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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01F
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01F
管理番号 1350687
異議申立番号 異議2018-701064  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-05-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-28 
確定日 2019-03-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第6358491号発明「圧粉磁心、それを用いたコイル部品および圧粉磁心の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6358491号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6358491号の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成25年12月26日に特許出願され、平成30年6月29日にその特許権の設定登録がなされ、同年7月18日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1ないし5に係る特許に対して、平成30年12月28日に特許異議申立人 豊田 敦子により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件発明

特許第6358491号の請求項1ないし5の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明5」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
Fe、SiおよびCrを含むFe-Si-Cr系軟磁性合金粉を用いた圧粉磁心であって、
前記Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の合金相同士がFe、SiおよびCrを含む酸化物相を介して結合された組織を有し、
前記酸化物相は、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、
前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部を有することを特徴とする圧粉磁心。
【請求項2】
Fe、SiおよびCrを含むFe-Si-Cr系軟磁性合金粉を用いた圧粉磁心であって、
前記Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の合金相同士がFe、SiおよびCrを含む酸化物相を介して結合された組織を有し、
前記酸化物相は、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、
前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に 質量比で、Fe、SiおよびCrのうちFeの含有量が最も大きいFe濃化部を有することを特徴とする圧粉磁心。
【請求項3】
前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間は、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちのSiの含有量がCr-Si濃化部よりも少ないことを特徴とする請求項1または2に記載の圧粉磁心。
【請求項4】
請求項1?3に記載の圧粉磁心と、前記圧粉磁心の周囲に巻装されたコイルとを有することを特徴とするコイル部品。
【請求項5】
Fe、SiおよびCrを含むFe-Si-Cr系軟磁性合金粉を用いた圧粉磁心の製造方法であって、
Fe、SiおよびCrを含むFe-Si-Cr系軟磁性合金粉とバインダーを混合する第1の工程と、
前記第1の工程を経て得られた混合物を加圧成形する第2の工程と、
前記第2の工程を経て得られた成形体を熱処理する第3の工程とを有し、
前記Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の表面にSi化合物が配置された状態で、酸化性雰囲気で前記熱処理を行い、
前記Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の合金相同士がFe、SiおよびCrを含む酸化物相を介して結合された組織を有し、
前記酸化物相が、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、
前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に 、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちFeの含有量が最も大きいFe濃化部を有する、または、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部を有し、
かつ、前記Cr-Si濃化部同士の間は、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちのSiの含有量がCr-Si濃化部よりも少ない圧粉磁心を得ることを特徴とする圧粉磁心の製造方法。」

第3 申立理由の概要

1.申立理由1(サポート要件)
特許異議申立人は、本件発明1ないし5は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものであり、本件の請求項1ないし5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号により取り消されるべきである旨主張している。

2.申立理由2(新規性)
特許異議申立人は、証拠として下記の甲第1号証を提出し、本件発明1ないし4は、甲第1号証に記載された発明と同一であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、したがって、本件の請求項1ないし4に係る特許は、同法第113条第2号により取り消されるべきである旨主張している。

3.申立理由3(進歩性)
特許異議申立人は、証拠として下記の甲第1号証を提出し、本件発明1ないし4は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件の請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第113条第2号により取り消されるべきである旨主張している。

[証拠]
甲第1号証:特開2011-249774号公報

第4 甲第1号証の記載

甲第1号証(特開2011-249774号公報)には、「コイル型電子部品」について、図面とともに以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
(1)「【請求項1】
素体の内部あるいは表面にコイルを有するコイル型電子部品であって、
素体は、鉄、ケイ素および鉄より酸化しやすい元素を含有する軟磁性合金の粒子群から構成され、各軟磁性合金粒子の表面には当該粒子を酸化して形成した酸化層が生成され、当該酸化層は当該合金粒子に比較して鉄より酸化しやすい元素を多く含み、粒子同士は当該酸化層を介して結合されていることを特徴とするコイル型電子部品。
・・・・・(中 略)・・・・・
【請求項6】
前記鉄より酸化しやすい元素は、クロムであることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載のコイル型電子部品。」

(2)「【0016】
本発明の一つの態様として、酸化しやすい元素の例として、クロムの態様をあげる。
本実施形態の電子部品用軟磁性合金を用いた素体10は、クロム2?8wt%、ケイ素1.5?7wt%、鉄88?96.5wt%を含有する複数の粒子1,1と、粒子1の表面に生成された酸化層2を備える。酸化層2は、少なくとも鉄及びクロムを含み、透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分析による鉄に対するクロムのピーク強度比R2が粒子における鉄に対するクロムのピーク強度比R1よりも実質的に大きい(例えばR2はR1の数倍以上、数十倍以上)。・・・・・(以下、略)」

(3)「【0018】
本発明の電子部品用軟磁性合金を用いた素体を製造するには、態様の一つとして、最初に、クロム、ケイ素、鉄含有する原料粒子に例えば熱可塑性樹脂などの結合剤を添加し、攪拌混合させて造粒物を得る。次に、この造粒物を圧縮成形して成形体を形成し、得られた成形体を大気中で400?900℃で熱処理する。この大気中で熱処理を行うことで、混合した熱可塑性樹脂を脱脂するとともに、もともと粒子中に存在し熱処理により表面に移動してきたクロムと、粒子の主成分である鉄を酸素と結合させながら、金属酸化物からなる酸化層を粒子表面に生成させ、かつ隣接する粒子の表面の酸化層同士を結合させる。生成された酸化層(金属酸化物層)は、主にFeとクロムからなる酸化物であり、粒子間の絶縁を確保し電子部品用軟磁性合金を用いた素体を提供することができる。
原料粒子の例としては、水アトマイズ法で製造した粒子、原料粒子の形状の例として、球状、扁平状があげられる。」

(4)「【0044】
(実施例1)
電子部品用軟磁性合金素体を得るための原料粒子として、平均粒子径(d50%)が10μmの水アトマイズ粉で、組成比がクロム:5wt%、ケイ素:3wt%、鉄:92wt%の合金粉(エプソンアトミックス(株)社製 PF-20F)を用いた。上記原料粒子の平均粒子径d50%は、粒度分析計(日機装社製:9320HRA)を用いて測定した。また、上記粒子を粒子の中心を通る断面が露出するまで研磨し、得られた断面を走査型電子顕微鏡(SEM:日立ハイテクノロジー社製S-4300SE/N)を用いて3000倍で撮影した組成像について、粒子の中心付近と表面近傍それぞれの1μm□の組成をエネルギー分散型X線分析(EDS)によりZAF法で算出し、粒子の中心付近における上記の組成比と粒子の表面近傍における上記の組成比とがほぼ等しいことを確認した。
次に、上記粒子とポリビニルブチラール(積水化学社製:エスレックBL:固形分30wt%濃度溶液)を湿式転動攪拌装置にて混合し造粒物を得た。
得られた造粒粉を、複数の粒子の充填率が80体積%となるように、成形圧力を6?12ton/cm^(2)の間で調整して、長さ50mm、幅10mm、厚さ4mmの角板状の成形体と、直径100mm、厚さ2mmの円板状の成形体と、外径14mm、内径8mm、厚さ3mmのトロイダル状の成形体、および巻芯部(幅1.0mm×高さ0.36mm×長さ1.4mm)の両端に角鍔(幅1.6mm×高さ0.6mm×厚さ0.3mm)を有するドラム型のコア成形体と、一対の板状コア成形体(長さ2.0mm×幅0.5mm×厚さ0.2mm)を得た。
上記で得られた円板状の成形体、トロイダル状の成形体、ドラム型の成形体、一対の板状成形体について、大気中、700℃で60分の熱処理を行った。」

(5)「【0047】
次に、上記組成像における粒子1の内部の長軸d1と短軸d2とが交わる点を中心とした1μm□の組成をSEM-EDSで求め、その結果を図3(A)に示した。次に、上記組成像における粒子1の表面の酸化層2の最厚部の厚さt1と最薄部の厚さt2から平均厚さT=(t1+t2)/2に相当する酸化層厚さの部位における酸化層の厚さの中心点を中心とした1μm□の組成についてSEM-EDSで求め、図3(B)に示した。図3(A)より、粒子1の内部における鉄の強度C1_(FeKa)が4200count、クロムの強度C1_(CrKa)が100count、鉄に対するクロムのピーク強度比R1=C1_(CrKa)/C1_(FeKa)が0.024である。図3(B)より、酸化層2の厚さの中心点における鉄の強度C2_(FeKa)が3000count、クロムの強度C2_(CrKa)が1800count、鉄に対するクロムのピーク強度比R2=C2_(CrKa)/C2_(FeKa)が0.60であり、前記粒子の内部における鉄に対するクロムのピーク強度比R1よりも大きいことがわかる。
また、本発明の電子部品用軟磁性合金素体において、隣接する粒子1,1の表面に生成された酸化層2,2同士が結合されていることは、上記組成像に基づいて作成された図2に示す模式図より確認することができた。」

(6)「



・甲第1号証に記載の「コイル型電子部品」は、上記(1)の記載事項によれば、例えば素体の表面にコイルを有するコイル型電子部品であり、素体は、鉄、ケイ素および鉄より酸化しやすい元素としてクロムを含有する軟磁性合金の粒子群から構成され、各軟磁性合金粒子の表面には当該粒子を酸化して形成した酸化層が生成され、当該酸化層は当該合金粒子に比較して鉄より酸化しやすい元素であるクロムを多く含み、粒子同士は当該酸化層を介して結合されてなるものである。
・上記(3)、(4)の記載事項、図6によれば、素体は、鉄、ケイ素およびクロムを含有する軟磁性合金粉に結合剤を添加して圧縮成形したトロイダル状、ドラム型などの成形体を、大気中で熱処理を行って得られてなるものである。
・上記(2)、(3)、(5)の記載事項、及び図3(上記(6))によれば、酸化層は、主に鉄とクロムからなる酸化物層である。そして、特に図3(上記(6))によれば、当該酸化層にはケイ素も含まれているが、その含有量は合金粒子に比較してほぼ変わりがないといえる。つまり、酸化層に含まれるケイ素については、クロムのように合金粒子に比較して多く含んでいるとはいえない。

したがって、特に「実施例1」に着目し、コイル型電子部品が有する「素体」についてこれを発明として捉え、上記記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。
「コイル型電子部品が有する素体であって、
鉄、ケイ素およびクロムを含有する軟磁性合金粉に結合剤を添加して圧縮成形したトロイダル状、ドラム型などの成形体を、大気中で熱処理を行って得られてなるものであり、
鉄、ケイ素およびクロムを含有する軟磁性合金粒子の表面には、当該粒子を酸化して形成した主に鉄とクロムからなり、ケイ素を含む酸化物層が生成され、当該酸化物層は、軟磁性合金粒子に比較してクロムを多く含む一方、ケイ素については軟磁性合金粒子とほぼ変わりがなく、
軟磁性合金粒子同士は前記酸化物層を介して結合されてなる素体。」

第5 当審の判断

1.申立理由1(サポート要件)について
特許異議申立人は、本件発明1なし5に関して、次のような記載不備を主張している。
(1)強度に優れた圧粉磁心を得るためには、製造時に合金粉表面に特定のSi化合物を特定の方法で配置することが必要であり、得られた圧粉磁心が、当該配置の結果生じる構造上の特徴を備えることが必要となるが、本件発明1ないし4には、特定のSi化合物の配置ないしこれに起因する構造上の特徴は記載されていない。したがって、本件発明1ないし4は、発明の課題を解決するための手段が反映されているとはいえず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。
また、強度に優れた圧粉磁心の元素分布として本件明細書中に裏付けられているのは、表2に示される特定の分布(2種類)に留まると解することが相当であり、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1または本件発明2の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された特定の元素分布を拡張ないし一般化できるとはいえない。
(2)本件発明5では、Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の表面にSi化合物が配置された状態で、酸化性雰囲気で熱処理を行うことが特定されているものの、強度に優れた圧粉磁心を得るために必要な、合金粉表面に配置されるSi化合物の種類及びその配置方法が特定されていないから、発明の課題を解決するための手段が反映されているとはいえず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。

しかしながら、
上記(1)については、所定のSi化合物の所定の方法による配置の結果生じた構造上の特徴として、本件発明1には「前記酸化物相は、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部を有する」という発明特定事項が記載され、また、本件発明2には「前記酸化物相は、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちFeの含有量が最も多いFe濃化部を有する」という発明特定事項が記載されているといえる。
したがって、本件発明1ないし4は、発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとまではいえない。
また、本件特許明細書の【表1】からして、No1及びNo2の圧粉磁心は、(比較例のものと比べて)強度に優れた圧粉磁心が得られているところ、同明細書の【表2】のNo1及びNo2の圧粉磁心の「粒界相(端部)」の分析結果(それぞれ2箇所、計4箇所)からは、酸化物相が「前記酸化物相は、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部」が形成されていることが見てとることができ、また、「粒界相(中央)」の分析結果(それぞれ1箇所)からは、酸化物相が「前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部」(No2)または「前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちFeの含有量が最も多いFe濃化部」(No1)が形成されていることが見てとることができる。そして一方で、特許異議申立人は、本件発明1または本件発明2の範囲(特に本件発明1の上記発明特定事項Aまたは本件発明2の上記発明特定事項B)を満たすにもかかわらず、強度に優れた圧粉磁心は得られず課題を解決できない場合があることの立証等がなされているわけでもない。
これらのことを踏まえると、本件発明1または本件発明2の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された特定の元素分布を拡張ないし一般化できないとまではいえない。
次に、上記(2)については、本件発明5には、当該製造方法で製造された「圧粉磁心」について直接的に、強度に優れた圧粉磁心を得るために必要な構造上の特徴として少なくとも「前記酸化物相が、前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に 、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちFeの含有量が最も大きいFe濃化部を有する、または、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部を有」するという発明特定事項が記載されていることから、たとえ合金粉表面に配置されるSi化合物の種類及びその配置方法が特定されていないとしても、発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるとはいえない。

よって、本件発明1ないし5は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるということはできない。

2.申立理由2(新規性)について
2-1.本件発明1、2について
(1)対比・判断
本件発明1と甲1発明とを対比すると、
ア.甲1発明における「コイル型電子部品が有する素体であって、鉄、ケイ素およびクロムを含有する軟磁性合金粉に結合剤を添加して圧縮成形したトロイダル状、ドラム型などの成形体を、大気中で熱処理を行って得られてなるものであり、」によれば、
甲1発明における「鉄、ケイ素およびクロムを含有する軟磁性合金粉」は、本件発明1でいう、Fe、SiおよびCrを含む「Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉」に相当し、
甲1発明における「素体」は、上記軟磁性合金粉を用いて圧縮成形したトロイダル状、ドラム型などの成形体から得られるものであって、コイルが巻回されて用いられることは自明なこと(甲第1号証の図6も参照)であり、当該素体は、本件発明1でいう「圧粉磁心」に相当するものである。
したがって、本件発明1と甲1発明とは、「Fe、SiおよびCrを含むFe-Si-Cr系軟磁性合金粉を用いた圧粉磁心」である点で一致する。

イ.甲1発明における「鉄、ケイ素およびクロムを含有する軟磁性合金粒子の表面には、当該粒子を酸化して形成した主に鉄とクロムからなり、ケイ素を含む酸化物層が生成され、当該酸化物層は、軟磁性合金粒子に比較してクロムを多く含む一方、ケイ素については軟磁性合金粒子とほぼ変わりがなく、軟磁性合金粒子同士は前記酸化物層を介して結合されてなる素体。」によれば、
甲1発明における、主に鉄とクロムからなり、ケイ素を含む「酸化物層」は、本件発明1でいう、Fe、SiおよびCrを含む「酸化物相」に相当し、
甲1発明においても、軟磁性合金粒子同士は上記酸化物層を介して結合されてなるものであることから、
本件発明1と甲1発明とは、「前記Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の合金相同士がFe、SiおよびCrを含む酸化物相を介して結合された組織を有」するものである点で共通する。
ただし、酸化物相について、本件発明1では、「前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部を有する」旨特定するのに対し、甲1発明では、このような「Cr-Si濃化部」及びその間の「Cr濃化部」を有することの特定がなく、軟磁性合金粒子に比較してクロムを多く含む一方、ケイ素については軟磁性合金粒子とほぼ変わりがないものである点で相違している。

よって、本件発明1と甲1発明とは、
「Fe、SiおよびCrを含むFe-Si-Cr系軟磁性合金粉を用いた圧粉磁心であって、
前記Fe-Si-Cr系軟磁性合金粉の合金相同士がFe、SiおよびCrを含む酸化物相を介して結合された組織を有することを特徴とする圧粉磁心。」
である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点1]
酸化物相について、本件発明1では、「前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちCrの含有量が最も多いCr濃化部を有する」旨特定(以下、「発明特定事項A」という。)するのに対し、甲1発明では、このような「Cr-Si濃化部」及びその間の「Cr濃化部」を有することの特定がなく、軟磁性合金粒子に比較してクロムを多く含む一方、ケイ素については軟磁性合金粒子とほぼ変わりがないものである点。

同様に、本件発明2と甲1発明とを対比すると、以下の点で相違し、その余の点で一致する。
[相違点2]
酸化物相について、本件発明2では、「前記合金相側に、質量比で前記合金相よりもCrの含有量およびSiの含有量が大きく、かつCrおよびSiの含有量の合計がFeの含有量よりも大きいCr-Si濃化部を有し、前記酸化物相における前記Cr-Si濃化部同士の間に、Fe、SiおよびCrを含み、質量比で、Fe、SiおよびCrのうちFeの含有量が最も多いFe濃化部を有する」旨特定(以下、「発明特定事項B」という。)するのに対し、甲1発明では、このような「Cr-Si濃化部」及びその間の「Fer濃化部」を有することの特定がなく、軟磁性合金粒子に比較してクロムを多く含む一方、ケイ素については軟磁性合金粒子とほぼ変わりがないものである点。

したがって、本件発明1と甲1発明には相違するところがあり、同様に、本件発明2と甲1発明には相違するところがあるから、
本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。
同様に、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。

(2)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、本件特許明細書の段落【0018】には「Cr-Si濃化部を形成するCrおよびSiはFe-Si-Cr系軟磁性合金粉自体から供給されるが、それに加えてSiはFe-Si-Cr系軟磁性合金粉自体以外から供給されることが好ましい。」と記載されており、軟磁性合金粉の表面にSi化合物を配置しておかなくとも、成形体を酸化性雰囲気で熱処理することで、上記発明特定事項Aや発明特定事項Bを備えたものが得られる得るとするならば、甲第1号証の段落【0044】には、実施例1として、トロイダル状、ドラム型などの成形体に対する熱処理が、本件発明1、2の実施例における熱処理条件と同様の「大気中、700℃で60分」としたものが記載されており、かかる熱処理条件で製造された素体(圧粉磁心)は、本件発明1の上記発明特定事項Aまたは本件発明2の上記発明特定事項Bを有するものである旨主張している。
しかしながら、甲1発明における「酸化物層」は、「軟磁性合金粒子に比較してクロムを多く含む一方、ケイ素については軟磁性合金粒子とほぼ変わりがな」いものであり、少なくともケイ素については濃化しておらず、本件発明1や本件発明2の「Cr-Si濃化部」を有していないといえ、したがって、上記発明特定事項Aまたは上記発明特定事項Bを有するということはできない。
さらに言えば、本件発明1、2の実施例における熱処理条件「大気中、700℃、1時間」は、軟磁性合金粉の表面にSi化合物を配置した場合の条件であり、たとえ甲第1号証の実施例1に係るものが同じ条件だとしても、軟磁性合金粉の表面にSi化合物を配置していない当該実施例1に係るものでは、上記発明特定事項Aや発明特定事項Bを備えたものが得られるのか否かは不明である〔なお、酸化物層の組成(元素分布)は、上記熱処理条件だけで決まるものでもなく、熱処理雰囲気中の酸素量や、粒子間の距離(充填率)など他のパラメータにも依存するはずである。〕。
これらのことから、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

2-2.本件発明3、4について
請求項3、4は、請求項1または請求項2に従属する請求項であり、本件発明3、4は、本件発明1または本件発明2の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件発明1または上記本件発明2についての判断と同様の理由により、本件発明3、4は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。

2-3.まとめ
以上のとおり、本件発明1ないし4は、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえない。

3.申立理由2(進歩性)について
3-1.本件発明1、2について
(1)対比・判断
本件発明1と甲1発明との相違点は、上記「2-1.(1)」に[相違点1]として記載したとおりである。
また、本件発明2と甲1発明との相違点は、上記「2-1.(1)」に[相違点2]として記載したとおりである。

そして、[相違点1]及び[相違点2]について検討すると、上記「2-1.(2)」に記載したとおり、本件発明1の上記発明特定事項Aまたは本件発明2の上記発明特定事項Bは、甲第1号証から導き出すことはできないものである。

よって、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
同様に、本件発明2は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、甲第1号証の段落【0049】には、素体の熱処理の条件が「大気中において、熱処理温度150℃、200℃、300℃、500℃、600℃、700℃、800℃、1000℃でそれぞれ60分間」のものも記載されており、これらいずれかの条件で熱処理された素体は、本件発明1の上記発明特定事項Aまたは本件発明2の上記発明特定事項Bを有する蓋然性が高い旨主張している。
しかしながら、特許異議申立人は、「蓋然性が高い」と主張するに留まり、いずれの熱処理温度の場合に、上記発明特定事項Aまたは上記発明特定事項Bが得られるのか証拠等に基づく具体的は説明は一切なされていないことに加えて、上記「2-1.(2)」にも記載したとおり、酸化物層の組成(元素分布)は、上記熱処理条件(大気中、熱処理温度、熱処理時間)だけで決まるものでもなく、熱処理雰囲気中の酸素量や、粒子間の距離(充填率)など他のパラメータにも依存するはずであることを考慮すると、特許異議申立人の上記主張を採用することはできない。

3-2.本件発明3、4について
請求項3、4は、請求項1または請求項2に従属する請求項であり、本件発明3、4は、本件発明1または本件発明2の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものであるから、上記本件発明1または上記本件発明2についての判断と同様の理由により、本件発明3、4は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3-3.まとめ
以上のとおり、本件発明1ないし4は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、したがって、本件の請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるということはできない。

第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-03-12 
出願番号 特願2013-268356(P2013-268356)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (H01F)
P 1 651・ 113- Y (H01F)
P 1 651・ 121- Y (H01F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 井上 健一  
特許庁審判長 國分 直樹
特許庁審判官 山澤 宏
井上 信一
登録日 2018-06-29 
登録番号 特許第6358491号(P6358491)
権利者 日立金属株式会社
発明の名称 圧粉磁心、それを用いたコイル部品および圧粉磁心の製造方法  

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