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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23D
審判 全部申し立て 2項進歩性  A23D
管理番号 1343843
異議申立番号 異議2017-700999  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-10-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-10-18 
確定日 2018-07-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6116248号発明「水産物加工食品用油脂組成物及びこれを用いた水産物加工食品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6116248号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第6116248号の請求項1-9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6116248号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?9に係る特許についての出願は、2012年1月31日(パリ条約による優先権主張 2011年1月31日 (JP)日本国)を国際出願日とする特許出願であって、平成29年3月31日に特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、平成29年10月18日に特許異議申立人山岡篤実(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、平成29年12月22日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成30年2月26日に意見書及び訂正請求書が提出され、申立人より平成30年5月14日付けで意見書が提出されたものである(以下、平成30年2月26日付けの訂正請求書を「本件訂正請求書」といい、これに係る訂正を「本件訂正」という。)。

第2 訂正の適否
1.訂正の内容
本件訂正の内容は、以下のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)がいずれも5?25%」と記載されているのを、「0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)がいずれも5?23.3%」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「トランス脂肪酸含有量が5質量%以下である、」と記載されているのを、「トランス脂肪酸含有量が5質量%以下であり、さらに、エステル交換油脂の原料油脂に含まれるパーム系油脂が、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物である、」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含む、請求項1または2に記載の水産物加工食品用油脂組成物」と記載されているうち、請求項1を引用するものについて「エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含み、前記パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、請求項1に記載の水産物加工食品用油脂組成物」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項3に「エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含む、請求項1または2に記載の水産物加工食品用油脂組成物」と記載されているうち、請求項2を引用するものについて「前記エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含み、前記パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、請求項2に記載の水産物加工食品用油脂組成物」と訂正して請求項9とする。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1?4のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物。」と記載されているのを「請求項1または3に記載の水産物加工食品用油脂組成物。」と訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項

(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)」について、数値範囲を「5?25%」から「5?23.3%」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)の上限値を23.3%とする点については、明細書の表3の実施例14に0℃のSFCを23.3%とするものが記載されているから、0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)の数値範囲を5?23.3%とする訂正は、明細書の記載の範囲内である。
よって、訂正事項1は、新規事項を付加するものではなく、特許請求の範囲を拡張・変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、「請求項1に記載の水産物加工食品用油脂組成物」について、「エステル交換油脂の原料油脂に含まれるパーム系油脂が、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物である」ことを特定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、明細書の段落【0018】に「エステル交換油脂の原料油脂に含まれるパーム系油脂として、パーム、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物が好ましい。」との記載があること、及び、明細書の実施例1?3,5として、エステル交換油脂の原料油脂としてパームオレイン及びパームスーパーオレインを用いたものが記載されていることからすれば、訂正事項2は明細書の記載された範囲内の訂正である。
よって、訂正事項2は、新規事項を付加するものではなく、特許請求の範囲を拡張・変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項3について、「パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、」ことを限定すると共に、請求項1または2の記載を引用していたのを、請求項1の記載を引用するものに訂正することにより、引用請求項数を減少させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、引用請求項数を減少させる訂正であるから、新規事項を付加するものではなく、特許請求の範囲を拡張・変更するものでもないことは明らかである。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は、訂正前の請求項3ついて、「パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、」ことを限定すると共に、請求項1または2の記載を引用していた訂正前の請求項3のうち、請求項2を引用する部分を請求項9とすることにより、引用請求項数を減少させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、引用請求項数を減少させる訂正であるから、新規事項を付加するものではなく、特許請求の範囲を拡張・変更するものでもないことは明らかである。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は、請求項1?4の記載を引用する訂正前の請求項5を、請求項1または3の記載を引用するものに訂正するものであり、引用請求項数を減少させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、引用請求項数を減少させる訂正であるから、新規事項を付加するものではなく、特許請求の範囲を拡張・変更するものでもないことは明らかである。

(6)一群の請求項に係る訂正か否かについて
訂正前の請求項1?8は、請求項2?8が訂正請求の対象である請求項1を引用する関係にあるから、訂正前において一群の請求項である。
よって、本件訂正の請求は、一群の請求項ごとに請求されたものである。

3.小括
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項[1?9]について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1.本件発明
本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件訂正請求書により訂正された請求項1ないし9に記載された、以下のとおりのものである。(以下、本件特許に係る発明を請求項の番号に従って、それぞれ「本件発明1」等といい、総称して「本件発明」という。)

【請求項1】
水産物の粉砕物に混合して用いるための水産物加工食品用油脂組成物であって、パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂及び25℃で液状である植物油脂を含み、前記エステル交換油脂を水産物加工食品用油脂組成物全質量に対して15?90質量%含有し、かつ0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)がいずれも5?23.3%である、水産物加工食品用油脂組成物(ただし、前記油脂組成物はアイスコーティング用ではない。)。

【請求項2】
トランス脂肪酸含有量が5質量%以下であり、さらに、エステル交換樹脂の原料樹脂に含まれるパーム系油脂が、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物である、請求項1に記載の水産物加工食品用油脂組成物。

【請求項3】
エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含み、前記パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、請求項1に記載の水産物加工食品用油脂組成物。

【請求項4】
25℃で液状である植物油脂が、コーン油、大豆油、ナタネ油、サフラワー油、米油、綿実油、サンフラワー油、パーム油または前記油脂の2種以上の混合油脂からなる群より選択される油脂である、請求項1?3のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物。

【請求項5】
エステル交換油脂の原料油脂に含まれるパーム系油脂がパーム油、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物である請求項1または3に記載の水産物加工食品用油脂組成物。

【請求項6】
請求項1?5のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物を含む、水産物の粉砕物に混合して用いるための水産物加工食品用ショートニング。

【請求項7】
請求項1?5のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物または請求項6に記載のショートニングを含む水産物の粉砕物を含んでなる水産物加工食品。

【請求項8】
水産物の粉砕物が、まぐろ、サケ、はまち、さば、及びいかからなる群より選択される水産物の粉砕物である、請求項7記載の水産物加工食品。

【請求項9】
前記エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含み、前記パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、請求項2に記載の水産物加工食品用油脂組成物。

2.取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし8に係る発明に対して平成29年12月22日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。(以下、下記(1)ないし(3)を、それぞれ「取消理由1」ないし「取消理由3」という。)

(1)請求項1ないし8に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?10号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(2)請求項1ないし8に係る発明は、甲第6号証に記載された発明及び甲第2?10号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(3)本件特許の特許請求の範囲には、発明の課題を解決できない数値範囲も包含され、本件発明の構成では、発明の詳細な説明に記載された課題を解決できないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は取り消されるべきものである。

(4)証拠方法
特許異議申立人が提出した証拠方法(甲第1?11号証)は、以下のとおりである。(以下、各証拠をその証拠番号に従い「甲1」等という。)
甲1:特開2003-169602号公報
甲2:特開2008-11779号公報
甲3:特開2010-11799号公報
甲4:特開平8-332093号公報
甲5:特開2002-338992号公報
甲6:特開平7-39348号公報
甲7:特開昭62-257342号公報
甲8:特開2007-269909号公報
甲9:特開平9-322708号公報
甲10:特開2004-321038号公報
甲11:米国出願13/982631における、2016年1月20日付け意見書の写し

3.甲号証の記載
(1)甲1の記載
甲1には、以下の事項が記載されている。
ア.「硬化油を含有し、BL型粘度計を用いて5℃で測定した時の粘度が、500?3000cpsである肉加工用流動状ショートニング。」(【請求項1】)

イ.「請求項1?3のいずれか1項に記載の肉加工用流動状ショートニングを1?30重量%配合してなる加工肉。」(【請求項4】)

ウ.「加工肉が、魚肉であって、鮪、鰹、鮭等の脂肪分の少ない生魚肉である請求項4に記載の加工肉。」(【請求項5】)

エ.「魚肉が鮪であり、ネギトロ用である請求項5に記載の加工肉。」(【請求項6】)

オ.「【発明の実施の形態】流動状ショートニングに使用する原料油としては、動物油脂及び植物油脂が用いられる。動物油脂としては、豚脂、牛脂、魚硬化油、又は豚脂、牛脂の硬化油と未硬化油の混合品を挙げることができ、異なった2種以上の油脂の混合系においても使用できる。また、植物油脂としては、パーム油、大豆油、綿実油、米ヌカ油、ナタネ油、コーン油の硬化油、又はこれらの硬化油と液状油の混合品、極度硬化油を挙げることができる。その他、微生物により生成する微生物油も挙げることができる。前記の油脂は、1種単独で、または、2種以上の油脂を配合して使用できる。本発明で用いる硬化油としては、ナタネ油、コーン油、大豆油及びこれらの白絞油等を好ましく挙げることができる。本発明で用いる極度硬化油としては、ナタネ油、大豆油、パーム油、ハイエルシンナタネ油の極度硬化油等を好ましく挙げることができる。一般に二重結合を有する油脂であれば極度硬化油を製造することが可能であり、ここで、極度硬化油の極度はヨウ素価(IV)で5以下、好ましくは1以下である。動物油脂と植物油脂の2種以上の混合系の例としては、例えば、白絞油90?99重量%、極度硬化油が0.1?3重量%、硬化油が0.1?10重量%が好ましい。白絞油と硬化油のみ、又は白絞油と未硬化油の組み合わせであると流動状ショートニングの経時的な粘度変化が大きくなるので好ましくない。一例として、ナタネ白絞油を97重量%、パーム極度硬化油を3重量%の組み合わせが挙げられる。また、大豆白絞油を90重量%、ハイエルシンナタネ極度硬化油を2重量%、魚油(融点22℃、硬化油)を8重量%の組み合わせを用いても良い。本発明のショートニングは、硬化油を含有し、BL型粘度計を用いて5℃における粘度が500?3000cpsの流動状であることを特徴とする。前記粘度が、500cps未満では、粘度が低すぎてしみ出しの原因となり、また、3000cpsを超えると粘度が高すぎて取り扱いがしにくくなる。ショートニングは、20℃の固体脂指数が5以上であると食した時に口溶けが悪く食感的に好ましくない。一方、20℃の固体脂指数が0.1?3の場合は、口当たりも良く、極度硬化油を添加することで寿司種にした時、油がしみ出して海苔が湿ることはない。本発明の流動状ショートニングの粘度は、製造後5℃で25日間以上保管したものをBL型粘度計で測定した場合、500?3000cpsであるが、取り扱い性の点から、1000?2500cpsのものを用いるのが好ましい。流動状ショートニングは、ガス注入の有無は限定されないが、ガス注入しなくてもハンドリングが良いことから生産性向上の為、ガス注入はしない方が好ましい。」(段落【0005】)

カ.「【表1】

」(段落【0021】)
キ.「【表2】

」(段落【0022】)

ク.「【表3】

」(段落【0023】)
ケ.「【表4】

」(段落【0024】)

以上の記載(特に、【表2】のショートニングE参照。)からすれば、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

「ハイエルシンナタネ油(極度硬化油)1.0重量%、コーン油(未硬化油)91.0重量%、大豆油(部分硬化油)8.0重量%からなり、BL型粘度計を用いて5℃における粘度が500?3000cpsの流動状である、鮪等のネギトロ加工用ショートニング。」

(2)甲2の記載
甲2には、以下の事項が記載されている。
ア.「硬化油に含まれるトランス酸の摂取が血中LDLコレステロール量を増加させるため健康上好ましくないとの報告がなされている。
マーガリン、ショートニングの製造においては、常温で固体状である可塑性油脂を原料として用いている。ここで、可塑性油脂として硬化油が使用されてきたが、トランス酸の摂取が健康上問題となっているため、硬化油に代わる可塑性油脂が求められている。硬化油の代替として、パーム油などの天然の可塑性油脂をそのまま用いる方法もあるが、この使用ではマーガリン、ショートニング用の原料油脂として求められる性能が十分ではない。そのため、パーム油、パーム分別油などを原料にしてエステル交換した油脂がマーガリン、ショートニング用可塑性油脂として有望とされている。」(段落【0002】)

(3)甲3の記載
甲3には、以下の事項が記載されている。
ア.「一般的に、練り込み用のマーガリンやファットスプレッド、ショートニング等の可塑性油脂組成物を製造する際に、その油脂配合としては、高融点油脂(融点40?60℃)、中融点油脂(融点30?40℃)、低融点油脂(常温で液状の油脂)の硬さの異なる3種類の油脂が配合使用されており、これらの配合比率を調整することにより、マーガリンやファットスプレッド、ショートニング等の硬さを調節している。」(段落【0002】)

イ.「しかし、近年の研究では、部分硬化油に多く含まれるトランス酸が、血漿中のLDL/HDLコレステロール比を増大させ循環器疾患の原因となるとの報告がある。このように、トランス酸を過剰摂取することによる健康への影響に対する懸念があるため、油脂中のトランス酸含量を少なくした方が好ましく、デンマークでは、2004年より国内の食品について油脂中のトランス酸含有率を2質量%以下にしなければならないとの制限を設けている。そのため、マーガリンやファットスプレッド、ショートニング等の可塑性油脂組成物中のトランス酸含有量は2質量%以下が一つの目標とされる。」(段落【0004】)

ウ.「部分硬化油を代替する油脂としては、融点30?40℃である天然の可塑性油脂、例えば、パーム油やパーム核油、ヤシ油等のラウリン系油脂が挙げられる。この中で、パーム油は可塑性油脂組成物に配合すると保型性に優れた可塑性油脂組成物が得られるので、その使用が期待されている。
しかしながら、パーム油を可塑性油脂組成物に多く配合した場合、可塑性油脂組成物が保存中に次第に硬く変化したり、粗大結晶やグレインが発生したりすることがある。また、ラウリン系油脂を多く使用した場合は、低温にて硬くなり過ぎ、高温では溶け易くなってしまうため、充分な可塑性を得ることができない。」(段落【0005】)

エ.「そこで、トランス酸含量の少ない中融点油脂が開発されている。その例として、エステル交換油の使用が検討されている。特許文献2には、パーム油起源の油脂とラウリン系油脂のエステル交換油が開示されている。しかしながら、このエステル交換油はシート状のマーガリン用であり、この油脂を用いた練り込み用の可塑性油脂組成物は低温にて硬くなり過ぎ、高温では溶け易い傾向があるため、可塑性の乏しい物性になってしまうといった問題があった。」(段落【0008】)

オ.「本発明における第1の発明によれば、可塑性油脂組成物に配合した際に粗大結晶やグレインを発生することなく、可塑性油脂組成物に広い温度範囲で可塑性を与え、保型性、光沢等の製品状態、口溶け等の食感を良好とする中融点油脂が提供される。また、保存時において、可塑性油脂組成物の可塑性や硬さを良好に維持できる中融点油脂が提供できる。」(段落【0012】)

(4)甲4の記載
甲4には、以下の事項が記載されている。
ア.「このような点から、パ-ム油の中融点画分単独もしくは水素添加トランス酸含有脂肪と共にエステル交換を行い、上記欠点を改善しようとする試みがなされて来た。しかしながら、前者の単独でのエステル交換では、パ-ム油の中融点画分特有の清涼感を伴う口溶けの良さが失われるだけでなく高温での固体脂含有量が増加し蝋様感(waxiness)を生じる。また、後者では、トランス酸に関してFAO/WHO合同専門委員会報告でなんら影響を与えないことが報告されているが、現段階では病理学上の問題については結論が付け難く、いずれにしても油脂中にトランス酸を含有しない方が栄養学的見地から有利であることが窺われる。」(段落【0003】)

イ.「【発明の効果】本発明の製造方法(請求項1)によれば、従来マーガリン又はショートニング類に使用し難いとされて来たパーム中融点画分を用いても、蝋様感がなく、水素添加油脂様の溶けの良さを持ち、ホイップ性に優れ、製品保存中のグレイニングあるいは硬くしまるといった品質劣化を起こす事なく多量に使用できるようになり、且つ実質的にトランス酸を含まないランダムエステル交換油脂を得ることができる。また、本発明の製造方法(請求項2)によれば、更に上記品質の優れたランダムエステル交換油脂を得ることができる。また、本発明の製造方法(請求項3)によれば、広範な可塑性範囲を持つランダムエステル交換油脂を得ることができる。本発明の食用可塑性油脂(請求項4)は、高品質なマーガリン又はショートニング類用油脂として使用されるものである。」(段落【0042】)

(5)甲5の記載
甲5には、以下の事項が記載されている。
ア.「また、可塑性油脂への利用としては、硬化パーム分別軟質油と硬化魚油の併用が提案されているが(特開2000-129285)、硬化を基本とするために健康に対する懸念のあるトランス酸の生成は避けがたく、また、硬化魚油が必須であるためにパーム系油脂単独で良好な可塑性油脂を得ることは不可能である。」(段落【0005】)

イ.「トランス脂肪酸については栄養生理学的な知見はまだ定まっていないものの、天然に存在する以上のトランス脂肪酸を含まないことが望ましく、乳脂等に3?4%程度のトランス酸が含まれることから、全油脂中のトランス酸含量は5%未満であることが望ましい。」(段落【0006】)

ウ.「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、パーム分別軟質油を用いることにより、非GMO由来の構成や、トランス脂肪酸を殆ど含まない構成が可能となる可塑性油脂組成物を提供することにある。」(段落【0007】)

エ.「【課題を解決するための手段】本発明者らは、問題点を解決するために鋭意検討を行った結果、パーム分別軟質油を非選択的エステル交換して得られる油脂が目的の機能を有することを見い出し本発明を完成するに至った。」(段落【0008】)

(6)甲6の記載
甲6には、以下の事項が記載されている。
ア.「ミンチ状生鮮魚肉100重量部当たりに、エイコサペンタエン酸および/またはドコサヘキサエン酸の合計量10?30重量%含有する海産動物油脂に固形油脂を添加することにより調整された油脂組成物5?40重量部を均一に添加してなることを特徴とする魚肉加工食品。」(【請求項1】)

イ.「すなわち、本発明は、ミンチ状生鮮魚肉100重量部当たりに、エイコサペンタエン酸および/またはドコサヘキサエン酸の合計量10?30重量%含有する海産動物油脂に固形油脂を添加することにより調整された油脂組成物5?40重量部を均一に添加してなることを特徴とする魚肉加工食品を提供するものである。本発明に用いるミンチ状生鮮魚肉としては、低脂肪魚肉であれば特に制限なく使用でき、例えば、鮪、鰹、鮭等の低脂肪の魚肉を使用することができる。特に、鮪の赤身などが好適であり、きはだ鮪、本鮪、南鮪、インド鮪等の鮪を好適に使用することができる。本発明に用いるEPA、DHA含有の海産動物油脂は、EPA又はDHAの合計量が10?30重量%含有するものであり、香、味の点で特に癖がないものであればどのようなものでも使用することができ、例えば、鰯油、鯖油、にしん油、鮪油、鰹油、鱈肝油などの魚油を精製したものを好適に使用することができる。硬化油脂は、不飽和脂肪酸の含有量が低いので本発明のEPA及び/又はDHA含有海産動物油脂としては使用することができない。本発明に添加する油脂組成物は、魚油のみでは融点が低く、鮪、鰹、鮭のミンチ生肉へ使用すると、食感が劣るために、これらの魚油の他に硬さを維持する固形油脂を混合使用することができる。」(段落【0005】)

ウ.「本発明に用いる海産動物油脂に混合する固形油脂は、動物油脂、および植物油脂が用いられ、動物油脂では豚脂、牛脂、魚硬化油、又は豚油、牛脂の硬化油と未硬化油の混合品、あるいは異なった2種以上の油脂の混合系においても使用できる。また、植物油脂として、例えば、パーム油、大豆油、綿実油、米ヌカ油、ナタネ油、コーン油の硬化油、またはこれらの硬化油と未硬化油の混合品が挙げられる。さらに、これらの動物油と植物油の2種以上の混合系を使用できる。しかしながら、EPAは1分子中に炭素数20、二重結合5を持ち、DHAは1分子中に炭素数22、二重結合6を持っていることから、いずれも極めて酸化され易く、風味の劣化が速いので、常温保管の製品には使用できない。そのために、油脂を混合する際、魚油中のEPA、DHAの酸化安定性が低いために窒素シール下にて処理することや、混合油脂の温度を40℃以下にして溶解し、可能な限り短時間にて冷却練り合わせを終了し、5℃以下にて保管することが必要である。また、EPA又はDHAの酸化防止のために、ビタミンC又はビタミンEを添加することができる。本発明に用いる固形油脂である植物油またはこれらの硬化油、動物脂またはこれらの硬化油は、混合温度を低くするために、混合物の融点は低いことが望ましく、前記の堅さを維持する目的で添加される固形油脂であっても、油脂組成物としての融点を低くするために、適度の融点の固形油脂を使用する必要がある。この融点としては、混合溶解作業中のEPA又はDHAの酸化を防止する観点からは、魚油と固形油脂との油脂組成物とした場合に、当該組成物の融点が40℃以下、好ましくは、30℃以下であることが望ましい。」(段落【0006】)

エ.「【表1】

」(段落【0009】)

以上の記載(特に、【表1】の実施例10参照。)からすれば、甲6には、次の発明(以下、「甲6発明」という。)が記載されている。

「精製魚油10重量%、コーン硬化油45重量%及びコーン白絞油45重量%からなる、鮪、鰹、鮭のミンチ状生鮮魚肉添加用油脂組成物。」

(7)甲7の記載
甲7には、以下の事項が記載されている。
ア.「油脂の硬さを示す尺度としてSFC(固体脂含有量)が使われる。SFCは当該温度における油脂中の固体の指金有量を示すもので、油脂の展延性と保型性に密接な関係がある。すなわち、SFCがおよそ7%(重量%、以下同じ)以下では油脂は流動性を示し、9?12%では固体としての保型性はないが、可塑性がある。45%以上ではかなり硬い固体となる。」(2頁左上欄2?9行)

(8)甲8の記載
甲8には、以下の事項が記載されている。
ア.「またショートニング・マーガリン・バターなどは、季節により物性が変わるため、適宜融点・固体脂含量などを調整し、製造における加工作業性を維持している。それらの調整は、主に天然の油脂を硬化・エステル交換などの油脂加工を行い、飽和脂肪酸量を増やすことで硬度を得るものである。また、溶剤などを利用して油脂の分別などを施し、固体脂含量を高めた油脂を配合したものも製品化されている。また、トランス酸の低減化を試みた油中水型乳化油脂組成物に関して特許文献1に記載があるが、その中では飽和脂肪酸は、C16以上の飽和脂肪酸含量35?60重量%、C14以下の飽和脂肪酸含量20?50重量%、不飽和脂肪酸含量10?30重量%であり、実質的にトランス酸を含まないことを特徴とする可塑性油脂であるが、不飽和脂肪酸含量が少なく、硬すぎる問題がある。また、飽和脂肪酸含量が全構成脂肪酸に対して25重量%以下に低減された油脂組成物又はそのエマルションを10?150MPaの範囲で加圧晶析を行うことが特許文献2に記載されている。また特許文献3には、融点が30℃以上のラウリン系油脂を10重量%?40重量%含有し、且つ油脂成分中の飽和脂肪酸の含有量が全脂肪酸量の35重量%以下であり、トランス酸含量が全脂肪酸量の5重量%以下である油中水型乳化油脂組成物が記載されている。しかし、具体的な開示として実施例の記載では、油脂成分中の飽和脂肪酸の含有量が全脂肪酸量の29.4重量%、30.0重量%しかなく、またトランス酸含量は、全脂肪酸全量中0.1重量%、0.2重量%である。さらに特許文献3における油脂は、ヤシ油、パーム核油、パーム核油オレイン、パーム油などであるが何れも硬化を行った加工油であり、カカオバター、ロウ、且つ未加工のパーム油、シア脂、パームステアリンは含有していない。一般的にラウリン系油脂の融点は、硬化を施さなければ30℃以下であり、未加工のパーム油、シア脂、パームステアリンとは異なる。」(段落【0003】)

(9)甲9の記載
甲9には、以下の事項が記載されている。
ア.「フライにおいては、安定性の高いパーム油がよく用いられる。フライ製品は、フライ後油ぎれがよく、べたべたしないものが好まれる。フライ後すぐに固まる常温で固型の油脂の場合この条件は満たされる。しかし、常温では固体、加熱すると液体、という性質を持った油脂にも様々なものがある。例えば、温度の上昇に伴って油脂中の固体脂の含量が減少するが、この値は、油脂を構成する脂肪酸の種類、トリグリセライドの分子種によって異なってくる。油脂の硬さは、その温度での固体脂含量、結晶形などに左右され、固体脂含量が多ければ、硬く、少なければ、軟らかいものとなる。」(段落【0006】)

(10)甲10の記載
甲10には、以下の事項が記載されている。
ア.「次に、固体脂含量について説明する。本発明にかかる乳化組成物で用いられる「硬い油脂」は、当該油脂の固体脂含量(以下、適宜SFCと略す)が所定の範囲内にある油脂であってもよい。このSFCとは、固体脂指数(SFI)と同様に、各温度における固体脂の割合を示す。同一温度におけるSFCが高い油脂ほど固化した油脂が多いことを示すため、本発明でいうところの「口どけ性」が悪いという性質を表す指標の一つとして用いることが可能である。」(段落【0056】)

(11)甲11の記載
甲11には、以下の事項が記載されている。
ア.「

The above tables show that use of 100% palm oil as a raw material for transesterified oil resulted in high SFC at 0℃ and 10℃(see, Comparative Example 9)and a poor workability(see, Comparative Examples 8 and 9). Inaddition, when intake, the comparative compositions gave insufficient melt-in-the-mouth feel(see, Comparative Examples 8 and 9)
(当審訳:


上記表の如く、原料油脂としてパーム油100%を用いたエステル交換油を用いると、0℃と10℃のSFCが高く(比較例9より)、そして作業性が悪かった(比較例8と9より)。加えて、比較組成物は口どけ感も不十分であった(比較例8と9より)。)」

4.判断
(1)取消理由1について
ア.本件発明1
本件発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「鮪等のネギトロ加工用ショートニング」は、本件発明1の「水産物加工食品用油脂組成物」に相当し、ネギトロ加工用であるから、「水産物の粉砕加工物に混合して用いるため」のものであると認められる。
また、甲1発明の「コーン油(未硬化油)」は、本件発明1の「25℃で液状である植物油脂」に相当する。
してみれば、本件発明1と甲1発明は次の点で相違し、その余の点で一致する。
【相違点1】
本件発明1は、パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂を含み、前記エステル交換油脂を水産物加工食品用油脂組成物全質量に対して15?90質量%含有するのに対し、甲1発明はエステル交換油脂を含んでいない点。
【相違点2】
本件発明1は、0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)がいずれも5?23.3%であるのに対し、甲1発明は、その旨の限定がない点。

以下、上記相違点について検討する。
【相違点1】について
甲1には、パーム油の利用についての示唆はある(上記3.(1)オ参照。)が、エステル交換油脂の利用についての示唆はない。
そして、本件発明1は、少なくとも一種以上のパーム系油脂を原料としたエステル交換油脂を配合することにより、トランス脂肪酸の低減という課題解決を行うものであるところ、甲1発明にはそのような課題の示唆はないから、甲1発明にエステル交換油脂を採用する動機付けがあるとはいえない。
また、仮に申立人が主張するようにトランス脂肪酸の低減という課題が、甲2ないし5に記載されているように周知の課題であり、甲1発明へのエステル交換油脂の適用を当業者が通常行う(特許異議申立書19頁11?13行参照。)としても、甲1発明は、25℃で液状の植物油脂であるコーン油(未硬化油)を91重量%含んでいるのであるから、当該コーン油以外の油脂を全てエステル交換油脂に置き換えたとしても、エステル交換油脂をショートニング(水産物加工食品用油脂組成物)の全質量に対し15?90質量%含有することにはならない。
なお、甲1には、甲1発明以外にショートニングの実施例が記載されているが、いずれの実施例においても未硬化の植物油(25℃で液状である植物油脂)を91重量%以上含んでおり、甲1発明同様、未硬化の植物油以外の全ての油脂をエステル交換油脂に置き換えても、相違点1に係る本件発明1の含有量を満たさない。
また、申立人は、硬化油の配合量を25%以上にすることは周知であるから、甲1発明において、硬化油をパーム系油脂を含むエステル交換油脂に置き換える際に、固形油脂として15?90質量%含有させることは当業者の通常能力の発揮にすぎない旨主張する(特許異議申立書20頁2?7行参照。)が、上記のとおり、甲1にはそもそもエステル交換油脂を用いることについての記載がないのであるから、当該主張は採用できない。また、仮に甲1発明に周知のエステル交換油脂を採用したとしても、甲1発明の未硬化の植物油以外の油脂の量を増やす動機付けはない。

【相違点2】について
甲第1号証には、5℃におけるBL型粘度計による粘度の記載はあるが、0℃及び10℃における固体脂含有率(SFC)に係る記載はない。
申立人は、甲1発明のショートニング(甲1の実施例5)の再現試験でSFCを実測し、0℃及び10℃におけるSFCが5?25%であることを主張している(特許異議申立書20頁25行?21頁8行参照。)が、当該再現試験においては、甲1発明のショートニングと粘度が異なっており、当該再現試験は採用できない。
また、仮に甲1発明のSFCが5?25%に含まれるとしても、甲1発明の硬化油をエステル交換油脂に置き換えた場合にまでSFCが5?25%になるとはいえず、相違点2が実質的な相違点でないとはいえない。また、甲1発明の硬化油をエステル交換油脂に置き換えた場合のSFCは不明であるから、相違点2に係る構成を甲1発明から容易に導き出せたとはいえない。
なお、申立人は、甲7ないし10に記載されているようにSFCが、油脂組成物の硬さの尺度として周知であり最適化は容易である旨主張している(特許異議申立書22頁1?6行参照。)が、SFCが周知であるとしても、甲1には低温での作業性の向上という課題の開示がない以上、課題に照らしてSFCの値を、具体的に0℃及び10℃の両方の温度においていずれも5?25%とすることが容易であるということはできない。
そして、上記のとおり甲1発明の0℃及び25℃の両方の温度におけるSFCをいずれも5?25%とすることが容易であるとはいえない以上、当該SFCを5?23.3%とすることが容易であるということもできない。

以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1発明及び甲2ないし10に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

イ.本件発明2ないし9について
本件発明2ないし9はいずれも直接又は間接的に本件発明1を引用することにより、本件発明1を限定するものであるから、本件発明1と同じ理由で、本件発明2ないし9は、甲1発明及び甲2ないし10に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)取消理由2について
本件発明1と甲6発明を対比すると、甲6発明の「鮪、鰹、鮭のミンチ状生鮮魚肉用油脂組成物」は、本件発明1の「水産物の粉砕加工物に混合して用いるための水産物加工食品用油脂組成物」に相当する。
また、甲6発明の「コーン白絞油」は、本件発明1の「25℃で液状である植物油脂」に相当する。
してみれば、本件発明1と甲6発明は次の点で相違する。
【相違点1】
本件発明1は、パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂を含み、エステル交換油脂を水産物加工食品用油脂組成物全質量に対し15?90質量%含有するのに対し、甲6発明はそのようなエステル交換油脂を含んでいない点。
【相違点2】
本件発明1は、0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)がいずれも5?23.3%であるのに対し、甲6発明にはその旨の記載がない点。

以下、上記相違点について検討する。
【相違点1】について
甲6には、パーム油の利用についての示唆はある(上記3.(6)ウ参照。)が、エステル交換油脂の利用についての記載はない。
そして、本件発明1は、少なくとも一種以上のパーム系油脂を原料としたエステル交換油脂を配合することにより、トランス脂肪酸の低減という課題解決を行うものであるところ、甲6にはそのような課題の示唆がないから、甲6発明にエステル交換油脂を採用する動機付けがあるとはいえない。
また、仮に申立人が主張するようにトランス脂肪酸の低減という課題が甲2ないし5に記載されているように周知の課題であり、甲6発明への適用を当業者が通常行う(特許異議申立書28頁10?16行参照。)としても、甲6発明はコーン硬化油を用いており、これを原料の異なるパーム系油脂を含む油脂原料をエステル交換したエステル交換油脂に置き換える動機付けはない。
なお、甲6には、甲6発明以外の油脂組成物の実施例が記載されているが、パーム油の硬化油を用いた実施例の記載はなく、甲6発明と同様に、エステル交換油脂を採用する動機付けはない。

【相違点2】について
甲6には、油脂組成物の0℃及び10℃における固体脂含有率(SFC)に係る記載はない。
申立人は、甲6発明(実施例10)の再現試験でSFCを実測し、0℃及び10℃におけるSFCが5?25%であることを主張している(特許異議申立書30頁5?11行参照。)が、仮に甲6発明のSFCが5?25%に含まれるとしても、甲6発明の硬化油をエステル交換油脂に置き換えた場合にまでSFCが5?25%になるとはいえない。
なお、申立人は、甲7ないし10に記載されているようにSFCが、油脂組成物の硬さの尺度として周知であり最適化は容易である旨主張している(特許異議申立書29頁24行?30頁4行参照。)が、SFCが周知であるとしても、甲6には低温での作業性の向上という課題の開示がない以上、課題に照らしてSFCの値を、具体的に0℃及び10℃の両方の温度においていずれも5?25%とすることが容易であるということはできない。
そして、上記のとおり甲6発明の0℃及び25℃の両方の温度におけるSFCをいずれも5?25%とすることが容易であるとはいえない以上、当該SFCを5?23.3%とすることが容易であるということもできない。 また、原料油脂を入れ替えれば、0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)に影響することは容易に予測できるから、仮に甲6発明のコーン硬化油を、トランス脂肪酸を低減するためにエステル交換油脂と置き換えることが容易であるとしても、エステル交換油脂の原料油脂にパーム系油脂を採用した上で、SFCを特定することまで容易であるということはできない。

以上のとおりであるから、本件発明1は、甲6発明及び甲2ないし10に記載された事項から、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

イ.本件発明2ないし9について
本件発明2ないし9はいずれも直接又は間接的に本件発明1を引用することにより、本件発明1を限定するものであるから、本件発明1と同じ理由で、本件発明2ないし9は、甲6発明及び甲2ないし10に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)取消理由3について
本件訂正により、0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有量(SFC)の上限値が25%から23.3%に訂正された。
よって、甲11において、作業性、風味共に劣るとされた比較例9の0℃におけるSFC 24.5%は、本件発明のSFCの数値範囲外のものとなったから、特許請求の範囲に発明の課題を解決できない数値範囲が包含されるとはいえず、取消理由3は理由がない。

なお、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由は存在しない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、特許法第29条第2項及び同法第36条第6項第1号の規定に違反して特許されたものとは認められないから、本件請求項1ないし9に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由によっては、取り消すことはできない。
さらに、他に本件請求項1ないし9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産物の粉砕物に混合して用いるための水産物加工食品用油脂組成物であって、パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂及び25℃で液状である植物油脂を含み、前記エステル交換油脂を水産物加工食品用油脂組成物全質量に対して15?90質量%含有し、かつ0℃及び10℃の両方の温度における固体脂含有率(SFC)がいずれも5?23.3%である、水産物加工食品用油脂組成物(ただし、前記油脂組成物はアイスコーティング用ではない。)。
【請求項2】
トランス脂肪酸含有量が5質量%以下であり、さらに、エステル交換油脂の原料油脂に含まれるパーム系油脂が、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物である、請求項1に記載の水産物加工食品用油脂組成物。
【請求項3】
エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含み、前記パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、請求項1に記載の水産物加工食品用油脂組成物。
【請求項4】
25℃で液状である植物油脂が、コーン油、大豆油、ナタネ油、サフラワー油、米油、綿実油、サンフラワー油、パーム油または前記油脂の2種以上の混合油脂からなる群より選択される油脂である、請求項1?3のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物。
【請求項5】
エステル交換油脂の原料油脂に含まれるパーム系油脂がパーム油、パームオレイン、及びパームスーパーオレインからなる群より選択される少なくとも一種の油脂またはそれらの混合物である請求項1または3に記載の水産物加工食品用油脂組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物を含む、水産物の粉砕物に混合して用いるための水産物加工食品用ショートニング。
【請求項7】
請求項1?5のいずれか一項に記載の水産物加工食品用油脂組成物または請求項6に記載のショートニングを含む水産物の粉砕物を含んでなる水産物加工食品。
【請求項8】
水産物の粉砕物が、まぐろ、サケ、はまち、さば、及びいかからなる群より選択される水産物の粉砕物である、請求項7記載の水産物加工食品。
【請求項9】
前記エステル交換油脂の原料油脂がパーム系油脂を10?100質量%含み、前記パーム系油脂を含む原料油脂をエステル交換したエステル交換油脂と、25℃で液状である植物油脂とからなる、請求項2に記載の水産物加工食品用油脂組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-07-04 
出願番号 特願2012-555891(P2012-555891)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (A23D)
P 1 651・ 121- YAA (A23D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉門 沙央里田中 耕一郎  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 井上 哲男
佐々木 正章
登録日 2017-03-31 
登録番号 特許第6116248号(P6116248)
権利者 太陽油脂株式会社
発明の名称 水産物加工食品用油脂組成物及びこれを用いた水産物加工食品  
代理人 弟子丸 健  
代理人 浅井 賢治  
代理人 服部 博信  
代理人 山崎 一夫  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 弟子丸 健  
代理人 服部 博信  
代理人 市川 さつき  
代理人 市川 さつき  
代理人 箱田 篤  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 浅井 賢治  
代理人 山崎 一夫  
代理人 箱田 篤  

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