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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01M
管理番号 1351709
審判番号 不服2018-7630  
総通号数 235 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-07-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-06-04 
確定日 2019-06-04 
事件の表示 特願2015-512344「ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質及びナトリウム溶融塩電池」拒絶査定不服審判事件〔平成26年10月23日国際公開、WO2014/171196、請求項の数(6)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は2014年(平成26年)3月3日(優先権主張 平成25年4月19日)を国際出願日とする出願であって、その後の経緯は以下のとおりである。

平成29年 5月30日(発送日) 拒絶理由通知書の送付
(起案日 同年 5月25日)
(以下、本通知書に記載された拒絶理由
を「拒絶理由1」という。)
同年 6月20日(受付日) 意見書の提出
同年10月24日(発送日) 拒絶理由通知書の送付
(起案日 同年10月16日)
(以下、本通知書に記載された拒絶理由
を「拒絶理由2」という。)
同年11月16日(受付日) 意見書及び手続補正書の提出
平成30年 4月17日(発送日) 拒絶査定の送付
(起案日 同年 4月10日)
平成30年 6月 4日(受付日) 審判請求書及び手続補正書の提出

第2 本願発明について
本願の請求項1?6に係る発明は、平成30年6月4日(受付日)の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載される事項によって特定される以下のとおりのものである。
(各請求項に係る発明を請求項の順に「本願発明1」?「本願発明6」と記載し、それらを総称して「本願発明」と記載することがある。)

「 【請求項1】
紫外可視吸収スペクトルが、200nm以上、500nm以下の波長領域に不純物に帰属される吸収ピークを有さず、200?500nmの波長領域の全域で吸光度が0.02未満であるか、もしくは質量割合で50ppmの硝酸イオンを含む純水の200nm?250nmの領域付近に現れるピークの強度(ベースラインからの高さ)以下の吸収強度であるイオン性液体、およびナトリウム塩を含む、ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。
【請求項2】
前記イオン性液体が、有機オニウムカチオンと、ビス(スルフォニル)イミドアニオンと、の塩である、請求項1に記載のナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。
【請求項3】
前記有機オニウムカチオンが、窒素含有へテロ環を有する、請求項2に記載のナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。
【請求項4】
前記窒素含有へテロ環が、ピロリジン骨格を有する、請求項3に記載のナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。
【請求項5】
前記ナトリウム塩が、ナトリウムイオンと、ビス(スルフォニル)イミドアニオンと、の塩である、請求項1?4のいずれか1項に記載のナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。
【請求項6】
正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、請求項1?5のいずれか1項に記載の溶融塩電解質を含むナトリウム溶融塩電池。」

第3 原査定の理由である拒絶理由2と前置報告書の拒絶理由及び拒絶理由1について
ア 原査定の理由である拒絶理由2は、平成29年11月16日(受付日)の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?6に係る発明及び本願発明1?6は、引用文献1に記載の発明に引用文献2に記載の技術手段を適用して当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に基づき、特許を受けることができないとするものである。
イ また、本願においては、特許法第164条第3項に基づき、平成30年7月23日付けで前置報告書が作成されているところ、その拒絶理由も上記拒絶理由2と同旨である。
ウ なお、拒絶理由1は、そもそも原査定の理由ではない。
念のために確認すると、その理由は、出願当初の特許請求の範囲に記載の請求項1?6に係る発明は、引用文献3に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当するので特許を受けることができない、又は、引用文献4及び5に記載の周知技術に照らして、引用文献3に記載された発明に、引用文献1に記載された発明を適用して、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に基づき特許を受けることができない、とするものであるが、以下の引用文献3?5には、後記する相違点に係る特定事項について記載も示唆も無く、本願発明1?6について、拒絶理由1に理由の無いことは明らかである。
エ そこで、本審決では、本願発明1?6について、原査定の理由である拒絶理由2が維持できるかについて、以下に検討する。

<引用文献>
引用文献1:特開2012-134126号公報
引用文献2:国際公開第2008/140496号
引用文献3:特表2009-506505号公報
引用文献4:特開2005-298375号公報
引用文献5:特開2007-207675号公報

第4 拒絶理由2について
1.刊行物の記載
(1)引用文献1には次の事項が記載されている。なお、「・・・・」は記載の省略を表す。
(1ア)「請求項1

(1イ)「【0005】
溶融塩電池の動作温度を下げるためには、電解質として用いる溶融塩の融点を下げる必要がある。一般に、2種類の塩を混合すると融点が下がるので、ナトリウムイオンを伝導イオンとする溶融塩電池では、ナトリウム塩と他のカチオン塩とを混合した混合塩を使用することが検討されている。混合塩としては、例えばナトリウム塩とカリウム塩との混合塩、又はナトリウム塩とセシウム塩との混合塩等が考えられる。しかしながら、ナトリウム塩とカリウム塩との混合塩を使用した場合には、カリウムイオンは、溶融塩電池における正極活物質に侵入し、正極活物質の結晶構造を変化させ、正極を劣化させる原因となる。また、ナトリウム塩とセシウム塩との混合塩を使用した場合には、セシウムイオンも正極の劣化の原因となり、またセシウムはその希少性のために高価であり、溶融塩電池のコストが上昇するという問題がある。
【0006】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、正極活物質へ悪影響を及ぼさないカチオンを含む溶融塩を電解質として使用することにより、正極を劣化させることなく動作温度を低下させた溶融塩電池を提供することにある。」

(1ウ)「【0035】
本発明に係る溶融塩電池は、正極活物質をNaCrO_(2) とした正極と、負極活物質を錫、ナトリウム又はカーボン材料とした負極とを備えることを特徴とする。」

(1エ)「【0036】
本発明においては、溶融塩電池で電解質として使用する溶融塩は、カチオンとして、ナトリウムイオンに加えて、四級アンモニウムイオン、イミダゾリウムイオン、イミダゾリニウムイオン、ピリジニウムイオン、ピロリジニウムイオン、ピペリジニウムイオン、モルホリニウムイオン、フォスフォニウムイオン、ピペラジニウムイオン及びスルフォニウムイオンの内の少なくとも1種を含む。これにより、溶融塩は、ナトリウム-硫黄電池が動作する280?360℃よりも融点が大幅に低くなる。」

(1オ)「【0045】
次に、本発明の溶融塩電池で電解質として使用する溶融塩の組成について説明する。溶融塩に含まれるアニオンの一般的な化学構造式は、前述の(1)式で表される。(1)式中のX^(1)及びX^(2)の夫々はフルオロ基又はフルオロアルキル基である。X^(1)とX^(2)とは同一であっても相違していてもよい。本発明で使用する(1)式で表されるアニオンは、X^(1)及びX^(2)の夫々がフルオロ基又は炭素数1?8のフルオロアルキル基であることが好ましい。また、本発明で使用するアニオンは、X^(1)及びX^(2)が共にフルオロ基であるアニオン、X^(1)及びX^(2)が共にフルオロメチル基であるアニオン、又はX^(1)及びX^(2)の一方がフルオロ基であり他方がフルオロメチル基であるアニオンであることがより好ましい。X^(1)及びX^(2)が共にフルオロ基である場合は、アニオンはFSA(ビスフルオロスルフォニルアミド)イオンである。FSAイオンの化学構造式は、下記の(12)式で表される。FSAイオンは二つのフルオロ基を有する。
【0046】
【化12】FSA

(1カ)「【0047】
前述の(1)式において、X^(1)及びX^(2)が共にトリフルオロメチル基である場合は、アニオンはTFSA(ビストリフルオロメチルスルフォニルアミド)イオンである。TFSAイオンの化学構造式は、下記の(13)式で表される。TFSAイオンは二つのトリフルオロメチル基を有する。
【0048】
【化13】TFSA

(1キ)「【0065】
本発明で使用するピロリジニウムイオンの一般的な化学構造式は、前述の(6)式で表される。(6)式中のR^(10)及びR^(11)は、炭素数1?8のアルキル基である。R^(10)及びR^(11)は、同一であっても相違していてもよい。・・・・
【0066】【化19】・・・・
【0067】
・・・・P13(1-メチル-1-プロピルピロリジニウム)イオンでは、前述の(6)式においてR^(10)がメチル基であり、R^(11)がプロピル基となっている。本発明でピロリジニウムイオンを使用した場合の溶融塩は、ピロリジニウムイオンをカチオンとした塩とナトリウムイオンをカチオンとした塩との混合塩である。例えば、溶融塩は、P13イオンをカチオンとしてFSAをアニオンとした塩P13-FSAと、NaFSAとの混合塩である。なお、本発明で使用するピロリジニウムイオンは、その他のアルキル基を有するものであってもよい。

(1ク)「【0086】
以上のように、本発明の溶融塩電池は、容量を低下させることなく、ナトリウム-硫黄電池よりも著しく低温で動作することができる。溶融塩電池が低温で動作するので、溶融塩電池を動作させるために投入するエネルギーが小さくなり、溶融塩電池のエネルギー効率が向上する。また動作温度の低下のため、溶融塩電池の安全性が向上する。また溶融塩電池の温度を動作温度まで上昇させるために必要な時間及び手間を縮小することができるので、溶融塩電池の利便性が向上する。従って、本発明の溶融塩電池を利用することにより、高エネルギー密度・高効率で安全性及び利便性の高い蓄電装置を実現することが可能となる。また本発明の溶融塩電池で用いる溶融塩は、不揮発性でしかも不燃性であるので、安全性に優れた蓄電装置を実現することが可能である。また本発明の溶融塩電池で用いる溶融塩はナトリウムイオン濃度が高いので、溶融塩電池は、充放電の際に活物質近傍のナトリウムイオンが欠乏しにくく、高速充放電が可能である。」

(2)引用文献2には次の事項が記載されている。
(2ア)「WHAT IS CLAIMED IS:
1. A method for preparing ionic liquid substantially free of impurities, comprising:
generating ionic liquid precursor comprising impurities;
exposing the ionic liquid precursor to a purification agent comprising carbon, thereby substantially removing the impurities from the precursor and generating a purified ionic liquid precursor; and
using the purified ionic liquid precursor to prepare ionic liquid.

2. The method of claim 1, wherein the ionic liquid is liquid at room temperature and comprises at least one cation chosen from lithium cation and quaternary ammonium cations, and at least one anion chosen from
trifiuoromethylsulfonate (CF_(3)SO_(3)^(-) ),
bis(trifluoromethylsulfonyl)imide ((CF_(3)SO_(2))_(2)N^(-)),
bis(perfluoroethylsulfonyl)imide ((CF_(3)CF_(2)SO_(2))_(2)N^(-)), and
tris(trifluoromethylsulfonyl)methide ((CF_(3)SO_(2))_(3))C^(-)).」
<当審訳>
「特許請求の範囲
1.実質的に不純物を含まないイオン性液体を準備する方法であって、
不純物を含むイオン性液体前駆体を製造し、
イオン性液体前駆体を、カーボンで構成される精製剤に露呈し、
それによりイオン性液体前駆体から不純物を実質的に除去して純粋なイオン性液体前駆体を製造し、
純粋なイオン性液体前駆体をイオン性液体を準備するのに用いる方法。

2.請求項1に方法において、イオン性液体は室温で液体であり、
リチウムカチオンと第4級アンモニウムカチオンから選択される少なくとも一つのカチオンと、
トリフルオロメチルスルフォネート(CF_(3)SO_(3)^(-) )と,
ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド((CF_(3)SO_(2))_(2)N^(-))と,
ビス(パーフルオロエチルスルフォニル)イミド((CF_(3)CF_(2)SO_(2))_(2)N^(-))と,
トリス(トリフルオロメチルスルフォニル)メチド((CF_(3)SO_(2))_(3))C^(-))とから選択される少なくとも一つのアニオンから構成される、方法。」

(2イ)「[0014] An aspect of the present invention is concerned with the preparation of substantially pure ionic liquid precursors, and substantially pure ionic liquids from the precursors. Purity being defined as the substantial absence of colored impurities as determined by UV-Vis spectroscopy with no substantial absorbance above 250 nm, no significant measurable current from impurities over the electrochemical window of the ionic liquid, or significant fluorescent impurities as determined by fluorescence spectroscopy. These substantially pure ionic liquids may be used in devices such as, but not limited to, electrooptic devices that employ ionic liquids as electrolyte solvents.」
<当審訳>
「[0014]本発明の一面は、実質的に純粋なイオン性液体前駆体を準備することに関するものであり、その前駆体から実質的に純粋なイオン性液体を準備することに関する。
純度は、着色した不純物の実質的な不存在により定義され、それは、UV-Vis分光法により決定されるもので、同法において、250nm以上の波長で実質的に吸収がないこと、イオン性液体の電位窓に亘って不純物からの有意な計測電流が無いこと、蛍光分光法により決定される有意な蛍光不純物がないこと、による。
これらの実質的に純粋なイオン性液体は、例えば、限定されるものではないが、電解質溶媒としてイオン性液体を用いる電気光学装置等で使用される。」

(2ウ)「[0018]・・・・Some of the quaternary ammonium cations are of the formula・・・・; or have the formula

wherein R^(3)is alkyl having 2-10 carbons; ・・・・」
<当審訳>
「[0018]・・・・第4級アンモニウムカチオンのいくつかは次の化学式を持つものである。

ここで、R3は炭素数2?10のアルキルである。・・・・」

(2エ)「[0053] A Ultraviolet-Visible (UV-Vis) spectrum of commercial high purity grade (MERCK) neat 1 -butyl- 1 -methylpyrrolidinum bis(trifluoromethanesulfonyl)amide (bold) and a sample of 1 -butyl- 1- methylpyrrolidinum bis(trifluoromethanesulfonyl)amide prepared in our laboratory (dashed) is shown in FIGURE 2.
[0054] Cyclic voltammagrams (CV) of neat 1 -butyl- 1 -methylpyrrolidinum bis(trifluoromethanesulfonyl)amide are shown in FIGURE 3a-b. FIGURE 3b shows a CV of a commercially obtained sample (MERCK), while FIGURE 3a is a sample prepared according to this EXAMPLE. The CVs were obtained using a platinum working electrode, platinum counter electrode and a silver reference electrode scanned at 50 mV/s. As FIGURE 3 shows, the commercially obtained sample includes detectable impurities, while the sample prepared according to this EXAMPLE does not. More generally, ionic liquids prepared according to this invention are important from a commercial perspective because the presence of impurities in commercial samples increases side reactions and hence are undesirable for durability (including cyclic durability) of electrochemical devices such as their use in electrolytes for electrochromic devices, electroluminescent devices, batteries, sensors and super- capacitors. For optical devices such as electrochromic and electroluminescent devices, the use of ionic liquids prepared according to this invention results in improvements in properties where devices are exposed to solar optical radiation, for example, UV and visible light. Many of such optical devices have shown potential to be used as displays, labels, automotive mirrors and windows for use in architectural and transportation use. In addition such ionic liquids can be used for chemical and electrochemical synthesis of materials. Substantially pure ionic liquids prepared according to this invention will result in increased product yields and increased product purity.」
<当審訳>
「[0053]紫外-可視スペクトル(UV-Vis)を、市販の高純度品(「メルク社」の正味1-ブチル-1-メチルピロリジニウム/ビス(トリフロロメタンスルフォニル)アミド(太線))と、我々の研究室で用意した1-ブチル-1-メチルピロリジニウム/ビス(トリフロロメタンスルフォニル)アミド(破線)について、図2に示す。
[0054]正味1-ブチル-1-メチルピロリジニウム/ビス(トリフロロメタンスルフォニル)アミドのサイクリックボルタモグラム(サイクリックボルタンメトリー)(CV)が図3a-bに示される。
図3b(当審注:図3aが正しいと推測される。)は市販品(メルク社)の試料のCVで、図3a(当審注:図3bが正しいと推測される。)は本発明の実施例に従って調整した試料のCVである。
CVは、白金の作用電極と白金の対電極と50mV/sで走査された銀の参照電極を用いて得られた。
図3が示すように、市販品試料は検出可能な不純物が含まれている一方で、本発明の実施例に従って調整された試料には不純物が含まれていない。
より一般的には、本発明に従って調整されたイオン性液体は商業的な観点から重要である。なぜなら、市販品における不純物の存在は副反応を増加させ、エレクトロクロミックデバイス、エレクトロルミネセンスデバイス、電池、センサー、スーパーコンデンサーのための電解質においてイオン性液体を使用する場合のように、電気化学デバイスの耐久性(サイクル耐久性を含む)のために望ましくないからである。
エレクトロクロミック及びエレクトロルミネセンスデバイスなどの光学デバイスの場合、本発明に従って調整されたイオン性液体を使用すれば、太陽光放射線、例えば紫外線や可視光に曝されるデバイスの特性が改善される。
そのような光学デバイスの多くは、建築及び輸送用途で使用されるディスプレイ、標識、自動車ミラー、窓として使用される可能性を示している。
加えて、そのようなイオン性液体は、化学的及び電気化学的な物質の合成に使用することができる。
本発明に従って調整された実質的に純粋なイオン性液体は、高い生成物の収率と増加した生成物純度をもたらすだろう。」

(2オ)Fig.2,Fig.3a、Fig.3bを以下に示す。

2.引用文献1に記載された発明の認定
i)上記摘示事項(1ア)より、引用文献1には、
カチオンとしてナトリウムイオンを含む溶融塩を電解質とした溶融塩電池において、アニオンとして(1)式で表されるイオンと、ナトリウムイオンに加えて、カチオンとして(2)?(11)式で表される有機カチオン群に含まれる少なくとも1種の有機カチオンを含む、溶融塩電池が示されている。
ii)すると、(1エ)(1ク)より、引用文献1には、
ナトリウムイオン(カチオン)と(1)式で表されるイオン(アニオン)でなる塩と、
(2)?(11)式で表される少なくとも1種の有機カチオン(カチオン)と(1)式で表されるイオン(アニオン)でなる塩と、
を含む溶融塩電池用の混合塩の溶融塩電解質が示されているといえる。
iii)ここで、(1)式で表されるイオン(アニオン)として、(1カ)から「TFSA」を選択し、ナトリムイオンに加えられるカチオンであるところの(2)?(11)式で表される少なくとも1種の有機カチオン(カチオン)として、(1キ)から「1-メチル-1-プロピルピロリジニウム」イオンである「P13」を選択すると、溶融塩電解質は、P13-TFSAとNa-TFSAとの組合せの混合塩となる。
iv)ここで、この組合せについて引用文献1に実施例としての具体的な記載はない。
しかしながら、引用文献1に記載の発明の課題は、(1イ)(1ク)にあるように溶融塩電池の動作温度を低下させるように溶融塩の融点を下げ、あわせて正極を劣化させないことであり、その解決手段は、カリウムイオンやセリウムイオンを用いない2種類の塩を混合することであるといえる。
すると、引用文献1に記載の範囲での組合せであれば、上記解決手段にあたるし、引用文献1の全体の記載から、当該組合せはいずれも同等に機能するものといえる。
また、具体的にみても、P13-TFSAとNa-TFSAとの組合せの混合塩は、2種類の塩を組み合わせており、かつ、カリウムイオンやセリウムイオンを用いないから、課題を解決できるといえるし、同混合塩と(1キ)に実際に記載される組合せである「P13-FSAと、NaFSAとの混合塩」との差違は、(1オ)(1カ)から「FSA」([N(FSO_(2))_(2)]^(-))と「TFSA」([N{(CF_(3))SO_(2)}_(2)]^(-))との差違であり、これは末端が共に「F」を有するフルオロ基「-F」かトリフルオロメチル基「-CF_(3)」の差でしかないから、P13-TFSAとNa-TFSAとの組合せと、実際に記載される「P13-FSAと、NaFSAとの混合塩」との間に物性上の大きな差異はないと推測される。
したがって、上記のP13-TFSAとNa-TFSAとの組合せは引用文献1に記載されているといえる。
v)また、引用文献1では「溶融塩」に「Na」を用い、電極は(1ウ)から本願発明1(本願明細書【0070】【0071】)と同じく「NaCrO_(2)」を正極とし、「ナトリウム」を負極とするから、上記ii)の溶融塩電池用の混合塩の溶融塩電解質は、ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質であるといえる。
vi)以上から、本願発明1を特定する請求項1の記載に則して整理すれば、引用文献1には、
「P13-TFSA、およびNa-TFSAでなるナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。」の発明(以下、「引用発明」という。)、
が記載されていると認められる。

3.本願発明1と引用発明との対比
i)本願明細書には、
「【0026】イオン性液体に溶解させるナトリウム塩は・・・・様々なアニオンと、ナトリウムイオンとの塩であり得る。・・・・ナトリウムイオンと、ビス(スルフォニル)イミドアニオンとの塩が好ましい。ビス(スルフォニル)イミドアニオンを用いることで、耐熱性が高く、かつイオン伝導性の高い溶融塩電解質を得ることが可能である。」、
「【0027】イオン性液体は、カチオンとアニオンとで構成される液状の塩である。イオン性液体の中でも、有機オニウムカチオンと、ビス(スルフォニル)イミドアニオンとの塩は、耐熱性が高く、低粘度である点で好ましい。・・・・」、
「【0028】有機オニウムカチオンとしては、脂肪族アミン、脂環族アミンや芳香族アミンに由来するカチオン(例えば、第4級アンモニウムカチオンなど)の他、窒素含有へテロ環を有する有機オニウムカチオン(つまり、環状アミンに由来するカチオン)などの窒素含有オニウムカチオン;イオウ含有オニウムカチオン;リン含有オニウムカチオンなどが例示できる。」、
「【0033】有機オニウムカチオンの窒素含有ヘテロ環骨格としては、ピロリジン、イミダゾリン、イミダゾール、ピリジン、ピペリジンなど、環の構成原子として1または2個の窒素原子を有する5?8員ヘテロ環;・・・・が例示できる。」、
「【0036】ピロリジン骨格を有する有機オニウムカチオンの具体例としては、1,1-ジメチルピロリジニウムカチオン、1,1-ジエチルピロリジニウムカチオン、1-エチル-1-メチルピロリジニウムカチオン、1-メチル-1-プロピルピロリジニウムカチオン(MPPY^(+):1-methyl-1-propylpyrrolidinium cation)、1-メチル-1-ブチルピロリジニウムカチオン(MBPY^(+):1-methyl-1-butylpyrrolidinium cation)、1-エチル-1-プロピルピロリジニウムカチオンなどが挙げられる。これらのうちでは、特に電気化学的安定性が高いことから、MPPY^(+)、MBPY^(+)などの、メチル基と、炭素数2?4のアルキル基とを有するピロリジニウムカチオンが好ましい。」、
「【0040】イオン性液体やナトリウム塩のアニオンを構成するビス(スルフォニル)イミドアニオンとしては、例えば・・・・ビス(パーフルオロアルキルスルフォニル)イミドアニオン[ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミドアニオン(N(SO_(2)CF_(3))_(2)^(-))・・・・など]などが挙げられる。・・・・」、と記載されている。
ii)すると、本願発明1の「ナトリウム塩」は「ナトリウムイオンと、ビス(スルフォニル)イミドアニオンとの塩」であるところ、「ビス(スルフォニル)イミドアニオン」は「ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミドアニオン(N(SO_(2)CF_(3))_(2)^(-))」であり得るものである。
ところで、引用発明の「Na-TFSA」は「ナトリウムイオン」と「TFSAイオン」の塩であるが、「TFSAイオン」は上記(1カ)から(13)式で表されるものだから、これは「ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミドアニオン(N(SO_(2)CF_(3))_(2)^(-))」(本願明細書【0040】)と同じものといえる。
したがって、引用発明の「Na-TFSA」は本願発明1の「ナトリウム塩」に含まれるものである。
iii)上記i)から、本願発明1の「イオン性液体」は「有機オニウムカチオンと、ビス(スルフォニル)イミドアニオンとの塩」であり、「有機オニウムカチオン」は「窒素含有へテロ環」を有し得るものであり、「窒素含有へテロ環」を有する「有機オニウムカチオン」は「ピロリジン骨格を有する有機オニウムカチオン」であり得て、それは「1-メチル-1-プロピルピロリジニウムカチオン(MPPY^(+):1-methyl-1-propylpyrrolidinium cation)」であり得るものである。
ところで、引用発明の「P13-TFSA」は「P13イオン」と「TFSAイオン」の塩であるが、「P13イオン」は上記(1キ)から「1-メチル-1-プロピルピロリジニウム」イオンであり、これは本願発明の上記「1-メチル-1-プロピルピロリジニウムカチオン(MPPY^(+):1-methyl-1-propylpyrrolidinium cation)」と同じものである。
また、「TFSAイオン」は上記ii)で検討したように、本願発明1が包含する「ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミドアニオン(N(SO_(2)CF_(3))_(2)^(-))」と同じものである。
したがって、引用発明の「P13-TFSA」は本願発明1の「イオン性液体」に含まれるものである。
iv)以上から、本願発明1と引用発明とは
「イオン性液体、およびナトリウム塩を含む、ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。」の点で一致し、次の点で相違する。
<相違点>
「ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質」の物性として、本願発明1では、「紫外可視吸収スペクトルが、200nm以上、500nm以下の波長領域に不純物に帰属される吸収ピークを有さず、200?500nmの波長領域の全域で吸光度が0.02未満であるか、もしくは質量割合で50ppmの硝酸イオンを含む純水の200nm?250nmの領域付近に現れるピークの強度(ベースラインからの高さ)以下の吸収強度である」のに対して、引用発明では、同「電解質」に含まれる不純物について何ら規定されていない点。

4.相違点の検討
i)引用文献2には、上記引用文献2についての摘示事項(2ア)?(2エ)から、「第4級アンモニウムカチオン」である(2ウ)の化学式を持つ物質と、「ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド((CF_(3)SO_(2))_(2)N^(-))」でなるイオン性液体において、Fig.3等から、イオン性液体に不純物が含まれると副反応が生ずるので、当該イオン性液体において、UV-Vis分光法において250nm以上の波長で実質的に吸収がない程度に不純物がないものとすると、当該イオン性液体は、「電池」や「エレクトロルミネセンスデバイス」や「センサー」のような電気化学デバイスの「耐久性(サイクル耐久性)」を向上させ得ることが示されているといえる。
ii)ここで、「第4級アンモニウムカチオン」である(2ウ)の化学式を持つ物質は、同化学式においてR_(3)は炭素数2?10のアルキルであるので、R_(3)は、炭素数が3だとR_(3)=C_(3)H_(7)であり、上記引用文献1の(1キ)と(1ア)の(6)式で、R^(10)=メチル基CH_(3)、R^(11)=プロピル基C_(3)H_(7) としたときと同じ物質であるから、引用文献2の「第4級アンモニウムカチオン」である(2ウ)の化学式を持つ物質は、「P13(1-メチル-1-プロピルピロリジニウム)イオン」にあたる。
iii)また、「ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド((CF_(3)SO_(2))_(2)N^(-))」は、上記「3.ii)」から「TFSA」にあたる。
iv)したがって、引用文献2には、「P13-TFSA」でなるイオン性液体において、Fig.3等から、イオン性液体に不純物が含まれると副反応が生ずるので、UV-Vis分光法において250nm以上の波長で実質的に吸収がない程度に不純物がないものとすると、当該イオン性液体は、「電池」のような電気化学デバイスの「耐久性(サイクル耐久性)」を向上させ得ることが示されているといえる。
v)以上を勘案して検討する。
a)はじめに、本願発明1は、上記相違点に係る特定事項により、UV-Vis分光法による特定波長での不純物がない「イオン性液体、およびナトリウム塩を含む、ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質」であって、当該電解質を用いるナトリウム溶融塩電池における「充放電サイクル数」に対する「容量維持率」を向上させるという効果を奏する点で技術的意義を有するものである。
b)次に、本願発明1の構成上の容易想到性について検討する。
上記iv)から、引用文献2に記載の技術手段は、UV-Vis分光法において特定波長での不純物がないイオン性液体であれば、「電池」のような電気化学デバイスの「耐久性(サイクル耐久性)」を向上させ得るものであるとはいえるが、そもそも、ナトリウム塩とイオン性液体の混合物について示されているものではないから、両者の混合物に対して、ナトリウム塩についてもUV-Vis分光法において特定波長での不純物がないものとすべきことまでは記載も示唆もない。
すると、引用発明である「P13-TFSA、およびNa-TFSAでなるナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質。」に、引用文献2に記載の技術手段を適用すると、イオン性液体である「P13-TFSA」について、特定波長での不純物がないものとすることに想到し得るとしても、「Na-TFSA」についてまで、特定波長での不純物がないものとすべきことに想到しえるものとはいえない。
c)さらに、引用発明に、引用文献2に記載の技術手段を適用して、ナトリウム塩についてもUV-Vis分光法において特定波長での不純物がないものとした場合について検討する。
c-1)(2エ)から、引用文献2のFig.2は、イオン性液体である「1-ブチル-1-メチルピロリジニウム/ビス(トリフロロメタンスルフォニル)アミド」の市販品(実線)と、同じ物質から不純物を除去したもの(破線)との、紫外-可視スペクトル(UV-Vis)(横軸に波長、縦軸に吸収(任意単位))を示すもので、不純物を除去したもの(破線)は、除去していないもの(実線)と比べて、200?400nm領域において吸収のピークがなくなっていることがみてとれ、これは本願明細書【0073】?【0076】の「Na・FSI」(ナトリウム塩)と「MPPY・FSI」(イオン性液体)の混合された溶融塩電解質の「UV-Vis吸収スペクトル」を示す図7と同様の傾向を示している。
c-2)また、(2ア)(2ウ)から、Fig.3は、「イオン性液体」の「サイクリックボルタモグラム(サイクリックボルタンメトリー)」(以下、「CV」という。)を計測したものである。
ここで、CVは、電位を連続的に増加及び減少(「走査」又は「掃引」といわれる)させたときの電流の変化を記録したもので、一般に、溶媒中に溶解した溶質の種々の物性が理解されるものである。
すなわち、Fig.3のCVは、「イオン性液体」において50mv/sで掃引したときの電流の変化を記録しており、不純物を含むFig.3aでは電位の変化に対して電流が安定せず、不純物を除去したFig.3bでは電位の変化に対して電流が安定していることがみてとれ、「イオン性液体」は、不純物が除去されていると安定な物性になることが理解される。
c-3)しかし、Fig.2、Fig.3は、「イオン性液体」について調べたもので、「ナトリウム塩」も含まれた場合について調べたものではない。
また、Fig.2、Fig.3は、「ナトリウム塩」と「イオン性液体」を含むナトリウム溶融塩電池において、「充放電サイクル数」に対する「容量維持率」を調べたものでもない。
さらに、上記iv)で確認したように、「イオン性液体」において、UV-Vis分光法において特定波長での不純物がないものとすると、「電池」や「エレクトロルミネセンスデバイス」や「センサー」のような電気化学デバイスの「耐久性(サイクル耐久性)」を向上させ得るとするが、「電池」における「耐久性(サイクル耐久性)」が具体的に何を意味するのかは明らかではなく、「イオン性液体」を用いる「電池」とした場合に「充放電サイクル数」に対する「容量維持率」が向上することを意味するとまではいえないし、電池の容量維持率が向上することを実験的に確認しているものでもない。
c-4)すなわち、引用文献2に記載の技術手段では、「ナトリウム塩」を含まない「イオン性液体」において、UV-Vis分光法において特定波長での不純物がないものとすると、「イオン性液体」は不純物が除去されて安定な物性になるので、「電池」における「耐久性(サイクル耐久性)」を向上させ得るという効果を奏することが予測できるに止まり、引用発明の「イオン性液体、およびナトリウム塩を含む、ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質」を用いるナトリウム溶融塩電池における「充放電サイクル数」に対する「容量維持率」を向上させるという効果を奏することまでは当業者にとっても予測できるものとはいえない。
vi)以上から、上記相違点に係る本願発明1の特定事項は、その構成上、引用発明及び引用文献2に記載の技術手段から容易に想到し得るものでなく、仮に構成上は容易に想到し得たとしても、引用文献1,2の記載から本願発明1の奏する効果を予測できるものとはいえないから、本願発明1の技術的意義を導くことはできない。
したがって、上記相違点に係る本願発明1の特定事項は、引用発明及び引用文献2に記載の技術手段から当業者が容易に想到し得るものであるとすることはできない。
よって、本願発明1は当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、本願発明1は、拒絶理由2によって拒絶することはできない。
次に、本願発明2?6は、いずれも請求項1の記載を引用し、本願発明1の特定事項を有しているところ、上記のように本願発明1が拒絶理由2によって拒絶することができないから、本願発明2?6も同拒絶理由によって拒絶することはでない。

5.拒絶理由2についてのむすび
以上のとおり、本願発明1-6は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載の技術手段に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできないから、本願発明1-6は拒絶理由を有しない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、本願については、原査定の拒絶理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-05-20 
出願番号 特願2015-512344(P2015-512344)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 松村 駿一青木 千歌子小川 知宏  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 中澤 登
松本 要
発明の名称 ナトリウム溶融塩電池用溶融塩電解質及びナトリウム溶融塩電池  
代理人 特許業務法人河崎・橋本特許事務所  

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