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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B60C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B60C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B60C
管理番号 1345861
異議申立番号 異議2018-700037  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-01-18 
確定日 2018-10-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6163721号発明「タイヤインナーライナー用シート及びタイヤ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6163721号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第6163721号の請求項1、4、5に係る特許を維持する。 特許第6163721号の請求項2、3に係る特許についての特許異議の申立を却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6163721号(以下、「本件特許」という。)に係る出願は、平成24年9月12日を出願日として、住友ベークライト株式会社により出願された特許出願であり、平成29年6月30日に特許権の設定登録(請求項の数5)がされ、同年7月19日に特許掲載公報が発行された。
その後、平成30年1月18日に特許異議申立人 山本千惠子(以下、「申立人」という。)により、請求項1?5に係る本件特許について、特許異議の申立てがされ、同年3月30日に、申立人から特許異議申立書の手続補正書が提出された。
平成30年5月1日付けで取消理由が通知され、同年7月4日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があり、同年8月9日に申立人より意見書が提出された。


第2 訂正の適否についての判断
1.請求の趣旨
平成30年7月4日に特許権者が行った訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)は、「特許第6163721号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5について訂正することを求める」ことを請求の趣旨とするものである。

2.訂正の内容
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。なお、訂正箇所を分かりやすく対比するために、当審において下線を付与した。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「前記ガスバリア層が、エポキシ基を有する物質(A)を含有し、
前記接着層が、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)を含有する、」
と記載されているのを、
「前記ガスバリア層が、前記物質(A)を含有し、
前記接着層が、前記物質(B)を含有し、
前記物質(A)が、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマーであり、
前記物質(B)が、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される、」
に訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項4も同様に訂正されることになる。)

(2)訂正事項2
請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
請求項3を削除する。

(4)訂正事項4
請求項4に「請求項1から3のいずれか」と記載されているのを、「請求項1」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に
「(1)ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)を含む接着層に用いる樹脂と、エポキシ基を有する物質(A)を含むガスバリア層に用いる樹脂とをTダイ押出機で共押出により積層すること。
(2)前記積層物を冷却ロール上で常温に冷却すること。」
と記載されているのを、
「(1)ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)を含む接着層に用いる樹脂と、エポキシ基を有する物質(A)を含むガスバリア層に用いる樹脂とをTダイ押出機で共押出により積層すること。
(2)前記積層物を冷却ロール上で常温に冷却すること。
(前記工程(1)において、前記物質(A)は、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマーであり、前記物質(B)は、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される。)」
に訂正する。

3.一群の請求項、訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1)一群の請求項について
訂正事項1?4は、訂正前の請求項1?4を訂正するものであるところ、訂正前の請求項2?4は、訂正請求の対象である請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する関係にあるから、訂正前の請求項1?4は特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項である。よって、訂正事項1?4による本件訂正請求は、同規定による一群の請求項ごとにされたものである。

(2)訂正事項1について
訂正事項1による訂正は、本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下、「本件特許明細書」という。)の請求項2及び【0022】の記載に基づいて、訂正前の請求項1に特定されていた「エポキシ基を有する物質(A)」を、「エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマー」に限定し、また、本件特許明細書の請求項3及び【0023】の記載に基づいて、訂正前の請求項1に特定されていた「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」を、「フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される」ものに限定するものである。
そうすると、訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるし、また、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。
(訂正前の請求項1を引用する訂正前の請求項4についての訂正も同様である。)

(3)訂正事項2、3について
訂正事項2は、請求項2を削除するものであり、また、訂正事項3は、請求項3を削除するものであるから、これらの訂正事項による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するし、また、これらの訂正事項による訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)訂正事項4による訂正について
訂正事項4は、上記の訂正事項2、3による請求項2、3の削除に合わせて、訂正前の請求項4に「請求項1から3のいずれか」と記載されていたのを、「請求項1」とする訂正であるから、訂正事項4による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、この訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は、本件特許明細書の【0022】の記載に基づいて、訂正前の請求項5の工程(1)において使用される「物質(A)」を、「エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマー」に限定し、また、本件特許明細書の【0023】の記載に基づいて、訂正前の請求項5の工程(1)において使用される「物質(B)」を、「フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される」ものに限定するものである。
そうすると、訂正事項5による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるし、また、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。

(6)まとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものものであり、同条第4項、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1?5]について訂正することを認める。


第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1?5に係る発明は、平成30年7月4日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
ガスバリア層と接着層とを有し、
前記ガスバリア層と前記接着層とが層間架橋されており、
前記層間架橋は、エポキシ基を有する物質(A)と、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)との架橋であり、
前記ガスバリア層が、スチレン-イソブチレン-スチレントリブロック共重合体を含むSIBS層、スチレン-イソブチレンジブロック共重合体を含むSIB層、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物を含む層、ブチルゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物を含む層、EVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合体)を含む層、及び、PVOH(ポリビニルアルコール)を含む層からなる群から選択される層であり、
前記接着層が、スチレン-イソプレン-スチレントリブロック共重合体を含むSIS層、スチレン-イソプレンジブロック共重合体を含むSI層、ポリブタジエンを含む層、エチレンプロピレンジエンゴムを含む層、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物を含む層、ブチルゴム及びその臭素化物又は塩素化物を含む層、ブタジエンゴムを含む層、クロロプレンゴムを含む層、及び、アクリロニトリルブタジエンゴムを含む層からなる群から選択される層であり、
前記ガスバリア層が、前記物質(A)を含有し、
前記接着層が、前記物質(B)を含有し、
前記物質(A)が、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマーであり、
前記物質(B)が、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される、タイヤインナーライナー用シート。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
請求項1に記載のタイヤインナーライナー用シートを備えるタイヤ。
【請求項5】
タイヤインナーライナー用シートの製造方法であって、下記工程(1)および工程(2)を含み、
下記工程(1)の接着層に用いる樹脂が、スチレン-イソプレン-スチレントリブロック共重合体、スチレン-イソプレンジブロック共重合体、ポリブタジエン、エチレンプロピレンジエンゴム、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物、ブチルゴム及びその臭素化物又は塩素化物、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、及び、アクリロニトリルブタジエンゴムからなる群から選択される樹脂を含み、
下記工程(1)のガスバリア層に用いる樹脂が、スチレン-イソブチレン-スチレントリブロック共重合体、スチレン-イソブチレンジブロック共重合体、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物、ブチルゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物、EVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合体)、及び、PVOH(ポリビニルアルコール)からなる群から選択される樹脂を含む、製造方法。
(1)ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)を含む接着層に用いる樹脂と、エポキシ基を有する物質(A)を含むガスバリア層に用いる樹脂とをTダイ押出機で共押出により積層すること。
(2)前記積層物を冷却ロール上で常温に冷却すること。
(前記工程(1)において、前記物質(A)は、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマーであり、前記物質(B)は、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される。)」

なお、本件特許の請求項1、4、5に係る発明を、以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明4」、「本件発明5」といい、これらの発明をあわせ「本件発明」ともいう。)

また、以下、本件発明1、5のガスバリア層に含まれる、「スチレン-イソブチレン-スチレントリブロック共重合体(SIBS)」、「スチレン-イソブチレンジブロック共重合体(SIB)」、「イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物」、「ブチルゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物」、「EVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合体)」、及び、「PVOH(ポリビニルアルコール)」から選択される樹脂を、「本件ガスバリア層の樹脂」と、本件発明1、5の接着層に含まれる、「スチレン-イソプレン-スチレントリブロック共重合体(SIS)」、「スチレン-イソプレンジブロック共重合体(SI)」、「ポリブタジエン」、「エチレンプロピレンジエンゴム」、「イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物」、「ブチルゴム及びその臭素化物又は塩素化物」、「ブタジエンゴム」、「クロロプレンゴム」、及び、「アクリロニトリルブタジエンゴム」から選択される樹脂を、「本件接着層の樹脂」ともいう。
また、「エポキシ基を有する物質(A)」を、単に、「物質(A)」と、「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」を、「物質(B)」ともいい、「物質(A)」であって、「エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマー」であるものを、「所定の物質(A)」と、「物質(B)」であって、「フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される」ものを、「所定の物質(B)」ともいう。


第4 特許異議の申立て及び取消理由通知の概要

1.特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
本件訂正前の請求項1?5に係る発明に対して、申立人が申立てていた特許異議の申立ての理由は、本件特許の請求項1?5に係る発明についての特許は、次の(1)?(9)のとおりの取消理由により取り消されるべきものであるというものであって、申立人は、証拠方法として、下記(10)の甲第1号証?甲第4号証を提出した。

(1)取消理由1A(甲第1号証に基づく新規性)
訂正前の請求項1、3?5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、これらの請求項に係る発明についての特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(2)取消理由2A(甲第2号証に基づく新規性)
訂正前の請求項1、2、4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である、甲第2号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、これらの請求項に係る発明についての特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(3)取消理由3A(甲第3号証に基づく新規性)
訂正前の請求項1、2、4に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である、甲第3号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、これらの請求項に係る発明についての特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(4)取消理由2A(甲第4号証に基づく新規性)
訂正前の請求項1?4に係る発明は、本件特許の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第4号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、これらの請求項に係る発明についての特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(5)取消理由1B(甲第1号証を主たる引用文献とする進歩性)
(i)訂正前の請求項1?5に係る発明は、甲第1号証に記載された発明から、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に想到することができたものであるし、(ii)訂正前の請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載の発明及び甲第2?4号証に記載の技術的事項から、また、(iii)訂正前の請求項3に係る発明は、甲第1号証に記載の発明及び甲第4号証に記載の技術的事項から、さらに、(iv)訂正前の請求項5に係る発明は、甲第1号証に記載の発明及び甲第3号証に記載の技術的事項から、それぞれ、当業者が容易に想到することができたものであるから、これらの請求項に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(6)取消理由2B(甲第2号証を主たる引用文献とする進歩性)
訂正前の請求項1、2、4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明から、当業者が容易に想到することができたものであるから、これらの請求項に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(7)取消理由3B(甲第3号証を主たる引用文献とする進歩性)
訂正前の請求項1、2、4に係る発明は、甲第3号証に記載された発明から、当業者が容易に想到することができたものであるから、これらの請求項に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(8)取消理由4B(甲第4号証を主たる引用文献とする進歩性)
訂正前の請求項1?4に係る発明は、甲第4号証に記載された発明から、当業者が容易に想到することができたものであるから、これらの請求項に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(9)取消理由5(サポート要件)
訂正前の請求項1?5に係る発明についての本件特許は、特許請求の範囲の記載に下記(i)?(ii)の点で不備があるため、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、これらの請求項に係る本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(i)訂正前の請求項1?5に係る発明においては、ガスバリア層と接着層を層間架橋するための物質が、「エポキシ基を有する物質(A)」及び「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」と、広範な概念となっており、低分子化合物から高分子化合物まで等の様々な化合物を包含するものとして特定されている。
一方、本件特許明細書の実施例において効果が確認されているのは、ガスバリア層の主成分がSIBS、接着層の主成分がSIS、エポキシ基物質(A)がエチレン・グリシジルメタクリレートEGMA、カルボキシル基物質(B)が無水マレイン酸変性EPDM、ヒドロキシル基(B)がフェノール樹脂の場合のみであり、あらゆる化合物についてまで、実施例で効果が確認されている化合物と同じ結果が得られるのか実証されていないから、当業者といえども、訂正前の請求項1?5に係る発明の全範囲についてまでは、訂正前の請求項1?5に係る発明が解決しようとする課題を解決できると認識できない。

(ii)ガスバリア層と接着層が層間架橋するためには、ガスバリア層の主要成分と物質(A)とが結合し、接着層の主要成分と物質(B)とが結合しなければならないところ、訂正前の請求項1?5に係る発明には、広範な物質(A)と物質(B)が包含され、また、ガスバリア層および接着層の構成成分ポリマーとして、反応性が異なるものが包含されている。
そうすると、当業者といえども、訂正前の請求項1?5に係る発明のガスバリア層及び接着層を構成するポリマーの全てについてまで、訂正前の請求項1?5に係る発明が解決しようとする課題を解決できるとは認識できない。

(10)証拠方法
甲第1号証:特開平8-216610号公報
甲第2号証:特開平9-316344号公報
甲第3号証:特開2010-132850号公報
甲第4号証:国際公開第2011/155547号
(以下、それぞれ「甲1」?「甲4」という。)

2.合議体が取消理由通知書に記載した取消理由
取消理由通知書に記載した取消理由は、次のとおりである。(上記1.の(9)取消理由5(サポート要件)の(i)と同旨。)
訂正前の請求項1?5に係る発明についての本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、これらの請求項に係る本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(なお、具体的な不備の内容は、上記1.の(9)の(i)に記載のとおり。)


第5 当審の判断
以下に述べるように、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、本件発明1、4、5に係る発明についての本件特許を取り消すことはできない。

第5-1 取消理由通知書に記載した取消理由(取消理由5(i))についての判断
取消理由通知書に記載した取消理由(取消理由5)(i)についての判断にあたり、まず、本件発明の技術的意義について記載する。

1.本件発明について
本件特許明細書の【0007】?【0008】によれば、本件発明は、従来、ガスバリア層と接着層と有する多層構成のタイヤインナーライナー用シートは、高温時に層間の接着強度が不十分で層間剥離する傾向があるという問題があったのを解決するものであって、「ガスバリア層と接着層と有する構成のタイヤインナーライナー用シートにおける層間の高温時の接着力が向上したタイヤインナーライナー用シート、及び、それを用いた空気入りタイヤを提供する」ことを本件発明が解決しようとする課題(以下、単に「課題」という。)とするものである。

そして、当該課題を解決するために、本件発明においては、第3で記載する、請求項1、4、5に特定される発明特定事項を備えたものとされるのであり、本件特許明細書の【0011】、【0017】及び【0018】の記載によれば、本件発明においては、タイヤインナーライナー用シートを構成する「所定のガスバリア層の樹脂」を含むガスバリア層と「所定の接着層の樹脂」を含む接着層とが、ガスバリア層中の「エポキシ基を有する物質(A)」と、接着層中の「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」とが架橋することにより、層間架橋され、その結果、ガスバリア層と接着層とを有する構成のタイヤインナーライナー用シートにおいて、層間の高温時の接着力が向上したタイヤインナーライナー用シート、及び、それを用いた空気入りタイヤとなるものである。
また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の具体的態様である実施例として、本件発明1等で特定されるガスバリア層がSIBSで、該層に含まれるエポキシ基を有する物質(A)が、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、接着層がSISで、接着層に含まれる物質(B)が、カルボキシル基を有する物質である、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)と、ヒドロキシル基を有する物質(B)であるフェノール樹脂であるインナーライナー用シートが記載され、当該シートが、物質(A)あるいは(B)の一方しか含まれないシートに比べて、高温(100℃)における層間接着力に優れることが示されている。

2.取消理由(取消理由5(i))についての判断
本件発明の課題は、1.で記載したとおりであるところ、訂正後の本件発明は、ガスバリア層に含まれる物質(A)が、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマー(すなわち、「所定の物質(A)」)に限定され、また、接着層に含まれる物質(B)が、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるもの(すなわち、「所定の物質(B)」)に限定されている。
そして、「所定の物質(A)」は、いずれも、実施例で使用されている物質(A)と類似の化学構造を有するエチレン・グリシジルメタクリレート系コポリマーであり、また、「所定の物質(B)」は、実施例で使用されている物質(B)と同様、反応性基としてカルボキシル基を有するポリオレフィン系(コ)ポリマーであるか、反応性基としてヒドロキシル基を有する、ポリフェノール樹脂あるいはポリオレフィン系コポリマーであって、同じ反応性基を有する類似の化学構造の化合物であれば、同様の反応性が期待できるとの本件特許の出願時の技術常識に基づけば、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載(特に、実施例)の記載から、当業者は、上記「所定の物質(A)」とガスバリア層を構成する樹脂の組み合わせ、及び、「所定の物質(B)」と接着層を構成する樹脂の組み合わせであれば、実施例で示されているのと同様に、「所定の物質(A)」と「所定の物質(B)」とが架橋反応されることで、ガスバリア層と接着層との界面剥離が改善され、高温(100℃)における層間接着力に優れたインナーライナー用シートが得られることを理解できるといえる。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件特許の出願時の技術常識を参酌して、当業者は、訂正後の本件発明によって本件発明の課題が解決できることを認識できると認められる。

したがって、本件発明は、サポート要件を満たしているといえ、取消理由5(i)によっては、本件発明についての特許を取り消すことはできない。

第5-2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立ての理由について

取消理由通知において採用しなかった特許異議申立ての理由は、第4の1.に記載した取消理由1A、1B、2A、2B、3A、3B、4A、4B及び5(ii)である。
以下、事案に鑑み、取消理由5(ii)について検討し、後は、番号順に検討する。

1.取消理由5(ii)についての判断
申立人の主張する取消理由5(ii)(申立書の「エ」参照。)は、概略、第4の1.(9)(ii)で記載したとおりである。

そして、本件発明の「層間架橋」は、本件特許明細書の【0018】にあるとおり、物質(A)と物質(B)との架橋反応で生じるものであり、物質(A)とガスバリア層を構成する樹脂(ポリマー)の組み合わせ、物質(B)と接着層を構成する樹脂(ポリマー)の組み合わせに、それぞれ、ある程度の相溶性があれば、物質(A)とガスバリア層を構成する樹脂同士、あるいは、物質(B)と接着層を構成する樹脂同士とが、結合までしなくても、物質(A)と(B)との架橋反応により、ガスバリア層と接着層との界面剥離は改善されると認められるし、訂正後の本件発明で特定される物質(A)とガスバリア層を構成する樹脂、物質(B)と接着層を構成する樹脂の組み合わせの場合、それぞれの成分同士はある程度の相溶性を有していることから、物質(A)と(B)とが架橋反応することで、ガスバリア層と接着層との界面剥離も改善されると認められる。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明によって本件発明の課題が解決できることを、当業者は認識できると認められる。

よって、申立人の主張する取消理由5(ii)によっては、本件発明についての特許を取り消すことはできない。


2.取消理由1A及び1B(甲1に基づく新規性及び甲1を主たる引用文献とする進歩性)についての判断

(1)甲1の記載事項及び甲1に記載された発明について
甲1には、以下の記載がある。

「【請求項1】 (i)(A)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が500MPa超の少なくとも一種の熱可塑性樹脂を全ポリマー成分重量当り10重量%以上並びに(B)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg超でヤング率が500MPa以下の少なくとも一種のエラストマー成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上、成分(A)及び成分(B)の合計量(A)+(B)が全ポリマー成分重量当り30重量%以上となる量で含むポリマー組成物からなる、空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が1?500MPaの空気透過防止層並びに
(ii)前記空気透過防止層とその少なくとも一方の表面に相対する層との間に、熱可塑性樹脂の接着性付与層を積層又はコーティングするとともに前記空気透過防止層に相対する層と接着性付与層との臨界表面張力差が3mN/m以下であることを特徴とする空気入りタイヤ。
・・・
【請求項6】 (A)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が500MPa超の少なくとも一種の熱可塑性樹脂を全ポリマー成分重量当り10重量%以上並びに(B)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg超でヤング率が500MPa以下の少なくとも一種のエラストマー成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上で、成分(A)及び成分(B)の合計量(A)+(B)が全ポリマー成分重量当り30重量%以上となる量で含む空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が1?500MPaの空気透過防止層用ポリマー組成物を、
該空気透過防止層及びその少なくとも一方の表面に相対する層との間に、前記空気透過防止層に相対する層との臨界表面張力差が3mN/m以下の熱可塑性樹脂の被膜を積層せしめ、加工加硫することを特徴とする空気入りタイヤの製造方法。」

そして、上記タイヤに含まれる、空気透過防止層及び接着性付与層に関し、【0030】及び【0039】には、空気透過防止層(及び接着性付与層)のシートをタイヤのインナーライナー層として使用したタイヤが記載され、【0029】には、空気透過防止層と接着性付与層の成形法の態様として、「空気透過防止層組成物と接着性付与層組成物を個々に別々の樹脂用押出機を使用し、同時に押し出し、該2本の押出機の先端に共通のシーティングダイを設けて複層フィルムを作成し、あらかじめ一体化した複層フィルムとなしてタイヤの成形に供するシートとする」ことが記載されている。

そうすると、甲1には、
「(i)(A)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が500MPa超の少なくとも一種の熱可塑性樹脂を全ポリマー成分重量当り10重量%以上並びに(B)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg超でヤング率が500MPa以下の少なくとも一種のエラストマー成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上、成分(A)及び成分(B)の合計量(A)+(B)が全ポリマー成分重量当り30重量%以上となる量で含むポリマー組成物からなる、空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が1?500MPaの空気透過防止層並びに
(ii)前記空気透過防止層とその少なくとも一方の表面に相対する層との間に、熱可塑性樹脂の接着性付与層からなり、
空気透過防止層組成物と接着性付与層組成物が別々の樹脂用押出機を使用し、同時に押し出しにより積層一体化された積層フィルムであるインナーライナー用シートであって、
前記空気透過防止層に相対する層と接着性付与層との臨界表面張力差が3mN/m以下である複層フィルムからなるタイヤ用インナーライナー用シート。」の発明(以下、「甲1発明」という。)
及び、
「甲1発明のタイヤ用インナーライナー用シートの製造方法であって、
空気透過防止層組成物と接着性付与層組成物を別々の樹脂用押出機を使用し、同時に押し出して積層一体化する工程を含む製造方法。」の発明(以下、「甲1製法発明」という。)
が、記載されているといえる。

なお、以下、「空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が500MPa超の少なくとも一種の熱可塑性樹脂」を、「熱可塑性樹脂(A)」と、「空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg超でヤング率が500MPa以下の少なくとも一種のエラストマー成分」を、「エラストマー成分(B)」という。)

(2)本件発明1について
本件発明1と、甲1発明を対比すると、甲1発明の「空気透過防止層」、「接着性付与層」は、それぞれ、本件発明1の「ガスバリア層」、「接着層」に相当するし、甲1発明の空気透過防止層に含まれる「熱可塑性樹脂」及び「エラストマー成分」を含むポリマーと本件発明1のガスバリア層に含まれる「本件ガスバリア層の樹脂」、甲1発明の接着性付与層に含まれる「熱可塑性樹脂」と本件発明1の接着層に含まれる「本件接着層の樹脂」は、いずれも、「樹脂」である限りにおいて一致しているから、両発明は、以下の一致点で一致し、以下の相違点1で相違している。

<一致点>
樹脂を含むガスバリア層と樹脂を含む接着層とを有するタイヤインナーライナー用シート。
<相違点1>
本件発明1では、タイヤインナーライナー用シートを構成するガスバリア層に含まれる樹脂、接着層に含まれる樹脂が、それぞれ、「本件ガスバリア層の樹脂」、「本件接着層の樹脂」に特定され、また、ガスバリア層に「所定の物質(A)」である「エポキシ基を有する物質(A)」が含有されること、接着層に「所定の物質(B)」である「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」が含有されること、「エポキシ基を有する物質(A)と、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)との架橋」によって、「ガスバリア層と接着層とが、層間架橋」されることが特定されているのに対し、甲1発明では、これらの特定はされていない点。

そうすると、本件発明1と甲1発明は相違点1で相違しており、これは実質的な相違点であるから、本件発明1は甲1に記載された発明であるとはいえない。

次に、進歩性について検討する。

甲1には、甲1発明の空気透過防止層に含まれる「熱可塑性樹脂(A)」として、【0014】に樹脂が多数列記される中に、本件発明1の「本件ガスバリア層の樹脂」に相当するPVA及びEVOHが記載され、「エラストマー成分(B)」として【0018】に多数列記される中に、本件発明1の「本件ガスバリア層の樹脂」に相当するIIR、Br-IPMS等の樹脂が記載され、また、接着性付与層に含まれる樹脂である接着性ポリマーとして、【0022】に多数列記される中に、本件発明1の「本件接着層の樹脂」に相当する「ポリブタジエン系樹脂」が記載されている。

そして、甲1には、【0020】に、空気透過防止層に相対する層と接着性付与層との臨界表面張力差が3mN/m超えである場合に、空気透過防止層に配合可能な第三成分として、接着性を調整するための相溶化剤が記載され、相溶化剤として、本件発明1の「所定の物質(A)」とエポキシ化合物である点で類似する「グリシジルメタクリレートをグラフト重合させたポリマーポリオレフィンとナイロンとのブロック共重合体」の記載はあるが、「所定の物質(A)」自体は記載されていないし、本件発明1において、接着性付与層に含有されることが特定される「所定の物質(B)」に相当する化合物は記載されていない。(なお、申立人が申立書の「(コ)」で、「所定の物質(B)」に相当すると主張している甲1の【0022】に記載の「ポリプロピレン(PP)のマレイン酸変性物」、「エチレンプロピレン共重合体のマレイン酸変性物」は、「無水マレイン酸変性物」とはいえないから、本件発明1の「所定の物質(B)」に相当するとは認められない。)

申立人が、「所定の物質(A)」あるいは「所定の物質(B)」が記載されているとして示した甲2?4には、確かに、「所定の物質(A)」(甲2?4)や「所定の物質(B)」(甲4)に相当する化合物は記載されている。
しかしながら、甲2?4を参酌しても、甲1発明において、相溶化剤として甲1に記載の化合物に替えて、「所定の物質(A)」に相当する甲2?4に記載の化合物を採用し、また、甲1発明の接着性付与層に「所定の物質(B)」に相当する甲4に記載の化合物を含有させる動機付けがあるとはいえない。

そうすると、仮に、甲1発明において、空気透過防止層を構成する「熱可塑性樹脂(A)」あるいは「エラストマー成分(B)」として、本件発明1の「本件ガスバリア層の樹脂」に相当するものを選択し、甲1発明の接着性付与層として、甲1の【0022】に記載される「ポリブタジエン系樹脂」を選択することを当業者が容易に想到し得る場合であっても、その上で、甲1に記載のない「所定の物質(A)」を相溶化剤として採用し、これと架橋反応させることで空気透過防止層と接着性付与層間を層間架橋させることが可能な「所定の物質(B)」を配合するものとして、本件発明1の相違点1に係る構成を備えたものとすることまでが、当業者が容易に想到し得ることであるということはできない。

一方、本件特許明細書の表1によれば、相違点1に係る本件発明1の構成を備えたインナーライナー用シートとすることで、「所定の物質(A)」あるいは「所定の物質(B)」のいずれかが含まれないインナーライナー用シートに比べて、高温(100℃)における接着性が格段に優れることが理解でき、この効果は、甲1?4には記載のない効果である。

以上のとおりであるから、本件発明1について、甲1に記載された発明に基いて、あるいは、甲1に記載された発明に甲2?4に記載の技術的事項を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明4は、本件発明1のインナーライナー用シートを備えるタイヤの発明であるところ、本件発明1について、甲1に記載された発明であるとも、甲1に記載された発明に基づいて、あるいは、これに甲2?4に記載の技術的事項を組み合わせることにより当業者が容易に発明をすることができたものともいえない以上、本件発明4についても、上記(2)で本件発明1について記載したと同様の理由により、甲1に記載された発明であるとはいえないし、甲1に記載された発明に基いて、あるいは、甲1に記載された発明に甲2?4に記載の技術的事項を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(4)本件発明5について
甲1製法発明の「気透過防止層組成物と接着性付与層組成物を別々の樹脂用押出機を使用し、同時に押し出して積層一体化」する工程は、本件発明5の「接着層に用いる樹脂と、ガスバリア層に用いる樹脂とを押出機で共押出により積層する」工程に相当する。
そして、(2)での対比を踏まえて本件発明5と、甲1製法発明を対比すると、両者は、
「タイヤインナーライナー用シートの製造方法であって、
接着層が樹脂を含み、
ガスバリア層が樹脂を含み、
接着層に用いる樹脂と、ガスバリア層に用いる樹脂とを押出機で共押出により積層する工程を含む製造方法。」
で一致し、少なくとも、以下の相違点2で相違する。

<相違点2>
本件発明5では、
接着層に用いる樹脂、ガスバリア層に用いる樹脂が、それぞれ、「本件接着層の樹脂」、「本件ガスバリア層の樹脂」に特定され、また、接着層に「所定の物質(B)」である「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」が含有されること、ガスバリア層に「所定の物質(A)」である「エポキシ基を有する物質(A)」が含有されることが特定されているのに対し、
甲1製法発明では、これらの特定はされていない点。

そうすると、本件発明5と甲1製法発明は、少なくとも相違点2で相違しており、これは実質的な相違点であるから、本件発明5は甲1に記載された発明であるとはいえない。

次に、進歩性について検討すると、相違点2は、上記(2)で記載した相違点1と実質的に同じであり、上記(2)において本件発明1について相違点1についての判断で説示したと同様の理由により、甲2?4を参酌しても、甲1製法発明を本件発明5の相違点2に係る構成を備えたものとすることを、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえないし、また、本件発明5の効果は、甲1?4には記載のない効果である。

そうすると、本件発明5について、甲1に記載された発明に基いて、あるいは、甲1に記載された発明に甲2?4に記載の技術的事項を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり、申立人の取消理由1A及び1Bの主張には理由がなく、これらの取消理由によっては、本件発明1、4、5についての特許を取り消すことはできない。


3.取消理由2A及び2B(甲2に基づく新規性及び甲2を主たる引用文献とする進歩性)についての判断

(1)甲2の記載事項及び甲2に記載された発明について
甲2には、以下の記載がある。

「【請求項1】 (A)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が500MPa 超の少なくとも一種の熱可塑性樹脂成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上、並びに
(B)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg超でヤング率が500MPa 以下の少なくとも一種のエラストマー成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上で、成分(A)及び成分(B)の合計量(A)+(B)が全ポリマー成分重量当り30重量%以上となる量で含み、かつ、成分(A)が連続相を、成分(B)が分散相をなし、
(C)前記(A)成分の熱可塑性樹脂に、この熱可塑性樹脂との体積分率×粘度比が下記式で示される接着性熱可塑性樹脂成分(C)を(A),(B)及び(C)成分の全重量当り1?75重量%含む、
空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が1?500MPa 以下の熱可塑性エラストマー組成物。
〔φA /φC 〕×〔ηC /ηA 〕<1.0
φA :熱可塑性樹脂成分(A)の体積分率
φC :接着性熱可塑性樹脂成分(C)の体積分率
ηA :熱可塑性樹脂成分(A)の溶融混練時の溶融粘度
ηC :接着性熱可塑性樹脂成分(C)の溶融混練時の溶融粘度
・・・
【請求項4】 請求項1?3のいずれか1項に記載の熱可塑性エラストマー組成物の層を空気透過防止層に用いた空気入りタイヤ。」

そして、【0001】、【0008】及び【0027】によれば、上記空気透過防止層は、上記熱可塑性エラストマー組成物薄膜からなり、タイヤのインナーライナーとして使用されるものである。

そうすると、甲2には、
「(A)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が500MPa 超の少なくとも一種の熱可塑性樹脂成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上、並びに
(B)空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg超でヤング率が500MPa 以下の少なくとも一種のエラストマー成分を全ポリマー成分重量当り10重量%以上で、成分(A)及び成分(B)の合計量(A)+(B)が全ポリマー成分重量当り30重量%以上となる量で含み、かつ、成分(A)が連続相を、成分(B)が分散相をなし、
(C)前記(A)成分の熱可塑性樹脂に、この熱可塑性樹脂との体積分率×粘度比が下記式で示される接着性熱可塑性樹脂成分(C)を(A),(B)及び(C)成分の全重量当り1?75重量%含む、
空気透過係数が25×10^(-12)cc・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下でヤング率が1?500MPa 以下の熱可塑性エラストマー組成物薄膜からなるタイヤインナーライナー用空気透過防止層。
〔φA /φC 〕×〔ηC /ηA 〕<1.0
φA :熱可塑性樹脂成分(A)の体積分率
φC :接着性熱可塑性樹脂成分(C)の体積分率
ηA :熱可塑性樹脂成分(A)の溶融混練時の溶融粘度
ηC :接着性熱可塑性樹脂成分(C)の溶融混練時の溶融粘度」の発明(以下、「甲2発明」という。)が、記載されているといえる。

(2)本件発明1について
本件発明1と、甲2発明を対比すると、甲2発明の「空気透過防止層」は、本件発明1の「ガスバリア層」に相当するし、甲2発明の空気透過防止層に含まれる、「熱可塑性樹脂」及び「エラストマー成分」と本件発明1のガスバリア層に含まれる「本件ガスバリア層の樹脂」は、いずれも、「樹脂」である限りにおいて一致する。そして、「薄膜」は「シート」と同義であるから、両発明は、以下の一致点で一致し、少なくとも、以下の相違点3で相違している。
<一致点>
樹脂を含むガスバリア層を有するタイヤインナーライナー用シート。
<相違点3>
本件発明1のタイヤインナーライナー用シートは、ガスバリア層と接着層とを有しているのに対して、甲2発明のタイヤインナーライナー用シートは、ガスバリア層のみからなり、接着層を有していない点。

そして、本件発明1と甲2発明は相違点3で相違しており、これは実質的な相違点であるから、本件発明1は甲2に記載された発明ではない。

次に進歩性について検討する。

甲2には、従来技術として【0003】に、「空気入りタイヤの内面には、タイヤ空気圧を一定に保持するためにブチルゴムなどのような低気体透過性のゴムからなるインナーライナー層が設けられている。しかしながら、ハロゲン化ブチルゴムは・・・カーカス層の変形とともにインナーライナーゴム層が変形するので、転動抵抗が増加するという問題がある。このため、一般に、インナーライナー層(ハロゲン化ブチルゴム)とカーカス層の内面ゴムとの間に・・・タイゴムと呼ばれるゴムシートを介して両者を接合している。従って、ハロゲン化ブチルゴムのインナーライナー層の厚さに加えて、タイゴムの厚さが加算され、層全体として1mm(1000μm)を超える厚さになり、結果的に製品タイヤの重量を増大させる原因の一つになっていた。」と記載され、また、【0008】には、甲2発明に関し、「本発明の目的は、空気入りタイヤの空気圧保持性を損なうことなく、タイヤの軽量化を可能にし、かつ、耐空気透過性及び柔軟性とのバランスに優れ、またゴム層との接着性に優れた空気入りタイヤの空気透過防止層用として最適の熱可塑性エラストマー組成物及びそれを用いて空気透過防止層を構成した空気入りタイヤを提供することにある。」と記載されており、甲2発明は、従来、インナーライナー層とカーカス層の内面ゴムとの間をタイゴムと呼ばれるゴムシートを介して接合していたが、製品タイヤの重量が増大してしまう問題があったのを解決したものであって、インナーライナー層を、ゴム層との接着性のよい、所定の熱可塑性エラストマー組成物(薄膜)からなるものとすることで、従来のタイゴムのような、インナーライナー層とカーカス層の内面ゴムを接合部材が不要となり、製品の軽量化が可能となったものである。

そうすると、甲2発明において、タイヤインナーライナー用シートを、ガスバリア層と接着層とを有するものとすることは、甲2発明の目的に反することになるから、甲2発明を相違点3に係る本件発明1の構成を備えたものとすることには阻害要因がある。
よって、少なくとも相違点3で甲2発明と相違する本件発明1について、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明1について、甲2に記載された発明であるとも、甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない以上、本件発明1を引用する本件発明4についても、本件発明1についてと同様の理由で、甲2に記載された発明であるとも、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)まとめ
以上のとおり、申立人の取消理由2A及び2Bの主張には理由がなく、これらの取消理由によっては、本件発明1及び4についての特許を取り消すことはできない。


4.取消理由3A及び3B(甲3に基づく新規性及び甲3を主たる引用文献とする進歩性)についての判断

(1)甲3の記載事項及び甲3に記載された発明について
甲3には、以下の記載がある。

「【請求項1】
ポリアミド樹脂(A)100質量部に対してポリアミド樹脂の末端アミノ基と結合し得る化合物(B)0.05?5質量部を、ポリアミド樹脂(A)の融点以上で溶融ブレンドさせて得られる変性ポリアミド樹脂(C)と、酸無水物基、エポキシ基、またはカルボキシル基もしくはその誘導体を有する変性ゴム(D)とからなる熱可塑性樹脂組成物。
・・・
【請求項8】
請求項1?7のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂組成物のフィルムを少なくとも1層、およびジエン成分を含むゴム組成物のシートを少なくとも1層含むことを特徴とする積層体。」

そして、【0065】?【0067】には、積層体をタイヤ用インナーライナーとした実施例が記載されている。
そうすると、甲3には、
「ポリアミド樹脂(A)100質量部に対してポリアミド樹脂の末端アミノ基と結合し得る化合物(B)0.05?5質量部を、ポリアミド樹脂(A)の融点以上で溶融ブレンドさせて得られる変性ポリアミド樹脂(C)と、酸無水物基、エポキシ基、またはカルボキシル基もしくはその誘導体を有する変性ゴム(D)とからなる熱可塑性樹脂組成物のフィルムを少なくとも1層、および、
ジエン成分を含むゴム組成物のシートを少なくとも1層含む積層体からなる、
タイヤ用インナーライナー。」の発明(以下、「甲3発明」という。)
が、記載されているといえる。

(2)本件発明1について
本件発明1と、甲3発明を対比する。
甲3の【0039】に、「熱可塑性樹脂フィルムを空気入りタイヤのインナーライナーとして用いる場合」と記載されることから明らかなとおり、甲3発明の「熱可塑性樹脂組成物のフィルム」は、本件発明1の「ガスバリア層」に相当する。(なお、インナーライナーは、通常、ガスバリアを目的として設けられる。)また、甲3発明の積層体であるタイヤ用インナーライナーが、「ジエン成分を含むゴム組成物のシート」でタイヤ部材(カーカス層)に接合することは当業者に自明であるから、甲3発明の「ジエン成分を含むゴム組成物のシート」は、本件発明1の「接着層」に相当する。
甲3発明の熱可塑性樹脂組成物のフィルムに含まれる「変性ポリアミド樹脂(C)」と本件発明1のガスバリア層に含まれる「本件ガスバリア層の樹脂」、甲3発明のジエン成分を含むゴム組成物のシートに含まれる「ジエン成分を含むゴム」と本件発明1の接着層に含まれる「本件接着層の樹脂」は、それぞれ、「樹脂」である限りにおいて一致しているから、両発明は、以下の一致点で一致し、以下の相違点4で相違している。

<一致点>
樹脂を含むガスバリア層と樹脂を含む接着層とを有するタイヤインナーライナー用シート。
<相違点4>
本件発明1では、タイヤインナーライナー用シートを構成するガスバリア層に含まれる樹脂、接着層に含まれる樹脂が、それぞれ、「本件ガスバリア層の樹脂」、「本件接着層の樹脂」に特定され、また、ガスバリア層に「所定の物質(A)」である「エポキシ基を有する物質(A)」が含有されること、接着層に「所定の物質(B)」である「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」が含有されること、「エポキシ基を有する物質(A)と、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)との架橋」によって、「ガスバリア層と接着層とが、層間架橋」されることが特定されているのに対し、甲3発明では、これらの特定はされていない点。

そうすると、本件発明1と甲3発明は相違点4で相違しており、これは実質的な相違点であるから、本件発明1は甲3に記載された発明であるとはいえない。

次に、進歩性について検討する。
甲3には、甲3発明のタイヤ用インナーライナーにおいて、本件発明1の「接着層」に相当する「ジエン成分を含むゴム組成物のシート」中に、「所定の物質(B)」を配合する点についての記載はないし、当該物質を、熱可塑性樹脂組成物のフィルムに配合されるエポキシ基を有する変性ゴム(D)と架橋反応させることで、熱可塑性樹脂組成物のフィルムとジエン成分を含むゴム組成物のシートとを「層間架橋」させて、接着性を改善することについての記載や示唆はない。
そうすると、甲3発明において、インナーライナー用シートを構成する「ジエン成分を含むゴム組成物のシート」を、「所定の物質(B)」を配合したものとする点の構成が甲3からは当業者といえども導き出せないから、相違点4の他の点について検討するまでもなく、甲3発明を相違点4に係る本件発明1の構成を備えたものとすることを当業者が容易に想到することはできず、本件発明1について、甲3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

なお、本件発明1は、訂正前の請求項1に係る発明に訂正前の請求項3に記載の発明特定事項(「所定の物質(B)」)を追加する訂正を含んでおり、その点では、本件発明1は、訂正前の請求項1に係る発明を訂正前の請求項3に係る発明に限定した発明にも相当するところ、訂正前の請求項3に係る発明については、甲3に基づく新規性進歩性の特許異議の申立はなされていなかった。

(3)本件発明4について
本件発明1について、甲3に記載された発明であるとも、甲3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない以上、本件発明1を引用する本件発明2及び4についても、本件発明4についてと同様の理由で、甲3に記載された発明であるとも、甲3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(4)まとめ
以上のとおり、申立人の取消理由3A及び3Bの主張には理由がなく、これらの取消理由によっては、本件発明1及び4についての特許を取り消すことはできない。


5.取消理由4A及び4B(甲4に基づく新規性及び甲4を主たる引用文献とする進歩性)についての判断

(1)甲4の記載事項及び甲4に記載された発明について
甲4には、以下の記載がある。

「請求項1
熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー組成物のフィルムとゴム組成物の層との積層体を含む空気入りタイヤであって、ゴム組成物がゴム成分、式(1)
(合議体注;式(1)の化学式の記載は省略する。)
(式中、R^(1)、R^(2)、R^(3)、R^(4)およびR^(5)は、水素、ヒドロキシル基または炭素原子数が1?8個のアルキル基である。)
で表される化合物とホルムアルデヒドとの縮合物、メチレンドナーおよび加硫剤を含み、前記縮合物の配合量がゴム成分100質量部に対して0.5?20質量部であり、メチレンドナーの配合量がゴム成分100質量部に対して0.25?200質量部であり、メチレンドナーの配合量/前記縮合物の配合量の比が0.5?10であることを特徴とする空気入りタイヤ。」

また、請求項1に記載の積層体に関し、明細書の1頁「技術分野」の項目には、
「本発明は空気入りタイヤおよび積層体に関する。より詳しくは、本発明は、熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー組成物のフィルムとゴム組成物の層との積層体をインナーライナー材として含む空気入りタイヤ、および熱可塑性エラストマー組成物のフィルムとゴム組成物の層との積層体に関する。」
と記載されている。

そうすると、甲4には、
「熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー組成物のフィルムとゴム組成物の層との積層体からなる空気入りタイヤ用インナーライナー材あって、
ゴム組成物がゴム成分、式(1)(合議体注;式(1)の化学式の記載は省略する。)
(式中、R^(1)、R^(2)、R^(3)、R^(4)およびR^(5)は、水素、ヒドロキシル基または炭素原子数が1?8個のアルキル基である。)
で表される化合物とホルムアルデヒドとの縮合物、メチレンドナーおよび加硫剤を含み、前記縮合物の配合量がゴム成分100質量部に対して0.5?20質量部であり、メチレンドナーの配合量がゴム成分100質量部に対して0.25?200質量部であり、メチレンドナーの配合量/前記縮合物の配合量の比が0.5?10である、
空気入りタイヤ用インナーライナー材。」の発明(以下、「甲4発明」という。)
が、記載されているといえる。
(以下、「式(1)・・・で表される化合物」の化学式及び定義の記載を省略し、単に、「式(1)の化合物」という。)

(2)本件発明1について
本件発明1と、甲4発明を対比する。
甲4の明細書14頁2段落目等の「空気遮断性」との記載から明らかなとおり、甲4発明の「熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー組成物のフィルム」は、本件発明1の「ガスバリア層」に相当するし、また、甲4発明の積層体は、「ゴム組成物の層」側でタイヤのカーカス層に接合されるから(甲4の明細書の25頁2段落目)、甲4発明の「ゴム組成物の層」は、本件発明1の「接着層」に相当する。
甲4発明の「熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー組成物のフィルム」における「熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー」と本件発明1のガスバリア層における「本件ガスバリア層の樹脂」、甲4発明の「ゴム組成物の層」における「ゴム成分」と本件発明1の接着層における「本件接着層の樹脂」は、いずれも、「樹脂」である限りにおいて一致している。
さらに、甲4発明の「ゴム組成物の層」における「式(1)で表される化合物とホルムアルデヒドとの縮合物ゴム組成物」は、本件発明1の「ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)」が、「ヒドロキシル基」を有する物質であって、「所定の物質(B)」が「フェノール樹脂」である場合に相当するし、甲4発明の「空気入りタイヤ用インナーライナー材」は、本件発明1の「タイヤインナーライナー用シート」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲4発明は、以下の一致点で一致し、以下の相違点5で相違している。

<一致点>
樹脂を含むガスバリア層と樹脂を含む接着層とを有し、前記接着層が、所定の物質(B)である(フェノール樹脂)である、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)を含有する、タイヤインナーライナー用シート。
<相違点5>
本件発明1では、タイヤインナーライナー用シートを構成するガスバリア層に含まれる樹脂、接着層に含まれる樹脂が、それぞれ、「本件ガスバリア層の樹脂」、「本件接着層の樹脂」に特定され、また、ガスバリア層に「所定の物質(A)」である「エポキシ基を有する物質(A)」が含有されること、「エポキシ基を有する物質(A)と、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)との架橋」によって、「ガスバリア層と接着層とが、層間架橋」されることが特定されているのに対し、甲4発明では、これらの特定はされていない点。

そうすると、本件発明1と甲4発明は相違点5で相違しており、これは実質的な相違点であるから、本件発明1は甲4に記載された発明であるとはいえない。

次に、進歩性について検討する。
甲4には、本件発明1の「ガスバリア層」に相当する熱可塑性樹脂または熱可塑性エラストマー組成物のフィルム(層)を構成する、「熱可塑性樹脂」あるいは「熱可塑性エラストマー」として、「本件ガスバリア層の樹脂」に相当するポリビニルアルコールや臭素化イソブチレン-p-メチルスチレン共重合体等が記載される(明細書11頁2段落目?14頁2段落目)ほか、本件発明1の「所定の物質(A)」に相当する「エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体」も例示されている(同13頁の3段落目)。
しかしながら、当該共重合体は、フィルム層に含まれる「熱可塑性樹脂」あるいは「熱可塑性エラストマー」の例として記載されているのであって、甲4には、フィルム層に含まれる「熱可塑性樹脂」あるいは「熱可塑性エラストマー」として、「本件ガスバリア層の樹脂」に相当するものを選択した上に、更に、本件発明1の「所定の物質(A)」に相当するエチレン-グリシジルメタクリレート共重合体も併せて選択して配合することを示唆する記載はない。また、甲4発明のゴム組成物の層(これは、本件発明1の「接着層」に相当する。)には、本件発明1の「所定の物質(B)」の「フェノール樹脂」に相当する化合物は含まれているが、甲4には、当該化合物が「所定の物質(A)」と「架橋」されることで、フィルム層とゴム組成物の層とが、「層間架橋」されることは記載されていない。
そうすると、甲1発明のインナーライナー用シートを、本件発明1の相違点5に係る構成を備えたものとすることを、当業者が容易に想到し得ることであるということはできない。

一方、2.(2)でも説示したとおり、本件特許明細書の表1によれば、相違点5に係る本件発明1の構成を備えたインナーライナー用シートとすることで、本件発明1では、「所定の物質(A)」あるいは「所定の物質(B)」のいずれかが含まれないインナーライナー用シートに比べて、高温(100℃)における接着性が格段に優れることが理解でき、この効果は、甲4には記載のない効果である。

よって、本件発明1について、甲4に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明1について、甲4に記載された発明であるとも、甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない以上、本件発明1を引用する本件発明4についても、本件発明1についてと同様の理由で、甲4に記載された発明であるとも、甲4に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)まとめ
以上のとおり、申立人の取消理由4A及び4Bの主張には理由がなく、これらの取消理由によっては、本件発明1及び4についての特許を取り消すことはできない。


第6 むすび
以上のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、4、5に係る発明についての特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1、4、5に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件訂正により本件特許の請求項2、3が削除された結果、同請求項2、3に係る発明についての本件特許異議の申立ては対象を欠くこととなったため、特許法120条の8第1項において準用する同法135条の規定により、請求項2、3に係る発明についての本件特許異議の申立ては、決定をもって却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスバリア層と接着層とを有し、
前記ガスバリア層と前記接着層とが層間架橋されており、
前記層間架橋は、エポキシ基を有する物質(A)と、ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)との架橋であり、
前記ガスバリア層が、スチレン-イソブチレン-スチレントリブロック共重合体を含むSIBS層、スチレン-イソブチレンジブロック共重合体を含むSIB層、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物を含む層、ブチルゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物を含む層、EVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合体)を含む層、及び、PVOH(ポリビニルアルコール)を含む層からなる群から選択される層であり、
前記接着層が、スチレン-イソプレン-スチレントリブロック共重合体を含むSIS層、スチレン-イソプレンジブロック共重合体を含むSI層、ポリブタジエンを含む層、エチレンプロピレンジエンゴムを含む層、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物を含む層、ブチルゴム及びその臭素化物又は塩素化物を含む層、ブタジエンゴムを含む層、クロロプレンゴムを含む層、及び、アクリロニトリルブタジエンゴムを含む層からなる群から選択される層であり、
前記ガスバリア層が、前記物質(A)を含有し、
前記接着層が、前記物質(B)を含有し、
前記物質(A)が、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマーであり、
前記物質(B)が、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸変性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される、タイヤインナーライナー用シート。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
請求項1に記載のタイヤインナーライナー用シートを備えるタイヤ。
【請求項5】
タイヤインナーライナー用シートの製造方法であって、下記工程(1)及び工程(2)を含み、
下記工程(1)の接着層に用いる樹脂が、スチレン-イソプレン-スチレントリブロック共重合体、スチレン-イソプレンジブロック共重合体、ポリブタジエン、エチレンプロピレンジエンゴム、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物、ブチルゴム及びその臭素化物又は塩素化物、ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、及び、アクリロニトリルブタジエンゴムからなる群から選択される樹脂を含み、
下記工程(1)のガスバリア層に用いる樹脂が、スチレン-イソブチレン-スチレントリブロック共重合体、スチレン-イソブチレンジブロック共重合体、イソブチレン-パラメチルスチレン共重合ゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物、ブチルゴム又はその臭素化物若しくは塩素化物、EVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合体)、及び、PVOH(ポリビニルアルコール)からなる群から選択される樹脂を含む、製造方法。
(1)ヒドロキシル基、カルボキシル基、無水カルボキシル基、及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも1つの基を有する物質(B)を含む接着層に用いる樹脂と、エポキシ基を有する物質(A)を含むガスバリア層に用いる樹脂とをTダイ押出機で共押出により積層すること。
(2)前記積層物を冷却ロール上で常温に冷却すること。
(前記工程(1)において、前記物質(A)は、エチレン・グリシジルメタクリレートコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・酢酸ビニルコポリマー、エチレン・グリシジルメタクリレート・アクリル酸メチルコポリマー、及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるコポリマーであり、前記物質(B)は、フェノール樹脂、無水マレイン酸変性EPDM(エチレン-プロピレン-ジエンゴム)、無水マレイン酸性エチレンオクテンゴム、無水マレイン酸変性PE(ポリエチレン)、無水マレイン酸変性PP(ポリプロピレン)、エチレン・酢酸ビニルコポリマーの部分ケン化物、無水マレイン酸変性SEBS(完全水添スチレン系エラストマー)、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される。)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-09-26 
出願番号 特願2012-200820(P2012-200820)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B60C)
P 1 651・ 537- YAA (B60C)
P 1 651・ 113- YAA (B60C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐々木 智洋  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 加藤 友也
渕野 留香
登録日 2017-06-30 
登録番号 特許第6163721号(P6163721)
権利者 住友ベークライト株式会社
発明の名称 タイヤインナーライナー用シート及びタイヤ  
代理人 特許業務法人池内・佐藤アンドパートナーズ  
代理人 特許業務法人池内・佐藤アンドパートナーズ  

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