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審決分類 審判 査定不服 特37 条出願の単一性( 平成16 年1 月1 日から) 取り消して特許、登録 H01J
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 H01J
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01J
管理番号 1351704
審判番号 不服2018-677  
総通号数 235 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-07-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-01-18 
確定日 2019-06-06 
事件の表示 特願2014-549546「イオントラップから低M/Z比を有するイオンを抽出する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 7月 4日国際公開、WO2013/098600、平成27年 2月 2日国内公表、特表2015-503825、請求項の数(11)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 1 手続の経緯
平成24年11月28日 国際特許出願(パリ条約による優先権主張
国際事務局受理2011年12月27日、
米国)
平成28年10月25日 拒絶理由通知(同年10月27日発送)
平成29年 4月25日 意見書・補正書
平成29年 9月21日 拒絶査定(同年9月26日送達)
平成30年 1月18日 本件審判請求書・補正書
平成31年 3月26日 拒絶理由通知(同年3月27日発送、
以下「当審拒絶理由」という)
平成31年 4月15日 意見書・補正書

2 本願発明
本願の請求項1-11に係る発明(以下、その順に「本願発明1」等といい、本願発明1-11をまとめて「本願発明」という。)は、平成31年4月15日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1-11に記載された事項により特定される発明であり、本願発明は以下のとおりの発明である。

「【請求項1】
イオントラップを動作させる方法であって、前記イオントラップは、解離装置のためのものであり、前記イオントラップは、縦一列に位置付けられた第1の多極ロッドセットおよび第2の多極ロッドセットを含み、前記第1の多極ロッドセットは、第2の多極ロッドセットに容量結合されており、前記方法は、
RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加することにより、イオンを捕捉するためのRF半径方向場を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセット内に発生させることと、
前記RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加した後で、複数のイオンを前記第1の多極ロッドセットに導入することと、
前記複数のイオンを前記第1の多極ロッドセットに導入した後で、双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加することにより、前記イオンのm/zの関数として前記RF半径方向場を変調することと、
前記双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加した後で、軸方向バイアスDC電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加することにより、共鳴励起を用いることなく軸方向バイアス電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に提供することであって、前記軸方向バイアスDC電位を印加することは、所定の閾値より小さいm/zを有するイオンが前記第1の多極ロッドセットから前記第2の多極ロッドセットに射出することを引き起こす、ことと
を含む、方法。
【請求項2】
前記RF電位は、RF線形四重極場を発生させ、前記双極DC電位は、DC双極場を発生させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記RF電位は、RF線形六重極場を発生させ、前記双極DC電位は、DC双極場を発生させる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記双極DC電位は、所定の閾値より小さいm/zを有する、前記第1の多極ロッドセット内のイオンが、前記軸方向バイアスDC電位の影響下、前記第2の多極ロッドセットに入射可能であるように、前記第1の多極ロッドセット内のイオンを捕捉するための前記RF半径方向場を変調する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記双極DC電位は、前記所定の閾値より大きいm/zを有する、前記第1の多極ロッドセット内のイオンが、前記第1の多極ロッドセット内に捕捉されるように、前記第1の多極ロッドセット内のイオンを捕捉するための前記RF半径方向場を変調する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記双極DC電位は、前記イオンの各イオンの位置に、それぞれのイオンが移動する方向に直交する方向の偏移を生じさせ、前記偏移は、前記イオンのm/zに依存する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記双極DC電位は、前記イオンの位置に、重力の方向の偏移を生じさせ、前記偏移は、前記イオンのm/zに依存する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記軸方向バイアスDC電位を選択することにより、所定の閾値より小さいm/z比を有するイオンを前記第1の多極ロッドセットから前記第2の多極ロッドセットに選択的に抽出することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加することは、前記第1の多極ロッドセット内の第1の群のイオンおよび第2の群のイオンを捕捉することにより、前記第1の群のイオンと前記第2の群のイオンとの間のイオン-イオン反応から生成イオンを生成することであって、前記第1の群のイオンは、前記第2の群のイオンに対して反対の極性を有する、ことを含み、
前記軸方向バイアスDC電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加することは、前記軸方向バイアスDC電位の影響下、第1の閾値より小さいm/zを有する前記生成イオンの少なくとも一部を前記第1の多極ロッドセットから選択的に抽出することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記軸方向バイアスDC電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加することは、第2の閾値より大きいm/zを有する生成イオンの少なくとも一部を前記第1の多極ロッドセットから選択的に抽出することをさらに含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
質量分析計であって、
縦一列に位置付けられた第1の多極ロッドセットおよび第2の多極ロッドセットを備えているイオントラップであって、前記イオントラップは、RF電位および双極DC電位を介して複数のイオンを捕捉するように構成されており、前記イオントラップは、解離装置のためのものであり、前記第1の多極ロッドセットは、第2の多極ロッドセットに容量結合されている、イオントラップと、
前記RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加することにより、前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセット内に複数のイオンを捕捉するためのRF半径方向場を発生させる、第1の電圧源と、
前記双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加することにより、前記複数のイオンのm/zの関数として複数のイオンを捕捉するための前記RF半径方向場を変調する、第2の電圧源と、
軸方向バイアスDC電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加することにより、共鳴励起を用いることなく軸方向バイアス電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に提供する、第3の電圧源と
を備え、
前記軸方向バイアスDC電位を印加することは、所定の閾値より小さいm/zを有するイオンが前記第1の多極ロッドセットから前記第2の多極ロッドセットに射出することを引き起こす、質量分析計。」

3 引用発明等
(1)引用例
ア 原査定の拒絶の理由に引用された国際公開第97/002591号(以下「引用例」という。)には、図面とともに次の事項が記載されている。(注:下線は、当審が付加した。以下、同様である。)

(ア)「請求の範囲
1.線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる質量フイルク、線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる質量分析部および線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる端電極が同一軸上に上記の順序で線形に配列され、それぞれのイオントラップ構造を形成する四極子電極にはそれぞれの機能に対応する周波数の高周波電圧および直流電圧が付与され、被検出イオンを前記質量フィルタ側から入射させ、前記分析部に蓄積されたイオンがイオン検出器によって検知されることを特徴とする質量分析器。」

(イ)「発明の開示
そこで本発明では、前述の International Journal of Mass Spectrometry and Ion Processes: 105巻(1991年),13ページに記載されている質量分析器を質量フィルタと質量分析部のカスケ一ド接続構成とする点では同じであるが、質量フィルタから質量分析部へのイオンの移動、すなわちバックグランドイオンを取り除かれた被検出ィォンの質量分析部へのイオンの移動を、高効率で、さらには連続的に行えるようにして、高感度質量分析を実現することにある。また、本発明で採用する線形イオントラップを高感度で質量分析動作させるための有効な操作方法を実現することにある。
そこでまず、本発明は、質量フィルタと質量分析部とをカスケード接続構成とするとともに両者を線形四極子構造とし且つ質量フィルタと質量分析部の線形イオントラップを同軸上に直結する。なお、本発明において採用する線形イオントラップの電極構造は、端電極も含め四極子構造である、前述の米国特許第4,755,670あるいは M.G.Raizen 他: Phys. Rev. A45,6493(1992)に記載された電極構造の線形イオントラップ構造とするのがよい。こうすると、質量フィルタと質量分析部とを同じ四極子電極で構成することにより、両者の結合がきわめて良好にできる。すなわち、質量フィルタを質量分析部に直列に直結する事が出来る。従ってレンズを必要としない。また、端電極を質量分析部と同じ四重子電極で構成することにより、質量分析部の線形イオン卜ラップ構造は、その端電極の中心軸上に電極が無いので、イオンが電極に衝突し失われることがない。これにより、質量フィルタを通過したイオンを、レンズなしに、高効率で質量分析部に導くことができるようになる。
以上を実施すると、電極構造は、質量フィルタ、質量分析部、端電極の順にカスケ一ド構造となる。そして、イオン源として、例えば従来より四重極質量分析装置に用いられていたイオン源を、質量フィル夕に接続することにより、質量分析を行うことが出来る。この実施例を(実施例1)に記載した。」(4頁20行?5頁24行)

(ウ)「第一の実施例
第1図に本発明の質量分析器の第一の実施例を示す。その質量分析法として共鳴放出モードの例を示す。また、質量選択不安定モードによっても実施することも可能である。質量選択不安定モードによる実施例は第4の実施例に示した。
本実施例では、(a)に示すように、真空室33内に、質量フィル夕1、質量分析部2、端電極3のそれぞれの中心軸が一致するように、カスケードに配置される。質量フィルタ1、質量分析部2、端電極3のそれぞれの電極は4本あるが、図では、その内の各2本の10、11、14、15および18、19のみがみえている。各電極には、それぞれに適したフィルタ電源31、分析電源32および端電極電源33が接続される。質量分析部2に隣接してイオン検出器27が配置され、質量分析部2に蓄積されたイオンを検出する。質量フィルタ1の質量分析部2側と反対の端部に被分析試料をイオン化するためのイオン源装置25が配置される。イオン源装置25は適当なイオン源駆動装置26によって、試料をイオン化する。本実施例は、従来から質量フィルタによる質量分析装置で用いられている種々のイオン源をそのまま用いることが出来ることが特徴の1つである。
質量フィルタ1、質量分析部2、端電極3のそれぞれの電極の配置の例を質量フィルタ1について第1図(b)に示す。図に示すように、4本のロッド電極10、11、12および13が断面が正方形頂点上になるように、ロッド長軸を平行に並べた構造である。これらの各ロッドは4本のロッドの中心部分で高周波電場が四重極電場となるようにその断面が双曲線になるように作る。さらに必要により電極表面の酸化等による経年変化を防止するために金メッキを施す。
質量フィルタ1、質量分析部2、端電極3の各電極は、先にも述べたように、電極が一直線上に並ぶように配置されるが、同一直線上にある各電極には同相の電圧が印加される。勿論、隣接する各電極間は間隙もしくは絶縁体を挿入することにより直流電気的に絶縁される。しかし、電極の連続性が無くなるため、質量フィルタ1、質量分析部2、端電極3の内部の高周波電場はその影響を受け、一様性が乱れることになる。これはイオンの中心軸方向の運動を妨げるポテンシャルを与えることになる。そのために、各部分間の間隙は四極子電極対の電極間の距離r_(0)よりも十分短かくし、この影響を極力回避する必要がある。そして、各部分の長さは2r_(0)に比べて十分長くする。また各電極への配線は、使用する複数の配線材導体金属'種を同一順序で配列する必要がある。それは異種金属を接続すると金属間には接触電位差と呼ばれる電位差が発生するからである。各電極への配線方法、配線材質を実質的に同一にしないと、電極間に予期しない電位差が生じ、印加直流電圧が期待通りに決まらず、検出器分解能に不確定要素をあたえることとなる。
このように、カスケ一ド接続構造とされた質量フィルタ1とイオントラップ型の質量分析部2を動作させるためには、それぞれの電極の動作電圧およびイオン分析計の動作電圧を決定し、さらに被検出イオンの共鳴振動数を適切に設定する必要がある。…」(12頁13行?14頁6行)

(エ)「質量フィル夕の動作原理は、質量フィルタ1を透過させて質量分析部2に導入したい被検出イオンのパラメ一夕a,q((数3) を参照)を第3図のA点付近の安定領域内に設定し、他のイオンは不安定領域にすることにより、四極子電極で囲われる領域の外に排出して除去するというものである。
そして質量分析部2では共鳴放出モードを実施する。すなわち(数8)に示されるように永年運動が、質量依存性を持っていることを利用して質量分離を行う。すなわち永年運動と同振動数を持つ交流電場で特定イオン種を共振させる分析方法である。すなわち外部から交流電場を印加すると、この周波数に同調した永年運動周波数を持つイオンが共鳴振動し、振幅が大きくなって電極外に排出される。そのイオンを検出することにより、交流電場周波数に対応する電荷質量比を持ったイオンが存在することを検知するのである。」(17頁1行?同頁13行)

(オ)「質量分析のための操作手順は次のようである。以下の操作は複雑であるのでコンピュータで制御することが好ましい。
まず、存在を調べたい被検出イオンの質量電荷比を決め、質量フィルタにおいてこれが安定領域に位置する(数3)のa,q値を与える高周波及び直流電圧を印加する。また複数の被検出イオンがある場合は、それらのイオン群が安定領域に位置するような高周波及び、直流電圧を印加する。そして質量分析部2及び端電極3に印加する高周波の振幅は、被検出イオンに対する(数3)のq値が0.9以下となるよう決め、イオンを安定に捕捉出来るようにする。さらに質量フィルタ1、端電極3にはイオン源から質量分析部2へのイオンの流れが出来るように、そして端電極3の端面からイオンが漏出しないように、V_(1)^(+)、V_(1)^(-)およびV_(2)の電圧を第7図のように印加する。
第7図でV_(1)は質量フィルタ1の中心軸上の直流電圧であって、V_(1)=((V_(1)^(+))+(V_(1)^(-)))/2で与えられる。V_(1)及びV_(2)は質量分析部2の(数7)で与えられる擬ポテンシャルの深さD以下に取る。これにより、質量フィルタ1から入射したイオンが質量分析部2の電極方向に逃げ出すことを防止する。そしてイオンが端電極3の端面から漏出しないようにV_(2)>V_(1)となるようにする。なお、図は対象となるイオンが正の電荷を持つ場合であり、負の電荷を持つイオンを対象とする場合は極性を反転する。
以上の質量フィルタ1の電圧を設定したら、第8図に示した手順で質量分析を行う。すなわち、イオン源より入射されたイオン群は、まず質量フィルタ1でバックグランドイオンが除かれる。続いて質量フイルク1を通過したイオンは質量分析部2に至る。このままでは、イオンは、端電極により反発され、質量フィルタ1を通過して、イオン源に戻ってしまい、失われてしまう。そこで、質量分析部2の直流電位を、2つの電位間を矩形波的に変化させる。その電位の1つは、質量フィルタを通過してきたイオンをほぼ停止させるのに必要な電位よりも0.1V程度低い電位とし(以下では高い側の電位と呼ぶ)、もう1つの電位は接地電位とする。電位が高い側の電位から接地電位に移行するときにイオントラップ部分に存在しているイオンがイオントラップ内部に捕捉される。これらのイオンは、捕捉されている間に、雰囲気のヘリゥムガスとの衝突によりエネルギーを失い、減速される。再び、高い電位に戻った時に、イオンが質量フィルタ1側に戻るだけの運動エネルギーを持たない様にするために、接地電位に留まる時間を設定する。以上の操作を繰り返し、複数回イオンを蓄積するそのために、質量分析部の電位を振動させるために、電源74、75の発生する電圧を同時に矩形波的に変化させる。
つづいて、ある一定時間イオンを蓄積したら、質量分析部2の電位を、イオン検出器の置かれている側の電位を(数9)で与えられるΔVを用いて(-ΔV)とし、もう1つの側の電位をΔVとする。そして、質量分析操作を行う。すなわち、四極子電極に周波数掃引しながら交流電場を印加する。その周波数が、イオンの永年運動振動数と一致したとき、イオンは共鳴振動されて、電極間隙から排出される。排出されたイオンは電子増倍管等のイオン検出器27で検出する。印加周波数と排出イオン数のスペクトルにより試料中の被検出イオンの質量数と個数を測定する。」(20頁15行?22頁12行)

(カ)第1図、第7図は以下のとおりである。

イ 上記アによれば、引用例には以下の発明が記載されている。
「質量分析器を動作させる方法であって、
前記質量分析器は、線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる質量フイルタ、線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる質量分析部、および線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる端電極が同一軸上に上記の順序で線形に配列され、
まず、被検出イオンが安定領域内に位置し、他のイオンが不安定領域に位置するように、質量フィルタの四極子電極に高周波及び直流電圧を印加し、
質量フィルタ、端電極には、イオン源から質量分析部へのイオンの流れが出来るように、そして端電極の端面からイオンが漏出しないように、V_(1)^(+)、V_(1)^(-)およびV_(2)の電圧を印加し、
質量分析部の四極子電極に周波数掃引しながら交流電場を印加し、質量分析操作を行う、
質量分析器を動作させる方法。」(以下「引用発明」という。)

(2)周知技術
質量分析器において、六極子電極を用いる技術(以下「周知技術」という。)は、例えば、以下のア、イに記載されるように周知の技術である。
ア 特開2000-106128号公報
(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、イオンを大気圧イオン源からイオン・トラップ質量分析器へ移送する移送装置及び方法に関する。」
(イ)「【0018】図4を参照すると、反対極性のRF電界がロッド1,4,5および2,3,6にそれぞれ二次巻線31,32および33,34を経て供給される。+DCおよび-DC電圧がロッド1,3,5および2,4,6にそれぞれに加えられる。図5および図6において、反対極性のRF電界がロッド1,4および2,3にそれぞれ二次巻線31,32および33,34を経て供給される。+DCおよび-DC電圧がそれぞれロッド1,3および2,4に供給される。」
(ウ)図4は、以下のとおりである。

イ 特表2002-526027号公報
(ア)「発明の分野
本発明は検体に関するイオン信号を同重及び非スペクトル性の干渉により生じるイオン信号から分解するための方法及び装置に関する。さらに詳しくは、本発明は通過帯域のm/z値を有するイオンを続いて行われる分析のために衝突セルのような装置を通して輸送することに関する。」
(イ)「発明の詳細な説明
本発明に従う質量分光計装置10の概要を示す、図1をまず参照する。…多重極装置34は四重極(すなわち4本のロッドを有する)が一般的であるが、八重極、六重極、あるいは他の多重極型であってもよい。」
(ウ)「図面の簡単な説明
図1は、本発明に従う質量分析装置の概略図である。」
(エ)図1は以下のとおりである。

4 対比・判断
(1)本願発明1と引用発明を対比する。
ア 引用発明は、線形イオントラップ構造を形成する四極子電極を配列した質量分析器を動作させる方法であるから、引用発明の「質量分析器を動作させる方法」は本願発明1の「イオントラップを動作させる方法」に相当する。
イ 引用発明の質量フィルタの「四極子電極」は、本願発明1の「第1の多極ロッドセット」に相当し、引用発明の質量分析部の「四極子電極」は、本願発明1の「第2の多極ロッドセット」に相当する。そして、引用発明の質量フィルタと質量分析部の「四極子電極」が「線形に配列」されていることは、本願発明1の「第1の多極ロッドセット」と「第2の多極ロッドセット」が「縦一列に位置づけられ」ることに相当し、容量結合しているものと認められる。
ウ 引用発明の「被検出イオンが安定領域内に位置…するように、質量フィルタの四極子電極に高周波及び直流電圧を印加」することは、本願発明1の「RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加することにより、イオンを捕捉するためのRF半径方向場を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセット内に発生させる」ことに相当する。
エ 引用発明は、「被検出イオンが安定領域内に位置し、他のイオンが不安定領域に位置するように、質量フィルタの四極子電極に高周波及び直流電圧を印加」するから、被検出イオンと他のイオンを質量フィルタに導入しており、また、被検出イオンとその他のイオンが位置する領域を異ならせていることは、本願発明1の「前記イオンのm/zの関数として前記RF半径方向場を変調する」ことに相当する。
オ 引用発明は、「質量フィルタ、端電極には、イオン源から質量分析部へのイオンの流れが出来るように、そして端電極の端面からイオンが漏出しないように、V_(1)^(+)、V_(1)^(-)およびV_(2)の電圧を印加」しているところ、質量分析部へ移動し、端電極の端面から漏出しないイオンは、質量フィルタの安定領域内に位置する被検出イオンである。また、引用発明の「V_(1)^(+)、V_(1)^(-)およびV_(2)の電圧」は、本願発明1の「軸方向バイアスDC電位」に相当する。してみると、本願発明1と引用発明は、「前記双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加した後で、軸方向バイアスDC電位を印加することにより、共鳴励起を用いることなく軸方向バイアス電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に提供することであって、前記軸方向バイアスDC電位を印加することは、所定の閾値より小さいm/zを有するイオンが前記第1の多極ロッドセットから前記第2の多極ロッドセットに射出することを引き起こす」点で一致する。
カ 以上によれば、本願発明1と引用発明は、
「イオントラップを動作させる方法であって、前記イオントラップは、前記イオントラップは、縦一列に位置付けられた第1の多極ロッドセットおよび第2の多極ロッドセットを含み、前記第1の多極ロッドセットは、第2の多極ロッドセットに容量結合されており、前記方法は、
RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加することにより、イオンを捕捉するためのRF半径方向場を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセット内に発生させることと、
前記RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加した後で、複数のイオンを前記第1の多極ロッドセットに導入することと、
前記複数のイオンを前記第1の多極ロッドセットに導入した後で、双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加することにより、前記イオンのm/zの関数として前記RF半径方向場を変調することと、
前記双極DC電位を前記第1の多極ロッドセットに印加した後で、軸方向バイアスDC電位を印加することにより、共鳴励起を用いることなく軸方向バイアス電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に提供することであって、前記軸方向バイアスDC電位を印加することは、所定の閾値より小さいm/zを有するイオンが前記第1の多極ロッドセットから前記第2の多極ロッドセットに射出することを引き起こす、ことと
を含む、方法。」の点で一致し、以下の点で相違する。
相違点1:本願発明1の「イオントラップを動作させる方法」は、「解離装置のためのものであ」るのに対し、引用発明は、そのようなものなのか否か明らかでない点。
相違点2:軸方向バイアスDC電位の印加に関し、本願発明1は、「前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加する」のに対し、引用発明は質量フィルタの「四極子電極」と端電極の「四極子電極」の間に印加する点。

(2)以下、上記相違点について検討する。
事案に鑑み、はじめに、相違点2について検討する。
引用発明の「質量分析器」は、「線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる質量フイルタ」、「線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる質量分析部」、および「線形イオントラップ構造を形成する四極子電極よりなる端電極」を同一軸上に配列するものであって、「軸方向バイアスDC電位」は、質量フィルタと端電極の間に印加するものであり、質量フィルタの質量分析部との間に印加するものではない。そして、端電極を備えている引用発明において、敢えて質量フィルタと質量分析部の間に「軸方向バイアスDC電位」を印加する動機付けはないし、周知技術を参酌しても、そのようにすることを当業者が容易に想到しうるものとは認められない。
したがって、上記相違点1について判断するまでもなく、本願発明1は、当業者であっても、引用発明と周知技術に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

(2)本願発明2-10について
本願発明2-10は、本願発明1をさらに減縮する発明であって、本願発明1と同様に、「軸方向バイアスDC電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加する」との発明特定事項を備える。したがって、本願発明2-10は本願発明1と同様の理由により、当業者であっても、引用発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本願発明11について
本願発明11は、本願発明1の「イオントラップ」を備える質量分析計の発明である。そして、本願発明11もまた、本願発明1と同様に、「軸方向バイアスDC電位を前記第1の多極ロッドセットと前記第2の多極ロッドセットとの間に印加する」との発明特定事項を備える。したがって、本願発明2-10は本願発明1と同様の理由により、当業者であっても、引用発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

5 原査定の概要及び原査定についての判断
原査定の理由は、大略以下のとおりである
(1)特許法第37条
特許請求の範囲(注:平成29年4月25日付け手続補正により補正された特許請求の範囲である。以下、同様である。)の請求項1、2に係る発明は、引用文献1(注:引用例である。)により新規性が欠如しており、特別な技術的特徴を有しない。
(2)特許法第29条第1項第3号
特許請求の範囲の請求項1-2、4-9、12に係る発明は、引用文献1に記載された発明である。
(3)特許法第29条第2項
特許請求の範囲の請求項1-9、12に係る発明は、引用文献1に記載された発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
しかしながら、本願発明と引用発明が同一でないことは、上記4で検討したとおりである。よって、原査定の理由(1)、(2)を維持することはできない。
また、特許請求の範囲の請求項1-9、12に係る発明は、周知技術を参酌しても、引用発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものでないことは、上記4で検討したとおりである。よって、原査定の理由(3)を維持することはできない。
なお、特許請求の範囲の請求項10、11に係る発明は、発明の単一性の要件を満たしておらず、また、請求項1に係る発明と技術的関連性が低いことを理由に、原査定の審査対象にされていない。しかしながら、請求項10、11に係る発明が引用発明と同一ではないこと、そして、引用発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものでないことは、上記4で検討したとおりである。

6 当審拒絶理由について
当審拒絶理由は、特許請求の範囲(注:平成30年1月18日付け手続補正により補正された特許請求の範囲である。)の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていないというものである。



(1)明細書の【0003】?【0007】の記載によれば、ExD反応セルからCIDを生じさせることなく、イオンを選択的に抽出することを課題とする発明と解される。請求項1に係る発明は、上記課題を解決するものとは認められないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(2)請求項1に記載された「RF電位を前記第1の多極ロッドセットおよび前記第2の多極ロッドセットのうちの少なくとも1つに印加することにより、…RF半径方向場を少なくとも前記第1の多極ロッドセット内に発生させること」は、特定事項が不明確である。
(3)請求項10、11は、先行する請求項の特定事項をどのように減縮するものなのか、不明確である。
以下、上記理由について検討する。平成30年1月31日付けの手続補正により、(1)解離装置のためのものであることが明確になったこと、(2)RF半径方向場を第1の多極ロッドセットおよび第2の多極ロッドセット内に発生させることが明確になったこと、(3)請求項の引用関係が明確になったことから、当審が通知した拒絶理由は解消した。

7 むすび
以上のとおり、本願発明1-11は、引用発明と同一ではない。また、本願発明1-11は、当業者が引用発明および周知技術に基づいて容易に発明することができたものではない。
したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-05-27 
出願番号 特願2014-549546(P2014-549546)
審決分類 P 1 8・ 113- WY (H01J)
P 1 8・ 65- WY (H01J)
P 1 8・ 121- WY (H01J)
最終処分 成立  
前審関与審査官 橋本 直明  
特許庁審判長 西村 直史
特許庁審判官 小松 徹三
星野 浩一
発明の名称 イオントラップから低M/Z比を有するイオンを抽出する方法  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  

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