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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C09D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09D
管理番号 1344869
異議申立番号 異議2018-700637  
総通号数 227 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-11-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-07-31 
確定日 2018-10-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6272449号発明「水系顔料分散体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6272449号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6272449号の請求項1?10に係る特許についての出願は、平成28年12月15日を出願日(優先権主張 平成27年12月28日 日本国)として特許出願され、平成30年1月12日に特許権の設定登録がされ、その後、平成30年7月31日に特許異議申立人簑さくら(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明

本件特許の請求項1?10に係る発明(以下、請求項1?10に係る発明を項番に対応して「本件発明1」、「本件発明1」に対応する特許を「本件特許1」などどいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
顔料をポリマー分散剤で水系媒体に分散させた水系顔料分散体であって、該ポリマー分散剤がカルボキシ基を有する水不溶性ポリマーであり、
該カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーが、カルボキシ基含有モノマー由来の構成単位と芳香族基含有モノマー由来の構成単位を含有するビニル系ポリマーであり、
該カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価が200mgKOH/g以上320mgKOH/g以下であり、
該カルボキシ基のうち少なくとも一部がアルカリ金属水酸化物で中和されており、かつ該カルボキシ基の一部が水不溶性多官能エポキシ化合物と反応させて得られる架橋構造を有し、下記条件1及び2を満たす水系顔料分散体。
条件1:〔(100-中和度-架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が32mgKOH/g以上130mgKOH/g以下である。
条件2:〔(中和度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が48mgKOH/g以上144mgKOH/g以下である。
ここで、中和度は「アルカリ金属水酸化物のモル当量数/水不溶性ポリマーのカルボキシ基のモル当量数」、架橋度は「水不溶性多官能エポキシ化合物のエポキシ基のモル当量数/水不溶性ポリマーのカルボキシ基のモル当量数」である。
【請求項2】
さらに下記条件3を満たす、請求項1に記載の水系顔料分散体。
条件3:〔(架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が40mgKOH/g以上130mgKOH/g以下である。
【請求項3】
水不溶性ポリマーの数平均分子量が2,000以上20,000以下である、請求項1又は2に記載の水系顔料分散体。
【請求項4】
水不溶性多官能エポキシ化合物が、炭素数3以上8以下の炭化水素基を有する多価アルコールのグリシジルエーテル化合物である、請求項1?3のいずれかに記載の水系顔料分散体。
【請求項5】
カルボキシ基含有モノマーが、アクリル酸及びメタクリル酸から選ばれる1種以上である、請求項1?4のいずれかに記載の水系顔料分散体。
【請求項6】
インクジェット記録用である、請求項1?5のいずれかに記載の水系顔料分散体。
【請求項7】
下記工程1?4を有し、かつ工程1における水不溶性ポリマーの酸価及び中和度と、工程3における架橋度の関係が、下記条件1及び2を満たす水系インクの製造方法。
工程1:カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーをアルカリ金属水酸化物で中和する工程
ここで、該カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーは、カルボキシ基含有モノマー由来の構成単位と芳香族基含有モノマー由来の構成単位を含有するビニル系ポリマーであり、その酸価は200mgKOH/g以上320mgKOH/g以下である。
工程2:工程1で得られた水不溶性ポリマーと顔料を水系媒体中で混合して分散し、顔料水分散体Aを得る工程
工程3:工程2で得られた顔料水分散体Aを、水不溶性多官能エポキシ化合物で架橋処理し、水不溶性ポリマーが架橋された水系顔料分散体Bを得る工程
工程4:工程3で得られた水系顔料分散体Bと有機溶媒とを混合し、水系インクを得る工程
条件1:〔(100-中和度-架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が32mgKOH/g以上130mgKOH/g以下である。
条件2:〔(中和度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が48mgKOH/g以上144mgKOH/g以下である。
ここで、中和度は「アルカリ金属水酸化物のモル当量数/水不溶性ポリマーのカルボキシ基のモル当量数」、架橋度は「水不溶性多官能エポキシ化合物のエポキシ基のモル当量数/水不溶性ポリマーのカルボキシ基のモル当量数」である。
【請求項8】
さらに下記条件3を満たす、請求項7に記載の水系インクの製造方法。
条件3:〔(架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が40mgKOH/g以上130mgKOH/g以下である。
【請求項9】
工程1における水不溶性ポリマーのカルボキシ基の中和度が10モル%以上60モル%以下である、請求項7又は8に記載の水系インクの製造方法。
【請求項10】
工程3で架橋された水不溶性ポリマーの架橋度が5モル%以上80モル%以下である、請求項7?9のいずれかに記載の水系インクの製造方法。」

第3 申立理由の概要

特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要は、以下のとおりである。

1 特許法第29条第1項第3号及び同法同条第2項(以下「申立理由1」という。)

本件発明1?10は、本件特許出願日前に頒布された下記甲第1号証に記載された発明であるか、又は、下記甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号に該当するか、又は特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
よって、本件特許1?10は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

2 特許法第29条第2項(以下「申立理由2」という。)

本件発明1?10は、本件特許出願日前に頒布された下記甲第3号証に記載された発明及び甲1、5に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件特許1?10は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

3 特許法第29条第2項(以下「申立理由3」という。)

本件発明1?10は、本件特許出願日前に頒布された下記甲第4号証に記載された発明及び甲1、5に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件特許1?10は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。



甲第1号証:国際公開第2010/071177号
甲第3号証:特開2011-94034号公報
甲第4号証:特開2011-137102号公報
甲第5号証:特表2008-524369号公報
以下、甲第1号証等を、「甲1」などという。

なお、甲第2号証の国際公開第2018/074372号は、本件優先日後に出願されたものであるから、上記申立理由1での証拠として採用することはできない。

第4 当審の判断

1 甲各号証に記載の事項

(1)甲1に記載の事項
甲1には、次の記載がある。

「[0043]<第2発明>
第2発明は、高速印刷に対応した高印字濃度を発現するインクジェット記録用水分散体の製造方法、インクジェット記録用水分散体及び水系インクに関する。
本発明者は、着色剤分散体に水不溶性ポリマーエマルションを混合して分散処理することにより、普通紙に高速印字しても高印字濃度を発現することを見出した。
第2発明のインクジェット記録用水分散体の製造方法は、下記工程(I)?(III)を有することを特徴とする。
工程(I):着色剤分散体と有機溶媒を含む水不溶性ポリマーエマルジョンを混合する工程
工程(II):工程(I)で得られた混合物を分散処理し、着色剤に水不溶性ポリマー(y’)が付着した分散体を得る工程
工程(III):工程(II)で得られた分散体から有機溶媒を除去する工程
以下、第2発明に用いられる各成分、各工程等について説明する。
[0044]〔着色剤分散体〕
着色剤分散体は、少なくとも着色剤、水溶性ポリマー(x’)及び水を含む分散体であることが好ましく、これらの成分をメディア式分散機等を用いて分散した着色剤分散体であることが好ましく、メディア式分散機等を用いて分散した顔料分散体であることがより好ましい。
<着色剤>
着色剤としては、耐水性の観点から、顔料及び疎水性染料が挙げられ、中でも、近年要求が強い高耐候性を発現させるためには、顔料を用いるのが好ましい。顔料は、有機顔料及び無機顔料のいずれであってもよい。また、必要に応じて、それらに体質顔料を併用することもできる。」

「[0058]<水不溶性ポリマー(y’)>
水不溶性ポリマー(y’)は、印字濃度、分散安定性、吐出安定性等を向上させる観点から、水不溶性グラフトポリマーであって、主鎖が、少なくとも前記(a')成分由来の構成単位と前記(b')成分由来の構成単位を含むポリマー鎖であり、側鎖が、少なくとも(d')成分:疎水性モノマー由来の構成単位を含むポリマー鎖であるものが好ましい。
本発明においては、主鎖が、(a')成分由来の構成単位と(b')成分由来の構成単位を含有することで、優れた分散安定性及び保存安定性を発現することができると考えられる。
ここで、「水不溶性」とは、対象ポリマーの中和品を、温度25℃で水100gに溶解させたときに、その溶解量が10g以下、好ましくは5g以下、より好ましくは1g以下であることをいう。溶解量は、水不溶性ポリマー(y’)の塩生成基の種類に応じて、水酸化ナトリウム又は酢酸で100%中和した時の溶解量である。このような水不溶性ポリマー(y’)は、着色剤に対し好適な付着性、吸着性を発現する。
[0059] 主鎖中、(a')成分由来の構成単位は、塩生成基含有モノマーを重合することにより得られるものが好ましく、ポリマーの重合後、ポリマー鎖に塩生成基(アニオン性基、カチオン性基等)を導入してもよい。
塩生成基含有モノマーの具体例、好適例は前記と同じであり、アクリル酸又はメタクリル酸が好ましい。
また、(b')成分である式(1)で表されるモノマー具体例、好適例は前記と同じであり、スチレン、α-メチルスチレン及びビニルトルエンから選ばれる一種以上が好ましい。」

「[0066] 本発明で用いられる水不溶性ポリマー(y’)は、塩生成基含有モノマー由来の塩生成基を、後述する中和剤により中和して用いることが好ましい。中和剤としては、水不溶性ポリマー(y’)中の塩生成基の種類に応じて酸又は塩基を用いて中和することができ、塩酸、酢酸、プロピオン酸、リン酸、硫酸、乳酸、コハク酸、グリコール酸、グルコン酸、グリセリン酸等の酸、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリメチルアミン、トリエタノールアミン等の塩基が使用できる。
塩生成基の中和度は10?200%であることが好ましく、さらに20?150%、特に30?100%であることが好ましい。また、予備乳化時に過剰に中和した場合、濃縮工程により除去可能な中和剤を使用することにより、中和度の調整を行うこともできる。
中和度は、塩生成基がアニオン性基である場合、下記計算式(2)によって求めることができる。
{[中和剤の重量(g)/中和剤の当量]/[ポリマーの酸価(KOHmg/g)×ポリマーの重量(g)/(56×1000)]}×100 (2)
塩生成基がカチオン性基である場合、中和度は下記計算式(3)によって求めることができる。
[[中和剤の重量(g)/中和剤の当量]/[ポリマーのアミン価(HCLmg/g)×ポリマーの重量(g)/(36.5×1000)]]×100 (3)
酸価やアミン価は、水不溶性ポリマー(y’)の構成単位から算出することができるが、適当な溶剤(例えばメチルエチルケトン)にポリマーを溶解して、滴定する方法を用いて求めることもできる。
水不溶性ポリマーの酸価は分散安定性の観点から30(KOHmg/g)以上が好ましく、40(KOHmg/g)以上であることがより好ましい。また、高印字濃度を発現する観点からは200(KOHmg/g)以下であることが好ましく、150(KOHmg/g)以下であることがより好ましい。これらから水不溶性ポリマーの酸価は、30?200(KOHmg/g)が好ましく、40?150(KOHmg/g)が更に好ましい。」

「[0074] 前記工程(I)?(III)を有する方法により得られる水分散体は、着色剤に、水溶性ポリマー(x’)、水不溶性ポリマー(y’)が付着した粒子が水を主媒体とする中に分散した水分散体となっている。この水分散体は、着色剤が微粒化されているため着色剤の比表面積が大きく、かつ着色剤に水不溶性ポリマー(y’)が付着しているため、この水分散体を含むインクは印刷後に紙内部に浸透しにくく、紙表面に残留するため印字濃度が高まると考えられる。
・・・
[0075] 本発明の水分散体は、そのまま水系インクとして用いることができるが、高速用プリンターにおいては、そのインクとして分散安定性、連続印字における吐出安定性が特に重要となることから、安定性を向上するために、水溶性ポリマー(x’)及び/又は水不溶性ポリマー(y’)粒子を架橋剤を用いて架橋することが好ましい。
[0076]<架橋剤>
架橋剤としては、ポリマーを適度に架橋するため、分子中に2以上の反応性官能基を有する化合物が好ましい。該反応性官能基の数は、分子量を制御して保存安定性を向上する観点から、2?6が好ましい。反応性官能基としては、水酸基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、カルボキシ基、オキサゾリン基、及びイソシアネート基からなる群から選ばれる1以上が好ましく挙げられる。
本発明で用いられる架橋剤は、ポリマー、特に水不溶性ポリマー(y’)の表面を効率よく架橋する観点から、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下、より好ましくは40g以下、更に好ましくは30g以下である。また、その分子量は、反応のし易さ及び水分散体の保存安定性の観点から、好ましくは120?2000、より好ましくは150?1500、更に好ましい150?1000である。
[0077] 架橋剤の好適例としては、次の(a)?(c)が挙げられる。
(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物:例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセリントリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、水添ビスフェノールA型ジグリシジルエーテル等のポリグリシジルエーテル。
(b)分子中に2以上のオキサゾリン基を有する化合物:・・・
(c)分子中に2以上のイソシアネート基を有する化合物:・・・
これらの中では、(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましく、特にエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルが好ましい。
[0078]架橋剤の使用量は、水分散体の保存安定性の観点から、〔架橋剤/ポリマー〕の重量比で0.3/100?50/100が好ましく、1/100?40/100がより好ましく、2/100?30/100が更に好ましく、5/100?25/100が特に好ましい。
また、架橋剤の使用量は、該ポリマー1g当たりのアニオン性基量換算で、該ポリマーのアニオン性基0.1?20/mmol/gと反応する量であることが好ましく、0.5?15/mmol/gと反応する量であることがより好ましく、1?10mmol/gと反応する量であることが更に好ましい。
架橋ポリマーは、架橋ポリマー1g当たり、塩基で中和されたアニオン性基(特に好ましくはカルボキシ基)を0.5mmol/g以上含有することが好ましい。かかる架橋ポリマーは、水分散体中で解離して、アニオン同士の電荷反発により、着色剤を含有するアニオン性架橋ポリマー粒子の安定性に寄与すると考えられる。
ここで、下記計算式(5)から求められる架橋ポリマーの架橋率(モル%)は、好ましくは10?80モル%、より好ましくは20?70モル%、更に好ましくは30?60モル%である。架橋率は、架橋剤の使用量と反応性基のモル数、ポリマーの使用量と架橋剤の反応性基と反応できるポリマーの反応性基のモル数から計算で求めることができる。
架橋率(モル%)=[架橋剤の反応性基のモル数/ポリマーが有する架橋剤と反応できる反応性基のモル数]×100 (5)
計算式(5)において、「架橋剤の反応性基のモル数」とは、使用する架橋剤の重量を反応性基の当量で除した値である。即ち、使用する架橋剤のモル数に架橋剤1分子中の反応性基の数を乗じたものである。」

「[0078]製造例I-1(水不溶性ポリマー(2)の製造)
メタクリル酸((a)成分)21部、スチレンマクロマー(東亞合成株式会社製、商品名:AS-6S、固形分50%、(c)成分)20部(有効分として10部)、スチレン((b)成分)39部、フェノキシポリエチレングリコールポリプロピレングリコールモノメタクリレート(日油株式会社製、商品名:ブレンマー43PAPE-600B、エチレンオキシド平均付加モル数=6、プロピレンオキシド平均付加モル数=6、(d)成分)15部、ポリプロピレングリコールモノメタクリレート(日油株式会社製、商品名:ブレンマーPP-800、プロピレンオキシド平均付加モル数=13、(d)成分)15部、を混合し、モノマー混合液を調製した。
反応容器内に、メチルエチルケトン(以下、「MEK」という)10部、重合連鎖移動剤(2-メルカプトエタノール)0.025部、及び前記モノマー混合液の10%を入れて混合し、十分に窒素ガス置換を行い、混合溶液を得た。
一方、滴下ロートに、前記モノマー混合液の残りの90%、前記重合連鎖移動剤0.225部、MEK30部、及びラジカル重合開始剤(2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル))0.6部の混合液を入れ、反応容器内の前記モノマー混合液を攪拌しながら65℃まで昇温し、滴下ロート中の混合液を3時間かけて滴下した。滴下終了から65℃で2時間経過後、前記重合開始剤0.15部をMEK2.5部に溶解した溶液を加え、更に65℃で2時間、70℃で2時間熟成させ、さらにMEK57.5部加え、30分間攪拌し、水不溶性ポリマー(2)の溶液((a)/(b)/(c)/(d)=21/39/10/30(重量比)、固形分含有量40%、水不溶性ポリマー(2)の重量平均分子量:100000、水不溶性/水溶性比率=99.7/0.3)を得た。」

「請求の範囲
・・・
[請求項7]下記工程(I)?(III)を有するインクジェット記録用水分散体の製造方法。
工程(I):着色剤分散体と有機溶媒を含む水不溶性ポリマーエマルジョンを混合する工程
工程(II):工程(I)で得られた混合物を分散処理し、着色剤に水不溶性ポリマー(y’)が付着した分散体を得る工程
工程(III):工程(II)で得られた分散体から有機溶媒を除去する工程」

(2)甲3に記載の事項
甲3には、次の記載がある。

「【請求項1】
下記工程(I)?(III)を有するインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法。
工程(I):顔料、塩生成基を有する水溶性ポリマー(x)、塩生成基を有する水不溶性ポリマー(y)、有機溶媒、中和剤、及び水を含有する混合物を分散処理して、顔料分散体を得る工程
工程(II):工程(I)で得られた顔料分散体から有機溶媒を除去して、中和剤による全ポリマーの塩生成基の平均中和度が25?60モル%である、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程
工程(III):工程(II)で得られた水分散体に、中和剤を添加して、顔料水分散体を得る工程
・・・
【請求項6】
工程(II)で得られた水分散体に架橋剤を添加してポリマーを架橋し、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体を得る工程(IV)を有する、請求項1?5のいずれかに記載のインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法。
【請求項7】
請求項1?6のいずれかに記載の製造方法によって得られるインクジェット記録用顔料水分散体。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、保存安定性及び印字濃度に優れたインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法、インクジェット記録用顔料水分散体、及び水系インクを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、塩生成基を有する水溶性ポリマーと塩生成基を有する水不溶性ポリマーとの2種類を使用して、顔料を分散させて得られた水分散体であって、(1)中和剤を完全中和よりも比較的低い中和度になるように用いること、更に(2)得られた水分散体に中和剤を添加することにより、顔料水分散体及び水系インクの保存安定性が向上し、かつ印字濃度が高まることを見出した。
これは、中和剤を比較的低い中和度になるように用いることで水溶性ポリマーを顔料に吸着させることができ、更に、得られた水分散体に追加の中和剤を添加することで、比較的低い中和度にしたことにより生じたポリマー間の凝集を緩和でき、その結果、保存安定性と印字濃度とを向上させることができると考えられる。」

「【0016】
<塩生成基を有する水不溶性ポリマー(y)>
本発明に用いられる、塩生成基を有する水溶性ポリマー(x)(以下、単に「水溶性ポリマー(x)」ともいう)に特に制限はないが、顔料の分散を効率よく行う観点から、ビニル単量体の付加重合により得られるビニルポリマーが好ましく、(a)塩生成基含有モノマー(以下「(a)成分」ともいう)と(b)疎水性モノマー(以下「(b)成分」ともいう)とを含むモノマー混合物(以下、単に「モノマー混合物」ともいう)を共重合させてなるビニルポリマーがより好ましい。
水不溶性ポリマー(y)における(a)塩生成基含有モノマーとしては、カチオン性モノマー、アニオン性モノマーが挙げられる。塩生成基としては、カルボキシ基、スルホン酸基、リン酸基、アミノ基、アンモニウム基が好ましい。
水不溶性ポリマー(y)における(b)疎水性モノマーとしては、ポリマーの顔料への親和性を高める観点から、スチレン、ベンジル(メタ)アクリレートが好ましい。また、顔料分散体及び水系インクの保存安定性を向上させる観点から、水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)における(b)成分は同一であることが好ましい。」

「【0021】
・・・
また、(a)成分がアニオン性モノマーである場合の水不溶性ポリマー(y)の酸価は、好ましくは80?300KOHmg/g、より好ましくは90?200KOHmg/g、更に好ましくは90?180KOHmg/gである。」

「【0032】
工程(II)
工程(II)は、工程(I)で得られた顔料分散体から有機溶媒を除去して、中和剤による全ポリマーの塩生成基の平均中和度が25?60モル%である、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程である。工程(I)で揮発性中和剤を用いた場合、工程(II)で、有機溶媒を蒸留で除去する場合、通常、該揮発性中和剤は有機溶媒と共に留去(除去)され易い。これにより、ポリマーの平均中和度が低下することで、水溶性ポリマー(x)の水溶性が低下し、顔料に固着すると考えられる。
・・・
工程(II)により、顔料表面又は表面の一部に水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)が付着した、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得ることができる。」

「【0034】
工程(IV)
工程(IV)は、任意の工程であり、工程(II)で得られた水分散体に架橋剤を添加してポリマーを架橋し、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体を得る工程である。工程(IV)は、水系インクの粘度を低減し、印字濃度を向上させる観点から行うことが好ましく、この架橋工程(IV)を行った後、中和工程(III)を行うことが好ましい。
架橋反応により、水溶性ポリマー(x)同士の間、水不溶性ポリマー(y)同士の間、又は水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)との間に架橋が生じると考えられる。
・・・
ここで、架橋剤としては、ポリマーの塩生成基と反応する官能基を有する化合物が好ましく、該官能基を分子中に2以上、好ましくは2?6有する化合物がより好ましい。
この架橋剤は、ポリマーの表面を効率よく架橋する観点から、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下、より好ましくは40g以下、更に好ましくは30g以下である。また、架橋剤の分子量は、インクの粘度及び印字濃度の観点から、好ましくは120?2000、より好ましくは150?1500、更に好ましい150?1000である。
【0035】
(架橋剤)
架橋剤の好適例としては、次の(a)?(c)が挙げられる。
(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物:例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセリントリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、水添ビスフェノールA型ジグリシジルエーテル等のポリグリシジルエーテル。
(b)分子中に2以上のオキサゾリン基を有する化合物:・・・
(c)分子中に2以上のイソシアネート基を有する化合物:・・・
これらの中では、(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましく、特にエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルが好ましい。
【0036】
また、架橋剤の使用量は、該ポリマー1g当たりに対して、架橋剤の反応性基のモル数として、0.01?10mmolと反応する量であることが好ましく、0.05?5mmolであることがより好ましく、0.1?2mmolと反応する量であることが更に好ましい。
工程(IV)で得られた、架橋ポリマー粒子の水分散体における架橋ポリマーは、架橋ポリマー1g当たり、中和された塩生成基(好ましくはカルボキシ基)を0.5mmol以上含有することが好ましい。かかる架橋ポリマーは、水分散体中で解離して、塩生成基同士の電荷反発により、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の安定性に寄与すると考えられる。
ここで、下記式(1)から求められる架橋ポリマーの架橋率(モル%)は、好ましくは10?90モル%、より好ましくは20?80モル%、更に好ましくは30?70モル%である。・・・
【0038】
・・・
工程(III)で得られる顔料水分散体中の全ポリマーの塩生成基の平均中和度(工程(I)と工程(III)の中和度の合計、但し、カルボキシ基が架橋反応に用いられる場合は、それを勘案する)は、好ましくは35?100モル%、より好ましくは45?80モル%、更に好ましくは47?70モル%である。」

「【0043】
製造例1(水不溶性ポリマーの製造)
反応容器内に、メチルエチルケトン20部、重合連鎖移動剤(2-メルカプトエタノール)0.05部、及び表1に示す各モノマーの200部の10%を入れて混合し、十分に窒素ガス置換を行い、混合溶液を得た。
一方、滴下ロートに、表1に示すモノマーの残りの90%を仕込み、前記重合連鎖移動剤0.45部、メチルエチルケトン60部、及びラジカル重合開始剤(2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル))1.2部を入れて混合し、十分に窒素ガス置換を行い、混合溶液を得た。
窒素雰囲気下、反応容器内の混合溶液を撹拌しながら65℃まで昇温し、滴下ロート中の混合溶液を3時間かけて徐々に滴下した。滴下終了から65℃で2時間経過後、前記ラジカル重合開始剤0.3部をメチルエチルケトン5部に溶解した溶液を加え、更に65℃で2時間、70℃で2時間熟成させ、さらにメチルエチルケトン加え、30分間撹拌し、純分(固形分)40重量%の水不溶性ポリマー溶液を得た。結果を表1に示す。
・・・
【0044】
【表1】



(3)甲4に記載の事項
甲4には、次の記載がある。

「【請求項1】
顔料を、アニオン性基を有する水溶性ポリマー(x)及びアニオン性基を有する水不溶性ポリマー(y)で分散させた後、前記アニオン性基と反応しうる官能基を有する架橋剤で、前記ポリマーを架橋処理してなる水系インクであり、ポリマー1g当たりの架橋剤量が0.8?3.0mmol当量/gであり、架橋処理後のポリマー1g当たりのアニオン性基量が1.5?3.0mmol/gである、インクジェット記録用水系インク。
【請求項2】
〔水不溶性ポリマー(y)/水溶性ポリマー(x)〕の重量比が2.0?5.0である、請求項1に記載のインクジェット記録用水系インク。
【請求項3】
架橋前のポリマーのアニオン性基の平均中和度が10?90モル%である、請求項1又は2に記載のインクジェット記録用水系インク。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、印字濃度と保存安定性とを満足しつつ、再分散性に優れたインクジェット記録用水系インクを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、アニオン性基を有する水溶性ポリマーとアニオン性基を有する水不溶性ポリマーとを使用して、顔料を分散させた後、ポリマーを架橋処理してなる水系インクであり、ポリマー1g当たりのアニオン性基量及び架橋剤量が特定範囲にある水系インクが、印字濃度及び保存安定性を満足しつつ、再分散性に優れることを見出した。」

「【0009】
・・・
本発明においては、アニオン性基と反応しうる官能基を有する架橋剤を用いることで、アニオン性基を有する水溶性ポリマー(x)とアニオン性基を有する水不溶性ポリマー(y)とが架橋され、顔料から水溶性ポリマー(x)が脱離するのを抑制して保存安定性を向上させ、更に、アニオン性基量を特定量含有させることにより、乾燥後のポリマーの水系インクへの膨潤性を向上させ、その結果、再分散性を向上させることができると考えられる。再分散性は、乾燥後のインクの分散性の尺度であり、インクジェットインクのノゾルの詰まりと相関があると考えられる。」

「【0017】
<アニオン性基を有する水不溶性ポリマー(y)>
本発明に用いられる、アニオン性基を有する水不溶性ポリマー(y)に特に制限はないが、顔料の分散を効率よく行う観点から、ポリエステル、ポリウレタン、ビニル系ポリマー等が挙げられる。それらの中では、その保存安定性の観点から、ビニル単量体(ビニル化合物、ビニリデン化合物、ビニレン化合物)の付加重合により得られるビニル系が好ましく、(a)アニオン性基含有モノマー(前記の(a)成分と同じ)と(b)疎水性モノマー(前記の(b)成分と同じ)とを含むモノマー混合物(以下、単に「モノマー混合物(y)」ともいう)を共重合させてなるビニル系ポリマーがより好ましい。
水不溶性ポリマー(y)における(a)塩生成基含有モノマーとしては、ポリマー粒子の分散性の観点から、カルボン酸モノマーが好ましく、アクリル酸及びメタクリル酸がより好ましい。
水不溶性ポリマー(y)における(b)疎水性モノマーとしては、ポリマーの顔料への親和性を高める観点から、スチレン、ベンジル(メタ)アクリレートが好ましく、スチレンがより好ましい。
また、水系インクの保存安定性を向上させる観点から、水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)における(b)成分は同一であることが好ましい。」

「【0022】
・・・
水不溶性ポリマー(y)の酸価は、好ましくは80?300KOHmg/g、より好ましくは90?200KOHmg/g、更に好ましくは90?180KOHmg/gである。」

「【0024】
本発明で用いられるポリマーは、アニオン性基を中和剤により中和して用いることが好ましい。中和剤としては、アンモニア、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン等の揮発性塩基、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等の不揮発性塩基が挙げられる。ここで、揮発性塩基とは、常圧下での沸点が130 ℃未満のものをいい、不揮発性塩基とは、常圧下での沸点が130 ℃以上のものをいう。これらの中では、保存安定性の観点から不揮発性塩基が好ましく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムがより好ましい。
該ポリマーのアニオン性基の中和度は、ポリマー粒子のインク中での分散安定性の観点から、10?300%であることが好ましく、20?200%がより好ましく、30?150%が更に好ましい。
ポリマーを架橋させる場合は、架橋前のポリマーのアニオン性基の平均中和度は、ポリマー粒子のインク中での分散安定性の観点から、10?90%であることが好ましく、20?80%であることがより好ましく、30?70%であることが更に好ましい。」

「【0025】
〔架橋剤〕
本発明において架橋剤としては、ポリマーのアニオン性基と反応する反応性官能基を、分子中に2以上有する化合物が好ましく用いられる。架橋剤の分子量は、反応のし易さ、及び得られる架橋ポリマー粒子の保存安定性の観点から、120?2000が好ましく、150?1500が更に好ましく、150?1000が特に好ましい。
架橋剤に含まれる反応性官能基の数は、分子量を制御して保存安定性を向上する観点から、2?6が好ましく、2?3がより好ましい。反応性官能基としては、水酸基、エポキシ基、オキサゾリン基、及びアミノ基から選ばれる1種以上が好ましく挙げられる。
架橋剤は、効率よく、ポリマーを架橋する観点から、25℃の水100gに溶解させたときに、その溶解量が好ましくは50g以下、更に好ましくは40g以下、より更に好ましくは30g以下である。
【0026】
架橋剤の具体例としては、次の(a)?(d)が挙げられる。
(a)分子中に2以上の水酸基を有する化合物:・・・
(b)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物:例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセリントリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、水添ビスフェノールA型ジグリシジルエーテル等のポリグリシジルエーテル。
(c)分子中に2以上のオキサゾリン基を有する化合物:・・・
(d)分子中に2以上のアミノ基を有する化合物:・・・
これらの中では、(b)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましく、特にエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルが好ましい。」

「【0028】
インクジェット記録用水系インクは、インクの吐出性等の観点から、インク乾燥後の再分散性に優れることが求められる。
架橋処理後のポリマー1g当たりのアニオン性基量は、インクの保存安定性と再分散性との観点から、1.5?3.0mmol/gである。ここでの架橋処理後のポリマーとは、水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)の合計量をいう。
すなわち、〔アニオン性基量/(水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)の合計量)〕が、1.5mmol/g未満であるとポリマーが水に膨潤しにくく再分散性が不十分となり、3.0mmol/gを超えると保存安定性が不十分となる。再分散性と保存安定性との観点から、アニオン性基量は、好ましくは1.8?2.5mmol/gであり、より好ましくは2.0?2.5mmol/gである。
なお、アニオン性基量は実施例記載の方法により測定することができ、未中和のアニオン性基と塩基で中和したアニオン性基量の合計量である。
顔料を含有する架橋ポリマー粒子のポリマーには、水不溶性ポリマー(y)と共に水溶性ポリマー(x)を用いているため、ポリマー、特に水溶性ポリマー(x)が顔料から脱離を抑制し、保存安定性を高めることが重要である。保存安定性の劣るインクは、インクが固化した際に、ポリマー粒子同士が凝集してしまい、再分散性も低下する。」

「【0030】
再分散性を向上させるには、アニオン性基量を多くすればよいが、本発明は、水不溶性ポリマー(y)を用いるため、アニオン性基量はある程度以下とする必要がある。更に、保存安定性を高めるには、架橋剤量を多くすればよいが、架橋されたアニオン性基は、再分散性に寄与しない。従って、保存安定性を満足しつつ、再分散性を向上させるためにアニオン性基量と架橋剤量を一定の範囲内にする必要がある。
架橋剤の使用量としては、保存安定性と再分散性の観点から、〔架橋剤/ポリマー〕の重量比で1/100?50/100が好ましく、5/100?40/100がより好ましく、5/100?30/100が更に好ましく、10/100?25/100が特に好ましい。
下記式(2)から求められる架橋ポリマーの架橋率(モル%)は、保存安定性と再分散性の観点から、好ましくは10?90モル%、より好ましくは20?80モル%、更に好ましくは30?70モル%である。」

「【0032】
〔インクジェット記録用水系インクの製造〕
本発明のインクジェット記録用水系インクの製造方法に特に制限はないが、下記工程(I)?(III)を有する方法により水分散体を得た後、そのまま水系インクとして、あるいは必要により、後述する水系インクに通常用いられる添加剤等を加えることにより、水系インクを効率的に製造することができる。」

(4)甲5に記載の事項
甲5には、次の記載がある。

「【請求項1】
液体媒体中に分散している封入粒状固体の調製方法であって、粒状固体と液体媒体の存在下で分散剤を架橋剤で架橋し、これにより粒状固体を架橋分散剤中に封入することを含み、ここにおいて、
a)分散剤は架橋前に粒状固体上に吸着し、および分散剤は少なくとも1個のカルボン酸基を有し;そして
b)架橋剤は少なくとも2個のエポキシ基を有し;
ここにおいて、架橋剤は1個以上のオリゴマー分散基を有し、および/または分散剤は130?320mgKOH/gの酸価を有する、
前記調製方法。」

「【0056】
架橋剤が1個以上のオリゴマー分散基を有する態様において、分散剤は少なくとも125mgKOH/gの酸価を有することが好ましい。
すべての態様において、分散剤の酸価(AV)は、好ましくは130?320、より好ましくは135?250mgKOH/gである。われわれは、そのような酸価を有する分散剤が、改善された安定性を示す封入粒状固体を結果として提供することを見いだした。この改善された安定性は、インクジェット印刷に用いられる要求の厳しい液状ビヒクルにおいて特に有用であり、ここにおいて、前記液状ビヒクルは、より分散しにくい粒状固体を含み、そして、オリゴマー分散基を少ししか有さない、特にオリゴマー分散基を有さない架橋剤を含む。」

「【0141】
インクジェットインクにおける安定性の評価
封入粒状固体分散液(9)および(10)を、表9に記載した配合を有するインク9および10に仕上げた:
【0142】
【表9】

【0143】
インク9および10を、60℃で1週間の貯蔵後に粒径成長または粘度をモニタリングすることにより、安定性について評価した。粒径または粘度における変化が小さいほどインクは安定である。この評価の結果を表10に示す:
【0144】
【表10】

【0145】
上記表は、154mgKOH/gのAVの分散剤から誘導されるインク9が、112mgKOH/gのAVの分散剤から誘導されるインク10に比べ優れた安定性を有していたことを示している。」

2 甲1、甲3、甲4に記載された発明

(1)甲1に記載された発明

甲1の[請求項7]には、「下記工程(I)?(III)を有するインクジェット記録用水分散体の製造方法。
工程(I):着色剤分散体と有機溶媒を含む水不溶性ポリマーエマルジョンを混合する工程
工程(II):工程(I)で得られた混合物を分散処理し、着色剤に水不溶性ポリマー(y’)が付着した分散体を得る工程
工程(III):工程(II)で得られた分散体から有機溶媒を除去する工程」が記載されているが、この製造方法により、「着色剤に水不溶性ポリマー(y’)が付着した、インクジェット記録用水分散体」が製造されることは明らかである。

ここで、上記「着色剤」について、段落[0044]の「着色剤としては、耐水性の観点から、顔料及び疎水性染料が挙げられ、中でも、近年要求が強い高耐候性を発現させるためには、顔料を用いるのが好ましい。」との記載によれば、上記「着色剤」は、「顔料」であるといえる。
また、上記「水不溶性ポリマー(y’)」について、段落[0058]には、「水不溶性ポリマー(y’)は、印字濃度、分散安定性、吐出安定性等を向上させる観点から、水不溶性グラフトポリマーであって、主鎖が、少なくとも前記(a')成分由来の構成単位と前記(b')成分由来の構成単位を含むポリマー鎖であり、側鎖が、少なくとも(d')成分:疎水性モノマー由来の構成単位を含むポリマー鎖であるものが好ましい。」と記載され、段落[0059]には、上記「(a')成分由来の構成単位」として、「アクリル酸又はメタクリル酸」が好ましいこと、上記「(b')成分由来の構成単位」として、「スチレン、α-メチルスチレン及びビニルトルエンから選ばれる一種以上」が好ましいことが記載されているから、上記「水不溶性ポリマー(y’)」は、少なくともアクリル酸又はメタクリル酸由来の構成単位とスチレン、α-メチルスチレン及びビニルトルエンから選ばれる一種以上由来の構成単位を含むポリマーであるといえる。
さらに、段落[0066]の記載によれば、上記「水不溶性ポリマー(y’)」の塩生成基含有モノマー(アクリル酸又はメタクリル酸)由来の塩生成基(カルボキシル基)を中和剤により中和して用いることが好ましく、その中和度は、特に30?100%であることが好ましいことが記載され、上記「水不溶性ポリマー(y’)」の酸価は、30?200(KOHmg/g)が好ましいことが記載されている。
また、段落[0075]には、上記「水不溶性ポリマー(y’)」は、架橋剤を用いて架橋することが好ましいこと、段落[0076]には、用いる架橋剤は、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下であること、段落[0077]には、架橋剤として、(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましいことが記載され、段落[0078]には、架橋剤によるポリマーの架橋率が、更に好ましくは30?60モル%であることが記載されている。

以上の甲1の記載を踏まえると、甲1には、
「顔料に、少なくともアクリル酸又はメタクリル酸由来の構成単位とスチレン、α-メチルスチレン及びビニルトルエンから選ばれる一種以上由来の構成単位を含む水不溶性ポリマー(y’)が付着した、インクジェット記録用水分散体であって、上記水不溶性ポリマー(y’)の酸価が、好ましくは30?200(KOHmg/g)であり、
特に好ましくは中和度30?100%で、上記アクリル酸又はメタクリル酸由来のカルボキシ基が中和剤により中和され、
更に好ましくは架橋率30?60モル%で、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下である、(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物である架橋剤により架橋されているインクジェット記録用水分散体。」(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

(2)甲3に記載された発明

甲3の【請求項1】を引用する【請求項6】をさらに引用する【請求項7】には、「下記工程(I)?(IV)を有するインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法によって得られるインクジェット記録用顔料水分散体。
工程(I):顔料、塩生成基を有する水溶性ポリマー(x)、塩生成基を有する水不溶性ポリマー(y)、有機溶媒、中和剤、及び水を含有する混合物を分散処理して、顔料分散体を得る工程
工程(II):工程(I)で得られた顔料分散体から有機溶媒を除去して、中和剤による全ポリマーの塩生成基の平均中和度が25?60モル%である、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程
工程(IV):工程(II)で得られた水分散体に架橋剤を添加してポリマーを架橋し、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体を得る工程
工程(III):工程(IV)で得られた水分散体に、中和剤を添加して、顔料水分散体を得る工程」が記載されているといえる。

ここで、甲3の段落【0032】の「工程(II)により、顔料表面又は表面の一部に水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)が付着した、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得ることができる。」との記載によれば、上記のインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法によって得られるインクジェット記録用顔料水分散体は、「顔料に、水溶性ポリマー(x)及び水不溶性ポリマー(y)が付着したインクジェット記録用顔料水分散体」であることは、明らかである。
そして、上記「水不溶性ポリマー(y)」について、段落【0016】には、「水不溶性ポリマー(y)における(a)塩生成基含有モノマーとしては、カチオン性モノマー、アニオン性モノマーが挙げられる。塩生成基としては、カルボキシ基、スルホン酸基、リン酸基、アミノ基、アンモニウム基が好ましい。
水不溶性ポリマー(y)における(b)疎水性モノマーとしては、ポリマーの顔料への親和性を高める観点から、スチレン、ベンジル(メタ)アクリレートが好ましい。」と記載され、段落【0044】【表1】に記載される水不溶性ポリマー(y)の具体例では、(a)塩生成基含有モノマーとして「メタクリル酸」が、(b)疎水性モノマーとして「スチレン」が使用されているから、甲3には、上記「水不溶性ポリマー(y)」として、少なくともメタクリル酸及びスチレンを含むポリマーが記載されているといえる。
そして、段落【0021】には、水不溶性ポリマー(y)の酸価は、好ましくは80?300KOHmg/gであることが記載されている。
また、段落【0034】には、用いる架橋剤は、ポリマーの塩生成基(カルボキシ基)を架橋するものであり、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下であること、段落【0035】には、用いる架橋剤の一つとして、分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましいことが記載され、段落【0036】には、架橋剤によるポリマーの架橋率が、更に好ましくは30?70モル%であることが記載されている。
さらに、段落【0038】には、工程(III)で得られる顔料水分散体中の全ポリマーの塩生成基の平均中和度は、更に好ましくは47?70モル%であることが記載されている。

以上の記載を踏まえると、甲3には、
「顔料に、水溶性ポリマー(x)及び、少なくともメタクリル酸とスチレンを含む水不溶性ポリマー(y’)が付着した、インクジェット記録用水分散体であって、上記水不溶性ポリマー(y’)の酸価が、好ましくは80?300(KOHmg/g)であり、
更に好ましくは平均中和度47?70%で、上記メタクリル酸由来のカルボキシ基が中和剤により中和され、
更に好ましくは架橋率30?70モル%で、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下である、分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物である架橋剤により架橋されているインクジェット記録用水分散体。」(以下、「甲3発明」という。)が記載されているといえる。

(3)甲4に記載された発明

甲4の【請求項1】を引用する【請求項3】には、「顔料を、アニオン性基を有する水溶性ポリマー(x)及びアニオン性基を有する水不溶性ポリマー(y)で分散させた後、平均中和度が10?90モル%である前記アニオン性基と反応しうる官能基を有する架橋剤で、前記ポリマーを架橋処理してなる水系インクであり、ポリマー1g当たりの架橋剤量が0.8?3.0mmol当量/gであり、架橋処理後のポリマー1g当たりのアニオン性基量が1.5?3.0mmol/gである、インクジェット記録用水系インク」が記載されているといえる。

ここで、段落【0009】の「本発明においては、アニオン性基と反応しうる官能基を有する架橋剤を用いることで、アニオン性基を有する水溶性ポリマー(x)とアニオン性基を有する水不溶性ポリマー(y)とが架橋され、顔料から水溶性ポリマー(x)が脱離するのを抑制して保存安定性を向上させ・・・ると考えられる。」との記載によれば、上記のインクジェット記録用水系インクは、「顔料に、水溶性ポリマー(x)及び水不溶性ポリマー(y)が架橋して付着したインクジェット記録用水系インクであって、平均中和度が10?90モル%であり、ポリマー1g当たりの架橋剤量が0.8?3.0mmol当量/gであり、架橋処理後のポリマー1g当たりのアニオン性基量が1.5?3.0mmol/gである、インクジェット記録用水系インク」といえることは、明らかである。
また、段落【0032】の「本発明のインクジェット記録用水系インクの製造方法に特に制限はないが、下記工程(I)?(III)を有する方法により水分散体を得た後、そのまま水系インクとして・・・水系インクを効率的に製造することができる。」との記載によれば、「インクジェット記録用水系インク」は、「インクジェット記録用水分散体」であるといえる。
そして、上記「水不溶性ポリマー(y)」について、段落【0017】には、「水不溶性ポリマー(y)における(a)塩生成基含有モノマーとしては、ポリマー粒子の分散性の観点から、カルボン酸モノマーが好ましく、アクリル酸及びメタクリル酸がより好ましい。水不溶性ポリマー(y)における(b)疎水性モノマーとしては、ポリマーの顔料への親和性を高める観点から、スチレン、ベンジル(メタ)アクリレートが好ましく、スチレンがより好ましい。」との記載によれば、甲4には、上記「水不溶性ポリマー(y)」として、少なくともアクリル酸、メタクリル酸、及び、スチレン、ベンジル(メタ)アクリレートを含むポリマーが記載されているといえる。
また、段落【0022】には、水不溶性ポリマー(y)の酸価は、好ましくは80?300KOHmg/gであることが記載され、段落【0024】には、アニオン性基(カルボキシ基)の中和を、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムで行うことがより好ましいことが記載されている。
そして、段落【0025】には、用いる架橋剤は、ポリマーのアニオン性基(カルボキシ基)を架橋するものであり、25℃の水100gに溶解させたときに、その溶解量が好ましくは50g以下であること、段落【0036】には、用いる架橋剤の一つとして、分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましいことが記載され、段落【0030】には、架橋剤によるポリマーの架橋率が、更に好ましくは30?70モル%であることが記載されている。
また、段落【0028】の「なお、アニオン性基量は実施例記載の方法により測定することができ、未中和のアニオン性基と塩基で中和したアニオン性基量の合計量である。」との記載によれば、上記架橋処理後の「アニオン性基(カルボキシ基)量」は、未中和(未反応)のアニオン性基と塩基で中和したアニオン性基の合計量であるといえる。

以上の記載を踏まえると、甲4には、
「顔料に、水溶性ポリマー(x)及び、少なくともアクリル酸、メタクリル酸、及び、スチレン、ベンジル(メタ)アクリレートを含む水不溶性ポリマー(y’)が付着した、インクジェット記録用水分散体であって、上記水不溶性ポリマー(y’)の酸価が、好ましくは80?300(KOHmg/g)であり、
平均中和度が10?90モル%で、上記アクリル酸、メタクリル酸由来のカルボキシ基が水酸化ナトリウム、水酸化カリウムにより中和され、
更に好ましくは架橋率30?70モル%で、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下である、分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物である架橋剤により架橋され、ポリマー1g当たりの架橋剤量が0.8?3.0mmol当量/gであり、架橋処理後のポリマー1g当たりの未反応のカルボキシ基と水酸化ナトリウム、水酸化カリウムで中和したカルボキシ基の合計量が1.5?3.0mmol/gである、インクジェット記録用水分散体。」(以下、「甲4発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・検討

(1)申立理由1について(甲1発明を主発明として)

ア 本件発明1について

本件発明1と甲1発明を対比する。
○甲1発明の「アクリル酸又はメタクリル酸由来の構成単位」及び「スチレン、α-メチルスチレン及びビニルトルエンから選ばれる一種以上由来の構成単位」は、それぞれ、本件発明1の「カルボキシ基含有モノマー由来の構成単位」及び「芳香族基含有モノマー由来の構成単位」に相当し、甲1発明の「水不溶性ポリマー(y’)」は、カルボキシ基を有するアクリル酸又はメタクリル酸由来の構成単位を含有すると共に、これらの構成単位を含むポリマーは、ビニル系ポリマーであるから、本件発明1の「カルボキシ基を有する水不溶性ポリマー」及び「カルボキシ基含有モノマー由来の構成単位と芳香族基含有モノマー由来の構成単位を含有するビニル系ポリマー」に相当する。
また、段落[0058]の「水不溶性ポリマー(y’)は、印字濃度、分散安定性、吐出安定性等を向上させる観点から、水不溶性グラフトポリマーであって・・・」との記載によれば、甲1発明の「水不溶性ポリマー(y’)」は、顔料の分散安定性を向上させるものであるから、本件発明1の「ポリマー分散剤」に相当する。

○甲1発明の「インクジェット記録用水分散体」は、本件発明1の「水系顔料分散体」に相当し、上述のように、甲1発明の「水不溶性ポリマー(y’)」は、本件発明1の「ポリマー分散剤」に相当し、顔料を水(水系媒体)に分散させるものであるから、甲1発明の「顔料に・・・水不溶性ポリマー(y’)が付着した、インクジェット記録用水分散体」は、本件発明1の「顔料をポリマー分散剤で水系媒体に分散させた水系顔料分散体」に相当する。

○本件発明1の「アルカリ金属水酸化物」と甲1発明の「中和剤」は、「中和剤」の点で共通するから、甲1発明の「上記アクリル酸又はメタクリル酸由来のカルボキシ基が中和剤により中和され」は、本件発明1と「該カルボキシ基のうち少なくとも一部が中和剤で中和されており」の点で共通する。

○甲1発明の「25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下である」とは、本件明細書の段落【0041】の「本発明で用いられる水不溶性多官能エポキシ化合物は、水を主体とする媒体中で効率よく水不溶性ポリマーのカルボキシ基と反応させる観点から、20℃の水100gに溶解させたときに、その溶解量が好ましくは50g以下、より好ましくは40g以下、更に好ましくは35g以下である。」との記載によれば、「水不溶性」であるといえるから、甲1発明の「(上記アクリル酸又はメタクリル酸由来の構成単位のカルボキシ基が)25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下である、(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物である架橋剤により架橋されている」は、本件発明1の「該カルボキシ基の一部が水不溶性多官能エポキシ化合物と反応させて得られる架橋構造を有し」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明は、「顔料をポリマー分散剤で水系媒体に分散させた水系顔料分散体であって、該ポリマー分散剤がカルボキシ基を有する水不溶性ポリマーであり、
該カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーが、カルボキシ基含有モノマー由来の構成単位と芳香族基含有モノマー由来の構成単位を含有するビニル系ポリマーであり、
該カルボキシ基のうち少なくとも一部が中和剤で中和されており、かつ該カルボキシ基の一部が水不溶性多官能エポキシ化合物と反応させて得られる架橋構造を有する水系顔料分散体。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

<相違点1>
カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価が、本件発明1では、200mgKOH/g以上320mgKOH/g以下であるのに対し、甲1発明では、好ましくは30?200(KOHmg/g)である点。

<相違点2>
カルボキシ基を中和する中和剤が、本件発明1では、アルカリ金属水酸化物であるのに対し、甲1発明では、アルカリ金属水酸化物とまでの特定はない点。

<相違点3>
水系顔料分散体が、本件発明1では、条件1:〔(100-中和度-架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が32mgKOH/g以上130mgKOH/g以下との条件を満たすのに対し、甲1発明では、中和度30?100%、架橋率30?60モル%であるものの、上記条件1を満たすのか明らかでない点。

<相違点4>
水系顔料分散体が、本件発明1では、条件2:〔(中和度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が48mgKOH/g以上144mgKOH/g以下との条件を満たすのに対し、甲1発明では、架橋率30?60モル%であるものの、上記条件2を満たすのか明らかでない点。

事案に鑑み、上記<相違点3>について検討し、その後上記<相違点1>について検討する。
<相違点3>について
本件明細書の段落【0005】の記載によれば、本件発明1の課題は、「顔料を用いる利点である水系顔料分散体及び水系インクの耐水性を維持しつつ、インク吐出ノズルでの顔料やポリマーの固化を抑制できる優れた保存安定性を有し、更に吐出性、定着性に優れた水系顔料分散体、及び水系インクの製造方法」を得ることであるといえ、同段落【0011】の「条件1は、ポリマー分散剤中の中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基の量を示しており、記録媒体上に水系顔料分散体を含むインクを吐出し画像を形成した場合、条件1の数値範囲であると、インクビヒクルの乾燥時に、カルボキシ基由来の水素結合により、水不溶性ポリマーが強固な被膜を形成できるため、顔料を用いる利点である耐水性が維持され、定着性に優れるものと推定される。」との記載によれば、本件発明1は、水不溶性ポリマーに中和処理及び架橋処理を行うという前提のもと、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」を積極的に残存させることにより、上記発明の課題の耐水性、定着性に優れた水系顔料分散体を得ることを達成しているといえる。
実際、段落【0115】【表1】及び段落【0123】【表3】に記載され、条件1を満足する実施例では、定着性評価及び耐水性評価で良好な結果を得ることが示されている。

一方、甲1発明は、中和度を30?100%、架橋率を30?60モル%とするものであるが、甲1の記載全体を見ても、水不溶性ポリマー(y’)における中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基の含有量に関する記載はないし、本件発明1のように、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」を積極的に残存させることは読み取れない。
さらに、甲1の段落[0043]の「本発明者は、着色剤分散体に水不溶性ポリマーエマルションを混合して分散処理することにより、普通紙に高速印字しても高印字濃度を発現することを見出した。」との記載によれば、甲1発明は、本件発明1のように、「定着性」や「耐水性」を認識していないこと、及び、甲1の段落[0078]の「架橋ポリマーは、架橋ポリマー1g当たり、塩基で中和されたアニオン性基(特に好ましくはカルボキシ基)を0.5mmol/g以上含有することが好ましい。かかる架橋ポリマーは、水分散体中で解離して、アニオン同士の電荷反発により、着色剤を含有するアニオン性架橋ポリマー粒子の安定性に寄与すると考えられる。」等の記載によれば、甲1では、架橋されていないカルボキシ基は、中和されている方が、アニオン同士の電荷反発により水分散体中での安定性が向上するとしていることから、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」が一定量(32mgKOH/g)存在しているとはいえないし、また、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」の存在量を高め、本願発明1の条件1の範囲を満たすものとする動機付けがあるとはいえない。
そうすると、上記相違点3は、実質的な相違点であるし、当業者が容易に想到し得るものでもない。

<相違点1>について
本件明細書の段落【0016】の「水不溶性ポリマーの酸価はカルボキシ基に由来するが、好ましくは200mgKOH/g以上、より好ましくは220mgKOH/g以上であり、そして、好ましくは320mgKOH/g以下、より好ましくは300mgKOH/g以下、更に好ましくは270mgKOH/g以下である。酸価が前記の範囲であれば、カルボキシ基及びその中和されたカルボキシ基の量は十分であり、顔料の分散安定性が確保される。またポリマー分散剤と水系媒体の親和性と、ポリマー分散剤と顔料との相互作用とのバランスの点からも好ましい。」との記載によれば、水不溶性ポリマーの酸価は、カルボキシ基及びその中和されたカルボキシ基の量を十分とするために設定されている範囲であるといえる。
そして、上記「<相違点3>について」で述べたように、本件発明1は、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」の存在量を高めているから、それに応じて、水不溶性ポリマーの酸価も高められているといえ、上記段落【0016】の記載でも、酸価は、より好ましくは220mgKOH/g以上とされ、段落【0115】【表1】及び段落【0123】【表3】に記載される実施例でも、214?300mgKOH/gの範囲である。
一方、甲1発明は、水不溶性ポリマー(y’)の酸価の上限を一応200(KOHmg/g)とするものの、段落[0066]の「高印刷濃度を発現する観点からは200(KOHmg/g)以下であることが好ましく、150(KOHmg/g)以下であることがより好ましい。」との記載や、段落[0086]に記載される水不溶性ポリマー(y’)の具体的組成を見ても、実際には、酸価は150mgKOH/g以下が想定されているといえ、甲1発明の水不溶性ポリマー(y’)の酸価の範囲を、本件発明1の水不溶性ポリマーの酸価の範囲と実質的に一致しているものとはできない。
また、上述のように、甲1発明の水不溶性ポリマー(y’)の酸価は、150mgKOH/g以下を指向するものであるから、甲1には、この酸価を高めて本願発明1の水不溶性ポリマーの酸価に重複するものとする動機付けがあるとはいえない。
そうすると、上記相違点1は、実質的な相違点であるし、当業者が容易に想到し得るものでもない。

<本件発明1の効果>について

本件明細書の段落【0009】の記載によれば、本件発明1は、「顔料を用いる利点である水系顔料分散体及び水系インクの耐水性を維持しつつ、インク吐出ノズルでの顔料やポリマーの固化を抑制できる優れた保存安定性を有し、更に吐出性、定着性に優れた水系顔料分散体、及び水系インクの製造方法を提供することができる。」という効果を奏するものである。
そして、上記「<相違点3>について」で述べたように、甲1発明は、耐水性及び定着性を高めるものではなく、少なくともこれらの点に関する効果を奏するとはいえないから、本件発明1は、甲1発明に対し格別の効果を奏するといえる。

よって、本件発明1は、甲1発明ではないし、又、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものでもない。

イ 本件発明2?6について

本件発明2?6は、本件発明1の特定事項をさらに限定したものであるから、本件発明1と同様に、本件発明2?6は、甲1発明ではないし、又、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものでもない。

ウ 本件発明7?10について

本件発明7?10は、水系インクの製造方法に係る発明であるが、その製造方法の特定の中には、本件発明1の水系顔料分散体の特定事項が全て含まれているから、甲1発明のインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法を考慮したとしても、本件発明7?10は、甲1に記載された発明ではないし、又、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものでもない。

(2)申立理由2について(甲3発明を主発明として)

ア 本件発明1について

上記(1)アでの検討も踏まえ、本件発明1と甲3発明を対比すると、本件発明1と甲3発明は、少なくとも以下の相違点5で相違している。

<相違点5>
水系顔料分散体が、本件発明1では、条件1:〔(100-中和度-架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が32mgKOH/g以上130mgKOH/g以下との条件を満たすのに対し、甲3発明では、平均中和度47?70%、架橋率30?70モル%であるものの、上記条件1を満たすのか明らかでない点。

以下、相違点5について検討する。
<相違点5>について

上記(1)ア「<相違点3>について」で述べたように、本件発明1は、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」を積極的に残存させることにより、発明の課題の耐水性、定着性に優れた水系顔料分散体を得ることを達成しているといえる。
一方、甲3発明は、平均中和度を47?70モル%、架橋率を30?70モル%とするものであるが、甲3の記載全体を見ても、水不溶性ポリマー(y’)における中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基の含有量に関する記載はないし、本件発明1のように、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」を積極的に残存させることは読み取れない。
さらに、段落【0005】の「本発明は、保存安定性及び印字濃度に優れたインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法、インクジェット記録用顔料水分散体、及び水系インクを提供することを課題とする。」との記載によれば、甲3発明は、本件発明1のように、「定着性」や「耐水性」を認識していないこと、及び、段落【0036】の「工程(IV)で得られた、架橋ポリマー粒子の水分散体における架橋ポリマーは、架橋ポリマー1g当たり、中和された塩生成基(好ましくはカルボキシ基)を0.5mmol以上含有することが好ましい。かかる架橋ポリマーは、水分散体中で解離して、塩生成基同士の電荷反発により、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の安定性に寄与すると考えられる。」等の記載によれば、甲3では、架橋されていないカルボキシ基は、中和されている方が、アニオン同士の電荷反発により水分散体中での安定性が向上するとしていることから、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」が一定量(32mgKOH/g)存在しているとはいえないし、また、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」の存在量を高め、本願発明1の条件1の範囲を満たすものとする動機付けがあるとはいえない。
そうすると、上記相違点5は、実質的な相違点であるし、当業者が容易に想到し得るものでもない。

また、甲1発明においても、上記相違点5に対応する相違点3が、当業者にとり、容易に想到し得るものではないことは、上記(1)ア「<相違点3>について」で述べたとおりであると共に、甲5の記載を見ても、上記相違点5に関連する記載はないから、甲1及び甲5に記載の事項を考慮したとしても、上記相違点5は、当業者が容易に想到し得るものではない。

<本件発明1の効果>について

上記「<相違点5>について」で述べたように、甲3発明は、耐水性及び定着性を高めるものではなく、少なくともこれらの点に関する効果を奏するとはいえないから、上記(1)ア「<本件発明1の効果>について」で述べたのと同様に、本件発明は、甲3発明に対し格別の効果を奏するといえる。

よって、本件発明1は、少なくとも上記相違点5が当業者が容易に想到し得るものではないから、甲3発明及び甲1、甲5に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。

イ 本件発明2?6について

本件発明2?6は、本件発明1の特定事項をさらに限定したものであるから、本件発明1と同様に、甲3発明及び甲1、甲5に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。

ウ 本件発明7?10について

本件発明7?10は、水系インクの製造方法に係る発明であるが、その製造方法の特定の中には、本件発明1の水系顔料分散体の特定事項が全て含まれているから、甲3発明のインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法を考慮したとしても、本件発明7?10は、甲3に記載された発明及び甲1、甲5に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。

(3)申立理由3について(甲4発明を主発明として)

ア 本件発明1について

上記(1)アでの検討も踏まえ、本件発明1と甲4発明を対比すると、本件発明1と甲4発明は、少なくとも以下の相違点6で相違している。

<相違点6>
水系顔料分散体が、本件発明1では、条件1:〔(100-中和度-架橋度)/100〕×(カルボキシ基を有する水不溶性ポリマーの酸価)の値が32mgKOH/g以上130mgKOH/g以下との条件を満たすのに対し、甲4発明では、平均中和度10?90%、架橋率30?70モル%であり、架橋処理後のポリマー1g当たりの未反応のカルボキシ基と水酸化ナトリウム、水酸化カリウムで中和したカルボキシ基の合計量が1.5?3.0mmol/gであるものの、上記条件1を満たすのか明らかでない点。

以下、相違点6について検討する。
<相違点6>について

上記(1)ア「<相違点3>について」で述べたように、本件発明1は、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」を積極的に残存させることにより、発明の課題の耐水性、定着性に優れた水系顔料分散体を得ることを達成しているといえる。
一方、甲4発明は、平均中和度を10?90モル%、架橋率を30?70モル%とし、架橋処理後のポリマー1g当たりの未反応のカルボキシ基と水酸化ナトリウム、水酸化カリウムで中和したカルボキシ基の合計量を1.5?3.0mmol/gとするものであるが、甲4の記載全体を見ても、水不溶性ポリマー(y’)における中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基の含有量に関する記載はないし、本件発明1のように、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」を積極的に残存させることは読み取れない。
さらに、段落【0006】の「本発明は、印字濃度と保存安定性とを満足しつつ、再分散性に優れたインクジェット記録用水系インクを提供することを課題とする。」との記載によれば、甲4発明は、本件発明1のように、「定着性」や「耐水性」を認識していないこと、及び、段落【0028】の「架橋処理後のポリマー1g当たりのアニオン性基量は、インクの保存安定性と再分散性との観点から、1.5?3.0mmol/gである。・・・すなわち、〔アニオン性基量/(水溶性ポリマー(x)と水不溶性ポリマー(y)の合計量)〕が、1.5mmol/g未満であるとポリマーが水に膨潤しにくく再分散性が不十分となり、3.0mmol/gを超えると保存安定性が不十分となる。」との記載によれば、架橋していないアニオン性基(カルビキシ基)量(未中和のカルボキシ基と中和したカルボキシ基の合計量)を所定の範囲とすることは記載されているが、保存安定性を考えた場合には、例えば甲1(段落[0078])、甲3(段落【0036】)に記載されているように、カルボキシ基は、中和されている方が、アニオン同士の電荷反発により水分散体中での安定性が向上することが知られているから、甲4発明において、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」が一定量(32mgKOH/g)存在しているとはいえないし、また、「中和や架橋に寄与していないフリーのカルボキシ基」の存在量を高め、本願発明1の条件1の範囲を満たすものとする動機付けがあるとはいえない。
そうすると、上記相違点6は、実質的な相違点であるし、当業者が容易に想到し得るものでもない。

また、甲1発明においても、上記相違点6に対応する相違点3が、当業者にとり、容易に想到し得るものではないことは、上記(1)ア「<相違点3>について」で述べたとおりであると共に、甲5の記載を見ても、上記相違点6に関連する記載はないから、甲1及び甲5に記載の事項を考慮したとしても、上記相違点6は、当業者が容易に想到し得るものではない。

<本件発明1の効果>について

上記「<相違点6>について」で述べたように、甲4発明は、耐水性及び定着性を高めるものではなく、少なくともこれらの点に関する効果を奏するとはいえないから、上記(1)ア「<本件発明1の効果>について」で述べたのと同様に、本件発明は、甲4発明に対し格別の効果を奏するといえる。

よって、本件発明1は、少なくとも上記相違点6が当業者が容易に想到し得るものではないから、甲4発明及び甲1、甲5に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。

イ 本件発明2?6について

本件発明2?6は、本件発明1の特定事項をさらに限定したものであるから、本件発明1と同様に、甲3発明及び甲1、甲5に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。

ウ 本件発明7?10について

本件発明7?10は、水系インクの製造方法に係る発明であるが、その製造方法の特定の中には、本件発明1の水系顔料分散体の特定事項が全て含まれているから、甲4発明のインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法を考慮したとしても、本件発明7?10は、甲4に記載された発明及び甲1、甲5に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。

第5 むすび

上記第4で述べたとおり、特許異議申立ての理由1?3によっては、本件発明1?10は、特許法第29条第1項第3号に該当するか、又は同法同条第2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできないから、本件特許1?10を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1?10を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-10-04 
出願番号 特願2016-243658(P2016-243658)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C09D)
P 1 651・ 121- Y (C09D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 上條 のぶよ  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 木村 敏康
原 賢一
登録日 2018-01-12 
登録番号 特許第6272449号(P6272449)
権利者 花王株式会社
発明の名称 水系顔料分散体  
代理人 片岡 誠  
代理人 大谷 保  
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