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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 特174条1項  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
管理番号 1346791
異議申立番号 異議2018-700734  
総通号数 229 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-01-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-09-10 
確定日 2018-11-30 
異議申立件数
事件の表示 特許第6291069号発明「溶射用スラリー、溶射皮膜および溶射皮膜の形成方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6291069号の請求項1?15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6291069号(以下「本件特許」という。)の請求項1?15に係る特許についての出願(特願2016-546700)は、2015年(平成27年) 9月 3日(優先権主張 平成26年 9月 3日)を国際出願日とする出願であって、平成30年 2月16日にその特許権の設定登録がされ、同年 3月14日に特許掲載公報が発行されたものである。 その後、同年 9月10日に、本件特許について、特許異議申立人大島裕子(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?15に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明15」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
セラミックス、サーメットおよび金属からなる群から選択される少なくとも一種の材料からなる溶射粒子と、
分散剤と、
分散媒と、
を含み、粘度が2mPa・S以上の溶射用スラリーであって、
前記溶射用スラリー800mL中に含まれる前記溶射粒子をAkgとし、
前記溶射粒子が分散状態にある前記溶射用スラリー800mLを、内径5mm、長さ5mで、水平に配置されているチューブに、流速35mL/minで供給して回収される回収スラリーについて、該回収スラリーに含まれる前記溶射粒子の質量をBkgとしたとき、
次式:If(%)=B/A×100;で算出される供給性指数Ifが85%以上である、溶射用スラリー。
【請求項2】
前記溶射粒子は、10重量%以上50重量%以下の割合で含まれる、請求項1に記載の溶射用スラリー。
【請求項3】
前記溶射粒子は、平均粒子径が0.01μm以上10μm以下である、請求項1または2に記載の溶射用スラリー。
【請求項4】
ゼータ電位が50mV以下である、請求項1?3のいずれか1項に記載の溶射用スラリー。
【請求項5】
前記分散媒は、水系分散媒である、請求項1?4のいずれか1項に記載の溶射用スラリー。
【請求項6】
前記分散媒は、非水系分散媒である、請求項1?4のいずれか1項に記載の溶射用スラリー。
【請求項7】
基材に、請求項1?6のいずれか1項に記載の溶射用スラリーを溶射することで前記基材の表面に溶射皮膜を形成する、溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項8】
前記溶射用スラリーを、10mL/min以上200mL/min以下の流速で溶射装置に供給して溶射する、請求項7に記載の溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項9】
前記溶射用スラリーを高速フレーム溶射またはプラズマ溶射して溶射皮膜を形成する、請求項7または8の溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項10】
前記溶射用スラリーをアクシャルフィード方式で溶射装置に供給することを含む、請求項7?9のいずれか1項に記載の溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項11】
前記溶射用スラリーを、2つのフィーダを用いて、両フィーダからの溶射用スラリーの供給量の変動周期が互いに逆位相となるようにして溶射装置に供給することを含む、請求項7?10のいずれか1項に記載の溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項12】
前記溶射用スラリーをフィーダから送り出して溶射装置の直前でタンクにいったん貯留し、自然落下を利用してそのタンク内の溶射用スラリーを溶射装置に供給することを含む、請求項7?11のいずれか1項に記載の溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項13】
導電性チューブを介して溶射装置へ前記溶射用スラリーを供給することを含む、請求項7?12のいずれか1項に記載の溶射皮膜付基材の製造方法。
【請求項14】
溶射用スラリーを調製するために用いられるキットであって、
前記溶射用スラリーは、構成成分として、
セラミックス、サーメットおよび金属からなる群から選択される少なくとも一種の材料からなる溶射粒子と、分散剤と、分散媒と、を含み、粘度が2mPa・S以上であって、
前記溶射用スラリー800mL中に含まれる前記溶射粒子をAkgとし、
前記溶射粒子が分散状態にある前記溶射用スラリー800mLを、内径5mm、長さ5mで、水平に配置されているチューブに、流速35mL/minで供給して回収される回収スラリーについて、該回収スラリーに含まれる前記溶射粒子の質量をBkgとしたとき、
次式:If(%)=B/A×100;で算出される供給性指数Ifが85%以上であり、
少なくとも、前記溶射用スラリーを構成する前記溶射粒子と、前記分散剤と、前記分散媒の少なくとも一部とを含む、溶射用スラリー調製用キット。
【請求項15】
さらに、前記溶射用スラリーを調製するための前記分散媒に関する情報を備える、請求項14に記載の溶射用スラリー調製用キット。」

第3 特許異議申立理由の概要
申立人は、以下の理由により、請求項1?15に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由1
平成29年 7月 3日付け手続補正書によってなされた、請求項1及び請求項16(本件請求項14に対応する)における、「粘度が2mPa・sを超える」を「粘度が2mPa・s以上」とする補正は、「比較例」の数値に基づく補正であり、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされておらず、請求項1?15に係る特許は、特許法第17条の2第3項の規定に違反してなされたものである。

(2)申立理由2
本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1?15に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、請求項1?15に係る特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものである。

(3)申立理由3
請求項1?15に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、請求項1?15に係る特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。

第4 当審の判断
1 申立理由1 特許法第17条の2第3項(補正の新規事項)について
本件発明1及び本件発明14の「粘度が2mPa・S以上」「の溶射用スラリー」について、願書に最初に添付した明細書には、以下の記載がある
「【0095】



上記表1を参酌すると、例1、例3、例5、例9の「粘度(mPa・s)」は、「2」と記載されている。
上記例1、3、5、9は、「供給性指数Ifが85%以上である」との要件を満たさないので、本件発明1?15に含まれるものではなく、比較例に該当するものではあるものの、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」のものである。
よって、平成29年 7月 3日付け手続補正書において、請求項1及び請求項16(本件発明14に対応する)における「粘度が2mPa・s以上」とした補正は、新規事項を追加する補正とはいえないから、請求項1?15に係る特許は、特許法第17条の2第3項の規定に違反してなされたものではない。

2 申立理由2 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
ア 物の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があることを要する。
また、方法の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用することができる程度の記載があることを要する。

イ そこでまず、物の発明である本件発明1?6、14、15について、この観点から検討する。
願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)には、上記表1に加え、以下の記載がある。なお、下線は当審が付与した。

「【0086】
[溶射用スラリー調製]
溶射粒子としては、下記の表1に示す平均一次粒子径を有するイットリア(Y_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))、ハイドロキシアパタイト(Ca_(10)(Po_(4))_(6)(OH)_(2)、および銅(Cu)の粉末を用意した。また、これらの溶射粒子の比重と比表面積を測定した結果を表1に示した。
なお、溶射粒子の平均粒子径は、上述のとおり、1μm未満の微細なものについては、ガス流動法による比表面積測定装置(マイクロメリティックス社製,FlowSorb II 2300)を用いて測定される溶射粒子の比表面積から算出した球相当径である。
また、1μm以上の溶射粒子については、レーザ回折・散乱式粒子径分布測定装置((株)堀場製作所製、LA-950)により測定した値である。溶射粒子の比重は、Z 8804:2012で規定される、比重瓶による比重の測定方法に準拠して測定した値である。
【0087】
また、分散媒としては、水系の分散媒として蒸留水を、非水系の分散媒として、エタノール(EtOH)とイソプロピルアルコール(i-PrOH)とノルマルプロピルアルコール(n-PrOH)とを85:5:10の体積比で含む混合溶液を用意した。また、任意成分の添加剤として、下記の表1に示す分散剤(アルキルイミダゾリン化合物または水系ポリカルボン酸系高分子分散剤)および粘度調整剤(ポリエチレングリコール)を用意した。これらの溶射粒子と分散媒とは、溶射粒子の割合が30質量%となる配合比で、異なる容器に収容した状態で用意した。
【0088】
この溶射粒子と分散媒とを、下記の表1に示した割合の分散剤,粘度調整剤と共に混合することで、溶射用スラリー1?12を調製した。なお、本実施形態において、分散剤の使用量は、溶射用スラリーにおける溶射粒子の分散状態を見ながら適宜調整した。また、粘度調整剤の使用量は、0.1質量%で一定とした。なお、表1中の粘度調整剤の欄の「-」は不使用を意味する。
【0089】
[二次粒子形成の有無]
用意した各溶射用スラリー中の溶射粒子について、レーザ回折・散乱式粒子径分布測定装置(株式会社堀場製作所製,LA-950)を用いて、平均粒子径を測定した。そして、溶射用スラリーの調整のために用意した溶射粒子の平均粒子径と、スラリー中の溶射粒子の平均粒子径とを比較し、スラリー中の溶射粒子の平均粒子径が1.5倍以上であった場合に、スラリー中で溶射粒子が凝集し、二次粒子を形成していると判断した。そして、溶射粒子が二次粒子を形成していると判断された例について、表1の二次粒子形成の欄に「有」と示し、二次粒子を形成していないと判断された例については「無」と示した。
【0090】
[粘度]
用意した各溶射用スラリーについて、粘度測定器(リオン株式会社製,ビスコテスタVT-03F)を用い、室温(25℃)環境下、回転速度62.5rpmにおける各溶射用スラリーの粘度を測定した。その結果を表1に示した。
【0091】
[ゼータ電位]
用意した各溶射用スラリー中の溶射粒子について、超音波方式粒度分布・ゼータ電位測定装置(ディスパージョンテクノロジー社製,DT-1200)を用い、ゼータ電位を測定した。各例における溶射粒子のゼータ電位は、50mV以下または100mV以上の領域に2極化したため、測定結果は、「50mV以下」または「100mV以上」として表1に示した。
【0092】
[供給性指数If]
用意した各溶射用スラリーについて、下記の手順で供給性指数Ifを調べた。すなわち、まず、内径が5mmで長さが5mのポリウレタン製チューブ(CHIYODA製 タッチチューブ(ウレタン) TE-8 外径8mm×内径5mm)を高低差なしの試験台の上に水平に配置させ、チューブの一方の端部にスラリー供給用のローラーポンプを取り付け、他方の端部にはスラリー回収容器を設置した。そして、用意した溶射用スラリーを、マグネチックスターラーで撹拌することで溶射粒子の分散状態が良好であることを確認したのち、35mL/minの流速でチューブ内に供給した。その後、チューブを通過した溶射用スラリーを回収容器にて回収し、回収スラリーに含まれる溶射粒子の質量Bを測定した。そして、予め算出しておいた調製後の800mLの溶射用スラリーに含まれる溶射粒子の質量Aと回収スラリーに含まれる溶射粒子の質量Bとから、次式に基づき、供給性指数Ifを算出し、これらの結果を表1に示した。
If(%)=B/A×100
【0093】
[溶射皮膜の形成]
上記で用意した各溶射用スラリーを用い、大気圧プラズマ溶射(APS)法により溶射することにより溶射皮膜を形成した。溶射条件は、以下の通りとした。
すなわち、まず、被溶射材である基材としては、SS400鋼板(70mm×50mm×2.3mm)を用意し、粗面化加工を施して用いた。APS溶射には、市販のプラズマ溶射装置(Praxair社製、SG-100)を用いて行った。プラズマ発生条件は、大気圧にて、プラズマ作動ガスとしてのアルゴンガスを100psi、ヘリウムガスを90psiの圧力で供給し、プラズマ発生電力を40kWとするものとした。溶射装置への溶射用スラリーの供給には、スラリー供給機を用い、約100mL/分の供給量で溶射装置のバーナー室に供給した。なお、スラリーを溶射装置に供給するに当たり、溶射装置のすぐ脇に貯留タンクを設置し、調製した溶射用スラリーをこの貯留タンクにいったん貯留した後、かかる貯留タンクから自然落下を利用してスラリーを溶射装置に供給するようにした。これにより、溶射装置のノズルからプラズマジェットを噴射させ、バーナー室に供給した溶射用スラリーを、かかるジェットに載せて飛行させながらスラリー中の分散媒を除去するとともに、溶射粒子を溶融させて基材に吹き付けることで、基材上に皮膜を形成した。なお、溶射ガンの移動速度は600mm/min、溶射距離は50mmとした。
【0094】
[成膜効率]
各例の溶射用スラリーを溶射して皮膜を形成したときの、溶射粒子の成膜効率(付着効率)を評価した。具体的には、上記の溶射条件で1パス(溶射装置から基材に対して1回溶射を行うことをいう。)あたりに成膜された溶射皮膜の厚さ(μm)を測定した数値である。」

上記本件明細書の記載と表1を参酌すると、本件発明1の実施例として、例2、例4、例6、例7、例8、例10、例11、例12が記載されており、本件明細書【0086】?【0094】には、これらの実施例の製造方法も記載されており、少なくとも上記8つの例について、当業者が、本件明細書の記載に基づいて、本件発明1?6、14、15を実施することができるといえるから、本件発明1?6、14、15について、本件明細書は、実施可能要件を満たすといえる。

ウ 次に、方法の発明である本件発明7?13について、上記アの観点から検討する。
本件発明7?13は、本件発明1?6のいずれか1の溶射用スラリーを溶射することで、基材の表面に溶射被膜を形成する、溶射被膜付基材の製造方法である。
上記本件明細書の記載と表1を参酌すると、上記8つの例について、溶射被膜付き基材の製造方法が記載されており、少なくとも、上記8つの例について、当業者が、本件明細書の記載に基づいて、本件発明7?13を実施することができるといえるから、本件発明7?13について、本件明細書は、実施可能要件を満たすといえる。

エ 申立人は、異議申立書第9頁第9行?第12行において、供給性指数Ifが85%以上で、粘度が2mPa・s以上15mPa・s未満の範囲である溶射スラリーについては、発明の詳細な説明において、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない旨主張している。

オ しかしながら、たとえ、給性指数Ifが85%以上で、粘度が2mPa・s以上15mPa・s未満の範囲である溶射スラリーについて、発明の詳細な説明において、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていなくても、上記イ、ウのとおり、本件発明1?15に含まれる、供給性指数Ifが85%以上で、粘度が15mPa・s以上の範囲である溶射用スラリーと当該スラリーを溶射した溶射皮膜付基材の製造方法、溶射用スラリー調整用キットについて、発明の詳細な説明には、当業者がその物を製造し、使用し、また、その製造方法を使用できる程度の記載があるといえるから、上記申立人の主張は採用できない。

カ よって、本件発明1?15に係る特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してなされたものではない。

3 申立理由3 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点から検討する。
ア 本願の発明が解決しようとする課題
発明の詳細な説明には、以下の記載がある。なお、下線は当審が付与した。
「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、溶射用スラリーにおいては、溶射粒子と分散媒との比重差や、溶射粒子の粒子径の影響により、スラリーの保管時に溶射粒子が沈降して沈殿を生じてしまうことがあった。沈殿した溶射粒子は流動性を失うため、沈殿が生じやすい溶射用スラリーは溶射用材料としては適さない。また、沈殿する溶射粒子の量が増大すると、溶射粒子の供給量が低減したり、供給装置内で目詰まりを起こしたりする可能性があった。
【0005】
このような状況の下、本発明者らは各種の検討を重ねた結果、たとえ沈殿を生じ得る溶射用スラリーであっても、溶射粒子を溶射に適した状態で溶射装置に供給することができれば、高品質な溶射皮膜を形成し得て、溶射材料として好適であると知見するに至った。
本発明は、上記の知見に基づき創出されたものであり、好適な溶射皮膜を形成し得る溶射用スラリーを提供することを目的とする。また、この溶射用スラリーを用いて形成される溶射皮膜と、溶射皮膜の形成方法とを提供することを他の目的とする。」

上記記載によれば、本願の発明が解決しようとする課題(以下単に「課題」という。)は、「たとえ沈殿を生じ得る溶射用スラリーであっても、溶射粒子を溶射に適した状態で溶射装置に供給」し、「好適な溶射皮膜を形成し得る溶射用スラリーを提供すること」であると認められる。

イ 課題を解決する手段
発明の詳細な説明には、上記【0095】表1の記載に加えて、以下の記載がある。
「【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するものとして、以下の特徴を有する溶射用スラリーを提供する。この溶射用スラリーは、セラミックス、サーメットおよび金属からなる群から選択される少なくとも一種の材料からなる溶射粒子と、分散媒と、を含んでいる。そして、上記溶射用スラリー800mL中に含まれる前記溶射粒子をAkgとし、上記溶射粒子が分散状態にある前記溶射用スラリー800mLを、内径5mm、長さ5mで、水平に配置されているチューブに、流速35mL/minで供給して回収される回収スラリーについて、該回収スラリーに含まれる上記溶射粒子の質量をBkgとしたとき、次式:If(%)=B/A×100;で算出される供給性指数Ifが70%以上であることを特徴としている。
【0007】
かかる構成によると、溶射用スラリーにおける溶射粒子の分散性および流動性等を加味して、該スラリーを溶射装置に供給する際の供給性を評価することができる。そして供給性指数Ifが70%以上である溶射用スラリーは、粒子の沈降が抑制された状態にあり、溶射装置への供給性が良好であると言える。これにより、たとえ長期の保管において沈殿を生じるような溶射用スラリーであっても、溶射粒子の沈殿固化が抑制されて、好適な分散および流動状態で溶射装置に安定して供給できる溶射用スラリーが実現される。」

「【0053】
なお、必ずしも制限されるものではないが、溶射用スラリーの粘度は1000mPa・s以下とすることができ、好ましくは500mPa・s以下、より好ましくは100mPa・s以下、例えば50mPa・s以下とすることができる。溶射用スラリーの粘度が低下することで、流動性をさらに向上させることができる。溶射用スラリーの粘度の下限については特に制限はないが、粘度の低い溶射用スラリーは溶射粒子の割合が少ないことを意味し得る。かかる観点から、溶射用スラリーの粘度は、例えば、0.1mPa・s以上であるのが好ましい。溶射用スラリーの粘度を上記範囲で調整することにより、供給性指標を好ましい範囲に調整することができる。」

「【0058】
(その他の任意成分)
溶射用スラリーは、必要に応じて粘度調整剤をさらに含有してもよい。ここで粘度調整剤とは、溶射用スラリーの粘度を減少または増大させることができる化合物をいう。溶射用スラリーの粘度を適切に調整することにより、溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量が比較的高い場合でも溶射用スラリーの供給性の低下を抑えることができる。粘度調整剤として使用することが可能な化合物の例としては、非イオン性ポリマー、例えばポリエチレングリコールなどのポリエーテルや、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロリド、水系ウレタン樹脂、アラビアゴム、キトサン、セルロース、結晶セルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースアンモニウム、カルボキシメチルセルロース、カルボキシビニルポリマー、リグニンスルホン酸塩、澱粉などが挙げられる。粘度調整剤の含有量は、0.01?10質量%の範囲にすることができる。」

「【0096】
表1に示されるように、例2?8,10?12として、ここに開示される供給性指数Ifが70%以上である溶射用スラリーが得られたことが確認できた。
例1の溶射用スラリーは、溶射粒子としてイットリアを用い、他の例と同様に溶射粒子の濃度が30質量%となるように調整している。例1では、供給性指数Ifの測定においてチューブ内に溶射粒子が沈殿してしまい、チューブが閉塞することはなかったものの、チューブ断面積の1/5程度の厚みで溶射粒子が沈殿したことが確認された。また、溶射に際しては、溶射装置のスラリー供給経路にスラリーの中の溶射粒子が沈殿(付着)しているのが確認でき、成膜効率は供給性指数Ifと同様に低いものとなってしまった。
【0097】
例2の溶射用スラリーについては、例1のスラリーと比較して、分散媒や、分散剤および粘度調整剤の添加量を変更し、スラリーの粘度をより高く、スラリー中の溶射粒子のゼータ電位を50mV以下により低く調整している。これにより、供給性指数Ifは95.8%と高い値が得られた。そして、実際の溶射においてはスラリーの調製に用いた溶射粒子のほぼ全量を溶射装置に導入でき、フレームに安定的に供給できることが確認できた。
その結果、成膜効率は例1に対して2倍以上と、1パスあたりに形成される溶射皮膜の膜厚が大幅に増加することが確認された。
【0098】
例3の溶射用スラリーは、例1のスラリーと比較して、スラリーの性状は同程度であるものの、より粒径の小さな溶射粒子を用い、添加剤の種類を変えている。これにより、供給性指数Ifは70%以上となり、スラリーをフレームに安定して供給できることが確認できた。
例4の溶射用スラリーは、例3のスラリーに対してさらに粘度調整剤を加えたものである。これにより、スラリー中の溶射粒子は二次粒子を形成し、スラリーの粘度はより高く、スラリー中の溶射粒子のゼータ電位は50mV以下と低く調整されている。その結果、供給性指数Ifは91.7%と90%を超過し、スラリーの供給性が大幅に高められたことが確認された。
【0099】
例5の溶射用スラリーは、例1のスラリーと比較して、さらに粒径の小さな溶射粒子を用いたものである。このスラリーの粘度および溶射粒子のゼータ電位には大きな違いは見られなかった。しかしながら、平均粒径が1.6μmと微小な溶射粒子はこの様な分散媒中に良好な分散状態で存在できるため、供給性指数Ifは81.0%と80%を超え、スラリーの供給性は比較的良好であることが確認できた。
例6の溶射用スラリーは、例5のスラリーに対して分散剤の量を増大させ、さらに粘度調整剤を加えたものであり、スラリーの粘度をより高く、スラリー中の溶射粒子のゼータ電位を50mV以下に調整している。これにより、供給性指数Ifは90.5%と、例5と比較して約10%ほど向上し、また成膜効率も約1.5倍程度向上することが確認できた。
例7の溶射用スラリーは、例4のスラリーに対して、スラリー中の溶射粒子の平均粒子径を極めて小さくしたものであり、溶射粒子の比表面積とスラリーの粘度がより高くなっている。しかしながら、スラリー中の溶射粒子の安定性は例4と同様であって、供給性指数Ifは97.0%と高い値となった。また、平均粒子径が0.01μmと極微小の溶射粒子を用いたにもかかわらず、高い成膜効率が得られることが確認できた。
【0100】
例8?10の溶射用スラリーは、溶射粒子としてアルミナを用いたものである。例9の溶射用スラリーは、供給性指数Ifの測定においてチューブ内に溶射粒子が沈殿してしまい、チューブが閉塞することはなかったものの、チューブ内に多量の溶射粒子が沈殿したことが確認された。また、溶射に際しては、溶射装置のスラリー供給経路にスラリーの中の溶射粒子が沈殿(付着)しているのが確認でき、成膜効率は供給性指数Ifと同様に低いものとなってしまった。
【0101】
例10の溶射用スラリーは、例9のスラリーに対して粘度調整剤を加え、スラリーの粘度をより高く、スラリー中の溶射粒子のゼータ電位をより低く調整している。その結果、粘度調整剤の併用により、例10のスラリーの供給性指数Ifは92.6%と、例7の57.0%と比較して著しく増大した。これに伴い、成膜効率も約2.5倍程度上昇することが確認できた。
例8の溶射用スラリーは、例9に対して粘度調整剤を加え、例9,10に対して溶射粒子の平均粒子径を大きくしたものである。このスラリー中の溶射粒子の安定性は、例10と同程度に高く、スラリーの供給性指数Ifおよび成膜効率ともに良好な値であることが確認できた。
【0102】
例11の溶射用スラリーは、溶射粒子として、比重の比較的小さいハイドロキシアパタイトを用いたものである。溶射粒子の比重が小さいと、比表面積が大きくなり、粘度が高くなりやすい。しかしながら、例11の溶射用スラリーでは、粘度調整剤の添加により過剰な粘度上昇は抑えられている。その結果、供給性指数Ifが高く、流動性および成膜効率ともに良好なスラリーが実現されていることが確認できた。
例12の溶射用スラリーは、溶射粒子として、比重の大きい金属(銅)粉末を用いたものである。比重が大きい溶射粒子はスラリー中で沈殿し易く、また金属粉末であることからスラリーの粘度も上がり難く、供給性指数Ifは極めて小さくなりやすい。しかしながら、例12の溶射用スラリーでは、分散剤および粘度調整剤の添加により適度な粘度とゼータ電位が実現されており、供給性指数Ifが高く、流動性および成膜効率ともに良好なスラリーが実現されていることが確認できた。
【0103】
なお、以上の溶射用スラリーにおいては、溶射粒子の種類(組成、比重)に依らず、ゼータ電位が50mV以下に調整されていたり、二次粒子が形成されていたりする溶射用スラリーほど、供給性指数Ifが高くなり、成膜性が良好となる傾向が見てとれた。したがって、沈殿を形成しやすい性状の溶射粒子であっても、粒子をかるく凝集させてゼータ電位が50mV以下となるように調整することで、溶射用スラリー中での溶射粒子の安定性を高めることができると考えられる。その結果、溶射装置やチューブ内での溶射粒子の目詰まりが起り難く、流動性の良い溶射用スラリーが実現されるものと考えられる。
【0104】
以上のことから、ここに開示される供給性指数Ifを採用することで、様々な組成および形態の溶射粒子を用いた溶射用スラリーの、溶射装置への供給性を簡便に評価できることが確認された。そして供給性指数Ifが70%以上の場合に、溶射粒子の物性に依らず、当該スラリーの供給性が良好であると判断できることが確認された。かかる供給性指数Ifを採用することにより、例えば、スラリー調製用材料を多量に無駄にすることなく、溶射により適切な状態のスラリーを調製できる。また、このような溶射用スラリーを用いることで、高効率に溶射皮膜を形成できることもわかった。」

上記記載によれば、供給性指数Ifの値が高ければ、その溶射用スラリーは、粒子の沈降が抑制された状態にあり、溶射装置への供給性が良好であり、たとえ長期の保管において沈殿を生じるような溶射用スラリーであっても、溶射粒子の沈殿固化が抑制されて、好適な分散および流動状態で溶射装置に安定して供給できる溶射用スラリーが実現され、高効率に溶射皮膜を形成できるといえる。
そして、上記表1、【0096】?【0104】によれば、例2、例4、例6、例7、例8、例10、例11、例12は、いずれも、スラリー供給性が良好で、成膜効率に優れ、上記アの課題を解決しているといえる。これら8つの例の供給性指数Ifは、85%以上である。

また、上記【0053】、【0058】の記載と、上記実施例等の記載を総合すると、溶射用スラリーの粘度によらず、「供給性指数Ifが85%以上である」との要件を満たすことによって、上記アの課題を解決し得ると理解することができる。

ウ 本件発明1が、課題を解決し得るかについて
本件発明1は、「供給性指数Ifが85%以上である」との特定事項を備えるものである。
よって、本件発明1は、上記イに照らし、上記アの課題を解決し得ると理解することができる。

エ 本件発明2?15が、課題を解決し得るかについて
本件発明2?15も、本件発明1と同様に、「供給性指数Ifが85%以上である」との特定事項を備えるものである。
よって、上記イに照らし、上記アの課題を解決し得ると理解することができる。

オ 申立人は、特許異議申立書第9頁第9行?14行において、概略以下のように主張している。
供給性指数Ifが85%以上で、粘度が2mPa・s以上15mPa・s未満の範囲である溶射スラリーについては、課題を解決できると当業者が認識することができず、発明の詳細な説明に記載したものではない。

カ しかしながら、上記イのとおり、供給性指数Ifの値が高ければ、具体的には、供給性指数Ifが85%以上であれば、粘度によらず、課題を解決し得ると理解することができるから、上記申立人の主張は採用できない。

キ よって、本件発明1?15に係る特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものではない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-11-22 
出願番号 特願2016-546700(P2016-546700)
審決分類 P 1 651・ 55- Y (C23C)
P 1 651・ 536- Y (C23C)
P 1 651・ 537- Y (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 祢屋 健太郎  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 土屋 知久
結城 佐織
登録日 2018-02-16 
登録番号 特許第6291069号(P6291069)
権利者 株式会社フジミインコーポレーテッド
発明の名称 溶射用スラリー、溶射皮膜および溶射皮膜の形成方法  
代理人 大井 道子  
代理人 安部 誠  
代理人 谷 征史  
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