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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C08J
管理番号 1347706
異議申立番号 異議2018-700823  
総通号数 230 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-02-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-10-10 
確定日 2019-01-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第6308005号発明「熱成形体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6308005号の請求項1?5、7及び8に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6308005号(以下「本件特許」という。)は、平成26年5月1日(優先権主張 平成25年9月20日、日本国)にされた特許出願に係るものであって、平成30年3月23日に特許権の設定登録(請求項の数9)がされ、同年4月11日に特許掲載公報が発行された。
その後、特許異議申立人藤江桂子(以下、「申立人」という。)により、請求項1?5、7及び8に係る特許について、平成30年10月10日に特許異議の申立てがされた。

2 本件発明
本件特許の請求項1?5、7及び8に係る発明は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?5、7及び8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(以下、請求項1?5、7及び8発明を、順に、「本件発明1」等という。)

「【請求項1】
下記(a)及び(b)を満足する結晶性プロピレン重合体(A)からなるシートを用いて、融解ピーク温度以下で0.2MPa以上の圧空圧力で真空圧空成形することによって得られることを特徴とする熱成形体。
(a)オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃以下の温度で溶出する成分が3重量%以下、かつ、溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が109℃以上116℃以下(但し、溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上116℃以下のとき、得られる熱成形体の深さ/口径の比が1以上の深絞り構造を有する熱成形体を除く)
(b)190℃で測定された、溶融膨張比(SR)が1.40?1.70
【請求項2】
結晶性プロピレン重合体(A)が、下記(a)及び(b)を満足することを特徴とする請求項1に記載の熱成形体。
(a)オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃以下の温度で溶出する成分が3重量%以下、かつ、溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が109℃以上113℃未満
(b)190℃で測定された、溶融膨張比(SR)が1.40?1.70
【請求項3】
結晶性プロピレン重合体(A)が、さらに下記(c)を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の熱成形体。
(c)JIS K7210(230℃、2.16kg荷重)に基づいて測定されたメルトフローレート(MFR)が0.5?10g/10分
【請求項4】
結晶性プロピレン重合体(A)からなるシートが、下記の一般式(1)で表される造核剤を、結晶性プロピレン重合体(A)100重量部に対し、0.05?1重量部含有することを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の熱成形体。
【化1】

[但し、式中、nは、0?2の整数であり、R^(1)?R^(5)は、同一または異なって、それぞれ水素原子もしくは炭素数が1?20のアルキル基、炭素数が2?20のアルケニル基、炭素数が1?20のアルコキシ基、カルボニル基、ハロゲン基またはフェニル基であり、R^(6)は、炭素数が1?20のアルキル基である。]
【請求項5】
結晶性プロピレン重合体(A)が、エチレン含量0.1?0.8重量%のプロピレン-エチレンランダム共重合体であることを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の熱成形体。
【請求項7】
結晶性プロピレン重合体(A)が、チタン、マグネシウム及びハロゲンを必須成分として含有する固体触媒成分(a)と、有機アルミニウム成分(b)からなるプロピレン重合用触媒により得られる結晶性プロピレン重合体であることを特徴とする請求項1?6のいずれかに記載の熱成形体。
【請求項8】
結晶性プロピレン重合体(A)は、さらに重合時に、Si-OR^(1)結合(但し、R^(1)は炭素数1?8の炭化水素基である。)を2つ以上含有する有機ケイ素化合物を、供給して製造される結晶性プロピレン重合体であることを特徴とする請求項7に記載の熱成形体。」


3 特許異議申立書に記載した理由の概要
申立人は、特許異議申立書(以下「申立書」という。)において、証拠方法として以下の(2)の甲第1号証?甲第5号証を提出して、概略、以下(1)の取消理由には理由があるから、請求項1?5、7及び8に係る特許は取り消されるべきものであると主張している。

(1)本件発明1?5、7及び8は、本件特許の優先日前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明、甲第2号証?甲第5号証に記載の事項、及び、本件特許の優先日当時の技術常識から、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?5、7及び8に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。(以下「取消理由」という。)

(2)証拠方法
甲第1号証:特開2012-46198号公報
甲第2号証:特開2011-256268号公報
甲第3号証:特開2012-17354号公報
甲第4号証:特開2002-356565号公報
甲第5号証:廣恵章利/本吉正信著、プラスチック成形加工入門、日刊工業新聞社、昭和60年9月10日 初版9刷、74?75頁
(以下、それぞれ「甲1」?「甲5」という。)


4 当審の判断
当審合議体は、以下に述べるように、申立人の主張する取消理由には理由はなく、申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?5、7及び8についての特許を取り消すことはできないと判断する。

(1)甲1に記載された事項及び甲1に記載された発明
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲1の請求項1には以下の記載がある。

「【請求項1】
下記(a)?(c)を満足する結晶性プロピレン重合体(A)のシートを固相圧空成形して得られ、容器の深さ/口径の比が1以上の深絞り構造を有する熱成形容器であって、125℃における熱収縮率が3%以下であることを特徴とする熱成形容器。
(a)オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃以下の温度で溶出する成分が1重量%以下且つ溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上125℃以下
(b)動的粘弾性測定による貯蔵弾性率の周波数ω依存性曲線G’(ω)と損失弾性率の周波数ω依存性曲線G”(ω)との交点Gcにおける貯蔵弾性率の値(単位:Pa)の逆数の105倍をPIとしたとき、PIが4.0以上
(c)JIS K7210(230℃、2.16kg荷重)に基づいて測定されたメルトフローレート(MFR)が0.2?1g/10分」

そして、上記記載によれば、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「下記(a)?(c)を満足する結晶性プロピレン重合体(A)のシートを固相圧空成形して得られ、容器の深さ/口径の比が1以上の深絞り構造を有する熱成形容器であって、125℃における熱収縮率が3%以下である熱成形容器。
(a)オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃以下の温度で溶出する成分が1重量%以下且つ溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上125℃以下
(b)動的粘弾性測定による貯蔵弾性率の周波数ω依存性曲線G’(ω)と損失弾性率の周波数ω依存性曲線G”(ω)との交点Gcにおける貯蔵弾性率の値(単位:Pa)の逆数の105倍をPIとしたとき、PIが4.0以上
(c)JIS K7210(230℃、2.16kg荷重)に基づいて測定されたメルトフローレート(MFR)が0.2?1g/10分」

なお、申立人は、申立書の16頁において甲1に記載された発明を認定しているが、申立人が認定する発明は、請求項1に記載の事項を一部省略して認定するなどしているため、甲1発明として認定するのに適当でない。
よって、当審合議体が上記のとおり甲1発明を認定した。

(2)甲2?甲5に記載の事項
本件特許に係る出願の優先日前に頒布された刊行物である甲2?甲5には、以下の記載がある。

ア 「結晶性プロピレン重合体、その製造方法及びそれを含む樹脂組成物」についての発明に関する甲2には、以下の記載がある。(なお、下線は当審合議体が付した。この決定において、以下同様である。)

「【請求項1】
下記の特性(a)?(c)を満足することを特徴とする結晶性プロピレン重合体。
(a)オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃可溶分(40℃sol.)が1重量%以下で、且つ溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113?125℃の範囲である。
(b)動的粘弾性測定による貯蔵弾性率の周波数ω依存性曲線G’(ω)と損失弾性率の周波数ω依存性曲線G”(ω)との交点Gcの貯蔵弾性率の値(単位:Pa)の逆数の10^(5)倍をPIとしたとき、PIが4.0以上である。
(c)JIS K7210(230℃、2.16kg荷重)に準拠して測定されたメルトフローレート(MFR2)が0.2?0.8g/10分である。」

「【技術分野】
【0001】
本発明は、剛性、耐熱性が非常に高く、更にフィッシュアイがなく、成形性が良好な結晶性プロピレン重合体、その製造法及びそれを含む樹脂組成物に関し、さらに詳しくは、機械的強度に非常に優れ、ドローダウンが少なく延展性や深絞り性に優れ、真空成形法または圧空成形法等の熱成形法による成形品の製造に好適な結晶性プロピレン重合体、その製造法及びそれを含む樹脂組成物に関する。」

イ 「結晶性プロピレン重合体及びその製造方法」についての発明に関する甲3には、以下の記載がある。

「【請求項1】
下記の特性(a)?(d)を満足することを特徴とする結晶性プロピレン重合体。
(a)190℃における溶融張力(MT)が11?15gである(MTは、メルトテンションテスターを用いて、キャピラリー:直径2.1mm、シリンダー径:9.6mm、シリンダー押出速度:10mm/分、巻き取り速度:4.0m/分、温度190℃の条件で測定したときの溶融張力を表す。)。
(b)動的粘弾性測定による貯蔵弾比率の周波数ω依存性曲線G’(ω)と損失弾性率の周波数ω依存性曲線G’’(ω)との交点Gcの貯蔵弾性率の値(単位:Pa)の逆数の10^(5)倍をPIとしたとき、PIが4.0以上である。
(c)JIS K7210(230℃、2.16kg荷重)に準拠して測定されたメルトフローレート(MFR2)が0.2?0.8g/10分である。
(d)示差走査熱量計で測定する最高融解ピーク温度(Tm)が155?162℃である。」

「【技術分野】
【0001】
本発明は、フィッシュアイがなく、更に耐熱性、成形性のバランスがとれた結晶性プロピレン重合体及びその製造法に関し、さらに詳しくは、機械的強度に非常に優れ、ドローダウンが少なく、延展性や深絞り性に優れ、真空成形法または圧空成形法等の熱成形法による成形品の製造に好適な結晶性プロピレン重合体及びその製造法に関する。」

ウ 「熱成形用シート類、熱成形体および積層成形体」についての発明に関する甲4には、以下の記載がある。

「【請求項1】ダイスウェル比が1.3以上2.4以下であるポリオレフィン樹脂からなる層を有する熱成形用シート類。
【請求項2】ポリオレフィン樹脂からなる層の全ヘイズが、10%以下である請求項1記載の熱成形用シート類。
【請求項3】ポリオレフィン樹脂が、プロピレン重合体である請求項1または2記載の熱成形用シート類。
・・・
【請求項5】請求項1?4のいずれかに記載の熱成形用シート類を熱成形して得られる熱成形体。
【請求項6】請求項5記載の熱成形体と、熱可塑性樹脂からなる基材とを貼合して得られる積層成形体。」

「【0006】
【発明の実施の形態】本発明の熱成形用シート類は、その少なくとも1層がダイスウェル比が1.3以上2.4以下であるポリオレフィン樹脂からなる層を有するものである。ここでいうダイスウェル比は、JIS K7210の条件14の方法に従うメルトフローレート(MFR)測定時の押出物の断面の直径を測定し、次式から決定した値を採用する事とする。ダイスウェル比 = 押出物の断面の直径/オリフィスの直径但し、押出物の断面とは押出物の押出方向に垂直な断面をいい、該断面が真円形でない場合には、該断面の直径の最大値と最小値との平均値を該押出物の断面の直径とする。該ダイスウェル比は1.3以上2.4以下であり、好ましくは1.33以上2以下である。該ダイスウェル比が過少であると、熱成形用シート類を熱成形に供する場合に温度設定が高いと破れやすいなど、成形条件幅が狭くなり好ましくない。」

「【0008】本発明で用いられるポリオレフィン樹脂は例えば、ダイスウェル比の小さなポリオレフィン樹脂とダイスウェル比の大きなポリオレフィン樹脂とを配合することにより得られる。即ち上記のポリオレフィン樹脂として好ましくは、ダイスウェル比1.7未満のポリオレフィン樹脂(A)100重量部およびダイスウェル比1.8以上のポリオレフィン樹脂(B)0.01?45重量部からなる樹脂組成物である。」

「【0032】本発明の積層成形体の製造方法は、公知の方法によりいかように行っても良いが、例えば、以下(1)?(4)の工程からなる方法を例示することができる。
(1)上記熱成形用シート類を加熱軟化する工程。
(2)軟化した該シート類を、熱成形用の型で熱成形し、熱成形体を得る工程。
(3)上記熱成形体を、成形用金型のキャビティ側にセットする工程。
(4)熱成形体をセットした上記金型キャビティ内に、溶融した基材用熱可塑性樹脂を注入し、注入された樹脂(基材)と熱成形体とが貼合された積層成形体を得る工程。
【0033】工程(1)、(2)にかかる熱成形法として、真空成形、圧空成形、真空圧空成形などが挙げられる。この工程においてシート類の加熱温度は通常(シート類の融点-20℃)以上、かつ(シート類の融点+10℃)以下である。・・・より好ましくは、(シート類の融点-15℃)以上、かつシート類の融点以下である。なお、ここで「シート類の融点」とは、対象のシート類を構成する樹脂の融点のうち、最高温度の融点をいう。」

「【0046】[参考例1](プロピレン重合体の製造)
[1](固体触媒成分の合成)
・・・
【0047】[2](固体触媒成分の予備活性化)
・・・
【0048】[3](結晶性プロピレン重合体部分(a)の重合)
SUS製の内容積300リットルの重合槽において、・・・予備活性化された固体触媒成分・・・を連続的に供給し、水素の実質的非存在下でプロピレン重合を行い、2.0kg/hの重合体が得られた。・・・得られた重合体はそのまま第二槽目に連続的に移送した。 ・・・
【0049】[4](結晶性プロピレン重合体部分(b)の重合)
・・・攪拌機付き流動床反応器(第二槽目)において、・・・プロピレン重合を連続的に継続することにより18.2kg/hの重合体が得られた。・・・
【0050】[5](重合体のペレット化)
この重合体粉末100重量部に対して、ステアリン酸カルシウム0.1重量部、商品名イルガノックス1010(チバガイギー社製)0.05重量部、商品名スミライザーBHT(住友化学工業社製)0.2重量部を加えて、230℃で溶融混練し、重量平均分子量(Mw)が3.4×10^(5) 、分子量分布(Mw/Mn)が8.0、MFRが12g/10分、ダイスウェル比(SR)が2.4のプロピレン単独重合体のペレットを得た。
【0051】[実施例1]プロピレン単独重合体 100重量部および造核剤(旭電化工業(株)製の商品名がアデカスタブNA-21なるリン酸2,2-メチレンビス(4,6-ジ-t-ブチルフェニル)ナトリウム)0.3重量部とからなるプロピレン重合体(X)80重量部、並びに、参考例1で得られたプロピレン単独重合体20重量部を混合して、CBCテック(株)社製のTダイフィルム成形機にて製膜することにより、厚みが0.2mm、全ヘイズが5.0%のシートを製造した。・・・ここで、上記のプロピレン重合体(X)のダイスウェル比は1.2であり、MFR(Melt Flow Rate)は8.0g/10分であり、アイソタクチックペンタット分率は0.97であった。得られたシートを、遠赤外線ヒータを用いて表面温度を153℃に加熱軟化させ、軟化したシートを、図1に示す熱成形用型の表面(表面租度Ra=0.06μm)に接触させ、熱成形した。・・・
【0052】[比較例1]実施例1において、樹脂として、参考例1で得られたプロピレン単独重合体を使用せず、プロピレン重合体(X)のみを使用した以外は、実施例1と同様にしてシートを得て、熱成形した。評価結果を表1および2に示した。」

「【表1】


【表2】



エ プラスチック成形加工の技術に関する甲5には、以下の記載がある。
「4・2・7 熱成形
熱成形はシートを加熱して軟化させ,これに外力を加えて成形する方法である.最もよく使用される成形方法は熱可塑性プラスチックの真空成形,圧空成形である.・・・
(1)真空成形
・・・
(2)圧空成形(プレッシャ成形)
真空成形では成形圧が1気圧(1kg/cm^(2))以下であるが,圧空成形では3?8kg/cm^(2)の圧縮空気を使用するので,少々シートの加熱温度が低くても成形でき(サイクルが短くなる),加熱収縮が大きい延伸シートにも適用できる。」(74?75頁)


(3)本件発明1についての判断
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「容器の深さ/口径の比が1以上の深絞り構造を有する熱成形容器であって、125℃における熱収縮率が3%以下である熱成形容器」は、本件発明1の「熱成形体」に相当する。
また、甲1発明の熱成形容器は、「結晶性プロピレン重合体」の「シート」を「成形して得られ」るから、これは、本件発明1の熱成形体が、「結晶性プロピレン重合体」からなる「シート」を「用いて」、「成形することによって得られる」ことに相当する。
そして、甲1発明の「結晶性プロピレン重合体(A)」の特性(a)と本件発明1の「結晶性プロピレン重合体(A)」の特性(a)は、ともに、「オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において」、「溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上125℃以下」という特性を満たすものであるところ、甲1発明の特性(a)のTREFの測定における「40℃以下の温度で溶出する成分が1重量%以下」との特定は、本件発明1の特性(a)のTREFの測定における「40℃以下の温度で溶出する成分が3重量%以下」の条件を満足する。
そうすると、甲1発明の結晶性プロピレン重合体についての特性「(a)」は、本件発明1の結晶性プロピレン重合体についての特性「(a)」の「オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃以下の温度で溶出する成分が1重量%以下且つ溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上125℃以下」に相当する。

したがって、本件発明1と甲1発明は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違するといえる。
<一致点>
下記の特性を満足する結晶性プロピレン重合体からなるシートを用いて、成形することによって得られる熱成形体。
特性:オルトジクロロベンゼンを溶媒として使用した昇温溶出分別(TREF)の測定において、40℃以下の温度で溶出する成分が3重量%以下、かつ、溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が109℃以上116℃以下

<相違点1>
結晶性プロピレン重合体からなるシートを用いて成形することによって得られる熱成形体について、本件発明1では、「溶解ピーク温度以下で0.2MPa以上の圧空圧力で真空圧空成形」によって得られるものと特定されているのに対し、甲1発明では、「固相圧空成形」によって得られるものと特定されている点。
<相違点2>
本件発明1では、「溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上116℃以下のとき、得られる熱成形体の深さ/口径の比が1以上の深絞り構造を有する熱成形体」が「除」かれているのに対して、甲1発明では除かれておらず、甲1発明は、「溶出成分量が最も多いときの温度(Tp)が113℃以上116℃以下」の特性を有する「容器の深さ/口径の比が1以上の深絞り構造を有する熱成形容器」である点。
<相違点3>
熱成形体に用いられるシートを構成する結晶性プロピレン重合体について、本件発明1では、「(b)190℃で測定された、溶融膨張比(SR)が1.40?1.70」であると特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定はされていない点。

イ 相違点についての判断
(ア) 相違点1について検討する。
甲1には、以下の記載がある。

「【背景技術】
【0002】
従来より、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン等の熱可塑性樹脂を用いた容器が製造されている。熱可塑性樹脂の中でも、プロピレン系樹脂組成物は、耐熱性、剛性、耐衝撃性、あるいは衛生面に優れていることから、食品等の容器として好適に用いられており、特に、高い耐熱性を必要とする電子レンジでのレンジアップ容器、高温充填が必要な容器等に使用範囲が広がってきている。
【0003】
食品容器として、容器の口径に対して内容物を収容する本体が長い容器、いわゆる深絞り容器は、口径に比較し内容量を多くできる、持ちやすいといった点で有効である。
このような深絞り容器は、射出成形によって成形される場合がある。射出成形は、用いる金型によって所望の形状に成形し易いという利点から、深絞り容器成形に適している。
しかし、射出成形は、多数個取りにした場合の金型費用が高い、生産スピードが熱成形容器と比較し遅い、薄肉成形品を生産しにくいという問題を有している。
【0004】
一方、熱可塑性樹脂をシート状に押出成形した後、そのシートを再加熱して所望の容器を得る、真空成形、真空圧空成形、固相圧空成形等の熱成形法は、成形し易く生産性が高いことから、大量生産に向く上、多層化製品を得るのも容易なことから、広く普及している。
しかし、真空成形、真空圧空成形等のシートを溶融した状態で容器を成形する熱成形法は、融点以上の温度まで再加熱して容器とするため、深さ/口径比の大きい深絞り容器を得にくく、商品として価値のある容器を成形することが難しい。
【0005】
近年は食品の安全性確保のために、高温レトルト処理に耐えられる包装材料が求められてきており、フィルム材料については、耐熱性、シール性を兼ね備えた材料が各種提案されている(・・・)。一方、シートからの熱成形容器についても各種材料の提案がなされてきている(・・・)が、固相圧空成形による深絞り容器成形が可能なレトルト耐熱シート材料として満足するには十分ではなく、レトルト処理が可能な深絞り熱成形容器が求められている。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点に鑑み、ポリプロピレン系シートを融解ピーク温度以下の温度で圧空成形することで製造可能であり、レトルト処理が可能な深絞り構造を有する熱成形容器を提供することにある。
本発明の熱成形容器は、深さ/口径比の大きい深絞り容器が固相圧空成形可能であり、高温レトルト処理に耐え得るので、商品価値の高い、深絞りの熱成形容器として、広く用いることができる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の結晶性プロピレン重合体からなるポリプロピレン系シートを、融解ピーク温度以下の温度で固相圧空成形すると、レトルト処理に対する耐熱性を得ることを見出し、本発明を完成するに至った。」

上記記載によれば、従来から、ポリプロピレン等の熱可塑性樹脂を用いた容器が用いられており(【0002】)、また、熱可塑性樹脂を用いた容器の製造方法として、熱可塑性樹脂をシート状に押出成形した後、そのシートを再加熱して所望の容器を得る、真空成形、真空圧空成形、固相圧空成形等の熱成形法が、成形し易く生産性が高い等の理由から広く普及していたが、真空成形、真空圧空成形といった熱成形法は、融点以上の温度まで再加熱して容器とするため、深絞り容器を得にくく、商品として価値のある容器を成形することが難しい問題があった(【0004】。
甲1発明は、このような問題を解決するものであり、ポリプロピレン系シートを融解ピーク温度以下の温度で圧空成形することで製造可能な、レトルト処理が可能な深絞り構造を有する熱成形容器を提供することを目的とする(【0007】)。

そして、甲1発明は、従来からポリプロピレン等の熱可塑性樹脂を用いた容器の製造方法として汎用されていた、真空成形、真空圧空成形、固相圧空成形等の熱成形法のうち、真空成形、真空圧空成形では問題があったことから、熱成形法として固相圧空成形を採用することを前提とする発明であること、すなわち、甲1発明は、熱成形体を固相圧空成形を採用することを必須の課題解決手段とするものである。
そうすると、申立人が提出した各種証拠から、熱成形法として真空圧空成形が固相圧空成形と同様に周知の成形法であるといえる場合であっても、甲1発明の固相圧空成形して得られた容器について、その成形法として、甲1において問題があるとされる真空圧空成形を採用することには、阻害事由があるというべきである。
したがって、申立人が提出した他の証拠を参酌しても、甲1発明を相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(イ) 次に、相違点3について検討する。
甲1には、甲1発明の熱成形容器の成形に用いられるシートを構成する結晶性プロピレン重合体の溶融膨張比(SR)についての記載はなく、甲1の記載のみからは、相違点3に係る本件発明1の構成は導き出せない。
そして、相違点3に関し、申立人は甲4を提出しているので、相違点3が、甲4に記載の事項を参酌して甲1発明から当業者が容易に想到できるものであるかについて、以下検討する。

甲4には、「ダイスウェル比が1.3以上2.4以下であるプロピレン重合体であるポリオレフィン樹脂」(請求項1を引用する請求項3)が記載されている。
ここで、甲4の【0008】に、「本発明で用いられるポリオレフィン樹脂は例えば、ダイスウェル比の小さなポリオレフィン樹脂とダイスウェル比の大きなポリオレフィン樹脂とを配合することにより得られる。」と記載されるとおり、甲4に記載の「ダイスウェル比が1.3以上2.4以下であるプロピレン重合体」は、ダイスウェル比の大きなプロピレン重合体とダイスウェル比の小さいプロピレン重合体との混合物であり、甲4の具体例である実施例1(【0050】?【0053】)に記載されるダイスウェル比1.4のプロピレン重合体も、ダイスウェル比の大きい(SR値2.4)のプロピレン単独重合体20重量部と、ダイスウェル比が小さい(SR値1.2)のプロピレン重合体(X)80重量部との混合物である(なお、いずれのSR値も相違点3に係るSRの値(1.40?1.70)を外れる。)。
そして、甲1発明の熱成形容器は、「(b)動的粘弾性測定による貯蔵弾性率の周波数ω依存性曲線G’(ω)と損失弾性率の周波数ω依存性曲線G”(ω)との交点Gcにおける貯蔵弾性率の値(単位:Pa)の逆数の10^(5)倍をPIとしたとき、PIが4.0以上」との特定を満たすものである必要があるところ、甲4に記載の様な、ダイスウェル比の小さなポリオレフィン樹脂(プロピレン重合体)とダイスウェル比の大きなポリオレフィン樹脂(プロピレン重合体)とを配合することにより得られる樹脂が、当該PIの特定を満足するものであるのかは不明である。むしろ、甲1の請求項3に「結晶性プロピレン重合体(A)が、1段以上のバルク重合工程および1段以上の気相重合工程からなる、2段以上の多段重合により製造され、後段で得られる重合体のメルトフローレート(MFR)がそれより前段で得られる重合体のメルトフローレートより低い結晶性プロピレン重合体」と記載され、【0030】に「本発明における結晶性プロピレン重合体(A)のPIの値としては、4.0以上であることが必要・・・PI値をこのように大きくするには、2段以上の多段重合において、1番目の反応槽で製造されるポリマーと多段重合によって得られる結晶性プロピレン重合体とのMFR差を大きくすることにより、可能である」と記載されるとおり、甲1発明の所定のPI値を有する結晶性プロピレン重合体は、特定の多段重合により得られる重合体であることによるものであるとされていることからすると、当業者は、甲1発明の結晶性プロピレン重合体として、PI値を損なう可能性のある、甲4の実施例1に記載されるような、ダイスウェル比の異なるプロピレン重合体の混合物を採用することを動機付けられるとはいえない。

そうすると、甲4を参酌しても、甲1発明を相違点3に係る本件発明1の構成を備えたものとすることが当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

また、本件発明1においてSRを特定する点の技術的意義は、本件特許明細書の【0022】に「溶融膨張比(SR)が1.40以上であると熱成形体の透明性が向上し、また1.70以下であると押出シートの肉厚制御性が容易である」と記載され、【表1】の比較例1に、SRが本件発明1で特定される数値範囲を外れる1.38である結晶性プロピレン重合体では、熱成形体の引張弾性率及びHAZEが、SRが本件発明1で特定される数値範囲内の実施例1?3よりも劣る結果が示され、この結果を受けて【0103】に「比較例1では溶融膨張比(SR)が低いため、透明性および剛性が悪化していることが分かる。」と記載されているとおり、透明性及び剛性の優れた熱成形体とし、熱成形体の材料シートの膜厚がよく制御されることである。
他方、甲4には、ダイスウェル比(SR)を透明性等の改善のために好適化することは記載されていないし、むしろ、甲4の表1によれば、透明性の指標であるヘイズの値は、本件発明1のSRを外れるダイスウェル比1.2の比較例の重合体の方が、本件発明1で特定されるSR値の範囲内であるダイスウェル比1.4の実施例1より値が小さく優れることが示されている。
そうすると、相違点3に係る本件発明1の構成を備える本件発明1の効果についても、甲1及び甲4の記載からは当業者が容易に予測できるものとはいえない。

次に、相違点3に関し、申立人は、本件特許の優先日当時の技術常識を示す文献を挙げている(申立書の20頁に記載される、特開2008-24766号公報、特開平11-349635号公報、特開2000-248080号公報)ので、これらの文献を参酌して、相違点3が甲1発明から当業者が容易に想到できるかについて、以下検討する。
これらの文献には、溶融膨張比(SR)が1.40?1.70の範囲である結晶性ポリプロピレン重合体は開示されているが、これらの文献は、発泡倍率の高い押出成形品や肉厚均一性に優れた大型ブロー成形品を得るためのオレフィン重合体や、包装材料等に使用する延伸フィルムに関するものであって、本件発明1のような真空圧空成形による熱成形体の製造に関するものではない。
その上、本件発明1においてSRを特定する点の技術的意義は、上述のとおり、透明性及び剛性が優れた熱成形体とし、熱成形体の材料シートの膜厚がよく制御されることであるところ、これらの文献には、ダイスウェル比を透明性等の改善のために特定することは記載されていないし、ダイスウェル比が本件発明1を外れるものも好適な実施例として記載されている。

そうすると、申立人が挙げるこれらの文献を参酌しても、甲1発明を相違点3に係る本件発明1の構成を備えたものとすることが当業者が容易に想到し得たことであるということはできない。
また、相違点3に係る本件発明1の構成を備えることで、透明性の点でより優れた熱成形体となる点の効果は、甲1及び申立人が挙げるこれらの文献からは当業者が容易に予測できるものとはいえない。

ウ 以上のとおりであるから、相違点2について判断するまでもなく、相違点1及び相違点3に係る本件発明1の構成を備えた本件発明1の熱成形体について、甲1発明(すなわち、甲第1号証に記載された発明)、他の各甲号証(甲第2号証?甲第5号証)に記載の事項、及び、申立人が本件特許の優先日当時の技術常識として挙げる文献から、当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。

(4)本件発明2?5、7及び8について
本件発明2?5、7及び8は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1に記載された発明特定事項を全て備えるものであるから、本件発明1と同様に、甲第1号証に記載された発明、他の各甲号証に記載の事項、及び、申立人が本件特許の優先日当時の技術常識として挙げる文献から、当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。

(5)まとめ
以上のとおりであるから、上記取消理由には理由がなく、上記取消理由によって本件特許の請求項1?5、7及び8に係る特許を取り消すことはできない。


5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1?5、7及び8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1?5、7及び8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-12-26 
出願番号 特願2014-94364(P2014-94364)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 加賀 直人  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 渕野 留香
加藤 友也
登録日 2018-03-23 
登録番号 特許第6308005号(P6308005)
権利者 日本ポリプロ株式会社
発明の名称 熱成形体  
代理人 重森 一輝  
代理人 小野 誠  
代理人 金山 賢教  
復代理人 飯野 陽一  

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