮機の容量が大きい冷却機(チラー)の用途を想定したものと解されるから(本件特許の明細書の【0030】、【0031】、さらには同段落に関する本件審判請求書の10、11頁の説明参照)、同実施例1は、自動車の空調装置に特化したものではなく、前記【0032】に記載された種々の用途(自動車の空調装置、商業用の冷却装置などの【0028】記載の「熱伝達組成物」の用途。なお、同用途はヒートポンプの一般的な用途を示したものでもある。)を包括して扱ったものであることが分かる。また、本件特許の明細書等をみても「HFO-1234yf」と「自動車の空調装置」とを直接関連付ける記載は見当たらない。
このような状況にもかかわらず、前記技術常識を熟知する当業者は、HFO-1234yfがHFC-134aと同等の物性(冷凍能力・COP)であることを示す同実施例1のデータをみて、前記【0032】に列記された種々の用途の中から、HFC-134aの代表的用途である自動車の空調装置(なお、後記参考資料5の27頁の表には、カーエアコン以外にも家庭用電気冷蔵庫、ショーケース、保冷車等の用途において、同HFC-134aは、従来・現行冷媒であるCFC-12等の代替冷媒として使用されていることが理解できる。)を想定することができ、なおかつ、審判請求人にいわせれば(別紙1の21?23頁)ドロップイン置換についてまで認識できるというのであるから、本件優先日当時の技術レベルはそれほどに高いということができる。
(2) 訂正事項2について
本件特許の明細書の段落【0029】には、「一般に用いられる冷却潤滑剤でヒドロフルオロカーボン(HFC)冷媒とともに冷却機械類において用いられるポリオールエステル(POEs)、ポリアルキレングリコール(PAGs)、シリコーン油、鉱油、アルキルベンゼン(ABs)およびポリ(アルファ-オレフィン)(PAO)などを、本発明の冷媒組成物とともに用いてもよい。」との記載があるから、当業者は、「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」をはじめとするテトラフルオロプロペン含有冷媒組成物と組み合わせて使用する潤滑剤として、「ポリアルキレングリコール(PAGs)」など、一般に、冷却機械類においてヒドロフルオロカーボン(HFC)冷媒とともに用いられている冷却潤滑剤を用い得ることを理解することができる。
そうすると、訂正事項2は、本件特許の明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるといえ、本件特許の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものということができる。
(3) 訂正事項3、4について
訂正事項3、4は、前記1(3)のとおり、誤記又は誤訳の訂正を目的とするものであり、国際出願日における国際出願の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであると認められる。
(4) 小括
以上のとおり、前記訂正事項1及び2は、本件特許に係る願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(本件特許の明細書等)に記載した事項の範囲内においてしたものであり、また、前記訂正事項3及び4は、国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであるから、前記訂正事項1ないし4は、いずれも特許法第184条の19の規定により読み替えて適用する同法第126条第3項の規定を満たすものである。

3 特許請求の範囲の実質的拡張又は変更の有無
前記訂正事項1ないし4が、特許法第126条第4項の規定に適合するものであるか否か、すなわち実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものか否かについて検討する。
前記1において説示したとおり、訂正事項1及び2に係る訂正は、特許請求の範囲を減縮するものであり、また、訂正事項3及び4に係る訂正は、誤記又は誤訳の訂正であって特許請求の範囲を実質的に変化させるものではないから、訂正事項1ないし4において、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更させる事項が存しないことは明らかである。
したがって、前記訂正事項1ないし4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでなく、特許法第126条第4項の規定を満たすものである。

4 独立特許要件(進歩性)について
前記1で説示したとおり、前記訂正事項1ないし4は、特許請求の範囲の減縮若しくは誤記又は誤訳の訂正(特許法第126条第1項ただし書第1号又は第2号に掲げる事項)を目的とするものであるから、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許法第126条第5項に規定された要件(独立特許要件)を満たすものか否か、すなわち特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かの検討を要するところ、本件特許に関連する特許無効審判事件(前記第1の2)における無効理由に鑑み、独立特許要件のうち、本件訂正後の発明の進歩性(特許法第29条第2項の規定に違反するか否か)について以下検討する。
(1) 本件訂正後の本件特許に係る発明
本件訂正後の本件特許に係る発明は、本件審判請求書に添付された訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された、以下の事項により特定されるものである。
「【請求項1】
150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)からなる冷媒成分を含む組成物の1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替冷媒としての使用。
【請求項2】
前記組成物が潤滑剤をさらに含む、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記潤滑剤が前記組成物の30?50重量%の量で存在する、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤からなる、請求項2に記載の使用。」
(以下、項番に従い「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明4」といい、併せて「本件訂正発明」と総称することがある。また、本件訂正後の本件特許の明細書を「本件訂正明細書」といい、これを本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲及び図面と併せて「本件訂正明細書等」という。)
(2) 技術常識の整理
本件優先日(2004年4月29日)当時の技術常識についてあらかじめ整理しておく。
なお、以下に示す技術常識1ないし3については、本件審判請求書の別紙1及び別紙2においても縷々説明され、請求人も自認するところと解されるから、その根拠となる証拠については、請求人が提出した参考資料の書誌事項と該当箇所の提示にとどめ、記載内容の摘示については省略した。また、以下に示す技術常識4についても同様とした。
技術常識を整理するにあたって参照した証拠類は、以下のとおりである。
・参考資料 3:乙竹直編著「代替フロンの探索」[初版]、株式会社 工業調査会発行、1989年12月20日、60?6 3頁
・参考資料 5:「HFC系冷媒 ハンドブック」、ダイキン工業株式 会社発行、1998年12月、25?27頁
・参考資料 7:技術資料「カーエアコン用冷媒について」、一般社団 法人日本自動車工業会発行、2010年7月29日、 1?33頁
・参考資料12:カーエアコン研究会編著「自動車工学シリーズ カー エアコン」[第2版]、株式会社山海堂発行、200 3年1月15日、i?xii頁、3?38頁、124 ?127頁、204?207頁
・参考資料13:社団法人日本化学会編「フロンの環境化学と対策技術 (季刊 化学総説 No.11)」[初版]、学会出 版センター発行、1991年4月25日、116頁、 122?128頁
・参考資料15:D.Clodic et al.“Etude sur la climatisation
automobile”1995年12月(全文英訳 及び部分和訳添付)
・参考資料34:山岡丈夫著「故障探究実戦シリーズ カー・エアコン のカンどころ」[初版]、株式会社鉄道日本社発行、 1989年5月20日、3?16頁
ア 技術常識1:自動車の空調装置における冷媒の変遷について
本件審判請求書の別紙1においても説明されるとおり、自動車の空調装置(いわゆるカーエアコン)の冷媒としては、当初、CFC-12(特定フロン)が使用された(自動車の空調装置における使用は、同CFC-12の代表的な用途でもある。)。しかしながら、同CFC-12は、塩素を含みオゾン層破壊係数(ODP)が高いことから、モントリオール議定書において規制対象とされ(1987年)、段階的に生産規制された(1995年末で生産中止)。これを受け、同CFC-12と物性が似ているHFC-134a(代替フロン)に切り替えられた(なお、本件優先日当時は、既存車に充填されたCFC-12と、その代替であるHFC-134aとが共存した状態と解される。)。しかしながら、同HFC-134aは、地球温暖化係数(GWP)が高いことから、京都議定書において温室効果ガスとして規制対象とされた(1997年)。
このような自動車の空調装置に用いられる冷媒の変遷は、これを取り扱う当業者にとって自明な事項である。
(上記別紙1の2?5頁を参照した。証拠が必要であれば、参考資料5の27頁「代替冷媒と適合冷凍機油」、参考資料7の3、4頁「3.カーエアコンに関る主な経緯」、参考資料34の13?16頁「(2)R-12の性質」、参考資料12の20、21頁「(2)冷媒の種類」、204?206頁「8.2 冷媒の選定とエアコンシステムの対応」、参考資料13の116頁「1 冷凍空調用の種類と使用量」、122頁「4 システム特性」、「4.1 HFC-134a 使用システム」などを参照)。
イ 技術常識2:自動車の空調装置における冷媒のドロップイン置換について
一般に、冷媒の変更に伴い、装置の大幅な設計変更を要するような事態は望ましくない(例えば、自動車の空調装置であれば、代替冷媒の冷凍能力等が現行のものよりも低いと圧縮機の大型化等の設計変更を要する。)。そのため、このような大幅な設計変更を経ることなく代替可能(ドロップイン置換可能)とするため、代替冷媒の選択にあたっては、現行使用されている冷媒と同等の物性(冷凍能力・COP)を有すること(すなわち現行冷媒に対する相対的な冷凍能力及びCOPがほぼ1であること)が求められている。
このような事情は、当業者が共通に認識する技術常識というべき事項であり、本件審判請求書の別紙1においても説明される、前記自動車の空調装置におけるCFC-12からHFC-134aへの変更、つまり、HFC-134aの選択は、同技術常識に従う取捨選択の結果といえる。
(別紙1の5?16頁を参照した。証拠が必要であれば、参考資料13の122?128頁「4.1 HFC-134a 使用システム」(特に「4.1.1」の項)、参考資料15の21?28頁「2.2」の項などを参照)
ウ 技術常識3:自動車の空調装置の凝縮温度について
本件審判請求書の別紙2においても説明されるとおり、自動車の空調装置の凝縮器は、圧縮機から吐き出された冷媒ガスから十分な熱を取り去り、ガスから液体に相変化させ(この相変化の温度が「凝縮温度」)、さらに冷媒の液体をその沸点以下に冷却させる役割を有する。同凝縮温度は、自動車の周囲の空気の条件や走行条件に依存して幅広く変化する上、上記冷媒ガスからの熱の取り去りは、凝縮器に吹き付ける外気によって行われるため、同凝縮温度は、外気温度よりも高い温度であることが必要である。
このような事情もあって、自動車の空調装置は、もともと60?70℃程度の高温(例えば、本件訂正発明が特定する「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度」)であっても運転可能なように設計されていると解される。
(別紙2の7、8、10?15頁を参照した。証拠が必要であれば、参考資料34の12頁「第10図・1」、参考資料15の26頁「Tableau 2-6」、参考資料12の9頁「車室内は・・・60?70℃まで上昇する」との記載などを参照)
エ 技術常識4:冷媒に混和される冷凍機油(潤滑剤)について
自動車の空調装置においては圧縮機が使用されているところ、そこでの潤滑を確保するため、冷媒に混和させる形態で冷凍機油(潤滑剤)が用いられている。同冷凍機油には、冷媒との相溶性などが要求されることから、前記のようにCFC-12からHFC-134aへと冷媒が変更されるような場合には、これに伴い、新たな代替冷媒に適合する冷凍機油の選択が必要となる。
一般的にHFC系の冷媒は、従来CFC、HCFC系の冷媒で使われてきたナフテン系やパーフィン系の鉱油系(MO)冷凍機油との相溶性が悪く、分離する傾向にあるため、同HFC系の冷媒に対しては、エステル系(POE)、エーテル系(PVE)、ポリアルキレングリコール系(PAG)の合成油が推奨されている。そして、特にHFC-134a(CFC-12の代替冷媒)を用いる自動車の空調装置においては、同代替冷媒用冷凍機油として、PAGが適合可能であるとされている。
また、冷媒に対して冷凍機油を混和する割合は、それらが二層に分離してしまう二層分離域(二層分離温度)に配慮し、冷媒の使用温度範囲において同二層分離域とならないように選定すべきことも当業者がよく知るところである。
(証拠が必要であれば、参考資料5の25?27頁「7 冷凍機油との相溶性」、参考資料13の124?128頁「4.1.3 その他の適合性問題」(特に127頁の表10、図10)などを参照)
(3) 引用刊行物とその記載事項
本件特許に係る外国語特許出願の優先日(2004年4月29日)前に頒布されたことが明らかな特開平4-110388号公報(本件審判請求書に「参考資料2」として添付され、前記第1の2に示した3件の特許無効審判事件で「甲1」とされた証拠。以下、「引用刊行物」という。)には、次の記載がある。
ア 「特許請求の範囲
1.分子式:C_(3)H_(m)F_(n)(但し、m=1?5,n=1?5且つm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体。」(1頁左下欄3?7行)
イ 「産業上の利用分野
本発明は、冷凍機、ヒートポンプなどで使用される熱伝達用流体に関する。」(1頁左下欄9?11行)
ウ 「従来技術とその問題点
従来、ヒートポンプの熱媒体(冷媒)としては、クロロフルオロ炭化水素、フルオロ炭化水素、これらの共沸組成物ならびにその近辺の組成物が知られている。これらは、一般にフロンと称されており、現在R-11(トリクロロモノフルオロメタン)、R-22(モノクロロジフルオロメタン)、R-502(R-22+クロロペンタフルオロエタン)などが主に使用されている。
しかしながら、近年、大気中に放出された場合に、ある種のフロンが成層圏のオゾン層を破壊し、その結果、人類を含む地球状〔ママ〕の生態系に重大な悪影響を及ぼすことが指摘されている。従って、オゾン層破壊の危険性の高いフロンについては、国際的な取決めにより、使用および生産が規制されるに至っている。規制の対象になっているフロンには、R-11とR-12とが含まれており、またR-22については、オゾン層破壊への影響が小さいため、現在規制の対象とはなっていないが、将来的には、より影響の少ない冷媒の出現が望まれている。冷凍・空調設備の普及に伴って、需要が毎年増大しつつあるフロンの使用および生産の規制は、居住環境をはじめとして、現在の社会機構全般に与える影響が極めて大きい。従って、オゾン層破壊問題を生じる危険性のない或いはその危険性の極めて小さい新たなヒートポンプ用の熱媒体(冷媒)の開発が緊急の課題となっている。」(1頁左下欄14行?2頁左上欄4行)
エ 「問題点を解決するための手段
本発明者は、ヒートポンプ或いは熱機関に適した熱伝達用流体であって、且つ当然のことながら、大気中に放出された場合にもオゾン層に及ぼす影響が小さいか或いは影響のない新たな熱伝達用流体を得るべく種々研究を重ねてきた。その結果、特定の構造を有する有機化合物がその目的に適合する要件を具備していることを見出した。
すなわち、本発明は、下記の熱伝達用流体を提供するものである:
「分子式:C_(3)H_(m)F_(n)
(但し、m=1?5,n=1?5且つm+n=5)
で示され且つ分子中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱伝達用流体。」」(2頁左上欄5行?末行)
オ 「本発明において熱伝達用流体として使用するC_(3)H_(m)F_(n)で示される化合物は、オゾン層に影響を与える塩素原子および臭素原子を全く含まないので、オゾン層の破壊問題を生じる危険性はない。
また、一方では、C_(3)H_(m)F_(n)で示される化合物は、ヒートポンプ用熱媒体としての特性にも優れており、成績係数、冷凍能力、凝縮圧力、吐出温度などの性能において、バランスが取れている。さらに、この化合物の沸点は、現在広く使用されているR-12,R-22、R-114およびR-502のそれに近いため、これら公知の熱媒体の使用条件下、即ち蒸発温度-20から10℃および凝縮温度
30から60℃での使用に適している。」(2頁左下欄9行?右下欄5行)
カ 「また、本発明においては、C_(3)H_(m)F_(n)で示される化合物を少なくとも含み、R-22(CHClF_(2)),R-32(CH_(2)F_(2)),R-124(CF_(3)CHClF),R-125(CF_(3)CF_(2)H),R-134a(CF_(3)CFH_(2)),R-142b(CH_(3)CClF_(2))、143a(CF_(3)CH_(3))およびR-152(CHF_(2)CH_(3))からなる群から選ばれた少なくとも一種を含む混合物を熱伝達用流体として使用しても良い。この混合物を使用する場合には、低沸点の冷媒を混合することにより、更に冷凍能力を向上させたり、蒸発潜熱の大きな冷媒を混合することにより、成績係数を向上させたり、或いは冷凍機油との溶解性を改善したりすることができる。
本発明で使用するC_(3)H_(m)F_(n)で示される化合物或いはC_(3)H_(m)F_(n)で示される化合物とR-22,R-32,R-124,R-125,R-134a,R-142b,R-143aおよびR-152aの少なくとも一種との混合物は、ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている。」(2頁右下欄6行?3頁左上欄11行)
キ 「発明の効果
本発明による熱伝達用流体によれば、下記の様な顕著な効果が達成される。
(1)従来からR-12,R-22或いはR-502を熱媒体として使用してきたヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られる。
(2)熱媒体としての優れた性能のゆえに、機器設計上も有利である。
(3)仮に本発明による熱伝達用流体が大気中に放出された場合にも、オゾン層破壊の危険性はない。」(3頁左上欄12行?右上欄4行)
ク 「実施例1
熱媒体としてF_(3)C-CH=CH_(2)(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン)を使用する1馬力のヒートポンプにおいて、蒸発器における熱媒体の蒸発温度を-10℃,-5℃,5℃および10℃とし、凝縮器における凝縮温度を50℃とし、過熱度および過冷却度をそれぞれ5℃および3℃として、運転を行なった。
また、比較例として、R-12(比較例1)、R-22(比較例2)およびR-502(比較例3)を熱媒体として使用して、上記と同1条件下にヒートポンプの運転を行なった。
これらの結果から、成績係数(COP)および冷凍効果を次式により、求めた(第1図に示すモリエル線図参照)。
COP=(h_(1)-h_(4))/(h_(2)-h_(1))
冷凍効果=h_(1)-h_(4)
h_(1)・・・蒸発器出口の作動流体のエンタルピー
h_(2)・・・凝縮器入口の作動流体のエンタルピー
h_(4)・・・蒸発器入口の作動流体のエンタルピー
本実施例ならびに比較例で使用した冷凍サイクルの回路図を第2図に示す。
COPおよび冷凍能力の算出結果を比較例1?3の結果と対比して第3図および第4図にそれぞれ示す。
なお、第3図に示す成績係数は、R-22を熱媒体とした場合の蒸発温度5℃における測定値(COP_(B))で、それぞれの熱媒体の測定値(COP_(A))を除したものである。特に、本発明による熱媒体の結果は、“○”で示してある。
また、第4図に示す冷凍能力は、R-22を熱媒体とした場合の蒸発温度5℃における測定値(能力B)で、それぞれの熱媒体の測定値(能力A)を除したものである。本発明による熱媒体の結果は、やはり“○”で示してある。
第3図から明らかな様に、本実施例による作動流体は、COPに関して、R-12およびR-22と同程度の良好な値を示している。さらに、第4図から明らかな様に、冷凍効果に関して、R-12よりも高めの値を示している。
また、蒸発温度5℃における凝縮圧力および圧縮機吐出温度の比較結果を第1表に示す。
第 1 表
凝縮圧力 吐出温度
(kg/cm^(2)・A) (℃)
実施例1 9 51
比較例1 12 59
比較例2 20 73
比較例3 22 -
本実施例による熱媒体の凝縮圧力および吐出温度は、R-12よりも低い値を示しており、機器設計上有利である。
以上の結果から、F_(3)C-CH=CH_(2)を熱媒体として使用する本発明においては、従来から広く使用されているR-12、R-22およびR-502を使用するヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られており、本発明は、機器設計上からも有利であることが、明らかである。」(3頁右上欄8行?4頁左上欄16行)
ケ 「実施例5
熱媒体としてF_(3)C-CF=CH_(2)を使用する以外は実施例1と同様にして、ヒートポンプの運転を行なったところ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」(4頁右下欄8?12行)
コ 「第1図は、実施例において成績係数(COP)および冷凍効果求めるために使用したモリエル線図である。
第2図は、本実施例ならびに比較例で使用した冷凍サイクルの回路図である。
第3図は、実施例1および比較例1?3によるCOPを示すグラフである。
第4図は、実施例1および比較例1?3による冷凍能力を示すグラフである。

」(4頁右下欄14行?7頁)
(4) 引用刊行物に記載された発明(引用発明)
引用刊行物には、「分子式:C_(3)H_(m)F_(n)(但し、m=1?5,n=1?5且つm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体」(以下、単に「特定熱媒体」という。)が記載され(摘記事項ア)、同特定熱媒体は、冷凍機、ヒートポンプなどで使用されるものであり(摘記事項イ)、ヒートポンプ用熱媒体としての特性に優れ(摘記事項オ)、同ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性など)に関しても問題はない(摘記事項カ)旨説明されているから、引用刊行物には、同特定熱媒体を、ヒートポンプ用の熱媒体として使用することが開示されているといえる。
また、引用刊行物には、上記一般的な特性として潤滑油との相溶性が挙げられている(摘記事項カ)とともに、上記特定熱媒体をHFC-134aなどとの混合物として使用する場合には、冷凍機油との溶解性を改善することができる(摘記事項カ)とも記載されているから、上記特定熱媒体は、潤滑油(冷凍機油)との混和物として使用することを予定したものであることが理解できる(なお、ヒートポンプにおいて、このような混和物を使用することは通常のことである(前記4(2)エの技術常識4))。
そうすると、引用刊行物には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。
「ヒートポンプにおける、特定熱媒体と潤滑油の混和物の使用。」
(5) 本件訂正発明1について
ア 本件訂正発明1と引用発明との対比
(ア) 一般に、冷凍サイクルを用いて熱を低温側から高温側に汲み上げる装置を「ヒートポンプ」と呼び、同冷凍サイクル内を循環し熱を運ぶ媒体の役目を果たす物質を「冷媒」(あるいは「熱媒体」)と称している。また、同ヒートポンプの利用形態には、低温側を利用する場合(冷凍、冷房など)と高温側を利用する場合(暖房、給湯、乾燥など)とがあるが、概して上記冷媒の流れを切り替えるなどして冷暖両方に利用する場合が多く、冷蔵庫、ルームエアコンをはじめ各種装置として実用化されている。自動車の空調装置(カーエアコン)もその一つである。
上記ヒートポンプにおける一般的な呼称に照らすと、引用発明の「特定熱媒体」及びこれを含むことで熱媒体として機能する「混和物」は、それぞれ本件訂正発明1における「冷媒成分」及びこれを含むことで冷媒として機能する「組成物」といい得るものである。また、本件訂正発明1における「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の空調装置」が、ヒートポンプの一種にあたることは明らかであるから、本件訂正発明1と引用発明とは、冷媒を使用する用途が「ヒートポンプ」である点で共通するということができる。
(イ) さらに、引用刊行物記載の実施例5(前記摘記事項ケ)には、特定熱媒体として「F_(3)C-CF=CH_(2)」(化合物名でいうと「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」)を使用してヒートポンプの運転を行った態様が実際に記載されているのであるから、引用発明の特定熱媒体は、具体的化合物として、本件訂正発明1と同じ「HFO-1234yf」を予定したものであり、これを内包することは明らかである。
なお、審判請求人は、上記実施例5の記載は具体性に乏しいため、HFO-1234yfのヒートポンプにおける使用は、引用刊行物には記載されていないというべきである旨主張するが(別紙1の23、24頁)、同実施例5にはHFO-1234yfが実際にヒートポンプにおいて使用されたことが記載されている以上、当業者は、同HFO-1234yfを引用刊行物に記載されたものと理解し、上記特定熱媒体が具体的に予定するものと考えるのが合理的であるから、同主張を採用することはできない。
したがって、本件訂正発明1と引用発明とは、冷媒成分として使用している(実用を前提とする)化合物においても共通するものである。
(ウ) そうすると、本件訂正発明1と引用発明とは、「ヒートポンプにおける2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)からなる冷媒成分を含む組成物の冷媒としての使用」に関するものである点で一致し、次の点で相違するということができる。
・相違点1:「ヒートポンプ」につき、本件訂正発明1は「150゜F (約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の 空調装置」と特定しているのに対して、引用発明はそのよ うな特定がない点
・相違点2:「冷媒としての使用」につき、本件訂正発明1は「1,1 ,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の 代替冷媒としての使用」と特定しているのに対して、引用 発明はそのような特定がない点
イ 相違点1について
(ア) 引用発明の「ヒートポンプ」が対象としている技術分野(装置)について
前記4(5)ア(ア)のとおり、ヒートポンプは種々の装置において実用化され、その技術分野は広範にわたるところ、ここで引用発明の「ヒートポンプ」が対象とする技術分野(装置)の範疇について考えてみる。
a まず、引用刊行物において同技術分野を示す直接的な記載としては、「冷凍・空調設備」(前記摘記事項ウ)なる記載を認めることができ、同「冷凍・空調設備」が対象技術分野の一つであることを理解することができる。しかし、引用発明を具現した例である実施例をみても、それ以上に具体的な技術分野を直接的に示す記載は見当たらない。
b なお、審判請求人が主張するとおり(別紙1の24、25頁)、同実施例のヒートポンプは、その運転に供された冷凍サイクルの回路図(第2図、前記摘記事項コ)からみて、凝縮器及び蒸発器として水冷式の二重管式熱交換器を使用するものと解するのが妥当であるが、ヒートポンプには空冷式と水冷式の方式が存在するところ、引用刊行物には、これらの方式と特定熱媒体(冷媒成分)との間に1対1の関係がある(例えば、この冷媒のときには水冷式でなければならない)と解釈すべき事情は特段見当たらないから、引用発明の「ヒートポンプ」が対象とする技術分野を水冷式に限って理解することは妥当でない。
さらにいうと、引用刊行物の第2図において上記水冷式の二重管式熱交換器を使用しているのは、外気による空冷式と比較し、水冷式の方が熱交換率が高く安定性も高いため、冷媒の的確な温度操作が可能であり、冷媒の特性を測定する実験に適しているとの理由からと解するのが合理的であって(審判請求人が意見書に添付した参考資料41「日本冷凍協会論文集、Vol.10、No.3(1993.11)、pp.453?460」も参照した。同参考資料のpp.458のFig.12においても同様の二重管式熱交換器が冷凍性能評価試験装置に供されている。)、同第2図の態様(一例)をもって、引用発明の「ヒートポンプ」が水冷式のみを対象としていると判断するのは早計である。
加えて、審判請求人は意見書(4頁の「c.毒性について」の項)において、「引用刊行物の冷媒に毒性があるとしても引用刊行物の実施例の開示は水冷式なので技術的になんら矛盾が生じない。使用する冷媒に毒性の懸念が残っていたとすれば、引用刊行物に記載の「ヒートポンプ」には、空冷式の空調装置は含まれないし、ましてや、自動車の空調装置は含まれるはずもない。」と主張するが、後記4(5)エ(イ)bのとおり、冷媒が非毒性であるか否かは、当業者が冷媒の使用にあたって最重要視すべき安全性に関わる事柄であるから、引用発明においても水冷式と空冷式のいずれであるかにかかわらず、当然に許容できるレベルにあることが確認されていたと解するのが合理的であって、同主張を採用して引用発明の「ヒートポンプ」の対象技術分野を限定解釈することも適切でない。
c 前記aのとおり、引用刊行物において、引用発明の「ヒートポンプ」が対象としている技術分野に関する直接的な記載は限られている。
そこで、引用刊行物に記載された従来技術の問題点及び発明の効果にも着目しながら、引用刊行物の記載全体を俯瞰して、同記載に接した当業者が、引用発明の「ヒートポンプ」が対象とする技術分野として認識することができる範疇について検討を進めると、引用発明は、オゾン層破壊の危険性の高いフロンに替わる、新たなヒートポンプ用の熱媒体(冷媒)を模索して開発されたものであることが分かる(前記摘記事項ウ、エ)。
そして、引用刊行物において、引用発明に係る特定熱媒体(冷媒成分)は、「R-12」、「R-22」、「R-502」といった従来・現行冷媒との比較において、沸点、COP、冷凍効果といった物性の評価がなされていることから(前記摘記事項オ、キ?コ)、同特定熱媒体は、少なくともこれら従来・現行冷媒に替わるもの(同等の物性を有するもの)として開発されたと解すべきである。
そうである以上、当業者は、同特定熱媒体を使用する「ヒートポンプ」が対象とする技術分野も、これら従来・現行冷媒が使用されている技術分野が対象となっていると解するのが相当である。特に、前記4(2)イの技術常識2にて整理したとおり、当業者は、代替冷媒の選定にあたって、既存の装置の大幅な設計変更を憂慮し、ドロップイン置換可能な代替冷媒(従来・現行冷媒と同等の物性を有するもの)を求めているのであるから、上記特定熱媒体が「HFO-1234yf」である場合の「ヒートポンプ」の対象技術分野は、HFO-1234yfと物性が同等の従来・現行冷媒が使用されている技術分野であるということができる。
上記の点を踏まえ、HFO-1234yfを用いた前記実施例5の結果(実施例1が援用されており、COP及び冷凍能力の結果は第3、4図に示されている。摘記事項ク?コ参照)を注視すると、同HFO-1234yfは、「R-22」、「R-502」に比し冷凍能力において物性が若干劣るものの、「R-12」とは物性が似通っていることを看取することができるから、当業者は、上記特定熱媒体が「HFO-1234yf」である場合の「ヒートポンプ」の対象技術分野として、「R-12」と同じ技術分野を認識するのが合理的である(このような解釈は、前記2(1)イにおいて確認した本件優先日当時の技術レベルとも符合する。)。
d なお、審判請求人は、自身の計算結果を示して、これとは異なる結果を示す前記引用刊行物の第4図には誤りがある旨主張するが(別紙1の26?29頁)、同計算結果は、同図のように実際の実験結果から算出した実測値とは異なり、机上で算出された計算値であるため、実測値と計算値との間に乖離が生じていても何ら不思議はない。その上、審判請求人のいう同図の誤りは同図に接した当業者の誰しもがそれと理解するほどに明らかなものであるともみえないから、同図の内容とその説明を、そのまま看取して認識することに問題があるとはいえない。
e 以上を総合すると、引用刊行物の記載に接した当業者は、引用発明において、「特定熱媒体」が「HFO-1234yf」である場合、「ヒートポンプ」の対象技術分野として、まずは「冷凍・空調設備」を、さらにはCFC-12(R-12)が使用されている(使用されていた)技術分野を認識すると解するのが合理的である。
(イ) 引用発明の「ヒートポンプ」として自動車の空調装置に想到することの容易性について
a 前記(ア)の点を踏まえて、「冷凍・空調設備」を概観し、CFC-12をヒートポンプの冷媒として使用する技術分野についてみると、同CFC-12は「カーエアコン」、「家庭用電気冷蔵庫」、「ショーケース」といった分野においてよく使われる冷媒であることが分かる(前記参考資料5の27頁「代替冷媒と適合冷凍機油」参照)。なかでもカーエアコン(自動車の空調装置)がその代表的用途であることは、既に前記4(2)アの技術常識1として整理したとおりである。
そうすると、引用発明において、特定熱媒体がHFO-1234yfである場合、引用刊行物の記載に接した当業者は、引用発明の「ヒートポンプ」の対象技術分野として、とりわけCFC-12が使用されている(使用されていた)技術分野を認識し想定するところ、当業者は、既に同技術分野の代表的なものが自動車の空調装置であることを十分に認知しているのであるから、同技術分野、すなわち引用発明において「HFO-1234yf」を冷媒成分として使用する「ヒートポンプ」の技術分野として、「自動車の空調装置」に想到することは当業者にとって容易なことというべきである。
b そして、前記1(1)エで述べたように、「150゜F(約66℃)を含む凝縮温度で運転可能である」ことは自動車の空調装置が至極普通に具備する能力(特性)にすぎないから、引用発明の「ヒートポンプ」として「自動車の空調装置」が容易想到であるということは、言い換えれば「150゜F(約66℃)を含む凝縮温度で運転可能である自動車の空調装置」が容易想到であることにほかならない。
なお、引用刊行物には、「この化合物の沸点は、現在広く使用されているR-12,R-22、R-114およびR-502のそれに近いため、これら公知の熱媒体の使用条件下、即ち蒸発温度-20から10℃および凝縮温度30から60℃での使用に適している。」(前記摘記事項オ)との記載があるが、この「凝縮温度30から60℃」は、凝縮温度の最適な範囲(使用に適している範囲)を一例として示したものと解すべきであって、30から60℃の範囲でしか凝縮しないということではないといえるので、同記載により上記容易想到性が妨げられるものではない。
ウ 相違点2について
前記イ(イ)aにおいて説示したとおり、「HFO-1234yf」を冷媒成分として使用する「ヒートポンプ」の技術分野として、「自動車の空調装置」に想到することは当業者にとって容易なことである。
その上、前記1(1)エで述べたように、「HFO-1234yf」を「自動車の空調装置」用の冷媒として使用した時点で、それは同「HFO-1234yf」が「1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替冷媒」になっていることを意味するのであるから、前記相違点2についても容易想到の事項ということができる。
また、そもそもHFC-134aは、その物性がCFC-12と同等であるからこそ、CFC-12の代替冷媒(ドロップイン置換物)となり得ているのであるから(前記4(2)イの技術常識2)、引用刊行物に示されている、HFO-1234yfとCFC-12の物性が似通っているという事実は、とりもなおさずHFC-134aとも物性が似通っていることを示すものである。そうである以上、HFO-1234yfを現行のHFC-134aの代替冷媒として用いることも当然の帰結というほかない。
エ 本件訂正発明1の有利な効果と容易想到性を阻害する要因について
(ア) 本件訂正発明1の有利な効果について
a 前記検討のとおり、本件訂正発明1と引用発明との本質的な相違は、HFO-1234yfを冷媒成分として使用するヒートポンプの適用分野として、自動車の空調装置にまで特定し得るか否か(端的にいえば、HFO-1234yfを自動車の空調装置にまで適用可能か否か)にあるといえる。
そうすると、本件訂正発明1が引用発明に対して有している有利な効果(当業者が引用発明から予測し得ない程の効果)としては、HFO-1234yfを自動車の空調装置に適用した際に奏される特有の効果に着目すべきである。
しかしながら、本件訂正明細書等には、HFO-1234yfを実際に自動車の空調装置に適用した実施例の開示はなく、上記特有の効果を定量的に評価するに足りる記載は見当たらない。また、同明細書等には、GWPやODP、さらには化学的安定性、非毒性、不燃性といった冷媒の性質についての記載を認めることができるものの、これらの性質(定性的な効果)は、ヒートポンプにおいて使用される冷媒一般(ひいては発泡剤や噴射剤などに用いられる組成物全般)に求められるものであって、上記特有の効果ではない。このような性質(後記(イ)bのとおり、これらの性質は安全性に関わる重要な事項であって、入念な検証を要する事項であることはいうまでもない。)の確認は、引用刊行物に記載されたHFO-1234yf等の冷媒の性質を単に追認したにすぎないと捉えるのが妥当である。加えて、同明細書等の段落【0059】の【表1】(さらには【0076】の【表4】)には唯一、HFO-1234yfに関する具体的データが示されているが、同データは自動車の空調装置に直接適用した場合のデータではない上、同【表1】のデータから推認されるHFO-134aとのドロップイン置換の可能性についても、既に述べたとおり(4(2)イの技術常識2)、代替冷媒一般に求められる事項であって、上記特有の効果ではない。
そうすると、本件訂正明細書等には、上記特有の効果を定量的及び定性的に把握するに足りる記載は認められないから、本件訂正発明1が上記有利な効果を有するとはいえない。
b なお、審判請求人は意見書(4、5頁の「(イ)用途発明の成立要件」の項)において次のように主張する。
「合議体は、本件訂正明細書において開示されたHFO-1234yfの未知の属性についてまで、引用刊行物にHFO-1234yfが記載されているから、特有の効果ではないと認定している・・・しかし、公知物質の未知の技術的効果が「本来的」であることを理由としてその効果を進歩性判断において考慮しないのであれば、用途発明はおよそ成立し得ない。
例えば、当業者は、冷媒の毒性が「未知である」場合、その冷媒を自動車の空調用冷媒に使用するはずがない。換言すれば、HFO-1234yfの低毒性は、自動車の空調装置における使用に関して、「本来的」ではない。」
しかしながら、本件訂正発明1が「自動車の空調装置」にHFO-1234yfの新たな用途を見い出した用途発明であるというのであれば、本来、本件訂正明細書等において、HFO-1234yfを自動車の空調装置に適用した際の特有の効果(HFO-1234yfが自動車の空調装置という用途への使用に適していることを示す証拠)について十分に説明すべきところ、上記のとおり、本件訂正明細書等にはそのような説明がないのであるから、本件訂正発明1はそもそも、用途発明というための前提を欠くものと言わざるを得ない。
したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。
また、審判請求人は意見書(2、3頁の「a.地球温暖化係数(GWP)について」の項)において、本件訂正発明1によるGWPの低減効果について主張する。
しかしながら、本件訂正明細書等をみると、その段落【0025】に、「特定の好ましい形態において、本発明の組成物は、約1000以下の、より好ましくは約500以下の、そしてさらに好ましくは約150以下の地球温暖化係数(Global Warming Potential:GWP)を有する。」との記載を認めることはできるものの、HFO-1234yfのGWPの数値を具体的に示す記載は見当たらない。
そのため、HFO-1234yfのGWPが「自動車の空調装置」において要求される数値(ちなみに、前記参考資料7の4頁の表によれば、EUではGWPが150を超える冷媒は使用禁止とされている。)を満足するものであるか否か(具体的には、同表にも記載されている、HFO-1234yfのGWPは4であるという事実)といった、HFO-1234yfの「自動車の空調装置」への適合性については、本件特許が出願された後に、検証され、確認されたにすぎないというほかないから(参考資料10「Revue Generale du Froid & du conditionnement d’air、2008年5月、47-52頁」の訳文も参酌した。同参考資料10の記載からみて、HFO-1234yfのGWP、さらには自動車の空調装置への適合性が検証されたのは、本件特許の出願後である2006年2月以降と解するのが合理的である。)、審判請求人の同主張に基づいて本件訂正発明1の進歩性を認めるわけにもいかない。
(イ) 阻害要因について
審判請求人は、本件審判請求書に添付された別紙1(33?35頁)において、下記参考資料28?31を挙げながら、フッ素化オレフィンを用いることの阻害要因について主張するのでここで触れておく。
・参考資料28:NASA CONTRACT NO.NAS7-91 8、“TECHNICAL SUPPORT
PACKAGE on NEARLY
AZEOTROPIC MIXTURES TO
REPLACE REFRIGERANT 12”1 992年8月(部分和訳添付)
・参考資料29:W.L.Kopko著「Beyond CFCs:
Extending the Search for New Refrigerants」、
Proceedings of ASHRAE’s 1989 CFC Technology
Conference、NIST、1989年9月、 39?46頁(部分和訳添付)
・参考資料30:米国特許第5001287号明細書(対応日本出願公 表公報添付)
・参考資料31:ARI Standard 700
「SPECIFICATIONS FOR
FLUOROCARBON
REFRIGERANTS」、2006年(部分和訳 添付)
確かに、上記参考資料をみると、本件優先日当時、フッ素化オレフィンの反応性や毒性等につき憂慮されていたことを一応看取することができるが、このことが直ちに前記容易想到性の判断を阻害する要因になるとはいえない。
その理由は以下のとおりである。
a 同参考資料28?31にはフッ素化オレフィンとしてHFO-1234yfを直接検証した例はないから、同参考資料により、当業者間ではHFO-1234yfの実用化が全く不可能であると認識されていた、とまで認めることはできない。事実、前記引用刊行物には、HFO-1234yfをヒートポンプの運転に実際に使用した実施例が記載されている。
b 化学的安定性、非毒性、不燃性といった冷媒の安全性に関わる性質は、何よりも優先して検証されるべき重要な事項であり(前記参考資料34の11?13頁「(1)冷媒に必要な性質」参照)、これはヒートポンプに限らず冷媒一般に広くいえることであるところ、引用刊行物には、「本発明で使用するC_(3)H_(m)F_(n)で示される化合物・・・は、ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている。」(前記摘記事項カ)と記載されているのであるから、当業者が冷媒の使用にあたって最も考慮すべき上記安全性に関わる性質については、当然に許容できるレベルにあることが確認されていたと解するのが合理的である。
もっとも、HFO-1234yfを、自動車の空調装置などの用途において本格的に実用化するにあたっては、不燃性等の重要な性質について、むしろ、入念な検証の上で実用化を図るべきであるが、このような入念な検証は、技術的思想の創作たる発明が完成した後であっても差し支えないというべきであって、同検証の有無が、前記引用発明に基づく容易想到性の判断に影響を与えるわけではない。実際、本件訂正明細書等でも実用化に即した検証まではなされておらず、その後の検討に委ねている(本件優先日以降も同検証が行われていることについては、前記参考資料7の3、4頁「3.カーエアコンに関る主な経緯」などを参酌した。)。
c 引用発明は既に、HFO-1234yfをはじめとするフッ素化オレフィンを具備するのであるから、審判請求がいう阻害要因の問題はそもそも生じない。
(ウ) 以上のとおり、本件訂正明細書等から把握し得る本件訂正発明1の効果は、当業者が前記引用刊行物の記載などから予測し得る範疇のものというべきあって、それ以上の有利な効果までを認めることはできない。その上、前記容易想到性の判断を阻害する要因も特段見当たらない。
オ 本件訂正発明1についてのまとめ
以上検討のとおり、本件訂正発明1は、引用発明に基いて、前記技術常識を有する当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6) 本件訂正発明2について
本件訂正発明2は、本件訂正発明1において、「組成物が潤滑剤をさらに含む」ことを特定したものであるが、引用発明の混和物(組成物)も潤滑油(潤滑剤)を含むものであるから、この点は新たな相違点とはならない。
そうすると、前記本件訂正発明1と同様の理由により、本件訂正発明2は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7) 本件訂正発明3について
本件訂正発明3は、本件訂正発明2において、「前記潤滑剤が前記組成物の30?50重量%の量で存在する」ことを特定したものである。
この点について検討すると、自動車の空調装置において、冷媒成分と混和される潤滑剤の含有量は、両者の相溶性(二層分離領域・温度)を考慮して、適宜決定すべきものであることは、前記4(2)エの技術常識4として整理したとおりである。
また、本件訂正明細書等には、HFO-1234yfに対する潤滑剤の配合量を30?50重量%以外の量とした比較実験はもとより、HFO-1234yfに対して潤滑剤を配合した実施例すら記載されていないのであるから、潤滑剤の含有量を30?50重量%としたことによって、有利な効果が得られるとは到底認められない。
したがって、潤滑剤を含む組成物を冷媒として使用する引用発明において、潤滑剤の含有量を30?50重量%程度とすることは、当業者が適宜行い得る事項というべきである。
(8) 本件訂正発明4について
ア 本件訂正発明4は、本件訂正発明2において、「潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤からなる」との限定を付したものである。
この点についてみると、前記4(2)エの技術常識4にて整理したとおり、新たな代替冷媒を開発した際にはこれに適合する代替冷媒用の潤滑剤(冷凍機油)を選定する必要があることから、HFO-1234yfを冷媒として新たに用いる際にもこれに適合する潤滑剤を改めて検証することになるところ、既に当業者は一般論として、CFC-12などのCFC系冷媒に対しては鉱油系潤滑剤が適合可能であるものの、その代替冷媒であるHFC-134aなどのHFC系冷媒に対しては、同鉱油系潤滑剤は適合せず、ポリアルキレングリコール(PAG)などの合成油系のものが適していることを認知している。そして、HFO-1234yfは、塩素を含有するCFC系冷媒とは異なり、炭素、水素、フッ素のみから構成される点でHFC系冷媒と同様の構造を有することから、当業者であれば、このような化学構造(構成元素)の類似性をも踏まえて、既存の各種潤滑剤のうち、HFO-1234yfに対しては、鉱油系潤滑剤よりも、HFC系冷媒との相溶性に優れるPAGなどの合成油系潤滑剤の方が相溶性に優れるであろうと予測し、これを有力な潤滑剤候補と捉えるのが合理的である。
また、本件訂正明細書等には、HFO-1234yfとPAGの組合せによる有利な効果が具体的に示されているわけでもない。
したがって、引用発明におけるHFO-1234yf用の潤滑剤として、HFC系冷媒で用いられている合成油の一つであるPAGを選択することは当業者が容易に想到することというべきである。
イ なお、審判請求人は意見書(5、6頁の「エ.本件訂正発明4について」の項)において、前記参考資料41の記載を根拠に、HFC-143aは、HFC-134aと同様の構造を有するが、PAGとは全く混和しないことから、前記合議体の認定には理由がない旨主張する。
しかしながら、HFO-1234yf用の潤滑剤を改めて検証するにあたり、まずは、従来・現行冷媒に対して使用されている既存の潤滑剤、殊に構成元素が類似するHFC系冷媒に対して良好な混和性を示すと一般に認知されている合成油系潤滑剤に着目し、同HFO-1234yfとの良好な混和性を期待(予測)することは当業者として至極自然なことである。そのため、同参考資料41記載の事実が存在するからといって、上記合成油系潤滑剤の一つであるPAGを、上記検証の対象から除外する必要は毛頭なく、同PAGに対して、HFC系冷媒と同様の混和性を期待(予測)することに支障が生じるわけでもない。
実際、本件訂正発明4も、合成油系潤滑剤の多くが概してHFC系冷媒に対して良好な混和性を示すことをもって、同合成油系潤滑剤に着目し、HFO-1234yfに対しても同様の効用を期待(予測)したにすぎず、その中からPAGを選択したことに特別な意義が存するわけではない。
すなわち、本件訂正明細書等には、その段落【0029】に、「一般に用いられている冷媒潤滑剤でヒドロフルオロカーボン(HFC)冷媒とともに冷却機械類において用いられるポリオールエステル(POEs)、ポリアルキレングリコール(PAGs)、シリコーン油、鉱油、アルキルベンゼン(ABs)およびポリ(アルファ-オレフィン)(PAO)などを、本発明の冷媒組成物とともに用いてもよい。」(前記2(2)で検討した請求項4に係る訂正事項2の根拠となる記載箇所)と記載されるにとどまり、HFO-1234yfとPAGの混和性を検証した結果は何ら示されていないことから、本件訂正発明4において潤滑剤として特定されているPAGは、単に、HFC系冷媒において一般に認知されている合成油系潤滑剤の一例との意味合いしか有していないと解すべきであって、合成油系潤滑剤の中から特にPAGを選択し、HFO-1234yfと組み合わせることにより生じる特有の効果(特別な意義)について認識されていたとは到底いえない。
よって、上記審判請求人の主張を採用することもできない。
(9) 技術常識を主とした場合の進歩性の判断について
ア 前記(5)ないし(8)においては、引用刊行物に記載された発明(引用発明)を主とした進歩性について検討したが、ここでは、前記4(2)にて整理した技術常識を主とした進歩性について検討する。
イ 前記4(2)ア、エの技術常識1、4のとおり、本件優先日当時、自動車の空調装置の冷媒としてCFC-12及びHFC-134aが使用され、これらに混和する潤滑剤としてCFC-12には鉱油が、HFC-134aにはPAGが使用され、また、前記4(2)ウの技術常識3のとおり、自動車の空調装置はもともと150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能であるように設計されていることから、これらを総合し本件訂正発明1にならってまとめると、次の技術的事項(以下、「引用周知技術」という。)を認めることができる。
「150゜F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の空調装置におけるCFC-12からなる冷媒成分と鉱油を含む組成物、あるいは、HFC-134aからなる冷媒成分とPAGを含む組成物の冷媒としての使用。」
ウ そうすると、前記引用周知技術は、本件訂正発明1と比較すると、次の点で相違し、その余の点で一致するといえる。
・相違点3:本件訂正発明1は、冷媒成分として「2,3,3,3-テ トラフルオロプロペン(HFO-1234yf)からなる 冷媒成分」を用い、かつ、「1,1,1,2-テトラフル オロエタン(HFC-134a)の代替冷媒」であること を明示しているのに対して、引用周知技術は、冷媒成分と してCFC-12あるいはHFC-134aを用いており 、かつ、上記の明示がない点
エ 前記相違点3について検討すると、前記4(3)の引用刊行物には、ヒートポンプの冷媒成分としてHFO-1234yfが記載され、CFC-12と同等の物性(冷凍能力・COP)を示すことまで記載されている(前記摘記事項ク?コ)。
一方、本件優先日当時、前記引用周知技術において使用されている冷媒成分「CFC-12」あるいは「HFC-134a」はともに、オゾン層破壊あるいは地球温暖化の問題から規制対象とされていたことから(前記4(2)アの技術常識1)、当業者は余儀なくこれらに替わる代替冷媒の実用化に迫られ、これを模索していたものと解されるところ、その際、自動車の空調装置はヒートポンプの技術分野に属することに鑑み(前記4(5)ア(ア))、同技術分野を俯瞰して上記代替冷媒の候補を模索することは至極自然なことである。
そうすると、上記引用刊行物はヒートポンプの技術分野に属する上、そこには、CFC-12と同等の物性を示すHFO-1234yfが開示されているのであるから、当業者、すなわち、ドロップイン置換可能な代替冷媒(ドロップイン置換物)には従来・現行冷媒と同等の物性が要求されることを熟知し(前記4(2)イの技術常識2)、なおかつ、前記2(1)イの技術レベルを有する者であれば、同HFO-1234yfを、引用周知技術におけるCFC-12のドロップイン置換物として使用すること(さらにいうと、HFC-134aはもともと同CFC-12のドロップイン置換物であってこれと物性が類似するのであるから、同HFC-134aのドロップイン置換物としても使用すること)は、特段の困難もなく容易に想到し得ることというべきである。
ここで、HFO-1234yfをCFC-12のドロップイン置換物として使用する場合、結果としてHFC-134aの代替にあたることは、前記1(1)エにおいて説示したとおりである。
オ 本件訂正発明2ないし4についても、前記(6)ないし(8)の検討と同様の理由により容易想到のものということができる。
カ なお、審判請求人は意見書(6、7頁の「オ.本件訂正発明と引用周知技術との対比」の項)において、引用周知技術におけるCFC-12を置き換えても潤滑油は鉱油のままである旨主張する。
しかしながら、本件訂正発明1に潤滑剤に関する特定はないから、同主張は本件訂正発明1に対しては妥当でない。
また、本件訂正発明2?4は潤滑剤に関する特定を有するものの、新たな代替冷媒を開発した際に改めて潤滑剤の検証を必要とすることは既に述べたとおりであり、CFC-12を代替冷媒に置き換える際、同CFC-12に対して用いられていた潤滑剤がそのまま踏襲されるわけではないことはいうまでもない。
したがって、審判請求人の上記主張を採用することはできない。
キ 以上のとおりであるから、引用周知技術を主として考えても、本件訂正発明1ないし4は進歩性を有しない。
(10) 小括
以上検討のとおり、本件訂正発明1ないし4については、引用発明あるいは引用周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものとはいえない。
したがって、本件訂正は、特許法第126条第5項に規定された要件を満たすものではない。

第4 結び

結局、本件訂正は不適法なものであり、本件訂正審判の請求は成り立たない。
 
審理終結日 2016-09-08 
結審通知日 2016-09-12 
審決日 2016-09-26 
出願番号 特願2007-511024(P2007-511024)
審決分類 P 1 41・ 856- Z (C09K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小石 真弓  
特許庁審判長 豊永 茂弘
特許庁審判官 國島 明弘
日比野 隆治
登録日 2010-08-20 
登録番号 特許第4571183号(P4571183)
発明の名称 フッ素置換オレフィンを含有する組成物  
代理人 松田 豊治  
代理人 末吉 剛  
代理人 飯村 敏明  
代理人 小野 新次郎  
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