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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02B
管理番号 1347576
審判番号 不服2017-9631  
総通号数 230 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-02-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-06-30 
確定日 2019-01-04 
事件の表示 特願2015-167663「酸化スズに基づく導電膜を有する反射防止または反射コーティングを塗膜した光学物品,および製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 2月25日出願公開,特開2016- 28279〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続等の経緯
特願2015-167663号(以下「本件出願」という。)は,2010年(平成22年)3月26日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2009年(平成21年)3月27日 フランス)に特許出願したものとみなされた,特願2012-501364号の一部を,平成27年8月27日に新たな特許出願としたものであって,その後の手続等の経緯は,概略,以下のとおりである。
平成28年 4月18日付け:拒絶理由通知書
平成28年 9月13日付け:意見書
平成28年 9月13日付け:手続補正書
平成29年 2月23日付け:拒絶査定
平成29年 6月30日付け:審判請求書
平成29年 6月30日付け:手続補正書

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成29年6月30日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
(1) 本件補正前の特許請求の範囲の記載
本件補正前の請求項1の記載は,次のとおりである。
「【請求項1】
帯電防止および反射防止または反射特性を持つ光学物品で,反射防止または反射コーティングを塗工された少なくとも1つの主表面を持つ基材を有し,前記コーティングが少なくとも1つの導電層を含有し,ここに:
前記導電層が前記導電層の全重量に対して重量で少なくとも30%の酸化スズ(SnO_(2))を含有し,
前記導電層の堆積がイオン-アシストの下で実施されていて,さらに
前記基材の水分吸収率が前記基材の全重量に対して重量で0.6%以上であり,水分吸収率が前記基材を予備乾燥し次いで50℃で相対湿度100%および大気圧下のチャンバー内で800時間保管後に測定されたものである,
帯電防止および反射防止または反射特性を持つ光学物品。」

(2) 本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正後の請求項1の記載は,次のとおりである。なお,下線は当合議体が付したものであり,補正箇所を示す。
「【請求項1】
帯電防止および反射防止または反射特性を持つ光学物品で,反射防止または反射コーティングを塗工された少なくとも1つの主表面を持つ基材を有し,前記コーティングが少なくとも1つの導電層を含有し,ここに:
前記導電層が前記導電層の全重量に対して重量で少なくとも50%の酸化スズ(SnO_(2))を含有し,
前記導電層の堆積がイオン-アシストの下で実施されていて,さらに
前記基材の水分吸収率が前記基材の全重量に対して重量で0.6%以上であり,水分吸収率が前記基材を予備乾燥し次いで50℃で相対湿度100%および大気圧下のチャンバー内で800時間保管後に測定されたものである,
帯電防止および反射防止または反射特性を持つ光学物品。」

2 補正の適否
以下,本件補正前の請求項1に係る発明を,「本願発明」という。また,本件補正後の請求項1に係る発明を,「本件補正後発明」という。
本件補正は,本件補正前の請求項1に「前記導電層が前記導電層の全重量に対して重量で少なくとも30%の酸化スズ(SnO_(2))を含有し」と記載されているのを,「前記導電層が前記導電層の全重量に対して重量で少なくとも50%の酸化スズ(SnO_(2))を含有し」に補正することを含むものである。そうしてみると,本件補正は,請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である,酸化スズの含有量の下限値を,「30%」から「50%」に狭めることを含む補正である。そして,本件出願の明細書の【0001】,【0022】及び【0023】の記載からみて,本願発明と本件補正後発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は,同一である。
したがって,請求項1に係る本件補正は,特許法17条の2第5項に掲げる,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後発明が同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について,以下,検討する。
(1) 本件補正後発明
本件補正後発明は,前記1(2)に記載したとおりのものである。

(2) 引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由において引用され,本件出願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に頒布された刊行物である,特開2004-341052号公報(以下「引用文献1」という。)には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定に活用した箇所を示す。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材上に複層構成の反射防止膜を備えた光学要素において,前記反射防止膜が透明導電層を含み,該透明導電層がイオンアシスト真空蒸着により形成されてなることを特徴とする光学要素。
…(省略)…
【請求項4】
光学基材上に複層構成の反射増加膜を備えた光学要素において,前記反射増加膜が透明導電層を含み,該透明導電層がイオンアシスト真空蒸着により形成されていることを特徴とする光学要素。
…(省略)…
【請求項7】
前記光学基材が有機ガラス基材であることを特徴とする請求項1?6のいずれかに記載の光学要素。」

イ 「【0001】
【技術分野】
本発明は,基材上に複層構成反射防止膜を備えた光学要素に関する。特に,基材がプラスチック眼鏡レンズ等の低耐熱性基材の場合に好適な発明である。
【0002】
【背景技術】
眼鏡や写真用レンズのような光学要素の場合,水滴が付着すると,結像がゆがめられるため,水滴が付着し難いことが望ましい。
…(省略)…
【0007】
このような場合,最表面に撥水・防汚処理をすることが考えられ,同処理を行うことで滑り性が増し,拭き傷等も付きにくくなる。
【0008】
しかし,従来の撥水(防汚)処理はフッ素系有機膜を最表層に形成しているため,表面を布等で拭き上げ或いは擦りつけたとき,容易に帯電し,逆に埃等を吸着し易くなってしまう。
【0009】
そこで,帯電防止のために,光学基材上に透明導電層を形成することが考えられる。
…(省略)…
【0011】
【発明の開示】
本発明は,上記先行技術文献に開示されていない新規な,低耐熱性基材に好適な帯電防止性能を有する光学要素を提供することを目的とする。
…(省略)…
【0013】
光学基材上に複層構成の反射防止膜又は反射増加膜を備えた光学要素において,前記反射防止膜又は反射増加膜が透明導電層を含み,該透明導電層をイオンアシスト真空蒸着により形成することを特徴とする。
【0014】
ITO(酸化インジウムと酸化錫との混合物)をターゲットとして,一般的な電子ビームにより,真空蒸着法で成膜を行うと,酸素が分離してしまい,酸化度が不十分な酸化膜が形成される。酸化度が不十分な酸化膜は,光学要素に必然的な透明性が劣る。そこで,従来は,前記先行技術文献の如く,スパッタリング・イオンプレーティング等の如く,プラズマを利用して酸素イオンを発生させ,酸化度が十分な酸化膜を成膜させていた。しかし,プラズマを利用するため,プラスチック等のプラズマに対して弱い基材を使用すると,基材の劣化・変形等が発生しやすい。
【0015】
そこで,本発明者らは,真空蒸着に際して,イオンアシストによれば,酸素イオンを基材に向けて照射させることができ,スパッタリング・イオンプレーティングと同様に,酸化膜の酸化度の調節が可能となり,しかも,基材をプラズマに直接さらさずに低温雰囲気下で成膜ができることを見出して,本発明に想到したものである。
…(省略)…
【0017】
さらに,光学基材をプラスチック製とした場合は,基材が熱又はアークによる損傷のない安定した品質の光学要素の提供が可能となる。
…(省略)…
【0021】
本発明の光学要素は,少なくとも1層以上の透明導電層が含まれており,イオンアシスト法を用いてプラスチック眼鏡レンズ等の低耐熱性基材へも,アーク損傷又は熱損傷を与えない低温で成膜可能となるものである。」

ウ 「【0022】
【発明を実施するための最良の形態】
本発明は,光学基材上に複層構成の反射防止膜または反射増加膜(ミラーコート)を備えた光学要素を前提とする。
【0023】
ここで光学基材としては,無機ガラス基材,有機ガラス基材を問わない。
…(省略)…
【0025】
上記有機ガラス基材としては,ポリカーボネート(PC),脂肪族アリルカーボネート,芳香族アリルカーボネート,ポリチオウレタンなどの通常眼鏡レンズに使用される基材の他に,アクリル系樹脂,ノルボルネン系樹脂,ポリエステル樹脂,ポリイミド樹脂,ポリエチレンテレフタレート樹脂,ポリエチレンナフタレート樹脂,ポリアリレート樹脂,ポリエーテルスルフォン樹脂,ポリオレフィン系樹脂などを挙げることができる。
【0026】
そして,耐擦傷性(特に,有機ガラス基材の場合)の見地から,通常,ハードコート膜を形成し,さらに,該ハードコート膜(1)を形成する場合には,耐衝撃性を高めるため,プライマー層(2)を基材との間に介在させる。
…(省略)…
【0057】
(3)上記ハードコート上には,適宜,無機薄膜を形成して反射防止膜やミラーコート(反射増加膜)とする。
…(省略)…
【0061】
(4)そして,上記反射防止膜又は反射増加膜のうちの一層又は複層として透明導電層をイオンアシスト法により成膜する。
【0062】
そして,透明導電層の膜厚は,0.001?0.1μm,望ましくは,0.003?0.03μmとする。上記光学基材の最表層には,防汚・撥水処理を行ってもよい。
【0063】
導電層の材料としては特に限定されないが,例えばインジウム,スズ,亜鉛等のいずれか,又は2種以上の複数を成分とする無機酸化物が好ましい。特に,ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムと酸化錫との混合物)が望ましい。
…(省略)…
【0073】
なお,導電層以外の反射防止膜又は反射増加膜の他の構成層は,導電層と同じイオンアシストでも,電子ビームなどの他の真空蒸着でもよい。通常,電子ビームで行うことが,同じ,真空室を使用でき望ましい。」

エ 「【0074】
【実施例】
以下,本発明を実施例に基づいて,更に詳細に説明をする。
【0075】
(1)実施例・比較例で使用した,薬剤・光学基材は下記のとおりである。
【0076】
<薬剤>
…(省略)…
<光学基材>
屈折率1.50:「CR-39」(PPG Co製)
屈折率1.60:「MR-8」(三井化学株式会社製)
屈折率1.67:「MR-7」(三井化学株式会社製)
屈折率1.74:「HIE-1」(三井化学株式会社製)
各光学基材は,前処理として40℃の10%水酸化ナトリウム水溶液に3min浸漬させ,次いで水洗,乾燥させたものを使用した。
…(省略)…
【0086】
(4)反射防止膜・反射増加膜(ミラーコート)の基材側からの層構成は,下記のものとした。そして,何れも,60℃に加熱しながら,圧力1.33×10^(-3)Paまで排気し,酸素イオンクリーニングを行った後,基板側から順に下記構成で各層を成膜して行った。なお,ITO層及びTiO_(2)層は,下記イオンアシスト法,その他の層は電子ビーム法により,それぞれ真空蒸着で成膜し,更に,最表層には,ふっ素系撥水処理を行う。
【0087】
<導電層含有反射防止膜1>
第1層 SiO_(2) 屈折率 1.46 光学膜厚 26nm
第2層 ZrO_(2) 屈折率 2.05 光学膜厚 81nm
第3層 SiO_(2) 屈折率 1.46 光学膜厚 22nm
第4層 ZrO_(2) 屈折率 2.05 光学膜厚 112nm
第5層 ITO_( ) 屈折率 2.00 光学膜厚 20nm
第6層 SiO_(2) 屈折率 1.46 光学膜厚 131nm
…(省略)…
【0088】
<導電層成膜方法1>
真空室にO_(2)ガスを真空度:4.5×10^(-2)Paとなるように流量を調節し,かつ,イオン銃にO_(2)ガスを導入しながら加速電圧1kVに設定して酸素イオンを基材に放射しながら,電子銃を用いて蒸発源であるITO(オプトロン株式会社製ITO)をEB(電子ビーム)加熱して,成膜速度:1Å/sのとなるように成膜を行う。
…(省略)…
【0106】
<試験評価>
上記試験結果を示す表1・2から,各実施例の光学要素は,帯電防止効果を有するもとともに,各種耐久性(耐温水性,耐候性,密着性)に優れでいることが分かる。特に,プラスチック基材に対して,熱・アーク損傷を伴わずに,透明性に優れた導電層の成膜が可能であることが分かる。
【0107】
【表1】


【0108】
【表2】



(3) 引用発明
引用文献1の【請求項1】に係る発明に関して,【0001】に記載された技術分野,及び【0011】に記載された目的を勘案すると,引用文献1には,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「 光学基材上に複層構成の反射防止膜を備えた光学要素において,前記反射防止膜が透明導電層を含み,該透明導電層がイオンアシスト真空蒸着により形成されてなり,
特に,前記光学基材がプラスチック眼鏡レンズの低耐熱性基材の場合に好適な,
帯電防止性能を有する光学要素。」

(4) 引用文献2の記載
原査定の拒絶の理由において引用され,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である,特開昭63-280790号公報(以下「引用文献2」という。)には,以下の記載がある。
ア 1頁左欄2?12行
「1.発明の名称
帯電防止物品
2.特許請求の範囲
(1) 透明基体の表面に硬化被膜を設け,さらに該被膜上にSnO_(2)を主成分としてなる層を少なくとも1層有する,2層以上の反射防止被膜を設けたことを特徴とする反射防止効果を有する帯電防止物品。
(2) 透明基体が,プラスチック成型品であることを特徴とする特許請求の範囲第(1)項記載の反射防止効果を有する帯電防止物品。」

イ 2頁左上欄8行?右上欄12行
「[産業上の利用分野]
本発明は,眼鏡用レンズ,カメラ用レンズ,CRT用フィルター,計器盤などの光学用に適した反射防止効果を有する帯電防止物品に関する。
[従来の技術]
プラスチック成形品は,その透明性,軽量性,易加工性,耐衝撃性,染色が容易であるなどの特徴を生かして多用途に使用され近年大幅に需要が増えている。
しかし,その反面表面硬度,反射防止性,帯電防止性が不充分であった。これらの欠点の改良手段として数多くの提案がなされている。
その中で,透明な導電性を有する反射防止膜として特公昭53-28214号公報に,真空蒸着により,Inまたはその酸化物を含む反射防止膜をコートする方法が開示されている。
[発明が解決しようとする問題点]
しかしながら,この技術は,充分な密着力が得られないために被膜の剥離,表面硬度の低下さらには,Inまたはその酸化物を使用しているため屋外暴露などにより自然剥離が生じるなどの実用耐久性に乏しいという問題点がある。
本発明は,密着性,耐久性に優れた,良好な反射防止効果を有する帯電防止物品を提供することを目的とする。」

ウ 5頁左上欄17行?左下欄6行
「 つぎに本発明における,SnO_(2)を主成分としてなる透明導電膜を少なくとも1層有する,2層以上の反射防止被膜とは,SnO_(2)を60重量%以上含有してなる層を少なくとも1層有し,さらにSnO_(2)を主成分としてなる層以外に,1層以上の被膜を有する多層被膜である。ここで,透明導電膜を形成する成分において,SnO_(2)以外の添加可能な成分としては,Sb,Inなどの金属酸化物が導電性向上の点から好ましい。SnO_(2)を主成分としてなる被膜は,従来のITO膜に比べて被膜の吸収が少ないばかりか,耐候性が良好なことから屋外用途に有用である。被膜の厚さは,導電性および透明性の観点から5?500nmであることが好ましく,さらには20?300nmが好ましい。
本発明におけるSnO_(2)を主成分とする透明導電膜を形成する手段としては,液状コーティングあるいは真空蒸着,スパッタリングなどのドライコーティングが適用可能である。特に被膜の緻密性,導電性などの観点からドライコーティングが好ましく使用される。また,ドライコーティングの中でも被膜形成時間の短縮のためには真空蒸着,とくに1Å/sec?5Å/secの速度で蒸着することが透明性,導電性向上により好ましい。さらに,真空蒸着による被膜形成に際しては,酸素ガス雰囲気下での高周波放電中,好ましくは1×10^(-3)Torr以下のガス導入下での蒸着,さらに高周波放電出力を高めること,例えば50ワット以上が透明性,導電性などの観点から好ましく使用される。さらに,導電性を向上させる目的から被コーティング基体を加熱することも有効な手段である。」

(5) 対比
本件補正後発明と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 光学物品
引用発明の「光学要素」は,「光学基材上に複層構成の反射防止膜を備え」,「帯電防止性能を有する」物である。
そうしてみると,引用発明の「光学要素」は,反射防止という光学的機能を果たす,物品ということができる。また,引用発明の「光学要素」は,帯電防止及び反射防止特性を持つものといえる。
したがって,引用発明の「光学要素」は,本件補正後発明の「光学物品」に相当する。また,引用発明の「光学要素」は,本件補正後発明の「光学物品」における,「帯電防止および反射防止または反射特性を持つ」という要件を満たす。

イ 基材
本件出願の明細書の【0077】や【0138】等の記載からみて,本件補正後発明でいう「塗工」には,真空下の蒸着が含まれ,また,本件補正後発明でいう「コーティング」には,真空下の蒸着により堆積された層が含まれる。
これに対して,引用発明の「反射防止膜」は,「透明導電層を含み,該透明導電層がイオンアシスト真空蒸着により形成されてな」るものである。また,引用発明の「光学要素」は,「光学基材上に複層構成の反射防止膜を備えた」ものである。そして,引用発明の「光学基材」のうち,反射防止膜を備えた側を「主表面」と称することは,呼び方の問題にすぎない。
そうしてみると,引用発明の「光学基材」は,反射防止コーティングが塗工された主表面を持つ基材といえる。また,引用発明の「透明導電層」は,その名のとおり導電層であるから,引用発明の「反射防止膜」は,少なくとも1つの導電層を含有するといえる。
したがって,引用発明の「光学基材」,「反射防止膜」及び「透明導電層」は,それぞれ本件補正後発明の「基材」,「反射防止または反射コーティング」及び「導電層」に相当する。そして,引用発明の「光学基材」は,本件補正後発明の「基材」における,「反射防止または反射コーティングを塗工された少なくとも1つの主表面を持つ」という要件を満たす。加えて,引用発明の「反射防止膜」は,本件補正後発明の「反射防止または反射コーティング」における,「前記コーティングが少なくとも1つの導電層を含有し」という要件を満たす。

ウ イオン-アシスト
引用発明の「透明導電層」は,「イオンアシスト真空蒸着により形成されてな」る。
そうしてみると,引用発明の透明導電層は,その堆積がイオン-アシストの下で実施されているといえる。
したがって,引用発明の「透明導電層」は,本件補正後発明の「導電層」における,「前記導電層の堆積がイオン-アシストの下で実施されていて」という要件を満たすものである。

(6) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件補正後発明と引用発明は,次の構成で一致する。
「 帯電防止および反射防止または反射特性を持つ光学物品で,反射防止または反射コーティングを塗工された少なくとも1つの主表面を持つ基材を有し,前記コーティングが少なくとも1つの導電層を含有し,ここに:
前記導電層の堆積がイオン-アシストの下で実施されている,
帯電防止および反射防止または反射特性を持つ光学物品。」

イ 相違点
本件補正後発明と引用発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
本件補正後発明の「導電層」は,「前記導電層の全重量に対して重量で少なくとも50%の酸化スズ(SnO_(2))を含有し」たものであるのに対して,引用発明の「透明導電層」は,これが特定されていない点。

(相違点2)
本件補正後発明の「基材」は,「前記基材の水分吸収率が前記基材の全重量に対して重量で0.6%以上であり,水分吸収率が前記基材を予備乾燥し次いで50℃で相対湿度100%および大気圧下のチャンバー内で800時間保管後に測定されたものである」のに対して,引用発明の「光学基材」は,これが特定されていない点。

(7) 判断
ア 相違点1について
引用文献1の【0063】には,「導電層の材料としては」,「特に,ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムと酸化錫との混合物)が望ましい。」という記載がある。したがって,この記載を重視した当業者における導電層の選択肢は,ITOと考えられる。しかしながら,引用文献1の【0063】には,「導電層の材料としては特に限定されないが,例えばインジウム,スズ,亜鉛等のいずれか,又は2種以上の複数を成分とする無機酸化物が好ましい。」とも記載されている。すなわち,引用文献1には,引用発明の「透明導電層」の材料の好ましい選択肢として,スズの酸化物(SnO_(2))等も開示されている。
ところで,引用文献2には,「SnO_(2)を主成分としてなる被膜は,従来のITO膜に比べて被膜の吸収が少ないばかりか,耐候性が良好なことから屋外用途に有用である」ことが記載されている(前記(4)ウ)。そして,引用発明の「光学要素」の用途は,「プラスチック眼鏡レンズ」であるから,その被膜に吸収が少なく耐候性が良好であることが求められることは,自明である。加えて,レアメタル(インジウム)を含むITOよりも,SnO_(2)の方が遙かに安価であることは,周知の事項である。
そうしてみると,引用発明のプラスチック眼鏡レンズを安価な材料で実施しようとする当業者ならば,引用発明の導電層の材料としてSnO_(2)の採用に思い到るといえる。
以上勘案すると,引用発明において,透明導電層をSnO_(2)により形成すること,すなわち,前記相違点1に係る本件補正後発明の構成のものとすることは,引用文献2に記載された事項を心得るとともに,引用文献1の【0063】の記載を参考にした当業者が,容易に思い到る範囲内の事項にすぎないといえる。

なお,引用文献2には,透明導電層の成膜について,「酸素ガス雰囲気下での高周波放電中,好ましくは1×10^(-3)Torr以下のガス導入下での蒸着」が開示されている。しかしながら,引用文献1の【0015】には,「真空蒸着に際して,イオンアシストによれば,酸素イオンを基材に向けて照射させることができ」,「基材をプラズマに直接さらさずに低温雰囲気下で成膜ができる」ことが記載されている。そして,引用発明の「光学基材」は,「プラスチック眼鏡レンズの低耐熱性基材」であるから,低温雰囲気かでの成膜が求められるものである。
したがって,引用発明と引用文献2に記載された事項を組み合わせる当業者であっても,引き続き,引用発明のイオンアシスト真空蒸着を採用するといえる。

イ 相違点2について
引用発明の「光学要素」の用途は,「プラスチック眼鏡レンズ」である。
ここで,プラスチック眼鏡レンズの用途において周知慣用される光学基材の材料は,屈折率1.50の脂肪族アリルカーボネート樹脂(商品名:CR-39),屈折率1.60のポリチオウレタン樹脂(商品名:MR-8),屈折率1.67のポリチオウレタン樹脂(商品名:MR-7),屈折率1.74のエピスルフィド樹脂(商品名:MR-174)程度である(必要ならば,特開2007-119635号公報の【0042】を参照。)。そうしてみると,引用発明をプラスチック眼鏡レンズにおいて実施しようとする当業者ならば,これら各種材料からなる光学基材を使用したプラスチック眼鏡レンズを製造するといえる。そして,これら各種材料からなる光学基材の水分吸収率は,屈折率1.74のエピスルフィド樹脂を除き,相違点2に係る本件補正後発明の要件を満たすものと解される(本件出願の明細書の【0158】)。また,屈折率1.74のエピスルフィド樹脂が,他の上記材料に比して高価かつ特殊な材料であることは当業者に周知である。
そうしてみると,相違点2に係る本件補正後発明の構成は,引用発明のプラスチック眼鏡レンズを安価な材料で実施しようとする当業者が,普通に採用する構成にすぎない。

(8) 審判請求人の主張,及び発明の効果について
審判請求人は,概略,引用文献1及び引用文献2は,表面欠陥の発生防止という本件補正後発明の課題ないし効果を示唆するものではないと主張する。
しかしながら,引用発明をプラスチック眼鏡レンズにおいて実施しようとする当業者が,本件出願の明細書の【0147】?【0151】に記載されているような,裸眼で認識できるほどの表面欠陥を望まないことは明らかである。
そして,本件補正後発明が奏する効果は,単に,引用文献1の【0063】の記載を参考にして通常のプラスチック眼鏡レンズを製造した当業者において得られる効果にすぎない。

(9) 小括
本件補正後発明は,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である,引用文献1及び引用文献2に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 まとめ
本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するものであるから,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって,前記[補正の却下の決定の結論]に記載したとおり,決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は却下されたので,本件出願の請求項1に係る発明(本願発明)は,前記「第2」[理由]1(1)に記載したとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は,概略,本願発明は,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である,引用文献1及び引用文献2に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

3 当合議体の判断
(1) 引用文献1の記載等
引用文献1の記載及び引用発明,並びに,引用文献2の記載は,前記「第2」[理由]2(2)?(4)に記載したとおりである。

(2) 対比及び判断
本願発明は,前記「第2」[理由]2において検討した本件補正後発明における,酸化スズの含有量の下限値を,「少なくとも50%」から「少なくとも30%」に拡張してなるものである。
そうすると,本願発明の範囲に含まれる本件補正後発明が,前記「第2」[理由]2(6)?(9)に記載したとおり,引用文献1及び引用文献2に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用文献1及び引用文献2に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-05-17 
結審通知日 2018-05-22 
審決日 2018-08-23 
出願番号 特願2015-167663(P2015-167663)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G02B)
P 1 8・ 575- Z (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 植野 孝郎  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 樋口 信宏
川村 大輔
発明の名称 酸化スズに基づく導電膜を有する反射防止または反射コーティングを塗膜した光学物品、および製造方法  
代理人 渡辺 望稔  
代理人 伊東 秀明  

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