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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  D01F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D01F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D01F
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D01F
管理番号 1351395
異議申立番号 異議2018-700159  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-06-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-02-22 
確定日 2019-03-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6183210号発明「液晶ポリエステルマルチフィラメント」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6183210号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕、6について訂正することを認める。 特許第6183210号の請求項1、2、4?6に係る特許を維持する。 特許第6183210号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6183210号(以下「本件特許」という。)の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成24年12月25日(優先権主張平成23年12月27日 日本国)を国際出願日とする出願であって、平成29年8月4日にその特許権の設定登録(特許掲載公報発行日:平成29年8月23日)がされたものであり、その特許について、平成30年2月22日に特許異議申立人中平茉里(以下「申立人1」という。)により、平成30年2月23日に特許異議申立人大池聞平(以下「申立人2」という。)により、それぞれ特許異議の申立てがされ、当審において平成30年6月6日付けで取消理由を通知し、その指定期間内である平成30年8月1日に意見書の提出及び訂正の請求がされ、この訂正の請求について、平成30年9月10日に手続補正書が提出され、平成30年10月23日に申立人1より、平成30年10月29日に申立人2より、それぞれ意見書が提出され、さらに、当審において平成30年11月22日付けで取消理由(決定の予告)を通知したところ、その指定期間内である平成30年12月26日に意見書の提出及び訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)がされ、本件訂正請求について、平成31年2月13日に申立人1より、平成31年2月18日に申立人2より、それぞれ意見書が提出されたものである。
なお、平成30年8月1日の訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の請求について
1.訂正の内容
本件訂正請求は、「特許第6183210号の明細書、特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5、6について訂正する」ことを求めるものであり、その訂正の内容は、本件特許に係る願書に添付した明細書及び特許請求の範囲を、次のように訂正するものである。

(1)請求項1?5に係る訂正
ア.訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上である液晶ポリエステルマルチフィラメント。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)」を、
「次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上、総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメント。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)」に訂正する。

イ.訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

ウ.訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4の
「請求項1?3のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。」を、
「請求項1または2に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。」に訂正する。

エ.訂正事項4
願書に添付した明細書の段落【0010】の
「上記課題を解決するため、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは次の構成を有する。すなわち、
次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上である液晶ポリエステルマルチフィラメント、である。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)」を、
「上記課題を解決するため、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは次の構成を有する。すなわち、
次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上、総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメント、である。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)」に訂正する。

オ.訂正事項5
願書に添付した明細書の段落【0012】の
「本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、総繊度200?3,000dtexであることが好ましい。」を、
「本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、総繊度200?3,000dtexであることが必要であり、かつ、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下であることが必要である。」に訂正する。

カ.訂正事項6
願書に添付した明細書の段落【0066】の
「本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の総繊度は、200?3,000dtexが好ましく、500?3,000dtexであることがより好ましい。200?3,000dtexとすることで、生産効率が高く、原糸使用量が極めて多い産業資材用途に好適である。また、紡糸サンプルを分繊あるいは合糸して総繊度が200?3,000dtexの液晶ポリエステルマルチフィラメントとすることも何等差し支えない。」を、
「本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の総繊度は、200?3,000dtexとするものであり、500?3,000dtexであることが好ましい。200?3,000dtexとすることで、生産効率が高く、原糸使用量が極めて多い産業資材用途に好適である。また、紡糸サンプルを分繊あるいは合糸して総繊度が200?3,000dtexの液晶ポリエステルマルチフィラメントとすることも何等差し支えない。」に訂正する。

キ.訂正事項7
願書に添付した明細書の段落【0067】の
「本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の単繊維繊度は、100dtex以下が好ましく、50dtex以下であることがより好ましく、30dtex以下であることがさらに好ましい。100dtex以下とすることで、吐出後に単繊維内部まで均一な冷却が可能となり、製糸性が安定し、毛羽品位の良好な液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。なお、本発明でいう単繊維繊度は総繊度を単繊維数で除した商を単繊維繊度(dtex)とした。」を、
「本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の単繊維繊度は、5.6dtex以上100dtex以下とするものである。また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の単繊維繊度は、50dtex以下であることが好ましく、30dtex以下であることがより好ましい。100dtex以下とすることで、吐出後に単繊維内部まで均一な冷却が可能となり、製糸性が安定し、毛羽品位の良好な液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。なお、本発明でいう単繊維繊度は総繊度を単繊維数で除した商を単繊維繊度(dtex)とした。」

(2)請求項6に係る訂正
ア.訂正事項8
特許請求の範囲の請求項6の
「溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程」を、
「溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイルリングローラー一対を複数用いて融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程」に訂正する。

イ.訂正事項9
願書に添付した明細書の段落【0011】の
「また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法は、次の構成を有する。すなわち、
溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法、である。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、単繊維数が30?500本であることが好ましい。」を、
「また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法は、次の構成を有する。すなわち、
溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイルリングローラー一対を複数用いて融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法、である。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、単繊維数が30?500本であることが好ましい。」に訂正する。

2.訂正の適否
(1)請求項1?5に係る訂正
ア.訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の特許請求の範囲の請求項1の液晶ポリエステルマルチフィラメントの総繊度及び単繊維繊度が限定されていなかったものを、「総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下」であるとの事項を加えて限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、訂正事項1の「総繊度200?3,000dtex」であるとの事項は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下「本件特許明細書」という。)の段落【0012】に記載され、「単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下」であるとの事項は、本件特許明細書の段落【0067】に単繊維繊度が「100dtex以下」であることが記載され、単繊維繊度の下限は、本件特許明細書の段落【0080】?【0082】及び【0085】?【0086】に記載されたマルチフィラメントの、総繊度1680dtexを単繊維数300本で除した値である「5.6dtex」としたものであって、訂正事項1は本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
さらに、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことも明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。

イ.訂正事項2について
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項3を削除するものであり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項2が、本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

ウ.訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の特許請求の範囲の請求項4の引用する請求項の記載である「請求項1?3のいずれか」を、請求項3の削除に伴い、整合を図るために「請求項1または2」と訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項3が、本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

エ.訂正事項4?7について
訂正事項4?7は、上記訂正事項1?3に係る特許請求の範囲の訂正に伴い、明細書の記載の整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項4?7が、本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、訂正事項4?6は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

オ.一群の請求項について
訂正前の請求項2?5は、訂正前の請求項1を直接又は間接に引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであり、本件訂正請求は、特許法第120条の5第4項に規定する、一群の請求項ごとにされたものである。
また、訂正事項4?7による本件特許明細書の訂正に係る請求項は、請求項1及びこの請求項1を直接又は間接に引用する請求項2?5であり、本件訂正請求は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項に規定する、一群の請求項の全てについて行われたものである。

(2)請求項6に係る訂正
ア.訂正事項8について
訂正事項8は、融着防止剤の繊維表面への付着について、「対向するオイルリングローラー一対を複数用」いるとの事項を加えて限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、訂正事項8のうち、「対向するオイルリングローラー一対」を用いることは、本件特許明細書の段落【0048】に「オイリングローラーを用いる場合」と、同じく段落【0049】に「溶融紡糸工程や巻き返し工程において、対向する一対のORに走行糸条の両側面を接触させて融着防止剤を付着させる方法である。」と記載され、また、対向するオイルリングローラー一対を「複数」用いることは、本件特許明細書の段落【0048】に「溶融紡糸工程または巻き返し工程の少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から融着防止剤を繊維表面に付着させる。ここで、垂直な面内は必ずしも単一の面内に限定されず、複数の垂直面内であっても良い。」と記載されていることから、訂正事項8は本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
さらに、訂正事項8は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことも明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。

イ.訂正事項9について
訂正事項9は、上記訂正事項8に係る特許請求の範囲の請求項6の訂正に伴い、明細書の記載の整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
そして、訂正事項9が、本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、訂正事項9は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

3.訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?5〕、6について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1.本件特許発明
上記のとおり、本件訂正の請求が認められるから、本件特許の請求項1?6に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、それぞれ、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上、総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメント。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)
【請求項2】
単繊維数が30?500本である請求項1に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
液晶ポリエステルが下記化学式に示す構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)からなる請求項1または2のいずれかに記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【化1】

【請求項5】
構造単位(I)が構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40?85mol%であり、構造単位(II)は構造単位(II)および(III)の合計に対して60?90mol%であり、構造単位(IV)は構造単位(IV)および(V)の合計に対して40?95mol%である請求項4に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項6】
溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイルリングローラー一対を複数用いて融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程」

2.取消理由の概要
本件発明1、2及び4?6に対して、特許権者に通知した平成30年6月6日付けの取消理由の概要、及び、平成30年11月22日付けの取消理由(決定の予告)の概要をまとめると、次のとおりである。

理由1)本件発明1は、その優先日前日本国内または外国において頒布された下記の引用刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
理由2)本件発明1、2、4及び5は、その優先日前日本国内または外国において頒布された引用刊行物1に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
また、本件発明6は、その優先日前日本国内または外国において頒布された引用刊行物2に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
<引用刊行物>
1:特開2006-336147号公報(申立人2が提出した甲第1号証)
2:特開2009-235634号公報(申立人1が提出した甲第3号証)
3:特開2007-126759号公報(申立人1が提出した甲第5号証)
4:特開2008-57085号公報(申立人1が提出した甲第6号証)
5:実願昭49-133083号(実開昭51-61115号)のマイクロフィルム(申立人1が提出した甲第7号証)

3.当審の判断
(1)引用刊行物に記載された発明
ア.引用刊行物1には、以下の記載がある。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径0.001?1μmの無機微粒子が単繊維表面に0.05?2質量%付着されてなり、単糸繊度が0.01?1.5dtex、熱処理後の強度が15cN/dtex以上である溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。
【請求項2】
無機微粒子が膨潤性層状粘土鉱物であることを特徴とする請求項1記載の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融異方性芳香族ポリエステル繊維、特に単糸繊度が0.01?1.5dtexの極細繊度にも関わらず、高強度、高弾性率である溶融異方性芳香族ポリエステル繊維に関し、例えば防弾服、防刃、防アイスピック服などの防護材に用いることができ、かつ衣服等にしたときの風合いも良好な溶融異方性芳香族ポリエステル繊維とその製造方法に関するものである。」
「【背景技術】
【0002】
溶融異方性芳香族ポリエステル繊維に対して無機微粒子を付与させるという技術としては、モース硬度4以下のケイ酸とマグネシウムを主成分とする、平均粒径0.01?15μmの無機微粒子を単糸繊度2?10dtexの繊維表面に付着させてなる溶融異方性芳香族ポリエステル繊維が知られている(例えば、特許文献1参照。)。特許文献1は溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の剛直さゆえの耐屈曲疲労性、耐磨耗性の改善に効果がある他に、熱処理後のヤーンの膠着回避にも効果的である。
【0003】
一般的に溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は紡糸直後の原糸段階では十分な強度が得られない。これを窒素などの不活性ガス雰囲気下において熱処理することで固相重合反応が進行して高強度が得られるのであるが、それと同時に単繊維同士が膠着しやすく、ヤーンが硬くなる欠点を有している。無機微粒子を付与させるという特許文献1の技術はこの単繊維間に微粒子が存在させることで互いの膠着を防ぐ効果を持っており、さらには単糸の分繊性が良いと単にヤーンが軟らかくなる以外に結節強度等の物性が向上することにもなる。
【0004】
しかしながら、従来の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は単糸繊度2?10dtexのものがほとんどであり、特許文献1で記載されているような粒径の無機微粒子ではさらに単糸繊度の細い、例えば繊度2.0dtex未満の細繊度の繊維に対しては粒径が大きすぎてローラータッチあるいはカラス口等で付与しても粒子はヤーンの表面にのみ存在するだけで、単糸間に入り込むことができず、熱処理時の膠着が回避できないという問題があった。
【0005】
【特許文献1】特開2004-107826号公報」
「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、熱処理後も単糸同士が膠着することなく単糸分繊性に優れ、非常にしなやかで従来よりも結節強度の高い極細繊度の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を得ることにある。」
「【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成すべく本願発明者等は鋭意検討を重ねた結果、繊維表面に平均粒径0.001?1μmの無機微粒子を付与することにより熱処理後も単糸同士が膠着することなく単糸分繊性に優れ、非常にしなやかで従来よりも結節強度の高い極細の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維が得られることを見出した。
【0008】
すなわち本発明は、平均粒径0.001?1μmの無機微粒子が単繊維表面に0.05?2質量%付着されてなり、単糸繊度が0.01?1.5dtex、熱処理後の強度が15cN/dtex以上である溶融異方性芳香族ポリエステル繊維であり、好ましくは無機微粒子が膨潤性層状粘土鉱物であることを特徴とする上記の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維である。」
「【発明の効果】
【0009】
本発明の無機微粒子を繊維表面に付着させた溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は高強度でかつ単繊度が細く、単糸同士の膠着もないことから、結節強力、屈曲疲労性が優れるので、ロープ、ケーブル、テンションメンバー、FRP、防弾チョッキ等幅広い用途に使用可能である。」
「【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明にいう溶融異方性芳香族ポリエステルとは、溶融相において光学的異方性(液晶性)を示す芳香族ポリエステルであり、例えば試料をホットステージに載せ窒素雰囲気下で昇温加熱し、試料の透過光を観察することにより認定できる。本発明で用いる溶融異方性ポリエステルは芳香族ジオール、芳香族ジカルボン酸、芳香族ヒドロキシカルボン酸の反復構成単位を主成分とするものであるが、下記化1に示す反復構成単位群の組合せからなるものが好ましい。
【0011】
【化1】


【0012】
特に好ましくは下記化2に示す反復構成単位の組合せからなるポリマーが好ましく、さらに好ましいのは(A)および(B)の反復構成単位からなる部分が65%以上であるポリマーであり、特に(B)の成分が4?45モル%である芳香族ポリエステルであることが好ましい。
【0013】
【化2】


「【0016】
次に本発明の極細繊度の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維を得る方法については、特に限定されるものではない。例えば、ノズルの孔径を小さくして直接紡糸段階で細い繊度の繊維を得ても良いし、水溶性ポリマーや易アルカリ溶解性ポリマーを海成分、溶融異方性芳香族ポリエステルを島成分にした海島複合繊維を紡糸し、熱水やアルカリ減量処理により0.01?1.5dtexの細繊度繊維を得てもかまわない。
・・・・
【0018】
本発明における重要な点は溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の表面に無機微粒子を付着させることであるが、特に重要なのは単糸繊度が0.01?1.5dtexの細繊度の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の表面に、平均粒径0.001?1μmの無機微粒子を付着させることにある。
従来の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の単糸繊度は2?10dtexが一般的であるが、単糸繊度が0.01?1.5dtexと細くなるとマルチフィラメントヤーンとしたときの充填密度も高くなる。そうなると微粒子を単繊維表面に付着させようとしても、その粒子径も小さくしなければ微粒子といえどもヤーンの表面にのみ存在するだけで単繊維間に入り込むことができず、熱処理時の単糸同士の膠着を防止する効果が得られなくなる。本発明の微粒子の粒子径は0.001?1μmであることが必要であり、0.01?0.1μmであることが好ましい。
・・・・
【0020】
本発明の無機微粒子の繊維表面への付着方法は特に限定されるものではなく、繊維に均一に付着可能な方法であれば、何等限定されない。ただ無機微粒子は熱処理による単糸の膠着防止が主な目的であるため、熱処理前に繊維表面に付着させておくことが好ましい。
例えば紡糸段階で付着させる場合は、ポリマーがノズルから吐出してから、糸が巻き取られる間に水に無機微粒子を分散させたものをローラータッチあるいはカラス口等を用いて付着させる方法が簡便で好ましい。また海島複合繊維を紡糸した後、海成分を減量処理して極細糸を得る場合は糸を巻き返す工程にてローラータッチ、あるいはカラス口等を用いて付着させる方法も考えられる。また無機微粒子を分散させる水溶液中には通常の紡糸油剤に用いるような界面活性剤の成分が含まれていても何等差し支えない。」
「【0025】
[実施例1]
(1)海成分のポリマーには、5-ナトリウムスルホイソフタル酸ジメチル(I)が共重合ポリエステルを構成する全酸成分の2.5モル%、分子量2000のポリエチレングリコール(II)及び下記化3で表されるポリオキシエチレングリシジルエーテル(III)が全共重合ポリエステルのそれぞれ10重量%を占め、残りがテレフタル酸、エチレングリコールである共重合ポリエステル(固有粘度0.58dl/g)、島成分のポリマーには、前記化2で示した構成単位(A)と(B)が(A)/(B)=73/27(モル比)である溶融異方性芳香族ポリエステル(MP=281℃、MV=420poise、η_(inh)=4.34dl/g)を用いた。・・・・
【0027】
(2)各ポリマーを2台の押出し機より溶融し、ギアポンプから溶融異方性芳香族ポリエステル:易アルカリ減量性ポリエステル=70:30(質量比)で紡糸ヘッドに導き、図1の断面形状を有するノズル径0.15mmφ、24ホールからなる口金より紡糸温度315℃、巻取速度1000mm/分で紡糸し、274dtex/24fの海島型複合繊維を得た。この繊維を穴空きステンレス製ボビンに巻き、95℃の水酸化ナトリウム溶液に30分間浸漬処理した。この処理による質量減少は31%であり、易減量性ポリマーは完全に除去されていた。処理後の島成分の繊維の強度は9.1cN/dtex、単糸繊度は0.5dtexであった。
(3)上記(2)で得られた繊維に膨潤性層状粘土鉱物の微粒子(コープケミカル社製合成スメクタイト「SWN」)をポリエチレングリコールラウリレートを主成分とする紡糸油剤に2質量%の濃度になるよう分散させた。SWNは膨潤してへき開し、平均粒子径は0.01?0.1μmとなった。これをカラス口にてSWNを糸に対して0.5質量%付着させた。得られた繊維を乾燥窒素雰囲気中にて260℃で2時間熱処理、次いで280℃で12時間熱処理した後ココナツ油を主成分とする仕上げ油剤を糸に付着させて熱処理糸を得た。得られた熱処理糸の各物性の測定結果を表1に示す。」
「【0032】
【表1】

【0033】
表1に示すように、実施例1?3の平均粒径0.01?0.1μmの膨潤性層状粘土鉱物の微粒子を糸に0.1?3質量%付与した溶融異方性芳香族ポリエステル繊維は比較例1よりも単糸間同士での膠着がないかあるいは少なく、また結節強度も向上していた。一方同じ膨潤性の微粒子であっても、平均粒子径が1?10μmと大きいと、結節強度は少し向上しても単糸間同士の膠着が改善されなかった。」
「【図1】



イ.引用刊行物1には、「溶融異方性芳香族ポリエステル繊維」について、
段落【0010】に、その「溶融異方性芳香族ポリエステル」が「光学的異方性(液晶性)」を示す芳香族ポリエステル繊維であると記載され、
また、段落【0027】に、「溶融異方性芳香族ポリエステル:易アルカリ減量性ポリエステル=70:30(質量比)で紡糸ヘッドに導き」、図1の16個の島成分を形成するノズル口金で、「24ホールからなる口金より紡糸温度315℃、巻取速度1000mm/分で紡糸し、274dtex/24fの海島型複合繊維を得」、「この繊維を穴空きステンレス製ボビンに巻き、95℃の水酸化ナトリウム溶液に30分間浸漬処理」したところ、「この処理による質量減少は31%であり、易減量性ポリマーは完全に除去され」、「処理後の島成分の繊維の強度は9.1cN/dtex、単糸繊度は0.5dtex」であると記載されており、このことから、274dtex/24fの海島型複合繊維を、95℃の水酸化ナトリウム溶液に30分間浸漬処理した後の繊維は、単繊維数が384本であり、総繊度が192dtexである。
さらに、段落【0027】には、上記処理後の繊維に「膨潤性層状粘土鉱物の微粒子(コープケミカル社製合成スメクタイト「SWN」)をポリエチレングリコールラウリレートを主成分とする紡糸油剤に2質量%の濃度になるよう分散」させたものを、「カラス口にてSWNを糸に対して0.5質量%付着」させたところ、「SWNは膨潤してへき開し、平均粒子径は0.01?0.1μm」となり、「得られた繊維を乾燥窒素雰囲気中にて260℃で2時間熱処理、次いで280℃で12時間熱処理した後ココナツ油を主成分とする仕上げ油剤を糸に付着させて熱処理糸を得」た旨記載されている。
段落【0032】の【表1】の記載、及び段落【0033】の記載によれば、この得られた熱処理糸は、強度が「21.6cN/dtex」、伸度が「3.1%」、結節強度が「7.4cN/dtex」であり、単糸間同士の膠着の程度は、「全く膠着は見られない」ものである。

ウ.そうすると、引用刊行物1には、以下の「引用発明1」が記載されていると認められる。
「溶融異方性芳香族ポリエステル繊維について、
その溶融異方性芳香族ポリエステルは、光学的異方性(液晶性)を示す芳香族ポリエステルであり、
溶融異方性芳香族ポリエステルと易アルカリ減量性ポリエステルを、70:30(質量比)で紡糸ヘッドに導き、16個の島成分を形成するノズル口金で、24ホールからなる口金より紡糸温度315℃、巻取速度1000mm/分で紡糸し、274dtex/24fの海島型複合繊維を得、この繊維を穴空きステンレス製ボビンに巻き、95℃の水酸化ナトリウム溶液に30分間浸漬処理したところ、この処理による質量減少は31%であり、易減量性ポリマーは完全に除去され、この浸漬処理後の島成分の繊維の強度は9.1cN/dtex、単糸繊度は0.5dtexであり、この浸漬処理後の繊維は、単繊維数が384本、総繊度が192dtexであり、
この浸漬処理後の繊維に、膨潤性層状粘土鉱物の微粒子(コープケミカル社製合成スメクタイト「SWN」)をポリエチレングリコールラウリレートを主成分とする紡糸油剤に2質量%の濃度になるよう分散させたものを、カラス口にてSWNを糸に対して0.5質量%付着させたところ、SWNは膨潤してへき開して平均粒子径は0.01?0.1μmとなり、得られた繊維を乾燥窒素雰囲気中にて260℃で2時間熱処理、次いで280℃で12時間熱処理した後ココナツ油を主成分とする仕上げ油剤を糸に付着させて熱処理糸を得、
この得られた熱処理糸は、強度が21.6cN/dtex、伸度が3.1%、結節強度が7.4cN/dtexであり、単糸間同士の膠着の程度は、全く膠着は見られないものである、
溶融異方性芳香族ポリエステル繊維。」

エ.また、引用刊行物2には、特に段落【0048】、【0049】の記載を踏まえると、以下の「引用発明2」が記載されていると認められる。
「溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、(1)溶融紡糸工程、及び(2)巻き返し工程から選ばれる少なくとも1つの工程において、融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。」

(2)本件発明1について
ア.本件発明1と引用発明1を対比すると、引用発明1の「溶融異方性芳香族ポリエステル繊維」は単繊維数が384本のマルチフィラメントであって、液晶性を示す芳香族ポリエステルからなるものであるから、本件発明1の「液晶ポリエステルマルチフィラメント」に相当し、引用発明の「強度が21.6cN/dtex」であることは、本件発明1の「強度が15.0cN/dtex以上」であることに相当する。
そうすると、本件発明1と引用発明1は、少なくとも以下の点で相違する。
《相違点1》
本件発明1が、「総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメント」であって、「単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)」により算出される「単繊維間融着度」が「0?20の範囲」であるのに対し、引用発明1は、単糸繊度が0.5dtex、総繊度が192dtexの溶融異方性芳香族ポリエステル繊維であり、単糸間同士の膠着の程度は、全く膠着は見られないものであるものの、本件発明1のような「単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)」により算出された単繊維間融着度について特定されていない点。

イ.上記相違点1について検討する。
引用刊行物1の請求項1には、溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の単糸の繊度について、0.01?1.5dtexの範囲の単糸繊度を取り得ることが記載されており、引用発明の、単糸繊度が0.5dtexであり総繊度が192dtexである溶融異方性芳香族ポリエステル繊維において、強度を増やすために単糸を0.5dtexより太くするか、または、生産性を向上するために単繊維数を増加して、総繊度を200?3,000dtexの範囲内のものとすることは、当業者が容易に想到することができたものといえる。
しかし、引用発明1は、「さらに単糸繊度の細い、例えば繊度2.0dtex未満の細繊度の繊維に対しては粒径が大きすぎてローラータッチあるいはカラス口等で付与しても粒子はヤーンの表面にのみ存在するだけで、単糸間に入り込むことができず、熱処理時の膠着が回避できないという問題」(引用刊行物1の段落【0004】)に着目して成された発明であることからすれば、単糸繊度を、5.6dtex以上100dtex以下の単糸に換えて、そのような太い単糸について、本件発明1で特定されるような単繊維間融着度を持つ、全く膠着は見られないものにしようとする動機付けがない。
この点、申立人1は、平成31年2月13日の意見書(2頁14行?4頁13行)において、引用刊行物1の段落【0018】に「従来の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の単糸繊度は2?10dtexが一般的である」と記載されており、引用発明1の単糸繊度を、一般的な単糸繊度である「2?10dtex」に設定することは、当業者が適宜なし得る設計的事項である旨主張し、申立人2は、平成31年2月18日の意見書(3頁13行?6頁末行)において、参考資料1(特開2010-248681号公報)、参考資料2(特開2008-240229号公報)及び参考資料3(特開2013-133576号公報)に記載されるように、細繊度の繊維の方が熱処理時の膠着がより発生しやすいことが技術常識であるから、より太い繊度である本件特許発明の繊維のほうが、「単繊維間融着度が0?20の範囲」の繊維とすることが容易である旨主張する。
しかし、上記のように、引用発明1の溶融異方性芳香族ポリエステル繊維の単糸繊度について、5.6dtex以上100dtex以下の単糸に換えようとする動機付けがなく、提出された他の証拠にも、5.6dtex以上100dtex以下の太い単糸について、本件発明1で特定されるような単繊維間融着度を持つ、全く膠着は見られないものにすることが記載されておらず、示唆もされていない。
そして、本件発明1は、上記相違点1に係る構成を備えることにより、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメントについて、「単繊維間融着度が0?20と極めて低いため、高次加工での工程通過性が向上する。また融着による欠点が少ないことで高強度・高弾性繊維となるため、産業資材用繊維として有用である。」(本件特許明細書の段落【0016】)の格別な効果を奏するものである。
よって、上記相違点1は実質的なものであり、本件発明1の上記相違点1に係る構成は、引用発明1に基いて、当業者が容易に想到することができたものではない。

ウ.以上より、本件発明1は引用発明1ではなく、また、引用発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3)本件発明2、4、5について
本件発明2、4、5は、本件発明1の発明特定事項を、直接又は間接的にすべて含むものであるところ、上記(2)のとおり、本件発明1は、引用発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明1の発明特定事項をすべて含む本件発明2、4、5も、引用発明1に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件発明6について
ア.本件発明6と引用発明2を対比すると、本件発明6と引用発明2とは、少なくとも以下の点で相違する。
《相違点6》
融着防止剤を繊維表面に付着させる際に、本件発明6が、「糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイルリングローラー一対を複数用い」るのに対し、引用発明2は、そうであるか不明である点。

イ.上記相違点6について検討すると、引用刊行物3?5には、工程通過性の向上のため、繊維を挟んで向かい合う方向から油剤を付与することが記載されているものの、融着防止剤を、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイルリングローラー一対を複数用いて付着させることまで、記載されているとはいえない。
そして、本件発明6は、上記相違点6に係る構成を備えることにより、「紡糸工程または巻き返し工程において、全方向多段OR給油法や油浴浸漬法を用いて、融着防止剤を繊維表面に均一に付着させることで、単繊維間融着度が0?20と大きく低減でき、高次加工での工程通過性に優れる液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。」(本件特許明細書の段落【0088】)との格別な効果を奏するものである。
よって、本件発明6の上記相違点6に係る構成は、引用発明2に基いて、当業者が容易に想到することができたものではない。

ウ.以上より、引用発明6は、引用発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
ア.申立人1は、その特許異議申立書(14頁下から5行?21頁下から5行)において、本件発明1、2、4、5について、甲第1号証(特開平9-256240号公報、以下「甲A1」という。)に記載された発明、並びに甲第2号証(特開昭59-179818号公報、以下「甲A2」という。)及び甲第3号証(上記引用刊行物2、以下「甲A3」という。)に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反するものであるから、同法第113条第2号の規定により、本件発明1、2、4、5に係る特許を取り消すべき旨主張する。
しかし、上記甲A1?甲A3には、固相重合させて、強度が15.0cN/dtex以上となった液晶ポリエステルマルチフィラメントについて、単繊維間融着度を0?20の範囲とすることは記載されておらず、本件発明1、2、4、5を、上記甲A1に記載の発明、並びに上記甲A2及び甲A3に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、申立人1の上記申立理由は、採用することができない。

イ.また、申立人1は、その特許異議申立書(26頁下から2行?31頁11行)において、本件発明6について、甲第4号証(特開2010-209495号公報、以下「甲A4」という。)に記載された発明、並びに甲第5号証(上記引用刊行物3、以下「甲A5」という。)、甲第6号証(上記引用刊行物4、以下「甲A6」という。)及び甲第7号証(上記引用刊行物5、以下「甲A7」という。)に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反するものであるから、同法第113条第2号の規定により、本件発明6に係る特許を取り消すべき旨主張する。
しかし、上記(4)で述べたように、いずれの引用刊行物にも、融着防止剤を、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイルリングローラー一対を複数用いて付着させることが記載されておらず、本件発明6を、上記甲A4に記載の発明、並びに上記甲A5ないし甲A7に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、申立人1の上記申立理由は、採用することができない。

ウ.また、申立人2は、その特許異議申立書(14頁下から10行?18頁2行)において、本件発明1、2、4、5について、甲第2号証(植田啓三、「全芳香族ポリエステル繊維ベクトラン」、繊維と工業、Vol.43、No.4(1987)、p.135-138、以下「甲B2」という。)、甲第3号証(頼光周平、「ポリアリレート繊維(その特性と用途)」、繊維と工業、Vol.66、No.3(2010)、p.86-90、以下「甲B3」という。)又は甲第4号証(「高次元の機能を備えた細繊度エンプラ繊維の開発」、[onlone]、2010年5月13日、KBセーレン株式会社、[2018年2月22日検索]、インターネット<URL:http://www.seiren.com/news/2010_346/、以下「甲B4」という。>に記載された発明、並びに甲第1号証(上記引用刊行物1、以下「甲B1」という。)、甲第5号証(特開2009-235633号公報、以下「甲B5」という。)、甲第6号証(特公平7-65275号公報、以下「甲B6」という。)、甲第7号証(特公平8-14043号公報、以下「甲B7」という。)及び甲第8号証(特開昭62-149934号公報、以下「甲B8」という。)に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反するものであるから、同法第113条第2号の規定により、本件発明1、2、4、5に係る特許を取り消すべき旨主張する。
しかし、上記甲B1?甲B8のいずれにも、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメントについて、単繊維間融着度を0?20の範囲とすることは記載されておらず、本件発明1、2、4、5を、上記甲B2、甲B3又は甲B4に記載の発明、並びに上記甲B1、甲B5?甲B8に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、申立人2の上記申立理由は、採用することができない。

エ.また、申立人2は、その特許異議申立書(18頁3行?19頁2行)において、本件発明1、2、4、5の「単繊維間融着度が0?20の範囲」との事項に関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、また、本件発明1、2、4、5が、発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号及び第6項第1号の規定に違反するものであり、同法第113条第4号の規定により、本件発明1、2、4、5に係る特許を取り消すべき旨主張する。
しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例1?10を示し、「単繊維間融着度が0?20の範囲」の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法が記載されており、その実施をすることができるものである。さらに、それらの実施例と比較例1?7とを対比して、「単繊維間融着度が0?20の範囲」の液晶ポリエステルマルチフィラメントが、毛羽個数及び工程通過性で優れていることが示されており、「単繊維間融着度が0?20の範囲」との事項を含む本件発明1、2、4、5が、発明の課題を解決できることを当業者が認識できるものといえるから、本件発明1、2、4、5は、発明の詳細な説明に記載したものである。
よって、申立人2の上記申立理由は、採用することができない。

(6)むすび
以上のとおりであるから、本件発明1、2、4?6に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、2、4?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件訂正請求に係る訂正により、請求項3に係る特許は削除されたため、請求項3に対して申立人1、2がした特許異議の申立ては、不適法であって、その補正をすることができないものであることから、特許法第120条の8で準用する特許法第135条の規定により、却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
液晶ポリエステルマルチフィラメント
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ポリエステルマルチフィラメントに関する。詳しくはロープ、漁網、テンションメンバー等の産業資材用途に好適な高強度・高弾性率の液晶ポリエステルマルチフィラメントに関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ポリエステル繊維は、剛直な分子鎖が繊維軸方向に高度に配向していることから、汎用繊維に比べ著しく高い強度および弾性率を有しており、更に繊維形態で熱処理を行うことによって固相重合反応が進行し、液晶ポリエステルの重合度を高めて性能を更に向上させることができる。このとき、単位時間当たりの処理量を高めるため、繊維をパッケージ形状として固相重合を行う方法が工業的に広く用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
しかしながら、液晶ポリエステルマルチフィラメントでは、固相重合反応が進行し得る融点近傍の温度域では単繊維間融着が発生しやすく、パッケージからの解舒の際に繊維表面の融着部分がはがれ、融着痕やフィブリル化の起点等の欠陥が生じ易い。また、剛直な分子鎖が繊維軸方向へ高配向する一方、繊維軸垂直方向への相互作用が低いため、このような欠陥を起点としてフィブリルが発生することもある。欠陥やフィブリルの発生は、繊維物性低下、高次加工工程での加工性悪化、および製品の品位・性能低下の原因となる。
【0004】
これらの問題を解決する方法として、熱可塑性重合体からなる繊維に非融着性重合体の有機溶剤溶液を塗布した後、延伸又は熱処理することを特徴とする解繊性の良好な繊維の製造方法(特許文献1参照)や、溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステル繊維を減圧下、フッ素化合物を存在させて低温プラズマ処理を行った後、熱処理することを特徴とする芳香族ポリエステル繊維の製造方法(特許文献2参照)、芳香族ポリエステル繊維をボビンなしで熱処理を行うことを特徴とする芳香族ポリエステル繊維の製造方法(特許文献3参照)などが提案されている。
【0005】
さらに、モース硬度4以下のケイ酸およびマグネシウムを主成分とする、平均粒径0.01?15μmの無機微粒子0.03?5.0質量%を繊維表面に付着させてなるポリアリレート繊維(特許文献4参照)や、液晶ポリエステル繊維に融着防止剤を付着させて固相重合した後、固相重合された液晶ポリエステル繊維からなるパッケージをパッケージの状態で洗浄して融着防止剤を除去し、繊維への融着防止剤の付着量を繊維重量に対して4.0重量%以下とすることを特徴とする液晶ポリエステル繊維の製造方法(特許文献5参照)、特定の5成分の繰り返し構造単位からなる液晶ポリエステルからなることを特徴とする液晶ポリエステル繊維(特許文献6参照)なども提案されている。
【特許文献1】特開昭54-015020号公報
【特許文献2】特開昭63-112767号公報
【特許文献3】特開昭62-045743号公報
【特許文献4】特開2004-107826号公報
【特許文献5】特開2009-235634号公報
【特許文献6】特開2008-240229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本発明者らが特許文献1記載の方法を追試したところ、単繊維数5本の液晶ポリエステルマルチフィラメントを解繊することができず、融着抑制効果が不十分であるとの結果であった。また、特許文献2、3で得られた芳香族ポリエステル繊維の単繊維間融着度を本発明で用いたエンタングルメントテスターで評価したところ、特許文献2、3で得られる芳香族ポリエステル繊維の単繊維間融着度は不十分なものであった。
【0007】
すなわち、融着防止に関する先行技術(特許文献1?5)では、融着防止剤をオイリングローラー等で1方向から付与するのみで、マルチフィラメント内部の単繊維間に均一に付与できないため、単繊維間融着抑制効果が不十分といえる。
【0008】
特許文献6についても、マルチフィラメントの各単繊維間にまで融着防止剤を均一に付与できるとは考えにくく、実施例に記載のフィラメント数10本、36本においても単繊維間融着抑制効果は十分ではないため、強度発現性が劣っている。これは、フィラメント数が多くなればなるほど、重大な問題となる。
【0009】
そこで本発明では、従来技術に比較して格段に単繊維間融着の少ない液晶ポリエステルマルチフィラメントを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を達成するため、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは次の構成を有する。すなわち、
次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上、総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメント、である。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)
【0011】
また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法は、次の構成を有する。すなわち、
溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイリングローラー一対を複数用いて融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法、である。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、単繊維数が30?500本であることが好ましい。
【0012】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、総繊度200?3,000dtexであることが必要であり、かつ、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下であることが必要である。
【0013】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、液晶ポリエステルが下記化学式に示す構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)からなることが好ましい。
【0014】
[化1]

【0015】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、構造単位(I)が構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40?85mol%であり、構造単位(II)は構造単位(II)および(III)の合計に対して60?90mol%であり、構造単位(IV)は構造単位(IV)および(V)の合計に対して40?95mol%であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、単繊維間融着度が0?20と極めて低いため、高次加工での工程通過性が向上する。また融着による欠点が少ないことで高強度・高弾性繊維となるため、産業資材用繊維として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明に用いられる液晶ポリエステルとは、加熱して溶融した際に光学異方性(液晶性)を呈するポリエステルを指す。これは、液晶ポリエステルからなる試料をホットステージにのせ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、偏光顕微鏡で試料の透過光を観察することにより認定できる。
【0019】
本発明に用いられる液晶ポリエステルとしては、例えば(a)芳香族オキシカルボン酸の重合物、(b)芳香族ジカルボン酸と芳香族ジオール、脂肪族ジオールの重合物、(c)上記(a)と上記(b)の共重合物等が挙げられ、中でも芳香族のみで構成された重合物が好ましい。芳香族のみで構成された重合物は、繊維にした際に優れた強度および弾性率を発現する。また、液晶ポリエステルの重合処方は従来公知の方法を用いることができる。
【0020】
ここで、芳香族オキシカルボン酸としては、例としてヒドロキシ安息香酸、ヒドロキシナフトエ酸等、またはこれらのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられる。
【0021】
また、芳香族ジカルボン酸としては、例としてテレフタル酸、イソフタル酸、ジフェニルジカルボン酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエタンジカルボン酸等、またはこれらのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられる。
【0022】
更に、芳香族ジオールとしては、例としてヒドロキノン、レゾルシン、ジヒドロキシビフェニル、ナフタレンジオール等、またはこれらのアルキル、アルコキシ、ハロゲン置換体等が挙げられ、脂肪族ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ネオペンチルグリコール等が挙げられる。
【0023】
本発明に用いる液晶ポリエステルは、上記モノマー以外に、液晶性を損なわない程度の範囲で更に他のモノマーを共重合させることができ、例としてアジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸等の脂肪族ジカルボン酸、1,4-シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環式ジカルボン酸、ポリエチレングリコール等のポリエーテル、ポリシロキサン、芳香族イミノカルボン酸、芳香族ジイミン、および芳香族ヒドロキシイミン等が挙げられる。
【0024】
本発明に用いる前記モノマー等を重合した液晶ポリエステルの好ましい例としては、p-ヒドロキシ安息香酸成分と6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸成分が共重合された液晶ポリエステル、p-ヒドロキシ安息香酸成分と4,4’-ジヒドロキシビフェニル成分とイソフタル酸成分および/またはテレフタル酸成分が共重合された液晶ポリエステル、p-ヒドロキシ安息香酸成分と4,4’-ジヒドロキシビフェニル成分とイソフタル酸成分とテレフタル酸成分とヒドロキノン成分が共重合された液晶ポリエステルが挙げられる。
【0025】
本発明では特に、下記化学式に示す構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)からなる液晶ポリエステルであることが好ましい。なお、本発明において構造単位とはポリマーの主鎖における繰り返し構造を構成し得る単位を指す。
【0026】
[化2]

【0027】
この組み合わせにより、分子鎖は適切な結晶性と非直線性すなわち溶融紡糸可能な融点を有するようになる。したがって、ポリマーの融点と熱分解温度の間で設定される紡糸温度において良好な製糸性を有するようになり長手方向に均一な繊維が得られ、かつ適度な結晶性を有するため繊維の強度、弾性率を高めることができる。
【0028】
さらに本発明においては、構造単位(II)、(III)のような嵩高くなく、直線性の高いジオールからなる成分を組み合わせることが重要である。この成分を組み合わせることにより繊維中で分子鎖は秩序だった乱れの少ない構造を取ると共に、結晶性が過度に高まらず繊維軸垂直方向の相互作用も維持できる。これにより高い強度、弾性率に加えて優れた耐摩耗性も得られるのである。
【0029】
上記した構造単位(I)は構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40?85mol%が好ましく、より好ましくは65?80mol%、さらに好ましくは68?75mol%である。このような範囲とすることで結晶性を適切な範囲とすることができ高い強度、弾性率が得られ、かつ融点も溶融紡糸可能な範囲となる。
【0030】
構造単位(II)は構造単位(II)および(III)の合計に対して60?90mol%が好ましく、より好ましくは60?80mol%、さらに好ましくは65?75mol%である。このような範囲とすることで結晶性が過度に高まらず繊維軸垂直方向の相互作用も維持できるため耐摩耗性を高めることができる。
【0031】
構造単位(IV)は構造単位(IV)および(V)の合計に対して40?95mol%が好ましく、より好ましくは50?90mol%、さらに好ましくは60?85mol%である。このような範囲とすることでポリマーの融点が適切な範囲となり、ポリマーの融点と熱分解温度の間で設定される紡糸温度において良好な製糸性を有するようになり単繊維繊度が細く、長手方向に均一な繊維が得られる。
【0032】
本発明に用いる液晶ポリエステルの各構造単位の特に好ましい範囲は以下のとおりである。この範囲の中で上記した条件を満たすよう組成を調整することで本発明の液晶ポリエステル繊維が好適に得られる。
【0033】
構造単位(I)45?65mol%
構造単位(II)12?18mol%
構造単位(III)3?10mol%
構造単位(IV)5?20mol%
構造単位(V)2?15mol%
本発明に用いる液晶ポリエステルのポリスチレン換算の重量平均分子量(以下、Mw)は3万以上が好ましく、5万以上がより好ましい。Mwを3万以上とすることで紡糸温度において適切な粘度を持ち製糸性高めることができ、Mwが高いほど得られる繊維の強度、伸度、弾性率は高まる。また流動性を優れたものとする観点から、Mwは25万未満が好ましく、15万未満がより好ましい。なお本発明で言うMwとは実施例記載の方法により求められた値とする。
【0034】
本発明の液晶ポリエステルの融点は、溶融紡糸のし易さ、耐熱性の面から200?380℃の範囲のものが好ましく、より好ましくは250?350℃であり、更に好ましくは290?340℃である。なお、融点は、示差走査熱量計(パーキンエルマー社製DSC)で行う示差熱量測定において、50℃から20℃/minの昇温条件測定した際に観測される吸熱ピーク温度(T_(m1))の観測後、およそT_(m1)+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/minの降温速度で50℃まで冷却し、再度20℃/minの昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度(T_(m2))を融点とした。
【0035】
また、本発明に用いる液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲で他のポリマーを添加・併用することができる。添加・併用とは、ポリマー同士を混合する場合や、2成分以上の複合紡糸において一方の成分、乃至は複数の成分に他のポリマーを部分的に混合使用すること、あるいは全面的に使用することをいう。他のポリマーとしては、例としてポリエステル、ポリオレフィンやポリスチレン等のビニル系重合体、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、芳香族ポリケトン、脂肪族ポリケトン、半芳香族ポリエステルアミド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等のポリマーを添加しても良く、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン46、ナイロン6T、ナイロン9T、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリシクロヘキサンジメタノールテレフタレート、ポリエステル99M等が好適な例として挙げられる。なお、これらのポリマーを添加・併用する場合、その融点は液晶ポリエステルの融点±30℃以内にすることが製糸性を損なわないために好ましく、また、得られる繊維の強度、弾性率を向上させるためには添加・併用する量は50重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、実質的に他のポリマーを添加・併用しないことが最も好ましい。
【0036】
本発明に用いられる液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲内で、各種金属酸化物、カオリン、シリカ等の無機物、着色剤、艶消剤、難燃剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、結晶核剤、蛍光増白剤、末端基封止剤、相溶化剤等の添加剤を少量含有していても良い。
【0037】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法は、公知の手法を採用することができ、何ら限定されない。本発明で得られる液晶ポリエステルマルチフィラメントは、高強度、高弾性率、低吸水性で、かつ欠点やフィブリルが少なく高次加工での加工性に優れる。
【0038】
溶融紡糸において、液晶ポリエステルの溶融押出は公知の手法を用いることができるが、重合時に生成する秩序構造をなくすためにエクストルーダー型の押出機を用いることが好ましい。押し出されたポリマーは配管を経由しギアーポンプ等公知の計量装置により計量され、異物除去のフィルターを通過した後、口金へと導かれる。このときポリマー配管から口金までの温度(紡糸温度)は液晶ポリエステルの融点以上、熱分解温度以下とすることが好ましく、液晶ポリエステルの融点+10℃以上、400℃以下とすることがより好ましく、液晶ポリエステルの融点+20℃以上、370℃以下とすることが更に好ましい。なお、ポリマー配管から口金までの温度をそれぞれ独立して調整することも可能である。この場合、口金に近い部位の温度をその上流側の温度より高くすることで吐出が安定する。
【0039】
また、本発明の液晶ポリエステル繊維を得るには、吐出時の安定性、細化挙動の安定性を高めた方が良く、工業的な溶融紡糸ではエネルギーコストの低減、生産性向上のため1つの口金に多数の口金孔を穿孔するため、それぞれの孔の吐出、細化を安定させた方が良い。
【0040】
これを達成するためには口金孔の孔径を小さくするとともに、ランド長(口金孔の孔径と同一の直管部の長さ)を長くすることが好ましい。ただし孔の詰まりを有効に防止する観点から孔径は0.03mm以上、1.00mm以下が好ましく、0.05mm以上、0.8mm以下がより好ましく、0.08mm以上、0.60mm以下が更に好ましい。圧力損失が高くなるのを有効に防止する観点から、ランド長Lを孔径Dで除した商で定義されるL/Dは0.5以上、3.0以下が好ましく0.8以上、2.5以下がより好ましく、1.0以上、2.0以下が更に好ましい。また、マルチフィラメントの生産性を向上させるために1つの口金の孔数は2孔以上1,000孔以下が好ましく、10孔以上700孔以下がより好ましく、30孔以上500孔以下が更に好ましい。なお、口金孔の直上に位置する導入孔は直径が口金孔径の5倍以上のストレート孔とすることが圧力損失を高めない点で好ましい。導入孔と口金孔の接続部分はテーパーとすることが異常滞留を抑制する上で好ましいが、テーパー部分の長さはランド長の2倍以下とすることが圧力損失を高めず、流線を安定させる上で好ましい。
【0041】
口金孔より吐出されたポリマーは保温領域、冷却領域を通過させ固化させた後、一定速度で回転するローラー(ゴデットローラー)により引き取られる。保温領域は過度に長いと製糸性が悪くなるため口金面から400mmまでとすることが好ましく、300mmまでとすることがより好ましく、保温領域を200mmまでとすることが更に好ましい。保温領域は加熱手段を用いて雰囲気温度を高めることも可能であり、その温度範囲は100℃以上、500℃以下が好ましく、200℃以上、400℃以下がより好ましい。冷却は不活性ガス、空気、水蒸気等を用いることができるが、平行あるいは環状の空気流を用いることが環境負荷を低くする点から好ましい。
【0042】
引き取り速度は生産性向上のため50m/min以上が好ましく、300m/min以上がより好ましく、500m/min以上が更に好ましい。本発明に用いる液晶ポリエステルは紡糸温度において好適な曳糸性を有することから引き取り速度を高速にできる。上限は特に制限されないが、本発明に用いる液晶ポリエステルにおいては曳糸性の点から3,000m/min程度となる。
【0043】
引き取り速度を吐出線速度で除した商で定義される紡糸ドラフトは1以上500以下とすることが好ましく、5以上200以下とすることがより好ましく、12以上100以下とすることが更に好ましい。本発明に用いる液晶ポリエステルは好適な曳糸性を有することからドラフトを高くでき、生産性向上に有利である。
【0044】
本発明では製糸性および生産性向上の観点から、上記紡糸ドラフトを得るためにポリマー吐出量を10?2,000g/minと設定することが好ましく、30?1,000g/minと設定することがより好ましく、50?500g/minと設定することが更に好ましい。10?2,000g/minと設定することで、液晶ポリエステルが製糸性良く得られる。
【0045】
巻き取りは公知の巻き取り機を用いチーズ、パーン、コーン等の形状のパッケージとすることができるが、巻量を高く設定できるチーズ巻きとすることが好ましい。巻き取りの際、ガイドやローラーとの摩擦抵抗を低減させるためにオイリングローラー(以下、OR)を用いて各種油剤を使用しても何ら差し支えない。
【0046】
このようにして得られた液晶ポリエステル繊維は、更に強度および弾性率を向上させるために固相重合を行うことが好ましい。固相重合はパッケージ形状、カセ形状、トウ形状(例えば、金属網等にのせて行う)、あるいはローラー間で連続的に糸条として処理することも可能であるが、設備が簡素化でき、生産性も向上できる点からパッケージ形状で行うことが好ましい。
【0047】
パッケージ形状で固相重合を行う場合、マルチフィラメントであるがゆえに顕著となる単繊維間融着を防止する技術が必要となる。
【0048】
本発明の如き単繊維間融着度が0?20の液晶ポリエステルマルチフィラメントを得るために重要かつ最も特徴的な点は、固相重合の前に各単繊維表面に融着防止剤を均一に付着させることである。そのために本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法においては、溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、溶融紡糸工程または巻き返し工程の少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から融着防止剤を繊維表面に付着させる。ここで、垂直な面内は必ずしも単一の面内に限定されず、複数の垂直面内であっても良い。複数の垂直面内の場合は多段で融着防止剤を付与することになる。また、付与方向とは、オイリングローラーを用いる場合にはローラー表面に接する法線方向を意味し、噴射ノズルを用いる場合には噴射方向を意味する。
【0049】
溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに融着防止剤を付着するタイミングは何ら限定されないが、例えば、溶融紡糸から巻き取りまでの溶融紡糸工程で少量を付着させた後、巻き返し工程でさらに追加付着させることが付着効率を高める点で好ましい。融着防止剤を均一に付着させる具体的な方法としては、例えば、溶融紡糸工程で2方向1段OR給油法を用いて融着防止剤を水等の溶媒に分散させた溶液を付着させ、続く巻き返し工程で油浴浸漬法と2方向1段OR給油法を用いて融着防止剤を追加付着させる方法は、各単繊維表面に融着防止剤を均一に付着させることができるため好ましい。ここでいう2方向1段OR給油法とは、溶融紡糸工程や巻き返し工程において、対向する一対のORに走行糸条の両側面を接触させて融着防止剤を付着させる方法である。この2方向1段OR給油法の場合の付与方向は180°となる。また、後述する8方向4段OR給油法の場合の付与方向は4段の各段とも180°となり、それぞれの段のORにおいて基準となる付与方向を、上段のORにおいて基準となる付与方向に対して任意の角度、例えば45°づつずらしても良いが、ずらさなくとも良い。
【0050】
この際、繊維表面に融着防止剤を均一に付着させることができれば、ORの設置数や設置方法、段数は何ら限定されないが、融着防止剤の繊維表面への付着方向は上記のとおり2方向以上であることが好ましく、4方向以上であることがより好ましく、8方向以上であることがさらに好ましく、16方向以上であることが最も好ましい。なお、本発明において、対向する一対のORを用いる場合、融着防止剤の繊維表面への付着方向を2方向とする。対向する一対のORを2段用いる場合には、融着防止剤の繊維表面への付着方向は4方向となり、対向する一対のORを4段用いる場合には、融着防止剤の繊維表面への付着方向は8方向となり、対向する一対のORを8段用いる場合には、融着防止剤の繊維表面への付着方向は16方向となる。また、本発明においては、対向する一対のORを用いるのに加えて、単独のORを併用することも必要に応じて行うことができる。
【0051】
複数のORを用いて2方向以上から融着防止剤を付着させることで、マルチフィラメントの単繊維表面に融着防止剤を均一に付着でき、単繊維間融着抑制効果が顕著に発現する。融着防止剤の繊維表面への付与方向の上限は特に制限されないが、32方向以上では融着防止剤の均一付着効果が飽和する。また、油浴浸漬法とは、融着防止剤を分散充填した油剤浴に糸条を通過させながら固相重合用のパッケージに巻き返す方法である。
【0052】
また、噴射ノズルを用いて融着防止剤を各単繊維表面に付着させる方法は均一付着性に優れ、ハンドリングも簡便であるため好ましい。
【0053】
固体の融着防止剤を分散させる溶媒としては、取扱いが容易であることや環境負荷が小さいことから水が好ましい。また、融着防止剤が液体である場合、ノニオン系、アニオン系およびカチオン系乳化剤を使用して融着防止剤を水中でエマルジョン化して用いることが好ましい。このとき用いる融着防止剤としては、エマルジョン化が容易であり、反応性が低く平滑性に優れるものが好ましい。また、溶液中には、分散およびエマルジョンの妨げにならない範囲内で、通常の油剤に用いるような界面活性剤や固相重合反応を促進させるための各種添加剤が含まれていても何等差し支えない。
【0054】
本発明で用いる融着防止剤とは、その剤を液晶ポリエステルマルチフィラメントの各単繊維表面に付着させ固相重合した際に繊維間の融着を抑制する剤であり、公知のものが使用できるが、固相重合での高温熱処理で揮発させないため耐熱性が高い方が好ましく、例えば無機粒子、フッ素化合物や芳香族ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテルケトンなどの高耐熱有機物、ジメチルポリシロキサン、ジフェニルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサンおよびその変性物などのポリシロキサン系化合物、ならびにこれらの混合物が好ましい。
【0055】
本発明でいう無機粒子とは、公知の無機粒子であり、例として鉱物、水酸化マグネシウム等の金属水酸化物、シリカやアルミナ等の金属酸化物、炭酸カルシウムや炭酸バリウム等の炭酸塩化合物、硫酸カルシウムや硫酸バリウム等の硫酸塩化合物の他、カーボンブラック等が挙げられる。このような耐熱性の高い無機粒子を繊維上へ塗布することで単繊維間の接触面積を減らし、固相重合時に発生する融着を回避することが可能となる。無機粒子は、塗布工程を考慮して取扱いが容易であり環境負荷低減の観点から水分散が容易であることが好ましく、かつ、固相重合条件下において不活性であることが望ましい。これらの観点からシリカやケイ酸塩を用いることが好ましい。ケイ酸塩の場合は特に層状構造を持つフィロケイ酸塩が好ましい。なお、フィロケイ酸塩としては、カオリナイト、ハロイ石、蛇紋石、珪ニッケル鉱、スメクタイト族、葉ろう石、滑石、雲母などが挙げられるが、これらの中でも入手の容易性を考慮して滑石、雲母を用いることが最も好ましい。
【0056】
液晶ポリエステルマルチフィラメントへの融着防止剤の付着量は融着抑制のためには多い方が好ましく、糸重量を100重量%とした場合に0.5重量%以上が好ましく、1.0重量%以上がより好ましい。一方、繊維のべたつきを防いでハンドリングを良好にし、また、付着物除去後の残分を少なくして工程通過性を良好にするため50.0重量%以下が好ましく、30.0重量%以下がより好ましく、15.0重量%以下が特に好ましい。なお液晶ポリエステルマルチフィラメントへの融着防止剤の付着量は実施例に記載した手法により求められる値を指す。この場合、融着防止剤の付着量を測定する際に、溶融紡糸において付与した油剤がある場合、その付着量も合算されるが、溶融紡糸で付与する油剤も種類によっては融着防止効果を示し、また付着量が多い場合にはハンドリングの悪化など融着防止剤と同様の問題が生じるため、本発明においては溶融紡糸において付与した油剤等の付着量も融着防止剤との合計量として算出する。
【0057】
また、付着物の成分は、超音波洗浄後の洗浄液および/または乾燥し水分を蒸発させたものについて次の項目から目的に応じて選び、あるいはこれらを組み合わせて実施することにより同定できる。
(i)蛍光X線分析(元素分析)
(ii)X線回折(粉末法あるいは定方位法)
(iii)NMR
(iv)赤外線吸収スペクトル測定
(v)示査熱分析
(vi)SEM観察
本発明の重要な点は、固相重合の前に、液晶ポリエステルマルチフィラメントの各単繊維表面に融着防止剤を均一に付着させることであって、パッケージの巻密度はパッケージが巻き崩れない0.03g/cm^(3)以上であれば何等差し支えない。生産効率とハンドリング性の点から巻密度は0.1g/cm^(3)以上が好ましく、0.3g/cm^(3)以上であればより好ましく、0.5g/cm^(3)以上であれば特に好ましい。ここで巻密度とは、パッケージ外寸法と芯材となるボビンの寸法から求められるパッケージの占有体積(Vf)と繊維の重量(Wf)からWf/Vfにより計算される値である。
【0058】
本発明では、上記のように巻密度はパッケージが巻き崩れない0.03g/cm^(3)以上であれば何等差し支えないため、パッケージはどのような方法で形成しても良い。例えば、溶融紡糸における巻き取りで形成しても良いが、溶融紡糸で巻き取ったパッケージを巻き返して形成する方が融着防止剤の付着量制御が容易となるためより好ましい。また、巻密度は0.03g/cm^(3)以上であれば何等差し支えないため、巻き返しにおける巻取張力は0.001cN/dtex以上であれば良い。また低張力巻き取りにおいても安定したパッケージを形成するためには巻き形状は両端にテーパーがついたテーパーエンド巻取とすることが好ましい。
【0059】
固相重合は窒素等の不活性ガス雰囲気中や、空気のような酸素含有の活性ガス雰囲気中または減圧下で行うことが可能であるが、設備の簡素化および繊維あるいは付着物の酸化防止のため窒素雰囲気下で行うことが好ましい。この際、固相重合の雰囲気は露点が-40℃以下の低湿気体が好ましい。
【0060】
固相重合温度は、固相重合に供する液晶ポリエステル繊維の融点-60℃以上であることが好ましい。このような融点近傍の高温とすることで固相重合が速やかに進行する。また固相重合の進行と共に液晶ポリエステル繊維の融点は上昇するため、固相重合温度は、固相重合に供する液晶ポリエステル繊維の融点+100℃程度まで高めることができる。なお固相重合温度を時間に対し段階的にあるいは連続的に高めることは、融着を防ぐと共に固相重合の時間効率を高めることができ、より好ましい。このとき、固相重合は目
的性能により数分から数十時間行われるが、優れた強度および弾性率を有した繊維を得るためには最高到達温度で5時間以上が好ましく、10時間以上がより好ましい。また、固相重合反応は経過時間と共に飽和するため100時間程度で十分である。
【0061】
固相重合後のパッケージはそのまま製品として供することもできるが、製品運搬効率を高めるために固相重合後のパッケージを再度巻き返して巻き密度を高めることが好ましい。固相重合後の巻き返しにおいては、解舒による固相重合パッケージの崩れを防ぎ、更に軽微な融着を剥がす際のフィブリル化を抑制するために固相重合パッケージを回転させながら、回転軸と垂直方向(繊維周回方向)に糸を解舒する、いわゆる横取りにより解舒することが好ましく、更に固相重合パッケージの回転は自由回転ではなく積極駆動により回転させることが好ましい。
【0062】
また、本発明における液晶ポリエステル繊維は、目的に応じて各種仕上げ油剤を付与しても良い。
【0063】
本発明の液晶ポリエステル繊維の固相重合後のポリスチレン換算のMwは、25万以上150万以下が好ましい。25万以上の高いMwを有することで高い強度、伸度、弾性率を有し織物性能が向上する他、特に細繊度化した際には衝撃吸収性が高まり高次工程での糸切れを抑制でき、耐摩耗性も向上する。また融点も高いため優れた耐熱性を有する。Mwが高いほどこれらの特性は向上するため、30万以上が好ましく、35万以上がより好ましい。Mwの上限は特に限定されないが、本発明で達し得る上限としては150万程度である。なお本発明で言うMwの測定方法は、溶媒としてペンタフルオロフェノール/クロロホルム=35/65(重量比)の混合溶媒を用い、液晶ポリエステルの濃度が0.04?0.08重量/体積%となるように溶解させGPC測定用試料とし、これをWaters社製GPC測定装置を用いて測定し、ポリスチレン換算によりMwを求めた。
【0064】
カラム:ShodexK-806M 2本、K-802 1本
検出器:示差屈折率検出器RI(2414型)
温度:23±2℃
流速:0.8mL/min
注入量:200μL
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの単繊維間融着度は0?20であり、0?10がより好ましく、0?1が更に好ましい。単繊維間融着度を0?20とすることで、得られた高強度・高弾性の液晶ポリエステルマルチフィラメントの高次加工での工程通過性が飛躍的に向上する。また製品における耐摩耗性も向上する。単繊維間融着度が20を超える場合、単繊維間融着により液晶ポリエステルマルチフィラメントの高次加工での工程通過性が悪化する。なお単繊維間融着度は実施例に記載した手法により求められる値を指す。
【0065】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの単繊維数は30?500本が好ましく、200?500本であることがより好ましい。30?500本とすることで、融着防止剤の付着する表面積が大きくなり、融着防止効果が顕著に発現して、高次工程通過性に優れる液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。また、紡糸サンプルを分繊あるいは合糸して単繊維数が30?500の液晶ポリエステルマルチフィラメントとすることも何等差し支えない。
【0066】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の総繊度は、200?3,000dtexとするものであり、500?3,000dtexであることが好ましい。200?3.000dtexとすることで、生産効率が高く、原糸使用量が極めて多い産業資材用途に好適である。また、紡糸サンプルを分繊あるいは合糸して総繊度が200?3,000dtexの液晶ポリエステルマルチフィラメントとすることも何等差し支えない。
【0067】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の単繊維繊度は、5.6dtex以上100dtex以下とするものである。また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の単繊維繊度は、50dtex以下であることが好ましく、30dtex以下であることがより好ましい。100dtex以下とすることで、吐出後に単繊維内部まで均一な冷却が可能となり、製糸性が安定し、毛羽品位の良好な液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。なお、本発明でいう単繊維繊度は総繊度を単繊維数で除した商を単繊維繊度(dtex)とした。
【0068】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の強度は、10.0cN/dtex以上が好ましく、12.0cN/dtex以上がより好ましく、15.0cN/dtex以上が更に好ましい。強度が10.0cN/dtex以上あることで、高強度かつ軽量化が求められる産業資材用途に好適である。強度の上限は特に限定されないが、本発明で達し得る上限としては30.0cN/dtex程度である。なお、本発明で言う強度は実施例に記載した強伸度・弾性率測定での引張強さを指す。
【0069】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の伸度は、1.0%以上であり、2.0%以上が好ましい。伸度が1.0%以上あることで繊維の衝撃吸収性が高まり、高次加工工程での工程通過性、取扱い性に優れる。伸度の上限は特に限定されないが、本発明で達し得る上限としては5.0%程度である。なお、本発明で言う伸度は実施例に記載した強伸度・弾性率測定での破断伸度を指す。
【0070】
また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合後の弾性率は、600cN/dtex以上が好ましく、700cN/dtex以上がより好ましく、800cN/dtex以上が更に好ましい。弾性率が600cN/dtex以上あることで、応力を受けた際の寸法変化が小さく産業資材用途に好適である。弾性率の上限は特に限定されないが、本発明で達しえる上限としては弾性率1,500cN/dtex程度である。なお、本発明で言う弾性率とは実施例に記載した強伸度・弾性率測定での初期引張抵抗度を指す。
【0071】
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、マルチフィラメントとして使用できる他、例えば分繊してモノフィラメントとして使用することができ、またステープルファイバー、カットファイバー等に用いても好適に使用できる。さらに、織物、編物、不織布、組み紐等の繊維構造物として利用することもできる。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの具体的な用途としては、一般産業用資材、土木・建築資材、スポーツ用途、防護衣、ゴム補強資材、電気材料(特に、テンションメンバーとして)、音響材料、一般衣料等の分野で広く用いられる。有効な用途としては、スクリーン紗、フィルター、ロープ、ネット、漁網、コンピューターリボン、プリント基板用基布、抄紙用のカンバス、エアバッグ、飛行船、ドーム用等の基布、ライダースーツ、釣糸、各種ライン(ヨット、パラグライダー、気球、凧糸)、ブラインドコード、網戸用支持コード、自動車や航空機内各種コード、電気製品やロボットの力伝達コード等が挙げられ、特に、低吸湿性の液晶ポリエステルマルチフィラメントは従来ポリエチレンテレフタレート繊維等を使用している漁網用途に好適である。
【実施例】
【0072】
次に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれにより何等限定されるものではない。なお、実施例で挙げられている物性の測定方法を以下に示す。
(1)融着防止剤濃度
融着防止剤を水等の溶媒に分散させた溶液を100重量%とした場合の溶液に含まれる融着防止剤の重量%を濃度(%)とした。
(2)単繊維数
JIS L 1013(2010)8.4の方法で算出した。
(3)総繊度
JIS L 1013(2010)8.3.1 A法により、所定荷重0.045cN/dtexで正量繊度を測定して総繊度(dtex)とした。‘
(4)強伸度、弾性率
JIS L 1013(2010)8.5.1標準時試験に示される定速伸長条件で測定した。
試料をオリエンテック社製“テンシロン”(TENSILON)UCT-100を用い、掴み間隔は25cm、引張り速度は30cm/minで行った。強度・伸度は破断時の応力および伸びとし、弾性率はゼロ点と破断点とを結ぶ直線の傾きから算出した。
(5)融着防止剤付着量
検尺機にて繊維を100mカセ取りして重量を測定した後、カセを100mlの水に浸して超音波洗浄機を用いて1hr洗浄を行った。超音波洗浄後のカセを乾燥させて重量を測定し、洗浄前重量と洗浄後重量の差を洗浄前重量で除した商に100を乗じた値を融着防止剤の付着量(重量%)とした。
(6)単繊維間融着度
単繊維間融着度は、交絡度測定に用いられるRothschild社製エンタングルメントテスターR-2072を用いて以下の条件で算出した。初期張力(cN)={繊度(dtex)0.5}×0.7、糸速10m/min、トリップレベル(cN)={繊度(dtex)0.35}×3.31での触針トリップ回数30回の平均開繊長L(mm)を測定し、以下の式で定義して単繊維間融着度を算出した。
【0073】
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)
(7)工程通過性評価
液晶ポリエステルマルチフィラメントを500m/minで解舒し、1万m当たりの毛羽個数を算出し、毛羽個数0個/1万mの場合はexcellent、1?10個/1万mの場合は,good、10?20個/1万mの場合はfair、20個/1万mを超える場合はpoorとした。
【0074】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
[実施例1]
攪拌翼、留出管を備えた5Lの反応容器にp-ヒドロキシ安息香酸870重量部、4,4’-ジヒドロキシビフェニル327重量部、イソフタル酸157重量部、テレフタル酸292重量部、ヒドロキノン89重量部および無水酢酸1433重量部(フェノール性水酸基合計の1.08当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら室温から145℃まで30minで昇温した後、145℃で2hr反応させた。その後、330℃まで4hrで昇温した。
【0075】
重合温度を330℃に保持し、1.5hrで1.0mmHg(133Pa)に減圧し、更に20min間反応を続け、所定トルクに到達したところで重縮合を完了させた。次に反応容器内を1.0kg/cm^(2)(0.1MPa)に加圧し、直径10mmの円形吐出口を1個持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。
【0076】
この液晶ポリエステルはp-ヒドロキシ安息香酸単位が全体の54mol%、4,4’-ジヒドロキシビフェニル単位が16mol%、イソフタル酸単位が8mol%、テレフタル酸単位が15mol%、ヒドロキノン単位が7mol%からなり、融点は318℃であり、高化式フローテスターを用いて温度328℃、剪断速度1,000/secで測定した溶融粘度が16Pa・secであった。また、Mwは91,000であった。
【0077】
この液晶ポリエステルを用い、130℃、15hrの真空乾燥を行った後、単軸のエクストルーダにて(ヒーター温度290?340℃)溶融押し出しし、ギアーポンプで計量しつつ紡糸パックにポリマーを供給した。このときのエクストルーダー出から紡糸パックまでの紡糸温度は335℃とした。紡糸パックでは15μmの金属不織布フィルターを用いてポリマーを濾過し、孔径0.13mm、ランド長0.26mmの孔を75個有する口金より吐出量52.5g/min(単孔あたり0.6g/min)でポリマーを吐出した。
【0078】
吐出したポリマーは室温で冷却し固化させ、8方向4段OR給油法を用いて融着防止剤であるタルクを水に1重量%分散させた溶液を付着させながら75フィラメントともに1,250m/minのネルソンローラーで引き取った。ここでいう8方向4段OR給油法とは、各段に対向する1対のORを用い、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに180°異なる付与方向から融着防止剤を各単繊維表面に均一付着させる方法である。なお、それぞれの段のORにおいて基準となる付与方向を、上段のORにおいて基準となる付与方向に対して45°づつずらして配置した。このときの紡糸ドラフトは29である。ネルソンローラーで引き取った糸条は、そのままダンサーアームを介し羽トラバース型のワインダーを用いてチーズ形状に巻き取った。約18minの巻取時間中、糸切れは発生せず製糸性は良好であった。
【0079】
この紡糸繊維パッケージから繊維を縦方向(繊維周回方向に対し垂直方向)に4本合糸しながら解舒し、速度を一定とした巻取機((株)神津製作所製SSP-WV8P型プレシジョンワインダー)にて400m/minで巻き返しを行った。このとき、タルクを水に1重量%分散させた溶液を油浴浸漬法と2方向1段OR給油法とを併用して、各単繊維表面にタルクを追加付着させた。ここでいう2方向1段OR給油法とは、1対のORを用い、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに180°異なる付与方向から融着防止剤を各単繊維表面に均一付着させる方法である。いずれの給油に際しても油剤の飛散やリターンは無く、各単繊維表面に均一に付着した。なお、巻き返しの芯材にはステンレス製のボビンを用い、巻き返し時の張力は0.005cN/dtex、巻き密度を0.5g/cm^(3)とし、巻量は3kgとした。更にパッケージ形状はテーパー角65°のテーパーエンド巻きとした。
【0080】
こうして得られた総繊度1,680dtex、単繊維数300本の巻き返しサンプルを密閉型オーブンを用い、室温から240℃まで昇温し、240℃にて3hr保持した後、290℃まで昇温し、更に290℃で20hr保持する条件にて固相重合を行った。なお雰囲気は除湿窒素を流量100m^(3)/hrにて供給し、庫内が加圧にならないよう排気口より排気させた。
【0081】
こうして得られた固相重合パッケージをインバーターモーターにより回転できる送り出し装置に取り付け、繊維を横方向(繊維周回方向)に200m/minで送り出しつつ解舒を行い巻取機にて製品パッケージに巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。なお、繊維物性は表1に記載の通りであり、単繊維間融着度は0.9であった。固相重合後の繊維のMwは420,000であり、測定法は液晶ポリエステルポリマーと同様である。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例2]
融着防止剤としてフッ素化合物CF_(3)CF_(2)(CF_(2)CF_(2))_(2)CH_(2)CH_(2)OPO(ONH_(4))_(2)〔以下、C8F化合物〕を水に1重量%分散させた溶液を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は2.1であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例3]
融着防止剤としてポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング(株)製SH200-350cs、粘度350cSt)を水に1重量%分散させた溶液を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は2.4であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例4]
紡糸工程ならびに巻き返し工程において、融着防止剤であるタルクを水に3重量%分散させた溶液を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は0.6であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例5]
紡糸工程ならびに巻き返し工程において、融着防止剤であるタルクを水に5重量%分散させた溶液を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は0.4であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例6]
紡糸工程で得られた総繊度420dtex、単繊維数75本の紡糸サンプルを分繊して、総繊度213dtex、単繊維数38本のサンプルとして用いたこと以外は実施例5と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は0.2であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例7]
紡糸工程で得られた総繊度420dtex、単繊維数75本の紡糸サンプルを6本合糸して、総繊度2,520dtex、単繊維数450本のサンプルとして用いたこと以外は実施例5と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は0.5であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。
[実施例8]
紡糸工程では融着防止剤であるタルクを使用せず水のみ付着させ、巻き返し工程では油浴浸漬法と2方向1段OR給油法との併用によってタルクを水に1重量%分散させた溶液を付着させたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は4.3であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は3個/1万mであり、工程通過性はgoodであった。
【0082】
[実施例9]
紡糸工程では8方向4段OR給油法によって融着防止剤であるタルクを水に1重量%分散させた溶液を付着させ、巻き返し工程ではタルクを使用せず水のみ付着させたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は17であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は9個/1万mであり、工程通過性はgoodであった。
[実施例10]
液晶ポリエステル樹脂として、p-ヒドロキシ安息香酸単位が全体の73mol%、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸単位が27mol%からなる液晶ポリエステル樹脂を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は11であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は0個/1万mであり、工程通過性はexcellentであった。一方で、固重後の物性は、強度19.8cN/dtex、弾性率615cN/dtexと実施例1?9に比べ低めとなった。
【0083】
実施例1?10の繊維物性を表1および表2に示す。
[比較例1]
紡糸工程での1方向1段OR給油法と巻き返し工程での1方向1段OR給油法によって融着防止剤であるタルクを水に1重量%分散させた溶液を付着させたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、ほぼ抵抗無く解舒でき糸切れは発生しなかった。なお、繊維物性は表2に記載の通りであり、単繊維間融着度は25であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は12個/1万mであり、工程通過性はfairであった。
[比較例2]
紡糸工程では融着防止剤であるタルクを使用せず水のみ付着させ、巻き返し工程では1方向1段OR給油法によってタルクを水に1重量%分散させた溶液を付着させたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、僅かな抵抗はあったが解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は31であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は17個/1万mであり、工程通過性はfairであった。
[比較例3]
紡糸工程では1方向1段OR給油法によって融着防止剤であるタルクを水に1重量%分散させた溶液を付着させ、巻き返し工程ではタルクを使用せず水のみ付着させたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を行い巻取機にて巻き取ったところ、僅かな抵抗はあったが解舒でき糸切れは発生しなかった。単繊維間融着度は53であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は29個/1万mであり、工程通過性はpoorであった。
[比較例4]
紡糸工程ならびに巻き返し工程で融着防止剤を使用せず水のみ付着させたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を試みたが、融着が酷く、糸切れが多発した。単繊維間融着度は113であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は145個/1万mであり、工程通過性はpoorであった。
[比較例5]
紡糸工程では融着防止剤を使用せず水のみ付着させ、巻き返し工程では1方向1段OR給油法によって特許文献1で提案されている融着防止剤ポリメタフェニレンイソフタルアミド(1重量%)のN-メチル-2-ピロリドン溶液を用いたこと、また単繊維数を5本として総繊度190dtexとしたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を試みたが、融着が酷く、糸切れが多発した。単繊維間融着度は95であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は118個/1万mであり、工程通過性はpoorであった。
[比較例6]
紡糸工程ならびに巻き返し工程で融着防止剤を使用せず、得られた紡糸サンプルを特許文献2で提案されている減圧下(1Torr)、フッ素化合物CF_(4)を存在させた雰囲気中で100W/180secの低温プラズマ処理を施して固相重合したこと、また単繊維数を100本としたこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を試みたが、融着が酷く、糸切れが多発した。単繊維間融着度は87であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は97個/1万mであり、工程通過性はpoorであった。
[比較例7]
紡糸工程ならびに巻き返し工程で融着防止剤を使用せず、特許文献3で提案されているステンレス製のボビンに巻き返した紡糸サンプルからステンレス製のボビンを取り除いて固相重合したこと以外は実施例1と同様の方法で固相重合パッケージを得た。こうして得られた固相重合パッケージについて、実施例1と同様の方法で解舒を試みたが、融着が酷く、糸切れが多発した。単繊維間融着度は102であった。この液晶ポリエステルマルチフィラメントを用いて工程通過性評価を行ったところ、毛羽個数は121個/1万mであり、工程通過性はpoorであった。
【0084】
比較例1?7の繊維物性を表3に示す。
【0085】
[表1]

【0086】
[表2]

【0087】
[表3]

【0088】
表1および表2から明らかなように、紡糸工程または巻き返し工程において、全方向多段OR給油法や油浴浸漬法を用いて、融着防止剤を繊維表面に均一に付着させることで、単繊維間融着度が0?20と大きく低減でき、高次加工での工程通過性に優れる液晶ポリエステルマルチフィラメントが得られる。
【0089】
表3の比較例1?3から明らかなように、紡糸工程または巻き返し工程において、全方向多段OR給油法や油浴浸漬法を使用せずに、融着防止剤を付着させた場合、繊維表面に均一に付着できず、単繊維間融着度が20以上と大きくなることが分かった。また、比較例4のように、融着防止剤を使用しない場合は、単繊維間融着度は100以上となった。また、比較例5では特許文献1で提案されている融着防止剤ポリメタフェニレンイソフタルアミド(1重量%)のN-メチル-2-ピロリドン溶液を巻き返し工程の1方向1段OR給油法により付着させて固相重合したが、単繊維間融着度は95と大きくなり、融着抑制効果が低いことが分かった。また、比較例6では特許文献2で提案されているように、減圧下、フッ素化合物を存在させた雰囲気中で低温プラズマ処理を施して固相重合を実施したが、融着抑制効果は十分でないことが分かった。さらに、比較例7では特許文献3で提案されているように、ステンレス製のボビンを取り除いて固相重合を実施したが、融着抑制効果は十分でないことが分かった。このように、単繊維間融着度が20以上である場合、高次加工での工程通過性が悪化し、原糸使用量の極めて多い産業資材用として好適に使用できない。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の単繊維間融着度が0?20の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、高次加工での工程通過性に優れ、また製品の強度・弾性率も向上するため、一般産業用資材、土木・建築資材、スポーツ用途、防護衣、ゴム補強資材、電気材料(特に、テンションメンバーとして)、音響材料、一般衣料等の分野で広く使用できるため、有用である。特に、低吸湿性の液晶ポリエステルマルチフィラメントは従来ポリエチレンテレフタレート繊維等を使用している漁網用途に好適である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式で算出される単繊維間融着度が0?20の範囲であり、強度が15.0cN/dtex以上、総繊度200?3,000dtex、単繊維繊度が5.6dtex以上100dtex以下である液晶ポリエステルマルチフィラメント。
単繊維間融着度=1,000(mm)/平均開繊長L(mm)
【請求項2】
単繊維数が30?500本である請求項1に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
液晶ポリエステルが下記化学式に示す構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)からなる請求項1または2に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【化1】

【請求項5】
構造単位(I)が構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40?85mol%であり、構造単位(II)は構造単位(II)および(III)の合計に対して60?90mol%であり、構造単位(IV)は構造単位(IV)および(V)の合計に対して40?95mol%である請求項4に記載の液晶ポリエステルマルチフィラメント。
【請求項6】
溶融紡糸した液晶ポリエステルマルチフィラメントに、以下の工程(1)および(2)から選ばれる少なくとも1つの工程において、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに90?180°異なる付与方向から対向するオイリングローラー一対を複数用いて融着防止剤を繊維表面に付着させる液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法。
(1)溶融紡糸工程
(2)巻き返し工程
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-03-07 
出願番号 特願2013-515437(P2013-515437)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (D01F)
P 1 651・ 113- YAA (D01F)
P 1 651・ 537- YAA (D01F)
P 1 651・ 121- YAA (D01F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 斎藤 克也  
特許庁審判長 門前 浩一
特許庁審判官 井上 茂夫
西藤 直人
登録日 2017-08-04 
登録番号 特許第6183210号(P6183210)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 液晶ポリエステルマルチフィラメント  

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