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審決分類 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C25D
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C25D
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C25D
審判 一部申し立て 2項進歩性  C25D
管理番号 1347676
異議申立番号 異議2017-700743  
総通号数 230 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-02-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-07-28 
確定日 2018-12-06 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6087357号発明「アルミナスルーホールメンブレンおよびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6087357号の明細書、及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?14〕、15について訂正することを認める。 特許第6087357号の請求項1?3、5?7、9、10、13?15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6087357号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?15に係る特許出願は、2013年(平成25年) 3月26日(優先権主張 平成24年 8月 1日)を国際出願日とする出願であって、平成29年 2月10日に特許権の設定登録がされ、同年 3月 1日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、平成29年 7月28日に、本件特許の請求項1?3、5?7、9、10、13?15に係る特許について、特許異議申立人株式会社レクレアル(以下、単に「異議申立人」という)により特許異議の申立てがされた。
その後の経緯は以下のとおりである。
平成29年11月22日付け 取消理由通知
平成30年 1月26日付け 特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
平成30年 3月19日付け 訂正拒絶理由通知
平成30年 4月10日付け 特許権者による意見書及び手続補正書の提出
平成30年 7月20日付け 取消理由通知(決定の予告)
平成30年 8月28日付け 特許権者による意見書及び訂正請求書の提出

なお、特許権者から平成30年 1月26日付けで訂正の請求がなされ、平成30年 4月10日付けで意見書及び手続補正書の提出がなされたことを受けて、当審より平成30年 4月27日付けで通知書を通知し、期間を指定して異議申立人に対して意見を求めたが、その指定した期間内に異議申立人からの応答がなかった。
また、特許権者から平成30年 8月28日付けで訂正の請求があったことを受けて、当審より平成30年 9月 4日付けで通知書を通知し、期間を指定して異議申立人に対して意見を求めたが、その指定した期間内に異議申立人からの応答がなかった。

第2 訂正の適否についての判断
1 本件訂正について
(1)平成30年 8月28日付けで提出された訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求の趣旨は、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?15について訂正することを求めるというものである。
なお、本件訂正の請求がされたことによって、平成30年 1月26日付けで提出され、平成30年 4月10日付け手続補正書によって補正された訂正請求書による訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。すなわち、以下においては、本件訂正前の請求項●(●は数字)と記載した場合、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項●のことを意味する。
本欄では、次の事項を記載する。
まず、(2)において、本件訂正の請求単位について検討し、一群の請求項についても検討する。
次いで、(3)において、各訂正事項の内容と、各訂正事項について訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否について検討する。
次いで、(4)において、特許異議の申立てがなされていない請求項4、8、11、12に係る本件訂正による訂正後の発明の独立特許要件について検討する。
最後に、(5)において、本件訂正が特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の規定に適合するかどうかについて検討する。

以下、順に詳述する。

(2)本件訂正の訂正単位について
前記(1)に示した本件訂正の請求の趣旨からみて、特許請求の範囲の訂正は、請求項ごとに請求されていると認められる。
本件訂正前の請求項1?14については、請求項2?14が、本件訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、請求項1?14は、一群の請求項に該当し、また、本件訂正前の請求項15については、他の請求項の記載を引用する関係にないものである。
そして、本件訂正は、後記(3)で検討するとおり、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもない。
したがって、本件訂正の請求は、訂正後の請求項の請求項〔1?14〕及び請求項15をそれぞれ訂正の単位として、特許法第120条の5第3項及び第4項の規定に従って請求項ごとないし一群の請求項ごとになされたものである。
以下、一群の請求項である請求項〔1?14〕に対する訂正の請求の単位を、「訂正単位1」といい、請求項15に対する訂正の請求の単位を、「訂正単位2」という。

また、本件訂正は、特許請求の範囲の訂正である訂正事項1?23と、明細書の訂正である訂正事項24?31とからなるものであるところ、訂正事項1?21、24?28は訂正単位1に対応し、訂正事項22、23、29?31は訂正単位2に対応する。
訂正単位についての以上の検討をまとめると、以下のような関係にある。

訂正単位 対応する請求項 対応する訂正事項
1 1?14(一群の請求項) 1?21、24?28
2 15 22、23、29?31


(3)各訂正事項の内容と、訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否について
ア 訂正事項1?6(請求項1の訂正)
(ア)内容
訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載される「アルミニウムの陽極酸化のみによって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造」を、「アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造」に訂正するものである。
訂正事項2による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載される「前記溶解性の異なる2層以上のアルミナ層を」を、「前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を」に訂正するものである。
訂正事項3による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載される「溶液中で陽極酸化を行うことにより」を、「溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより」に訂正するものである。
訂正事項4による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載される「とともに、溶解性の高いアルミナ層を」を、「とともに、前記溶解性の高いアルミナ層を」に訂正するものである。
訂正事項5による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載される「3M以上の濃度」を、「8M以上の濃度を」に訂正するものである。
訂正事項6による訂正は、特許請求の範囲の請求項1に記載される「溶解性の低いアルミナ層を」を、「前記溶解性の低いアルミナ層を」に訂正するものである。
訂正事項1?6によるこれらの訂正をまとめると、特許請求の範囲の請求項1に記載される
「アルミニウムの陽極酸化のみによって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層以上のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で陽極酸化を行うことにより作製するとともに、溶解性の高いアルミナ層を、3M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする、アルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
を、
「アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする、アルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである(下線は訂正箇所を示す。以下「内容」の欄において同様である。)。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項1?6による訂正は、その内容からみて、以下の二つの事項に分けられる。
(訂正事項1、2、4、6)訂正前の請求項1の「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造」から「以上」を削除し「溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造」とするとともに、この「積層された構造」と、「溶解性の高いアルミナ層」と「溶解性の低いアルミナ層」との関係を明らかにする。
(訂正事項3、5)「陽極酸化」の条件について、訂正前の請求項1に対し「同一の陽極酸化電圧にて」との限定を付加するとともに、「3M以上の濃度の酸」を「8M以上の濃度の酸」とする。

a 訂正事項1、2、4、6に関する検討
訂正事項1、2、4、6による訂正は、「積層された構造」の層数を「2層」に限定した上で、その「2層」が「溶解性の高いアルミナ層」と「溶解性の低いアルミナ層」であることを明瞭にするために記載同士の整合性をとるものであるから、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、本件明細書の段落【0033】、【0034】、【0037】、図1、図2、図5等には、「溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造」に関し明示的に記載されているから、訂正事項1、2、4、6による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。
そして、訂正事項1、2、4、6による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

b 訂正事項3、5に関する検討
訂正事項3、5による訂正は、「陽極酸化」の条件のうち、「陽極酸化電圧」と、「酸」の「濃度」を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。
また、本件明細書の段落【0042】?【0055】に記載された全実施例(実施例1?14)においては、溶解性の異なるアルミナ層は、同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことによって作製されており、また、溶解性の高いアルミナ層は、12Mや14Mといった「8M以上の濃度の酸」を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製されている。さらに、本件明細書の段落【0014】には「溶解性の高いアルミナ層の形成には、本発明では、3M以上の酸またはアルカリ試薬を含む電解液を用いた陽極酸化による。更には、8M以上の酸またはアルカリ試薬を含む電解液を用いることが有効である。」と記載されており、「8M以上の濃度の酸」についても明示的に記載されている。したがって、訂正事項3、5による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。
そして、訂正事項3、5による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

イ 訂正事項7?9(請求項3の訂正)
(ア)内容
訂正事項7による訂正は、特許請求の範囲の請求項3に記載される「溶解性の低いアルミナ層を」を、「前記溶解性の低いアルミナ層を」に訂正するものである。
訂正事項8による訂正は、特許請求の範囲の請求項3に記載される「アルミニウムの地金を」を、「地金としての前記アルミニウムを」に訂正するものである。
訂正事項9による訂正は、特許請求の範囲の請求項3に記載される「陽極酸化ポーラスアルミナを」を、「前記陽極酸化ポーラスアルミナを」に訂正するものである。
訂正事項7?9によるこれらの訂正をまとめると、特許請求の範囲の請求項3に記載される
「前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去し、溶解性の低いアルミナ層をスルーホールメンブレンに形成する際に、アルミニウムの地金を溶解除去することなく、陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」

「前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去し、前記溶解性の低いアルミナ層をスルーホールメンブレンに形成する際に、地金としての前記アルミニウムを溶解除去することなく、前記陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項7?9による訂正は、訂正前の請求項3において単に「溶解性の低いアルミナ層」と記載されていたものが、「前記」を加入することによって、訂正後の請求項1の「溶解性の低いアルミナ層」を指していることを明確にするための訂正を含む。また、訂正前の請求項3において「アルミニウムの地金」と記載されていたものが、「前記」を加入することによって、訂正後の請求項1の「アルミニウム」を指していることを明確にするとともに、「地金」の意味をより明確にする訂正を含む。
したがって、これらの訂正からなる訂正事項7?9による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項7?9による訂正は、上記のとおり、明瞭でない記載の釈明を目的とし、請求項3と請求項1との関係を明確なものとすることで、請求項3の記載本来の意味内容を明らかにするものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
そして、訂正事項7?9による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

ウ 訂正事項10?13(請求項4の訂正)
(ア)内容
訂正事項10による訂正は、特許請求の範囲の請求項4に記載される「溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に溶解性の高いアルミナ層」を、「前記溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に前記溶解性の高いアルミナ層」に訂正するものである。
訂正事項11による訂正は、特許請求の範囲の請求項4に記載される「該溶解性の高いアルミナ層の底部側に溶解性の低いアルミナ層が」を、「該溶解性の高いアルミナ層の底部側に該溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が」に訂正するものである。
訂正事項12による訂正は、特許請求の範囲の請求項4に記載される「溶解性の低いアルミナ層からなる」を、「前記溶解性の低いアルミナ層からなる」に訂正するものである。
訂正事項13による訂正は、特許請求の範囲の請求項4に記載される「表面に溶解性の低いアルミナ層が形成された」を、「表面に前記溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成された」に訂正するものである。
訂正事項10?13によるこれらの訂正をまとめると、特許請求の範囲の請求項4に記載される
「溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に溶解性の高いアルミナ層、該溶解性の高いアルミナ層の底部側に溶解性の低いアルミナ層が形成された積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層からなる剥離されたスルーホールメンブレンと、表面に溶解性の低いアルミナ層が形成されたアルミニウムの地金を得る、請求項1?3のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
を、
「前記溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に前記溶解性の高いアルミナ層、該溶解性の高いアルミナ層の底部側に該溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成された積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層からなる剥離されたスルーホールメンブレンと、表面に前記溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成されたアルミニウムの地金を得る、請求項1?3のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正前の請求項4において「溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に溶解性の高いアルミナ層、該溶解性の高いアルミナ層の底部側に溶解性の低いアルミナ層が形成された積層構造」と記載されていたところ、訂正事項10?13による訂正は、この「積層構造」を構成する三層の「アルミナ層」のうち初めの二層(上側の二層)がそれぞれ訂正後の請求項1の「溶解性の低いアルミナ層」及び「溶解性の高いアルミナ層」であることを明確にし、また、「積層構造」を構成する残りの一層である「溶解性の低いアルミナ層」(底部側の一層)が、訂正後の請求項1の「溶解性の低いアルミナ層」及び「溶解性の高いアルミナ層」とは別のアルミナ層であるとともにその溶解性の低さが絶対的なものではなく隣接する層を基準とした相対的なものであることを明確にする訂正である。
したがって、訂正事項10?13による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項10?13による訂正のうち、訂正事項10及び12による訂正が新規事項の追加でないことについて検討する。訂正事項10及び12による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的として、請求項4と請求項1との対応関係を明確なものとすることで、請求項4の記載本来の意味内容を明らかにするものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
また、訂正事項10?13による訂正のうち、訂正事項11及び13による訂正が新規事項の追加でないことについて検討する。本件明細書の段落【0017】の「溶解性の高いアルミナ層を溶解除去しても、溶解性の低いアルミナ層がアルミニウム表面に残る」との記載は、訂正前の請求項4に記載された「該溶解性の高いアルミナ層の底部側に溶解性の低いアルミナ層が形成された積層構造」における「溶解性の低いアルミナ層」が、「溶解性の高いアルミナ層」よりも相対的に溶解性が低いものであることが、願書に添付した明細書に記載されていたことを示すものであるから、特許請求の範囲の請求項4に記載される「該溶解性の高いアルミナ層の底部側に溶解性の低いアルミナ層が」を、「該溶解性の高いアルミナ層の底部側に該溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が」に訂正する訂正事項11による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。特許請求の範囲の請求項4に記載される「表面に溶解性の低いアルミナ層が形成された」を、「表面に前記溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成された」に訂正する訂正事項13による訂正についても、同様の理由で、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。
そして、訂正事項10?13による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
なお、請求項4は、特許異議の申立てがされていない請求項であるが、上記のとおり、請求項4についての訂正事項10?13による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものであるから、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

エ 訂正事項14(請求項7の訂正)
(ア)内容
訂正事項14による訂正は、特許請求の範囲の請求項7に記載される
「前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜をアルミニウムの地金から剥離し、該剥離後に地金表面に残った皮膜底部の細孔配列に対応した窪み配列を利用し、繰り返し陽極酸化によって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する、請求項1?6のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」

「前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を前記アルミニウムの地金から剥離し、該剥離後に地金表面に残った皮膜底部の細孔配列に対応した窪み配列を利用して再度陽極酸化を行うことで、表面に前記窪み配列が残存した地金としての前記アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する、前記剥離した陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜とは別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜における前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該別の陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?6のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正前の請求項7の「前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜をアルミニウムの地金から剥離し」との記載及び「繰り返し陽極酸化によって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する」との記載と、訂正前の請求項1との関係が不明確であった。
訂正事項14による訂正は、「前記」を加入することによって請求項7の「アルミニウムの地金」が請求項1の「アルミニウム」であることを明確にするとともに、訂正前の請求項7の「繰り返し陽極酸化によって・・・皮膜を形成する」(当審注:「・・・」により記載の省略を示す。以下同様である。)との記載が意図していた内容を具体的に書き下すものである。そして、訂正事項1?6による請求項1の訂正及び訂正事項14による請求項7の訂正を総合すると、訂正後の請求項7は、請求項1において形成される「前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜」を剥離した後の「地金」を用い、請求項1に規定される一連の製造方法と同じ方法で「アルミナスルーホールメンブレン」を製造する方法であることが明確になった。
したがって、訂正事項14による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、本件明細書の訂正前の段落【0018】の「皮膜の最底部に溶解性の高いアルミナ層を形成しておけば、化学溶解処理によりポーラスアルミナ皮膜を剥離処理した後に、アルミニウム地金が露出するため、このアルミニウム材に再度陽極酸化を行うことで、繰り返し陽極酸化ポーラスアルミナを形成することも可能である。とくに、地金アルミニウムの溶解性の低いエッチャントを用いて、溶解性の高いアルミナ層を溶解すれば、陽極酸化ポーラスアルミナの細孔配列に対応した窪み配列を残存地金表面に保持することが可能である。そのため、溶解性の低いアルミナ層を自己組織化的な手法・・・あるいはテクスチャリングによる手法・・・により細孔が規則配列したポーラスアルミナにし、その底部に形成する溶解性の高いアルミナ層の形成を行う際に細孔の規則配列を保持することが可能であれば、ポーラスアルミナを剥離した後、残存地金表面に規則的な窪み配列構造を保持することができる。このようなアルミニウム材を、再度適切な条件下で陽極酸化を行えば、表面から細孔が規則的に配列したポーラスアルミナメンブレンを繰り返し作製することが可能となる。」との記載に照らすと、訂正事項14による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。
そして、訂正事項14による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

オ 訂正事項15(請求項8の訂正)
(ア)内容
訂正事項15による訂正は、特許請求の範囲の請求項8に記載される
「アルミニウムの予め定めた特定の領域に陽極酸化により溶解性の低いアルミナ層を形成し、その後前記特定の領域を含む該特定の領域よりも広い領域に対し再度陽極酸化を行うことにより溶解性の高いアルミナ層を形成して、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する、請求項1?7のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
を、
「前記アルミニウムの予め定めた特定の領域に陽極酸化のみにより前記溶解性の低いアルミナ層を形成し、その後前記特定の領域を含む該特定の領域よりも広い領域に対し再度陽極酸化のみを行うことにより前記溶解性の高いアルミナ層を形成して、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する、請求項1?7のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項15による訂正は、請求項8に対し「前記」や「のみ」を加入することで、請求項1との対応関係を明確にするためのものであるから、訂正事項15による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項15による訂正は、上記のとおり、明瞭でない記載の釈明を目的とし、請求項8と請求項1との対応関係を明確なものとすることで、請求項8の記載本来の意味内容を明らかにするものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
そして、訂正事項15による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
なお、請求項8は、特許異議の申立てがされていない請求項であるが、上記のとおり、請求項8についての訂正事項15による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものであるから、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

カ 訂正事項16(請求項9の訂正)
(ア)内容
訂正事項16による訂正は、特許請求の範囲の請求項9に記載される
「前記溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、アルミニウムの地金を溶解除去した後、エッチャントに浸漬して溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
を、
「前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を前記アルミニウムの地金上に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜をエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項16による訂正は、請求項9に対し「前記」や「前記アルミニウムの地金上に」や「前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を」を加入するとともに、「2層以上」を「2層」とすることで、請求項1との対応関係を明確にするためのものであるから、訂正事項16による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項16による訂正は、上記のとおり、明瞭でない記載の釈明を目的とし、請求項9と請求項1との対応関係を明確なものとすることで、請求項9の記載本来の意味内容を明らかにするものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
そして、訂正事項16による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

キ 訂正事項17(請求項10の訂正)
(ア)内容
訂正事項17による訂正は、特許請求の範囲の請求項10に記載される
「前記溶解性の高いアルミナ層を、溶解性の低いアルミナ層よりも厚く形成し、アルミニウムの地金溶解後の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜の支持層として利用する、請求項9に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
を、
「前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層よりも厚く形成し、前記アルミニウムの地金溶解後の前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜の支持層として利用する、請求項9に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項17による訂正は、請求項10に対し「前記」を加入することで、請求項9や請求項1との対応関係を明確にするためのものであるから、訂正事項17による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項17による訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
そして、訂正事項17による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

ク 訂正事項18、19(請求項11の訂正)
(ア)内容
訂正事項18による訂正は、特許請求の範囲の請求項11に記載される「前記溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、溶解性の高いアルミナ層を、溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、アルミニウムの地金を溶解除去した後」を、「前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後」に訂正するものである。
訂正事項19による訂正は、特許請求の範囲の請求項11に記載される「請求項1、2、5?10のいずれかに記載の」を、「請求項1、2、9,10のいずれかに記載の」に訂正するものである。
訂正事項18、19によるこれらの訂正をまとめると、特許請求の範囲の請求項11に記載される
「前記溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、溶解性の高いアルミナ層を、溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、アルミニウムの地金を溶解除去した後、エッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記特定の領域の溶解性の低いアルミナ層の細孔のみが貫通孔化されたスルーホールメンブレンを形成する、請求項1、2、5?10のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
を、
「前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後、エッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記特定の領域の溶解性の低いアルミナ層の細孔のみが貫通孔化されたスルーホールメンブレンを形成する、請求項1、2、9,10のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項18、19による訂正のうち、請求項11において、「積層された構造」の層数を「2層」に限定する訂正、及び、請求項5?8を引用先から取り除く訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。また、訂正事項18、19による訂正のうち、請求項11に対し「前記」を加入する訂正は、請求項1との対応関係を明確にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項18、19による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。
そして、訂正事項18、19による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

ケ 訂正事項20(請求項12の訂正)
(ア)内容
訂正事項20による訂正は、特許請求の範囲の請求項12に記載される
「アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化により第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化により溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化により第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し、形成された陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記第1、第2の溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」

「アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化のみにより前記第1の溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高い第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し、形成された陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記第1、第2の溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項20による訂正は、請求項12において、「陽極酸化」の直後に「のみ」を加入して、請求項1との対応関係を明確にする訂正を含む。
また、訂正事項20による訂正は、請求項12の「溶解性の低いアルミナ層」及び「第2の溶解性の高いアルミナ層」の「溶解性」が、絶対的なものではなく、前者のアルミナ層の「溶解性」が「第1の溶解性の高いアルミナ層」よりも低いものであること、また、後者のアルミナ層の「溶解性」が「溶解性の低いアルミナ層」よりも高いものであることを明確にする訂正を含む。
したがって、これらの訂正からなる訂正事項20による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項20による訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
そして、訂正事項20による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
なお、請求項12は、特許異議の申立てがされていない請求項であるが、上記のとおり、請求項12についての訂正事項20による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものであるから、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

コ 訂正事項21(請求項13の訂正)
(ア)内容
訂正事項21による訂正は、特許請求の範囲の請求項13に記載される
「アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化によって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」

「アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化のみによって前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項21は、請求項13で形成する「陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜」が、「陽極酸化のみによって前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜」とすることによって、請求項1で形成する「陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜」であることを明確にするとともに、請求項1に規定される一連の製造方法と同じ方法で「アルミナスルーホールメンブレン」を製造する方法であることを明確にする訂正である。
したがって、訂正事項21による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項21による訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではないことは明らかである。
そして、訂正事項21による訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

サ 訂正事項22、23(請求項15の訂正)
(ア)内容
訂正事項22による訂正は、訂正前の請求項15に特定された「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られた」との事項を削除する訂正である。
訂正事項23による訂正は、訂正前の請求項15の「細孔の周辺部分が窪んだ構造」に対し、「卵形に」との記載を追加して「細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造」とする訂正(「訂正事項23-1」という)と、「前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されている」との記載を追加する訂正(「訂正事項23-2」という)とからなるものである。
そして、訂正事項22、23による訂正をまとめると、特許請求の範囲の請求項15に記載される
「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られたアルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有していることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレン。」

「アルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており、前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレン。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
a (訂正の目的の適否)
訂正前の請求項15に特定された「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られた」との事項は、物の発明である訂正前の請求項15に係る発明を、その製造方法で特定するための発明特定事項(以下、単に「製法事項A」という)である。
ここで、「製法事項A」によって特定しようとしている、訂正前の請求項15に係る発明の物としての特徴について検討する。
本件明細書の段落【0028】の「高濃度の酸またはアルカリ電解液中で陽極酸化を行うと、電解液中のアニオンがアルミナ皮膜中に多量に取り込まれるため、溶解性の高いアルミナ層が形成される。このとき、低濃度の電解液中で陽極酸化を行った後、高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、後述の図に示すような卵形のアニオンの取り込み分布となって、細孔の周辺部に同様の形状の溶解性の高いアルミナ層が形成され、この溶解性の高いアルミナ層をウェットエッチングによって選択的に溶解除去することにより、その表面に,細孔の周辺部分が窪んだ構造、例えば、セル境界部分に対して細孔周辺部が窪んだ構造が形成される。」
との記載を考慮すると、「製法事項A」によって特定しようとしている、訂正前の請求項15に係る発明の物としての特徴は、
「アルミナスルーホールメンブレン」の「表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している」という事項において、[窪みの形状が卵形である]こと
であると認められる。
そうすると、訂正前の請求項15に係る発明に対し、「製法事項A」を削除する訂正(すなわち訂正事項22による訂正)をするとともに「細孔の周辺部分が窪んだ構造」に対し「卵形に」との記載を追加する訂正(すなわち訂正事項23-1による訂正)をすることは、「製法事項A」という製造方法によって特定しようとしていた訂正前の請求項15に係る発明の物としての必ずしも明瞭ではなかった特徴を、製造方法によらずに物の構造として直接特定することを意味するといえる。すなわち、訂正前の請求項15に係る発明と、訂正事項22及び訂正事項23-1による訂正がされた請求項15に係る発明とは、物の発明としては等価なものであると認められる。
したがって、訂正事項22及び訂正事項23-1による訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、請求項15は、さらに、訂正事項23-2による訂正によりさらに訂正されるものであるところ、訂正事項23-2による訂正は、「アルミナスルーホールメンブレン」をより具体的に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
以上より、訂正事項22及び23による訂正は、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的としたものと認められる。

b (新規事項の有無)
上記a でも検討したとおり、「製法事項A」を削除する訂正(すなわち訂正事項22による訂正)をするとともに「細孔の周辺部分が窪んだ構造」に対し「卵形に」との記載を追加する訂正(すなわち訂正事項23-1による訂正)をすることは、明細書の段落【0028】の記載を根拠とするものである。
また、訂正事項23-2による訂正は、本件明細書の段落【0041】の「図9は、細孔の周辺部分が窪んだ表面構造を有するアルミナスルーホールメンブレンの作製例を示している。アルミニウム1の表面上に溶解性の低いアルミナ層31を形成した後溶解性の高いアルミナ層32を形成するとき、低濃度の電解液中で陽極酸化を行った後,高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、図9に示したような略卵形のアニオンの取り込み分布となり、この溶解性の高いアルミナ層32に対してウェットエッチングを行い溶解性の高いアルミナ層32を溶解除去すると、セル境界部分に対して細孔3の周辺部が窪んだ構造33のアルミナスルーホールメンブレン34が形成される。このような方法により作製されたアルミナスルーホールメンブレンの構造を電子顕微鏡で観察した一例を図10に示す(図9に示した方法で得られた構造41)。」との記載と、図9及び図10を根拠とするものである。
したがって、訂正事項22及び23による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。

c (特許請求の範囲の拡張又は変更の存否)
上記a でも検討したとおり、訂正前の請求項15に係る発明と、訂正事項22及び訂正事項23-1による訂正がされた請求項15に係る発明とは、物の発明としては等価なものであると認められ、また、訂正事項23-2による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。これらを総合すると、訂正事項22及び23による訂正は、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

シ 訂正事項24?28(段落【0011】、【0018】、【0022】、【0023】、【0024】の訂正)
(ア)内容
訂正事項24?28による訂正は、それぞれ、以下のとおりである。
a 訂正事項24による訂正は、明細書の段落【0011】に記載される
「すなわち、本発明に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法は、アルミニウムの陽極酸化のみによって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層以上のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で陽極酸化を行うことにより作製するとともに、溶解性の高いアルミナ層を、3M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする方法からなる。」

「すなわち、本発明に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法は、アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする方法からなる。」
に訂正するものである。

b 訂正事項25による訂正は、明細書の段落【0018】に記載される
「このアルミニウム材に再度陽極酸化を行うことで、繰り返し陽極酸化ポーラスアルミナを形成することも可能である。」

「このアルミニウム材に再度陽極酸化を行うことで、剥離した上記ポーラスアルミナ皮膜とは別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を繰り返し形成することも可能である。」
に訂正するものである。

c 訂正事項26による訂正は、明細書の段落【0022】に記載される
「上記溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し」

「上記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し」
に訂正するものである。

d 訂正事項27による訂正は、明細書の段落【0023】に記載される
「該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化により第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化により溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化により第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し」

「該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化のみにより上記第1の溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高い第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し」
に訂正するものである。

e 訂正事項28による訂正は、明細書の段落【0024】に記載される
「より高精度にアルミナスルーホールメンブレン製造用の、アルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成することができる。すなわち、アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化によって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する手法である。」

「より高精度にアルミナスルーホールメンブレン製造用の、アルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成することができる。すなわち、アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化のみによって溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する手法である。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項24?28は、訂正事項1?6、14、18、20、21による訂正に伴い、特許請求の範囲の請求項1、7、11、12、13の記載と明細書の記載との整合を図るための訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ス 訂正事項29?31(段落【0028】の訂正)
(ア)内容
訂正事項29による訂正は、明細書の段落【0028】に記載される「本発明は、溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られたアルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有していることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供する。」を、「本発明は、アルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており、前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供する。」に訂正するものである。
訂正事項30による訂正は、明細書の段落【0028】に記載される「高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、後述の図に示すような卵形のアニオンの取り込み分布となって」を、「高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、後述の図(図9)に示すような卵形のアニオンの取り込み分布となって」に訂正するものである。
訂正事項31による訂正は、明細書の段落【0028】の末尾に、「とくに、後述の図(図9)に示すように、細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されている構造が形成される。」との記載を追加するものである。
訂正事項29?31によるこれらの訂正をまとめると、明細書の段落【0028】に記載される
「また、本発明は、溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られたアルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有していることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供する。高濃度の酸またはアルカリ電解液中で陽極酸化を行うと、電解液中のアニオンがアルミナ皮膜中に多量に取り込まれるため、溶解性の高いアルミナ層が形成される。このとき、低濃度の電解液中で陽極酸化を行った後、高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、後述の図に示すような卵形のアニオンの取り込み分布となって、細孔の周辺部に同様の形状の溶解性の高いアルミナ層が形成され、この溶解性の高いアルミナ層をウェットエッチングによって選択的に溶解除去することにより、その表面に,細孔の周辺部分が窪んだ構造、例えば、セル境界部分に対して細孔周辺部が窪んだ構造が形成される。」

「また、本発明は、アルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており、前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供する。高濃度の酸またはアルカリ電解液中で陽極酸化を行うと、電解液中のアニオンがアルミナ皮膜中に多量に取り込まれるため、溶解性の高いアルミナ層が形成される。このとき、低濃度の電解液中で陽極酸化を行った後、高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、後述の図(図9)に示すような卵形のアニオンの取り込み分布となって、細孔の周辺部に同様の形状の溶解性の高いアルミナ層が形成され、この溶解性の高いアルミナ層をウェットエッチングによって選択的に溶解除去することにより、その表面に,細孔の周辺部分が窪んだ構造、例えば、セル境界部分に対して細孔周辺部が窪んだ構造が形成される。とくに、後述の図(図9)に示すように、細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されている構造が形成される。」
に訂正するものである。

(イ)訂正の目的の適否・新規事項の有無・特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項29?31は、訂正事項22、23による訂正に伴い、特許請求の範囲の請求項15の記載と明細書の記載との整合を図るための訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

セ 訂正がなされた請求項を引用する請求項における訂正について
上記ア?コ、シで検討したとおり、訂正事項1?21、24?28による訂正は、請求項1、3、4、7、8、9、10、11、12、13についての訂正をするものであるところ、当該訂正がなされる請求項を引用する請求項についても、同じ訂正がなされる。

(4)特許異議の申立てがなされていない請求項4、8、11、12に係る本件訂正による訂正後の発明の独立特許要件について
ア 前記(3)で検討した各訂正事項のうち、請求項1の訂正及び請求項11の訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を含むものである。前記(3)セで述べたとおり、訂正がなされる請求項を引用する請求項についても同じ訂正がなされることになるから、請求項1の訂正により、請求項1を引用する請求項2?14についても、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正がなされることになり、また、請求項11の訂正により、請求項11を引用する請求項12?14についても同様の訂正がなされることになる。
そのため、本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的として、特許異議の申立てがなされていない請求項4、8、11、12を訂正するものであるといえる。

イ 特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の規定により、特許異議の申立てがされていない請求項に係る特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は、訂正後の請求項に係る発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるもの(すなわち、独立特許要件を満たすもの)でなければならないので、訂正後の請求項4、8、11、12に係る発明は、独立特許要件を満たすものでなければならない。

ウ そこで検討すると、訂正後の請求項4、8、11、12は、訂正後の請求項1?3、5?7、9、10、13、14のいずれかを引用するものであるが、後記「第4 当審の判断」において検討するように、訂正後の請求項1?3、5?7、9、10、13、14に係る特許を取り消すべき理由は存在しない。その上、請求項4、8、11、12の記載自体に起因する独立特許要件違反の根拠も見いだせない。
そうすると、訂正後の請求項4、8、11、12に係る発明は、独立特許要件を満たすものである。

(5)本件訂正が特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の規定に適合することについて
訂正事項24?31による訂正は明細書の訂正であるところ、当該明細書の訂正に関連する請求項の全てである請求項1?15について訂正を行わなければならない。
そして、本件訂正は、前記(3)シ?セで述べたとおり、請求項1?15について行われているので、本件訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。

2 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第7項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?14〕、15について、訂正を認める。


第3 本件発明について
前記第2のとおり、本件訂正は認められるから、特許第6087357号の特許に係る請求項1?15に係る発明(以下、それぞれ本件発明1?15という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?15に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(下線は訂正箇所を示す。)。

「【請求項1】
アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする、アルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項2】
前記溶解性の高いアルミナ層を、硫酸、シュウ酸、リン酸、スルファミン酸のいずれか1つ以上を用いて形成する、請求項1に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項3】
前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去し、前記溶解性の低いアルミナ層をスルーホールメンブレンに形成する際に、地金としての前記アルミニウムを溶解除去することなく、前記陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項4】
前記溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に前記溶解性の高いアルミナ層、該溶解性の高いアルミナ層の底部側に該溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成された積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層からなる剥離されたスルーホールメンブレンと、表面に前記溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成されたアルミニウムの地金を得る、請求項1?3のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項5】
前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する際に、酸化剤を含むエッチャントを使用する、請求項1?3のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項6】
前記酸化剤を含むエッチャントとして、クロム酸、硝酸の少なくとも一方を含む酸性溶液を使用する、請求項5に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項7】
前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を前記アルミニウムの地金から剥離し、該剥離後に地金表面に残った皮膜底部の細孔配列に対応した窪み配列を利用して再度陽極酸化を行うことで、表面に前記窪み配列が残存した地金としての前記アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する、前記剥離した陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜とは別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜における前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該別の陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?6のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項8】
前記アルミニウムの予め定めた特定の領域に陽極酸化のみにより前記溶解性の低いアルミナ層を形成し、その後前記特定の領域を含む該特定の領域よりも広い領域に対し再度陽極酸化のみを行うことにより前記溶解性の高いアルミナ層を形成して、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する、請求項1?7のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項9】
前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を前記アルミニウムの地金上に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜をエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項10】
前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層よりも厚く形成し、前記アルミニウムの地金溶解後の前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜の支持層として利用する、請求項9に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項11】
前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後、エッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記特定の領域の溶解性の低いアルミナ層の細孔のみが貫通孔化されたスルーホールメンブレンを形成する、請求項1、2、9,10のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項12】
アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化のみにより前記第1の溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高い第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し、形成された陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記第1、第2の溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項13】
アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化のみによって前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項14】
前記第1のアルミナ層を形成するために陽極酸化するに際し、第一段階目の陽極酸化を実施した後、陽極酸化電圧、電解液濃度の少なくとも一方を変更して第二段階目以降の陽極酸化を実施する、請求項13に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。

【請求項15】
アルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており、前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレン。」


第4 当審の判断
1 取消理由通知に記載した取消理由と、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由と、それらに対する当審の判断の概要
(1)平成30年 7月20日付けの取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由は、請求項15に係る発明(当審注:平成30年 1月26日付けで提出され、平成30年 4月10日付け手続補正書によって補正された訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項15に係る発明のこと。なお、前記第2の1で述べたとおり、当該訂正請求書による訂正の請求は、本件訂正の請求がされたことによって、取り下げられたものとみなすものである。)が特許法第36条第6項第2号に規定する明確性要件を満たしていないとするものである。
この取消理由に対し、当審は、本件発明15は、明確性要件を満たしており、当該取消理由によって、請求項15に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は、以下の2において詳述する。

(2)平成29年11月22日付けの取消理由通知に記載した取消理由の概要は、以下のとおりである。
・取消理由1
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1?3、15に係る特許は、甲第1号証を主たる引用例として、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるか、又は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項5?7、9、10、13、14に係る特許は、甲第1号証を主たる引用例として、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
・取消理由2-(1)
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。当該請求項1を引用する請求項2、3、5?7、9、10、13、14に係る特許についても同様である。
・取消理由2-(2)
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項7に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。当該請求項7を引用する請求項13、14に係る特許についても同様である。
・取消理由2-(3)
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項13に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。当該請求項13を引用する請求項14に係る特許についても同様である。
・取消理由2-(4)
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
・取消理由3
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る特許は、その発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしていない特許出願に対してされたものである。

当審は、これらの取消理由によって、取消理由の対象となった請求項に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は、以下の3において、各取消理由毎に詳述する。


(3)特許異議申立書で申し立てられたが、取消理由通知において採用しなかった申立理由の概要は、以下のとおりである。
・申立理由1
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る特許は、甲第1号証を主たる引用例として、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるか、又は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

・申立理由2
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る特許は、甲第5号証を主たる引用例として、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるか、又は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

・申立理由3
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1?3、5?7、9、10、13、14に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

・申立理由4
特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項14に係る特許は、その発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件(委任省令要件)を満たしていない特許出願に対してされたものである。

当審は、これらの申立理由によって、申立理由の対象となった請求項に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は、以下の4において、各申立理由毎に詳述する。


2 本件発明15の明確性要件に係る取消理由に対する当審の判断
ア 平成30年 7月20日付けの取消理由通知(決定の予告)においては、物の発明に係る請求項15(当審注:平成30年 1月26日付けで提出され、平成30年 4月10日付け手続補正書によって補正された訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項15)には、その物の製造方法が記載されているにもかかわらず、その製造方法の記載は物の構造又は特性を示す表現で直接特定できる特徴であると認められるから、当該製造方法に不可能・非実際的事情が存在するとは認められず、そして、仮に、当該製造方法により、物の構造又は特性を示す表現で直接特定できない何らかの他の特徴が付加されるとしても、当該他の特徴が具体的に何であるのか不明であるとして、上記請求項15に係る発明は明確でないと判断した。

イ これに対し、本件発明15は、前記第3に記載したとおりのものであって、物の発明である本件発明15は、その物の製造方法によって特定されるものではなくなったから、上記アの取消理由により、本件発明15が明確でないとはいえない。

ウ よって、上記アの取消理由により、本件発明15に係る特許を取り消すことはできない。


3 平成29年11月22日付けの取消理由通知(以下、単に「取消理由通知」という。)に記載した取消理由に対する当審の判断
(1)取消理由1のうち、本件発明1?3、5?7、9、10、13、14の新規性進歩性の要件違反について
ア 異議申立人は、以下の甲第1号証?甲第7号証(以下、それぞれ「甲1」?「甲7」という)を提出した。
甲1:特公平5-33319号公報
甲2:特開2008-202112号公報
甲3:特開2007-211306号公報
甲4:特開2012-140001号公報
甲5:特開2003-11099号公報
甲6:特開2009-221562号公報
甲7:特開2009-256751号公報

イ そのうち、取消理由通知において引用した甲1(特公平5-33319号公報)には、以下の記載がある(下線は当審による。以下同様である。)。
「【特許請求の範囲】
1 一方の表面から他方の表面に向けて延在する多数の細孔を有する陽極アルミニウム酸化物膜12であつて:
一方の表面16から膜中へ距離hにわたつて延びて内側端部付近で直径dを有する相対的に大きな細孔14からなる系と、他方の表面26から膜中へ距離sにわたつて延びて実質的に一定な最小直径pを有する相対的に小さな細孔22,24からなる系と、を含み;
該大細孔の系と小細孔の系とは、1本またはそれ以上の小細孔の内側端部が1本の大細孔の内側端部に結合されかつ盲の大細孔が実質上ないように、相互接続しており;
dが10nm?2ミクロン、
pが少なくとも2nm、しかし0.5d以下、
そして
sが10nm?1.0ミクロンである;
ことを特徴とする上記陽極アルミニウム酸化物膜。
・・・
4 (i) アルミニウム基板上に多孔質陽極酸化膜を形成させるようにアルミニウム基板を電解液中で電流の作用に付し、
(ii) その多孔質陽極酸化膜を保持している基板を電解液中で電流の作用に付し、そして酸化膜の部分的または全体的な回復が電圧低減と歩調をそろえるように十分にゆつくりとその印加電圧を低減させ、その際の電圧低減は連続的に、あるいは5V及び当該時点の電圧の50%のうちの大きい方を越えない変化量で段階的に、15V以下の値にまで下げるように実施し、
(iii) 陽極酸化膜を金属基板から分離し、回収することからなり;
かつその使用電流は直流であるか、あるいは交流であるが、交流の場合には陰極作用をなすサイクル部分の間に金属基板上でガス発生が著しくは生じないように金属基板の陰極分極の程度を制限する;
ことを特徴とする多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜の製造方法。
・・・
6 陽極酸化処理のために用いる電解質は酸電解質である特許請求の範囲第4または5項に記載の方法。
・・・
8 陽極酸化工程と電圧低減工程とで、相異なる電解質を用いるか、あるいは同一の電解質の相異なる濃度を用いる特許請求の範囲第4?7項のいずれかに記載の方法。
9 電圧低減工程で用いる電解液は0.1?8モル/リットルの濃度であり、大気温ないし95℃の温度である特許請求の範囲第4?8項のいずれかに記載の方法。
(当審注:甲1で、例えば請求項9等に、



と表記されている部分を、以下、便宜上「リットル」と表記する。)
・・・
13 膜の一方の表面から内向きに延び、そして膜の他方の表面から内向きに延びている相対的に小さい細孔の系と相互接続している、相対的に大きな細孔を系を生成膜が有するように実施する特許請求の範囲第4?12項のいずれかに記載の方法。
14 酸化膜を電解質の作用に付して、小細孔の系を含む膜部分を部分的または完全に溶解除去する工程を含む特許請求の範囲第13項に記載の方法。」(第1欄第1行?第4欄第5行)

「金属基板をエツチング除去することにより陽極酸化膜を金属基板から分離することができる。」(第4欄第21行?第22行)

「本発明の膜は、アルミニウム金属基板を破損することなくアルミニウム金属基板から陽極酸化膜を分離することによつて製造できる。」(第5欄第24行?第26行)

「電圧低減操作は、陽極酸化に用いたものと同じ電解液中で実施できる。あるいは、電解液を電圧低減操作前または中に変えることもできる。基板からの膜の分離は、化学薬剤及び電場下での膜物質の化学的溶解に依存するので、電解質はこの目的に有効であるように選択されるべきである。硫酸及び修酸は満足な結果を与えた。しかし、燐酸は電圧低減操作、殊にその最終段階のために、二つの理由から好ましい。」(第10欄第5行?第13行)

「電圧低減は、3V以下の値まで継続するのが好ましい。基板からの陽極酸化膜の分離は電圧低減中に生じることもあるが、その場合には分離された膜を回収すれば足りる。そのような膜の分離が生じないならば、膜付きの基板を電解液中に、膜の分離が生じるまで保持すればよい。別法として、膜付き基板を、アルミナに対して溶媒作用を示す別の水性媒質、例えば燐酸、アンモニア水、水酸化ナトリウム溶液、へ移してもよい。」(第11欄第36行?第44行)

「しかし若干の場合には、細孔形成に関連して化学的溶解を増進させるのが望ましいことがある。これは、電圧低減工程中にアルミナに対して大きな溶解力をもつ電解液を用いることにより、あるいは電解液の濃度または温度を高めることにより、行なうことができる。あるいは、膜を、電圧低減工程の終了後及び金属基板からの分離が生じた後に、電解液中に残留保持してもよい。これらの方法の組合せを使用することもできる。このようにすると、枝分れ細孔構造(組織)が部分的に(あるいは全部)溶解除去されて、膜の全厚を貫通して延在する独立の枝分れのない細孔をもつ膜が残留するようになりうる。これらの方法によつて、予め定められた最小細孔寸法を有する膜を得る目的のための制御もなしうる。」(第12欄第25行?第39行)

「寸法sは初期の陽極酸化膜におけるバリヤー層の概略の厚さを示す。この寸法は電圧低減操作中または後の化学的溶解により減少されていることもあり、あるいは電圧低減操作中に行なわれた追加の陽極酸化反応により増大されていることもありうる。均一な細孔の大きさを確保するためにsの値はpの値よりも大きいことが好ましい。しかし最適流通特性のためには、sの値は可及的に小さいことが好ましく、hよりも小さいことが好ましい。sの値の範囲は10nm?1.0ミクロン、好ましくは20?500nmと規定される。sの値は、電圧低減工程が完了しそして膜が金属基板から分離された後に、膜の化学的溶解により所望通りに減小させうる。」(第14欄第23行?第36行)

「実施例 4
実施例1の試験片と同様な試験片を、1リットル当り0.4モルのH_(3)PO_(4)及び1リットル当り10gの修酸を含む電解液中で25℃において陽極酸化した。その陽極酸化操作は実施例2のものに従つた。
この実施例でも電圧低減工程において混合電解質溶液を用いた。この工程は、最大di/dt率を50%にプリセツトしたこと以外、実施例2に述べたものと同じであつた。
膜の分離も実施例2の方法に従つて実施した。次に分離した膜を50%(容)H_(3)PO_(4)中に室温において50分間浸漬した。次いですすぎ洗いし、乾燥した。この操作により、相対的に小さい孔の系は実質的に取り除かれた。
走査電子顕微鏡により、相対的に小さ孔(原文ママ)が最初に存在していた表面における孔径は0.35ミクロンであることが判つた。95%以上が、残留架橋物を全く有していなかつた。反対側の表面における孔径は0.3ミクロンであつた。」(第18欄第10行?第28行)

「図面の簡単な説明
第1図はアルミニウム金属基板上の多孔質陽極酸化膜の概念断面図である。第2図は本発明の電圧低減技法が実施されつつある段階の第1図と同様の断面図である。第3図は本発明による多孔質アルミナ膜の概念断面図である。第4図は陽極酸化電圧の低減が電流に与える影響を示すグラフである。
10:アルミニウム金属基板、12:酸化膜、14:相対的に大きな孔、22,24:相対的に小さな孔、18:バリヤー層」(第18欄第29行?第39行)



」(第1図)



」(第2図)



」(第3図)

ウ 上記イの、特に請求項4、6、8、9、13、14、第10欄第5行?第13行、第11欄第36行?第44行、第12欄第25行?第30行によれば、甲1には、以下の「甲1発明1」が記載されていると認められる。
(甲1発明1)
「(i)アルミニウム基板上に多孔質陽極酸化膜を形成させるようにアルミニウム基板を電解液中で電流の作用に付す工程(以下、「陽極酸化工程」という。)と、(ii)その多孔質陽極酸化膜を保持している基板を電解液中で電流の作用に付し、そして酸化膜の部分的または全体的な(導電性の)回復が電圧低減と歩調をそろえるように十分にゆっくりとその印加電圧を低減させ、その際の電圧低減は連続的に、あるいは5V及び当該時点の電圧の50%のうちの大きい方を越えない変化量で段階的に、15V以下の値にまで下げるように実施する工程(以下、「電圧低減工程」という。)と、(iii)多孔質陽極酸化膜を前記アルミニウム基板から分離し、回収する工程(以下、「陽極酸化膜分離工程」という。)と、を含む多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜の製造方法であって、
陽極酸化処理(前記陽極酸化工程と前記電圧低減工程)のために用いる電解質は酸電解質であり、
前記陽極酸化工程と前記電圧低減工程とで、相異なる電解質を用いるか、あるいは相異なる濃度で同一の電解質を用い、
前記電圧低減工程で用いる酸電解液は0.1?8モル/リットルの濃度であり、
前記電圧低減工程中にアルミナに対して大きな溶解力をもつ電解液を用い、あるいは電解液の濃度または温度を高め、
前記電圧低減工程で用いる電解液は硫酸、修酸、燐酸のいずれかであってもよく、
前記陽極酸化膜分離工程は、多孔質陽極酸化膜が形成された前記アルミニウム基板を前記電圧低減工程で使用した電解液中に保持し、あるいは多孔質陽極酸化膜が形成された前記アルミニウム基板をアルミナに対して溶媒作用を示す別の水性媒質へ移し、前記電圧低減工程で形成された多孔質陽極酸化膜を溶解除去し、前記陽極酸化工程で形成された多孔質陽極酸化膜を分離する工程であり、
前記製造方法は、膜の一方の表面から内向きに延び、そして膜の他方の表面から内向きに延びている相対的に小さい細孔の系と相互接続している、相対的に大きな細孔の系を生成膜(多孔質陽極酸化膜)が有するように実施され、
前記製造方法は、酸化膜(前記生成膜)を電解質の作用に付して、小細孔の系(前記相対的に小さい細孔の系)を含む膜部分を完全に溶解除去する工程を含む、方法。」

エ 本件発明1と、甲1発明1とを対比する。
本件発明1は「溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成」する際に、「前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製する」ものである。特に、「同一の陽極酸化電圧にて」との事項は、本件訂正により追加された事項である。
一方、甲1発明1においては、「陽極酸化工程」と「電圧低減工程」とにより陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するが、「電圧低減工程」では電圧を低減させており、「同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行う」ことを規定する本件発明1とは、実質的な相違点が存在する。
すなわち、本件発明1と甲1発明1とは、「陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜」の形成に際し、本件発明1は「電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製する」のに対し、甲1発明1では「陽極酸化工程」と電圧を低減させる「電圧低減工程」とを行うのであって、「同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行う」ものではない点で、両発明は少なくとも相違する(以下、「相違点1」という。)。

オ 上記相違点1について検討すると、甲1発明1において、「電圧低減工程」は、その表記が示すとおり陽極酸化電圧を低減させることを必須とする工程であるから、この工程における陽極酸化電圧を、甲1発明1の「陽極酸化工程」と同一の、すなわち低減しない陽極酸化電圧に変更することにより相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を備えるように変更することは、当業者が容易になし得たとはいえない。
また、甲2?甲7の記載や技術常識を考慮したとしても、当業者が、甲1発明1の「電圧低減工程」と「陽極酸化工程」における陽極酸化電圧を同一として相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を備えるように変更し得たといえる根拠は見いだせない。

カ したがって、本件発明1と甲1発明1とのその他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明ではないし、甲1や甲2?甲7に記載された発明に基づき、技術常識を考慮したとしても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

キ 本件発明1を引用する本件発明2、3、5?7、9、10、13、14についても同様にして、甲1に記載された発明ではないし、甲1や甲2?甲7に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものではない。


(2)取消理由1のうち、本件発明15の新規性進歩性の要件違反について
ア 前記(1)ウの「甲1発明1」により製造される「多孔質の陽極酸化アルミニウム酸化物膜」に着目すると、甲1には、以下の「甲1発明3」が記載されていると認められる。
(甲1発明3)
「甲1発明1の製造方法により製造される多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜。」

イ 本件発明15と、甲1発明3とを対比する。
甲1発明3は「甲1発明1の製造方法により製造される多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜。」であり、甲1発明3が引用する甲1発明1は「膜の一方の表面から内向きに延び、そして膜の他方の表面から内向きに延びている相対的に小さい細孔の系と相互接続している、相対的に大きな細孔の系を生成膜(多孔質陽極酸化膜)が有するように実施され」ることを含むから、甲1発明3の「多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜」は、両側の表面から延びる孔が連結する構造を有するものである。したがって、甲1発明3のものは、「アルミナスルーホールメンブレン」に相当するといえる。
そして、本件発明15と甲1発明3とは、少なくとも以下の点で相違する。
本件発明15が「その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有してい」るのに対し、甲1発明3は、当該「構造」を有していることが特定されていない点(以下、「相違点2」という。)。

ウ 上記相違点2について検討すると、甲1発明3が引用する甲1発明1においては、「前記製造方法は、酸化膜(前記生成膜)を電解質の作用に付して、小細孔の系(前記相対的に小さい細孔の系)を含む膜部分を完全に溶解除去する工程」を含むものであるから、甲1の図3における寸法sが付された領域は完全に溶解除去されるものである。そうすると、甲1発明3である「アルミナスルーホールメンブレン」は、その細孔が一方の表面と他方の表面とで同程度の大きさとなっていると考えられ、「細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造」となっているとはいえない。
さらに、甲1の実施例4において、「相対的に小さ孔(原文ママ)が最初に存在していた表面における孔径は0.35ミクロンである」とともに、「反対側の表面における孔径は0.3ミクロン」である構成となっており、両側の表面における孔径が0.05ミクロンという極めて小さい値だけ異なっているのみでその孔径がほとんど同じであることからも、甲1発明3が「細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造」を有していないことを裏付けるものであるといえる。
したがって、上記相違点2は、実質的なものである。

エ また、甲1?甲7の記載や技術常識を考慮したとしても、甲1発明3において、「細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造」を有するものにしようとする具体的な動機付けは見いだせないから、当業者が、甲1発明3において上記相違点2に係る本件発明15の特定事項とすることを想到することはできない。

オ したがって、本件発明15と甲1発明3とのその他の相違点について検討するまでもなく、本件発明15は、甲1に記載された発明ではないし、甲1や甲2?甲7に記載された発明に基づき、技術常識を考慮したとしても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


(3)取消理由2-(1)(本件発明1?3、5?7、9、10、13、14の明確性要件)について
ア 取消理由2-(1)は、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1の「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造」と、「溶解性の高いアルミナ層」及び「溶解性の低いアルミナ層」との関係が規定されていない点で不明確であり、また、当該請求項1の「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造」は、溶解性の異なる3層以上の構造を含んでいるが、そのような構造においては、「溶解性の高いアルミナ層」及び「溶解性の低いアルミナ層」がどの範囲の層(溶解性の順位が何位までの層)を指すのかが不明確であるから、当該請求項1、及び当該請求項1を引用する請求項2、3、5?7、9、10、13、14に係る発明は明確でない、と通知したものである。

イ これに対し、本件訂正後の請求項1では、「溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造」と記載されている。
そのため、「溶解性の高いアルミナ層」及び「溶解性の低いアルミナ層」と「溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造」との関係は明確であるし、また、溶解性の異なる3層以上の構造を排除することになった。

ウ したがって、上記アの点に関して、本件発明1?3、5?7、9、10、13、14が明確でないとはいえない。


(4)取消理由2-(2)(本件発明7、13、14の明確性要件)について
ア 取消理由2-(2)は、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項7の「前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜をアルミニウムの地金から剥離し」という処理と、「繰り返し陽極酸化によって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する」という処理のそれぞれが、当該請求項7が引用する請求項1における各処理とどのような関係にあるのかが不明確であるから、当該請求項7、及び当該請求項7を引用する請求項13、14に係る発明は明確でない、と通知したものである。

イ これに対し、本件訂正後の請求項7では、請求項1により製造された「アルミナスルーホールメンブレン」が剥離された後の「前記アルミニウムの地金」を用い、請求項1と同じ内容の工程を再度行い、別の「アルミナスルーホールメンブレン」を製造する方法であることが明らかになった。
そのため、請求項7と、請求項1との関係は不明確であるとはいえない。

ウ したがって、上記アの点に関して、本件発明7、13、14が明確でないとはいえない。


(5)取消理由2-(3)(本件発明13、14の明確性要件)について
ア 取消理由2-(3)は、以下の(ア)と(イ)の2点からなる。
(ア)特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項13の「該アルミニウム材に対して、陽極酸化によって溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する」という処理が、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1とどのような関係にあるのかが不明確であるから、当該請求項13、及び当該請求項13を引用する請求項14に係る発明は明確でない、と通知したものである。
(イ)特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項13は、請求項3を引用する請求項4を引用する請求項11を引用しているが、請求項3の「アルミニウムの地金を溶解除去することなく」という発明特定事項と請求項11の「アルミニウムの地金を溶解除去した後」という発明特定事項とは矛盾するので、当該請求項13、及び当該請求項13を引用する請求項14に係る発明は明確でない、と通知したものである。

イ これに対し、本件訂正後の請求項13では、「該アルミニウム材に対して、陽極酸化のみによって前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し」と記載されており、本件訂正後の請求項1の内容と同じ内容が規定されたので、請求項13と請求項1との関係が明確になり、上記ア(ア)の不明確な点は解消した。
また、本件訂正後の請求項13は、請求項3へ繋がる他の請求項への引用記載が削除されたので、上記ア(イ)の矛盾は解消した。

ウ したがって、上記アの点に関して、本件発明13、14が明確でないとはいえない。


(6)取消理由2-(4)(b)(本件発明15の明確性要件)について
ア 取消理由2-(4)(b)は、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15の「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造」は、溶解性の異なる3層以上の構造を含んでいるが、そのような構造においては、「溶解性の高いアルミナ層」がどの範囲の層(溶解性の順位が何位までの層)を指すのかが不明確であるから、当該請求項15に係る発明は明確でない、と通知したものである。

イ これに対し、本件訂正後の請求項15においては、「溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られた」との記載が削除された。

ウ したがって、上記アの点に関して、本件発明15が明確でないとはいえない。


(7)取消理由3(本件発明15の委任省令要件)について
ア 取消理由3は、発明の詳細な説明には、「その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している」という特徴を有するアルミナスルーホールメンブレン自体の発明である特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る発明が、どのような技術的意義を有するのかを示す記載が一切ないから、発明の詳細な説明には当業者が当該請求項15に係る発明の技術上の意義を理解するための必要な事項が記載されているとはいえない、と通知したものである。

イ これに関し、発明の詳細な説明の段落【0056】には、「本発明に係るアルミナスルーホールメンブレンは、高規則性多孔性材料として、各種フィルター材料などの各種用途における様々な機能性デバイス用材料として適用することができる。」と記載されている。
また、発明の詳細な説明の段落【0008】には、発明が解決しようとする課題に関し、「大面積試料にも適用可能なバリヤー層の化学溶解によるスルーホール処理において、孔径拡大を伴わずに貫通孔を得ることは困難であった。」と記載されており、また、発明の詳細な説明の段落【0020】には、「ウェットエッチングにより、陽極酸化ポーラスアルミナのスルーホール処理を行う際には、細孔径の拡大が伴うが、本発明で提案する積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナによれば、細孔径が拡大することなく皮膜のスルーホール処理を行うことも可能である。地金つきの状態でエッチングを行った場合においても、細孔径の拡大を最小限に抑えることが可能であるが、アルミニウム地金をあらかじめ溶解除去し、皮膜底部に形成された溶解性の高いアルミナ層に直接エッチングを施す手法によれば、地金付きの場合に比べて、より短時間に貫通孔化を行うことが可能となり、結果として、細孔径の拡大を最小限に抑えることも可能である。」と記載されている。
これらの記載に照らすと、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15が備える「その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している」という特徴は、バリヤー層の溶解処理による除去(スルーホール処理)の際に、細孔内部の溶解による細孔径の拡大が最小限に抑えられた結果を反映したものであって、当該請求項15に係る発明は、機能性デバイスとして適用することができる、細孔径の拡大が最小限に抑えられたスルーホールメンブレンであるという点において、技術的意義が存在するものであるということができる。

ウ そして、本件訂正後の本件発明15は、「その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有している」という事項を備えるものであって、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る発明と同様の特徴を有するものであるといえるから、技術的意義についても、細孔径の拡大が最小限に抑えられたスルーホールメンブレンであるという点において、同様のものが存在する。

エ したがって、上記アの点により、発明の詳細な説明には当業者が本件発明15の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されていないとはいえない。


4 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由についての当審の判断
(1)申立理由1(特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る発明の、甲1発明2による新規性及び進歩性の要件違反)について
ア 異議申立人は、特許異議申立書の第12頁第20行?第13頁第4行において、甲1には、以下に示す「甲1発明2」が記載されていると主張する。
(甲1発明2)
「陽極酸化工程により形成された多孔質陽極酸化膜(相対的に大きい孔の系)と電圧低減工程により形成された多孔質陽極酸化膜(相対的に小さい孔の系)が積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの、前記電圧低減工程により形成された陽極酸化膜を溶解除去することによって得られる多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜であって、前記電圧低減工程により形成された多孔質陽極酸化膜が最初に存在していた表面における孔径が0.35ミクロンで、反対側の表面における孔径が0.3ミクロンである、多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜。」
そして、特許異議申立書第32頁第9行?第33頁第7行において、甲1発明2の「前記電圧低減工程により形成された多孔質陽極酸化膜が最初に存在していた表面における孔径が0.35ミクロンで、反対側の表面における孔径が0.3ミクロンである」との構成が、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15の「その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している」という構成に相当するという主張をした上で、当該請求項15に係る発明と甲1発明2との間に相違点はないこと、また、当該請求項15に係る発明が甲1発明2に基づき当業者が容易に発明をすることができた発明であることを主張している。

イ しかしながら、甲1発明2が、「前記電圧低減工程により形成された多孔質陽極酸化膜が最初に存在していた表面における孔径が0.35ミクロンで、反対側の表面における孔径が0.3ミクロンである」という構成を有していたとしても、これは、両側の表面における孔径が0.05ミクロンという極めて小さい値だけ異なっているという構成に過ぎないから、異議申立人による、甲1発明2の当該構成が、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15において特定される「その表面が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している」という事項に相当するという主張は採用できない。そして、特許異議申立書においては、上記の主張以外に、両発明がこの点において一致するといえる具体的かつ客観的な証拠に基づく主張はなされていない。

ウ そして、本件訂正後の本件発明15には「細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており」という事項を備えるものであるところ、上記イの検討と同様にして、甲1発明2の「前記電圧低減工程により形成された多孔質陽極酸化膜が最初に存在していた表面における孔径が0.35ミクロンで、反対側の表面における孔径が0.3ミクロンである」との構成が、本件発明15の「細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており」という事項に相当するとはいえない。

エ よって、この申立理由に係る主張には理由がない。


(2)不採用の申立理由2(特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る発明の、甲5発明による新規性及び進歩性の要件違反)
ア 異議申立人は、特許異議申立書の第15頁第13行?第19行において、甲第5号証から甲5発明を認定できることについて、以下のとおり主張する。
「甲第5号証の図4(b)の2の符合が付された部分(陽極酸化膜の部分)に着目すれば、同図からは、次の発明を看取することができる。
(甲5発明)
「アルミニウム基板1側に形成した樹状の微細孔7(図4(a)参照)のバリア層を除去して得られた多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜であって、その表面(最下部)が,細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している(図4(b)参照)、多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜。」」
そして、特許異議申立書の第33頁第8行?第22行において、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項15に係る発明と甲5発明との間に相違点はないこと、また、当該請求項15に係る発明が甲5発明に基づき当業者が容易に発明をすることができた発明であることを主張している。

イ まず、甲5から上記「甲5発明」を認定できるかどうかについて検討する。
甲5の段落【0016】、【0021】?【0024】の記載、及び図3?図4は、以下のとおりである。
「【0016】<第1の実施形態>第1の実施形態に於いては、2段階陽極酸化法を用い、第1段階目の陽極酸化(第1の細孔群)の化成電圧に対して、第2段階目の陽極酸化(第2の細孔群)の化成電圧を増加することにより、選択(間引き)した細孔構造の細孔を有する多孔質層の製造方法を説明する。図1?3は、本実施形態の多孔質層の製造方法を示す工程断面図である。」
「【0021】図4(a)?(c)は、図1?図3で形成した貫通細孔を用い、貫通細孔に充填材料を充填した多孔質層の工程断面図を示す。このような製造方法は、・・・化学センサー、・・・等に応用可能である。本実施形態に於いては、化学センサーを代表例として説明する。図4(a)は、図3のように形成したアルミニウム基板1上の第1の細孔群の細孔3、第2の細孔群の細孔4、樹状の微細孔7を設げた(原文ママ)陽極酸化膜2を分離し、第1の細孔群のアルミニウム基板と反対側の表面に電極材料8を設けた多孔質層の工程断面図を示す。
【0022】アルミニウム基板1からの陽極酸化膜2は、アルミニウム基板1をエッチング除去するか、・・・のどちらかの方法により、分離する。電極材料8は、スパッタ法、または、蒸着法を用い、形成する。・・・
【0023】図4(b)は、アルミニウム基板1側に形成した樹状の微細孔7のバリア層を除去し、第2の細孔群に接続した第1の細孔群の細孔に選択的にセンシング材料10を充填した多孔質層の工程断面図を示す。・・・引き続き、電気的な堆積法、例えば、電気メッキ法により、空間的に露出した第1の細孔群の細孔3に選択的に、センシング材料10が充填される。
【0024】図4(c)は、間引き(選択)された第1の細孔群の細孔3に充填されたセンシング材料10の先端を空間に露出した多孔質層の工程断面図を示す。ここでは、第2の細孔群の陽極酸化膜部分を除去する。陽極酸化膜の除去は、エッチング除去法、または、化学的・機械的研磨(CMP;Chemical Mechanical Polishing)法を用いる。・・・図4(c)のように、多孔質層は、第1段階目(第1の細孔群)の陽極酸化の印加電圧、第2段階目(第2の細孔群)の陽極酸化の印加電圧で決まる選択率(間引き率)でセンシング材料を貫通細孔に充填される。本実施形態に於いては、第1の細孔群の細孔の5個毎に充填された多孔質層が形成された。このようにして製造されたナノ構造体を用いた化学センサーは、従来の化学センサーと異なり、ナノ構造体の密度が制御され、ナノ構造体に充填されたセンシング材料が適度に散在した構成を有するため、化学センサーのセンシング特性が大きく向上した。」

「【図3】



「【図4】



ウ 上記イによれば、甲5の図4(a)?(c)は、図3に示される多孔質層を用い、充填材料を充填して化学センサーを製造する製造工程を示したものであって、特に段落【0023】によれば、図4(b)は、空間的に露出した第1の細孔群の細孔3に選択的に、センシング材料10が充填される時点の構造を示す図である。
ゆえに、図4(b)に示されているのは、化学センサーの製造途中のある時点で存在した中間構造体に過ぎない。甲5の記載や、技術常識を考慮したとしても、図4(b)に示された製造途中の中間構造体そのものが有する技術的意義は不明であるから、この中間構造体を抜き出して引用発明を認定することができる合理的な根拠はない。

エ したがって、甲5から、「その表面(最下部)が、細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している(図4(b)参照)、多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜。」という発明特定事項を備える甲5発明を認定することができるとはいえない。

オ 仮に、甲5の図4(b)から、異議申立人が主張するとおり「その表面(最下部)が、細孔の周辺部分が窪んだ構造を有している(図4(b)参照)、多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜。」という発明特定事項を備える甲5発明を認定することができたと仮定しても、本件発明15に係る発明の新規性進歩性を否定することはできない。
すなわち、図4(b)から把握される構造は化学センサーの製造途中のある時点で存在した中間構造体であって、目的物である化学センサーの構成要素となる電極材料8は、当該中間構造体から除外することはできないものである。したがって、図4(b)から把握される甲5発明においては電極材料8が必須の要素となるところ、この場合、電極材料8が細孔3の貫通を妨げることとなるため、「スルーホール」は存在し得ないものである。
したがって、甲5発明を認定することができたと仮定しても、甲5発明である「多孔質の陽極アルミニウム酸化物膜」は、「スルーホールメンブレン」には相当し得ないから、本件訂正前後において一貫して「スルーホールメンブレン」を特定する請求項15に係る発明との間に実質的な相違点が存在することは明らかであるし、甲5発明に基づき「スルーホールメンブレン」を想到することが当業者にとって容易であるといえる根拠は、甲5や他の甲号証及び技術常識を考慮したとしても見いだすことはできない。

カ よって、この申立理由に係る主張には理由がない。


(3)不採用の申立理由3(特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1?3、5?7、9、10、13?15に係る発明のサポート要件違反)
ア 異議申立人は、特許異議申立書において、以下の(ア)?(ウ)の点で、サポート要件違反を主張している。
(ア)特許異議申立書の第38頁第21行?第39頁第14行において、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1、2、5?7、9、10、13?15に係る発明は、アルミニウムの地金を溶解除去した後に溶解性の高いアルミナ層を選択的に除去する方法を含んでいるが、そのような方法では、本件明細書の段落【0002】?【0009】の記載から把握される発明の課題(「ポーラスアルミナ皮膜を剥離した後の地金を、再度、皮膜の形成を行うための母材として使用できるようにすることを前提に、剥離を行うポーラスアルミナ皮膜裏面のバリヤー層に対応した凹凸構造をアルミニウム地金表面に保持するとともに、大面積試料にも適用可能なバリヤー層の化学溶解によるスルーホール処理において、孔径拡大を伴わずに貫通孔を得る」という課題)を解決できないとして、これらの請求項に係る発明が「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると主張している。
(イ)特許異議申立書の第39頁第15行?第40頁第1行において、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1?3、5?7、9、10、13?15に係る発明は、溶解性の高いアルミナ層と溶解性の低いアルミナ層の形成順序についての規定がなく、溶解性が低いアルミナのバリヤ層がエッチャントに浸漬する前に残る方法を含んでいるが、そのような方法では上記課題を解決できないとして、これらの請求項に係る発明が「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると主張している。
(ウ)特許異議申立書の第40頁第2行?第9行において、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項1?3、5?7、9、10、13?15に係る発明は、「溶解性の異なる2層以上のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の種類は異なるが濃度は等しい溶液中で陽極酸化を行うことにより作製する」方法を含んでいるが、そのような方法では上記課題を解決できないとして、これらの請求項に係る発明が「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると主張している。

イ ところで、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定される要件を満たすか否かの判断は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとを対比、検討した上で、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かによって判断される。

ウ 本件発明が解決しようとする課題について検討する。
本件発明が解決しようとする課題の認定は、発明の詳細な説明全体の記載に基づいて客観的に行われるべきであるから、本件発明が解決しようとする課題について、発明の詳細な説明全体にどのような記載があるかをみてみる。
本件明細書の段落【0002】?【0009】には、以下の記載がある。
「【背景技術】
【0002】
アルミニウムを酸性浴中で陽極酸化することにより得られる陽極酸化ポーラスアルミナは、サイズの均一な細孔が配列したホールアレー構造を有するために、フィルターや触媒担体、鋳型材料等、様々な応用が期待できる機能性材料である。陽極酸化ポーラスアルミナは、アルミニウム材を電極として電解液中で陽極酸化を行うことでアルミニウム材の表面に形成される多孔質の酸化皮膜であるため、形成されたポーラスアルミナをフィルター用途などメンブレンとして使用する際には、地金から剥離する必要がある。陽極酸化を行ったアルミニウム材の残存地金を化学的に溶解除去すれば、ポーラスアルミナ皮膜を得ることが可能であるが、地金を溶解してしまうため残存地金を陽極酸化ポーラスアルミナの作製に使用できないことから、高スループットなメンブレンの作製法には適していない。
【0003】
また、地金アルミニウムよりポーラスアルミナ皮膜を剥離する手法としては、以前より逆電解剥離法(非特許文献1)や電解研磨液中でアノード電解を行う手法(非特許文献2)をはじめ、いくつかの手法が提案されてきている。例えば、逆電解剥離法によれば、所定の条件下で陽極酸化を行いポーラスアルミナ皮膜を形成した後、アルミニウム材を陰極として逆電解を行うと皮膜の剥離を行うことができることが知られている。また、所望の陽極酸化皮膜を形成したアルミニウム材を過塩素酸系の電解研磨液中で再度陽極酸化を行うことで、酸化皮膜の剥離が可能なことも報告されている。このような手法に基づけば、ポーラスアルミナ皮膜を剥離した後の地金は、再度、皮膜の形成を行うための母材として使用できるため、効率良くポーラスアルミナ皮膜の形成を行うことが可能である。
【0004】
陽極酸化ポーラスアルミナの特徴の一つに、適切な条件下で陽極酸化を行うと細孔が自己組織化的に規則配列を形成することが挙げられる(非特許文献3)。適切な条件下で長時間陽極酸化を行うことで形成された酸化皮膜層を選択的に溶解除去し、再度、同一の条件下で陽極酸化を行うという二段階陽極酸化プロセスによれば、表面から皮膜底部まで細孔が規則的に配列したポーラスアルミナも得ることができる(非特許文献4)。これは、一段目の陽極酸化によって形成された皮膜底部の規則的な細孔配列に対応した窪み配列がアルミニウム地金表面に形成され、これが、2回目の陽極酸化の際に細孔発生の開始点として機能することによるものである。このような特徴を活かせば、細孔が規則的に配列したホールアレー構造を有するポーラスアルミナメンブレンの作製を行うことができる。
【0005】
しかしながら、既存のポーラスアルミナ皮膜の剥離手法では、適切な条件下で長時間陽極酸化を行い残存地金表面に規則的な窪み配列を形成した場合においても、剥離処理の過程で規則的な窪み配列構造が崩壊してしまうといった問題点があった。このため、剥離処理を行った後のアルミニウム材に再度同1条件下で陽極酸化を行った場合においても、表面から細孔が規則的に配列したポーラスアルミナを形成することはできない。地金表面に形成された規則的な凹凸構造を維持したままポーラスアルミナ皮膜の剥離を行うことが可能になれば、一つのアルミニウム材から連続的に繰り返し規則性ポーラスアルミナメンブレンを作製することが可能になると期待できるが、そのようなポーラスアルミナ皮膜の剥離手法は未だ確立されていない。
【0006】
陽極酸化ポーラスアルミナは、皮膜の底部にバリヤー層と呼ばれるアルミナ層が形成されているため、スルーホールメンブレンとして使用する際には、このバリヤー層を除去することが必須となる。バリヤー層の除去には、Arイオンミリングのような物理的にアルミナ層を削る手法と、化学的に溶解する手法が知られている。Arイオンミリングのような手法を用いれば、細孔径を拡大することなく貫通処理を行うことが可能であるが、装置サイズの制約から、大面積試料への適用が困難であるといった問題点がある。一方、化学的な溶解手法によれば、大面積試料への適用が可能であるが、バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点がある。これは、バリヤー層が溶解されるとともに、細孔内部にエッチャントが侵入し、細孔壁部分の溶解が進行することによる。通常、陽極酸化によって形成されたポーラスアルミナの細孔径は、細孔周期の1/3程度であるが、化学的な貫通孔化処理を用いた場合では細孔周期の1/3以下のサイズの細孔を有するスルーホールメンブレンの形成を行うことは困難である。バリヤー層部分が他のアルミナ層に比べ、著しく溶解性の高い性質を有する陽極酸化ポーラスアルミナの作製が可能になれば、化学溶解法によっても、細孔径の小さいスルーホールメンブレンの作製が可能になると期待できるが、そのような陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜の作製手法はこれまでに報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】水木一成,アルミニウム研究会誌,6,6 (1985)
【非特許文献2】H. H. Yuan, F. Y. He, D. C. Sun, X. H. Xia, Chem. Mater., 16, 1841 (2004)
【非特許文献3】H. Masuda and K. Fukuda, Science, 268, 1466 (1995)
【非特許文献4】H. Masuda and M. Satoh, Jpn. J. Appl. Phys. 35 (1996) 126
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の如く、アルミニウム材表面に形成された陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜を剥離するための、既存の手法では、剥離を行うポーラスアルミナ皮膜裏面のバリヤー層に対応した凹凸構造をアルミニウム地金表面に保持することが困難であった。また、大面積試料にも適用可能なバリヤー層の化学溶解によるスルーホール処理において、孔径拡大を伴わずに貫通孔を得ることは困難であった。
【0009】
そこで本発明の課題は、上述したこれらの問題点を解決することが可能な、溶解性の異なる複数のアルミナ層を有する、とくに溶解性の高いアルミナ層をスルーホール処理に必要な部位に有する陽極酸化ポーラスアルミナから作製されるアルミナスルーホールメンブレンを煩雑な工程を経ることなく製造できるようにすることにある。」

上記摘記したところによれば、課題についての直接的な記載は本件明細書の段落【0009】にあり、背景技術の問題点に関する記載が段落【0002】?【0008】にある。
そして、段落【0005】には、「既存のポーラスアルミナ皮膜の剥離手法では、・・・残存地金表面に規則的な窪み配列を形成した場合においても、剥離処理の過程で規則的な窪み配列構造が崩壊してしまうといった問題点があった。・・・地金表面に形成された規則的な凹凸構造を維持したままポーラスアルミナ皮膜の剥離を行うことが可能になれば、一つのアルミニウム材から連続的に繰り返し規則性ポーラスアルミナメンブレンを作製することが可能になると期待できるが、そのようなポーラスアルミナ皮膜の剥離手法は未だ確立されていない。」という、「問題点」に関する記載があるとともに、段落【0006】には、「バリヤー層の除去には、Arイオンミリングのような物理的にアルミナ層を削る手法と、化学的に溶解する手法が知られている。Arイオンミリングのような手法を用いれば、・・・装置サイズの制約から、大面積試料への適用が困難であるといった問題点がある。一方、化学的な溶解手法によれば、・・・バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点がある。・・・バリヤー層部分が他のアルミナ層に比べ、著しく溶解性の高い性質を有する陽極酸化ポーラスアルミナの作製が可能になれば、化学溶解法によっても、細孔径の小さいスルーホールメンブレンの作製が可能になると期待できるが、そのような陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜の作製手法はこれまでに報告されていない。」という、他の「問題点」に関する記載があることを把握できる。
ここで、段落【0006】に記載の「バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点」は、段落【0002】?【0005】の記載を総合すると、地金から剥離して独立した存在となった陽極酸化ポーラスアルミナを用いて、アルミナスルーホールメンブレンを作製する際の問題点であると解され、当該問題点と、段落【0005】に記載の「既存のポーラスアルミナ皮膜の剥離手法では、・・・残存地金表面に規則的な窪み配列を形成した場合においても、剥離処理の過程で規則的な窪み配列構造が崩壊してしまうといった問題点」という、地金表面の規則的な窪み配列構造に関する問題点とは、互いに独立して解決することが可能であると解される。
そのため、請求項に係る発明が、上記の問題点のうち少なくとも一つを解決することができるのであれば、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定される要件を満たすものであるということができる。

エ 上記ウによれば、本件明細書の記載から把握される発明の課題は、段落【0005】に記載の「既存のポーラスアルミナ皮膜の剥離手法では、・・・剥離処理の過程で規則的な窪み配列構造が崩壊してしまうといった問題点」又は段落【0006】に記載の「バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点」の少なくともいずれか一方を解決することであるというべきである。
すなわち、発明の詳細な説明全体の記載を精査しても、特許異議申立人が課題であると主張する「ポーラスアルミナ皮膜を剥離した後の地金を、再度、皮膜の形成を行うための母材として使用できるようにすることを前提に、剥離を行うポーラスアルミナ皮膜裏面のバリヤー層に対応した凹凸構造をアルミニウム地金表面に保持するとともに、大面積試料にも適用可能なバリヤー層の化学溶解によるスルーホール処理において、孔径拡大を伴わずに貫通孔を得る」という事項を、本件明細書の記載から把握される発明の課題であると認定し得る客観的根拠は見当たらない。

オ そして、本件訂正後の本件発明1には「アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し・・・該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する」との事項が特定されており、発明の詳細な説明の全体の記載及び技術常識からみて、このような発明であれば少なくとも段落【0006】に記載された問題点(「バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点」)を解決できることを当業者が認識できるものであるといえる。

カ したがって、本件発明1及びこれを引用する本件発明2、3、5?7、9、10、13、14について、特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明において、発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものである。
よって、上記各本件発明に関し、この申立理由に係る主張は理由がない。

キ また、本件訂正後の本件発明15は、製造方法に関する事項を発明特定事項として含まない物の発明である。したがって、特許異議申立人が上記ア(ア)?(ウ)で主張する、特定の方法を含まない発明であることは明らかであるから、本件発明15に関し、この申立理由に係る主張は理由がない。

ク さらに進んで、本件発明15が、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かについて検討を加える。
前記3(7)イでも検討したとおり、本件発明15は、「その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有している」という事項を備えるものであるところ、当該事項は、バリヤー層の溶解処理による除去(スルーホール処理)の際に、細孔内部の溶解による細孔径の拡大が最小限に抑えられた結果を反映したものであって、当該請求項15に係る発明は、機能性デバイスとして適用することができる、細孔径の拡大が最小限に抑えられたスルーホールメンブレンであるという点において、技術的意義が存在するものであるということができる。
すなわち、本件発明15は、少なくとも段落【0006】に記載された問題点(「バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点」)を解決できることを当業者が認識できるものであるといえる。
したがって、本件発明15について、特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明において、発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものである。
よって、この点からみても、本件発明15に関し、この申立理由に係る主張は理由がない。

ケ 以上のとおり、この申立理由に係る主張には理由がない。


(4)不採用の申立理由4(特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項14に係る発明の委任省令要件違反)
ア 異議申立人は、特許異議申立書の第40頁第10行?第17行において、発明の詳細な説明には、第1のアルミナ層(溶解除去すべきアルミナ層)を形成する際に電圧や電解液濃度を二段階に変化させる点に特徴を有する、特許掲載公報の特許請求の範囲に記載の請求項14に係る発明が、どのような技術上の意義を有するのか(当該請求項14に係る発明がどのような技術的貢献をもたらすのか)を示す記載が一切なく、発明の詳細な説明には当業者が当該請求項14に係る発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているとはいえない、と主張している。

イ しかしながら、本件明細書の段落【0025】には、
「この手法においては、上記第1のアルミナ層を形成するために陽極酸化するに際し、第一段階目の陽極酸化を実施した後、陽極酸化電圧、電解液濃度の少なくとも一方を変更して第二段階目以降の陽極酸化を実施するようにすることもできる。このようにすれば、第1のアルミナ層の細孔を、より高い規則性をもって配列することができ、第1のアルミナ層除去後の窪みも、より高い規則性をもって配列することが可能になるので、最終的に得られるアルミナスルーホールメンブレンの貫通孔も、より高い規則性をもって配列することができる。」
と記載されているから、本件訂正の有無にかかわらず、請求項14に係る発明が、「第1のアルミナ層の細孔を、より高い規則性をもって配列することができ、第1のアルミナ層除去後の窪みも、より高い規則性をもって配列することが可能になるので、最終的に得られるアルミナスルーホールメンブレンの貫通孔も、より高い規則性をもって配列することができる。」という技術的貢献をもたらすことを把握することができる。

ウ よって、この申立理由に係る主張には理由がない。


第5 むすび
以上のとおりであるから、決定の予告と取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した不採用の特許異議申立理由によっては、本件発明1?3、5?7、9、10、13?15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?3、5?7、9、10、13?15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
アルミナスルーホールメンブレンおよびその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムの陽極酸化によって作製される陽極酸化ポーラスアルミナから形成されるアルミナスルーホールメンブレンと、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムを酸性浴中で陽極酸化することにより得られる陽極酸化ポーラスアルミナは、サイズの均一な細孔が配列したホールアレー構造を有するために、フィルターや触媒担体、鋳型材料等、様々な応用が期待できる機能性材料である。陽極酸化ポーラスアルミナは、アルミニウム材を電極として電解液中で陽極酸化を行うことでアルミニウム材の表面に形成される多孔質の酸化皮膜であるため、形成されたポーラスアルミナをフィルター用途などメンブレンとして使用する際には、地金から剥離する必要がある。陽極酸化を行ったアルミニウム材の残存地金を化学的に溶解除去すれば、ポーラスアルミナ皮膜を得ることが可能であるが、地金を溶解してしまうため残存地金を陽極酸化ポーラスアルミナの作製に使用できないことから、高スループットなメンブレンの作製法には適していない。
【0003】
また、地金アルミニウムよりポーラスアルミナ皮膜を剥離する手法としては、以前より逆電解剥離法(非特許文献1)や電解研磨液中でアノード電解を行う手法(非特許文献2)をはじめ、いくつかの手法が提案されてきている。例えば、逆電解剥離法によれば、所定の条件下で陽極酸化を行いポーラスアルミナ皮膜を形成した後、アルミニウム材を陰極として逆電解を行うと皮膜の剥離を行うことができることが知られている。また、所望の陽極酸化皮膜を形成したアルミニウム材を過塩素酸系の電解研磨液中で再度陽極酸化を行うことで、酸化皮膜の剥離が可能なことも報告されている。このような手法に基づけば、ポーラスアルミナ皮膜を剥離した後の地金は、再度、皮膜の形成を行うための母材として使用できるため、効率良くポーラスアルミナ皮膜の形成を行うことが可能である。
【0004】
陽極酸化ポーラスアルミナの特徴の一つに、適切な条件下で陽極酸化を行うと細孔が自己組織化的に規則配列を形成することが挙げられる(非特許文献3)。適切な条件下で長時間陽極酸化を行うことで形成された酸化皮膜層を選択的に溶解除去し、再度、同一の条件下で陽極酸化を行うという二段階陽極酸化プロセスによれば、表面から皮膜底部まで細孔が規則的に配列したポーラスアルミナも得ることができる(非特許文献4)。これは、一段目の陽極酸化によって形成された皮膜底部の規則的な細孔配列に対応した窪み配列がアルミニウム地金表面に形成され、これが、2回目の陽極酸化の際に細孔発生の開始点として機能することによるものである。このような特徴を活かせば、細孔が規則的に配列したホールアレー構造を有するポーラスアルミナメンブレンの作製を行うことができる。
【0005】
しかしながら、既存のポーラスアルミナ皮膜の剥離手法では、適切な条件下で長時間陽極酸化を行い残存地金表面に規則的な窪み配列を形成した場合においても、剥離処理の過程で規則的な窪み配列構造が崩壊してしまうといった問題点があった。このため、剥離処理を行った後のアルミニウム材に再度同一条件下で陽極酸化を行った場合においても、表面から細孔が規則的に配列したポーラスアルミナを形成することはできない。地金表面に形成された規則的な凹凸構造を維持したままポーラスアルミナ皮膜の剥離を行うことが可能になれば、一つのアルミニウム材から連続的に繰り返し規則性ポーラスアルミナメンブレンを作製することが可能になると期待できるが、そのようなポーラスアルミナ皮膜の剥離手法は未だ確立されていない。
【0006】
陽極酸化ポーラスアルミナは、皮膜の底部にバリヤー層と呼ばれるアルミナ層が形成されているため、スルーホールメンブレンとして使用する際には、このバリヤー層を除去することが必須となる。バリヤー層の除去には、Arイオンミリングのような物理的にアルミナ層を削る手法と、化学的に溶解する手法が知られている。Arイオンミリングのような手法を用いれば、細孔径を拡大することなく貫通処理を行うことが可能であるが、装置サイズの制約から、大面積試料への適用が困難であるといった問題点がある。一方、化学的な溶解手法によれば、大面積試料への適用が可能であるが、バリヤー層溶解処理の際に、細孔内部の溶解も進行するため、孔径が拡大してしまうといった問題点がある。これは、バリヤー層が溶解されるとともに、細孔内部にエッチャントが侵入し、細孔壁部分の溶解が進行することによる。通常、陽極酸化によって形成されたポーラスアルミナの細孔径は、細孔周期の1/3程度であるが、化学的な貫通孔化処理を用いた場合では細孔周期の1/3以下のサイズの細孔を有するスルーホールメンブレンの形成を行うことは困難である。バリヤー層部分が他のアルミナ層に比べ、著しく溶解性の高い性質を有する陽極酸化ポーラスアルミナの作製が可能になれば、化学溶解法によっても、細孔径の小さいスルーホールメンブレンの作製が可能になると期待できるが、そのような陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜の作製手法はこれまでに報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】水木一成,アルミニウム研究会誌,6,6(1985)
【非特許文献2】H.H.Yuan,F.Y.He,D.C.Sun,X.H.Xia,Chem.Mater.,16,1841(2004)
【非特許文献3】H.Masuda and K.Fukuda,Science,268,1466(1995)
【非特許文献4】H.Masuda and M.Satoh,Jpn.J.Appl.Phys.35(1996)126
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の如く、アルミニウム材表面に形成された陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜を剥離するための、既存の手法では、剥離を行うポーラスアルミナ皮膜裏面のバリヤー層に対応した凹凸構造をアルミニウム地金表面に保持することが困難であった。また、大面積試料にも適用可能なバリヤー層の化学溶解によるスルーホール処理において、孔径拡大を伴わずに貫通孔を得ることは困難であった。
【0009】
そこで本発明の課題は、上述したこれらの問題点を解決することが可能な、溶解性の異なる複数のアルミナ層を有する、とくに溶解性の高いアルミナ層をスルーホール処理に必要な部位に有する陽極酸化ポーラスアルミナから作製されるアルミナスルーホールメンブレンを煩雑な工程を経ることなく製造できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、従来のポーラスアルミナスルーホールメンブレンの作製手法では実現が困難であった、残存アルミニウム地金表面の規則的な凹凸構造を維持したままポーラスアルミナメンブレンの剥離を行う手法、更には、細孔径が微細なポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得る手法について鋭意検討を行った結果完成されたものである。
【0011】
すなわち、本発明に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法は、アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする方法からなる。
【0012】
このような方法においては、例えば、溶解性の低いアルミナ層を皮膜上部に、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した陽極酸化ポーラスアルミナでは、溶解性の高いアルミナ層をエッチャント中で優先的に溶解することが可能となるため、結果として、貫通孔を有する陽極酸化ポーラスアルミナメンブレンを得ることができる。この時、溶解性の高いアルミナ層と、溶解性の低いアルミナ層を、2層以上実質的に交互に積層しておけば、エッチャント中での化学溶解処理により、溶解性の低い複数枚のポーラスアルミナ膜を一度に得ることも可能である。
【0013】
また、溶解性の異なるアルミナ層を陽極酸化で形成する手法としては、陽極酸化に用いる電解浴の種類を変化させる手法が有効である。陽極酸化によって形成されるアルミナ層は、皮膜中に電解液中のアニオン成分を取り込むことが知られており、得られるアルミナ層の溶解性は、皮膜中に取り込まれたアニオンの種類や濃度に依存して変化する。そのため、異なるアニオン種を含む2種類以上の電解液中で陽極酸化を行う手法や、酸濃度の異なる電解液中で陽極酸化を行うことで、溶解性の異なるアルミナ層を形成することが可能となる。
【0014】
溶解性の高いアルミナ層の形成には、本発明では、3M以上の酸またはアルカリ試薬を含む電解液を用いた陽極酸化による。更には、8M以上の酸またはアルカリ試薬を含む電解液を用いることが有効である。
【0015】
高い溶解性を示すアルミナ層の形成には、硫酸、シュウ酸、リン酸、スルファミン酸のいずれか一つ以上を含む電解液を用いることが有効である。
【0016】
また、上記のようにして作製された溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された陽極酸化ポーラスアルミナが表面に形成されたアルミニウム材をエッチャント中に浸漬すると、試料表面より細孔内部にエッチャントが侵入し高い溶解性のアルミナ層を優先的に溶解除去できるため、地金を溶解除去することなく、ポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得ることができる。この時、溶解性の低いポーラスアルミナ層と溶解性の高いアルミナ層を複数積層しておけば、一つのアルミニウム材より、一度に複数枚のポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得ることも可能である。
【0017】
また、上記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する際に、酸化剤を含むエッチャントを使用すること、とくに、該酸化剤を含むエッチャントとして、クロム酸、硝酸の少なくとも一方を含む酸性溶液を使用することは、好ましい形態の一つである。アルミニウムの表面に溶解性の異なるアルミナ層の積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、皮膜の最底部に形成された溶解性の高いアルミナ層を溶解する際に,リン酸等の通常の酸性溶液を使用すると、アルミニウムの地金が露出した際に、アルミニウム表面で酸とアルミニウムが反応し水素発生が起こる。このようにして発生した水素ガスは、ポーラスアルミナ皮膜とアルミニウム地金の界面にトラップされることになり、これによりポーラスアルミナ皮膜に機械的な応力がかかり、クラックが発生することがある。このような問題は、酸化剤を含むエッチャント、中でも酸化力の高い酸性溶液(例えば、上述したクロム酸、硝酸の少なくとも一方を含む酸性溶液)を用いて溶解性の高いアルミナ層を溶解することで解決することが可能である。酸化剤を含むエッチャント、とくに、クロム酸や硝酸をはじめとする酸化力の強い酸性溶液では、アルミニウム地金が露出した場合にも、その表面に不動態膜が形成され,アルミニウムと酸の反応は進行しない。結果として、水素ガスの発生も抑制できることから、ポーラスアルミナ皮膜のクラックを抑制することができる。また、溶解性の高いアルミナ層の底部に溶解性の低いポーラスアルミナ層が形成された積層構造では、溶解性の高いアルミナ層を溶解除去しても、溶解性の低いアルミナ層がアルミニウム表面に残るため、地金が直接溶液に露出することを防ぐことができる。このような方法においても、剥離を行ったポーラスアルミナ皮膜にクラックが入ることを抑制することができる。
【0018】
また、ポーラスアルミナが形成された試料の端部分をあらかじめカットしておくと、側部からも溶解が進行するため効率良く、ポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得ることができる。皮膜の最底部に溶解性の高いアルミナ層を形成しておけば、化学溶解処理によりポーラスアルミナ皮膜を剥離処理した後に、アルミニウム地金が露出するため、このアルミニウム材に再度陽極酸化を行うことで、剥離した上記ポーラスアルミナ皮膜とは別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を繰り返し形成することも可能である。とくに、地金アルミニウムの溶解性の低いエッチャントを用いて、溶解性の高いアルミナ層を溶解すれば、陽極酸化ポーラスアルミナの細孔配列に対応した窪み配列を残存地金表面に保持することが可能である。そのため、溶解性の低いアルミナ層を自己組織化的な手法(例えば 非特許文献 H.Masuda and K.Fukuda,Science,268,1466(1995))あるいはテクスチャリングによる手法(例えば 非特許文献 H.Masuda,H.Yamada,M.Satoh,H.Asoh,M.Nakao and T.Tamamura:Appl.Phys.Lett.1997,71,2770)により細孔が規則配列したポーラスアルミナにし、その底部に形成する溶解性の高いアルミナ層の形成を行う際に細孔の規則配列を保持することが可能であれば、ポーラスアルミナを剥離した後、残存地金表面に規則的な窪み配列構造を保持することができる。このようなアルミニウム材を、再度適切な条件下で陽極酸化を行えば、表面から細孔が規則的に配列したポーラスアルミナメンブレンを繰り返し作製することが可能となる。
【0019】
また、アルミニウムの予め定めた特定の領域に(例えば、マスキングによって予め定められた特定の領域に)陽極酸化により溶解性の低いアルミナ層を形成し、その後前記特定の領域を含む該特定の領域よりも広い領域に対し(例えば、マスキングを除去したより広い領域に対し)再度陽極酸化を行うことにより溶解性の高いアルミナ層を形成して、上記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成することもできる。本発明によれば,アルミニウムに陽極酸化を行い、溶解性の低いアルミナ層を形成した後、電解液を変えて続けて陽極酸化を行うことで、積層構造を有するポーラスアルミナ層を形成し、当該試料にウェットエッチングを施すことで、アルミナスルーホールメンブレンの作製を行うことが可能であるが、再陽極酸化を行う際に、溶解性の低いアルミナ層を形成していない部分まで(上記のより広い領域まで)電解液に浸漬し、溶解性の高いアルミナ層を形成すれば、ウェットエッチングを行うだけで、アルミナスルーホールメンブレンがアルミニウム材から完全に分離された構造を得ることができる。さらには、あらかじめ、マスキングあるいは治具を用いてアルミニウム材の一部が電解液に浸漬しないような処理を施し陽極酸化を行うことで、アルミニウム材の一部にのみ溶解性の低いアルミナ層を形成し、その後、マスキングや治具により陽極酸化を行われていなかった部分まで、溶解性の高いアルミナ層の形成を行い、最後にウェットエッチングを行って溶解性の高いアルミナ層を溶解除去すれば、アルミニウム材からアルミナスルーホールメンブレンをより簡便に剥離することも可能である。このような手法を用いれば、アルミニウム材の形状によらず、ディスク形状など、所望の形状のアルミナスルーホールメンブレンを得ることが可能である。
【0020】
また、ウェットエッチングにより、陽極酸化ポーラスアルミナのスルーホール処理を行う際には、細孔径の拡大が伴うが、本発明で提案する積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナによれば、細孔径が拡大することなく皮膜のスルーホール処理を行うことも可能である。地金つきの状態でエッチングを行った場合においても、細孔径の拡大を最小限に抑えることが可能であるが、アルミニウム地金をあらかじめ溶解除去し、皮膜底部に形成された溶解性の高いアルミナ層に直接エッチングを施す手法によれば、地金付きの場合に比べて、より短時間に貫通孔化を行うことが可能となり、結果として、細孔径の拡大を最小限に抑えることも可能である。
【0021】
また、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に厚く形成すれば、例えば、溶解性の低いアルミナ層よりも厚く形成すれば、アルミニウムの地金溶解を行う際には貫通孔化処理までの皮膜の支持層として機能させることができるため、大面積のスルーホールメンブレンや100nm以下の厚みの極薄膜メンブレンを作製する際に有効である。
【0022】
また、本発明に係る方法においては、溶解性の低いアルミナ層の細孔を貫通孔化処理するに際し、あらかじめ定めた所望の領域部分のみ貫通孔化することも可能である。すなわち、上記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、溶解性の高いアルミナ層を、溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、アルミニウムの地金を溶解除去した後、エッチャントに浸漬して上記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、上記特定の領域の溶解性の低いアルミナ層の細孔のみが貫通孔化されたスルーホールメンブレンを形成する手法である。例えば、スルーホール化を行いたい部分にのみ溶解性の高いアルミナ層を形成する方法としては、溶解性の低いアルミナ層を形成した後、スルーホール化を行いたい部分以外に、マスクを形成して陽極酸化を行う手法を用いることができる。マスクとしては、乾燥することで塗膜となるポリマー溶液やマスキングテープを用いることができる。また、中性電解液中で陽極酸化を行うことで形成されるバリヤー型皮膜により、スルーホールを行わない部分にポアフィリングを施す手法も有効である。
【0023】
さらに、本発明においては、より具体的な手法として、次のような手法を採用することもできる。例えば、アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化のみにより上記第1の溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高い第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し、形成された陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記第1、第2の溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する手法を採用することもできる。自己組織化プロセスにより試料表面から底部にかけて規則的なポーラスアルミナの作製を行う場合には、通常、2段階陽極酸化プロセスが必須であった。これは、長時間陽極酸化により形成したポーラスアルミナ層を一旦除去し、これによって形成されるアルミニウム地金表面の規則的な窪み配列を2段目の陽極酸化の際の細孔発生開始点として利用するものである。しかしながら、上記のような本発明におけるより具体的な手法を用いると、適切な条件下で長時間陽極酸化を行い細孔の自己組織化的な規則配列を形成したのち、一旦、溶解性の高いアルミナ層を薄く形成し、続けて溶解性の低いアルミナ層が形成可能な条件下で所望の厚みのポーラスアルミナ層の形成を行ってエッチャント中に浸漬すれば、表面から底部まで細孔が規則的に配列したポーラスアルミナがアルミ地金表面に形成された試料を簡便に作製することができる。また、最後に溶解性の高いアルミナ層を再び形成したのち、エッチャント中に浸漬することにより、上記溶解性の低いアルミナ層を所望の膜厚の高規則性スルーホールメンブレンとして、簡素なプロセスで容易に得ることもできる。
【0024】
さらにまた、本発明に係る方法においては、陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した陽極酸化ポーラスアルミナを形成し、この陽極酸化ポーラスアルミナを選択的に溶解除去し、除去後の表面に残存した規則的な窪みの配列を利用して、より高精度にアルミナスルーホールメンブレン製造用の、アルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成することができる。すなわち、アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化のみによって溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する手法である。
【0025】
この手法においては、上記第1のアルミナ層を形成するために陽極酸化するに際し、第一段階目の陽極酸化を実施した後、陽極酸化電圧、電解液濃度の少なくとも一方を変更して第二段階目以降の陽極酸化を実施するようにすることもできる。このようにすれば、第1のアルミナ層の細孔を、より高い規則性をもって配列することができ、第1のアルミナ層除去後の窪みも、より高い規則性をもって配列することが可能になるので、最終的に得られるアルミナスルーホールメンブレンの貫通孔も、より高い規則性をもって配列することができる。
【0026】
本発明では、さらに、アルミニウムの陽極酸化によって形成される陽極酸化ポーラスアルミナであって、溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有することを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナについても提供することも可能である。
【0027】
また、本発明では、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中でアルミニウムの陽極酸化を行うことにより、溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナを形成することを特徴とする、陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法についても提供することが可能である。
【0028】
また、本発明は、アルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており、前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供する。高濃度の酸またはアルカリ電解液中で陽極酸化を行うと、電解液中のアニオンがアルミナ皮膜中に多量に取り込まれるため、溶解性の高いアルミナ層が形成される。このとき、低濃度の電解液中で陽極酸化を行った後、高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、後述の図(図9)に示すような卵形のアニオンの取り込み分布となって、細孔の周辺部に同様の形状の溶解性の高いアルミナ層が形成され、この溶解性の高いアルミナ層をウェットエッチングによって選択的に溶解除去することにより、その表面に,細孔の周辺部分が窪んだ構造、例えば、セル境界部分に対して細孔周辺部が窪んだ構造が形成される。とくに、後述の図(図9)に示すように、細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されている構造が形成される。
【0029】
また、本発明では、溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られた、細孔周期の1/3以下の細孔径の細孔を有することを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供することが可能である。前述の如く、従来の化学的な貫通孔化処理では、細孔周期の1/3以下のサイズの細孔を有するスルーホールメンブレンの形成を行うことは困難であったが、前述のような本発明に係る方法により、このようなアルミナスルーホールメンブレンの作製が可能となった。
【0030】
さらに本発明では、溶解性の異なるアルミナ層が2層以上積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの、溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成されていた溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することによって得られた、前記特定の領域の溶解性の低いアルミナ層の細孔のみが貫通孔化されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレンについても提供することが可能である。前述の如き本発明に係る方法、例えば、スルーホール化を行いたい部分にのみ溶解性の高いアルミナ層を形成する手法として、溶解性の低いアルミナ層を形成した後、スルーホール化を行いたい部分以外に、マスクを形成して陽極酸化を行う手法を用いた方法により、このような特定の領域のみが貫通孔化されたアルミナスルーホールメンブレンが得られる。
【発明の効果】
【0031】
このように、本発明によれば、煩雑な工程を経ることなく容易に、所望のアルミナスルーホールメンブレンを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施態様に係る陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法を示す概略構成図である。
【図2】本発明の一実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図3】本発明の別の実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図4】本発明の別の実施態様に係る陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法を示す概略構成図である。
【図5】本発明のさらに別の実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図6】本発明のさらに別の実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図7】本発明のさらに別の実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図8】本発明のさらに別の実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図9】本発明のさらに別の実施態様に係るアルミナスルーホールメンブレンの製造方法を示す概略構成図である。
【図10】図9に示した方法で得られた構造を電子顕微鏡で観察した一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照して、本発明のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法について詳細に説明する。
図1は、本発明において得られる溶解性の異なるアルミナ層が積層した陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法を示したものである。陽極酸化の条件を変化させて2階陽極酸化を行うことで、溶解性の異なるアルミナ層を深さ方向に積層したポーラスアルミナを得ることができる。例えば、アルミニウム1の陽極酸化によって溶解性の異なる2層以上のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で陽極酸化を行うことにより作製する。図示例では、溶解性の低いアルミナ層2の細孔3の底部側に、溶解性の高いアルミナ層4が形成される。
【0034】
図2は、上記のような溶解性の異なるアルミナ層2、4の積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナ5に、地金アルミニウム6付きの状態でエッチャントに浸漬してウェットエッチングを施すことで、ポーラスアルミナ層の剥離を行う様子を示したものである。この時、溶解性の高いアルミナ層4が選択的に溶解除去され、溶解性の低いアルミナ層2の細孔3が貫通孔化されてアルミナスルーホールメンブレン7として形成され、地金アルミニウム6から剥離される。
【0035】
図3は、3層以上の積層構造からなる陽極酸化ポーラスアルミナを作製し、ウェットエッチングを施すことで、複数枚のアルミナスルーホールメンブレンを一度に形成する手法を示している。例えば、アルミニウム1の陽極酸化によって形成される溶解性の低いアルミナ層2に対し、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で陽極酸化を行うことにより溶解性の高いアルミナ層が形成される。図示例では、地金アルミニウム6側から順に、溶解性の高いアルミナ層4a、溶解性の低いアルミナ層2a、溶解性の高いアルミナ層4b、溶解性の低いアルミナ層2b、溶解性の高いアルミナ層4c、溶解性の低いアルミナ層2cが、交互に形成されている。この陽極酸化ポーラスアルミナの全体を、地金アルミニウム6付きの状態でエッチャントに浸漬してウェットエッチングを施すことにより、溶解性の高いアルミナ層4a、4b、4cを実質的に同時に溶解除去することで、複数枚のアルミナスルーホールメンブレン7a、7b、7cを一度に形成する。
【0036】
図4は、剥離処理を施したのち、再度陽極酸化を行うことで、地金表面の窪みパターンに対応した細孔配列を有する陽極酸化ポーラスアルミナの形成を行う手法を示している。例えば、図2に示したのと同様に、溶解性の異なるアルミナ層2、4の積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナに、地金アルミニウム6付きの状態でエッチャントに浸漬してウェットエッチングを施すことで、溶解性の高いアルミナ層4を選択的に溶解除去し、溶解性の低いアルミナ層2をアルミナスルーホールメンブレン7として形成するとともに地金アルミニウム6から剥離する。剥離後、表面に窪みパターン8が残存した状態で再度陽極酸化を行うことにより、窪みパターン8に対応した細孔配列を有する陽極酸化ポーラスアルミナ9を形成する。
【0037】
図5は、地金部分を溶解除去した後にウェットエッチングを施すことで、ポーラスアルミナスルーホールメンブレンの作製を行う手法を示している。図示例では、図1に示したのと同様に、アルミニウム1の陽極酸化によって溶解性の異なる2層以上のアルミナ層を、例えば、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で陽極酸化を行うことにより作製する。すなわち、溶解性の低いアルミナ層2の細孔3の底部側に、溶解性の高いアルミナ層4を形成する。地金アルミニウム6を溶解除去した後に、溶解性の高いアルミナ層4を選択的に溶解除去し、溶解性の低いアルミナ層2の細孔3を貫通孔化してアルミナスルーホールメンブレン7を作製する。
【0038】
図6は、溶解性の高いアルミナ層を厚く形成し、支持層として使用するプロセスを示している。例えば、図5に示したように形成される、地金アルミニウム6溶解除去後の、溶解性の低いアルミナ層2dと溶解性の高いアルミナ層4dの積層構成を有する陽極酸化ポーラスアルミナ5の溶解性の高いアルミナ層4dを比較的厚い層に形成し、支持層として機能させる。この支持層として機能する溶解性の高いアルミナ層4dを選択的に溶解除去し、溶解性の低いアルミナ層2dの細孔を貫通孔化してアルミナスルーホールメンブレン7を作製する。溶解性の高いアルミナ層4dが溶解除去されるまでは、溶解性の低いアルミナ層2dはアルミナ層4dで支持されているので、溶解性の低いアルミナ層2d自体は比較的薄い層でも形態保持可能となり、最終的に薄いアルミナスルーホールメンブレン7の作製が可能となる。
【0039】
図7は、予め定められた特定の領域のみスルーホール化したアルミナスルーホールメンブレンの作製例を示している。図1に示したのと同様に、アルミニウム1の陽極酸化によって細孔3を有する溶解性の低いアルミナ層2を形成し、上記予め定められた特定の領域以外の領域(つまり、スルーホール化を行いたくない領域)に例えばマスク11を施し、上記とは異なる条件の陽極酸化によってマスク11を施していない領域部分に対して溶解性の低いアルミナ層2の細孔3の底部側に溶解性の高いアルミナ層12を形成し、地金アルミニウム6を溶解除去した後に、マスク11と溶解性の高いアルミナ層12を溶解除去することにより、特定の領域のみ部分的にスルーホール化したアルミナスルーホールメンブレン13を作製することができる。
【0040】
図8は、溶解性の高いアルミナ層を溶解性の低いアルミナ層よりも広い領域に形成し、溶解性の高いアルミナ層の溶解除去により簡便にアルミナスルーホールメンブレンを作製する手法の例を概略平面図として示している。図8(A)に示す例では、アルミニウム1の予め定めた特定の領域21に(例えば、マスキングによって予め定められた特定の領域21に)陽極酸化により溶解性の低いアルミナ層22を形成し、その後この特定の領域21を含む該特定の領域21よりも広い領域23に対し(例えば、上記マスキングを除去することにより、あるいは別のマスキングを施すことにより設定された、上記領域21よりも広い領域23に対し)再度陽極酸化を行うことにより溶解性の高いアルミナ層24を形成し、溶解性の高いアルミナ層24を溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層22で形成されたアルミナスルーホールメンブレン25を地金アルミニウム6から簡便に剥離させることができる。図8(B)に示す例においても同様に、アルミニウム1の予め定めた特定の領域26に陽極酸化により溶解性の低いアルミナ層27を形成し、その後この特定の領域26を含む該特定の領域26よりも広い領域28に対し再度陽極酸化を行うことにより溶解性の高いアルミナ層29を形成し、溶解性の高いアルミナ層29を溶解除去することにより、溶解性の低いアルミナ層27で形成されたアルミナスルーホールメンブレン30を地金アルミニウム6から簡便に剥離させることができる。
【0041】
図9は、細孔の周辺部分が窪んだ表面構造を有するアルミナスルーホールメンブレンの作製例を示している。アルミニウム1の表面上に溶解性の低いアルミナ層31を形成した後溶解性の高いアルミナ層32を形成するとき、低濃度の電解液中で陽極酸化を行った後,高濃度の電解液中で陽極酸化を行うと、図9に示したような略卵形のアニオンの取り込み分布となり、この溶解性の高いアルミナ層32に対してウェットエッチングを行い溶解性の高いアルミナ層32を溶解除去すると、セル境界部分に対して細孔3の周辺部が窪んだ構造33のアルミナスルーホールメンブレン34が形成される。このような方法により作製されたアルミナスルーホールメンブレンの構造を電子顕微鏡で観察した一例を図10に示す(図9に示した方法で得られた構造41)。
【実施例】
【0042】
実施例1(アルミ地金付き試料からの細孔周期100nmアルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することでアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0043】
実施例2(アルミ地金付き試料からの細孔周期63nmアルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3M硫酸浴、浴温17度、化成電圧25Vの条件下で180分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧25Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することでアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0044】
実施例3(細孔周期100nm周期高規則性アルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5時間陽極酸化を行い、その後、酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することでポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0045】
実施例4(細孔周期100nm周期高規則性アルミナスルーホールメンブレンの繰り返し形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5時間陽極酸化を行い、その後、酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することでポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得た。メンブレンを取り外した地金の表面には、規則的な窪み配列が形成されていることから、このアルミに板を使用し、再度、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することでアルミナスルーホールメンブレンを得た。このような操作を5回繰り返した場合においても、表面から底部にかけて細孔が規則的に配列したアルミナスルーホールメンブレンを作製することが可能であった。
【0046】
実施例5(複数枚のポーラスアルミナスルーホールメンブレンの一括成形)
実施例3に記載の方法により規則的な窪み配列が形成されたアルミニウム板を作製し、これに、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で15分間陽極酸化、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化をそれぞれ5回ずつ行った。このようにして得られた試料を、1wt%リン酸水溶液、浴温30℃に30分間浸漬することにより、溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去した。その後、試料は、蒸留水で洗浄し、乾燥させた。試料表面より、ポーラスアルミナ層を取りはずすことで、5枚のスルーホールメンブレンを得ることが可能であった。
【0047】
実施例6(理想配列アルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板表面に、100nm周期で突起が規則的に配列した構造を持つNi製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンを形成した。テクスチャリング処理を施したアルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することで細孔が理想配列したアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0048】
実施例7(細孔径30nmの100nm周期アルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5時間陽極酸化を行い、その後、酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で15分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料の背面部分を機械的に削り酸化皮膜を除去し地金を露出させ、ヨウ素飽和メタノール中に浸漬することで、残存地金を選択的に溶解除去した。地金除去後の試料は、1wt%リン酸水溶液、浴温30度に、10分間浸漬することで表面、裏面ともに、細孔径が30nmの細孔周期100nmアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0049】
実施例8(溶解性の高いアルミナ層を支持層とするアルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5時間陽極酸化を行い、その後、酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で15秒間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料の背面部分を機械的に削り酸化皮膜を除去し地金を露出させ、ヨウ素飽和メタノール中に浸漬することで、残存地金を選択的に溶解除去した。溶解性の低いアルミナ層の厚みは100nmであったが、溶解性の高いアルミナ層を2μm形成していることから、ハンドリングも可能な機械強度を有する皮膜を得ることができた。地金除去後の試料は、1wt%リン酸水溶液、浴温30度に、10分間浸漬することで膜厚100nmスルーホールメンブレンとすることが可能であった。
【0050】
実施例9(200nm周期理想配列アルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板表面に、200nm周期で突起が規則的に配列した構造を持つNi製モールドを押し付け、表面に微細な凹凸パターンを形成した。テクスチャリング処理を施したアルミニウム板に、0.05Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧80Vの条件下で15分間陽極酸化を行った。その後、続けて、14M硫酸浴、浴温0度、化成電圧80Vの条件下で10分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することで細孔が理想配列したアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0051】
実施例10(45nm周期アルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、8M硫酸浴、浴温17度、化成電圧25Vの条件下で1時間陽極酸化を行い、その後、酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.3M硫酸浴、浴温17度、化成電圧18Vの条件下で2分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧18Vの条件下で20分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料の背面部分を機械的に削り酸化皮膜を除去し地金を露出させ、ヨウ素飽和メタノール中に浸漬することで、残存地金を選択的に溶解除去した。地金除去後の試料は、1wt%リン酸水溶液、浴温30度に、10分間浸漬することで表面、裏面ともに、細孔径が15nmの細孔周期45nmアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0052】
実施例11(細孔周期100nm周期高規則性アルミナスルーホールメンブレンの形成)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5時間陽極酸化を行い、続けて12M硫酸浴、40V、0度の条件下で10分間陽極酸化を行った。さらにつづけて、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で8分間陽極酸化を行い、規則性の悪い最上層の下に溶解性の高いアルミナ層、所望の膜厚を有する規則的なポーラスアルミナ層、更にその下に溶解性の高いアルミナ層が積層された試料を得た。この手法では、溶解性の高いアルミナ層を中間層とした場合にも細孔配列規則性は保持することができることが確認されている。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。これにより、所望の膜厚を有する表面から底部まで細孔が規則的に配列したポーラスアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0053】
実施例12(自己組織化プロセスで作製した200nm周期アルミナスルーホールメンブレン)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.8Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で16時間陽極酸化を行い、その後、0.8Mシュウ酸、浴温17度、化成電圧80Vの条件下で1時間陽極酸化を行った。この試料の酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.05Mシュウ酸浴、浴温0度、化成電圧80Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、14M硫酸浴、浴温0度、化成電圧80Vの条件下で20分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1wt%リン酸水溶液、浴温30度中に30分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、皮膜部分を地金より取り外することで細孔が自己組織化的に200nm周期で規則配列したアルミナスルーホールメンブレンを得た。
【0054】
実施例13(クロム酸を用いた溶解性の高いアルミナ層の溶解除去)
純度99.99%のアルミニウム板に、過塩素酸エタノール混合溶液中で電解研磨処理を施したのち、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5時間陽極酸化を行い、その後、酸化皮膜部分をクロム酸リン酸混合溶液中で選択的に溶解除去することで、規則的な窪み配列が表面に形成されたアルミニウム板を得た。このようにして得られたアルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成した。得られた試料を1.8wt%クロム酸、6wt%リン酸の混合水溶液、浴温30度中に15分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、3辺のエッジ部分のアルミナ層をスコッチテープで剥離することで、ポーラスアルミナスルーホールメンブレンを地金アルミニウムより取り外した。ポーラスアルミナスルーホールメンブレンを剥離したアルミニウム板表面には、規則的な細孔配列を有するポーラスアルミナが保持されているため、残った地金に再陽極酸化を行うことで、高アスペクト比の規則性ポーラスアルミナメンブレンを得ることが可能であった。
【0055】
実施例14(溶解性の高いアルミナ層の溶解除去時の水素ガス発生の抑制)
アルミニウム板に、0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で90分間陽極酸化を行った。その後、続けて、12M硫酸浴、浴温0度、化成電圧40Vの条件下で15分間陽極酸化を行い、溶解性の高いアルミナ層を皮膜底部に形成したのち、再び0.3Mシュウ酸浴、浴温17度、化成電圧40Vの条件下で5分間陽極酸化を行った。得られた試料を5wt%リン酸の混合水溶液、浴温30度中に15分間浸漬することで、溶解性の高いアルミナ層の除去を行った。エッチング後の試料は、蒸留水で洗浄、乾燥したのち、3辺のエッジ部分のアルミナ層をスコッチテープで剥離することで、ポーラスアルミナスルーホールメンブレンを基材より取り外した。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係るアルミナスルーホールメンブレンは、高規則性多孔性材料として、各種フィルター材料などの各種用途における様々な機能性デバイス用材料として適用することができる。
【符号の説明】
【0057】
1 アルミニウム
2、2a、2b、2c、2d、22、27、31 溶解性の低いアルミナ層
3 細孔
4、4a、4b、4c、4d、24、29、32 溶解性の高いアルミナ層
5 陽極酸化ポーラスアルミナ
6 地金アルミニウム
7、7a、7b、7c、25、30、34 アルミナスルーホールメンブレン
8 窪み配列
9 陽極酸化ポーラスアルミナ
11 マスク
12 溶解性の高いアルミナ層
13 アルミナスルーホールメンブレン
21、26 予め定めた特定の領域
23、28 特定の領域よりも広い領域
33 細孔周辺部が窪んだ構造
41 図9に示した方法で得られた構造
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成することを特徴とする、アルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項2】
前記溶解性の高いアルミナ層を、硫酸、シュウ酸、リン酸、スルファミン酸のいずれか1つ以上を用いて形成する、請求項1に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項3】
前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去し、前記溶解性の低いアルミナ層をスルーホールメンブレンに形成する際に、地金としての前記アルミニウムを溶解除去することなく、前記陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項4】
前記溶解性の低いアルミナ層、該溶解性の低いアルミナ層の底部側に前記溶解性の高いアルミナ層、該溶解性の高いアルミナ層の底部側に該溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成された積層構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層からなる剥離されたスルーホールメンブレンと、表面に前記溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層が形成されたアルミニウムの地金を得る、請求項1?3のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項5】
前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する際に、酸化剤を含むエッチャントを使用する、請求項1?3のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項6】
前記酸化剤を含むエッチャントとして、クロム酸、硝酸の少なくとも一方を含む酸性溶液を使用する、請求項5に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項7】
前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を前記アルミニウムの地金から剥離し、該剥離後に地金表面に残った皮膜底部の細孔配列に対応した窪み配列を利用して再度陽極酸化を行うことで、表面に前記窪み配列が残存した地金としての前記アルミニウムの陽極酸化のみによって、溶解性の低いアルミナ層と該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高いアルミナ層との溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する、前記剥離した陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜とは別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、該別の陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜における前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該別の陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?6のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項8】
前記アルミニウムの予め定めた特定の領域に陽極酸化のみにより前記溶解性の低いアルミナ層を形成し、その後前記特定の領域を含む該特定の領域よりも広い領域に対し再度陽極酸化のみを行うことにより前記溶解性の高いアルミナ層を形成して、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成する、請求項1?7のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項9】
前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を前記アルミニウムの地金上に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後、前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜をエッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去する、請求項1または2に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項10】
前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層よりも厚く形成し、前記アルミニウムの地金溶解後の前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜の支持層として利用する、請求項9に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項11】
前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成するに際し、前記溶解性の高いアルミナ層を、前記溶解性の低いアルミナ層の形成領域に対し予め定めた特定の領域のみに部分的に形成し、前記アルミニウムの地金を溶解除去した後、エッチャントに浸漬して前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記特定の領域の溶解性の低いアルミナ層の細孔のみが貫通孔化されたスルーホールメンブレンを形成する、請求項1、2、9,10のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項12】
アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより第1の溶解性の高いアルミナ層を形成し、該第1の溶解性の高いアルミナ層の規則配列された細孔を次層の細孔発生開始点として利用し、陽極酸化のみにより前記第1の溶解性の高いアルミナ層よりも溶解性の低いアルミナ層を形成し、該溶解性の低いアルミナ層の細孔の底部側に、陽極酸化のみにより該溶解性の低いアルミナ層よりも溶解性の高い第2の溶解性の高いアルミナ層を形成し、形成された陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記第1、第2の溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項13】
アルミニウムの陽極酸化によって細孔が自己組織化的に規則配列した第1のアルミナ層を形成し、該第1のアルミナ層の皮膜を選択的に溶解除去することで、表面に前記細孔の底部に対応する規則的な窪みの配列が形成されたアルミニウム材を作製し、該アルミニウム材に対して、陽極酸化のみによって前記溶解性の異なるアルミナ層が2層積層された構造を有する前記陽極酸化ポーラスアルミナの皮膜を形成し、前記溶解性の異なる2層のアルミナ層を、電解液に含まれる酸の濃度または種類の異なる溶液中で同一の陽極酸化電圧にて陽極酸化を行うことにより作製するとともに、前記溶解性の高いアルミナ層を、8M以上の濃度の酸を含む電解液を用いた陽極酸化によって作製し、該陽極酸化ポーラスアルミナをエッチャントに浸漬し、前記溶解性の高いアルミナ層を選択的に溶解除去することにより、前記溶解性の低いアルミナ層を細孔が貫通孔化されたスルーホールメンブレンに形成する、請求項1?11のいずれかに記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項14】
前記第1のアルミナ層を形成するために陽極酸化するに際し、第一段階目の陽極酸化を実施した後、陽極酸化電圧、電解液濃度の少なくとも一方を変更して第二段階目以降の陽極酸化を実施する、請求項13に記載のアルミナスルーホールメンブレンの製造方法。
【請求項15】
アルミナスルーホールメンブレンであって、その表面が,細孔の周辺部分が卵形に窪んだ構造を有しており、前記細孔の部分と前記窪んだ構造の部分が同一周期で形成されていることを特徴とするアルミナスルーホールメンブレン。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-11-28 
出願番号 特願2014-528013(P2014-528013)
審決分類 P 1 652・ 536- YAA (C25D)
P 1 652・ 537- YAA (C25D)
P 1 652・ 113- YAA (C25D)
P 1 652・ 121- YAA (C25D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 長谷部 智寿  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 小川 進
▲辻▼ 弘輔
登録日 2017-02-10 
登録番号 特許第6087357号(P6087357)
権利者 益田 秀樹
発明の名称 アルミナスルーホールメンブレンおよびその製造方法  
代理人 伴 俊光  
代理人 松浦 孝  
代理人 細田 浩一  
代理人 細田 浩一  
代理人 伴 俊光  

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