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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08G
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C08G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08G
管理番号 1353183
異議申立番号 異議2018-700891  
総通号数 236 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-08-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-07 
確定日 2019-06-14 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6321754号発明「芳香族ポリスルホンの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6321754号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。 特許第6321754号の請求項1?3、5?8に係る特許を維持する。 特許第6321754号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6321754号は、平成30年4月13日付けでその特許権の設定登録がされ、同年5月9日にその特許公報が発行され、その後、請求項1?8に係る特許に対して、同年11月7日に特許異議申立人 伊東多永子(以下、「申立人」という。)から特許異議の申立てがなされたものである。そして、その後の経緯は以下のとおりである。

平成31年 1月 7日付け:取消理由の通知
同年 3月 8日 :訂正の請求及び意見書の提出(特許権者)
同年 4月17日 :意見書の提出(申立人)

第2 訂正の可否
1 訂正の内容
平成31年3月8日付け訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである。なお、訂正前の請求項1?4は一群の請求項である。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「前記重縮合反応は、少なくとも一種の芳香族末端キャップ剤の共存下で行われ、」を、
「前記重縮合反応は、少なくとも一種の芳香族末端キャップ剤とジフェニルスルホンを含む有機溶媒の共存下で行われ、」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
訂正事項1は、本件特許の請求項1に係る芳香族ポリスルホンの製造方法において、重縮合反応で共存させる物質に「ジフェニルスルホン」を追加するものである。
「ジフェニルスルホン」を追加することは、本件訂正前の請求項1を引用する請求項4の「前記重縮合反応は有機溶媒の共存下で行われ、前記有機溶媒は、ジフェニルスルホンを含む請求項1?3のいずれか1項に記載の芳香族ポリスルホンの製造方法。」との記載に基づくものである。
そうすると、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてしたものといえ、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
(2)訂正事項2
この訂正は、請求項の記載を削除する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。また、この訂正が新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことは明らかである。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項ないし第6項の規定に適合するので、本件訂正を認める。

第3 本件訂正後の請求項1?8に係る発明
本件訂正により訂正された訂正請求項1?8に係る発明(以下、「本件発明1」等という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された以下の事項によって特定されるとおりのものである。
【請求項1】
芳香族ジハロゲノスルホン化合物と芳香族ジヒドロキシ化合物との重縮合反応により、芳香族ポリスルホンを製造する方法であって、
前記重縮合反応は、少なくとも一種の芳香族末端キャップ剤とジフェニルスルホンを含む有機溶媒の共存下で行われ、
前記芳香族ジハロゲノスルホン化合物の配合量をpモル、前記芳香族ジヒドロキシ化合物の配合量をqモル、前記芳香族末端キャップ剤の配合量をrモルとするとき、下記式(S3)および下記式(S2)を満たす芳香族ポリスルホンの製造方法。
0.5≦r/(p-q)≦1.5 (S3)
p>q (S2)
【請求項2】
前記芳香族ジハロゲノスルホン化合物は、ビス(4-クロロフェニル)スルホンである請求項1に記載の芳香族ポリスルホンの製造方法。
【請求項3】
前記式(S3)において、さらに下式を満たす請求項1または2に記載の芳香族ポリスルホンの製造方法。
0.8≦r/(p-q)≦1.5
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
下記一般式(1)で表される繰返し単位を有する芳香族ポリスルホンであって、下記(A)および下記(B)を満たす芳香族ポリスルホン。
-Ph^(1)-SO_(2)-Ph^(2)-O- (1)
[式(1)中、Ph^(1)及びPh^(2)は、フェニレン基を表し、前記フェニレン基に結合する1個以上の水素原子は、互いに独立に、炭素数1?10のアルキル基、炭素数6?20のアリール基又はハロゲン原子で置換されていてもよい。]
(A):ハロゲン原子の含有量が1000ppm以下である。
(B):前記芳香族ポリスルホンをASTM D1925に従い、透過光で測定したイエローインデックス(YI)が20以下であり、前記芳香族ポリスルホンを350℃の空気中で1時間加熱した後のイエローインデックスの変化量(ΔYI)の絶対値が15以下である。
【請求項6】
前記ハロゲン原子が塩素原子である請求項5に記載の芳香族ポリスルホン。
【請求項7】
フェノール性水酸基を、前記式(1)で表される繰返し単位100個あたり0.01個以上0.8個以下有する請求項5または6に記載の芳香族ポリスルホン。
【請求項8】
請求項5?7のいずれか1項に記載の芳香族ポリスルホンと、フィラーと、を含む芳香族ポリスルホン組成物。

第4 取消理由通知について
1 取消理由通知の概要
当審は平成31年1月7日付け取消理由通知において、概要以下のとおりの取消理由を通知した。

「A (新規性)本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
B (進歩性)本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

引用例1:特表2002-504603号公報(甲第1号証)

2 理由A、Bについて

3 まとめ
したがって、本件発明1?3は引用例1に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当する。そうでないとしても、本件発明1?3は引用例1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。また、本件発明4は引用例1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
よって、本件発明1?4に係る特許は、特許法第113号第2号に該当し、取り消すべきものである。」

2 取消理由A、Bについて
(1)引用例1の記載事項
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 a)100℃を超える温度で沸騰する第一の流体中でポリマー前駆体からなる反応混合物を得て、
b)100℃を超える第一の上昇した温度まで前記反応混合物を加熱し、ポリマー前駆体のアルカリ金属塩とそのポリマー反応生成物を得て、
c)前記反応生成物を少なくとも第二の温度に加熱し、第二の流体の所定量と接触させることで第二の流体に実質的に溶解する第一の流体から第二の流体に実質的に不溶性のポリマー組成物の形で反応生成物を単離することからなり、
効果的な量の共沸物が実質的に存在しない状態で反応を進行させるポリマー組成物の製造方法。

【請求項5】 第一流体は少なくとも一つの双極性中性(aprotic)溶剤からなり、例えば構造式(CH_(2))_(4)S(O)_(2)のテトラメチレンスルフォン(スルフォラン)、構造式(CH_(3))_(2)SOのジメチルスルフォオキサイド(DMSO)、構造式(C_(6)H_(5))_(2)SOのジフェニルスルフォン(DPS)、ジメチルフォルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)、構造式C_(4)H_(8)NCH_(3)のn-メチルピロリドン(NMP)及びシクロペンタノン等の、好ましくはスルフォオキサイド、スルフォンなどの一またはそれ以上の硫黄酸化物、フォルムアルデヒド、ピロリドン、環状ケトンから選択される少なくとも一つの双極性の溶剤(aprotic solvent)を含む請求項1?4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】 第一流体は例えばDPSの一つ又はそれ以上の成分が第一と第二の反応と単離温度で液体でない流体混合物からなる請求項2?5のいずれかに記載の方法。

【請求項11】 少なくとも一つのポリアリールエーテルは次式
【化1】

(ここで、Aは直接結合、酸素、硫黄、-CO-あるいは二価炭化水素ラジカルであり、
Rは芳香族環の一以上の置換基であり、それぞれが独立して水素、C_(1-8)の分岐鎖或いは直鎖状の脂肪族の飽和又は不飽和の脂肪族基で置換され、前記飽和又は不飽和の脂肪族基は、任意にO、S、N、又はハロゲンから選択される一又はそれ以上のヘテロ原子、OH、NH_(2)、NHR-もしくは-SH(ここでR-は最高8つの炭素原子を含む炭化水素グループである)から選択される活性水素を有するグループ、またはビニル、アリル(allyl)またはマレイミド、無水物、オキゾリン及び飽和基を含むモノマー中にあるものとしてエポキシ、(メタ)アクリレート、シアネート、イソシアネート、アセチレン及びエチレンから選択される他の架橋結合反応性のあるグループを含む)
ここで、前記少なくとも一つのポリアリールエーテルは反応性ペンダント及び/又は末端グループを含む繰返単位を含む請求項1?10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】 少なくとも一つのポリ芳香族化合物はエーテル結合繰り返し単位、任意に付加的にチオエーテル結合繰り返し単位、該繰り返し単位は
-(PhSO_(2)Ph)_(n)-
と、さらに任意に追加される
-(Ph)_(a)-
(ここで、Phはフェニレンであり、n=1?2であり、nは分数として存在していても良く(can be fractional)、a=1?3であり、aは分数として存在していても良く(can be fractional)、平均して少なくとも2つの前記単位-(PhSO_(2)Ph)_(n)-が各ポリマー鎖に連続して存在するような割合で前記少なくとも一つのポリアリールスルホン内に繰返単位-(PhSO_(2)Ph)_(n)-が存在するならば、aが1を超えると、前記フェニレンは一価の化学結合または-SO_(2)-以外の二価グループにより線状結合しているか、又は混在しており(fused)、ここで前記少なくとも一つのポリアリールスルホンは反応性ペンダント基及び/または末端基を有する)
からなるグループから選択され、
少なくとも一つのポリアリールスルホンが含まれる請求項11記載の方法。」

イ 「【0019】
重合反応を促進するために少なくとも両極性の中性(Aprotic)溶剤を含むものが良い。望ましくは、100℃を超える沸点を有する第一流体として、スルフォオキサイドとスルフォン、フォルムアミド、ピロリドン、環状ケトン等の、例えば構造式(CH_(2))_(4)S(O)_(2)のテトラメチレンスルフォン(スルフォラン)、構造式(CH_(3))_(2)SOのジメチルスルフォオキサイド(DMSO)、構造式(C_(6)H_(5))_(2)SOのジフェニルスルフォン(DPS)、ジメチルフォルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)、構造式C_(4)H_(8)NCH_(3)のn-メチルピロリドン(NMP)及びシクロペンタノンの一又はそれ以上の硫黄酸化物が選ばれる。前記定義した第一と第二の温度で第一の流体は、例えばDPSの一又は数多くの成分である、意義された温度で液体ではない液体混合物から構成しても良い。望ましくは、溶剤は、用いられるモノマーの反応性と適用される望ましい反応温度により選択され、例えば、溶剤が高反応性のモノマーと共に100-200℃の範囲で沸騰するか又は比較的低反応性のモノマーを使用して200℃の範囲で沸騰する。」

ウ 「【0030】
ポリ芳香族は、好ましくはポリエーテルスルホンから、更に好ましくは繰り返し単位と結びついたポリエーテルスルホンとポリエーテルエーテルスルホンの組み合わせから成る。そして前記単位において、フェニレングループはメタ-もしくはパラ-、好ましくはパラであるが、フェニレンは一価の化学結合で、もしくはスルホン以外の二価グループを介して線状結合しているか、ないしは共に混在している(fused)。様々な数値のnないしはaを有する単位を含む、得られた高分子鎖に対する平均的な値に「分数」の数字が与えられる(By "fractional" reference is made to the average value for a given polymer chain containing units having various values of n or a)。
【0031】
加えて、既に述べらたように、前記少なくとも一つのポリアリールスルホンにおいて、前記繰り返し単位の相対割合は、平均して少なくとも2つの単位(PhSO_(2)Ph)_(n)が、各々の高分子鎖の中で隣接位置にあり(immedeate mutual succession)、各々1:99と99:1、特に10:90と90:10の範囲であることが望ましい。その比は典型的には25-50(Ph)_(a)/75-50(PhSO_(2)Ph)_(n))である。好ましいポリアリールスルホンにおいて、繰り返し単位は
I XPhSO_(2)PhXPhSO_(2)Ph(”PES”)と
II X(Ph)_(a)XPhSO_(2)Ph(”PEES”)と
であり、ここでXはO又はSであり、これらは各繰り返し単位の間で異なり、IのIIに対する比は(それぞれ)10:90と80:20の間、特に10:90と55:45の間であることが好ましい。
【0032】
好ましいポリアリールスルホンの繰り返し単位の相対割合はSO_(2)の重量%で表されて、(SO_(2)の重量)/(平均的な繰り返し単位の重量)の100倍として定義される。好ましいSO_(2)の含有量は少なくとも22%、好ましくは23-25%である。これはa=1である時、PES/PEESの比が少なくとも20:80、好ましくは35:65と65:35の範囲にあることに相当する。」

エ 「【0116】
実施例3-アミン末端の40:60 PES:PEESコポリマーの合成、計算された分子量10,000
ビスフェニール-S(21.05gms)、ジクロロジフェニルスルフォン(62.69gms)、ハイドロキノン(13.98gms)及びm-アミノフェノール(1.75gms)を500立方センチメートルの3つ口の丸底のフラスコに入れた。ここで報告されている結果は、500立方センチメートルと2000立方センチメートルの反応容器の両方で行われた反応物に基づいている。
【0117】
炭酸カリ(31.03gms)を加える前に、窒素雰囲気下でスルフォラン(230cm^(3))を加えて反応物を攪拌した。反応と単離は上記実施例1に記載されたように行われた。

【0139】
実施例3.5-実施例3の方法の再現性
40:60 PES:PEESのコポリマーは実施例3の方法を用い、しかしm-アミノフェノールのレベルを変化させて合成された。その結果を表11に示す。
【0140】
【表11】

【0141】
表11の情報によると、m-アミノフェノールは理論上(末端捕捉成分として)最高25%しかなくても、ポリマーにはまだ好ましい特性のある反応性末端基が100%あることが明らかである。また、たとえm-アミノフェノールが10%オーバーしていたとしても、ポリマーにはまだ好ましい特性のある反応性末端基が100%ある。」

(2)引用例1に記載された発明
引用例1の実施例3(上記(1)エ)に関し、表11の「MAP」はm-アミノフェノールと解され、「ビスフェニール-S」はビスフェノール-Sの誤記と認められる。
同実施例3.5の「%MAP」が50のものは、芳香族ジハロゲノスルホン化合物であるジクロロジフェニルスルフォン(62.69gms)、芳香族ジヒドロキシ化合物であるビスフェノール-S(21.05gms)及びハイドロキノン(13.98gms)、更には芳香族末端キャップ剤であるm-アミノフェノール(1.75gmsの50%)を重縮合反応に供しコポリマーを合成するものである。これは、各成分の使用量をモル数に換算するとそれぞれ0.2183モル、0.0841モル、0.1269モル、0.0080モルとなり、式(S3)の「r/(p-q)」に当てはめると、
0.0080/(0.2183-(0.0841+0.1269))
=1.096
となる。
ジクロロジフェニルスルフォン0.2183モル、ビスフェノール-S0.0841モル、ハイドロキノン0.1269モルであるから、式(S2)を満たす。
そうすると、引用例1には、以下の引用発明が記載されていると認められる。
「芳香族ジハロゲノスルホン化合物であるジクロロジフェニルスルフォンと芳香族ジヒドロキシ化合物であるビスフェノール-S及びハイドロキノンとの重縮合反応により、芳香族ポリスルホンを製造する方法であって、
前記重縮合反応は、少なくとも一種の芳香族末端キャップ剤であるm-アミノフェノールと有機溶媒であるスルフォランの共存下で行われ、
前記芳香族ジハロゲノスルホン化合物の配合量をpモル、前記芳香族ジヒドロキシ化合物の配合量をqモル、前記芳香族末端キャップ剤の配合量をrモルとするとき、下記両式を満たす芳香族ポリスルホンの製造方法。
r/(p-q)=1.096
p>q」

(3)本件発明1についての対比及び判断
引用発明の「r/(p-q)=1.096」は、本件発明1の式(S3)を満たす。(なお、異議申立書21頁に記載されるように、モル数について有効数字3桁で計算しても、引用発明のr/(p-q)は「1.14」であり、この場合でも式(S3)を満たす。)
そうすると、本件発明1と引用発明とは、以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点:重縮合反応に使用される有機溶媒として、本件発明1はジフェニルスルホンを含むのに対し、引用発明はスルフォラン(上記(1)エ)を用いる点。

上記相違点が存在するため、本件発明1は、引用例1に記載された発明ということはできない。

次に、本件発明1の容易想到性について検討する。
引用例1には、反応溶媒に相当する「第一流体」として、「例えば構造式(CH_(2))_(4)S(O)_(2)のテトラメチレンスルフォン(スルフォラン)、…構造式(C_(6)H_(5))_(2)SOのジフェニルスルフォン(DPS)、…が選ばれる。」(上記(1)イ)と記載されている。
しかし、引用例1には、本件発明1の課題である「ハロゲン原子の含有量が少なく、かつ耐熱性に優れた芳香族ポリスルホンの製造方法を提供すること」(本件明細書【0008】)についての記載ないし示唆は存在しない。また、引用発明において、ジフェニルスルホンを含む有機溶媒の共存下で重縮合反応を行った際に「ハロゲン原子の含有量が少なく、かつ耐熱性に優れた芳香族ポリスルホン」を得られることは、引用例1の記載からは何ら明らかでなく、そのようなことが本件出願前において周知の技術的事項であったということもできない。
更に、申立人が提出した甲第3?7号証の各々においては、ジフェニルスルホンを有機溶媒として用いた芳香族ポリスルホンの重縮合反応が記載されており、各実施例には、「290℃」という本件実施例(288℃)と同程度の反応温度が記載されており、このような高温の反応温度を採用することは本件出願前における周知の技術的事項であるということはできるが、ジフェニルスルホンを有機溶媒として用いたこの高温の反応温度によって「ハロゲン原子の含有量が少なく、かつ耐熱性に優れた芳香族ポリスルホン」を得られることまでは明らかであるとはいえない。
そして、本件発明1は、重縮合反応を「ジフェニルスルホンを含む有機溶媒の共存下」で行い、「前記芳香族ジハロゲノスルホン化合物の配合量をpモル、前記芳香族ジヒドロキシ化合物の配合量をqモル、前記芳香族末端キャップ剤の配合量をrモルとするとき」、「0.5≦r/(p-q)≦1.5」と「p>q」とを満たすようにすれば、ハロゲン原子の含有量が少なく、かつ耐熱性に優れた芳香族ポリスルホンを得られることが、その実施例から確認できる。
このため、本件発明1は、引用例1に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものということはできない。

(4)本件発明2、3についての判断
本件発明2、3は、本件発明1を引用し、さらに限定を加えたものである。そして、上述のとおり、本件発明1は、引用例1に記載された発明とも、引用例1に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものともいうことはできないことに鑑みると、本件発明2、3についても、引用例1に記載された発明とも、引用例1に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものともいうことはできない。

(5)まとめ
よって、上記取消理由通知で示した理由A、Bには理由がない。

第5 異議申立ての理由についての検討
1 申立人の異議申立ての理由について
(1)異議申立ての理由の概要
申立人の異議申立ての理由は、概要以下のとおりである。
・申立ての理由1、2
上記取消理由A、Bと同旨。
・申立ての理由3
請求項1?8に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すべきものである。
・申立ての理由4
請求項1?8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すべきものである。

2 申立ての理由1、2について
上記第4で示したとおりであり、申立ての理由1、2には理由がない。

3 申立ての理由3、4について
申立ての理由3、4に関しては、申立人が、いわゆる実施可能要件違反及びサポート要件違反を(i)と(ii)(特許異議申立書24?28頁)のそれぞれにおいてまとめて主張していることに鑑みて、(i)と(ii)のそれぞれの主張ごとにまとめて検討する。

ア 「(i)」について(特許異議申立書24?26頁)
(ア)申立人は、以下のとおり主張する。
「(i)耐熱性の向上効果が、繰返し構造を特定しないあらゆる種類の芳香族ポリスルホンについて認められるとはいえない
…本件特許発明1?4は、芳香族ポリスルホンが有する繰返し単位の種類や比率について何ら特定していない。

本件明細書によれば、…「耐熱性に優れた」とは、…芳香族ポリスルホンのYIが20以下であり、かつΔYIが15以下であることを意味するものと理解される。

ここで、芳香族ポリスルホンが有する繰返し単位の種類によって、当該芳香族ポリスルホンの耐熱性が大きく変化することは、本件特許の出願の日前に公知の事実である。
たとえば、甲第2号証の表1に記載のように、ポリマー構造(繰返し単位)が異なる実施例…の間では、耐熱性の指標であるTdecに30℃近くの差がある。…
よって、本件明細書に記載された実施例1、2で得られた、一般式(1)で表される繰返し単位を100モル%有する芳香族ポリスルホンについて、…高い耐熱性が認められたとしても、…繰返し単位の種類や比率について何ら特定しない芳香族ポリスルホンの全範囲について、…耐熱性が認められると理解しうる根拠はない。」

(イ)本件明細書【0074】には以下の記載がある。
「芳香族ポリスルホンが加熱後に変色する一つの原因としては、加熱に伴うラジカルの発生が考えられる。ΔYIの大きさはラジカルの発生に伴い生成した着色成分の量に影響されると考えられ、つまりは発生したラジカルが多いほどΔYIは大きくなると考えられる。つまり、加熱による変色が小さい芳香族ポリスルホンは、ラジカルの発生源が少ない芳香族ポリスルホンであるといえ、さらには、ラジカル発生などに伴う分解反応の発生が少ない芳香族ポリスルホンであるといえる。すなわち、本実施形態の芳香族ポリスルホンは、ラジカルや分解反応の発生源となる不純物(副生成物)の含有量が少ない芳香族ポリスルホンであり、また、ベンジル基に代表される芳香環のα位に存在するCH結合、フェノール性水酸基、及び、アルキルエーテル構造等の構造が少ない芳香族ポリスルホンであるといえる。そして、その結果として高い耐熱性を有すると考えられる。」
そして、「不純物(副生成物)の含有量が少ない芳香族ポリスルホン」を製造するために、本件発明1?3、5?8では以下のように認識されている。
「すなわち、従来好ましいと考えられていたr/(p-q)>2となる条件はヒドロキシ基が残存する条件であるといえる。したがって、このような条件において製造された芳香族ポリスルホンは、ハロゲン原子の含有量を低減するものの、その一方でヒドロキシ基(フェノール性水酸基)を有する芳香族ポリスルホンを副生しており、さらに、過剰量の末端キャップ剤の添加に伴い、低分子量の副生成物等のその他の副生物も生成していたと考えられる。それらの結果として、得られる芳香族ポリスルホンの耐熱性は低下したと考えられる。
…すなわち、本実施形態の製造方法においては、式(S3)を満たすことが好ましい。
0.5≦r/(p-q)≦1.5 (S3)」(【0020】?【0021】)
本件発明1?3、5?8は「芳香族ポリスルホンの製造方法」及びその製造方法により製造される「芳香族ポリスルホン」に係るものであり、上記の認識のもと、芳香族ポリスルホンが有する繰返し単位の種類や比率にかかわらず、式(S3)を採用することにより、耐熱性に優れた芳香族ポリスルホンが得られることが理解できる。また、このことは、本件発明1?3、5?8の実施例と比較例の対比からも支持される。

イ 「(ii)」について(特許異議申立書27?28頁)
(ア)申立人は、以下のとおり主張する。
「(ii)本件特許発明において、ハロゲン原子の含有量を低減する具体的方法が不明である
…本件特許発明1?8によれば、ハロゲン原子の含有量が1000ppm以下である芳香族ポリスルホンの製造方法、当該芳香族ポリスルホンおよび当該芳香族ポリスルホンを含む芳香族ポリスルホン組成物が得られるとされている。
…甲第1号証の実施例3.5で得られた芳香族ポリスルホンにおけるハロゲン原子(Cl原子)の含有量は、…1,121ppmである。
つまり、甲第1号証の実施例3.5では、本件特許発明1の式(S3)を満たす条件で芳香族ポリスルホンを製造しているにもかかわらず、ハロゲン原子の含有量が1000ppm以上の芳香族ポリスルホンが得られている。

よって、芳香族ポリスルホンが含有するハロゲン原子量を1000ppm以下に低減するためには、芳香族末端キャップ剤の量(本件特許発明1の式(S3))のみならず、他の合成条件を調製する必要があるものと認められる。しかし、本件明細書には、上記ハロゲン原子量を低減する具体的な方法が何ら開示されておらず、不明である。」

(イ)本件明細書【0021】には以下の記載がある。
「r/(p-q)は、得られる芳香族ポリスルホンにおけるハロゲン原子の含有量をより十分に低減するという観点から、0.5以上であることが好ましく、0.7以上であることがより好ましく、0.8以上であることがより好ましく、0.9以上であることがさらに好ましく、1.0以上であることがとりわけ好ましい。また、1.1以上でもよく、1.2以上でもよい。また、耐熱性をより高くするという観点から、1.8以下であることが好ましく、1.7以下であることがより好ましく、1.6以下であることがさらに好ましく、1.5以下であることがとりわけ好ましい。また、1.4以下でもよく、1.3以下でもよい。r/(p-q)の上限値と下限値とは、任意に組み合わせることが可能である。」
上記の記載から、当業者は、「ハロゲン原子の含有量をより十分に低減」し、含有量を「1000ppm以下」としたものを得るには、「r/(p-q)」の値を式(S3)、更には【0021】の記載を参照して適宜調製すればよいことが理解できる。また、本件発明1?3、5?8の実施例において、式(S3)や【0021】の記載に適合するものは該含有量を満たすことが示されている。

ウ まとめ
このため、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1?3、5?8を実施しうる程度に明確かつ十分に記載したものといえる。
また、本件発明1?3、5?8は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
よって、申立ての理由3、4には理由がない。

4 まとめ
以上のとおりであるから、申立人が主張する申立ての理由には、いずれにも理由がない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、異議申立ての理由及び当審からの取消理由によっては、請求項1?3、5?8に係る特許を取り消すことはできない。また、他に当該特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項4に係る特許については、上述のとおり、この請求項を削除する訂正を含む本件訂正が認容されるため、特許異議申立ての対象となる特許が存在しないものとなったことから、同請求項に係る特許についての特許異議の申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により、却下すべきである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ジハロゲノスルホン化合物と芳香族ジヒドロキシ化合物との重縮合反応により、芳香族ポリスルホンを製造する方法であって、
前記重縮合反応は、少なくとも一種の芳香族末端キャップ剤とジフェニルスルホンを含む有機溶媒の共存下で行われ、
前記芳香族ジハロゲノスルホン化合物の配合量をpモル、前記芳香族ジヒドロキシ化合物の配合量をqモル、前記芳香族末端キャップ剤の配合量をrモルとするとき、下記式(S3)および下記式(S2)を満たす芳香族ポリスルホンの製造方法。
0.5≦r/(p-q)≦1.5 (S3)
p>q (S2)
【請求項2】
前記芳香族ジハロゲノスルホン化合物は、ビス(4-クロロフェニル)スルホンである請求項1に記載の芳香族ポリスルホンの製造方法。
【請求項3】
前記式(S3)において、さらに下式を満たす請求項1または2に記載の芳香族ポリスルホンの製造方法。
0.8≦r/(p-q)≦1.5
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
下記一般式(1)で表される繰返し単位を有する芳香族ポリスルホンであって、下記(A)および下記(B)を満たす芳香族ポリスルホン。
-Ph^(1)-SO_(2)-Ph^(2)-O- (1)
[式(1)中、Ph^(1)及びPh^(2)は、フェニレン基を表し、前記フェニレン基に結合する1個以上の水素原子は、互いに独立に、炭素数1?10のアルキル基、炭素数6?20のアリール基又はハロゲン原子で置換されていてもよい。]
(A):ハロゲン原子の含有量が1000ppm以下である。
(B):前記芳香族ポリスルホンをASTM D1925に従い、透過光で測定したイエローインデックス(YI)が20以下であり、前記芳香族ポリスルホンを350℃の空気中で1時間加熱した後のイエローインデックスの変化量(ΔYI)の絶対値が15以下である。
【請求項6】
前記ハロゲン原子が塩素原子である請求項5に記載の芳香族ポリスルホン。
【請求項7】
フェノール性水酸基を、前記式(1)で表される繰返し単位100個あたり0.01個以上0.8個以下有する請求項5または6に記載の芳香族ポリスルホン。
【請求項8】
請求項5?7のいずれか1項に記載の芳香族ポリスルホンと、フィラーと、を含む芳香族ポリスルホン組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-06-06 
出願番号 特願2016-209245(P2016-209245)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08G)
P 1 651・ 537- YAA (C08G)
P 1 651・ 113- YAA (C08G)
P 1 651・ 536- YAA (C08G)
P 1 651・ 851- YAA (C08G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 三原 健治藤代 亮  
特許庁審判長 近野 光知
特許庁審判官 井上 猛
大熊 幸治
登録日 2018-04-13 
登録番号 特許第6321754号(P6321754)
権利者 住友化学株式会社
発明の名称 芳香族ポリスルホンの製造方法  
代理人 鈴木 慎吾  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 鈴木 慎吾  
代理人 加藤 広之  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 加藤 広之  
代理人 佐藤 彰雄  
代理人 佐藤 彰雄  

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