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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23L
審判 全部申し立て 特174条1項  A23L
審判 全部申し立て 1項2号公然実施  A23L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
管理番号 1349716
異議申立番号 異議2018-700905  
総通号数 232 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-04-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-09 
確定日 2019-03-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第6320911号発明「食物繊維」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6320911号の請求項1ないし20に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6320911号(以下「本件特許」という。)の請求項1?20に係る特許についての出願は、平成26年12月26日に出願され、平成30年4月13日にその特許権の設定登録がされ、平成30年5月9日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、平成30年11月9日に特許異議申立人石井悠太(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?20に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1?20」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1?20に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

【請求項1】
末端糖を有する食物繊維であって、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下であり、下記値(B)が0.659?0.998の難消化性デキストリンである食物繊維。
(B)=Y/(X+Y)
(式中、Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Yは末端糖がアンヒドロ糖である糖鎖の数を示す。)
ただし、前記X及びYは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法により、照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された、重合度5?8に相当するモノアイソトープピークの高さに基づいて算出される値である
【請求項2】
末端糖全体に対するアルドースの割合が4%以下である請求項1記載の食物繊維。
【請求項3】
下記値(A)が0を超え0.1以下である請求項1又は2記載の食物繊維。
(A)=X/(X+Y+Z)
(式中、Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Yは末端糖がアンヒドロ糖である糖鎖の数、Zは末端糖が糖アルコールである糖鎖の数を示す。)
ただし、前記X、Y及びZは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法により、照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された、重合度5?8に相当するモノアイソトープピークの高さに基づいて算出される値である
【請求項4】
下記値(C)が0.6以上1未満である請求項1?3のいずれかに記載の食物繊維。
(C)=Z/(X+Z)
(式中、Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Zは末端糖が糖アルコールである糖鎖の数を示す。)
ただし、前記X及びZは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法により、照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された、重合度5?8に相当するモノアイソトープピークの高さに基づいて算出される値である
【請求項5】
前記値(B)が0.8?0.998及び/又は下記値(C)が0.8以上1未満である請求項1?4のいずれかに記載の食物繊維。
(C)=Z/(X+Z)
(式中、Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Zは末端糖が糖アルコールである糖鎖の数を示す。)
ただし、前記X及びZは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法により、照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された、重合度5?8に相当するモノアイソトープピークの高さに基づいて算出される値である
【請求項6】
前記値(B)が0.9?0.998である請求項1?5のいずれかに記載の食物繊維。
【請求項7】
前記値(A)が0を超え0.04以下であり、前記値(B)が0.95?0.998であり、かつ前記値(C)が0.95以上1未満である請求項1?6のいずれかに記載の食物繊維。
【請求項8】
請求項1?7のいずれかに記載の食物繊維を、末端糖を有する食物繊維全体に対して90重量%以上含む食物繊維素材。
【請求項9】
請求項1?7のいずれかに記載の食物繊維を、末端糖を有する食物繊維全体に対して96重量%以上含む請求項8記載の食物繊維素材。
【請求項10】
請求項1?9のいずれかに記載の食物繊維又は食物繊維素材で構成された食品用添加剤。
【請求項11】
末端糖としてアルドースを有する食物繊維又は食物繊維素材に対して、還元処理、加熱処理及び酸処理から選択された少なくとも1つの処理を行い、請求項1?9のいずれかに記載の食物繊維又は食物繊維素材を製造する方法。
【請求項12】
請求項1?9のいずれかに記載の食物繊維又は食物繊維素材を含む食品。
【請求項13】
請求項1?9のいずれかに記載の食物繊維又は食物繊維素材を1重量%以上含む請求項12記載の食品。
【請求項14】
請求項1?9のいずれかに記載の食物繊維又は食物繊維素材を2重量%以上含む請求項12又は13記載の食品。
【請求項15】
飲料である請求項12?14のいずれかに記載の食品。
【請求項16】
アルコール度数1%以上の飲料である請求項12?15のいずれかに記載の食品。
【請求項17】
炭酸を含有する飲料である請求項12?16のいずれかに記載の食品。
【請求項18】
麦芽発酵飲料である請求項12?17のいずれかに記載の食品。
【請求項19】
ウィスキーである請求項12?18のいずれかに記載の食品。
【請求項20】
ハイボールである請求項12?19のいずれかに記載の食品。

第3 申立理由の概要
1 申立理由1(サポート要件)
本件発明1?20は、以下の点で発明の詳細な説明に記載されたものでないから、特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
(1)焙焼デキストリンの刺激臭や好ましくない味を低減したことが評価されていないため、課題を解決し得るかが不明である。
(2)本件発明1の「末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下」(要件イ)と、「値(B)=Y/(X+Y)(Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Yは末端糖がアンヒドロ糖である糖鎖の数)が0.659?0.998」(要件ウ)を同時に満たすことにより初めて課題を解決し得ることが理解できない。
(3)本件発明のX、Yの範囲は極めて広範であるのに対し、実施例として、X=2.5%に対しY=60.9%と97.5%、X=0.1%に対しY=33.3%の3例しか記載されていない。
(4)本件発明2の「末端糖全体に対するアルドースの割合が4%以下」(要件イ’)と、上記(2)の(要件ウ)を同時に満たすことにより課題を解決し得ることを理解できない。
(5)本件発明3の「値(A)=X/(X+Y+Z)(Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Yは末端糖がアンヒドロ糖である糖鎖の数、Zは末端糖が糖アルコールである糖鎖の数)が0を超え0.1以下」(要件イ’’)は、実質的に上記(2)の(要件イ)と同じであるから、上記(2)のとおり、サポート要件を満たさない。
(6)本件発明4の「値(C)=Z/(X+Z)(Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Zは末端糖が糖アルコールである糖鎖の数)が0.6以上1未満」(要件オ)、本件発明5の「値(B)が0.8?0.998」(要件ウ’)及び/又は「値(C)が0.8以上1未満」(要件オ’)、本件発明6の「値(B)が0.9?0.998」(要件ウ’’)、本件発明7の「値(A)が0を超え0.04以下」(要件イ’’’)、「値(B)が0.95?0.998」(要件ウ’’’)、かつ「値(C)が0.95以上1未満」(要件オ’’)との限定が加わっても、依然として上記(2)の点でサポート要件を満たさない。
(7)請求項8?20の記載は、請求項1?7の記載を直接あるいは間接に引用するものであるから、本件発明8?20についても、本件発明1?7と同様の理由によりサポート要件を満たさない。

2 申立理由2(明確性要件、実施可能要件)
「照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された」は、分析方法の精度が高いことを特定するにすぎず、物質そのものを特定しているとはいえないから、本件発明1?20は明確でなく、特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
また、シグナル/ノイズ比50以上が得られるか否かによりシグナルを考慮したり無視したりすることは不合理であり、(B)=Y/(X+Y)のパラメータの意味するところが不明であるため、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?20を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。

3 申立理由3(新規事項)
平成30年1月18日付け補正書により、パラメータ(B)の下限値が「0.659」と補正されたが、当該数値の根拠がないから、上記補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

4 申立理由4(新規性進歩性)
本件発明1?20は、甲1に係る公然実施をされた発明又は甲1に記載された発明であるから、特許法29条1項2号又は3号に該当し、特許を受けることができないものであり、また、上記各発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲1:林範子、外3名、「還元難消化性デキストリンの食後血糖値に及ぼす影響」、日本栄養・食糧学会誌、2006年、第59巻、第5号、p.247-253
甲2-1:「ファイバーソル2H」のパンフレット、松谷化学工業株式会社、平成23年2月2日
甲2-2:「ファイバーソル2H」のパンフレット、松谷化学工業株式会社、平成29年6月19日
甲3:岸本由香、「難消化性デキストリン」、食品と容器、2012年、第53巻、第12号、p.741-747
甲4:「受託試験結果報告書」、国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学長、平成29年10月3日
甲5:再公表特許第2006/041021号
甲6-1:大正製薬株式会社のウェブページ(新・健康炭酸飲料「コバラサポート」の2015年3月31日付けニュースリリースのページ)
甲6-2:大正製薬株式会社のウェブページ(「コバラサポート ゆず風味<食品>」のページ)
甲7-1:味の素株式会社のウェブページ(「味の素KK「スリムアップシュガー」はちみつシロップ新発売のご案内」のページ)
甲7-2:味の素株式会社のウェブページ(「「スリムアップシュガー(R)はちみつシロップ」180g」の商品情報のページ)
甲8-1:味の素株式会社のウェブページ(「パルスイート(R)」全面リニューアルの2009年7月7日付けニュースリリースのページ)
甲8-2:味の素株式会社のウェブページ(「「パルスイート(R)」120g袋」の商品情報のページ)
甲9:特開平11-236401号公報
甲10-1:「食品と開発」、2014年1月、第49巻、第1号、p.48-51
甲10-2:「食品と開発」、2018年1月、第53巻、第1号、p.44-47
甲11:「イオンクロマトグラフ Q&Aその4 検出限界、定量下限値の求め方」、TECHNICAL REVIEW、日本ダイオネクス株式会社、2009年1月
甲12:佐々木裕子、「分析化学」、2002年3月29日
甲13:特開2007-291136号公報
甲14:特開平2-154664号公報

第4 判断
1 申立理由1(サポート要件)について
(1)本件明細書の記載
本件明細書には、以下の記載がある(「・・・」は記載の省略を意味し、下線は当審にて付した。以下同じ。)。
ア 「【背景技術】
【0002】
食生活が変化し、多様化した結果、繊維分の摂取量の低減が言われている。食物繊維の摂取を助けるために、刺激臭を有するなどのため食物繊維として考えてもみなかった焙焼デキストリンを改良することで、難消化性デキストリンが開発されてきた(特許文献1)。
【0003】
さらに、難消化部と食物繊維の含量を増加させることで、着色物質と刺激臭を低減した改良された難消化性デキストリンが知られている(特許文献2)。すなわち、焙焼デキストリンをα-アミラーゼおよびグルコアミラーゼで加水分解後、イオン交換樹脂クロマトグラフィー法によって消化性の区分を分離除去することにより、グルコース以外の成分中の難消化性成分の含量が90%以上、食物繊維の含量が20%以上とした着色物質や刺激臭が少ない新規な難消化性デキストリンである。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記のように、食物繊維を使用する場合の課題として、刺激臭や着色などがあげられており、懸命な改善がなされてきた。
しかし、現在の食物繊維においては、未だ独特の苦みや嫌な後味がある。したがって、食品の良好な味に悪影響を与えないような食物繊維の開発が望まれる。
【0009】
本発明は、このような課題を解決することを目的としてなされたものであり、食品の味への悪影響を抑えた改良された食物繊維及びその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、食物繊維を含んでいても、本来の良好な味を保持できる食品の提供を目的とする。」

ウ 「【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、食物繊維を構成する多糖類の末端糖に着目し、末端糖と味との関係について試行錯誤を加えたところ、意外なことに、末端糖におけるアルデヒド基の量を低減することで、食物繊維の苦みや嫌な後味を抑えることができること、そして、このことにより食物繊維自身の味(香味)を向上させ、このような食物繊維を添加した食品において本来の良好な味(香味)を保持できることを見出し、本発明を完成した。
・・・
【0012】
すなわち、本発明の食物繊維は、末端基を有する食物繊維(又は末端糖を有する多糖類からなる食物繊維)であって、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下(例えば、4%以下)の食物繊維である。」

エ 「【0097】
<実施例1>
試料A?E及び対照品A?Eの香味を水溶液の官能評価によって評価した。官能評価は、本発明における課題である食物繊維の苦味および後味の悪さの評価に特化して実施した。
【0098】
試料A?E、対照品A?Eそれぞれの粉末を200mg秤量し、10mlのMilli-Q水に溶解した。この2%水溶液を官能評価に供した。なお、官能評価は、以下の基準により、訓練されたパネラー5名で次の4段階で評価した。
【0099】
(評価項目:苦味、後味の悪さ)
4 苦味、後味の悪さが感じられない
3 苦味、後味の悪さがあまり感じられない
2 苦味、後味の悪さを感じる
1 苦味、後味の悪さを非常に強く感じる
【0100】
パネラー5名の評価結果を集計し、その平均値が1以上2未満の場合を×、2以上3未満の場合を△、3以上4以下の場合を○と表現し、3段階評価にして最終評価とした。
【0101】
得られた評価は以下の通りである。
【0102】
【表2】

・・・
【0108】
<実施例2>
次に、ウイスキーハイボールを模したモデル炭酸飲料(アルコール濃度約8%)を試作して官能評価した例を示す。官能評価は、実施例1と同様に、本発明における課題である食物繊維の苦味および後味の悪さの評価に特化して実施した。
【0109】
試料A?E、対照品A?Eそれぞれの粉末を5.0g秤量し、50mlの市販のウイスキー(角瓶、サントリー社製)、および150mlの市販の炭酸水(サントリー社製)を予め混合した溶液に良く溶解し、炭酸水を用いて250mlにメスアップした。この2%モデル炭酸飲料を官能評価に供した。なお、官能評価は、実施例1に記載の方法で実施した。
【0110】
得られた評価は以下の通りである。
【0111】
【表3】


なお、試料A?Cは、本件発明の実施例であり、対照品A?Cは、市販の難消化性デキストリンである。

(2)本件発明1について
ア 上記(1)イによれば、食品の味への悪影響を抑えた改良された食物繊維及びその製造方法を提供すること、及び、食物繊維を含んでいても、本来の良好な味を保持できる食品を提供することが、本件発明の課題であると認められる。
そして、上記(1)ウによれば、上記課題を解決するための手段は、末端糖におけるアルデヒド基の量を低減することであり、より具体的には、末端糖全体に対するアルドースの割合を10%以下にすることであると理解できる。
なお、本件明細書には「末端糖におけるアルドースの割合の指標となる下記値(A)・・・ (A)=X/(X+Y+Z)」(【0035】?【0036】)と記載されているから、末端糖全体に対するアルドースの割合を10%以下にすることは、パラメータ(A)=X/(X+Y+Z)を0.1以下にすることを指標としていると理解できる。
このことを踏まえ、上記(1)エにおける実施例の評価結果をみると、本件発明1に含まれる、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下、すなわち、パラメータ(A)=X/(X+Y+Z)が、0.1以下である試料A?Cは、食物繊維の苦味および後味の悪さの評価が○であるのに対し、パラメータ(A)=X/(X+Y+Z)が、0.1より大きい対照品A?Cは、上記評価が×となっている。
以上によれば、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下である本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているということができる。

イ 申立人は、焙焼デキストリンの刺激臭や好ましくない味を低減したことが評価されていないため、本件発明が課題を解決し得るかが不明である旨を主張する(第3 1(1))。
しかし、本件明細書によれば、焙焼デキストリンは、刺激臭を有するなどのため食物繊維として考えてもみなかったものであり、これを改良して開発されてきたのが難消化性デキストリンである(上記(1)ア)。そうすると、焙焼デキストリンとの比較により効果を確認するまでもなく、一般に市販されている難消化性デキストリンとの比較により効果を確認できれば、本件発明が課題を解決できることは理解できるから、上記申立人の主張は採用できない。
また、申立人は、本件発明1の「末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下」(要件イ)と、「値(B)=Y/(X+Y)(Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Yは末端糖がアンヒドロ糖である糖鎖の数)が0.659?0.998」(要件ウ)を同時に満たすことにより初めて課題を解決し得ることが理解できない旨を主張する(第3 1(2))。
しかし、上記アで検討したとおり、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下である本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているということができる。上記(要件ウ)をも満たすときに初めて課題を解決し得るものでなければ、サポート要件に違反するというものではないから、上記申立人の主張は採用できない。
さらに、申立人は、実施例がわずか3例しか記載されていないのに対し、本件発明のX、Yの範囲は極めて広範である旨を主張する(第3 1(3))。
しかし、上記アで検討したとおり、パラメータ(A)=X/(X+Y+Z)が、0.1以下である試料A?Cは、食物繊維の苦味および後味の悪さの評価が○であるのに対し、パラメータ(A)=X/(X+Y+Z)が、0.1より大きい対照品A?Cは、上記評価が×となっていることから、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下である本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているということができる。また、課題解決に寄与しているのはアルドースの割合、すなわち、パラメータ(A)であるから、Yの範囲が広いことは、課題解決に影響しない。よって、上記申立人の主張は採用できない。

ウ したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものであり、サポート要件を満たすものということができる。

(3)本件発明2?20について
本件発明2?20は、本件発明1を更に限定した食物繊維の発明、あるいは、該食物繊維を含む食物繊維素材、該食物繊維又は該食物繊維素材で構成された食品用添加剤、該食物繊維又は該食物繊維素材を製造する方法、該食物繊維又は該食物繊維素材を含む食品、についての発明である。
そうすると、上記(2)のとおり、本件発明1が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているということができる以上、本件発明2?20も、同様に、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているということができる。
したがって、本件発明2?20は、発明の詳細な説明に記載したものであり、サポート要件を満たすものということができる。

2 申立理由2(明確性要件、実施可能要件)について
特許請求の範囲の請求項1には、パラメータ(B)=Y/(X+Y)に関して「ただし、前記X及びYは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法により、照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された、重合度5?8に相当するモノアイソトープピークの高さに基づいて算出される値である」との記載がある。
上記記載は、X及びYの値として、「シグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された」値を用いることを特定しているから、シグナル/ノイズ比50以上が得られなかった検出値は、パラメータ(B)の計算に用いないことを意味している。
また、シグナル/ノイズ比50以上であることは、当該シグナルに対応する成分の量が、それだけ多いことを意味するのであり、含有量の多い成分をパラメータに用いて発明を特定することが、特に不合理ともいえない。
よって、上記記載に不明確なところはなく、パラメータ(B)の意味も明確であるし、発明を実施する上での不都合もない。
申立人は、「シグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された」は、分析方法の精度が高いことを特定するにすぎず、物質そのものを特定しているとはいえない旨を主張する。
しかし、「シグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された」値を用いて計算されるパラメータ(B)は、物質そのものを特定する意義を有するといえる。すなわち、シグナル/ノイズ比50以上であることは、当該シグナルに対応する成分の量が、それだけ多いことを意味するから、シグナル/ノイズ比50以上が得られない程に当該成分の量が少ない物質とは区別される。所定の成分について、シグナル/ノイズ比10以上の検出値が得られたからといって、感度を調整しさえすれば、シグナル/ノイズ比50以上の検出値が得られるとは限らないのであって、どの程度のシグナル/ノイズ比の検出値が得られるかは、その成分の量とも関係する。よって、上記申立人の主張は採用できない。
また、特許請求の範囲の請求項3?5の「シグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された」との記載についても、上記と同様である。
したがって、本件発明1?20は明確であるから、特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たすものであり、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?20を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、特許法36条4項1号に規定する要件を満たすものである。

3 申立理由3(新規事項)について
願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)には、以下の記載がある。
ア 「【請求項1】
末端糖を有する食物繊維であって、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下である食物繊維。」

イ 「【請求項4】
下記値(B)が0.6?1及び/又は下記値(C)が0.6?1である請求項1?3のいずれかに記載の食物繊維。
(B)=Y/(X+Y)
(C)=Z/(X+Z)
(式中、X、Y及びZは前記と同じ。)
【請求項5】
難消化性デキストリン又はポリデキストースである請求項1?4のいずれかに記載の食物繊維。」

ウ 「【0026】
[食物繊維]
本発明で利用できる食物繊維は、グルコース重合型食物繊維である。例えば、難消化性デキストリン、ポリデキストロース、β-グルカン、マンナン、ペクチンなどが挙げられる。なお、βーグルコースが重合してなるセルロースやヘミセルロースを含む。
【0027】
これらの中でも、難消化性デキストリン及びポリデキストロースが、特に好ましい。」

エ 「【0040】
また、本発明の食物繊維は、末端糖において、アルドースに対するアンヒドロ糖の割合の指標となる下記値(B)が、例えば、0.5?1、好ましくは0.6?1(例えば、0.65?1)、さらに好ましくは0.7?1、特に0.8?1であってもよい。
【0041】
(B)=Y/(X+Y)
(式中、X、Y及びZは前記と同じ。)」

オ 「【0102】
【表2】



上記のとおり、当初明細書等においては、食物繊維の種類もパラメータ(B)も特定されない食物繊維の発明が記載され(ア)、食物繊維の種類を区別することなく、パラメータ(B)=Y/(X+Y)が0.6?1であることが記載され(イ、エ)、食物繊維の好ましい例として、難消化性デキストリンとポリデキストロースが記載されていた(イ、ウ)。そして、パラメータ(B)の具体的な値として、ポリデキストロースである試料Dについて、0.659という数値が記載されていた(オ)。
以上によれば、平成30年1月18日付け補正書による補正後の「末端糖を有する食物繊維であって、末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下であり、下記値(B)が0.659?0.998の難消化性デキストリンである食物繊維。」との事項は、当初明細書等における食物繊維の範囲内のものであって、イ、ウの記載に基づいて食物繊維を難消化性デキストリンに限定し、オの記載に基づいてパラメータ(B)の下記値を0.659に限定したものと認められる。ここで、パラメータ(B)の下記値はポリデキストロースである試料Dのものであるが、当初明細書等において、食物繊維の種類を区別することなく、パラメータ(B)が0.6?1であるとされていたことを踏まえれば、当該範囲内において、ポリデキストロースである試料Dのパラメータ(B)の値を、難消化性デキストリンのパラメータ(B)の下限値としても、新たな技術的事項を導入するものではない。
よって、平成30年1月18日付け補正書による補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであって、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしている。

4 申立理由4(新規性進歩性)について
(1)甲号証の記載
ア 甲1の記載
甲1には、以下の記載が認められる。
(ア) 「そこで、難消化性デキストリンに水素添加して、還元末端を糖アルコール化し、着色・褐変を起こし難く改良した還元難消化性デキストリンが開発された。・・・
現在、この還元難消化性デキストリンは、清涼飲料水や淡色の加工食品のほか、特別用途食品の低カロリー食品など、様々な食品に利用されている。」(247頁左欄下から1行?右欄13行)
(イ) 「1.被験物質
難消化性デキストリン〔商品名:ファイバーソル2、松谷化学工業(株)製;以下FS-2〕および難消化性デキストリンを水素添加した還元難消化性デキストリン〔商品名:ファイバーソル2H、松谷化学工業(株)製;以下FS-2H〕を用いた。酵素-HPLC法により測定した食物繊維含量は、難消化性デキストリンは91.9%、還元難消化性デキストリンは91.1%であった。」(247頁右欄下から4行?248頁左欄4行)

これらの記載によれば、次の発明が本願出願前に公然実施をされ、また、刊行物に記載されていたと認められる。
「難消化性デキストリンに水素添加して、還元末端を糖アルコール化した還元難消化性デキストリンであって、松谷化学工業(株)製の商品名ファイバーソル2Hである還元難消化性デキストリン。」(以下「甲1発明」という。)

イ 甲4の記載


(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、
「末端糖を有する食物繊維であって、難消化性デキストリンである食物繊維。」
の点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点1)
本件発明1が「末端糖全体に対するアルドースの割合が10%以下であり、下記値(B)が0.659?0.998」「(B)=Y/(X+Y) (式中、Xは末端糖がアルドースである糖鎖の数、Yは末端糖がアンヒドロ糖である糖鎖の数を示す。) ただし、前記X及びYは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法により、照射レーザーのフルエンスをシグナル/ノイズ比50以上が得られるように調整して検出された、重合度5?8に相当するモノアイソトープピークの高さに基づいて算出される値である」と特定されているのに対し、甲1発明はそのように特定されていない点。

イ 判断
甲1発明について、「末端糖全体に対するアルドースの割合」や、「(B)=Y/(X+Y)」の値は、甲1の記載からは明らかでない。
しかし、甲4の「受託試験結果報告書」に、ファイバーソル2Hについての試験結果が示されており、その結果から上記値を求めることができる。
なお、甲4の受託試験結果報告書における測定日は、平成29年9月11日、12日となっており、本件特許の出願日より後である。しかし、甲2-1、甲2-2より、本件特許出願の前後の「ファイバーソル2H」のパンフレットに掲載されている物性が同じであること、甲10-1、甲10-2より、本件特許出願の前後の雑誌に記載されている「ファイバーソル2H」の物性が同じであることが認められるから、上記甲4に示される試験結果は、本件出願前の「ファイバーソル2H」にも当てはまるといえる。
そこで、本件明細書【0094】の記載に従い、末端糖がアルドースおよびアンヒドロ糖、糖アルコールの食物繊維の各重合度でのモノアイソトープピークの高さを算出し(甲4の表1に示される「Intens.」の値に相当)、それぞれの末端糖に相当する割合の平均を定量値とする。このとき、シグナル/ノイズ比(甲4の表1に示される「SN」)50以上が得られなかった検出値は計算に用いない。この計算結果をまとめると、以下のとおりである。(網掛け部分はSNの値が50未満であるから計算に用いない。)

定量値X(末端糖がアルドースに相当する割合の平均)=0%
定量値Y(末端糖がアンヒドロ糖に相当する割合の平均)=10.2%
(=(10.0+10.4)/2)
定量値Z(末端糖が糖アルコールに相当する割合の平均)=94.9%
(=(90.0+89.6+100.0+100.0)/4)
すなわち、甲1発明は、末端糖全体に対するアルドースの割合が0%であり、(B)=Y/(X+Y)は1である。
なお、甲1発明は、末端糖がアルドースの信号がシグナル/ノイズ比10以上で得られているが、本件発明においては、(A)=X/(X+Y+Z)を、末端糖におけるアルドースの割合の指標としており(本件明細書【0035】)、X、Y、Zは、シグナル/ノイズ比50以上が得られた検出値を用いて計算するものと特定されていることから、甲1発明において、本件発明でいう末端糖全体に対するアルドースの割合は、上記のとおり0%である。
よって、少なくとも(B)の値について、相違点1は実質的な相違点であるから、本件発明1は甲1発明ではない。
また、甲1発明は、「ファイバーソル2H」という商品であって、上記(1)ア(ア)のとおり、「還元末端を糖アルコール化し、着色・褐変を起こし難く改良した還元難消化性デキストリン」であって、「清涼飲料水や淡色の加工食品のほか、特別用途食品の低カロリー食品など、様々な食品に利用されている」ものであるから、その末端糖組成を変更すべき理由はない。
仮に、甲1発明の末端糖組成を変更するとしても、上記のとおり「還元末端を糖アルコール化し、着色・褐変を起こし難く改良した」ものであることを踏まえると、甲1発明において、Xの値を増やすような変更は考えられず、(B)の値は1から減少することはない。
さらに、甲13の「また、難消化性デキストリンで問題となる着色度および経時的な着色度の増加は、メイラード反応(褐変)であるため、それを改善する方法として、還元末端に水素添加することが知られている。・・・難消化性デキストリンを同様に水素添加して得られる還元難消化性デキストリンは、着色の経時変化がなく、味もすっきりしていることが知られている・・・」(【0005】)との記載や、甲14の「また本発明に於いては上記カラムクロマトグラフィー処理が終了したデキストリンに更に水素添加を施すことが出来る。この水素添加により・・・着色がなくなる・・・味が良くなり、また舌ざわりが良くなる・・・等の顕著な効果が発現する。」(3頁右下欄12-19行)との記載を参照しても、これらは、還元末端に水素添加することを示唆するものであるから、やはり、甲1発明において、Xの値を増やすような変更は考えられず、(B)の値は1から減少することはない。
他の証拠をみても、甲1発明において、Xの値を増やすような変更を示唆するところはない。
申立人は、パラメータ(B)の値による効果が認められない旨を主張するが、上記のとおり、そもそも、甲1発明において、Xの値を増やすように設計変更することは考えられない。
よって、甲1発明において相違点1に係る本件発明1の特定事項を採用することは、甲1?甲14に記載された事項を参酌しても、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

ウ 小括
したがって、本件発明1は、甲1発明であるとはいえない。
また、甲1?甲14に記載された事項を踏まえても、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)本件発明2?7について
本件発明2?7は、本件発明1を更に減縮したものであるから、上記本件発明1についての判断と同様の理由により、甲1発明であるとはいえず、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたともいえない。

(4)本件発明8?10について
本件発明8、9は、本件発明1?7の食物繊維を含む食物繊維素材についての発明であり、本件発明10は、本件発明1?7の食物繊維又は本件発明8、9の食物繊維素材で構成された食品用添加剤についての発明である。
そうすると、本件発明1?7と同様に、本件発明8?10は、甲1発明であるとはいえず、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたともいえない。

(5)本件発明11について
本件発明11は、本件発明1?9の食物繊維又は食物繊維素材を製造する方法についての発明である。
そうすると、本件発明1?9と同様に、本件発明11は、甲1発明であるとはいえず、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたともいえない。

(6)本件発明12?20について
本件発明12?20は、本件発明1?9の食物繊維又は食物繊維素材を含む食品についての発明である。
そうすると、本件発明1?9と同様に、本件発明12?20は、甲1発明であるとはいえず、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたともいえない。

(7)以上のとおり、本件発明1?20は、甲1発明ではないから、特許法29条1項2号又は3号に該当せず、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものではない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-03-15 
出願番号 特願2014-266551(P2014-266551)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (A23L)
P 1 651・ 536- Y (A23L)
P 1 651・ 112- Y (A23L)
P 1 651・ 55- Y (A23L)
P 1 651・ 121- Y (A23L)
P 1 651・ 537- Y (A23L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 高山 敏充  
特許庁審判長 松下 聡
特許庁審判官 窪田 治彦
紀本 孝
登録日 2018-04-13 
登録番号 特許第6320911号(P6320911)
権利者 サントリーホールディングス株式会社
発明の名称 食物繊維  
代理人 岩谷 龍  

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