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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01F
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01F
管理番号 1344865
異議申立番号 異議2018-700435  
総通号数 227 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-11-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-05-29 
確定日 2018-09-14 
異議申立件数
事件の表示 特許第6237853号発明「軟磁性合金」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6237853号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6237853号の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成28年9月30日に特許出願され、平成29年11月10日に特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、平成30年5月29日に特許異議申立人 古川 慎二 により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明

特許第6237853号の請求項1ないし5に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明5」という。)は、それぞれ、特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(なお、下記のA?Nの項目は、当審が付したものであり、特許異議申立書の「3.(4)ア」と同様である。)

「【請求項1】
A Feを主成分とする軟磁性合金であって、
B 前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
C 前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
D 互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、
E 仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする
F 軟磁性合金。
【請求項2】
G 前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下である
H 請求項1に記載の軟磁性合金。
【請求項3】
I 距離が4nm以上16nm以下である前記仮想線の存在割合が80%以上である
J 請求項1または2に記載の軟磁性合金。
【請求項4】
K 前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合が25vol%以上50vol%以下である
L 請求項1?3のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項5】
M 前記Fe組成ネットワーク相の含有体積割合が30vol%以上40vol%以下である
N 請求項1?4のいずれかに記載の軟磁性合金。」


第3 申立理由の概要

特許異議申立人 古川 慎二 (以下、「異議申立人」という。)は、以下の5点の理由を申し立て、本件特許発明1ないし5に係る特許を取り消すべきものである旨を主張している。

1.特許法第29条第1項第3号について(同法第113条第2号)
本件特許発明1?5は、甲第1号証?甲第4号証の少なくとも1つに記載された発明である。(以下、「理由1」という。)

2.特許法第29条第2項について(同法第113条第2号)
本件特許発明1?5は、甲第1号証?甲第4号証の少なくとも1つに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。(以下、「理由2」という。)

3.特許法第36条第6項第1号について(同法第113条第4号)
本件特許発明1?5は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。(以下、「理由3」という。)

4.特許法第36条第6項第2号について(同法第113条第4号)
本件特許発明1?5は、明確でない。(以下、「理由4」という。)

5.特許法第36条第4項第1号について(同法第113条第4号)
本願特許明細書は、当業者が本件特許発明1ないし5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。(以下、「理由5」という。)


第4 甲第1号証ないし甲第4号証の記載内容

(1)異議申立人が証拠として提出した甲第1号証(「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の磁気特性の熱処理による変化」、日本金属学会誌 第55巻 第5号、1991年5月20日発行、p.588-595)には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ア.「このような背景から著者らはFe基の軟磁性合金の開発を進めてきた結果、ごく最近超微結晶粒組織からなる新軟磁性合金「ファインメット」を開発することに成功した」(第588ページ左欄10-13行目)
イ.「本論文では,合金組成としてファインメット合金の中でも軟磁性特性に優れたFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金の磁気特性の熱処理依存性について報告する」(第588ページ右欄第11-13行目)
ウ.「アモルファス合金薄帯はFe-Cu-Nb-Si-B系溶融合金をスリット状のノズルから同合金製の冷却ロール直上に噴出し,大気中で超急冷凝固させることによって作成した」(第588ページ右欄第17-19行目)
エ.「次に、この合金薄帯を外系19mm、内径15mmのトロイダル状の巻磁心としたあと、窒素ガス雰囲気中で熱処理を行った。」(第588ページ右欄第21行目-第589ページ左欄第1行目)
オ.第589ページに記載のFig.1ないしFig.3には、Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金を、約840Kで1時間熱処理した場合の保磁力Hcが約0.6A・m^(-1)、周波数1kHzでの透磁率μ_(r)が約16×10^(4)、であることが図示されている。

上記アないしオによれば、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金を冷却ロール直上に噴出し,大気中で超急冷凝固されることによってアモルファス合金薄帯を作成し、窒素ガス雰囲気中で熱処理を行ったFe基の軟磁性合金であり、温度約840Kで1時間熱処理した場合の保磁力Hcが約0.6A・m^(-1)、周波数1kHzでの透磁率μ_(r)が約16×10^(4)であるFe基の軟磁性合金」

(2)異議申立人が証拠として提出した甲第2号証(特開2007-270271号公報)には、図面とともに以下の事項が記載されている。

カ.「従来から知られている非晶質合金を熱処理しナノ結晶化させ製造した代表的なナノ結晶軟磁性合金であるFe_(bal.)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)(原子%)合金(比較例2)」(段落【0024】)
キ.段落【0025】の表1には、「比較例2」の保磁力Hc(A/m)が0.5、周波数1kHzの透磁率μ_(1k)が120000であることが記載されている。

上記カ、キによれば、甲第2号証には以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。

「非晶質合金を熱処理しナノ結晶化させ製造した代表的なナノ結晶軟磁性合金であるFe_(bal.)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金であり、保磁力Hc(A/m)が0.5、周波数1kHzの透磁率μ_(1k)が120000である軟磁性合金」

(3)異議申立人が証拠として提出した甲第3号証(「(Fe-Cu_(1)-Nb_(3))-Si-B擬三元系超微結晶合金の磁気特性と磁場中熱処理による磁気特性の改善」、日本応用磁気学会誌 Vol.13 No.2、1989年4月30日発行、p.231-236)には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ク.「筆者らは、最近CuとNbを複合添加したFe_(bal.)Si_(13.5)B_(9)系アモルファス合金を結晶化することにより、超微細結晶粒からなる軟磁性合金「ファインメット」を作成した」(第231ページ左欄第18行目)
ケ.「実験に用いた(Fe-Cu_(1)-Nb_(3))-Si-B系アモルファス合金は単ロール法により作成した」
コ.「次にこの合金薄帯をトロイダル状に巻き、外径19mm、内径15mmの巻磁心を作成し、窒素ガス雰囲気中で623Kから923Kの温度範囲を約20K間隔で1時間熱処理した」
サ.第235ページのFig.13には、「Frequency dependence of relative permeability for "FINEMET" Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9) alloy」(当審仮約:”ファインメット”Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9) 合金の比透磁率の周波数依存性)が示されており、図中の「No-Field Anneal」(無磁場中熱処理)の場合の比透磁率について、周波数1kHzにおいて約1×10^(5)であり、周波数1MHzにおいて約3×10^(3)であることが示されている。
シ.第236ページのTable1には、「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9) (M)」において、保磁力Hcが0.53A/mであり、周波数1kHzにおける比透磁率μ_(1k)が10.0×10^(4)であることが示されている。

上記クないしシによれば、甲第3号証には以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されている。
「単ロール法で作成したアモルファス合金を窒素ガス雰囲気中で623Kから923Kの温度範囲を約20K間隔で1時間熱処理したFe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9) 合金であって、無磁場中熱処理の場合の比透磁率について、周波数1kHzにおいて約1×10^(5)であり、周波数1MHzにおいて約3×10^(3)であるとともに、保磁力Hcが0.53A/mである軟磁性合金」

(4)異議申立人が証拠として提出した甲第4号証(「Handbook of Magnetic Materials, Volume 10」、North Holland、1997年7月22日発行、p.415,455-457)には、図面とともに以下の事項が記載されている。(各摘示に続けて括弧書きにより当審訳を付した。)

ス.「NANOCRYSTALLINE SOFT MAGNETIC ALLOYS」(第415ページ表題)
(ナノ結晶軟磁性合金)
セ.「Frequency dependence of permeability, |μ|, and the relative loss factor, μ"/|μ|^(2), for nanocrystalline Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7) and comparable, low remanence soft magnetic materials used for common mode choke cores. 」(第455ページFig.4.2)
(コモンモードチョークコアに用いられる低残留磁束密度軟磁性材料である、ナノ結晶Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7) 及び比較材料における、透磁率|μ|及び相対損失係数μ"/|μ|^(2)の周波数依存特性。)
ソ.第455ページFig.4.2には、「nanocrystalline Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7)」の透磁率|μ|は、周波数1kHzの場合には約1×10^(5)であり、周波数1MHzの場合には9×10^(3)であることが示されている。
タ.「The low coercivity of typically Hc < 0.5-1 A/m furthermore minimizes the contribution of hysteresis loss and, thus, also guarantees lowest total losses at time frequency and below.」(第456ページ第18行目-第457ページ第2行目)
(典型的にHc < 0.5-1 A/mである低い保磁力は、ヒステリシス損失の寄与を更に最小化し、このようにして、ライン周波数以下における最低損失も補償される。)

上記スないしタによれば、甲第4号証には以下の発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されている。
「周波数1kHzの場合の透磁率が約1×10^(5)であり、周波数1MHzの場合の透磁率が9×10^(3)であり、保磁力が、Hc < 0.5-1 A/mである、Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7)ナノ結晶軟磁性合金」


第5 当審の判断

1.申立ての理由1及び理由2について

(1)本件特許発明1と甲1発明との対比・判断

ア.対比

本件特許発明1と、甲1発明とを対比する。

・甲1発明の「Fe基の軟磁性合金」は、本件特許発明の「Feを主成分とする軟磁性合金」に相当する。
・本件特許発明1では、「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、仮想線平均距離が6nm以上12nm以下である」ことを特定するのに対して、甲1発明では、その旨の特定がされていない。

よって、本件特許発明1と甲1発明とは、以下の点で一致ないし相違する。

<一致点>
「Feを主成分とする軟磁性合金」

<相違点1>
本件特許発明1が、
「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、
仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする」
ものであるの対して、甲1発明にはその旨の特定がされていない点。

イ.判断

上記相違点1について検討すると、甲第1号証には、上記相違点1については記載も示唆もされていないから、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であるということはできない。また、上記相違点1は、甲第1号証の記載から自明な事項ではなく、また、本件特許出願時に周知の技術でもないから、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

異議申立人は異議申立書において、
「本件特許明細書の表1中、要件B?Eを満足する実施例(試料No.3?6、8、9、21?14、及び18?21)では、保磁力が1.0A/m以下であることを満足し(具体的には保磁力が0.73?0.96A/mとなっており)、透磁率μr(1kHz)が9.0×10^(4)以上であることを満足している(具体的には、透磁率μr(1kHz)が101000?118000となっている)。
上記表1中、要件B?Eの少なくとも1つを満足しない比較例では、保磁力が1.0A/m以下であることも、透磁率μr(1kHz)が9.0×10^(4)以上であることも満足していない。」、
「以上の本件特許明細書の記載全体(実施例及び比較例の結果を含む)からみて、Fe:73.5原子%、Si:13.5原子%、B:9.0原子%、Nb:3.0原子%、Cu:1.0原子%の合金(即ち、Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金)において、保磁力が1.0A/m以下であり、かつ、透磁率μr(1kHz)が9.0×10^(4)以上である場合(本件特許明細書の段落0095参照)には、要件B?Eを満足する蓋然性が高い。」
と主張したうえで、Feを主成分とする軟磁性合金であり、「保磁力Hcが約0.6A/mであり、かつ、1kHzの比透磁率μrが約16×10^(4)」である甲1号発明は、要件B?Eを満足する蓋然性が高いと主張している。

しかしながら、本件特許明細書には、要件B?Eを満足する軟磁性合金であれば、好ましい保磁力、透磁率を有することについては記載されているといえるが、好ましい保磁力、透磁率を有する軟磁性合金であれば、必ず要件B?Eを満足することを示すような記載はない。

ここで、本件特許明細書には「非晶質である薄帯に対して後述する熱処理を施すことにより、上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる」(段落【0065】)と記載されており、具体的には、単ロール法を用いて非晶質の薄帯を作成した場合においては、概ね500?600℃の熱処理温度および概ね0.5?10時間の熱処理時間で熱処理(段落【0070】)を行うこと、または、ガスアトマイズ法で粉体を作成した場合においては、概ね500?600℃の熱処理温度および概ね0.5?10分の熱処理時間で熱処理(段落【0074】)を行うことにより、好ましいFe組成ネットワーク相を有する軟磁性合金を製造している。
さらに、本件特許明細書には「本発明者らは、ロール33の温度およびチャンバー35内部の蒸気圧を適切に制御することで、熱処理前の軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなり、熱処理後に好ましいFe組成ネットワーク相を得られやすくなることを見出した」(段落【0067】)、「本発明者らは、ロール33の温度を50?70℃と従来の単ロール法より高温にし、さらにチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属32が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを見出した」、「また、蒸気圧が高くなると熱処理前の薄帯を非晶質にしにくくなり、非晶質になっても、後述する熱処理後に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得にくくなる」(段落【0068】)と記載されており、また、本件特許明細書の表1(特に、試料No.2、17、22ないし25を参照)には、熱処理前の薄帯が非晶質であり、概ね500?600℃の熱処理温度および概ね0.5?10時間の熱処理時間で熱処理を行ったものであっても、非晶質薄帯を作成する際のロールの温度やチャンバー内の蒸気圧が上記の適切な範囲ではない場合には、好適なFe組成ネットワーク相が得られなかった比較例が記載されている。
よって、これらの記載を総合して勘案すると、要件B?Eを満足するためには、非晶質の薄帯や粉体に対して本件特許明細書に記載の熱処理温度および熱処理時間の範囲で熱処理を行うことのみならず、非晶質の薄帯や粉体を作成する際のロールの温度やガス噴射温度、および、チャンバー内部の蒸気圧を適切に制御することも必要な要素であると認められるところ、
軟磁性合金の製造方法の観点から甲1発明を検討すると、甲1発明では、非晶質合金を作成する際のロールの温度やガス噴射温度、チャンバー内部の蒸気圧については何ら特定されておらず、特別に制御する旨の特定もされていない。
よって、本願特許明細書に記載された実施例と同一の成分からなり、本願特許明細書に記載された好ましい保磁力、透磁率と同等の保磁力、透磁率を有する甲1号発明の軟磁性合金であっても、熱処理を行う前のアモルファス合金薄帯を作成する際のロールの温度、および、チャンバー内部の蒸気圧についてなんら特定されていない甲1発明では、必ずしも本件特許1の要件B?Eを満足する蓋然性が高いとは言えない。

また、異議申立人は、好ましい保磁力、透磁率を有する軟磁性合金であれば、必ず要件B?Eを満足することになるという合理的な根拠及び証拠を具体的に示しているわけでもない。
よって、当該主張は採用できない。

(2)本件特許発明1と甲2発明との対比・判断

ア.対比
本件特許発明1と、甲2発明とを対比する。

・甲2発明の「ナノ結晶軟磁性合金であるFe_(bal.)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9)合金」は、本件特許発明の「Feを主成分とする軟磁性合金」に相当する。
・本件特許発明1では、「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、仮想線平均距離が6nm以上12nm以下である」ことを特定するのに対して、甲2発明では、その旨の特定がされていない。

よって、本件特許発明1と甲2発明とは、以下の点で一致ないし相違する。

<一致点>
「Feを主成分とする軟磁性合金」

<相違点1>
本件特許発明1が、
「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、
仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする」
ものであるの対して、甲2発明にはその旨の特定がされていない点。

イ.判断

上記相違点について検討すると、甲第2号証には、上記相違点1については記載も示唆もされていないから、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明であるということはできない。また、上記相違点1は、甲第2号証の記載から自明な事項ではなく、また、本件特許出願時に周知の技術でもないから、甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

一方、異議申立人は異議申立書において、「(1)イ.」で前述した甲1発明と同様に、Feを主成分とする軟磁性合金であり、「保磁力Hc(A/m)が0.5、周波数1kHzの透磁率μ_(1k)が120000」である甲2発明は、要件B?Eを満足する蓋然性が高いと主張しているが、軟磁性合金の製造方法の観点から甲2発明を検討すると、非晶質合金を作成する際のロールの温度やガス噴射温度、チャンバー内部の蒸気圧については何ら特定されておらず、特別に制御する旨の特定もされていない甲2発明では、甲1発明と同様に、必ずしも本件特許1の要件B?Eを満足する蓋然性が高いとは言えない。
よって、当該主張は採用できない。

(3)本件特許発明1と甲3発明との対比・判断

ア.対比

本件特許発明1と、甲3発明とを対比する。

・甲3発明の「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(13.5)B_(9) 合金」である「軟磁性合金」は、本件特許発明の「Feを主成分とする軟磁性合金」に相当する。
・本件特許発明1では、「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、仮想線平均距離が6nm以上12nm以下である」ことを特定するのに対して、甲3発明では、その旨の特定がされていない。

よって、本件特許発明1と甲3発明とは、以下の点で一致ないし相違する。

<一致点>
「Feを主成分とする軟磁性合金」

<相違点1>
本件特許発明1が、
「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、
仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする」
ものであるの対して、甲3発明にはその旨の特定がされていない点。

イ.判断

上記相違点について検討すると、甲第3号証には、上記相違点1については記載も示唆もされていないから、本件特許発明1は、甲第3号証に記載された発明であるということはできない。また、上記相違点1は、甲第3号証の記載から自明な事項ではなく、また、本件特許出願時に周知の技術でもないから、甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

一方、異議申立人は異議申立書において、「(1)イ.」で前述した甲1発明と同様に、軟磁性合金であり、「周波数1kHzにおいて約1×10^(5)であり、周波数1MHzにおいて約3×10^(3)であるとともに、保磁力Hcが0.53A/m」である甲3発明は、要件B?Eを満足する蓋然性が高いと主張しているが、軟磁性合金の製造方法の観点から甲3発明を検討すると、単ロール法でアモルファス合金を作成する際のロールの温度、チャンバー内部の蒸気圧については何ら特定されておらず、特別に制御する旨の特定もされていない甲3発明では、甲1発明と同様に、必ずしも本件特許1の要件B?Eを満足する蓋然性が高いとは言えない。
よって、当該主張は採用できない。

(4)本件特許発明1と甲4発明との対比・判断

ア.対比

本件特許発明1と、甲4発明とを対比する。

・甲4発明の「Fe_(73.5)Cu_(1)Nb_(3)Si_(15.5)B_(7)ナノ結晶軟磁性合金」は、本件特許発明の「Feを主成分とする軟磁性合金」に相当する。
・本件特許発明1では、「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、仮想線平均距離が6nm以上12nm以下である」ことを特定するのに対して、甲4発明では、その旨の特定がされていない。

よって、本件特許発明1と甲14発明とは、以下の点で一致ないし相違する。

<一致点>
「Feを主成分とする軟磁性合金」

<相違点1>
本件特許発明1が、
「前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり、
仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする」
ものであるの対して、甲4発明にはその旨の特定がされていない点。

イ.判断

上記相違点について検討すると、甲第4号証には、上記相違点1については記載も示唆もされていないから、本件特許発明1は、甲第4号証に記載された発明であるということはできない。また、上記相違点1は、甲第4号証の記載から自明な事項ではなく、また、本件特許出願時に周知の技術でもないから、甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

一方、異議申立人は異議申立書において、「(1)イ.」で前述した甲1発明と同様に、軟磁性合金であり、「周波数1kHzの場合の透磁率が約1×10^(5)であり、周波数1MHzの場合の透磁率が9×10^(3)であり、保磁力が、Hc < 0.5-1 A/m」である甲4発明は、要件B?Eを満足する蓋然性が高いと主張しているが、軟磁性合金の製造方法の観点から甲4発明を検討すると、軟磁性合金の作成方法、および熱処理の方法のいずれも特定されておらず、特別に制御する旨の特定もされていない甲4発明では、甲1発明と同様に、必ずしも本件特許1の要件B?Eを満足する蓋然性が高いとは言えない。
よって、当該主張は採用できない。

(5)本件特許発明2ないし5について

本件特許発明2ないし5は、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明であるということはできない。また、甲第1号証ないし甲第4号証のいずれかに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。


(6)まとめ

以上のとおりであるから、本件特許発明1ないし5に係る特許は、特許法第29条第1項および同法29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。


2.申立ての理由3ないし理由5についての当審の判断

異議申立人は、申立ての理由3ないし5について、異議申立書の「3.(4)(エ-1)ないし(エ-5)」において具体的に述べているので、当該「3.(4)(エ-1)ないし(エ-5)」の主張に沿って判断する。

(1)異議申立書の「3.(4)(エ-1)」について

異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-1-1)」として、
「合金組成が合金の特性に多大な影響を及ぼすと言う技術常識を勘案すれば、合金組成が特定されていない本件特許発明1?5の範囲には、明らかに、課題(保磁力の低減及び透磁率の向上)を解決できない態様が包含されている。」(36ページ)
「従って、表2及び表3中の各比較例の組成を有する態様をも包含している本件特許発明の1?5の範囲にまで、本件特許明細書に記載された内容を拡張ないし一般化できるとは言えない。」、「以上の理由により、実施例の組成以外の組成(例えば、表2及び表3中の各比較例の組)を有する態様をも包含する本件特許発明1?5は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないため、特許法第36条第6項第1号の要件に違背する」(37ページ)と主張している。

本件特許発明1ないし5の課題は、本件特許明細書の段落【0006】に記載されているように保磁力が低く、かつ、透磁率が高い軟磁性合金を提供することであり、同じく段落【0052】ないし【0053】に記載されているように、軟磁性合金1μm^(3)あたりの仮想線合計距離が10mm?25mmであり仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であるFe組成ネットワーク相を有することにより、当該課題を解決しているものである。
そして、本件特許明細書の表1ないし表3には、前記Fe組成ネットワーク相を有する軟磁性合金の組成として複数種類の組成が実施例として記載されている。
また、本件特許明細書の表1ないし表3には、課題を解決できていない比較例も記載されているが、当該比較例はそもそも前記Fe組成ネットワーク相を有するものではない。

したがって、本件特許明細書には、発明の課題を解決するための手段である前記Fe組成ネットワーク相を有する合金組成として、Feを主成分とする合金が複数種類開示されていることから、合金組成について「Feを主成分とする」点のみ限定している本件特許発明1ないし5の範囲にまで、本件特許明細書に記載された内容を拡張ないし一般化できないとまでは言えない。

よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

また、異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-1-2)」として、
「本件特許明細書には、本件特許発明1?5のうち、実施例の組成以外の組成(例えば、表2及び表3中の各比較例の組成)を有する態様の具体例が一切記載されていない。従って、当業者が本件特許明細書を参照しても、本件特許発明1?5に係る軟磁性合金であって、実施例の組成以外の組成(例えば、表2及び表3中の各比較例の組成)を有する態様の軟磁性合金を実施することができない。
従って、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、実施例の組成以外の組成(例えば、表2及び表3中の各比較例の組)を有する態様をも包含する本件特許発明1?5を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えないので、特許法第36条第4項第1号の要件に違背する。」(37ページ)
と主張している。

しかし、特許明細書において発明の実施例を説明する場合は、一般に、当該実施例の説明内容を参考として、当該発明が規定する構成要件を満たすものを実施することができ、かつ、当該発明がその課題ないしは作用効果を達成していること確認できる程度に説明されていれば足りるのであり、当該発明が包含する全ての諸元を詳細に説明する必要があるとまでは言えない。
したがって、本件特許発明1?5に包含される全ての合金組成について具体的に説明される必要があると主張するかのような、異議申立人の前記主張は採用できない。
そして、本件特許明細書には、実施例として本件特許発明1の要件B?Eを満足した軟磁性合金として、複数の合金組成について具体的に説明されているから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は本件特許発明1ないし5に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないとまではいえない。

よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(2)異議申立書の「3.(4)(エ-2)」について

異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-2-1)」として、
「本件特許発明1の範囲には、本件特許発明2における要件G(「前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下である」)を満足しない態様も包含されている。
その一方で、本件特許明細書に記載された実施例は、いずれも要件G(「前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下である」)を満足している。本件特許明細書には、要件Gを満足しない実施例が存在しない。
かかる本件特許明細書に記載からは、当業者であっても、要件Gを満足しない態様をも包含する本件特許発明1の全範囲において課題(保磁力の低減及び透磁率の向上)を解決できるかどうかを理解することができない。従って、要件Gを満足しない態様をも包含する本件特許発明1の範囲にまで、本件特許明細書に記載された内容を拡張ないし一般化できるとは言えない。
従って、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないため、特許法第36条第6項第1号の要件に違背する」(38ページ)
と主張している。

たしかに、異議申立人の主張するように、本件特許明細書の表1ないし表3には、本件特許発明1の要件B?Eを満足するものについては、本件特許発明2の要件Gも満足するものしか記載されていない。しかしながら、本件特許明細書の段落【0054】には「好ましくは、前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下である」(下線は当審において付与した。)と記載されており、当該記載によれば、本件特許発明2の要件Gは、本件特許発明の課題を解決するための必須事項ではなく、任意事項であると解釈できる。そして、本件特許明細書には、本件特許発明の課題を解決するための条件として、本件特許発明2の要件Gが必須事項であることを示す記載、例えば要件B?E(特に要件D、E)を満足するものの、要件Gを満足しない場合には、課題を解決できない(好ましい保磁力、透磁率を得られない)ことを示す記載がなされているわけでもない。また、異議申立人は、要件B?Eを満足する一方、要件Gを満足しない場合には、本件特許明細書に記載の好ましい保磁力、透磁率を得ることが不可能であるという合理的な根拠及び証拠を具体的に示していない。
従って、要件Gを満足しない態様をも包含する本件特許発明1の範囲にまで、本件特許明細書に記載された内容を拡張ないし一般化することはできないとはいえない。

よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

また、異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-2-2)」として、
「本件特許明細書には、本件特許発明1のうち、要件Gを満足しない態様の具体例が一切記載されていない。従って、当業者が本件特許明細書を参照しても、本件特許発明1に係る軟磁性合金のうち、要件Gを満足しない態様の軟磁性合金を実施することができない。
従って、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、要件Gを満足しない態様をも包含する本件特許発明1を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えないので、特許法第36条第4項第1号の要件に違背する。」(38ページ)
と主張している。

しかし、特許明細書において発明の実施例を説明する場合は、一般に、当該実施例の説明内容を参考として、当該発明が規定する構成要件を満たすものを実施することができ、かつ、当該発明がその課題ないしは作用効果を達成していること確認できる程度に説明されていれば足りるのであり、当該発明が包含する全ての諸元を詳細に説明する必要があるとまでは言えない。
したがって、本件特許発明1に包含される全ての要件について具体的に説明される必要があると主張するかのような、異議申立人の前記主張は採用できない。
そして、本件特許明細書には、実施例として本件特許発明1の要件を満足した軟磁性合金として、複数の実施例について具体的に説明されているから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は本件特許発明1に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないとまではいえない。

よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(3)異議申立書の「3.(4)(エ-3)」について

異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-3-1)」として、
「本件特許発明1の範囲には、本件特許発明3における要件I(距離が4nm以上16nm以下である前記仮想線の存在割合が80%以上である)を満足しない態様も包含されている。
その一方で、本件特許明細書に記載された実施例は、いずれも上記要件Iを満足している。本件特許明細書には、要件Iを満足しない実施例が存在しない。
かかる本件特許明細書の記載からは、当業者であっても、要件Iを含まない態様をも包含する本件特許発明1の全範囲において、課題(保磁力の低減及び透磁率の向上)を解決できるかどうかを理解することができない。従って、本件特許明細書に記載された内容を、要件Iを含まない態様をも包含する本件特許発明1の範囲にまで、拡張ないし一般化できるとは言えない。
従って、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないため、特許法第36条第6項第1号の要件に違背する」(39ページ)
と主張している。

たしかに、異議申立人の主張するように、本件特許明細書の表1ないし表3には、本件特許発明1の要件B?Eを満足するものについては、本件特許発明3の要件Iも満足するものしか記載されていない。しかしながら、本件特許明細書の段落【0055】には「好ましくは、距離が4nm以上16nm以下である前記仮想線の存在割合が80%以上である」(下線は当審において付与した。)と記載されており、当該記載によれば、本件特許発明3の要件Iは、本件特許発明の課題を解決するための必須事項ではなく、任意事項であると解釈できる。そして、本件特許明細書には、本件特許発明の課題を解決するための条件として、本件特許発明3の要件Iが必須事項であることを示すような記載、例えば要件B?E(特に要件D、E)を満足するものの、要件Iを満足しない場合には、課題を解決できない(好ましい保磁力、透磁率を得られない)ことを示す記載がなされているわけでもない。また、異議申立人は、要件B?Eを満足する一方、要件Iを満足しない場合には、本件特許明細書に記載の好ましい保磁力、透磁率を得ることが不可能であるという合理的な根拠及び証拠を具体的に示していない。
従って、要件Iを満足しない態様をも包含する本件特許発明1の範囲にまで、本件特許明細書に記載された内容を拡張ないし一般化することはできないとはいえない。

よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

また、異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-3-2)」として、
「本件特許明細書には、本件特許発明1のうち、要件Iを満足しない態様の具体例が一切記載されていない。従って、当業者が本件特許明細書を参照しても、本件特許発明1に係る軟磁性合金のうち、要件Iを満足しない態様の軟磁性合金を実施することができない。
従って、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、要件Iを満足しない態様をも包含する本件特許発明1を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えないので、特許法第36条第4項第1号の要件に違背する。」(38ページ)
と主張している。

しかし、特許明細書において発明の実施例を説明する場合は、一般に、当該実施例の説明内容を参考として、当該発明が規定する構成要件を満たすものを実施することができ、かつ、当該発明がその課題ないしは作用効果を達成していること確認できる程度に説明されていれば足りるのであり、当該発明が包含する全ての諸元を詳細に説明する必要があるとまでは言えない。
したがって、本件特許発明1に包含される全ての要件について具体的に説明される必要があると主張するかのような、異議申立人の前記主張は採用できない。
そして、本件特許明細書には、実施例として本件特許発明1の要件を満足した軟磁性合金として、複数の実施例について具体的に説明されているから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は本件特許発明1に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないとまではいえない。

よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(4)異議申立書の「3.(4)(エ-4)」について

異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-4-1)」として、
「本件特許発明1?5における、「仮想線合計距離」、「仮想線平均距離」、「仮想線の距離の標準偏差」等の算出値は、Feを主成分とする軟磁性合金の技術分野における一般的な物理量からの算出される値とは認められない。それにもかかわらず、本件特許発明1?5では、これらの算出値の算出手法(解析プログラム等)が一切特定されていない。
これらの測定条件、算出方法が特定されていない条件の下では、測定条件、算出方法の如何によっては、各要件を満足したりしなかったりする場合がありえる。また、仮に、各要件の算出値を、段落0035に記載されているように「3次元アトムプローブ」(3DAP)を用いて厚み5nmで観察したと解したとしても、3次元アトムプローブの測定条件、算出方法次第では、同一の軟磁性合金であっても、各要件を満足したりしなかったりする場合が有り得る。従って、本件特許発明1?5の各々は、発明の外延が不明確である。
また、本件特許明細書の記載からは、当業者であっても、どのようにして本件特許発明1?5の各算出値を算出するのかを理解することができない。仮に「3次元アトムプローブ」(3DAP)を用いて厚み5nmで観察したと解したとしても、本件特許明細書の記載からは、当業者であっても、3次元アトムプローブの測定条件として、どのような条件を選択すればよいのかを理解することができない。
従って、本件特許明細書は、当業者が本件特許発明1?5に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えない。」
と主張すると共に、異議申立書の「3.(4)(エ-4-2)」として、
「本件特許発明1?5のうち、上述した各物性値の測定条件を特定しない態様については、当業者で当ても、どのようにして各物性値を測定するのかを理解することができない。
仮に、各物性値を「3次元アトムプローブ」(3DAP)を用いて厚み5nmで観察したと解したとしても、当技術分野において、これらの各要件の算出値(「仮想線合計距離」、「仮想線平均距離」等)は一般的な物理量からの算出される値とは認められないので、3DAPを用いてこれらの算出値を算出するための測定条件及び算出方法が一般的に確立されているとは認められない。
従って、本件特許明細書の記載からは、当業者であっても、3DAPを用い、各算出値を具体的にどのようにして算出するのか(例えば、3DAPから得られるどのようなデータに基づいて、更にどのような解析プログラムによって各算出値を算出するのかといった算出条件、3DAPの測定装置(製造社名及び型式)、3DAPの測定モード、測定温度、等)を理解することはできない。」
「従って、本件特許明細書は、当業者が本件特許発明1?5にかかる発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えない。」(41-42ページ)
と主張している。

しかしながら、本件特許発明1ないし5は、発明特定事項の数値範囲が具体的に特定されており、発明特定事項の記載自体は明確であり、発明の範囲(外延)も明確に特定できるものである。

次に、本件特許明細書に記載された、本件特許発明1?5における、「仮想線合計距離」、「仮想線平均距離」、「仮想線の距離の標準偏差」等の算出算出方法について以下に検討する。
本件特許明細書には、以下の事項が記載されている。
a.「本実施形態に係る軟磁性合金のFe濃度分布を3次元アトムプローブ(以下、3DAPと表記する場合がある)を用いて厚み5nmで観察すると図1のようにFe含有量が高い部分がネットワーク状に分布している状態が観察できる。」(段落【0035】)
b.「1辺の長さが40nmの立方体を測定範囲とし、当該立方体を1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッドごとに分割する。」(段落【0040】)
c.「各グリッドに含まれるFe含有量を評価する。」、「全てのグリッドにおけるFe含有量の平均値(以下、閾値と表記することがある)を算出する。当該Fe含有量の平均値は、各軟磁性合金の平均組成から算出される値と実質的に同等な値となる。」(段落【0041】)
d.「Fe含有量が閾値を超えるグリッドであり、全ての隣接グリッドのFe含有量以上のFe含有量であるグリッドを極大点とする。」(段落【0042】)
e.「測定範囲に含まれる全極大点10a間を結ぶ線分を生成する。また、この線分が仮想線である。仮想線を結ぶ際には、各グリッドの中心と中心とを結ぶ。」(段落【0045】)
f.「閾値よりも高いFe含有量である領域(=Fe組成ネットワーク相)20aおよび閾値以下のFe含有量である領域20bを区分けする。」(段落【0046】)
g.「測定範囲内に残った仮想線の長さを合計することで仮想線合計距離を算出する。さらに、仮想線の本数を算出し、仮想線1本当たりの距離である仮想線平均距離を算出する。」(段落【0049】)

上記aないしgによると、3次元アトムプローブは、各グリッドのFe含有量の測定にのみ用いられており、測定によって得られた含有量は、軟磁性合金の平均組成から算出される値と実質的に同等な値である閾値を超えるか否か、および、隣接するグリッドのFe含有量以上であるか否か、という程度の判定に用いられているものと認められる。また、仮想線の長さは、Fe含有量の測定に基づいて極大点と判断された各グリッド間の距離を数学的に計算することにより算出しているものと認められる。そして、そもそも「3次元アトムプローブ」は、原子レベルで原子の種類と位置を分析する装置として知られている(例えば、本件特許出願以前に公開された、特開2015-158006号公報の段落【0012】には「さらに、パーライト鋼中の微細な析出粒子を3次元アトムプローブ(3DAP)によって調べ、磨耗特性との関係を調べた。この方法は、鋼レールの構成原子を1個1個カウントし、元素種を割り出し、同時に鋼材中の存在位置を原子間隔レベルの空間分解能をもって調べることができるため、微細な析出物であっても観察することができる。」、特開2011-184795号公報の段落【0038】には「また、3DAPは、試料から放出される原子の種類と位置とを同時に分析可能であるため、原子の集合体の構造解析上、非常に有効な手段となる。このため、公知技術として、前記した通り、磁気記録膜や電子デバイスあるいは鋼材の組織分析などに使用されている。」と記載されている。)のであるから、各グリッドのFe含有量が平均値を超えるか否か、および、隣接するグリッドのFe含有量以上であるか否か、という程度の判定を行うにあたっての3次元アトムプローブの測定条件は、当業者にとって通常想定される条件に過ぎないものと解され、具体的な測定条件が開示されていないからといって、前記判定を行うことができないとまではいえない。
そして、「仮想線合計距離」、「仮想線平均距離」等は、前記判定(Fe含有量の測定)の結果に基づいて算出される仮想線の長さを用いて数学的に明確に計算可能なものであるから、それらの算出方法が特定されていないとはいえない。

よって、本件特許明細書は、当業者が本件特許発明1?5について、実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないとまでいうことはできない。
よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(5)異議申立書の「3.(4)(エ-5)」について

異議申立人は、異議申立書の「3.(4)(エ-5)」として、
「実施例の単ロール法におけるその他の条件(例えば、冷却ロールの半径、冷却ロールの回転速度、ノズルから吐出される合金溶湯の吐出流量、ノズルと冷却ノズル表面とのギャップ、等)が開示されていない。その他の条件は、本件特許の出願人が保有する製造装置に特有の条件と認められる。従って、ロール温度及びチャンバー内蒸気圧を特定しただけでは製造条件の開示が不十分であり、その他の条件の開示が無いことには、当業者であっても、これらの実施例の合金薄帯を製造することができない。」(42ページ)
「本件特許明細書には、これらの実施例のガスアトマイズ法のその他の条件が開示されていない。その他の条件は、本件特許の出願人が保有する製造装置に特有の条件と認められる。従って、ガス温度及びチャンバー内蒸気圧を特定しただけでは製造条件の開示が不十分であり、その他の条件の開示が無いことには、当業者であっても、これらの実施例の合金粉体を製造することができない。
以上の理由により、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えないので、特許法第36条第4項第1号の要件に違背する。」(42-43ページ)
と主張している。

しかし、本件特許明細書には、
「軟磁性合金の製造方法には特に限定はない。例えば単ロール法により本実施形態に係る軟磁性合金の薄帯を製造する方法がある。」(段落【0060】)
「また、本実施形態に係る軟磁性合金を得る方法として、上記した単ロール法以外にも、例えば水アトマイズ法またはガスアトマイズ法により本実施形態に係る軟磁性合金の粉体を得る方法がある。」(段落【0071】)
と記載されており、本願実施例に係る軟磁性合金の製造方法として、任意の製造方法が採用しえることが示唆されている。
そして、単ロール法については、
「ここで、本発明者らは、ロール33の温度およびチャンバー35内部の蒸気圧を適切に制御することで、熱処理前の軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなり、熱処理後に好ましいFe組成ネットワーク相を得られやすくなることを見出した。具体的には、ロール33の温度を50?70℃、好ましくは70℃とし、露点調整を行ったArガスを用いてチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下、好ましくは4hPa以下とすることにより、軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなることを見出した。
」(段落【0067】)
「従来、単ロール法においては、冷却速度を向上させ、溶融金属32を急冷させることが好ましいと考えられており、溶融金属32とロール33との温度差を広げることで冷却速度を向上させることが好ましいと考えられていた。そのため、ロール33の温度は通常、5?30℃程度とすることが好ましいと考えられていた。しかし、本発明者らは、ロール33の温度を50?70℃と従来の単ロール法より高温にし、さらにチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属32が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを見出した。なお、チャンバー内部の蒸気圧の下限は特に存在しない。露点調整したアルゴンを充填して蒸気圧を1hPa以下にしてもよく、真空に近い状態として蒸気圧を1hPa以下にしてもよい。また、蒸気圧が高くなると熱処理前の薄帯を非晶質にしにくくなり、非晶質になっても、後述する熱処理後に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得にくくなる。」(段落【0068】)
と記載されており、また、ガスアトマイズ法については、
「このとき、ガス噴射温度を50?100℃とし、チャンバー内の蒸気圧4hPa以下とすることで、最終的に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。」(段落【0073】)
と記載されている。
これらの記載内容を総合すると、本願特許明細書には、好ましいFe組成ネットワーク相を得るための軟磁性合金の製造条件については、溶融金属が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくするために、ロールの温度ないしはガス噴射温度、及び、チャンバー内蒸気圧を適切な値とすることが必要である点は明らかであるものの、その他に必須の製造条件が存在するとまではいえない。
そして、異議申立人が主張するような単ロール法におけるその他の条件(例えば、冷却ロールの半径、冷却ロールの回転速度、ノズルから吐出される合金溶湯の吐出流量、ノズルと冷却ノズル表面とのギャップ、等)やガスアトマイズ法におけるその他の条件については、一般的に単ロール法やガスアトマイズ法を用いる際に当業者が適宜決定し得る事項であり、これらの条件が開示されていなければ、当業者が単ロール法やガスアトマイズ法を用いて軟磁性合金の薄帯を製造することが不可能となるような条件であるとまではいえない。
よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(6)まとめ

以上のとおり、異議申立書の「3.(4)(エ-1)ないし(エ-5)」の何れの主張も採用することはできないから、本件特許発明1ないし5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号、同法第36条第6項第2号、および、同法第36条第4項第1号の規定に違反してされたものであるということはできない。


第6 むすび

以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1ないし5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-09-03 
出願番号 特願2016-194609(P2016-194609)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H01F)
P 1 651・ 537- Y (H01F)
P 1 651・ 121- Y (H01F)
P 1 651・ 113- Y (H01F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 池田 安希子堀 拓也田中 崇大  
特許庁審判長 井上 信一
特許庁審判官 関谷 隆一
田中 慎太郎
登録日 2017-11-10 
登録番号 特許第6237853号(P6237853)
権利者 TDK株式会社
発明の名称 軟磁性合金  
代理人 前田・鈴木国際特許業務法人  
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