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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
管理番号 1352320
異議申立番号 異議2018-700923  
総通号数 235 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-07-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-16 
確定日 2019-06-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第6324498号発明「炭素コーティングされた電気化学的に活性な粉末」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6324498号の請求項1ないし18に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6324498号(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2016-519915)は,2014年(平成26年) 9月17日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2013年10月 2日,欧州特許庁(EP))を国際出願日とする出願であって,平成30年 4月20日にその特許権の設定登録がされ,同年 5月16日に特許掲載公報が発行された。その後,同年11月16日に,本件特許について,特許異議申立人増山美紀(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ,当審が,平成31年 1月17日付で取消理由を通知したところ,特許権者より,同年 4月22日付で意見書が提出されたものである。

2 本件発明
本件特許の請求項1?18に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」?「本件発明18」といい,まとめて単に「本件発明」という。)は,特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。

「【請求項1】
コーティング層を備える核を含有する粒子を含む電気化学的に活性な粉末であって、前記核は式Li_(a)M_(m)(XO_(4))_(n)により表される化合物を含有し、式中、Mは少なくとも1種の遷移金属及び所望により少なくとも1種の非遷移金属を含み、かつXはS、P、及びSiから選択され、式中、0<a≦3.2、1≦m≦2、及び1≦n≦3であり、前記粒子は前記コーティング層により少なくとも部分的にコーティングされ、これにより前記コーティング層は炭素質材料を含み、前記炭素質材料は高度に規則的な黒鉛を含み、前記高度に規則的な黒鉛は、少なくとも1.5かつ最大3.05の、ラマンスペクトル分析により得られた1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))を有し、前記粒子は、500℃?800℃の焼成温度での焼成により得られたものである、電気化学的に活性な粉末。
【請求項2】
XがPである、請求項1に記載の粉末。
【請求項3】
Mが、鉄、マンガン、バナジウム、チタン、モリブデン、ニオブ、タングステン、亜鉛及びこれらの組み合わせから成る群から選択される、請求項1又は2に記載の粉末。
【請求項4】
前記化合物が、式LiMPO_(4)を特徴とし、式中、Mは遷移金属の第一列に属する金属である、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項5】
前記化合物が、式Li_(a)M_(1-y)M’_(y)(XO_(4))_(n)を特徴とし、式中0≦a≦2、0≦y≦0.6及び1≦n≦1.5であり、式中、Mは周期表の遷移金属の第一列、又は遷移金属の第一列の組み合わせであり、M’はMg^(2+)、Ca^(2+)、Al^(3+)、Zn^(2+)又はこれらと同じ元素の組み合わせから選択される、原子価が一定の元素である、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項6】
前記化合物が、式Li_(a)(M,M’)PO_(4)を特徴とし、式中0≦a≦1であり、MはMn、Fe、Co、Ni、及びCuからなる群から選択される1種以上の金属であり、かつM’はNa、Mg、Ca、Ti、Zr、V、Nb、Cr、Zn、B、Al、Ga、Ge、及びSnからなる群から選択される任意の代替的な金属である、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項7】
前記化合物が、式Li_(u)M_(v)(XO_(4))_(W)(u=1、2、又は3、v=1又は2、w=1又は3)を特徴とし、MがTi_(a)V_(b)Cr_(c)Mn_(d)Fe_(e)Co_(f)Ni_(g)Sc_(h)Nb_(i)の式を有し(a+b+c+d+e+f+g+h+i=1)、かつXがP_(1-x)S_(x)(0≦x≦1)である、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項8】
前記化合物が、式Li_(1+x)M_(m)(XO_(4))_(n)を特徴とし、式中、0<x≦0.2、m=1、及び1≦n≦1.05であり、かつMが鉄、マンガン、バナジウム、チタン、モリブデン、ニオブ、タングステン、亜鉛及びこれらの組み合わせからなる群から選択される遷移金属である、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項9】
I_(1360)/I_(1580)が最大2.10である、請求項1乃至請求項8のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項10】
前記炭素質材料を含む前記層が少なくとも2nmの厚みを有する、請求項1乃至請求項9のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項11】
前記Li_(a)M_(m)(XO_(4))_(n)が、XRDデータのリートベルト法により測定された、最大90nmの結晶寸法を有する、請求項1乃至請求項10のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項12】
前記核の化合物が、式Li_(1+x)FePO_(4)により表され、式中、xは少なくとも0.01であり、前記コーティング層が少なくとも3nmの厚みを有し、前記炭素質材料が高度に規則的な黒鉛を含み、前記高度に規則的な黒鉛が最大3.00の、ラマンスペクトルにより得られた1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))を有する、請求項1乃至請求項3及び請求項9乃至請求項11のいずれか一項に記載の粉末。
【請求項13】
請求項1乃至請求項12のいずれか一項に記載の電気化学的に活性な粉末及び結着剤を含有する組成物を含む電極材料。
【請求項14】
少なくとも2つの電極及び少なくとも1種の電解質を含有する電気化学セルであって、前記電極の少なくとも1つが、請求項13に記載の電極材料を含む、電気化学セル。
【請求項15】
少なくとも1つの、請求項14に記載の電気化学セルを含有する電池。
【請求項16】
請求項15に記載の電池を含有する装置であって、ポータブル電子デバイス、ポータブルコンピュータ、タブレット、携帯電話、電動車両及びエネルギー貯蔵システムからなる群から選択される装置。
【請求項17】
請求項1乃至請求項11のいずれか一項に記載の炭素コーティングされた電気化学的に活性な粉末の製造方法であって、前記粉末が、式Li_(a)M_(m)(XO_(4))_(n)により表される化合物を含有する粒子を含み、式中、0<a≦3.2、1≦m≦2、及び1≦n≦3であり、Mは少なくとも1種の遷移金属、及び場合により少なくとも1種の非遷移金属を含み、かつXはS、P、及びSiの中から選択され、前記方法が、
i.以下の前駆体:
a.Li源、
b.M元素源、
c.X元素源、及び
d.炭素源、の混合物を提供する工程
(ここで、Li源、M元素源及びX元素源は、全体又は部分が、少なくとも1種の供給源となる元素を有する化合物の形態にて導入される)、
ii.前記混合物を焼結チャンバー内で、少なくとも500℃の焼結温度まで加熱し、
前記混合物を前記焼結温度にて第1の期間焼結する工程(ここで、不活性ガス流が前記チャンバーに供給される)、
iii.前記混合物の加熱の前又は間、及び前記混合物の焼結の前又は間に、前記焼結チャンバー内に蒸気をある注入時間にわたって連続的に注入することにより、前記化合物を含有する粒子を製造する工程(ここで、前記粒子は高度に黒鉛化した炭素を含有する炭素質材料により、少なくとも部分的にコーティングされている)、並びに
iv.前記粉末を冷却する工程、
を含む、製造方法。
【請求項18】
XがPである、請求項17に記載の方法。」

3 当審が通知した取消理由について
(1)取消理由の概要
当審が通知した取消理由の要旨は,本件特許は,特許請求の範囲の記載が下記の点で,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである,というものである。
すなわち,請求項1に記載された「ラマンスペクトル分析により得られた1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))」について,一般に,それぞれのピークの高さを用いて算出する場合と,それぞれのピークの面積(積分値)を用いて算出する場合があるところ,どちらの算出方法を用いて算出した場合であるのかが明確でなく,また,発明の詳細な説明を参酌しても,具体的にどのように算出するのか記載されておらず,明確でない。よって,請求項1及び請求項1を引用する請求項2?18は,特許を受けようとする発明が明確でない。

(2)当審の判断
例えば,サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社「IRとラマン分光法におけるカーブフィッティング:線形の基礎理論と応用」(2007年,https://assets.thermofisher.com/TFS-Assets/CAD/Application-Notes/M16001IR.pdf)によれば,ピーク高さは解析が容易であるため定量によく用いられてきたが,ピークがブロードになると変化してしまうのに対し,ピーク面積は分子の合計数が一定であれば変化しないことが示されており,スペクトル上で一定の広がりを持つピークについて「ピークの強度」という場合,厳密な意味の「ピークの強度」が,当該ピーク全体にわたって信号強度を積算した値(すなわちピークの面積)を意味することは技術常識であるということができるから,ラマンスペクトル上で一定の広がりを持つピークのピーク強度を求める場合,近似的に,ピークの高さを用いる場合があるとしても,本来的には,ピークの面積(積分値)を用いるべきものであると解される。
したがって,請求項1に記載された「ラマンスペクトル分析により得られた1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))」は,ラマンスペクトルにおけるI_(1580),I_(1360)各々のピークの面積(積分値)を用いて算出したものであると理解することができる。
よって,請求項1及び請求項1を引用する請求項2?18の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるといえるから,当審が通知した取消理由は解消した。
なお,特許権者は,平成31年 4月22日付意見書において同旨を主張し,同日付の「実験成績証明書」と称する書面を乙第1号証として提出するが,同書面は,いつ,誰が作成したものか不明であるため,書証としては採用することができない。ちなみに,乙第1号証には,本件特許の明細書に記載した実施例及び比較例では,サンプルの炭素構造を,ラマン分光により測定したこと,ラマンシフト800?2000cm^(-1)にわたって測定されたラマンスペクトルを,ガウス関数を用いて,1360cm^(-1)近傍のDバンド及び1580cm^(-1)近傍のGバンドの2つのピークに分割し,各バンドの積分面積を計算し,その比(積分強度比)を求めたことが説明されるとともに,その積分強度比が,実施例1では2.05,比較例1では4.68,比較例2では3.07であったことが記載されている。

4 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)申立理由の概要
申立人は,証拠として甲第1号証(特開2013-69566号公報,以下「甲1」という。)を提出し,以下の理由により,請求項1?18に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

ア 申立理由1(実施可能要件)
本件発明1?18に係る本件特許は,発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものである。
すなわち,比較実験1(比較例1)では,焼成温度が実施例1と同じ温度である,500?800℃の範囲内の温度であっても,本件発明で規定するピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))の範囲である1.5?3.05に含まれていない。そうであれば,たとえ,焼成温度が,500?800℃の範囲を満たすものであっても,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が1.5?3.05を満たすものと満たさないものがあることになり,本件発明を実施するには,当業者に対して,過度な試行錯誤を強いることになるから,本件特許の発明の詳細な説明は,本件発明を実施できるように明確かつ十分に記載したものでない(特許異議申立書12頁21行?15頁11行)。

イ 申立理由2(サポート要件)
本件発明1?18は,下記の点で,発明の詳細な説明に記載されたものではないから,その特許は特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものである。
(ア)本件発明1?18は,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が1.5?3.05を満たさないものも包含するものであり,発明の詳細な説明において開示された内容から拡張ないし一般化できるものではない(特許異議申立書15頁12行?16頁17行)。
(イ)ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))は,高さ比で算出するか,面積比で算出するかにより,大きく異なるものであるから,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が1.5?3.05の範囲内に収まったものであるとしても,本件発明1?18の中には電気化学的に活性な粉末を提供するという課題を解決することができないものを含む蓋然性が高い(特許異議申立書16頁18行?21頁23行)。

ウ 申立理由3(新規性)
本件発明1?6,8?16はいずれも,甲1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものである(特許異議申立書21頁最下行?37頁5行)。

(2)当審の判断
当審は,申立人が主張する前記(1)ア?ウは,いずれも採用できないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
ア 申立理由1(実施可能要件)について
(ア)本件特許の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
「【0069】
実施例1
Fe源としてFe_(3)(PO_(4))_(2)・8H_(2)O、Li及びPO_(4)源としてLi_(3)PO_(4)、並びに炭素源としてセルロースを含有するブレンドをN_(2)中にて240℃で、1時間乾燥させた。ブレンド中のLi:Fe比は1.06:1であった。割合M_(cellulose)/(M_(Li3PO4)+M_(Fe3(PO4)2・8H2O))は5.85重量%であった。
【0070】
乾燥後、蒸気注入用の注入口を備え、かつN_(2)/H_(2)(99:1、v/v)で構成される不活性ガス流を供給する炉の中にブレンドを移した。ブレンドを600℃の焼結温度まで加熱し、当該温度にて2時間焼結した。加熱速度は5℃/分であった。炉内への蒸気注入は、上記炉の加熱中に炉内の温度が250℃に到達したときに開始し、焼結工程まで中断することなく継続した。合計の蒸気注入時間は100分であった。蒸気の存在下における合計焼結時間は0.5時間となった。蒸気注入を実施した際の温度プロファイル及び表示を図2に示す。
【0071】
焼結後、得た粉末を5℃/分の冷却速度で室温まで冷却した。」

「【0075】
更に表1は、得た粉末のラマン分光法により得られた、ピーク強度の比率I_(1360)/I_(1580)を示す。上で詳述した通り、比率I_(1360)/I_(1580)は、炭素の黒鉛化度の指標である。比率I_(1360)/I_(1580)が低くなるほど、黒鉛化度、即ち、炭素層内の高度に規則的な黒鉛の量は大きくなる。実施例1は、炭素層が高度に規則的な黒鉛を多量に有することを示す、最も小さい比率I_(1360)/I_(1580)を示す。
【0076】
【表1】



(イ)上記各記載を参酌すると,本件発明1?16に係る粉末の実施例として,実施例1が記載されており,上記【0069】?【0071】には,実施例1の製造方法が記載されている。そうすると,当業者は,そのような実施例1に関する上記各記載に基づいて,本件発明1?16に係る粉末,及び本件発明17,18に係る製造方法を実施することができるといえる。

(ウ)また,申立人は,焼成温度が500?800℃の範囲を満たすものであっても,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が1.5?3.05を満たすものと満たさないものがあり,本件発明1を実施するには,当業者に対して,過度な試行錯誤を強いることになる旨主張している。
しかしながら,上記(イ)のとおり,少なくとも実施例1の記載に基づいて,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が2.05である粉末を製造することができるのであるから,当業者は,本件発明を実施することができるといえる。

(エ)以上から,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明を実施するのに明確かつ十分なものであって,実施可能要件を満たしているといえる。
したがって,申立人の上記主張を採用することはできない。

イ 申立理由2(サポート要件)について
(ア)発明が解決しようとする課題に関して,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。なお,下線は当審が付した。
「【0011】
したがって、許容され得る電気化学的性質を有しており、かつ高度に黒鉛化した炭素層でコーティングされている、リン酸リチウム系材料を含有する粒子等の、電気化学的に活性な粒子状物質を提供することが本発明の目的となり得る。本発明は、炭素コーティングされた電気化学的に活性な粒子状物質を含有する電極を提供することを更なる目的とし、上記コーティングは多量の黒鉛化炭素を含み、上記電極は、最適な特性を有する黒鉛化炭素を含む電池を提供する。」

上記記載によれば,本件特許の発明が解決しようとする課題(以下,単に「課題」という。)は,「許容され得る電気化学的性質を有しており、かつ高度に黒鉛化した炭素層でコーティングされている、リン酸リチウム系材料を含有する粒子等の、電気化学的に活性な粒子状物質を提供すること」であると認められる。

(イ)課題を解決するための手段に関して,本件特許の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。なお,下線は当審が付した。
「【0014】
本発明者らは、驚くべきことに、本発明の活性な粉末が含有する炭素質材料によるコーティング層は、高度に黒鉛化されており、かつ均一性が増していることを観察した。これらの有利な特性は、活性粉末の表面電子伝導率を向上させ、ひいては活性粉末を含有する電極の比容量を最適なものにし、かつ活性粉末を含有する電極のレート特性及びサイクル寿命を向上させ得る。最適化したコーティングを有することによる更なる利益は、充放電中の分極作用の低減、及び充放電中の活性粉末の高度安定性であり得る。」

「【0024】
本発明に従うと、本発明の粉末を形成する粒子は、高度に規則的な黒鉛を含有する炭素質材料を含む層でコーティングされている。本明細書において、炭素質材料とは例えば、炭素質材料の総量に基づいて60?100モル%の量で炭素を含有し、かつ好ましくは、室温で10^(-6)S/cm超の、好ましくは10^(-4)S/cm超の電子伝導率を有する、炭素が豊富な材料と理解される。電気化学的操作中に炭素の化学的不活性に干渉しなければ、炭素質材料中に他の元素が存在してもよく、このような元素は水素、酸素、窒素である。本明細書において、高度に規則的な黒鉛は、ラマンスペクトル分析により得られる、1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))が最大3.05である黒鉛と理解される。比率I_(1360)/I_(1580)は、最大2.80であることが好ましく、最大2.60であることがより好ましく、最大2.40であることが更により好ましく、最大2.20であることが更に一層好ましく、最大2.10であることが最も好ましい。比率I_(1360)/I_(1580)は少なくとも1.5であることが好ましく、少なくとも1.8であることがより好ましく、少なくとも2.0であることが最も好ましい。上記炭素質材料に含有される高度に規則的な黒鉛の量は、炭素質材料の総含有量に基づいて少なくとも22重量%であることが好ましく、少なくとも28重量%であることがより好ましく、少なくとも30重量%であることが最も好ましい。好ましい実施形態では、炭素質材料は本質的に、高度に規則的な黒鉛からなる。」

「【0069】
実施例1
Fe源としてFe_(3)(PO_(4))_(2)・8H_(2)O、Li及びPO_(4)源としてLi_(3)PO_(4)、並びに炭素源としてセルロースを含有するブレンドをN_(2)中にて240℃で、1時間乾燥させた。ブレンド中のLi:Fe比は1.06:1であった。割合M_(cellulose)/(M_(Li3PO4)+M_(Fe3(PO4)2・8H2O))は5.85重量%であった。
【0070】
乾燥後、蒸気注入用の注入口を備え、かつN_(2)/H_(2)(99:1、v/v)で構成される不活性ガス流を供給する炉の中にブレンドを移した。ブレンドを600℃の焼結温度まで加熱し、当該温度にて2時間焼結した。加熱速度は5℃/分であった。炉内への蒸気注入は、上記炉の加熱中に炉内の温度が250℃に到達したときに開始し、焼結工程まで中断することなく継続した。合計の蒸気注入時間は100分であった。蒸気の存在下における合計焼結時間は0.5時間となった。蒸気注入を実施した際の温度プロファイル及び表示を図2に示す。
【0071】
焼結後、得た粉末を5℃/分の冷却速度で室温まで冷却した。
【0072】
比較実験1
実施例1のプロセスを、蒸気注入を用いることなく繰り返した。
【0073】
比較実験2
Prayon製の、商業用の炭素コーティングされたLiFePO_(4)サンプル(Prayon FE100、CAS番号:15365-14-7、製品コード:PR-038)を調査した。」

「【0075】
更に表1は、得た粉末のラマン分光法により得られた、ピーク強度の比率I_(1360)/I_(1580)を示す。上で詳述した通り、比率I_(1360)/I_(1580)は、炭素の黒鉛化度の指標である。比率I_(1360)/I_(1580)が低くなるほど、黒鉛化度、即ち、炭素層内の高度に規則的な黒鉛の量は大きくなる。実施例1は、炭素層が高度に規則的な黒鉛を多量に有することを示す、最も小さい比率I_(1360)/I_(1580)を示す。
【0076】
【表1】


「【0077】
電気化学的挙動
実施例及び比較例のプロセスにより得られた粉末の電気化学的挙動を、いわゆるコインセルで調査した。得られた粉末を、カーボンブラック10重量%及びPVDF 10重量%と共にN-メチルピロリドン(NMP)中で混合してスラリーを調製し、集電体としてのAl箔上に付着させた。これにより得られた、活物質を80重量%含有する電極を、活物質を6mg/cm^(2)充填するコインセルの製造において、正極として使用した。負極は金属Liから製造した。コインセルに対し、2.5?4.0Vで種々のCレートにて、LiBF_(4)系電解質によるサイクル試験を行った。
【0078】
表2は、コインセルの電気化学的性能を示す。ここでは実施例、比較実験1及び2のそれぞれの粉末を、活物質として使用した。実施例1は、あらゆるCレートの試験において(20Cの高レート下であっても)、最高の電荷容量(CQ1)、最高の放電容量(DQ1)及び最高のレート能力を示すことが、すぐに見て取れる。
【0079】
【表2】



(ウ)上記【0014】によれば,本件発明に係る粉末が含有する炭素質材料によるコーティング層は,高度に黒鉛化されており,かつ均一性が増しているものである。また,上記【0024】によれば,当該「高度に黒鉛化されており、かつ均一性が増している」,「高度に規則的な黒鉛」は,「ラマンスペクトル分析により得られる、1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))が最大3.05である黒鉛」であり,かつ,「比率I_(1360)/I_(1580)は少なくとも1.5であることが好まし(い)」ものである。
そして,上記【0069】?【0072】,表1によれば,LiFePO_(4)またはそれに近似した組成式の化合物の表面に,炭素コーティング層を備えた粉末の,ラマン分光法により得られたピーク強度の比率について,製造方法が共通していて比較することができる実施例1と比較例1とを対比すると,実施例1(2.05)は本件発明の範囲内であり,比較例1(4.68)は本件発明の上限を超えていたことが示されている。
さらに,上記【0077】,【0078】,表2によれば,20Cの高レート下のレート試験において,実施例1は68.3%,比較例1は64.3%であったことが示されている。
そうすると,製造方法が共通していて比較することができる実施例1と比較例1との対比から,本件発明に係る粉末は,炭素コーティング層のピーク強度の比率が大きくなると,20Cの高レート下のレート試験結果が小さくなること,すなわち,黒鉛化度の高低と,電気化学的性能の高低とは,相関関係があることを理解することができる。したがって,本件発明に係る粉末は,炭素コーティング層のピーク強度比の比率に関して,実施例1を包含し,かつ,比較例1を含まない,1.5?3.05の範囲において,上記(ア)の課題を解決することを理解することができる。

(エ)上記(1)イ(ア)(第7頁)に記載したとおり,申立人は,本件発明に係る粉末は,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が1.5?3.05を満たさないものも包含するものであり,発明の詳細な説明において開示された内容から拡張ないし一般化できるものではない旨主張している。
しかしながら,上記(ウ)のとおり,炭素コーティング層のピーク強度比の比率が1.5?3.05の範囲であることを特定された本件発明に係る粉末は,上記(ア)の課題を解決することを理解することができるものである。よって,申立人の上記主張は採用できない。

(オ)また,上記(1)イ(イ)(第7頁)に記載したとおり,申立人は,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))は,高さ比か,面積比かにより,大きく異なるものであるから,ピーク強度の比率(I_(1360)/I_(1580))が1.5?3.05の範囲内に収まったものであるとしても,本件発明の中には電気化学的に活性な粉末を提供するという課題を解決することができないものを含む蓋然性が高い旨も主張している。
しかしながら,前記3(2)(第5?6頁)のとおり,本件発明におけるピーク強度は積分面積で算出することが明確である以上,ピーク強度の比率は同一試料であれば一意に定まるから,ピーク強度の算出方法により発明の課題を解決できないものが含まれるということはない。よって,申立人の上記主張も採用できない。

ウ 申立理由3(新規性)について
(ア)甲1には,「電極材料及びその製造方法並びに電極、リチウムイオン電池」に関して,以下の事項が記載されている。なお,下線は当審が付した。
「【請求項1】
コバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウム、マンガン酸リチウム、チタン酸リチウム、Li_(x)A_(y)D_(z)PO_(4)(但し、AはCo、Mn、Ni、Fe、Cu、Crの群から選択される1種または2種以上、DはMg、Ca、Sr、Ba、Ti、Zn、B、Al、Ga、In、Si、Ge、Sc、Y、希土類元素の群から選択される1種または2種以上、0<x<2、0<y<1、0≦z<1.5)の群から選択される1種を主成分とする電極活物質の表面を炭素質被膜にて被覆してなる電極材料であって、
ラマンスペクトル分析の1360±50cm^(-1)の波長帯域におけるスペクトルのピーク強度(I_(1360))の1580±50cm^(-1)の波長帯域におけるスペクトルのピーク強度(I_(1580))に対する比であるR値(I_(1360)/I_(1580))は0.65以上かつ1.00以下であることを特徴とする電極材料。」

「【0018】
【図1】本発明の実施例1、3及び比較例1各々の電極材料のバックグランウンドを含むラマンスペクトルの波形を示す図である。
【図2】本発明の実施例1、3及び比較例1各々の電極材料のラマンスペクトルのピークの膨らみの状態を比較した図である。
【図3】本発明の実施例6の電極材料のバックグランウンドを含むラマンスペクトルの波形を示す図である。」

「【0061】
A.電極材料の作製及び評価
「実施例1」
(電極材料の作製)
水2L(リットル)に、4molの酢酸リチウム(LiCH_(3)COO)、2molの硫酸鉄(II)(FeSO_(4))、2molのリン酸(H_(3)PO_(4))を添加し混合し、全体量が4L(リットル)になるように水を添加して調製し、均一なスラリー状の混合物を調整した。
次いで、この混合物を容量8L(リットル)の耐圧密閉容器に収容し、120℃にて1時間水熱合成し、得られた沈殿物を水洗し、ケーキ状の電極活物質の前駆体を得た。
次いで、この電極活物質の前駆体150g(固形分換算)に、有機化合物としてポリエチレングリコール5.5gを水150gに溶解したポリエチレングリコール水溶液を添加してボールミルに投入し、さらに媒体粒子として直径5mmのジルコニアボール500gを投入し、このボールミルを用いて12時間分散処理を行い、均一なスラリーを調整した。
【0062】
次いで、このスラリーを180℃の大気雰囲気中に噴霧し、乾燥して、平均粒子径が6μmの造粒体を得た。
得られた造粒体を窒素(N_(2))ガスからなる不活性雰囲気下、700℃にて1時間焼成し、電極材料(A1)を得た。
【0063】
(電極材料の評価)
この電極材料(A1)を走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)にて観察したところ、1次粒子が複数個集合して2次粒子となり、かつ、これら1次粒子の表面は薄膜状の炭素で被覆されており、1次粒子間に炭素が介在していることが観察された。また、電極材料(A1)は、平均粒子径が5μmの球状であった。
【0064】
また、この電極材料(A1)の波長513nmのアルゴンイオンレーザー光を用いたラマンスペクトル分析を行ったところ、1000?1500cm^(-1)の波長帯域においては1360cm^(-1)にスペクトルのピークがあり、このスペクトルの半値幅Δν1360は263cm^(-1)であった。
また、1360±50cm^(-1)の波長帯域におけるスペクトルのピーク強度(I_(1360))の1580±50cm^(-1)の波長帯域におけるスペクトルのピーク強度(I_(1580))に対する比であるR値(I_(1360)/I_(1580))は0.83であった。
さらに、1100?1300cm^(-1)及び1400?1500cm^(-1)の波長帯域にカーボン由来とは異なるブロードな小さいピークが存在していた。」

「【0068】
「実施例3」
造粒体の焼成条件を800℃にて1時間とした他は、実施例1に準じて実施例3の電極材料(A3)を得た。
この電極材料(A3)を実施例1に準じて評価した。
その結果、走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)による観察では、電極材料(A1)と同様、1次粒子が複数個集合して2次粒子となり、かつ、これら1次粒子の表面は薄膜状の炭素で被覆されており、1次粒子間に炭素が介在していることが観察された。また、電極材料(A3)は、平均粒子径が5μmの球状であった。
【0069】
この電極材料(A3)のラマンスペクトル分析を実施例1に準じて行ったところ、1360cm^(-1)にスペクトルのピークがあり、このスペクトルの半値幅Δν1360は220cm^(-1)であった。
また、R値(I_(1360)/I_(1580))は0.96であった。
さらに、1100?1300cm^(-1)及び1400?1500cm^(-1)の波長帯域にカーボン由来とは異なるピークは存在していなかった。
また、この電極材料(A3)の粉体抵抗を実施例1に準じて測定したところ、この電極材料(A3)の粉体抵抗は10Ω・cmであった。」

「【図1】



(イ)上記記載,特に【請求項1】の記載よりみて,甲1には,以下の発明が記載されているといえる。
「Li_(x)A_(y)D_(z)PO_(4)(但し、AはCo、Mn、Ni、Fe、Cu、Crの群から選択される1種または2種以上、DはMg、Ca、Sr、Ba、Ti、Zn、B、Al、Ga、In、Si、Ge、Sc、Y、希土類元素の群から選択される1種または2種以上、0<x<2、0<y<1、0≦z<1.5)の群から選択される1種を主成分とする電極活物質の表面を炭素質被膜にて被覆してなる電極材料であって、
ラマンスペクトル分析の1360±50cm^(-1)の波長帯域におけるスペクトルのピーク強度(I_(1360))の1580±50cm^(-1)の波長帯域におけるスペクトルのピーク強度(I_(1580))に対する比であるR値(I_(1360)/I_(1580))は0.65以上かつ1.00以下であり,700℃?800℃の焼成温度での焼成により得られたものである,電極材料。」(以下「甲1発明」という。)

(ウ)そこで,甲1発明と本件発明1とを対比すると,甲1発明の「電極活物質の表面を炭素質被膜にて被覆してなる」は,本件発明1の「コーティング層を備える核を含有する粒子」が「前記コーティング層により少なくとも部分的にコーティングされ,これにより前記コーティング層は炭素質材料を含(む)」に相当する。
したがって,両者は,「コーティング層を備える核を含有する粒子を含む電気化学的に活性な粉末であって,前記粒子が前記コーティング層により少なくとも部分的にコーティングされ,これにより前記コーティング層は炭素質材料を含むものであり,前記粒子は,焼成により得られたものである,電気化学的に活性な粉末。」である点で,一応共通する。
しかしながら,「ラマンスペクトル分析により得られた1580cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1580))に対する1360cm^(-1)におけるピーク強度(I_(1360))の比率(I_(1360)/I_(1580))」については,本件発明1が「少なくとも1.5かつ最大3.05」であるのに対し,甲1発明は「0.65以上かつ1.00以下」である点で相違する。
ここで,ピーク強度の比率は,黒鉛化度の指標であり,低くなるほど,高度に規則的な黒鉛を多量に有するものであるから(本件特許の発明の詳細な説明【0075】),甲1発明の炭素質被膜も,実質的に「高度に規則的な黒鉛を含む」ものではある。しかしながら,その数値範囲において異なるのであるから,少なくとも,本件発明1は,甲1に記載された発明ということはできない。
また,本件発明2?6,8?16は,いずれも本件発明1を引用して技術的事項を更に付加したものであるから,前記と同様の点で相違する。よって,本件発明2?6,8?16も,甲1に記載された発明ということはできない。

(エ)なお,申立人は,甲1に記載されている電極材料が,ラマンスペクトルにおけるピーク強度の比率を面積の比で算出した場合,本件発明1における比率(I_(1360)/I_(1580))の範囲を満たすものであることを前提にして,検討を進めるとしている。
しかしながら,申立人も認めるとおり,甲1実施例1,3のR値(I_(1360)/I_(1580))は,各ピーク値における高さの比から算出したものであるし,仮に,各ピークが有する面積の比で算出することが原理的に可能であるとしても,その算出をどのように行うのか,例えばピークの分離や,分離した各ピークの面積の求め方など,具体的な算出方法は甲1において明らかにされていないため,申立人が算出した1.64(実施例1),1.63(実施例3)については,これをただちに採用することはできない。
結局,前記前提に基づく申立人の主張は,その根拠が不十分であり,採用できない。

5 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては,請求項1?18に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1?18に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-05-30 
出願番号 特願2016-519915(P2016-519915)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H01M)
P 1 651・ 537- Y (H01M)
P 1 651・ 113- Y (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 式部 玲  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 平塚 政宏
中澤 登
登録日 2018-04-20 
登録番号 特許第6324498号(P6324498)
権利者 ユミコア
発明の名称 炭素コーティングされた電気化学的に活性な粉末  
代理人 実広 信哉  
復代理人 田中 研二  
代理人 阿部 達彦  
代理人 村山 靖彦  

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