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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特174条1項  C22C
管理番号 1354076
異議申立番号 異議2018-700870  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-09-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-10-25 
確定日 2019-07-01 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6315084号発明「低鉄損で低磁歪の方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6315084号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第6315084号の請求項1?5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6315084号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?5に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)5月8日(優先権主張 平成26年5月9日)を国際出願日とする出願であって、平成30年4月6日に特許権の設定登録がされ、同年4月25日に特許掲載公報が発行され、その後、同年10月25日付けで請求項1?5(全請求項)に係る本件特許に対し、特許異議申立人であるJFEスチール株式会社(以下、「申立人」という。)によって特許異議の申立てがされ、平成31年2月14日付けで当審から取消理由が通知され、同年3月20日付けで特許権者から意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされ、同年4月5日付けで当審から申立人に対し訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)をするとともに相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、申立人から意見書は提出されなかったものである。

第2 本件訂正の適否

1 本件訂正請求の趣旨

本件訂正請求の趣旨は「特許第6315084号の特許請求の範囲を本件請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5について訂正することを求める。」というものである。

2 訂正事項

本件訂正請求に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の「訂正事項」のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示すために当審において付したものである。

[訂正事項]
請求項1の
「鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有する方向性電磁鋼板」という記載を
「鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有し、前記張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた方向性電磁鋼板」という記載に訂正し、
請求項1の
「SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成された片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成された前記片面と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」という記載を
「SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」という記載に訂正する。

3 一群の請求項について

本件訂正前の請求項1?5は、請求項2?5が、本件訂正請求の対象である請求項1を引用する関係にあるから、本件訂正は、一群の請求項である請求項1?5について請求されたものであり、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

4 訂正要件の検討

(1)訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否,新規事項の有無

ア 訂正の目的の適否,特許請求の範囲の拡張・変更の存否

本件訂正は、「電磁鋼板」が「張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた」ものであること、「SA」の「片面」が「レーザ照射した側の片面」であること、及び「SB」の「片面」が「レーザ照射した側と反対側の片面」であることを限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

イ 新規事項の有無

(ア)本件特許の願書に添付された明細書及び図面(以下、「本件明細書等」という。)には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表し、下線は当審において付した(以下同様)。
「本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
両方の表面に1次被膜(グラス被膜)と張力絶縁被膜とが形成された方向性電磁鋼板において、一方の表面にレーザ照射による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板は、被膜張力による応力とレーザ照射による応力とが付加されている。」(【0022】)
「方向性電磁鋼板から、圧延方向と平行な方向の長さが300mmであり、板幅方向と平行な方向の長さが60mmである短冊状のサンプルを採取し、サンプルの片面あるいはサンプルの両面を・・・酸洗した。サンプルに対して酸洗を行うことにより、張力絶縁被膜の表面から、鋼板母材と1次被膜との界面よりも鋼板母材側に5μmの深さ位置までの範囲を除去した。」(【0025】)
「測定した結果を、被膜を有さず、かつ、レーザ照射による歪の影響を取り除いた鋼板母材に対する、被膜により与えられる張力(被膜張力)の影響、並びに被膜張力及びレーザ照射により与えられる応力(被膜張力+レーザ付与応力)の影響の観点から整理した。すなわち、
レーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の方向性電磁鋼板の反り量(μm);S_(A)、
レーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の方向性電磁鋼板の反り量(μm);S_(B)、
両面を酸洗した時の方向性電磁鋼板の反り量(μm);S_(C)
とし、
ΔS_(C)=S_(A)-S_(C)、
ΔS_(L)=S_(B)+S_(C)
として、
各サンプルのΔS_(C)及びΔS_(L)に対する鉄損と磁歪との関係を調べた。」(【0026】)

(イ)前記「(ア)」の記載によれば、本件訂正は、いずれも本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであるといえるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

(2)独立特許要件

特許異議の申立ては、本件訂正前の請求項1?5の全請求項に対してされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

5 小括

以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第4項並びに、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の請求単位とする求めもない。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、請求項〔1?5〕について訂正することを認める。

第3 当審の判断

1 本件発明

本件訂正が認められたので、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」という。)は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有し、前記張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた方向性電磁鋼板であって、
前記方向性電磁鋼板の圧延方向と平行な方向の長さが300mmかつ板幅方向と平行な方向の長さが60mmである短冊状のサンプルを前記方向性電磁鋼板から採取し、前記サンプルの少なくとも片面を酸洗することにより、前記張力絶縁被膜の表面から、前記鋼板母材と前記1次被膜との界面よりも前記鋼板母材側に5μmの深さ位置までの範囲を除去した後に前記サンプルの反り量を測定したとき、
前記反り量が下記の式A及び式Bを満たし、
前記張力絶縁被膜の単位μmでの平均膜厚d_(t)を前記1次被膜の単位μmでの平均膜厚d_(p)で除した値d_(t)/d_(p)が0.1以上3.0以下である
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
15000μm≦SA-SC≦35000μm・・・(式A)
900μm≦SB+SC≦14000μm ・・・(式B)
ここで、SA、SB、SCは以下を示す。
SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SC;両面を酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
ただし、SAとSBの測定の際には酸洗した面と同一方向への反りを正の値とし、SCはSAと同じ方向への反りを正の値と定義する。
【請求項2】
前記張力絶縁被膜の単位μmでの平均膜厚dtを前記1次被膜の単位μmでの平均膜厚d_(p)で除した値d_(t)/d_(p)が0.1以上1.5以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記張力絶縁被膜の単位μmでの平均膜厚dtを前記1次被膜の単位μmでの平均膜厚d_(p)で除した値d_(t)/d_(p)が0.1以上1.0以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記張力絶縁被膜の平均膜厚が0.5μm以上4.5μm以下である
ことを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜によって前記鋼板母材に与えられる合計の張力が1MPa以上10MPa以下である
ことを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載の方向性電磁鋼板。」

2 取消理由通知に記載した取消理由について

(1)取消理由の内容

本件訂正前の請求項1及び請求項1を引用する請求項3?5に対し、平成30年9月26日付けで当審から特許権者に通知した取消理由の内容は以下のとおりである。

ア 取消理由1(新規事項追加)

平成29年10月3日付け手続補正書による手続補正は、以下の補正事項1?4(下線は、訂正箇所を示すために当審が付した。)を含むから、請求項1及びこれを引用する請求項2?5に係る特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。

(補正事項1)
請求項1の「鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有し、前記張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた方向性電磁鋼板であって」という記載を、「鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有する方向性電磁鋼板であって」という記載に補正する。

(補正事項2)
請求項1の「SA;レーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」という記載を、「SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成された片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」という記載に補正する。

(補正事項3)
請求項1の「SB;レーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」という記載を、「SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成された前記片面と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」という記載に補正する。

(補正事項4)
補正事項1?3に係る本件補正と整合するように、【0014】の記載を補正する。

イ 取消理由2(サポート要件違反)

前記「ア」の補正事項1?3によって、「電磁鋼板」が「張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた」ものであること、「SA」の「片面」が「レーザ照射した側の片面」であること、及び「SB」の「片面」が「レーザ照射した側と反対側の片面」であることの特定がされないものとなった請求項1に係る発明及びこれを引用する請求項2?5に係る発明は、サポート要件に適合するとはいえない。
したがって、本件特許の請求項1及びこれを引用する請求項2?5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)取消理由の検討

前記「第2」で検討したとおり、本件訂正によって、請求項1において「電磁鋼板」が「張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた」ものであること、「SA」の「片面」が「レーザ照射した側の片面」であること、及び「SB」の「片面」が「レーザ照射した側と反対側の片面」であることが限定された。
したがって、本件訂正により、前記「(1)」の取消理由1(新規事項追加)及び取消理由2(サポート要件違反)は、いずれも解消した。

3 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

(1)取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由の概要

本件訂正前の請求項1?5に対する特許異議申立理由のうち、取消理由通知において採用しなかったものの概要は、以下のとおりである。

ア 申立理由1(進歩性欠如)

本件特許の請求項1?5に係る発明は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明、又は、甲第1号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2002-356750号公報
甲第2号証:特開昭63-286521号公報
甲第3号証:特開平6-145998号公報
甲第4号証:特開平8-222423号公報
甲第5号証:特開2011-246770号公報
(以下、「甲第1号証」?「甲第5号証」を、それぞれ「甲1」?「甲5」という。)

イ 申立理由2(明確性要件違反)

(ア)請求項1の記載では、「1次被膜」及び「張力絶縁被膜」が、方向性電磁鋼板の片面のみに形成されているのか、両面に形成されているのかが明らかではないではないから、請求項1及びこれを引用する請求項2?5の記載は不明確である。
よって、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(イ)請求項1の記載によれば、「SA」と「SB」は2通りの解釈が可能であるから、いずれの場合においても式A,Bを満たすことを要するところ、実際はそのようにならない場合もあるから、請求項1及びこれを引用する請求項2?5の記載は不明確である。
よって、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)当審の判断

ア 申立理由1(進歩性欠如)について

(ア)本件特許の請求項1に係る発明の
「前記方向性電磁鋼板の圧延方向と平行な方向の長さが300mmかつ板幅方向と平行な方向の長さが60mmである短冊状のサンプルを前記方向性電磁鋼板から採取し、前記サンプルの少なくとも片面を酸洗することにより、前記張力絶縁被膜の表面から、前記鋼板母材と前記1次被膜との界面よりも前記鋼板母材側に5μmの深さ位置までの範囲を除去した後に前記サンプルの反り量を測定したとき、
前記反り量が下記の式A及び式Bを満た」す「方向性電磁鋼板。
15000μm≦SA-SC≦35000μm・・・(式A)
900μm≦SB+SC≦14000μm ・・・(式B)
ここで、SA、SB、SCは以下を示す。
SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SC;両面を酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
ただし、SAとSBの測定の際には酸洗した面と同一方向への反りを正の値とし、SCはSAと同じ方向への反りを正の値と定義する。」
という発明特定事項に相当する事項は、甲1?甲5の記載からは、導くことはできない。
その理由は以下のとおりである。

(イ)本件特許の願書に添付された明細書には、
「ΔS_(C)及びΔS_(L)を上記の範囲にするには、被膜の成膜条件、レーザの種類及びレーザ照射条件を調整する必要がある。」(【0037】)
「具体的には、1次被膜を有する方向性電磁鋼板の両表面に、被膜量が1.0g/m^(2)?4.5g/m^(2)の範囲の張力絶縁被膜をそれぞれ塗布及び焼付けしさらに、一方の表面に0.8mJ/mm^(2)?2.0mJ/mm^(2)の照射エネルギー密度でレーザを照射するとよいことを確認している」(【0038】)
と記載されており、上記【0037】の「ΔS_(C)及びΔS_(L)を上記の範囲にする」ことは、請求項1に記載された前記アの式A,Bを満たすことを意味するところ、上記【0038】の記載については、「張力絶縁被膜の被膜量」が1.0g/m^(2)?4.5g/m^(2)の範囲にあり、「照射エネルギー密度」が0.8mJ/mm^(2)?2.0mJ/mm^(2)の範囲にありさえすれば、無条件で式A,Bが満たされることを意味していると解すべきではなく、むしろ、1.0g/m^(2)?4.5g/m^(2)の範囲内で選択した「張力絶縁被膜の被膜量」の値に応じて、「レーザ照射エネルギー密度」の値を0.8mJ/mm^(2)?2.0mJ/mm^(2)の範囲内で選択することによって、式A,Bを満たす値の組合せが得られることを意味すると解すべきであるから、「張力絶縁被膜の被膜量」及び「レーザ照射密度」のそれぞれの値を選択する際の指針となる式A,Bについての認識がない限り、前記アの事項を導くことはできない。
しかるところ、甲1?甲5のいずれにも、「張力絶縁被膜の被膜量」及び「レーザ照射密度」のそれぞれの値を選択する際の指針として式A,Bを用いることについては、記載も示唆もなく、このことが、本件特許の優先日の時点において当業者の技術常識であったともいえない。

(ウ)したがって、請求項1に係る発明の他の発明特定事項について検討するまでもなく、請求項1に係る発明は、甲1、甲2及び甲3に記載された発明、又は、甲1、甲4及び甲5に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
同様の理由により、請求項1を引用する請求項2?5に係る発明についても、甲1証、甲2及び甲3に記載された発明、又は、甲1、甲4及び甲5に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 申立理由2(明確性要件違反)について

(ア)申立理由2(ア)について

a 請求項1には、「鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有し、前記張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた方向性電磁鋼板」とあるとおり、鋼板母材の「表面」に「1次被膜」及び「張力絶縁被膜」が順次積層されることが記載されている。

b また、請求項1には、「酸洗」の定義について、「サンプルの少なくとも片面を酸洗することにより、前記張力絶縁被膜の表面から、前記鋼板母材と前記1次被膜との界面よりも前記鋼板母材側に5μmの深さ位置までの範囲を除去した」とあるとおり、「張力絶縁被膜」,「1次被膜」及び「鋼板母材の表面から内部に5μmの深さまでの領域」を順次除去することであると記載されている。

c その上で、請求項1では、SA,SB,SCが、前記「b」で定義された「酸洗」という記載を用いて、それぞれ、
「SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SC;両面を酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量」
と定められているから、前記「b」の「酸洗」の定義を踏まえれば、鋼板母材の「両面」に「1次被膜」及び「張力絶縁被膜」が積層されていることは明らかである。

d したがって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2?5の記載は明確であって、申立理由2(ア)には理由がない。

(イ)申立理由2(イ)について

a 前記「第2」で検討したとおり、本件訂正によって、請求項1における「SA」の「片面」は「前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側の片面」であり、「SB」の「片面」は「前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側と反対側の片面」であることが特定されから、「SA」及び「SB」は、一義的に解釈できるようになった。

b したがって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2?5の記載は明確であって、申立理由2(イ)にも理由がない。

第4 むすび

以上のとおり、請求項1?5に係る本件特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、取り消すことはできない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に形成された1次被膜と、前記1次被膜の表面に形成された張力絶縁被膜とを有し、前記張力絶縁被膜の上からレーザを照射することにより磁区制御がなされた方向性電磁鋼板であって、
前記方向性電磁鋼板の圧延方向と平行な方向の長さが300mmかつ板幅方向と平行な方向の長さが60mmである短冊状のサンプルを前記方向性電磁鋼板から採取し、前記サンプルの少なくとも片面を酸洗することにより、前記張力絶縁被膜の表面から、前記鋼板母材と前記1次被膜との界面よりも前記鋼板母材側に5μmの深さ位置までの範囲を除去した後に前記サンプルの反り量を測定したとき、
前記反り量が下記の式A及び式Bを満たし、
前記張力絶縁被膜の単位μmでの平均膜厚d_(t)を前記1次被膜の単位μmでの平均膜厚d_(p)で除した値d_(t)/d_(p)が0.1以上3.0以下である
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
15000μm≦SA-SC≦35000μm・・・(式A)
900μm≦SB+SC≦14000μm・・・(式B)
ここで、SA、SB、SCは以下を示す。
SA;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SB;前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜が形成されレーザ照射した側と反対側の片面のみを酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
SC;両面を酸洗した時の前記方向性電磁鋼板の単位μmでの反り量
ただし、SAとSBの測定の際には酸洗した面と同一方向への反りを正の値とし、SCはSAと同じ方向への反りを正の値と定義する。
【請求項2】
前記張力絶縁被膜の単位μmでの平均膜厚d_(t)を前記1次被膜の単位μmでの平均膜厚d_(p)で除した値d_(t)/d_(p)が0.1以上1.5以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記張力絶縁被膜の単位μmでの平均膜厚d_(t)を前記1次被膜の単位μmでの平均膜厚d_(p)で除した値d_(t)/d_(p)が0.1以上1.0以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記張力絶縁被膜の平均膜厚が0.5μm以上4.5μm以下である
ことを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記1次被膜及び前記張力絶縁被膜によって前記鋼板母材に与えられる合計の張力が1MPa以上10MPa以下である
ことを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載の方向性電磁鋼板。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-06-21 
出願番号 特願2016-517949(P2016-517949)
審決分類 P 1 651・ 55- YAA (C22C)
P 1 651・ 537- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 長谷山 健
亀ヶ谷 明久
登録日 2018-04-06 
登録番号 特許第6315084号(P6315084)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 低鉄損で低磁歪の方向性電磁鋼板  
代理人 志賀 正武  
代理人 寺本 光生  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 山口 洋  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 志賀 正武  
代理人 寺本 光生  
代理人 山口 洋  
代理人 伊東 秀明  
代理人 棚井 澄雄  

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