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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C08J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C08J
管理番号 1351332
審判番号 不服2018-6964  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-05-22 
確定日 2019-05-08 
事件の表示 特願2015-522103「繊維状基材の含浸方法、含浸方法用の液体状(メタ)アクリルシロップ剤、その重合方法、及びその得られた構造化物品」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 1月23日国際公開、WO2014/013028、平成27年 8月 6日国内公表、特表2015-522690〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年7月18日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2012年7月18日、フランス)を国際出願日とする出願であって、平成29年2月8日付けで拒絶理由が通知され、同年8月9日に意見書及び手続補正書が提出され、平成30年1月12日付けで拒絶査定がされ、同年5月22日に拒絶査定不服審判の請求がされ、同年6月21日に審判請求書の請求の理由を補正する手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1ないし34に係る発明は、平成29年8月9日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし34に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
繊維状基材を含浸するための含浸方法において、前記繊維状基材は、少なくとも1000のアスペト比を有する長繊維でできていて、前記繊維状基材に、
a)(メタ)アクリルポリマー、
b)(メタ)アクリルモノマー、
c)(メタ)アクリルモノマーの重合を始めるための少なくとも一つの開始剤又は開始系
を含む液体状(メタ)アクリルシロップ剤を含浸させる工程を含み、
前記液体状(メタ)アクリルシロップ剤は、10mPa・sから10000mPa・s、好ましくは50mPa・sから5000mPa・s、有利には100mPa・sから1000mPa・sの範囲の動力学的粘度の値を有し、液体状(メタ)アクリルシロップ剤中の(メタ)アクリルポリマーは、少なくとも10重量%であり、かつ多くても50重量%である、含浸方法。」(当審注:「アスペト比」は、発明の詳細な説明の【0060】等の記載からみて、「アスペクト比」の誤記と認める。以下、「アスペクト比」と表記する。)

第3 原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由の概要は、次のとおりである。

1 (新規性)この出願の請求項1ないし16、20ないし23、25、27ないし30、32及び33に係る発明は、その優先日前に日本国内において、頒布された下記の刊行物(引用文献1)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2 (進歩性)この出願の請求項1ないし34に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物(引用文献1ないし4)に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1.特開昭61-225013号公報
引用文献2.特開2001-058329号公報
引用文献3.特開平04-226740号公報
引用文献4.米国特許第03287155号明細書

第4 引用文献1の記載事項及び引用発明
1 引用文献1の記載事項
引用文献1には、「透視性電磁波遮蔽材及びその製法」の発明に関して、おおむね次の記載(以下、順に「記載事項(1)」のようにいい、総称して「引用文献1の記載事項」という。)がある。なお、「産業上の利用分野」、「発明の骨子・目的」、「発明の好適実施態様」及び「実施例」に付された下線は予め付されたものであり、それ以外の下線は当審で付したものである。

(1)「2.特許請求の範囲
・・・(略)・・・
(3)金属メッキ合成繊維紗を内部空間に展延固定した成形型中に、ラジカル重合型アクリルシロップを注入し、該シロップを重合させることによりアクリル樹脂と前記紗とが一体化した成形体を得ることから成る透視性電磁波遮蔽材の製法。」(第1ページ左下欄第4ないし15行)

(2)「産業上の利用分野
本発明は透視性に優れ、しかも光学的ゆがみの少ない電磁波遮蔽材及びその製造法に関するもので、より詳細には成形時におけるそり、曲り等の変形がなく、内部歪及び内部応力の発生が少なく、透視像の鮮明さに優れた電磁波遮蔽材及びその製法に関する。
・・・(略)・・・
発明の骨子及び目的
本発明は、ラジカル重合性アクリル樹脂シロップ中に、種々の多孔性導電性部材の内でも金属メッキ合成繊維紗を埋設して該シロップの重合を行わせることにより、重合成形時におけるそり,曲り等の変形がなく、内部歪や内部応力の発生が抑制され、ゆがみのない鮮明な透視像を形成し得る電磁波遮蔽材が得られることを見出した。
即ち、本発明の目的は、従来の電磁波遮蔽材における上記欠点が解消された電磁波遮蔽材を提供するにある。」(第1ページ左下欄第17行ないし第2ページ左上欄第15行)

(3)「発明の好適実施態様
本発明の電磁波遮蔽材の断面構造を示す第1図において、この遮蔽板1はアクリル樹脂2で一体に成形され、一方の表面3と他方の表面4との間には金属メッキ合成繊維紗5が埋設されており、この金属メッキ合成繊維紗で区画される2つの樹脂は紗5の開口を通して連結し且つ完全に一体化されている。即ち、アクリル樹脂2と金属メッキ合成繊維紗5とは完全に密着して一体化しており、樹脂マトリックスや、樹脂と金属メッキ層との界面にはボイド空隙等が全く或いは殆んど存在しない。」(第2ページ右上欄第15行ないし左下欄第6行)

(4)「本発明によれば、ラジカル重合性アクリルシロップを使用し、この中に金属メッキ合成繊維を埋設し、重合一体化させることにより、上記欠点をことごとく解消したものである。
即ち、本発明の電磁波遮蔽材1は、第2図に示す通り、例えば強化ガラス等で形成されたシート状の型6,7の中央に、重合硬化時の収縮に追随可能なスペーサー乃至ガスケット8,8を介して金属メッキ合成繊維紗5を液密状に固定し、この空間9に、アクリル単量体,アクリル樹脂プレポリマー及びラジカル重合開始剤を含む組成物を注入し、この組成物を加熱下に重合させることにより得られる。
ラジカル重合型アクリル樹脂シロップとは、アクリル樹脂プレポリマーとアクリル単量体とを含む組成物であって、シロップ状の液体のものを言う。好適なアクリル樹脂シロップはメチルメタクリレートを主体とするものである。」(第2ページ左下欄第16行ないし右下欄第12行)

(5)「このメタクリル樹脂シロップは、メタクリル酸メチルを主体とする単量体に、少量のラジカル重合開始剤を添加し、予備重合釜で加熱し、部分重合させることにより得られる。部分重合の程度は、重合率が10乃至30%となるような範囲が適当である。」(第2ページ右下欄第13ないし18行)

(6)「原料樹脂シロップは、後述する成分との混合性や注型性の点で、また後重合硬化性の点で、500乃至2000センチポイズ(CPS)の粘度を有していることが望ましい。このシロップにはラジカル開始剤を配合して成形に使用する。」(第3ページ左上欄第5ないし9行)

(7)「ラジカル開始剤としては、ベンゾイルパーオキサイド、ラウリルパーオキサイド等の有機過酸化物や、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物が使用され、これらの開始剤は、所謂触媒量、一般に樹脂シロップ当り、0.05乃至2重量%、特に0.2乃至2重量%の量で使用される。」(第3ページ左上欄第10ないし15行)

(8)「金属メッキ合成繊維紗としては、ポリエステル,ナイロン,ビニロン,アクリル等のモノフィラメント、マルチフィラメント糸或いは紡績糸を、粗い織目に織成或いは編成して得られる紗織物に、銅,ニッケル,コバルト,クロム,銀,アルミニウム等の金属をメッキ層として設けたものが使用される。メッキ層の形成は、無電解メッキ(化学メッキ),真空蒸着,或いはこれらと電気メッキとの組合せで行われる。メッキ層の形成は、これらの表面が十分に導電性になるが目詰りを生じない程度に行われていればよい。」(第3ページ右上欄第1ないし12行)

(9)「実施例
メタクリル酸メチルに0.1重量%のベンゾイルパーオキサイドを添加し、予備重合釜で80℃の温度に加熱して重合率25%程度のアクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)を製造した。この樹脂シロップに0.5重量%のベンゾイルパーオキサイドを配合して注型用組成物とした。この組成物を、第2図に示す成形型を用いて電磁波遮蔽板に成形した。200メッシュのポリエステル繊維のモノフィラメント紗に銅を目詰りのない状態にコートした電磁波遮蔽網を均一な張力をかけた状態とする。次に400m/m角のガラス板2枚の各周縁部にガスケットを存在させ、該電磁波遮蔽網をはさみこみ、3m/mのすき間となるようクリップした。
脱泡した注型用組成物をガスケット上部に設けた注入口より注入し、80℃で3時間の条件で重合硬化させた。
得られた電磁波遮蔽板は、そり,曲り等の変形が全く無く、透明性に優れ、フィルターとして使用した場合に、全く目障りのないものであった。」(第4ページ右上欄第6行ないし左下欄第6行)

(10)「



2 引用発明
引用文献1の記載事項を、特に実施例(記載事項(9))に関して整理すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。

「メタクリル酸メチルに0.1重量%のベンゾイルパーオキサイドを添加し、予備重合釜で80℃の温度に加熱して製造した重合率25%程度のアクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)に0.5重量%のベンゾイルパーオキサイドを配合して得た注型用組成物を、200メッシュのポリエステル繊維のモノフィラメント紗に銅を目詰りのない状態にコートした電磁波遮蔽網を均一な張力をかけた状態で400m/m角のガラス板2枚の各周縁部にガスケットを存在させてはさみこんだ成形型に、ガスケット上部に設けた注入口より注入することで、電磁波遮蔽網に注型用組成物を適用する方法。」

第5 対比
本願発明と引用発明を対比する。

1 引用発明における「メタクリル酸メチルに0.1重量%のベンゾイルパーオキサイドを添加し、予備重合釜で80℃の温度に加熱して製造した重合率25%程度のアクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)」は、記載事項(5)によると、メタクリル酸メチル(アクリル単量体、すなわちアクリルモノマーであり、本願発明における「(メタ)アクリルモノマー」に相当する。)とメタクリル酸メチルを部分重合したもの(アクリル樹脂プレポリマーであり、本願発明における「(メタ)アクリルポリマー」に相当する。)を含む粘度1000cpsの組成物である。
また、引用発明における「アクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)に0.5重量%のベンゾイルパーオキサイドを配合して得た注型用組成物」は、記載事項(4)及び(5)によると、メタクリル酸メチルを部分重合したもの(アクリル樹脂プレポリマー)とメタクリル酸メチル(アクリルモノマー)を含む組成物であるラジカル重合型アクリル樹脂シロップにベンゾイルパーオキサイド(記載事項(7)によると、ラジカル開始剤であり、本願発明における「少なくとも1つの開始剤又は開始系」に相当する。)を配合したもの(本願発明における「液体状(メタ)アクリルシロップ剤」に相当する。)である。
したがって、引用発明における「メタクリル酸メチルに0.1重量%のベンゾイルパーオキサイドを添加し、予備重合釜で80℃の温度に加熱して製造した重合率25%程度のアクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)に0.5重量%のベンゾイルパーオキサイドを配合して得た注型用組成物」は、本願発明における「a)(メタ)アクリルポリマー、
b)(メタ)アクリルモノマー、
c)(メタ)アクリルモノマーの重合を始めるための少なくとも一つの開始剤又は開始系
を含む液体状(メタ)アクリルシロップ剤」に相当する。

2 引用発明における「200メッシュのポリエステル繊維のモノフィラメント紗に銅を目詰りのない状態にコートした電磁波遮蔽網」は、本願発明における「繊維状基材」に相当する。

3 引用発明における「注型用組成物を、200メッシュのポリエステル繊維のモノフィラメント紗に銅を目詰りのない状態にコートした電磁波遮蔽網を均一な張力をかけた状態で400m/m角のガラス板2枚の各周縁部にガスケットを存在させてはさみこんだ成形型に、ガスケット上部に設けた注入口より注入することで、電磁波遮蔽網に注型用組成物を適用する方法」は、本願発明における「繊維状基材」に「液体状(メタ)アクリルシロップ剤を含浸させる工程」を含む「繊維状基材を含浸するための含浸方法」と、「繊維状基材」に「液体状(メタ)アクリルシロップ剤」を適用させる工程を含む方法であるという限りにおいて一致する。

4 したがって、両者は、
「繊維状基材に液体状(メタ)アクリルシロップ剤を適用する方法において、前記繊維状基材に、
a)(メタ)アクリルポリマー、
b)(メタ)アクリルモノマー、
c)(メタ)アクリルモノマーの重合を始めるための少なくとも一つの開始剤又は開始系
を含む液体状(メタ)アクリルシロップ剤を適用させる工程を含む
方法。」
である点で一致する。

5 そして、両者は、以下の点で相違又は一応相違する。
<相違点1>
「繊維状基材」に関して、本願発明は、「少なくとも1000のアスペクト比を有する長繊維でできて」いるのに対して、引用発明は、「200メッシュのポリエステル繊維のモノフィラメント紗に銅を目詰りのない状態にコート」しているものであって、「アスペクト比」についての特定はない点。

<相違点2>
「液体状(メタ)アクリルシロップ剤」の粘度に関して、本願発明は、「10mPa・sから10000mPa・s、好ましくは50mPa・sから5000mPa・s、有利には100mPa・sから1000mPa・sの範囲の動力学的粘度の値」であるのに対して、引用発明は、そのような特定がない点。

<相違点3>
「液体状(メタ)アクリルシロップ剤」中の(メタ)アクリルポリマーの割合に関して、本願発明は、「少なくとも10重量%であり、かつ多くても50重量%である」のに対して、引用発明は、そのような特定がない点。

<相違点4>
「繊維状基材」に「液体状(メタ)アクリルシロップ剤」を適用させる工程を含む繊維状基材に液体状(メタ)アクリルシロップ剤を適用する方法に関して、本願発明は、「繊維状基材」に「液体状(メタ)アクリルシロップ剤を含浸させる工程」を含む「繊維状基材を含浸するための含浸方法」であるのに対して、引用発明は、電磁波遮蔽網(繊維状基材)に注型用組成物(液体状(メタ)アクリルシロップ剤)を適用する方法ではあるが、「含浸」させるものであるとの特定がない点。

第6 判断
そこで、相違点1ないし4について、以下に検討する。

1 相違点1について
引用発明における「電磁波遮蔽網」は、「200メッシュのポリエステル繊維のモノフィラメント紗に銅を目詰りのない状態にコート」したものであるところ、引用発明における「紗」とは、記載事項(8)によると、織目が粗い織物である。
すなわち、引用発明における「電磁波遮蔽網」は、「400m/m角のガラス板2枚の各周縁部にガスケットを存在させてはさみ」こまれるような大きさで「200メッシュ」の粗い織目の織物であるといえる。
したがって、引用発明において、ポリエステル繊維のモノフィラメントの直径がどの程度であるか不明であるものの、ポリエステル繊維のモノフィラメントの直径は通常、1?100μmのオーダーであること、また、引用発明の「モノフィラメント紗」は、そのようなモノフィラメントで、「400m/m角のガラス板2枚の各周縁部にガスケットを存在させてはさみ」こまれるような大きさで「200メッシュ」の粗い織目の織物を織るものであることから、引用発明における「電磁波遮蔽網」が少なくとも1000のアスペクト比を有する長繊維でできていることは、当業者にとって明らかである。
よって、相違点1は実質的な相違点とはいえない。

2 相違点2について
引用発明における「注型用組成物」は、「アクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)に0.5重量%のベンゾイルパーオキサイドを配合した得た」ものであるところ、ベンゾイルパーオキサイドの配合量は0.5重量%と極めて少量であり、また、記載事項(7)によると、ベンゾイルパーオキサイドはラジカル開始剤であって粘度調整剤ではないから、引用発明における「注型用組成物」の粘度は、「アクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)」の粘度とほぼ同程度といえる。
また、1cps=1mPa・sであるから、「1000cps」は「1000mPa・s」に相当する。
さらに、粘度の測定は、通常、B型粘度計のような回転式粘度計を用いて常温で測定されるものであるから、引用発明における「粘度」が「動力学的粘度」であることは、当業者にとって明らかである。
したがって、引用発明における「注型用組成物」は、1000mPa・sの動力学的粘度、すなわち「10mPa・sから10000mPa・s、好ましくは50mPa・sから5000mPa・s、有利には100mPa・sから1000mPa・sの範囲の動力学的粘度の値」を有するものといえる。
よって、相違点2は実質的な相違点とはいえない。

仮に、相違点2が実質的な相違点であるとしても、相違点2は、当業者であれば想到容易である。すなわち、記載事項(6)によると、引用発明において、「アクリル系樹脂シロップ」の粘度は、混合性、注型性、後重合硬化性の観点から500ないし2000mPa・sの範囲内の値であることが望ましいとされ、このことは、「注型用組成物」にも当てはまるといえる。
また、本願の発明の詳細な説明の【0011】の「複合材料の成形加工のために熱可塑性樹脂を用いることにおける制限は、例えば、繊維状基材を均一に含浸するための、溶融状態におけるこれらの高い粘度である。熱可塑性樹脂が十分に流動する場合にのみ、熱可塑性ポリマーによる繊維のウェッティング又は正確な含浸は達成され得る。」及び【0086】の「液体状(メタ)アクリルシロップ剤としての純粋な(メタ)アクリルモノマー又は(メタ)アクリルモノマーの混合物は、本発明の含浸方法に対し、特に、繊維状基材の正確で完全なウェッティング及び含浸に対し、流動性がありすぎる。従って、粘度は、それを増大させることによって適合されなければならない。」という記載によると、本願発明における「10mPa・sから10000mPa・s」という数値範囲の技術的意義は、繊維状基材の正確で完全なウェッティング及び含浸を行うのに、低すぎも高すぎもしない粘度であるという程度の技術的意義でしかなく、その数値範囲の上限値及び下限値に臨界的意義はない。
したがって、引用発明における「注型用組成物」の粘度として、本願発明で特定される数値範囲のものを選択することは、当業者が容易に想到し得たことである。

3 相違点3について
引用発明における「注型用組成物」は、「メタクリル酸メチルに0.1重量%のベンゾイルパーオキサイドを添加し、予備重合釜で80℃の温度に加熱して製造した重合率25%程度のアクリル系樹脂シロップ(粘度1000cps)に0.5重量%のベンゾイルパーオキサイドを配合して得た」ものである。
「0.1重量%のベンゾイルパーオキサイド」における「0.1重量%」及び「0.5重量%のベンゾイルパーオキサイド」における「0.5重量%」が、何に対する含有量をいうかは明確ではないが、「ベンゾイルパーオキサイド」を添加する前を100とした場合の重量%であると仮定すると、「メタクリル酸メチル」100に対して「ベンゾイルパーオキサイド」0.6(=0.1+0.5)添加することを意味することになる。そして、重合率(当審注:単量体が重合によって消費された割合のことであり、生成した重合体の仕込み単量体に対する割合に等しく、未反応単量体の量の定量や生成した重合体の重量測定により求めるものである。)は25%程度であるから、「注型用組成物」中の生成したメタクリル酸メチルのポリマーの割合は、24.85(=100×0.25÷(100+0.06)×100)重量%程度になる。
したがって、引用発明における「注型用組成物」中のメタクリル酸メチルのポリマーの割合は、「少なくとも10重量%であり、かつ多くても50重量%である」の条件を満足するといえる。
よって、相違点3は、実質的な相違点とはいえない。

仮に、相違点3が実質的な相違点であるとしても、相違点3は、当業者であれば想到容易である。すなわち、記載事項(5)によると、引用発明において、重合率は10ないし30%となるような範囲が適当とされるものである。
また、本願の発明の詳細な説明の【0095】に「メタ)アクリルポリマー又は液体状(メタ)アクリルシロップ剤中のポリマーは、(メタ)アクリルモノマー及び(メタ)アクリルポリマーを考慮して、液体状(メタ)アクリルシロップ剤の全重に対して、少なくとも10重量%、好ましくは少なくとも15重量%、有利には少なくとも18重量%、及びより有利には少なくとも20重量%存在する。」及び【0096】に「メタ)アクリルポリマー又は液体状(メタ)アクリルシロップ剤中のポリマーは、液体状(メタ)アクリルシロップ剤の全重に対して、多くても60重量%、好ましくは多くても50重量%、有利には多くても40重量%、及びより有利には多くても35重量%存在する。」と記載され、「少なくとも10重量%であり、かつ多くても50重量%」という数値範囲内にあることが好ましい旨記載されているといえるが、その数値範囲から外れるとどうなるのかは記載されていないことから、本願発明において、「少なくとも10重量%であり、かつ多くても50重量%である」という数値範囲の上限値及び下限値に臨界的意義はない。
したがって、引用発明における「注型用組成物」中のメタクリル酸メチルのポリマーの割合として、本願発明で特定される数値範囲のものを選択することは、当業者が容易に想到し得たことである。

4 相違点4について
引用発明は、電磁波遮蔽網(繊維状基材)に注型用組成物(液体状(メタ)アクリルシロップ剤)を適用するものであるが、記載事項(3)によると、引用発明は、金属メッキ合成繊維紗で区画される2つの樹脂が、紗の開口を通して連結し完全に一体化されるように、また、アクリル樹脂がボイド空隙等が全く或いは殆ど存在しない程度に、「注型用組成物」が適用されるものであるから、引用発明において、「電磁波遮蔽網」の網目にボイド空隙等が全く或いは殆ど存在しない程度に、「注型用組成物」が入り込んでいるといえる。すなわち、引用発明は、「電磁波遮蔽網」に「注型用組成物」を含浸させるものであるといえる。
したがって、引用発明の電磁波遮蔽網(繊維状基材)に注型用組成物(液体状(メタ)アクリルシロップ剤)を適用する方法は、「繊維状基材」に「液体状(メタ)アクリルシロップ剤を含浸させる工程」を含む「繊維状基材を含浸するための含浸方法」であるといえる。
よって、相違点4は、実質的な相違点とはいえない。

5 効果について
(1)本願の発明の詳細な説明には、次のとおり記載されている。

・「【0011】
熱可塑性ポリマーは、直鎖又は分岐ポリマーからなり、それらは架橋しない。該熱可塑性ポリマーは、複合材料を生産するために必要な構成要素を混合するために加熱され、硬化のために冷却される。複合材料の成形加工のために熱可塑性樹脂を用いることにおける制限は、例えば、繊維状基材を均一に含浸するための、溶融状態におけるこれらの高い粘度である。熱可塑性樹脂が十分に流動する場合にのみ、熱可塑性ポリマーによる繊維のウェッティング又は正確な含浸は達成され得る。熱可塑性ポリマーの低い粘度又は十分な流動性のために、鎖長又は分子量は減少されるだろう。しかし、低すぎる分子量は、複合材料の性能及び機械的又は構造化部品、特に、変形係数のようなこれらの機械的特性、に悪影響を与える。
【0012】
熱可塑性ポリマーの重要な方法において粘度を減少させるもう一つの方法は、温度を上昇させることである。従って、連続使用温度は、比較的高く、200℃より高く、高いエネルギー費用が含まれる結果、複合材料と機械的又は構造化部品の経済的な費用を増大する。更に、熱可塑性ポリマーは、温度が高すぎる場合に、分解する傾向があり、例えば、PA6.6、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、又はポリフェニレンスルフィド(PPS)のようなポリアミドとして高い融点を有する半結晶性の熱可塑性ポリマーについて特に当てはまる。この熱誘起分解は、複合材料と機械的又は構造化部品との結合に重要な繊維状基材上のポリマーマトリックスの分子量の減少をもたらす。
【0013】
繊維状基材を含浸するためのもう一つの方法は、熱可塑性ポリマーを有機溶媒中に溶解させることである。しかし、この方法は、蒸発されなければならない多くの溶媒を必要とする。エネルギー及び汚染の観点から、大量の溶媒を使用することについての環境問題がある。
【0014】
これらが、特に繊維強化材を含む、熱可塑性複合材料の調製、繊維状基材の含浸方法、及び前記熱可塑性複合材料を含む製造される機械的又は構造化部品又は物品限界又は欠点である。
【0015】
本発明の目的は、上記の欠点を解決することである。
【0016】
本発明の一つの目的は、高い剛性及び少なくとも15GPaのヤング率のような機械的特性を満たす熱可塑性複合材料を含む構造化部品を得ることである。
【0017】
本発明のもう一つの目的は、十分なUV抵抗性を備えた熱可塑性複合材料を含む構造化部品を得ることである。
【0018】
本発明の更なる目的は、一定の可撓性のため、変化され成形され得る熱可塑性複合材料を含む構造化部品を得ることである。
【0019】
本発明の更にもう一つの目的は、含浸の間、繊維状基材を完全に、正確に、均一の方法で濡らすことである。例えば、泡及び空隙によりウェッティングする繊維のいかなる欠陥でも、構造化部品の機械的性能を低下させる。
【0020】
本発明のもう一つの目的は、複合材料を含む構造化部品、品質基準に適合しない構造化部品、又は使い古した構造化部品のリサイクルである。リサイクル中、少なくとも使い古された原料の一部を回収することが理解されている。これは、熱可塑性ポリマーを研削し再利用することを意味する。これは、例えば、複合材料の熱可塑性マトリックスからモノマーが回収され得ることも意味する。
【0021】
本発明のもう一つの目的は、本発明の熱可塑性複合材料を含む構造化部品を生産するために、低コストで実施され得て、大規模な製造が可能である方法を提供することである。その上、該方法は、市販の成分を使用することで容易に、簡素に実施されるべきである。また、部品の製造は、再生可能で迅速な短いサイクル時間を目的とすべきである。」

・「【実施例】
【0140】
実施例1:
25重量部のPMMA(BS520;コモノマーとしてアクリル酸エチルを含むMMAのコポリマー)を75重量部のメタクリル酸メチル中に溶解することによって、シロップ剤を調製し、MEHQ(ヒドロキノンモノメチルエーテル)で安定化する。100重量部のシロップ剤に、2重量部の過酸化ベンゾイル(BPO;Luperox A75、アルケマ社製)及び0.2重量部のDMPT(N,N-ジメチル-p-トルイジン、シグマ-アルドリッチ社製)を加える。該シロップ剤は、25℃で520mPa・sの動力学的粘度を有する。該シロップ剤を、繊維状基材としてガラス布を含む密閉金型中に注入し、25℃で80分間重合する。
【0141】
シートの形態である構造の部品を該金型から得る。
【0142】
該シートは、繊維状基材に対して熱可塑性ポリマーの良好な粘着を有する。
【0143】
該シートは、十分な機械的特性も備える。
【0144】
使用後、該シートの形態である構造の部品は、熱及び解重合により再生利用され得る。」

(2)本願発明は、「含浸方法」の発明であるから、本願発明により奏される効果は、本願の発明の詳細な説明の記載(上記(1))からみて、「熱可塑性ポリマーによる繊維のウェッティング又は正確な含浸を達成できる」という効果であるといえる。
しかし、この効果は、引用文献1の記載事項、特に記載事項(3)からみて、引用発明が有している効果又は引用発明から予測可能な効果であるといえ、格別顕著なものとはいえない。

(3)請求人は、平成30年6月21日提出の手続補正書において、「本願請求項に係る発明の含浸方法は、少なくとも1000のアスペクト比を有する長繊維を使用するものである。この含浸方法により製造された製品は、高い剛性及び少なくとも15GPaのヤング率を示し(本明細書段落〔0029〕)、これは、長繊維が少なくとも1000のアスペクト比を有する構成及び他の本願請求項に記載の構成を含む本組合せによる優れた効果であると思料する。」と主張する。
しかし、「高い剛性及び少なくとも15GPaのヤング率を示」すことは、含浸した後に重合して製品となった場合の効果であって、含浸の段階にとどまる本願発明の効果とはいえないし、「この含浸方法により製造された製品」が実際にそのような効果を奏することは確認されていない。
また、仮に、「高い剛性及び少なくとも15GPaのヤング率を示」すということが、本願発明の効果であるといえるとしても、上記第6 1の相違点1についてで検討したとおり、引用発明における「電磁波遮蔽網」も少なくとも1000のアスペクト比を有する長繊維でできているといえることから、「高い剛性及び少なくとも15GPaのヤング率を示」すという効果が、本願発明の効果であるといえるのであれば、引用発明も有している効果であるといえるし、また、引用発明からみて格別顕著なものとはいえない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

6 まとめ
したがって、本願発明は、引用発明、すなわち引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
また、本願発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第7 むすび
上記第6のとおり、本願発明、すなわち請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2018-11-30 
結審通知日 2018-12-04 
審決日 2018-12-17 
出願番号 特願2015-522103(P2015-522103)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C08J)
P 1 8・ 113- Z (C08J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 久保田 葵佐藤 玲奈平井 裕彰  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 阪▲崎▼ 裕美
加藤 友也
発明の名称 繊維状基材の含浸方法、含浸方法用の液体状(メタ)アクリルシロップ剤、その重合方法、及びその得られた構造化物品  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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