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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
管理番号 1351443
異議申立番号 異議2019-700159  
総通号数 234 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-06-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-02-27 
確定日 2019-05-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第6380390号発明「光学フィルターおよび前記フィルターを用いた装置」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6380390号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
特許第6380390号の請求項1?請求項10に係る特許についての出願(特願2015-519857号)は,2014年5月27日(優先権主張 平成25年5月29日)を出願日とし,平成30年8月10日にその特許権の設定の登録がされたものである(以下,請求項1?請求項10に係る特許を,それぞれ「本件特許1」?「本件特許10」といい,総称して「本件特許」という。)。
本件特許について,平成30年8月29日に特許掲載公報が発行されたところ,発行の日から6月以内である平成31年2月27日に,特許異議申立人 松村朋子(以下「特許異議申立人」という。)から特許異議の申立てがされた。

2 本件特許発明
特許第6380390号の請求項1?請求項10に係る発明(以下,それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明10」という。)は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1?請求項10に記載された事項によって特定されるとおりの,以下のものである。
「【請求項1】
近赤外線吸収色素を含有する透明樹脂製基板と,
前記基板の両面上に形成された近赤外線反射膜とを有し,
前記近赤外線反射膜が,誘電体多層膜であり,
前記基板の両面上に形成された誘電体多層膜の層数差が12以下であり,且つ,物理膜厚の差が500nm以下であり,
下記(A)?(D)の要件を満たす光学フィルター:
(A)波長430?580nmの領域において,光学フィルターの垂直方向から測定した場合の透過率の平均値が75%以上。
(B)波長800?1000nmの領域において,光学フィルターの垂直方向に対して5°の角度から測定した場合の,少なくとも一方の面から測定した反射率の平均値が80%以上。
(C)波長1100?1200nmの領域において,光学フィルターの垂直方向に対して5°の角度から測定した場合の,少なくとも一方の面から測定した反射率の平均値が70%以上。
(D)波長560?800nmの領域において,光学フィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が50%となる最も長い波長の値(Xa)と,光学フィルターの垂直方向に対して30°の角度から測定した場合の透過率が50%となる最も長い波長の値(Xb)との差の絶対値|Xa-Xb|が15nm未満。

【請求項2】
下記(E)の要件をさらに満たす請求項1に記載の光学フィルター:
(E)JIS K7105規格準拠の方法にて測定したヘーズ値が2.0%以下。

【請求項3】
前記近赤外線反射膜が,
波長550nmの光における屈折率が1.7超2.5以下である高屈折率材料層と波長550nmの光における屈折率が1.2以上1.7以下である低屈折材料層とが交互に積層された誘電体多層膜であり,
前記誘電体多層膜中で最も屈折率が高い層と最も屈折率が低い層との屈折率比が1.3以上であり,隣り合う高屈折率材料層と低屈折率材料層との光学膜厚(物理膜厚×屈折率)の比が0.8?1.2となる部分を連続で10層以上有する
請求項1または2に記載の光学フィルター。

【請求項4】
前記透明樹脂製基板を構成する透明樹脂が,環状オレフィン系樹脂,芳香族ポリエーテル系樹脂,ポリイミド系樹脂,フルオレンポリカーボネート系樹脂,フルオレンポリエステル系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,ポリアミド系樹脂,ポリアリレート系樹脂,ポリサルホン系樹脂,ポリエーテルサルホン系樹脂,ポリパラフェニレン系樹脂,ポリアミドイミド系樹脂,ポリエチレンナフタレート系樹脂,フッ素化芳香族ポリマー系樹脂,(変性)アクリル系樹脂,エポキシ系樹脂,アリルエステル系樹脂およびシルセスキオキサン系樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種の樹脂である請求項1?3のいずれか1項に記載の光学フィルター。

【請求項5】
前記透明樹脂製基板が,スクアリリウム系化合物,シアニン系化合物,フタロシアニン系化合物,ナフタロシアニン系化合物,クロコニウム系化合物,ジチオール系化合物,ジイモニウム系化合物およびポルフィリン系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種の近赤外線吸収色素を含有する請求項1?4のいずれか1項に記載の光学フィルター。

【請求項6】
前記近赤外線吸収色素が,式(I)で表されるスクアリリウム系化合物および式(II)で表されるスクアリリウム系化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む請求項1?5のいずれか1項に記載の光学フィルター。
【化1】

[式(I)中,R^(a),R^(b)およびYは,下記(i)または(ii)の条件を満たす:
(i)複数あるR^(a)は,それぞれ独立に水素原子,ハロゲン原子,スルホ基,水酸基,シアノ基,ニトロ基,カルボキシ基,リン酸基,-L^(1)または-NR^(e)R^(f)基を表し,ここでR^(e)およびR^(f)は,それぞれ独立に水素原子,-L^(a),-L^(b),-L^(c),-L^(d)または-L^(e)を表し;
複数あるR^(b)は,それぞれ独立に水素原子,ハロゲン原子,スルホ基,水酸基,シアノ基,ニトロ基,カルボキシ基,リン酸基,-L^(1)または-NR^(g)R^(h)基を表し,ここでR^(g)およびR^(h)は,それぞれ独立に水素原子,-L^(a),-L^(b),-L^(c),-L^(d),-L^(e)または-C(O)R^(i)基(R^(i)は,-L^(a),-L^(b),-L^(c),-L^(d)または-L^(e)を表す。)を表し;
複数あるYは,それぞれ独立に-NR^(j)R^(k)基を表し,ここでR^(j)およびR^(k)は,それぞれ独立に水素原子,-L^(a),-L^(b),-L^(c),-L^(d)または-L^(e)を表し;
L^(1)は,L^(a),L^(b),L^(c),L^(d),L^(e),L^(f),L^(g)またはL^(h)であり;
前記L^(a)?L^(h)は,
(L^(a))炭素数1?9の脂肪族炭化水素基,
(L^(b))炭素数1?9のハロゲン置換アルキル基,
(L^(c))炭素数3?14の脂環式炭化水素基,
(L^(d))炭素数6?14の芳香族炭化水素基,
(L^(e))炭素数3?14の複素環基,
(L^(f))炭素数1?9のアルコキシ基,
(L^(g))炭素数1?9のアシル基,または
(L^(h))炭素数1?9のアルコキシカルボニル基
を表し,前記L^(a)?L^(h)は,置換基Lを有していてもよく;
置換基Lは,炭素数1?9の脂肪族炭化水素基,炭素数1?9のハロゲン置換アルキル基,炭素数3?14の脂環式炭化水素基,炭素数6?14の芳香族炭化水素基および炭素数3?14の複素環基からなる群より選ばれる少なくとも1種であり;
前記L^(a)?L^(h)は,さらにハロゲン原子,スルホ基,水酸基,シアノ基,ニトロ基,カルボキシ基,リン酸基およびアミノ基からなる群より選ばれる少なくとも1種の原子または基を有していてもよく;
(ii)1つのベンゼン環上の2つのR^(a)のうちの少なくとも1つが,同じベンゼン環上のYと相互に結合して,窒素原子を少なくとも1つ含む構成原子数5または6の複素環を形成し,前記複素環は置換基を有していてもよく,R^(b)および前記複素環の形成に関与しないR^(a)は,それぞれ独立に前記(i)のR^(b)およびR^(a)と同義である。]
【化2】

[式(II)中,Xは,-O-,-S-,-Se-,>N-R^(c)または>CR^(d)_(2)を表し;複数あるR^(c)は,それぞれ独立に水素原子,-L^(a),-L^(b),-L^(c),-L^(d)または-L^(e)を表し;複数あるR^(d)は,それぞれ独立に水素原子,ハロゲン原子,スルホ基,水酸基,シアノ基,ニトロ基,カルボキシ基,リン酸基,-L^(1)または-NR^(e)R^(f)基を表し,隣り合うR^(d)同士は連結して置換基を有していてもよい環を形成してもよく;L^(a)?L^(e),L^(1),R^(e)およびR^(f)は,前記式(I)において定義したL^(a)?L^(e),L^(1),R^(e)およびR^(f)と同義である。]

【請求項7】
前記基板の両面上に形成されたそれぞれの誘電体多層膜において,任意の"下記(h)を満たす連続した10層"の平均光学膜厚同士を比較した場合,平均光学膜厚が厚い方の誘電体多層膜の平均光学膜厚がもう一方の誘電体多層膜の平均光学膜厚の1.05?1.60倍である請求項1?6のいずれか1項に記載の光学フィルター:
(h)隣り合う高屈折率材料層と低屈折率材料層との光学膜厚(物理膜厚×屈折率)の比が0.8?1.2。

【請求項8】
固体撮像装置用である請求項1?7のいずれか1項に記載の光学フィルター。

【請求項9】
請求項1?7のいずれか1項に記載の光学フィルターを具備する固体撮像装置。

【請求項10】
請求項1?7のいずれか1項に記載の光学フィルターを具備するカメラモジュール。」

3 特許異議申立てについて
(1) 特許異議申立ての理由
特許異議申立人は,概略,本件特許発明1?本件特許発明10は,いずれも,その優先権主張の日(以下「本件優先日」という。)前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(甲1に記載された発明)に基づいて,本件優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許1?本件特許10は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである,と主張している。

(2) 証拠方法
特許異議申立人の証拠方法は,以下のとおりである。なお,主引用例は甲1であり,甲2?甲6は周知技術等を示す文献である。
甲1:国際公開第2012/169447号
(当合議体注:特許異議申立人が提出した再公表特許に対応するもの。)
甲2:特開2007-291475号公報
甲3:特開2006-139223号公報
甲4:特開2012-8532号公報
甲5:光学ガラス基板「BK7」,TiO_(2),及びSiO_(2)の波長別屈折率
(当合議体注:「屈折率一覧表」,[online],Filmetrics,INC.,インターネットにおいて,上記の材料を検索した結果である。)
甲6:特開2011-133532号公報

第2 当合議体の判断
1 甲1等の記載及び甲1発明
(1) 甲1の記載
本件優先日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「技術分野
[0001] 本発明は,近赤外線遮蔽効果を有する光学フィルタ…(省略)…に関する。
…(省略)…
発明が解決しようとする課題
[0009] 本発明は,近赤外線吸収色素を効果的に用いた,単独であるいは他の選択波長遮蔽部材と組合せて用いた際に,近赤外線遮蔽特性に優れるとともに,十分な小型化,薄型化ができる光学フィルタの提供を目的とする。」

イ 「課題を解決するための手段
[0010] 本発明の一態様によれば,近赤外線吸収色素(A)を透明樹脂(B)に分散させてなる近赤外線吸収層を具備する光学フィルタであって,
上記近赤外線吸収色素(A)は…(省略)…ピーク波長が695?720nmの領域にあり,半値全幅が60nm以下であり,
…(省略)…
上記近赤外線吸収層は,450?600nmの可視光の透過率が70%以上であり,695?720nmの波長域における光の透過率が10%以下…(省略)…である光学フィルタが提供される。
…(省略)…
[0019] 上記透明樹脂(B)は,アクリル系樹脂,エポキシ系樹脂,エン・チオール系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,およびポリエステル系樹脂からなる群より選択される少なくとも1種を含んでもよい。
…(省略)…
[0021] 上記光学フィルタは,上記近赤外線吸収層の片側または両側に,420?695nmの可視光を透過し710?1100nmの波長域の光を遮蔽する選択波長遮蔽層をさらに具備してもよい。
[0022] 上記光学フィルタが有する選択波長遮蔽層は,低屈折率の誘電体膜と高屈折率の誘電体膜を交互に積層した誘電体多層膜からなってもよい。」

ウ 「発明を実施するための形態
[0030] 以下,本発明の実施形態を詳細に説明する。
…(省略)…
[0059]…(省略)…化合物(F11)として,具体的には,下記式(F11-1)で示される化合物が挙げられる。
[0060][化7]

…(省略)…
[0067] 上記化合物(F11-1)…(省略)…の吸光特性を表1に示す。
[0068][表1]

…(省略)…
[0130] 選択波長遮蔽層は,光学フィルタの用途に応じて上記近赤外線吸収層の片側または両側に配置される。
…(省略)…
[0151]…(省略)…選択波長遮蔽層を誘電体多層膜で構成する場合,例えば,図1(b)に示すような,近赤外線吸収層11を,光を遮蔽する波長領域が異なる第1の誘電体多層膜13aおよび第2の誘電体多層膜13bで挟み込んだ構造の光学フィルタ10Bとすることが好ましい。
[0152]
この場合,第1の誘電体多層膜13aは,例えば,420?695nmの可視光を透過し,710nm以上,近赤外線吸収層11による吸収波長域の長波長側の端の波長以下の波長を短波長側の端の波長とし,820?950nm付近の波長を長波長側の端の波長とする,波長領域の光を反射する光学特性を有する層とできる。
…(省略)…
[0153]
また,第2の誘電体多層膜13bは,例えば,420?695nmの可視光を透過し,好ましくは400nm以下,より好ましくは410nm以下の紫外線波長領域の光と,少なくとも,710nmを超え上記第1の誘電体多層膜13aの反射波長領域の長波長側の端の波長以下の波長を短波長側の端の波長とし,好ましくは1100nm以上,より好ましくは1200nm以上の波長を長波長側の端の波長とする,波長領域の光を反射する光学特性を有する層とできる。
…(省略)…
[0160]…(省略)…誘電体多層膜の膜厚としては,選択波長遮蔽特性によるが,2000?5000nmが好ましい。また,近赤外吸収層の両面,もしくは透明基材と該透明基材上に形成された近赤外吸収層の各々の面に誘電体多層膜を配設する場合,誘電体多層膜の応力により反りが生じる場合がある。この反りの発生を抑制するために各々の面に成膜される誘電体多層膜の膜厚の差は,所望の選択波長遮蔽特性を有するように成膜した上で,可能な限り少ない方が好ましい。」

エ 「実施例
[0233] 以下に,本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。…(省略)…近赤外線吸収層および光学フィルタについて紫外可視分光光度計(日立ハイテクノロジーズ社製,U-4100形)を用いて透過スペクトル(透過率)を測定し,算出した。
…(省略)…
[0234][光学フィルタの製造]
…(省略)…
(例1)
NIR吸収色素(A)としてNIR吸収色素(A1)のみを用いた。NIR吸収色素(A1)として表1に示す化合物(F12-1)と,アクリル樹脂(大阪ガスケミカル社製,商品名:オグソールEA-F5003,屈折率1.60)の50質量%テトラヒドフラン溶液とを,アクリル樹脂100質量部に対して化合物(F12-1)が0.23質量部となるような割合で混合した後,室温にて攪拌・溶解することで塗工液を得た。得られた塗工液を,厚さ1mmのガラス板(ソーダガラス)上にダイコート法により塗布し,100℃で5分間加熱乾燥させた。その後,塗膜に波長365nmの紫外線を360mJ/cm^(2)照射して硬化させ,ガラス板上に膜厚10μmの近赤外線吸収層が形成された光学フィルタ1を得た。
…(省略)…
[0238](例5)
NIR吸収色素(A1)として上記表1に示す化合物(F11-1)を用い,アクリル樹脂100質量部に対する化合物(F11-1)の量を1.2質量部となるような割合としたこと以外は例1と同様にしてガラス板上に膜厚3μmの近赤外線吸収層が形成された光学フィルタ5を得た。得られた光学フィルタ5の透過率を測定した。…(省略)…300?900nmの波長領域の透過スペクトルを図9に実線で示す。
…(省略)…
[0243][表3]

[0244][光学フィルタの設計]
例1?9で作製した近赤外線吸収層からなる光学フィルタ1?9を用いて,図1(b)に示す第1の誘電体多層膜13a,近赤外線吸収層11,第2の誘電体多層膜13bの順に積層された構成の例10?18の光学フィルタを設計した。
…(省略)…
[0246] 高屈折率の誘電膜と低屈折率の誘電膜が交互に積層された誘電体多層膜が形成された構成において,誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜(高屈折率誘電体膜)の膜厚,SiO_(2)膜(低屈折率誘電体膜)の膜厚,をパラメーターとして,シミュレーションし,波長400?700nmの光を90%以上透過し,波長715?900nmの光の透過率が5%以下となるような第1の誘電体多層膜の構成を求めた。得られた第1の誘電体多層膜の構成を表4に,この第1の誘電体多層膜の透過率スペクトルを図8(a)にIR-1として点線で示す。なお,第1の誘電体多層膜においては第1層が近赤外線吸収層側に形成される設定であり,全体の膜厚は3536nmであった。
[0247][表4]

[0248] 上記同様に高屈折率の誘電膜と低屈折率の誘電膜が交互に積層された誘電体多層膜が形成された構成において,誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜(高屈折率誘電体膜)の膜厚,SiO_(2)膜(低屈折率誘電体膜)の膜厚,をパラメーターとして,シミュレーションし,波長420?780nmの光を90%以上透過し,波長410nm以下の光および850?1200nmの光の透過率がともに5%以下となるような第2の誘電体多層膜の構成を求めた。得られた第2の誘電体多層膜の構成を表5に,この第2の誘電体多層膜の透過率スペクトルを図8(a)にIR-2として破線で示す。なお,第2の誘電体多層膜においては,第1層が近赤外線吸収層側に形成される設定であり,全体の膜厚は4935nmであった。また,図8(b)に,上記第1の誘電体多層膜および第2の誘電体多層膜を積層した場合の透過率スペクトルをIR-1+IR-2として実線で示した。
[0249][表5]

[0250] 上記で設計した例10?18の光学フィルタについて透過スペクトルを作成した。表6に光学フィルタの仕様および光学特性を示す。
…(省略)…
[0251]表6

…(省略)…
産業上の利用可能性
[0253] 本発明の光学フィルタは,単独であるいは他の選択波長遮蔽部材と組合せて用いた際に,良好な近赤外線遮蔽特性を有するとともに,十分な小型化,薄型化ができることから,デジタルスチルカメラ等の撮像装置,プラズマディスプレイ等の表示装置,車両(自動車等)用ガラス窓,ランプ等に有用である。」

オ 図1,図8,図9
[図1]

[図8]

[図9]


(2) 甲1発明
甲1の実施例14からは,次の発明が理解される(以下「甲1発明」という。)。
「 第1の誘電体多層膜,近赤外線吸収層,第2の誘電体多層膜の順に積層された光学フィルタであって,
第1の誘電体多層膜は,誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜の膜厚,SiO_(2)膜の膜厚をパラメーターとしてシミュレーションし,波長400?700nmの光を90%以上透過し,波長715?900nmの光の透過率が5%以下となるように求めた,TiO_(2)/SiO_(2)の交互積層膜であり,合計の層数が32層,合計の膜厚が3536nm,透過率スペクトルが以下のグラフ(a)でIR-1として点線で示すものであり,
第2の誘電体多層膜は,誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜の膜厚,SiO_(2)膜の膜厚をパラメーターとしてシミュレーションし,波長420?780nmの光を90%以上透過し,波長410nm以下の光および850?1200nmの光の透過率がともに5%以下となるように求めた,TiO_(2)/SiO_(2)の交互積層膜であり,合計の層数が36層,合計の膜厚が4935nm,透過率スペクトルが以下のグラフ(a)でIR-2として破線で示すものであり,
第1の誘電体多層膜及び第2の誘電体多層膜を積層した場合の透過率スペクトルは,以下のグラフ(b)でIR-1+IR-2として実線で示すものであり,
近赤外線吸収層は,NIR吸収色素及びアクリル樹脂から形成され,近赤外線吸収層の300?900nmの波長領域の透過率スペクトルは以下のグラフ(c)で例5として実線で示すものであり,
光学フィルタの透過率は,420?620nmで76.4%,630nmで67.0%,700nmで0.6%,710nmで0.0%,710?860nmで0.06%である,
光学フィルタ。
グラフ(a):

グラフ(b):

グラフ(c):



(3) 甲2の記載
本件優先日前に頒布された刊行物である甲2には,以下の記載がある。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は,…(省略)…近赤外線カットフィルターに関するものである。
【背景技術】
【0002】
…(省略)…
このフィルターについては,例えば,特許文献1において,樹脂等の基板上に低屈折率膜と高屈折率膜を交互にスパッタリングにより形成することの提案がなされている。
しかしながら,…(省略)…基板が樹脂からなる場合には,基板の厚みによっては,歪み等が生じてしまい実用に耐えないという問題があった。
…(省略)…
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで,本発明は,…(省略)…樹脂基板の歪みを抑えた近赤外線カットフィルターを提供することを目的とする。」

イ 「【0013】
次に,本発明の他の実施の形態について図2を参照して説明する。
図示されるものは,基板2の両面に成膜を行った近赤外線カットフィルターの成膜後の状態を示すものである。表面側の積層構造体16の総膜厚合計(t_(1))と,裏面側の面の積層構造体17の総膜厚合計(t_(2))との差の絶対値(Δ=|t_(1)-t_(2)|)は,総膜厚合計の何れか大きい方の値(t_(1)又はt_(2))に対して15.0%以内にすることが好ましい。これにより,厚さ0.1?2.0mmの範囲の樹脂製基板2に成膜した場合であっても,基板2の歪みを抑えることができるからである。
…(省略)…
【0019】
また,上記近赤外線フィルターの表面の総膜厚合計と,裏面の総膜厚合計との差を,裏面の総膜厚の15%以内としているために,基板の歪みやカールを防ぐことができた。…(省略)…この値については15%以内の範囲であれば,基板の歪みやカールを防ぐことができることを確認した。」

ウ 図2


(4) 甲3の記載
本件優先日前に頒布された刊行物である甲3には,以下の記載がある。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は,CCTV(監視カメラシステム)用レンズ等の撮影装置に組み付けられる絞り装置用の光学フィルタ…(省略)…に関する。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
…(省略)…
【0017】
本発明は,上記事情を考慮し,絞り装置の光路上に対して抜き差し自在に装備するのに最適な条件,即ち,
…(省略)…
(d)スライド動作を保証するため,反りや膜の剥離が発生しにくい
等の条件を満たすことのできる光学フィルタ…(省略)…を提供することを目的とする。」

ウ 「【課題を解決するための手段】
【0018】
請求項1の発明は,…(省略)…蒸着またはスパッタによる成膜が可能な耐熱温度を有するプラスチック薄板をフィルタ基材とし,その表裏両面に蒸着またはスパッタにより略同等厚さの多層膜を形成してなることを特徴とする。
…(省略)…
【発明の効果】
【0029】
請求項1の発明の絞り装置用の光学フィルタは,…(省略)…両面に同等厚さの多層膜を形成しているので,反りや膜の剥離も発生しにくい。従って,絞り装置にスライド自在に組み込んだ場合,安定した確実なスライド動作を保証することができるし,体積増や重量増を抑えて,絞り装置全体のコンパクト化を図ることができる。」

エ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
…(省略)…
【0044】
図2はこの光学フィルタ15の断面構造の模式図である。
この光学フィルタ15は,耐熱温度の高いプラスチック薄板151をフィルタ基材とし,その表裏両面(A面とB面)に,蒸着またはスパッタにより略同等厚さの多層膜152,153を形成してなるものである。
…(省略)…
【0045】
ここでは,表裏面の多層膜152,152の厚さを略等しく設定したことにより,表裏のバランスを良好に保つことができ,温度変化等による光学フィルタ15の反り防止を図ることができ,それにより蒸着膜の剥離防止を図ることができる。また,スライドさせる際の動作の安定を保証することもできる。」

オ 図2


(5) 甲4の記載
本件優先日前に頒布された刊行物である甲4には,以下の記載がある。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は,近赤外線カットフィルターに関する。
…(省略)…
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
…(省略)…
【0013】
本発明は,視野角が広く,さらに,近赤外線カット能に優れ,吸湿性が低く,異物やソリのない,…(省略)…近赤外線カットフィルターを得ることを目的とする。」

イ 「【発明を実施するための形態】
【0034】
以下,本発明について具体的に説明する。
…(省略)…
【0182】
≪近赤外線反射膜≫
本発明に用いられる近赤外線反射膜は,近赤外線を反射する能力を有する膜である。このような近赤外線反射膜としては,…(省略)…高屈折率材料層と低屈折率材料層とを交互に積層した誘電体多層膜などを用いることができる。
…(省略)…
【0184】
本発明において,近赤外線反射膜は樹脂製基板(I)の片面に設けてもよいし,両面に設けてもよい。片面に設ける場合には,製造コストや製造容易性に優れ,両面に設ける場合には,高い強度を有し,ソリの生じにくい近赤外線カットフィルターを得ることができる。
…(省略)…
【0193】
さらに,誘電体多層膜を形成した際に基板にソリが生じてしまう場合には,これを解消するために,基板両面に誘電体多層膜を形成したり,基板の誘電体多層膜を形成した面に紫外線等の電磁波を照射したりする等の方法をとることができる。」

(6) 甲5の記載
甲5は,光学ガラス基板である「BK7」,TiO_(2),SiO_(2)の300nm?1200nmにおける屈折率を一覧表としたものである。

(7) 甲6の記載
本件優先日前に頒布された刊行物である甲6には,光学フィルタのヘーズ値に関する事項が記載されている(詳細は省略する。)。

2 本件特許発明1について
(1) 対比
ア 透明樹脂製基板
甲1発明の「近赤外線吸収層は,NIR吸収色素及びアクリル樹脂から形成され,近赤外線吸収層の300?900nmの波長領域の透過率スペクトルは以下のグラフ(c)で例5として実線で示すもの」である。また,甲1発明は,「第1の誘電体多層膜,近赤外線吸収層,第2の誘電体多層膜の順に積層された光学フィルタ」である。
グラフ(c):

ここで,甲1発明の「NIR吸収色素」は,その文言が意味するとおり,近赤外線吸収色素である。また,甲1発明の「近赤外線吸収層」は,その透過率スペクトル,材料及び積層順からみて「近赤外線吸収色素を含有する透明樹脂製基板」といえる。
そうしてみると,甲1発明の「NIR吸収色素」は,本件特許発明1の「近赤外線吸収色素」に相当する。また,甲1発明の「近赤外線吸収層」は,本件特許発明1の「近赤外線吸収色素を含有する」という要件を満たす「透明樹脂製基板」に相当する。

イ 近赤外線反射膜,光学フィルター
甲1発明の「光学フィルタ」は,「第1の誘電体多層膜,近赤外線吸収層,第2の誘電体多層膜の順に積層された」ものである。また,甲1発明の「第1の誘電体多層膜」及び「第2の誘電体多層膜」は,それぞれ,「透過率スペクトルが以下のグラフ(a)でIR-1として点線で示すもの」及び「透過率スペクトルが以下のグラフ(a)でIR-2として破線で示すもの」である。
グラフ(a):

ここで,甲1発明の「第1の誘電体多層膜」及び「第2の誘電体多層膜」は,その透過率スペクトルからみて,「近赤外線反射膜」であり,また,その文言が意味するとおり,「誘電体多層膜」である。そして,甲1発明の「光学フィルタ」は,その積層順からみて,「近赤外線吸収層の両面上に形成された近赤外線反射膜」を有するものである。
そうしてみると,甲1発明の「第1の誘電体多層膜」及び「第2の誘電体多層膜」は,いずれも,本件特許発明1の「誘電体多層膜であり」と特定された「近赤外線反射膜」に該当する。また,上記アの対比結果も勘案すると,甲1発明の「光学フィルタ」は,本件特許発明1の「前記基板の両面上に形成された近赤外線反射膜とを有し」という要件を満たす「光学フィルター」に相当する。

ウ 層数差
甲1発明の「第1の誘電体多層膜」は,「合計の層数が32層」である。また,甲1発明の「第2の誘電体多層膜」は,「合計の層数が36層」である。
ここで,「36層」と「32層」の差は,「4層」である。
そうしてみると,甲1発明の「光学フィルタ」は,本件特許発明1の「光学フィルター」の「前記基板の両面上に形成された誘電体多層膜の層数差が12以下であり」という要件を満たす。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明は,次の構成で一致する。
「 近赤外線吸収色素を含有する透明樹脂製基板と,
前記基板の両面上に形成された近赤外線反射膜とを有し,
前記近赤外線反射膜が,誘電体多層膜であり,
前記基板の両面上に形成された誘電体多層膜の層数差が12以下である,
光学フィルター。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
「前記基板の両面上に形成された誘電体多層膜」が,本件特許発明1は,「物理膜厚の差が500nm以下であり」という要件を満たすのに対して,甲1発明は,この要件を満たさない(物理膜厚の差は,4935nm-3536nm=1399nmと計算される)点。

(相違点2)
「光学フィルター」が,本件特許発明1は,「下記(A)?(D)の要件を満たす」ものであるのに対して,甲1発明は,これが明らかではない点。
(A)?(D)の要件:
(A)波長430?580nmの領域において,光学フィルターの垂直方向から測定した場合の透過率の平均値が75%以上。
(B)波長800?1000nmの領域において,光学フィルターの垂直方向に対して5°の角度から測定した場合の,少なくとも一方の面から測定した反射率の平均値が80%以上。
(C)波長1100?1200nmの領域において,光学フィルターの垂直方向に対して5°の角度から測定した場合の,少なくとも一方の面から測定した反射率の平均値が70%以上。
(D)波長560?800nmの領域において,光学フィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が50%となる最も長い波長の値(Xa)と,光学フィルターの垂直方向に対して30°の角度から測定した場合の透過率が50%となる最も長い波長の値(Xb)との差の絶対値|Xa-Xb|が15nm未満。

(3) 判断
甲1の[0160]には,「近赤外吸収層の両面,もしくは透明基材と該透明基材上に形成された近赤外吸収層の各々の面に誘電体多層膜を配設する場合,誘電体多層膜の応力により反りが生じる場合がある。この反りの発生を抑制するために各々の面に成膜される誘電体多層膜の膜厚の差は,所望の選択波長遮蔽特性を有するように成膜した上で,可能な限り少ない方が好ましい。」と記載されている。
しかしながら,甲1には,上記の記載はあるとしても,これを,どのようにして実現するのかについては,記載も示唆もない(「所望の選択波長遮蔽特性を有するように成膜した上で,可能な限り少ない方が好ましい。」という願望を実現するための具体的手段が不明である。)。
また,甲2?甲4においても,「所望の選択波長遮蔽特性を有するように成膜した上で」,どのようにして「各々の面に成膜される誘電体多層膜の膜厚の差」を「可能な限り少な」くするのかについて,記載されておらず,また,示唆する記載もない。

さらにすすんで検討する。
甲1発明の「第1の誘電体多層膜」は,「波長400?700nmの光を90%以上透過し,波長715?900nmの光の透過率が5%以下」を「所望の選択波長遮蔽特性」として,「誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜の膜厚,SiO_(2)膜の膜厚をパラメーターとしてシミュレーションし」,成膜してなるものである。また,甲1発明の「第2の誘電多層膜」は,「波長420?780nmの光を90%以上透過し,波長410nm以下の光および850?1200nmの光の透過率がともに5%以下」を「所望の選択波長遮蔽特性」として,「誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜の膜厚,SiO_(2)膜の膜厚をパラメーターとしてシミュレーションし」,成膜してなるものである。すなわち,甲1発明においては,上記の「所望の選択波長遮蔽特性」が決定された段階で,シミュレーションにより「誘電体多層膜の積層数,TiO_(2)膜の膜厚,SiO_(2)膜の膜厚」が決まってしまうから,「各々の面に成膜される誘電体多層膜の膜厚の差」も決まってしまうこととなる(「膜厚の差」又は「合計の膜厚」が,シミュレーションの制約条件となっていない。)。
甲1発明の誘電体多層膜の設計手法を前提として,甲1発明の「第1の誘電体多層膜」と「第2の誘電多層膜」の膜厚の差を500nm以下とすること,すなわち,相違点1に係る本件特許発明1の要件を満たしたものとすることは,困難と考えられる。

したがって,甲1発明を,相違点1に係る本件特許発明1の要件を満たしたものとすることが,当業者において容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(4) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は,甲1発明において,第1の誘電体多層膜と第2の誘電体多層膜との物理膜厚の差を可能な限り少なくする方法として,第2の誘電体多層膜の一部を第1の誘電多層膜に移動することは,求められる技術レベルも高くなく,当業者にとって合理的といえる,としている。
しかしながら,特許異議申立人の上記の主張は,証拠に基づくものではない。また,特許異議申立人が主張する方法が,本件優先日前の当業者において,例示するまでもない周知技術であったということもできない。
したがって,特許異議申立人の採用できない。

(5) 小括
本件特許発明1は,当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

3 本件特許発明2?本件特許発明10について
(1) 本件特許発明2?本件特許発明8について
本件特許発明2?本件特許発明8は,いずれも,上記相違点1に係る本件特許発明1の要件を含む本件特許発明1の光学フィルターの発明に対して,さらに他の発明特定事項を付加してなる光学フィルターの発明である。
したがって,前記2(3)で述べたのと同じ理由により,本件特許発明2?本件特許発明8は,当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

(2) 本件特許発明9及び本件特許発明10について
本件特許発明9は,本件特許発明1?本件特許発明7の,いずれかの光学フィルターを具備する固体撮像装置の発明である。そして,前記2(3)及び3(1)で述べたとおり,本件特許発明1?本件特許発明7は,いずれも,当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。
そうしてみると,本件特許発明9も,当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

本件特許発明10は,本件特許発明1?本件特許発明7の,いずれかの光学フィルターを具備するカメラモジュールの発明である。
そうしてみると,本件特許発明9と同じ理由により,本件特許発明10も,当業者が,甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

第3 まとめ
以上のとおり,本件特許1?本件特許10は,いずれも,特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,取り消すことができない。
また,他に本件特許1?本件特許10を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-04-25 
出願番号 特願2015-519857(P2015-519857)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (G02B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 辻本 寛司  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 樋口 信宏
関根 洋之
登録日 2018-08-10 
登録番号 特許第6380390号(P6380390)
権利者 JSR株式会社
発明の名称 光学フィルターおよび前記フィルターを用いた装置  
代理人 特許業務法人SSINPAT  
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