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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C08L |
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管理番号 | 1348370 |
審判番号 | 不服2016-16715 |
総通号数 | 231 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2019-03-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2016-11-08 |
確定日 | 2019-02-08 |
事件の表示 | 特願2014-509693「トレッドが高トランス含量を有するエマルジョンSBRを含むタイヤ」拒絶査定不服審判事件〔平成24年11月15日国際公開、WO2012/152702、平成26年 8月 7日国内公表、特表2014-518913〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2012年5月4日(パリ条約に基づく優先権主張 外国庁受理2011年5月6日 フランス共和国(全ての海外地域及び領地を含む)(FR))を国際出願日とする特許出願であって、平成27年12月11日付けで拒絶理由と共に指令書(同一出願人による同一出願通知書)が通知され、平成28年3月16日に意見書とともに手続補正書が提出されたが、同年7月27日付けで拒絶査定がされ、これに対して、同年11月8日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、同年12月27日付けで前置報告がされ、平成29年4月17日に上申書が提出されたものである。 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成28年11月8日に提出された手続補正書による補正を却下する。 [理由] 1.手続補正の内容 平成28年11月8日に提出された手続補正書による補正(以下、「本件手続補正」という。)は、特許請求の範囲の記載を補正するものであって、本件手続補正前の平成28年3月16日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1である、 「【請求項1】 トレッドが少なくとも: - 第1のジエンエラストマーとして、40から100phrまでの、トランス-1,4-ブタジエニル単位の含量がブタジエニル単位の全体の50質量%よりも多いエマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー「E-SBR」; - 必要により、第2のジエンエラストマーとして、0から60phrまでの他のジエンエラストマー; - 90から150phrまでの無機補強充填剤; - 可塑化系 を含み、可塑化系が: - 10と60phrの間の含量Aの、Tgが20℃よりも高い炭化水素樹脂; - 10と60phrの間の含量Bの、20℃で液体であり且つTgが-20℃よりも低い可塑剤を含み; - A+Bが、50と100phrの間にある、 ゴム組成物を含んでいるタイヤ。」を、 「【請求項1】 トレッドが少なくとも: - 第1のジエンエラストマーとして、50から100phrまでの、トランス-1,4-ブタジエニル単位の含量がブタジエニル単位の全体の50質量%よりも多いエマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー「E-SBR」; - 必要により、第2のジエンエラストマーとして、0から50phrまでの他のジエンエラストマー; - 105から145phrまでのシリカ; - 必要により、10phr未満のカーボンブラック - 可塑化系 を含み、可塑化系が: - 10と60phrの間の含量Aの、Tgが20℃よりも高い炭化水素樹脂; - 10と60phrの間の含量Bの、20℃で液体であり且つTgが-20℃よりも低い可塑剤を含み; - A+Bが、50と100phrの間にある、 ゴム組成物であって、 第2のジエンエラストマーとして、35から50phrまでのポリブタジエン(BR)を含む場合を除く、前記ゴム組成物 を含んでいるタイヤ。」とする補正を含むものである。 (下線は補正部分を示す。) 2.本件手続補正の目的・新規事項の有無について 本件手続補正は、審判請求と同時にされた補正であるから、特許法第17条の2第5項第1号から第4号に掲げるいずれかの事項を目的とするものに限られる。 そこで、本件手続補正の目的について検討する。 本件手続補正は、特許請求の範囲の請求項1に記載されていた、第1のジエンエラストマーとして、エマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー「E-SBR」の配合量を、「40から100phrまで」から「50から100phrまで」に限定し、第2のジエンエラストマーとして、他のジエンエラストマーの配合量を、「0から60phrまで」から「0から50phrまで」に限定すると共に、第2のジエンエラストマーとして、「35から50phrまでのポリブタジエン(BR)を含む場合を除く」ものと限定し、無機補強充填剤を「シリカ」に限定すると共に、その配合量を、「90から150phrまで」から「105から145phrまで」に限定し、任意成分であるカーボンブラックの配合量を、「10phr未満」と限定する補正を含むものである。 そして、当該補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定したものであり、補正前の当該請求項に記載された発明と補正後の当該請求項に記載される発明とは、産業上の利用分野、解決しようとする課題が同一であるので、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものである。 また、上記本件手続補正は、願書に最初に添付した明細書(以下、「当初明細書」という。)の段落【0007】、【0010】、【0011】等の記載に基づくものであるから、当初明細書に記載した事項の範囲内でしたものであることが明らかである。 よって、本件手続補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、同法同条第3項に規定する要件を満たすものである。 3.独立特許要件について 上記のとおり、本件手続補正は、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものを含むものであるので、本件手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「補正発明」という。)が、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件(いわゆる、独立特許要件)を満足するか否かについて、以下に検討する。 (1)補正発明について 補正発明は、本件手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、前記第2 1.に記載の以下のとおりのものと認める。 「【請求項1】 トレッドが少なくとも: - 第1のジエンエラストマーとして、50から100phrまでの、トランス-1,4-ブタジエニル単位の含量がブタジエニル単位の全体の50質量%よりも多いエマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー「E-SBR」; - 必要により、第2のジエンエラストマーとして、0から50phrまでの他のジエンエラストマー; - 105から145phrまでのシリカ; - 必要により、10phr未満のカーボンブラック - 可塑化系 を含み、可塑化系が: - 10と60phrの間の含量Aの、Tgが20℃よりも高い炭化水素樹脂; - 10と60phrの間の含量Bの、20℃で液体であり且つTgが-20℃よりも低い可塑剤を含み; - A+Bが、50と100phrの間にある、 ゴム組成物であって、 第2のジエンエラストマーとして、35から50phrまでのポリブタジエン(BR)を含む場合を除く、前記ゴム組成物 を含んでいるタイヤ。」 (2)刊行物及び刊行物の記載について 本願の優先日前に頒布された刊行物である特表2004-518806号公報(以下、「刊行物1」という(原審での引用文献1)。)には、次のとおり記載されている(下線は当審によるものを含む。)。 (2-1)「【請求項1】 タイヤトレッドを構成する為に使用できる架橋性又は架橋ゴム組成物であって、前記組成物が一種以上のジエンエラストマーをベースとし、且つ前記ジエンエラストマーに混和性である少なくとも一種の炭化水素可塑化用樹脂を含み、前記樹脂が、10℃?150℃のガラス転移温度(Tg)と400g/mol?2000g/molの数平均分子量を有するゴム組成物において、前記組成物が、5phr?35phr(phr:エラストマーの100部当りの質量部)の量の前記炭化水素可塑化用樹脂と、50phrより多く100phrまでの量の、-65℃?-10℃のガラス転移温度(Tg)を有する一種以上のジエンエラストマー及び50phr未満で0phrまでの量の、-110℃?-80℃のガラス転移温度(Tg)を有する一種以上のジエンエラストマーを含む事を特徴とするゴム組成物。 ・・・ 【請求項5】 -65℃?-10℃のTgの前記ジエンエラストマーと、-110℃?-80℃のTgの前記ジエンエラストマーとのブレンドを含む、請求項1?3の何れか一項に記載のゴム組成物。 ・・・ 【請求項7】 -110℃?-80℃のTgのジエンエラストマーとして、90%より多いシス-1,4結合含有量を有する少なくとも一種のポリブタジエンと、-65℃?-10℃のTgのジエンエラストマーとして、エマルジョンで調製された少なくとも一種のスチレン-ブタジエンコポリマーとのブレンドを含む、請求項5に記載のゴム組成物。 ・・・ 【請求項9】 前記炭化水素可塑化用樹脂が30℃?100℃のガラス転移温度を有する、請求項1?8の何れか一項に記載のゴム組成物。 ・・・ 【請求項12】 パラフィン系又は芳香族系の一種以上の可塑化用油を更に含み、前記組成物中の可塑化用油の合計量が30phr以下である、請求項1?11の何れか一項に記載のゴム組成物。 ・・・ 【請求項14】 強化充填剤として強化白色充填剤を含む、請求項1?12の何れか一項に記載のゴム組成物。 ・・・ 【請求項16】 請求項1?15の何れか一項に記載のゴム組成物を含む事を特徴とするタイヤ用トレッド。 【請求項17】 請求項16に記載のトレッドを含む事を特徴とする、乗用車又は重量車両用タイヤ。」(請求項1、5、7、9、12、14、16、17) (2-2)「【0001】 (発明の分野) 本発明は、タイヤのトレッド、特に、改善された耐摩耗性を有するトレッドを構成する為に使用する事のできる架橋性又は架橋ゴム組成物、及びこのトレッドを導入したタイヤに関する。本発明は、特に乗用車用又は重量車両用のタイヤに適用する。」(段落【0001】) (2-3)「・・・本発明の目的は、この現状を解決する事であり、これは、50phrより多く、100phrまでの量の、-65℃?-10℃のガラス転移温度(Tg)を有する一種以上のジエンエラストマーと、50phr未満で0phrまでの量の、-110℃?-80℃のガラス転移温度(Tg)を有する一種以上のジエンエラストマーと、5?35phrの量の、少なくとも一種の炭化水素可塑化用樹脂であって、前記ジエンエラストマーと混和性であり、10℃?150℃のガラス転移温度と400g/mol?2000g/molの数平均分子量を有する樹脂との組合わせが、公知のタイヤに比べて改善された耐摩耗性を有するタイヤトレッドを構成する為に使用する事のできる架橋性又は架橋ゴム組成物を得る事を可能とする事、そのトレッドは、可塑化剤として可塑化用油を含み、それを含むタイヤに、ローリング抵抗及び、同じ公知のタイヤのグリップに近い、乾燥及び湿った地面でのグリップを付与する事を本出願人が最近に予想外に発見した事によって達成される。」(段落【0002】) (2-4)「・・・本発明の組成物は、又、50?150phrの変動量で前記組成物中に存在しても良い強化充填剤を含む。・・・ ・・・好ましくは、強化白色充填剤の全部又は少なくとも多量成分の割合はシリカ(SiO_(2))である。・・・」(段落【0007】、【0009】) (2-5)「【0030】 【実施例】 実施例1 それぞれが、「乗用車」タイプのタイヤのトレッドを構成するものとして、「対照」ゴム組成物T1及び本発明のゴム組成物I1を用意した。 以下の表1は、 1)これらの組成物T1及びI1のそれぞれの組成、 2)非加硫及び加硫状態でのそれぞれの組成物の性質、 3)それぞれのトレッドがこれらの組成物T1とI1で形成されているタイヤの機能、 を含む。 【0031】 【表1】 表1 【0032】 E-SBR A:エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマーで、14.9%の1,2-結合含有量、13.0%の1,4-結合含有量、72.1%のトランス結合含有量、23.9%のスチレン結合含有量、100℃で46のムーニー粘度ML(1+4)、38.1phrの油及び-53℃のガラス転移温度Tgを有する。 E-SBR B:エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマーで、14.2%の1,2-結合含有量、14.2%の1,4-結合含有量、71.6%のトランス結合含有量、38.3%のスチレン結合含有量、100℃で54.5のムーニー粘度ML(1+4)、37.9phrの油及び-36℃のガラス転移温度Tgを有する。 BR-A:ポリブタジエンであって、凡そ93%のシス-1,4-結合含有量と、-103℃のガラス転移温度Tgを有する。 可塑化用樹脂R1:HERCULES社から、“R2495”の名称で市販されていて、97%の脂肪族結合含有量、0%の芳香族含有量、820g/molの数平均分子量(Mn)と1060g/molの重量平均分子量(Mw)及び88℃のガラス転移温度Tgを有する。 6PPD:N-(1,3-ジメチルブチル)-N-フェニル-p-フェニレンジアミンと、 CBS:N-シクロヘキシル-ベンゾチアジルスルフェンアミド。 【0033】 高弾性率の動的応力(0.7MPa)下での本発明の組成物I1のTgは、「対照」組成物T1のTgと実質的に等しい点が注目される。 表1から分かる通り、0.2MPaの低い弾性率の動的応力で測定された、組成物I1とT1とのTgの間の差(0.5℃)は、高弾性率の前記応力下で測定された、組成物I1とT1とのTgの間の差(0.1℃)に極めて近い。 高弾性率の応力から低い弾性率の応力へ通過する時にTg間に食い違いが存在しない事は、樹脂R1が、E-SBR AとBR-Aによって構成されるエラストマーマトリックにおいて容易に混和性である事の事実を伝えるものである。 タイヤのこの機能の結果は、強化充填剤としてカーボンブラックを含むトレッド組成物I1において、88℃のTgと820g/molのMnの可塑化用樹脂の混入が、これらのタイヤの乾燥地面でのグリップ及びそのローリング抵抗に逆の影響を及ぼす事無しに、本発明の樹脂の上述の混和性によって、タイヤ(そのトレッドは、前記組成物I1で形成されている)の耐摩耗性並びに湿った地面でのグリップを改善する事が可能である事(その様なタイヤを装着した車両の湿った地面上の挙動も又改善される)を示す。 この組成物I1は、組成物T1と比較して、著しく少ない量の可塑化用油を含む点が注目される。」(段落【0030】?【0033】) (3)刊行物1に記載された発明 刊行物1には、タイヤのトレッドに使用する事のできる架橋性又は架橋ゴム組成物に、改善された耐摩耗性を有し、ローリング抵抗及び乾燥及び湿った地面でのグリップを付与することを解決しようとする課題(摘示(2-2)、(2-3))とするものであり、摘示(2-1)及び(2-4)を整理すると、 「タイヤトレッドを構成する為に使用できる架橋性又は架橋ゴム組成物であって、前記組成物が一種以上のジエンエラストマーをベースとし、且つ前記ジエンエラストマーに混和性である少なくとも一種の炭化水素可塑化用樹脂を含み、前記樹脂が、30℃?100℃のガラス転移温度(Tg)と400g/mol?2000g/molの数平均分子量を有するゴム組成物において、前記組成物が、5phr?35phr(phr:エラストマーの100部当りの質量部)の量の前記炭化水素可塑化用樹脂と、50phrより多く100phrまでの量の、-65℃?-10℃のガラス転移温度(Tg)を有する、エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマー及び50phr未満で0phrまでの量の、-110℃?-80℃のガラス転移温度(Tg)を有する、90%より多いシス-1,4結合含有量を有するポリブタジエンを含み、パラフィン系又は芳香族系の可塑化用油を更に含み、組成物中の可塑化用油の合計量が30phr以下であり、強化充填剤として、シリカである強化白色充填剤を50?150phrの変動量で含むゴム組成物を、タイヤトレッドに用いた乗用車又は重量車両用タイヤ。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。 (4)対比・判断 (4-1)補正発明と引用発明との対比 引用発明における「タイヤトレッドを構成するために使用できる架橋性又は架橋ゴム組成物」、「30℃?100℃のガラス転移温度(Tg)」を有する「炭化水素可塑化用樹脂」、「50phrより多く100phrまでの量の、エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマー」、「50phr未満で0phrまでの量の、90%より多いシス-1,4結合含有量を有するポリブタジエン」、「パラフィン系又は芳香族系の可塑化用油」、「シリカである強化白色充填剤」、「タイヤ」は、それぞれ、補正発明における「ゴム組成物」、「Tgが20℃よりも高い炭化水素樹脂」、「50から100phrまでの」「エマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー『E-SBR』」、「第2のジエンエラストマーとして、0から50phrまでの他のジエンエラストマー」、「20℃で液体である可塑剤」、「シリカ」、「タイヤ」に相当する。 また、引用発明における炭化水素可塑化用樹脂の配合量は、5から35phrであるところ、補正発明における炭化水素樹脂の含量Aは、10と60phrの間であり、その数値範囲は、重複一致するものである。 また、引用発明における可塑化用油の配合量は、30phr以下であるところ、補正発明における20℃で液体である可塑剤の含量Bは、10と60phrの間であり、その数値範囲は、重複一致するものである。 さらに、引用発明における炭化水素可塑化用樹脂と20℃で液体である可塑剤との合計の配合量は、炭化水素可塑化用樹脂の配合量である5から35phrと、可塑化用油の配合量である30phr以下の合計量である5?65phrの数値範囲を採るところ、補正発明における炭化水素樹脂の含量AとBの合計A+Bは、50と100phrとの間であり、その数値範囲は、50?65phrで重複一致するものである。 また、引用発明におけるシリカの配合量は、50?150phrであるところ、補正発明におけるシリカの配合量は、105から145phrであり、その数値範囲は、重複一致するものである。 さらに、引用発明におけるカーボンブラックの配合量は、0phrである。 そして、引用発明における「炭化水素可塑化用樹脂」は、ジエンエラストマーに混和性であり、400g/mol?2000g/molの数平均分子量を有するものであるが、補正発明における炭化水素樹脂は、請求項1の記載からみて、ジエンエラストマーに混和性であり、400g/mol?2000g/molの数平均分子量を有する炭化水素樹脂を排除していないことから、引用発明と補正発明とはこの点で相違するものではない。 また、引用発明における「エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマー」は、-65℃?-10℃のガラス転移温度(Tg)を有するものであり、「90%より多いシス-1,4結合含有量を有するポリブタジエン」は、-110℃?-80℃のガラス転移温度(Tg)を有するものであるが、補正発明における「エマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー『E-SBR』」、「第2のジエンエラストマーとしての0から50phrまでの他のジエンエラストマー」は、上記特定のTgを有するコポリマーないしエラストマーを排除していないことから、引用発明と補正発明とはこの点で相違するものではない。 さらに、引用発明における「タイヤ」は、乗用車又は重量車両用であるが、補正発明におけるタイヤは、乗用車又は重量車両用のタイヤを排除していないことから、引用発明と補正発明とはこの点で相違するものではない。 したがって、補正発明と引用発明とは、 「 トレッドが少なくとも: - 第1のジエンエラストマーとして、50から100phrまでの、エマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー「E-SBR」; - 第2のジエンエラストマーとして、0から50phrまでの他のジエンエラストマー; - 105から145phrまでのシリカ; - 0phrのカーボンブラック - 可塑化系 を含み、可塑化系が: - 10と35phrの間の含量Aの、Tgが20℃よりも高い炭化水素樹脂; - 10と30phrの間の含量Bの、20℃で液体である可塑剤を含み; - A+Bが、50と65phrの間にある、 ゴム組成物を含んでいるタイヤ。」の点で一致し、次の相違点1ないし3で一応相違する。 ○相違点1:補正発明では、第1のジエンエラストマーが、トランス-1,4-ブタジエニル単位の含量がブタジエニル単位の全体の50質量%よりも多いと特定されているのに対し、引用発明では、そのような特定はない点。 ○相違点2:補正発明では、20℃で液体である可塑剤のTgが、-20℃より低いと特定されているのに対し、引用発明では、そのような特定はない点。 ○相違点3:補正発明では、第2のジエンエラストマーが、35から50phrまでのポリブタジエン(BR)を含む場合を除くと特定されているのに対し、引用発明では、そのような特定はない点。 (4-2)相違点1についての検討 相違点1について検討する。 刊行物1の摘示(2-5)には、刊行物1の請求項5及び7で特定されたエマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマーの具体的な実施例(組成物I1)として、トランス結合含有量が72.1%のエマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマー(E-SBR A)が記載されている。 したがって、上記相違点1は、実質的な相違点とはいえないか、仮に相違するとしても、上記摘示(2-5)に基づいて、当業者が容易に想到することができたものである。 (4-3)相違点2についての検討 相違点2について検討する。 タイヤトレッドのゴム組成物中に用いられるパラフィン系又は芳香族系の可塑化用油として、Tgが-20℃以下であるものは、周知の技術事項であるから(米国特許第7259205号明細書(原審での引用文献5)の第4欄21行?35行の表、国際公開第2011/000797号(原審での引用文献6)の請求項15、第13頁16?18行、特開2007-84626号公報の段落【0019】、特開2008-150426号公報の段落【0002】、【0010】)、引用発明における可塑化用油として、上記周知の技術事項を適用し、Tgが-20℃以下のものとすることは、当業者が容易に想到することができたものである。 また、引用発明において、可塑化用油として、Tgが-20℃以下のものを用いることによる効果も、格別顕著なものとはいえない。 (4-4)相違点3についての検討 相違点3について検討する。 刊行物1の摘示(2-5)には、補正発明の「-65℃?-10℃のガラス転移温度(Tg)を有する、エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマー」として、E-SBR Aを80phr、「-110℃?-80℃のガラス転移温度(Tg)を有する、90%より多いシス-1,4結合含有量を有するポリブタジエン」として、BR-Aを20phr配合した実施例が記載されている。 ポリブタジエンが20phrであることを開示した上記摘示から、上記相違点3は、実質的な相違点とはいえない。また、仮に相違するとしても、当該数値範囲を選択することに、格別の技術的意義や臨界的意義を認めることができないから、補正発明において特定される、ポリブタジエンの配合量の数値範囲である「50phr未満で0phrまで」の中から、上記実施例に記載を基に、ポリブタジエンの配合量を、0?35phrの数値範囲とすることは、当業者が容易に想到することができたものである。 (5)まとめ よって、補正発明は、引用発明及び周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。 4.補正の却下の決定のむすび 以上のとおり、本件手続補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 よって、上記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。 第3 審判請求人の主張について 審判請求人は、審判請求書の「4(2)(i)引用文献1と引用文献5?7の組み合わせについて」において、S-SBR又はE-SBRに対して組み合わせて使用する強化充填剤として、シリカとカーボンブラックが等価であることを開示する引用文献1に基づいて、E-SBRと組み合わせる補強充填剤としてシリカの量とカーボンブラックの量を区別してそれぞれ特定の範囲に規定する補正発明に想到することは容易でない点、及び、本願明細書には、特定の範囲のシリカとカーボンブラックと組み合わせてS-SBRを使用する場合と比較して、E-SBRを使用する場合にウェットグリップが改善されることが開示され、このような効果は、引用文献1の開示内容からは予測できない有利な効果であると主張している。 上記請求人の主張は、要するに、ゴム組成物として、E-SBRと特定の配合量のシリカとカーボンブラックを組み合わせることによる予測できない効果を奏するという、選択発明の成立を主張するものであるといえる。 しかしながら、本願明細書の実験データからは、上記材料の組み合わせによる特有の効果を認めることができない。すなわち、本願明細書の組成物C.2とC.3とを比較すると、溶液SBR(S-SBR)を用いたC.2よりも、エマルジョンSBR(E-SBR)を用いたC.3の方が、転がり抵抗を維持しつつ、濡れた路面に対するブレーキングが向上することが理解できるものの、両者のシリカやカーボンブラックの配合量は同じであるから、この実験データからは、S-SBRよりもE-SBRを用いた方が、濡れた路面に対するブレーキングが向上することを示すのみであって、当該効果を、E-SBRと特定の配合量のシリカとカーボンブラックを組み合わせることによる、特有の効果であるとまでは認めることはできない。 以上の理解のもとに、補正発明が、刊行物1に対して選択発明が成立するか否かについて、より詳細に検討する。 刊行物1の摘示(2-5)には、実施例1として、E-SBRを80phr配合した組成物I1が記載されている。そして、当該組成物を用いたタイヤは、湿った地面ブレーキ性能が良好であり、ローリング抵抗も良好である。そうすると、補正発明の奏する効果は、この実施例1が奏する自明の効果であるといえる。 この点につき、請求人は、当該実施例1は、E-SBRと特定の配合量のシリカではない旨を主張しているが、補正発明の効果は、S-SBRに代えてE-SBRを用いたことによる効果であると認めることはできるものの、E-SBRと特定の配合量のシリカを組み合わせることによる特有の効果であるとは認められないことは上述したとおりである。 また、刊行物1の請求項2には、-65℃?-10℃のTgを有するジエンエラストマーとして、エマルジョンで調製されたスチレン-ブタジエンコポリマーと、溶液で調製されたスチレン-ブタジエンコポリマーとが並列に記載され、実施例においても、E-SBRの実施例と、S-SBRの実施例の両方が存在する。 しかしながら、刊行物1にも、その具体的な実施例においてE-SBRを実際に用いたことが記載されていることは上述したとおりであるし、刊行物1に記載された発明が解決しようとする課題は、摘示(2-3)及び(2-5)に記載されるように、転がり抵抗やウェットグリップ性能の改善にあると認められ、本願の補正発明が解決しようとする課題と同じくするものであるから、転がり抵抗やウェットグリップ性能を改善する目的で、刊行物1において、実験を行うこと等により、ジエンエラストマーとして、E-SBRを選択して用いることは、当業者が容易になし得たものであって、この点に関する効果を予測できない格別のものと認めることはできない。 したがって、上記において検討したとおり、E-SBRやシリカ等の点に関して、補正発明を、刊行物1に記載された発明に対する選択発明であると認めることはできないから、これらの点を補正発明と引用発明との実質的な相違点と認めることはできない。 よって、上記請求人の主張は、採用することができない。 第4 本願発明 上記のように、平成28年11月8日付けの手続補正は却下された。 本願の請求項1ないし12に係る発明は、平成28年3月16日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 トレッドが少なくとも: - 第1のジエンエラストマーとして、40から100phrまでの、トランス-1,4-ブタジエニル単位の含量がブタジエニル単位の全体の50質量%よりも多いエマルジョンスチレン/ブタジエンコポリマー「E-SBR」; - 必要により、第2のジエンエラストマーとして、0から60phrまでの他のジエンエラストマー; - 90から150phrまでの無機補強充填剤; - 可塑化系 を含み、可塑化系が: - 10と60phrの間の含量Aの、Tgが20℃よりも高い炭化水素樹脂; - 10と60phrの間の含量Bの、20℃で液体であり且つTgが-20℃よりも低い可塑剤を含み; - A+Bが、50と100phrの間にある、 ゴム組成物を含んでいるタイヤ。」 第5 原査定の拒絶の理由の概要 これに対して、原審において拒絶査定の理由とされた平成27年12月11日付けで通知された拒絶理由の概要は、本願発明は、刊行物1(特表2004-518806号公報)に記載された発明及び周知の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないというものを含むものである。 第6 当審の判断 刊行物1には、前記第2.3(2)に記載した事項及び第2.3(3)に記載の発明が記載されている。 そして、前記第2.3(1)に記載した補正発明は、本願発明を限定的に減縮をしたものであるから、本願発明は前記補正発明を含むことは明らかである。 そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに限定的に減縮を行った補正発明が、前記第2.3(4)及び(5)に記載したとおり、引用発明及び周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明及び周知の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。 第7 むすび 以上のとおり、本願発明、すなわち本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願はこの理由により拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2017-09-15 |
結審通知日 | 2017-09-19 |
審決日 | 2017-10-02 |
出願番号 | 特願2014-509693(P2014-509693) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C08L)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 前田 孝泰、今井 督 |
特許庁審判長 |
大島 祥吾 |
特許庁審判官 |
加藤 友也 堀 洋樹 |
発明の名称 | トレッドが高トランス含量を有するエマルジョンSBRを含むタイヤ |
代理人 | 秋澤 慈 |
代理人 | 山崎 一夫 |
代理人 | 秋澤 慈 |
代理人 | 西島 孝喜 |
代理人 | 服部 博信 |
代理人 | 山崎 一夫 |
代理人 | 市川 さつき |
代理人 | 浅井 賢治 |
代理人 | 市川 さつき |
代理人 | 箱田 篤 |
代理人 | 弟子丸 健 |
代理人 | 西島 孝喜 |
代理人 | 弟子丸 健 |
代理人 | 服部 博信 |
代理人 | 浅井 賢治 |
代理人 | 田中 伸一郎 |
代理人 | 箱田 篤 |
代理人 | 田中 伸一郎 |