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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C22C
管理番号 1345259
審判番号 不服2017-14366  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-09-28 
確定日 2018-10-10 
事件の表示 特願2014-544862「ピストンリングの用途のための高弾性の耐摩耗性のねずみ鋳鉄」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 6月 6日国際公開、WO2013/082221、平成27年 3月 5日国内公表、特表2015-507081〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2012年(平成24年)11月29日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2011年11月30日、アメリカ合衆国(US))を国際出願日とする出願であって、平成28年 9月30日付けで拒絶理由が通知され、それに対して、同年12月27日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成29年 5月24日付けで拒絶査定がなされた。
そして、同年 9月28日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、当審において、平成30年 1月16日付けで拒絶理由が通知され、それに対して、同年 4月20日に、手続補正書及び意見書が提出された。

第2 本願発明
本願発明は、平成30年 4月20日提出の手続補正書によって補正された、特許請求の範囲の請求項1?26に記載される事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、以下のとおりのものである。

[本願発明1]
「【請求項1】
鋳鉄からなるピストンリングであって、前記鋳鉄の総重量に基づいて、前記鋳鉄の重量百分率(重量%)で、
炭素を2.2?2.9重量%、
シリコンを3.2?4.2重量%、
銅を0.75?1.25重量%、
マンガンを1.0?1.5重量%、
硫黄を0.09?0.15重量%、および
リンを0.1重量%以下含み、
前記鋳鉄はマトリックスを含み、前記マトリックス全体にわたって分散した硫化マンガン(MnS)および炭化物を含み、
前記マトリックスは、マルテンサイトおよびベイナイトのうちの少なくとも1つを含む、ピストンリング。」

第3 当審による平成30年 1月16日付けの拒絶理由の概要
当審による平成30年 1月16日付けの拒絶理由の概要は、以下のとおりである。
(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合しない。

第4 当審の判断
明細書のサポート要件適合性について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、上記の観点に立って、本願発明1について検討することとする。

(1)本願発明1が解決しようとする課題
ア 発明の詳細な説明には、以下の記載がある。なお、下線は当審が付与した。以下同様。

(ア)「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
最近になって、性能を向上させてコストを削減するために、高度な油溝構成などの複雑な物理的特徴を含むピストンリングの需要が増加してきた。しかし、先行技術の鋳鉄は、多くの場合、機械加工するのが困難であるか、または、所望の物理的特性を達成するために高価な合金化添加物が必要であり、そのため、内燃機関の用途のピストンリングでの先行技術の鋳鉄の使用は制限される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一局面は、鋳鉄であって、当該鋳鉄の重量百分率(重量%)で、炭素を2.2?2.9重量%、シリコンを3.2?4.2重量%、銅を0.75?1.25重量%、マンガンを1.0?1.5重量%、硫黄を0.09?0.15重量%、およびリンを0.2重量%以下含む、鋳鉄を提供する。当該鋳鉄からなるピストンリングも提供される。
【0006】
本発明のさらに別の局面は、鋳鉄からなるピストンリングを製造する方法を提供する。当該方法は、合金の重量%で、炭素を2.2?2.9重量%、シリコンを3.2?4.2重量%、銅を0.75?1.25重量%、マンガンを1.0?1.5重量%、硫黄を0.09?0.15重量%、およびリンを0.1重量%以下含む合金を設けるステップを含む。当該方法は、次いで、当該合金を鋳造するステップと、当該合金をオーステナイト化するステップと、オーステナイト化された当該合金を焼入れするステップと、当該合金を焼戻しするステップとを含む。本発明の別の局面は、当該鋳鉄を形成する方法を提供する。
【0007】
鋳鉄は、特に高度な油溝構成などの複雑な構成特徴を有するピストンリングを形成するために用いられる場合に、機械加工性が向上する。また、鋳鉄は、非常に優れた曲げ強度、硬度、耐摩耗性および弾性率をもたらす。さらに、鋳鉄および当該鋳鉄からなるピストンリングは、鋳鉄およびピストンリングを形成するために用いられる他の方法と比較して、低い材料および処理コストで製造される。」

イ 前記アによれば、本願発明1の解決すべき課題(以下、単に「課題」という。)は、「機械加工性、曲げ強度、硬度、耐摩耗性、弾性率に優れ、低コストで製造可能なピストンリング及び当該ピストンリングを形成するための鋳鉄を提供すること」である。

(2)本願発明1の課題を解決できると認識できる範囲
ア 発明の詳細な説明には、以下の記載もある。
(ア)「【0012】
ピストンリング20の鋳鉄は、機械加工性を向上させて望ましい物理的特性をもたらすために、特定の量の炭素、シリコン、銅、マンガン、硫黄およびリンを含む。一実施の形態において、鋳鉄は、平均炭素当量亜共晶とここで呼ぶこととされる鋳鉄の共晶温度を下回る炭素当量である3.4?4.2の炭素当量をもたらすのに十分な量の炭素を含む。鋳鉄の共晶温度は、一般に、華氏1145?1155度である。一実施の形態において、鋳鉄は、平均炭素当量亜共晶が3.8である。」
(イ)「【0019】
鋳鉄は、好ましくは、非常に優れた耐摩耗性に寄与する量のクロム、バナジウム、ニオブ、タングステンおよびホウ素を含む。一実施の形態において、鋳鉄は、クロムを0.25?0.65重量%、またはクロムを0.3?0.55重量%含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、クロムを少なくとも0.25重量%、またはクロムを0.65重量%以下含む。一実施の形態において、鋳鉄は、バナジウムを0.2重量%以下、またはバナジウムを0.17重量%以下含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、バナジウムを少なくとも0.01重量%含む。一実施の形態において、鋳鉄は、ニオブを0.2重量%以下、またはニオブを0.15重量%以下含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、ニオブを少なくとも0.01重量%含む。一実施の形態において、鋳鉄は、タングステンを0.5重量%以下、またはタングステンを0.45重量%以下含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、タングステンを少なくとも0.01重量%含む。一実施の形態において、鋳鉄は、ホウ素を0.1重量%以下、またはホウ素を0.08重量%以下含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、ホウ素を少なくとも0.01重量%含む。
【0020】
鋳鉄は、好ましくは、非常に優れた曲げ強度および硬度に寄与する量のモリブデンおよびニッケルを含む。一実施の形態において、鋳鉄は、モリブデンを0.3?0.5重量%、またはモリブデンを0.34?0.39重量%含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、モリブデンを少なくとも0.3重量%、またはモリブデンを0.5重量%以下含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、ニッケルを0.22重量%以下、またはニッケルを0.10?0.25重量%含む。さらに別の実施の形態において、鋳鉄は、ニッケルを少なくとも0.10重量%、またはニッケルを0.25重量%以下含む。
【0021】
また、鋳鉄は、好ましくは、非常に優れた物理的特性に寄与する量のチタンも含む。一実施の形態において、鋳鉄は、チタンを0.03?0.09重量%、またはチタンを0.04?0.08重量%含む。別の実施の形態において、鋳鉄は、チタンを少なくとも0.03重量%、またはチタンを0.09重量%以下含む。」
(ウ)「【0022】
鋳鉄組成物の残りは、好ましくは、マルテンサイトおよびベイナイトのうちの少なくとも1つを含むマトリックスをもたらすのに十分な量の鉄から本質的になっている。一実施の形態において、鋳鉄は、鉄を少なくとも75.0重量%、または鉄を少なくとも85.0重量%含む。鋳鉄の残りは好ましくは鉄からなっているが、鋳鉄は、鋳鉄の総重量に基づいて、好ましくは1.0重量%以下の量の不純物も含み得る。
【0023】
鋳鉄のマトリックスは、マルテンサイトおよびベイナイトのうちの少なくとも1つ、好ましくはマルテンサイトを含む微細構造を含む。一実施の形態において、マトリックスは、マトリックスの総体積に基づいて、マトリックスの体積百分率(体積%)で、マルテンサイトを80?90体積%含む。
【0024】
好ましくは、鋳鉄は、マトリックス全体にわたって分散した炭化物の微細分布を含む。炭化物の微細分布は、鋳鉄がもたらす非常に優れた耐摩耗性に寄与する。クロム、バナジウム、ニオブ、タングステンおよびホウ素の量は、マトリックスに形成される炭化物の量に寄与する。また、鋳鉄は、マトリックス全体にわたって分散した硫化マンガン(MnS)も含み、これは鋳鉄の機械加工性の向上に寄与する。マンガンおよび硫黄の量は、鋳鉄におけるMnSの量に寄与する。一実施の形態において、鋳鉄は、鋳鉄の総体積に基づいて、Mnを0.5?1.5体積%含む。
【0025】
鋳鉄のマトリックスは、好ましくは、フェライト、オーステナイトおよびステダイトを含んでいない。好ましくは、混ぜ合わせられたフェライト、オーステナイトおよびステダイトの総量は、マトリックスの総体積に基づいて、5体積%以下である。フェライト、オーステナイトおよびステダイトの量が少なく、マルテンサイトおよびベイナイトの量が多いことは、鋳鉄の機械加工性の向上および非常に優れた物理的特性に寄与する。」
(エ)「【0030】
次に、当該方法は、所望の形状をもたらすために、合金を溶融して、型の中で合金を鋳造するステップを含む。一実施の形態において、型は、上面24、底面22、内径面26および外径面28を有するピストンリング20の形状をもたらす。
【0031】
次に、当該方法は、鋳造合金を60?120分間にわたって華氏1750?1875度の温度に加熱することによって、鋳造合金をオーステナイト化するステップを含む。次に、当該方法は、オーステナイト化された合金を華氏140?150度の温度の油の中で焼入れするステップを含む。当該方法はさらに、60?120分間にわたる華氏950?1150度の温度での焼入れステップの後に合金を焼戻しして、完成した鋳鉄をもたらすステップを含む。
【0032】
実験
本発明の実施の形態に従って形成された2つの鋳鉄に対して性能試験を行った。鋳鉄の重量%での本発明の実施例の2つの鋳鉄の組成は、実施例1および2として表1に開示されている。本発明の実施例を従来のねずみ鋳鉄と比較した。比較例のねずみ鋳鉄の組成も表1に開示されている。
【0033】
【表1】


【0034】
次いで、本発明の鋳鉄および比較例の鋳鉄を、硬度、弾性率、曲げ強度および耐摩耗性について試験した。金属材料のロックウェル硬度のための標準的な方法であるASTM E18-086に従って、各鋳鉄の硬度を試験した。硬度試験の結果は、表2に示されており、本発明の鋳鉄が従来のねずみ鋳鉄よりも優れた硬度を有することを示している。」

ここで、【0024】の「鋳鉄は、鋳鉄の総体積に基づいて、Mnを0.5?1.5体積%含む。」は、「鋳鉄は、鋳鉄の総体積に基づいて、MnSを0.5?1.5体積%含む。」の明らかな誤記であると認める。

イ 前記(1)ア及び(2)アによれば、
ピストンリング用の鋳鉄は、機械加工性を向上させて望ましい物理的特性をもたらすために、炭素当量は3.4?4.2であり、
炭素を2.2?2.9重量%、
シリコンを3.2?4.2重量%、
銅を0.75?1.25重量%、
マンガンを1.0?1.5重量%、
硫黄を0.09?0.15重量%、および
リンを0.1重量%以下含み、
優れた耐摩耗性に寄与するクロムを0.3?0.55重量%、バナジウムを0.17重量%以下、ニオブを0.15重量%以下、タングステンを0.45重量%以下、ホウ素を0.08重量%以下含み、
優れた曲げ強度および硬度に寄与するモリブデンを0.34?0.39重量%、ニッケルを0.10?0.25重量%含み、
優れた物理的特性に寄与するチタンを0.04?0.08重量%含み、鉄を少なくとも75.0重量%含み、
前記鋳鉄はマトリックスを含み、前記マトリックス全体にわたって分散した硫化マンガン(MnS)および炭化物を含み、
前記マトリックスは、マルテンサイトおよびベイナイトのうちの少なくとも1つを含み、
前記鋳鉄は、機械加工性の向上に寄与するMnSを、鋳鉄の総体積に基づいて、0.5?1.5体積%含み、
前記鋳鉄のマトリックスは、マトリックスの総体積に基づいて、マトリックスの体積百分率(体積%)で、マルテンサイトを80?90体積%含む、
場合に、前記(1)イの課題を解決できると認められる。

ウ 一方、金属合金の成分組成について、具体的な実施例として表1に記載されているものは、Cr、V、Nb、W、Ni、Mo、Ti等のさらなる元素が添加されたものであって、特定の成分組成のもののみが記載されているに過ぎず、これらのさらなる元素が添加されていない組成のものや、前記イで課題を解決し得ると認定した範囲のもの以外のものについて、前記(1)イの課題が解決し得ると認識できるまでの裏付けを開示するものではない。
さらに、具体的な実施例として表1に記載されているものについて、マトリックスがどのような金属組織であるのかといった記載はないし、機械加工性について評価を行った旨の記載もない。

(3)本願発明1が前記(1)イの課題を解決し得ると当業者が認識できるか否かについて
本願発明1は、課題を解決し得る範囲と認定した前記(2)イの範囲外のものを含むものである。
具体的には、本願発明1は、鋳鉄の炭素当量、添加元素、マトリックスにおけるMnSの体積分率、マトリックスにおけるマルテンサイトの体積分率について特定されていないから、前記(2)イに照らして、当業者において、前記(1)イの課題を解決し得ると認識できる範囲のものではない場合を含むことが明らかである。
また、これらの特定がなくても、当業者であれば、前記(1)イの課題を解決し得ると認識できると認めるに足る記載も技術常識もない。
したがって、本願発明1は、当業者において、課題を解決し得ると認識できる範囲を超えるものであり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合しない。

第5 請求人の意見について
ア 請求人は、平成30年 4月20日提出の意見書において、以下のとおり主張する。
「合議体は、本願発明が解決すべき課題は、「機械加工性、曲げ強度、硬度、耐摩耗性、弾性率に優れ、低コストで製造可能なピストンリング及び当該ピストンリングを形成するための鋳鉄を提供すること」であるとご認定されています。
しかし、本願の出願人は上記ご認定に承服できません。具体的に説明すれば、以下のとおりです。
すなわち、本願明細書の段落[0004]においては、先行技術のピストンリング用鋳鉄の課題を、「機械加工するのが困難であるか」、または、「所望の物理的特性を達成するために高価な合金化添加物が必要であり」と記載しています。すなわち、本願発明が解決すべき課題は、「ピストンリングを形成するための鋳鉄」において「機械加工性を向上させること」または「低コストで所望の物理的特性を達成すること」であり、合議体が認定されるように、これら2つの課題を常に両方とも解決する必要は必ずしもなく、「機械加工性を向上させること」および「低コストで所望の物理的特性を達成すること」のいずれか一方を達成すればよいと理解すべきものです。
そして、本願明細書の段落[0012]において、「ピストンリング20の鋳鉄は、機械加工性を向上させて望ましい物理的特性をもたらすために、特定の量の炭素、シリコン、銅、マンガン、硫黄およびリンを含む。」との記載があり、段落[0024]において「鋳鉄は、マトリックス全体にわたって分散した硫化マンガン(MnS)も含み、これは鋳鉄の機械加工性の向上に寄与する。」との記載があるところ、補正後の請求項1,15,16,22に係る本願発明は、いずれも「ピストンリング」、「鋳鉄」、「炭素を2.2?2.9重量%、シリコンを3.2?4.2重量%、銅を0.75?1.25重量%、マンガンを1.0?1.5重量%、硫黄を0.09?0.15重量%、およびリンを0.1重量%以下含む」こと、および「前記鋳鉄はマトリックスを含み、前記マトリックス全体にわたって分散した硫化マンガン(MnS)および炭化物を含」むことを規定するものであり、段落[0012]、[0024]の上記記載に基づけば、補正後の請求項1,15,16,22に係る本願発明により、「ピストンリング用の鋳鉄の機械加工性を向上」させることが可能であると当業者が理解し得るものです。
よって、補正後の請求項1,15,16,22に係る発明は、本願発明が解決すべき課題を解決しているといえるものであり、発明の詳細な説明に記載した発明であると思料致します。」

イ 請求人の前記アの主張は、本願発明1においては、「機械加工性を向上させること」又は「低コストで所望の物理的特性を達成すること」のいずれか一方の課題を解決できればよいのであり、本願発明1は、その発明特定事項のみによって、「機械加工性を向上させること」という課題を解決できるから、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合する旨をいうものと解される。

ウ そこで検討すると、前記第4(1)ア(ア)段落【0004】の記載によれば、先行技術の鋳鉄は、機械加工するのが困難であるか、または、所望の物理的特性を達成するために高価な合金化添加物が必要であり、そのため、内燃機関の用途のピストンリングでの先行技術の鋳鉄の使用は制限されるものである。
そして、機械加工するのが困難であっても、あるいは、所望の物理的特性を達成するために高価な合金化添加物が必要であっても、内燃機関の用途のピストンリングでの鋳鉄の使用が制限されるのであれば、これらの問題点が全て解決されない限り、内燃機関の用途のピストンリングでの鋳鉄の使用が制限されることに変わりはないから、本願発明1が、これらの問題点を全て解決することを課題としていると当業者は理解するものである。

エ また、発明の詳細な説明には、「ピストンリング20の鋳鉄は、機械加工性を向上させて望ましい物理的特性をもたらすために、特定の量の炭素、シリコン、銅、マンガン、硫黄およびリンを含む。」(【0012】)、「鋳鉄のマトリックスは、好ましくは、フェライト、オーステナイトおよびステダイトを含んでいない。好ましくは、混ぜ合わせられたフェライト、オーステナイトおよびステダイトの総量は、マトリックスの総体積に基づいて、5体積%以下である。フェライト、オーステナイトおよびステダイトの量が少なく、マルテンサイトおよびベイナイトの量が多いことは、鋳鉄の機械加工性の向上および非常に優れた物理的特性に寄与する。」(【0025】)と記載されているから、当該記載に接した当業者は、本願発明においては、炭素、シリコン、銅、マンガン、硫黄およびリンの含有量並びにフェライト、オーステナイト、ステダイト、マルテンサイト及びベイナイトの量を適切な範囲とすることで、「機械加工性を向上させること」及び「低コストで所望の物理的特性を達成すること」という課題が共に解決できることを理解するものである。そして、このような理解は、合金の技術分野において、合金の特性は、合金の成分組成と金属組織とで決まり、両者は密接に関係するという技術常識とも合致するものである。

オ そうすると、発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、本願発明が、「機械加工性を向上させること」又は「低コストで所望の物理的特性を達成すること」のいずれか一方の課題を解決できればよく、例えば「低コストで所望の物理的特性を達成すること」が解決できなくても、「機械加工性を向上させること」だけが解決できればよい、と理解するのではなく、「機械加工性を向上させること」及び「低コストで所望の物理的特性を達成すること」とは、それぞれが別個に独立した課題ではなく、合金の成分組成と金属組織とに密接に関係してお互いに関連するものであるから、本願発明は、「機械加工性を向上させること」及び「低コストで所望の物理的特性を達成すること」の両方を解決することを課題とするものであると理解するのであり、このことは、上記ウとも合致するものである。

カ してみれば、本願発明が、「機械加工性を向上させること」又は「低コストで所望の物理的特性を達成すること」のいずれか一方の課題を解決できればよいものとはいえないから、請求人の前記アの主張は採用できない。

キ 更に、仮に、本願発明1が、「機械加工性を向上させること」又は「低コストで所望の物理的特性を達成すること」のいずれか一方の課題を解決できればよいものであるとして検討してみても、前記第4(2)ア(ウ)によれば、「機械加工性を向上させること」という課題を解決するためには、少なくとも、鉄の量(【0022】)、MnSの量(【0024】)及びフェライト、オーステナイト、ステダイト、マルテンサイト及びベイナイトの量(【0023】、【0025】)を適切な範囲とする必要があるが、本願発明1において、かかる事項は特定されていないので、本願発明1により、「機械加工性を向上させる」という課題が解決できるとはいえない。

ク また、発明の詳細な説明には、「低コストで所望の物理的特性を達成すること」という課題を解決できる成分組成の実施例として前記第4(2)ア(エ)段落【0033】の「表1」のものしか記載されていないが、本願発明1は、この「表1」に記載される組成を特定するものではないし、金属組織について、この「表1」は何ら開示しておらず、本願発明1が、フェライト、オーステナイト、ステダイト、マルテンサイト及びベイナイトの適切な量を特定するものではない以上(【0025】)、本願発明1の発明特定事項のみによって、「低コストで所望の物理的特性を達成する」という課題が解決できるともいえない。

ケ よって、仮に、本願発明1が、「機械加工性を向上させること」又は「低コストで所望の物理的特性を達成すること」のいずれか一方の課題を解決できればよいものであるとしても、本願発明1は、当業者において、課題を解決し得ると認識できる範囲を超えるものであり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するものではない。

第6 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した発明ではないから、本願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合せず、特許を受けることができないものである。
したがって、その余の請求項に係る発明に論及するまでもなく本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-05-10 
結審通知日 2018-05-15 
審決日 2018-05-28 
出願番号 特願2014-544862(P2014-544862)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C22C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田口 裕健  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 金 公彦
結城 佐織
発明の名称 ピストンリングの用途のための高弾性の耐摩耗性のねずみ鋳鉄  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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