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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F01L
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F01L
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F01L
管理番号 1353665
審判番号 不服2017-15667  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-09-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-10-23 
確定日 2019-07-19 
事件の表示 特願2014-544493「エンジンバルブ」拒絶査定不服審判事件〔平成26年5月8日国際公開、WO2014/069397〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年(平成25年)10月28日(優先権主張2012年(平成24年)10月30日、日本国)を国際出願日とする出願であって、その手続は以下のとおりである。
平成29年5月11日(発送日) :拒絶理由通知書
平成29年7月5日 :意見書、手続補正書の提出
平成29年7月24日(発送日) :拒絶査定
平成29年10月23日 :審判請求書、手続補正書の提出
平成29年10月24日 :手続補足書の提出
平成30年7月31日 :面接
平成30年8月8日(発送日) :拒絶理由通知書(以下、「当審拒絶 理由1」という。)
平成30年10月5日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年12月12日(発送日):拒絶理由通知書(以下、「当審拒絶 理由2」という。)
平成31年2月7日 :意見書、手続補正書の提出
平成31年2月8日 :手続補足書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成31年2月7日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「軸部と、当該軸部の一端に接続する傘部と、からなるエンジンバルブ用のバルブ基体を備え、
前記傘部のフェースを形成する周回状の肉盛部を有し、
前記肉盛部は、鉄及びCrを含むCo基耐摩耗合金により形成され、前記肉盛部により形成された前記フェースは当該鉄が散在する仕上加工面と、当該仕上加工面上に形成された表面硬化層を含み、
前記表面硬化層は、前記仕上加工面に散在する前記鉄がその分布と対応して塩浴軟窒化形成された散在窒化層を伴う酸化皮膜であることを特徴とするエンジンバルブ」

第3 当審における拒絶の理由
1 当審拒絶理由2
当審拒絶理由2のうち理由1及び理由2は、次のとおりのものである。

理由1 (実施可能要件)本願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

理由2 (サポート要件)本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

また、当審拒絶理由2には、次のとおり記載している。
「現時点で、平成30年8月1日付け(発送日:平成30年8月8日)で通知した拒絶理由(審決注:「当審拒絶理由1」)の理由3(明確性)のイ及び理由4(進歩性)に係る拒絶理由が解消されたかは明らかでない。この拒絶理由に対する請求人の主張を踏まえて検討する。」

2 当審拒絶理由1
当審拒絶理由1のうち理由1及び理由4は、以下のとおりのものである。

理由1 (実施可能要件)本願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

理由4 (進歩性)本願の下記の請求項1に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1.特開2000-1704号公報
2.特開平7-133706号公報

第4 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
特許法第36条第4項第1号に係る拒絶理由については、当審拒絶理由1において、「本願発明はコバルト基合金による盛金13のフェース面Fの仕上げ加工を行い、鉄が散在する仕上げ加工面とした後にバルブ全体の塩浴軟窒化処理を行い、フェース表面に散在する鉄の分布と対応する散在窒化層を伴う酸化皮膜を形成したエンジンバルブであると解される。しかしながら、盛金のフェース面に対する仕上げ加工は、盛金をバルブ材に形成するときに生じる酸化皮膜を除去し、その後の窒化処理その他の処理を容易にするために行うとの技術常識を踏まえれば、仕上げ加工後のフェース面に酸化皮膜は存在しないと解される。また、鉄が散在する仕上げ加工面を形成する仕上げ加工は、酸化被膜等が存在しない面を形成する加工とも理解できる。そのような仕上げ加工面にどのような塩浴軟窒化処理を行えば酸化皮膜が形成できるのかが、技術常識を踏まえ本願の発明の詳細な説明をみても理解できない。該仕上げ加工面に塩浴軟窒化処理を行うことで、窒化層が形成されることは理解できるものの、酸化皮膜が形成すると解することはできない」旨の拒絶理由を通知した。
請求人は、当審拒絶理由1に対し、平成30年10月5日の意見書を提出し、当該意見書に添付した参考資料1において、塩浴軟窒化処理においては表面に酸化物が形成されることは明確に記載されているから、塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されることは、当業者であれば技術常識であると考えられる旨主張した。また、意見書において、「一般的に、Co基合金には、耐熱性、及び耐食性を有するCrが多く含まれており、補正後の請求項1に係る「鉄及びCo基を含む耐摩耗合金」にもCrが約25?28%含まれている(本願明細書の段落[0017]の[表1]を参照、参考資料2として、一般社団法人 日本熱処理技術協会、熱処理48巻1号「耐熱材料の基礎」、p.4、2008年2月を添付する)。仕上加工面上に散在する鉄が濃化した部分以外の箇所は、非常に酸素と結合しやすい性質を持つクロム(Cr)が、瞬時に酸化し、不動態皮膜とよばれる緻密な酸化クロム皮膜(参考断面図BでCrOと示す。)が仕上加工面の表面に形成される。クロムが酸素と結合して形成された酸化クロム皮膜は、緻密な構造を持ち、強固な耐食性皮膜の役割を果たすことになり、窒化と酸化が同時に起こる塩浴軟窒化処理では、窒素が酸化クロム皮膜を通過することができず、酸化クロム皮膜下においては窒化が進行しないことは当業者にとっては技術常識である(参考断面図Bを参照)。一方、仕上加工面上の散在した鉄に対しては、鉄と酸素とが結合し酸化鉄(参考断面図BでFeOと示す。)、いわゆる錆を形成するが、酸化鉄皮膜は上述した不動体皮膜とは異なり、多孔質構造であるから、参考断面図Bに示すように、窒素が通り抜けることができるため、酸化鉄皮膜の下で、鉄の窒化が進行し、窒化層(参考断面図BでFeNと示す。)が形成されることも、当業者にとっては技術常識である(特開2004-131795号公報の明細書段落[0006]を参照)。」と主張した。
これに対し、当審拒絶理由2では、「参考資料1から直ちに「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されること」が「技術常識」であるということはできない」旨、及び「軟窒化処理と酸化処理により酸化皮膜を形成するのが当業者における技術常識とも理解できる」旨の理由により、意見書における請求人の主張から、「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されること」が「技術常識」であるとはいえない旨の拒絶理由を通知した。
請求人は、当審拒絶理由2に対し、平成31年2月7日の意見書において「審査官殿は、本拒絶理由通知において、「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されることが技術常識でない」と、指摘されているが、以下の理由により、塩浴軟窒化処理を実施した場合、その表面に酸化皮膜が形成されることは技術常識であると考える。・・・・・参考資料1において、酸化物が確認することができなかったのはイオン窒化試料であって、塩浴軟窒化試料においては酸化物が確認することができなかったとの記載はない。さらに、塩浴軟窒化試料No.1を示すFig.3(a)中の「OKα」と、イオン窒化試料No.3を示すFig.3(c)中の「「OKα」とを比べると、塩浴軟窒化試料No.1が、明らかに深くまで酸素が濃化していることが確認できることから、塩浴軟窒化処理が、イオン窒化処理よりも酸素の濃化が顕著であることが明らかである。
上記の理由により、イオン窒化試料の結果をもって、塩浴軟窒化試料まで酸化物があるとは言えないとする、審判官殿の見解には誤りがあるものと思料する。
よって、塩浴軟窒化処理を実施する場合、エンジンバルブの肉盛部のフェース面に仕上げ加工を行い、酸化皮膜を除去したとしても、その後に行う塩浴軟窒化処理において、その表面に酸化皮膜が形成されることは、当業者であれば技術常識であると考えられる。」と主張した。また、平成31年2月8日の手続補足書により提出した参考資料3により「ここで、補正後の請求項1に係る「肉盛部」の仕上加工面上に形成された表面硬化層のマッピング分析結果を検討する(参考資料3として手続補足書により提出する。)。参考資料3は、補正後の請求項1に係る「肉盛部」の仕上加工面上に形成された表面硬化層の断面を示しており、各元素の分布位置や、分布量を確認できる。具体的には、青色で示された部分は少なく、一方赤色で示された部分は多く分布していることが確認することができる。このマッピング分析結果から、FeやCoが濃化している部分と、Crが濃化している部分が異なっていることは明らかである。これらを踏まえると、Feが濃化している部分はCoも多く存在している一方、Crはあまり存在していないことが確認できる。そして、FeとCoとが濃化している箇所では、標準生成自由エネルギーΔGの観点から、Feの酸化物が優先的に形成されることになる。すなわち、Feが濃化している部分に形成された酸化皮膜は、主に酸化鉄皮膜である。一方、Feが濃化していない部分はCrが多く存在しており、Crは、FeやCoよりも酸化物を形成しやすいことから、Crの酸化物が優先的に形成されることもよく知られている。すなわち、Feが濃化していない部分に形成された酸化皮膜は、主に酸化クロム皮膜である。したがって、「仕上加工面」に形成される酸化皮膜は、Feが濃化している部分であるかないかによって、酸化クロム皮膜、又は酸化鉄皮膜が形成されることは明確である。」とも主張した。
そこで、平成31年2月7日の意見書における請求人の主張を検討する。
当審拒絶理由2において通知した拒絶理由は、概略、表面近傍に六方晶系の窒化物であるε相とスピネル型酸化物M_(3)O_(4)および立方晶系の窒化物であるγ’相が微量に混在する塩浴軟窒化試料No.1、及び酸化物の存在は確認できなかったイオン窒化試料No.3のいずれにも表層近傍のポーラス層にOが濃化していることを踏まえれば、窒化処理によりできたOが濃化した部分と当該部分に酸化物ができることとの間には必ずしも直接の関係はない、また、塩浴軟窒化試料No.1の塩浴軟窒化処理がなされた表面には、主に六方晶系の窒化物であるε相に酸化物であるM_(3)O_(4)が及びγ’が混在したもの、すなわち酸化皮膜でないものが形成されていると解される、というものである。請求人は、「塩浴軟窒化試料No.1を示すFig.3(a)中の「OKα」と、イオン窒化試料No.3を示すFig.3(c)中の「OKα」とを比べると、塩浴軟窒化試料No.1が、明らかに深くまで酸素が濃化していることが確認できることから、塩浴軟窒化処理が、イオン窒化処理よりも酸素の濃化が顕著であることが明らかである。」と主張するが、該主張は、酸素の濃化と酸化物ができることとの間に関係があることを示すものではない。そして、酸素の濃化と酸化物ができることとの間に直接の関係がない以上、「塩浴軟窒化試料No.1が、明らかに深くまで酸素が濃化していること」と「塩浴軟窒化試料No.1の表面近傍に六方晶系の窒化物であるε相とスピネル型酸化物M_(3)O_(4)および立方晶系の窒化物であるγ’相が微量に混在する」こととの間に関係はないといえる。そして、塩浴軟窒化試料No.1の塩浴軟窒化処理がなされた表面には、主に六方晶系の窒化物であるε相に酸化物であるM_(3)O_(4)及びγ’が混在したもの、すなわち酸化皮膜でないものが形成され、さらに、表面近傍のM_(3)O_(4)は微少量で体積比の計算には含めないものであるから、塩浴軟窒化試料No.1の塩浴軟窒化処理がなされた表面に形成されるものは、主に六方晶系の窒化物であるε相に微少量の酸化物であるM_(3)O_(4)及び立方晶系の窒化物であるγ’が混在したものであって、酸化皮膜でないと解するのが相当である。
また、意見書における「具体的には、青色で示された部分は少なく、一方赤色で示された部分は多く分布していることが確認することができる。」との主張を踏まえて参考資料3をみると、参考資料3における「仕上げ加工面」を参考資料3の右上の図における「コバルト基盛金」である旨示される白い部分と、当該白い部分の右下部(反射電子像との記載がある黒色の部分)との境界であるとした場合、Crが多く分布している部分は、コバルト基盛金の仕上げ加工面より内部と仕上げ加工面の一部であり、Feが多く分布している部分は仕上げ加工面のごく一部であり、仕上げ加工面はCr、Feが多く分布する部分のほか、Coが多く分布する部分があるといえる。そして、分布量が多い部分が仕上げ加工面に沿って位置している元素として、Cr、Fe及びCoの外に炭素(C)、窒素(N)及び酸素(O)があり、仕上げ加工面の全ての部分に炭素が多く分布する部分があり、窒素が多く分布する部分が炭素に次いで多く、酸素が多く分布する部分は炭素及び窒素が多く分布する部分と比べ少ないことが分かる。ここから、仕上げ加工面は、主にCr、Fe及びCoの炭化物で覆われ、次にCr、Co及びFeの窒化物で広く覆われ、Cr及びFeの酸化物で覆われる部分は、炭化物及び窒化物で覆われる部分よりも少ないといえる。この理解において、参考資料3により示される表面硬化層は炭化物或いは窒化物で覆われる層であり、仕上げ加工面に散在する鉄の分布と対応して窒化形成された散在窒化層を伴う酸化皮膜ではない(むしろ、仕上げ加工面に散在する鉄の分布と対応して酸化形成された散在酸化層を伴う窒化被膜といえる。このように解した場合、参考資料1の塩浴軟窒化試料No.1における表面近傍とも整合する。)。
そうすると、参考資料1及び参考資料3を参酌しても、「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されること」が「技術常識」であるとまではいえない。
なお、請求人は、平成29年10月24日の手続補足書にて提出した甲第11号証及び平成31年2月7日の意見書で挙げた特開2006-129625号公報に開示された事項から「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されること」が「技術常識」である旨の主張もしている。そこで、甲第11号証及び特開2006-129625号公報の開示事項についても確認すると、甲第11号証(特開平9-195729号公報)には、チタン合金製ポペット弁に酸化処理としての塩浴軟窒化処理を行うと、母材の表面に窒化層でなく酸化層が形成される旨記載されている(段落【0012】ないし【0017】を参照。)。
しかしながら、該開示事項はチタンを主成分とし、アルミニウムを含有したチタン合金に塩浴軟窒化処理を行って、酸化層もTiO_(2)及びAl_(2)O_(3)からなるものである。一方、本願発明は、アルミニウムを含まずチタン合金でもない鉄及びCrを含むCo基耐摩耗合金に対し塩浴軟窒化処理を行うものである。すなわち、甲第11号証の開示事項から、甲第11号証とは異なる材料からなる鉄及びCrを含むCo基耐摩耗合金に対し、酸化処理として塩浴軟窒化処理を行うことが技術常識であるとはいえない。また、特開2006-129625号には、金属製の駆動摩擦部材3の表面硬化方法として、窒化処理が利用され、SUS304中空パイプに対して窒化処理を施して、表面硬度を上げた後、表面の酸化層を除去すること、窒化処理として塩浴軟窒化が挙げられることが記載されている(段落【0049】を参照。)しかしながら、当該記載は、塩浴軟窒化処理により酸化層が形成されるものであって、酸化皮膜が形成されることは記載されていない。そして、塩浴軟窒化処理により酸化物が形成されることは、参考資料1及び参考資料3から理解できることである。ここで、参考資料1及び参考資料3を参酌しても、「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されること」が「技術常識」であるとまではいえないことは上述したとおりであることに鑑みると、特開2006-129625号公報の開示事項から、「塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されること」が「技術常識」であるとはいえない。
よって、平成31年2月7日の意見書における請求人の主張は当を得ない。
したがって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

第5 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
特許法第36条第6項第1号については、当審拒絶理由2において、「請求項1の「鉄及びCo基を含む耐摩耗合金」との記載からみて、請求項1に係る発明の耐摩耗合金において鉄がどの程度含まれるかについての限定はないものと理解できる。しかしながら、本願の明細書の段落【0017】の【表1】に記載されたコバルト基合金A及びBはいずれもFeを1%含むものである。そして、1%未満のFeを含むコバルト基合金及び1%より多いFeを含むコバルト基合金について、本願の明細書には記載されておらず、示唆もない。そうすると、鉄がどの程度含まれるかについての限定がなく、1%と異なる量の鉄を含むと理解できる請求項1の「鉄及びCo基を含む耐摩耗合金」との記載は、発明の詳細な説明に記載又は示唆される事項を越えるものである。なお、本願の明細書の段落【0017】の【表1】に記載されたコバルト基合金A及びBにおけるCo以外の成分についても同様である。」との拒絶理由を通知したところ、請求人は平成31年2月7日の意見書において、「また、審査官殿は、「1%未満のFeを含むコバルト基合金及び1%より多いFeを含むコバルト基合金について、本願の明細書には記載されておらず、示唆もない。」と指摘されている。
出願当初明細書の段落[0008]には、「…一般的なコバルト基の盛金材を用いた…」との記載があり、また段落[0010]には、「コバルト基合金による盛金13について、一般的なコバルト基の耐摩耗合金を用いた…」との記載があることから、補正後の請求項1に係る発明は、一般的なコバルト基の盛金材やコバルト基の耐摩耗合金を含むことは明確であり、Feの含有量が1%のみが対象ではないことは明らかである。
したがって、補正後の請求項1は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件、すなわちサポート要件を満たすものである。」と主張した。そこで請求人の該主張を検討する。
本願の発明の詳細な説明の段落【0008】には「一般的なコバルト基の盛金材」との記載がある。また、段落【0010】には「本発明に係る第2例(b)のコバルト基合金による盛金13について、一般的なコバルト基の耐摩耗性合金を用い」との記載がある。したがって、「一般的なコバルト基の盛金材」や「一般的なコバルト基の耐摩耗性合金」を用いることは記載されているといえる。しかしながら、「一般的なコバルト基の盛金材」や「一般的なコバルト基の耐摩耗性合金」が、具体的にどのようなコバルト基合金を指すかは本願の発明の詳細な説明には明記されていない。ここで、上記段落【0010】の記載からみて、本願発明における一般的なコバルト基の耐摩耗性合金は第2例(b)のコバルト基合金であると理解できるが、本願の発明の詳細な説明には、第2例(b)に係るコバルト基合金に係る記載はなく、該コバルト基合金がどのような組成のものであるか不明である。また、段落【0016】には「盛金がコバルト基合金(第2例)の場合」との記載があり、該記載からコバルト基合金の盛金は第2例であると理解できる。しかしながら、本願の発明の詳細な説明に、コバルト基合金(第2例)に係る記載はなく、該コバルト基合金がどのような組成のものであるか不明である。さらに、「一般的なコバルト基の盛金材」とは、従来から知られたコバルト合金を用いた盛金材と理解し、本願の段落【0043】の比較例2として記載される従来のCo-Cr-W-C系合金(ステライト(登録商標))について記載する表4をみても、当該合金に該当するといえる比較例A及びBはFe量が0、すなわちFeを含まないことから、請求項1に記載するCo基耐摩耗合金と整合しない。したがって、本願の発明の詳細な説明の段落【0008】に記載された「一般的なコバルト基の盛金材」及び段落【0010】に記載された「一般的なコバルト基の耐摩耗性合金」がどの程度のFeを含むコバルト基合金をいうか、技術常識を踏まえても理解することはできないから、これら記載に基づき「Feの含有量が1%のみが対象ではない」と解することはできない。してみると、本願の発明の詳細な説明に実質的に記載されている「一般的なコバルト基の盛金材」や「一般的なコバルト基の耐摩耗性合金」は、段落【0017】及び【表1】に記載された「コバルト基盛金A」及び「コバルト基盛金B」であって、これら「コバルト基盛金A」及び「コバルト基盛金B」以外のコバルト基合金は記載も示唆もされていないと解することができる。そして、「コバルト基盛金A」及び「コバルト基盛金B」はいずれもFeを1%含むものである。
そうすると、鉄がどの程度含まれるかについての限定がなく、1%と異なる量の鉄を含むと理解できる請求項1の「鉄及びCrを含むCo基耐摩耗合金」との記載は、発明の詳細な説明に記載又は示唆される事項を超えるものである。
よって、請求人の主張は当を得ない。
したがって、請求項1に係る発明は、本願の発明の詳細な説明に記載されたものではない。

第6 特許法第29条第2項(進歩性)
本願が、特許法第36条第4項第1号及び特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていると仮定して、本願発明が特許法第29条第2項に規定する要件を満たしているかについての検討を行う。ここでは、本願発明のCo基耐摩耗合金はFeの含有量が1%のみでなく、また、塩浴軟窒化処理を実施すればその表面に酸化皮膜が形成されることが技術常識である。

1 引用文献の記載事項
(1) 引用文献1
当審拒絶理由1に引用された、本願の優先日前に頒布された引用文献1(特開2000-1704号公報)には、「肉盛バルブ及びその製造方法」に関して、図面(特に図1を参照。)とともに以下の事項が記載されている(下線は、理解の一助のために当審が付与したものである。以下同様。)。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、内燃機関の吸気弁あるいは排気弁等に用いて好適な肉盛バルブ及びその製造方法に関するものである。」

イ 「【0013】
【発明の実施の形態】図1は本発明の一実施形態の肉盛バルブのバルブヘッド部分を示しており、このバルブ21は、そのバルブ本体22の外縁部に全周に沿って焼結合金からなる肉盛部23が形成された構成とされ、この肉盛部23の真密度に対する比が0.95?1.00の範囲とされている。
【0014】バルブ本体22は、例えば、SUH11等の耐熱鋼により構成されている。
【0015】一方、肉盛部23の材料としては、例えば、Crを26?33wt%、Wを3?14wt%、Cを0.9?3wt%、Niを3wt%以下、Feを3wt%以下、残部がCo及び不可避不純物からなるCo系合金、例えば、三菱ステライト(三菱マテリアル株式会社の登録商標)のNo.1、No.6、No.12等が好適に用いられる。また、特殊腐食環境下での使用には、Niを多く含むCo系合金として、例えば三菱ステライトのNo.32も好適である。」

ウ 「【0017】次に、上記バルブ21の肉盛方法について図2に基づき説明する。まず、この肉盛に使用される型31について説明しておくと、この型31は、ダイ32の中に、バルブ本体22を下方から支持する下パンチ33と、該下パンチ33上に載せられたバルブ本体22の切欠部22aを除きステム部22bの周囲を上方から押さえるための第1上パンチ34と、該上パンチ34に対して同軸上に配置されてバルブ本体22の切欠部22aとの間に肉盛用キャビティ35を形成する第2上パンチ36とが設けられている。また、少なくとも下パンチ33と第2上パンチ36とは、導電性を有する金属、カーボン等により構成され、これらが電源37に接続されている。
【0018】そして、この型31の中にバルブ本体22を配置して、下パンチ33と第1上パンチ34との間に保持するとともに、該バルブ本体22の切欠部22aと第2上パンチ36との対向面に窒化硼素(BN)等の潤滑剤を塗布しておき、第2上パンチ36を上昇させた状態でバルブ本体22の切欠部22a上に肉盛用金属粉23aを充填する。次いで、第2上パンチ36と下パンチ33との間で金属粉23aを加圧しつつこれら両パンチ33、36間に例えば10ボルト程度の電圧をかけ数百アンペア以上のパルス電流を流すことにより、型を発熱させて金属粉23aを加熱するとともに型及び金属粉末粒子間に放電を発生させ、上記合金粉23aを焼成する。この一連の作業は、型31内を大気中にそのまま、あるいは吸熱性変成雰囲気、還元性雰囲気、不活性雰囲気または真空のいずれかの雰囲気として実施する。
【0019】以上の方法により、必要に応じて矯正加工及び仕上げ研削等の機械加工を行って、図1に示すような焼結肉盛バルブ21を得ることができる。なお、型31内を大気以外の吸熱性変成雰囲気、還元性雰囲気、不活性雰囲気または真空のいずれかの雰囲気にする場合は、型31全体をチャンバ(図示略)に収納しておくことが行われる。」

エ 上記イの記載事項及び図1の図示内容からみて、バルブ本体22はステム部22bと、ステム部22bの一端に接続する傘部からなり、肉盛部23は傘部の外縁部の全周に沿って形成された構成であるといえる。

以上から、上記引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「ステム部22bと、当該ステム部22bの一端に接続する傘部と、からなる焼結肉盛バルブ21用のバルブ本体22を備え、
前記傘部の外周面に沿って形成された肉盛部23を有し、
前記肉盛部23は、Fe及びCrを含むCo系合金により形成され、前記肉盛部23は仕上げ研削がなされる焼結肉盛バルブ21。」

(2) 引用文献2
当審拒絶理由1に引用された、本願の優先日前に頒布された引用文献2(特開平7-133706号公報)には、図面(特に、図1及び図2を参照。)とともに次の事項が記載されている。

ア 「【0003】軸部(02)は、エンジンの運転中はバルブガイド(04)に案内されて常時高速度で摺動運動を繰り返しており、しかもバルブガイド(04)の上端に止着したリップシール(06)により、潤滑油が傘部(01)側に必要以上に漏れ出るのを抑制しているため、厳しい摩擦環境下にある。
【0004】そのため、従来の弁体(03)は、研削工程等により所定の表面あらさとした軸部(02)の表面に、軟窒化処理(タフトライド)による硬化層や、クロームメッキ又はニッケルメッキ等の表面処理を施すなどして、軸部(02)の耐摩耗性を高めている。」

イ 「【0011】
【実施例】以下、本発明の一実施例を図面に基づいて説明する。図1の(A)及び(B)は、本発明を工程順に示すもので、軸部(10a)、傘部(10b)、コッタ溝(10c)等を、各種の機械加工工程により所定寸法に仕上げた耐熱鋼製の弁体(10)における傘表(10d)を除いた全表面を、まず研削盤の砥石車等により所定の表面あらさ(例えばRz1.0?10.0μm)となるように研削(前処理)したのち、(この前処理工程は図示省略)、図1(A)に示すように、傘表(10d)を除く全表面に塩浴軟窒化処理(タフトライド)を施して、硬化層(11)を形成する。
【0012】この硬化層(11)は、例えばシアン化カリウム、シアン酸カリウム及び鉄シアン化ナトリウム等を主成分とする処理浴を、600℃前後まで加熱し、これに弁体(10)の被処理部分を所定時間浸漬することにより形成される。なお、硬化層(11)の厚さは10?20μmとするのが好ましい。」

以上から、上記引用文献2には次の事項が記載されていると認められる。

「耐熱鋼製の弁体(10)における傘表(10d)を除いた全表面を研削した後、塩浴軟窒化処理を施して、硬化層を形成すること。」

2 対比
本願発明と引用発明とを対比すると、後者の「焼結肉盛バルブ21」は、その機能、構成および技術的意義からみて前者の「エンジンバルブ」に相当し、以下同様に、「バルブ本体22」は「バルブ基体」に、「ステム部22b」は「軸部」に、「Fe」は「鉄」に、「Co系合金」は「Co基の耐摩耗合金」にそれぞれ相当する。
また、「肉盛部23」は、前者の「肉盛部」に相当する。してみると、後者の「傘部の外周面に沿って形成された肉盛部23」が、前者の「傘部のフェースを形成する周回状の肉盛部」に相当する事項を有するものといえる。そして、後者は「仕上げ研削がなされる」ものであるから、前者の「肉盛部により形成されたフェースは仕上加工面を含む」といえる。そうすると、「フェースは仕上加工面を含む」といえる後者と、前者の「肉盛部により形成された前記フェースは当該鉄が散在する仕上加工面と、当該仕上加工面上に形成された表面硬化層を含み」とは、「肉盛部により形成されたフェースは仕上加工面を含み」という限りで一致する。
したがって、両者は、
「軸部と、当該軸部の一端に接続する傘部と、からなるエンジンバルブ用のバルブ基体を備え、
前記傘部のフェースを形成する周回状の肉盛部を有し、
前記肉盛部は、鉄及びCrを含むCo基耐摩耗合金により形成され、前記肉盛部により形成された前記フェースは仕上加工面を含む、エンジンバルブ
である点で一致し、次の点で相違する。

[相違点]
前者の肉盛部は「鉄が散在する」仕上げ加工面と、「仕上加工面に散在する前記鉄がその分布と対応して塩浴軟窒化形成された散在窒化層を伴う酸化皮膜」である「仕上加工面上に形成された表面硬化層」を含むのに対し、後者の肉盛部は仕上げ加工面が「鉄が散在する」か不明であり、さらに、「表面硬化層」を備えていない点。

3 判断
上記相違点について検討する。
上記「1」、「(1)」、「イ」の段落【0015】の記載からみて、引用発明のCo系合金はFe成分を含有するものである。そうすると、このようなCo系合金の肉盛部23に仕上げ研削を行えば、仕上加工面に鉄が散在することは、当業者であれば容易に想到し得ることである。
また、引用文献2の記載事項は、
「耐熱鋼製の弁体(10)における傘表(10d)を除いた全表面を研削した(本願発明1の「仕上げ加工面を形成した」に相当。以下同様。)後、塩浴軟窒化処理を施して、硬化層を形成すること。」である。
引用発明と引用文献2の記載事項はエンジンバルブに関する技術であることで共通し、耐摩耗性の向上という課題でも共通するから、引用発明に対し、引用文献2の記載事項を適用して、相違点に係る本願発明の事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
そして、塩浴軟窒化処理をすればその表面に酸化皮膜が形成されることは技術常識であるから、引用発明に引用文献2の記載事項を適用したものが、「仕上加工面に散在する鉄がその分布と対応して塩浴軟窒化形成された散在窒化層を伴う酸化皮膜」或いはそれに類するものとなることは、当業者であれば容易に想到し得ることである。

また、本願発明は、全体としてみても、引用発明及び引用文献2の記載事項から予測し得ない格別な効果を奏するものではない。

したがって、本願発明1は、引用発明及び引用文献2の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 請求人の意見について
平成31年2月7日付けの意見書において、請求人は「引用文献1の明細書段落[0009]には、「放電によって金属粉の表面に存在する金属酸化膜が破壊され、当該表面が活性化されるので、比較的低温での緻密な焼結が可能になる。」との記載があることから、表面に酸化皮膜が形成される塩浴軟窒化処理を行うことは、引用文献1に記載された発明の効果を阻害するものであるから、引用文献1に記載された発明に、引用文献2に開示された硬化層を組み合わせることは、技術的阻害要因があるといえる。
一方、引用文献1に記載された発明に対して、窒化処理を行うにしても、酸化皮膜を形成しない窒化処理であるイオン窒化処理が存在することはよく知られていることから、当業者であれば、イオン窒化処理を選択し、塩浴軟窒化処理を選択しないことが自然であると考える。」と主張した。
しかしながら、上記「1」、「(1)」、「ウ」をみると、引用発明において型及び金属粉末粒子間に放電を発生させるのは、肉盛用金属粉23aをバルブ本体22の切欠部22aに充填し、焼成をするときである。そして、焼成後に仕上げ研削をすることで焼結肉盛バルブ21を得るものである。一方、引用文献2の記載事項の塩浴軟窒化処理は、エンジンバルブを研削処理した後に行うものであるから、引用発明に引用文献2の記載事項を適用したものは、肉盛用金属粉23aをバルブ本体22の切欠部22aに充填し、焼成をし、さらに仕上げ研削をした後に塩浴軟窒化処理を行うものである。すなわち、引用発明における放電と引用文献2の記載事項である塩浴軟窒化処理は同時に行うものではなく、放電を行った後の肉盛部23に仕上げ研削を行ない、さらに塩浴軟窒化処理を行うものである以上、放電により生じる金属酸化膜の破壊は、仕上げ研削後の面すなわち仕上加工面に対する塩浴軟窒化処理を不可能とする程の影響を与えるものではない。したがって、当該放電が引用発明に対し引用文献2の記載事項の適用を技術的に阻害することにはならない。そして、請求人が主張するイオン窒化処理及び塩浴軟窒化処理はいずれも窒化処理における慣用手段であり、いずれの窒化処理についても引用発明に対し適用できないとする技術的な事情がない以上、いずれの処理を選択するかは、当業者の通常の創作能力の範囲で適宜決定し得たことである。
したがって、平成31年2月7日付けの意見書における請求人の上記主張は当を得ない。

第7 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、又は、特許法第36条第6項第1項に規定する要件を満たしていないから、本願は拒絶をすべきものである。
仮に、本願が特許法第36条第4項第1号及び特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているとしても、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2019-05-16 
結審通知日 2019-05-22 
審決日 2019-06-04 
出願番号 特願2014-544493(P2014-544493)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (F01L)
P 1 8・ 536- WZ (F01L)
P 1 8・ 121- WZ (F01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 菅家 裕輔  
特許庁審判長 金澤 俊郎
特許庁審判官 齊藤 公志郎
水野 治彦
発明の名称 エンジンバルブ  
代理人 山田 基司  

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