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審決分類 審判 全部無効 特29条の2  C22C
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
管理番号 1352208
審判番号 無効2016-800020  
総通号数 235 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-07-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-02-15 
確定日 2019-06-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第3582504号発明「熱間プレス用めっき鋼板」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第3582504号(以下、「本件特許」という。)に係る特許出願(特願2001-264591号)は、平成13年8月31日に出願され、平成16年8月6日にその特許の設定登録がなされた(請求項数7)。
その請求項1?7に係る発明の特許について、平成28年2月15日にJFEスチール株式会社(以下、「請求人」という。)から特許無効審判が請求されたところ、その後の手続の経緯は、概ね、次のとおりである。

平成28年 3月14日付け 手続補正書(証拠方法の欄の補正)(請求人)
同年 5月23日付け 審判事件答弁書及び訂正請求書(被請求人)
同年 6月 2日付け 手続補正書(請求の趣旨の欄の補正)(被請求人)
同年 同月30日付け 上申書(被請求人)
同年 8月26日付け 審判事件弁駁書(請求人)
同年12月14日付け 審理事項通知書(請求人宛て・被請求人宛)
平成29年 1月18日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年 2月22日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年 3月10日付け 口頭審理陳述要領書(その2)(被請求人)
同年 同月 同日 第1回口頭審理(第1回口頭審理調書)
同年 4月 7日付け 上申書(請求人)
同年 同月14日付け 上申書(被請求人)

第2 本件特許発明
本件特許については、別件の無効審判(無効2013-800214号事件)が先行し、その審判の手続において、本件の手続における平成28年5月23日付けの訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)と同じ内容の訂正請求がなされ、その訂正を認める判断をした審決が、平成28年6月28日に確定している(乙第1号証、乙第6号証)。
これを踏まえ、本件訂正請求は、前記平成29年3月10日の第1回口頭審理において取り下げられた(第1回口頭審理調書)。
よって、本件特許の請求項1?7に係る発明(以下、各々「本件特許発明1」?「本件特許発明7」といい、総称して「本件特許発明」ともいう。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。
【請求項2】
前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る請求項1記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項3】
前記めっき層の片面当たりの付着量が90g/m^(2)以下である請求項1または2記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項4】
前記めっき層を鋼板表面に直接設けた熱間プレス用鋼板であって、該めっき層におけるFe含有量が80質量%以下である請求項1ないし3のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項5】
前記鋼板のC含有量が0.1%以上、3.0%以下である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項6】
前記鋼板が780MPa級以上の高強度鋼板である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項7】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼材表面に有することを特徴とする700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼材。」

第3 請求人の主張
請求人は、「特許第3582504号の請求項1?7に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、後記「1.請求人の主張する無効理由の概要」のとおり主張し、後記「2.証拠方法」のとおりの甲第1号証?甲第8号証を提出した。
なお、前記第1回口頭審理において、請求の理由の補正を許可し、前記審判事件弁駁書に記載された次の無効理由1?3を審理範囲と決定した(特許法第131条の2第2項第2号)(第1回口頭審理調書)。

1.請求人の主張する無効理由の概要
(1)無効理由1(明確性要件):
特許請求の範囲に記載された「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」がどのようなもので、どの時点で形成されるものか、「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」が用途か構成か、との明確性要件違反がある。この点で、本件特許発明1?7は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本件特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(2)無効理由2(サポート要件及び/又は実施可能要件):
6種の亜鉛合金めっき層のうち、3種(Zn-Cr、Sn-Zn、Zn-Mn)は実施例がなく、実施例が存在する3種(Zn-Ni、Zn-Co、Zn-Al-Mg)も組成が広範であり、いかなる組成のめっき層をいかなる条件で加熱した場合に「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されるか、とのサポート要件違反及び/又は実施可能要件違反がある。この点で、本件特許発明1?7は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、及び/又は、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本件特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(3)無効理由3(拡大先願):
甲第1号証の実施例2と実質的に同一の範囲内にある発明を含むという拡大先願による新規性要件違反がある。この点で、本件特許発明1?7は、特許法第29条の2に規定する要件に該当する。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

2.証拠方法
甲第1号証:特開2001-353548号公報
甲第2号証:渋谷敦義、外3名、「Ni-Zn合金電気めっき鋼板の耐食性」、鉄と鋼第66年(1980)第7号、p.771-778
甲第3号証:Dr.phil.Max Hansen、 CONSTITUTION OF BINARY ALLOYS、 McGRAW-HILL BOOK COMPANY,INC.、1958、p.1059-1062
甲第4号証:特開平10-195621号公報
甲第5号証:Gerard BERANGER、 THE BOOK OF STEEL、 Intercept Limited、1996、p.996-1008
甲第6号証:特開平8-325790号公報
甲第7号証:原富啓、外2名、「亜鉛系合金の電気めっき技術と皮膜の耐食性」、日本金属学会会報第27巻第4号(1988)、p.258-265
甲第8号証:特開2015-104753号公報

なお、甲第1?6号証は審判請求書に添付して、甲第7号証は審判事件弁駁書に添付して、甲第8号証は口頭審理陳述要領書に添付して、それぞれ提出された。

第4 被請求人の主張
被請求人は、平成28年5月23日付けで審判事件答弁書を提出し、「本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、以下の乙第1号証?乙第7号証及び乙第9号証を提出した。

乙第1号証:平成26年(行ケ)第10201号判決
乙第2号証:特許第3582504号公報
乙第3号証:Binary Alloy Phase Diagrams Volume2、AMERICAN SOCIETY FOR METALS、1986、p.1772、1777-1778
乙第4号証:木本雅也、外1名、「4Zn-Ni合金めっき鋼板の成形性と合金組成」、第143回塑性加工シンポジウム「表面処理銅板の成形性改善と潤滑」、社団法人日本塑性加工学会、平成4年5月6日発行、p.35-42
乙第5号証:山内信幸、外1名、「めっき鋼板のスポット溶接性」、溶接学会論文集第1巻(1983)第3号、p.355-360
乙第6号証:平成27年(行ヒ)第492号調書(決定)
乙第7号証:無効2013-800214号事件の平成26年4月30日付け口頭審理陳述要領書
乙第9号証:特開2016-112569号公報

なお、乙第1?5号証は審判事件答弁書に添付して、乙第6号証は平成28年6月30日付け上申書に添付して、乙第7号証は平成29年1月18日付け口頭審理陳述要領書に添付して、乙第9号証は平成29年3月10日付け口頭審理陳述要領書(その2)に添付して、それぞれ提出された。

第5 当審の判断
1.甲号証の記載事項
(1)甲第1号証の記載事項
甲第1号証は、特開2001-353548号公報(平成12年4月7日を優先日として平成13年4月6日に特許出願され、平成13年12月25日に公開された公開特許公報)(以下、「先願明細書」という。)であるところ、甲第1号証には、次の記載がある。(なお、下線は当審で付したものであり、「・・・」は記載の省略を意味する。甲第4号証についても同様である。)

(甲1ア):
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する金属または金属合金で被覆された圧延鋼板、特に熱間圧延鋼板の帯材を型打ちすることによって極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を製造する方法であって、鋼板を裁断して鋼板ブランクを得る段階と、鋼板ブランクの型打ちによって部品を成形する段階と、型打ち前または型打ち後に、腐食に対する保護、鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保し得る金属間合金化合物で表面を被覆する段階と、型打ち処理に必要であった鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と、を含んで成る方法。
・・・
【請求項3】 被膜を形成する金属または金属合金が5μm-30μmの範囲の厚みの亜鉛または亜鉛ベース合金から成ることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】 金属間合金が亜鉛-鉄ベース化合物または亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】 成形前及び/または熱処理前の鋼板に700℃を上回る高温を作用させることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】 特に型打ちによって得られた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度で冷却することによって焼入れすることを特徴とする請求項1に記載の方法。」

(甲1イ):
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する金属または金属合金で被覆された圧延鋼板、特に熱間圧延鋼板の帯材を型打ちすることによって極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】高温下の成形または熱処理を要する鋼板に対しては、熱処理に対する被膜の耐性を考慮して被覆処理が行われていない。鋼の熱処理は一般に700℃を十分に上回る比較的高い温度で行われる。実際これまでは、金属表面に付着させた亜鉛被膜は、亜鉛の融点を上回る温度に加熱されると、溶融し流動して熱間成形用ツールの働きを妨害し、更に、急冷中に被膜が劣化すると考えられてきた。」

(甲1ウ):
「【0006】
【発明の実施の形態】本発明の好ましい実施態様においては、方法が、
-鋼板を裁断して鋼板ブランクを得る段階と、
-部品を熱間成形するために被覆鋼板ブランクに高温を作用させる段階と、
-腐食に対する保護、鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保し得る金属間合金化合物で表面を被覆する段階と、
-鋼板ブランクを型打ちによって成形する段階と、
-鋼の硬度及び被膜の表面硬度などの機械的特性を強化するために形成部品を冷却する段階と、
-型打ち処理に必要であった鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と、から成る。
【0007】本発明の別の特徴は:
-被膜を形成する金属または金属合金が5μm-30μmの範囲の厚みの亜鉛または亜鉛ベース合金から成る;
-金属間合金が亜鉛-鉄ベース化合物または亜鉛-鉄-アルミニウムベース化合物である;
-成形前及び/または熱処理前の被覆鋼板に700℃を上回る高温を作用させる;
-主として型打ちによって得られた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度で冷却することによって焼入れする;などである。
・・・
【0014】図1の概略図に示す本発明の方法では、特に熱間圧延し亜鉛または亜鉛ベースの合金で被覆した熱処理用または熱成形用の鋼板から、型打ちプレスのようなツールによって熱成形部品を製造する。
・・・
【0019】圧延鋼板を例えば亜鉛または亜鉛-アルミニウム合金によって被覆し得る。
・・・
【0021】部品を成形するためまたは熱処理するために、炉で鋼板に好ましくは700℃-1200℃の範囲の高温を作用させる。被膜によって酸化に対する障壁が形成されるので炉の雰囲気は管理不要である。亜鉛ベースの被膜は温度上昇に伴って処理温度に依存する種々の相を含む表面合金層に変態し、600HV/100gを上回る高い硬度をもつようになる。」

(甲1エ):
「【0028】
【実施例】実施例1:鋼に設けた亜鉛被膜
1つの実施態様では、以下の重量組成をもつ鋼から熱間圧延鋼板の帯材を製造する:
炭素:0.15%-0.25%
マンガン:0.8%-1.5%
ケイ素:0.1%-0.35%
クロム:0.01%-0.2%
チタン:0.1%以下
アルミニウム:0.1%以下
リン:0.05%以下
イオウ:0.03%以下
ホウ素:0.0005%-0.01%
【0029】厚み1mmの冷間圧延鋼板から、厚み約10μmの亜鉛被膜が両面に連続的にメッキされた部品を製造する。成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し、ツール内で焼入れする。被膜は低温及び高温の腐食防止及び脱炭防止などの本来の機能に加えて、成形処理中に潤滑剤の機能を果たす。合金被膜は焼入れ処理中にツールからの排熱を妨害することがなく、この排熱をむしろ促進する。全処理工程にわたって部品が基本の被膜によって確実に保護されているので、成形及び焼入れの後、部品の酸洗いまたは保護はもはや不要である。
・・・
【0036】実施例2:鋼に設けた亜鉛アルミニウム被膜
約1mmの鋼板に10μmの被膜を形成する。この被膜は50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り、任意に少量のケイ素を含有する。
・・・
【0038】熱間成形中に、亜鉛とアルミニウムと鉄とが合金化して密着性の均質な亜鉛-アルミニウム-鉄被膜が形成される。腐食試験では、この合金層が極めて優れた腐食防止効果を有していることが示される。」

(2)甲第4号証の記載事項
甲第4号証は、特開平10-195621号公報(平成8年12月27日に特許出願され、平成10年7月28日に公開された公開特許公報)であるところ、甲第4号証には、次の記載がある。

(甲4ア):
「【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記の課題を解決するために種々検討した結果、Znめっき浴中に所定量の特定の金属を含有させてめっき後、合金化炉を用いて所定の加熱条件化でZn-Fe合金化と共に酸化膜を形成させることにより、表面が着色し、美麗でかつめっき密着性に優れる、従来にない合金化溶融Znめっき鋼板が得られることを見いだした。本発明は、この新知見を元に完成した。」

(甲4イ):
「【0008】次に上記の着色合金化溶融Znめっき鋼板の製造方法について説明する。まず、溶融Znめっき浴には上記の理由によりTiを0.1?5%、必要によりAlを0.1%以下含有させる。めっき浴中には、Zr、Mg、Ni、Pb、Sbの含有量を単独または混合で1%以下とすることによって着色効果をより明瞭に出すことができる。」

2.本件特許発明について
(1)本件特許明細書に記載された事項
本件特許発明は、前記第2のとおりであるところ、本件特許明細書の【発明の詳細な説明】には、次の記載がある。
(本ア):
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、熱間プレス用鋼材、特に自動車用の足廻り、シャ-シ、補強部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板および鋼材に関する。」

(本イ):
「【0002】
【従来の技術】
近年、自動車の軽量化のため、鋼材の高強度化を図り、使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいる。しかし、鋼材としての鋼板をプレス成形、例えば絞り形成を行うことを考えた場合、使用する鋼板の強度が高くなると絞り成形加工時に金型との接触圧力が高まり鋼板のカジリや鋼板の破断が発生したり、またそのような問題を少しでも軽減しようと鋼板の絞り成形時の材料の金型内への流入を高めるためブランク押さえ圧を下げると成形後の形状がばらつく等の問題点がある。
【0003】
また、形状安定性いわゆるスプリングバックも発生し、これに対しては例えば潤滑剤使用による改善対策等もあるが、780MPa級以上の高強度鋼板ではその効果が小さい。
【0004】
このように難加工材料としての高強度鋼のプレス成形には問題点が多いのが現状である。なお、以下、この種の材料を「難プレス成形材料」という。」

(本ウ):
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、このような難プレス成形材料をプレス成形する技術として、成形すべき材料を予め加熱して成形する方法が考えられる。いわゆる熱間プレス成形および温間プレス成形である。以下、単に熱間プレス成形と総称する。
【0006】
しかし、熱間プレス成形は、加熱した鋼板を加工する成形方法であるため、表面酸化は避けられず、たとえ鋼板を非酸化性雰囲気中で加熱しても、例えば加熱炉からプレス成形のため取り出すときに大気にふれると表面に鉄酸化物が形成される。この鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり、あるいはプレス後の製品にそのような酸化皮膜が残存して外観が不良となるという問題がある。しかも、このような酸化皮膜が残存すると、次工程で塗装する場合に鋼板との塗膜密着性が劣ることになる。またスケールが残存する場合、次工程で塗装してもスケール/鋼板間の密着性不芳のせいで塗膜密着性が劣る。
【0007】
そこで熱間プレス成形後は、ショットブラストを行ってそのようなスケールを構成する鉄酸化層を除去することが必要となるが、これではコスト増は免れない。
【0008】
また加熱時にそのようなスケールを形成させないために低合金鋼やステンレス鋼を用いてもスケール発生は完全に防止できないばかりか、普通鋼に比較して大幅にコスト高となる。
【0009】
このような熱間プレス成形時の表面酸化の問題に対する対策として加熱時の雰囲気とプレス工程全体の雰囲気をともに非酸化性雰囲気にすることも理論上有効ではあるが設備上大幅な高コストとなる。
【0010】
このような事情からも、今日でも熱間プレスについては多くの提案はされているが、実用的な段階には至っていないのが現状である。
ここに、特許出願として提案されている現状の技術について概観すると次のようである。
【0011】
例えば、熱間プレスの利点としては、プレス成形とともに熱処理を行えることが挙げられるが、その際にさらに同時に表面処理をも行うことが、特開平7-116900号公報に提案されている。もちろん、このような技術にも前述のような表面酸化の問題もあるが、複雑な形状の金型に防錆剤等の表面処理剤を均一に塗布することは難しく、またそのように金型に予め塗布した表面処理剤をプレス成形時に製品に均一に転写させることも難しい。もちろん、プレス成形後の処理としてめっき処理等の防錆処理を個別に行うことは自明であるが、生産性が低く、大幅なコスト増をもたらすことは明らかである。
【0012】
このように高強度の鋼板を成形するために熱間でプレス成形する方法があるが生成した鉄酸化物を除去する工程が必要であるのと、たとえ鉄酸化物を除去しても鋼板のみでは防錆性に劣るのが現状である。
【0013】
防錆性あるいは耐食性改善という面だけからでは、特開平6-240414号公報で提案されているように、例えばドア内のインパクトバーのような自動車用部品では、ドア内に浸入した腐食因子の水分が焼入鋼管の管内無塗装部を腐食させることがあるため、そのような焼入鋼管を構成する鋼材の鋼成分にCr、Mo等の元素を添加して耐食性を向上させている例もある。しかし、このような対策では、Cr、Mo添加でコスト高となるばかりでなく、プレス成形用の材料の場合、同合金成分の添加によるプレス成形性の劣化の問題がある。
【0014】
ここに、本発明の課題は、いわゆる難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することである。
【0015】
さらに本発明の具体的課題は、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、例えば難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである。」

(本エ):
「【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、かかる課題を解決する手段について種々の角度から鋭意検討の結果、前記のような難プレス成形材料をそのままプレス成形するのではなく、変形抵抗を低減させるべく高温状態でプレス成形を行い、同時にそのときに、後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく、もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いてその熱間プレス成形を行うというアイデアを得た。そして、これに基づき、耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想した。しかし、熱間プレスは700?1000℃という温度で加熱することを意味するのであって、この温度は、亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であって、そのような高温に加熱した場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。
【0017】
しかしながら、さらに、その後種々の検討を重ねる内に、加熱することによりめっき層と鋼板とが合金化することで何らかの変化が見られるのではないかとの見解を得て予備試験として各種めっき組成および各種雰囲気で、実際に700 ?1000℃の温度に加熱を行い、次いで熱間プレスを行ったところ、それまでの予測に反して、一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。
【0018】
そこで、700 ?1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。このバリア層は、熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。
【0019】
さらに、めっき層の分析を行ったところ、かなり合金化が進んでおり、それにより、めっき層が高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止しており、かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制していることが判明した。しかも、このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であることが判明した。
【0020】
上記の鋼板を亜鉛めっき鋼板として利用すれば、高張力鋼板でも熱間プレス成形が行える可能性があることが分かり、さらに実用性ある技術として利用可能か否かについて検討を重ね、ここにその効果を確認し、実用性ある技術であることを確信し、本発明を完成した。
【0021】
このように本発明において、めっき層の融点付近の温度域に加熱してもめっき層が残存する理由は、めっき層表面にめっき層よりも耐熱性を有する密着性良好な酸化皮膜層が亜鉛の蒸発を阻止するバリア層として形成されるためと考えられる。さらに、かかる作用が十分に発揮されるためには、めっき層と鋼板の合金化が進行しめっき層の融点が高くなることも影響しており、好ましくはこれらの両者の作用効果によって、めっき層を構成する亜鉛の沸点以上である950 ℃に加熱しても鋼板素地の酸化を抑制していると推定される。」

(本オ):
「【0027】
【発明の実施の形態】
次に、本発明において上述のように限定する理由について詳述する。なお、本明細書において鋼組成およびめっき組成を規定する「%」は「質量%」である。
【0028】
本発明によれば、溶融亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱して表面に酸化皮膜を設けることで、これがバリア層として作用し、例えば900 ℃以上に加熱しても、表面の亜鉛系めっき層の蒸発が防止され、加熱後に熱間プレスを行うことができる。しかも、プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから、それ自体すでに優れた耐食性を備えており、後処理としての防錆処理を必要としないというすぐれた効果を発揮することができる。
【0029】
素地鋼材
本発明にかかる熱間プレス用の素地鋼材は、溶融亜鉛系めっき時のめっき濡れ性、めっき後のめっき密着性が良好であれば特に限定しないが、熱間プレスの特性として、熱間成形後に急冷して高強度、高硬度となる焼き入れ鋼、たとえば下掲の表1にあるような鋼化学成分の高張力鋼板が実用上は特に好ましい。
【0030】
例えば、Si含有鋼やステンレス鋼のようにめっき濡れ性、めっき密着性に問題のある鋼種でもプレめっき処理等のめっき密着性向上手法を用いてめっき密着性を改善することで本発明に用いることができる。
【0031】
鋼板の焼き入れ後の強度は主に含有炭素(C) 量によってきまるため、高強度の成型品が必要な場合は、C含有量0.1 %以上、3.0 %以下とすることが望ましい。このときに上限を超えると、靭性が低下するおそれがある。
【0032】
特に、本発明の場合、プレス成形が難しいと言われている難プレス成形材である高張力鋼板、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V等を添加した機械構造用鋼板、高硬度鋼板等についてその実用上の意義が大きい。
【0033】
素材としてのプレス成形母材の形態は、一般には板材であるが、本発明の対象とする熱間プレスの形態として曲げ加工、絞り成型、張出し成型、穴拡げ成型、フランジ成型等があるから、その場合には、棒材、線材、管材などを素材として用いてもよい。
【0034】


【0035】
亜鉛系めっき層/バリア層
本発明において、バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには、例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち、酸化性雰囲気中での加熱、つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが、そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく、めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550 ?650℃である。
【0036】
本発明による具体的なめっき操作としては、溶融した亜鉛および亜鉛合金めっき浴に鋼板を浸漬して引き上げる。めっき付着量の制御は引き上げ速度やノズルより吹き出すワイピングガスの流量調整により行う。合金化処理はめっき処理後にガス炉や誘導加熱炉などで追加的に加熱して行う。かかるめっき操作は、コイルの連続めっき法あるいは切り板単板めっき法のいずれによってめっきを行ってもよい。
【0037】
もちろん、所定厚みのめっき層が得られるのであれば、例えば、電気めっき、溶射めっき、蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよい。
亜鉛合金めっきとしては、次のような系が開示されている。
【0038】
例えば亜鉛-鉄合金めっき、亜鉛-12%ニッケル合金めっき、亜鉛-1%コバルト合金めっき、55%アルミニウム-亜鉛合金めっき、亜鉛-5%アルミニウム合金めっき、亜鉛-クロム合金めっき、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、スズ-8%亜鉛合金めっき、亜鉛-マンガン合金めっきなどである。
【0039】
めっき付着量は90g/m2以下が良好である。これを超えるとバリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり外観上問題がある。下限は特に制限しないが、薄過ぎるとプレス成形後に所要の耐食性を確保できなくなったり、あるいは加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすることから、通常は20g/m2程度以上は確保する。加熱温度が高くなるなど、より過酷な加熱の場合、望ましくは40?80g/m2の範囲で性能良好となる。
【0040】
亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。その他原料等から不可避的に混入することがあるBe、B、Si、P、S、Ti、V、W、Mo、Sb、Cd、Nb、Cu、Sr等のうちのいくつかが含有されることもある。
【0041】(削除)
【0042】
鋼板の加熱/熱間プレス成形
上述のようにして用意された表層にバリア層を備えた亜鉛系めっき鋼板を次いで所定温度にまで加熱し、プレス成形を行う。本発明の場合、熱間プレス成形を行うことから、通常700 ?1000℃に加熱するが、素材鋼板の種類によっては、プレス成形性がかなり良好なものがあり、その場合にはもう少し低い温度に加熱するだけでよい。本発明の場合、鋼種によってはいわゆる温間プレスの加熱領域に加熱する場合も包含されるが、いわゆる難プレス成形材料に適用するときに本発明の効果が効果的に発揮されることから、通常は、上述のように700 ?1000℃に加熱する。
【0043】
この場合の加熱方法としは電気炉、ガス炉や火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱等が挙げられる。また加熱時の雰囲気も特に制限はないが、予めバリア層が形成されている材料の場合には、そのようなバリア層の維持に悪影響を与えない限り、特に制限はない。
【0044】
このときのプレス成形に先立つ加熱温度は焼き入れ鋼であれば目標とする硬度となる焼入温度に加熱したのち一定時間保持し高温のままプレス成形を行い、その際に金型で急冷する。通常の鋼種、条件では、このときに加熱の際の最高到達温度はおよそ700 ℃から1000℃の範囲であればよい。
【0045】
ところで、本発明によれば、亜鉛系めっき層の表面には、加熱時の亜鉛の蒸発を防止するバリア層として作用する酸化皮膜が形成されており、通常、その量は、厚さ0.01?5.0μm程度で十分である。
・・・
【0047】
かかるバリア層およびFe含有量は、熱間プレス成形の際に問題となるのであって、したがって、前述のように予めめっき層形成時の合金化処理によってバリア層が形成され、さらにプレス成形前に加熱が行われる場合には、合金化処理時の加熱条件はプレス成形直前の加熱処理を考慮した条件で行うことが好ましい。
【0048】
このようにして加熱され、表面にバリア層が形成された本発明にかかる熱間プレス用鋼板には、次いで、熱間プレス成形が行われるが、このときの熱間プレス成形は特に制限はなく、通常行われているプレス成形を行えばよい。熱間プレス成形の特徴として成形と同時に焼入れを行うことから、そのような焼入れを可能とする鋼種を用いることが好ましい。もちろん、プレス型を加熱しておいて、焼き入れ温度を変化させ、プレス後の製品特性を制御してもよい。」

(本カ):
「【0049】
次に、実施例によって本発明の作用効果をさらに具体的に説明する。
【0050】
【参考例】
[参考例1]
本例では、板厚み1.0mm の表2に示す鋼種Aの溶融亜鉛めっき鋼板を650 ℃で合金化処理を行い、次いで大気雰囲気の加熱炉内で950 ℃×5分加熱して、加熱炉より取り出し、このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行った。このときの熱間プレス成形条件は、絞り高さ25mm、肩部丸み半径R5mm、ブランク直径90mm、パンチ直径50mm、ダイ直径53mmで実施した。成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定して成形性として評価した。なお、本例においては、鋼板の温度はほぼ2分で900 ℃に到達していた。
【0051】
このようにして得られた熱間プレス成形品について下記要領で塗膜密着性、塗装後耐食性( 単に耐食性という) をぞれぞれ評価した。
塗膜密着性試験
本例で得た円筒絞り体から切り出した試験片に、日本パーカライジング (株) 製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理したのち関西ペイント製電着塗料GT-10 を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し、焼き付け温度150 ℃で20分焼き付け塗装した。塗膜厚みは20μm であった。
【0052】
試験片を50℃のイオン交換水に浸漬し240 時間後に取り出して、カッターナイフで1mm 幅の碁盤目状に傷を入れ、ニチバン製のポリエステルテープで剥離テストを行い、塗膜の残存マス数を比較し、塗膜密着性を評価した。なお、全マス数は100 個とした。
【0053】
評価基準は残存マス数 90?100 個を良好:評価記号○、0 ?89個を不良:評価記号×とした。
塗装後耐食性試験
本例で得た円筒絞り体から切り出した試験片に、日本パーカライジング (株) 製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理を行ったのち関西ペイント製電着塗料GT-10 を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し、焼き付け温度150 ℃で20分焼き付け塗装した。塗膜厚みは20μm であった。
【0054】
試験片の塗膜にカッターナイフで素地に達するスクラッチ傷を入れた後、JIS Z2371 に規定された塩水噴霧試験を480 時間行った。傷部からの塗膜膨れ幅もしくは錆幅を測定し、塗装後耐食性を評価した。
【0055】
評価基準は錆幅、塗膜膨れ幅のいずれか大きい方の値で Omm以上?4mm 未満を良好:評価記号○、4mm 以上を不良:評価記号×とした。
これらの試験結果を表2にまとめて示す。
【0056】
比較例として、冷延鋼板およびステンレス鋼板について950 ℃×5分の加熱を行ってから同様の熱間プレス成形を行い、上述のような特性評価を行った。
結果は表2にまとめて示すが、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた場合は良好な特性を示すが、ステンレス鋼板や冷延鋼板を用いた場合は、酸化物が形成され、黒色化し、この酸化物が剥離し、プレス成形時押し込み疵が生じた。また、塗膜密着性、耐食性も不合格であった。
【0057】


【0058】
[参考例2]
本例では、鋼種Aについて参考例1と同様の試験を繰り返したが、表3に示すとおり、めっき付着量を種々に変え、まためっき直後の合金化処理の条件を変えることによってめっき皮膜中のFe含有量を変えた。本例では合金化処理めっき鋼板にさらに熱間プレス成形に先立って (A) 大気雰囲気加熱炉950 ℃×5分加熱と、(B) 大気雰囲気加熱炉850 ℃×3分加熱による加熱を行った。例No.9?23では、めっき層のFe含有量を変化させているが、これは熱間プレスに先立つ加熱以前に、合金化処理温度(500?800 ℃) や時間(30 分以下) を変化させることにより行った。また、No.18 ?23は、熱間プレスに先立つ加熱時の時間を3分から6分間に延長し、より過酷な条件で熱間プレスを行った。
【0059】
結果を表3にまとめて示す。
いずれの例も、加熱後外観、成形性、塗膜密着性および耐食性ともに良好な結果であった。
【0060】


【0061】
[参考例3]
本例では、表1の各鋼種について参考例1と同様の試験を繰り返し、得られた試験片について成形性、塗膜密着性、耐食性の評価試験を行った。結果を表4にまとめて示す。
【0062】
いずれの例も、加熱後外観、成形性、塗膜密着性および耐食性ともに良好な結果であった。
【0063】




(本キ):
「【0064】
[実施例]
表1に示す鋼種Aの成分をもち、厚さ1.0mm の鋼板を使用し、実験室でめっきを施した。電気めっきは実際の製造ラインで使用されているめっき浴を用い、実験室でめっきを施した。溶融めっきは実際の製造ラインで用いられる浴を実験室で再現して溶融めっきを行った。亜鉛-鉄めっきの合金化処理は550 ℃の溶融塩浴に浸漬する方法を用いた。得られためっき鋼板は参考例1と同様の熱間成形、評価を実施した。熱間プレスに先立つ加熱は、大気炉で850 ℃、3分間行った。
【0065】
得られた結果を、表5に示すが、めっき方法、めっき層の組成に関係なく、良好な特性が得られている。
【0066】


【0067】
これらの結果からも分かるように、本発明によれば、いずれの場合にあっても、プレス成形性のすぐれた材料が得られ、成形品としてすぐれた塗膜密着性および耐食性を示すことが分かる。」

(本ク):
「【0068】
【発明の効果】
以上説明してきたように、本発明によれば、例えば高張力鋼板およびステンレス鋼板などの難プレス成形材料の熱間プレス成形が可能となり、その際に、加熱炉の雰囲気制御設備が不要となるほか、プレス成形時の鋼板酸化物の剥離処理工程も不要となり生産工程を簡素化できる。また犠牲防食効果のある亜鉛めっき層を有するためプレス成形製品の耐食性も向上する。」

(2)本件特許発明に関する開示事項
前記(1)によれば、本件特許明細書には、本件特許発明に関し、以下の点が開示されていると認められる。
本件特許発明は、熱間プレス用鋼材、特に自動車用の足廻り、シャーシ、補強部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板および鋼材に関する(【0001】)。
近年、自動車の軽量化のため、鋼材の高強度化を図り、使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいるが、使用する鋼板の強度が高くなると絞り成形加工時に鋼板のカジリや破断が発生したり、形状安定性いわゆるスプリングバックも発生するなど、難加工材料としての高強度鋼のプレス成形には、問題点が多かった(【0002】?【0004】)。
このような難プレス成形材料をプレス成形する技術として、成形すべき材料を予め加熱して成形する熱間プレス成形がある。しかし、熱間プレス成形は、加熱した鋼板を加工する成形方法であるため、鋼板の表面酸化は避けられず、この鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり、プレス後の製品に酸化皮膜が残存して、外観不良、塗膜密着性の劣化といった問題があった(【0005】、【0006】)。そこで、熱間プレス成形後にショットブラストを行って鉄酸化層を除去する、低合金層やステンレス鋼を用いる、あるいは、加熱時及びプレス工程全体の雰囲気を非酸化性雰囲気にするなどの対策が検討されてきたが、これらの対策は大幅なコスト増を招く。また、熱間でプレス成形後に生成した鉄酸化物を除去する工程を行うと、たとえ鉄酸化物を除去しても鋼板のみでは防錆性に劣る(【0007】?【0009】、【0012】)。
そこで、本件特許発明の課題は、難プレス成形材料について、熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することであり、さらに具体的には、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである(【0014】、【0015】)。
本発明者らは、かかる課題を解決する手段として、高温状態でプレス成形を行い、同時に後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく、もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いて熱間プレス成形を行うというアイデアに基づき、耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想したが、熱間プレスは700?1000℃という亜鉛系めっき金属の融点以上の温度で加熱することを意味し、このような場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。しかし、実際に700?1000℃の温度に加熱を行い、次いで熱間プレスを行ったところ、それまでの予測に反して、一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。そこで、亜鉛系めっき鋼板を700?1000℃の温度に加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されるとともに、めっき層は合金化が進み、それにより高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止し、かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制し、このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であることが判明した(【0016】?【0020】)。
本件特許発明によれば、亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱して表面に酸化皮膜を設けることで、これがバリア層として作用し、例えば900℃以上に加熱しても、表面の亜鉛系めっき層の蒸発が防止され、加熱後に熱間プレスを行うことができ、しかも、プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから、それ自体既に優れた耐食性を備え、後処理としての防錆処理を必要としないという優れた効果を発揮することができ、ひいては、例えば高張力鋼板およびステンレス鋼板などの難プレス成形材料の熱間プレス成形が可能となり、その際に、加熱炉の雰囲気制御設備が不要となるほか、プレス成形時の鋼板酸化物の剥離処理工程も不要となり生産工程を簡素化でき、また犠牲防食効果のある亜鉛めっき層を有するためプレス成形製品の耐食性も向上するとの効果を有する(【0028】、【0068】)。

3.取消事由1(明確性要件)について
請求人は、前記第3の1.(1)無効理由1(明確性要件)のとおり、「特許請求の範囲に記載された「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」がどのようなもので、どの時点で形成されるものか、「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」が用途か構成か、との明確性要件違反がある。この点で、本件特許発明1?7は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。」と主張する。
しかし、以下のとおり、請求人の主張を採用することはできないから、無効理由1は成り立たない。
(1)「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」について
ア 前記2.(1)及び(2)によれば、特に、本件特許明細書の【0016】の記載「耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想した。」乃至、同【0018】の記載「700?1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。」の説明から、当業者であれば、めっき層の具体的な実施例の有無によらず、「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は、耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板の「亜鉛系めっき」に由来する亜鉛の酸化皮膜を意味すると理解することができる。
したがって、「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が、亜鉛系めっきに由来する亜鉛の酸化皮膜を意味することは、本件特許明細書の記載を参照すれば明確であり、この点での明確性要件違反の無効理由は成り立たない。

イ 請求人は、亜鉛合金めっきとして、特に、本件特許明細書の【0038】に「スズ-8%亜鉛合金めっき」が例示されていることを根拠にして、低融点の「スズの酸化皮膜であるという解釈も成り立つ」(口頭審理陳述要領書3頁21?28行、審判事件弁駁書5頁2?5行、審判請求書8頁6?8行)と主張するが、前記アで指摘した本件特許明細書の記載を含む、発明の詳細な説明の全体を踏まえれば、かかる例示によって、前記アの理解が妨げられるものではなく、亜鉛系めっきに由来する亜鉛の酸化皮膜が直ちに否定されるものでもない。

ウ また、本件特許明細書の【0018】には、酸化皮膜は熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されることが必要で、その後熱間プレス加工のための700?1000℃の加熱によっても形成が進むと推測されることが記載され、同【0042】、【0043】には、酸化皮膜は、熱間プレス加工のため700?1000℃に加熱する前に、予め形成されている場合と形成されていない場合があることを前提として、熱間プレスのための加熱方法には、予め酸化皮膜が形成されている材料の場合には、酸化皮膜の維持に悪影響がない限り特に制限がないことが記載され、さらに同【0064】、【表5】には、実施例No.2,3として、電気めっきを施した後、熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃、3分間行ったものについて均一な酸化皮膜が形成されたことが記載されているところ、電気めっきにおいてはめっき層は加熱されないことから、上記実施例はいずれも熱間プレスに先立つ加熱前に予め酸化皮膜が形成されていない場合であって、この場合の酸化皮膜は、熱間プレスのための加熱(大気炉で850℃、3分間)により形成されたものと理解することができる。
そうすると、本件特許発明の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は、熱間プレスの加熱前に、予め形成されている場合、ある程度形成されていてその後熱間プレスの加熱時に形成が進む場合、予め形成されていないが熱間プレスの加熱により形成される場合のいずれでもよいことから、その形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当である。したがって、本件特許発明1及びこれを引用する本件特許発明2ないし6並びに本件特許発明7の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期は、本件特許明細書の発明の詳細な説明を参照すれば、「熱間プレスの直前まで」として明確であるというべきである。
したがって、「酸化皮膜」の形成時期も、本件特許明細書の記載を参照すれば明確であり、この点でも明確性要件違反の無効理由は成り立たない。

エ 請求人は、「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期に関し、特に、本件特許明細書の【0018】に「熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。」と記載されていることを根拠にして、「700℃よりも低い温度でバリア層が形成されていることが必須要件であることになる。」と主張する(口頭審理陳述要領書4頁21?26行)が、前記ウのとおり、その形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当であり、例えば、850℃に加熱して熱間プレスを行う場合には、必ずしも700℃よりも低い温度でバリア層が形成されている必要はなく、850℃に加熱してなされる熱間プレスの直前までに形成されれば足りると解すべきである。

オ 請求人は、「800℃以上の温度で亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜が形成されるような鋼板」について、「その鋼板が本件発明の技術的範囲に属するか否かは、現実に熱間プレスされるまで不明であることになる。これは、第三者に不測の不利益を及ぼす可能性が大きいことを意味する。」とも主張する(口頭審理陳述要領書5頁7?11行)が、現実に熱間プレスしてもなお、その属否が不明であるというものではない以上、第三者に不測の不利益を及ぼす可能性が大きいことにはならないから、かかる主張をもって直ちに明確性要件違反であるということはできない。

カ なお,請求人は,「仮に熱間プレスに先立つ加熱前に酸化皮膜が存在しなくても良いとすると,本件特許発明は従来公知の亜鉛めっき鋼板などを熱間プレスすることで必然的に実施されるので、本件特許発明が新規な物の発明であるとすれば、何らかの処理があったと解すべき」、との趣旨の主張もする(審判請求書10頁12?16行)が、熱間プレスに先立つ加熱前に酸化皮膜が存在するか否かと、本件特許発明が新規な物の発明であるか否かは、関係のない事実である。請求人は、「本件特許発明は従来公知の亜鉛めっき鋼板などを熱間プレスすることで必然的に実施される」ということを、上記の主張の根拠とするようであるが、単に、亜鉛めっき鋼板が従来公知の物であったという事実と、熱間プレスというプレス方法が公知であったという事実とが別個に存在することをもって、直ちに本件特許発明の特許性が否定されるものではない。
すなわち、前記2.(1)及び(2)のとおり、亜鉛めっき鋼板について熱間プレスを施すということ自体が、従来の公知の技術では考えられなかったことであり、それをあえて実施したところ、従来の技術常識では考えられなかった結果、すなわち、900℃以上に加熱しても加熱後に熱間プレスを行うことができ、しかも、プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから、それ自体すでに優れた耐食性を備え防錆処理を必要としない、熱間プレス鋼板になり得ることを見出したことに基づく発明が、本件特許発明である。そのため、亜鉛めっき鋼板が公知の物で、熱間プレスというプレス方法が公知の方法であったことが、それぞれ別個に存在しても、それのみにては本件特許発明の特許性を否定し得る事実とはならない。

(2)「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」について
ア 請求人は、「請求項中に「?用」といった、物の用途を用いてそのものを特定しようとする記載(用途限定)がある場合は、当該用途に適した形状、構造、組成等を意味すると解釈するか、用途発明と解釈するかのいずれかであることが明確でなければならない。しかるに、本件特許において請求項1に記載されている「700?1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用」の記載がいずれの意味で解釈されるべきものであるのかが明らかではない。 仮に、「700?1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用」という記載が当該用途に適した形状、構造、組成等を意味するのであれば、当該用途に適するものが通常備えるべき形状、構造、組成等が当業者に自明でなければならない(審査基準における「クレーン用」、「ピアノ線用」の例参照)。しかし、当業者の技術常識を参酌しても、「700?1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用」という記載によっていかなる形状、構造、組成等が特定されているのかを理解することができない。 他方、仮に、用途発明であると解釈するのであれば、本件特許発明は既知の亜鉛めっき鋼板の未知の属性を発見し、この属性により、その新たな用途への使用に適することを発見したことに基づく発明であることになるが、本件特許の明細書によれば、既知の亜鉛めっき鋼板を特定する十分な記載がなく、本件特許発明がいかなる意味で用途発明であるのかが明確ではない。すなわち、本件特許の明細書には次の記載がある。 ス 「しかしながら、さらに、その後種々の検討を重ねる内に、加熱することによりめっき層と鋼板とが合金化することで何らかの変化が見られるのではないかとの見解を得て予備試験として各種めっき組成および各種雰囲気で、実際に700?1000℃の温度に加熱を行い、次いで熱間プレスを行ったところ、それまでの予測に反して、一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。」(【0017】) 上記「ス」の記載と、前述した「オ」及び「サ」の記載(審決注;「オ」の記載は【0016】の記載「熱間プレスは700?1000℃という温度で加熱することを意味するのであって、この温度は、亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であって、そのような高温に加熱した場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。」であり、「サ」の記載は【0018】の記載「そこで、700?1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。このバリア層は、熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で、その後700?1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。」である。)を総合すると、従来公知の亜鉛めっき鋼板の「一部の材料」について未知の属性を発見し、その属性により、「700?1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用」という新たな用途に適することを発見したことも窺える。しかし、未知の属性が何であるのかは明確でないし、「一部の材料」をその他の材料と区別する基準も示されていない。 以上のとおりであるから、「700?1000℃に加熱されてプレスされる熱間プレス用」なる記載は不明確であることを免れない。」(請求書10頁下10行?11頁23行)と主張する。

イ しかし、前記2.(1)及び(2)に照らし、本件特許発明は、高温状態でプレス成形を行い、同時に後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく、もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いて熱間プレス成形を行うというアイデアに基づき、耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想し、さらに、亜鉛系めっき鋼板を700?1000℃の温度に加熱してから熱間プレスを行っても予想外に表面性状が良好である条件を求めたことによってなされたものであり、その発明特定事項の全てである、「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」、「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を」、「鋼板表面に有する」、「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。」あるいは「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼材」をもって把握されるべきであるから、その一部の発明特定事項である「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」との部分は、「耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板」としての「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」をその表面に有する鋼板が、「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」ものとなる処理として(特定条件下でのプロセスに供されることとして)特定された事項であることが明らかである。すなわち、本件特許発明は、従来公知の亜鉛系めっき鋼板に内在していた予想外の作用効果を発揮し得る条件下での加熱・プレス・焼き入れに供される新規な物として特定されたものである。したがって、「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」との部分のみを取り上げて、これが請求人の主張する構成と用途のいずれに該当するかをことさら論ずるまでもなく、明確性要件に違反するということはできない。

ウ 請求人は、特に、本件特許明細書の【0016】に「熱間プレスは700?1000℃という温度で加熱することを意味するのであって、この温度は、亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であって、そのような高温に加熱した場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。」と記載されていることを根拠にして、「700℃以上であっても、めっき層の融点以下で熱間プレスが行われる場合」には、本件特許発明の「実施にはならないはずである」と主張し、さらに、本件特許発明が「物の発明であることを考慮すると、熱間プレスが881℃を超える温度で行われた場合にだけ」本件特許発明の「実施になると解釈することも困難である。融点が881℃の金属間化合物(γ相)である亜鉛-ニッケルめっきを881℃以下であって、その近傍まで加熱すれば、当然に表面に酸化皮膜が形成されているはずである。その酸化皮膜は、当該鋼板がさらに881℃を超えて加熱されるか否かとは無関係に形成されている。したがって、881℃以下の温度であっても、当該酸化皮膜は、「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」であるか否かのいずれかであり、そのいずれであるかは、特許請求の範囲の記載に基づいて判断できなければならない。しかし、特許請求の範囲の記載はもちろんのこと、明細書の記載に基づいても、この結論を導き出す手掛かりは存在しない。したがって、本件特許請求の範囲の記載は不明確であ」るとも主張する(審判事件弁駁書6頁3?22行)。
しかし、前記2.(1)及び(2)に照らすならば、当業者は、本件特許発明が「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有する」熱間プレス用鋼板ないし鋼材であるから、700℃以上で1000℃以下の温度範囲で、かつ、めっき層から亜鉛の蒸発が生じ得る温度範囲(めっき層の融点以上の温度範囲)で熱間プレスが行われることを前提とするものであると理解するというべきである。
よって、上記主張は採用することができない。

(3)小括
以上のとおりであるので、請求人が主張する無効理由1は理由がない。

4.取消事由2(サポート要件及び/又は実施可能要件)について
請求人は、前記第3の1.(2)無効理由2(サポート要件及び/又は実施可能要件)のとおり、「6種の亜鉛合金めっき層のうち、3種(Zn-Cr、Sn-Zn、Zn-Mn)は実施例がなく、実施例が存在する3種(Zn-Ni、Zn-Co、Zn-Al-Mg)も組成が広範であり、いかなる組成のめっき層をいかなる条件で加熱した場合に「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されるか、とのサポート要件違反及び/又は実施可能要件違反がある旨主張する。この点で、本件特許発明1?7は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、及び/又は、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。」と主張する。
しかし、以下のとおり、請求人の主張を採用することはできないから、無効理由2は成り立たない。

(1)いかなる組成のめっき層をいかなる条件で加熱した場合に「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されるか、とのサポート要件違反及び/又は実施可能要件違反について
ア 請求人は、本件特許発明において列挙された合金めっき層のそれぞれについて検討する必要があるとして、6種のめっき層が組成を限定することなく特定されていること、本件特許明細書には、スズ-亜鉛合金としてスズ-8%亜鉛合金めっきが例示されているから、亜鉛が従たる合金元素であって添加元素が主たる合金元素の場合も含まれることを前提として、実施例が記載されていないものについては勿論のこと、実施例が記載されているものについてさえも、「いかなる組成のめっき層をいかなる条件で加熱した場合に「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されるかについて、サポート要件も実施可能要件も満たされていない、と主張する(審判事件弁駁書7頁18行?8頁2行)。

イ 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
そこで、特許請求の範囲の記載と本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比するに、本件特許発明の特許請求の範囲の記載は前記第2のとおりである。そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、前記2.(1)及び(2)のとおり、本件特許発明は、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供することを目的とし(【0014】、【0015】)、かかる課題を解決する手段として、亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱してめっき層表面に亜鉛の酸化皮膜を形成することで、これが下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として作用し、同時にめっき層は合金化が進み、それにより高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止し、鋼板の鉄酸化物形成を抑制するため、加熱後に熱間プレスを行うことができ、このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後において母材である鋼板との密着性が良好であり、しかも、プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから、それ自体既に優れた耐食性を備え、後処理としての防錆処理を必要としないという作用効果が得られるものであり(【0016】?【0020】、【0028】)、発明の実施の形態として、素地鋼材の組成等(【0029】、【0030】、【0034】)、亜鉛系めっき層のめっき操作方法、亜鉛合金めっきの種類、めっき付着量及び亜鉛系めっき層の組成等(【0035】?【0040】)、鋼板の加熱方法及び加熱条件並びに熱間プレスの方法等(【0042】?【0045】、【0047】、【0048】)が記載され、さらに、成形後のめっき層の密着状態の判定方法、塗膜密着性及び塗装後耐食性の評価方法(【0050】?【0055】)が記載された上で、参考例1ないし3については、加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され、成形性、塗膜密着性、耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0056】?【0063】、【0066】)が記載され、実施例として、「亜鉛-ニッケルめっき」及び「亜鉛-コバルトめっき」については電気めっき後に、「亜鉛-アルミめっき」については溶融めっき後に、いずれも熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃、3分間行ったところ、加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され、成形性、塗膜密着性、耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0064】?【0066】)、これに対して、比較例として、亜鉛系めっきを付着させないCr-Mo鋼、冷延鋼板及びステンレス鋼については、いずれも均一な酸化皮膜が形成されず、鋼板に酸化物が形成され、黒色化して酸化物が剥離し、プレス成形時に押し込み疵が生じ、塗膜密着性、耐食性も評価基準を満たさなかったこと(【0056】、【0057】)が記載されている。
以上のように、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明において、亜鉛系めっき鋼板の表面に酸化皮膜が形成されることにより、鋼板の酸化が防止され、成形性、塗膜密着性、耐食性に優れた熱間プレス鋼板となることが記載されており、また、亜鉛系めっき鋼板の表面に酸化皮膜が形成されることによって、皮膜の下のめっき層の亜鉛の蒸発が防止されることも、当業者であれば理解できるように記載されている。したがって、本件特許明細書には、鋼板の亜鉛系めっきの表層に酸化皮膜が形成されることによって、本件特許発明の上記課題が解決されることが記載されているから、本件特許発明は、本件特許明細書の記載により、当業者が本件特許発明の上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができ、サポート要件を充足するというべきである。

ウ そして、前記2.(1)及び(2)に照らし、本件特許発明における鋼板ないし鋼材は、「耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板」が「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」ものになる処理として「700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」熱間プレス用鋼板ないし鋼材であることが理解されるところ、本件特許発明は、そのような亜鉛系めっき鋼板ないし亜鉛系めっき鋼材として、本件特許明細書の記載に基づいて、「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」をその表面に有することを特定するものであることも明らかである。
したがって、本件特許発明は、これら6種の亜鉛合金めっき層の実施例の有無や組成範囲の広狭にかかわらず、前記イのとおり、当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができ、サポート要件を充足するというべきである。
よって、この点で、本件特許発明が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないということはできない。

エ また、前記イのとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、発明の実施の形態として、素地鋼材の組成等(【0029】、【0030】、【0034】)、亜鉛系めっき層のめっき操作方法、亜鉛合金めっきの種類、めっき付着量及び亜鉛系めっき層の組成等(【0035】?【0040】)、鋼板の加熱方法及び加熱条件並びに熱間プレスの方法等(【0042】?【0045】、【0047】、【0048】)が記載され、さらに、成形後のめっき層の密着状態の判定方法、塗膜密着性及び塗装後耐食性の評価方法(【0050】?【0055】)が記載された上で、参考例1ないし3については、加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され、成形性、塗膜密着性、耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0056】?【0063】、【0066】)が、実施例として、「亜鉛-ニッケルめっき」及び「亜鉛-コバルトめっき」については電気めっき後に、「亜鉛-アルミめっき」については溶融めっき後に、いずれも熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃、3分間行ったところ、加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され、成形性、塗膜密着性、耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0064】?【0066】)が、これに対して、比較例として、亜鉛系めっきを付着させないCr-Mo鋼,冷延鋼板及びステンレス鋼については、いずれも均一な酸化皮膜が形成されず、鋼板に酸化物が形成され、黒色化して酸化物が剥離し、プレス成形時に押し込み疵が生じ、塗膜密着性、耐食性も評価基準を満たさなかったこと(【0056],【0057】)が、それぞれ記載されている。
そうすると、当業者であれば、かかる本件特許明細書の記載及び本件特許の出願日当時の技術常識に基づいて、本件特許発明を実施することが可能であったというべきである。

(2)亜鉛-12%ニッケル合金について
ア 請求人は、本件特許明細書の【0066】【表5】の「No.2」の例は、「亜鉛-12%ニッケルめっき」であるところ、甲第2号証によれば、これは金属間化合物であるγ相単相析出に対応するニッケル含有量10?16%の領域内にあるから、その融点が881℃であり、熱間プレスに先立つ加熱温度850℃では溶融しない、したがって、本件特許明細書の【0016】に記載された「めっき層は溶融し、表面より流出し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなる」との予測は外れており、めっき層の溶融、流出、表面性状劣化という課題が「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」によって解決されたことにはならない、その意味で、サポート要件違反及び/又は実施可能要件違反があると主張する(審判請求書14頁下7行?15頁下4行、審判事件弁駁書10頁1行?11頁16行)。

イ まず、「亜鉛-12%ニッケルめっき」が熱的に安定な金属間化合物層であるγ相の単相析出に当たるか否かはともかく、前記アの請求人の主張は、本件特許発明は、めっき層について、その組成範囲を特定することなく、「亜鉛-ニッケル合金めっき層」と特定するから、γ相を含む態様を排除するものではない、したがって、本件特許発明のうち、γ相単相析出に該当する「亜鉛-ニッケル合金めっき層」については、γ相の融点である881℃に満たない加熱温度域(700?881℃未満)、特に700℃に近い加熱温度の下で実施される熱間プレスにおいては、熱的に安定な金属間化合物相として存在し続け、液化・蒸発は生じない、あるいは、どのような状態になるのか明確でない、その点で本件特許明細書の【0016】に記載された予測のとおりにはならない、その意味で、課題は解決されずサポートされていない、あるいは、実施可能でない、というものであると善解することができる(平成29年4月7日付け上申書5頁20?29行)。

ウ そこで、検討するに、本件特許発明の解決すべき課題は、前記(1)イのとおり、耐食性確保のための後処理を必要とせずに、難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし、同時に耐食性をも確保できる技術を提供することであるから、本件特許明細書の【0016】に記載された、本件特許発明を完成するに至る過程における一時的な予測のとおりにはならないことをもって、本件特許発明の解決すべき課題が解決されないとする請求人の主張は、その予測と本件特許発明の解決すべき課題とが一致するものではない点で前提を欠くということができる。予測の当否と解決すべき課題が結果的に解決されることとは別個のことであるが、仮に、本件特許明細書の【0016】に記載された予測は、その内容が本件特許発明を完成するに至る過程において克服されるべきものとして位置付けられているから、本件特許発明の解決すべき課題に包含されるものであると善解するとしても、次のとおり、この点の主張は、採用することができないものである。
甲第3号証及び/又は乙第3号証によれば、二元系の亜鉛-ニッケル合金においては、881℃未満の温度域において熱的に安定な金属間化合物相であるγ相が存在することは当業者において周知であるということができる。そうであれば、本件特許明細書に接した当業者は、本件特許発明のうち、亜鉛-ニッケル合金めっき層の態様を実施する場合には、このγ相の組成範囲にある亜鉛-ニッケル合金めっき層の態様については、そのめっき鋼板ないし鋼材が確実にその「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」ものになる処理として、881℃より高温で1000℃以下の加熱温度を採用するべきであることを当然に理解し、実施することができる。また、881℃以下(700℃以上)の加熱温度であっても、「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」鋼板ないし鋼材になることを確認できれば、その温度においても実施することができるのは勿論であるし、そのように理解するものというべきである。
この点の主張は、亜鉛-12%ニッケル合金に固有の問題点としてではなく、前記(1)に関連する問題点として、すなわち、本件特許明細書の【0016】に記載された予測と本件特許発明の解決すべき課題との関係の問題点として、予測は正しくなかったこと、すなわち、「亜鉛の蒸発防止」という課題そのものが存在しなかったことを主張するものであるとしても(審判請求書12頁26行?13頁11行(及び同15頁4?24行))、上記と同様に、当業者であれば、本件特許発明に係る亜鉛めっき鋼板ないし鋼材が確実にその「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」ものになる処理として、700℃以上で1000℃以下の加熱温度範囲の中の適当な温度を採用するべきであることを当然に理解し、実施することができる、ということができる。
したがって、いずれにせよ、この点の主張については、結局、前記(1)イ?エと同様に、当業者が、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項及び本件出願時の技術常識に基づいて、本件特許発明の課題を解決することができると認識することができ、また、実施することができるものであるということができ、採用することができないものである。

(3)小括
以上のとおりであるので、請求人が主張する無効理由2は理由がない。

5.無効理由3(拡大先願;29条の2)について
請求人は、主位的に前記無効理由2(サポート要件及び/又は実施可能要件)を主張し、予備的な主張として、前記第3の1.(3)無効理由3(拡大先願)のとおり、本件特許発明は、「甲第1号証の実施例2と実質的に同一の範囲内にある発明を含むという拡大先願による新規性要件違反がある。この点で、本件特許発明1?7は、特許法第29条の2に規定する要件に該当する。したがって、本件特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。」と主張する。
しかし、以下のとおり、請求人の主張は採用することができないから、無効理由3は成り立たない。
(1)先願発明
甲第1号証によれば、先願明細書には、前記1.(1)のとおりの記載があるところ、特に、前記(甲1ウ)の【0019】及び(甲1エ)によれば、所定の元素の重量組成をもつ鋼板に「亜鉛被膜」だけでなく、「亜鉛-アルミニウム合金被膜」が両面に連続的にめっきされている鋼板も開示されているから、先願明細書には、次の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されているということができる。
「以下の重量組成をもつ
炭素:0.15%-0.25%
マンガン:0.8%-1.5%
ケイ素:0.1%-0.35%
クロム:0.01%-0.2%
チタン:0.1%以下
アルミニウム:0.1%以下
リン:0.05%以下
イオウ:0.03%以下
ホウ素:0.0005%-0.01%
鋼板に亜鉛又は亜鉛-アルミニウム合金被膜が両面に連続的にめっきされ、成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し、プレス成形で焼入れする鋼板」

(2)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と先願発明との対比
(ア)先願明細書には、めっきされた亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜が酸化皮膜を有することについての明示的な記載はない。
しかし、例えば、前記1.(2)(甲4ア)のとおり、甲第4号証には、溶融亜鉛めっき鋼板の酸化皮膜に関して、「Znめっき浴中に所定量の特定の金属を含有させてめっき後、合金化炉を用いて所定の加熱条件化でZn-Fe合金化と共に酸化膜を形成させること」が記載されている。このように、溶融亜鉛めっき鋼板の亜鉛めっき層が大気雰囲気中で加熱されるとその表面が酸化して酸化皮膜が形成されることは、当業者において周知の事項であるから、先願発明のように、亜鉛又は亜鉛-アルミニウム合金被膜が両面に連続的にめっきされた鋼板は、950℃の大気雰囲気中においては、その表面が酸化して酸化皮膜が形成されることは、当業者であれば容易に理解できる事項である。この点、請求人は、甲第4号証(前記(甲4イ))には、添加する金属の例として、「Zr、Mg、Ni、Pb、Sb」が例示されているから、適宜の合金元素を添加した亜鉛合金めっき層を加熱した場合に酸化皮膜を生ずることは当然の自然現象であるにすぎないとも主張する。(請求書17頁16行?18頁3行)
したがって、本件特許発明1と先願発明とは、「表層に酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層」を鋼板表面に有する点で共通するということができる。
(イ)先願発明の「950℃でオーステナイト化」することは、950℃に加熱することであるから、本件特許発明1の「700?1000℃に加熱」とは、「950℃に加熱」する点で一致する。
(ウ)先願発明は、型打ち処理としての熱間成形に供されるプレス成形用の鋼板であるから、本件特許発明1の「熱間プレス用鋼板」と一致する。

イ 本件特許発明1と先願発明との一致点及び相違点
そうすると、本件特許発明1と先願発明との一致点及び相違点は、以下のとおりであると認められる。
(ア)一致点
表層に酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層を鋼板表面に有する950℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス鋼板
(イ)相違点
「表層に酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層」に関し、本件特許発明1では、「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する」酸化皮膜を備えた「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」であるのに対し、先願発明では、「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム合金被膜」である点(以下、単に「相違点」という。)。

ウ 相違点について
本件特許発明1における亜鉛合金めっき層は、「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」である。これに対して、先願発明の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム合金被膜」を形成するめっき層としては、先願明細書の【請求項3】、【0007】、【0014】(前記(甲1ア)、(甲1ウ))に、「亜鉛又は亜鉛ベース合金」として、亜鉛をベースとして含む合金一般を広く意味する記載があるが、先願明細書において、「亜鉛ベース合金」として具体的に亜鉛以外の組成を含む合金として開示されているのは、「亜鉛-鉄」、「亜鉛-アルミニウム」及び「亜鉛-鉄-アルミニウム」の3種であって、本件特許発明1記載の上記合金に係る記載はない。
ところで、合金は、その構成(成分及び組成範囲)から、どのような特性を有するか予測することは困難であり、また、ある成分の含有量を増減したり、その他の成分を更に添加したりすると、その特性が大きく変わるものであって、合金の成分及び組成範囲が異なれば、同じ製造方法により製造したとしても、その特性は異なることが通常である(平成25年2月20日言渡し(平成24年(行ケ)10151号)判決(知財3部)、平成27年9月3日言渡し(平成26年(行ケ)10201号)判決(知財4部)。)。そうすると、先願明細書には、本件特許発明1において特定されている上記のめっき合金が具体的に開示されていない以上、先願明細書に、先願発明の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」を形成する合金として、本件特許発明1において特定されている上記のめっき合金が記載されている又は記載されているに等しいということはできない。そして、この点は、相違点を構成する残りの部分、すなわち、亜鉛を含むめっき層が備える酸化皮膜が「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する」によって変わるものではない。
したがって、相違点は、実質的な相違点であって、先願明細書に記載された発明は本件特許発明1と同一ではない。

エ 請求人の主張について
(ア)請求人は、次のとおり主張する。
(a)本件特許発明を文字どおりに解釈した場合には、甲第1号証に基づく特許法第29条の2の無効理由が解消されていることになる。しかしながら、本件特許発明を文字どおりに解釈した場合には、組成範囲の限定もなく、特定の元素を選択した理由も明細書に記載がないから、サポート要件違反及び/又は実施可能要件違反の無効理由が成り立つことになる。
(b)他方、本件特許明細書【0040】(前記(本オ))の記載「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、純亜鉛めっき層であっても、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」に基づいて、本件特許発明は純亜鉛めっき層に周知の添加元素を周知の目的のために周知の添加量の範囲で添加したものであるならば、甲第1号証記載の発明に周知技術を適用しただけのものであるから、甲第1号証記載の発明と実質的に同一の範囲にあることになる。特に、「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層」については、本件特許明細書の【表5】の例No.8が実施例となっているが、例No.8においてアルミニウム含有量が55%と特定されていながら、マグネシウム含有量が特定されていないのみならず、マグネシウムを添加する理由も効果も記載されていない。他方で、甲第1号証の実施例2においで、45?50%亜鉛-50?55%アルミニウムの被膜が記載されている。そうすると、本件特許明細書の【表5】の例No.8は、単に、甲第1号証の実施例2においてアルミニウム含有量を55%として、さらに「合金元素をその目的に応じて適宜量添加した」ものに該当するが、合金元素としてマグネシウムを選択した目的も、その添加量も特定されていないものである。したがって、本件特許発明には、甲第1号証の実施例2に微量のマグネシウムを添加しただけで、それによる合金特性の変化がほとんどないものも含まれていることになるから、甲第1号証の実施例2と実質的に同一の範囲内にある発明を含むことになる。
(イ)しかし、本件特許発明について、サポート要件違反及び/又は実施可能要件違反の無効理由2が成り立たないことは、前記4.のとおりであるから、請求人の前記主張(a)は採用することができない。なお、本件特許の記載要件適合性は、先願発明の記載要件適合性に左右されるものではない。
また、前記主張(b)は、先願明細書の記載に依拠したものではなく、本件特許明細書の記載、特に【0040】の記載を根拠にして、本件特許発明が「純亜鉛めっき層に周知の添加元素を周知の目的のために周知の添加量の範囲で添加したものである」ことを前提とする主張であるが、本件特許発明1は、前記第2のとおり、その合金めっき層が「亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」であるから、その前提において誤りがある。そして、本件特許発明1と先願発明には、実質的な相違点があり、本件特許発明1が先願明細書に記載された発明と同一であるということができないことは、前記アないしウのとおりである。
本件特許発明は、前記2.(2)のとおり、耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想したが、熱間プレスは700?1000℃という亜鉛系めっき金属の融点以上の温度で加熱することを意味し、このような場合、めっき層は溶融し、表面より流失し、あるいは溶融・蒸発して残存しないか、残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測されたところ、実際に700?1000℃の温度に加熱を行い、次いで熱間プレスを行ったところ、予測に反して、一部の材料について問題なく熱間プレスを行えることが判明したことから、亜鉛系めっき鋼板を700?1000℃の温度に加熱してから熱間プレスを行っても、めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が、下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されるとともに、めっき層は合金化か進み、それにより高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止し、かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制するため、表面性状が良好な熱間プレス鋼板を見いだした発明である。
そうすると、一般的に、鋼板に亜鉛系合金のめっき層を付けるに当たり、目的に応じて適宜の合金元素を適宜量添加することが本件特許出願前から周知技術に属するものであって、一般的な亜鉛系合金めっき又は自動車用鋼板に用いる亜鉛系合金めっきとして、Zn-Ni、Zn-Co、Zn-Mn、Zn-Cr等の合金めっきが周知であったとしても、700?1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板に使用するために、亜鉛系合金めっき層に適宜の合金元素を適宜量添加することが周知であったということはできず、また、Zn-Ni、Zn-Co、Zn-Mn、Zn-Cr等の合金めっきを、かかる熱間プレス用鋼板に使用できることが周知であったということもできない。そして、本件特許明細書の【0040】には、同段落記載の合金元素を目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であっても、本件特許発明の熱間プレス用鋼板のめっき層として使用できる旨の記載があるが、これが本件特許の出願日当時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、先願明細書の記載及び本件特許の出願日当時の技術常識を勘案しても、先願明細書には、本件特許発明1において特定されているめっき合金が具体的に開示されていない以上、先願明細書に、先願発明の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」を形成する合金として、本件特許発明1において特定されているめっき合金が記載されている又は記載されているに等しいということはできない。
また、本件特許発明1において亜鉛めっきに添加する元素として特定されたNi、Co、Cr、Al-Mg、Sn、Mnの6種類について、本件特許明細書に各元素によって達成される作用効果の記載や、これら6種類の元素を添加した合金に共通する性質の記載、本件訂正明細書の【表5】に、No.1?8の実施例の相互の優劣及び添加元素の添加理由の記載が、いずれもされていないからといって、先願明細書に本件特許発明1において特定されているめっき合金が記載されている又は記載されているに等しいことにつながるものではない。
したがって、請求人の前記主張(b)も採用することができない。

(3)本件特許発明2ないし6について
本件特許発明2ないし6は、本件特許発明1の発明特定事項の全てをその発明特定事項として含むから、本件特許発明1についての前記(2)の説示は、全て本件特許発明2ないし6にも妥当する。また、本件特許発明7は、本件特許発明1の「熱間プレス用鋼板」が「熱間プレス用鋼材」である点以外は、本件特許発明1の発明特定事項の全てをその発明特定事項として有するから、本件特許発明1についての前記(2)の説示は、全て本件特許発明7にも妥当する。

(4)小括
以上のとおりであるので、本件特許発明は、特許法29条の2の規定に違反して特許されたものではなく、無効理由3は理由がない。

第6 むすび

以上のとおり、請求人が主張する無効理由はいずれも理由がなく、本件審判の請求は成り立たない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、審判請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-05-30 
結審通知日 2017-06-05 
審決日 2017-06-16 
出願番号 特願2001-264591(P2001-264591)
審決分類 P 1 113・ 16- Y (C22C)
P 1 113・ 536- Y (C22C)
P 1 113・ 537- Y (C22C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小柳 健悟松本 要  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 小川 進
板谷 一弘
登録日 2004-08-06 
登録番号 特許第3582504号(P3582504)
発明の名称 熱間プレス用めっき鋼板  
代理人 増井 和夫  
代理人 齋藤 誠二郎  
代理人 近藤 惠嗣  
代理人 橋口 尚幸  
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