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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
管理番号 1345449
審判番号 不服2017-5128  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-10 
確定日 2018-10-25 
事件の表示 特願2013-135611「インクジェット印刷方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 1月19日出願公開、特開2015- 10143〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は、平成25年6月27日を出願日とする特許出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成25年 6月27日 :特許出願
平成28年 9月28日付け:拒絶理由の通知
平成28年12月 5日 :意見書、手続補正書の提出
平成29年 1月 4日付け:拒絶査定
平成29年 4月10日 :審判請求書、手続補正書の提出
平成29年 5月12日付け:前置報告
平成29年 9月 1日付け:拒絶理由の通知
平成29年11月 6日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年 2月28日付け:拒絶理由の通知(最後)及び審尋
平成30年 5月 7日 :意見書、手続補正書の提出

以下、平成29年9月1日付けで当審が通知した拒絶理由を「当審拒絶理由」、平成30年2月28日付けで当審が通知した拒絶理由を「当審最後の拒絶理由」ということがある。

また、平成29年4月10日付け手続補正による補正を「手続補正A」、平成29年11月6日付け手続補正による補正を「手続補正B」、平成30年5月7日付け手続補正による補正を「手続補正C」ということがある。

なお、当審最後の拒絶理由では、手続補正Bによって通知することが必要になった拒絶理由のみを通知し、「伸長重合法」について審尋を行った。



2.平成30年5月7日付け手続補正による補正(手続補正C)についての補正の却下の決定

[補正の却下の結論]

手続補正Cを却下する。

[理由]

(1)手続補正Cの内容

当該手続補正Cにより、請求項1の記載は以下のとおりに補正された。

(補正前)
「【請求項1】
溶剤と、バインダ樹脂の粒子とを含有し、当該溶剤に当該バインダ樹脂の粒子が単独で分散又は懸濁したインクジェット印刷用インクを用いるインクジェット印刷方法であって、
上記バインダ樹脂の粒子は、伸長重合法によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより少なくとも一つの断面が楕円である扁平粒子を含み、被記録媒体上に着弾し形成された、上記インクジェット印刷用インクのインク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向して、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減するとともに、当該被記録媒体の上で一様な上記インク層を形成して、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合より上記インク層の表面における光の乱反射を抑えるようにしたことを特徴とするインクジェット印刷方法(ただし、画像記録後に加圧する加圧工程を含むインクジェット印刷方法を除く。)。」

(補正後)
「【請求項1】
溶剤と、バインダ樹脂の粒子とを含有し、当該溶剤に当該バインダ樹脂の粒子が単独で分散又は懸濁したインクジェット印刷用インクを用いるインクジェット印刷方法であって、
上記バインダ樹脂の粒子は、バインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化する異形化により少なくとも一つの断面が楕円である扁平粒子を含み、被記録媒体上に着弾して、上記インクジェット印刷用インクの溶剤が乾燥した上記インクジェット印刷用インクの一様なインク層となる前の、インク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向して、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減するとともに、当該被記録媒体の上で一様な上記インク層を形成して、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合より上記インク層の表面における光の乱反射を抑えるようにしたことを特徴とするインクジェット印刷方法(ただし、画像記録後に加圧する加圧工程を含むインクジェット印刷方法を除く。)。」


(2)補正の要件の適否について

上記請求項1に対する補正は、補正前の請求項1に記載されていた「バインダ樹脂の粒子」に含まれる扁平粒子に関して、「伸長重合法によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより少なくとも一つの断面が楕円である」ものから、「バインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化する異形化により少なくとも一つの断面が楕円である」ものにする補正を含むものであり、「伸長重合法によって」という発明特定事項が削除されている。
ここで、「伸長重合法」という重合方法が技術的に明確ではないものの、少なくとも一つの断面が楕円であるようにするための手段として、前者は重合法によって(重合中に)バインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて扁平化することを意味しているといえるのに対して、後者は、本件明細書の段落【0092】の異形化に関する記載を参酌するに、重合後に得られたバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて扁平化することも含むものとなったから、扁平化の手段が異なるものとなり、結果として、扁平粒子の態様を拡張するものである。よって、補正後の請求項1に記載された発明は、補正前の請求項1に記載された発明を拡張するものである。
したがって、上記請求項1に対する補正は、特許法第17条の2第5項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものでもなく、請求項の削除、誤記の訂正を目的とするものではない。
また、当該補正は、「伸長重合法」という用語を削除したに過ぎず、「伸長重合法」について何ら釈明するものでなく、最後の拒絶理由で通知した「伸長重合法」に関する明確性要件及び実施可能要件に係る拒絶の理由についてするものでもないことから、明りようでない記載の釈明を目的とするものでもない。


(3)手続補正Cについてのまとめ

よって、手続補正Cに含まれる上記(2)で検討した請求項1に対する補正は、特許法第17条の2第5項の規定に適合しないものであるから、手続補正Cの他の補正事項について検討するまでもなく、同法159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。



3.本願発明について

手続補正Cは、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?5に係る発明は、手続補正Bにより補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)を再掲すると、以下のとおりである。

「【請求項1】
溶剤と、バインダ樹脂の粒子とを含有し、当該溶剤に当該バインダ樹脂の粒子が単独で分散又は懸濁したインクジェット印刷用インクを用いるインクジェット印刷方法であって、
上記バインダ樹脂の粒子は、伸長重合法によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより少なくとも一つの断面が楕円である扁平粒子を含み、被記録媒体上に着弾し形成された、上記インクジェット印刷用インクのインク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向して、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減するとともに、当該被記録媒体の上で一様な上記インク層を形成して、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合より上記インク層の表面における光の乱反射を抑えるようにしたことを特徴とするインクジェット印刷方法(ただし、画像記録後に加圧する加圧工程を含むインクジェット印刷方法を除く。)。」



4.最後の拒絶理由の概要

(1)平成30年2月28日付けで当審が通知した「最後の拒絶理由」の概要は、以下のとおりである。

理由I(明確性要件)

平成29年11月6日付け手続補正書でした補正(手続補正B)における請求項1に係る発明のバインダ樹脂の粒子は、「伸長重合法」によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより得られる旨記載されているものの、伸長重合法が一般的にどのような重合法を意味しているのか不明であるから、結果として請求項1に係る発明が不明確となっている。
よって、本件出願は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。


理由II(実施可能要件)

手続補正Bにおける請求項1に係る発明は、「被記録媒体上に着弾し形成された、上記インクジェット印刷用インクのインク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向して、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減する」旨の構成が記載されているが、着弾時に被記録媒体の表面を沿うように扁平粒子が倒れる際に、如何にしてインク層内において、「最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向」するのか分からず、印刷方法においてどのような条件を選択すればよいのか、特定の長径短径比率を有する扁平粒子を選び、通常のインクジェットの印刷方法を採用すれば全てが前記構成を備えることができるのか、本願明細書及び技術常識を参酌しても理解することはできない(理由II-1)。
さらに、請求項1に係る発明のバインダ樹脂の粒子は、「伸長重合法」によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより得られる旨記載されているものの、伸長重合法が一般的にどのような重合法を意味しているのか明らかでなく、本願明細書を参酌しても、本願発明のようなビニルモノマーを重合させる際にどのように製造すれば、少なくとも一つの断面が楕円である偏平粒子が得られるのか理解できない(理由II-2)。
よって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。
したがって、本件出願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


理由III(進歩性)

手続補正Bにおける請求項1に係る発明は、下記引用例1に記載された発明及び周知の技術的事項(引用例2及び引用例3)に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
したがって、本件出願は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用例1.特開2003-313473号公報
引用例2.特開2002-179960号公報
引用例3.特開2010-8716号公報


(2)また、以下のような「審尋」を行った。

「以下の2点において、客観的な根拠を基に説明してください。
・「伸長重合法」がどのような重合法であるのか。
・「伸長重合法」が、当該重合法により得られた粒子の扁平形状とどのように関連するのか。」



5.当審の判断

(1)最後の拒絶理由の理由I(明確性要件)について

ア 最後の拒絶理由の理由I(明確性要件)の内容

本願発明1(手続補正Bにより補正された請求項1)は、扁平粒子が「伸長重合法によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより少なくとも一つの断面が楕円である」旨規定されているが、当該「伸長重合法」は、一般に使用されている技術用語でないこと、本願明細書の段落【0009】、【0034】、【0038】?【0053】、【0087】の「伸長重合法」に言及した記載箇所を参酌しても、段落【0039】?【0051】に記載のモノマーを通常の条件(撹拌等)で乳化重合して得られたポリマーとどのように異なるのか、理解できないことから、本願明細書の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、伸長重合法によって得られた扁平粒子がどのような粒子であるか不明であり、当該粒子を使用したインクジェット印刷方法も結果として明確でない。

イ 請求人の主張について

これに対して、請求人は、手続補正Cにより、上記2.[理由](1)手続補正Cの内容に記載したとおりの補正を行い、平成30年5月7に提出した意見書においては、理由I(明確性要件)の拒絶理由に対して、補正によって伸長重合なる記載はなくなったことから、本願は明確になった旨主張した。
しかし、手続補正Cにより補正された発明は、上記2.[理由](2)?(4)に記載したとおり、目的外の補正であり、却下されたから、出願人の主張は採用することができない。

ウ 最後の拒絶理由の理由I(明確性要件)についてのまとめ

よって、本願発明は、明確であるとすることができないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
したがって、他の請求項について検討するまでもなく、最後の拒絶理由において通知した理由I(明確性要件)の拒絶理由は、依然として解消していない。


(2)最後の拒絶理由の理由II(実施可能要件)について

ア 最後の拒絶理由の理由II(II-1)の内容

本願発明1は、「被記録媒体上に着弾し形成された、上記インクジェット印刷用インクのインク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向して、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減する」旨の構成が記載されている。
そして、本願効果である被記録媒体上に着弾したインク表面に生じる凹凸を埋めるためには【図1】に記載されるように扁平な粒子が規則的に並ぶ必要があるが、本願の発明の詳細な説明の段落【0007】に記載のとおり、扁平粒子が、着弾時に被記録媒体の表面で扁平粒子が倒れることは理解できるものの、通常、当該扁平粒子同士はそれぞれの粒子の端が重なったり、交差したり、一方の扁平粒子の端に倒れかかるように斜めに他方の扁平粒子が存在することが想定されるにもかかわらず、インク層内において、本願発明1で特定されるように「最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向」する、つまり扁平粒子が規則性をもって被記録媒体上に揃うには、印刷方法において如何なる条件を選択すればよいのか、特定の長径短径比率を有する扁平粒子を選び、通常のインクジェットの印刷方法を採用すれば全てが前記構成を備えることができるのか、本願明細書には記載されておらず、技術常識でもないことから、どのように実施できるのか理解することはできない。

イ 請求人の主張について

請求人は、手続補正Cにより、上記2.[理由](1)手続補正Cの内容に記載したとおりの補正を行い、平成30年5月7に提出した意見書においては、理由II(実施可能要件)の拒絶理由に対して、「審判官殿がご指摘されている「着弾時」というのは、正確には〔0007〕及び〔0029〕には「着弾したとき」又は「着弾し」であって、「着弾」した時点という1つのポイントを示しているわけではありません。すなわち、本願発明の場合、着弾した結果、「最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向」となるということを説明するものであって、「着弾時」という1つの時点を指すのではありません。
従って、「着弾したとき」又は「着弾し」た後に、明細書では明記されていませんが、溶剤が乾燥して蒸発していくに伴って、扁平粒子が倒れて図1の(b)の状態になる前の図1の(a)の状態のようになるというのが正確な説明となります。このようにして、溶剤が乾燥して蒸発していくに伴って、当該扁平粒子が、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が被記録媒体の表面に交差するように配向することは当業者であれば認識できることを、ご理解頂けるものと思料します。そして、扁平粒子が倒れることによって、当該扁平粒子が、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が被記録媒体の表面に交差するように配向することはご理解頂けるものと思料します。
なお、本願出願当初の明細書の段落〔0030〕に記載のように、扁平粒子が、少なくとも一つの断面が楕円であるのですから、その重心を通過する径のうち、最も長い径である長軸が、被記録媒体の表面に沿うように、扁平粒子が被記録媒体上において倒れることは明確です。このように倒れると、扁平粒子である本願請求項1のインクは、必ず上記の通り配向します。」(以下、「主張イ-1」という。)、「さらに補足の説明を差し上げます。本願では溶剤に扁平粒子を単独で分散又は懸濁させたインクジェット印刷用インクを用いています。インクジェット印刷用インクは通常25℃の環境下で3mPa・sec?18mPa・sec程度という低粘度です。そのため、扁平粒子は溶剤中で自由に姿勢を変化させることが可能です。そして溶剤を乾燥させることで溶剤表面は徐々に後退するので扁平粒子は液体表面に沿うように矯正され、最も長い径である長軸が、被記録媒体の表面に沿うように扁平粒子が被記録媒体上において倒れます。その結果、扁平粒子において、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が被記録媒体の表面に交差するように被記録媒体上に扁平粒子が配向します(本願出願当初の明細書の段落〔0029〕?〔0032〕もご参照ください。)。この説明からも、審判官殿が理解することができないとされた点は、ご理解頂けたものと確信します。」(以下、「主張イ-2」という。)旨主張する。

そこで、上記「主張イ-1」及び「主張イ-2」について以下に検討する。


(主張イ-1)

請求人は、「着弾したとき」又は「着弾し」た後に、溶剤が乾燥して蒸発していくに伴って、扁平粒子が倒れて図1の(b)の状態になる前の図1の(a)の状態のようになる旨説明しており、図1(a)及び図1(b)を利用し、溶剤が乾燥して蒸発していく機構を時系列で説明しているが、本願明細書の段落【0029】には、「図1中(a)は、被記録媒体10上に形成されたインク層20内における、着色剤2を内包する扁平粒子1の状態を模式的に示しており、(b)は、被記録媒体10上に形成されたインク層20を模式的に示している。」と記載されており、つまり、図1(a)は単にインク層内の扁平粒子の状態を表し、図1(b)は単に一つ一つの扁平粒子の形に着目せず、インク層の外形を示したに過ぎないことから、当該説明は、当初明細書の範囲内で行ったものではなく、当該点において、出願人の主張は到底採用できるものではない。

そして、着弾したときや着弾した後に、溶剤が乾燥して蒸発するにつれて扁平粒子が倒れることは理解できるものの、その倒れ方は、粒子それぞれ平面に対して任意の方向に倒れ、粒子の長軸がそれぞれ揃った方向で倒れたり、隣接する扁平な粒子同士が等間隔な規則性を保ちながら配置されることは理解できず、扁平粒子同士の位置関係に応じて、例えば、一方の扁平粒子の端に他方の扁平粒子が引っかかり、斜めに倒れてしまうことが通常想定される。そうすると、必ず「扁平粒子が、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が被記録媒体の表面に交差するように配向する」ための手段や「扁平粒子が、少なくとも一つの断面が楕円であるのですから、その重心を通過する径のうち、最も長い径である長軸が、被記録媒体の表面に沿うように、扁平粒子が被記録媒体上において倒れる」ための手段は、本願明細書に開示されておらず、如何なる方法で扁平粒子が当該配向状態となることを達成するのか不明である。また、当該手段は技術常識でもない。

したがって、依然として、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということはできず、実施可能要件に適合しないといわざるを得ない。


(主張イ-2)

出願人は、インクジェット印刷用インクは通常低粘度であって、溶剤中で自由に姿勢を変化させることが可能であり、溶剤を乾燥させることで溶剤表面は徐々に後退するので扁平粒子は液体表面に沿うように矯正され、最も長い径である長軸が、被記録媒体の表面に沿うように扁平粒子が被記録媒体上において倒れ、扁平粒子において、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が被記録媒体の表面に交差するように被記録媒体上に扁平粒子が配向する旨主張する。

しかしながら、溶剤が乾燥して蒸発するにつれて扁平粒子が倒れることは理解できるものの、上記(主張イ-1)でも記載したとおり、粒子がそれぞれ倒れる方向は任意であり、隣接する粒子同士が重なって倒れる扁平粒子の存在が想定されるにもかかわらず、これを無視して、「最も長い径である長軸が、被記録媒体の表面に沿うように扁平粒子が被記録媒体上において倒れ、扁平粒子において、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が被記録媒体の表面に交差するように被記録媒体上に扁平粒子が配向する」、つまり、扁平粒子の長軸と短軸が被記録媒体の表面と並行になるように扁平粒子が倒れるための手段を、十分説明したとはいえない。

したがって、依然として、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということはできず、実施可能要件に適合しないといわざるを得ない。


ウ 最後の拒絶理由の理由II(II-1)についてのまとめ

よって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものとすることができないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

したがって、最後の拒絶理由において通知した理由II(実施可能要件)の(II-1)の拒絶理由は、依然として解消していない。


エ 最後の拒絶理由の理由II(II-2)の内容

本願の発明の詳細な説明が、本願発明1のバインダ樹脂の粒子は、「伸長重合法」によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより得られる旨記載されているものの、当該「伸長重合法」は通常使用される用語でなく、伸長重合法が一般的にどのような重合法を意味しているのか明らかでないこと、本願明細書を参酌しても、「伸長重合法」という重合法が、本願発明のようなビニルモノマーを重合させる際に通常の乳化重合中に撹拌等でせん断力を加える手法と同様であるのか否か、どのように製造すれば、少なくとも一つの断面が楕円である偏平粒子が得られるのか明確でなく、どのように本願発明を実施できるのか理解できない。


オ 請求人の主張について

これに対して、請求人は、手続補正Cにより、上記2.[理由](1)手続補正Cの内容 に記載したとおりの補正を行い、平成30年5月7に提出した意見書においては、理由II(II-2)(実施可能要件)の拒絶理由に対して、補正によって伸長重合なる記載はなくなったことから、本願は明確になった旨主張した。

しかし、手続補正Cは、上記2.[理由](2)?(4)に記載したとおり、却下されるため、出願人の主張は採用することができない。


カ 最後の拒絶理由の理由II(II-2)についてのまとめ

よって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものとすることができないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

したがって、当審拒絶理由において通知した理由II(実施可能要件)の(II-2)の拒絶理由は、依然として解消していない。


(3)最後の拒絶理由の理由III(進歩性)について

ア 最後の拒絶理由の理由III(進歩性)の内容

上記拒絶理由の理由IIIは、要するに、本願発明は、本願出願日前に頒布された下記引用例1に記載された発明及び周知の技術的事項(引用例2及び引用例3)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定によって特許を受けることができない、という理由を含むものである。

引用例1:特開2003-313473号公報
引用例2:特開2002-179960号公報
引用例3:特開2010-8716号公報


イ 引用例1の記載事項

上記拒絶理由の理由IIIで引用した引用例1には、以下の事項が記載されている。

(摘示1-1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 色材と樹脂とを含有した着色微粒子を含有するインクジェット記録用水性インクにおいて、針状比率(粒子の最大長/最小幅)が1.2?3.0の着色微粒子を20個数%以上含有することを特徴とするインクジェット記録用水性インク。
【請求項2】 前記色材が、油溶性染料であることを特徴とする請求項1記載のインクジェット記録用水性インク。」

(摘示1-2)「【0021】一方、本発明で規定する針状比率からなる真円から外れている着色微粒子を用いた場合には、粒子同士あるいは粒子とメディアとの間の接触面積が増大するため、その間の結合力が強くなり、容易に脱着しなくなることが考えられる。」

(摘示1-3)「【0024】本発明でいう針状比率は、下記に記載の方法で求めることができる。具体的には、着色微粒子を含むインクを、色材濃度として0.01%になるように適当な溶媒で希釈した後、グロー放電により親水化されたポリエチレンテレフタレートフィルム上に滴下し乾燥させる。
【0025】着色微粒子が搭載されたフィルムは、真空蒸着装置にてフィルム面に対して30°の角度から厚さとして3nmのPt-Cを電子ビームにより斜め蒸着した後、観察に使用することが好ましい。
【0026】その他、電子顕微鏡観察技法、および試料作製方法の詳細については「日本電子顕微鏡学会関東支部編/医学・生物学電子顕微鏡観察法」(丸善)、「日本電子顕微鏡学会関東支部編/電子顕微鏡生物試料作製法」(丸善)をそれぞれ参考にすることができる。
【0027】作製された試料は、電界放射型走査電子顕微鏡(以下FE-SEMと称す)を用いて加速電圧2?4kV、倍率として5000?20000倍にて、着色微粒子の二次電子像を観察し、適当な記録媒体への画像保存を行う。
【0028】上記処理のためには、電子顕微鏡本体からの画像信号をAD変換し直接メモリ上にデジタル情報として記録可能な装置を用いるのが便利であるが、ポラロイド(登録商標)フィルムなどに記録されたアナログ画像もスキャナなどでデジタル画像に変換し、シェーディング補正、コントラスト・エッジ強調などを必要に応じ施すことにより使用することができる。
【0029】適当な媒体に記録された画像は、画像1枚を少なくとも1024画素×1024画素、好ましくは2048画素×2048画素以上に分解し、コンピュータによる画像処理を行うことが好ましい。
【0030】上記記載の画像処理の手順としては、まず、ヒストグラムを作製し、2値化処理によって着色微粒子に相当する箇所を抽出する。やむを得ず凝集した粒子は適当なアルゴリズムまたはマニュアル操作にて切断し、輪郭抽出を行う。その後、各粒子の最大長(MX LNG)および2本の平行線で挟んだ際の最小幅すなわちフェレ径最小幅(WIDTH)を少なくとも1000個の着色微粒子に関して各々測定し、各粒子ごとに下記式にて針状比率を求める。
【0031】
針状比率=(MX LNG)/(WIDTH)
上記手順で計測を行う際には、あらかじめ、標準試料を用いて、1画素あたりの長さ補正(スケール補正)および計測系の2次元ひずみの補正を十分に行うことが好ましい。標準試料としては、米国ダウケミカル社より市販されるユニフォーム・ラテックス・パーティクルス(DULP)が適当であり、0.1ないし0.3μmの粒径に対して10%未満の変動係数を有するポリスチレン粒子が好ましく、具体的には粒子径0.212μm、標準偏差0.0029μmというロットが入手可能である。
【0032】画像処理技術の詳細は「田中弘編 画像処理応用技術(工業調査会)」を参考にすることができ、画像処理プログラムまたは装置としては上記操作が可能なのであれば特に限定はされないが、一例としてニレコ社製Luzex-IIIが挙げられる。
【0033】本発明のインクジェット記録用水性インクにおいては、針状比率(着色微粒子の最大長/最小幅)が1.2?3.0の着色微粒子を20個数%以上含有していることが特徴であるが、好ましくは40?100個数%、より好ましくは60?100個数%である。また、着色微粒子の針状比率の平均値は、1.2?3.0であることが特徴であるが、好ましくは1.2?2.5である。
【0034】上記規定する針状比率を有する着色微粒子を用いることにより、耐擦過性、アルバム保存性及び酸化性ガス耐性に優れた画像を得ることができる。
【0035】本発明において、上記で規定する針状比率を有する着色微粒子を得る方法としては、特に制限はないが、例えば、着色微粒子調製時の製造条件を最適化することにより、所望の針状比率を有する着色微粒子を得ることができる。」

(摘示1-4)「【0037】本発明で用いることのできる樹脂(以下、ポリマーともいう)としては、一般に知られているポリマーから適宜選択して使用することが可能であるが、特に好ましいポリマーは、主な官能基としてアセタール基を含有するポリマー、炭酸エステル基を含有するポリマー、水酸基を含有するポリマー、および、エステル基を有するポリマーであり、特に最表部のシェル部分を構成するポリマーは、水酸基を有していることが好ましい。上記のポリマーは、置換基を有していてもよく、その置換基は直鎖状、分岐、あるいは環状構造をとっていてもよい。また、上記の官能基を有するポリマーは、各種のものが市販されているが、常法によって合成することもできる。また、これらの共重合体は、例えば、1つのポリマー分子中にエポキシ基を導入しておき、後に他のポリマーと縮重合させたり、光や放射線を用いてグラフト重合を行っても得られる。」
・・・(中略)・・・
【0045】主な官能基としてエステル基を含有するポリマーとしては、たとえばメタクリル樹脂が挙げられる。旭化成製デルペットシリーズの560F、60N、80N、LP-1、SR8500、SR6500などを用いることができる。主な官能基としてエステル基を含有するポリマーとは、ポリマー中に含まれる酸素原子のうち、少なくとも30mol%以上がエステル基を形成していることをいう。
【0046】また、本発明では、エチレン性不飽和結合を有するモノマーを重合して調製できるビニル系樹脂も好ましく用いることができ、スチレン樹脂、アクリル系樹脂も好ましく用いることができる。用いることのできる樹脂としては、例えば、スチレン、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸ヘキシル、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸ヘキシル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、メタクリル酸2-エチルヘキシル等の単量体をラジカル重合、カチオン重合、アニオン重合等の既存の方法で重合して用いることができる。」

(摘示1-5)「【0050】次いで、本発明に係る着色微粒子について説明する。本発明に係る着色微粒子は、各種の方法で調製することができる。例えば、モノマー中に油溶性色材を溶解させ、水中で乳化後、重合によりポリマー中に色材を封入する方法、ポリマーと色材を有機溶剤中に溶解し、水中で乳化した後有機溶剤を除去する方法、色材溶液に多孔質のポリマー微粒子を添加し、色材を微粒子に吸着、含浸させる方法等が挙げられ、更に、それらの着色微粒子をポリマーで被覆するシェル化法も用いることができるが、請求項4に係る発明においては着色微粒子がコアシェル構造を有していることが好ましい。」

(摘示1-6)「【0088】本発明で用いることのできる水性溶媒としては、水溶性の有機溶媒が好ましく、具体的には、アルコール類(例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、セカンダリーブタノール、ターシャリーブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、ベンジルアルコール等)、多価アルコール類(例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキサンジオール、ペンタンジオール、グリセリン、ヘキサントリオール、チオジグリコール等)、多価アルコールエーテル類(例えば、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、トリプロピレングリコールジメチルエーテル等)、アミン類(例えば、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、N-メチルジエタノールアミン、N-エチルジエタノールアミン、モルホリン、N-エチルモルホリン、エチレンジアミン、ジエチレンジアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ポリエチレンイミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、テトラメチルプロピレンジアミン等)、アミド類(例えば、ホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等)、複素環類(例えば、2-ピロリドン、N-メチル-2-ピロリドン、N-シクロヘキシル-2-ピロリドン、2-オキサゾリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン等)、スルホキシド類(例えば、ジメチルスルホキシド等)、スルホン類(例えば、スルホラン等)、スルホン酸塩類(例えば1-ブタンスルホン酸ナトリウム塩等)、尿素、アセトニトリル、アセトン等を挙げることができるが、水性溶媒の少なくとも1種が、多価アルコールエーテル類または多価アルコール類であることが好ましく、より好ましくは、多価アルコールエーテル類としては、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテルであり、多価アルコール類としては1,2-ヘキサンジオール、あるいは1,2-ペンタンジオールであり、特に好ましくは、トリエチレングリコールモノブチルエーテルあるいは1,2-ヘキサンジオールである。
【0089】本発明において、水性溶媒の含有量としては、インク総質量に対し10質量%以上60質量%以下であることが好ましく、より好ましくは20?50質量%である。」

(摘示1-7)「【0095】次に、本発明のインクの製造方法について説明する。本発明のインクは、各種の乳化法で製造することができる。
【0096】本発明においては、着色微粒子の体積平均粒子径が、5?100nmであることが好ましいが、上記で規定する平均粒子径を達成する方法として、特に制限はないが、例えば前記に記載の分散剤の種類や使用量、あるいは以下に示す各乳化方法を適宜選択、あるいは組み合わせることにより達成することができる。
【0097】乳化法としては、各種の方法を用いることができる。それらの例は、例えば、「機能性乳化剤・乳化技術の進歩と応用展開 シー エム シー」の86ページの記載にまとめられている。本発明においては、特に、超音波、高速回転せん断、高圧による乳化分散装置を使用することが好ましい。
・・・(中略)・・・
【0099】高速回転せん断による乳化分散装置としては、「機能性乳化剤・乳化技術の進歩と応用展開 シー エム シー」の255?256ページに記載されているような、ディスパーミキサーや、251ページに記載されているようなホモミキサー、256ページに記載されているようなウルトラミキサーなどが使用できる。これらの型式は、乳化分散時の液粘度によって使い分けることができる。これらの高速回転せん断による乳化分散機では、攪拌翼の回転数が重要である。ステーターとのクリアランスは通常0.5mm程度で、極端に狭くはできないので、せん断力は主として攪拌翼の周速に依存する。周速が5m/sec以上150m/sec以内であれば本発明の乳化・分散に使用できる。周速が遅い場合、乳化時間を延ばしても小粒径化が達成できない場合が多く、150m/secにするにはモーターの性能を極端に上げる必要があるからである。さらに好ましくは、20?100m/secである。
【0100】高圧による乳化分散では、LAB2000(エスエムテー社製)などが使用できるが、その乳化・分散能力は、試料にかけられる圧力に依存する。圧力は、10MPa以上500MPa以下が好ましい。また、必要に応じて数回にわたり乳化・分散を行い、目的の粒子径を得ることができる。圧力が低すぎる場合、何度乳化分散を行っても目的の粒子径は達成できない場合が多く、また、圧力を500MPaにするためには、装置に大きな負荷がかかり実用的ではない。さらに好ましくは、50MPa以上200MPa以下である。」

(摘示1-8)「【0121】次いで、本発明で用いることのできる記録媒体について説明する。本発明で用いられる記録媒体としては、普通紙、コート紙、インク液を吸収して膨潤するインク受容層を設けた膨潤型インクジェット用記録紙、多孔質のインク受容層を持った空隙型インクジェット用記録紙、また基紙の代わりにポリエチレンテレフタレートフィルムなどの樹脂支持体を用いたものも用いることができるが、本発明においては、空隙型の多孔質インクジェット記録媒体を用いることが好ましく、この組み合わせにより本発明の効果を最も発揮することができる。
【0122】多孔質インクジェット記録媒体としては、具体的には、空隙型インクジェット用記録紙又は空隙型インクジェット用フィルムを挙げることができ、これらはインク吸収能を有する空隙層が設けられている記録媒体であり、空隙層は、主に親水性バインダーと無機微粒子の軟凝集により形成されるものである。
【0123】空隙層の設け方は、皮膜中に空隙を形成する方法として種々知られており、例えば、二種以上のポリマーを含有する均一な塗布液を支持体上に塗布し、乾燥過程でこれらのポリマーを互いに相分離させて空隙を形成する方法、固体微粒子及び親水性又は疎水性バインダーを含有する塗布液を支持体上に塗布し、乾燥後に、インクジェット記録用紙を水或いは適当な有機溶媒を含有する液に浸漬して固体微粒子を溶解させて空隙を作製する方法、皮膜形成時に発泡する性質を有する化合物を含有する塗布液を塗布後、乾燥過程でこの化合物を発泡させて皮膜中に空隙を形成する方法、多孔質固体微粒子と親水性バインダーを含有する塗布液を支持体上に塗布し、多孔質微粒子中や微粒子間に空隙を形成する方法、親水性バインダーに対して概ね等量以上の容積を有する固体微粒子及び/又は微粒子油滴と親水性バインダーを含有する塗布液を支持体上に塗布して固体微粒子の間に空隙を作製する方法などが挙げられるが、本発明のインクを用いる上では、いずれも方法で設けられても、良い結果を与えるが、連続高速プリントに適応するには、記録媒体のインク吸収速度が速い方が適しており、この点から本発明においては、空隙型を特に好ましく用いることができる。
【0124】本発明においては、画像記録後の加熱および/または加圧処理により、インクセットに含有される着色微粒子を構成する樹脂を、溶融、圧縮により皮膜化することが好ましい。加熱処理は、インクセットに含有される着色微粒子を構成する樹脂を溶融、皮膜化することにより、耐光性および光沢の改良を目的に行う。加熱処理においては、インクセットに含有される着色微粒子を構成する樹脂をほぼ完全に溶融、皮膜化するのに必要な熱量又は圧力、あるいは熱と圧力を同時に付与することが望ましく、一方、処理時間の短縮に対しては短時間で加熱、加圧処理することが望ましく、画質に実質的に差が見られない範囲であれば、インクセットに含有される着色微粒子を構成する樹脂の溶融、皮膜化処理は完遂しなくてもよい。」


ウ 引用例2の記載事項

上記拒絶理由の理由IIIで引用した引用例2には、以下の事項が記載されている。

(摘示2-1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 プラスチックからならる球体の外側周囲面が光隠蔽性の高い金属被膜により覆われてなる高光隠蔽色の顔料が用いられたインクジェット記録装置用のインク。
・・・(中略)・・・
【請求項6】 前記球体又は中空球体が、偏平な球状に形成された請求項1、2、3又は4記載のインクジェット記録装置用のインク。」

(摘示2-2)「【0005】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成するために、本発明の第1のインクジェット記録装置用のインクは、プラスチックからならる球体の外側周囲面がメタリックカラー又は白色等をした光隠蔽性の高い金属被膜により覆われてなる高光隠蔽色の顔料が用いられたことを特徴としている。」

(摘示2-3)「【0011】また、本発明の第1又は第2のインクジェット記録装置用のインクにおいては、前記球体又は中空球体を、偏平な球に形成しても良い。その場合には、その偏平な球に形成した球体又は中空球体を芯材とする高光隠蔽色の顔料の外観を、偏平な球状に形成できる。そして、その偏平な球状をした顔料を、真球又はそれに近い形状をした球体又は中空球体が芯材に用いられた真球又はそれに近い形状をした外観を持つ顔料と比べて、記録媒体表面にブロックを積み重ねる要領で隙間なく緻密に複数層に積み重ねることができる。そして、その偏平な球状をした高光隠蔽色の顔料が緻密に複数層に積み重ねられてなる光沢のある高品質の鮮明なメタリックカラー又は鮮やかな白色等の高光隠蔽色の線、図、文字又は面を、記録媒体表面に印刷できる。」


エ 引用例3の記載事項

上記拒絶理由の理由IIIで引用した引用例3には、以下の事項が記載されている。

(摘示3-1)「【0035】
また、トナーに外添される潤滑剤の添加量は、0.1?2.0%の範囲にあることが好ましい。潤滑剤の添加量が0.1%未満では感光体ドラムに供給される量が少なく感光体ドラムの摩擦係数を低下させるのが困難であり、2.0%を越えると感光体ドラムから帯電ローラ等に付着して異常画像の原因となることがある。
トナーの形状は、製造方法により制御することができる。例えば、乾式粉砕法によるトナーは、トナー表面も凸凹で、トナー形状が一定しない不定形になっている。この乾式粉砕法トナーであっても、機械的又は熱的処理を加えることで真球に近いトナーにすることができる。懸濁重合法、乳化重合法により液滴を形成してトナーを製造する方法によるトナーは、表面が滑らかで、真球形に近い形状になることが多い。また、溶媒中の反応途中で攪拌して剪断力を加えることで楕円にすることができる。
また、このような略球形の形状のトナーとしては、窒素原子を含む官能基を有するポリエステルプレポリマー、ポリエステル、着色剤及び離型剤を含むトナー組成物を水系媒体中で樹脂微粒子の存在下で架橋及び/又は伸長反応させるトナーが好ましい。
トナーの粒状性を向上させるためには、トナーの粒径が小さいことが好ましく、体積平均粒径(Dv)は3?5μmとするとよい。」


オ 引用例1に記載の発明

(ア)上記(摘示1-1)には、「色材と樹脂とを含有した着色微粒子を含有するインクジェット記録用水性インク」が記載されており、当該粒子の最大長と最小幅との比が1.2?3.0であることが記載されている。

(イ)上記(摘示1-5)には、前記着色微粒子が、モノマー中に油溶性色材を溶解させ、水中で乳化後、重合によりポリマー中に色材を封入する方法によって得られることが記載されている。

(ウ)上記(摘示1-6)には、前記インクは溶剤を使用する旨記載されている。

(エ)上記(摘示1-8)には、インクジェット記録用水性インクを用いてインクジェット印刷を行うことが記載されている。

上記(ア)ないし(エ)を踏まえると、引用例1には、

「溶剤と、樹脂を含む着色微粒子とを含有するインクジェット記録用水性インクを用いるインクジェット印刷方法であって、乳化重合によって得られた着色微粒子の最大長と最小幅との比が1.2?3.0である粒子を含むインクジェット印刷方法。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。


カ 対比・判断

(ア)引用発明の「インクジェット記録用水性インク」は、本願発明1の「インクジェット印刷用インク」に相当する。

上記(ア)を踏まえると、本願発明と引用発明は、

「溶剤と、樹脂を含む粒子とを含有するインクジェット印刷用インクを用いるインクジェット印刷方法。」という点で一致し、以下の点で相違している。


(相違点1)前記粒子が、本願発明1は、バインダ樹脂の粒子であるのに対して、引用発明は、樹脂がバインダーであるか否かについて明示されていない点。

(相違点2)前記粒子について、本願発明1は、伸長重合法によってバインダ樹脂の粒子にせん断力を加えて球状のバインダ粒子を扁平化することにより少なくとも一つの断面が楕円である扁平粒子であるのに対して、引用発明は、乳化重合によって得られ、最大長と最小幅との比が1.2?3.0である粒子である点。

(相違点3)本願発明1は、溶剤にバインダ樹脂の粒子単体が分散又は懸濁しているのに対して、引用発明は、そのようなことが明示されていない点。

(相違点4)本願発明1は、被記録媒体上に着弾し形成された、上記インクジェット印刷用インクのインク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向して、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減するとともに、当該被記録媒体の上で一様な上記インク層を形成して、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合より上記インク層の表面における光の乱反射を抑えるようにしたのに対して、引用発明は、そのようなことが明示されていない点。

(相違点5)本願発明1は、(ただし、画像記録後に加圧する加圧工程を含むインクジェット印刷方法を除く。)ものであるのに対して、引用発明はそのようなことが明示されていない点。


上記(相違点1)について、以下、検討する。

上記(摘示1-8)の段落【0124】には、着色微粒子は、画像記録後の加熱処理等により、樹脂が溶融され、皮膜化することが記載されており、皮膜化により、着色微粒子同士又は着色微粒子及び被記録媒体は結着されているといえる。また、前記樹脂のモノマー材料として本願明細書の段落【0048】と同様の材料が記載されており、当該樹脂は、本願発明1と同様に、バインダーとしての機能を有すると認められることから、引用発明の粒子はバインダ樹脂の粒子ともいえる。

よって、相違点1は、実質的な相違点とはならない。

次に、上記(相違点2)について、以下、検討する。

本願明細書の段落【0012】より、本願発明1の「扁平」という用語は、粒子の重心を通過する径のうち、最も長い径である長軸の長さが最も短い径である短軸の長さよりも長いことを示すと認められ、通常粒子の重心は異型度がよほど高くない限り、粒子の中心に近く存在していると解されるから、引用発明の粒子の最大長と最小幅との比は、本願発明と同様の扁平の程度を示したものであるといえる。ゆえに、引用発明の最大長と最小幅との比が1.2?3.0である粒子は、本願発明1と同様、少なくとも一つの断面が楕円であり、長尺状(扁平状)であることは明らかである。

さらに、上記5.(1)ア でも述べたとおり、「伸長重合法」がどのような重合法であるかは必ずしも明らかでないものの、本願明細書を参酌しても、ビニルモノマーの乳化重合において重合中にせん断力を与える手法と本願発明1の「伸長重合法」とは、何ら違いが確認できない。

そして、本願明細書の段落【0092】には、乳化重合中や「乳化重合後」にホモミキサー等を用いてせん断力を加え、球状のバインダ樹脂を扁平化することが記載されているが、一方、引用例1は、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に、ホモミキサー等を用いて高速回転せん断等で樹脂微粒子の粒径を調製することが記載され、本願発明の明細書に記載される方法と同様の方法が行われることが記載されているから、引用発明において、当該粒径の調製の方法を選択した場合に、バインダ樹脂の形状は、球状から扁平状となり、本願発明1の粒子の形状と異なるものとすることはできない。

したがって、引用発明の粒径を調製する手段として、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に開示された高速回転せん断等を利用し、本願発明1の「伸長重合法」に対応した方法により球状の着色微粒子を扁平化することは、当業者が容易になし得ることである。
仮に、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に開示された高速回転せん断等を利用した粒径の調整方法と本願発明1の扁平化方法とが相違する場合でも、乳化重合法により扁平状の粒子を製造する技術において、反応溶媒中の反応途中で撹拌して剪断力を加えることによって楕円の粒子を形成することは、周知の技術的手段であること(引用例3の(摘示3-1)参照)から、引用発明の扁平状の着色微粒子を得る方法として、当該手段を採用することは、当業者が容易になし得ることである。

効果について、本願明細書の具体的な記載からみて、本願発明1に記載の製法によってバインダ樹脂粒子を製造し、インク層の粒子の状態としたことによってどの程度の光沢性能が得られたのか、客観的な数値をもって説明がなされておらず、予想外の格別顕著な効果を奏しているとも認められない。

さらに、上記(相違点3)について、以下、検討する。

上記(摘示1-1)、(摘示1-5)及び(摘示1-6)の記載からみて、樹脂を含む着色微粒子を含有するインクであって、本願明細書の段落【0074】?【0082】と同様の水性溶媒を使用したインクであることから、引用発明の粒子も本願発明1と同様、溶剤に粒子単体が分散又は懸濁していると認められる。

そして、上記(摘示1-3)の段落【0030】の「やむを得ず凝集した粒子は・・・」という記載からみて、引用発明も本願と同様、極力凝集させないことを目的としていることから、引用発明の粒子は、単独で分散又は懸濁された状態であるといえる。

本願発明1と引用発明とはその点において実質的に相違しない。

よって、相違点3も、実質的な相違点とはならない。

加えて、上記(相違点4)について、以下、検討する。

引用発明の粒子は、最大長と最小幅との比が1.2?3.0である粒子であり、上記(相違点2)で検討したとおり、本願と同様、扁平粒子であること、また、上記(摘示1-2)の記載からみて、真円から外れている着色微粒子を用いると、粒子と記録メディアとの間の接触面積が増大することから、引用発明のインクも、被記録媒体上にインク層を形成する際、被記録媒体上に着弾し形成された、上記インクジェット印刷用インクのインク層内において、上記バインダ樹脂の粒子は、その重心を通過する径のうち、最も短い径である短軸が上記被記録媒体の表面に交差するように、上記被記録媒体上に配向しているといえる。そして、このように配向する場合、上記インク層の表面に生じる上記バインダ樹脂の粒子の形状に起因する凹凸の高低差を、球状のバインダ樹脂の粒子の場合よりも低減するとともに、当該被記録媒体の上で一様な上記インク層を形成して、上記球状のバインダ樹脂の粒子の場合より上記インク層の表面における光の乱反射を抑えるようになっていると認められ、本願発明1と引用発明とはその点において実質的に相違しない。

よって、相違点4も、実質的な相違点とはならない。

最後に、上記(相違点5)について、以下、検討する。

上記(摘示1-8)の段落【0124】には、画質に実質的に差が見られない範囲であれば、インクセットに含有される着色微粒子を構成する樹脂の溶融、皮膜化処理は完遂しなくてもよい旨記載されており、引用発明において、加熱ローラを用いた加圧工程は必ずしも必須の工程ではない。

よって、相違点5も実質的な相違点となるものではないか、又は、引用発明においても、画質に影響のない範囲で、加圧工程を行わないことは、当業者が適宜なし得る事項である。

以上の検討のとおりであるから、本願発明1は、引用例1及び周知の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。


キ 請求人の主張について

請求人は、平成29年11月6日付け意見書において、以下の(ア)?(ウ)、平成30年5月7日付け意見書において、以下の(エ)及び(オ)の点で主張していることから、検討する。

(ア)加圧工程について

請求人は、「引用文献1の段落〔0124〕?〔0129〕に記載され、また図1?2に示されるとおり、引用文献1記載の発明の印刷方法は、写真画像の画質向上のために、印刷中に、ローラーを用いて加圧処理を行うことを必須の構成とするものです。」と主張する。

しかしながら、上記5.(3)カ (相違点5)で検討したとおり、上記(摘示1-8)の段落【0124】の記載からみて、画質に実質的に差が見られない範囲であれば、インクセットに含有される着色微粒子を構成する樹脂の溶融、皮膜化処理は完遂しなくてもよいことから、引用例1に記載の発明において、ローラを用いた加圧工程は必須の構成ではない。

ゆえに、請求人の主張は採用できない。

(イ)粒子の形状について

請求人は、「本願発明では、乳化重合中又は乳化重合後のバインダ樹脂の粒子にせん断力を加える伸長重合法によって扁平化していますので、針状粒子にはなりません。例えば、このような扁平化であれば、粒子の平面方向から見ると略円形であり、平面方向とは直行する方向から見ると楕円になっている形状になりますが、引用文献1の針状はこのような形状とは異なります。」と主張する。

まず、本願明細書には、粒子について少なくとも一つの断面が楕円である扁平粒子と記載されるのみで、粒子の平面方向から見ると略円形であることは記載されていない。また、引用例1の粒子は、特定の針状比率を有する粒子であって、「針状粒子」ではない。また、上記5.(3)カ (相違点2)で述べたように、引用発明の粒子を製造する具体例も本願発明1と同様に、乳化重合においてせん断力を加えているといえるから、引用発明の特定の針状比率を示す粒子の形状を扁平と異なるものとすることはできない。

さらに、同(相違点1)及び(相違点2)で検討したとおり、引用発明の粒子は、前記樹脂のモノマー材料として本願明細書の段落【0048】と同様の材料を用い、乳化重合法によって得られたものであること、乳化重合法により扁平状の粒子を製造する技術において、反応溶媒中の反応途中で撹拌して剪断力を加えることによって楕円を形成することは、周知の手段であること(引用例3の(摘示3-1)参照)から、引用発明の扁平状の着色微粒子を得る方法として、当該周知の手段を採用することは、当業者が容易になし得ることである。

そして、乳化重合後に粒子にせん断力を加え、バインダ樹脂を扁平化することも、上記(相違点2)で検討した通り、引用例1は、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に、ホモミキサー等を用いて高速回転せん断等で樹脂微粒子の粒径を調製することが記載され、本願発明の明細書に記載される方法と同様の方法が行われることが記載されているから、引用発明において、当該粒径の調製の方法を選択した場合に、バインダ樹脂の形状は、球状から扁平状となり、本願発明1の粒子の形状と異なるものとすることはできない。

ゆえに、請求人の主張は採用できない。

(ウ)インク滴について

請求人は、「引用文献1のように針状粒子の場合、インクジェット印刷においてヘッドから吐出されるインク滴から針状粒子の一部が突出すると、球状粒子や本願発明の扁平粒子の様な円盤状の粒子と比較してインク滴が分割し易くなります。換言すれば、針状粒子の場合、吐出安定性が欠如します。また、インク滴の容量が同じで、且つ、粒子状態を保って図1(a)のようなインク層を形成する場合であれば、本願発明の扁平粒子の様な円盤状の粒子に比較して、印刷物の表面に細かな凹凸が形成されます。それ故、印刷物表面の表面積が大きくなるので、乱反射が多くなり、本願発明によって得られる印刷物に比較してグロス感が得られ難いです。」と主張する。

まず、「円盤状の粒子」は、本願明細書に記載されていない。そして、上記(イ)でも検討したとおり、引用例1の粒子は、「針状粒子」ではない。また、上記で述べたように、引用発明の具体例も乳化重合においてせん断力を加えているといえるから、引用発明の特定の針状比率を示す粒子の形状を扁平と異なるものとすることはできない。

そして、乳化重合後に粒子にせん断力を加え、バインダ樹脂を扁平化することも、上記(相違点2)で検討した通り、引用例1は、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に、ホモミキサー等を用いて高速回転せん断等で樹脂微粒子の粒径を調製することが記載され、本願発明の明細書に記載される方法と同様の方法が行われることが記載されているから、引用発明において、当該粒径の調製の方法を選択した場合に、バインダ樹脂の形状は、球状から扁平状となり、本願発明1の粒子の形状と異なるものとすることはできない。

さらに、引用発明の粒子は、前記樹脂のモノマー材料として本願明細書の段落【0048】と同様の材料を用い、乳化重合法によって得られたものであること、粒子の最大長/最小幅は1.0?3.0であることから、引用発明の扁平状の着色微粒子を得る方法として、乳化重合法により扁平状の粒子を製造する技術において、反応溶媒中の反応途中で撹拌して剪断力を加えるという周知の手段を採用した場合に、請求人の述べるようなインク滴の分割や印刷物の表面の細かな凹凸が生じるとは認められない。

ゆえに、請求人の主張は採用できない。

(エ)引用例1における「高速回転せん断」について

請求人は、「引用文献1では、〔0099〕に記載されている通り、「高速回転せん断」による乳化分散機を用いて、攪拌翼の回転数を高速回転させることで、着色微粒子を針状にするものです。この場合、ことさら「高速回転せん断」によって、針状にしたものであり、逆にいえば、引用文献1の着色粒子は、針状に変形するように高速回転する技術です。
本願発明は、引用文献1のように針状に変形するように「高速回転せん断」を行うものではありません。乳化重合の際には攪拌しますので回転することを否定するものではありませんが、引用文献1のように針状に変形するように「高速回転せん断」する構成ではありません。
また、せん断力を加え押し潰す際に、高速回転させて重合粒子を針状に変形させているのが引用文献1に記載の発明であり、本願発明は高速回転させずに重合粒子を球体を維持したままでせん断力を加え押し潰すことで扁平状にしたものです。」と主張する。

まず、上記(イ)でも検討したとおり、引用例1の粒子は、「針状粒子」ではなく、針状比率というのは、測定法を参酌する限り、扁平比率と同義であるといえる。また、引用例1の全体の記載をみても、高速回転せん断によって着色微粒子を針状にしたことは記載されていないことから、請求人の主張する「引用文献1の着色粒子は、針状に変形するように高速回転する技術」である旨の引用例1の認定は誤りという他ない。そして、引用例1の段落【0099】に記載のホモミキサー等による高速回転せん断は、「インク」の製造方法における乳化法の一つであり(段落【0095】参照)、「着色微粒子」を製造する際の乳化重合法における乳化法を示しているのではない。引用例1の段落【0102】の記載からみても、前記乳化法の1つとして、インク中のポリマー(色材を封入したポリマー、つまり着色微粒子に相当)を転相乳化する方法が開示されていることからも明らかである。

さらに、上記(相違点2)で検討したとおり、引用例1は、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に、ホモミキサー等を用いて高速回転せん断等で樹脂微粒子の粒径を調製することが記載され、本願発明の明細書に記載される方法と同様の方法が行われることが記載されていることから、本件明細書の段落【0092】に記載の「乳化重合後のバインダ樹脂の粒子にせん断力を加える」工程と同じものと理解でき、結果として、引用発明の着色微粒子も本願発明1の粒子と同様、扁平になっていると解される。また、上記(摘示1-7)の段落【0096】?【0100】に開示された高速回転せん断等を利用した粒径の調整方法と本願発明1の扁平化方法とが相違する場合でも、乳化重合法により扁平状の粒子を製造する技術において、反応溶媒中の反応途中で撹拌して剪断力を加えることによって楕円を形成することは、周知の技術的手段であること(引用例3の(摘示3-1)参照)から、引用発明の扁平状の着色微粒子を得る方法として、当該手段を採用することは、当業者が容易になし得ることである。

ゆえに、請求人の主張は採用できない。

(オ)効果について

請求人は、「つまり、本願請求項1に係る発明によれば、凝集の防止、吐出安定性の向上、良好なグロス感が、全て得られるという効果を奏します。この点を下記表を用いて説明します。
下記の表は、所定の形状において、粒径とインクの性質との関係を表しており、例えば、球状の吐出安定性は、粒径が大きくなればなるほど悪くなり、小さくなればなるほど良好になるという傾向を示しています。
〔表〕

本願明細書の〔0004〕に記載されているような球状の場合、吐出安定性、グロス感と凝集とのトレードオフは、粒子の大きい場合と小さい場合とで逆転するものの両立させることができません。また引用文献1の針状の場合も吐出安定性と凝集とのトレードオフは、粒子の大きい場合と小さい場合とで逆転するものの両立させることができません。
一方、本願請求項1に係る発明によれば、凝集の防止、吐出安定性の向上、良好なグロス感が、全て得られるという、引用文献1からは予期し得ない有利な効果を奏します。」と主張する。

しかしながら、上記〔表〕で示される「球状」、「扁平」、「針状」の結果は、それぞれ粒径や扁平(針状)比率をどの程度のものを使用し、どのような成分を含むインクであるのか、インクの乳化・分散条件についても不明であり、特に引用例1の着色微粒子の検証とされる「針状」をどのように製造し、どのような形状と設定したのかも不明であることから、直ちに上記〔表〕で示される効果を参酌できない。

ゆえに、請求人の主張は採用できない。


ク 最後の拒絶理由の理由III(進歩性)についてのまとめ

よって、本願発明1は、引用例1及び周知の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項について検討するまでもなく、当審拒絶理由において通知した理由III(進歩性)の拒絶理由は、依然として解消していない。


(4)最後の拒絶理由の審尋について

最後の拒絶理由において、扁平粒子を製造するための「伸長重合法」について審尋を行ったが、平成30年5月7日付け意見書を参酌しても、当該重合法がどのような重合法であるのか、当該重合法が得られた粒子の扁平形状とどのような関係があるのかについて何ら釈明はなかった。


6.むすび

以上のとおり、平成29年11月6日付け手続補正書による補正(手続補正B)により補正された請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第2号、同条第4項第1号及び同法第29条第2項に規定する要件を満たしていない。そうすると、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-08-23 
結審通知日 2018-08-28 
審決日 2018-09-10 
出願番号 特願2013-135611(P2013-135611)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C09D)
P 1 8・ 121- WZ (C09D)
P 1 8・ 537- WZ (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大島 彰公  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 原 賢一
阪▲崎▼ 裕美
発明の名称 インクジェット印刷方法  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  

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