ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C22C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C22C |
---|---|
管理番号 | 1351439 |
異議申立番号 | 異議2018-700721 |
総通号数 | 234 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-06-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-09-06 |
確定日 | 2019-04-24 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6289941号発明「オーステナイト系耐熱鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6289941号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6289941号の請求項1ないし2に係る特許についての出願は、平成26年3月5日の出願であって、平成30年2月16日に特許の設定登録がされ、同年3月7日に特許掲載公報が発行され、その後、同年9月6日付けでその全請求項に係る特許に対して特許異議申立人 谷口充弘により特許異議の申立てがされ、同年12月6日付けで取消理由が通知されたところ、その指定期間内に応答がなかったものである。 第2 本件発明 特許第6289941号の請求項1ないし2に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された以下のものである。 以下、請求項の順に「本件発明1」「本件発明2」といい、総称して「本件発明」といい、本件特許(特許第6289941号)の明細書の発明の詳細な説明及び添付図面をまとめて「本件明細書」ということがある。 【請求項1】 C:0.05?0.16質量%、 Si:0.1?1質量%、 Mn:0.1?2.5質量%、 P:0.01?0.05質量%、 S:0.005質量%以下(0質量%を含まない)、 Ni:7?12質量%、 Cr:16?20質量%、 Cu:2?4質量%、 Mo:0.1?0.8質量%、 Nb:0.1?0.6質量%、 Ti:0.1?0.6質量%、 B:0.0005?0.005質量%、 N:0.001?0.15質量%を含有し、かつ、 Mg:0.005質量%以下(0質量%を含まない)およびCa:0.005質量%以下(0質量%を含まない)のうちの少なくとも一つを含有し、 前記Nbの含有量と前記Tiの含有量の合計が0.3質量%以上、 残部がFeおよび不可避不純物からなり、 析出粒子径が0nmを超え100nmの範囲にある析出物の累積数密度が0.1?2.0個/μm^(2)、 累積数密度と析出粒子径の分布において、前記累積数密度の半値に相当する析出粒子径が70nm以下、 平均硬さが160Hv以下、 結晶粒度番号が7.5以上、かつ、 クリープ破断時間が650時間以上である ことを特徴とするオーステナイト系耐熱鋼。 【請求項2】 さらに、Zr:0.3質量%以下(0質量%を含まない)、希土類元素:0.15質量%以下(0質量%を含まない)およびW:3質量%以下(0質量%を含まない)のうちの少なくとも一つを含有していることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系耐熱鋼。 第3 取消理由 本件発明1ないし2に係る特許は以下の理由及び証拠により取り消されるべきものである。 <証拠方法> ○甲第1号証 :入門・金属材料の組織と性質、(社)日本熱処理技術協会、(株)大河出版、225頁、2009年8月14日 ○甲第2号証 :金属材料技術研究所 クリープデータシートNO.4A SUS 304 HTB、保坂彬夫、昭和53年3月31日、科学技術庁金属材料技術研究所 ○甲第3号証 :金属材料技術研究所 クリープデータシートNO.6A SUS 316 HTB、保坂彬夫、昭和53年3月31日、科学技術庁金属材料技術研究所 ○甲第4号証 :金属材料技術研究所 クリープデータシートNO.5A SUS 321 HTB、保坂彬夫、昭和53年3月31日、科学技術庁金属材料技術研究所 ○甲第5号証 :特開2008-30076号公報 ○甲第6号証 :特開昭62-243742号公報 ○甲第7号証 :特開昭61-166953号公報 ○甲第8号証 :JISハンドブック(1)鉄鋼 I、2018年1月31日、一般財団法人日本規格協会、614?646頁(JISZ2271(2010)) ○甲第9号証 :国際公開第2012/153814号 ○甲第10号証:特開昭58-167726号公報 ○甲第11号証:発電用火力設備の技術基準-火力設備の技術基準の解釈-(平成19年改訂版)、平成20年2月、社団法人火力原子力発電技術協会、167頁 ○甲第12号証:JISハンドブック(1)鉄鋼 I、2007年1月19日、財団法人日本規格協会、1749頁 ○甲第13号証:特開平9-165655号公報 以下では、甲各号証を記載するのに、例えば「甲第1号証」を「甲1」のように記載することがある。 3-1.取消理由1 クリープ破断時間の測定条件が不明確であることに基づき、本件発明1ないし2が明確でないことから、特許法第36条第6項第2号の規定に適合せず、当該発明についての特許は取り消されるべきものである。 以下にその理由を説明する。 本件発明1では、「クリープ破断時間が650時間以上」であることを規定するが、試験温度及び応力については特定されていない。 ところで、一般に、クリープ破断時間の測定試験においては、試験温度及び応力が試験結果に大きく影響することが通常であり、以下にその例を記す。 甲第1号証の図6.12にはSUS304Hの応力-クリープ破断時間線図が記載されており、SUS304Hの応力-クリープ破断時間線図を参照すると、応力が100N/mm^(2)の場合の破断時間は、温度が750℃の場合は50時間程度であり、温度が700℃の場合は600時間程度であり、温度が650℃の場合は7000時間程度であり、温度が600℃の場合は100000時間程度であって、クリープ破断時間は、上記SUS304Hの例では、同一応力下では温度によって測定結果に50時間?100000時間もの差異が生じる。 また、甲第2号証の9頁のFig.4にはSUS304HTBについて、甲第3号証の9頁のFig.4にはSUS316HTBについて及び甲第4号証の9頁のFig.4にはSUS321HTBについて、クリープ破断強度の温度依存性が示されており、これらの図においても、クリープ破断時間が、温度に依存して100時間?100000時間まで変化することが示されている。 応力についても同様に、クリープ破断時間の測定結果に大きく影響するものであり、例えば、甲第1号証の図6.12に記載されたSUS304Hの応力-クリープ破断時間線図を参照して、試験温度が700℃の場合の破断時間は、応力が140N/mm^(2)程度の場合は35時間程度であり、応力が100N/mm^(2)程度の場合は600時間程度であり、応力が70N/mm^(2)程度の場合は8000時間程度であり、応力が40N/mm^(2)程度の場合は90000時間程度であって、クリープ破断時間は、上記SUS304Hの例では、同一の試験温度の場合、応力によって測定結果に35?90000時間もの差異が生じる。 また、甲第2号証の9頁のFig.4にはSUS304HTBについて、甲第3号証の9頁のFig.4にはSUS316HTBについて及び甲第4号証の9ページのFig.4にはSUS321HTBについて、クリープ破断強度の応力依存性が示されており、これらの図においても、クリープ破断時間が、応力に依存して100時間?100000時間まで変化することが示されている。 つまり、クリープ破断時間が測定温度及び応力に大きく影響を受けることは技術常識である。 当該技術常識について公開特許公報の記載を見れば、たとえば、特開2008-30076号公報(甲第5号証)には、クリープ破断時間を測定する際に、700℃、147MPaの条件でクリープ破断試験を実施したことが記載されている(【0079】)。 また、特開昭62-243742号公報(甲第6号証)には、クリープ破断時間を測定する際に、650℃、28kgf/mm^(2)の条件でクリープ破断試験を実施したことが記載されている(4頁左上欄1?2行)。 さらに、特開昭61-166953号公報(甲第7号証)には、クリープ破断時間を測定する際に、700℃、応力15kg/mm^(2)の条件でクリープ破断試験を実施したことが記載されている(3頁右下欄15?16行)。 これらの例からも明らかなとおり、クリープ破断時間を測定する場合において、その測定温度及び応力は、対象とする鋼種及び使用環境等に応じて適宜設定されるものであり、一定の値を有するものでなく、また、クリープ破断時間を測定する場合に、温度及び応力を規定するのは技術常識といえる。 ここで、本件明細書を参照すると、クリープ破断試験の測定温度及び応力について、本件明細書の【0064】において、[クリープ破断時間は、No.1?31に示すそれぞれの鋼種から、JIS Z 2271:2010に準拠して試験片を作製し、試験を行って測定した。」と記載するのみで、他に記載も示唆も見いだせない。 そして、JISZ2271:2010(甲第8号証)には、試験温度及び応力について特定の基準を定める旨の記載はない。 つまり、温度及び応力を決めなければ、本件発明1の「クリープ破断時間が650時間以上」の意味内容(定義、試験方法又は測定方法)を当業者が一義的に理解することができないといえる。 したがって、本件発明1の発明特定事項である「クリープ破断時間が650時間以上である」の規定において、「クリープ破断時間が650時間以上であること」との規定は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、請求項に記載された機能、特性等の意味内容(定義、試験方法又は測定方法等)を当業者が理解できないし、本件特許と同1条件でクリープ破断時間を測定することができないため、発明が不明確である。 したがって、本件発明1は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合せず、当該発明についての特許は取り消されるべきものである。 本件発明2は本件発明1に従属するため、本件発明2も本件発明1と同様である。 3-2.取消理由2 析出物の技術的意義が不明であることに基づき、本件の発明の詳細な説明の記載は特許法第36条第4項第1号の規定に適合せず、本件出願についての特許は取り消されるべきものである。 以下にその理由を説明する。 本件発明の解決すべき課題は、本件明細書【0013】に記載されるように「微細結晶粒組織を保ちながら、優れたクリープ強度を有するオーステナイト系耐熱鋼を提供すること」である。 そして、当該課題のうち「優れたクリープ強度」については、本件明細書の【0016】、【0019】、【0027】、【0049】等の記載から、本件発明1の「析出粒子径が0nmを超え100nmの範囲にある析出物の累積数密度が0.1?2.0個/μm^(2)、累積数密度と析出粒子径の分布において、前記累積数密度の半値に相当する析出粒子径が70nm以下」(以下、「特定事項X」という。)により解決されるものとされている。 そこで、上記課題が実施例において解決されているかについて検討するに、本件明細書の【表2】(【0065】)を参照すると、No.1、2、19及び24では、特定事項Xに係る析出物の規定を満たさないにもかかわらず、クリープ破断時間が650時間以上となっており、逆に、No.9は特定事項Xに係る析出物の規定を満たすにもかかわらず、クリープ破断時間が650時間未満となっている。 つまり、特定事項Xに係る析出物の規定が、クリープ破断時間が650時間以上となることに対して必須の特定事項か否かについて、その関係性が実験により確認できておらず、同表は、クリープ強度と上記特定事項Xとは独立の事象であり、クリープ強度が向上された鋼材の中に上記特定事項Xを満たす鋼材と、満たさない鋼材とが含まれていることを示しているにすぎないといえる。 以上より、本件の発明の詳細な説明は、特定事項Xについて、当業者が発明の技術上の意義、すなわち、本件発明の解決すべき課題の解決手段であると理解するために必要な事項が記載されているとは認められず、特許法施行規則第24条の2の規定に従って記載されていないから、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しない。 したがって、本件の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合せず、本件出願についての特許は取り消されるべきものである。 3-3.取消理由4A 本件発明2は、甲第9号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。 以下に詳細を記す。 3-3-1.甲第9号証の記載事項 (ア1)「本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、NiとCrの含有量が18Cr-8Niオーステナイト系ステンレス鋼と同等の化学成分組成を有すると共に、AlやSiの添加や表面処理に依存することなく、繰返し酸化環境における酸化物の剥離が少なく、減肉が生じにくい耐繰返し酸化特性に優れた耐熱オーステナイト系ステンレス鋼を提供することにある。」([0013]) (ア2)「本発明者らは、必要な高温強度を維持しつつ、耐繰返し酸化特性を向上したオーステナイト系ステンレス鋼を実現すべく、様々な角度から検討した。その結果、NiとCrの含有量が18Cr-8Niオーステナイト系ステンレス鋼と同等の化学成分組成を有するステンレス鋼に対し、所定量のZrとCeを含有させてやれば、格段に優れた耐繰返し酸化特性を発揮し得ることを見出し、本発明を完成した。」([0019]) (ア3)「本発明の耐熱オーステナイト系ステンレス鋼は、ボイラー等の伝熱管材料として好適に用いられる」([0063]) (イ1)「上記課題を解決した本発明の耐熱オーステナイト系ステンレス鋼は、C:0.05?0.2%(質量%の意味。以下、化学成分組成について同じ。)、Si:0.1?1%、Mn:0.1?2.5%、Cu:1?4%、Ni:7?12%、Cr:16?20%、Nb:0.1?0.6%、Zr:0.05?0.4%、Ce:0.005?0.1%、Ti:0.1?0.6%、B:0.0005?0.005%、N:0.001?0.15%、S:0.005%以下(0%を含まない)およびP:0.05%以下(0%を含まない)を夫々含有し、残部が鉄および不可避不純物からなることを特徴とする。」([0014]) (イ2)[表1]([0050]) (イ3)「本発明の耐熱オーステナイト系ステンレス鋼は、必要に応じて、更にCa:0.005%以下(0%を含まない)および/またはMg:0.005%以下(0%を含まない)を含有することによって、Ceの歩留を向上できると共に靭性を向上することができる。」([0016]) (ウ1)「上記のように化学成分組成を調整することによって、耐繰返し酸化特性を向上させた耐熱オーステナイト系ステンレス鋼が得られるのであるが、更に金属組織の結晶粒度をASTM粒度番号で6以上、12未満とすることによって、より高い耐繰返し酸化特性を得ることができると共に、安定してその特性を発揮できるものとなる。」([0017]) (ウ2)[表3]([0059]) (エ1)「[実施例1] 下記表1に示す化学成分組成からなる各種鋼材を溶解し、真空溶解炉(VIF)にて溶製した20kgインゴットを幅:120mm×厚さ:20mmの寸法に熱間鍛造加工し、1250℃で熱処理を施した後、冷間圧延によって厚さ:13mmまで加工した。その後、1150℃で5分の熱処理を再度実施して、これを母材とした。この母材から20mm×30mm×2mmの鋼材を機械加工によって切出し、エメリー紙を用いた研磨とダイヤモンド砥粒を用いたバフ研磨で、鋼材の表面を平滑・鏡面化して試験片を作製した。 尚、下記表1に示した鋼材のうち、試験No.1?10は本発明で規定する要件を満足する鋼材(本発明鋼)、試験No.11?16は本発明で規定する要件を外れる鋼材(比較鋼)であり・・・」([0047][0048]) (エ2)「[実施例2] 表1、2に示した試験No.1?6の発明鋼と、試験No.14の比較鋼について、断面減少率35%の冷間加工後に熱処理温度を1125?1275℃の温度範囲で変化させ、各々の鋼材で結晶粒度番号が4.5?10.0の試料を作製した。繰返し酸化試験は炉内加熱25分、大気放冷5分の温度サイクルで、サンプルを1100℃の大気炉から出し入れし、40サイクル後の試験片質量を初期状態の試験片質量と比較することで質量減少量(減肉量:mg・cm -2 )を求めた。 ・・・上記の測定結果(減肉量)を、結晶粒度と共に下記表3に示す。」([0056]?[0058]) (オ)「本発明鋼であるNo.1?6の各々の粒度依存性を見ると、各鋼種でZrとCeの含有量に起因した絶対値としての特性差はあるものの、いずれの鋼種においても結晶粒度番号が6未満に比べて6以上の場合に高い耐繰返し酸化特性となり、特に7以上、更に9以上の粒度において顕著な改善効果が得られることが分かる。即ち、本発明の組成範囲を満たす鋼材とすることで、耐繰返し酸化特性を改善できるが、結晶粒度を調整することによってその効果を更に高め、優れた耐繰返し酸化特性を安定して得られることが分かる。」([0061]) 3-3-2.甲第9号証に記載された発明 i)甲9の記載事項(イ1)(イ2)から、本件発明2の鋼組成と最も類似している甲9の実施例である試験No.5の鋼材に着目すると、甲9には、質量%で、次の成分が含まれ、残部が鉄および不可避不純物からなる耐熱オーステナイト系ステンレス鋼が記載されている。 C:0.10、Si:0.32、Mn:1.26、P:0.029、 S:0.003、Ni:9.5、Cr:17.9、Cu:1.3、 Mo:0.8、Nb:0.18、Ti:0.19、Zr:0.20、 Ce:0.017、B:0.0019、N:0.080 ii)同(ウ1)(ウ2)(エ1)(エ2)から、上記成分組成の耐熱オーステナイト系ステンレス鋼は、[実施例2]と、[実施例1]の[実施例2]の前提となる部分の工程を経て、[表3]の結晶粒度を有するものになっており、上記成分組成の耐熱オーステナイト系ステンレス鋼が[表3]の結晶粒度を有するようになる各工程は次のように理解される。 <甲9[実施例2]の各工程> (E)20kgのインゴットを熱間鍛造加工して幅120mm×厚さ20mmに加工し、 (F)1250℃で熱処理し、 (G)冷間圧延によって厚さ13mmまで加工し、 すなわち、{(20mm-13mm)/20mm}×100=35%の断面減少率で冷間加工し、 (H)1125?1275℃の温度範囲で熱処理する。 その結果、上記成分組成の耐熱オーステナイト系ステンレス鋼である試験No.5の鋼材は、同(ウ2)に記載されるように、(H)工程での温度により、ASTM粒度番号で、結晶粒度が、 「熱処理温度1125℃」で「結晶粒度10.0」、 「熱処理温度1150℃」で「結晶粒度 8.8」、 「熱処理温度1200℃」で「結晶粒度 8.1」、 「熱処理温度1225℃」で「結晶粒度 6.3」、 「熱処理温度1275℃」で「結晶粒度 5.1」となっている。 iii)ここで、本件発明2との対比を容易にするため、本件発明2を独立形式で書き直しておくと、本件発明2は次のように特定することができる。 「 C:0.05?0.16質量%、 Si:0.1?1質量%、 Mn:0.1?2.5質量%、 P:0.01?0.05質量%、 S:0.005質量%以下(0質量%を含まない)、 Ni:7?12質量%、 Cr:16?20質量%、 Cu:2?4質量%、 Mo:0.1?0.8質量%、 Nb:0.1?0.6質量%、 Ti:0.1?0.6質量%、 B:0.0005?0.005質量%、 N:0.001?0.15質量%を含有し、かつ、 Mg:0.005質量%以下(0質量%を含まない)およびCa:0.005質量%以下(0質量%を含まない)のうちの少なくとも一つを含有し、 前記Nbの含有量と前記Tiの含有量の合計が0.3質量%以上、 さらに、Zr:0.3質量%以下(0質量%を含まない)、希土類元素:0.15質量%以下(0質量%を含まない)およびW:3質量%以下(0質量%を含まない)のうちの少なくとも一つを含有し、 残部がFeおよび不可避不純物からなり、 析出粒子径が0nmを超え100nmの範囲にある析出物の累積数密度が0.1?2.0個/μm2、 累積数密度と析出粒子径の分布において、前記累積数密度の半値に相当する析出粒子径が70nm以下、 平均硬さが160Hv以下、 結晶粒度番号が7.5以上、かつ、 クリープ破断時間が650時間以上である ことを特徴とするオーステナイト系耐熱鋼。」 iv)すると、本件発明2を特定する請求項2の記載に則して整理すれば、甲9には、次の発明(以下、「甲9発明」という。)が記載されていると認められる。 「 C:0.10質量%、 Si:0.32質量%、 Mn:1.26質量%、 P:0.029質量%、 S:0.003質量%、 Ni:9.5質量%、 Cr:17.9質量%、 Cu:1.3質量%、 Mo:0.8質量%、 Nb:0.18質量%、 Ti:0.19質量%、 B:0.0019質量%、 N:0.080質量%、 前記Nbの含有量と前記Tiの含有量の合計が0.37質量%、 Zr:0.20質量% Ce:0.017質量%を含有し、 残部がFeおよび不可避不純物からなり、耐熱オーステナイト系ステンレス鋼であって、これの (E)20kgのインゴットを熱間鍛造加工して幅120mm×厚さ20mmに加工し、 (F)1250℃で熱処理し、 (G)冷間圧延によって厚さ13mmまで加工し、 すなわち、{(20mm-13mm)/20mm}×100=35%の断面減少率で冷間加工し、 (H)1125?1275℃の温度範囲で熱処理して、 ASTM粒度番号の結晶粒度10.0?5.1となっている 耐熱オーステナイト系ステンレス鋼。」 3-3-3.本件発明2と甲9発明との対比 上記「3-3-2.」から、本件発明2と甲9発明とは、 「 C:0.10質量%、 Si:0.32質量%、 Mn:1.26質量%、 P:0.029質量%、 S:0.003質量%、 Ni:9.5質量%、 Cr:17.9質量%、 Cu:1.3質量%、 Mo:0.8質量%、 Nb:0.18質量%、 Ti:0.19質量%、 B:0.0019質量%、 N:0.080質量%、 前記Nbの含有量と前記Tiの含有量の合計が0.37質量%、 Zr:0.20質量% Ce:0.017質量%を含有し、 残部がFeおよび不可避不純物からなるオーステナイト系耐熱鋼。」の点で一致し、次の点で相違する。 (相違点1)Mg及びCaの含有について、本件発明2では、Mg:0.005質量%以下(0質量%を含まない)およびCa:0.005質量%以下(0質量%を含まない)のうちの少なくとも一つを含有するのに対して、甲9発明では、Mg及びCaを含有するか否か明らかでない点。 (相違点2)鋼の物性について、本件発明2では「析出粒子径が0nmを超え100nmの範囲にある析出物の累積数密度が0.1?2.0個/μm^(2)、累積数密度と析出粒子径の分布において、前記累積数密度の半値に相当する析出粒子径が70nm以下、平均硬さが160Hv以下、結晶粒度番号が7.5以上、かつ、クリープ破断時間が650時間以上である」のに対して、甲9発明では、 「(E)20kgのインゴットを熱間鍛造加工して幅120mm×厚さ20mmに加工し、 (F)1250℃で熱処理し、 (G)冷間圧延によって厚さ13mmまで加工し、 すなわち、{(20mm-13mm)/20mm}×100=35%の断面減少率で冷間加工し、 (H)1125?1275℃の温度範囲で熱処理して、 ASTM粒度番号の結晶粒度10.0?5.1」となっている点。 3-3-4.相違点の検討 (1)相違点1について 甲9の記載事項(イ3)から、甲9発明は、「更にCa:0.005%以下(0%を含まない)および/またはMg:0.005%以下(0%を含まない)を含有する」ことができるから、甲9発明において、「Mg:0.005質量%以下(0質量%を含まない)およびCa:0.005質量%以下(0質量%を含まない)のうちの少なくとも一つを含有」するようにすることに格別の困難性は見いだせない。 (2)相違点2について i)本件明細書には、「【0012】また、耐水蒸気酸化性を維持するため、オーステナイト系耐熱鋼の組織を微細結晶粒組織にすることを前提とすると、特許文献1に開示されている方法を適用した場合、最終熱処理温度を低くしなければならない。前記したように、最終熱処理温度を低くすると、析出元素の固溶量が低下してしまう。従って、析出強化を最大限に活用することができず、クリープ強度を向上させる効果を十分に発現できているとはいえないと推測される。」、 「【0013】本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、微細結晶粒組織を保ちながら、優れたクリープ強度を有するオーステナイト系耐熱鋼を提供することを課題とする。」と記載されており、「耐水蒸気酸化性」は「耐酸化性」とみることができるから、本件発明2の解決すべき課題は、微細結晶粒組織を保ち耐酸化性を維持しつつ、優れたクリープ強度を有するオーステナイト系耐熱鋼を提供することといえる。 ii)一方で、甲9の記載事項(ア1)?(ア3)、(ウ1)から、甲9発明は、「金属組織の結晶粒度をASTM粒度番号で6以上、12未満とすること」で「耐繰返し酸化特性」に優れ、「高温強度を維持」できる「耐熱オーステナイト系ステンレス鋼」を得ることであり、「耐繰返し酸化特性」は「耐酸化性」とみることができ、また、「高温強度を維持」することとは、優れたクリープ強度を有することに他ならないから、甲9発明の解決すべき課題も本件発明2と同様であるといえる。 iii)そこで、当該課題を解決できる本件発明2の物性を得るために、本件発明2の「オーステナイト系耐熱鋼」がどのような製造方法で製造されるのかを【実施例】についてみてみる。 iii-1)本件明細書には次の記載がある。 「【0058】表1に示す鋼材成分No.A?Fに示す各種鋼材を溶解し、真空溶解炉(VIF)にて溶製した20kgインゴットを幅130mm×厚さ20mmの寸法に熱間鍛造加工した。その後、1250℃で軟化熱処理を施し、冷間圧延によって厚さ13mmまで加工して母材とした。」 「【0060】前記各々の母材に対して、1040?1215℃、0.5?10分の範囲で熱処理温度と時間を変化させ、すなわち、析出物の粗大化因子[℃・min]を変化させ、表2のNo.1?31に示す鋼材を用意した。これらの鋼材のビッカース硬さ、析出粒子径が0nmを超え100nmの範囲にある析出物の累積数密度、累積数密度と析出粒子径の分布において、前記累積数密度の半値に相当する析出粒子径、結晶粒度番号、およびクリープ破断時間を次のようにして測定した。これらの測定結果を粗大化因子とともに表2に示す。」 「【0051】[特定の熱処理条件で最終熱処理]鋼中に含まれる析出粒子径および析出量を一定範囲に収め、かつ、結晶粒度番号を7.5以上とするためには、前記鋼材成分、硬さ範囲を前提としたうえで、析出物の粗大化因子が2000℃・min以下となる条件で最終熱処理を行えばよい。」 iii-2)以上から、表2の実施例に示される本件発明2の「オーステナイト系耐熱鋼」の製造には、次の工程が行われることが理解される。 <本件発明2の製造方法> (A)20kgのインゴットを熱間鍛造して幅130mm×厚さ20mmに加工し、 (B)1250℃で軟化熱処理を施し、 (C)冷間圧延によって厚さ13mmまで加工し、 (D)1040?1215℃、0.5?10分の範囲で熱処理温度と時間を変化させ、析出物の粗大化因子が2000℃・min以下となる条件で最終熱処理を行う。 iii-3)一方、当該課題を解決できる甲9発明の物性を得るために、甲9発明では、「耐熱オーステナイト系ステンレス鋼」は、 「(E)20kgのインゴットを熱間鍛造加工して幅120mm×厚さ20mmに加工し、 (F)1250℃で熱処理し、 (G)冷間圧延によって厚さ13mmまで加工し、 すなわち、{(20mm-13mm)/20mm}×100=35%の断面減少率で冷間加工し、 (H)1125?1275℃の温度範囲で熱処理する」ことで、「ASTM粒度番号の結晶粒度10.0?5.1」となっているものである。 iv)上記<本件発明2の製造方法>と<甲9発明の製造方法>とを比較する。 (C)工程でも、{(20mm-13mm)/20mm}×100=35%の断面減少率で冷間加工しているから、両者は(A)?(C)工程と(E)?(G)工程において一致し、一応(D)工程と(H)工程において相違している。 すなわち、本件発明2は甲9発明の「(E)?(G)工程」を包含するものである。 そこで(H)工程について検討するに、甲9発明では、上記「3-3-2ii)」で検討したように、(H)工程の結果として、試験No.5の鋼材は、ASTM粒度番号で、結晶粒度が、 「熱処理温度1125℃」で「結晶粒度10.0」、 「熱処理温度1150℃」で「結晶粒度 8.8」、 「熱処理温度1200℃」で「結晶粒度 8.1」、 「熱処理温度1225℃」で「結晶粒度 6.3」、 「熱処理温度1275℃」で「結晶粒度 5.1」となっている。 v)以上から、甲9発明では「熱処理温度1125℃?1200℃」であれば、本件発明2の「結晶粒度番号が7.5以上」であるという物性に相当するものであり、その温度範囲であれば「析出物の粗大化因子が2000℃・min以下となる条件」になっているものといえる。 すなわち、甲9発明は「熱処理温度1125℃?1200℃」の(H)工程を経ることで本件発明2と「結晶粒度番号」という物性が一致するものといえるから、同温度範囲であれば、(D)工程と(H)工程とは実質的に同一の工程であるといえる。 すると、両者は、解決すべき課題が同じだから、成分組成を同じにし、製造方法を同じにして製造された鋼の金属組織は同一のはずで、鋼の物性はその金属組織により決定される以上、上記温度範囲であれば、甲9発明の物性は本件発明2の物性(析出粒子径が0nmを超え100nmの範囲にある析出物の累積数密度が0.1?2.0個/μm^(2)、累積数密度と析出粒子径の分布において、前記累積数密度の半値に相当する析出粒子径が70nm以下、平均硬さが160Hv以下、結晶粒度番号が7.5以上、かつ、クリープ破断時間が650時間以上)を有するものといえる。 そして、甲9発明において、甲9の記載事項(オ)から、結晶粒度番号が大きい方が「耐繰返し酸化特性」を高められるから、より「耐繰返し酸化特性」を高めるために、甲9発明において「(H)1125?1275℃の温度範囲で熱処理」を、「(H)熱処理温度1125℃?1200℃」にする工程とすることに格別の困難性は見いだせない。 3-3-5.本件発明2についての結言(甲第9号証) 以上から、本件発明2は、甲第9号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。 第4 むすび 以上から、本件発明1ないし2は特許法第36条第6項第2号の規定に適合せず、本件発明2は甲第9号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないものであるから、本件発明1ないし2に係る特許は取り消されるべきものである。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2019-03-11 |
出願番号 | 特願2014-42889(P2014-42889) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Z
(C22C)
P 1 651・ 121- Z (C22C) P 1 651・ 536- Z (C22C) |
最終処分 | 取消 |
前審関与審査官 | 佐藤 陽一 |
特許庁審判長 |
亀ヶ谷 明久 |
特許庁審判官 |
中澤 登 ▲辻▼ 弘輔 |
登録日 | 2018-02-16 |
登録番号 | 特許第6289941号(P6289941) |
権利者 | 株式会社神戸製鋼所 |
発明の名称 | オーステナイト系耐熱鋼 |
代理人 | 特許業務法人磯野国際特許商標事務所 |