• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
管理番号 1344821
異議申立番号 異議2017-700888  
総通号数 227 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-11-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-09-20 
確定日 2018-08-24 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6101011号発明「フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物の安定性を向上する方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6101011号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2、4?6〕、3について訂正することを認める。 特許第6101011号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6101011号の請求項1ないし6に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成24年7月13日に特許出願され、平成29年3月3日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、同年9月20日に特許異議申立人豊田英徳により特許異議の申立てがされ、同年10月31日付けで取消理由が通知され、同年12月22日に意見書の提出及び訂正請求がされ、訂正請求に対して特許異議申立人から平成30年2月19日に意見書が提出され、同年3月15日付けで取消理由通知(決定の予告)がされ、同年5月18日に意見書の提出及び訂正請求がされ、訂正請求に対して特許異議申立人から同年7月5日に意見書が提出されたものである。

第2 訂正の適否についての判断
本件特許の訂正について、平成29年12月22日及び平成30年5月18日に訂正請求書が提出されているが、「・・・訂正の請求がされた場合において、その特許異議申立事件において先にした訂正の請求があるときは、当該先の請求は、取り下げられたものとみなす。」(特許法第120条の5第7項)と規定されているから、平成30年5月18日付け訂正請求書における訂正の請求のみを審理の対象とする。

1 訂正の内容
平成30年5月18日付け訂正請求書における訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)ないし(3)のとおりである。
(1) 請求項1における「アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、トレハロース、キシリトール、スクロース、αシクロデキストリン、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムおよび硫酸アンモニウムから選択される1種または2種以上の化合物」を「アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物」に訂正する。
(2) 請求項2における「アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、トレハロース、キシリトール、スクロース、αシクロデキストリン、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムおよび硫酸アンモニウムから選択される1種または2種以上の化合物」を「アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物」に訂正する。
(3) 請求項3における「アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、トレハロース、キシリトール、スクロース、αシクロデキストリン、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムおよび硫酸アンモニウムから選択される1種または2種以上の化合物」を「アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物」に訂正する。

2 一群の請求項、訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1) 一群の請求項
訂正前の請求項4ないし6はいずれも訂正請求の対象である請求項2の記載を引用する関係にあることから、訂正前の請求項2及び4ないし6は一群の請求項に該当する。そして、本件訂正は、前記1のとおり請求項1及び3とともに請求項2も訂正するものであるが、その請求の趣旨は、「・・・訂正後の請求項1?6について訂正することを求める。」とされているので、本件訂正は特許法第120条の5第4項に適合する。
(2) 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項(1)ないし(3)は、いずれも、選択される化合物を限定するものである。そうしてみると、これらの訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3) 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合する。したがって、訂正後の請求項1、〔2、4?6〕、3について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件訂正発明
本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、平成30年5月18日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】 配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ(Mucor)属に由来するフラビン結合グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)を含む組成物において、安定化剤として、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を共存させる工程を含む、FAD-GDHの安定性を向上させる方法。
【請求項2】 配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ(Mucor)属に由来するFAD-GDHおよび、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を含むグルコース測定用組成物。
【請求項3】 配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ(Mucor)属に由来するFAD-GDHと、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を共存させることを特徴とする、グルコース測定用組成物の製造方法。
【請求項4】 請求項2記載の組成物を用いるグルコース濃度の測定方法。
【請求項5】 請求項2記載の組成物を含むグルコースアッセイキット。
【請求項6】 請求項2記載の組成物を含むグルコースセンサー。
(以下、これらの請求項に係る各発明をそれぞれの請求項の番号に対応させて「訂正発明1」、「訂正発明2」、・・・「訂正発明6」といい、また、これらの発明をまとめて「本件訂正発明」という場合がある。)

2 異議申立理由の概要
特許異議申立人は、以下の証拠を提出し、訂正前の請求項1ないし6に係る特許は、甲第1?9号証に記載された発明に基き、容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、上記請求項に係る特許を取り消すべきものである旨を主張し、また、訂正前の請求項1ないし6に係る特許は、その発明の詳細な説明の記載が同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、かつ、その特許請求の範囲の記載が同法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであることから、取り消されるべきものである旨主張している。
甲第1号証;国際公開第2010/140431号
甲第2号証;国際公開第2012/073986号
甲第3号証;特開2008-154573号公報
甲第4号証;特開2007-129965号公報
甲第5号証;特開平6-284886号公報
甲第6号証;蛋核酵,1985,Vol.30,pp.1115-1126.
甲第7号証;Protein Sci, 1999, Vol.8, pp.222-233.
甲第8号証;特表2010-515713号公報
甲第9号証;国際公開第2009/006301号
甲第10号証;今堀和友ら監修、生化学辞典第4版、2007年、株式会社東京化学同人発行、pp.828-829.
甲第11号証;B Albertsら著、中村桂子ら監訳、細胞の分子生物学第4版、2004年、株式会社ニュートンプレス発行、pp.134-135.
甲第12号証;豊田英徳が平成29年8月31日に作成した「Mucor prainii由来FDA-GDH(本件発明の配列番号1)の分子表面予測アミノ酸、及びMucor属由来4種FAD-GDHのマルチプルアライメント」
(以下、これらの各甲号証のことを、単に、甲1、甲2・・・という場合がある。)

3 甲号証の記載
本件特許の出願日である平成24年7月13日よりも前に頒布された以下の証拠には、以下の事項が記載されている。
(1) 甲第1号証
ア 請求の範囲
(ア) 請求項1
「以下の(i)から(iii)の性質:
(i)作用:電子受容体存在下でグルコース脱水素酵素活性を示す、
(ii)分子量:タンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約80kDaである、
(iii)基質特異性:D-グルコースに対する反応性に対して、マルトース、及びD-ガラクトース、及びD-キシロースに対する反応性が低い、
を備えるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。」(39ページ2?9行)
(イ) 請求項9
「配列番号1又は配列番号3で示されるアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と80%以上相同なアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるを有することを特徴とする、請求項1?6のいずれか一項に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。」(40ページ11?15行)

イ 明細書
(ア) 技術分野
「本発明は、フラビン化合物を補酵素とする新規なフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、およびその製造法に関する。」(段落[0001])
(イ) 発明を実施するための最良の形態
「上記のような方法で製造された、本発明のフラビン結合型GDHは、夾雑糖化合物の存在下においても正確にグルコース量を測定できることから、グルコースセンサなどへの応用・実用化に好適に用いることができる。」(段落[0040])
(ウ) 実施例7
「Mucor属由来フラビン結合型GDH遺伝子のクローニングと形質転換体による発現
(1)mRNAの調製
Mucor prainii NISL0103をマルツエキス培地(・・・)3mLに接種し、2日、30℃で振とう培養した。この培養液を濾紙濾過し、菌糸体を回収した。得られた菌糸を液体窒素中で凍結させ、乳鉢を用いて菌糸を粉砕した。次いで、ISOGEN(ニッポンジーン社製)を用いて、本キットのプロトコールに従って、粉砕した菌体からmRNAを得た。
(2)GDH部分アミノ酸配列の決定
実施例2より得られたMpGDHをスーパーセップエース10-20%(和光純薬工業社製)に供し、電気泳動を行った。電気泳動後のゲルをQuick-CBB(和光純薬工業社製)を用いて染色し、当該酵素の分子量に相当するバンド部分を切り出した。切り出したゲル断片を外部機関に委託し、その中に含まれるタンパク質の内部アミノ酸配列情報を取得した。その結果、得られたアミノ酸配列は、LVENFTPPTPAQIE(配列番号5)およびIRNSTDEWANYY(配列番号6)であった。
(3)GDH遺伝子配列の決定
上記の部分アミノ酸配列情報に基づき、ミックス塩基を含有するディジェネレートプライマー(プライマーの一例を配列番号7(フォワードプライマー)、配列番号8(リバースプライマー)に示す)を作製した。・・・上記(1)にて調製したMucor prainii NISL0103のmRNAをテンプレートとし、PrimeScript RT-PCR Kit(タカラバイオ社製)を用いて、本キットのプロトコールに従ってRT-PCRを行った。逆転写反応には本キット付属のオリゴdTプライマーを、PCRによるcDNA増幅には配列番号7、8に示すディジェネレートプライマーを用いた。反応液をアガロースゲル電気泳動に供したところ、800bp程度の長さに相当するシングルバンドが確認された。このバンドに含まれる増幅DNA断片を精製し、Ligation Convenient Kit(ニッポンジーン社製)を用いて、pT7Blue(ノバジェン社製)に前記増幅DNA断片をライゲーションすることにより、組換えプラスミドpTMGD-1を構築した。
次いで、得られたpTMGD-1を用い、公知のヒートショック法により大腸菌JM109コンピテントセル(ニッポンジーン社製)を形質転換した。得られた形質転換体からGenElute Plasmid Miniprep Kit(シグマ社製)を用いてプラスミドを抽出・精製し、プラスミド中に含まれる前記増幅DNA断片の塩基配列を決定した(767bp)。
得られた前記増幅DNA断片の配列情報を元に、3'-Full RACE Core Set(タカラバイオ社製)を用いて3'側のGDH遺伝子未知領域を、また、5'-Full RACE Core Set(タカラバイオ社製)を用いて5'側のGDH遺伝子未知領域を決定した。いずれも各キットのプロトコールに従い、3'-Full RACE Core Setでは本キット付属の3サイトアダプタープライマーおよび配列番号9に示すプライマーを用い、また、5'-Full RACE Core Setでは配列番号10、11、12、13、14に示すプライマーをそれぞれ用いた。前記の方法に従って得られた複数のプラスミド中に含まれるDNA断片の塩基配列解析を行った結果、配列番号2および配列番号4に示す全鎖長1926bpのMucor prainii NISL0103由来GDH遺伝子配列が明らかとなった。当該遺伝子配列により予測した当該酵素遺伝子のアミノ酸配列を配列番号1および配列番号3に示す。」(段落[0081]?[0085])

(2) 甲第2号証
ア 請求の範囲
(ア) 請求項1
「以下の(i)から(iv)の性質:
(i)作用:電子受容体存在下でグルコース脱水素酵素活性を示す、
(ii)分子量:タンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約80kDaである、
(iii)基質特異性:D-グルコースに対する反応性に対して、マルトース、及びD-ガラクトース、及びD-キシロースに対する反応性が低い、
(iv)50℃、15分間の熱処理において50%以上の残存活性を有する、
を備えるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。」(46ページ2?11行)
(イ) 請求項2
「配列番号1または配列番号3で示されるアミノ酸配列、または該アミノ酸配列と85%以上同一なアミノ酸配列、または該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなる請求項1記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。」(46ページ12?16行)

イ 明細書
(ア) 技術分野
「本発明は、新規なフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造法およびそれに用いる酵母形質転換体に関する。」(段落[0001])
(イ) 発明を実施するための最良の形態
「上記のような方法で製造されたフラビン結合型GDHは、夾雑糖化合物の存在下においても正確にグルコース量を測定できることから、グルコースセンサなどへの応用・実用化に好適に用いることができる。」(段落[0044])
(ウ) 実施例7
(Mucor属由来フラビン結合型GDH遺伝子のクローニングと酵母形質転換体の作製)
(1)mRNAの調製
Mucor prainii NISL0103をマルツエキス培地(・・・)3mLに接種し、2日、30℃で振とう培養した。この培養液を濾紙濾過し、菌糸体を回収した。得られた菌糸を液体窒素中で凍結させ、乳鉢を用いて菌糸を粉砕した。次いで、ISOGEN(ニッポンジーン社製)を用いて、本キットのプロトコールに従って、粉砕した菌体からmRNAを得た。
(2)GDH部分アミノ酸配列の決定
実施例2より得られたMpGDHをスーパーセップエース10-20%(和光純薬工業社製)に供し、電気泳動を行った。電気泳動後のゲルをQuick-CBB(和光純薬工業社製)を用いて染色し、当該酵素の分子量に相当するバンド部分を切り出した。切り出したゲル断片を外部機関に委託し、その中に含まれるタンパク質の内部アミノ酸配列情報を取得した。その結果、得られたアミノ酸配列は、LVENFTPPTPAQIE(配列番号5)およびIRNSTDEWANYY(配列番号6)であった。
(3)GDH遺伝子配列の決定
上記の部分アミノ酸配列情報に基づき、ミックス塩基を含有するディジェネレートプライマー(プライマーの一例を配列番号7(フォワードプライマー)、配列番号8(リバースプライマー)に示す)を作製した。・・・上記(1)にて調製したMucor prainii NISL0103のmRNAをテンプレートとし、PrimeScript RT-PCR Kit(タカラバイオ社製)を用いて、本キットのプロトコールに従ってRT-PCRを行った。逆転写反応には本キット付属のオリゴdTプライマーを、PCRによるcDNA増幅には配列番号7、8に示すディジェネレートプライマーを用いた。反応液をアガロースゲル電気泳動に供したところ、800bp程度の長さに相当するシングルバンドが確認された。このバンドに含まれる増幅DNA断片を精製し、Ligation Convenient Kit(ニッポンジーン社製)を用いて、pT7Blue(ノバジェン社製)に前記増幅DNA断片をライゲーションすることにより、組換えプラスミドpTMGD-1を構築した。
次いで、得られたpTMGD-1を用い、公知のヒートショック法により大腸菌JM109コンピテントセル(ニッポンジーン社製)を形質転換した。得られた形質転換体からGenElute Plasmid Miniprep Kit(シグマ社製)を用いてプラスミドを抽出・精製し、プラスミド中に含まれる前記増幅DNA断片の塩基配列を決定した(767bp)。
得られた前記増幅DNA断片の配列情報を元に、3'-Full RACE Core Set(タカラバイオ社製)を用いて3'側のGDH遺伝子未知領域を、また、5'-Full RACE Core Set(タカラバイオ社製)を用いて5'側のGDH遺伝子未知領域を決定した。いずれも各キットのプロトコールに従い、3'-Full RACE Core Setでは本キット付属の3サイトアダプタープライマーおよび配列番号9に示すプライマーを用い、また、5'-Full RACE Core Setでは配列番号10、11、12、13、14に示すプライマーをそれぞれ用いた。前記の方法に従って得られた複数のプラスミド中に含まれるDNA断片の塩基配列解析を行った結果、配列番号2および配列番号4に示す全鎖長1926bpのMucor prainii NISL0103由来GDH遺伝子配列が明らかとなった。当該遺伝子配列により予測した当該酵素遺伝子のアミノ酸配列を配列番号1および配列番号3に示す。」(段落[0085]?[0089])

(3) 甲第3号証
ア 特許請求の範囲
(ア) 請求項1
「フラビン化合物を補酵素とする可溶性のグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)を含む組成物において、該酵素と該酵素の基質とならない糖類、またはアミノ酸類、より選ばれるいずれか1つ以上の化合物を共存させる工程を含む、該化合物を共存させない場合と比べてGDHの安定性を向上させる方法。」
(イ) 請求項3
「添加する化合物がトレハロース、マンノース、メレジトース、グルコン酸ナトリウム、グルクロン酸ナトリウム、ガラクトース、メチル-α-D-グルコシド、シクロデキストリン、α-D-メリビオース、スクロース、セロビオース、グリシン、アラニン、セリン、BSA、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、クエン酸三ナトリウム、硫酸アンモニウム、コハク酸、マロン酸、グルタル酸、アラビノース、ソルビタン、2-デオキシ-D-グルコース、キシロース、フルクトース、アスパラギン酸ナトリウム、グルタミン酸、フェニルアラニン、プロリン、リジン塩酸塩、サルコシン、タウリンからなる群より選ばれるいずれか1つ以上であることを特徴とする請求項1?2に記載の熱安定性を向上させる方法。」
(ウ) 請求項5
「請求項1?4のいずれかに記載の方法により熱安定性が向上した、可溶性GDHを含む組成物。」
(エ) 請求項8
「請求項5?7の組成物を用いるグルコース濃度の測定方法。」
(オ) 請求項9
「請求項5?7の組成物を含むグルコースセンサ。」

イ 発明の詳細な説明
(ア) 「・・・特許文献1に記載のFADGDHの熱安定性は50℃、15分処理で89%程度の活性残存率であると書かれている。
しかし、これは、あくまでも野生株から培養、精製して得られた酵素標品での結果であり、我々が検討したところ、該酵素の大腸菌組換え体においては、酵素表面に多糖が付加されておらず、著しく熱安定性が低下することがわかった。
我々がアスペルギルス・オリゼ株から取得したFADGDHと、アスペルギルス・オリゼのFADGDH遺伝子を大腸菌で発現して取得したFADGDH組換え体(AOGDH)の熱安定性を比較したところ、同じ、50℃、15分処理において、前者は約77%の活性を維持していたが、後者のrFADGDHでは、約13%の活性しか維持できていなかった。
また、我々はアスペルギルス・テレウス株(NBRC 33026)から取得したFADGDHと、アスペルギルス・テレウスのFADGDH遺伝子を大腸菌で発現して取得したFADGDH組換え体(ATGDH)の熱安定性を比較したところ、同じ、50℃、15分処理において、前者は約90%の活性を維持していたが、後者のrFADGDHでは、約2%の活性しか維持できていなかった。
血糖センサ用チップの作製工程においては、加熱乾燥処理を施す場合があり、組換え体を利用する場合には、大幅な熱失活をおこす危険性があり、熱安定性を向上させる必要があった。」(段落【0006】?【0007】)
(イ) 「本発明によるGDH組成物の安定性の向上は、グルコース測定試薬、グルコースアッセイキット及びグルコースセンサ作製時の酵素の熱失活を低減して、該酵素の使用量低減や測定精度の向上を可能にする。また、保存安定性の優れたGDH組成物を用いた血糖値測定試薬の提供を可能にする。」(段落【0011】)
(ウ) 「本発明の方法に適用することができる、補酵素としてFADをとるGDH(FAD結合型GDH)としては、特に限定されるものではないが、例えば、真核生物の範疇に属する糸状菌のペニシリウム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属などの微生物に由来するものが挙げられる。」(段落【0014】)
(エ) 実施例
a 試験例1:FAD依存型GDH活性の測定方法
「本発明において、FAD依存型GDHの活性測定は以下の条件で行う。
<試薬>
50mM PIPES緩衝液pH6.5(0.1%TritonX-100を含む)
163mM PMS溶液
6.8mM 2,6-ジクロロフェノールインドフェノール(DCPIP)溶液
1M D-グルコース溶液
上記PIPES緩衝液15.6ml、DCPIP溶液0.2ml、D-グルコース溶液4mlを混合して反応試薬とする。
<測定条件>
反応試薬3mlを37℃で5分間予備加温する。GDH溶液0.1mlを添加しゆるやかに混和後、水を対照に37℃に制御された分光光度計で、600nmの吸光度変化を5分記録し、直線部分から1分間あたりの吸光度変化(ΔOD_(TEST))を測定する。盲検はGDH溶液の代わりにGDHを溶解する溶媒を試薬混液に加えて同様に1分間あたりの吸光度変化(ΔOD_(BLANK))を測定する。これらの値から次の式に従ってGDH活性を求める。ここでGDH活性における1単位(U)とは、濃度200mMのD-グルコース存在下で1分間に1マイクロモルのDCPIPを還元する酵素量として定義している。
活性(U/ml)=
{-(ΔOD_(TEST)-ΔOD_(BLANK))×3.0×希釈倍率}/{16.3×0.1×1.0}
なお、式中の3.0は反応試薬+酵素溶液の液量(ml)、16.3は本活性測定条件におけるミリモル分子吸光係数(cm^(2)/マイクロモル)、0.1は酵素溶液の液量(ml)、1.0はセルの光路長(cm)を示す。」(段落【0047】?【0048】)

b 実施例5:糸状菌由来グルコースデヒドロゲナーゼ組換え体標品の調製
「アスペルギルス・オリゼTI株(土壌より入手し定法に従ってL乾燥菌株とし保管していたものを使用した。以下これをアスペルギルス・オリゼTI株と呼ぶ。)、および、アスペルギルス・テレウスNBRC33026株の菌体よりmRNAを調製し、cDNAを合成した。配列番号3,4、および、配列番号7,8に示す4種類のオリゴDNAを合成し、夫々のmRNAから調製した夫々のcDNAをテンプレートとしてKOD-Plus(東洋紡績製)を用いてアスペルギルス・オリゼ、および、アスペルギルス・テレウスのGDH(AOGDH)遺伝子を増幅した。DNA断片を制限酵素NdeI、BamHIで処理し、pBluescript(LacZの翻訳開始コドンatgに合わせNdeI認識配列のatgを合わせる形でNdeIサイトを導入したもの)NdeI-BamHIサイトに挿入し、2種類の組換えプラスミド(pAOGDH,pATGDH)を構築した。これらの組換えプラスミドを、コンピテントハイ DH5α(東洋紡績製)を用いて夫々導入した。常法に従いプラスミドを抽出し、AOGDH遺伝子、および、ATGDHの塩基配列の決定を行った(配列番号1、5)。cDNA配列から推定されるアミノ酸配列は、アスペルギルス・オリゼで593アミノ酸(配列番号2)、および、アスペルギルス・テレウスで568アミノ酸(配列番号6)であった。・・・
これら形質転換体をTB培地(2.4%酵母エキス、1.2%ポリペプトン、1.25%リン酸1水素2カリウム、0.23%リン酸2水素1カリウム、0.4%グリセロール、50μg/mlアンピシリンナトリウム、pH7.0)にて10L-ジャーファーメンターを用いて培養温度25℃、通気量2L/分、攪拌回転速度170rpmで48時間培養した。
培養菌体を遠心分離で集めた後、50mMのリン酸バッファー(pH5.5)に660nmでの菌体濁度が約50となるように懸濁し、65MPaの圧力でホモジナイザー破砕を行った。破砕液を遠心分離して得た上清に終濃度9%となるようポリエチレンイミンを添加することで核酸等を沈殿させ、遠心分離して上清を得た。これに硫酸アンモニウムを飽和量溶解させて目的タンパク質を沈殿させ、遠心分離で集めた沈殿を50mMのリン酸バッファー(pH5.5)に再溶解させた。そしてG-25セファロースカラムによるゲルろ過、Octyl-セファロースカラムおよびPhenyl-セファロースカラムによる疎水クロマト(溶出条件は共に25%飽和?0%の硫酸アンモニウム濃度勾配をかけてピークフラクションを抽出)を実施し、さらにG-25セファロースカラムによるゲルろ過で硫酸アンモニウムを除去しGDH組換え体標品を調製した。」(段落【0049】)

c 実施例7:グルコース測定系を用いた各種安定化剤のFADGDH熱安定化効果の検討
「検討は、先述の試験例1のFADGDH活性の測定方法に準じて行った。
まず、実施例5で所得したアスペルギルス・オリゼ由来FADGLD組換え体標品(rAOFADGDH)を約2U/mlになるように酵素希釈液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH5.5)、0.1% TritonX-100)にて溶解したものを50ml用意した。この酵素溶液0.9mlに、表1記載に各種安定化剤を夫々の終濃度となるように添加して、合計容量を1.0mlとしたものを2本用意した。また、コントロールには、各種化合物の代わりに蒸留水0.1mlを添加したものを2本用意した。
2本のうち、1本は4℃で保存し、もう1本は、50℃、15分間処理を施した。処理後、夫々のサンプルのFADGDH活性を測定した。各々、4℃で保存したものの酵素活性を100として、50℃、15分間処理後の活性値を比較して活性残存率(%)として算出した。
これらの検討の結果、FADGDHの基質とならない糖類やある種のアミノ酸類を添加することにより、FADGDHの熱安定性が増大することが明らかとなった(表1)。
アミノ酸類よりも糖類の方が高い熱安定化効果が見られ、その中でも、トレハロース、マンノース、グルコン酸ナトリウム、ガラクトース、メチル-α-D-グルコシド、α-D-メリビオースで高い効果が見られた。
【表1】

」(段落【0051】?【0052】)

d 実施例13:グルコース測定系を用いた各種安定化剤のFADGDH熱安定化効果の検討
「検討は、先述の試験例1のFADGDH活性の測定方法に準じて行った。
まず、実施例5で所得したアスペルギルス・テレウス由来FADGLD組換え体標品(rATFADGDH)を約2U/mlになるように酵素希釈液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH5.5)、0.1% TritonX-100)にて溶解したものを50ml用意した。この酵素溶液0.9mlに、表1記載に各種安定化剤を夫々の終濃度となるように添加して、合計容量を1.0mlとしたものを2本用意した。また、コントロールには、各種化合物の代わりに蒸留水0.1mlを添加したものを2本用意した。
2本のうち、1本は4℃で保存し、もう1本は、50℃、15分間処理を施した。処理後、夫々のサンプルのFADGDH活性を測定した。各々、4℃で保存したものの酵素活性を100として、50℃、15分間処理後の活性値を比較して活性残存率(%)として算出した。
これらの検討の結果、FADGDHの基質とならない糖類やある種のアミノ酸類を添加することにより、FADGDHの熱安定性が増大することが明らかとなった(表9、表10)。
アミノ酸類よりも糖類の方が高い熱安定化効果が見られ、その中でも、トレハロース、マンノース、メレジトース、グルコン酸ナトリウム、グルクロン酸ナトリウム、ガラクトース、メチル-α-D-グルコシド、α-D-メリビオース、スクロース、グリシン、アラニン、セリン、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、クエン酸三ナトリウム、硫酸アンモニウム、コハク酸、マロン酸、グルタル酸、アラビノース、ソルビタン、2-デオキシ-D-グルコース、キシロース、フルクトース、アスパラギン酸ナトリウム、グルタミン酸、フェニルアラニン、プロリン、リジン塩酸塩、サルコシン、タウリンで高い効果が見られた。
・・・
【表10】

」(段落【0065】?【0067】)

4 引用発明、並びに本件訂正発明1と引用発明の対比
前記3(1)より、甲1には、Mucor prainii NISL0103より得た配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するFAD-GDHが記載されており、当該GDHは正確にグルコース量を測定できるものである。そうしてみると、甲1には、Mucor prainii NISL0103に由来する配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するFAD-GDHを含むグルコース測定用組成物についての発明(以下、この発明を「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。また、同様に、甲2にも、Mucor prainii NISL0103に由来する配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するFAD-GDHを含むグルコース測定用組成物についての発明(以下、この発明を「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。(以下、甲1発明及び甲2発明をまとめて引用発明という場合がある。)
甲1発明における配列番号3で示されるアミノ酸配列及び甲2発明における配列番号3で示されるアミノ酸配列は、本件訂正発明1における配列番号1で示されるアミノ酸配列と一致する(注:このアミノ酸配列のことを「本件アミノ酸配列」という。)。そうしてみると、両者は、本件アミノ酸配列からなるか、又はケカビ属に由来するFAD-GDHを含む組成物である点において一致し、本件訂正発明1は、当該組成物に、安定化剤として、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物(以下、これらの化合物のことを「本件安定化剤化合物」という。)を共存させる工程を含む、FAD-GDHの安定性を向上させる方法であるのに対して、引用発明では、安定化剤として本件安定化剤化合物をFAD-GDHに共存させるものではない点において相違する。

5 判断
(1) 平成30年3月15日付け取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
上記取消理由は、平成29年12月22日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に係る発明は、甲第1、3及び4号証に記載された発明に基き、容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものであり、具体的には、FAD-GDHを含むグルコース測定用組成物についての発明である甲1発明に、甲3や甲4に示されたトレハロース、シクロデキストリン、スクロース、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、クエン酸三ナトリウム又はクエン酸水素二アンモニウム、硫酸アンモニウムより選ばれるいずれか1つ以上の化合物を添加することにより、当該FAD-GDHの熱安定性を向上させることを想到するのは、当業者であれば格別の創意を要するものとは認められないというものである。
しかし、本件訂正により、FAD-GDHを含む組成物に、トレハロース、シクロデキストリン、スクロース、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、クエン酸、硫酸アンモニウムから選択される1種または2種以上の化合物を共存させる方法は削除された。したがって、本件訂正発明が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。

(2) 平成29年10月31日付け取消理由通知に記載した取消理由について
ア 特許法第29条第2項について
上記取消理由は、訂正前の請求項1ないし6に係る発明は、甲第1?4、6、7、10及び11号証に記載された発明に基き、容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。
しかし、甲3及び4には、アルギニン、オルニチン、キシリトール、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸及びリンゴ酸がFAD-GDHの安定性を向上させることの具体例は示されていないところ、本件特許の明細書(以下、単に「本件明細書」という。)の表1ないし4には、これらの化合物がケカビ属由来の配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるFAD-GDHの安定性を向上させたことが示されている。また、リジン、グリシン、グルタミン酸及びグルコン酸について、甲3の表1にはアスペルギルス・オリゼ由来FAD-GDHの安定性を向上させた結果が、甲3の表10にはアスペルギルス・テレウス由来FAD-GDHの安定性を向上させた結果が記載されているものの、これらの結果は、本件明細書の表1ないし3に示されたケカビ属由来の配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるFAD-GDHの安定性を向上させた結果と比較して劣るものである。
そうしてみると、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ属に由来するFAD-GDHを含む組成物に、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸及びキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を共存させることにより、FAD-GDHの安定性を向上させる本件訂正発明が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。

イ 特許法第36条第4項第1号及び第6項第1号について
上記取消理由は、訂正前の請求項1ないし6に係る特許は、その発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、また、その特許請求の範囲の記載が同法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるというものであって、具体的には、ケカビ属由来のFAD-GDHには、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるFAD-GDHとは、分子表面の状態が類似しないものがある(甲12)ところ、タンパク質の熱安定性には、溶媒と接するタンパク質分子の表面の状態が重要であるということが本件特許の出願時の技術常識であったというのであれば、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるFAD-GDHと分子表面の状態が類似しないケカビ属由来のFAD-GDHについては、実施可能要件及びサポート要件を満たさないというものである。
ここで、特許異議申立人自身は、特許権者が審査の過程で主張した、タンパク質の熱安定性には、タンパク質が変性する前のタンパク質分子の表面の状態が重要であるということが技術常識であることは認めておらず、タンパク質の安定化の程度は、タンパク質と接する溶媒の要因によって決まる旨を主張しているところ、甲6及び7を検討しても、これらの証拠のみでは、タンパク質の安定化では、タンパク質分子の表面の状態が重要であるのか、又は、溶媒によって決まるのかは不明である。このように、タンパク質の熱安定性には溶媒と接するタンパク質分子の表面の状態が重要であるということが技術常識として確立していたということはできないので、上記理由はその前提を欠くものであり、この理由によって本件特許を取り消すことはできない。

(3) 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人は、甲5を副引用例とした場合又は甲6ないし9のいずれかを副引用例とした場合にも、本件訂正発明に係る特許を取り消すべきものである旨を主張する。
ア 甲5を副引用例とした場合について
甲5には、安定化剤を用いて溶液中で酵素を安定化せしめる方法であって、酵素がグルコースデヒドロゲナーゼで安定化剤がグリシン又はアルギニンである場合について記載されている(請求項1、実施例5)が、甲5に記載された酵素は、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を補酵素とするグルコースデヒドロゲナーゼ、すなわち、フラビン結合グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)であるかは不明であるし、ケカビ属に由来するグルコースデヒドロゲナーゼであるかについても不明である。そうしてみると、引用発明に甲5の記載を組み合わせることにより、本件訂正発明が進歩性を欠くということはできない。

イ 甲6ないし9のいずれかを副引用例とした場合について
甲6には、ショ糖の添加により蛋白質の変性や酵素の失活が防止できることが古くから知られていると記載されており(1115ページ右欄2?4行)、また、甲8には、タンパク質水溶液の安定剤としてトレハロース又はショ糖などの水置換用の糖が記載されている(段落【0005】)が、本件訂正により、ショ糖(スクロース)及びトレハロースは削除されている。
甲7には、グルコン酸を含む一群のカルボン酸化合物と物理的・化学的特性の異なる5種のタンパク質(RNase A、シトクロムc、トリプシンインヒビター、ミオグロビン、リゾチウム)の実験結果を基に、「用いられるタンパク質にかかわらず、全体としての疎水性及び電荷のようなタンパク質のいくつかの物理化学的性質は、これらのカルボン酸塩の存在下で、全体的な熱安定性につながる代償的役割を果たすようである。」と記載されている(231ページ左欄45?49行)。しかし、例えば、前記(2)アのとおり、FAD-GDHの安定化にグルコン酸を使用した場合であっても、酵素の由来によっては安定化効果が異なることからも理解できるように、甲7に記載された一群のカルボン酸化合物であればいかなるタンパク質に対しても優れた安定化効果を示すということはできない。
甲9の特許請求の範囲には、安定化すべきタンパク質を第1安定化剤及び第2安定化剤と組み合わせることにより、タンパク質の温度安定化溶液又はゲルを得る方法が記載されているが、本件訂正発明は、1種の安定化剤で安定化を達成する方法である。
したがって、引用発明に甲6ないし9の記載を組み合わせることにより、本件訂正発明が進歩性を欠くということはできない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件訂正発明に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件訂正発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ(Mucor)属に由来するフラビン結合グルコースデヒドロゲナーゼ(FAD-GDH)を含む組成物において、安定化剤として、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を共存させる工程を含む、FAD-GDHの安定性を向上させる方法。
【請求項2】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ(Mucor)属に由来するFAD-GDHおよび、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を含むグルコース測定用組成物。
【請求項3】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるか、又はケカビ(Mucor)属に由来するFAD-GDHと、アミノグアニジン、アルギニン、リジン、オルニチン、グリシン、グルタミン酸、シトラコン酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、グルコン酸並びにこれらの塩化合物、およびキシリトールから選択される1種または2種以上の化合物を共存させることを特徴とする、グルコース測定用組成物の製造方法。
【請求項4】
請求項2記載の組成物を用いるグルコース濃度の測定方法。
【請求項5】
請求項2記載の組成物を含むグルコースアッセイキット。
【請求項6】
請求項2記載の組成物を含むグルコースセンサー。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-08-14 
出願番号 特願2012-157019(P2012-157019)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C12N)
P 1 651・ 536- YAA (C12N)
P 1 651・ 537- YAA (C12N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 良子  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 高堀 栄二
大宅 郁治
登録日 2017-03-03 
登録番号 特許第6101011号(P6101011)
権利者 キッコーマン株式会社
発明の名称 フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含む組成物の安定性を向上する方法  
代理人 特許業務法人 津国  
代理人 特許業務法人津国  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ